弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高野真人の上告受理申立て理由について
1本件は,承継前被上告人A(以下「亡A」という。)運転の普通自動二輪車
とB運転の原動機付自転車(以下「B車」という。)とが衝突した事故について,
亡Aが,B車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」
という。)の保険会社である上告人に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠
法」という。)16条1項に基づき保険金額120万円の限度で損害賠償額の支払
を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)大阪市内に居住していた亡A(当時76歳)は,平成15年8月23日,
普通自動二輪車を運転して信号機により交通整理の行われている交差点を直進しよ
うとして,同交差点を反対方向から右折中のB車と衝突し(以下「本件事故」とい
う。),外傷性くも膜下出血,脳ざ傷,顔面打撲ざ創等の傷害を負い,同日から平
成16年1月29日までC病院等に入院した。
Bは,上告人との間で,B車を被保険自動車とする自賠責保険の契約を締結して
いた。
(2)本件事故に係る亡Aの損害額(以下「本件損害額」という。)は合計33
7万9541円であり,自賠法13条1項,同法施行令2条1項3号イに定める保
険金額(以下「自賠責保険金額」という。)は120万円である。
(3)大阪市長は,平成15年9月から平成16年1月まで,亡Aに対し,老人
保健法(平成17年法律第77号による改正前のもの。以下同じ。)25条1項に
基づき前記傷害に関して医療を行った。上記医療に関し大阪市が支払った価額(以
下「本件医療価額」という。)は206万4200円であり,大阪市長は,同法4
1条1項により,本件医療価額の限度において,本件事故に係る亡AのBに対する
損害賠償請求権及び亡Aの上告人に対する自賠法16条1項に基づく損害賠償額の
支払請求権を取得した。
(4)大阪府国民健康保険団体連合会は,大阪市長から同市長が老人保健法41
条1項により取得した請求権に係る損害賠償金の徴収等の事務の委託を受け,平成
16年6月28日,上告人に対し,自賠法16条1項に基づき,自賠責保険金額の
限度で本件医療価額の支払を求めた。他方,亡Aは,同月29日,上告人に対し,
同項に基づき,自賠責保険金額の限度で,本件損害額のうち前記医療の給付を受け
たことによってはてん補されない損害額(以下「本件未てん補損害額」という。)
の支払を求めた。本件未てん補損害額は,自賠責保険金額である120万円を超え
ている。
(5)上告人は,次のとおり主張して亡Aの請求を争っている。本件医療価額と
本件未てん補損害額の合計額は自賠責保険金額を超えるところ,一般に,自動車の
運行によって生命又は身体を害された者(以下「被害者」という。)が自賠法16
条1項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」という。)を行使
し,他方,老人保健法25条1項に基づく医療の給付(以下「医療給付」とい
う。)を行った市町村長(以下,単に「市町村長」という。)が同法41条1項に
より取得した直接請求権を行使した場合において,被害者の直接請求権の額と市町
村長が取得した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときは,被害者
及び市町村長は,それぞれの直接請求権の額が被害者の損害額に対して占める割合
に応じて比例案分された自賠責保険金額について自賠責保険の保険会社に支払を求
めることができるにとどまると解すべきであるから,本件においても,亡Aは上告
人に対して自賠責保険金額120万円全額の支払を求めることはできない。
3原審は,亡Aは大阪市長に優先して上告人から自賠法16条1項に基づき本
件未てん補損害額の支払を受けることができるとして,上告人の主張を排斥し,自
賠責保険金額120万円全額の支払を求める亡Aの請求を認容すべきものとした。
4被害者が医療給付を受けてもなおてん補されない損害(以下「未てん補損
害」という。)について直接請求権を行使する場合は,他方で,市町村長が老人保
健法41条1項により取得した直接請求権を行使し,被害者の直接請求権の額と市
町村長が取得した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであって
も,被害者は,市町村長に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限
度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解す
るのが相当である。その理由は,次のとおりである。
(1)自賠法16条1項は,同法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発
生したときに,被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害のてん補
を受けられることにしてその保護を図るものであるから(同法1条参照),被害者
において,その未てん補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず,自賠
責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生ずることは,同法16
条1項の趣旨に沿わないものというべきである。
(2)老人保健法41条1項は,第三者の行為によって生じた事由に対して医療
給付が行われた場合には,市町村長はその医療に関して支払った価額等の限度にお
いて,医療給付を受けた者(以下「医療受給者」という。)が第三者に対して有す
る損害賠償請求権を取得する旨定めているが,医療給付は社会保障の性格を有する
公的給付であり,損害のてん補を目的として行われるものではない。同項が設けら
れたのは,医療給付によって医療受給者の損害の一部がてん補される結果となった
場合に,医療受給者においててん補された損害の賠償を重ねて第三者に請求するこ
とを許すべきではないし,他方,損害賠償責任を負う第三者も,てん補された損害
について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解され,医療に関して支払
われた価額等を市町村長が取得した損害賠償請求権によって賄うことが,同項の主
たる目的であるとは解されない。したがって,市町村長が同項により取得した直接
請求権を行使することによって,被害者の未てん補損害についての直接請求権の行
使が妨げられる結果が生ずることは,同項の趣旨にも沿わないものというべきであ
る。
5以上によれば,原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用
の各判例は事案を異にし,本件に適切でない。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官那須弘平裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官
田原睦夫裁判官近藤崇晴)

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