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令和元年(受)第877号,第878号損害賠償請求事件
令和2年10月9日第二小法廷判決
主文
1原判決中,被上告人の上告人らに対する共同不法行
為に基づく損害賠償請求を認容した部分を破棄する。
2前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3上告人Y1のその余の上告を却下する。
4上告人Y1と被上告人との間に生じた訴訟の総費用
は,これを200分し,その1を上告人Y1の負担
とし,その余を被上告人の負担とし,上告人アーク
メディア及び上告人金剛出版と被上告人との間に生
じた控訴費用及び上告費用は,被上告人の負担とす
る。
理由
令和元年(受)第877号上告代理人木村晋介,同石田由美子の上告受理申立て
理由及び同第878号上告代理人森真二,同堀越友香の上告受理申立て理由につい

1家庭裁判所調査官であった上告人Y1は,被上告人に対する少年保護事件を
題材とした論文を精神医学関係者向けの雑誌及び書籍に掲載して公表した。本件
は,被上告人が,この公表等によりプライバシーを侵害されたなどと主張して,上
告人Y1,上記雑誌の出版社である上告人アークメディア及び上記書籍の出版社で
ある上告人金剛出版に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)ア被上告人(当時17歳)は,平成N年,ナイフをリュックサックの中に
入れて持ち歩いたという非行事実に係る銃砲刀剣類所持等取締法違反保護事件(以
下「本件保護事件」という。)について東京家庭裁判所に送致された。本件保護事
件は,平成N+1年月,不処分により終了した。被上告人は,先天的な発達障害
の一種であるアスペルガー症候群(以下「本件疾患」という。)を有するとの診断
を受けていた。
イ東京家庭裁判所の家庭裁判所調査官であった上告人Y1は,本件保護事件の
調査を担当し,被上告人や父親からの聞き取り調査等を行った。なお,上告人Y1
は,臨床心理士の資格を有し,発達障害に関する学会発表等の活動もしており,裁
判所の研修機関が編集する専門誌において,広汎性発達障害に関する論文を発表し
たこともあった。
(2)ア上告人アークメディアは,その発行に係る臨床精神医学に関する月刊誌
(以下「本件月刊誌」という。)において,本件疾患の症例報告に関する公募論文
の特集を行うこととし,平成N+1年月末を締切りとして論文を公募した。この
特集の趣旨は,本件疾患が,その頻度の多さ,見過ごされた成人例とその転帰の問
題,一部でみられる触法問題等から,精神医学全体の大きな課題となっていること
に注目し,その臨床知識を共有することをもって,精神医学,臨床心理学その他関
連領域における研究活動の促進を図るとともに,本件疾患に対する正しい理解を広
めることにあった。本件月刊誌は,精神医学の臨床や研究に関与する医療関係者等
を読者と想定して市販されている専門誌であった。
イ上告人Y1は,平成N+1年月以降,大阪家庭裁判所において勤務してい
たが,同月頃,本件月刊誌の編集委員長である大学教授から上記公募論文の執筆を
勧められ,社会の関心を集めつつあった本件疾患の特性が非行事例でどのように現
れるのか,司法機関の枠組みの中でどのように本件疾患を有する者に関わることが
有効であるのかを明らかにするという目的で,本件保護事件を題材とした論文(以
下「本件論文」という。)を執筆し,上記の公募に応募した。
ウ上告人アークメディアは,本件論文を採用し,これを平成N+1年月発行
の本件月刊誌(以下「本件掲載誌」という。)に掲載した(以下,上告人Y1が本
件論文を本件掲載誌において公表した行為を「本件公表」という。)。被上告人
は,本件公表の当時,19歳であった。
(3)上告人Y1は,本件保護事件における調査の際に作成した手控えを基礎資
料として本件論文を執筆した。その内容は,本件掲載誌における論文特集の前記趣
旨に沿ったものであった。上告人Y1は,本件論文において取り上げた「少年」
(以下「対象少年」ともいう。)が容易に特定されることがないように,対象少年
の氏名や住所等の記載を省略しており,本件論文には,対象少年やその関係者を直
接特定した記載部分はなく,対象少年や父親の年齢等を記載した箇所はあるもの
の,本件保護事件が係属した時期など,本件論文に記載された事実関係の時期を特
定した記載部分もなかった。
他方において,上告人Y1は,本件論文の執筆に当たり,症例の事実それ自体を
加工すると本件疾患の症例報告としての学術的意義が弱まることを懸念し,本件疾
患の診断基準に合致するエピソードをそのまま記載していた。また,本件論文に
は,対象少年の家庭環境や生育歴に関して具体的な記載がされ,学校生活における
具体的な出来事も複数記載されていたことから,これらを知る者が,本件論文を読
んだ場合には,その知識と照合することによって対象少年を被上告人と同定し得る
可能性はあった。なお,精神医学の症例報告を内容とする論文においては,一般的
に,患者の具体的な症状のほか,家族歴,既往歴,生育・生活歴,現病歴,治療経
過,考察等を必須事項として正確に記載することが求められていた。
本件論文には,対象少年の非行事実の態様,母親の生育歴,小学校における評
価,家庭裁判所への係属歴及び本件保護事件の調査における知能検査の状況に関す
る記載部分があり,これらの記載部分には,対象少年である被上告人のプライバシ
ーに属する情報が含まれていた(以下,上記記載部分に含まれる被上告人のプライ
バシーに属する情報を「本件プライバシー情報」という。)。
(4)上告人Y1は,平成N+2年月までに家庭裁判所調査官を退官し,同年
月,大学の心理学部教授に就任した。
(5)上告人金剛出版は,平成N+4年月,本件論文を含め,上告人Y1がそ
れまでに発表した論文を1冊にまとめた書籍(以下「本件書籍」という。)を出版
した(以下,上告人Y1が本件論文を本件書籍に掲載して再公表した行為を「本件
再公表」といい,本件公表と併せて「本件各公表」という。)。本件書籍は,少年
事件において発達障害を有する者に関与した事例についての知識を共有することを
もって,精神医学,臨床心理学その他関連領域における研究活動の促進を図るとと
もに,本件疾患を含む発達障害に対する正しい理解を広めることを目的としたもの
であり,研究者等を読者と想定して市販された専門書籍であった。
(6)ア被上告人は,本件保護事件の終了後,上告人Y1と接触することはなか
ったが,平成N+8年月頃に上告人Y1に連絡を取って以降,その勤務先を訪問
するなどして上告人Y1と連絡を取り合うようになり,同年月,上告人Y1か
ら本件書籍の交付を受けた。上告人Y1は,あらかじめ被上告人の了承を得た上,
本件疾患を克服して社会適応を勝ち取った例として被上告人に関するエッセイを執
筆し,平成N+9年月,これを心理学関係の雑誌に公表したこともあった。
イ被上告人は,上告人Y1に対し,平成N+10年月,本件書籍を出版した
ことに抗議し,これを絶版とすることを求める電子メールを送信し,この頃以降,
上告人Y1の法的責任を追及するようになり,平成27年8月,本件訴訟を提起し
た。
3原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,被上告人
の上告人らに対する本件各公表に係る損害賠償請求を一部認容した。
本件論文に含まれる本件プライバシー情報は,少年保護事件の手続において得ら
れたものであり,これを公表されない被上告人の法的利益は重要であって,本件論
文の目的,本件掲載誌及び本件書籍の読者が限定されていること等を考慮しても,
本件論文に記載された内容を公表する利益は,公表されない法的利益に優越しな
い。上告人Y1は,本件各公表によって,被上告人のプライバシーを違法に侵害し
たものであり,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。上告人アークメディアは本
件公表によるプライバシー侵害について,上告人金剛出版は本件再公表によるプラ
イバシー侵害について,それぞれ上告人Y1との共同不法行為に基づく損害賠償責
任を負う。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれ
を公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立する
ものと解される(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判
決・民集48巻2号149頁,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月
14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁)。そして,本件各公表が被上告
人のプライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法となるか否かは,本件プ
ライバシー情報の性質及び内容,本件各公表の当時における被上告人の年齢や社会
的地位,本件各公表の目的や意義,本件各公表において本件プライバシー情報を開
示する必要性,本件各公表によって本件プライバシー情報が伝達される範囲と被上
告人が被る具体的被害の程度,本件各公表における表現媒体の性質など,本件プラ
イバシー情報に係る事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸
事情を比較衡量し,本件プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益がこ
れを公表する理由に優越するか否かによって判断すべきものである。
(2)ア少年法は,少年審判を非公開とし(22条2項),審判に付された少年
本人を推知させる記事等を出版物に掲載することを禁止しており(61条),少年
審判規則7条1項及び2項は,少年の付添人以外の者は,同条1項に定める場合を
除き,少年保護事件の記録等を閲覧又は謄写することができないと定めている。こ
れらの規定は,少年の健全な育成を期するため(同法1条),少年に非行があった
こと等が公開されることによって少年の改善更生や社会復帰に悪影響が及ぶことの
ないように配慮したものである。また,家庭裁判所調査官は,裁判所の命令によ
り,少年の要保護性や改善更生の方法を明らかにするため,少年,保護者又は関係
人の行状,経歴,素質,環境等について,医学,心理学,教育学,社会学その他の
専門的智識を活用して調査を行う(同法8条2項,9条)のであって,その調査内
容は,少年等のプライバシーに属する情報を多く含んでいるのであるから,これを
対外的に公表することは原則として予定されていないものというべきである。
本件プライバシー情報は,被上告人の非行事実の態様,母親の生育歴,小学校に
おける評価,家庭裁判所への係属歴及び本件保護事件の調査における知能検査の状
況に関するものであるところ,これらは,いずれも本件保護事件における調査によ
って取得されたものであり,上記規定の趣旨等に鑑みても,その秘匿性は極めて高
い。また,被上告人は,本件公表の当時,19歳であり,その改善更生等に悪影響
が及ぶことのないように配慮を受けるべき地位にあった。さらに,本件保護事件の
性質や処分結果等に照らしても,被上告人において,本件保護事件の内容等が出版
物に掲載されるといったことは想定し難いものであったということもできる。
イ他方において,本件掲載誌における論文特集の趣旨は,本件疾患の臨床知識
を共有することをもって,研究活動の促進を図るとともに,本件疾患に対する正し
い理解を広めることにあったところ,上告人Y1は,このような論文特集のための
公募に応じ,本件保護事件を題材とした本件論文を執筆したものである。上告人
Y1は,社会の関心を集めつつあった本件疾患の特性が非行事例でどのように現れ
るのか,司法機関の枠組みの中でどのように本件疾患を有する者に関わることが有
効であるのかを明らかにするという目的で本件論文を執筆しており,その内容が上
記論文特集の趣旨に沿ったものであったこと,本件各公表が医療関係者や研究者等
を読者とする専門誌や専門書籍に掲載する方法で行われたこと等に鑑み,本件各公
表の目的は重要な公益を図ることにあったということができる。そして,精神医学
の症例報告を内容とする論文では,一般的に,患者の家族歴,生育・生活歴等も必
須事項として正確に記載することが求められていたというのであり,本件論文の趣
旨及び内容に照らしても,本件プライバシー情報に係る事実を記載することは本件
論文にとって必要なものであったということができる。
また,本件論文には,対象少年やその関係者を直接特定した記載部分はなく,事
実関係の時期を特定した記載部分もなかったのであり,上告人Y1は,本件論文の
執筆に当たり,対象少年である被上告人のプライバシーに対する配慮もしていたと
いうことができる。もっとも,被上告人と面識があること等から本件論文に記載さ
れた事実関係を知る者が,本件論文を読んだ場合には,その知識と照合することに
よって対象少年を被上告人と同定し得る可能性はあったものである。しかしなが
ら,本件論文に記載された事実関係を知る者の範囲は限定されており,本件論文が
医療関係者や研究者等を読者とする専門誌や専門書籍に掲載するという方法で公表
されたことからすると,本件論文の読者が対象少年を被上告人と同定し,そのこと
から被上告人に具体的被害が生ずるといった事態が起こる可能性は相当低かったも
のというべきである。そして,このことは,実際に,上告人Y1が被上告人に本件
書籍を交付する以前において,被上告人又は被上告人と面識のある者等が,本件論
文又は本件書籍を読んで,対象少年を被上告人と同定し,本件各公表が被上告人の
改善更生等に悪影響を及ぼしたなどといった事情がうかがわれないことからも裏付
けられている。
ウ以上の諸事情に照らすと,本件プライバシー情報に係る事実を公表されない
法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいい難い。したがって,本件各
公表が被上告人のプライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法であるとい
うことはできない。そうすると,本件各公表が違法であることを理由とする被上告
人の上告人らに対する損害賠償請求は,いずれも理由がない。
5以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令
の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,被上告人
の上告人らに対する共同不法行為に基づく損害賠償請求を認容した部分は破棄を免
れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の上告人らに対する上
記損害賠償請求をいずれも棄却した第1審判決は正当であるから,上記破棄部分に
つき,被上告人の控訴を棄却すべきである。
なお,上告人Y1のその余の上告については,上告受理申立ての理由を記載した
書面を提出しないから,これを却下することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官草野耕
一の意見がある。
裁判官草野耕一の意見は,次のとおりである。
私は,多数意見の結論に賛成であるが,それに至る理由は異なるので,私の考え
るところをつまびらかにしたい。
1上告人Y1が本件プライバシー情報を知り得たのは,ひとえに同上告人が少
年法に基づき本件保護事件を調査する権限を担当裁判官から与えられた結果に他な
らない。そうである以上,上告人Y1が本件プライバシー情報を学術目的等に利用
し得る場合があるとしても,被上告人の改善更生という同法の趣旨に抵触する態様
で本件プライバシー情報を利用することは許されないというべきである。本件は,
この点において,一般のプライバシー侵害案件に使われる判断枠組みだけでは適切
な評価を行い得ない事案である。
2上告人Y1は,本件保護事件が不処分により終了してから僅か半年後に本件
公表を行っており,この時点において,被上告人は,高等学校の生徒として多感な
時期にあったことがうかがわれる。また,原審の認定によれば,本件論文の記載内
容は,被上告人に関する情報を有している読者が対象少年を被上告人と同定し得る
可能性を否定することができないものであったというのである。しかも,本件プラ
イバシー情報の中には,被上告人が幼年時代に経験した深刻な出来事等も含まれて
おり,多感な時期にあった当時の被上告人が本件公表の事実を知ったならば,いか
ほどの精神的苦痛を受けたか,そして,そのことが被上告人の改善更生にいかほど
の悪影響を及ぼしたか,これらのことに思いを致すと,おそれにも似た感慨を抱か
ざるを得ない。以上の点に鑑みれば,本件公表の目的が本件疾患の症例報告により
公益を図ることにあったとしても,本件公表における本件プライバシー情報の利用
は,被上告人の改善更生という少年法の趣旨に抵触する態様のものであったという
べきである。
しかしながら,本件の事実関係によれば,本件公表によって被上告人が本件論文
の対象少年であることが他者に同定されたと認めることはできず,被上告人自身
は,本件公表から7年以上が経過した後になって,被上告人の十分な成長を見届け
た上告人Y1が自発的に告知したことにより本件公表の事実を知ったものであり,
その結果と本件公表との間に相当因果関係を認めることはできない(なお,上告人
Y1による上記の告知が,被上告人に対する不法行為に当たるか否かは別論であ
る。)。そうである以上,本件公表によってプライバシー侵害の結果が現実化した
ということはできず,本件公表が被上告人に対する不法行為に当たるということも
できない。
3以上に対して,本件再公表は,本件保護事件が不処分により終了してから約
3年が経過した後になされたという点において,本件公表とは前提が異なる。被上
告人は,本件再公表の時点で既に成人しており,本件再公表における本件プライバ
シー情報の利用は,少なくとも少年としての被上告人の改善更生に悪影響を与える
という関係にはなく,本件再公表の違法性については,多数意見が用いている判断
枠組みの下において,本件再公表当時における被上告人の生活状況等をも踏まえ
て,これを検討する余地がある。しかしながら,被上告人は,上告人Y1による自
発的な告知により本件再公表の事実を知ったものであり,本件再公表によってプラ
イバシー侵害の結果が現実化したということができないことは,本件公表と同じで
あるから,本件再公表の違法性を判断するまでもなく,本件再公表は被上告人に対
する不法行為には当たらないというべきである。
(裁判長裁判官岡村和美裁判官菅野博之裁判官三浦守裁判官
草野耕一)

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