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平成16年(行ケ)第336号 特許取消決定取消請求事件
平成17年2月3日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 ユニテックパロマ株式会社
 訴訟代理人弁理士 宮崎伊章,中川信治,的場照久
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 田中弘満,高橋祐介,高橋泰史,井出英一郎,一色由美子
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
 以下,文献を引用する際においても公用文の表記に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が異議2003-71604号事件について平成16年6月15日にし
た決定を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告が特許権者である本件特許第3367909号「カーテンフック」は,平成
11年1月20日の出願であって,平成14年11月8日に設定登録がされた。そ
の後,特許異議の申立てがあり,取消理由が通知され,その指定期間内である平成
16年3月22日付けで訂正請求(本件訂正)がされたが,平成16年6月15
日,本件訂正を認めた上,本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すとの決定
があり,その謄本は同年7月5日原告に送達された。
 2 本件発明(本件訂正後)の要旨
 【請求項1】カーテンへの止着杆を主杆に有する吊り具本体と,フック体からな
るカーテンフックであって,その樹脂成分がポリエステルであり,前記ポリエステ
ルがポリエチレンテレフタレート系樹脂であり,カーテンフックの成形後のIV値
が0.5~0.7であるカーテンフック。
 【請求項2】ポリエステルが共重合ポリエチレンテレフタレートである請求項1
記載のカーテンフック。
 【請求項3】前記樹脂成分の数平均分子量が12,000~46,000である
請求項1記載のカーテンフック。
 【請求項4】原料のポリエステルの引張降伏強度が45MPa以上,引張伸度が
200%以上,曲げ強度が60MPa以上である請求項1記載のカーテンフック。
 【請求項5】カーテンへの止着杆を有する吊り具本体と,当該吊り具本体の鋸刃
状突起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック体からなるラチェット構造で構
成された請求項1記載のカーテンフック。
 【請求項6】カーテンへの止着部及び鋸刃状突起を有する吊り具本体と,当該吊
り具本体の上記鋸刃状突起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック体からなる
ラチェット構造で構成され,少なくとも上記吊り具本体の成形後のIV値を最大
0.7とした請求項3記載のカーテンフック。
 【請求項7】ポリエチレンテレフタレート系樹脂であるポリエステル原料を乾燥
工程を経てからコールドランナー方式の金型に射出成形して,カーテンフックの成
形後のIV値が0.5~0.7のカーテンフックを得ることを特徴とするカーテン
フックの製造方法。
 3 決定の理由の要点
 (1) 訂正の適否
 訂正は,特許法の所定規定に適合するので,本件訂正を認める。
 (2) 引用刊行物記載の発明
 異議審における取消理由通知で引用し,本件特許出願前に頒布された,実願昭6
3-165825号(実開平2-86377号)のマイクロフィルム(刊行物1。
本訴甲第1号証)には,6頁3行~7頁2行に「カーテン吊り具1は,カーテン2
0に取付けられる弾性合成樹脂製の本体2と,この本体2に対してラチェット式に
下方へ移動自在に係合する弾性合成樹脂製のフック体3とから成る。本体2は,略
並行して縦方向に伸びる主杆4と挿入杆5とから成り,両者は上端部において連続
している。主杆4の左右両側面には,前後に相対向するように縦方向一対のラチェ
ット歯列6,6を備えている。・・・フック体3は,本体2の主杆4を上下に摺動
自在に抱持する抱持部8と,図示しないランナの吊り環に掛け止めるための鈎9と
を具備している。抱持部8の左右両側壁11の内側には,本体2のラチェット歯列
6,6に対応して,それぞれ前後一対の薄板状ラチェット爪10,10を備えてい
る。」と記載されており,第1図を参照すると,刊行物1には,「カーテンへの挿
入杆を主杆に有する本体と,当該本体のラチェット歯列に摺動可能に係合するラチ
ェット爪を備えたフック体からなるラチェット構造で構成された合成樹脂製カーテ
ン吊り具」が記載されている。
 同じく特開平7-213415号公報(刊行物2。本訴甲第2号証)には,【0
001】に「【産業上の利用分野】本発明は,カーテンランナーなどの吊下布案内
部材と,カーテンなどの各種の幕類とを簡単に連結する合成樹脂製の布吊下連結具
に関し,更に詳しくは同連結具に要求される剛性部分とある程度の柔軟性及び靱性
を有する弾性部分との双方を備えた合成樹脂製の布吊下連結具に関する。」,【0
018】に「ここで,本発明の最も特徴とする点は,連結具4の全てを合成樹脂で
成形することと,引掛鈎部41及び係着部42に異なる特性を有する第1及び第2
の合成樹脂材料を使用する点にある。すなわち,本発明では前記引掛鈎部41に所
定の剛性を備えた第1の合成樹脂材料を使用する・・・,引掛鈎部41に使用され
る第1樹脂材料として,ポリアセタール,・・・ポリエチレンテレフタレート(P
ET),・・ポリカーボネート(PC)等があり・・・」と記載されている。
 同じく特開平10-168169号公報(刊行物3。本訴甲第3号証)には,
【0002】に「【従来の技術】ポリエチレンテレフタレートに代表されるポリエ
ステル樹脂は各種物性に優れ,・・・成形体等に使用されており・・・耐衝撃性,
透明性,衛生性等が認められ・・・」,【0021】に「本発明の上記各成分から
なるポリエステルの固有粘度は0.5~1.4dl/gであることが好ましく,更
に好ましくは0.55~1.3dl/gの範囲である。固有粘度が0.5dl/g
未満であると成形品としたときの耐衝撃強度が不十分であり,1.4dl/gを超
えると高い成形圧を必要とするため安定した成形が困難となる。」,【0027】
に「・・・実施例,比較例によって得られたポリエステル樹脂・・・を140℃で
6時間真空乾燥した後・・・射出成形機を用いて・・・平板を成形し,該成形品に
ついて耐衝撃性,固有粘度の評価を,次のようにして行った。」,【0031】に
「(実施例1)テレフタル酸(以下,TPAと略記する。)99.6モル%とエチ
レングリコール(以下,EGと略記する。)150モル%及び安息香酸(以下,B
ZAと略記する。)0.4モル%を精留塔及び撹拌装置を備えた反応容器に入れ,
撹拌を行いながら260℃まで徐々に昇温して,留出する水を系外に排出しながら
エステル化を行った。反応生成物を重縮合反応容器に移した後ビスフェノールAエ
チレンオキサイド2付加物(以下,BPEと略記する。)を4モル%添加し,15
分間260℃にて保留した後,リン酸トリメチルを対酸成分にして75ppm(1
0重量%EG溶液)添加した。10分経過後,2酸化ゲルマニウムを対酸成分にし
て300ppm(0.45重量%EG溶液)添加し,その後真空度1mmHg以
下,280℃で2時間30分重縮合を行い,ポリエステルを得た。」と記載されて
おり,【0043】の【表1】には,実施例の成形後の固有粘度の値が,0.61
~0.99(0.74前後が多い)dl/gであると記載されていることを参照す
ると,刊行物3には,ポリエステル樹脂である,共重合ポリエチレンテレフタレー
トを乾燥した後射出成形した,成形品の成形後のIV値が0.61~0.99
(0.74前後が多い)である例及び,成形後のIV値ではないが,ポリエステル
のIV値が0.5未満であると耐衝撃強度が不十分で,1.4を超えると安定した
成形が困難であり,IV値は0.5~1.4,好ましくは0.55~1.3がいい
と記載されている。
 同じく「POLYMER ENGINEERING AND SCIENCE,
SEPTEMER,1984,Vol.24,No.13」 p.1056~10
63(刊行物4。本訴甲第4号証)には,特に1060頁左欄に「PET:・・・
I.V.=7.50×10-4
(Mn)0.68
 (6)」と記載されている。
 (3) 訂正発明1,2についての対比・判断 
 訂正発明1を引用してさらに,「ポリエステルが共重合ポリエチレンテレフタレ
ートである」という限定事項を付加した訂正発明2と,刊行物1に記載された発明
とを比較すると,刊行物1に記載された発明の「挿入杆」,「本体」,「合成樹脂
製カーテン吊り具」は,それぞれ,訂正発明2の「止着杆」,「吊り具本体」,
「(樹脂製)カーテンフック」に相当するから,両者は,「カーテンへの止着杆を
主杆に有する吊り具本体と,フック体からなる(樹脂製)カーテンフック」の点で
一致し,下記の点で相違している。
 相違点:訂正発明2では,樹脂成分がポリエステルであり,前記ポリエステルが
ポリエチレンテレフタレート系樹脂である共重合ポリエチレンテレフタレートであ
り,カーテンフックの成形後のIV値が0.5~0.7であるのに対し,刊行物1
に記載された発明では,合成樹脂製であるがその他の事項は不明である点。
 相違点について検討する。
 刊行物2には,構成は異なるが,訂正発明2と同じカーテンフックに相当する布
吊下連結具の引掛鈎部にポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂が使用される
ことが記載されており,刊行物1に記載された発明の合成樹脂製カーテン吊り具の
樹脂成分としてポリエステルである,ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂
を採用することは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。また,刊行物3には,
樹脂成分がポリエステルで,ポリエチレンテレフタレート系樹脂である共重合ポリ
エチレンテレフタレートの成形後のIV値が0.61~0.99(0.74前後が
多い)の例及び,成形後のIV値ではないが,ポリエステルのIV値が0.5未満
であると耐衝撃強度が不十分で,1.4を超えると安定した成形が困難であること
が記載されており,刊行物3に記載された発明の成形後のIV値の上限は少々大き
いが,IV値が大きいと安定した成形が困難であるのだから,刊行物1に記載され
た発明の合成樹脂製カーテン吊り具のような,複雑な構成の成形品の樹脂成分とし
て,ポリエステルであるポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂を採用するに
際し,成形品に要求される強度,成形加工性を考慮して最適なIV値を採用するこ
とは,当業者が当然なすべき設計的事項にすぎない。
 また,訂正発明2については,訂正発明1を引用してさらに,「ポリエステルが
共重合ポリエチレンテレフタレートである」という限定事項を付加した訂正発明2
についての検討は,当該限定事項のない上位の訂正発明1に対しても,同様なこと
がいえる。
 したがって,訂正発明1,2は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものである。
 (4) 訂正発明3についての対比・判断
 訂正発明3は,訂正発明1を引用してさらに,「樹脂成分の数平均分子量が1
2,000~46,000である」という事項を付加したものであるが,上記訂正
発明1,2についての検討事項に加えて,刊行物4には,ポリエチレンテレフタレ
ート(PET)樹脂のIV値と数平均分子量(Mn)との関係式(6)が記載され
ており,計算すると,数平均分子量が12,000~46,000であるポリエチ
レンテレフタレート(PET)樹脂のIV値は,約0.45~1.1となるので,
刊行物3に記載された発明の共重合ポリエチレンテレフタレートも含まれるから,
訂正発明3は,刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものである。
 (5) 訂正発明4についての対比・判断
 訂正発明4は,訂正発明1を引用してさらに,「原料のポリエステルの引張降伏
強度が45MPa以上,引張伸度が200%以上,曲げ強度が60MPa以上であ
る」という事項を付加したものであるが,上記訂正発明1,2についての検討事項
に加えて,上記限定数値はいずれも,ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂
の通常の範囲の数値であり(必要なら「高分子大辞典」丸善株式会社 平成6年9
月20日 p.1030等参照。),したがって,訂正発明4は,刊行物1ないし
3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
る。
 (6) 訂正発明5についての対比・判断
 訂正発明5は,訂正発明1を引用してさらに,「カーテンへの止着杆を有する吊
り具本体と,当該吊り具本体の鋸刃状突起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフ
ック体からなるラチェット構造で構成された」という事項を付加したものである
が,上記訂正発明1,2についての検討事項に加えて,上記限定事項は,刊行物1
に記載されており(刊行物1に記載された発明の「ラチェット歯列」,「ラチェッ
ト爪」は,それぞれ,訂正発明5の「鋸刃状突起」,「係合爪」に相当する。),
したがって,訂正発明5は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものである。
 (7) 訂正発明6についての対比・判断
 訂正発明6は,訂正発明1を引用した訂正発明3を引用しさらに,「カーテンへ
の止着部及び鋸刃状突起を有する吊り具本体と,当該吊り具本体の上記鋸刃状突起
に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック体からなるラチェット構造で構成さ
れ,少なくとも上記吊り具本体の成形後のIV値を最大0.7とした」という事項
を付加したものであるが,上記訂正発明1,2及び3についての検討事項に加え
て,上記限定事項のうち「カーテンへの止着部及び鋸刃状突起を有する吊り具本体
と,当該吊り具本体の上記鋸刃状突起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック
体からなるラチェット構造で構成され」は,刊行物1に記載されており(刊行物1
に記載された発明の「挿入杆」,「ラチェット歯列」,「ラチェット爪」は,それ
ぞれ,訂正発明6の「止着部」,「鋸刃状突起」,「係合爪」の相当する。),
「少なくとも上記吊り具本体の成形後のIV値を最大0.7とした」という限定事
項は,訂正発明1,2についてで,検討済みの「カーテンフックの成形後のIV値
が0.5~0.7である」という事項に含まれるから,訂正発明6は,刊行物1な
いし4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので
ある。
 (8) 訂正発明7についての対比・判断
 訂正発明7の構成事項のうち,「ポリエチレンテレフタレート系樹脂であるポリ
エステル原料を成形して,カーテンフックの成形後のIV値が0.5~0.7のカ
ーテンフックを得る」ことについては,訂正発明1,2において検討したとおりで
あり,「ポリエチレンテレフタレート系樹脂であるポリエステル原料を乾燥工程を
経てから射出成形」することは,刊行物3(ポリエステルが共重合ポリエチレンテ
レフタレートの例ではあるが)にも記載されているように,ポリエチレンテレフタ
レート系樹脂を含むポリエステル原料の成形において,乾燥工程を経てから射出成
形することは周知技術にすぎない。また,ポリエステルの成形方法として,コール
ドランナー方式の金型に射出成形することは例を挙げるまでもなく周知技術にすぎ
ず,さらに,特許権者が平成16年3月22日付け意見書で述べているように「本
件出願時,カーテンフックの成形においてコールドランナー方式及びホットランナ
ー方式のいずれをも選択し得るものである。」から,「ポリエチレンテレフタレー
ト系樹脂であるポリエステル原料を乾燥工程を経てからコールドランナー方式の金
型に射出成形して,カーテンフックを得ること」は,当業者が容易に想到し得る程
度のことにすぎない。 
 したがって,訂正発明7は,刊行物1ないし3に記載された発明及び周知技術に
基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
 (9) 決定のむすび
 以上のとおりであるから,訂正発明1ないし7は,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができない。
 したがって,訂正発明1ないし7の特許は,平成15年改正前の特許法113条
2項に該当し,取り消されるべきものである。
第3 原告主張の決定取消事由
 1 取消事由1(訂正発明2)
 訂正発明1,2についての対比・判断で,決定は,「刊行物2には,構成は異な
るが,訂正発明2と同じカーテンフックに相当する布吊下連結具の引掛鈎部にポリ
エチレンテレフタレート(PET)樹脂が使用されることが記載されており,」と
認定している。
 しかし,訂正発明2で規定しているのは,共重合ポリエチレンテレフタレートで
あって(訂正明細書(甲第6号証)【請求項2】),刊行物2記載のポリエチレン
テレフタレート(4頁左欄19行)とは異なる。
 訂正明細書には「共重合ポリエチレンテレフタレートは,ポリオール成分として
のエチレングリコールと,ポリカルボン酸成分としてのテレフタル酸と,これら以
外のポリオール成分及び/又はポリカルボン酸成分とを構成単位としている。」
(【0019】)と定義されている。一方,刊行物2には,「これら以外のポリオ
ール成分及び/又はポリカルボン酸成分とを構成単位」とする共重合ポリエチレン
テレフタレートの記載はない。
 訂正発明2のカーテンフックに,「ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂
を採用することは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。」とした決定の判断
は,この「共重合」である点を看過してなされた認定であって,誤りである。
 2 取消事由2(訂正発明2又は訂正発明1)
 決定は,訂正発明1,2についての対比・判断において,「刊行物2には,構成
は異なるが,訂正発明2と同じカーテンフックに相当する布吊下連結具の引掛鈎部
にポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂が使用されることが記載されてお
り,刊行物1に記載された発明の合成樹脂製カーテン吊り具の樹脂成分としてポリ
エステルである,ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂を採用することは,
当業者が適宜なし得ることにすぎない。」と判断している。
 ここで,刊行物2の布吊下連結具と訂正発明2のカーテンフックの構成要素を対
比するならば,刊行物2の「引掛鉤部」は,訂正明細書の「フック体」に相当し,
刊行物2の「係着部」は,訂正明細書の「吊り具本体」に相当する。
 しかし,刊行物2には,布吊下連結具の引掛鉤部にポリエチレンテレフタレート
を使用する旨の記載はあっても,係着部及び当該係着部を含む布吊下連結具全体
に,ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂を使用する旨の記載はない。逆に
刊行物2には,上記係着部については,上記引掛鉤部とは異なる材質(第2樹脂原
料)を用いることが最も特徴とする点である旨の記載がある(4頁左欄10~13
行)。そして第1樹脂原料に例示として記載されていたポリエチレンテレフタレー
ト(PET)樹脂は,当該第2樹脂原料としては例示されていない(4頁左欄21
~25行)。
 したがって,刊行物2は,フック体にポリエチレンテレフタレートを使用するこ
とを示唆しているとしても,そのことが,直ちに,フック体以外の部位,すなわち
吊り具本体である止着杆及び主杆にまでも,ポリエチレンテレフタレート系樹脂を
使用すること,ましてや訂正発明2の共重合ポリエチレンテレフタレートを使用す
ることを示唆するものではない。むしろ,刊行物2の記載からは,上記吊り具本体
には,ポリエチレンテレフタレートの使用を排除しているとみるべきである。
 以上主張したところにより,訂正発明2のカーテンフックに,「ポリエチレンテ
レフタレート(PET)樹脂を採用することは,当業者が適宜なし得ることにすぎ
ない。」とした決定の判断には,誤りがある。
 3 取消事由3(訂正発明2又は訂正発明1)
 (1) 決定は,訂正発明1,2についての対比・判断において,刊行物3において
「共重合ポリエチレンテレフタレートの成形後のIV値が0.61~0.99
(0.74前後が多い)の例」が記載されていること及び「成形後のIV値ではな
いが,ポリエステルのIV値が0.5未満であると耐衝撃強度が不十分で,1.4
を超えると安定した成形が困難である」と記載されていることを根拠に,「刊行物
1に記載された発明の合成樹脂製カーテン吊り具のような,複雑な構成の成形品の
樹脂成分として,ポリエステルであるポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂
を採用するに際し,成形品に要求される強度,成形加工性を考慮して最適なIV値
を採用することは,当業者が当然なすべき設計的事項にすぎない。」と判断した
が,誤りである。
 (2) 測定条件の異同
 刊行物3に記載の成形後のIV値は,「【0030】[固有粘度]フェノール/
1,1,2,2-テトラクロルエタン=重量比1/1の混合溶媒に成形品の切出し
片を溶解させ,25℃で測定した。」(6頁左欄下から第9~7行)ことにより特
定された数値範囲である。
 一方,訂正発明2又は訂正発明1は,「本発明のIV値(固有粘度)は,溶媒:
フェノール/1,1,2,2-テトラクロロエタン=6/4(重量比)を用いて,
溶解温度:80℃,溶解時間:1時間で調製されたサンプルを,測定温度:20℃
でウッベローベ型粘度計により測定したものを基準としている。」(訂正明細書
【0022】)。
 したがって,両者の測定条件を比較すると,訂正発明2又は訂正発明1はフェノ
ール/1,1,2,2-テトラクロロエタン=6/4(重量比)の混合溶媒である
のに対し,刊行物3はフェノール/1,1,2,2-テトラクロルエタン=重量比
1/1の混合溶媒であり,混合溶媒の比率が相違している。さらに,訂正発明2又
は訂正発明1は測定温度20℃でウッベローベ型粘度計により測定しているが,刊
行物3は25℃で測定し,その測定粘度計,溶解温度及び溶解時間は記載されてい
ない。
 すなわち,訂正発明2又は訂正発明1のIV値の測定条件と,刊行物3のIV値
の測定条件は,測定温度,溶媒の混合割合において相違する。また,刊行物3のI
V値は,溶解温度,溶解時間及び用いた粘度計が不明である。
 この点,例えば粘度計についてみると,甲第7号証「化学大事典6」902~9
03頁に記載されているように,粘度計の種類には,毛細管粘度計,落球粘度計,
回転粘度計,その他の粘度計がある。ウッベローベ型粘度計は毛細管粘度計の一種
であるが,毛細管粘度計に限っても,ウッベローベ型粘度計以外にオストワルド粘
度計,キャノン-フェンスケ粘度計,ソープ-ロジャーの粘度計など多様な種類が
ある。しかしながら刊行物3の記載からは,これら粘度計のうちどの粘度計を使用
して測定を行っているか不明であり,測定条件が特定できない。
 このように測定条件が異なるか,あるいは測定条件が一義的に特定できない刊行
物3のIV値と,訂正発明2又は訂正発明1のIV値を比較して,その範囲の異同を
論じることはできない。
 よって,訂正発明2又は訂正発明1とは異なる条件で特定された刊行物3のIV
値の数値をもって,当業者が,成形品に要求される強度,成形加工性を考慮し,訂
正発明2に記載の最適なIV値を採用することはあり得ない。
 (3) 原料IV値と成形後のIV値の異同
 決定は,刊行物3のIV値の臨界点の意義の説明において「成形後のIV値では
ないが,ポリエステルのIV値が0.5未満であると耐衝撃強度が不十分」として
いる。
 しかし,成形後のIV値ではない値(原料IV値)と,成形後のIV値という性
質の異なった値同士は,本来比較できないはずである。仮に性質の異なった値であ
っても両者の比較が可能とするならば,当該比較が可能である何らかの根拠が必要
とされるはずである。決定には,両者が比較可能であるとする根拠が示されていな
い。
 (4) 訂正発明2又は訂正発明1記載のIV値の数値範囲の臨界的意義と,設計的
事項の範囲について
 訂正発明2又は訂正発明1記載のIV値の数値範囲は,訂正明細書に記載がある
とおり,「カーテンへの止着杆を主杆に有する吊り具本体と,フック体からなるカ
ーテンフック」(【請求項1】)の強度及び加工性のバランスを考慮して特定され
た数値であり,カーテンフック固有の臨界的な数値範囲の限定である。
 そして,その固有の意味は,かかるカーテンフックの強度が,「静荷重引張強度
試験」として評価され,具体的には「図5~11に示す本体部2及びフック体3の
各部位の各方向における引張降伏強度をASTMD638に準じて,引張試験機
(デジタルフォースゲージMFGシリーズ,新光電子株式会社製)を用いて測定」
(【0051】)しており,(1)フック体のフックU字部における縦方向の強度(図
5),(2)フック体のフック挿入部における前方向の強度(図6),(3)フック体の
フック挿入部における横方向の強度(図7),(4)フック体のフック主幹部における前
方向の強度(図8),(5)フック体のフック主幹部における横方向の強度(図
9),(6)本体部の止着部における後方向の強度(図10),(7)本体部の止着部
における横方向の強度(図11)で評価し,さらに従来カーテンフックとして採用
されているポリカーボネート,ポリアセタールのものと比較して行われている
(【0051】~【0058】)。
 これに対して,刊行物3は,容器用途を対象とし(【0002】),耐衝撃性の
改良が課題であり(【0006】),当該耐衝撃性はJIS K7211に準拠し
て評価されているにすぎない。
 したがって,訂正発明2又は訂正発明1記載のIV値の下限値が,従来採用の材
料のカーテンフックとの比較において特定され,しかも刊行物3を含むいずれの刊
行物にも記載のない訂正明細書に記載されたカーテンフック特有の測定条件に基づ
き強度評価されることにより特定された固有の値であることからして,これらの強
度と訂正発明2又は訂正発明1記載のIV値との相関性は,上記カーテンフック特
有の評価試験をして初めて得られ特定されるものであって,単に当業者の設計的事
項の範囲で適宜特定されたものではない。
 また,訂正発明2又は訂正発明1記載のIV値の上限値も同様であり,「合成樹
脂製カーテン吊り具のような,複雑な構成の成形品」について,各種諸条件で実際
に成形し,諸条件の中で,特定のIVの臨界値を上限にして複雑な構成のカーテン
フックを成形できることを見出したことは(【0041】~【0046】),単に
当業者の設計的事項の範囲で特定されたものではない。
 しかも,訂正発明2又は訂正発明1のIV値の上限は,成形加工性の観点だけで
はなく,リサイクル可能なカーテンフックとする観点で決定されており(【000
9】,【0035】),当業者の設計的事項以上の意義を有する点を看過してい
る。訂正明細書の実施例4,5ではリターン材をバージン材と混合して原料として
使用する様態の実験を提示している(【0064】,【0071】)。このよう
に,訂正発明2又は訂正発明1のIV値の上限値も,ポリエチレンテレフタレート
(PET)樹脂特有のリサイクル性を確保するために上記カーテンフック特有の評
価をして初めて得られ特定されるものであって,単に当業者の設計的事項の範囲で
適宜特定されたものではない。
 4 取消事由4(訂正発明3)
 (1) 決定は,訂正発明3についての対比・判断において,訂正発明3の「樹脂成
分の数平均分子量が12,000~46,000である」という追加事項に対し,
刊行物4を引用して,「刊行物4には,ポリエチレンテレフタレート(PET)樹
脂のIV値と数平均分子量(Mn)との関係式(6)が記載されており,計算する
と,数平均分子量が12,000~46,000であるポリエチレンテレフタレー
ト(PET)樹脂のIV値は,約0.45~1.1となるので,刊行物3に記載さ
れた発明の共重合ポリエチレンテレフタレートも含まれる」と認定した。
 (2) 訂正発明3のIV値と刊行物4のIV値の異同について
 ここで,訂正発明3にいうIV値とは,固有粘度(Intrinsicviscosity)であり
(甲第8号証508頁左欄,甲第9号証),下記(式1)で求められる値である。
なお,固有粘度は,極限粘度と呼ばれることもある。
             (式1)
          
 一方,刊行物4にいうIV値はInherentviscosityであり(甲第8号証),日本
語では,インヘレント粘度,内部粘度又は対数粘度と訳され,下記(式2)で求め
られる値である(甲第8号証,甲第9号証)。
             (式2)
            
 このように,固有粘度とInherentviscosity(インヘレント粘度)は別の物性値
である。したがって,刊行物4記載の方法で算出したインヘレント粘度は,訂正発
明3記載の固有粘度とは比較の対象となり得る前提を欠いている。仮に両者の値が
比較可能とする場合には,その根拠が示されるべきであるが,決定には何らの根拠
も示されていない。決定はこの点を看過して,上記の認定を行ったものである。
 (3) さらに,訂正発明3は,訂正発明1の従属クレームであるから,上記で検討
した取消事由1~3の内容がそのまま妥当する。
 (4) 以上述べたところにより,「訂正発明3は,刊行物1ないし4に記載された
発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」とした決定
の判断は,誤りである。
 5 取消事由5(訂正発明4)
 訂正発明4は,訂正発明1の従属クレームであるから,上記取消事由1~3の主
張内容がそのまま妥当する。
 したがって,決定が「訂正発明4は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断したのは誤りで
ある。
 6 取消事由6(訂正発明5)
 訂正発明5は,訂正発明1の従属クレームであるから,上記取消事由1~3の主
張内容がそのまま妥当する。
 したがって,決定が「訂正発明5は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断したのは,誤り
である。
 7 取消事由7(訂正発明6)
 訂正発明6は,訂正発明3の従属クレームであるから,取消事由1~4の主張内
容がそのまま妥当する。
 したがって,決定が「訂正発明6は,刊行物1ないし4に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断したのは,誤り
である。
 8 取消事由8(訂正発明7)
 訂正発明7の構成事項のうち,「ポリエチレンテレフタレート系樹脂であるポリ
エステル原料を成形して,カーテンフックの成形後のIV値が0.5~0.7のカ
ーテンフックを得る」ことが特許要件を充足することは,取消事由1~3のとおり
である。
 したがって,決定が「訂正発明7は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断したのは,誤り
である。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1について
 なるほど,刊行物2(甲第2号証)には,引掛鈎部41に使用される第1樹脂材
料として「ポリエチレンテレフタレート(PET)」と例示されているが,刊行物
3(甲第3号証)の【0031】ないし【0036】及び【表1】の実施例の記載
によれば,ジオール成分として,エチレングリコール,ビスフェノールAエチレン
オキサイド付加物,ジエチレングリコールを用いた「共重合ポリエチレンテレフタ
レート(PET)」がポリエステル樹脂として記載されている。また,乙第1号証
(特開平4-353556号公報),乙第2号証(特開平5-65338号公報)
によれば,本件特許出願時において,「共重合ポリエチレンテレフタレート(PE
T)」は一般に周知であったことが認められ,現に,訂正明細書(甲第6号証)に
おいても,【0020】において「共重合ポリエチレンテレフタレートとしては,
例えば,商品名「ユニチカポリエステル樹脂」(ユニチカ株式会社製)などが市販
されている・・・」と記載されているところである。
 さらに,乙第3号証(特開平6-73278号公報),乙第4号証(特開平6-
203613号公報)及び乙第5号証(特開平10-259294号公報)によれ
ば,本件特許出願時において,「ポリエチレンテレフタレート(PET)」という
場合,共重合していない「ポリエチレンテレフタレート」と共に「共重合ポリエチ
レンテレフタレート」も含まれることは,当業者において周知の事項であったもの
と認めることができる。
 したがって,刊行物2の「ポリエチレンテレフタレート(PET)」という例示
に接した当業者にとって,「共重合ポリエチレンテレフタレート(PET)」をも
思い至るのはごく自然のことであったものというべきである。
 取消事由1は理由がない。
 2 取消事由2について
 甲第2号証(刊行物2)によれば,刊行物2の布吊下連結具は,引掛鈎部41と
係着部42に異なる合成樹脂材料を使用することにより,カーテン類の「吊下時に
おいて最も負荷がかかる引掛鈎部41に所定の剛性を有する第1の合成樹脂材料が
使われ,またカーテン類に直接係着する係着部にはカーテン類の柔軟性にある程度
沿う所定の柔軟性と靱性とを有する第2の合成樹脂材料を使用するため,カーテン
にある程度の過激な外力が加わっても容易にはカーテンランナーからカーテンが外
れることがなくなるばかりでなく,カーテン類の変形にもよく追随する。」(【0
030】の発明の効果の項)という作用効果を奏するものであることが認められ
る。そこには,実施例として,引掛鈎部41には例えばポリエチレンテレフタレー
トを使用する旨の記載がある(【0018】)。
 訂正発明1,2のように吊り具本体とフック体からなるカーテンフックにおいて
は,両者に負荷がかかることは自明であり,刊行物2の上記記載に接する当業者と
しては,吊り具本体とフック体の両者について,所定の剛性を有する,例えばポリ
エチレンテレフタレートを用いることは,容易に想到する事項にすぎなかったもの
というべきである。
 取消事由2は理由がない。
 3 取消事由3について
 (1) IV値0.5~0.7とした技術的意義について
 訂正発明1,2は成形後のIV値を規定するものであって,成形時の加工性は関
係なく,訂正明細書(甲第6号証)には,成形後(つまり製品として)のIV値を
0.5~0.7とした技術的意義について次の記載がある。
 「【0008】鋭意検討した結果,例えば,ポリエステル原料を乾燥工程を経て
からコールドランナー方式の金型に射出成形し,ポリエステル樹脂成分のIV値
(固有粘度)を調節することにより,構造が複雑であるラチェット構造のカーテン
フックであっても,加工性及び強度のいずれもが良好な商品価値のあるカーテンフ
ックとして,初めて製造することができることを見出したものである。」
 「【0011】・・・ポリエステルとして共重合ポリエチレンテレフタレートを
用いると,ポリエステルの成形性及び加工性を高め,カーテンフックへの成形を容
易にすることができる。また,優れた強度を有しているカーテンフックが得られ
る。さらに,射出成形などの成形時に熱にさらされても白化し難く,優れた透明性
を有しているカーテンフックを作製することができる。
 【0012】本発明では,樹脂成分がポリエステルであり,カーテンフックのI
V値が少なくとも0.45であるカーテンフックが好適に採用される。カーテン吊
りのIV値,実質的にはポリエステル樹脂のIV値を少なくとも0.45であるよ
うにして成形すると,カーテンフックの強度を高めることができる。
 【0013】特に,カーテンへの止着部を有する吊り具本体と,当該吊り具本体
の鋸刃状突起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック体からなるラチェット構
造で構成されるカーテンフックの場合,少なくとも上記係合爪を有するフック体の
IV値を少なくとも0.45とすることにより,係合爪の強度を高めることができ
る。 また,カーテンの自重及びカーテンの開閉力に対する吊り具本体の曲げ強
度,特にカーテンへの止着部(止着杆のU字部)の強度を高めることができる。」
 「【0015】これにより,特に,カーテンへの止着部を有する吊り具本体と,
当該吊り具本体の鋸刃状突起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック体からな
るラチェット構造で構成されるカーテンフックの場合,前記ポリエステルの樹脂成
分のIV値の調節と共に,係合爪の強度,及びカーテンの自重及びカーテンの開閉
力に対する吊り具本体の曲げ強度,特にカーテンへの止着部(止着杆のU字部)の
強度を高めることができる。」
 「【0021】カーテンフックのIV値(固有粘度)は,少なくとも0.45,
好ましくは少なくとも0.50であることが望ましい。カーテンフックのIV値
(実質的にはポリエステル樹脂成分のIV値)が0.45未満であると,カーテン
フックの強度が低く,カーテンフックとして利用できない場合がある。一方,カー
テンフックのIV値の上限としては特に限定されないが,例えば,0.80以下,
好ましくは0.70以下である。IV値が高すぎると加工性が低下して,押し出し
成形や射出成形(特に射出成形)では成形することが困難になる。特に,カーテン
への止着部及び鋸刃状突起を有する吊り具本体と,当該吊り具本体の上記鋸刃状突
起に摺動可能に係合する係合爪を備えたフック体からなるラチェット構造で構成さ
れたカーテンフックの場合,少なくとも上記吊り具本体のIV値を最大0.8とす
ることにより,上記吊り具本体の鋸刃状突起等の複雑な構造部分を含む場合であっ
ても加工性が向上する。また,係合爪を備えたフック体の加工性も向上する。」
 また,実施例1においては,IV値を0.57としたことによって「スライドさ
せても係合爪は折れなかった」(【0043】)と記載されており,実施例2にお
いては,IV値を0.45としたことによって「スライドさせても係合爪は折れな
かった」(【0045】)と記載されている。
 以上の記載によれば,訂正発明1,2において,成形後(つまり製品として)の
IV値を0.5~0.7とした技術的意義は,カーテンフックとしての強度を高め
ることができ,スライドさせた場合における爪の折れがないこと及び加工性がよい
ということにあるというべきである。
 (2) IV値0.5~0.7の臨界的意義について
 原告の主張の要点は,訂正発明1,2のIV値の数値範囲は,カーテンフックの
固有の臨界的な数値範囲の限定であるのに対し,刊行物3は容器用途を対象とし,
耐衝撃性の評価しかしていない,というにある。
 一方,訂正明細書において,訂正発明1,2のIV値0.5~0.7の数値範囲
の臨界的意義については明確に記載されていない。
 つまり,【0021】に,
 「カーテンフックのIV値(固有粘度)は,少なくとも0.45,好ましくは少
なくとも0.50であることが望ましい。カーテンフックのIV値(実質的にはポ
リエステル樹脂成分のIV値)が0.45未満であると,カーテンフックの強度が
低く,カーテンフックとして利用できない場合がある。一方,カーテンフックのI
V値の上限としては特に限定されないが,例えば,0.80以下,好ましくは0.
70以下である。IV値が高すぎると加工性が低下して,押し出し成形や射出成形
(特に射出成形)では成形することが困難になる。特に,カーテンへの止着部及び
鋸刃状突起を有する吊り具本体と,当該吊り具本体の上記鋸刃状突起に摺動可能に
係合する係合爪を備えたフック体からなるラチェット構造で構成されたカーテンフ
ックの場合,少なくとも上記吊り具本体のIV値を最大0.8とすることにより,
上記吊り具本体の鋸刃状突起等の複雑な構造部分を含む場合であっても加工性が向
上する。また,係合爪を備えたフック体の加工性も向上する。」
 と記載されているものの,数値の根拠について,明細書に記載された実施例,比
較例における成形後のIV値について検討すると,実施例1では0.552,実施
例2では0.45,実施例3では0.78,実施例4ではリターン材との関係で
0.552,0.554,0.550,0.552,0.553,実施例5ではリ
ターン材との関係で0.552,0.555,0.546,0.548,0.54
0であって,比較例1,2ではIV値の記載なし,比較例3では0.442,比較
例4では1.02であった。そして,評価においては,実施例1と比較例1,2に
ついてのみ静荷重引張強度試験を行い表1のような結果を得て,「表1より,実施
例1に係るカーテンフックは,比較例1に比べて,同等又はそれ以上の強度を有し
ている。・・」(【0060】),「また,実施例1に係るカーテンフックは,比
較例2に係るカーテンフックに比べても,ほぼ同等又はそれ以上の引張強度を有し
ている。・・」(【0061】)と評価している。
 このように,訂正発明1,2のIV値の下限値0.5や上限値0.7の臨界的意
義については明細書に記載がなく,実施例における下限値0.45と上限値0.7
8とから,0.5~0.7を導いているにすぎないのであり,訂正発明1,2にお
いてIV値を0.5と0.7の間とした臨界的意義はないといわざるを得ない。
 すなわち,IV値の下限値0.5又は上限値0.7には臨界的意義はないといえ
るから,訂正発明1,2におけるIV値の限定は,カーテンフックが,それ自体と
しての強度を高めることができ,スライドさせた場合における爪の折れがない強度
を有し,加工性がよいポリエチレンテレフタレート系樹脂や共重合ポリエチレンテ
レフタレートであるということを限定するものにほかならない。
 (3) 他方で,刊行物3にも,「本発明の上記各成分からなるポリエステルの固有
粘度は0.5~1.4dl/gであることが好ましく,更に好ましくは0.55~
1.3dl/gの範囲である。固有粘度が0.5dl/g未満であると成形品とし
たときの耐衝撃強度が不十分であり,1.4dl/gを超えると高い成形圧を必要
とするため安定した成形が困難となる。」(【0021】)と記載され,ポリエチ
レンテレフタレート樹脂に要求される強度,成形加工性をIV値の範囲で評価する
ことが示され,実施例においては,「・・・成形品について耐衝撃性,固有粘度の
評価を,次のようにして行った」(【0027】)との記載があり,成形後のIV
値を測定しているところである。
 そうすると,訂正発明1,2のIV値と,刊行物3に記載されたIV値との間に
有意的な差異はなく,「刊行物1に記載された発明の合成樹脂製カーテン吊り具の
ような,複雑な構成の成形品の樹脂成分として,ポリエステルであるポリエチレン
テレフタレート(PET)樹脂を採用するに際し,成形品に要求される強度,成形
加工性を考慮して最適なIV値を採用することは,当業者が当然なすべき設計的事
項にすぎない。」とした決定の判断に,誤りはない。
 4 取消事由4について
 (1) なるほど,甲第8号証及び第9号証によれば,原告が取消事由4で主張する
とおり,刊行物4にいうIV値と訂正発明3でいうIV値とは異なっていることが
認められ,この点は被告も争っていない。したがって,決定が,訂正発明3の容易
想到性を判断するについて,刊行物4に記載の関係式に基づき,訂正発明3に規定
する数平均分子量(Mn)ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂のIV値を
導いたのは誤りである。
 しかしながら,訂正発明3において,成形後(つまり製品として)の数平均分子
量を12,000~46,000とした構成については,その数値限定に格別な技
術的意義があると認めることはできない。
 つまり,訂正明細書をみると,数平均分子量に関しては,【0023】におい
て,「カーテンフック中の樹脂成分の数平均分子量は,特に制限されず,例えば,
12,000~46,000,好ましくは14,000~30,000程度であ
る。樹脂成分の数平均分子量が12,000未満であると,カーテンフックの強度
が低く,カーテンフックとして利用できない場合がある。一方,数平均分子量が高
すぎると加工性が低下して,押し出し成形や射出成形(特に射出成形)では成形す
ることが困難になる。」と記載されているにすぎず,ここにおいて数平均分子量の
数値限定の技術的意義は,カーテンフックの強度及び加工性にあること以外にはな
く,上限値や下限値の臨界的意義についての記載はない。
 (2) そうすると,数平均分子量の数値限定の技術的意義は,固有粘度IV値の数
値限定の技術的意義と同じということができるから,刊行物1に記載された発明の
合成樹脂製カーテン吊り具のような,複雑な構成の成形品の樹脂成分として,ポリ
エステルであるポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂を採用するに際し,成
形品に要求される強度,成形加工性を考慮して最適な数平均分子量を採用すること
は,当業者にとって当然に考慮すべき設計的事項にすぎないというべきである。
 なお,乙第6号証(「飽和ポリエステル樹脂ハンドブック」1989年(平成元
年))211頁によれば,ポリエチレンテレフタレート(PET)の固有粘度と分
子量との間には直接の比例関係があること,その関係式における定数についても多
くの文献報告があることの記載があり,また,その212頁には,繊維やフィルム
用ではあるが,ポリエチレンテレフタレート(PET)の数平均分子量が通常1
5,000~40,000のものが使用されていることが記載されているところで
ある。
 (3) 以上のとおりであり,取消事由4は理由がなく,訂正発明3は刊行物1ない
し3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものというべきであっ
て,基本的にこれと同旨に帰する決定の判断には,決定を取り消すべき誤りはな
い。
 原告の準備書面中には,決定の説示の一部にでも誤りがあれば,特許を取り消し
た決定を支持することはできないとするかのような主張も見受けられるが,上記認
定判断のとおりであるから,採用することができない。
 5 取消事由5~8について
 訂正発明1についてした決定の判断に原告主張の誤りはなく,この誤りのあるこ
とを前提とする訂正発明4,5についての取消事由5,6は,理由がない。
 訂正発明3についての決定の判断に原告主張の誤りはなく,この誤りのあること
を前提とする訂正発明6についての取消事由7は,理由がない。
 取消事由1~3の誤りがあることを前提とする取消事由8も,理由がない。
第5 結論
 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
        裁判長裁判官   塚  原  朋  一
           裁判官塩  月  秀  平
裁判官髙  野  輝  久

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