弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人A及びBに関する部分を破棄する。
     右両名を各懲役二年に処する。
     右両名に対し三年間その刑の執行を猶予する。
     訴訟費用中原審証人C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、
N、O、P、Q、R、S、T、U、通訳人V及び当審証人N、Eに支給した分は被
告人A及びBの連帯負担とする。
     被告人Bが昭和二五年一二月八日より同二六年一月二五日頃までの間四
回に亘りW株式会社X支店代表者Y等四名に対し連合国最高司令官の指令によつて
処分を禁ぜられた錫合計約一七屯八八六瓩を売渡したとの占領目的阻害行為処罰令
違反の公訴事実については同被告人を免訴する。
     被告人Zに対する検察官の本件控訴はこれを棄却する。
         理    由
 被告人Aの弁護人四方田保の控訴趣意第二点第三点並に被告人Bの弁護人溝淵春
次外二名連名の控訴趣意第一点及び第三点(その五を除く)について。
 被告人A及びBに対する原判示事実ことに本件錫が原判示覚書(昭和二〇年九月
一三日附スキャッピン第二六号、同二一年一一月一三日附スキャッピン第一三三五
号及び同二三年六月八日附スキャッピン第一三三五の一を指す。以下同じ。)によ
つて処分を制限されたいわゆるドイツ財産(ドイツ財産管理令に定めるドイツ財産
の意味ではない。)であつて所論のような特殊物件でないこと及び右両名がその事
情を知りながら相共謀の上これを擅に処分して領得したことにその挙示の証拠によ
つて優にこれを認定することができ、所論の証拠その他一件記録を精査しても原審
の右認定に誤りがあろとは認められない。従つて、本件錫が特殊物件であることを
前提とする被告人Bの弁護人等の控訴趣意第三点の一もまたその理由がない。
 同第三点の五について。
 ドイツ財産管理令は終戦処理の必要上ドイツ財産の散逸を防止しようとするもの
であり、刑法横領罪の規定は専ら他人の所有権を保護しようとするものであつて、
両者はその目的を異にし保護法益を異にするから、前者が特別法として後者に優先
して適用さるべきであるとする所論はすでにこの点で失当であるのみならず本件錫
は昭和二〇年七月二三日頃交易営団の所有に帰したものであることが原判示の通り
であるから、右管理令第二条第五号に該当せず、同令の適用のないことが自ら明か
であつて、同令のみの適用を主張する所論はこれを採用することができない。
 被告人Aの弁護人四方田保の控訴趣意第一点の前段、被告人Bの弁護人溝淵春次
外二名の控訴趣意第二点の末段、同第四点及び検事福田隆恒の控訴趣意第二点につ
いて。
 占領目的阻害行為処罰令は平和条約発効によつて当然全面的にその効力を失うも
のではないが、しかし、その内容となつている指令が日本国憲法に牴触する場合
は、その限りにおいてその効力を失うものと解すべきで<要旨>ある。ところで、本
件覚書は占領政策の一環として日本を除く旧枢軸国及びその国民の所有支配してい
た財産の散逸を防止し連合国がその処分を確保しようとするものであり、こ
とに昭和二一年一一月一三日附スキャッピン第一三三五号及び同二三年六月八日附
スキャッピン第一三三五号の一では本件錫がすでに日本人(法人を含む)の所有に
帰した後に至つて処分禁止品に指定し、連合国においてこれが処分をなお確保しよ
うとするものであつて、占領期間中はともかくとし、平和条約発効後においては公
共の福祉に適合する理由は一つもないから、憲法第二九条に違反するものというべ
く、このような覚書を内容とする右処罰令はその限りにおいて平和条約の発効と共
にその効力を失つたとせざるを得ない。
 昭和二七年法律第八一号が右処罰令を以てなお一八〇日間法律として効力を有す
るものと規定し、さらに同年法律第一三七号は右法律を廃止しながら従前の行為に
対する罰則の適用についてはなお従前の例による旨規定したけれども、これは右指
令に関する限り違憲無効であるといわねげならない。そうしてこのような場合に限
時法理論を用いることは憲法上許されないところである。したがつて、右覚書の趣
旨に違反したとする右処罰令違反の公訴事実については、犯罪後刑の廃止があつた
ものとして被告人を免訴すべきものである(以上最高裁判所昭和二八年七月二二日
大法廷判決の井上登外三裁判官の意見参照)。しかるに、原判決はその判示事実に
対して右処罰令を適用処断したものであるから、この点において法令適用の誤りが
あるものというべく、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決
中被告人A及びBに関する部分は他の論点について判断するまでもなく破棄を免れ
ない。しかして、すでにこれを破棄する以上は被告人Aに対する検察官の料刑過軽
の控訴趣意はいまここにその当否を判断するを要しないものといわねばならない。
 検事福田隆恒の控訴趣意第一点について。
 被告人Zの司法警察職員に対する第二回、第三回各供術調書並に原審第一回公判
及び当審公判における各供述を総合すれげ、同被告人は本件錫が相被告人Bの所有
であり同人の承諾を得たものと信じてこれを持ち出したものであると推察せられ、
起訴状記載のようにこれが兵庫県知事の保管するドイツ財産であることを認識して
いたことは所論の被告人の自白その他一件記録を精査してもこれを肯認するに足る
心証をひかないから、犯意の点につき犯罪の証明が十分でないとした原審の認定に
は所論のような誤りがあるということができない。
 以上の次第であるから、被告人Zに対する検察官の本件控訴はその理由がないも
のとして刑事訴訟法第三九六条によつてこれを棄却すべく、これに反し、被告人A
及びBの控訴はその理由ありとして、同法第三九七条第三八〇条第四〇〇条に則
り、原判決中被告人A及びBに関する部分を破棄し、改めて原審認定の横領の事実
に刑法第二五二条第一項第六〇条(被告人Bについてはなお同法第六五条第一項)
を適用して右両名を各懲役二年に処し、同法第二五条に従いいずれも三年間その執
行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項第一八二により右両名をして
連帯してこれを負担せしめる。右両名が共謀の上昭和二五年一二月上旬頃連合国最
高司令官の司令の趣旨に反して凍結中の錫約二一屯を被告人Bに売渡したとの占領
目的阻害行為処罰令違反の公訴事実及び被告人Bに対する主文第五項掲記の占領目
的阻害行為処罰令違反の公訴事実については、同処罰令がその効力を失つたことす
でに説示した通りであるから、刑事訴訟法第四〇四条第三三七条第二号により免訴
の判決をすべきところ、前者の公訴事実は前認定の横領の事実と想像的競合の関係
にあるものとして起訴せられているので、この分については特に主文において免訴
の言渡をせず、後者についてのみの言渡をする。
 (裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

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