弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原決定を取り消す。
     検察官の請求を却下する。
         理    由
 本件抗告理由の要旨は、原裁判所は私が罪証隠滅を図る等の理由を以て私に対す
る保釈を取り消し保証金を没取しましたが、私は現在別件で勾留されており罪証隠
滅の行為はできません。又私はさきに勾留されて保釈された後傷害事件の被害若A
に会いましたがその際は傷つけて済まなかつたと謝罪し同人と仲直りしただけであ
り、他の傷害の被害者や関税法違反の共犯者と会つたことはなく罪証隠滅を図つた
ことはありません。然るに原裁判所が私に刑事訴訟法第九六条第一項第三号第四号
の事由があるものとして保釈を取り消し保証金を没取したのは不当であつて、之が
取消を求めますと謂うのである。
 よつて、抗告人に対する関税法違反、傷害被告事件の記録によれば、抗告人は昭
和二九年一一月一二日二回のコーヒー密輸入の関税法違反事件につき勾留され、同
月二九日右事件及びバターの密輸入並にA外一名に対する傷害事件につき長崎地方
裁判所佐世保支部に起訴された上同年一二月六日一旦保釈されたが、昭和三〇年一
月一三日マニラロープ等の密輸入及びBに対する傷害事件により再度勾留されて同
月二八日右事件につき追起訴され目下同庁において併合審理中なる事実及び抗告人
がで右保釈直後第一回起訴にかかる傷害事件の証人として同庁より喚問されていた
傷害者Aに対し「裁判所で証言する時は自分が君を刺したのではなくCが刺したの
であると云つてくれ」と申向けて罪証隠滅を図り且つこれがため同人を極度に困惑
畏怖せしめる行為をしたので、これを探知した検察官は昭和三〇年六月一三日同庁
に保釈取消請求をなし、同庁においてこれに基き同月一五日抗告人に刑事訴訟法第
九六条第一項第三号第四号所定の事由があるものとして保釈取消、保証金七万円没
取の決定をしたことが認められる。
 <要旨>そこで右決定の適否について検討するに、元来被告人又は被疑者に対する
勾留原由の有無は勾留状記載の犯罪事実だけを基準にして判断すべきものな
ることは憲法第三三条、刑事訴訟法第六〇条第一項、第六一条、第六四条第一項、
第二〇七条、第二〇八条、第三四五条の各規定の趣旨に照して疑をいれないところ
であり、又勾留の目的は勾留されている罪についての捜査、審判、刑執行の確保に
あるものと解するを相当とするから、これ等の点に徴すれば、刑事訴訟法第六〇条
第二項の勾留更新事由の有無、同法第八九条の権利保釈事由の存否及び同法第九六
条第一項の保釈取消事由の有無はすべて現に併合審理中の起訴事実全部を対象とし
て判断すべきものではなく、当該勾留状記載の犯罪事実のみを基準にして決すべき
ものと解するのか相当である。これを本件について観るに、抗告人が保釈中被害者
に偽証するよう申向けて罪証隠滅を図り且つ同被害者を極度に畏怖させる行為をし
たのは保釈を許可されたその勾留状記載の関税法違反事件についてではなく、これ
と同時に起訴された他の傷害事件に関するものであるから、抗告人の右所為を以て
直ちに刑事訴訟法第九六条第一項第三号第四号に該当するものとして保釈を取消す
ことはできない訳である。尤も抗告人が現在他の罪について勾留中であつても該一
事を以て直ちに最初の勾留状記載の関税法違反事件につき罪証隠滅等を疑うべき事
由がないとは速断し難いけれども、記録によれば抗告人は公判において右関税法違
反の事実を全部自白しおるのみならず、該事実に関する証拠調も殆んど終了してお
りその他各種の事情を考慮すれば、抗告人には右事実につき刑事訴訟法第九六条第
一項第三号第四号所定の事由があるものとは認められない。
 然るに原審がたやすく検察官の請求を容認して抗告人に右各号該当の事由ありと
して保釈を取り消し保証金を没取したのは失当であるから、刑事訴訟法第四二六条
第二項に則り原決定を取り消し検察官の請求を却下すべきものとし、主文の通り決
定する。
 (裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

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