弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役四月に処する。
     但し、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
     原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴趣意は、弁護人中川宗雄提出の控訴趣意書第一、二点記載のとおりであ
る。
 右に対する判断。
 (一) 判示村有金貸与の相手方に関する事実誤認の只について。
 所論によれば、判示村有金貸与の相手方は、判示Aではなくして判示a村B農業
協同組合(以下農協という)であるというのであるが、原判決の挙示引用にかかる
証拠によれげ、判示村有金借用の主体が農協でなく判示Aてある事実を認定するに
十分であり、原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。
 原審において取り調べた証拠並びに当審における事実調べの結果に徴すれば、本
件貸借は次のような経緯によるものであつたことを認めることができる。すなわ
ち、Cは農協に対し昭和二七年三月末日までに支払うべき四七万余円のなたね買受
代金債務を負担していて、本件貸借の行われた当時農協から之が支払方を厳しく督
促されていた。一方農協は、当時なたね搾油工場(以下工場という。)の建設を計
画し、Dとの間にその機械購入並びに機械据付の請負契約を結び、Dは昭和二七年
三月末日までに、試運転を完了すべく、請負代金の支払は契約と同時にその三分の
一、機械の据付と同時に同三分の一、試運転の完了と同時に残額全部とする旨の約
定であつた。ところが、農協側において用意すべき予定工場の整備、殊に配電工事
が遅延した等の事情のためDにおいては、右の機械をすてに搬入していながらこれ
を据えつけることができない状態であつた。CとDとはかねて知合の間柄であり、
Cが農協から買受けた前記なたねも実はDの需要であつたが、農協においてはDと
の間に直接になたねの取引を行い難い事情があつたため、Cにおいて買受人とな
り、そのなたねをDに引渡していたものであつてDは農協より受取るべき請負代金
の残額四七万四千円をもつて、右のなたねの代金にあてる旨をCに申入れていた。
とにろが農協のDに対する右金員の支払は前記の事情によつておくれていたのに、
Cに対する農協の債権の督促は依然として厳しく、ためにCは、その善後の措置を
工場建設委員の一人でありまた工場建設に関して種々奔走していた判示Aに依頼し
た。Aはこれを諒承し、まず当初農協の金融係Eに右の事情を申述べ、A個人への
一時金融方を申出でたが容れられなかつたので、a村村長たる被告人に、判示村有
金の一時融通方を中入れるに至つた。被告人は昭和二七年三月二八日Aより右の申
入を受けるやただちにこれを受諾し、収入役Fと協議の上判示村有金を貸与し、か
くして貸与された判示四七万四千円の金員は、農協に対するCの前記なたね代金債
務の支払にあてて即日納入され、a村に対しては、農協のDに対する請負代金の支
払金、同年四で一八日、同年五月一五日、同年五月三一日の三回にわたる合計四七
万四千円をもつて完済された事実が明かである。
 本件金員の貸借に関する右の経緯に、本件貸借に関する借用証書(証第七号)の
債務者の名義が、主債務者A、保証人Cと表示されていて、農協もしくは農協の代
表資格が全く表示されていないこと、Aは、工場建設委員の一員ではあつたが、工
場建設委員会もしくは農協を代表すべき何らの権利を有していなかつたこと、農協
においては判示貸借の当時工場建設請負代金の支払資金として特に判示村有金を借
用すべき何ら格別の事情も存せず、かつ農協の組合長兼工場建設委員長Gにおいて
は、判示貸借について何ら関知するところがなかつたこと等の諸事実を綜合すれ
ば、農協が本件金員借用の主体でなかつた事実はまことに明白であつて、判示村有
金はこれを農協に貸与したものである、とする論旨は到底採用することができな
い。
 (二) 判示村有金の貸与に関する村長たる被告人の職責権限について。
 所論によれば、被告人の判示村有金は、これを工場建設請負代金支払の資として
農協のために農協に貸与したものであり、被告人において村議会の議決をまつこと
なく、右のような貸与の処分に出たのは、工場の建設が村の利益に帰すると共に農
協の申入を受諾して農協との協調を保持することが村行政の円滑な運営に資するゆ
えんであることを思い、結局村の利益をはかる以外他に何らの意図もなかつたので
あるが、こと急を要し、村議会を招集する暇がないと認めたためであつて本件貸与
の処分は違法の措置ではない。というのであるが、右の論旨もまた次の理由によつ
てこれを容認することができない。すなわち、
 (い) 客観的の事実として、農協が判示村有金の借主と認められないことは前
段説示のとおりであつて、論旨は、その前提においてすでに客観的な事実に反す
る。
 (ろ) 判示村有金の一時融通方に関するAの申入れの趣旨につき、被告人の弁
解によれば、農協において工場建設請負代金の支払に窮し、これが支払の資にあて
るために入用である旨の申入れであつたといい、司法警察員の面前におけるAの供
述によれば、Aにおいてはかかる趣旨の申入れをしたのではなく、Cの入用である
旨を申入れたところ、被告人において、Cに貸与することはできないがAの名義を
もつてするならば貸与してもよい旨を申すので、Aの名義をもつて借用することに
被告人の承諾をえたものであるといい、借用方申入の趣旨の点に関しては、被告人
の弁解とAの供述とがたがいに相対立するのであるが、所論のように、Aの政治的
立場が被告人のそれと相対立していたという特殆事情を考慮に入れても、本件貸借
の経緯に関する前記の諸事実、殊に本件貸借に関する証書が主債務者A保証人Cの
名義となつている事実に照すとき、Aの右供述内容は、必ずしも所論のように被告
人を陥れるための虚偽の供述とのみは断じ難いものと認めざるをえないのみなら
ず、被告人において、判示村有金貸与の趣旨をその弁解のとおり信じていた事実を
認めるに足りる的確な資料は存しない。
 (は) 仮りに、被告人において、その弁解のとおり判示村有金の借主が農協で
あつて、農協は同金員を工事請負代金の支払にあてるものと信じたとしても、これ
を信ずるにつき相当の理由があつたものとは認められない。農協において判示村有
金の一時的融通を必要とするような事由がはたして存するかどうかについては農協
の組合長兼工場の建設委員長たるGに対し、口頭もしくは電話をもつて照会するだ
けの、きわめて容易に実行することのできる手段をつくす注意を用いさえすれば、
たちどころにこれを明確ならしめうる状況であつたのにもかかわらず、かかる点に
何らの注意を用いることなく、Aの申入れを受けるやただちにこれを受諾して判示
貸与の処分に出たものであることは証拠上明白であつて、右は、被告人の判示村有
金貸与の処分における重大な懈怠にあたるものと断ぜざるをえない。
 Aが村会議員、農協理事、工場建設委員等の地位にあつたという事実は、被告人
に懈怠があつたとする右の判断に何らの影響を及ぼすものでない。
 (に) そもそも村の財産は、常に良好の状態においてこれを管理すべく、これ
が貸与処分の如きは、条例又は議会の議決による場合を除くのほか、貸与の相手方
もしくは期間の如何を問わず、全く許されないものであることは、地方財政法第八
条第一、二項の規定に徴して明白である。また、村長の専決処分が許されるのは、
地方自治法第一八〇条による議会の委任がある場合、もしくは、同法第一七九条第
一項所定の事由の存する場合、すなわち、議会が成立しないとき、議員の定足数を
欠いて会議を開くことができないとき、村長において議会を招集する暇がないと認
めるとき、または議会において議決すべき事件を議決しないときに限られているの
である。そして右にいう「村長において議会を招集する暇がないと認めるとき」と
は、事態緊急を要し、議会招集の正規の手続によるときは時期を失し目的を達し難
いと認められるような、特殊な具体的事情の存する場合であつて、しかも、村長の
右判断は誠実にして合理的な判断たることを要する趣旨であつて、村長の恣意的な
判断を許す趣旨てないことはもとより明白である。被告人の判示村有金貸与の処分
については、これを相当ならしむべき何らの急追事情も存在せず、仮りに被告人に
おいて、その事情があるものと判断したとしても、右の判断は、Aの金借申入れの
言辞について何らの検討を加えない懈怠に基く誤信であつて、誠実にして合理的な
判断であつたものとは認め難く、被告人のかかる不合理な判断があつたからとてそ
れによつて、判示村有金貨与の専決処分が合法化さるべきいわれはない。
 その他判示村有金の貸与につき、被告人にこれが権限の認められる事由の全く存
しないことは証拠上明白であるから被告人の判示村有金貸与の処分は、法律上全く
権限のない違法の措置であると断ずるのほかはない。
 (三) 不法領得の意思について。
 所論によれば、被告人の判示村有金の貸与は、結局村の利益をはかる以外他に何
らの意図もなかつたのであるから、不法領得の意思を欠き、横領罪を構成する余地
がないというのであるが、横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の
占有者が委託の本旨に違反しその物について処分の権限がないのに、その権限を有
するものでなければできないような処分をする意思をいうのであり、村長たる被告
人は、判示村有金について貸与の処分権限がないのに、収入役たるFと相謀り、判
示村有金を他に貸与する意思をもつて現に判示のような貸与の処分をしたものであ
ること明白であるから、被告人に不法領得の意思がなかつたという論旨はあたらな
い。
 被告人において、判示村有金貸与の処分により、被告人自身またはAもしくはC
の個人的な利益をはかる意図を有しなかつたという事実は、右不法領得の意思の成
立を妨げるものではない。この点に関する論旨も理由がない。
 (四) 判示村有金貸与処分の違法性について。
 所論によれば、被告人の判示村有金貸与の意図は前述のように結局村の利益をは
かるにあり、なお、その貸与の期間は僅か四、五日という短期間の約定にすぎず、
そして右約定の期間をいささか経過した後ではあつたが昭和二七年五月三一日まで
の間には貸与金全額の返済を受けたのであつて、村に対し何らの損害を加えていな
い。これらの事情は、いわゆる使用窃盗の場合と同様に、その所為に違法性なしと
して犯罪の成立を否定すべき事情にあたるものというべきである、というのであ
る。
 しかし、いわゆる使用窃盗の場合には、権利者の利益に対して加えられる侵害も
しくは侵害の脅威は通常きわめて軽微であり、違法性を欠くものとしてこれを処罰
の対象の範囲外におくことは、社会的実践規範たる刑法本来の目的にも合致するも
のと解すべき合理的な理由あるのに反し、本件の場合は右と著しくその趣きを異に
する。判示村有金が判示のように他に貸与されて単なる貸金債権に変更されるとき
は、その返済はひとえに債務者の意思と資産状態のいかんにかかることとなる関係
上、そのこと自体、村の利益はすでに相当重大な侵害の脅威にさらされるものとい
わなければならない。さればこそ、これら村有の財産の貸付については、前述のよ
うな地方財政法第八条によつて条例または議会の議決による場合のほか、固くこれ
を禁止されているのである。のみならず、地方自治法上議決機関たる村議会と執行
機関たる村長の職務権限を明確に区分し、村長の専決処分の許される場合を厳格に
制限し、判示村有金貸与のような処分が村長の権限外におかれているのは、各自責
任の範囲と所在を明かにし、民主的にして健全な村行政の運営を確保し、もつて公
共の利益を保持しようとする趣旨にほかならない。したがつて、判示村有金の貸与
のように如上右種法規上の制限に違反する不法の処分行為は、たまたま、貸与の相
手方が農協であり、貸与の期間が四、五日という短期間の約定であり、もしくは約
二箇月を出でずして全部返済された事実があるとしても、これらの事情によつてそ
の違法性が阻却されるものと解すべき何ら合理的な理由は存しない。のみならず、
被告人の判示村有金の貸与によつて判示a村の利益に資するところがあつたと認め
らるべき何らの事実も存しなかつたことは前述のとおりである。仮りに被告人にお
いて、村の利益に資するものありと判断したとしても、その判断は、被告人の単な
る錯覚にすぎず、しかも、それは被告人の重大な懈怠に基くものであつたことは、
これまたすてに説示したとおりである。かかる錯覚のゆえに被告人の判示村有金貸
与の所為の違法性の阻却さるべきいわれのないことは、もとより明白であるといわ
なければならない。この点に関する論旨も理由がない。
 (五) 期待可能性の点について。
 しかし、本件のような場合、前記Gその他農協関係者について、はたして農協に
おいて判示村有金を必要とする事情があるかどうかの点を明かにし、もしくは村長
たる自己に貸与処分の権限のない旨を説いて、判示Aの申入れを謝絶し、あるい
は、村議会を招集して議決の結果にまつ等の所為に出ることが至難の状況にあつた
ものと認むべき何ら格別の事情は存しない。被告人に、判示所為以外の措置に出る
ことを期待することが不可能であつたものとは認められない。
 この点に関する論旨も採用の余地がない。
 以上説示するとおり、論旨はすべて理由がない。
 次に職権をもつて、判示村有金の職務上の占有関係の点について審究するに、普
通地方公共団体の長たる村長は、地方自治法第一四七条により、村を統轄し、これ
を代表し、同法第一四八条第一項により、村の事務を管理し及びこれを執行し、同
法第一四九条第三号により、財産及び営造物を管理し、同条第四号により、収入及
び支出を命令し並びに会計を監督し、同法第一五四条によりその補助機関たる職員
を指揮監督する権限を有することか明がであり、なお補助機関たる村収入役は、同
法第一七〇条第一項により、村の出納その他の会計<要旨>事務を掌る職務権限を有
することが明かである。これらの諸規定に徴するときは、村長にその管理の権限を
める右同法第一四九条第三号にいう財産とは、村の基本財産等収益その他
特定の目的のために長期にわたり村の公用に供せられる財産を指称し、かかる財産
に属しない村の財産については、村の出納その他の会計事務を管掌する収入役にお
いて、これを保管占有すべき職務権限を有するものであつて、村長はたた収入役の
右の職務の遂行を監督する地位にあるにとどまり。みすから単独にもしくは収入役
と重複してこれを保管占有すべき職務権限を有するものではないと解するのを相当
とする。判示村有金は、当該年度の歳入出予算に属する金員であつて、基本財産等
に属しないものであり、収入役Fの名義をもつて農協に預金されていたものである
ことは、当審証人Fの証言によつて明かであるので、これが職務上の占有者は収入
役Fであつて、村長たる被告人は職務上においても事実上においてもこれが占有者
たる地位にあるものではなかつたと認むべきである。したがつて、被告人の判示所
為は犯人の身分により構成すべき犯罪行為に身分なくして加功した共犯として、刑
法第六五条第一、二項により単独横領罪の刑を科すべきであるところ、原判決がこ
れを業務上横領の罪に問擬し、刑法第二五三条を適用処断したのは、判決に影響を
及ぼすことの明かな法令適用の誤があるというのほかなく、原判決はこの点におい
て破棄を免かれない。
 よつて、刑訴第三八〇条第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書
に従い本件について更に判決する。
 罪となるべき事実は、原判決摘示事実のうち、村長として「同村の一般行政並び
に収入、支出、その他の会計事務を統轄」とあるのを、村長として「同村の一般行
政を統轄し、収入及び支出を命令し並び‘会計を監督」と改め、「業務上保管中」
とある前に「F」の文字を加えるほか、すべて原判決り摘示するとおのであり、法
令の適用ば次に示すとおりである。
 刑法第二五三条第六五条男第一項第二項第二五二条第一項。
 刑法第二五条。
 刑訴第一八一条第一項。
 以上の理由により主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

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