弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告人Aの本件控訴を棄却する。
     原判決中被告人Bに関する部分を破棄する。
     被告人Bを罰金三万円に処する。
     被告人Bにおいて右罰金を完納することができないときは金三百円を一
日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
     但し本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。
     原審における訴訟費用は全部相被告人Aとの連帯負担とする。
         理    由
 被告人Aの主任弁護人原定夫及被告人Bの弁護人山崎季治の各控訴趣意は末尾に
添附した別紙書面記載のとおりでこれに対する当裁判所の判断は、次のとおりであ
る。
 原弁護人の控訴趣意について。
 原判示事実は原判決挙示の証拠に照らし、これを肯認するに足り、この事実認定
には経験則違反の点は認められないのみならず、訴訟記録及び原裁判所において取
り調べた証拠を精査するに、事実誤認の点も認められない。本件山林全部の立木実
数が二千四百九十六本位であり、また相被告人Bの調査区域の立木実数が六百二十
六本位であつたとの原判決の各認定は挙示の証拠就中証人Cの訊問調書に照らしこ
れを首肯するに足り、従つて、所論の如く、Bの調査区域は他の調査区域との境界
を明確にすることができず、検証不能になつた事実があるからといつて、それだけ
で証拠上Bの調査区域の実数を確定することは不可能であると論結しなければなら
ない根拠はない。また、原判決が証拠に引用した和被告人Bの司法警察員並びに検
察官に対する各供述調書を仔細に吟味するに、所論の如く矛盾撞着し毫も信用に値
しないものであるとは考えられない。論旨は、要するに、原判決の採用しない証拠
に基き、或いは原判決の採用した証拠の一部を殊更被告人に有利に解して独自の見
解を立て、原判決が適正になした事実の認定、証拠の取捨判断乃至被告人Aの本件
所為を詐欺罪に問擬した法律判断を徒らに非難するもので、到底採用することはで
きない。
 山崎弁護人の控訴趣意第一点について。
 原判決挙示の証拠に照らせば、原判示事実を肯認するに足り、その問経験則違背
の点は認められないのみならず、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を
精査検討するに、事実誤認の点も認められない。論旨は独自の見解に立脚して原判
決が適正になした事実認定を徒らに非難するもので、これまた採用するに由ない。
 同第二点について。
 他人の委託によりその事務を処理する者が、その事務の処理上任務に背き本人に
対し詐欺行為を行い同人を錯誤に陥れ、因て財物を交付せしめた場合においては、
詐欺罪を構成すべく、たといその背任の行為が自己若しくは第三者の利益を図るに
出で、これにより本人に財産上の損害を生ぜしめ背任罪の成立要件を具備する場合
と雖、これらは他人のために一定の事務を処理する者が本人に対しなした詐欺罪の
観念中に当然包含せらるべきものであるから、背任罪は成立することなく、又一箇
の行為で数個の罪名に触るるものでないことは、大審院数次の判例の示すところで
ある。原判示によれば、被告人BはD株式会社に雇われ、木材仕入生産係として、
同会社が買入れる山林の調査をなす等の任務を有していたものであるが、同会社に
対し山林立木の売却をしょうとしていた被告人Aと共謀し、前記任務に背き、同被
告人の利益を図るため、同会社の他の社員と手分けして同会社が買受けようとして
いる右山林の調査をした際、自己の調査区域の立木数は六百二十六本位であつたに
かかわらす、千五百三十八本あるが如く、寸検表と題する書面に記載して同会社係
員に提出報告し、よつて、同係員をして右山林全部の立木実数は二千四百九十六本
位であるのを三千四百五十三本位あるものと誤信せしめ、被告人Aは同係員の右錯
誤を利用して同係員をしてこれを代金八十五万円で同会社のため買い取る契約をさ
せ、即時同係員より売買代金名下に右金員(原判決に「金八十五円」とあるは「金
八十五万円」の誤記と認める)の交付を受けてこれを騙取し、被告人Bは右背任所
為の結果同額の損害を同会社に加えたものであるから、被告人Bの木件所為は詐欺
罪を構成し、たとい、背任罪の成立要件を具備していても別に背任罪に問擬すべき
ものではない。されば、原判決が被告人Bに対し背任罪の規定を適用処断したの
は、所論の如く法律の適用を誤つた違法があるもので、その違法は判決に影響を及
ぼすことが明らかである。
 従つて、論旨はこの点において、理由があるから、原判決中被告人Bに関する部
分は破棄を免れない。そこで、当裁判所は刑事訴訟法第四百条但書に従い、更に、
被告人Bに対する本件について、次のとおり判決することとする。
 原判決の認定した前示被告人Bの所為は刑法第二百四十六条第一項第六十条に該
当するから、所定刑期範囲内において処断すべきところ、本件は被告人のみの控訴
した事件であるから、刑事訴訟法第四百二条により原判決の刑である主文第三項掲
記の罰金刑に処し、その不完納の場合における労役場留置期間については刑法第十
八条に従い、主文第四項の如く定め、刑の執行猶予については同法第二十五条を適
用し主文第五項記載の如く定め、原審における訴訟費用の負担については刑事訴訟
法第百八十一条第百八十二条に従い、主文末項記載のとおり、負担せしめる(最高
裁判所昭和二十四年(れ)第八七五号同二十六年一月十七日大法廷判決参照)。な
お、本件起訴状によれば、検察官は被告人Bに対する訴因を背任とし、罰条として
刑法第二百四十七条を掲げたけれども原審第一回公判において、同被告人に対する
訴因を詐欺、罰条を刑法第二百四十六条とそれぞれ変更し、その後原審第二回公判
において更に右の訴因、罰条を本件起訴状のとおりに変更すること即ち訴因を背
任、罰条を刑法第二百四十七条とすることを請求し弁護人はこれについて、被告人
Bの所為は詐欺であつても、背任ではないと異議を述べたが、原審は検察官の右変
更請求を許しその請求のとおり訴因と罰条が変更されたことは記録上明らかであ
る。従つて、当裁判所が被告人Bに対する本件公訴事実に基いて詐欺の成立を認
め、刑法第二百四十六条を適用したのは、訴因罰条の変更なくして本件起訴状に掲
げられたところと異な<要旨>る訴因を認定し、異なる罰条を適用したものに外なら
ない。しかし、本件公訴事実に基いて被告人Bの所為を背任と認定し或いは
詐欺と認定するも、公訴事実そのものには何の変りもなく、唯これに対する法律見
解を異にするに過ぎず、公訴事実の同一性は失われないのみならず、既に明らかに
したとおり、原審において弁護人は検察官の請求した再度の訴因、罰条の変更につ
いて、異議の理由として、被告人Bの所為は詐欺であつても背任ではないと述べた
程であり、また、当審においても、控訴趣意として同趣旨の主張を繰返えしている
のであるから、かかる場合には訴因罰条の変更手続をとらないで背任の訴因罰条に
比し重い詐欺の訴因を認定し、重い詐欺罪の規定を適用するも、被告人Bの防禦に
実質的な不利益を生ずることはないというべまである。されば、当裁判所は検察官
に対し訴因罰条の変更を命ずる措置をとらないで前叙のとおり自判するものであ
る。
 次に被告人Aの本件控訴は既に説明したとおり、その理由がないから、刑事訴訟
法第三百九十六条に従い、これを棄却すべきものである。
 よつて主文のとおり、判決する。
 (裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)

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