弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1 被告は,原告に対し,金330万円及びこれに対する平成11年9月19日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とす
る。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
 (1) 被告は,原告に対し,金2297万5723円及びこれに対する平成11年
9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 (3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
 (1) 原告の請求を棄却する。
 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
 1 請求原因
(1) 当事者
  原告は,昭和25年5月23日生まれの男性で,腎結石のため,平成2年末こ
ろから,被告が開設する一宮市民病院(以下「被告病院」という。)の泌尿器科に
通院して治療を受けていた者である。
(2) 平成4年4月4日の被告病院での点滴注射(以下「本件注射」ともいう。)と
その後の経過
 ア 原告は,平成4年4月4日,脇腹痛のため,被告病院泌尿器科を受診した。
 イ 尿検査の結果,異常は認められなかったが,原告が痛みを訴えていたことか
ら,点滴により痛みを抑えることになった。
 ウ 同日午前11時ころ,被告病院の看護婦が原告の右腕の肘部外側の部位から
点滴用の注射針を静脈に刺入して点滴を開始した。原告は,点滴用の注射針を腕に
刺した途端に,針の刺入部位付近から右腕の指先にかけて電気が走るような鋭い痛
みを感じ,痛いと叫んだが,看護婦は針を刺せば痛みがあるのは当然と言って,本
件注射部位に縦横約1センチメートルのテープを貼って点滴針を固定した。その後
は痛みも治まり,点滴が続けられた。
   正午近くになり,原告は点滴針を刺したまま,看護婦の指示に従って部屋を
移動したが,その際点滴の針がグラグラと動いた。
 エ 原告は,点滴を行う前は右手に異常を感じたことはなかったが,点滴終了直
後,手足の先が痺れたような感覚や頭がぼうっとした感じを覚え,翌日には右手の
肘部が腫れ上がり,手に力が入らず,食事中に箸を落としたり,字も書けない状態
となった。
 オ 原告は,数か所の病院で診察を受け,同年12月17日,岐阜県立岐阜病院
(以下「岐阜病院」という。)の脳神経外科において,右橈骨神経不全麻痺と診断
された。
(3) 本件注射と右橈骨神経不全麻痺との因果関係
  橈骨神経不全麻痺は静脈注射等により誤って神経幹内に薬剤が注入されたりし
て神経の麻痺を来して生ずるものとされている。
  原告は,本件注射の際,右手指先にかけて鋭い痛みを感じ,その後の移動の際
にも点滴針がぐらついて右手に痛みを感じ,点滴前には右手の異常を感じたことは
なかったのに,点滴後に異常を感じるようになり,右橈骨神経不全麻痺となった。
原告の右橈骨神経不全麻痺の原因は,被告病院での本件注射の際に点滴の薬剤を誤
って神経幹内に注入したか,または移動する際に点滴針が十分固定されていなかっ
たため,薬剤が橈骨神経に直接浸潤したこと等によるものと認められる。
(4) 被告の責任
  橈骨神経は,肘部付近では静脈に接して皮下からかなり浅いところを走行して
おり,肘部の橈骨神経走行部位付近に注射等の針を刺入する場合には薬剤を橈骨神
経に注入する危険性があるため,十分な注意が必要である。
  被告病院の看護婦は,点滴の際,何ら注意することなく漫然と肘部付近に注射
をし,点滴針を橈骨神経に刺入したかあるいは点滴用の薬剤(ソリタT3あるいは
ソリタT3と鎮痛剤)を橈骨神経に浸潤させ,または移動する際に特に注意を払う
こともなく点滴針を十分固定しないままで移動させており,誤って薬剤を橈骨神経
に直接浸潤させ,あるいは針によって橈骨神経を傷つけて橈骨神経を損傷したもの
である。
  このように,被告病院の看護婦は,原告に対して点滴をする際に,本来針を刺
すべきではない箇所に針を刺したのであるから過失があり,被告病院の責任は明ら
かである。
  また,少なくとも点滴針を刺した直後に原告が鋭い痛みを感じて右手の異常を
訴えたのであるから,担当看護婦ないし担当医は,橈骨神経付近に薬剤が浸潤した
のではないかと疑い,直ちに薬剤による神経等への侵襲を防止する適切な処置をと
るべきであったのにこれを全くしていない。
(5) 原告の損害               合計2297万5723円
ア 後遺障害慰謝料               250万円
  原告は,右橈骨神経不全麻痺により,右手指伸展障害,右手関節背屈障害,右
握力低下等の後遺症が残り,その程度は,労災保険法施行規則別表第1の障害等級
表の12級12号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するので相当慰謝
料額は250万円を下らない。
イ 後遺障害による逸失利益          1847万5723円
  原告の本件後遺障害による労働能力喪失率は14パーセントと考えられるとこ
ろ,その症状固定時期と考えられる平成7年当時の原告の年収額905万1403
円を基礎とし,就労可能年齢67歳としてホフマン方式(ホフマン係数14.58
0)により,原告の逸失利益を算出すると1847万5723円となる。
ウ 弁護士費用                  200万円
(6) よって,原告は,被告に対し,医療契約の債務不履行ないし不法行為に基づ
き,2297万5723円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年
9月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 2 請求原因に対する認否及び被告の主張
(1) 請求原因(1)の事実は認める。
(2)ア 請求原因(2)アの事実は認める。
 イ 請求原因(2)イのうち,尿検査に異常が認められなかったことは認めるが,そ
の余は否認する。
   原告の疼痛の原因として尿路結石が疑われたため,自排石を促すために尿量
増加を期待して点滴(ソリタT3ー500ミリリットル)が処方されたが,点滴内
に鎮痛剤などの他の薬剤は入れておらず,点滴は痛みを抑えることを目的としたも
のではない。疼痛に対してはボルタレン坐薬が処方された。
 ウ 請求原因(2)ウのうち,平成4年4月4日午前11時ころに点滴が開始された
こと,点滴針を縦横約1センチメートルのテープで固定したこと,その後点滴針を
刺したまま看護婦の指示で部屋を移動したことは認め,その余は否認する。
   原告が点滴後,被告病院の医師に訴えていたのは,刺入時の電気が走るよう
な鋭い痛みではなかった。点滴部位は正確には右前腕橈骨側の肘部である。
 エ 請求原因(2)エ及びオの事実は不知。
(3) 請求原因(3)ないし(5)は争う。
(4) 被告の主張
  橈骨神経は,上腕から前腕にかけての筋肉の間すなわち皮膚からかなり深いと
ころを走行しており,点滴針が橈骨神経を傷つける可能性は乏しい。通常点滴を行
う肘部や前腕の静脈は皮膚直下を走行しており,橈骨神経の位置とはかなり離れて
いるので,静脈内に先端が入っている点滴針が橈骨神経に達することは考えられな
い。
仮に点滴に際して点滴の液が血管外に漏れたとしても,ソリタT3は体液に近い性
状の液体であり,神経や周囲の組織に障害を与えることはない。
また,万一点滴針が橈骨神経を穿刺したとしても,数年にわたる麻痺が継続するよ
うな後遺症を残すことはない。
橈骨神経は,上腕では上腕骨周囲を取り巻くように走行しており,前腕では運動枝
は橈骨の直上から橈骨と尺骨の間を走行する(後骨間神経)。したがってその走行
は深い。
橈骨神経は,前腕において運動枝と感覚枝とが別個に走行している。前腕背側を支
配する感覚枝は,上腕近位部で橈骨神経と分かれ,手背の橈側を支配する感覚枝は
肘関節直上で橈骨神経と分かれ,感覚枝と分かれた橈骨神経は運動枝の後骨間神経
となる。
本件で仮に肘関節直上の圧痛部位で橈骨神経が障害されていたとすると,上述の解
剖学的な特徴から感覚障害が起こらずに運動障害のみとなるか,感覚障害のみが生
じているはずであり,感覚障害の場合は手背橈側の知覚低下のみとなる。また,運
動障害が起きたとすると,手背屈と手指伸展障害のみが生じ,肘関節の運動は影響
を受けない。
通常,末梢神経障害が外的原因に起因する場合,その原因が取り除かれれば自己修
復過程が働き,末梢神経は再生し,神経症状は徐々に改善する。本件の症状は,外
的要因による橈骨神経障害としては矛盾点が多い。
理由
第1 原告の診療経過について
 1 請求原因(1)の事実は当事者間に争いがない。
2 本件注射とその後の経過
(1) 請求原因(2)アの事実は当事者間に争いがない。
(2) 証拠(甲1ないし5,10,11,乙1ないし9,証人A,同B(書面尋
問),原告本人,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認
められる。ただし,甲第11号証,乙第9号証,証人Aの証言,原告本人の供述の
うち以下の認定に沿わない部分は採用しない。
ア 原告は,平成4年4月4日,被告病院泌尿器科を受診してC医師の診察を受け
た。原告の疼痛の原因として尿路結石が疑われたため,C医師は,自排石を促すた
めにソリタT3(500ミリリットル)の点滴を行い,痛みに対してはボルタレン
坐薬を処方することにし,また,単純CT検査も行うことにした。(甲11,乙
1,8,9,証人A,原告)
イ 被告病院の看護婦が,上記ソリタT3の点滴をするために注射針を原告の右腕
の肘関節上部外側に刺入(原告が主張する「本件注射」である。)したところ,原
告は,注射針の刺入部位付近から右腕の指先にかけて鋭い痛みを感じたが,その後
は痛みも治まり,途中で部屋を移動し,点滴が続けられた(甲2,11,原告)。
ウ 原告は,上記の点滴を行う前は右手に異常を感じたことはなかったが,点滴終
了直後,手足の先が痺れたような感覚や頭がぼうっとした感じを覚え,翌日には右
手の肘部が腫れ上がり,手に力が入らず,食事中に箸を落としたり,字も書けない
状態となった(甲11,原告,弁論の全趣旨)。
エ(ア) 原告は,同月7日に被告病院泌尿器科を受診し,A医師の診察を受け,同
月8日,被告病院内科を受診し,「同月4日の点滴後,右手の血管が浮いてきて痛
みがある。」旨を伝えたが特に処置は行われなかった(甲11,乙1,2,9,証
人A,原告)。
(イ) 原告は,同月10日,D医院を受診し,同月4日の点滴後の右腕部分の痺れ
や痛みを訴えた。F医師が診察したところ,原告の右腕には腫れが認められた。同
医師が良導絡測定を行ったところ,上肢(両側)の低反応が認められた。(甲5,
11,乙4,原告)
(ウ) 原告は,同月15日ころから右手の痺れや痛みの他に右頭頂部,右眼窩部,
右側頸部などに神経痛様の疼痛を感じるようになり,同月18日,同月4日の被告
病院での点滴後の頭,頸部,肩,右前腕や手関節の疼痛,右頸部の腫脹を訴えて,
県立尾張病院内科を受診したところ,被告病院での受診をすすめられた(甲11,
乙2ないし5,原告)。
(エ) 原告は,同月22日,D医院を受診し,同月15日ころから右頭頂部,右眼
窩部,右側頸部などに神経痛様の疼痛を感じるようになった旨を訴え,同月23
日,F医師の勧めで,被告病院脳神経外科を受診した。同日の診察では神経学的所
見にも頭部CT画像上も問題となる所見はなく,頭痛は緊張性頭痛と思われるとの
診断であった。同月25日,同科の診察の際,原告の握力は,左が31キログラム
であったのに対し,右は8.5キログラムで,右前腕に知覚,運動障害が認められ
た。
  原告が同月27日D医院を受診したところ,右の握力低下・知覚鈍麻が著明で
あった。(甲11,乙3,4,原告)
(オ) 原告は,同年5月1日に被告病院に電話をかけ,点滴後腕が痛く痺れ,字が
書きづらいこと等を伝え,点滴の内容物を問い合わせ,これに対してA医師は,ソ
リタT3(500ミリリットル)のみであると回答し,一度受診するように伝え
た。
原告は,同月9日被告病院泌尿器科を受診し,同年4月4日の点滴の後,右腕肘部
分の橈骨側が腫れたことを伝えた。(乙1,9,証人A,原告)
    (カ) 原告は,同年8月3日,岐阜病院神経内科を受診した。
      原告は,同病院受診時に,「同年4月4日,被告病院で点滴を受けた
後,右前腕の痛み,痺れ,脱力感,腫脹が出現し,その後右上腕,肩,胸部の痛み
と右頸部の腫脹が出現した。」旨を訴えた。初診時の客観的所見として右肘部分に
注射後のしこりらしきものが認められた。
      原告が同年8月11日岐阜病院神経内科を受診した際,原告の握力
は,右10キログラム,左20キログラムであった。また,末梢神経伝導速度につ
いては明らかな異常は認められず,神経学的に有意な所見はなかった。また,同年
9月18日に行われたMRI検査の結果,原告の頸椎には軽度の椎間板ヘルニアが
疑われたが,右手の痺れ等との関連性は不明であるとされた。(甲10,11,乙
4,6,証人B,原告)
(キ) 原告は同月3日,右握力の低下と右上肢の橈骨神経支配領域の痺れを訴えて
D医院を受診したところ,同日の原告の握力は右5キログラム,左12キログラム
であった(甲11,乙4)。
    (ク) 原告は,同年12月17日,岐阜病院脳神経外科を受診し,同年4
月4日の被告病院での点滴後,右腕の痛みや脱力感が生じたこと等を説明し,右肘
部分の痛みや頭痛を訴えた。同年12月17日の原告の握力は,右15キログラ
ム,左24キログラムであった。診察にあたったG医師は,原告に右橈骨神経支配
領域の皮膚知覚の鈍麻,右手指伸展障害,右手関節背屈障害,右握力低下が認めら
れたこと等から,右橈骨神経不全麻痺であると診断した。(甲1,2,10,1
1,乙6,原告)
(ケ) 原告は,平成5年以降,岐阜病院脳神経外科に通院しながら,同病院整形外
科等で右橈骨神経不全麻痺に対するリハビリを行った(甲4,11,乙6,原
告)。
 (コ) 原告は,平成9年5月12日,岐阜病院脳神経外科を受診し,G医師の診
察を受けたところ,右手関節の背屈,右手指の伸展が不良であり,肘関節伸展下で
は特に不良であった。また,右肘関節直上外側(橈側)に圧痛,その直下から右前
腕外側(橈側),右手母指全体,示指橈側の知覚減退が認められた。(乙6)
    (サ) 原告は,同年8月28日と同年9月5日,国立名古屋病院を受診
し,橈骨神経,正中神経,尺骨神経に対して末梢神経伝導速度検査を受けた。
      その結果,橈骨神経を含め,いずれの神経伝導速度もほぼ正常の範囲
内であったが,右橈骨神経の運動神経伝導速度が左に比べ明らかに遅延しており,
右橈骨神経麻痺と診断された。(甲3,10,11,乙6,7,原告)
    (シ) 原告が,平成12年2月27日,岐阜病院脳神経外科を受診したと
ころ,右肘関節,右手関節の伸展屈曲はいずれも弱く,右手指の屈曲も弱く伸展は
特に弱かった。また,握力は右15キログラム,左40キログラムであり,平成9
年5月12日と同様圧痛,知覚減退があり,知覚減退の範囲は圧痛点を超えて広が
っていた。(乙6)
第2 本件注射と右橈骨神経不全麻痺との因果関係について
まず,証拠(甲1ないし4,10,乙6)及び弁論の全趣旨によれば,原告の右手
等の異常は右橈骨神経不全麻痺によるものと認めることができ,この認定を覆すに
足りる証拠はない。
原告が本件注射後まもなく右腕の痺れや痛み,脱力感等を訴え,右前腕の運動,知
覚障害,握力低下といった症状が認められたことは第1の2で認定したとおりであ
り,これらの諸症状は橈骨神経不全麻痺の症状と矛盾しないこと(甲2,7,1
0),本件注射の際,看護婦が注射針を刺入した部位は,原告の右腕の肘関節上部
外側であり,この付近を橈骨神経が走行していること(甲2,7),原告の障害は
注射部位よりも末梢に認められること(甲10,乙6)からすれば,本件注射行為
によって原告の右橈骨神経不全麻痺を来したもの(点滴のための注射針自体が橈骨
神経を損傷したのかあるいは点滴液が橈骨神経に悪影響を与えたのかのいずれかで
あると考えられ,両者が競合した可能性も否定できない。)と推認することができ
る。調査嘱託の結果(
甲10のG医師の回答書)中のソリタT3に関する記載も上記の推認を覆すに足り
ず,他にこの推認を覆すに足りる証拠はない。
第3 被告の責任原因について
橈骨神経は,肘関節上部外側では静脈の付近を走行しているから,看護婦は,橈骨
神経走行部位付近である肘関節上部外側の部位に点滴(静脈注射)をする場合に
は,付近の橈骨神経走行部位等不適切な部分に注射針を刺入することのないように
十分に注意する義務があるというべきである。
本件において,原告の右橈骨神経不全麻痺が本件注射行為によって生じたものと推
認できることは前記のとおりである。そうすると,平成4年4月4日に原告に対す
る点滴を担当した被告病院の看護婦(被告病院の被用者であり,履行補助者の関係
にもある。)は,上記の注意義務を怠って,本来注射針を刺入してはいけない橈骨
神経走行部位に点滴のための注射針を刺入した過失があることは否定できないとこ
ろであり,被告は本件注射行為から生じた原告の損害について診療契約の債務不履
行あるいは不法行為(民法715条1項)に基づく賠償責任を免れない。
第4 原告の損害  合計330万円
1 後遺障害による逸失利益について
   証拠(甲11,乙6,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は昭和2
5年5月23日生まれの男性で,昭和50年に大学の教育学部を卒業後,公立中学
校の英語教師として勤務してきたが,本件注射の後,利き手である右手の痺れや痛
みのため不自由を感じ,現在も前記の右橈骨神経不全麻痺のために右手には力が入
らず,字も書きづらく,また,冬の気温の低いときは右手の動きが非常に悪くなっ
たり,痛みがひどくなる症状が残っており,教員として仕事にも悪影響が出ている
ことが認められる。しかし,原告は現在も公立中学校の教員として勤務を継続して
おり,本件注射による後遺障害によって原告の収入が現実に減少したことを認める
に足りる証拠はなく,今後も教員として勤務を継続する限りにおいては上記後遺障
害によって現実の収
入が減少することは予想し難いところである。また,原告が将来教員を定年退職す
る時期まで上記の症状が継続するとすれば,再就職等に際して原告が不利益を被る
可能性は否定できないものの,その時点まで原告の上記症状が継続しているかにつ
いては明確な予測がし難いところである。
   したがって,原告の後遺障害による具体的な逸失利益を算定することはでき
ず,上記の後遺障害によって今後原告に生じ得る不利益等は後記の慰謝料算定の一
事情として考慮することとする。
2 慰謝料                  300万円
  前認定の原告の後遺障害(右橈骨神経不全麻痺)の症状等に係る事情,原告が
本件注射後に発生した症状の診療のために種々の病院での診察を余儀なくされたこ
とその他諸般の事情を総合考慮して,原告に対する慰謝料として被告が負担すべき
金額を300万円と定めることとする。
3 弁護士費用                 30万円
本件事案の性質,審理経過,請求認容額等諸般の事情を考慮すると,本件注射行為
と相当因果関係のある原告の損害として被告が負担すべき弁護士費用の額を30万
円とするのが相当である。
第5 以上の検討によれば,被告は,原告に対し,診療契約の債務不履行あるいは
不法行為(民法715条1項)に基づく損害賠償として金330万円及びこれに対
する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成11年9月19日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務があることにな
る。
第6 結論
よって,原告の本訴請求は,被告に対し前項記載の金員の支払を求める限度で理由
があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担に
ついて民訴法64条本文,61条を,仮執行の宣言について同法259条1項を適
用して,主文のとおり判決する。
   名古屋地方裁判所民事第6部
       裁判長裁判官 氣賀澤 耕 一
           裁判官目 代 真 理
    裁判官藤田敏は転補につき署名・押印できない。
       裁判長裁判官 氣賀澤 耕 一

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