弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成13年(行ケ)第272号 特許取消決定取消請求事件
平成15年10月23日判決言渡,平成15年10月9日口頭弁論終結
     判    決
 原 告      ジェンテックス・コーポレーション
 訴訟代理人弁護士 鈴木修,岡本義則,弁理士 狩野剛志,松本謙,訴訟復代理
人弁理士末吉剛
 被 告      特許庁長官 今井康夫
 指定代理人    藤井昇,高木進,林栄二,八日市谷正朗,大橋信彦
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
     事実及び理由
 以下において,「および」は「及び」と統一して表記した。その他,引用箇所に
おいても公用文の表記方式に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が異議2000-70474号事件について平成13年1月31日にし
た決定を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,本件特許第2930202号「自動車用可変反射率ミラー」の特許権者
である。本件特許は,昭和62年3月31日に出願された原出願である特願昭62
-79562号(優先権主張日・昭和61年3月31日,優先権主張国・米国)の
一部を,平成9年8月28日に特許法44条1項に規定の新たな特許出願(特願平
9-232379号)としたものに係り,平成11年5月21日設定登録となっ
た。
 平成12年2月3日,本件特許の特許請求の範囲第1ないし第16項,第17な
いし第25項,第26ないし第34項に記載の発明につき特許異議の申立てがあり
(異議2000-70474号),平成13年1月31日,本件特許の上記項に記
載された発明についての特許を取り消すとの決定があり,その謄本は同年2月19
日原告に送達された。
 2 本件発明の要旨
 特許請求の範囲第1ないし第16項,第17ないし第25項,第26ないし第3
4項に記載の発明は,それぞれ特許請求の範囲の構成に欠くことのできない事項を
記載した第1項,第17項,第26項に記載された次のとおりのものである。
 (1) 特許請求の範囲第1項記載の発明
「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一
区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率を
持つ構成成分によって与えられ,ここで,当該エレクトロクロミックデバイスの透
明な電極層のシート抵抗が1~40オームパースクエアであることを特徴とし」
(構成要件(a)),
ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次
の「(A)溶剤;」(構成要素(A))
「(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミ
ック化合物;」(構成要素(B))
「(C)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆酸化波を表示し,これらの酸化のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,アノードエレクトロクロミ
ック化合物;」(構成要素(C))
及び
「(D)カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で
該溶液中でイオン性でない場合は,不活性の電流搬送電解質」(構成要素(D))
を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,
前記自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。
 (2) 特許請求の範囲第17項記載の発明
「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一
区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構
成成分によって与えられ,当該エレクトロクロミックデバイスが,最高反射率が7
0%を超え,最低反射率が10%未満でなければならないような反射率範囲を与え
ることを特徴とし」(構成要件(b)),
ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次
の:
「(A)溶剤;」(構成要素(A))
「(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミ
ック化合物;」(構成要素(B))
「(C)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆酸化波を表示し,これらの酸化のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,アノードエレクトロクロミ
ック化合物;」(構成要素(C))
及び
「(D)カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で
該溶液中においてイオン性でない場合は,不活性の電流搬送電解質」(構成要素
(D))
を含む単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,
前記自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。
 (3) 特許請求の範囲第26項記載の発明
「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一
区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構
成成分によって与えられ,自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電極
層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射層
を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記溶
液を通過した後当該反射層に到達する光を反射し,ここで,前記エレクトロクロミ
ックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に
変化可能な反射率を与えることを特徴とし,」(構成要件(c))
ただし,当該単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次
の:
「(A)溶剤;」(構成要素(A))
「(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミ
ック化合物;」(構成要素(B))
「(C)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆酸化波を表示し,これらの酸化のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,アノードエレクトロクロミ
ック化合物;」(構成要素(C))
及び
「(D)カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で
該溶液中においてイオン性でない場合は,不活性の電流搬送電解質」(構成要素
(D))
を含む単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,
前記自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。
 3 決定の理由の要点
 (1) 対比する本件発明の認定
 本件特許の発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載した第1項,第17
項,第26項の発明は,共通する構成要素とそれぞれの発明の構成要件(a),
(b),(c)の単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであ
って,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C)及び,カソード化
合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中でイオン性
でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバ
イスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーとなっており,い
わゆる「除くクレーム」であって,発明の構成に欠くことができない事項が多岐に
わたるので,進歩性の判断を行う発明として,本件発明に含まれる発明を以下に特
定する。
 (1)-1 第1項の発明について
 本件特許における第1項の発明を構成要件及び構成要素に従って記載すれば,
 「構成要件(a),ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミ
ックデバイスから,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C),及
び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶
液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロ
クロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラ
ー。」となるが,本件明細書の詳細な説明の記載からみて,第1項の発明は,以下
の(1-1)記載の発明を包含するものと認める。
 (1-1)
 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単
一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率
を持つ構成成分によって与えられ,ここで,当該エレクトロクロミックデバイスの
透明な電極層のシート抵抗が1~40オームパースクエアであることを特徴とする
単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって(構成要件
(a)),
(A)溶剤;(構成要素(A))
(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種
の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なく
とも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミッ
ク化合物;(構成要素(B))
を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射
率エレクトロクロミックミラー。」
 (1)-2 第17項の発明について
 本件特許における第17項の発明を構成要件及び構成要素に従って記載すれば,
 「構成要件(b),ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミ
ックデバイスから,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C)及
び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶
液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロ
クロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラ
ー。」となるが,本件明細書の詳細な説明の記載からみて,第17項の発明は,以
下の(2-1)の発明を包含するものと認める。
 (2-1)
 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単
一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ
構成成分によって与えられ,当該エレクトロクロミックデバイスが,最高反射率が
70%を超え,最低反射率が10%未満でなければならないような反射率範囲を与
えることを特徴とする単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス
であって,(構成要件(b))
 (A)溶剤;(構成要素(A))
 (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミ
ック化合物;(構成要素(B))
 を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反
射率エレクトロクロミックミラー。」
 (1)-3 第26項の発明について
 本件特許における第26項の発明を構成要件及び構成要素に従って記載すれば,
 「構成要件(c),ただし,当該単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミ
ックデバイスから,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C),及
び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶
液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロ
クロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラ
ー。」となるが,本件明細書の詳細な説明の記載からみて,第26項の発明は,以
下の(3-1)の発明を包含するものと認める。
 (3-1)
 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単
一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ
構成成分によって与えられ,自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電
極層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射
層を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記
溶液を通過した後当該反射層に到達する光を反射し,ここで,前記エレクトロクロ
ミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連続的
に変化可能な反射率を与えることを特徴とする単一区画型自己消去式溶液相エレク
トロクロミックデバイスであって,(構成要件(c))
 (A)溶剤;(構成要素(A))
 (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミ
ック化合物;(構成要素(B))
 を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反
射率エレクトロクロミックミラー。」
 (2) 決定が引用した刊行物
  刊行物2:特開昭57-208530号公報(本訴甲第4号証)
  刊行物5:特開昭60-247226号公報(本訴甲第5号証)
  刊行物6:特開昭61-32037号公報
  刊行物7:特開昭60-216333号公報
 (3) 第1項の発明についての対比・判断
 (3)-1 第1項の発明が包含する発明において,本件明細書には,カソードエレ
クトロクロミック化合物に関し,「本発明の溶液に適したカソードエレクトロクロ
ミック化合物には式II既知の化合物(バイオロゲン)
  
 {式中,R21及びR22は・・・それぞれ,1~10個の炭素原子を有するアル
キル基・・・,X

23及びX

24は・・・それぞれクロリド,ブロミド,ヨージ
ド・・・から選ばれる}・・・が含まれる。」(【0056】欄)との記載があ
り,溶剤に関し,「溶剤として適したものは,・・・,メタノール,・・・,アセ
トニトリル,N,N-ジメチルホルムアミド,・・・が含まれる。」(【005
3】欄)との記載がある。
 そこで,第1項の発明が包含する発明と刊行物2に記載された発明とを対比する
と,刊行物2のミラー装置は「本発明は,後続車のヘッドランプ等の光線によって
運転者が眩惑するのを防止すべくなした防眩ミラー装置に関する」の記載(1頁右
欄7~9行)から,自動車類用ということができ,「すなわち,電解液の発色濃度
の度合と電気量とが相対的な比例関係にあるので,第8図に示すように電気量に応
じて透光率が減少する。その結果反射ミラー1の反射率を無段階にかつ連続的に変
更させることができる。」の記載(3頁右上欄12~16行)から,可変反射率ミ
ラーであるといえ,刊行物2の発明における不活性溶媒及び電解液14を構成する
構造式(1)
      
 を有する前記有機物質が,それぞれ,第1項の発明が包含する発明における溶剤
及び式II
 のカソードエレクトロミック化合物と一致しているので,刊行物2の上記構造式
(1)の有機物質も,「溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少
なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視
領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクト
ロクロミック化合物」といえ,請求項1の記載及び3頁右上欄12~1
     
6行の記載と,「減光状態からスイッチ機構2をオフさせると,電解液14は可逆
反応が起こって速やかに透明状態に戻るので,高い反射率を維持することができ
る」の記載(3頁右上欄2~5行)から,刊行物2のものも自己消去式溶液相エレ
クトロクロミックデバイスであって,可逆的可変透過率を持つものといえ,請求項
1と2頁右上欄8~19行の記載から,単一区画型ということができる。
 そして,刊行物2の発明における不活性溶媒及び電解液14を構成する構造式
(1)
 を有する前記有機物質は,ゼロ電位平行状態で該溶液中でイオン性であるといえ
るので,両者は,
 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単
一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率
を持つ構成成分によって与えられ,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロク
ロミックデバイスが,
 (A)溶剤;
 (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミッ
ク化合物;
 を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反
射率エレクトロクロミックミラー。」
 である点で一致し,以下の点で相違している。
 【相違点1】
 第1項の発明が包含する発明においては,「透明な電極層のシート抵抗が1~4
0オームパースクエアである」のに対して,刊行物2に記載の発明においては,透
明な電極層のシート抵抗値について言及されていない点。
 (3)-2 そこで相違点1について検討する。
 まず,透明な電極層について本件明細書では「電極層に適した材料は・・・酸化
スズ,・・及びインジウムドープした酸化スズ(“ITO”)の薄い透明な層・・
好ましいものはITOである。導電性材料を層10及び13の固体材料に施して適
切な電極層を形成する方法は当技術分野で知られている。・・・電極層の厚さは好
ましくは,これが100オームパースクエア以下,より好ましくは40オームパー
スクエア以下の抵抗率を持つものである。しかし電極層との電気接点を作成するこ
とができ,かつデバイスの作動に際し溶液空間内の溶液が電極層と接触している限
り,電極層が本発明のデバイスの溶液容積全体を覆う必要はなく,あるいはデバイ
スの電極保有壁を離れた状態に保持するスペーサーの外側にまで広がる必要はな
い。さらに,電極層が均一な厚さを持つこと,又は100オームパースクエア以下
の抵抗率を持つことも要求はされない。」(本件明細書【0038】欄)なる記載
から,第1項の発明が包含する発明の電極層の材料はITOが好ましく,電気接点
を作成できればよいものである。
 そこで,上記相違点1について検討すると,刊行物2には,「各透明電極12,
12′にはリード線17,17を接続し,そのリード線を前記スイッチ機構21に
接続させるようにしている」(2頁右上欄11行~13行)ことが記載され,上記
記載によれば,刊行物2に記載のものにおいても,透明電極12,12′にリード
線17,17′を接続しているので,透明電極12,12′の厚さはリード線1
7,17′を接続できる程度のものであることは明らかである。
 さらに,刊行物5には,エレクトロクロミック調光体に反射層を設けた調光ミラ
ーにおいて,「表基板1上に形成する透明電極2として酸化インジウム・酸化錫
(ITO)や酸化錫・・・等を用いる。この透明電極2は,例えばITOを材質と
して用いた場合には,・・・表基板1上に表面抵抗値が20Ω以下程度に形成する
ことが望ましい。」(2頁左上欄17行~右上欄3行)との記載があり,この記載
によれば,基板1上に20Ω/□以下の程度の透明電極2を形成することが実質的
に開示されているものと認められる。
 そして,刊行物5において従来技術として提示されている特公昭57-7418
号公報及び特開昭57-208530号公報の調光ミラーは,自動車のバックミラ
ーとして利用されるものであるので,刊行物5と刊行物2とは自動車用の可変反射
率エレクトロクロミックミラーとして技術分野が同一であり,刊行物2には透明電
極の素材について特に言及されてはいないが,透明電極として酸化インジウム・酸
化錫(ITO)が用いられることは従来周知の技術事項(例えば,特開昭52-1
07596号公報,特開昭50-128197号公報,トヨタ技術会「エレクトロ
ニクス用語辞典」昭和61年12月26日発行305頁,「とうめいでんきょく
(透明電極)」及び「とうめいどうでんガラス(透明導電ガラス)」の項参照)で
あるので,刊行物2に記載の透明電極の素材として,刊行物5に記載されている酸
化インジウム・酸化錫(ITO)を用い,基板上に形成する透明電極層の面抵抗を
20Ω/□以下程度のものとすることは容易に想到することができるものというべ
きである。
 したがって,相違点1に係る第1項の発明が包含する発明の構成は,刊行物2及
び刊行物5に記載の技術的事項に基づいて当業者が容易になし得たものといえる。
 そして,第1項の発明が包含する発明の作用効果も,刊行物2及び周知技術から
予測される範囲内のものである。
 したがって,第1項の発明は,当業者が刊行物2,5及び周知技術から容易にな
し得たものである。
 (4) 第17項の発明についての対比・判断
 (4)-1 第17項の発明が包含する発明と刊行物2に記載された発明を対比する
と,刊行物2に記載のものと第1項の発明が包含する発明との対比に関する前記理
由((3)-1)と同様の理由により,刊行物2に記載のものと第17項の発明が包含
する発明との対比における両者の一致点の認定は,刊行物2に記載のものと第1項
の発明が包含する発明との一致点の認定と同様であるので,両者は,
 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単
一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率
を持つ構成成分によって与えられ,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロク
ロミックデバイスが,
 (A)溶剤;
 (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミッ
ク化合物;
 を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反
射率エレクトロクロミックミラー。」
 である点で一致し,以下の点で相違している。
 【相違点2】
 エレクトロクロミックデバイスが,第17項の発明が包含する発明においては,
「最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満でなければならないような
反射率範囲を与える」のに対して,刊行物2に記載の発明においては,この点につ
いて言及されていない点。
 (4)-2 そこで相違点2について検討する。
 一般に,透明導電ガラスにおいて光透過率が90%以上であることは周知(例え
ば,特開昭52-107596号公報,トヨタ技術会「エレクトロニクス用語辞
典」昭和61年12月26日発行305頁,「とうめいどうでんガラス(透明導電
ガラス)」の項参照)である。そして,エレクトロクロミック化合物を用いるもの
ではないが,防眩ミラーにおいて,最高反射率が70%を超え,最低反射率が10
%未満とすることは従来周知(例えば,社団法人自動車技術会編「新編 自動車工
学便覧」,昭和62年6月20日第3刷,社団法人自動車技術会発行第7編1-1
03,104における「12・1・2インサイドミラー」,特開昭54-6615
8号公報参照)である。
 そして,刊行物2には「電解液14は,電気化学的に酸化還元可能な有機物質が
不活性溶媒に溶解されたものである。そして,この電解液14は,常態では透明で
あるが,透明電極12及び12′に電圧又は電流を印加することにより発色すると
ともに,その発色濃度が電気量に対応して変化することにより透光率を減少できる
ようになっている」(2頁左下欄6~11行)との記載があり,この記載によれ
ば,刊行物2に記載のエレクトロクロミック化合物が常態では透明であることは明
らかである。
 そうすると,自動車ミラーにおいて昼間には後方の状況を確認し得る程度の反射
率にすることは当然のことであり,刊行物2に記載の防眩ミラーにおいては,透明
導電ガラス及び常態における刊行物2に記載のエレクトロクロミック化合物はほぼ
透明であるので,刊行物2の防眩ミラーについて最高反射率が70%を超え,最低
反射率が10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いてみようとの
目標設定自体は,当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる。
 そして,第17項の発明が包含する発明の効果も,自己消去式溶液層エレクトロ
クロミックデバイスに最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満となる
ようなエレクトロクロミック化合物を用いることが可能となった時に奏する効果で
あるから,刊行物2及び周知技術から予測される範囲内のものといえる。
 したがって,第17項の発明は,当業者が刊行物2及び周知技術から容易になし
得たものである。
 (5) 第26項の発明についての対比・判断
 (5)-1 第26項の発明が包含する発明と刊行物2に記載された発明を対比する
と,刊行物2に記載のものと第1項の発明が包含する発明との対比に関する理由
((3)-1)に加えて,2頁右上欄8~19行の記載から刊行物2のものも「自己消
去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電極層により画定された空間中に保持
され,当該エレクトロクロミックミラーは反射層を有し,当該反射層が,前記エレ
クトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記溶液を通過した後当該反射層に到達
する光を反射」するものといえ,請求項1と,2頁右上欄8~19行及び3頁右上
欄2~5行の記載から「エレクトロクロミックデバイスが,印加した電気量の関数
として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な反射率を与える」ものである
といえるので,両者は,
 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単
一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ
構成成分によって与えられ,自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電
極層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射
層を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記
溶液を通過した後当該反射層に到達する光を反射し,ここで,前記エレクトロクロ
ミックデバイスが,電気量の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可
能な反射率を与える自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって,
 (A)溶剤;
 (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2
種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少な
くとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミッ
ク化合物;
 を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反
射率エレクトロクロミックミラー。」
 である点で一致し,以下の点で相違している。
 【相違点3】
 第26項の発明が包含する発明においては,反射率は印加した電位差の関数であ
るのに対して,刊行物2に記載の発明では,反射率は電気量の関数であって,その
具体例として電圧又は電流が例示されている点。
 (5)-2 そこで相違点3について検討する。
 刊行物2には,電解液の発色濃度の度合いと電気量との関係に関し,「この電解
液14は,常態では透明であるが,透明電極12及び12′に電圧又は電流を印加
することにより発色するとともに,その発色濃度が電気量に対応して変化すること
により透光率を減少できるようになっている」(2頁左下欄6~11行)との記
載,「電解液の発色濃度の度合と電気量とが相対的な比例関係にあるので,第8図
に示すように電気量に応じて透光率が減少する。その結果反射ミラー1の反射率を
無段階にかつ連続的に変更させることができる。」(3頁右上欄12~16行)と
の記載,及び,透明電極に印加する電気量に関し「電気量(電圧又は電流)可変装
置23」(3頁右上欄8~9行)の記載がある。
 そして,電気量は,アンペア(電流)×時間 であって,オームの法則から,電
位差/抵抗値×時間 でも表現できることは技術常識である。
 そうすると,刊行物2には,電解液の発色濃度の度合いと電気量との関係に関し
て,エレクトロクロミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範
囲にわたって連続的に変化可能な発射率を与えることが実質上開示されているの
で,相違点3に係る第26項の発明が包含する発明の構成は,刊行物2の記載に基
づいて,当業者が容易に想到し得たことといえる。
 そして,第26項の発明が包含する発明の作用効果も,刊行物2から予測される
範囲内のものである。
 したがって,第26項の発明は,当業者が刊行物2から容易になし得たものであ
る。
 (6) むすび
 以上のとおりであるから,本件特許の第1項,第17項,第26項の各発明は,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
 したがって,本件各発明についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許
出願に対してなされたものと認める。
第3 原告主張の決定取消事由
 1 取消事由1(本件発明の認定の誤り)
 (1) 決定が第1項,第17項及び第26項の発明に含まれる発明として認定した
(1-1),(2-1),(3-1)の各発明において,カソード化合物のみを挙
げ,アノード化合物に言及していないのは,誤りである。第1項,第17項及び第
26項の発明が,カソード化合物とアノード化合物を必須の構成要素とすること
は,本件明細書(特許公報7欄最下行~8欄4行,8欄19~23行)の記載から
明らかである。
 (2) 「単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」という言葉
は,本件発明者が本件発明を表現するために特に採用した用語であり,全体として
一つの概念を示すものであって,本件出願以前には用いられていなかったから,そ
の技術的意義は,当業者にとって一義的に明らかなものとして知られていたもので
はなく,発明の詳細な説明を参酌して理解する必要がある。
 (3) 自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスにおいて,カソード化合物
はアノード化合物の対概念であって,片方しか存在しない場合には,カソード化合
物とはいわない。したがって,決定が認定した(1-1),(2-1),(3-
1)の各発明が構成要素(B)を満たすのであれば,必ずカソード化合物と対にな
るアノード化合物も含まなければならない。
 (4) 本件発明は「除くクレーム」となっており,除く部分の「単一区画型自己消
去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」がカソード化合物とアノード化合物を
含むことを前提にしている以上,除く前の「単一区画型自己消去式溶液相エレクト
ロクロミックデバイス」もカソード化合物とアノード化合物を含むことを前提にし
ていると解すべきである。
 2 取消事由2(刊行物2の認定の誤り)
 (1) 「カソードエレクトロクロミック化合物」について
 刊行物2における構造式(I)を有する有機物質は,アノードエレクトロクロミ
ック化合物と対にして用いられているわけではなく,単に酸化還元可能な有機物質
として用いられているにすぎないから,刊行物2がカソードエレクトロクロミック
化合物という技術思想を開示しているわけではない。
 (2) 「自動車類用」について
 第1項,第17項及び第26項の発明において「自動車類用」とは「自動車類に
用いられるのに特に適した」ものである(明細書【0008】~【0014】にお
いて,自動車用ミラーとして商業的に使用するのに適切な条件が詳細に検討されて
いる。)ところ,刊行物2に記載のミラーは,デバイスを作動させるのに必要な電
位の範囲内において不可逆反応を起こすなど,自動車類用に用いられるに相応しい
性能も安全性も備えていない(甲第7号証の供述書,甲第6号証の宣言書)から,
刊行物2は,自動車類用に適さないミラーを開示しているにすぎない。したがっ
て,刊行物2のミラー装置は自動車類用ということができるとした決定の認定は誤
りである。
 3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)
 決定は,相違点1について,「刊行物2及び刊行物5に記載の技術的事項に基づ
いて当業者が容易になし得たものといえる」とするが,以下の理由で誤りである。
 ① 刊行物5に記載の技術的事項は,自動車用ミラーへの応用を予測させるもの
ではない。
 ② 刊行物5に記載の多区画型の固体デバイスは,単一区画型とは原理が異な
る。
 ③ 刊行物2に記載の技術的事項と刊行物5に記載の技術的事項とでは,透明電
極を光が通過する回数が異なるため,要求される特性が異なる。透明電極の性能と
して,透過率とシート抵抗との間には,トレードオフの関係があるから,透過率が
高くなおかつシート抵抗が低い透明電極を作ることは難しい。
 ④ 電極層のシート抵抗を小さくすることには,デメリットが伴う。特定のシー
ト抵抗以下で自動車用に適した均一な着色性とクリアリングの速さが実現されると
いう顕著な効果が生じるものである(甲第6号証の宣言書)。
 ⑤ 甲第10号証(赤塚隆夫編「エレクトロニクス用語事典」トヨタ自動車株式
会社昭和61年12月26日発行305頁)には,光透過率が90%以上ある透明
電極は,面抵抗数十Ω/□(すなわち40~50Ω/□程度)が限界であったこと
が示されており,40オームパースクエア以下のシート抵抗を自動車類用ミラーに
用いることは当時の技術常識を超えていた。
 4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)
 決定は,相違点2について,刊行物2の電解液14が常態で透明であることを根
拠に,「刊行物2の防眩ミラーについて最高反射率が70%を超え,最低反射率が
10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いてみようとの目標設定
自体は,当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる。」と判断するが,最
高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満とするために,実現不能と考え
られていた自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを採用することは,当
業者が容易に発明し得ないものである。
 5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り)
 刊行物2は,商業的に許容できるグレースケール制御性を有する自動車類用可変
反射率ミラーをいかにして得るかという点についても,連続的に変化可能な反射率
が反射率の全範囲にわたっているという第26項の発明の構成についても,教示も
示唆もしていない。これに対して,第26項の発明は,「連続的に変化可能な反射
率が反射率の全範囲にわたっている」という構成により,自動車類に用いるに適し
たグレースケール制御性を有する自動車類用可変反射率ミラーを提供できたという
顕著な効果を有するから,当業者が容易に発明することができたものではない。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1及び取消事由2(1)について
 (1) 決定は,第1項,第17項,第26項の発明は,決定の理由の要点の(1)の
とおり,それぞれ,(1-1),(2-1),(3-1)記載の発明を包含するも
のと認めると認定した。
 原告は,第1項,第17項及び第26項の発明はカソード化合物とアノード化合
物を必須の構成要素とするものであるから,決定が認定した(1-1),(2-
1),(3-1)の各発明において,カソード化合物のみを挙げアノード化合物に
言及していないのは誤りであり(取消事由1),刊行物2における構造式(I)を
有する有機物質をカソードエレクトロクロミック化合物であると認定したことも誤
りである(取消事由2(1))と主張する。
 (2) しかしながら,特許請求の範囲1,17,26においては,エレクトロクロ
ミックデバイスを構成する具体的な成分は特定されておらず,本件明細書の発明の
詳細な説明【0006】に,「溶液は溶剤及び少なくとも1種の“アノード”化合
物(中性でも帯電していてもよい)及び少なくとも1種の“カソード”化合物(こ
れも中性でも帯電していてもよい)を含む。」(特許公報7欄最終行~8欄4行,
甲第3号証),「デバイスが“溶液相”であるということは,アノード化合物及び
カソード化合物を含めて溶液中の成分がすべて,アノード化合物の酸化及びカソー
ド化合物の還元を伴うデバイスの作動中に溶液状に保たれることを意味する。」
(特許公報8欄19~23行)と記載されているものの,特許請求の範囲1,1
7,26に記載された発明が,アノード化合物とカソード化合物とを含むものに限
定して解釈されなければならない特段の事情があるとは認められない。
 原告は,「単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」という
用語は本件出願以前には用いられていなかったから,その技術的意義は発明の詳細
な説明を参酌して理解する必要があると主張するが,本件明細書(特許公報,甲第
3号証)【0033】に「別種の可逆的可変透過率溶液を含む単一区画型自己消去
式溶液相エレクトロクロミックデバイスは当技術分野において知られている。」と
記載されていることからすると,原告の主張は理由がない。したがって,第1項,
第17項及び第26項の発明は,カソード化合物とアノード化合物を必須の構成要
素とするものであるということはできず,取消事由1及び取消事由2(1)は,決定を
取り消すべき事由にはならない。
 2 取消事由2(2)について
 本件特許請求の範囲1,17,26の「自動車類用可変反射率エレクトロクロミ
ックミラー」との記載は,単にエレクトロクロミックミラーの用途を自動車類に限
定したことを意味すると解するのが相当であり,「自動車類用」との文言が記載さ
れているというだけで,「自動車類に用いられるのに特に適した」ことを意味する
とまでは認めることはできない。そして,原告指摘の本件明細書【0008】~
【0014】には,自動車類用ミラーに必要な条件が記載されてはいるものの,こ
れらの記載は,特許請求の範囲に記載された構成要件によって特定された第1項,
第17項及び第26項の発明が,これらの条件を実際に達成したことを意味するも
のではない。一方,刊行物2には,「本発明は,後続車のヘッドランプ等の光線に
よって運転者が眩惑するのを防止すべくなした防眩ミラーに関するものである。」
(1頁右下欄)と記載されているから,刊行物2に記載されたミラーは自動車類に
用いられるものであると解することができる。
 したがって,刊行物2のミラー装置は自動車類用ということができるとした決定
の認定に,誤りはない。
 3 取消事由3について
 (1) 本件明細書(特許公報,甲第3号証)には,シート抵抗について,「電極層
の厚さは好ましくは,これが100オームパースクエア以下,より好ましくは40
オームパースクエア以下の抵抗率を持つものである。」(15欄45~47行)と
記載されているのみで,シート抵抗を40オームパースクエア以下とすることの技
術的意義については何も記載されておらず,「例」においても,シート抵抗の値は
具体的に示されていない。
 甲第6号証(Tの宣言書)において,ジオクチルビオロゲンと5-エチル,10
-メチルフェナジンとの混合物について,100オームパースクエアのサンプル1
と,12オームパースクエアのサンプル2とを作成し,自動車用ミラーとしての特
性を測定した結果,第1項の発明で規定されたシート抵抗の範囲内であるサンプル
2のみが自動車用可変反射率ミラーとして使用できると結論づけているが,甲第6
号証の実験で使用された2つの化合物は,それぞれ本件明細書に記載された式II,
式Vの下位概念の化合物であることは認められるものの,この特定の2成分の組合せ
は,本件明細書に具体的に記載されていないばかりでなく,前記のとおり,シート
抵抗40オームパースクエア以下という範囲が特定の特性を発揮する等の技術的意
義を有するものであることについて,本件明細書に記載されていないのであるか
ら,甲第6号証は,明細書に記載されていない事項を証明しようとするものにすぎ
ない。
 シート抵抗の範囲の技術的意義が明らかでない以上,第1項の発明において規定
されたシート抵抗の範囲は,好ましい範囲を単に設定したという以上の意味を持た
ないものと解するほかない。
 (2) 刊行物5(甲第5号証)には,「エレクトロクロミック調光体に反射層を設
けた調光ミラー」に関して,「この透明電極2は,例えばITOを材質として用い
た場合には,蒸着法やスパッター法により表基板1上に面抵抗値が20Ω以下程度
に形成することが望ましい。」(2頁左上欄下から2行~右上欄3行)と記載され
ている。刊行物5に規定された面抵抗値20Ω以下という数値範囲を有する電極
を,刊行物2に直接適用することが,原告が主張する両者の原理や特性の相違など
の理由により困難であるとしても,刊行物5の上記記載からは,エレクトロクロミ
ック物質を用いるミラーにおいて電極の面抵抗値を望ましい範囲に設定することが
公知であったことが認められるから,刊行物2のミラーにおいても電極の面抵抗値
を好ましい範囲に設定することは,当業者が容易になし得ることと認められる。
 原告は,透過率が高くてなおかつシート抵抗が低い透明電極を作ることは難しい
とか,特定のシート抵抗以下で自動車用に適した均一な着色性とクリアリングの速
さが実現されるなどの主張をするが,本件明細書には,透過率が高くてなおかつシ
ート抵抗が低い透明電極を実現したことや特定のシート抵抗値以下にすることによ
る効果についての記載はないので,原告の主張は明細書の記載に基づかないもので
あって採用することができない。また,原告は,甲第10号証(赤塚隆夫編「エレ
クトロニクス用語事典」トヨタ自動車株式会社,昭和61年12月26日発行,3
05頁)の記載を根拠に,シート抵抗値40オームパースクエア以下のシート抵抗
を自動車類用ミラーに用いることが当時の技術常識を超えていたとも主張するが,
甲第10号証の該当記載は「現在,光透過率90%以上,面抵抗数10Ω/□の物
が得られている。」というものであり,この記載が原告の主張を裏付けるものとい
うことはできない。
 (3) したがって,相違点1に係る構成が容易推考であるとした決定の判断は,結
論において誤りはない。
 4 取消事由4について
 (1) 第17項の発明は,(A)~(D)の要件を満足するものを除くことによっ
て定義されるものであるところ,本件明細書に記載されたいずれの「例」において
も,それぞれの例で使用された化合物が(B)あるいは(C)の要件を満足するも
のであるか否かについて具体的に記載されていないので,これらの「例」は第17
項の発明を具体化した実施例であると認めることはできない。
 この点について,原告は,甲第6号証のサンプル2は本件明細書に記載されたも
のであるし,本件明細書の例7の表1の4番目の化合物の組合せは本件発明に対応
する実施例であり,この組合せを使用したミラーは,最高反射率が70%を超え,
最低反射率が10%未満であると主張する。しかしながら,本件明細書には,前記
のとおり,甲第6号証の実験で使用された2つの化合物の組合せが具体的に記載さ
れていないばかりでなく,この特定の組合せをミラーに使用することや,ミラーに
使用した場合にどのような反射率となるのかについての記載がないから,甲第6号
証は,明細書に記載されていない事項についてのものにすぎない。
 原告は,甲第24号証(JournaloftheAmericanChemicalSociety,Vol.123,
No.37,2001,pp.9112-9118)及び甲第21号証(Tの第2宣言書)をもって,例7
の表1の4.の10-メチルフェノチアジンが一つの可逆的酸化波と一つの不可逆
酸化波を有するものであることの立証とし,甲第22号証(Tの第3宣言書)及び
甲第29号証(Tの第6宣言書)をもって,例7の表1の4.の組合せをミラーに
適用すると,70%を超える反射率から10%未満の反射率が得られることの立証
としている。
 しかしながら,本件明細書(特許公報,甲第3号証)の例7には,「例3に示し
たデバイスと本質的に同じ方法で作成し,下記の表1に示すエレクトロクロミック
化合物の炭酸プロピレン溶液を充填したデバイスは例1~6に示したものと同様に
自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスとして作動することが認められ
た。」(【0122】)と記載され,例7を引用する部分のある例8には「多数の
化合物を本発明の単一区画型自己消去式溶液相デバイスにおいて,炭酸プロピレン
を溶剤として,アノード又はカソードエレクトロクロミック化合物としての受容可
能性につき試験した。・・・炭酸プロピレンを溶剤としてこれらの受容可能性及び
望ましさの基準に適合することが認められた化合物はすべて,例1~7のいずれか
に詳述したもの・・・であった。」(【0124】,【0129】)ことなどが記
載されているだけで,反射率の測定値についてはもちろん,ミラーとして作動する
ことについての記載すらない。原告の上記主張のように,例7に記載された特定の
化合物の組合せでミラーを作成してその反射率を測定することは,明細書に記載さ
れていない事項を証明しようとするものであって,理由がない。
 そうすると,第17項の発明において(A)~(D)の要件を満足するものを除
くことによって定義される,「最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未
満である」ミラーは,本件明細書には具体的に記載されていなかったと認められ,
そうである以上,第17項の発明において規定された上記反射率の範囲は,発明の
詳細な説明において具体的に裏付けられていない範囲を,単に設定したにすぎない
ものである。
 (2) 刊行物2(甲第4号証)には,「反射ミラー1の電解液14が透明状態にあ
る時,スイッチ機構21をオンして電源22を反射ミラー1の透明電極12,12
′に入力させると,電解液14は,酸化還元反応を起こすが,その還元反応の時に
発色(青色)現象が生じて,第6図に示すように発色濃度が高まる。したがって,
発色現象によって電解液14の透光率が減少するので,反射ミラー1からの反射光
を減光させることができる。また,前記の減光状態からスイッチ機構2をオフさせ
ると,電解液14は可逆反応が起こって速やかに透明状態に戻るので,高い反射率
を維持することができる。」(3頁左上欄13行~右上欄5行),「以上の実施例
より明らかなように,本発明は,酸化還元可能な有機物質を不活性溶媒に溶解させ
て電解液を生成し,この電解液の発色現象を利用して反射率を変更できるように構
成したので,・・・」(3頁右上欄18行~左下欄1行)と記載されており,刊行
物2の反射ミラーは,電解液が透明状態と発色状態をとることにより反射率が変化
するものであることが認められるから,このように変更可能な反射率の望ましい範
囲を設定することは,当業者が容易になし得ることと認められる。
 (3) したがって,「刊行物2の防眩ミラーについて最高反射率が70%を超え,
最低反射率が10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いてみよう
との目標設定自体は,当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる」とした
決定の相違点2についての判断に,誤りはない。
 5 取消事由5について
 (1) 本件明細書(特許公報,甲第3号証)には,第26項の発明の「エレクトロ
クロミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連
続的に変化可能な反射率を与える」という性能を実際に達成したことを裏付ける具
体的な記載がないことが認められる。そして,甲第6号証,甲第22号証,甲第2
9号証の各宣言書には,反射率%対印加電圧のグラフが添付されているが,これら
の宣言書の記載は,明細書に記載されていない事項についてのものにすぎない。
 そうすると,第26項の発明の構成要件は,自動車類用ミラーとしての望ましい
性能を単に特定したにすぎないものと認められるから,第26項の発明が「連続的
に変化可能な反射率が反射率の全範囲にわたっている」という構成により顕著な効
果を有することを根拠として,第26項の発明の進歩性が肯定されるべきとする原
告の主張は,理由がない。
 (2) 刊行物2(甲第4号証)には,「第7図及び第8図は本発明による他の実施
例を示している。この実施例は駆動回路2のスイッチ機構21と電源22との間
に,電気量(電圧又は電流)可変装置23を介装させ,該電気量可変装置23によ
って電気量を任意に調節することにより,電解液14の透光率を無段階に変更でき
るようなっている。すなわち,電解液の発色濃度の度合と電気量とが相対的な比例
関係にあるので,第8図に示すように電気量に応じて透光率が減少する。その結果
反射ミラー1の反射率を無段階にかつ連続的に変更させることができる。」(3頁
右上欄6~16行)と記載があって,第8図に電気量と透光率との関係が連続した
実線のグラフで示されている。第8図は透光率の全範囲にわたって透光率が連続的
に変化可能であることを示すもので,反射率は透光率に対応して変化するものであ
ると解されるから,結局,刊行物2には,電位差の関数として反射率の全範囲にわ
たって反射率が変化可能であることが示されているものと認められる。そうする
と,刊行物2は,連続的に変化可能な反射率が反射率の全範囲にわたっているとい
う第26項の発明の構成について教示も示唆もしていないとの原告の主張
は,理由がない。
 (3) したがって,相違点3に係る構成は,刊行物2に基づいて当業者が容易に想
到し得たものとする決定の判断に,誤りはない。
第5 結論
 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所第18民事部
      裁判長裁判官塚  原  朋  一
         裁判官塩  月  秀  平
裁判官古  城  春  実

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛