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平成15年(行ケ)第98号審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成15年10月20日
判    決
原    告    ザ リージェンツ オブ ザユニバーシティ オブ
 カリフォルニア
同訴訟代理人弁理士長 谷 照 一
同神 谷   牧
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被    告    特許庁長官今井康夫
同指定代理人 河 原   正
同渡 部 利 行
同高 橋 泰 史
同涌 井 幸 一
主    文
     1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
     3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2001-3257号事件について平成14年11月6日にした
審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は,特許庁に対し,1992年(平成4年)4月1日にアメリカ合衆国に
おいてされた特許出願に基づきパリ条約4条による優先権を主張して,平成5年3
月26日,発明の名称を「走査型コンフォーカル顕微鏡」とする発明につき特許出
願(特願平5―68605号)を行ったところ,特許庁は,平成12年11月24
日に拒絶査定をした。
 そこで,原告は,平成13年3月5日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服
2001-3257号)ところ,特許庁は,平成14年11月6日,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄
本は,同月19日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
 平成13年4月4日付け手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲
の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」とい
う。)。
【請求項1】
 以下の構成要素(A~D),即ち:
(A)所定の波長を持つコリメートされた照射ビーム(acollimatedincident
beam)を発生するレーザー光源;
(B)以下の構成要素(B-1及びB-2),即ち,
(B-1)第1のダイクロイックミラー(adichroicmirror),及び,
(B-2)この第1のダイクロイックミラーとサンプルとの間に設けられ,前記
サンプルを横切って前記照射ビームを繰り返し走査させるために第1の回転軸を中
心に回転する第1の走査ミラーであって,この時前記サンプルが蛍光を発して前記
照射ビームの波長とは異なる波長の第1の所定の波長を有する発光線を発生し,そ
してこの発生した発光線の一部が前記照射ビームの経路をたどって前記第1のダイ
クロイックミラーに戻る蛍光ビームを形成するように構成されている第1の走査ミ
ラー,
を備えた光学経路手段であって,前記第1のダイクロイックミラーは照射ビーム
から蛍光ビームを分離することを特徴とする光学経路手段;
(C)前記蛍光ビームの光強度を検出するため,及び対応する蛍光走査信号を発
生するための蛍光ビーム検波器; そして,
(D)以下の構成要素(D-1~D-3),即ち,
(D-1)前記第1の走査ミラーに向かう方向に参照ビームを導く手段であっ
て,前記参照ビームを前記第1の走査ミラー上において前記照射ビームと同一のポ
イントに入射させ,走査する参照ビームを生成することを特徴とする参照ビームを
導く手段,
(D-2)透明領域と不透明領域とを一連に交互にもうけたグレーティング(a
grating:格子)であって,走査する参照ビームを入射するように配設されており,
走査速度を表すパルス状の参照ビームを生成することを特徴とするグレーティン
グ,そして,
(D-3)前記パルス状の参照ビームの強度を検出するため,及び前記走査して
いる参照ビームの走査速度を表わし,それにより照射ビームの走査速度を表すよう
に対応したクロック信号を発生させるための参照ビーム検波器,
を備えた参照ビーム手段であって,前記参照ビーム検波器によって発生する前記
クロック信号が,前記蛍光ビーム検波器によって発生する前記蛍光走査信号をサン
プリングするために用いられうる参照ビーム手段;
を備えていることを特徴とするサンプルの走査を行うコンフォーカル顕微鏡。
3 本件審決の理由の要旨
 本件審決は,以下のとおり,本願発明は,国際出願公開92/2839号パ
ンフレット(甲2。以下「刊行物1」という。)及び米国特許第4449046号
明細書(甲3。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下,それぞれ
「引用発明1」「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることがで
きないとした。
(1) すなわち,本願発明と引用発明1とを対比すると,両者は,
「(A)所定の波長を持つコリメートされた照射ビームを発生するレーザー
光源;
(B)以下の構成要素(B-1及びB-2),すなわち,
(B-1)第1のダイクロイックミラー,及び,
(B-2)この第1のダイクロイックミラーとサンプルとの間に設けられ,
前記サンプルを横切って前記照射ビームを繰り返し走査させるために第1の回転軸
を中心に回転するの第1の走査ミラーであって,この時前記サンプルが蛍光を発し
て前記照射ビームの波長とは異なる波長の第1の所定の波長を有する発光線を発生
し,そしてこの発生した発光線の一部が前記照射ビームの経路をたどって前記第1
のダイクロイックミラーに戻る蛍光ビームを形成するように構成されている第1の
走査ミラー,
を備えた光学経路手段であって,前記第1のダイクロイックミラーは照射ビ
ームから蛍光ビームを分離することを特徴とする光学経路手段;
(C)前記蛍光ビームの光強度を検出するため,及び対応する蛍光走査信号
を発生するための蛍光ビーム検波器
を備えていることを特徴とするサンプルの走査を行うコンフォーカル顕微
鏡。」である点において一致し,
 本願発明においては,蛍光ビーム検波器によって発生する蛍光走査信号を
サンプリングするために用いられ得る信号を作成するために上記構成要素(D-
1)~(D-3)を備えた参照ビーム手段を備えているのに対して,引用発明1に
おいては,蛍光走査信号をサンプリングするために用いられ得る信号を作成するた
めの具体的な手段が明確でない点,において相違している。
(2) 相違点について検討すると,刊行物2には,構成要素(D-1)~(D-
3)を備えた照射ビームの位置を表す信号を作成する手段に関する発明が記載され
ている。照射ビームの位置を表す信号と関連付けられている蛍光走査信号をサンプ
リングするために用いられ得る信号を作成するために,引用発明1において引用発
明2を採用することは,走査型顕微鏡とファクシミリのような文書スキャナーは技
術分野は異なるもののビームの走査がなされている発明である点で共通しており,
ビーム走査技術自体はビームの走査がなされている発明において汎用的に用いられ
得るものであるから,当業者であれば容易に想到し得ることである。
第3 原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
 本件審決は,以下に述べるとおり,本願発明と引用発明1との相違点について
の進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが
明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 まず,引用発明1は,照射ビームの位置を表す信号と関連付けられている,
蛍光走査信号をサンプリングするために用いられ得る信号を作成する必要がないの
で,そのための手段を有しておらず,したがって,類似の技術として引用発明2を
見ても,これを引用発明1の中で採用しようという着想,動機は生じない。
 この点,本件審決は,「刊行物1に記載された発明においては,照射ビーム
を走査することによりサンプルの蛍光像を形成する以上,蛍光走査信号をサンプリ
ングするために用いられうる信号が作成されていると認められる。また,サンプリ
ングされる蛍光走査信号がサンプルのどの位置からのものであるのかが分からなけ
れば蛍光像を形成することはできないから,作成される当該信号は,照射ビームの
位置を表す信号と関連付けられていなければならない。」と認定しているが(5頁
30~35行),誤りである。
 すなわち,蛍光走査信号からサンプルの蛍光像を形成するためには,必ずし
もその蛍光走査信号をサンプリングする必要はないので,引用発明1においてサン
プリングするために用いられ得る信号が作成されていると認めることはできない。
例えば,通常のテレビ撮影した信号からテレビ画像を形成する場合を想定してみれ
ば,撮像の際の走査(水平及び垂直)に同期させて,ラスタスキャンさせているデ
ィスプレイ装置にそのまま(アナログ信号のまま)単に撮像信号を送るだけで像は
再現される。要は,撮像時の走査周期と画像化時の走査周期とを同期させれば,そ
れで像は再現できるのである。像に多少のゆがみが生じても,それが使用上の許容
範囲内にあれば実用的なのである。刊行物1では,像のゆがみを特に問題としてお
らず,そのために特別な手法を採用しようとしていない。つまり,刊行物1は,蛍
光走査信号に正確な位置情報を持たせるために,蛍光走査信号をサンプリングする
という思想を開示していないし,まして,そのために必要かも知れない参照ビーム
やグレーティングやクロック信号を利用するという思想を何ら開示していない。
 被告は,乙第1~3号証(ティー.ウイルソン編「コンフォーカル顕微
鏡」,オプティカルエンジニアリング第27巻第9号818~822頁,特開平3
-1117号公報)を挙げ,刊行物1の頒布時(1992年2月20日)の当業者
にとって技術常識であった事項について立証しようとしているが,まず,走査信号
をクロック信号によってサンプリングすることは,走査位置の特定のための技術で
はないので,上記刊行物は,本件の進歩性判断の資料としては無関係である。次
に,上記刊行物に,走査信号がサンプルのどの位置からのものであるか分かるよう
に関連付ける技術が存在したとしても,必ずしもこれを引用発明1に採用する必要
があるわけではなく,刊行物1はその点について言及していないのであるから,引
用発明1に走査位置の特定のための技術が存在することの裏付けにはならない。
2 また,引用発明1と引用発明2とは,技術が全く異なる。すなわち,刊行物
2には,書面26と格子44を同時に走査する走査システム10が開示されている
が,これは,あくまでもファクシミリのような装置のものであって,引用発明1の
ように,コンフォーカル顕微鏡に関するものではないし,まして,照射ビームに対
して蛍光を発して別の波長の光線を発するものではなく,その場合に相異なる2種
のビームを同じ経路で通過させる技術に関するものでもない。そして,走査顕微鏡
と文書スキャナーとでは,スキャン(走査)の精度が全く異なるので,そのような
細かさが問題点として認識されていない文書スキャナーの技術を走査顕微鏡に応用
するという発想は,両分野の当業者にとって着想できるところではない。
3 したがって,本願発明は,引用発明1及び引用発明2に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものではないから,本件審決の「照射ビームの位置を
表す信号と関連付けられている蛍光走査信号をサンプリングするために用いられう
る信号を作成するために,刊行物1に記載された発明において刊行物2に記載され
た発明を採用することは,走査型顕微鏡とファクシミリのような文書スキャナーは
技術分野は異なるもののビームの走査がなされている発明である点で共通してお
り,ビーム走査技術自体はビームの走査がなされている発明において汎用的に用い
られうるものであるから,当業者であれば容易に想到しうることである。」との判
断(6頁27~34行)は誤りである。
第4 被告の反論の要点
 以下述べるとおり,本件審決における相違点についての進歩性の判断には誤り
はないから,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 原告は,引用発明1では,照射ビームの位置を表す信号と関連付けられてい
る,蛍光走査信号をサンプリングするために用いられ得る信号を作成する必要がな
いので,引用発明2を採用しようという着想は生じない旨主張する。
 しかしながら,コンピュータを用いてサンプルに関するデータを収集し,表
示器によりサンプルの蛍光像を表示する走査型コンフォーカル顕微鏡において,サ
ンプルの正確な蛍光像を得るために,(A)光電子増倍管から得られた蛍光走査信
号をクロック信号によってサンプリングすることや,(B)蛍光走査信号をサンプ
リングする該クロック信号を,サンプリングされる蛍光走査信号がサンプルのどの
位置からのものであるかが分かるように,照射ビームの位置を表す信号と関連付け
て作成することは,乙第1~3号証に示されるように,刊行物1の頒布時(199
2年2月20日)において,当業者にとって技術常識であり,このような技術常識
に基づいて引用発明1を理解すべきである。
 すなわち,乙第1~3号証によれば,(A)コンピュータを用いた走査型コ
ンフォーカル顕微鏡においては,通常,照射ビームの走査により得られた蛍光走査
信号はクロック信号に基づいてA/D変換されていること,そして,クロック信号
に基づいてA/D変換を行うことは,サンプルの蛍光像を形成するための標本を抽
出・収集するとともに,コンピュータにより処理可能なデジタルデータに変換する
ものであるから,結局,蛍光走査信号をクロック信号によりサンプリングしている
こと,が当業者にとって技術常識であることが認められ,また,(B)クロック信
号の作成は,通常,(a)照射ビームの位置を表す信号である,走査ミラーにより
反射され透過型格子の各線を透過したレーザ光による信号や,(b)照射ビームの
位置に対応する走査ミラーの位置を表す信号に関連付けて行われていること,すな
わち,コンピュータを用いてサンプルに関するデータを収集し,表示器によりサン
プルの蛍光像を表示する走査型コンフォーカル顕微鏡において,サンプルの正確な
蛍光像を得るために,サンプリングされる蛍光走査信号がサンプルのどの位置から
のものであるかが分かるように,蛍光走査信号をサンプリングするクロック信号
を,照射ビームの位置を表す信号と関連付けて作成していること,が当業者にとっ
て技術常識であることが認められる。
 引用発明1は,コンピュータを用いてサンプルに関するデータを収集し,表
示器によりサンプルの蛍光像を表示する走査型コンフォーカル顕微鏡であって,上
記(A)(B)の技術常識を持つ当業者であれば,刊行物1の記載と図示に接し
て,引用発明1において,照射ビームを走査することによりサンプルの蛍光像を形
成する以上,蛍光走査信号をサンプリングするために用いられ得る信号が作成され
ており,また,サンプリングされる蛍光信号がサンプルのどの位置からのものであ
るかが分からなければ蛍光像を形成することはできないから,作成される当該信号
は,照射ビームの位置を表す信号と関連付けられなければならない,と理解するか
ら,そのように認定した本件審決に原告主張の誤りはなく,原告の上記主張はその
前提において理由がない。
 なお,原告は,テレビ撮影した信号からテレビ画像を形成する技術を根拠に
本件審決の誤りを主張するが,そのような技術は引用発明1と全く異なるものであ
り,これにより引用発明1を理解することは失当である。
2 また,原告は,走査顕微鏡(引用発明1)と文書スキャナー(引用発明2)
とでは,スキャン(走査)の精度等,技術が全く異なるので,当業者は引用発明1
に引用発明2を応用するという発想をしない旨主張している。
 しかしながら,走査顕微鏡と文書スキャナーのような光走査読取装置との両
分野において,走査精度は高い方が好ましいことは技術常識にすぎず,また,走査
精度は,走査ミラーを駆動する構成要素や照射ビームの位置を表す信号を作成する
構成要素(格子の線や検波器等)や信号を処理し情報を獲得・表示する構成要素
(コンピュータやモニタ等)などを含めた装置全体の設計・設定に基づき,必要と
される精度を満足するように当業者が適宜に考慮し得る技術的事項にすぎないの
で,引用発明1に,光走査技術として技術的に関連する引用発明2を採用するに際
して,原告の主張する走査精度の違いは問題となるものではない。そして,照射ビ
ームの位置を表す信号を作成する技術として,関連する技術分野における同種の技
術の適用を試みることは,当業者が普通に考慮し得ることであるところ,引用発明
1の走査顕微鏡と引用発明2の文書スキャナーのような光走査読取装置とは,光走
査技術である点で技術的に関連するので,引用発明1において,照射ビームの位置
を表す信号と関連付けられている,蛍光走査信号をサンプリングするために用いら
れ得る信号を作成するために,技術的に関連している引用発明2の照射ビームの位
置を表す信号を作成する手段を採用することは,当業者であれば容易に想到し得る
ことである。したがって,そのように認定した本件審決に原告主張の誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1(1) 原告は,「引用発明1では,蛍光走査信号をサンプリングするために,照
射ビームの位置を表す信号と関連付けられる信号を作成するための手段を有してい
ないから,そのような手段である引用発明2を引用発明1に適用する動機はな
い。」旨主張する。
(2) そこで,まず刊行物1の頒布当時(1992年2月20日)の周知技術に
ついて検討する。
ア ティー.ウイルソン編「コンフォーカル顕微鏡」(1990年発行)
(乙1)には,次の記載がある。
「Ⅶ.2. 走査ミラーの位置コード化
 揺動ミラーはレーザビームを試料にわたって走査する。ミラーは,アナ
ログ信号により駆動される可動の鉄製のガルバノメータ上に載置される。ガルバノ
メータはアナログの位置信号を生成する集積された位置センサーを備えている。こ
の信号はミラーの角度のずれに比例する。
 試料の正しい幾何学的な情報を得るために,光電子増倍管の信号(第Ⅱ
章及び第Ⅶ.3章)は,走査線の期間中,特定の間隔でA/D変換される。これら
の間隔を生成するいくつかの方法がある。最も簡単な方法は,位置信号の予め決め
られたある閾値を開始点とする等しい長さのパルスのバーストを生成することであ
る。この方法は,走査線の期間中,ミラーの運動が許容可能なエラー限界の範囲内
で時間的に線形であることを仮定している。この方法は,ガルバノメータを駆動す
るサーボ増幅器におけるドリフトに対して敏感であり,ガルバノメータを制御する
サーボループ内のリンギング及び/又はダンピングを原因として,時間的に線形の
走査を達成することは困難である,図2.17。この方法は,その装置には使用さ
れていない。
 別の方法は,ガルバノメータミラーによって反射されたレーザ光の部分
の向きを変え,それを透過型格子を通して通過させる方法である。その光はそれか
ら格子における個々の線に対応するパルスを生成する検出器上にフォーカスされ
る。走査線当たりの所望のサンプル数を実現するためにパルスの周波数を増加させ
る位相ロックループが用いられる。この方法は,スキャナーの動きの不規則性や平
面領域を走査する応用におけるタンジェントエラーの両方を補償する。光線経路に
おける余分なビームスプリッタを導入することによるレーザ励起光及び蛍光の損失
を理由に,この装置においてはこの方法は使用されていない,図2.18[Twe
ed,1985]。
 この装置において用いられるコード化方法は,ガルバノメータにおける
トランデューサから生じるアナログ位置信号に基づいている。一つの走査線上の連
続したサンプル間の間隔は,アナログ位置信号により,研究所において開発された
デジタル位置エンコーダを介して与えられる[Liljeborg,1988]。
この方法は上述の格子を用いた方法ほどの正確さは与えない,例えば,平面領域走
査におけるタンジェントエラーは尚存在している。コード化は,デジタル的に生成
された信号とアナログ位置信号とを比較することによりなされる,図2.19。ア
ナログ位置信号がデジタル的に生成された信号より大きくなった時には,カウンタ
ーが増加され,その蓄積された内容がアナログ形式に変換される,そして,それは
アナログ位置信号と比較される。デジタル的に生成された信号は,それから,アナ
ログ位置信号よりも大きくなり,比較器はリセットされる。この過程は,カウンタ
ーがその最大値に達するまでに繰り返される。それからカウンターはリセットさ
れ,次の走査線を待つ。」
「第89頁図2.18
 図2.18。透過形格子が位置のコード化に用いられる。位相ロックル
ープが,格子から発生するピクセルクロックの周波数を増加するために用いられ
る。」
イ また,オプティカルエンジニアリング第27巻第9号818~822頁
(1988年発行)(乙2)には,次の記載がある。
「試料は,フォーカスされたレーザスポットにより照射され,試料からの
反射光又は蛍光が,検出器の前のピンホール開口上にフォーカスされる(コンフォ
ーカルスキャニング)。」
「試料の正しい幾何学的な情報を得るために,走査ミラーの位置が,どの
瞬間においても正確に知られていなければならない。」
「ガルバノメータ上に載置されたミラーに対しては,これは,研究所にお
いて開発されたデジタル位置エンコーダによって実現化される。このエンコーダ
は,位相ずれやミラーの動きの非線形性を原因とする低い(画素サイズ以下)幾何
学的な歪みを持った絵を得ることを可能にする。この論文の主題は,このエンコー
ダである。このエンコーダは,ガルバノメータに集積された角度トランデューサか
ら生じるアナログの位置信号を使用する。試料のデジタル像は,その位置信号によ
って与えられる間隔で,検出器(光電子増倍管)からのアナログ信号をデジタルデ
ータに変換することによって得られる。」
「トランデューサからのアナログ位置信号は,説明される回路構成の主な
入力である。この回路構成からの出力は,以後,ピクセルクロックと称される。ピ
クセルクロックは,パルスの連続したものであり,各々は,輝度信号のアナログ-
デジタル変換を開始させるものである。」
「デジタル的に生成される信号の各々の増加,そして,その結果としての
各々のピクセルクロックパルスは,走査ミラー角度の等しい増加を意味する。この
ようにして,走査ミラーの動きの速度に比例した周波数のパルスが生成される。」
ウ さらに,特開平3-1117号公報(乙3)には,次の記載がある。
「走査型レーザー顕微鏡装置は,材料の走査面上をラスター走査する光学
系と,この材料からの光ビームを検出し,検出された光ビームの強度を表わす信号
を発生する手段と,前記材料の走査面上で第1方向の光ビーム位置を表わすピクセ
ルクロック信号を発生する手段と,前記材料の走査面上で前記第一方向に直交する
第二方向において光ビームを所望ビーム位置に位置させる手段と,検出された光信
号を記憶する手段と,前記第一方向のピクセルクロック信号及び前記第二方向の所
望位置に基づいて前記記憶手段に制御信号を与えて前記材料の走査面上のビーム位
置に対応した記憶位置に前記検出信号が記憶されるように前記記憶手段を同期させ
る手段と,前記材料の走査面を表わす像に前記記憶信号を変換する手段と,を備え
ている。」(12頁右下欄15行~13頁左上欄12行)
「ロータ30は第2のビーム部分120を第2の窓の外に反射して垂直方
向Xへ移動させる。・・・第4のビーム部分142は,第2のビームスプリッタ1
28を通ってほぼ直線的に進み,例えば,1インチ当り50ラインを有するロンキ
ー格子144に入射する。第4のビーム部分142がロンキー格子144を横切っ
て進む際,このロンキー格子は第4のビーム部分の遮蔽および通過を所定のパター
ンで繰り返し,第4のビーム部分を変調する。続いて,変調された第4のビーム部
分142は第8の両凸レンズ146を通ってピクセルクロック光センサー148に
入射する。このセンサー148は検出した光の強度に比例した電気信号を発生す
る。・・・センサー148からの情報は,ケーブル150を介して補助増幅回路1
52,ピクセルクロックモジュール154,続いて,フレームステージ制御モジュ
ール140へ送られる。」(16頁左下欄11行~17頁左上欄8行)
「画素クロックモジュール154は光検出器148によって発生された信
号の一時的周波数を増倍し,結果として位置方向への物体平面上のビーム24の空
間位置を表わす非常に精密な画素クロック出力信号が発生される。」(34頁左上
欄14~18行)
(なお,引用発明1及び上記周知技術はいずれも走査型レーザ光コンフォ
ーカル顕微鏡に係るものである。)
エ 上記乙第1号証の記載によれば,コンフォーカル顕微鏡において,試料
の正しい幾何学的な情報を得るためには,試料からの蛍光を検出した光電子増倍管
の信号は,走査の期間中,特定の間隔でA/D変換される必要があり,この間隔を
生成する方法としては,①位置信号のある閾値を開始点とする等しい長さの走査期
間を設定し,ガルバノメータミラーの運動が時間的に線形であるとするもの,②ガ
ルバノメータミラーによって反射されたレーザ光の部分の向きを変え,それを透過
型格子を通して通過させ,クロック信号を発生させるもの,③ガルバノメータにお
けるトランデューサから生じるアナログ位置信号とデジタル的に生成された信号と
を比較して一つの走査線上の連続したサンプル間の間隔を与えるもの,があること
が認められる。①の方法は,線形走査を前提とし,サンプリング間隔を一定とする
から正確さは劣るものであり,②③の方法は,ミラーの現実の非線形な走査に追従
したサンプリング間隔を設定するものであるから①よりも正確である。また,乙第
2号証には,試料の正しい幾何学的な情報を得るために,走査ミラーの位置が,ど
の瞬間においても正確に知られていなければならないこと,ガルバノメータに集積
された角度トランデューサから生じるアナログの位置信号を使用して発生されたク
ロック信号は,走査ミラーの動きの速度に比例したものであることが開示されてお
り,これは,③の方法と同一であると認められる。さらに,乙第3号証には,材料
を走査する光源とは別の光源からのレーザ光をロータにより反射させ,透過型格子
を通過させることにより,材料上の光ビームの空間位置を表わす非常に精密なクロ
ック信号を発生させるという②に類似の方法が開示されている。
 要するに,上記乙第1~3号証によれば,コンフォーカル顕微鏡におい
て,試料の正確な幾何学的情報を得るためには,試料からの蛍光を検出した光電子
増倍管の信号を,クロック信号に基づき,サンプリング間隔を設定してA/D変換
する必要があり,このクロック信号を発生する方法としては,乙第1号証や乙第3
号証に記載された,走査ミラーにより反射されたレーザ光が透過型格子を横切って
透過するようにし,光検出器により透過光強度の変化に対応する周波数のパルスを
発生させる方法,または,乙第1号証や乙第2号証に記載された,走査ミラーの位
置を表す信号に基づいて走査ミラーの動きの速度に比例した周波数のパルスを発生
する方法が,刊行物1の頒布当時の周知技術であったことが認められる。
(3) 上記のとおりの刊行物1の頒布当時における周知技術を参酌すれば,引用
発明1においては,蛍光走査信号のサンプリング用に,照射ビームの位置を表す信
号と関連するクロック信号が作成されているものと認めるのが相当であり,この点
に関する本件審決の認定に誤りはない。したがって,原告の前記主張は,その前提
において理由がない。
(なお,刊行物1における「走査は,光電子増倍管による像入力,並びに,
コンピュータ620における走査カード及びフレームストアによるコンピュータ像の発
生に同期される。」(16頁15~18行)との記載からも,引用発明1において
走査と光電子増倍管からの像の取り込みが同期されていることは明らかである。
 また,仮に,刊行物1に前記クロック信号の作成が記載されていないとし
ても,上記周知技術を参酌すると,引用発明1に前記クロック信号の作成手段を採
用することは,当業者が当然容易に想到し得るものであるから,上記認定は,本件
審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。)
(4) この点,原告は,テレビ画像の例を挙げて,「蛍光走査信号からサンプル
の蛍光像を形成するためには,必ずしもその蛍光走査信号をサンプリングする必要
はない。」旨主張するが,これは,引用発明1において,乙第1号証に記載された
前記①の方法を採用すれば足りるので,サンプリングのためのクロック信号の作成
は不可欠ではない旨の主張と解される。しかしながら,引用発明1の走査型のレー
ザ共焦点顕微鏡は,「干渉性の光を使用して着色された検体を走査することによっ
て,走査型の共焦点顕微鏡の設計,および,発蛍光団の使用を改良したものであ
る。レーザ光の単色光,高強度および低い分散性が,発生される像の改善に貢献し
た。」(甲2・5枚目3頁7~12行)ものであり,通常の顕微鏡やレーザ光を使
用しない共焦点顕微鏡よりも解像度が高いものであるから,わざわざ解像度を落と
すような正確性の劣る①の方法を採用することは不合理なことである。これは,乙
第1号証においても,①の方法が,走査期間中ミラーの運動が時間的に線形である
ことを仮定しているところ,時間的に線形の走査を達成することは困難であること
を理由として,装置に使用されていないことからも首肯し得る。したがって,原告
の上記主張は理由がない。
 また,原告は,乙第1~3号証について,「走査信号をクロック信号によ
ってサンプリングすることは,走査位置の特定のための技術ではないので,上記刊
行物は,本件の進歩性判断の資料としては無関係であり,また,仮に,上記刊行物
に,走査信号がサンプルのどの位置からのものであるか分かるように関連付ける技
術が存在したとしても,必ずしもこれを引用発明1に採用する必要があるわけでは
なく,刊行物1はその点について言及していないのであるから,引用発明1に走査
位置の特定のための技術が存在することの裏付けにはならない。」旨主張する。確
かに,走査信号をクロック信号によってサンプリングすること自体は,走査位置の
特定のための技術ではないが,前判示のとおり,乙第1~3号証によれば,コンフ
ォーカル顕微鏡において,蛍光走査信号のサンプリング用に,照射ビームの位置を
表す信号と関連するクロック信号が作成されることが周知技術であることが認めら
れるのであるから,原告の上記前段の主張は理由がない。また,前判示のとおり,
上記周知技術を参酌すれば,引用発明1においても,上記クロック信号を発生する
手段の存在が推認されるから,原告の上記後段の主張も理由がない。
2 原告は,「引用発明2は文書スキャナーに係るものであって,引用発明1の
ようにコンフォーカル顕微鏡に係るものではなく,両者はスキャン(走査)の精度
等,技術が全く異なるので,引用発明2を引用発明1に適用することは,当業者が
着想するところではない。」旨主張する。
 確かに,引用発明1はコンフォーカル顕微鏡に係るものであるのに対し,引
用発明2は文書スキャナーに係るものであるが,両者は,ガルバノメータミラーを
用いた光学的走査システムを使用したものである点で共通しており,刊行物2に記
載された「走査ビーム24が走査ライン上のどこにあるかを厳密に決定するために
は,正確な基準を備える必要がある。」(甲3・3欄58~60行)との技術課題
は,前記乙第1~3号証にも記載されているように,コンフォーカル顕微鏡の有す
る技術課題と同じであるから,走査精度が異なるか否か等には関係なく,引用発明
2の参照ビーム手段を有する走査システムを引用発明1に適用することは容易に想
到し得るものであり,本件審決のこの点についての判断に誤りはない。この点につ
いては,乙第1号証及び乙第3号証に,透過型格子を透過したレーザ光強度により
クロック信号を発生させるコンフォーカル顕微鏡が記載されていることからも首肯
し得る。したがって,原告の上記主張も理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
  東京高等裁判所第3民事部
  裁判長裁判官北 山  元  章
 裁判官  清  水     節
  裁判官沖  中  康  人

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