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平成23年11月15日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10097号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年11月1日
判決
原告X
被告特許庁長官
指定代理人亀丸広司
寺澤忠司
黒瀬雅一
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2010-9158号事件について平成23年2月8日にした審決
を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,明確性要件違反の有無と補正要件
違反の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成18年6月30日,名称を「歯科治療においてあらゆる下顎位の再
現を迅速にかつ正確に,上下顎模型を咬合器にマウントし,其の時の下顎顆頭にあ
たるコンダイルの位置を記録する事によって,歯科治療に役立つ事の出来る咬合器
とフェイス・ボウ。」とする発明について特許出願(特願2006-180927
号,請求項の数3)をし,平成21年5月22日付けで明細書及び図面の補正(乙
2)をし,平成21年6月17日付けの拒絶理由通知に対して,平成21年8月2
4日付けで特許請求の範囲及び明細書の補正(乙5)をしたが,平成22年1月2
0日付けで拒絶査定を受けたので,平成22年4月28日,拒絶査定に対する不服
審判請求をした(不服2010-9158号)。
特許庁は,平成23年2月8日,上記審判請求につき「本件審判の請求は,成り
立たない。」との審決をし,その謄本は平成23年2月27日,原告に送達された。
2平成21年8月24日付け補正による特許請求の範囲の請求項1の記載
【請求項1】
歯科治療を行う時上下顎の石膏模型や義歯等を咬合器にマウントしなければいけ
ませんが,其のとき上下,左右,前後の位置,又咬合平面の角度を手早く調整する
こと。
3審決の理由の要点
(1)特許法36条6項2号について
本願明細書には,下顎の位置や咬合平面の変化に対応するとの課題のもとに,そ
の課題を解決するための手段として,咬合器の具体的構造やそれを用いた作業手順
を定めることにより,時間と精密度を改善することができ,下顎の位置や咬合平面
の変化に対応できる等の効果を奏する発明が記載されている。
これに対し,請求項1の「歯科治療を行う時上下顎の石膏模型や義歯等を咬合器
にマウントしなければいけませんが,」は,歯科治療時に咬合器へのマウント作業
が必要であるという前提事項の説明を記載したものと解され,「其のとき上下,左
右,前後の位置,又咬合平面の角度を手早く調整すること。」は,位置や角度を手
早く調整すること,すなわち,本願明細書に記載された,下顎の位置や咬合平面の
変化に対応するとの課題や,時間と精密度を改善でき,下顎の位置や咬合平面の変
化に対応できる等の効果に対応した記載と解される。そうすると,請求項1には本
願明細書に記載された発明の実質的な内容を規定する課題を解決するための手段が
一切記載されていないこととなり,特許を受けようとする発明を明確に把握するこ
とができない。
また,請求項1の「…を手早く調整すること。」は,方法の発明か物の発明かも
明らかでない。
したがって,請求項1の記載は,特許を受けようとする発明が明確でなく,特許
法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
(2)特許法17条の2第3項について
平成21年5月22日付けの補正は,図面の全図を変更するもので,特に【図6】
~【図13】は新規の追加又は大幅な変更であり,これに伴い明細書の記載を変更
するものである。例えば,【図6】に記載されたフェイス・ボウは,補正前にはバ
イトフォークに関する部分のみの記載であったのが,補正後はバイトフォーク自体
の構成を変更すると共に,フェイス・ボウ全体の構成が追加されている。
一般的にフェイス・ボウ,バイトフォーク等が周知であったとしても,補正され
た【図6】~【図13】に記載されたような具体的構造をもったものが周知であっ
たといえないことは明らかであって,このような補正は,当初明細書及び図面に記
載した事項の範囲内でない,新たな技術的事項を導入するものといわざるを得ない。
したがって,平成21年5月22日付けの手続補正は,特許法17条の2第3項
に規定する要件を満たしていない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(特許法36条6項2号に関する判断の誤り)
(1)発明は,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうか
ら,発明に係る方法,理論,構成,使用目的等を十分に理解していないと,その発
明について正しい判断ができない。しかるに,審判官は,次のとおり,歯科治療に
係る諸問題を理解せずに請求項1について判断したため,請求項1に記載された発
明を不明確としたのであって,審決の判断は誤りである。
審判官は,咬合平面が変わると歯牙の咬頭傾斜角が変わり,歯牙の誘導角度に大
きく影響すること(本願明細書の段落【0017】~【0019】)を理解してい
ないし,歯科治療において咬合器及びフェイス・ボウが絶対に必要であることも分
かっていない。また,「咬合平面が変わると歯牙の位置が前後左右にずれてしまう
ので,間違った咬合平面で咬合器に歯牙模型が取り付けられると間違った咬合調整
につながる」ということは,原告が初めて見出したことであり,このことが請求項
1に記載された発明につながったのであるから,この意味を理解していないと請求
項1に記載された発明を理解することはできない。しかるに,審判官は,この意味
を理解していない。
(2)審決は,「請求項1には本願明細書に記載された発明の実質的な内容を規
定する課題を解決するための手段が一切記載されていない」と判断した。
しかしながら,請求項1については,間違った咬合採得や前方基準点の位置によ
って誤って取り付けられた歯牙模型を手早く調整することや,下顎の位置や咬合平
面の変化に対応できることが「課題を解決する手段」である。
また,特許庁の審査基準では,請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は,明
細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し,
その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈する
ことによって,請求項の記載が明確かどうかを判断するとされている。そして,請
求項1の「其のとき上下,左右,前後の位置,又咬合平面の角度を手早く調整する
こと。」は,従来の咬合器において,石膏を用いて歯牙模型をマウンティングプレ
ートに付着させていたのを,石膏に代えて本願図面の【図2】にあるような装置と
することを指すものであり,そのことは,本願明細書及び図面の説明から理解する
ことができる。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
(3)審決は,「…手早く調整すること。」が明確な表現ではないとするが,特
許庁の審査基準では,物の発明について,作用,機能,性質,方法,用途,その他
の様々な表現方式を用いることができるとされており,方法の発明についても同様
である。そうであれば,請求項1の記載は明確であるといえる。
2取消事由2(特許法17条の2第3項に関する判断の誤り)
補正について,当初明細書及び図面に明示的に記載された事項だけでなく,明示
的な記載がなくても,当初明細書及び図面の記載から自明な事項に補正することは,
新たな技術的事項を導入するものではないから,許される。平成21年5月22日
付け補正は,このような当初明細書及び図面の記載から自明な事項に補正したもの
であって,許されるべきである。すなわち,図面の補正については,補正前の図面
にはバイトフォークのみが記載され,フェイス・ボウと呼べるものではなかったと
ころ,一般的に知られている構造のフェイス・ボウを補正したのであって,新規事
項を追加するものではない。また,原告は,図面と図面の説明を変更しただけであ
り,請求項は何も変更していないのであって,請求項に新規事項となるような部分
は追加していない。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
(1)審決は,請求項1について,前提事項並びに課題及び効果に対応する事項
のみが記載され,課題を解決する手段が一切記載されていないことを明確でない理
由としているものである。原告は,咬合平面が変わると何が変わるのかが分かって
いないことや,咬合器及びフェイス・ボウに関する認識不足からこの様な判断を下
したと主張するが,原告が主張するように咬合平面が変わると歯牙の位置がずれて
間違った咬合調整につながることや,咬合器及びフェイス・ボウについて理解した
としても,請求項1の記載から,本来請求項に記載されるべき課題を解決する手段,
すなわちどのような装置あるいは方法によって上下,左右,前後の位置,又咬合平
面の角度を手早く調整することが可能となるのかについて理解ができるものではな
いから,審決の判断に誤りはない。
(2)原告が主張する,「間違った咬合採得や前方基準点の位置によって誤って
取り付けられた歯牙模型を手早く調整すること」や「下顎の位置や咬合平面の変化
に対応できること」は,課題そのものであって,それを解決する手段ではない。し
たがって,原告の主張は失当である。
(3)様々な表現形式を用いて発明を特定することができるとしても,それは,
発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまる。そして,発明のカテゴリー
として,物の発明と方法の発明のいずれであるかが明らかでなければならないとこ
ろ,請求項1の「…手早く調整すること。」は,その記載から物の発明であるのか
方法の発明であるのか理解できないので,特許を受けようとする発明が明確でない。
したがって,この点に関する審決の判断に誤りはない。
2取消事由2に対し
平成21年5月22日付けの補正による【図6】~【図13】に記載されたフェ
イス・ボウの具体的構造については,当初明細書及び図面に何ら記載や示唆はなく,
当初明細書及び図面から自明の事項であるとはいえない。また,原告は,一般的に
知られた構造のフェイス・ボウを補正したと主張するが,証拠はなく,仮にそうで
あるとしても,上記のとおり,当初明細書及び図面に記載や示唆はなく,そもそも
バイトフォーク以外のフェイス・ボウの構造については当初明細書及び図面に何ら
記載や示唆はなかったのであるから,平成21年5月22日付けの補正による【図
6】~【図13】に記載されたようなフェイス・ボウの具体的構造のものが当初明
細書及び図面の記載から自明な事項とはいえない。なお,特許法第17条の2第3
項は,図面の補正も対象としているのであって,請求項を補正していない旨の原告
の主張は失当である。
第5当裁判所の判断(取消事由1について)
1本願明細書(乙1,2,5)には,次の記載がある。
「今までの咬合器はそのほとんどが石膏模型をマウントするのに石膏泥を使用し
咬合器に接着させるのですが,硬化するのに時間が掛かり,石膏の硬化膨張なども
有り一寸使いづらいところがありました。」(段落【0005】)
「今まで中心位あるいは咬頭嵌合位で採得したバイトで,上下顎の模型をマウン
トし,矢状顆路や側方顆路をチェックバイトやパントグラフで決定していました。
…」(段落【0020】)
「しかしチェックバイトは最初の動きが解らないし,オーバーバイトやオーバー
ジェットに影響をうけます。パントグラフは咬合調整で変わるし,顎関節のモデリ
ングやリモデリングの問題も有ります。」(段落【0021】)
「【発明の効果】従来の咬合器は前述したような問題が有ったが,本咬合きは瞬
間接着剤又は即重レジンで接着する為,時間と精密度を大きく改善出来る。」(段
落【0046】)
「本咬合器はスプリットキャスト19,20を併用する事で,下顎の回転板22
と支柱27が可動に成っている為,あらゆるバイト,下顎位にも簡単に対応出来る。
故に治療室において咬合診断や治療を行なうとき,あるいは下顎位を変えたいとき
など手短に行なうことが出来る。…」(段落【0047】)
2請求項1は,「歯科治療を行う時上下顎の石膏模型や義歯等を咬合器にマウ
ントしなければいけませんが,其のとき上下,左右,前後の位置,又咬合平面の角
度を手早く調整すること。」というものであるが,その文言や内容に照らすと,「歯
科治療を行う時上下顎の石膏模型や義歯等を咬合器にマウントしなければいけませ
んが,」の部分は,「手早く調整すること」がいかなる場面で行われるかという前
提事項を説明したものと解される。また,「其のとき上下,左右,前後の位置,又
咬合平面の角度を手早く調整すること。」の部分も,上記1で認定した,「時間と
精密度を大きく改善出来る」や「下顎位を変えたいときなど手短に行なうことが出
来る」などの記載と同趣旨であって,本願明細書に記載された発明の効果に対応す
る記載であると解される。そうすると,請求項1には,前提事項と発明の効果に対
応する記載がされるのみで,いかなる装置又は方法によって「手早く調整すること」
を実現するか,すなわち課題を解決するための手段が一切記載されていないことに
なるから,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。
また,請求項1の「…手早く調整すること。」という記載からは,請求項1に記
載された発明が方法の発明であるのか物の発明であるのかも明らかではない。
したがって,請求項1の記載は,特許を受けようとする発明が明確でなく,特許
法36条6項2号に規定する要件を満たしていないのであって,この点についての
審決の判断に誤りはない。
3原告は,本願明細書及び図面の記載を考慮すれば,請求項1の「其のとき上
下,左右,前後の位置,又咬合平面の角度を手早く調整すること。」の部分は,本
願図面の【図2】にあるような装置を用いて歯牙模型をマウンティングプレートに
付着させる構成を指すことが理解できる旨主張する。
しかしながら,請求項1の「其のとき上下,左右,前後の位置,又咬合平面の角
度を手早く調整すること。」の部分は,上記2で説示したように,発明の効果に対
応する記載と解されるのであって,本願明細書及び図面の記載を参酌したとしても,
上記部分が原告主張の具体的な構成を指すものとは認め難い。
また,その他原告が主張するところによっても,上記2の判断が左右されるもの
ではない。
第6結論
以上のとおり,請求項1の記載は特許法36条6項2号に規定する要件を満たし
ておらず,本件出願は拒絶されるべきであるから,取消事由2について判断するま
でもなく,本件審判請求を不成立とした審決は相当である。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
古谷健二郎
裁判官
田邉実

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