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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
国土交通大臣が原告に対し平成19年3月7日付け国広情第○○号により通
知した行政文書不開示決定のうち,都市再生街区基本調査成果図の東京都23
区に関するものの電磁的記録を開示しないこととした部分を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公
開法」という)に基づいてした国土交通省が平成16年,17年度に発注し。
た都市街区確認等調査業務の成果品のうち平成17年度変更特記仕様書第2条
2(3)2)公図現況重ね図及び第2条5都市再生街区基本調査成果図の東京都
23区に関するものの電磁的記録の開示請求について,国土交通大臣が平成1
9年3月7日付け国広情第○○号によりした開示しないとの決定に関し,原告
が,被告に対し,上記決定のうち都市再生街区基本調査成果図の東京都23区
に関するものの電磁的記録(以下「本件行政文書」という)を開示しないこ。
ととした部分について,違法であるとして,その取消しを求める事案である。
2前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,各掲記の証拠によって
容易に認められる)。
(1)都市再生街区基本調査成果図(以下「基本調査成果図」という)。
基本調査成果図は国土交通省が都市再生街区基本調査(以下「街区基本調
査」という)に基づいて作成するものであり,街区基本調査は国土交通省。
が実施する都市部における地籍整備事業のための基礎的調査である。
(2)街区基本調査
地籍調査を行う際,特に都市部では,まず街区(道路,鉄道若しくは軌道
の線路その他の恒久的な施設又は河川,水路等によって区画された土地)の
外延を確定し,その後街区内の各筆を調査するという手順によるのが効果的
であるところ,街区基本調査とは,このような調査の前提として実施された
街区の測量基準点(以下「街区基準点」という)の設定や街区の外延の座。
標調査(この座標調査の対象となった点を以下「街区点」という)等をい。
う。
(3)基本調査成果図の作成手順
ア地方公共団体から提供された資料(航空写真,道路台帳平面図,土地境
界図等)を基に現況図を作成し,現況図と電子データ化された公図をその
まま重ね合わせて公図現況重ね図を作成する。そして,公図現況重ね図を
基に,公図上の街区の角の筆界点に当たると思われる標識,道路構造物等
の有無を現地で確認する(この作業を「現地踏査」という。。)
この段階までに現地踏査と並行して約数百メートル間隔で設置した街区
基準点を基に,現地踏査で確認された箇所を街区点として測量する。街区
基準点から直接街区点を見通すことができない場合には,中継用の公共基
準点(補助点)を設置して測量する。
公図に街区点の測量の成果を重ね,公図上の特定の筆界点(公図上の街
区の角の筆界点)を街区点に可能な限り近づけた位置をコンピューター上
で割り出して公図を補正する。ただし,補正については,個々の土地の形
状を歪めるようなことはせず,相似形変形又は回転に限定されている。な
お,この作業に当たり,街区点と公図上の特定の点との対応関係を土地所
有者等から確認していない。
街区点に近づけて補正した公図に現況図を重ね合わせたものが基本調査
成果図である(乙8の1ないし6。)
イ基本調査成果図は,公図を上記の限度で補正した図面と,一応筆界点に
当たると思われる街区点の測量結果であるため,補正された公図上の街区
と現況の街区とが合致しない場合も少なくなく,合致しない場合,基本調
査成果図上にそのずれが示されることになる(乙8の6。)
ウ街区基本調査の方法や基本調査成果図の作成手順等については,国土交
通省作成のパンフレットや同省のホームページによって公開されている
(乙1,2。)
(4)基本調査成果図の利用
基本調査成果図は,関係行政機関(地方公共団体等)に送付され,地方公
共団体等は,地籍調査のうち一筆地調査の着手前に,基本調査成果図を基に
して調査図素図を作成し,各筆の調査及び測量をする(乙1。)
(5)本件不開示決定
原告は,平成19年2月7日付けで,国土交通大臣に対し,情報公開法に
基づき,公図現況重ね図及び本件行政文書の開示を請求した(甲1。)
これに対し,国土交通大臣は,平成19年3月7日付け国広情第○○号に
,,,より公図現況重ね図については不存在を理由に本件行政文書については
情報公開法5条1号にいう「特定の個人を識別することはできないが,公に
,」,することによりなお個人の権利利益を害するおそれがあるものに該当し
かつ,同号ただし書イ,ロ,ハのいずれにも該当しないことを理由に開示し
ない旨の決定をした(甲2。以下,本件行政文書の不開示決定を「本件不開
示決定」という。。)
(6)本件訴訟提起
原告は,平成19年3月9日付け(同月10日受付)で,本件不開示決定
の取消しを求めて,本件訴訟を提起した(当裁判所に明らかである。)
3争点
(1)本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不開示情
報に該当するか
(2)本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書イの情
報に該当するか
(3)本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書ロの情
報に該当するか
(4)本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条6号の不開示情報に
該当するか
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の
不開示情報に該当するか)について
(被告の主張)
ア本件行政文書に表示された情報について
情報公開法では,開示請求権の主体や開示目的が限定されていないこと
からすると,行政文書に表示された情報から,当該文書の作成目的とされ
,,ていない情報を除外するべきではなく当該文書から読み取り得る情報は
当該文書に表示された情報と解されなければならない。
基本調査成果図は,補正された公図,街区基準点,街区点,現況図等を
統合して作成されるところ,現況図に空中写真を基に作成された図面が使
用された場合,当該基本調査成果図には街区内部の土地の占有状況を示す
境界や,この境界と補正された公図上の境界との整合状況も表示されるか
ら,基本調査成果図に表示された情報には,街区内部の土地の占有状況を
示す境界と補正された公図上の各筆ごとの境界(基本調査成果図の作成担
当者が公法上の境界に対応すると判断したもの)の整合状況という情報も
当然含まれる。
よって,本件行政文書には,街区内部の土地の占有状況を示す境界と補
正された公図上の各筆ごとの境界の整合状況という情報も表示されてい
る。
イ「個人に関する情報」に該当すること
「個人に関する情報」には,個人の内心,身体,身分,地位その他個人
に関する一切の事項についての事実,判断,評価等のすべての情報が含ま
れ,個人の財産に関連する情報もこれに該当する。
上記のとおり,基本調査成果図には,街区内部の土地の占有状況を示す
境界と補正された公図上の各筆ごとの境界の整合状況という情報も表示さ
れているが,この情報は,個人の所有地の状況に関する情報として「個人
に関する情報」に該当する。
「,」ウ他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができる
情報(以下「個人識別情報」という)に該当すること。
「他の情報」には,公知の情報のほか,当該情報に関連する特定の者の
同僚,近親者や地域住民等,特殊の範囲の者が知り,又は知りうる情報を
も含むと解するのが相当である。
基本調査成果図には,公図から引用された地番が表示され,登記事項証
明書には地番のほか権利者の氏名等が記載されているから,登記事項証明
書記載の情報を照合することにより,基本調査成果図に表示された土地の
権利者の氏名等を識別することが可能になる。登記事項証明書は,不動産
登記法119条1項により何人も交付を請求することができるから,不動
産登記記録に記録されている情報は,照合の対象となる「他の情報」に該
当する。
よって,本件行政文書に表示された情報は,個人識別情報に該当する。
「,」エ公にすることによりなお個人の権利利益を害するおそれがあるもの
に該当すること
情報公開法では,目的のいかんを問わず,何人も開示請求をすることが
できるため,同法が規定する不開示情報に該当するかどうかは,開示請求
者の個別的事情,動機などとは関係なく判断されること,また,一度開示
された情報のその後の拡散を制御することはできず,原状回復は不可能で
あることから,行政機関の長は,不開示情報が公開された場合に生じうる
あらゆる事態を想定して検討を加えなければならず,支障が確実に生ずる
と証明できないからといって,安易に開示の判断をすることはできない。
そうすると,情報公開法に基づく不開示決定取消訴訟では,記録された情
報が類型的にいかなる種類,性質のものかにより,これを公にした場合,
経験則上どのような支障が生じうるおそれがあるかを判断すべきである
(最高裁判所平成6年1月27日第一小法廷判決・民集48巻1号53頁
参照。)
(ア)基本調査成果図を悪用した詐欺事犯が発生するおそれがあること
基本調査成果図が公表されると,悪質な業者が,基本調査成果図に表
示された公図と現況との食い違いを利用して,土地所有者等に不要な測
量契約を締結させ,代金をだまし取ろうとする詐欺事犯の発生するおそ
れがあり,その発生のおそれは,地番図の悪用事例とは異なる。
(イ)基本調査成果図を公表することにより土地取引が阻害されるおそれ
があること
特定の土地の公図と現況とのずれが表示された基本調査成果図が公表
されると,当該土地を購入する予定であった者が,将来の境界紛争の可
能性を必要以上に懸念してその評価額を引き下げたり,取引自体を断念
してしまう可能性も十分考えられ,土地取引の阻害要因となる可能性が
ある。
(原告の主張)
ア本件行政文書に表示された情報について
ある情報がある文書に表示されているか否かの判断は,当該文書の作成
目的や作成手段等を考慮しなければなしえないものである。
基本調査成果図は,一筆の土地ごとに公図とのずれを示す目的で作成さ
れたものではなく,公図の補正も街区単位で相似形変形等することによっ
てしか行われない。そのため,基本調査成果図を一筆の土地の単位で観察
し,補正された公図に示された筆界が現況において推定される筆界と比較
してずれているように見えたとしても,そのことに特別な意味(街区単位
で重ね合わせた結果ずれてしまったという意味を超える意味)はなく,基
本調査成果図が,当該土地の権利関係や具体的占有状況,真の筆界等に関
連して何か意味のある情報を提供していることにはならない。
よって,基本調査成果図に表示された情報に,街区内部の土地の占有状
況を示す境界と補正された公図上の各筆ごとの境界の整合状況という情報
は含まれないから,本件行政文書にもこの情報は表示されていない。
イ「個人に関する情報」に該当しないこと
(ア)「個人に関する情報」該当性の判断は,当該情報と他の情報とを組
み合わせることによって個人にかかわりのある形で記述されるというだ
けでは不十分で,当該情報自体から(個人の識別性とは別に)個人との
かかわりを観念できることが必要と解すべきである。そのように解さな
いと,社会的に有意なあらゆる情報が「個人に関する情報」に該当し,
法が不開示情報について「個人に関する情報」との限定を付したことが
無意味になるし,不開示情報の範囲が不当に広がり,法の制度趣旨を没
却することにつながるからである。
基本調査成果図から有意な情報として読み取りうる情報は,すべて個
人とのかかわりを観念できないものである。なお,補正した公図と現況
図とを補正した公図の街区上の点と現況図の街区点とが最大限一致する
ように重ね合わせた状況(公図上の街区の各点を補正して(ただし,補
正は縮小又は拡大に限られ,筆界点における屈曲角度は変更しない)街
区点の座標値に重ね合わせた状況を含む。以下「公図と現況図とを重,
ね合わせた状況」という)についても,ともに単独では個人とのかか。
わりが認められない二つの図面(公図と現況図)を一定の基準に従って
機械的に重ね合わせたものにすぎないから,個人とのかかわりを観念す
ることができない。
(イ)また,個人にかかわりうる情報であっても,①国土に関する情報で
あって,個人とのかかわりとは無関係に客観的に決まっており,かつ,
②公知又はそれに近い情報や社会に広く共有されることが当然に予定さ
れている情報等,個人の権利利益を保護する観点からの秘匿の必要性が
認められない情報は「個人に関する情報」には該当しないと解すべき,
である。なぜなら,情報公開法の目的からすれば,法が,国政について
の重大な関心事である国土に関する情報について,個人にかかわりのあ
る情報としての側面を有していることを理由に原則不開示と取り扱う旨
定めているとは解しがたいからである。
基本調査成果図は,国土調査のうち,地籍調査の前段階における基礎
資料として作成されたものであるから,そこに表示された情報は,国土
に関する情報に当たり,土地や建物の所有関係等とは無関係に,物質的
(制度的)な側面から客観的に定まっているものである(①。また,)
基本調査成果図に表示された情報のうち,地表の現況,街区点や街区基
準点の位置,土地の区割り,地番の割り振りは,いずれも社会的に広く
共有されるべき情報,あるいは公知又は公知に近い情報といえるから,
秘匿の必要性は認められない。公図と現況図とを重ね合わせた状況につ
いても,社会的に広く共有されるべき情報と公知又はそれに近い情報と
を機械的に重ね合わせたものにすぎないから,秘匿の必要性は認められ
ないし,公図上の境界線が定量的な側面において正確性を欠くことは,
取引通念ないしは経験則上すでに明らかになっており,それが筆界のず
れといった形で表示され公開されたとしても,被告が主張するような詐
欺事犯の誘発や土地取引の消極化につながることは考えられず,プライ
バシー等個人の権利利益を保護する観点からの秘匿の必要性も認められ
ない。
(ウ)よって,本件行政文書に表示された情報は「個人に関する情報」,
に該当しない。
ウ個人識別情報に該当しないこと
基本調査成果図に表示された情報は,個人に関係のない情報であり,個
人を識別する前提を欠いているから,個人識別情報に該当しない。現に,
被告自身も,本件不開示決定当時,本件行政文書に表示された情報の個人
識別性を否定している。
たしかに,登記記録を見れば,基本調査成果図の土地所有者等を識別す
ることは可能であるが,それは登記記録が独立して地権者情報を提供して
いるからであって,そのことが基本調査成果図に表示された情報の個人識
別性を肯定する理由とはならない。このように解さないと,地図はすべて
個人識別情報に該当することになり,公にされている登記記録等よりも権
利侵害性の低い地図情報が原則非開示と取り扱われてしまい妥当ではない
し,個人情報保護制度上,地図情報の取り扱いに非常識な負担を強いるこ
とにつながってしまうからである。
「,」エ公にすることによりなお個人の権利利益を害するおそれがあるもの
に該当しないこと
(ア)基本調査成果図を悪用した詐欺事犯の発生するおそれについて
必ずしも正確ではない地番図を電子媒体で開示したり,インターネッ
トを通じて公表している地方公共団体が多数存在する中,そのような図
面を悪用した詐欺事案が発生したという報告はなされていないから,基
本調査成果図の公表に限って詐欺事犯につながるなどということはほと
んど考えられない。
(イ)境界紛争の発生するおそれについて
境界紛争は,土地取引等の際に,境界が不明瞭であることから発生す
るものであって,基本調査成果図の開示を検討する際に,境界紛争発生
のおそれを考慮することは妥当ではない。土地の境界等に関連して不健
全な状態がある地域においては,それに関する情報を積極的に公表する
ことで,地籍調査の必要性を当該地域の住民に実感してもらい,早い段
階での善処を促すべきである。
(2)争点(2)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし
書イの情報に該当するか)について
(原告の主張)
情報公開法5条1号ただし書イが「法令の規定により又は慣行として公に
され,又は公にすることが予定されている情報(以下「公領域情報」とい」
う)を不開示情報から除いたのは,個人に関する情報であっても,法令や。
慣行により公にされている情報は,秘匿の必要性が極めて低く,それが開示
されることについても当然受忍すべき関係にあるからである。そうすると,
公領域情報同士,あるいは公領域情報とそれ単体では不開示情報とは認めら
れない情報とを組み合わせた情報についても,プライバシー等の観点から秘
匿する必要性が認められない限り,情報公開法5条1号ただし書イの情報に
準じて不開示情報に該当しないと解すべきである。
基本調査成果図に表示された情報のうち,公図については不動産登記法1
20条によって公にされている。また,現況図については,低解像度の航空
写真や各種数値地図が広く普及する形で慣行上公にされているといえるし,
仮にそれが道路台帳を利用したものであれば,道路法28条3項による閲覧
という形で公にされている。街区点や街区基準点等の位置が「個人に関する
情報」に当たらないのは上記のとおりである。そして,公図上の筆界のずれ
を含む公図と現況図とを重ね合わせた状況は,それ自体を直接公にすること
を予定した法令や慣行は存在しないものの,公図や現況図は公にされている
から,公領域情報同士(公図と現況図)又は公領域情報(公図と現況図)と
それ単体では不開示情報とは認められない情報(街区点等)とを組み合わせ
た情報といえるし,基本調査成果図の作成工程は公にされていること,その
過程に土地所有者等の個人は関与しないこと,公図と現況図とを重ね合わせ
た状況から分かる公図上の筆界のずれは,単にその公図が土地の筆界を明確
にするための資料としては十分な精度や正確性をもっていないことを明らか
にするだけで,土地の所有権や筆界には一切影響がないことからすれば,公
にしたところで,個人の権利利益を害するおそれはない。
よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書
イの情報に準じ,不開示情報に該当しない。
(被告の主張)
公領域情報に該当するか否かは,客観的に判断されるべきであって,実質
的なプライバシー侵害の有無を考慮すべきではない。
現在,基本調査成果図に表示された情報を何人に対しても等しく公開する
ことを定めた規定は存在しないし,慣習として現に公衆が知りうる状態にも
おかれていない。基本調査成果図は,あくまで地籍調査事業遂行の一段階で
作成された内部資料にすぎないし,公表することで,個人の権利利益を害す
るおそれや,関係行政機関が実施する地籍調査事業の適正な遂行に支障を及
ぼすおそれがあるため,基本調査成果図に表示された情報は,将来的にも公
にすることが予定されておらず,その例もない。公領域情報該当性の判断に
おいて,実質的なプライバシー侵害の有無を考慮するとしても,基本調査成
果図に表示された補正された公図上の各筆ごとの境界と街区内部の土地の占
有状況を示す境界との不一致は,当該土地の占有状況と所有権界との齟齬を
,,,示唆し当該土地の財産評価に直結するから当該土地の地権者等にとって
保護に値する情報というべきであり,これを開示することは,彼らのプライ
バシーを侵害することになる。
なお,基本調査成果図に表示された情報のうち,公領域情報に該当するの
は街区基準点等の測量成果及び現況図で,補正された公図及びその座標値は
公領域情報には該当しない。なぜなら,基となった公文書の情報が公領域情
報であっても,加工作成後の文書の情報は公領域情報に該当しない場合があ
るところ,基本調査成果図上の筆界は公図を補正したもので,公図と同一の
情報とはいえず,また,基本調査成果図上の補正された筆界点は,世界測地
系による座標値が与えられ,現地復元性を有しているのに対し,公図は通常
現地復元性を有しないため,これらの情報を同一と解することはできないか
らである。
よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書
イの情報に該当しない。
(3)争点(3)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし
書ロの情報に該当するか)について
(原告の主張)
基本調査成果図が公開され,社会において有効に活用されることは「現,
在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会」が実
現することにつながり(地理空間情報活用推進基本法1条,積極消極両面)
において公共の福祉が増大する。これには「人の生命,健康,生活又は財,
産を保護する」ことも当然に含まれており,基本調査成果図に表示された情
報は「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必,
要であると認められる情報」に該当する。
(被告の主張)
情報公開法5条1号ただし書ロは,不開示により保護される利益と開示に
より保護される利益を比較衡量し,後者が前者に優越すると認められるとき
に開示を義務付けるものであり「人の生命,健康,生活又は財産を保護す,
るため」とは,現実に,これらの法益に被害が発生している場合や,これら
の法益が侵害されるおそれがある場合を含むと解される。
,「,,原告が主張する開示により保護される利益はいずれも人の生命健康
生活又は財産」に現実に被害を発生させたり,これらの法益が侵害されるお
それがあるものといえない。また,基本調査成果図は,地籍調査事業遂行の
一段階で作成される内部資料であり,いわば叩き台としての意味を有するに
すぎないから,基本調査成果図自体を開示することで得られる利益は大きい
とはいえない。仮に,原告が指摘する利益が得られるとしても,基本調査成
果図を開示することで,①基本調査成果図を悪用した詐欺事犯等の発生する
おそれや,②将来境界紛争を発生させるおそれがあるから,不開示により保
護される利益の方が大きい。
よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書
ロの情報に該当しない。
(4)争点(4)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条6号の不開
示情報に該当するか)について
(被告の主張)
基本調査成果図は,作成後,地方公共団体等に送付され,地方公共団体が
行う地籍調査事業に利用されるものであるから,これに表示された情報は,
「」。国の機関又は地方公共団体が行う事業又は事業に関する情報に該当する
「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」に該当するか否
かの判断は,開示のもたらす支障と開示の公益上の必要性とを比較衡量して
行うが「支障」は実質的なものである必要があり「おそれ」も単なる可,,
能性では不十分である。もっとも,当該情報の類型的な性質を明らかにする
などして,経験則上,そのおそれがあることを判断できる程度の主張,立証
をすれば足りるというべきである。
基本調査成果図は,あくまで地籍調査の基礎資料にすぎず,その精度もご
く限られたものにとどまるにもかかわらず,公図より精度が高いとか,筆界
を正確に示した資料であるといった誤解を与えてしまう可能性がある。基本
調査成果図を作成した市区町のうち地籍調査を実施中のものに対し,基本調
査成果図の公表による地籍整備事業への支障について照会したところ,東京
都の市区町の32パーセント,全国の市区町の25パーセントが支障が生じ
るおそれがあると回答した。具体的な支障としては,①基本調査成果図上の
補正された筆界を自己に不利と考える土地所有者が,これによって筆界が定
められることを警戒して地籍調査に非協力的になり,逆に,基本調査成果図
上の補正された筆界を自己に有利と考える土地所有者が,これに固執して強
硬な態度をとり,地籍調査の円滑な進行の障害になるおそれがある,②補正
された筆界点の座標値が公表されると,行政機関が土地所有者の立会いを得
ずに筆界を確定したと誤解されるおそれがある,③土地所有者等が,基本調
査成果図の座標値に基づいて,現地の状況とは無関係に境界や所有地の面積
,。,を主張し新たな境界紛争の一因になりかねない等が挙げられている一方
基本調査成果図は,いわば叩き台としての意味を有するにすぎないから,開
示すべき公益上の必要性はない。
よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条6号の情報に
該当する。
(原告の主張)
基本調査成果図の公表により,地籍整備事業に支障が生じるおそれがある
と回答したのは,意外なほどに低水準にとどまっている上,具体的に想定さ
れる支障として挙げられている内容のほとんどは,地籍調査と無関係か,関
係があっても抽象的なものである。支障が生じるおそれがあると回答した市
区町がそのような内容の回答しかできないことは,むしろ基本調査成果図の
公表によっても地籍調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがないことを窺
わせるものである。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不
開示情報に該当するか)について
(1)本件行政文書に表示されている情報について
情報公開法には「情報」の定義を定めた規定はなく,何が「情報」に当た
るかは社会通念に照らして合理的に解釈するしかないところ,文書から読み
取りうる情報は,当該文書に表示された情報と解するべきである。
基本調査成果図の作成方法は,前提事実のとおりであり,街区点に近づけ
て補正した公図に現況図を重ね合わせたものが基本調査成果図であるとこ
,,ろ補正された公図上の街区と現況の街区とが合致しない場合も少なくなく
その場合,補正された公図上の街区と現況の街区との整合状況(ずれ)も基
本調査成果図上に表示されることになる。また,現況図に航空写真を基に作
成された図面が使用される場合,当該基本調査成果図には,街区内部の土地
の占有状況を示す境界やこの境界と補正された公図上の境界との整合状況が
表示されることになる。このように,基本調査成果図には,補正された公図
上の街区と現況の街区との整合状況,街区内部の土地の占有状況を示す境界
と補正された公図上の境界との整合状況が表示されており,こういった整合
状況も基本調査成果図から読み取ることが可能である。
よって,上記整合状況も本件行政文書に表示された情報に当たると認めら
れる。
この点に関する原告の主張は,当該文書から読み取りうる情報であるにも
かかわらず,その作成目的等によって,当該文書に表示された情報から除外
することになり妥当でなく,採用できない。
(2)「個人に関する情報」の該当性について
「個人に関する情報」とは,個人の内心,身体,身分,地位その他個人に
関する一切の事項についての事実,判断,評価等のすべての情報をいうと解
されるから,個人の財産に関する情報も「個人に関する情報」に該当する。
上記のとおり,基本調査成果図には,補正された公図上の街区と現況の街
区との整合状況,街区内部の土地の占有状況を示す境界と補正された公図上
の境界との整合状況が情報として表示されているところ,たとえこの情報が
土地の所有権や筆界に直接影響を与えるような性質のものではないとして
も,現況(占有状況)が私法上の境界(所有権界)と一致していないことを
示唆するものであり,当該土地の資産評価にも影響を与えうるものであるか
ら,個人の所有地の状況に関する情報として,個人の財産に関する情報に当
たるというべきである。
よって,本件行政文書に表示された情報は「個人に関する情報」に該当,
すると認められる。
この点に関する原告の主張のうち,公図と現況図とを重ね合わせた状況は
個人とのかかわりを観念することができないという主張については,上記の
とおり,個人の所有地の状況に関する情報に当たるから妥当でなく,国土に
関する情報について別の基準で判断する見解については,そのように解すべ
き理由がないから妥当でなく,いずれも採用できない。
(3)個人識別情報の該当性について
ア個人識別情報に該当するか否かを判断する際,照合の対象となる「他の
情報」には,公知の情報のほか,図書館等の公共施設で一般に入手可能な
ものなど,一般人が通常入手しうる情報も含まれると解される。
登記記録に記録されている事項の全部又は一部を証明した書面である登
記事項証明書には,地番のほか権利者の氏名等も記載されているところ,
登記事項証明書は,手数料の納付は必要であるが,何人も交付を請求する
ことができる(不動産登記法119条1項)から,不動産登記記録に記録
されている情報は「他の情報」に該当する。そして,基本調査成果図に,
は,公図から引用された地番が表示されているから,登記事項証明書記載
の情報を照合することにより,基本調査成果図に表示された土地の権利者
の氏名等を識別することが可能になる。
よって,本件行政文書に表示された情報は,個人識別情報に該当すると
認められる。
イこの点に関し,まず,原告は,地図情報が原則不開示情報と扱われてし
まい妥当でないと主張するが,一般的な地図情報は,情報公開法5条1号
ただし書イの公領域情報に当たるものとして開示の対象となるものと解さ
れるから,この批判は当たらない。次に,原告は,基本調査成果図の土地
所有者等を識別することが可能になるのは,登記記録が独立して地権者情
報を提供しているからであるところ,そのことを理由に個人識別情報に当
たると解すると,地図はすべてこれに該当することになり,公にされてい
る登記記録よりも権利侵害性の低い地図情報が原則非開示とされ妥当でな
いと主張するが,前判示のように,基本調査成果図には補正された公図上
の街区と現況の街区との整合状況や街区内部の土地の占有状況を示す境界
と補正された公図上の境界との整合状況という情報も表示されており,登
記記録だけでは,こういった情報を確認することはできないから,この批
判も当たらない。
また,原告は,被告自身,本件不開示決定の理由において,個人識別情
報の該当性を否定していたと主張するが「行政機関の長は,開示請求に,
係る行政文書の全部を開示しないときは,開示をしない旨の決定をし,開
示請求者に対し,その旨を書面により通知しなければならない(情報公」
開法9条2項)とされており,その場合,請求が不適法であることの理由
(),,を示さなければならない行政手続法8条1項ところ情報公開法には
不開示決定の理由の追加,差し替えを禁止又は制限する旨定めた規定はな
く,行政手続法8条1項も,理由の追加,差し替えを禁止又は制限する趣
旨までをも含む規定とは解されない(最高裁判所平成11年11月19日
第二小法廷判決・民集53巻8号1862頁参照)から,やはり,本件行
政文書に表示された情報が個人識別情報に該当することを否定する理由と
はならない。
(4)したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件行政文書に
表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不開示情報に該当すると認め
られる。
2争点(2)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書
イの情報に該当するか)について
(1)情報公開法5条1号ただし書イに規定された「公にされ」とは,現在,
何人も知りうる状態におかれていることをいい「公にすることが予定され,
ている情報」とは,開示請求の時点においては公にされていないが,将来,
公にすることが予定されている情報をいうと解される。
現在,基本調査成果図に表示された情報そのものを何人に対しても等しく
公開することを定めた規定はなく,その情報が慣行として何人も知りうる状
態におかれていると認めるに足りる証拠はない。また,将来,その情報を公
にすることが予定されていることを認めるに足りる証拠はない。
(2)原告は,公図や現況図は公にされており,街区点はそれ自体では不開示
情報とは認められないところ,基本調査成果図は,このような情報を組み合
わせたものにすぎず,公図を変形する作成工程は公にされており,その過程
に所有者等は関与せず所有権等にも影響がないことからすると,情報公開法
5条1号ただし書イの情報に準じて開示されるべきであると主張する。
しかし,基本調査成果図の公図部分は,街区点に近づけて補正されたもの
であり,法令の規定により公にされている公図と基本調査成果図の公図部分
とを同一の情報ということはできないし,基本調査成果図上の筆界点には世
界測地系による座標値という新たな情報が付加されていること(乙1,2)
からすると,法令の規定により公にされている公図と基本調査成果図の公図
部分とでは情報の内容が異なるというべきであるから,基本調査成果図が公
領域情報同士(公図と現況図)又は公領域情報(公図と現況図)とそれ単体
では不開示情報とは認められない情報(街区点等)とを組み合わせた情報で
あるとの原告の主張はその前提を欠く。
(3)よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし
書イの情報に該当しない。
3争点(3)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書
ロの情報に該当するか)について
情報公開法5条1号ただし書ロの「人の生命,健康,生活又は財産を保護す
るため」とは「人の生命,健康,生活又は財産」に現実に被害が発生してい,
る場合に限られず,これらの法益が侵害されるおそれがある場合も含むと解さ
れる。
原告は,本件行政文書の開示により保護される利益として,基本調査成果図
の公開が現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社
会の実現につながり,積極消極両面において公共の福祉が増大することを主張
するが,これは「人の生命,健康,生活又は財産」に現実に被害を発生させ,
たり,これらの法益が侵害されるおそれがあるものとはいえない。
よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書ロ
の情報に該当しない。
第4結論
以上のとおり,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文
の不開示情報に該当し,かつ,同号ただし書イ及びロのいずれの情報にも該当
しないと認められるから,その余の点について判断するまでもなく,本件不開
示決定が違法であるとは認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
高松地方裁判所民事部
森實将人裁判長裁判官
真鍋麻子裁判官
松田克之裁判官

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