弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,50万円を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1控訴人は,平成30年2月28日付けで夫となるべき者(以下,「A」とい
う。)と共に,控訴人は控訴人の氏を,AはAの氏をそれぞれ称するものとし
て婚姻届を提出したが,同婚姻届は,夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫
又は妻の氏を称すると定める民法750条の規定及び婚姻しようとする者は夫
婦が称する氏を届け出なければならないと定める戸籍法74条1号の規定(こ
れらの規定を併せて,以下「本件各規定」という。)に違反することを理由に
受理されなかった。
本件は,控訴人が,本件各規定は憲法14条1項,24条1項及び2項,我
が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」
という。)2条1項及び3項⒝,3条,17条1項,23条各項並びに女子に
対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(以下「女子差別撤廃条約」と
いう。)2条,16条1項⒝及び⒢に違反するものであるから,これを改廃し
て夫婦同氏制に加えて夫婦別氏制という選択肢を新たに設けない立法不作為は
国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると主張して,被控訴人に対し,
国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として慰謝料50万円の支払を求め
る事案である。
原審は,本件各規定は憲法14条1項,24条1項及び2項並びに自由権規
約の各規定に反するものとはいえず,また,女子差別撤廃条約は自動執行力が
なく,同条約の規定は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を基礎付けるも
のではないから,上記立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を
受けるものではないとして控訴人の請求を棄却した。控訴人がこれを不服とし
て控訴をした。
2前提事実(後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
⑴控訴人は,昭和58年9月にAと挙式し,その数か月後,婚姻後の夫婦の
氏をAの氏と定めて婚姻届を提出したが,旧姓を通称使用することに限界を
感じ,平成2年1月13日にAとの離婚届を提出した。しかし,この離婚は,
控訴人が旧姓を使用するための形式的なもので,控訴人は,その後もAと夫
婦として生活してきた(甲3,96の2)。
⑵最高裁判所大法廷は,本件と同様に民法750条が憲法14条1項,24
条等に違反するとして,国家賠償が請求された事案に関し,平成27年12
月16日,民法750条は憲法14条1項及び24条に違反しないとする旨
判示した(最高裁平成26年(オ)第1023号同27年12月16日大法廷
判決・民集69巻8号2586頁参照。以下「平成27年最高裁判決」とい
う。)。
⑶控訴人とAは,平成30年3月2日,広島市●区長に対し,控訴人は控訴
人の氏を,AはAの氏をそれぞれ称するものとして婚姻届を提出した(甲3)。
⑷広島市●区長は,同月6日,上記⑶の婚姻届が本件各規定に違反している
ことを理由として,これを受理しないこととし,その頃,その旨を控訴人に
通知した(甲4)。
3条約の規定
自由権規約及び女子差別撤廃条約のうち,本件に関連する規定は別紙「自由
権規約・女子差別撤廃条約の規定」に記載のとおりである。
4争点及び当事者の主張
⑴本件各規定が憲法14条1項に違反するか否か
(控訴人の主張)
本件各規定は,以下にみるとおり,信条又はそれに準ずる事項に基づく差
別的取扱いであり,それに伴って生じる不利益が重大であるにもかかわらず,
そのような差別的な取扱いを正当化するに足りる合理的な根拠が存在しない
から,憲法14条1項に違反し,違憲である。
ア本件各規定は,構造上も文言上も夫婦別氏での婚姻を希望する信念ない
し信条を基準として法律婚の成否を区別しており,その構造上,差別的取
り扱いをしていることは明らかである。すなわち,民法750条は,「婚
姻の際に定める」ところに従って「夫又は妻の氏を称する」旨を定め,戸
籍法74条1号は,その文言上,「夫婦が称する氏」を婚姻届の必要的記
載事項と定めていることから,これらの規定が相まって,夫婦同氏が婚姻
の要件(形式的成立要件)に転化しており,その結果,「夫婦が称する氏」
を「婚姻の際に定める」ことができない者,すなわち,夫婦別氏を希望す
る考え方を有する者は法律婚の効果を享受することができない一方,これ
を定めることができる者は婚姻が許されるのであって,両者は,本件各規
定の文言上,法的に区別して取り扱われている。
氏は,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴で
あって,人格権の一内容を構成するものであるから,夫婦が,婚姻後も別
氏を称するか,一方の氏を変更して同氏を称するかは,夫婦としてのあり
方を含む個人としての生き方に関する自己決定に委ねられるべき事項であ
って,その選択は,人生に関する信念であり,憲法14条1項にいう「信
条」ないしそれに準ずる事項に当たるというべきである。したがって,夫
婦同氏制を定める本件各規定は,「信条」による法的な差別的取り扱いを
定めているものにほかならない。
イ原判決は,本件各規定が,夫婦別氏を希望する者とそうでない者とを区
別することなく一律に適用されるから差別的取扱いに当たらないと説示す
るが,法律が一律に適用されるからといって,差別的取扱いに当たらない
とはいえない。憲法14条1項は,法適用の平等だけでなく,法そのもの
の内容も平等の原則に従って定立されるべきであるという,法内容の平等
をも意味するものであるし,異なる立場・状況にある者を同じに扱うのは,
同じ立場・状況にある者を別異に取り扱うのと同様,平等に反する。
また,仮に夫婦別氏が「信条」に該当しないとしても,夫婦双方が婚姻
後も継続して生来の氏の継続使用を希望し,かつ,互いのそうした希望を
尊重し合う夫婦として生きるか,夫婦の一方が氏を変更することによって
不利益を被る面があるとしても同氏であることに一体感を感じ同氏夫婦と
して生きるかは,夫婦としてのあり方を含む個人としての生き方に関する
自己決定に委ねられるべき事項であるから,本件各規定がそのような自己
決定に委ねられるべき事項に基づいて別異の取扱いをしていることに違い
はない。したがって,本件各規定は「重要な権利・利益」について別異の
取扱いをするものであるといえるから,それが信条に該当するか否かを問
わず,厳格な判断基準が適用され,これを正当化する合理的な根拠は存在
しない。
ウ夫婦別氏を希望する夫婦は,法律婚をすることができない結果として,
夫婦同氏を選択して法律婚をした夫婦と比較して,重大な権利又は利益に
関する不利益を受けている。
具体的には,法律婚をすることができない結果として,配偶者として法
定相続人になることができない(民法900条),配偶者として後見開始
の審判の請求をすることができない(同7条),夫婦間の子が嫡出推定を
受けることができない(同772条),共同して親権を行使することがで
きない(同818条3項),所得税について配偶者控除を受けることがで
きない(所得税法83条),相続税について配偶者に対する相続税額の軽
減を受けることができない(相続税法19条の2)等の法律上の不利益を
受けているほか,不妊治療に関する助成金を受給することができない,被
保険者の配偶者として生命保険の受取人になることができない,居住不動
産の住宅ローンの連帯保証人になることができない,治療方針の選択等に
ついて配偶者として同意権者になることができないなどの事実上の不利益
を受けることがある。これらに加え,国民の中に法律婚を尊重する意識が
幅広く浸透していることから,法律婚をしていない夫婦は,正式な夫婦で
はないとされ,夫婦であることの社会的承認を得ることが容易ではないと
いう状況もある。
エ他方,このような重大な権利又は利益に関する不利益を伴う差別的取扱
いであるにもかかわらず,これを正当化するに足りる合理的な根拠はない。
すなわち,夫婦別氏を希望する夫婦に対する別異取扱いが許容されるた
めには,夫婦同氏を原則とすることに合理性が認められるだけでは足りず,
さらに進んで,夫婦同氏に例外を許容せず,夫婦同氏を一律に強制するこ
との合理性が認められなければならないところ,そのような合理性は認め
られない。
この点,夫婦同氏制度を正当化する根拠として,夫婦同氏には,①家族
という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別す
る機能があり,②家族の一員であることを実感する機能があるとされてい
る。
しかしながら,①については,現代社会における家族の形態が様々であ
ること,通称の使用が社会的に広がっていることなどを踏まえれば,社会
において,氏の同一性によってのみ家族の一員であることが公示されてい
るという実態があるとまでいうことはできないのみならず,むしろ,氏の
同一性によってのみ家族の一員であることが公示されるべきであるとする
ことは,親と子の氏が異なる非嫡出子等に対する差別が助長されるという
弊害すら生じさせるものであるから,夫婦同氏に例外を許容しないことを
正当化する根拠としては合理性に乏しい。また,②については,たしかに,
国民の中には,氏の同一性によって家族の一員であることを実感する者が
一定数存在するが,そうであるからといって,氏の同一性によってそのよ
うな実感をしない者も存在するのであるから,夫婦同氏を原則とするにと
どまらず,それに例外を許容しないことまで正当化する根拠とはならない。
(被控訴人の主張)
本件各規定は,夫婦別氏を希望する者と夫婦別氏を希望する者以外の者の
いずれに対しても,婚姻をする場合には,夫又は妻の氏を称するものとする
ことを定めているものであるから,そもそも,夫婦別氏を希望する者と夫婦
別氏を希望する者以外の者との間で別異の取扱いをするものではなく,その
文言上,夫婦別氏を希望する者であるか,それ以外の者であるかについて,
法的な差別的取扱いを定めているわけではない。
したがって,本件各規定は,控訴人が主張するように,「信念ないし信条
を基準として法律婚の成否を区別」するものではなく,本件各規定の定める
夫婦同氏制それ自体に形式的な不平等は存在しないから,本件各規定は,憲
法14条1項に反しない。
⑵本件各規定が憲法24条に違反するか否か
(控訴人の主張)
ア憲法24条2項は,「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,
法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければな
らない」と規定する。この規定は,具体的な制度の構築を第一次的には国
会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,同条1
項も前提としつつ,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであると
する要請,指針を示すことによって,その立法裁量の限界を画したもので
あり,本質的に様々な要素を検討して行われるべき立法作用に対してあえ
て立法上の要請,指針を明示していることからすると,その要請,指針は,
単に,憲法上の権利として保障される人格権を不当に侵害するものではな
く,かつ,両性の形式的な平等が保たれた内容の法律が制定されればそれ
で足りるというものではないのであって,憲法上直接保障された権利とま
ではいえない人格的利益をも尊重すべきこと,両性の実質的な平等が保た
れるように図ること,婚姻制度の内容によって婚姻をすることが事実上不
当に制約されることのないように図ること等についても十分に配慮した法
律の制定を求めるものであり,この点でも立法裁量に限定的な指針を与え
るものと解される(平成27年最高裁判決参照)。このように,憲法24
条においては,憲法13条,14条を裁判規範として検討する局面ではす
くい上げることのできなかった様々な権利や利益,実質的平等の観点等を,
立法裁量に限定的な指針を与えるものとして検討すべきものとされ,憲法
24条は,憲法13条や14条1項の範囲にとどまらない固有の意義を有
している。
これを本件についてみると,氏は,人が個人として尊重される基礎であ
って,その選択は,個人の生き方,家族の在り方に関する自己決定に委ね
られるべきであるほか,氏は,個人を他人から識別し特定する機能を有す
るため,それを変更することは,個人が築いた業績,実績,成果などの連
続性を失わせ,これらの法的利益にも影響を与えかねないとともに,氏を
変更した者に対してアイデンティティの喪失感をもたらすものである。加
えて,婚姻後も就労を継続する女性が増加していること,初婚年齢が上昇
し,女性が婚姻までに個人の業績等を築く機会が増加していること,再婚
率が上昇し,自身と子の氏の同一性を確保するために氏を続用する需要が
高まっていること,社会のグローバル化,IT化に伴って,婚姻前後で氏
の連続性を維持する必要性が高まっていることといった社会情勢の変化に
加え,男女共同参画の推進の重要性,夫婦別氏を許容する方向での国民の
意思の変化,国際的動向等を踏まえれば,本件各規定に基づく選択肢なき
夫婦同氏制という「制度」は,個人の尊厳と両性の平等の要請に照らして
合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っている。
もっとも,本件各規定は,形式的には,婚姻後の夫婦がいずれの氏を称
するかについて,夫婦となろうとする者の間の協議による選択に委ねてい
るが,実際には,婚姻をする夫婦の約96%において,夫の氏を称するこ
とが選択されている。この状況は,女性の社会的経済的な立場の弱さ,家
庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因によるも
のであり,夫の氏を称することが形式的には妻の意思に基づくものであっ
たとしても,その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用している
といえるから,本件各規定は,実質的には,大多数の夫婦にとって,妻に
対してのみ氏の変更を強制するものであって,婚姻における両性の実質的
な平等が保たれているとはいい難い。
以上によれば,本件各規定は,人格的利益として尊重されるべき氏の選
択という事項について,実質的には,妻に対してのみ不利益を課すもので
あり,それによって,氏の変更を希望しない妻が法律婚をすることをため
らわせ,事実上,婚姻をすることを制約しているというべきであるから,
本件各規定は,婚姻制度の内容によって婚姻をすることを事実上不当に制
約するものであり,憲法24条が明示する立法上の要請,指針に反する。
平成27年最高裁判決は,氏に関する人格権について,氏が婚姻及び家
族に関する法制度の一部として法律においてその具体的な内容が規律され
ていることから,上記人格権の内容も,憲法の趣旨を踏まえつつ定められ
る法制度をまって初めて具体的に捉えられるとした上,現行民法における
氏に関する規定を通覧してそれを無批判に肯定し,これらの規定から,氏
には家族の呼称としての意義があるため,一つに定めることにも合理性が
あると判示したが,憲法上の人権の内容を,下位法である民法及び戸籍法
の解釈により決するべきではない。このような思考様式は,人権の保障内
容は法制度により具体化されるのであるから,人権の保障内容は制度の枠
内に限定されるという制度優先思考に陥っており,不当である。
また,平成27年最高裁判決は,婚姻の重要な効果として夫婦間の子が
夫婦の共同親権に服する嫡出子となるということがあるところ,嫡出子で
あることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することに
も一定の意義があると判示するが,この「公示機能」は,その反面として,
両親と氏が共通でない子どもは非嫡出子である(可能性が高い)というこ
とも同時に公示するものであり,その公示機能の必要性を説くことは,非
嫡出子差別につながる危険性をはらむものである。
イ平成27年最高裁判決は,夫婦同氏制度は婚姻前の氏を通称として使用
することまで許さないものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用
することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,これが広まる
ことにより一定程度は緩和され得ると判示し,被控訴人もこれに沿った主
張をする。
しかし,婚姻前の氏の通称使用は,婚姻前の氏を使用し続ける実際の社
会的必要性から,便宜的に,かつ,事実上社会に広まっているものに過ぎ
ず,国会が法制度として確立したものではない。また,婚姻前の氏の通称
使用は,上記のとおり便宜的なもので,使用の許否,許される範囲等が定
まっているわけではないため,戸籍上の氏と通称として使用する氏が異な
ることによる社会生活上の様々な不都合が生じている。たとえば,会社の
人事上の書類等において,戸籍上の氏と通称として使用する氏の両者を併
記することによって,事務処理が煩雑となり,手続上のミスが発生する原
因となっていること,パスポートに両者を併記することによって,出入国
の際に,パスポートの偽造等の違法行為を疑われる場合があること,そも
そも,生活上使用する各種書類に両者を併記し,又は通称を表記するため
の事務手続の負担が膨大であること,本人確認の際,証明書類に通称とし
て使用する氏を表記している場合,それが戸籍上の氏と異なることを説明
するために自身が婚姻しているというプライバシーに関する情報を不必要
に開示しなければならないことなどの不都合が生じている。そして,これ
らの不都合によって生じる負担については,多くの場合,女性である妻が
一方的に引き受けている状況がある。
したがって,婚姻前の氏の通称使用は,戸籍上の氏の変更に伴って生じ
る不利益を緩和するための措置として十分であるとはいえない。
ウ平成27年最高裁判決については,5人の最高裁判事が,多数意見と異
なり,本件各規定が憲法24条に違反する旨の意見を述べており,多数の
法学者等からも反対意見が表明されているほか,以下のとおり,同判決後,
その判断の基礎とされた社会情勢等に変化があったことからすると,現時
点において,選択肢なき夫婦同氏制の改廃を行わないことは,憲法24条
2項の認める立法裁量の範囲を超えて違憲である。
女子差別撤廃委員会は,平成28年3月7日付けで,我が国に対し,
平成27年最高裁判決は本件各規定を合憲であると判断したが,本件各
規定が実際には多くの場合に女性に対して夫の氏を選択せざるを得なく
していることから,女性が婚姻前の氏を保持できるように本件各規定を
改正すべきである旨勧告した。
平成27年最高裁判決以降も,女性の有業率,共働き世帯の割合,育
児中の女性の有業率,女性管理職の割合等は,いずれも増加し続けてお
り,このような女性の社会進出の進展という社会情勢の変化に伴って,
婚姻前後における女性の氏の連続性を維持することが一層重要になって
きている。
家族の在り方に関する国民の意識についても,内閣府が実施した「家
族の法制に関する世論調査」によれば,選択的夫婦別氏制度の導入につ
いて,平成24年に実施された調査では反対意見が賛成意見を上回って
いたが,平成29年に実施された調査では賛成意見が反対意見を逆転す
るに至ったほか,夫婦別氏が家族の一体感に影響を与えないとする意見
の割合が増加し続けており,もはや国民の意識によれば,夫婦同氏に例
外を許容しないことを正当化することはできない。
平成27年最高裁判決以降,全国各地の地方議会において,選択的夫
婦別氏制度の導入を求める意見書が次々に採択されているほか,政府は,
女性の活躍の推進を成長戦略として位置付けており,女性活躍の視点に
立った制度等を整備していくことが重要であるとして,選択的夫婦別氏
制度の導入に関し,の世論調査の結果について分析を加え,引き続き
検討を行う旨を表明している。
(被控訴人の主張)
ア憲法24条の要請,指針に応えて具体的にどのような立法措置を講ずる
かの選択決定が国会の多方面にわたる検討と判断に委ねられていることに
照らすと,婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法14条
1項等に違反しない場合に,更に憲法24条にも適合するものとして是認
されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる
影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照
らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得な
いような場合に当たるか否かという観点から判断すべきである。
平成27年最高裁判決は,これを前提として,婚姻によって氏を改める
ものにとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱い
たり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,
名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場
合があることは否定できないとした上で,他方,夫婦同氏制度には,家族
という一つの集団を構成する一員であることを対外的に公示し,識別する
機能,家族の一員であることを実感する機能があること,夫婦の子が嫡出
子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保するこ
とにも一定の意義があること,夫婦同氏制度自体には男女の形式的な不平
等があるわけではないこと,通称の使用によって夫婦同氏制度による弊害
が一定程度は緩和され得ることなどを総合的に考慮すれば,本件各規定は,
憲法24条に違反するものではない旨を判示したものである。
以上によれば,控訴人が夫婦同氏に例外を許容しないことの弊害として
指摘する種々の問題点を踏まえても,なお本件各規定が憲法24条に違反
するということはできない。
イ婚姻夫婦は,形の上では二人の間の関係であっても,法律制度としてみ
れば,家族制度の一部として構成され,身近な第三者ばかりでなく広く社
会に効果を及ぼすことがあるものとして位置づけられる。このような法律
制度としての性格や,現実に夫婦,親子などからなる家族が広く社会の基
本的構成要素となっているという事情などからすると,法律上の仕組みと
しての婚姻夫婦も,その他の家族関係と同様,社会の構成員一般からみて
もそう複雑なものでないものとして捉えることができるよう規格化された
形で作られていて,個々の当事者の多様な意思に沿って変容させることに
対しては抑制的であるべきである。
このように,複雑さを避け,規格化するという要請の中で仕組みを構成
しようとする場合に,法律上の効果となる柱を想定し,これとの整合性を
追求しつつ他の部分を作り上げていくことに何ら不合理はないが,現行民
法における婚姻制度を特徴づけるのは嫡出子の仕組み(民法772条以下)
であり,これこそが婚姻制度において想定される法律上の効果となる柱で
あるといえる。夫婦の氏に関する規定は,夫婦それぞれと等しく同じ氏を
称する程のつながりを持った存在として嫡出子が意義づけられていること
(民法790条1項)を反映していると考えられるところ,婚姻制度につ
いて,複雑さを避け,規格化するという要請の中で,民法750条が,法
律上の効果となる柱である嫡出推定との整合性を追求しつつ,婚姻をする
夫婦の氏をそのいずれかの氏とする仕組みを設けていることは,後記ウの
とおり,そのような仕組みを社会の多数が受け入れていることをも踏まえ
ると,十分に合理性を有するというべきである。
ウ現在の我が国においても,夫婦同氏は夫婦という生活共同体の共通の呼
称である「ファミリーネーム」として国民に深く浸透している。また,夫
婦同氏・夫婦別氏制度に対する国民意識については,これまで内閣府にお
いて累次世論調査が実施され,直近のものとしては平成29年12月に実
施されているが,現在の法律を改める必要はないとする考えが29.3%,
夫婦同氏制を前提として,婚姻によって氏を改めた人が婚姻前の氏を通称
としてどこでも使えるように法律を改めることについては,構わないとす
る考えが24.4%であり,これらの合計が過半数を占めるのに対し,夫
婦別氏制を導入しても構わないとする考えは42.5%にとどまっており,
上記世論調査においても,夫婦別氏制の導入に対しては賛否が分かれてい
て,その実現を是認する見解がすう勢化いているとはいえない状況にある。
そうすると,控訴人が指摘する平成27年最高裁判決以後の事情の変化
を踏まえてもなお,本件各規定をめぐる社会情勢につき,控訴人の主張を
裏付けるような事情の変化があったとまでは認められない。
⑶本件各規定が自由権規約に違反するか否か
(控訴人の主張)
ア本件各規定は,戸籍法74条1号を介して氏の変更を婚姻の形式的要件
とし,夫婦の一方が氏を変更しなければ婚姻することができないとしてい
る点で,家族に対する恣意的な干渉を禁止する自由権規約17条1項,家
族の保護を定めた同条約23条1項,婚姻の権利を定めた同条2項,婚姻
の自由を定めた同条3項に違反する。
また,本件各規定により,我が国の夫婦のうち約96%が,婚姻をする
ために,妻の側が自己の氏を変えていることから,各配偶者が自己の婚姻
前の姓の使用を保持する権利に関して女性が差別されていることから,男
女の平等を求め,女性に対する差別を禁止する自由権規約2条1項,3条
に違反するとともに,婚姻の場面における男女の平等を求め,女性に対す
る差別を禁止する同23条4項にも違反する。
さらに,本件各規定が改廃されないままとなっている事実は,婚姻前の
自己の姓の使用を保持するために婚姻することができない者,又は婚姻し
たために婚姻前の自己の姓の使用を保持することができない者に対する立
法上の機関による救済措置を要求する自由権規約2条3項⒝に違反する。
イ自由権規約の解釈に際しては,特段の事情がない限り,自由権規約によ
って設置された履行監視機関である人権委員会の一般的意見に基づいてこ
れを行うのが相当であるところ,自由権規約23条4項に関する一般的意
見は,①各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利及び②平等の
基礎において新しい姓の選択に参加する権利の双方について男女の同等の
権利が確保されていることを求めている(なお,一般的意見には上記①「又
は」②の文言が用いられているが,その前後の文脈に照らすと,類型的に
上記①や②について配偶者間の権利の平等が確保されないことが多いとい
う実情を踏まえて,これらが特に例示されたものであり,その双方が確保
される必要があるものと解すべきである。)。
この点,仮に一般的意見が我が国の裁判所による条約解釈を法的に拘束
する効力を有しないとしても,人権委員会は,自由権規約によって設置さ
れた履行監視機関であり,高潔な人格を有し,かつ,人権の分野において
能力を認められ個人の資格で職務を遂行している18人の委員で構成され
ていること,我が国は人権委員会がそのような役割を与えられていること
を前提として受け入れて自由権規約を締結していることからすると,我が
国の裁判所は自由権規約を解釈する際には,特段の事情がない限り,同委
員会の一般的意見に基づいてこれを行うのが相当である。そして,本件に
おいて,上記一般的意見と異なる独自の解釈・適用をすべき相応の理由と
根拠があるとは認められない。
そして,我が国においては,本件各規定により約96%もの夫婦におい
て女性が自己の姓を変えていることから,自己の婚姻前の姓の使用を保持
する権利及び平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利が女性に
対して保障されているとはいえない。
したがって,本件各規定は上記アのとおり自由権規約23条4項等に違
反する。
(被控訴人の主張)
控訴人が指摘する一般的意見は,法的拘束力を有するものではなく,これ
に従うことを自由権規約の締約国に義務付けているものではない。また,控
訴人が指摘する自由権規約の各規定の中に,各配偶者の婚姻前の姓の使用の
保持に明示的に言及したものはなく,各配偶者が婚姻前の姓の使用を保持す
るための措置をとることを締約国に直ちに求めていると解することはできな
い。
したがって,本件各規定が控訴人の主張する自由権規約の各規定に違反す
るとはいえない。
⑷本件各規定が女子差別撤廃条約に違反するか否か
(控訴人の主張)
ア本件各規定の存在により,夫婦の一方が氏を変更しなければ婚姻するこ
とができないから,本件各規定は,自由かつ完全な合意のみにより婚姻す
る権利が実現されなければならないと定めた女子差別撤廃条約16条1項
⒝に違反する。また,本件各規定及び我が国における慣習ないし慣行によ
り,夫婦の約96%が婚姻の際,妻の側が自己の氏を変えており,男女の
平等を基礎として女性が氏を選択する権利や自由を享有し又は行使するこ
とを害し又は無効にする効果を有しているから,同条約1条に定義される
女性に対する差別に当たり,これを禁止する同条約2条(a)にも違反する。
さらに,本件各規定及び慣習ないし慣行により,男女が平等ないし同一の
権利を有する状態とはなっておらず,自由かつ完全な合意のみにより婚姻
することについて,実際的に,男女が同一の権利を有する旨を明記する同
条約2条(a),16条1項⒝に違反する。
加えて,本件各規定及び慣習ないし慣行により,姓を選択する権利につ
いて,妻が姓を選択する権利を有しており,かかる権利が夫及び妻ともに
同一でなければならない状態とはなっておらず,姓を選択する権利につい
て,夫及び妻が同一の個人的権利を有する旨を明記する同条約2条(a),1
6条1項⒢にも違反する。
また,本件各規定及び慣習ないし慣行が現在まで存置されているという
事実は,効果として男女の平等が図られていない状態をもたらすものを撤
廃する政策を全ての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求すること,男
女の平等の原則の実際的な実現を法律その他の適当な手段により確保する
こと,効果として男女の平等が図られていない状態をもたらすいかなる行
為又は慣行も差し控えること,既存の法律,慣習及び慣行を修正し又は廃
止することを要求する同条約2条柱書き,⒞,⒟,⒡にも違反する。
イ被控訴人は,条約を裁判規範として用いるためには,当該条約に自動執
行力が認められることが必要であると主張するが,条約は,批准,公布に
よって,直ちに国内法的効力を有し(憲法98条2項),国内法上その条
約解釈権限に制約がある場合や,条約の規定が不明確,不完全であって直
接依拠することができないといった特段の事情がない限り,その条約の規
定に直接依拠して,法令の合法性を判断することができると解すべきであ
り,自動執行力が認められなければ裁判規範として用いることができない
ものではない。そして,本件は,本件各規定が女子差別撤廃条約に違反す
ることを理由として,本件各規定を改廃する立法措置をとらないことが国
家賠償法上違法であると主張する事案であるから,本件各規定が同条約に
違反しているか否かを判断するに足りる程度の明確性が個別の規定に認め
られれば,同条約を裁判規範として用いることができると解すべきであり,
上記アの女子差別撤廃条約の各規定は,上記の程度に明確であるから,本
件において裁判規範として用いることができる。
仮に,条約を裁判規範として用いるためには,当該条約に自動執行力が
認められることが必要であるとしても,上記アの女子差別撤廃条約の各規
定は,自動執行力の客観的要件である明確性がある上,我が国の意思とし
て,女子差別撤廃条約の自動執行力を排除する意思があったことを認める
ことはできないから,同条約の自動執行力について主観的要件を欠くとは
いえない。したがって,同条約の上記各規定には自動執行力がある。
ウ原判決は,国内法上の措置がとられていないことを,条約違反の有無の
判断を回避する理由として掲げているが,女子差別撤廃条約は,締約国に
差別撤廃実現のための立法,施策,救済等を義務付けているものであり,
差別撤廃を目的とした法制度,施策,救済等を実現しないこと自体が条約
違反となる。
また,女子差別撤廃委員会は,平成15年,平成23年及び平成28年
に,日本の民法が夫婦の氏の選択などに関する差別的な規定を依然として
含んでいると指摘し,上記規定を廃止し,女性が婚姻前の姓を保持できる
よう夫婦の氏の選択に関する法規定を改正することを勧告した。同委員会
は,女子差別撤廃条約により設置された唯一かつ公式の国際機関であり,
締約国が同条約を遵守しているか否かを審査等する権限を有する,条約実
施機関であるから,締約国において同条約を解釈する際には,特段の事情
がない限り,同委員会の勧告等に基づいてこれを行うべきである。そして,
被控訴人が政府報告書等において,夫婦同氏制が女性差別に当たらないと
の意見を述べたことは一度もなく,本件において,同委員会とは異なる独
自の解釈・適用をすべき相応の理由と根拠があるとは認められない。
以上によれば,本件各規定は,上記アのとおり女性差別撤廃条約16条
1項⒝等に違反するものである。
(被控訴人の主張)
女子差別撤廃条約16条1項⒝及び⒢は,自動執行力を持つ条約ではなく,
我が国の国民に対して直接権利を付与するものではないから,「合意のみに
より婚姻をする同一の権利」及び「姓を選択する個人的権利」につき,夫婦
「同一の権利」が同条約により保障されているものとはいえず,本件各規定
の定める夫婦同氏制が女子差別撤廃条約に違反するとはいえない。
すなわち,条約は,原則として国家間の関係を規律する法規範であり,直
接に締約国内の個人の権利義務を規律するものではないから,条約が,締約
国に対して,同国内において何らかの措置をとることを義務付ける内容のも
のであったとしても,原則として,その義務を履行するための具体的な措置
は各締約当事国の国内法に委ねられている。
もっとも,いわゆる自動執行力を有する条約については,国内法による補
完,具体化がなくとも,内容上そのままの形で国内法として直接に実施され,
私人の法律関係について,国内の裁判所及び行政機関の判断根拠として適用
することができるが,条約に自動執行力が認められるためには,私人の権利
義務を直接に国内裁判所で執行可能な内容のものにするという締約国の意思
が確認できること(主観的要件)と,条約の規定において私人の権利義務が
明白,確定的,完全かつ詳細に定められていて,その内容を具体化する法令
に待つまでもなく国内的に執行可能な規定であること(客観的要件)が必要
である。
しかし,女子差別撤廃条約の各実体規定は,「締約国は・・・適当な措置
をとる」と定められており,締約国に対して,女子差別を撤廃するという目
的を達成するために適当な国内的措置をとることを義務付ける内容のものに
とどまるもので,我が国の意思としても同条約を自動執行力のない条約であ
ると理解していたと解されるし,同条約16条1項の内容に照らしても,私
人の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められていて,その内容を
具体化する法令に待つまでもなく国内的に執行可能な規定であるとはいえな
いから,同条約に自動執行力は認められない。
⑸本件各規定について改廃する立法措置をとらないことが,憲法又は条約に
違反することを理由として国家賠償法上違法であるといえるか
(控訴人の主張)
立法不作為に関する国家賠償法上の違法性につき,判例は,国会議員の立
法行為又は立法不作為は,原則として国家賠償法上違法の評価を受けないと
しつつ,例外として,権利利益を合理的な理由なく制約するものとして,憲
法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正
当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などは,違法
の評価を受けることがあるという基準を用いる(最高裁昭和53年(オ)第1
240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁
以下)が,この基準は,国家賠償法1条1項の文言を無視し,国会議員の立
法行為又は立法不作為については国会無答責の原則を採用したといえる点,
要件を過度に加重して,憲法が定める三権分立の趣旨を完全に没却させる効
果を生じさせている点において誤りである。
仮に,上記判例の基準を用いるとしても,被控訴人が本件各規定を改廃す
る立法措置をとらないことは,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法であ
る。
すなわち,前記⑴,⑵の(控訴人の主張)のとおり,本件各規定は憲法1
4条1項及び24条に違反するものであるところ,被控訴人は,平成8年,
法務省法制審議会から,夫婦別氏制を含む「民法の一部を改正する法律案要
綱」の答申を受けたのであるから,遅くともこの時期には,本件各規定の改
廃の必要性を認識していたというべきであるにもかかわらず,現在まで20
年以上の長期にわたって,正当な理由なく,本件各規定を改廃する立法措置
をとることを怠っている。また,条約は,批准,公布によって,直ちに国内
法的効力を有し(憲法98条2項),かつ,一般の法律より上位の規範であ
ると解されるから,自由権規約及び女子差別撤廃条約という条約に違反する
本件各規定について,改廃する立法措置をとらないことは,国家賠償法1条
1項の規定の適用上違法である。加えて,女子差別撤廃条約の条約実施機関
である女子差別撤廃委員会から三度にわたり夫婦の氏の選択に関する法規定
の改正を勧告され,さらに,平成27年最高裁判決において5名の最高裁判
事が民法750条について憲法24条に違反するとの意見を述べ,その多数
意見においても,この問題につき国会において議論するよう求めているにも
かかわらず,国会は,その後,現在に至るまで,形式的な問答を繰り返すば
かりであり,上記問題点を踏まえて,法の改廃を現実的な選択肢とし,これ
を実質的に議論した形跡は見当たらない。また,個人の氏の問題は,個人の
尊厳の問題であり,単なる多数決原理によって判断されるべきものではなく,
自由主義の問題であり,立法府における裁量も相当程度制限されると解する
のが相当である。
(被控訴人の主張)
国会議員の立法過程における行動が,国家賠償法1条1項の規定の適用上
違法と評価されるのは,現存する法律の規定が憲法の規定に違反するもので
あることが明白であるにもかかわらず,正当な理由なく長期にわたってその
改廃等の立法措置を怠るなどの例外的な場合に限られる。
これを本件についてみると,前記⑴及び⑵の(被控訴人の主張)のとおり,
本件各規定が憲法14条1項及び24条に違反するものであることが明白で
あるとはいえない。また,平成27年最高裁判決が,本件各規定が憲法14
条1項及び24条に違反しない旨を判示しているところ,同判決後,現在ま
で,同判決の判断を覆す事情が認められないことを踏まえると,本件各規定
を改廃する立法措置をとらないことが国家賠償法1条1項の規定の適用上違
法と評価することはできない。
さらに,控訴人が主張する自由権規約上の権利及び女子差別撤廃条約上の
権利は,いずれも各条約により我が国の国民に直接保障された権利であると
はいえないから,本件各規定を改廃等する立法措置をとらなかった国会議員
の立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものでは
ない。
⑹損害額
(控訴人の主張)
控訴人が被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば,少なくとも50万円を
下回ることはない。
(被控訴人の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1争点⑴(本件各規定が憲法14条1項に違反するか否か)及び争点⑵(本件
各規定が憲法24条に違反するか否か)について
⑴本件各規定の意味
民法750条は,昭和22年法律第222号による改正前の民法(以下「旧
民法」という。)788条を改正したものであるところ,旧民法下では,「氏」
は家の名称であって,妻は,婚姻の効力として,夫の家に入るとされていた
ことから,夫と同じ氏を称することになっていた。
これに対し,民法750条は,旧民法788条において定められていた婚
姻の効力に係る「・・・ノ家ニ入ル」という規定を「・・・の氏を称する」
という文言に改めた上で,婚姻の効果として夫婦が称することとなる氏につ
いては,「婚姻の際に定める」ものという要件を明記し,夫婦について,憲
法24条や憲法14条1項も踏まえて,氏の選択における両性の機会的平等
を保ちつつ,夫婦は常に同じ氏を称するとしたものであって,この規定によ
り,婚姻当事者において婚姻の際に夫婦が称する氏についての合意をするこ
とが婚姻の実質的成立要件になっているということができる。他方,戸籍法
74条1号は,民法750条の規定を受けて,夫婦が称する氏を婚姻届にお
ける必要的記載事項と定めた手続規定に過ぎず,夫婦同氏制は民法750条
の規定によって形作られているということができる。したがって,控訴人は,
戸籍法74条1号も含めた本件各規定が違憲であると主張するものの,本件
は,民法750条が憲法24条及び憲法14条1項に違反するか否かを判断
した平成27年最高裁判決の射程範囲内にあると解するのが相当である。
また,民法750条は,上記のとおり旧民法以来の夫婦同氏制を踏襲して
いるが,それは,昭和22年の民法改正当時,夫婦同氏制が社会に定着して
おり,当時の国民感情にも社会的慣習にも適合していたことによるものであ
って,憲法24条や憲法14条1項の各規定を踏まえても,その当時は合理
性を有するものであったということができる。
そこで,本件では,昭和22年の民法改正後の社会情勢の変化等によって,
本件各規定の定める夫婦同氏制が合理性を欠くことになり,憲法24条や憲
法14条1項に反する状況に至っているというべきか否かが問われている。
この点について,控訴人は,夫婦同氏制を原則とすることに合理性が認めら
れるだけでは足りず,さらに進んで,夫婦同氏に例外を許容せず,夫婦同氏
を一律に強制することの合理性が認められなければならないと主張し,平成
27年最高裁判決においても,5名の最高裁判事が同様の意見を述べている
ものであり,これも一つの見解であるということはできる。しかしながら,
当裁判所は,法律婚によって得ることのできる利益を受けるための要件とし
ての夫婦同氏制が合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざ
るを得ないような場合に当たるか否かという観点から検討すべきであると考
えるので,上記の見解は採らない。その理由は次の⑵で述べるとおりである。
⑵婚姻についての基本的方針を定めている憲法24条の趣旨について
ア憲法24条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が
同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなけ
ればならない。」と規定する。
これは,婚姻をするかどうか,いつ,誰と婚姻をするかについては,当
事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねるべきであるという趣旨を明らか
にしたものと解される。
イ憲法24条2項は,「配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚
並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊
厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。」と規定
する。
これは,婚姻及び家族に関する事項は,関連する法制度においてその具
体的内容が定められていくものであることから,憲法24条2項は,具体
的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるととも
に,その立法に当たっては,同条1項も前提としつつ,個人の尊厳と両性
の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,
その裁量の限界を画したものというべきである。
ウこのように,憲法24条が,本質的に様々な要素を検討して行われるべ
き立法作用に対してあえて立法上の要請,指針を明示していることからす
ると,その要請,指針は,単に,憲法上の権利として保障される人格権を
不当に侵害するものでなく,かつ,両性の形式的平等が保たれた内容の法
律が制定されれば足りるというものではないのであって,憲法上直接保障
された権利とまではいえない人格的利益をも尊重すべきこと,両性の実質
的な平等が保たれるように図ること,婚姻制度の内容により婚姻をするこ
とが不当に制約されることのないように図ること等についても十分に配慮
した法律の制定を求めるものであり,この点でも立法裁量に限定的な指針
を与えるものである。
エ他方で,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社
会情勢における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や
親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断によって定められ
るべきものである。特に,憲法上直接保障された権利とまではいえない人
格的利益や実質的平等は,その内容として多様なものが考えられ,それら
の実現の在り方は,その時々における社会的条件,国民生活の状況,家族
の在り方等との関係において決められるべきものである。
オ憲法24条の要請,指針に応えて具体的にどのような立法措置を講ずる
かの選択決定が,上記のとおり国会の多方面にわたる検討と判断に委ねら
れているものであることからすれば,婚姻及び家族に関する法制度を定め
た法律の規定が憲法24条に適合するものとして是認されるか否かは,当
該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,
当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠
き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当
たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である。
⑶以上を前提として,本件各規定の合理性等について検討する。
ア夫婦同氏制は,旧民法が施行された明治31年に我が国の法制度として
採用され,上記⑴のとおり,昭和22年の民法改正の際にも踏襲され,長
く我が国の社会に定着してきたものである。
そして,制度としての婚姻夫婦は,家族制度の一部として構成され,身
近な第三者だけでなく,広く社会に効果を及ぼすことがあるものとして位
置づけられることがむしろ一般的であり,現行民法においても,親子関係
の成立,相続における地位,日常の生活において生ずる取引上の義務など
について,夫婦となっているか否かによって違いが生ずるような形で夫婦
関係が規定されている。このような法律制度としての性格や,現実に夫婦,
親子などからなる家族が広く社会の基本的構成要素となっているという事
情などからすると,法律上の仕組みとしての婚姻夫婦も,その他の家族関
係と同様,社会の構成員一般からみてもそう複雑でないものとして捉える
ことができるよう規格化された形で作られているものといえるし,これを
個々の当事者の多様な意思に沿って変容させることに対しては慎重に考え
る必要があると解される(選択的夫婦別氏制度を導入するに当たっては,
後記イのとおり,子の氏の問題等多方面にわたる慎重な検討が必要であ
る。)。
また,氏は,家族の呼称としての意義があるところ,現行民法の下にお
いても,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,夫婦が同一
の氏を称することは,上記の家族という一つの集団を構成する一員である
ことを,対外的に公示し,識別する機能を有している。とりわけ,婚姻の
重要な効果として夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となる(民
法790条1項,818条1項)ということがあるところ,嫡出子である
ことを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一
定の意義があるといえる。これに対し,控訴人は,この「公示機能」は,
その反面として,両親と氏が共通でない子どもは非嫡出子である(可能性
が高い)ということも同時に公示するものであり,その公示機能の必要性
を説くことは,非嫡出子差別につながる危険性をはらむと主張するが,婚
姻と結び付いた嫡出子の地位を認めることは,必然的とはいえないとして
も,歴史的にみても社会学的にみても不合理とはいい難く,そのような考
え方が憲法24条と整合しないということもできない。
そうすると,家族を構成する個人が同一の氏を称することにより家族と
いう一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだ
す考え方があることも理解できるし,子の立場として,いずれの親とも等
しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすいということもできる。
加えて,本件各規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不
平等が存在するわけではなく,夫婦がいずれの氏を称するかは,夫婦とな
ろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている。
以上によれば,控訴人の主張する夫婦同氏制から生ずる支障ないし問題
点,すなわち,婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわ
ゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形
成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難
になったりするなどの不利益を受ける場合があり得ること,氏の選択に関
し,夫の氏を選択する夫婦が約96%と圧倒的多数を占めている現状があ
り,妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているも
のと推認できること,夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益
を受けることを避けるために,あえて婚姻をしないという選択をする者が
存在することをも考慮しても,夫婦同氏制を定める本件各規定が,婚姻を
することを事実上不当に制約するものであるとまではいえず,直ちに個人
の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であると認
めることはできないから,憲法24条に直ちに反するものということはで
きないし,また,夫婦別氏を希望する夫婦が法律婚をすることができない
結果として,夫婦同氏を選択し法律婚をした夫婦と比較して様々な利益を
享受できないとしても,これが法の下の平等を定めた憲法14条1項に直
ちに違反するものということもできないというべきである。
イこれに対し,控訴人は,本件各規定のうち民法750条の規定が憲法2
4条に違反するものではないとした平成27年最高裁判決について,氏に
関する人格権の内容が具体的な法制度をまって初めて具体的に捉えられる
とした上,現行民法の規定を通覧してそれを無批判に肯定し,これらの規
定から夫婦同氏制の合理性を導き出した点で,人権の保障内容が制度の枠
内に限定されるという制度優先思考に陥っており,不当であると主張する。
しかし,これまでに述べてきたことに加え,以下に述べる平成8年2月
26日に法務省法制審議会総会で決定された婚姻制度等に関する民法の一
部を改正する法律案要綱に至る経緯等も踏まえると,夫婦同氏制の例外を
許容すること,すなわち,選択的夫婦別氏制度を導入するに当たっては,
子の氏の問題等多方面にわたる慎重な検討が必要であることは明らかであ
るというべきであるから,当裁判所は,控訴人の上記主張も採用しない。
すなわち,証拠(甲13,14)によれば,①同法律案要綱の決定に先
立つ審議において,選択的夫婦別氏制の類型は一様ではなく,種々の構成
が考えられることから,そのうちどのような構成を採用すべきかについて
審議が行われ,また,婚姻後の夫婦の氏の転換を認めるべきか否か,実子
の氏をどのように定めるか,別氏夫婦に複数の子がある場合に,子相互間
で氏が異なることを認めるか否か,別氏夫婦の子について,その氏を他方
の親の氏に変更することを認めるか否か,選択的夫婦別氏制が導入された
場合,現行法の下で成立した夫婦についても,別氏を称することを認める
か否かといった問題についても併せて審議されたこと,②平成6年7月に
公表された改正要綱試案においては,選択的夫婦別氏制の構成について,
夫婦は,婚姻の際に,夫婦の氏についての定めをするのを原則とするが,
その定めがないときはそれぞれの氏を称するという考え方(A案),婚姻
によっては氏に変更を生じないのを原則とし,同氏となるためには別段の
合意を必要とするという考え方(B案),夫婦は,婚姻の際に,夫婦の氏
についての定めをしなければならないが,自己の氏が夫婦の氏とならなか
った当事者の一方は,一定期間内に届け出ることによって,婚姻前に称し
ていた氏を称し続けることができるという考え方(C案)が併記されてい
たこと,③上記法律案要綱は,上記のいずれの考え方も採らず,夫婦は,
婚姻に際して,夫婦の氏の定めをするか,それぞれの氏を称するとする定
めをするかのいずれかを選択するという考え方を採用したこと,④選択的
夫婦別氏制の基本的な構成以外にも,上記改正要綱試案においては,婚姻
後の別氏夫婦から同氏夫婦への転換及び同氏夫婦から別氏夫婦への転換を
認めるか否か,子が称する氏を定める時期(婚姻時か子の出生時か),複
数の子について異なる氏を定めることの可否など重要な部分において異な
る案が併記されていたこと,⑤上記法律案要綱は,婚姻後の別氏夫婦から
同氏夫婦への転換及び同氏夫婦から別氏夫婦への転換は,いずれも認めな
いこととし,また,別氏夫婦は,婚姻の際に,夫又は妻のいずれかの氏を,
子が称する氏として定めなければならず,したがって,別氏夫婦に複数の
子がある場合,すべての子について上記の定めが適用されること,別氏夫
婦の子は,特別の事情があるときを除いて,父母の婚姻中は,自己と氏を
異にする父または母の氏を称することができないものとしたこと,現行法
のもとで婚姻によって氏を改めた夫又は妻は,婚姻中に限り,配偶者との
合意に基づき,改正法の施行の日から1年以内に届け出ることによって別
氏夫婦になることができることを定めたことが認められる。
ウ更に,控訴人は,平成27年最高裁判決を前提としても,同判決後,判
決の基礎とした社会情勢等に変化があったことからすると,現時点におい
て本件各規定が憲法24条2項の認める立法裁量の範囲を超えている旨主
張する。
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,平成27年最高裁判決後の事情
として,次の事実を認めることができる。
①総務省統計局が実施した「平成29年就業構造基本調査」の結果の
概要によれば,平成24年に実施された同内容の調査結果と比較して,
女性の有業率が2.5%上昇して50.7%となり,過去5年間に出
産,育児のために前職を離職した者が23万1000人減少し,夫婦
共働き世帯の割合が3.4%増加して48.8%となった。なお,女
性の有業率は,平成30年,令和元年は更に増加している。(甲47
の1,105,127)
②内閣府大臣官房政府広報室が平成28年10月に公表した「男女共
同参画社会に関する世論調査」の概要によれば,一般的に女性が職業
をもつことについて,「子供ができても,ずっと職業を続ける方がよ
い」と回答した者の割合が,平成26年8月に実施した同内容の調査
結果から9.4%上昇して54.2%となった。(甲51)
③内閣府大臣官房政府広報室が平成29年12月に実施した「家族の
法制に関する世論調査」(調査項目の一つが選択的夫婦別氏制度の導
入に対する考え方)の結果によれば,夫婦が希望する場合には,同じ
名字(姓)ではなく,それぞれの婚姻前の名字(姓)を名乗ることが
できるように法律を改めた方がよいという意見についてどう思うかの
質問については,「婚姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を
名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はない」と回答した者の
割合は29.3%,「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希
望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗るこ
とができるように法律を改めてもかまわない」と回答した者の割合は
42.5%,「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望して
いても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって
名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使
えるように法律を改めることについては,かまわない」と回答した者
の割合は24.4%であった。
上記調査結果は,平成24年12月に実施された同内容の調査結果
と比較すると,の割合が7.1%の減少,の割合が7.0%の上
昇,の割合が0.4%の上昇であったが,これらの割合の増減につ
き,それ以前からの調査結果を通覧すると,の割合は平成8年の3
9.8%から平成13年にいったん29.9%まで減少した後,平成
18年には35.0%に増加し,平成24年には更に36.4%まで
増加していたものであり,の割合は,平成8年の32.5%から平
成13年にいったん42.1%まで増加した後,平成18年には36.
6%に減少し,平成24年には更に35.5%まで減少していたもの
である。なお,の割合は平成8年以来概ね22%から25%の範囲
内に納まっており,大きな変動はない。
他方,家族の一体感(きずな)に関して,「家族の名字(姓)が違
うと,家族の一体感(きずな)が弱まると思う」と回答した者の割合
は,平成24年の36.1%から4.6%減少して31.5%となり,
「家族の名字(姓)が違っても,家族の一体感(きずな)に影響がな
いと思う」と回答した者の割合は平成24年の59.8%から4.5
%上昇して64.3%となった。これらの割合の上昇ないし減少の傾
向は,平成8年の調査時から続いており,「家族の名字(姓)が違っ
ても,家族の一体感(きずな)に影響がないと思う」と回答した者の
割合は,平成8年の調査時には,「家族の名字(姓)が違うと,家族
の一体感(きずな)が弱まると思う」と回答した者の割合とほぼ拮抗
していたのに対し,平成29年の調査時には前者が後者の2倍を超え
るに至っている。(甲38)
④内閣官房の「すべての女性が輝く社会づくり本部」が平成30年6
月12日付けで公表した「女性活躍加速のための重点方針2018」
においては,「女性活躍の視点に立った制度等の整備」の項目で,「選
択的夫婦別氏制度の導入に関し,平成29年12月に実施した家族の
法制に関する世論調査の結果について分析を加え,引き続き検討を行
う。」との方針が示された。(甲56の4)
⑤平成27年最高裁判決以降も,多くの地方議会から選択的夫婦別氏
制度の導入や国会での審議等を求める意見書が国会等に提出されてい
る。(甲43の1~17,52の2,53の2,79の1~11,9
9の1~12,108の1~24,121の1・2,142の1~2
2,149,151の1~4)
また,証拠(甲67の2,111の1~5・7)及び弁論の全趣旨に
よれば,婚姻前の氏を用いて銀行口座を開設したり,クレジットカード
を作成したりすることができるか否かは,金融機関・カード会社により
対応が異なること,不動産登記簿が婚姻前の氏を併記する対応をしてい
ないため,住宅ローンに関する金融機関との金銭消費貸借契約や抵当権
設定契約を婚姻前の氏を用いて締結することができないこと,所得税,
地方税及び固定資産税の納税通知書及び領収書はいずれも戸籍名のみで
表記され,特に所得税については,納税名義にも還付名義にも婚姻前の
氏は使用できないこと,国外では夫婦別氏を選択できるため,国外に渡
航・居住した際には,婚姻前の氏の通称使用の必要性が理解されず,別
人に成り済ましていることが疑われるなどの問題が生じること,弁護士
が成年後見人,保佐人,補助人又は後見監督人としての業務を行う場合,
成年後見等に関する登記事項証明書に記載されるのは戸籍上の氏名のみ
であることが認められるところであり,婚姻前の氏を通称使用できる場
面は限られるし,また,仮にこれが今後広まっていったとしても,複数
の氏を使用するために混乱を生じたり不利益を受けたりする場面がある
ことは否定できない。
以上からすると,法的な裏付けのない通称使用には限界があるといわ
ざるを得ず,国会等に対して選択的夫婦別氏制度の導入等を求める意見
も多く上がっているところではあるが,なお,本件各規定を改廃して選
択的夫婦別氏制度を導入すべきであるというのが国民の意思であるとい
うまでには至っていない状況にあるというべきであるから,平成27年
最高裁判決後に夫婦同氏制を定める本件各規定が憲法24条や憲法14
条1項に反する状態に至っているというまでの事情の変化があったとは
いえないといわなければならない。
⑷したがって,本件各規定が憲法24条ないし憲法14条1項に違反すると
いう控訴人の主張は採用できない。
員会が我が国に対し本件各規定の改廃を行うよう度々勧告していることは重
く受け止めるべきであり,憲法24条2項によって婚姻及び家族に関する法
制度の構築を国民から委ねられている国会には,控訴人や控訴人と同様に選
択的夫婦別氏制度の導入を切実に求めている人々の声にも謙虚に耳を傾け,
選択的夫婦別氏制度の導入等について,現在の社会情勢等を踏まえた真摯な
議論を行うことが期待されているものと考える。
2争点⑶(本件各規定が自由権規約に違反するか否か)について
⑴人権委員会は,自由権規約28条の規定に基づいて設置された機関であり,
その適当と認める一般的な性格を有する意見(一般的意見)を締約国に送付
しなければならない(自由権規約40条4項)ところ,証拠(甲18の1・
2,19の1・2)によれば,人権委員会は,平成2年6月24日,自由権
規約23条4項に関する一般的意見として,各配偶者が自己の婚姻前の姓の
使用を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利
は,保障されるべきである旨の意見(一般的意見19)を採択したこと,平
成12年3月29日,自由権規約3条に関する一般的意見として,締約国は,
自由権規約23条4項の義務を果たすために,夫婦の婚姻前の氏の使用を保
持し,又新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利
に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならな
い旨の意見(一般的意見28)を採択したことが認められる。
⑵控訴人は,本件各規定は,①夫婦の一方が氏を変更しなければ婚姻するこ
とができない(夫婦の一方の氏の変更を婚姻の形式的要件とする)点で家族
に対する恣意的な干渉を禁止する自由権規約17条1項,家族の保護を定め
る同23条1項,婚姻の権利を定めた同条2項及び婚姻の自由を定めた同条
3項に違反する,②本件各規定等により,大半の事例において婚姻に際し妻
の側が自己の氏を変えていることから,各配偶者が自己の婚姻前の氏の使用
を保持する権利に関して女性が差別されているとして,婚姻の場面における
女性に対する差別を禁止する自由権規約23条4項,男女の平等を求め,女
性に対する差別を禁止する同2条1項,3条にも違反する,③本件各規定が
改廃されないままとなっている事実は,婚姻前の自己の氏の使用を保持する
ために婚姻することができない者,又は婚姻したために婚姻前の自己の氏の
使用を保持することができない者に対する立法上の機関による救済措置を要
求する自由権規約2条3項⒝に違反すると主張する。
しかし,自由権規約の上記各規定は,いずれも各配偶者の婚姻前の氏の使
用の保持について明示的に言及するものではなく,これらの規定によって各
配偶者が自己の婚姻前の氏の使用を保持する権利が保障されていることが具
体的に定められているとはいえないから,夫婦の一方の氏の変更が婚姻の形
式的要件となっていることが,直ちに自由権規約の上記各規定に違反すると
いうことはできない。また,各配偶者の婚姻前の氏の使用の保持に言及した
自由権規約3条及び23条4項に関する人権委員会の一般的意見は,条約解
釈の指針ないし補足的手段となり得るものではあっても,締約国の国内機関
による条約解釈を法的に拘束する効力を有するものとは認められないから,
我が国の裁判所による条約解釈を法的に拘束する効力を有するものではな
い。
これに対し,控訴人は,人権委員会が自由権規約によって設置された履行
監視機関であり,人権の分野において能力を認められている委員で構成され
ていること,我が国も人権委員会の役割を受け入れることを前提として自由
権規約を批准していることなどから,自由権規約を解釈する際には,特段の
事情がない限り同委員会の一般的意見に基づいてこれを行うべきであると主
張するが,上記のとおり,一般的意見に締約国の国内機関による条約解釈を
法的に拘束する効力があるとはいえない以上,控訴人の上記主張を考慮して
も上記結論は左右されない。
⑶したがって,本件各規定が自由権規約に違反するという控訴人の主張は,
採用できない。
3争点⑷(本件各規定が女子差別撤廃条約に違反するか否か)について
⑴女子差別撤廃委員会は,女子差別撤廃条約17条の規定に基づいて,同条
約の実施に関する進捗状況を検討するために設置された委員会であるとこ
ろ,証拠(甲20の1・2,21の1・2,22の1・2,25の1・2)
によれば,女子差別撤廃委員会は,平成6年,採択した一般勧告の中で,1
6条1項⒢について「各パートナーは,共同体における個性及びアイデンテ
ィティを保持し,社会の他の構成員と自己を区別するために,自己の姓を選
択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により,婚姻若しくはその
解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には,女性はこれらの権利を
否定されている。」と言及したこと,平成15年,我が国に対し,民法が,
夫婦の氏の選択などに関する,差別的な規定を依然として含んでいることに
懸念を表明した上,民法に依然として存在する差別的な法規定を廃止し,法
や行政上の措置を条約に沿ったものとするよう勧告をしたこと,平成21年,
我が国に対し,前回の最終見解における勧告にもかかわらず,民法における
夫婦の氏の選択に関する差別的な法規定が撤廃されていないこと,及び差別
的規定の撤廃が進んでいないことを説明するために世論調査を用いているこ
とに懸念を表明した上で,選択的夫婦別氏制度を採用することを内容とする
民法改正のために早急な対策を講じるよう要請し,女子差別撤廃条約は締約
国の国内法体制の一部であることから,同条約の規定に沿うように国内法を
整備するという義務に基づくべきである旨の指摘をしたこと,平成28年,
我が国に対し,2015年12月16日に最高裁判所は夫婦同氏を求めてい
る民法750条を合憲と判断したが,この規定は実際には多くの場合,女性
に夫の姓を選択せざるを得なくしていることに懸念を表明するとともに,女
性が婚姻前の姓を保持できるよう夫婦の氏の選択に関する法規定を改正する
よう要請したことが認められる。
⑵控訴人は,我が国では,本件各規定の存在により,婚姻をするためには夫
婦の一方が必ず氏を変えることを法律により強制されているから,自由かつ
完全な合意のみにより婚姻する権利が実現されなければならないことを定め
た女子差別撤廃条約16条1項⒝に違反し,また,我が国の慣習ないし慣行
と相まって大半の事例では妻の側が自己の氏を変えていることから,女性に
対する差別に当たり同条約1条に違反するほか,実際的に男女が同一の権利
各規定及び上記慣習ないし慣行により,氏を選択する権利について,妻がこ
れを有しており,夫及び妻が同一でなければならない状態にあるとはいえな
そこで検討するに,条約は,原則的には,締約国相互において国際法上の
権利義務を発生させる文書による国家間の合意であり,各締約国とその個々
の国民との間の権利義務を直接規律するものではないから,当該条約が個人
の権利を保障する趣旨の規定を置いていたとしても,これにより個々の国民
がその所属する締約国に対して当然に条約の定める権利を主張することが可
能になるものではなく,締約国が相互に自らの国に所属する個々の国民の権
利を保障するための措置をとることを義務付けられ,その内容を具体化する
ための国内法上の措置が講じられることによって初めて権利行使が可能とな
るに過ぎない場合もある。他方,我が国において,ある条約の規定が,その
内容を具体化するための国内法上の措置をとることなく,個々の国民に権利
を保障するものとして,そのままの形で直接に適用されて裁判規範性を有す
るためには,条約の内容をその公布により個々の国民の権利義務を直接に定
めるものとするという締約国の意思が確認できることと,条約の規定におい
て個々の国民の権利義務が明確かつ完全に定められていて,その内容を補完
し,具体化する法令をまつまでもない内容となっていることが必要になると
解される。
これを女子差別撤廃条約の上記各規定についてみると,別紙「自由権規約
・女子差別撤廃条約の規定」の2項に記載のとおり,これらの規定は,いず
れも締約国が上記の各権利を確保するよう適当な措置をとり,又は措置をと
ることを約束するという形式で規定されており,直接,個々の国民に権利を
付与する文言になっておらず,締約国がその権利の実現に向けた積極的施策
を推進すべき政治的責任を負うことを宣言したものであって,締約国が国内
法の整備を通じてその権利を確保することが予定されているといえる。
また,女子差別撤廃条約の上記各規定の内容をみても,「氏を選択する権
利」には様々な形があり得るのであって,上記各規定により個々の国民が保
有する具体的権利の内容が一義的かつ明確に定められたものとはいえないか
ら,その内容を具体化する法令の制定を待つまでもなく国内的に執行可能な
ものであるとはいえない。
そうすると,本件各規定のうちに女子差別撤廃条約の規定に沿わない部分
があるとしても,これにより直ちに本件各規定が違法であるということはで
きないから,控訴人の上記主張は採用できない。
⑶控訴人は,女子差別撤廃委員会が我が国に対し本件各規定の改廃を行うよ
うたびたび勧告しているところ,同委員会は女子差別撤廃条約により設置さ
れた唯一かつ公式の国際機関であり,締約国が同条約を遵守しているか否か
を審査等する権限を有する条約実施機関であることから,締約国において同
条約を解釈する際には,同委員会の勧告等に基づいてこれを行うべきである
と主張するが,前記3において人権委員会の一般的意見について述べたとこ
ろと同様,上記勧告に従った本件各規定の改廃をしないことが直ちに条約違
反となるものではないから,控訴人の上記主張も採用できない。
⑷したがって,本件各規定が女子差別撤廃条約に違反するという控訴人の主
張は,採用できない。
4結論
以上のとおり,本件各規定が憲法,自由権規約又は女子差別撤廃条約に違反
するという控訴人の主張はいずれも採用できないから,控訴人の請求は,その
余の争点につき検討するまでもなく,理由がない。
よって,控訴人の請求はこれを棄却すべきところ,これと結論を同じくする
原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決す
る。
広島高等裁判所第4部
裁判長裁判官横溝邦彦
裁判官鈴木雄輔
裁判官沖本尚紀
(別紙)
自由権規約・女子差別撤廃条約の規定
1自由権規約
⑴2条
ア1項
この規約の各締約国は,その領域内にあり,かつ,その管轄の下にあるす
べての個人に対し,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の
意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等によるいかな
る差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保すること
を約束する。
イ3項
この規約の各締約国は,次のことを約束する。
⒝救済措置を求める者の権利が権限のある司法上,行政上若しくは立法上
の機関又は国の法制で定める他の権限のある機関によって決定されること
を確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させること。
⑵3条
この規約の締約国は,この規約に定めるすべての市民的及び政治的権利の享
有について男女に同等の権利を確保することを約束する。
⑶17条1項
何人も,その私生活,家族,住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不
法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。
⑷23条
1項家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を
受ける権利を有する。
2項婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権
利は,認められる。
3項婚姻は,両当事者の自由かつ完全な合意なしには成立しない。
4項この規約の締約国は,婚姻中及び婚姻の解消の際に,婚姻に係る配偶者
の権利及び責任の平等を確保するため,適当な措置をとる。その解消の場
合には,児童に対する必要な保護のため,措置がとられる。
2女子差別撤廃条約
⑴1条
この条約の適用上,「女子に対する差別」とは,性に基づく区別,排除又は
制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分
野においても,女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等
を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又
は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
⑵2条
締約国は,女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を
撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合
意し,及びこのため次のことを約束する。
男女の平等の原則が自国の憲法その他の適当な法令に組み入れられていな
い場合にはこれを定め,かつ,男女の平等の原則の実際的な実現を法律その
他の適当な手段により確保すること。
⒞女子の権利の法的な保護を男子との平等を基礎として確立し,かつ,権限
のある自国の裁判所その他の公の機関を通じて差別となるいかなる行為から
も女子を効果的に保護することを確保すること。
⒟女子に対する差別となるいかなる行為又は慣行も差し控え,かつ,公の当
局及び機関がこの義務に従って行動することを確保すること。
⒡女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃
止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。
⑶16条1項
締約国は,婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別
を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基
礎として次のことを確保する。
⒝自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同
一の権利
⒢夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)
以上

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛