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平成21年(行ケ)第10330号審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日平成22年9月28日
判決
原告アルザ・コーポレーション
訴訟代理人弁理士相原礼路
被告特許庁長官
指定代理人大山健
同川本眞裕
同唐木以知良
同小林和男
主文
1特許庁が不服2006−22102号事件について平成21年6
月12日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨。
第2事案の概要
1本件は,原告が,名称を「被覆された微細突出物を有する経皮的薬剤配達
装置」とする発明につき国際特許出願したところ,日本国特許庁から拒絶査定
を受けたため,これに対する不服の審判請求をし,その中で平成18年11月
1日付けでも特許請求の範囲の変更を内容とする手続補正(以下「本件補正」
という)をしたが,同庁が,上記補正を却下した上,請求不成立の審決をし。
たことから,その取消しを求めた事案である。
2争点は,本件補正後の請求項1(以下「本願補正発明」という)が下記引。
用例1及び2との間で進歩性を有し本件補正が適法か(特許法29条2項)で
ある。

引用例1:特表2000−512529号公報(発明の名称「薬剤の経皮放
出又はサンプリングを高めるための装置,公表日平成12年9」
月26日,甲1。以下これに記載された発明を「引用発明」とい
う)。
引用例2:米国特許第5457041号明細書(発明の名称「ニードルアレ
イを使用して生体物質を生細胞に導入するニードルアレイおよび
方法,登録日平成7年10月10日,甲2)」
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年(2000年)10月26日の優先権(米国)を主張
して,平成13年10月26日,名称を「被覆された微細突出物を有する経
皮的薬剤配達装置」とする発明につき国際特許出願をし(PCT/US20
,),01/51496日本における出願番号特願2002−591082号
平成15年4月28日に日本国特許庁に翻訳文を提出したが,平成18年6
月23日に拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2006−22102号事件として審理し,そ
の間原告は,平成18年10月2日付け(請求項の数2,甲8)及び平成1
8年11月1日付け(請求項の数2,本件補正,甲9)でも特許請求の範囲
の変更を内容とする手続補正をしたが,特許庁は,平成21年6月12日,
,「,。」,本件補正を却下した上本件審判の請求は成り立たないとの審決をし
その謄本は同年6月29日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件補正後の請求項の数は前記のとおり2であるが,その請求項1に記載
された発明(本願補正発明)の内容は,次のとおりである(下線部は補正箇
所。)
【請求項1】薬理学的活性物質を経皮的に配達するための装置であって,
複数の角質層−穿刺微細突出物を有する部材,および
部材上の乾燥被膜を含んでおり,
当該被膜は乾燥前に,一定量の薬理学的活性物質の水溶液を含んでいる装置
であって,
前記薬理学的活性物質が約1mg未満の量を投与される時に治療的に有効で
あるほど十分に強力であり,前記物質が約50mg/mlを超える水溶性を
有し,かつ前記水溶液が約500センチポアズ未満の粘度を有し,
薬理学的活性物質がACTH(1−24,カルシトニン,デスモプレッ)
,,,,,,シンLHRHゴセレリンロイプロリドブセレリントリプトレリン
他のLHRH類似体,PTH,バソプレッシン,デアミノ[Va14,D−
Arg8]アルギニンバソプレッシン,インターフェロンアルファ,インタ
ーフェロンベータ,インターフェロンガンマ,FSH,EPO,GM−CS
F,G−CSF,IL−10,グルカゴン,GRF,それらの類似体および
医薬として許容できるそれらの塩から成る群から選択されていることを特徴
とする装置。
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,①本願補正
発明は引用例1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができた
から特許法29条2項により独立して特許を受けることができず,本件補
正は要件を満たさない,②本件補正前の請求項1(平成18年10月2日
付け補正後のもの)の発明(本願発明)についても上記①と同様に,特許
法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものであ
る。
イなお,審決の認定した引用発明の内容,引用例2に記載された発明の内
容,本願補正発明と引用発明との一致点と相違点は,次のとおりである。
・<引用発明の内容>
「薬剤,医薬品等の薬理学的に活性の物質を体表面の角質層に穿孔して
導入するための受動経皮放出装置88または経皮治療用装置98であっ
て,
表皮の角質層に穿通する複数個のマイクロブレード4を有するシート
6,および
シート6上に溜め90を含んでおり,
当該溜め90は,所定濃度の薬剤を含んでいる受動経皮放出装置88
または経皮治療用装置98であって,
前記薬剤,医薬品等の薬理学的に活性の物質が一定の医薬品放出割合
を望むべく飽和を越える濃度あるいは飽和よりも下のレベルで存在し,
薬剤,医薬品等の薬理学的に活性の物質がACTH,LHRH,ゴセ
レリン,ブセレリン,LHRHアナログ,インターフェロン,ACTH
アナログ等から選択されている受動経皮放出装置88または経皮治療用
装置98」。
・<引用例2に記載された発明の内容>
「物質30を組織20の表面18に穴を開けて運び込むために,ニード
ルアレイ10上の複数の微小針12に物質30の溶液を塗布し,乾燥さ
せて,ニードルアレイ10上の複数の微小針12に物質30の乾燥被覆
を形成する手段」
・<本願補正発明と引用発明との一致点>
「薬理学的活性物質を経皮的に配達するための装置であって,
複数の角質層−穿刺微細突出物を有する部材,および
部材上の薬剤保留部を含んでおり,
当該薬剤保留部は,一定量の薬理学的活性物質の水溶液を含んでいる
装置であって,
薬理学的活性物質がACTH(1−24,カルシトニン,デスモプ)
レッシン,LHRH,ゴセレリン,ロイプロリド,ブセレリン,トリプ
トレリン他のLHRH類似体PTHバソプレッシンデアミノV,,,,[
al4,D−Arg8]アルギニンバソプレッシン,インターフェロン
,,,,アルファインターフェロンベータインターフェロンガンマFSH
,,,,,,EPOGM−CSFG−CSFIL−10グルカゴンGRF
それらの類似体および医薬として許容できるそれらの塩から成る群から
選択されている装置」。
・<本願補正発明と引用発明の相違点A>
「本願補正発明では,部材上の薬剤保留部が乾燥被膜であり,当該被膜
は乾燥前に薬理学的活性物質の水溶性が約50mg/mlを超えるもの
であり,かつ,水溶液が約500センチポアズ未満の粘度を有している
のに対し,引用発明では,部材上の薬剤貯留部がそのような構成ではな
い点」。
・<本願補正発明と引用発明の相違点B>
「薬理学的活性物質が,本願補正発明では,約1mg未満の量を投与さ
れる時に治療的に有効であるほど十分に強力であるのに対し,引用発明
では,一定の医薬品放出割合を望むべく飽和を越える濃度あるいは飽和
よりも下のレベルで存在する点」。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,本願補正発明と引用発明との相違点の認定を誤り
(),()取消事由1相違点についての容易想到性の判断を誤った取消事由2
から,違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(相違点認定の誤り)
,「」「」,(ア)審決は引用発明の溜め90と本願補正発明の乾燥被膜とが
薬剤保留部である点で共通するとしたが,これは,以下のとおり誤りで
ある。
まず,引用発明では,薬剤は,シート6上の「溜め90」上に含まれ
ており,本願補正発明の「部材」は「部材」上に薬剤を含む乾燥被膜,
として含まれている。
そして,引用発明には,受動経皮装置のために水性製剤を使用しても
よいことが記載されている。
しかし,本願補正発明は「乾燥前に,一定量の薬理学的活性物質の,
水溶液を含んでいる」のであって,一定量の薬理学的活性物質の水溶液
を含んでいるのではなく「部材上の乾燥被膜」を含む装置である。,
したがって,本願補正発明と引用発明とは,本願補正発明が乾燥被膜
として薬理学的活性物質を含む装置であるが,引用発明が水性をベース
にした製剤であってもよい所定濃度の薬剤を含んでいる「溜め90」を
含む装置である点で相違する。
このように,審決には,上記相違点を看過した違法がある。
(イ)本願補正発明の装置と引用例1に記載された装置の機能及び構造は,
以下のとおり異なっている。
a本願補正発明の装置において,治療薬は,微小突起上の乾燥固体の
コーティングとして存在しており,装置によって皮膚を突き通すこと
。,,で同時に投与される対照的に引用例1に示された装置の治療薬は
留めに貯蔵されており,皮膚を突き通し微小突起から分離している。
したがって,引用例1の装置は2工程を必要とし,最初の工程におい
て皮膚にスリットが形成され,第2の工程で治療薬が放出されてスリ
ットの領域に移動する。
なお,引用発明では,係留の有無にかかわらず,最初にさかとげが
皮膚にマイクロスリットを形成することによって皮膚を破壊し,続い
て留めからスリットへ液体が移動し,この移動は,マイクロスリット
を形成したマイクロブレードによって誘導されるという2工程の機構
を使用している。
また,たとえ微小突起を引き抜く工程を伴わない場合であっても,
引用発明では,最初にさかとげが皮膚にマイクロスリットを形成する
,,ことによって皮膚を破壊し続いて留めからスリットへ液体が移動し
この移動は,マイクロスリットを形成したマイクロブレードによって
誘導されることになる。
b本願補正発明では,被膜は乾燥被膜であるが,引用発明の留めは,
。,,最終的な形態が液体であるすなわち本願補正発明に係る装置では
治療薬を含む乾燥被膜が皮膚に挿入されるが,引用発明では,液体が
皮膚に挿入される。
また,本願補正発明は,引用発明に必要とされるようなシート上の
留めを必要としていない。加えて,本願補正発明と異なり,引用発明
では,微細突出物の挿入及び引抜きの後に薬剤が皮膚に入る。
なお,引用例2によって示されるような生物学的物質にマイクロブ
レードを浸漬する方法でも,微小針の表面領域上に生物学的物質の不
均一な分布を生じてしまい,生物学的物質の用量に多量の変動が生じ
てしまう。
c本願補正発明の装置は,引用例1に示された装置とは異なり,体液
サンプルを採取するようにデザインされていない。したがって,本願
補正発明は,構造的及び機能的に引用発明の装置と異なる。
dさらに,本願補正発明に係る装置は,引用例1に記述された装置を
改善することにより,治療薬の経皮的送達を改善するようにデザイン
されている。留めを有する経皮装置を使用して治療薬を効率的に送達
する際の問題につき,本願明細書(国内書面,甲3)の段落【000
1】に記載がある。
eこのほか,本願明細書は,引用例1に記載されているように薬剤が
液体留めに存在する経皮装置を使用して,薬剤の最適な経皮送達を達
成する際の欠点及び困難を記述している(段落【0009。これに】)
は,非効率的な送達,投薬量が不定なこと,皮膚におけるスリットの
急速な治癒及び皮膚の弾性な性質が含まれる。
本願明細書は,物質を含有する乾燥被膜で被覆されている微細突出
物を有する微細突出物装置を使用して,薬理学的活性物質を経皮的に
配達することにより,これらの制約を克服するための装置及び方法を
提供しており(段落【0012,皮膚を突き通すことで水溶性の固】)
体被膜を介して一段階で薬剤を経皮的に送達することにより,前述の
ような引用発明の問題の多くを解決している。
このように,引用発明の「留め」と,本願補正発明の「乾燥被膜」
とは,構造及び機能の両方が基本的に異なっており,同等であるとは
いえない。本願補正発明に係る装置では,治療薬の移動がないことが
,,必要とされており留めから治療薬が微細突出物におりてきて通過し
皮膚の表面に,最後に皮膚のスリット内に移動することが必要とされ
る引用発明とは異なっている。
f以上のとおり,本願補正発明は「乾燥前に一定量の薬理学的活性,
物質の水溶液を含んでいる装置」であり,構造及び機能の両方におい
て引用発明と相違し,審決には,この相違点を看過した誤りがある。
イ取消事由2(容易想到性判断の誤り)
(ア)引用例1及び2を結び付けて本願補正発明を想到する動機付けがない
こと(取消事由2−1)
a本願補正発明に係る経皮的な送達装置とは対照的に,引用例2によ
って示される装置は,組織内の個々の細胞を突き刺すことにより,生
きている植物又は動物標的組織の個々の標的細胞に生体物質を蓄積さ
()。せるためにデザインされている甲2のAbstract及びClaim1参照
すなわち,引用例2によって示される装置は,個々の細胞を突き刺す
ことによって細胞に活性薬剤を送達している。したがって,微細突出
物の物理的寸法や微細突出物上の被膜組成及び被膜の位置には,それ
ぞれ引用例1の装置と引用例2との間で相違が存在している。
例えば,引用例2によって示されるように,細胞内への薬剤の送達
のために細胞を破壊することなく個々の細胞を突き通すようにデザイ
ンされた装置において必要とされる微細突出物の幅及び厚みは,本願
補正発明に係る全身性の経皮送達装置のような数層の細胞層を越えて
薬剤を送達するためにデザインされた装置において必要とされる微細
突出物の幅及び厚みとは異なっている。
さらに,実際に細胞内に送達される被膜を含む微細突出物の表面領
域は,数層の細胞を介して送達される被膜を含む微細突出物の表面領
域とはかなり異なっている。また,個々の細胞を穿刺するようにデザ
インされた微細突出物の被膜は,その細胞を穿刺する際に生じる抵抗
が,数層の細胞を通過するようにデザインされた微細突出物上の被膜
によって生じる抵抗よりも少ないであろうし,異なる応力に耐えるた
めに異なる特性が必要とされる。
したがって,引用例2によって示される装置と本願補正発明の装置
とでは,微細突出物に対する被膜の適用及び被膜の組成それ自体が異
なっている。
b本願補正発明に係る装置は,個々の細胞を突き通すようにデザイン
されていない(本願明細書の段落【0023】参照。)
また,本願明細書には,薬剤が皮膚を介して全身循環系に送達され
ることにつき記載がある(段落【0004。具体的には,本願補正】)
発明には,皮膚を越えた薬剤の経皮送達であって,薬剤が間質液によ
(【】)。,って溶解される経皮送達が記載されている段落0001また
「経皮的」の用語の説明では,皮膚を越えた,局所組織又は全身循環
系への薬剤の送達を示すことが記載されている(段落【0004。】)
なお,本願補正発明における「経皮的」の用語は,皮膚の実質的な
切開又は穿刺(例えば,外科用ナイフによる切開又は皮下用針による
皮膚の穿刺)を伴わない,皮膚を通って局所組織又は全身循環系への
物質(例えば薬剤のような治療的物質)の配達を意味し,引用例2に
,。記載されたものは物質を経皮的に配達するための装置とはいえない
そして,本願補正発明に係るニードルは,細胞内への挿入のためで
はなく,皮膚の角質層を介した経皮送達のためにデザインされている
(本願明細書の段落【0012【0023【0027】参照。】,】,)
一方,引用例2は,本願補正発明とは対照的に,生物学的物質の細
胞内投与のための,細胞を突き刺すマイクロニードルのアレイを示し
ている。
c引用例1に示された留め系は,引用例2によって必要とされる個々
の細胞内への薬剤の送達には使用できず,引用発明の「留め」と本願
補正発明の「乾燥被膜」とは,同等であるとはいえない。
また,引用発明及び本願補正発明と,引用例2の装置とは,同じ技
術分野であるとはいえず,適用分野も異なる。引用例2の装置は,生
物学的物質の細胞内投与のための,細胞を突き刺すマイクロニードル
のアレイを示しており,薬剤の経皮送達のためにデザインされた本願
補正発明の装置の被膜は,小さな細胞内への薬剤の送達のためにデザ
インされた引用例2によって示される装置の被膜に相当するものでは
ない。
このほか,本願補正発明に係る経皮送達装置のために有効な微細突
出物の相対的な寸法範囲は,引用例2の細胞内送達装置に対して,被
膜組成,実際に投与される被膜の表面領域及び微細突出物上の被膜の
位置といった相違が存在する。
これらの大きな相違を考慮すると,引用発明と引用例2によって示
される装置は,同じ技術分野であるとはいえない。
dこのように,引用発明は,引用例2によって示される装置とは分野
が異なる上,本願補正発明の被膜は,引用発明の留めに相当するもの
ではない。
また,引用例1及び2には「留め」を「乾燥被膜」に置き換える,
ことにつき,何らの示唆もない。そして,引用例1及び2では「非,
効率的な送達,投薬量が不定なこと,皮膚におけるスリットの急速な
治癒及び皮膚の弾性な性質といった問題を含む引用発明の問題」は解
決課題として挙げられておらず,皮膚を突き通すことにより,水溶性
の固体被膜を介して一段階で薬剤を経皮的に送達するという本願補正
発明について何ら示唆もない。
したがって,本願補正発明に関して,引用例1と2を組み合わせる
動機付けがあるとはいえない。
(イ)相違点Aについての判断(数値限定等についての判断)の誤り(取消
事由2−2)
a引用例2は,以下のとおり,本願補正発明で引用している粘度の範
囲を何ら示していない。
すなわち,引用例2は,RNA及びDNAなどの生物学的物質につ
き,送達前に,グリセロール又は水溶性ポリエチレングリコールなど
の粘性物質を含む担体懸濁液にアレイを浸漬することによってニード
ルアレイ上に沈着させることができることを示唆しているだけである
(甲2訳文第4欄26∼37行。)
そして,溶液の粘度及び活性薬剤の溶解性は,微細突出物上に均一
で,一様なコーティングを達成するために重要であり,本願補正発明
のような微細突出物に対して商業的に有効な乾燥薬剤を含む被膜を作
製するために必要な条件を慎重に評価した結果として得られるもので
ある。
本願補正発明によって包含される技術(Macroflux(登録商標)浸
漬コーティング法)のZosanoPharmaの製剤及び分析開発部長である
A博士による宣誓書(その翻訳文が甲11に添付されている)は,。
引用例2に記載された技術が,本願補正発明のために被覆溶液を調整
する際の粘度の重要性を当業者に認識させるものではないことを示し
ている。
上記宣誓書の第5欄に記載のとおり,グリセロールの粘度は25℃
にて934cp程度であり得るし,その沸点は290℃程度であり,
マイクロニードルの外面上に被覆された後に蒸発乾燥するには不適当
である。したがって,該製剤は,活性薬剤を含むグリセロールの液体
膜又は液滴のままであると考えられる。
同様に,一般の医療用のポリエチレングリコール水溶液は,室温で
液体として存在する。したがって,引用例2に示されたようなポリエ
チレングリコールのコーティング製剤は,本願発明に必要とされる乾
燥被膜とは異なり,微細突出物の表面上で液体膜又は液滴として存在
するであろうと考えられられる。
このように,引用例2に示された手段では,本願補正発明に必要な
乾燥被膜を得ることができず,本願補正発明に必要な乾燥被膜を得る
手段が引用例2に開示されているとはいえない。
また,上記宣誓書の記載(第6∼8欄)からすれば,粘度及び溶液
溶解性の問題は,本願補正発明に係る微細突出物部材上に乾燥薬物被
膜を作製することに関し,単なる設計的事項であるとはいえず,当業
者であれば適宜なし得ることではない。
このほか,引用例1は,均一かつ一様な乾燥被膜でマイクロブレー
ドを被覆することを示していない。そして,生物学的活性物質を含む
溶液を乾燥させることによって形成される均等に分布された一様な乾
燥被膜という概念は,新規なものである。したがって,マイクロブレ
ードに適用して生物学的活性物質が微小突起の表面領域全体に均等に
分布されるような被膜を形成する際に,生物学的活性物質を含む液体
の粘度及び溶解性などの正確な範囲を微調整し,洗練させることも新
規である。
また,引用例1は,粘度又は溶解性の問題について何ら言及してお
らず,同引用例は,本願補正発明の乾燥被覆微細突出物を達成するた
めに,本願補正発明において挙げたように粘度及び溶解性を「前記物
質が約50mg/mlを超える水溶性を有し,かつ前記水溶液が約5
00センチポアズ未満の粘度を有する」ように変更することを,何ら
当業者に示唆するものではない。
以上からすれば,本願補正発明において引用した溶解性及び粘度パ
ラメータは,単なる実験的な最適化を超えており,微細突出物の一様
なコーティングを達成するために必要な条件が慎重に考慮されている
ものである。
,,b治療的に有効な用量を達成するためには水性液体コーティングは
非常に薄い層としてマイクロニードル上で乾燥されたときに,薄い乾
燥層が治療的に有効な用量を提供するのに十分な薬物を含むように,
非常に高濃度の薬物を有することが必要である。薬剤濃度が乾燥前に
50mg/ml以下であるときは,多くの場合,治療的に有効な用量
が達成されない。そして,投与後に,患者の間質液での薬物の溶解の
容易さのために,水性ベースの薬物製剤を使用している。
本願補正発明の液体コーティングは,乾燥前にマイクロブレード上
の特定の位置に適用されるところ,液体コーティングを特異的に配置
するためには所望の厚みをもつコーティングが得られるように,ブレ
ードのあらかじめ定められた領域に固着するように粘稠性でなければ
ならないし,また,厚みは,薬物の総投薬量を算出することができる
ように,さらに,この投薬量がこうして製造されるマイクロニードル
のそれぞれのパッチで再現されるように,均一でなければならない。
したがって,粘性は,引用例1の水剤貯蔵所の液体のものの粘性より
も大きいことを必要とする。
また,引用例2は,マイクロニードルを細胞内に挿入することに注
目しており,その薬物の目的地は細胞内部であり,本願補正発明の経
皮的送達の場合のように患者の間質液ではない。細胞を突き通すが,
細胞を開放性に壊さないマイクロニードル上のコーティングが必要で
あるために,粘性を含む条件は,薬剤が患者の間質液に到達すること
ができるように,皮膚のいくつかの層を介したコーティングの経皮送
達のものとは異なる。
溶解性については,本願補正発明では,薬剤は約50mg/mlを
超える水溶解性を有するが,これは,いったんそれが患者の間質液に
送達されたならば,迅速に薬剤が溶解するのを助ける。このことは,
引用例のいずれによっても教示されない。
なお,示された各々の数値範囲は個々に考慮されるのではなく,い
くつかの要素の範囲を組み合わせて考慮されるものである。コーティ
ングには,粘性,濃度,溶解性,接着性,凝集性,保湿能力を含む多
数の特色を組み合わせており,示された数値範囲を採用することによ
り,状態が変化するコーティング(最初は液体コーティングで,次い
で乾燥コーティング)を達成することができ,初めて治療的に有意な
用量の薬剤を,再現的かつ経済的に,経皮的に投与する手段を提供す
ることができる。
したがって,各々の数値範囲が設計的事項にすぎないとした判断は
誤りである。
c本願補正発明の発明時において,マイクロニードル上の乾燥コーテ
ィングとして薬剤を経皮的に送達するための方法を示す技術は示され
ていない。特に,皮膚を介して,薬効性物質が溶解される患者の間質
液への,大量の十分な量の薬効性物質の再現性のある送達を保証する
ことに付随した問題を解決する方法は示されていない。原告は,これ
らの問題を解決するために,本願補正発明による装置を開発した。
本願補正発明のコーティングは,皮膚を介した有効かつ経済的な経
皮投与のために,下記のすべての特性を有さなければならない。

・マイクロニードル上の乾燥コーティングは,皮膚を介して,患者
の間質液に送達されるほどの有効な用量に十分に濃縮されている。
・マイクロニードル上の乾燥コーティングは,皮膚を介して,患者
の間質液に治療的に有効な用量を送達するほど十分厚い。
・マイクロニードル上の乾燥コーティングは,貯蔵の間に剥がれな
いように,接着性かつ粘着性(非晶質ガラス)である。
・マイクロニードル上の乾燥コーティングは,外部の乾燥皮膚のい
くつかの層の透過を介してもマイクロニードル上に残るほど十分
な接着剤である。
・マイクロニードル上の乾燥コーティングは,皮膚の外層を介して
一旦組織内で間質液に溶解するのに十分可溶性であるように,水
性ベースである。
・液体コーティングは,ブレード上にコーティングを乾燥させる前
に,小さい針の微小突起に固着するほどの十分な接着性(水和性)
を有する。
・コーティングは,ブレード上にコーティングを乾燥させる前に,
(i)所望の厚みの乾燥した層を確実に形成するように,あらかじめ
定められたマイクロニードルの領域のみに広がるように,かつ(ii)
費用のかかる薬物を浪費しないために皮膚を貫通するであろうブ
レードの特定領域のみに置かれるように,十分に粘稠性である。
・ブレード上で乾燥した後に,投薬量を算出することができ,それ
ぞれの投与における再現性を保証することができるように,一様
な厚みのコーティングを有することが必要である。
・同時に,乾燥コーティングとしての貯蔵の間に変性されることな
く,また不活性化されることのないように,薬剤の活性を維持す
る。
なお,上記の特徴のうちいくつかは明細書に明示的に記載されてい
,。,,るがすべては記載されていないしかしこれらの列記した特徴は
本願補正発明に固有の特徴であり,引用例1及び2には,これらの特
徴が何ら示されていないから,これらの特徴を達成するための本願補
正発明の数値範囲の限定は,単なる設計事項とはいえない。
,,引用例1及び2はいずれもマイクロブレード上の乾燥した一様で
同質で,均等に適用されたコーティングを示していない。そして,均
一な用量で生物学的活性物質を確実に達成するためには,このように
一様で,同質で,均等に適用されたコーティングが皮膚を突き通すと
同時に皮膚を越えることが重要である。
本願補正発明の数値限定による,これらの固有の特徴は,従来技術
等により何ら示唆されるものではなく,単なる設計的事項にすぎない
とした判断は誤りである。
dなお,薬剤が溶解される間質液の目的地で,皮膚層を介して微小突
起上のコーティング内の薬剤の治療的に有効な用量を送達する際の問
題は,特開平11−99200号公報(乙3)及び特表2000−5
12519号公報(乙4)で示される問題よりも複雑な問題である。
乙3は,単にカテーテルをカバーする高分子化合物が,物理的な挿
入の容易さのためにどの程度の厚さであるべきかを決定しているだけ
であり,経皮的送達後に,組成物からの薬物放出を考慮することを示
していない。また,乙4も,同様に,経皮的送達後に組成物からの薬
物放出を考慮することを示していない。
創傷部位を取り扱う際には,マイクロニードルが入らなければなら
ない角質層がないため,角質層皮膚層を欠いている開放性の創傷部位
に使用される組成物コーティング装置に記載されているような,開放
性の創傷部位に使用される医療用具上のコーティングの特性とは異な
っている。
さらに,乙4に記載された装置の,制御された又は持続した(薬剤
の)放出とは対照的に,本願補正発明は,コーティングから間質への
薬剤の迅速な即時放出で送達するようにデザインされている。
本願補正発明は,外科的装置ではなく,粘性などの個々の特性にい
くらかの重複があるものの,コーティングは,全体として異なる特性
を有する。このことは,被告によっても認識されているように,必ず
しも溶解性に関連しているわけではない。
なお,水溶性及び粘性は互いに異なるパラメータであり,本願補正
発明は,溶解性及び粘性パラメータが,種々の考えられる薬剤及びコ
ーティングの潜在的な組合せを包含するようにデザインされている。
しかし,従来技術のいずれも,上記パラメータを持つコーティング
が,薬剤の治療的に有効な用量の間質液への有効かつ再現性のある経
皮的送達のために必要とされ,本願補正発明の特性を持つマイクロニ
ードルの乾燥コーティングに必要とされることを示しておらず,提供
もしていない。
そして,本願補正発明のパラメータを持つコーティングは,前記c
に記載した特徴のすべてを有しているが,従来技術のいずれも,上記
パラメータを持つコーティングが必要とされることを示していない。
このように,本願補正発明の数値限定は,従来技術等により何ら示
唆されるものではなく,単なる設計的事項にすぎないとした判断は誤
りである。
(ウ)相違点Bについての判断の誤り(取消事由2−3)
引用例2は,単一細胞内へのごく少量の薬剤の投与のために設計され
た装置を,本願補正発明によって必要とされるような,薬理学的活性物
質の薬理学的有効用量を経皮送達するための装置に改変する方法につい
て,何ら示していない。
したがって,引用例2は,引用例として進歩性判断の基礎とされるべ
きものではなく,引用例2に基づいた単なる設計事項により「薬理学,
的活性物質が約1mg未満の量を投与される時に治療的に有効であるほ
ど十分に強力であり,前記物質が約50mg/mlを超える水溶性を有
し,かつ前記水溶液が約500センチポアズ未満の粘度を有する」とい
う有効用量を全身投与することができる本願補正発明の経皮装置に容易
に想到することができるとはいえない。
また,引用例1及び2のいずれも,本願補正発明に挙げられた特定の
濃度や,粘度特性の水溶性を教示や示唆しておらず,本願補正発明は,
引用例1及び2に開示された手段に基づいて,当業者が容易に発明する
ことができたとはいえない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア原告は,本願補正発明が乾燥被膜として薬理学的活性物質を含む装置で
あるのに対し,引用発明は,水性をベースにした製剤であってもよい所定
濃度の薬剤を含んでいる「溜め90」を含む装置である点で,両者は相違
すると主張するが,同相違点は,審決において既に相違点Aとして認定さ
れているものである。
すなわち,審決には,相違点Aとして「本願補正発明では,部材上の薬
剤保留部が乾燥被膜であり,当該被膜は乾燥前に薬理学的活性物質の水溶
性が約50mg/mlを超えるものであり,かつ,水溶液が約500セン
チポアズ未満の粘度を有しているのに対し,引用発明では,部材上の薬剤
貯留部がそのような構成ではない点と記載しており相違点Aにいう薬」,「
剤貯留部」は,本願補正発明において「乾燥被膜」を指すが,引用発明に
おいては「溜め90」を指すものである。
してみると,相違点Aは,原告が主張する相違点と実質的に同じ内容で
あるといえる。
また,審決において,一致点に関して「部材上の薬剤保留部を含んでお
り,当該薬剤保留部は,一定量の薬理学的活性物質の水溶液を含んでいる
装置であって」と記載しているのは,当該「薬理学的活性物質の水溶液」
を乾燥させて乾燥被膜の形態とするか否かの点を相違点として挙げる(相
違点A)一方,本願補正発明及び引用発明のどちらも,一定量の薬理学的
活性物質の水溶液を素地とする薬剤貯留部を装置の部材上に設けている点
では一致しているので,そのように認定したものである。仮に審決の一致
点の認定が誤っていたとしても,相違点の看過はない。
,。したがって審決が相違点を看過しているとの原告の主張は失当である
イなお,引用例1(甲1)に記載された引用発明においては,ブレード4
先端のさかとげ50や接着剤により皮膚に対して装置2が係留された状態
(ブレード4が引き抜かれてはいない状態)で医薬品放出が行われると解
されるものである(甲1の12頁18∼22行,13頁1∼5行,19頁
17∼22行参照)から「引用発明』では,微細突出物の・・・引き抜,『
きの後に薬剤が皮膚に入る」との原告の主張は誤りである。また,非効。
率的な送達,投薬量が不定なこと,皮膚におけるスリットの急速な治癒及
び皮膚の弾性な性質といった問題は,微細突出物の引き抜き後に薬剤が皮
膚に入るような配達方法におけるものであり,引用発明は,そのような配
達方法によるものではないから,本願補正発明が引用発明の問題の多くを
解決しているとの原告の主張も失当である。
このほか,審決において相違点の判断で示した,引用発明に,引用例2
(甲2)に開示された部材(ニードルアレイ10)上の複数の穿刺微細突
出物(微小針12)に物質の乾燥被膜(物質30の乾燥被膜)を形成する
手段を適用した装置は,一段階で薬剤を経皮的に送達することができるも
のであるから,非効率的な送達,投薬量が不定なこと,皮膚におけるスリ
ットの急速な治癒及び皮膚の弾性な性質といった問題が生じるものではな
い。
(2)取消事由2に対し
ア取消事由2−1に対し
審決は,動機付けに関して「そして,引用発明と引用例2に記載され,
たものは,どちらも『物質を経皮的に配達するための装置』に関するもの
であり,同一技術分野に属するものである」と記載し,引用例1及び2を
結びつけて本願補正発明に想到する動機付けがあることを記載している。
ここで「経皮的」の「皮」とは「物の表面にあって中身を覆ったり包,,
んだりしているもの(大辞泉第1版<増補・新装版>,乙1)を意味す。」
るものであって,必ずしも人間や動物の皮膚を特定するものではないとこ
ろ,引用例2において,組織20の表面18にある表面細胞層22は,標
的細胞層24を覆うものであるから,皮に該当するものである。してみる
と,引用例2における「組織20の表面18に穴を開けて運び込む」こと
が本願補正発明の「経皮的に配達する」ことに相当すると解することがで
きるものであり,引用発明と引用例2に記載されたものは,どちらも「物
質を経皮的に配達するための装置」に関するものであるとした審決の認定
に誤りはない。
また,仮に「経皮的」の「皮」とは,人間などの皮膚に特定されるもの
であるとしても,引用例2に記載された装置又は方法(乙2(米国特許第
5457041号明細書)の第1欄9∼14行,訳文1頁6∼9行)は,
生きている細胞内への物質の導入に関するものであるとともに「したが,
って,この発明の装置および方法は,身体細胞の形質変換が遺伝的疾患の
治療の有望な手段とみられる場合に,ヒトの治療に対する応用にも適する
ように思われる(乙2の第5欄9∼11行,訳文5頁30∼31行)と。」
,。記載されているとおり人間の治療への適用も考慮されているものである
してみると,引用例2に記載された装置又は方法について,人間の治療へ
の適用を考えた際には,生きている細胞への治療のための物質の導入が,
,,皮膚を通して経皮的に行われることは十分に読み取れるものであり結局
引用例2に記載された発明と引用発明とは,やはり,どちらも「物質を経
」,皮的に配達するための装置との同一技術分野に属するものといえるから
両者を組み合わせる動機付けがあるといえる。
それだけでなく,引用発明が開示されている引用例1には「発明の背,
景」として「人体に対するペプチド及びタンパク質の皮膚を通じての,,
即ち,経皮放出における関心は,医療的に有用な高まりつつある数のペプ
チド及びタンパク質が多量に且つ純粋な形態で利用可能になりつつあるこ
とと共に,成長し続けている・・・加えて,ポリペプチド及びタンパク。
質は,目標とされる細胞に達する前に,皮膚への穿通中及び穿通後,容易
に分解してしまう。同様に,塩のごとき水に可溶性の小さな分子の受動流
動は限られてしまう」と記載されている(甲1の7頁12∼20行)か。
ら,経皮放出の対象として「目標の細胞」に物質を配達することも含ま,
れているといえる。
してみると,引用例1に記載されている引用発明と,引用例2の生きて
いる細胞(標的細胞24)内への物質の導入に関する装置又は方法は,適
用の対象においても共通するものである。
そして,両者の技術分野及び適用対象の共通性を考えれば,引用例1と
引用例2を結びつける動機付けは十分にあるところ,さらに,引用発明及
び引用例2に記載された発明は,どちらも,生体を覆う表面を穿刺して生
体内に物質を導入するために,穿刺微細突出物を用いることを必須の構成
要件としているものであり,その点においても共通しているといえるもの
である。また,対象内に穿刺微細突出物で物質を導入する方法として,引
用発明にみられるように穿刺微細突出物を刺した後に物質を注入するか,
引用例2にみられるように,穿刺微細突出物(微小針)を刺すに先立って
物質を塗布しておいて穿刺と同時に物質を注入するかのいずれかの方法が
選択可能であることは,当業者であれば容易に理解できるものである。
してみると,引用例1と引用例2を結びつける動機付けがあることは明
らかである。
イ取消事由2−2に対し
(ア)本願補正発明における数値範囲の限定に関して,まず,本願の願書に
最初に添付した明細書には「前記物質が約50mg/mlを超える水,
溶性」を有する場合と有しない場合との比較,及び「前記水溶液が約5
00センチポアズ未満の粘度」を有する場合と有しない場合との比較が
,,何ら示されておらず本願補正発明で特定されている数値範囲の内外で
顕著な差異や特異な機能が生じるようなことは,全く記載も示唆もされ
ていない。さらに,数値範囲を限定したことによる技術的意義すらも示
唆されておらず,原告の「本願補正発明において引用した溶解性及び粘
度パラメータは,単なる実験的な最適化を超えており,微細突出物の一
様なコーティングを達成するために必要な条件が慎重に考慮されてい
る」との主張を裏付けるような記載は,本願の願書に最初に添付した明
細書には見当たらない。
してみると,本願補正発明において特定されている物質の水溶性及び
水溶液の粘度の数値範囲の限定によって,何ら当業者が容易に想到し得
ないような格別の臨界的意義又は技術的意義があるとはいえず,適宜な
数値範囲を限定したことは実験等を通じてパラメータに適切な値を設定
するとの当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないものであるから,結
局,数値範囲の限定に関して設計的事項にすぎないとした審決の相違点
Aについての判断に誤りはない。
(イ)また,仮に原告が主張するように,本願補正発明の溶解性及び粘度パ
ラメータが,微細突出物の一様なコーティングを達成するために必要な
条件が慎重に考慮されて設定されたものであるとしても,以下の理由か
ら,溶液の粘度等について考慮することは,当業者が当然に行うことで
ある。
まず,物にコーティングを行う際に,所望の厚みないし付着量の均一
なコーティングを行うために粘度や溶解性(濃度)を考慮することは,
例えば,特開平11−99200号公報(乙3)の段落【0020,】
【0022】や特表2000−512519号公報(乙4)の12頁8
,,,∼24行18頁8∼10行32頁17∼27行に記載されるように
従来周知の技術にすぎず,格別のことではない。
また,本願補正発明において「約50mg/mlを超える水溶性,」
「約500センチポアズ未満の粘度」と特定されている数値範囲自体に
ついてみても,水溶性は下限,粘度は上限をそれぞれ特定しただけであ
るし,物をコーティングする溶液における溶質の溶解性(濃度)及び粘
度として,一般的に用いられている数値範囲にすぎないものである。
そして,本願補正発明で規定する水溶性は「約50mg/mlを超,
える」ものであり,水溶液1ml中に50mgを超えて溶解することを
意味するが,薄い水溶液の密度は水の密度の約1g/cm(1g/m3
l)とあまり相違しないことを考慮すると,実質的には,5重量%程度
以上の濃度の水溶液になり得る溶解性を規定したにすぎないものといえ
る。
さらに,引用例2は,微小針(マイクロニードルアレイ)を溶液中に
配置した後に取り外してその微小針の先端に溶液中の物質を付着させた
ものであるが,微小針は,直線状の形状を有しかつ表面積が極めて小さ
いものであるから,さらさらの溶液では針に付着し難く,反面,流動性
のない溶液では針にまんべんなく付着させるためには,溶液の粘度や溶
解性に関して,その採り得る値が所定の範囲内に限定されることは簡単
に理解し得るところである。そして,このことは,これを引用発明に適
用しようとする場合についてもいえるものである。
してみると,引用発明の角質層−穿刺微細突出物(表皮の角質層に穿
通する複数個のマイクロブレード4)に,引用例2記載の微小針に乾燥
被膜を形成するという技術思想を適用するに際して,原告のいう一様な
乾燥被膜を形成する上で,薬剤等の溶液の粘度又は水溶性について,当
業者であれば当然に考慮するものということができるから,結局,それ
らの数値範囲を限定したことは設計的事項にすぎないとした,審決の相
違点Aについての判断に誤りはない。
(ウ)原告は,平成21年1月21日付け回答書(甲11)に添付された宣
誓書に基づいて縷々主張する。
まず,原告は,引用例2について縷々主張するが,審決が主要な引用
例として採用して引用発明としているのは引用例1であり,粘度等を設
定するのはその引用例1記載の「薬剤,医薬品等の薬理学的に活性の物
質」の溶液についてであるから,引用例2のグリセロールなどの性質に
基づいた主張は意味がない。また,審決にも摘記しているとおり,引用
例2には,ニードルアレイの針の先端に乾燥によって被覆することが明
(,)記されている乙2第8欄37∼39行訳文9頁最終行∼10頁1行
のであるから,引用例2の方法では液体膜又は液滴のままであるとの主
張も当を得ない。
また,本願補正発明は,粘度に関して「約500センチポアズ未満の
粘度」と特定しているのみで,宣誓書で,粘度が20cpを超え,又は
好ましくは50cpを超えるべきであるとして,液状製剤の多くが貯蔵
所に滴って戻ってしまうことが防止できるなどと主張することは意味が
ない。
さらに,宣誓書では,粘度が高すぎる場合として,200cpよりも
大きい場合が示されており,本願補正発明における,200∼500セ
ンチポアズの範囲では,微細突出物があまりに多くの量の液状製剤をピ
ックアップして,微細突出物上に乾燥被膜の大きな沈着が残り,これら
が皮膚を通過する能力を損なってしまうことになり,宣誓書の主張と本
願補正発明とは対応していない。その他に,本願補正発明において,水
溶性に関して「約50mg/mlを超える」と特定されていることに関
連して,宣誓書は,50mg/mlよりも大きい溶解度を有することが
必要であり,より低い溶解度ではおそらく20cp未満の粘度を生じる
と述べているが,水溶性と粘度はそれぞれ異なるパラメータであり,水
溶性の下限値を特定することが粘度の下限値を特定することには該当し
ないものである。
結局,宣誓書は,本願補正発明における数値範囲の限定の意義を明ら
かにするものではなく,宣誓書に基づく原告の主張は当を得ていない。
さらに,仮に,本願補正発明の数値限定が,上述の液状製剤の滴りの
防止,微細突出物上の大きな沈着の防止などの意義を考慮に入れたもの
であるとしても,微細突出物の先端に適量の溶液をまんべんなく付着さ
せるためには,溶液の粘度や溶解性に関して,その採り得る値が所定の
範囲内に限定されることは簡単に理解し得るところであり,本願補正発
明が容易に想到し得るものであることに変わりはない。
(エ)なお,原告が主張する「本願補正発明のコーティングの特徴」は,特
許請求の範囲にも特定はなく,本願の願書に最初に添付した明細書(甲
3。本願明細書)には記載されておらず,本願補正発明における,薬理
学的活性物質の数値限定が本件出願時点において列記されている特徴の
すべてに基づいてされたものであるとの根拠はどこにもなく,この点に
関する原告の主張は,明細書の記載に基づかない完全に後付けの主張で
ある。
また,本願明細書の記載(段落【0027)からすれば,本願補正】
発明は,薬理学的活性物質が間質液に溶解される場合に限定されるもの
ではなく,細胞内液に溶解される場合も含むものであるから,本願補正
発明の数値限定が薬理学的活性物質(乾燥コーティング)の患者の間質
液への溶解性や用量に基づいてされたとの主張は誤りである。
このほか,投薬量の算出や,再現性の保証,薬剤の活性を維持する点
について,明細書に全く説明がなく,薬理学的活性物質の水溶液の粘度
及び水溶性がどのような数値を採ればそのようなことが可能となるのか
理解できるものではない。
さらに,本願補正発明は「水溶液が約500センチポアズ未満の粘,
度」と,粘度の上限のみ限定され,下限は限定されておらず,粘度が例
えば水そのものの粘度とほぼ同じように低い水溶液も含まれるものであ
り,粘性は大きくなければならない旨の原告の主張とは矛盾する。そし
て,本願補正発明において,薬理学的活性物質の水溶液の粘度が上記の
ように低い値の場合には,薬理学的活性物質の水溶液はおよそ所望のよ
うには微細突出物上に付着できないものであり,そのような値を含む本
願補正発明の数値範囲の限定には格別の意義を見出せないものである。
ウ取消事由2−3に対し
審決において進歩性判断の基礎としているのは,引用発明が記載されて
いる引用例1であって引用例2ではなく,原告が引用例2に基づいて本願
補正発明の容易想到性を否定することは,審決に対する理解を誤ったこと
によるものであり,失当である。
すなわち,審決の相違点Bについての判断は,引用例1に記載されてい
る引用発明の「薬剤,医薬品等の薬理学的に活性の物質を体表面の角質層
に穿孔して導入するための受動経皮放出装置88または経皮治療用装置9
8」を基礎とするものであり,その「薬剤,医薬品等の薬理学的に活性の
物質」として,効果的な治療を行う上で少量で十分な薬効を奏するものを
選択することは当然であるから「約1mg未満の量を投与される時に治,
療的に有効であるほど十分に強力」であるものを選定する程度のことは,
当業者であれば容易に想到できたことである,という趣旨のものである。
したがって,そのように判断している,審決の相違点Bについての判断
に誤りはない。
なお,原告が,引用例1及び2のいずれも,本願補正発明に挙げられた
特定の濃度や,粘度特性の水溶性を教示,示唆しておらず,本願補正発明
は,引用例1及び2に開示された手段に基づいて,当業者が容易に発明を
,,することができたとはいえないと主張する点に関しては前記イのとおり
特定の濃度や,粘度特性の水溶性に関する,数値範囲を限定したことは設
計的事項にすぎないものである。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容,(3)(審決))
の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件補正却下の適法性
審決は,本願補正発明は引用例1及び2に基づいて容易に想到できるから独
立して特許を受けることができず,本件補正はその要件を満たさないとし,一
方,原告はこれを争うので,以下検討する。
(1)本願補正発明の意義
ア(ア)本願補正発明の内容(請求項1)は,前記第3.1(2)記載のとおり
である。
(イ)また,本願明細書(甲3[国内書面,甲6[平成18年5月8日付]
け手続補正書)には,以下の記載がある。]
・技術分野)(
「本発明は皮膚上における物質の経皮的配達の投与および促進に関す
る。より具体的には,本発明は薬理学的活性物質の乾燥被膜を有する
皮膚穿刺微細突出物を使用して表皮角質層を通して強力な薬理学的活
性物質を投与するための経皮的薬剤配達システムに関する。薬剤の配
達は,微細突出物が患者の皮膚を穿刺し,患者の間隙液が活性物質と
接触して,それを溶解する時に容易にされる(段落【0001)。」】
・技術的背景)(
「薬剤はもっとも一般的には経口または注射のいずれかにより投与さ
れる。不幸なことには,多数の医薬は,それらが吸収されないかまた
,,は血流中に侵入する前に悪影響を受け所望の活性をもたないために
経口投与されると完全に無効であるかまたは本質的に減少された効力
を有する。他方では,投与中に全く医薬の変化がないことを保証する
が,血流中への医薬の直接注射は困難で,不都合で,痛みを伴ない,
そして不快な方法であり,時々患者に認容されないことになる(段。」
落【0002)】
「本明細書で使用される『経皮的』の用語は皮膚層上の物質の通過を
意味する全般的用語として使用される『経皮的』の用語は皮膚の実。
質的な切開または穿刺(例えば,外科用ナイフによる切開または皮下
用針による皮膚の穿刺)を伴なわない,皮膚をとおって,局所組織ま
たは全身循環系への物質(例えば,薬剤のような治療的物質)の配達
を意味する。経皮的薬剤配達には,受動的拡散による並びに電気(例
えば,イオン電気導入法)および超音波(例えば,音声伝達法)を含
む外部エネルギー源による配達が含まれる。薬剤は角質層および表皮
の双方にわたって拡散するが,角質層中の拡散速度がしばしば制約段
階である。治療的投与量を達成するためには多数の化合物は単純な受
動的経皮拡散により達成することができるものより高い配達速度を必
要とする。注射に比較すると,経皮的物質配達は関連する疼痛を排除
し,感染の可能性を減少する(段落【0004)。」】
「理論的には,蛋白質は胃腸管の分解を受け易く,低下した胃腸管取
込みを示し,経皮装置は注射より患者により許容されるので,物質投
与の経皮経路は多数の治療的蛋白質の配達には有利であることができ
ると考えられる。しかし,医学的に有用なペプチドおよび蛋白質の経
,,皮的流量はしばしばこれらの分子の大きいサイズ/分子量のために
治療的に有効であるために不十分である。しばしば,配達速度または
流量は所望の効果をもたらすのには不十分であるかまたは,物質が目
標部位に到達する前に,例えば,患者の血流中で分解される(段落。」
【0005)】
・発明の開示)(
「本発明の装置および方法は,物質を含有する乾燥被膜で被覆されて
いる微細突出物を有する微細突出物装置を使用して,薬理学的活性物
。,質を経皮的に配達することによりこれらの制約を克服する本発明は
高い有効度の薬理学的活性物質で複数の角質層穿刺微細突出物を被覆
することにより,好ましくは,哺乳動物,そしてもっとも好ましくは
ヒトの角質層をとおして薬理学的活性物質を配達する装置および方法
に関する。物質は複数の皮膚穿刺微細突出物上の乾燥被膜として配達
される時に治療的に有効であるために十分強力であるように選択され
る。更に,物質は微細突出物を被覆するために必要な溶解度および粘
度をもつ被覆水溶液を形成するために十分な水溶性をもたなければな
らない(段落【0012)。」】
イ上記記載によれば,本願補正発明は,物質の経皮的配達を促進するもの
で,物質を含有する乾燥被膜で被覆された微細突出物を有する微細突出
物装置を使用して,薬理学的活性物質を経皮的に配達する装置及び方法
に関する発明であり,上記物質は微細突出物を被覆するために必要な溶
解度及び粘度をもつ被覆水溶液を形成するために十分な水溶性を持つと
されていることが認められる。
(2)引用発明の意義
ア引用例1(甲1)には,以下の記載がある。
・発明の分野)(
「。,本発明は薬剤の経皮放出及びサンプリングに係わるより具体的には
この発明は,ペプチド及びタンパク質のごとき薬剤の経皮放出に,並び
に,これらに限定されるわけではないが,アルコール及び違法医薬品の
ごときグルコース,体電界液,及び,乱用物質のような薬剤の経皮サン
プリングに係わる。本発明は,経皮放出又はサンプリング中,薬剤の経
皮流動を高めるための皮膚穿孔用マイクロブレードと,皮膚内に放出又
はサンプリング装置を保持するのを助けるアンカー素子とを用いてい
る(7頁3行∼10行)。」
・発明の背景)(
「人体に対するペプチド及びタンパク質の皮膚を通じての,即ち,経皮
放出における関心は,医療的に有用な高まりつつある数のペプチド及び
タンパク質が多量に且つ純粋な形態で利用可能になりつつあることと共
に,成長し続けている。ペプチド及びタンパク質の経皮放出は主要な問
題に尚直面している。多くの場合,皮膚を通るポリペプチドの放出即ち
流動の割合は,皮膚への該ポリペプチドの結合のため,所望とされる治
療効果を作り出すのには不十分である。加えて,ポリペプチド及びタン
,,,パク質は目標とされる細胞に達する前に皮膚への穿通中及び穿通後
容易に分解してしまう。同様に,塩のごとき水に可溶性の小さな分子の
受動流動は限られてしまう(7頁11行∼20行)。」
「述べたごとく,経皮流動を高めるために様々な化学薬品及び機械的手
段が調査されてきた。しかしながら,低価格で,且つ,再現可能に(言
い換えれば,装置毎に重大なバラツキなく)大量生産性で製造すること
ができる経皮流動を高めるのに適した装置を提供する必要性及び皮膚に
対する装置の取り付けを改良する必要性は尚存在する(8頁下1行∼。」
9頁4行)
・発明の記載)(
「本発明は,経皮流動を高めるのに,また,皮膚の炎症を最小にしつつ
該皮膚への取り付けを改良するのに適した再現できる高生産量で低価格
の装置を提供することである。一般に,該装置は,従来技術の装置より
もより効果的に皮膚に取り付けられる構造体を有している。本発明は皮
膚を穿孔し,また,係留するための複数個のマイクロブレードを有して
いる(9頁5行∼10行)。」
「本発明の装置は体表面の角質層に穿孔して通路を形成し,その通路を
介して,物質(例えば,医薬品)を導入(言い換えれば,放出)するこ
とができ,又は,その通路を介して,物質(例えば,体電界液)を回収
することができる(言い換えれば,サンプリングすることができる」)。
(9頁17行∼20行)
・発明を実施するための形態)(
「治療薬剤(例えば,医薬品)放出の場合,医薬品は,角質層を介して
切断するマイクロブレード4により形成されているマイクロスリットを
介して医薬品含有溜め(図2には示されていない)から放出され,マイ
クロブレードの外面に移動し,また,角質層を通って移動して局部的又
は全身的治療を達成する(13頁1行∼5行)。」
・受動経皮装置のための製剤形態は水性又は非水性をベースにしたもの「
であってよい。製剤形態は,必要な流動で医薬品を放出するよう設計さ
れている。代表的には,水性製剤形態はゲル化剤としてヒドロキシエチ
ルセルロース(hydroxyethylcellusose)又はヒドロキシプロピルセル
ロース(hydroxypropylcellulose)のごとき親水ポリマーの約1重量パ
ーセントから約2重量パーセントと水とを有している。代表的な非水性
ゲルはシリコン流体又は鉱油(石油)でなっている(29頁下6行∼。」
30頁1行)
イ上記記載によれば,引用発明は,薬剤を経皮的に人体に取り入れるため
の装置であって,体表面の角質層に穿孔して通路を形成し,その通路を介
して「溜め」から医薬品を導入するものであり,その製剤形態は,水性又
は非水性をベースにしたものとする発明であることが認められるが,同発
明においては,医薬品を乾燥させるなどの方法は採られていない。
(3)原告主張の取消事由に対する判断
事案にかんがみ原告主張の取消事由2−2相違点Aについての判断数,「(
値限定等についての判断)の誤り」から検討する。
ア引用例2(甲2)に記載された発明の内容
(ア)引用例2(甲2)には,図面とともに次の事項が記載されている。
・ニードルアレイを使用して生体物質を生細胞に導入するニードルア「
レイおよび方法
発明の分野
本発明は,生きている植物及び動物細胞内に生物学的物質を導入す
るための改良された装置及び方法に,より詳細には,生物学的物質を
運ぶためのニードルアレイに,及びニードルアレイを,それによって
このような生きている細胞内に生物学的物質を導入するために使用す
る方法に関する(甲2訳文1頁下3行∼2頁3行)。」
・発明の概要」「
「アレイの針は,標的組織の外面に対して針のアレイを押しつけるこ
とにより,針先が標的組織の表面を突き刺すように成形し,及び寸法
に合わせた。ニードルアレイに対して押し続けられると,先端部分を
突き刺して標的細胞内に及んで生体物質を標的細胞に移動するまで,
針が標的組織に貫入する(甲2訳文5頁6行∼9行)。」
・針の先端は,標的細胞への移動のために,好ましくは効率的に生体「
物質又は生体物質で被覆された微小粒子を運ぶように成形される」。
(甲2訳文5頁下2行∼下1行)
・本発明の装置及び方法は,ヒト治療に適用するために適しているも「
のと思われ,体細胞形質転換は,遺伝病の治療のための潜在的な経路
と考えられる(甲2訳文7頁6行∼8行)。」
・本発明の好ましい態様の詳細な説明」「
「図1(判決注,下記FIG.1)に図示したように,本発明の装置
の基礎的な形態は,支持基材又はベース16の表面14に,及び表面
14から垂直に延びるマイクロニードル12のアレイ10を含んでい
る。長さL,直径又は幅D,そして間隔Sのが図示されている。図1
において,アレイ10は,標的とする植物又は動物の組織20の表面
18を突き刺すように,概略的に描かれている。組織20の表面18
に隣接する支持基材16の表面14と共に,針12は,表面細胞層2
2を貫入して,通りぬけて,標的細胞26を含む標的細胞層24内の
実質的に中程に突き刺して,貫入するものとして示してある。針12
の先端部分28は,一般に遺伝子物質30として表現される生体物質
を,その先端部分から移してその標的細胞内の中に託すように,標的
細胞26の中へ運ぶものとして描かれている(甲2訳文9頁下7行。」
∼10頁2行)
・更に,針12の長さLは,針の先端28が確実に標的細胞に届くが「
貫通しないようにするために,できれば表面細胞22の厚さに標的組
織10の標的細胞26の厚さの約2分の1を加えた厚さよりも大きく
することが好ましい(甲2訳文10頁16行∼18行)。」
・あるいは,ニードルアレイ10の針は,機械的又は電気的な方法に「
より,生体物質を添着することができる。機械的方法では,複数の針
は,厚さ約12ミクロンの薄い保護フィルムを通して押し進められ,
それから,生物学的物質の粒子が塗布され,あるいは被覆され,続い
てこれを乾燥させる。その後,そのフィルムは,ニードルアレイの複
数の針の先端に付着している被覆された粒子を残すようにして,取り
除かれる。電気的な添着方法では,針の先端は,生物学的物質の溶液
の中に配置され,電界が最も強い針の突端に生物学的物質(etdena)を
引き付けるように,ニードルアレイに対して電荷が適用される。そし
て,複数の針のアレイは,溶液から取り外され,生物学的物質がニー
ドルアレイの針の先端に被覆されるように乾燥させる(甲2訳文1。」
1頁17行∼25行)
(イ)このほか,審決認定のとおり,甲2のFIG.1には,標的組織20
内の標的細胞26の中に生物学的物質30を運び込む微小針12の先端
部分を延ばすように,標的組織20の表面に穴を開ける複数の微小針1
2を有するニードルアレイの基礎的な形態の概略が描写されている。
(ウ)上記(ア)(イ)の記載によれば,引用例2に記載された発明の内容は,審
決認定のとおり「物質30を組織20の表面18に穴を開けて運び込,
むために,ニードルアレイ10上の複数の微小針12に物質30の溶液
を塗布し,乾燥させて,ニードルアレイ10上の複数の微小針12に物
質30の乾燥被膜を形成する手段」であったと認めるのが相当である。
イ相違点A(数値限定等)についての検討
(ア)審決は,相違点Aに係る構成につき,引用発明と引用例2に記載され
た手段は,いずれも「物質を経皮的に配達するための装置」に関するも
のであり,同一技術分野に属するものであるから,引用発明において,
部材上の薬剤保留部(溜め90)から複数の角質層−穿刺微細突出物を
介して薬理学的活性物質を経皮的に配達する構成に代え,引用例2に開
示された部材(ニードルアレイ10)上の複数の穿刺微細突出物(微小
針12)に物質の乾燥被膜を形成する手段を適用し,部材上の複数の角
質層−穿刺微細突出物に形成された乾燥被膜から薬理学的活性物質を経
皮的に配達するように構成することは容易想到である旨認定判断し,さ
らに部材上の複数の角質層−穿刺微細突出物に物質の水溶液を塗布する
に際して,部材上の複数の角質層−穿刺微細突出物に物質の水溶液が乾
燥後治療に有効な量となり,有効な塗布厚みとなって付着するように,
物質の水溶性を約50mg/mlを超えるものとし,かつ物質の水溶液
の粘度を約500センチポアズ未満とすることも,設計的事項にすぎな
い旨判断した。
(イ)しかし,引用例2(甲2)には,部材上の複数の角質層−穿刺微細突
出物に物質の水溶液を塗布するに際して,部材上の複数の角質層−穿刺
微細突出物に物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり,有効な塗布
厚みとなって付着するようにするという点に着目した技術的思想につい
ては記載も示唆もない。
すなわち引用発明及び引用例2に開示された手段に接した当業者そ,(
の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が本願補正
発明に到達しようとするとき,当業者は,まず,①引用発明における薬
剤保留部(溜め90)に代え,引用例2(甲2)に記載の,部材上の複
数の角質層−穿刺微細突出物に物質の水溶液を塗布するとの技術を採用
し,②引用例2(甲2)に記載も示唆もない,部材上の複数の角質層−
穿刺微細突出物に,物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり,有効
な塗布厚みとなって付着するようにするとの観点に着目し,さらに,③
物質の水溶性を約50mg/mlを超えるものとし,かつ物質の水溶液
の粘度を約500センチポアズ未満とすることに想到する必要がある
が,引用発明および引用例2に開示された手段に接した当業者は,引用
例2の記載を参考にして,上記①の点には容易には想到し得たといえて
も,そこからさらに進んで,引用例2(甲2)に記載も示唆もない上記
②の点に着目することを容易に想到し得たとはいえず,ましては,上記
③の点まで容易に想到し得たものとはいえないというべきである。
(ウ)これに対し,被告は,本願明細書には,本願補正発明で特定されてい
る数値範囲の内外で,顕著な差異や特異な機能が生じるようなことや数
値範囲を限定したことによる技術的意義の記載も示唆もない旨主張す
る。
しかし,前記(イ)で検討したとおり,そもそも,本願補正発明は,引
用例2(甲2)に記載も示唆もない,部材上の複数の角質層−穿刺微細
突出物に,物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり,有効な塗布厚
みとなって付着するようにするとの観点に着目した点で,既に引用発明
及び引用例2に開示された手段に基づき容易に想到し得たものとはいえ
ず,本願明細書に本願補正発明の数値限定の技術的意義を明らかにする
記載がなければ引用発明及び引用例2に開示された手段に対して進歩性
が生じ得ないものではない。
(エ)また,被告は,物にコーティングを行う際に,所望の厚みないし付着
量の均一なコーティングを行うために粘度や溶解性(濃度)を考慮する
ことは,従来周知の技術(乙3,4参照)にすぎず,格別なことではな
い旨主張する。
aしかし,乙3(特開平11−99200号公報,発明の名称「透析
」,)用カテーテルおよびその製造方法公開日平成11年4月13日
には,以下の記載がある。
・即ち,本発明は,透析カテーテルの長期留置に伴う感染症を予防「
するための抗微生物作用を有する透析用カテーテルおよびその製造
方法を提供することを目的とする(段落【0005)。」】
・抗微生物物質を共有結合で結合した高分子化合物を透析用カテー「
テルの表面に分布させる方法は任意でよく,例えば,高分子化合物
を表面にコーティングしたり,高分子化合物をカテーテル基材ポリ
マーと混合した後カテーテル状に成型すればよい(段落【001。」
9)】
bまた,乙4(特表2000−512519号公報,発明の名称「医
療用具をコーティングするための組成物及び方法,公表日平成1」
2年9月26日)には,以下の記載がある。
・本発明は,薬剤を含むポリマーマトリックスで医療用具をコーテ「
ィングするための組成物,医療用具をコーティングする方法,及び
それによりコーティングされた医療用具に関する。コーティングさ
れた用具は,創傷あるいは疾患の治療のための医療処置の部位を標
的とした薬剤の局所的送達に有用である(5頁4∼7行)。」
・これらの目的及びその他の目的は本発明により達成され,その一「
つの形態によれば,薬剤,特に水溶性あるいは親水性薬剤を含むポ
リマーマトリックスにより医療用具をコーティングするための組成
物が提供される。前記ポリマーマトリックスは,医療処置の部位に
おいて薬剤の制御されたあるいは持続した放出を与える。このコー
ティングされた用具は,創傷あるいは疾患の治療のための薬剤の標
的化された局所的送達に有用である(12頁8∼13行)。」
c以上のとおり,周知技術として提示された乙3,4においては,い
ずれも医療用具が何らかの化学物質でコーティングされており,コー
ティングの際,所望の厚みないし付着量の均一なコーティングを行う
ために粘度や溶解性(濃度)が考慮されるとしても,同化学物質が医
療用具に付着し続けることが念頭に置かれているものである。
以上を前提とした場合,上記周知技術の認識を有する当業者が,コ
ーティングした物質を剥離させるという,周知技術とは異なる技術的
),,思想を開示する引用例2(甲2においてそこに記載も示唆もない
部材上の複数の角質層−穿刺微細突出物に,物質の水溶液が乾燥後治
療に有効な量となり,有効な塗布厚みとなって付着するようにすると
の観点に着目することが容易であったとはいえない。
(オ)また,被告は,本願補正発明の数値範囲は,水溶性は下限,粘度は上
限をそれぞれ特定しただけであるし,物をコーティングする溶液におけ
る溶質の溶解性(濃度)及び粘度として,一般的に用いられている数値
範囲にすぎないものであるとも主張するが,本願補正発明の数値が一般
的に用いられる範囲内にすぎないとは断定できず,いずれにしても,本
願補正発明は,その前提である,部材上の複数の角質層−穿刺微細突出
物に,物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり,有効な塗布厚みと
なって付着するようにするとの観点に着目する点で,既に容易想到では
ないものであるから,この点に関する被告の主張も採用できない。
(カ)このほか,被告は,引用例2の微小針は,直線状の形状を有しかつ表
面積が極めて小さいものであるから,さらさらの溶液では針に付着し難
,,,く反面流動性のない溶液では針にまんべんなく付着させるためには
溶液の粘度や溶解性に関して,その採り得る値が所定の範囲内に限定さ
れることは簡単に理解し得るところである旨主張する。
しかし,引用例2(甲2)には,このようなことを説明する記載も示
唆もなく,また,前記(イ)で検討したとおり,引用発明及び引用例2に
開示された手段に接した当業者が本願補正発明に到達しようとすると
,,,(),き当業者はまず引用発明における薬剤保留部溜め90に代え
引用例2(甲2)記載の,部材上の複数の角質層−穿刺微細突出物に物
質の水溶液を塗布するとの技術を採用する必要があり,その上で,引用
例2(甲2)に記載も示唆もない,部材上の複数の角質層−穿刺微細突
出物に,物質の水溶液が乾燥後治療に有効な量となり,有効な塗布厚み
となって付着するようにするとの観点に着目することが必要となり,こ
れが,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。
したがって,この点に関する被告の主張も採用できない。
(キ)aさらに,被告は,原告が,本願補正発明のコーティングが有する特
徴として列記する点は,いずれも特許請求の範囲にも特定はなく,本
願の願書に最初に添付した明細書には記載されておらず,本願補正発
明における,薬理学的活性物質の数値限定が本件出願時点(判決注,
「出願時点」ではなく「優先権主張時」とすべきである)において。
列記されている特徴のすべてに基づいてされたものであるとの根拠は
どこにもなく,原告の主張は明細書の記載に基づかない主張である旨
主張する。
しかし「部材上の複数の角質層−穿刺微細突出物に,物質の水溶,
液が乾燥後治療に有効な量となり,有効な塗布厚みとなって付着する
ようにするとの観点に着目すること」自体が,前述のとおり容易想到
でないものであるから,仮に,本願補正発明のコーティングが有する
特徴として原告が主張する点が明細書の記載に基づかないとしても,
この点は何ら結論に影響を及ぼすものではない。
bもっとも,マイクロニードル上の乾燥コーティングが,①皮膚を介
して,患者の間質液に送達されるほどの有効な用量に十分に濃縮され
ていること,②皮膚を介して,患者の間質液に治療的に有効な用量を
送達するほど十分厚いこと,③貯蔵の間に剥がれないように,接着性
かつ粘着性(非晶質ガラス)であること,④外部の乾燥皮膚のいくつ
かの層の透過を介してもマイクロニードル上に残るほど十分な接着剤
であることなどの特徴は,本願補正発明が備える特徴として,本願明
細書の記載全体から容易に推測可能であるということができる。
cまた,本願明細書(甲3)には,以下の記載がある。
「。・本発明に使用される被覆溶液は薬理学的活性物質の水溶液である
小型の角質層穿刺要素を適当な厚さに有効に被覆するためには,そ
の水溶液は約500cp未満の,そして好ましくは約50cp未満
の粘度をもたなければならない。前記のように,薬理学的活性物質
は被覆溶液中で約50mg/mlを超える,そして好ましくは約1
00mg/mlを超える水溶性をもたなければならない段落0。」(【
034)】
・所望の被膜厚さはシートの単位面積当たりの微細突出物の密度お「
よび被膜組成物の粘度および濃度並びに選択された被覆法に依存す
る。より厚い被膜は角質層穿刺時に微細突出物から剥離する傾向を
もつために,概括的に,被膜の厚さは50ミクロメーター未満でな
ければならない。好ましい被膜の厚さは微細突出物表面から測定し
て10ミクロメーター未満である。概括的に被膜の厚さは被覆微細
突出物上で測定した平均被膜厚さとして表わされる。より好ましい
。」(【】)被膜の厚さは約1∼10ミクロメーターである段落0035
d本願明細書の以上の記載からすれば,小型の角質層穿刺要素を適当
な厚さに有効に被覆するためには,薬理学的活性物質の水溶液は約5
00cp未満の,そして好ましくは約50cp未満の粘度を持たなけ
ればならない旨が開示されているものと理解することができる。
(ク)このほか,被告は,本願補正発明は(水溶液の)粘度の上限のみ限定
され,下限は限定されておらず,粘度が例えば水そのものの粘度とほぼ
同じように低い水溶液も含まれるものであり,粘性は大きくなければな
らない旨の原告の主張と矛盾する旨主張する。
しかし,特許請求の範囲において発明を特定する際,必ずしも,所望
の効果を発揮するために必要な条件をすべて特定しなければならないわ
けではなく,発明を構成する特徴的な条件のみ特定すれば足りることが
通常であって,発明の内容と技術常識に基づき当業者が適宜設定できる
条件まで,逐一,発明特定事項とすることが求められるわけではない。
そして,本願補正発明においては,薬理学的活性物質の水溶液の粘度
が約500センチポアズ(cp)未満であれば所望の効果を発揮できる
とされている。
他方で,岩波理化学辞典第5版(株式会社岩波書店発行,甲13)に
よれば,1p(ポアズ)は10Pa・s(パスカル・秒)であるとこ−1
,.,ろ20℃での水の粘性率は約100×10Pa・sとされており−3
これはすなわち約0.01p=1cpである。
,,,そうすると本願補正発明においては約1∼500cpの範囲内で
所望する効果に応じて粘度を適宜設定すれば足りるものであって「薬,
理学的活性物質の水溶液の粘度が低い値の場合には,薬理学的活性物質
の水溶液はおよそ所望のようには微細突出物上に付着できないものであ
り,そのような値を含む本願補正発明の数値範囲の限定には格別の意義
を見出せない」旨の被告の主張は理由がない。
,,()ウ以上のとおり審決には相違点Aの判断数値限定等についての判断
,。に誤りがありこの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである
3結論
以上のとおりであるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,
審決は違法として取消しを免れない。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官東海林保
裁判官矢口俊哉

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