弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決を次のとおり変更する。
,,,,(1)被控訴人は控訴人X1に対し150万円を同X2に対し
200万円をそれぞれ支払え。
(2)控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを3分し,その1を被控訴人
の,その余を控訴人らの各負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人両名に対し,Aを組織的に自殺に追いやったことを個人
的な自殺にすり替え,公表したことについて,謝罪せよ。
3被控訴人は,控訴人両名に対し,それぞれ1000万円を支払え。
4被控訴人は,自衛隊員の生命と人権を守るため,国民が参加する軍事オンブ
ズパーソン制度を創設せよ。
5訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,海上自衛隊員(三等海曹,以下「三曹」という)であったAが,。
護衛艦「さわぎり(以下「さわぎり」という)乗艦中に自殺したことにつ」。
,,,いてその両親である控訴人らが①Aの自殺は上官らのいじめが原因である
②被控訴人にはAの自殺を防止すべき安全配慮義務違反があった,③海上自衛
隊佐世保地方総監部(以下「総監部」という)が作成したAの自殺原因につ。
,,,いての調査結果は事実に反しかつ妥当性を欠く見解を表明するものであり
その公表は控訴人らの名誉権等を侵害すると主張し,被控訴人に対し,国家賠
償法に基づき,損害賠償として各5000万円の支払,謝罪及び軍事オンブズ
パーソン制度の設置をそれぞれ求めた事案である。
原判決は,控訴人らの請求をいずれも棄却し,同人らはこれを不服として控
訴した。なお,控訴人らは当審において損害賠償の額を各1000万円に減縮
した。
2前提事実
(1)当事者等
控訴人X2はAの実母であり,同X1はAの養父である。
Aは,平成9年□月□日,B1と婚姻し,平成10年□月□日長男B2が
出生した。Aの相続人はこの両名であり,控訴人らは相続人ではない。
(2)Aの略歴及び本件事故に至る経緯等
アAの略歴,所属等
Aは,平成9年3月31日,第22期一般海曹候補学生(以下,一般海
曹候補学生を「曹候」といい,これを修了した海上自衛隊員を「曹候出身
者」という)として,海上自衛隊に入隊し,佐世保教育隊,海上自衛隊。
第二術科学校,護衛艦「おおよど(以下「おおよど」という)におけ」。
る部隊実習,第22期曹候海曹予定者課程(佐世保教育隊)を経た後,平
成11年3月25日(以下,年を記載しないときは平成11年をいう)。
三曹に昇進し,さわぎりに乗り組み,機関科に配置された。Aは,同艦に
おいて,職務編制上は機関科第2機械室(以下「2機」という)に,分。
隊編制上は第3分隊さわぎりは5分隊で編成されている第32班以(。)(
下「32班」といい,第3分隊の4班の31班ないし34班(各班8名な
いし13名)については同様に表示する)に所属した。。
さわぎりは,Aの乗艦後,8月9日から9月27日まで(以下「本件検
査期間」という)年次検査による修理を行った間を除くほか,毎月1回。
ないし6回航海に出ており,後記本件事故の直前には,11月3日に,平
成11年度海上自衛隊演習のため,佐世保港から出港した。
イAの上官ら
本件事故当時のさわぎりにおけるAの主な上官らは,次のとおりであっ
た。
(ア)G艦長(以下「艦長」という)。
同人は,平成10年10月20日,さわぎりに配属された二等海佐で
あり,同日からその職にあった。
(イ)I機関長兼副長(以下「副長」という)。
同人は,6月18日さわぎりに配属された三等海佐であり,同日から
その職にあった。
(ウ)E応急長(第3分隊長,以下「E分隊長」という)。
同人は,平成□年幹部候補生として入隊し,1月にさわぎりに配属さ
れ,3月26日応急長,6月18日,併せて分隊編制上の第3分隊長と
なった一等海尉(7月1日付け)であり,分隊員の人事・服務を担当し
ていた。
(エ)F機械員長
同人は,昭和□年練習員として入隊し,平成10年4月16日さわぎ
りの機関科に配属され,機関科機械員長として,第1機械室(以下「1
機」という・2機に所属する隊員の指導監督を行う海曹長であり,。)
R2班長及びR1班長の直属の上司であった。
(オ)R1班長
同人は,昭和□年練習員として入隊し,平成8年3月27日さわぎり
の機関科に配属され,本件事故当時,職務編制上,2機の室長,分隊編
,。制上は32班の班長を務める二等海曹でありAの直属の上司であった
(カ)R2班長
同人は,昭和□年練習員として入隊し,Aのおおよど乗艦中の指導担
当者の1人であり,平成10年10月30日さわぎりに配属され,職務
編制上,1機の室長,分隊編制上は31班の班長を務める二等海曹であ
り,Aの直属の上司ではなかったが,Aが航海中に当直勤務をする際に
は,操縦員長として,機関室副直士官の指揮の下,運転員であるAを指
導監督する責任を有した。
(キ)S1三曹
同人は,平成□年に曹候として入隊し,平成10年12月さわぎりに
配属されたAより4年先輩の三曹であり,2機に所属し,32班の班員
であり,Aとは航海当直において,一緒に勤務していた。
ウAの言動等
8月下旬以降,Aには次のような言動が見られた(以下「本件言動」と
いう。。)
(ア)8月26日「自分は馬鹿で仕事を覚えられない」。
(31班の三曹らへの発言)
(イ)8月29日「自分は馬鹿ですから,機械のことを覚えきれない」。
(31班の三曹への発言)
(ウ)9月ころからよく勉強している姿を多数の者が目撃した。
(エ)9月18日「仕事を覚えきれない」。
(32班の三曹への発言)
(オ)9月21日「自分は覚えが悪い。他の人は頭いいですよね」。
(32班の士長への発言)
(カ)9月23日「仕事場で,階級に対するプレッシャーがある」。
(31班の士長への発言)
(キ)9月末ころ年次検査後,当直明けに,よく勉強していた。
(ク)10月初めころ
自分で勉強しているようであったが,なかなかその成果
が出ないようで,悩んでいたようであった。
(ケ)10月9日悩んでいる様子について理由を問われ「仕事面で悩,
んでいる」と答えた(31班,33班の三曹への発言)。。
(コ)10月17日から23日まで
軸回転数の計算や,冷凍機デフロスト(霜取り)につい
て,繰り返し質問した。
(サ)10月18日元気がなくなった。あまりしゃべらなくなった。
(シ)10月21日うつ病的感じがあり,人からすぐ離れていった。
(ス)月日不詳「家族がなければやめている「やめたい」。」。
(セ)11月3日以降
当直時間外に操縦室や機関科事務室等で勉強している姿
が数回目撃されている。
(ソ)11月5日食堂で雑談中「眠れない「集中できない「落ち,」,」,
着くところがない」などと言っていた(31班の三曹,。
士長への発言)
(タ)11月7日午後6時ころ
それまでしばらくの間,元気がなく,将棋を指していな
かったのに,同日の当直終了後,自らが申し入れ,将棋を
指した。同日の夕食をとらなかった。
(チ)11月8日午前零時から午前4時まで
当直勤務中,同直のS1三曹が空腹ではないかと尋ねた
ところ「別に腹減っていないです。思考回路はメチャク,
チャですよ」と答えた。。
(ツ)同日午前8時50分ころ
Aが右舷軸室でロープを右手で持ち上げるなどしている
ところをS2三曹が発見した。S2三曹が「上に上がる
ぞ」と声をかけたところ,無言のままロープをその場に。
置き,S2三曹とともに右舷軸室(第4甲板)から第2甲
板まで上がり,そこで別れた。
(テ)同日午前8時55分ころ
S2三曹は,医務室ドア前で出会ったAに対し「変な,
ことを考えるなよ」と声をかけたところ,黙ったままう。
なずいた。
エ事故の発生
Aは,上記の後,さわぎりの右舷軸室(第4甲板)内で首つり自殺し,
(「」。)。同日午前10時ころ同所において発見された以下本件事故という
(3)事故調査と報告結果の公表
総監部に置かれた一般事故調査委員会(委員長・総監部幕僚長海将補小串
茂。以下「本件委員会」という)は,11月16日以降,さわぎりの乗員。
からの聞き取り調査等を行い,その結果を「護衛艦『さわぎり』の一般事故
調査結果(以下「本件調査報告書」という)としてまとめ,平成12年2」。
月21日,その要旨をマスコミに公表し,同年5月15日,本件調査報告書
の写し(Aや調査対象者の氏名等はマスキングされたもの。以下「本件公表
部分」といい,公表した行為を「本件公表」という)をマスコミに配布し。
た。
第3争点及び当事者の主張
1争点
(1)Aの自殺について被控訴人が国家賠償責任を負うか(争点1)
アAの上官らにおいてAに対する国家賠償法上違法な言動があったか(争
点1(1))
イ被控訴人又はその履行補助者(以下「被控訴人ら」ということがある)。
にAに対する安全配慮義務違反があったか(同(2))
ウAの上官らないし被控訴人らの行為とAの自殺との間に相当因果関係が
あったか(同(3))
エAの上官らないし被控訴人らに故意又は過失があったか(同(4))
(2)本件公表について被控訴人が謝罪義務を負うか(争点2)
ア本件公表が国家賠償法上違法であったか(争点2(1))
イ控訴人らは被控訴人に対し,国家賠償法4条,民法723条に基づき,
謝罪を求めることができるか(同(2))
(3)損害額(争点3)
(4)控訴人らは被控訴人に対し,同種事態の再発予防請求権を根拠として,
軍事オンブズパーソン制度の創設を求めることができるか(争点4)
2争点に関する当事者の主張
(1)争点1(1)(Aの上官らの言動の違法性)について
ア控訴人らの主張
(ア)違法性の判断基準
職場における上司らの言動の違法性については,それが暴力行為を伴
う場合や常軌を逸したいじめ行為である場合は当然に違法である。
また,仮に業務命令の形をとって行われても,それ自体が本人に対し
通常甘受すべき程度を超える著しい精神的苦痛を与える場合は,業務命
令権の範囲を逸脱し,違法である。
その判断基準としては,①上司らの当該行為の内容・程度,②部下が
当該行為を受ける原因となった事情と上司らの当該行為との合理的関連
性,③部下が受ける不利益の性質・程度等を総合的に判断して決するべ
きであり,また,これらについては,上司らの主観的意図を問題にすべ
きではなく,部下本人を基準として判断されるべきである。
(イ)常軌を逸したAの上官らの行為
上官らは,以下の行為を行い,これらは常軌を逸したいじめ行為であ
って,直ちに違法というべきである。
aいじめの背景事情(曹候いじめの存在)
一般に,曹候出身者は一般入隊の隊員と比較して数年早く三曹に昇
進するが,一方では経験が不足することから先任の三曹や下級の隊員
に技能練度が劣ることがあり,嫉妬や軽蔑からいじめを受けることが
ままみられる。Aに対するいじめ行為はこのような背景から生じたも
のである。
R1,R2の各班長を始め,上官らの中には,三曹昇進までに長期
間を要した者がおり,上記のような背景があったとみるべきである。
b上官らの具体的言動
(a)本件検査期間は,機関員の知識,技能向上のためのまたとない
重要な機会であるにもかかわらず,上官らは,Aに対し,錆び打ち
や塗装など,誰でもできる単純作業をさせた。
(b)そのころ,上官らは,Aに対し,突然未知の分野の質問を浴び
せてAを精神的,心理的に圧迫したり,後輩の前で,やったことの
ない機器の分解,組立てを命じてAを辱めたりした。
(c)上官らは,三曹ではA1人を,居室の3段ベッドの最下段に,
しかも,事故死をしたと噂される隊員が使っていたベッドに割り付
けた。
(d)R1班長は,9月23日,Aからのレンジャー部隊に行きたい
との相談に対し「お前なんか仕事もできないのに,レンジャーな,
んかに行けるか」と侮辱した。
(e)8月下旬ころ以降,上官らは,Aに対し「お前,覚えが悪い,
な「バカかお前は「三曹失格だ「仕事ができんくせに三。」,。」,。」,
曹とかいうな」等と言い続けた。。
(f)その間,上官らは,Aが質問をしても,教えようとしなかった
り,見せしめ的にA1人に居残り仕事をさせたりした。また,わざ
,,と無理なことを皆の前でやらせ覚えたところではないことをさせ
一日中ガミガミと,頭ごなしに,きつい物言いを続け,その中で,
Aの下の者までがAを無視する態度をとるように仕向けた。
,,(g)R2班長らはU1士長をトランプカードのクラブの2を指し
「最低」の意味で使われていた言葉である「ゲジ2」と呼んで笑い
者にし,雑用をやらせるなどしていじめを繰り返していたが,その
後,いじめの矛先がAに向くようになり,9月12日ころから,A
に対しても「ゲジ2」と呼ぶようになった。,
また,R2班長は,おおよど乗艦時にもAの指導を担当していた
,,「」(「」。)がその際Aから焼酎百年の孤独以下本件焼酎という
を贈られた。R2班長は,Aがさわぎりに配属された後,再度本件
焼酎を持参するよう要求するようになり,Aに対し「お前は『百,
年の孤独』要員だ」と述べ,盆明け後何回も,Aに対し,本件焼酎
を持参するよう催促し,妻同伴でこれを持って来訪するよう半ば強
要し,10月13日,R2班長宅を訪れたAに対し「やっと来た,
な」と嫌みを言い,B1の前で「お前は俺が引っ張ったんだ。お前
。」,「。」,が仕事ができないから俺は立場がない俺の顔に泥を塗るな
「俺の班は仕事がよくできるんだが,アイツ(A)の班は仕事もと
ろいんだ」等と言って,Aの心を傷つけた。。
また「部下の3人に目をつぶらせ,1人を丸刈りにしていいか,
どうか手を挙げさせ,誰も挙げないのに皆挙げたな,と言って皆に
恐る恐る手を挙げさせて,丸刈りにした」等と言って威圧し,A。
夫婦の心を痛めさせた。
(h)10月30日,警急呼集訓練において,連絡に当たった隊員ら
が,Aに対し,意図的に,自宅待機,禁足令を伝えたため,Aは,
2日間にわたって本来自由であるべきであった土日の行動の自由を
侵害され,周辺に確かめたところ,Aは自分だけが差別的扱いを受
けたことを知り,上官らによるいじめの一環であると感じて,精神
的落込みを深めた。
(ウ)仮に,上官らの言動が直ちに常軌を逸した違法行為とまでは認めら
れないとしても,前記(ア)の判断基準に照らし,次のとおり,これらの
言動は違法である。
a当該行為の内容・程度
上官らの言動は前記(イ)のとおり,仕事上のプレッシャーを与え,
同僚らの前で恥をかかせるとともに,階級上のプレッシャーをも与え
るようなものであり,Aを著しく追い詰めるものであった。そのこと
は,本件言動やAの親族らへの言動からも明らかである。
b部下が当該行為を受ける原因となった事情と上司らの当該行為との
合理的関連性
Aは,教育隊及びおおよど乗艦時には優れた成績を修めたこともあ
り,少なくとも技能の習得能力等に問題がある隊員ではなく,そのこ
とはさわぎり乗艦後も同様であり,被控訴人が主張するように見習教
育期間が延長されたこともなく,特に問題となる状況はなかった。
そして,仮にAに技能上の問題があったとしても,Aは,当時,自
衛隊に入隊して2年しか経っておらず,三曹になり,さわぎりに乗艦
してからまだ間がなかった。また,曹候出身者は7年ないし9年で三
曹となる一般入隊の者に対し,技能練度が劣ることは自然なことであ
る。
このようにAの側に,上官らから非難されたり,特別厳しい指導を
受けなければならないような事情はなかった。
これに対し,上官らの行為は前記のとおり指導の名に値するもので
はなく,合理的関連性がないことは明らかである。
c部下が受ける不利益の性質・程度等
Aは,上官らの言動により追いつめられ,うつ病となり,自殺に追
い込まれたのであって,その不利益の程度がいかに重かったかは自明
である。
イ被控訴人の主張
(ア)本件で問題となっているのは,Aの技量不足に対する上官らの指導
の違法性であるから,いわゆるセクハラや人種を理由とする差別的取扱
いのように外形的にこれに該当すれば原則的に正当性を持ち得ないよう
な行為に対する評価とは区別されるべきであり,一般に,言葉による職
務上の厳しい指導は行為者の意図や認識を考慮せずに直ちに違法となる
ものではない。
(イ)以下のとおり,違法ないじめ行為となるような上官らの言動はなか
った。
,,,a上官らが本件検査期間中Aに殊更単純作業をさせたことはなく
錆び打ち及び塗装は,教育訓練ではなく,艦艇の保守と安全かつ円滑
な運航を確保するための海曹士全員が分担して行う実務的作業であっ
て,Aのみを充てたわけではない。
,,,b上官らはAに対し突然未知の分野の質問を浴びせてAを精神的
心理的に圧迫したり,後輩の前でやったことのない機器の組立てを命
じてAを辱めたりしたことはない。
cAの使用していたベッドは事故死した隊員が使用していたものでは
なく,Aのいた居住区では階級の上のものから上段に割り付けられる
,。こととされており若い三曹であったAが最下段となったにすぎない
dR1班長の性格等に照らし,同人がAに「お前なんか仕事もできな
,。」。いのにレンジャーなんかに行けるかなどと言ったとは考え難い
e上官らがAに対しお前覚えが悪いなバカかお前は三,「,。」,「。」,「
曹失格だ「仕事ができんくせに三曹とかいうな」等と言い続け。」,。
たことはない。
f上官らは,Aの質問に応じて種々の事項を気長に教えていたし,見
せしめ的にA一人に居残り仕事をさせたりしたことはない。また,わ
,,ざと無理なことを皆の前でやらせ覚えたところではないことをさせ
一日中ガミガミと,頭ごなしに,きつい物言いを続け,その中で,A
の下の者までがAを無視する態度をとるように仕向けたこともない。
gR2班長が10月6日にAとU1士長に対し「ゲジ2が2人そろ,
っているな」と話しかけた事実はあるが,それ以外に上官らがAを。
「ゲジ2」呼ばわりしたことはないし,U1士長をいじめていたこと
もない。
R2班長はA夫婦を自宅に招待するなど好意的に接していたもので
あり「百年の孤独」要員だと言ったことはないし,本件焼酎の持参,
を意図的に要求したこともない。
h警急呼集訓練は,電話連絡網の確認を目的とするもので,電話連絡
ができた時点で別段の命令なく訓練終了とする旨が前日の分隊整列時
に副長から指示されていたが,AやAに電話連絡をした隊員は上記指
示を正確に理解していなかったものであって,いじめとして意図的に
自宅待機を強いたのではない。
(ウ)Aには,次のとおり,技能練度上の問題があり,上官らはこれに応
じた指導をしてきたものであって,その言動に違法な点はない。
a新乗艦者教育時(さわぎり乗艦時∼4月上旬)
この時期のAは,一通りの勤務はできるものの,いわゆる気が利い
ているとはいえなかったため,よく注意を受けていた。例えば,第2
冷房機器室で冷凍機・冷房機の記録をとる際,計測箇所を理解してい
,。,なかったため前回と同じ値をそのまま記入することがあったまた
当然開けておくべき機関科点検通路の防水ドア等を開け忘れていたこ
とがあった。
b見習期間前半(4月上旬∼下旬)
,,この時期のAの技能練度はレベル的には海士長クラス以下であり
上司が指導を行うが,その場限りでなかなか身につかない状況であっ
た。例えば,2機で主機の起動・停止を行った際,ストップウォッチ
による計測及び圧力計等の指示(燃料入口圧力,出力タービン入口ガ
ス温度)の確認ができていなかった。
この時期のAの勤務姿勢は,1人で主機の起動・停止を行う自信が
なかったようで,指示がない限り自ら進んで「起動をやらせてくださ
い」というような態度は示さない状況であった。
c見習期間後半(5月上旬∼6月上旬)
この期間におけるAの技能練度は,技量はまだまだであり,引き続
きOJTを行う必要があった。例えば,第2冷房機器室での冷凍機デ
フロスト(霜取り)の運転及び運転監視について,圧力変動時に操作
する弁及び圧力異常値を理解していなかった。また,5月中旬におい
ても,Aは,エンクロージャー(主機を覆っているカバー)内へ入る
際の安全守則を理解していないなど,一人前とは言い難いところがあ
った。
この時期のAの勤務姿勢は,指導に対しては素直に聞き,返事も良
かったが,さほどの効果が見られず,仕事を積極的に覚えようという
姿勢ではなく,自己の技能練度の低さに対する危機感は持っていない
という状況であった。
ほかにも,Aは,作業長から「工具を持って来い」と指示された。
のを,近くにいた隊員にそのまま指示したことで「作業を頼んだら,
自分でやらず,そのまま下の者に回す」との評価を受けたり,5月。
下旬のMCD(金属片検出器)点検の際,何度も教えられたMCDの
取付位置を間違うこともあった。
これらの状況から,上官らは,Aについて,その後も当分の間見習
期間と同様の勤務,教育態勢を執ることとした。
d見習期間終了後(6月中旬∼8月上旬)
この時期においても,Aは,分からないことを上司に質問したり,
説明内容を記録したりすることはなく,工具が足りない場合に率先し
て取りに行くような積極的な姿勢は見られず,作業長から指示される
まで動くことはなかった。
例えば,2機の海水こし器の整備に不可欠のエクステンションバー
の必要性を認識せずに準備しなかったり,海水こし器の清掃に際し,
事前に閉鎖すべきバルブを理解していなかったり,海水こし器清掃後
の空気抜きを忘れる等,1人では安心して作業を任せられない状況で
あった。
この時期のAは「言われたことは何とか実施できるが,気の利か,
ないところがあった」と評価されており,着任した当時と同等のレベ
ルの域を出ていなかった。
,()7月中旬Aが主機の水洗浄のたびに航海中3日に1回程度行う
洗浄用コック及び吸気ドレン弁の開け忘れをするため,隊員が注意指
導した。
7月下旬,F機械員長が,Aに対し「2機応急冷却管,弁は知っ,
とるか」と質問したところ,Aが「知りません」と言うので「お。。,
前も乗艦して3,4か月だろ。配管調査をしていないのか。少しはや
る気を出せ」と指導したことがあった。。
e年次検査中(8月上旬∼9月下旬)
Aは,年次検査に入ってから,配管調査を提出しなければならない
と言って焦っていた。配管調査が極めて基本的な事項であり,F機械
,。員長の上記指導もあってA自ら実施しようとしたものと考えられる
また,年次検査期間の半ばから,各機器等の勉強を始めているが,こ
れも本人の自覚に基づくものと考えられる。
8月下旬ころから,Aは,同僚らに仕事上の悩みを打ち明けるよう
になったが(本件言動,この時期は,それまでのグループでの作業)
と違って,配管調査のように1人で行うべき作業に接することになっ
た時期であり,これにより大きな精神的負担を感じ始めたためと考え
られる。
f本件検査期間後
その後,Aは,熱心に勉強するなどし,技能練度の向上がみられた
が,なお,習得していない技能等もあった。
g指導内容等
上官らは,Aの上記問題点を踏まえ,時期や練度に応じて適切な指
導を行ってきたものであり,違法な点はない。
(2)争点1(2)(安全配慮義務違反の有無)について
ア控訴人らの主張
(ア)安全配慮義務及びその内容
a使用者は,その雇用する労働者を従事させる業務を定めてこれを管
理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積し
て労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う
と解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指
揮監督を行う権限を有する者は,使用者の上記注意義務の内容に従っ
て,その権限を行使すべきであり,この法理は国家公務員と国との関
係にも妥当するから,国(被控訴人)は公務員に対し,信義則上の安
全配慮義務を負う。
bその安全配慮義務については,労災認定基準等に照らし,業務上の
代表的ストレッサー(ストレス要因)である,当該公務員の具体的職
務内容,作業方法,勤務環境,人員配置,勤務状況,労働時間,休日
の有無・多寡,上司・同僚等との職場での人間関係,上記各事項につ
いての変化の有無・内容等がその内容となるところ,被控訴人は,こ
れらによる業務上の心理的負荷が過重とならないよう注意する義務を
負い,その違反は不法行為となるというべきである。
c被控訴人の上記安全配慮義務の履行補助者としては,艦長,副長,
E分隊長,F機械員長,R1班長,R2班長,S1三曹がその履行を
補助しており,同人らの安全配慮義務違反の行為は,国家賠償法上の
違法行為となり,被控訴人は,これに基づく責任を負う。
(イ)基礎的就業環境及びこれに基づく安全配慮義務
aAの基礎的就業環境
Aの置かれていた就業環境は次のとおり高度の労働負荷を伴うもの
であった。
(a)Aは曹候出身者として,入隊後2年,20歳という早さで三曹
に昇進しており,短期間で職務上の技能を習得することが求められ
ていた。しかし,自衛隊にはこれに見合う教育プログラムがなく,
技能習得には,通常の勤務を超えた各人の努力が必要とされた。こ
れは業務による心理的負荷を相当程度に高める要因であった。
(b)また,上記のような早期の昇進は,昇進に年月を要した隊員か
らの嫉妬によるいじめの存在につながるものであり,Aは良好な人
間関係の構築には困難を伴う状況にあり,この点も業務による心理
的負荷を高めるものであった。
(c)Aは,3月に昇進し,さわぎりに乗艦して職場環境の変化があ
り,この点もストレス要因となった。
(d)さわぎりにおける勤務は,航海時には,24時間3交替制の当
直勤務となり,睡眠時間が不規則となるばかりか,労働時間も相当
に長時間に及んだ。また,質的にみても,戦闘行為に従事すること
を最終的な目的として実施される航海任務は高度の精神的緊張を強
いられるものであり,Aの属する機関科の業務は護衛艦の運航の安
全に直接関わる部署であり,心理的負荷は強度であった。
さらに,上命下服を強いられる軍事組織であることに伴い,人間
関係に基づくストレスは強度となり,航海任務では狭い艦内の閉鎖
的空間で同一の人間集団で24時間勤務のみならず生活をも共にし
なければならないことによるストレスは著しいものであった。
b基礎的就業環境に基づく安全配慮義務
被控訴人らは,上記の基礎的就業環境を認識し,又は認識し得たか
ら,次のような安全配慮義務をAに対して負っていたというべきであ
る。
(a)勤務時間を適宜に調整し,長時間勤務を軽減すべき義務
(b)過重な心理的負荷のかかる業務を軽減すべき義務
(c)上司・同僚・部下との人間関係が悪化しないよう,日常的に配
慮し,職場の良好な人間関係を構築する義務
(d)担当業務が単調すぎるものとならないよう配慮する義務
(e)精神的不調の症状がサインとして表面に現れていないか日常的
に配慮し,身近な上司・同僚・部下がこれに気づいた場合には速や
かに報告させることによってこれを把握する義務
(f)何らかの精神的不調が見られる場合には,休暇の付与,教育訓
練内容の見直し,仕事の割り振りの再調整,配置換え,カウンセリ
ングを受けさせる等の措置を実施する義務
(g)ハード・ソフト両面において職場環境の改善を実施する義務事(
務室内の採光,騒音,気温,机の配置等適正に保つ,超過勤務の縮
減,人事配置,人事管理,仕事の進め方等の適宜の調整,パワーハ
ラスメント等への適切な対処等の措置を執る義務)
(h)また,上記aのストレス要因に照らし,何らかのストレスの加
重要因(上乗せ要因)があれば,心身の健康を害する危険性があっ
たことから,被控訴人らは,そのような加重要因が加わらないよう
にする義務を負っていたというべきであり,何らかの理由でやむを
得ず加重要因が加わる場合でも,それによって,蓄積ストレス総量
が臨界点を超えないよう,基礎的就業環境による労働負荷を軽減す
る義務を負っていた。
c安全配慮義務違反
被控訴人らは上記安全配慮義務の履行を怠った特に上記b(c)(e)。,
(f)(g)(h)の義務違反は重大であった。
(ウ)8月下旬以降のAの変調に基づく安全配慮義務
8月下旬以降のAの本件言動等にかんがみれば,被控訴人らは次のよ
うな安全配慮義務を負っていたのに,その履行を怠ったというべきであ
る。
a労働現場に適切な指揮監督を及ぼすことによって,隊内でいじめ,
パワーハラスメントないし職務上の不当な圧力等があればこれを掌握
し,直ちに有効な対策を執る義務
b隊員の経歴,置かれた状況等に応じて柔軟な指導を行い,間違って
も精神的に追い込まれるようにならない配慮をするべき義務
c隊員の精神的健康状態に日常的に配慮してこれを把握し,隊員に明
,,,らかな変調がある場合はすぐに事情を聞き教育訓練内容を見直す
休養させる,カウンセリングを受けさせる等の措置を執る義務
特に,本件の具体的事情にかんがみ,上記の具体的態様として,1
1月3日からの航海において,乗艦させない措置を執る義務
イ被控訴人の主張
(ア)安全配慮義務の存否
不法行為法上の自殺防止義務は,何らかの法律関係に基づく特別の社
会的接触の関係に基づかずに,法令に基づいて当然に負うべきものとさ
れる通常の注意義務であり,上官と部下という関係を前提としない一般
人相互間でも生じる作為義務であるから,上官らに,いじめ等による何
らかの先行行為が存在したのであれば格別,そのような事実が存在しな
い本件においては,そもそも上記作為義務は発生しない。
(イ)さわぎりにおける勤務環境等
さわぎりの勤務環境等は次のとおり,良好で問題がなかった。
aさわぎりでの航海当直は,3交替制であったが,不規則なものでは
なく,特に過重なものではなかった。また,停泊当直については,5
日に1回であり,それ以外の日は,朝出勤し,夕方帰る勤務であり,
Aが長時間時間外労働していたという事実もない。
bさわぎりにおける人間関係についても,曹候出身者の昇進が速いと
,,,,,しても上官先輩同僚等を問わず分からないところを教えたり
仕事の悩みについて助言を行ったり,将棋やゴルフなどを共にするな
どしていたもので,上官に相談できる体制もあり,上にものを言いに
くい雰囲気もなく,厳しい叱責を受けることはあるが,危険な作業を
伴うときなどに限られ,納得のできるものであって,人間関係は良好
で特に問題はなかった。
cおおよどとさわぎりのガスタービンエンジンは基本的に同一であ
り,他の艦に移ったものではあっても,技術面でAの負担は軽減でき
るものであった。
(3)争点1(3)(相当因果関係の有無)について
ア控訴人らの主張
(ア)Aは,前記のAの上官らの違法な行為により,うつ病にり患し,こ
れによって自殺に至ったものであって,その間には相当因果関係が認め
られる。
(イ)うつ病は,その病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学
的に認められることから,業務による心理的負荷によってうつ病を発病
したと認められた人が自殺を図った場合には,精神障害によって,正常
な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺を思いとどまる精神
的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定すべきであ
り,①発病前6か月間に,客観的に発病させるおそれのある業務に強い
心理的負荷が認められること,②業務以外の心理的負荷及び個体側要因
により発病したとは認められないことが認められれば,原則として相当
因果関係を認めるべきである。
(ウ)上記(イ)に照らし,本件においては,Aが,Aの上官らの違法な行
為に起因するストレスを受けており,その他のストレスが認められず,
うつ病にり患していると認められるときには,上官らの行為とAの自殺
の間には相当因果関係が認められるべきである。
Aは,上官らの違法な行為によって,臨界点を超える心理的負荷を与
えられていたもので,家庭やA自身に何ら問題はなく,他の要因による
発病は考えられないところ,Aは,遅くとも10月ころには中等度のう
つ病にり患し,その後自殺を図ったものであることからすれば,相当因
果関係は優に認められるというべきである。
(エ)また,被控訴人らの安全配慮義務違反とAの自殺との間に相当因果
関係があることは明らかである。
(オ)被控訴人は,Aの自殺の原因をその技能練度についての悩みを深め
たこと等にあると主張するが,Aには,技能練度上の問題は特段なく,
仮にあったとしても,経験の浅い隊員として当たり前の程度であったも
のであり,自殺につながるようなものではなかった。
イ被控訴人の主張
(ア)Aの自殺原因は,以下のとおり,三曹という階級とそれに見合う自
己の技能練度との乖離に苦悩し,焦りを徐々に募らせていったことにあ
るというべきであり,上官らから受けた行為によるストレスによってう
つ病にり患し,自殺に至ったものとはいえない。
(イ)Aは高い理想を抱いて自衛隊に入隊したが,さわぎり乗艦後,8月
下旬ころまで,気が利かない,積極性がない,技能練度の低さに対する
危機感を持たないなど,技能練度不足であるのに,その向上への自覚及
び行動は見られなかった。
しかし,7月ころから,1年後輩の曹候らに対して技能練度で後れを
とるに至り,Aもそのことを自覚していったと思われる。
また,Aは,8月下旬ころ持ち家を購入しようとして,トラブルとな
り,上司らから指導を受けるなどして,社会人としての対応能力の不十
分さを自覚したものと考えられる。
(ウ)Aは,上記のように理想と現実の乖離を認識して,9月ころから猛
勉強を開始したが,急に身に付くものではなく,成果が上がらずに精神
的疲労を重ねていったと思われる。
(エ)こうした中で,Aは逃げ場を見出すこともできず,抑うつ状態とな
り,本件事故に至った。
(4)争点1(4)(故意又は過失の有無)について
ア控訴人らの主張
(ア)前記(1)アの各行為を実行した者にその故意があったことは当然であ
る。また,その行為が正当な指導でないことも当然に知り得べきであっ
た。
(イ)被控訴人らは,Aの基礎的就業環境を認識し,又は認識し得たもの
であり,それへのストレス加重(上乗せ)があれば,Aの心身の健康を
害する危険性があることを認識し,又は認識し得た。
(ウ)予見可能性を基礎づける認識対象たる事実としては,上記(ア)(イ)
のような認識又は認識可能性をもって足り,Aの健康状態悪化の認識ま
では不要である。
仮に,健康状態悪化の認識又はその可能性が必要であるとしても,A
には前記のような著しい変調がみられていたのであるから,上官らはそ
のAと狭い艦内で寝食を共にし,四六時中顔を合わせる関係にあって,
Aの変調を認識しなかったはずはないし,少なくとも認識し得なかった
とはいえない。
特にR1班長は,Aの所属する班の長であったから,Aの状態に気づ
かなかったはずはないし,E分隊長もAを始め隊員の日常生活の状況を
知っていたものであり,その状態に気づいていたはずである。
イ被控訴人の主張
(ア)上官らにいじめ行為はなく,被控訴人らはAの安全に十分配慮して
いたものであって,故意,過失もない。
(イ)仮に,不法行為法上も,上官らに,上官と部下という特別な社会的
接触の関係を前提として,Aの自殺を防止すべき作為義務が存在すると
しても,以下の事情から見て,上官らには,Aのうつ病的症状ひいては
Aの自殺について予見可能性,結果回避可能性はなかった。
aAの本件言動は,本件事故後に行われた事故調査により判明したも
ので,本件事故当時,これらの事実は上官らに報告されておらず,上
官らはその全容を認識し得なかった。
bAの生活態度等は,出港日の11月3日から11月7日午後6時ま
での間,当直時間外に操縦室及び機関科事務室等で勉強している姿が
数回目撃されているほかは,別段変わるところはなく,同日午後6時
の当直終了後,機関科の同僚2名が,Aと将棋を指しているが,その
際も特に普段と変わったところはなかったと見られていたのであっ
て,これらのAの客観的行動から,Aがうつ病的症状に陥っていると
疑うのは困難である。そもそもうつ病であったか否かの判断は,精神
科医師の精神医学的判断に委ねられるべきところ,生前,Aには,精
神科医への受診事実が認められない上,艦内で指定されているカウン
セラーへの相談歴も皆無であり,事故調査の結果判明した事実は,精
神医学の専門家ではない隊員が,自殺の事実を知った上で事後的に振
り返った主観的認識にとどまり,これをもって,Aがうつ病的症状に
陥っていたと即断することは相当でない。
c控訴人らやB1からも,上官らに対し,Aの状況について訴えはな
かった。
(5)争点2(1)(本件公表の違法性の有無)について
ア控訴人らの主張
(ア)名誉権の侵害
aAの自殺の原因は,前記のとおり,上官らのいじめ又は安全配慮義
,,務違反という組織内の問題にあるにもかかわらず本件調査報告書は
Aが個人的要因から自殺したことを内容とするものであって,その記
載内容は,Aの基本的な人間像を歪曲し,事実に反するものである。
特に,①「Aは,それまで,自ら進んで物事をやろうとしない勤務
姿勢であった(同32頁,②「Aが三等海曹という階級に応じた」)
責任と本人の技能練度の間の乖離を認識し始め,8月中旬ころから次
第に自ら精神的な負担を増大させていった結果,自殺に至った(同」
32∼33頁,③「R2班長は,Aから3本の『百年の孤独』を,)
それぞれ,散髪の礼,餞別,及び,自宅で夕食を振る舞った際の返礼
として受領したもので,意図的に要求したものではない(同8∼9」
頁④艦内飲酒が本件事故の要因となったとは考えられない同)」,「」(
40頁)とする点は,明らかに事実に反する。
b以上からすると,総監部による本件公表は,Aの両親である控訴人
らの名誉権を侵害するものとして,不法行為に当たる。
(イ)人格的利益の侵害
a上記のとおり,総監部は,上官らのいじめ及び安全配慮義務違反と
いう組織内の問題によりAを自殺に追いやったにもかかわらず,これ
,,をAの個人的要因にすり替えAの基本的な人間像を歪曲するような
事実に反する内容を公表し,又は妥当性を欠く見解を表明した。
b総監部は,本件調査報告書の内容をマスコミに公表する前に,遺族
に内容を説明したり,その意見を聴取することがなかった。また,マ
スキングに際しても恣意的であった。
c以上からすると,総監部による本件調査報告書の公表は,控訴人ら
のAに対する敬愛追慕の情などの人格的利益を侵害するものとして,
不法行為に当たる。
(ウ)本件公表の違法性について
a違法阻却事由の不存在
本件公表は,被控訴人の保身のために,一方的にその見解を広報し
たとみるべきであって,公益目的であったとはいえず,真実性の証明
もない。
b公表の仕方及び遺族感情
12月初めには,海上自衛隊広報係長が報道関係者に「家庭に問題
。」,,があったのを知っていますかなどと電話した上総監部において
遺族の了解なしに公表し,遺族感情を著しく傷つけた。
イ被控訴人の主張
(ア)本件調査報告書は,①護衛艦内での自衛官の自殺原因の究明及び公
表という「公共の利害に関する事実」に係るものであること,②本件事
故原因が海上自衛隊内でのいじめである旨報道されたことにより,失墜
しかねないおそれのあった海上自衛隊への信頼を回復し,国民への説明
「」,責任を全うするという専ら公益を図る目的での事実摘示であること
③本件調査報告書は「真実であることの証明」がなされたものであるこ
とからすれば,本件公表には違法性がなく,不法行為は成立しない。
仮に,本件公表部分の記載事実について「真実であることの証明」が
十分でないとしても,本件調査報告書は,関係者からの徹底した調査に
基づき作成され,本件公表部分に限って公表されたものであって,総監
部が,本件公表に当たり,その内容が真実であると信じたことについて
故意・過失はないから,不法行為は成立しない。
(イ)総監部には,本件公表前に,遺族の意見を聴取すべき義務はない。
(6)争点2(2)(謝罪請求の可否)について
ア控訴人らの主張
上記について不法行為が成立する場合,被害者である控訴人らは,国家
賠償法4条,民法723条に基づき,裁判所に対し,侵害された名誉等の
回復のために適当な処分を求めることができるところ,加害者が被害者に
対して自己の非を謝罪することは,社会通念上,加害者としての当然の義
務であるから,裁判所は,上記適当な処分として,Aの自殺について不法
行為責任を負う被控訴人に対し,被害者である控訴人らへの謝罪を命ずる
ことができるというべきである。
イ被控訴人の主張
民法では,不法行為による損害の回復は金銭賠償が原則とされており,
民法723条は,その例外として,名誉毀損によって社会的評価が低下し
た場合に,謝罪「広告」等の原状回復の方法を許容したものであり,同条
は「謝罪」そのものを命じる根拠となるものではない。,
(7)争点3(損害額)について
ア控訴人らの主張
被控訴人らの本件各不法行為による控訴人らの損害は次のとおりであ
り,控訴人各々につき5000万円を下らない。
(ア)鑑定意見書作成報酬各7万5000円
(イ)鑑定意見書作成依頼時の出張経費各2万8587円
(ウ)慰謝料少なくとも各4989万6413円
イ被控訴人の主張
いずれも争う。
(8)争点4(軍事オンブズパーソン制度の創設請求の可否)について
ア控訴人らの主張
加害者に不法行為が成立する場合,その効果として,被害者自身及びこ
れと一定の関係に立つ者は,不法行為の再発予防請求権を有すると解する
べきであるから,Aの両親である控訴人らは,同請求権に基づき,被控訴
人に対し,軍事オンブズパーソン制度の創設を請求することができる。
イ被控訴人の主張
我が国の不法行為法上,再発予防請求権なる請求権を根拠づける法規定
はないから,控訴人らの上記請求は法的根拠を欠くものである。また,控
訴人らの主張する制度は,控訴人らの権利救済を目的として主張するもの
ではなく,不法行為規範からこのような制度創設が義務付けられることは
ない。したがって,控訴人らの上記請求は,司法判断の対象とはなり得な
いから,裁判所の判断を求めることのできる法律上の争訟性がなく,不適
法な訴えである。
第4当裁判所の判断
1認定事実
証拠(各項目中又は末尾掲記)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を
認めることができる。
(1)さわぎり乗艦に至るまでの経緯
ア高校卒業まで
Aは,昭和53年□月□日,宮崎市で出生し,2歳のころ両親が離婚し
て母である控訴人X2に引き取られ,同人に養育された。同人は,Aが中
学1年生の時に,控訴人X1と再婚し,Aは平成□年□月□日同控訴人の
養子となり,以後は控訴人らに養育された。
Aは,宮崎県立□□高校(普通科)に進学し,卒業に際しては,自衛隊
に入隊することを希望し,曹候の試験を受けて合格した。
Aは,学生時代を通じて,特に不適応を生じたことはなく,中学時代に
数人から暴力を振るわれたという出来事があった際も,また,控訴人らの
転居に伴って複数回転居や転校をした際にも,登校拒否等になることもな
く,適応した生活を続けていた。
イ自衛隊への入隊
Aは,平成9年3月,上記高校を卒業後,同月31日,第22期曹候と
して,海上自衛隊に入隊し,同時に,佐世保教育隊に教育入隊し,同年9
。,,月8日まで同隊で教育を受けたその際の成績は139名中107位で
教務点,勤務点とも平均点を下回っていたものの,運動能力テストについ
てはいずれも1級であり,この面で極めて優れた者しか受章できない金の
記章を取得した。
同年4月9日に行われた心理適性検査(Y−G性格検査,内田クレペリ
ン検査,CAS検査)において,Aは,やや業務処理能力が低く,精神的
な偏りも強く,不適応が表出しやすいが,情緒の安定した積極外向型の適
応性の高い性格で,不安に対する耐性が強く精神的にタフで安定している
と判定された。
Aは,同年9月8日,神奈川県所在の海上自衛隊第二術科学校(第09
02期海士ガスタービン課程)に入学し,同年10月1日,一等海士にな
った。同課程での成績は,19名中10位であった。
私的には,Aは,同じ自衛官であったB1と知り合って交際するように
なり,同年□月□日婚姻し,上記課程を修了してから同居生活を開始し,
翌平成10年□月□日長男B2が誕生した。
ウおおよどにおける実習
Aは,平成10年2月4日,おおよどに部隊実習として乗艦し,機関科
に配置され,同年4月1日,海士長に昇進した。
Aは,おおよどにおいて,同年8月ころから10月ころまでの間,R2
班長の班に所属したが,同人は,Aのおおよど乗艦中,数回にわたり,A
の散髪をしたり,入港時に持ち合わせがなかったAに金銭を貸したり,子
供の名前の付け方の本を貸したりするなどし,一方,Aは,R2班長に対
,,,,し2回にわたり謝礼や送別の趣旨で自発的に本件焼酎を贈るなどし
両者は互いに良好な関係にあった。
Aは,同年□月□日,生まれたばかりのB2が集中治療室に入ったとの
連絡を受けて無断で外出し,そのことで上陸を停止されたほかは,上記実
習期間中に特に問題のある行動はなかった。
術科訓練については,当直を行った際に,指導に当たる担当官らから質
問されたり,他の者が機器の操作を行うのを見学したり,自分で機器の操
作を練習したりという方法が採られ,技能の検定が行われることもあり,
また,競技の形式を採った訓練が行われることもあった。また,各自で配
管調査を行ってこれを図面にすることが課題とされた。
Aは,手先信号についての競技の形式を採った訓練で特別賞をもらうな
,(),どして分隊長から努力をほめられたこともあった同年9月22日が
経験に相応して未熟な面が多く,造水装置起動テストになかなか合格せず
(同年7月28日,最後まで合格しなかったり(同年8月12日,機))
械長から操縦室の仕事は大丈夫だと言われたが自分では8割の出来だと思
うと日誌に記載し,分隊長から8割は大甘だと指摘され,自戒を促された
りした(同年11月7日。)
また,Aは,実習中,後輩から見られていることや,追い越される不安
を述べたこともあった(同年6月19日)が,分隊長から三曹昇進まで間
がなく,経験は少ないが,貪欲に質問等をして自分の身につけてほしい,
追い越されても気にするななどとアドバイスを受け,特に不適応を生ずる
ことはなかった。
エ佐世保教育隊(海曹予定者課程)
Aは,1月5日おおよどでの実習を終え,翌6日,第22期曹候海曹予
定者課程に進み,佐世保教育隊に戻り,3月25日にこれを修了した。同
課程での学生としての教務成績は,124名中91位,勤務成績は124
名中56位であった。
(2)さわぎり乗艦及びその後の経緯
ア三曹昇進とさわぎり乗艦
Aは,3月25日,三曹に昇進し,さわぎりに配属され,乗艦した。さ
わぎりへの配属は,先に同艦に乗艦していたR2班長の推薦によるもので
あった。
イ艦内における配置,任務等
(ア)内務編制と配置
Aは,さわぎりにおいて,第3分隊に配属されたが,同分隊は,ガス
タービン員2個班(31班,32班,電機員1個班(33班,応急))
工作員と艦上救難員を合わせて1個班(34班)の計4個班で編制され
ていた。Aは2機の室員(ガスタービン員)となり,部隊編制上は32
班に配置された。
(イ)ガスタービン員の構成
Aのさわぎり乗艦当時のガスタービン員は,31班,32班ともに1
3名ずつの計26名であった。
aそのうち,Aの上官に当たるのはF機械員長,R2班長(31班)
及びR1班長(32班)の3名であった。
b二曹又は三曹の先任者は,S2三曹,S3三曹(両名はいずれも3
1班,S1三曹及びS4三曹(両名はいずれも32班)を始めとす)
る計16名であった。
cAより下の階級であるが隊員歴は長い者がU2海士長(31班)と
U3海士長(32班)の2名であった。
dAより下の階級であり,かつ隊員歴も短い者がU4海士長(曹候実
習生,T1一士(隊員歴1ないし2年,31班,U5海士長(曹))
候実習生)及びT2一士(隊員歴1年8か月,32班)の3名であ。
った(なお,U1士長が6月からさわぎりに乗艦したため,以後,A
より階級・経歴の下の者が計4名となった。。)
eAと同期の者はいなかった。
(ウ)当直勤務
さわぎりにおける機関科の当直勤務は,停泊中と航海中とで異なり,
それぞれ次のような内容であった。
a停泊当直
当直海曹1名,当直海士1名が終日勤務する体制で行い,主な立直
場所は,操縦室である。
作業としては,主機とこれに関わる機器は原則として運転せず,補
助ボイラ,発電機,冷凍・冷房機,消火海水ポンプ,MGPS(海洋
生物付着防止装置)などの起動・停止,それらの機器の運転監視や艦
内巡視を行う。
b航海当直
機関科を3つの直に分け,3交替制で行う。
立直場所は,操縦室と機械室であり,当直員は,操縦室に機関科副
直士官を含め約8名,1機及び2機に各2名,補機室及び電機整備室
に各1名がそれぞれ配置される。
当直時間は,午前零時から午後零時までが4時間ごと,午後零時か
ら午前零時までが3時間ごとと定められ,各直が交替で勤務する。
作業は,停泊当直における作業内容に加え,ガスタービン員として
は,主に主機の起動・停止,主機の水洗浄,マスカープレーリ装置の
,,,抽気燃料タンクの切替え等を行ったりそれらの機器及び減速装置
,,,,(,翼角変節装置軸軸受け主機関連補機機械室外の機器舵取機
冷凍・冷房機など)の運転監視を行う。
(エ)非当直勤務
当直員でない隊員は,次のような日課を行う。
a停泊中は,午前7時までに帰艦し,午前8時から分隊整列後,作業
(副長の通達により艦としての行事を行ったり,分隊ごとにその日の
作業内容を実施したりする,午前11時15分から配食用意後配。)
食,午後1時から体操後,副長から示達事項,作業,午後4時45分
から外出が許可される。
b航海中は,午前6時起床,午前8時から訓練,午前11時15分か
ら配食用意後配食,午後1時から訓練,午後4時から艦上体育,午後
5時15分から配食用意後配食,午後7時から掃除,午後7時30分
から午後10時までが自由時間となる。
(オ)生活環境
乗員は,佐世保港に停泊中は,外出が許可される午後4時45分から
帰艦時刻である翌日午前7時までは帰宅して自宅で過ごすことができた
が,航海中や佐世保港以外の場所に停泊中の場合は,通常,さわぎり艦
内の居住区に割り当てられたベッドで寝泊まりしていた。
ベッドは,3段ベッドが使用され,各班の上級者から順に,同級者間
であれば隊員歴が長いか,さわぎり乗艦時期が早い先任者から順に,上
段から割り当てられる慣行であった。
Aのベッドは,本件事故当時,3段ベッドの最下段であり,その最上
段はS1三曹であった。Aは,31班及び32班の三曹で唯一最下段の
ベッドを割り当てられていたが,Aより下の階級の者で最下段のベッド
を使用していない者は1名のみであった。
なお,さわぎりの乗員1名が,平成10年4月ころ,艦内で飲酒し,
海中に転落したことがあったが,その者が使用していたベッドは,Aが
割り当てられたベッドではなかった。
ウAの状況
(ア)新乗艦者教育期間(3月25日∼4月上旬)
まず,Aは,乗艦から約2週間,艦内生活における一般的事項及び機
関科停泊当直海士としての仕事内容を身につけることを目的とする新乗
艦者教育を受けた。
術科訓練については,指導に当たるR1班長らから質問されたり,他
の者が機器の操作を行うのを見学したり,自分で機器の操作を練習した
りという方法が採られていた。
この時期には,Aには多少の業務上のミスはあったが,厳しく叱責さ
れたこともなく,不適応を生じたようなこともなかった。
(イ)見習教育期間(4月上旬∼6月上旬)
次いで,Aは,2か月間にわたる見習教育を受けた。
曹候出身者は,一般職員として入隊した者よりも相当短い期間(2年
間)で一等海士,海士長,三曹へと順に昇任するところ,この間,実際
に機器類に触れ,整備等を実施する期間は1年弱にすぎないため,三曹
に昇任した当初は,長年乗艦している海士長に比べて技量面で劣り,三
曹として要求される技量水準には到達していないことが多い。そこで,
このような経験不足を補い,機関科運転員として一応の当直勤務が単独
で実施できる練度に達することを目的として,上記教育期間が設けられ
ていた。
Aは,同期間中,当直海士の見習として立直し,同じ当直に入る海曹
らに指導を受けることとされ,航海当直中は,S4三曹から指導を受け
た。
,,,この時期のAは上官らの指導には素直に従うものの上官らからは
作業手順の習得に時間がかかったり,基本的事項の理解が遅かったりし
て,指導の効果が上がりにくい上,指示がない限り自ら進んでやろうと
せず,仕事に対して消極的であるとの評価を受けた。また,当直をする
ことを賭けてU4士長と将棋をし,負けた同人に当直をさせようとして
注意を受けたことがあった。
同期間中,Aは,T2一士に対し「自分は三曹であるため,仕事の,
分からないところについて質問しにくい」旨述べたことがあったが,他
に仕事や上官らからの指導に関して悩んでいるといった言動はなかっ
た。
(ウ)見習教育期間終了後本件検査期間前まで(6月上旬∼8月上旬)
a5月末ころ,上記見習教育期間が終了に近づいたものの,Aの技能
練度が単独で当直勤務を実施できる程度には達していないとして,R
1班長らが機関長とも協議・検討した結果,見習教育期間終了後も,
8月上旬の年次検査開始ころまでは,上記見習教育期間と同様の勤務
態勢をとることとされた。
bAは,上記期間においても,上官らからは,依然として知識・技能
の習得に対し必ずしも積極的でなく,また,同時期に行われた海水こ
し器の整備や清掃に不可欠な工具の準備を忘れたり,清掃前に閉鎖す
べきバルブを理解せず,清掃後の空気抜きを忘れたり,主機の水洗浄
のたびに洗浄用コック及び吸気ドレン弁を開け忘れたりして,技能練
度が向上しているとはいえないとの評価を受けた。
S1三曹は,7月中旬ころから航海当直についてAと同直になり,
Aを指導するようになった。その後,Aは勤務中に居眠りをし,S1
三曹から注意を受けたことがあった。
操縦室又は機械室からの主機の起動,停止,主機の水洗浄について
は,Aより曹候の1年後輩であるU4士長らは7月ころにはこれを習
得していたが,Aは,これをまだ習得しておらず,S1三曹はR1班
長にそのことを報告した。
このころ.S1三曹は,曹候実習生の指導を兼ねて,Aらが理解し
やすいよう作業順序を記したシールを機器に貼り付けたりしたことが
あった。
cR2班長は,6月ころ,Aの散髪をし,その際に,おおよど乗艦中
に贈られた本件焼酎がおいしかった,なかなか手に入らないらしいね
などと言い,Aは「また手に入ったら持ってきます」等と答えた。。
,,,dAは7月下旬ころF機械員長から配管弁について質問されたが
これを知らなかったため,F機械員長から「お前も乗艦して3,4,
か月だろ。配管調査をしていないのか。少しはやる気を出せ」と指。
導された。
,,,,eAは7月ころB1に対しU1士長が乗艦当初に遅刻して以来
班長らが同人に厳しい態度で接するため,同人がかわいそうであるこ
と,班長たちの指導の仕方に問題があると思うこと,U1士長がR2
班長からトランプの最低のカードを意味する「ゲジ2」と呼ばれ落ち
込んでいたことなどを話した。また,さわぎり艦内で賭トランプや飲
酒が行われている,E分隊長は若く,R1班長やR2班長らの行動を
見て見ぬふりである,R2班長から本件焼酎を持参するよう催促され
ているなどと話した。
しかし,Aは,機器の操作を習得できない等仕事について悩んでい
るとか,班長らから侮辱,叱責されたり,厳しい指導を受けていると
いった発言はしていなかった。
(3)本件検査期間
ア本件検査期間前半(8月9日∼8月23日)
(ア)さわぎりは,8月9日から長崎市の造船所において年次検査を実施
した。本件検査期間中の乗員らの作業内容は,分隊全体で行う作業とし
,,,,,て錆び打ち塗装海水こし器の清掃軸受けの油の交換などがあり
Aは,他の乗員らとともにこれらの作業を行った。
Aは,上記期間中に,機器の分解・組立てを行ったことがあったが,
これらは危険を伴う作業であることから,最低2人以上の隊員でこれを
行っており,1人で行うことはなかった。
一般に,機関科の隊員は,配管の状況を理解しておくため,配管調査
を行う必要があるところ,そのことは実習において教育され,配管図を
作製提出するよう指示されるが,実務に就いた後には,ある程度の期間
内に調査をしてこれを理解しておけばよく,図面化したり,それを提出
したりする義務はなかったが,Aは,このころ,配管調査を行ってこれ
を図面にしたものを提出しなければならないと言って焦りを見せてい
た。
(イ)Aは,8月中旬,S3三曹及びU5士長とゴルフに行き,また,8
月16日から23日まで夏期休暇を取り,その間,宮崎の実家に帰省し
た。
Aは,宮崎の実家において,控訴人らに対し,前記(2)ウ(ウ)eと同様の
話をし,控訴人X2が用意した本件焼酎4本をR2班長に持って行くか
どうか,R1班長にも持って行くべきか等を相談した。
この時期までは,そのほか,Aが,仕事に関して悩んでいるとか,自
身に対する班長らの言動に問題がある旨親族や同僚らに話したことはな
かった。
イ年次検査期間後半(8月24日∼9月27日)
(ア)Aらは,8月8日ころ,不動産業者から自宅用土地の購入及び自宅
建物建築の勧誘を受け,その後,現地を見分するなどして,B1と相談
の上,これに応じることとし,8月27日に手付金1万円を支払って建
物建築工事の請負契約書に署名捺印したが,翌28日には契約を解約す
ることとして業者側に連絡したものの,業者側がこれに応じなかったこ
,,とからトラブルとなり業者の言われるがままに9万円の支払をしたが
業者側は契約の解消には応じなかった。A及びB1の各両親も佐世保を
訪れて契約の中止のために業者と交渉したり,長崎弁護士会に相談に赴
くなどしたが,Aからの休暇申請がされたことからE分隊長においても
業者とのトラブルの経緯を知るに至った。その後,Aは,佐世保教育隊
時代の上司であるD分隊長宅に妻B1らを避難させたりしたが,結局,
業者との間では,9月3日,10万円を違約金として支払い,契約を解
約することの合意に達し,トラブルは解消するに至った。
なお,Aは,上記の解約手続が済んだ後,E分隊長から注意を受け,
また,第3分隊では全員を集めて分隊先任において同様のトラブル発生
を避けるようにとの注意の喚起を実施した。
,,,,(イ)Aは8月末ころから本件言動をするようになったが一方では
9月初めころからは,Aは,機関科事務室で機器の取扱説明書を読んで
手帳に書くなど,よく勉強しており,先輩・同僚らは,Aのこのような
様子に気付いて,話題にしたこともあった。
このころ,S1三曹は,Aが冷凍装置の取扱説明書を見て勉強してい
るのを見て声をかけ,冷凍機の図面を紙に書いて示しながら説明したこ
とがあった。
また,Aは,勉強のため普段より1,2時間程度遅く帰宅することが
2,3回あった。
(ウ)Aは,9月ころ,R2班長に対し,本件焼酎が手に入ったので持参
,,,する旨伝えたがR2班長はその日は長崎に入港中であったことから
わざわざ長崎まで持ってくる必要はないと答えた。
その後,R2班長は,Aからおおよどで2回にわたり本件焼酎をもら
っていたこともあり,再度本件焼酎を贈られる際には,その返礼を兼ね
て一度同人とその家族を自宅に招待しようと考え,その旨Aに伝えた。
(エ)9月に入って以降,Aは,親族らに対し,次のような言動をした。
a9月1日,Aは,前記住宅トラブルの件で佐世保を訪れていた控訴
人X2に対し,さわぎり内で上官らから「バカ,バカ」と言われ始め
たと話した。
b9月初めころ,Aは,B1に対し,三曹の先輩から,班長以下数人
がレストルームでAの悪口を言っていたとして「お前,何か悪い事,
をしたんか?ひどい言われ様だぞ」と教えられたと話した。。
cAは,9月12日ころ,控訴人X2に対し,さわぎりから転落して
死亡した人のベッドを使っているため,気持ちが悪いのでお守りを送
って欲しいと依頼した。
その際,控訴人X2が,Aに対し,D分隊長に相談したのかどうか
尋ねると,Aは「Dさんには言っても仕方ない」と答えた。,。
dAは,9月中旬,長崎から自宅にいるB1に対し,R1班長の酒に
半強制的に付き合わされている旨の電話をかけた。
,,「」eAは9月21日兄であるC1に上からきついことを言われる
と電話で話した。
(4)年次検査終了後11月3日の出航前まで(9月28日から11月2日ま
で)
アレンジャー部隊への配属の打診
Aは,9月末ころ,E分隊長から,レンジャー(特別警備隊)への誘い
があるが希望するかどうかを尋ねられ,親族らとも相談した結果,家族と
数か月間離れることに耐えられないとの理由で,これを断った。
R1班長は,そのころ,この話を聞いて,Aに対し「お前なんか仕事,
もできないのに,レンジャーなんかに行けるか」と述べた。。
イR2班長宅訪問
(ア)R2班長は,10月5日又は6日ころ,AとU1士長に対し「ゲ,
ジ2が2人そろうとるな」と言い,Aを自宅に招待する日程を決める。
,,「」。,ためAに対し焼酎いつ持ってくっとや?と聞いたR2班長は
その際,Aのことを「百年の孤独要員」と呼んだ。Aは,そのころ,
B1に対し,R2班長から「ゲジ2」と呼ばれたことを話した。また,
Aは,このころまでに,控訴人X2又はB1にR2班長から「百年の孤
独要員」と呼ばれたことも話した。
(イ)Aは,R2からの招待について,B1に対し「行ったらきっとB,
1の前で自分の悪口を言われる」との理由で,R2班長宅を訪問した。
くないと述べた。一方,Aは,他の隊員に対しては,本件焼酎が手に入
ったと言ったら,R2班長がAとその家族を自宅に招待してくれること
になった,Aの妻はR2班長宅を訪問したくないと言っているなどと話
した。
(ウ)Aは,10月13日,B1及びB2とともに,本件焼酎と果物の詰
合せを持参して,R2班長宅を訪問した。当日,R2班長宅には,ほか
にU2士長が招待され,同席した。R2班長は,自ら魚を調理するなど
して,Aらを接待し,夕食の席では,刺身や寿司等が供された。
R2班長は,その席上,自身の31班とR1班長の32班を比較し,
,,31班は仕事ができるが32班は仕事ができない旨話したりAに対し
「お前はとろくて仕事ができない。自分の顔に泥を塗るな」などと言。
ったり,U4士長に対する指導として,班員に目をつぶって手を挙げさ
せ,同人を丸刈りにするかどうか決め,結果として同人が丸刈りになっ
た話などをした。
また,その日,R2班長は,Aが乗っていた自動車が宮崎ナンバーで
あるのを見て,登録の変更手続が必要であると述べた。
A夫婦は,その際に出された寿司が美味しかったとして寿司屋の場所
を聞いたり,Aが熱帯魚の話をしたりして歓談し,R2班長の子供たち
とB2の写真を撮影するなどした。Aは,後日,上記寿司屋へ家族で食
事に行き,R2班長にその旨話すなどした。
(エ)Aは,R2班長から上記(ウ)の指摘を受けたことから,自動車登録
の変更をしようと考え,10月19日,その必要書類である自動車保管
場所の承諾書を取得したが,D分隊長から車検の際に変更すればよいと
助言されたため,これを見送った。
ウAの執務状況,職場での言動等
(ア)Aは,このころも,熱心に勉強を続けており,10月中旬の航海ま
でには,操縦室からの主機の起動・停止については習得したが,機械室
からの主機の起動・停止はまだ習得していなかった。
(イ)Aは,手帳に勉強した内容を記載していたが,その内容は,①初歩
的なもの,②さわぎり内で実際に起こった機器トラブルへの対処法,③
F機械員長が主催していた勉強会の内容,④Aが取扱説明書を見ながら
自習したと思われるもの,⑤取扱説明書には載っておらず,先輩隊員ら
に教えてもらわなければ分からないもの,⑥さわぎりでは使用されてい
ないディーゼル発電機に関するものなどが混在していた。
(ウ)S5三曹(S533班)は,10月9日,Aが,第4居住区のレス
トルームで同僚らと話をしている最中「仕事があまり分からない,,。」
「覚えられない」などと話しているのを聞き,Aに対し「あまり悩。,
むな「基礎からやるしかない」などと助言した。また,S5三曹。」,。
は,10月21日,Aがさわぎり艦内をうつむき加減に歩いているのを
見て「どうしたんだA,元気ないな」と声をかけたが,Aは,S5,。
三曹を避けるようにして立ち去った。同人はAがうつ病であるかのよう
な印象を受けたが,Aの状況をよく知らなかったため深刻には受け止め
ず,特に上官らに報告するなどの行動は執らなかった。
(エ)T2一士が,10月18日ころ,Aに朝の挨拶をしたところ,同人
は返事をしなかった。10月25日ころにも同じようなことがあったの
で,T2一士は,Aに対し「元気がないですね」と声をかけたが,,。
Aは,無言で通り過ぎていった。しかし,そのころ,Aは居住区でU5
士長らと将棋をするなどの行動もあり,T2一士は,その姿を見かける
などしていたため,深刻に受け止めず,特に上官らに報告するなどの行
動は執らなかった。
エAの親族らへの言動
,,。,(ア)10月上旬B1の父C2はAと2回ほど電話で話したその際
Aは,C2に対し,R1班長から,分からないことを質問されたり,機
械の分解など分からないことを部下の前でやらされたりして,非常にき
ついなどと,落ち込んだ声で話した。
(イ)Aは,10月上旬ころから,B1に対し,R1班長から「お前は,
三曹だろ。三曹らしい仕事をしろよ「お前は覚えが悪いな「バ。」,。」,
。。」,「,。」カかお前は三曹失格だ仕事ができんくせに三曹とかいうな
などと言われる,分からないところを聞いても教えてもらえないなどと
言うようになった。
また「班長からいろんな質問を次々にされて,分からないと『三曹,
』,。」,「,のくせにと常に言われ勉強しても追いつかないと言ったり俺
そんなに頭悪いかな」と言ったりし,頭が悪いはずがないとB1に言。
われても「でも覚えられない。質問にも答えられない。勉強しなくち,
ゃ。また艦で言われる」などと述べて,落ち着きがなく,次から次と。
教本や資料を引っ張り出し,どこから手をつけるべきか迷い,早くすべ
てを理解しようと焦っている様子であった。
10月8日深夜,Aは,B2が発熱したため,病院に連れて行って受
診させ,翌日午前2時ころ帰宅したが,落ち着かない様子で,午前3時
ころ,勉強をするためと言って,さわぎりに戻った。このほかにも,A
は,夜間,自宅からさわぎりに戻ることが1,2回あった。
(ウ)10月中旬ころ,Aは,B1に対し「明日は何を責められるのか,
と思うと眠れない「眠れても1,2時間程度だ」と話した。。」,。
(エ)Aは,10月16日夜,控訴人X2に電話をかけ「僕は今蛇にに,
らまれた蛙だよ。宮崎に帰ろうかな」と言った。これを聞いて心配し。
た控訴人らは,夜中に宮崎を発ち,翌17日早朝,佐世保に着いた。
Aは,控訴人らに対し,勉強した内容を記載したメモを見せ「こん,
。」,なに勉強してもまだ覚えていないところがあるんだよと言うなどし
,,。控訴人らが来ていたのに夜間勉強のためと言ってさわぎりに戻った
(オ)このころ,Aは,家事をしているB1について回り,いろいろ話を
するという行動があった。
(カ)Aは,10月27日,控訴人X2と電話した際,同人から,知人に
お願いしてさわぎりから別の艦に変えてもらおうかと尋ねられたがそ,「
のときはね」などと言って,これを断った。。
(キ)Aは,11月2日,同期の友人に電話をかけ「僕の上はきついよ,,
君はどう?」と言った。
また,控訴人X2から班長らの行動について尋ねられ,翌3日からの
出航について「明日から24時間やられる」などと話した。,。
オ警急呼集訓練
さわぎりでは,10月30日,警急呼集訓練(電話連絡網の確認)を実
施することとなり,前日に副長が全員に対し,訓練を実施すること,同訓
練は電話連絡ができた時点で改めて命令をしないで終了とすることを指示
したが,指示を十分理解しなかった隊員が少なくなかった。
同日午前10時ころ,警急呼集訓練が開始され,各人に対し「30分,
待機が下命された。ただし,訓練のため帰艦の要なし」との連絡がされ。
た「30分待機」とは,艦を30分以内に出港できる状態に置くことで。
あり,訓練でなければ,発令後直ちに艦に戻らなければならないものであ
った。
Aは,当直係の隊員から連絡を受けた際,帰艦の必要がないことは理解
していたが,外出してよいかどうかを尋ねたところ,同隊員は,上記のよ
うな訓練の趣旨を十分理解していなかったため,外出は避けた方がいいと
説明した。Aは,不審に思いつつもこれに従うこととし,その後訓練終了
との連絡もなかったことから同日は外出しなかった。
Aは,翌日,他の隊員は自由に外出していたことを聞いて知り,自分だ
けに殊更外出禁止の連絡をされたものと思い,落胆した。
(5)11月3日の出航から本件事故まで(11月3日から8日まで)
ア11月3日から6日までの状況
(ア)さわぎりは,11月3日,海上自衛隊演習のため出航したが,その
際には,Aに特に変わった様子はなく,Aの親族らがAの様子がおかし
い等とAの上官らに連絡したようなこともなかった。
(イ)出航後,Aは,U4士長と将棋をしたり,同人らと帰港後,ゴルフ
に行く約束をしたりしたが,11月5日又は6日ころ,U4士長,U5
士長及びS3三曹と食堂で雑談していた際「眠れない「落ち着く,。」,
ところがない「仕事に集中できない」などと話した。しかし,U。」,。
4士長らは,Aの様子が普段とさほど変わらなかったことや,上記のよ
うな発言はそれまでにも見られたことから,誰も上官らに報告しなかっ
た。
(ウ)Aは,この時期には,操縦室からの主機の起動・停止及び主機の水
洗浄・溶液洗浄等は習得し,機械室での主機の起動・停止はまだ習得し
ていなかったが,あと数か月でできるようになるであろうレベルには達
しており,技能練度は向上していた。
この時点で,Aは,さわぎり乗艦から約7か月経過していたが,同人
と同様に技能の習得に時間を要する者も少なくなかった。
イ11月7日以降の状況
,,。(ア)Aは同日午後3時から午後6時までS1三曹らと当直を行った
その後,S1三曹が夕食を済ませて居住区へ戻ったところ,Aが将棋を
していたため,夕食を食べたのかと尋ねたところ,Aは「食べてないで
す」と答えた。。
(イ)Aは,同日午後9時ころ,翌日午前零時から当直であり,通常は体
を休めている時間帯であったにもかかわらず,操縦室で,S6三曹やS
3三曹に対し,軸の回転数について質問したり,F機械員長に対し,M
CS(遠隔操縦装置)の操作法について質問したりした。後者について
は,今後数年して操縦員になった際に必要となる知識であり,習得する
緊急性があるものではなかった。その際,Fは「この後深夜待ちじゃ,
ないのか。休んどかんと疲れるぞ」と声をかけた。。
(ウ)11月8日午前零時から午前4時まで,Aは,S1三曹らとともに
当直を行った。
S1三曹は,Aが夕食をとっていないことを知っていたことから,空
腹ではないかと尋ねたところ,Aは「別に腹減っていないです。思考回
路はメチャクチャですよ」と答えた。。
その後,Aは,特に変わった様子はなく,立直して塗装や点検等の仕
事をこなし,点検の結果をE分隊長やR2班長に報告するなどして,当
直を終えた。S1三曹は,特にAに変わった様子がなかったので,Aの
上記言動を上官に報告することはしなかった。
(エ)S2三曹は,同日午前8時50分ころ,Aが右舷軸室でロープを右
手で持ち上げているところを見かけ「上に上がるぞ」と声をかけた,。
ところ,Aは,無言のままロープをその場に置き,S2三曹とともに右
舷軸室(第4甲板)から第2甲板まで上がり,2人はそこで別れた。
同日午前8時55分ころ,S2三曹は,医務室ドア前で出会ったAに
対し「変なことを考えるなよ」と声をかけたところ,Aは,黙った,。
ままうなずいた。
,()(オ)同日午前9時57分ころ操縦室において術科競技OBA装着法
の事前訓練に当たり,当直員が選手の確認を行っていたところ,当直員
であるため訓練に参加できない選手に代わって訓練に参加すべき者とし
てAの名前が挙がった。
その際,S2三曹は,F機械員長に対し,上記のとおりAを見かけた
ことを報告したところ,同機械員長は,S2三曹に対し,Aをすぐに連
れてくるよう指示した。
同日午前10時ころ,S2三曹は,居住区に行った後,Aが先ほど右
舷軸室(第4甲板)にいたことを思い出し,同軸室に赴いたところ,A
が首をつっているのを発見した。S2三曹の報告により,副長らが救護
に赴き,心肺蘇生措置が講じられたが,奏功せず,同日午後1時14分
死亡が確認された。
(6)事故調査と本件公表
ア本件委員会は,11月16日以降,さわぎりの乗員らからの聞き取り調
査等を行い,その結果をまとめて本件調査報告書を作成し,平成12年2
月21日,その要旨をマスコミに公表し,同年5月15日,本件公表部分
をマスコミに配布した。
これに先立って,控訴人らは,12月6日,本件委員会に対し,調査結
果を公表前に控訴人らに開示することを求める書面を送付したが,同委員
会はこの求めに応じなかった。
イ本件公表部分には「事故者はそれまで,自ら進んで物事をやろうとし,
ない勤務姿勢であった(32頁「事故者は,この頃から,徐々に3等」),
海曹という階級に応じた責任と本人の技能練度の間の乖離を認識し始め,
8月中旬頃から次第に自ら精神的な負担を増大させていったものと推認さ
れる(同32ないし33頁「R2班長)は(おおよど)以来,計。」),(,
3回にわたって事故者の故郷の焼酎を事故者から贈られている。1回目は
(おおよど)乗艦中の散髪のお礼として,2回目は(R2班長)が(おお
よど)からさわぎりに転勤するにあたって,お世話になった餞別として贈
られたものと理解している。10月13日,3回目の時は事故者と妻子を
自宅の夕食に招待し,自ら調理した刺身等でもてなしている「R2。」,(
班長)は,夕食への招待を通じ,家族を含め,より親近感を増し,事故者
,,,を励まそうとしているのに対し事故者はそれを必ずしも望んでおらず
むしろ苦痛に感じていたという事実が推認され(R2班長)が,現代の,
若者気質と自分自身の考え方のギャップに気付かない面があったものと考
。,,,えられるしかし事故者が焼酎を贈った時期経緯を総合的に考えると
(R2班長)が強要したとは判断しないとするのが相当である(同8。」
)」,「。」ないし9頁④艦内飲酒が本事故の要因となったとは考えられない
(同40頁)等の記載がある。なお,上記の記載については,括弧内はマ
スキングされ,アルファベット等で表示された。
また,本件公表部分には,Aの自殺の原因についての考察として,多方
面からの調査を行ったが,遺書もなくその原因を特定するには至らなかっ
たとした上,いじめの事実は認められないとし,8月下旬ころからAが三
曹という階級とそれに見合う自己の技能練度との乖離に苦悩し,あせりを
徐々に募らせていった状況が認められ,この心理的葛藤が本件事故の大き
な要因の1つであると判断されるが,原因と断定することはできない旨の
記載がある(同40頁以下。)
,,ウ本件事故は護衛艦内で現役海上自衛官が自殺したものであることから
当初から大きく報道され,自衛隊内のいじめが疑われていることや,自殺
原因を調査する過程で判明した艦内飲酒等の規律違反やこれに対する処分
内容,隊員に丸刈りを課したという指導方法の当否等についても取り上げ
られ,Aの自殺との関連が取りざたされていた。また,本件公表の当時,
報道各社は,自衛隊や控訴人らに対し,継続的に取材活動を行っており,
国会議員らがさわぎりの現地調査を行うなど国会レベルでの検討がなされ
ている状況であった。
(7)うつ病に関する医学的知見
アうつ病とは,抑うつ気分や制止などを主症状とする情動性精神障害であ
り,具体的には,気分障害,思考障害,意欲・行動障害,身体症状などが
出現する。
(ア)気分障害としては,抑うつ気分が基本症状であり「憂うつ,気分,
が滅入る,気分が沈む,何もかも煩わしい」などと表現され,不安,焦
燥感が目立つこともある。何に対しても興味や関心が持てなくなり,よ
いことが起こっても喜べなくなる。朝方の気分が悪く,夕方にかけて改
善するという日内変動が見られることが少なくない。しかし,重症にな
ると喜怒哀楽がなくなり,抑うつ気分すら訴えなくなったり,日内変動
もみられなくなる。
(イ)思考障害としては,思考の進行が遅滞し,理解力,注意力,集中力
も低下する。自分を過小評価しやすく,劣等感を抱きやすく,過去を過
,。,剰に後悔しまた悲観的で取り越し苦労をしやすくなる重症化すると
貧困妄想,心気妄想,罪業妄想がみられることがある。
(ウ)意欲・行動障害としては,動作が遅くなる,口数も少なくなり,決
断力,集中力も低下する。重症化すると,自発性が全く欠如した抑うつ
性昏迷状態となる。逆に,不安焦燥感が強く,部屋の中を落ち着きなく
徘徊する焦燥性うつ状態を呈することもある。
(エ)身体症状としては,不眠(特に早朝覚醒)や食欲減退,体重減少な
どが出現し,頭重感,肩こり,胸痛,筋肉痛,全身倦怠感,易疲労感,
性欲低下など全身にわたる多彩な身体症状が出現するのが特徴である。
時に,過眠や過食,体重増加などの非定型症状を伴うことがある。
イうつ病にり患すると自殺念慮が生じやすい。自殺は抑うつが重いときは
むしろ少なく,うつ病発症の初期段階や回復段階に多いとされる。
ウ性格としてみると,仕事熱心,こり性,徹底的,正直,几帳面,強い正
義感や義務感,責任感,ごまかしやずぼらができないといった傾向を持つ
者は,とかく過労に陥りやすく,その結果としてうつ病になりやすいとさ
れる。
エうつ病は,その症状の程度によって,軽症,中等症,重症の3つに分類
されることがある。
オうつ病の診断基準としては,米国精神医学会のDSM−Ⅳや世界保健機
構(WHO)のICD−10が用いられる。DSM−Ⅳ−TRによれば,
大うつ病と診断するためには,以下のようなエピソードの存在が必要とさ
れている。
(ア)以下のうち1つ以上が明瞭に存在すること
①抑うつ気分
②興味又は喜びの減退
(イ)以下のうち4つ以上が明瞭に存在すること
③体重や食欲の減少又は増加
④不眠又は睡眠過剰
⑤精神運動性の制止又は焦燥
⑥易疲労感又は気力の減退
⑦無価値感,罪悪感
⑧思考力や集中力の減退
⑨自殺念慮,自殺企図
(ウ)上記症状が一時的ではなく,1日の大部分,ほとんど毎日,2週間
以上持続すること
2争点1(1)及び(2)(上官らの言動の違法性,安全配慮義務違反の有無)に対
する判断
(1)違法性の判断基準について
ア他人に心理的負荷を与える言動の違法性について
一般に,人に疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合には,心身の健
康を損なう危険があると考えられるから,他人に心理的負荷を過度に蓄積
させるような行為は,原則として違法であるというべきであり,国家公務
員が,職務上,そのような行為を行った場合には,原則として国家賠償法
上違法であり,例外的に,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥
当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として,違法性が阻
却される場合があるものというべきである。
そして,心理的負荷を過度に蓄積させるような言動かどうかは,原則と
して,これを受ける者について平均的な心理的耐性を有する者を基準とし
て客観的に判断されるべきである。
イ使用者としての注意義務について
また,労働者が労働するに際し,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積する
と,労働者の心身の健康を損なう危険があることからすれば,使用者は,
その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業
務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康
を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使
用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者(履
行補助者)は,使用者の上記注意義務の内容に従って,その権限を行使す
べきである(なお,使用者においては,労働者の長時間労働の継続による
疲労や心理的負荷等の過度の蓄積により,心身の健康を損なうおそれがな
いように注意する義務があることを認めたものとして,最高裁平成12年
3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁。)
そして,このことは,公権力の行使に当たる国家公務員においても妥当
するものと解されるから,被控訴人は,上記公務員に対し,公務遂行のた
めに設置すべき場所,施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被控訴
人若しくは上司の指示の下に遂行する公務の管理に当たって,公務員の生
命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負い,これに違反
する行為は,国家賠償法上違法であるというべきである。
(2)Aの上官らの行為について
アR1班長の言動について
前記(1)アのような観点から,前記1及び第2の2認定の各事実を基に上
官らのAに対する発言内容等について検討する。
まず9月末のR1班長のレンジャー入隊適格に関する発言前記1(4),(
アは,Aの人事・服務担当のE分隊長から,一応はAにその適格があると
して希望の有無を尋ねられ,家族とも相談していたことからすれば,Aを
,。一方的に殊更に誹謗するとの態度に出たとしか評価できないものである
また,Aは,兄C1にも「上司からきついことを言われている」と電。
話で話していること(前記1(3)イ(エ)e,同期友人に上司の指導の厳しい)
ことを訴えていること(前記1(4)エ(キ),控訴人X2,妻B1やその父)
C2に対しても,R1班長から分からないことを質問されたりする旨を話
しまたR1班長の誹謗する言動を繰り返し訴えるようになったこと前,,(
記1(4)エ(ア),(イ))などを総合すると,R1班長は,少なくとも9月中旬
ころ以降,指導の際には,殊更にAに対し「お前は三曹だろ。三曹らし,
い仕事をしろよ「お前は覚えが悪いな「バカかお前は。三曹失格。」,。」,
だ」などの言辞(以下「本件行為」という)を用いて半ば誹謗してい。。
たと認めるのが相当である。
,,そしてこれらの言辞はそれ自体Aを侮辱するものであるばかりでなく
経験が浅く技能練度が階級に対して劣りがちである曹候出身者であるAに
対する術科指導等に当たって述べられたものが多く,かつ,閉鎖的な艦内
で直属の上司である班長から継続的に行われたものであるといった状況を
考慮すれば,Aに対し,心理的負荷を過度に蓄積させるようなものであっ
たというべきであり,指導の域を超えるものであったといわなければなら
ない。
,,,()なお控訴人らはほかに9月初めころのAの発言前記1(3)イ(エ)b
についても言及するが,これは,班長以下数人が話しているのを他の三曹
が聞いてこれをAの耳に入れたものであり,班長らにおいてその話の内容
がAの耳に入ることを予測していたとまで認めることはできない。また,
前記1(3)イ(ア)認定のとおり,9月始めころは,Aには不動産に関するト
ラブルが発生していた時期でもあり,具体的内容を知らない同僚三曹が不
審に思い,Aに対し,事実経過を確認したと認めるのが自然であり,上記
発言に係る9月初めの班長らの言動をもって直接に上官らがAを侮辱する
違法な言動をしたとの控訴人らの主張は採用することができないというべ
きである。
イR2班長の言動等について
(ア)控訴人らは,R2班長がAに本件焼酎を持参するよう強要し,ゲジ
2呼ばわりするなどしたと主張し,前記認定のとおり,R2班長がAに
本件焼酎の持参を促すものと受け取られかねないような発言をしたこ
と,A及びU1士長に「ゲジ2が2人そろっているな」と言ったり,。
Aを「百年の孤独要員」と言ったことがあること,自宅に招待した際,
「お前はとろくて仕事ができない。自分の顔に泥を塗るな」などと言。
ったり,U4士長に対する指導として,班員に目をつぶって手を挙げさ
せ,同人を丸刈りにするかどうか決め,結果として同人が丸刈りになっ
た話などをしたことはこれを認めることができる。
(イ)しかしながら,前記認定のとおり,R2班長とAは,おおよど乗艦
中には,良好な関係にあったことが明らかであり,Aは2回にわたり,
自発的にR2班長に本件焼酎を持参したこと,R2班長はAのさわぎり
,,乗艦勤務を推薦したことAが3回目に本件焼酎を持参すると言った際
,,返礼の意味を含めてA一家を自宅に招待し歓待したこと等からすれば
客観的にみて,R2班長はAに対し,好意をもって接しており,そのこ
とは平均的な者は理解できたものと考えられるし,Aもある程度はこれ
を理解していたものであって,R2班長の上記言動はAないし平均的な
耐性を持つ者に対し,心理的負荷を蓄積させるようなものであったとは
いえず,違法性を認めるに足りないというべきである。
なるほど,上記のようなR2班長の言動の一部はAに対する侮辱とも
とらえることのできるものではあるが,親しい上司と部下の間の軽口と
して許容されないほどのものとまではいえず,上記認定以外に,これら
の発言が繰り返されていたとか,Aがこれらの発言を一時的に気にした
ことはあったものの,引き続き気に病んでいたことを窺わせるような証
拠もないこと,職務を執行するに当たってなされた発言ではないこと等
からすれば,これらの言動をもって,本件行為と同様の意味でなされた
言動であるとは評価できず,また,これらが本件行為による心理的負荷
の蓄積に寄与したものと認めるに足りる証拠もないのであって,それ自
体,国家賠償法上違法な言動であるとまではいえない。
なお,控訴人X2は,前記認定のとおり,R2班長がAに自動車の変
更登録について述べたことも問題である等と供述しているが,R2班長
,,。の指摘は正当な指摘であって何ら違法な行為に当たるものではない
ウ上記以外のAの上官らの言動等について
なお,前記Aの家族らに対する発言内容等をみれば,R1班長にとどま
,,,らずこれに同調する者もいたことは推認されるが各証拠を総合しても
Aに対する具体的な指導等の場において,本人に直接の言辞をしたと認め
るに足りる証拠はない。
エ本件行為の正当性の有無
さらに,R1班長の本件行為に正当な理由があったかどうかについて検
討すると,前記認定のとおり,Aは,さわぎり乗艦後,8月ころになって
も,技能練度において不足している面があり,また,それまで積極的に質
問するようなことは少なく,執務中に居眠りをしたこともあるなど,消極
的な執務態度であったものであって,このことに加え,海上自衛隊の護衛
艦の機関科に所属する隊員は,日常の業務においても,事故が発生した際
には人命や施設に大損害が及ぶおそれもある上,場合によっては,危険な
任務に臨むことも想定され,できるだけ早期に担当業務に熟練することが
要請されるものであるから,ある程度厳しい指導を行う合理的理由はあっ
たというべきであり,本件行為は,Aに対し,自己の技能練度に対する認
識を促し,積極的な執務や自己研鑽を促すとの一面を有していたというこ
とはできる。
しかしながら,本件行為は,上記のような一面を有していたとしても,
,,それ自体Aの技能練度に対する評価にとどまらず同人の人格自体を非難
否定する意味内容の言動であったとともに,同人に対し,階級に関する心
理的負荷を与え,下級の者や後輩に対する劣等感を不必要に刺激する内容
だったのであって,不適切であるというにとどまらず,目的に対する手段
としての相当性を著しく欠くものであったといわなければならず,一般的
に妥当な方法と程度によるものであったとは到底いえないから,結局,本
件行為の違法性は阻却されないものといわなければならない。
オR1班長の安全配慮義務違反の有無について
また,前記(1)イのような観点からすれば,R1班長は,Aの属する32
班の班長であり,いわば被控訴人の履行補助者として心理的負荷ないし精
神的疲労が蓄積しないように配慮する義務を負うとともに,その結果,A
の心身に変調がないかについて留意してAの言動を観察し,変調があれば
これに対処する義務を負っていたのにかかわらず,継続的に本件行為をな
したのであって,その注意義務に違反し,この点もまた,国家賠償法上違
法であるというべきである(以下「本件義務違反」といい,本件行為と,
合わせて「本件各違法行為」という。。)
一方,艦長,副長,E分隊長,F機械員長は,その職責上,被控訴人の
履行補助者として,一般的には,上記のような安全配慮義務を負うという
ことはできるが,これらの者が,R1班長の本件行為を知っていたとの証
拠はなく,Aに心理的負荷ないし精神的疲労が蓄積するような状況があっ
,,,,たとの認識に欠けていたものと認められるしまた前記1(4)ウ(ウ)(エ)
(5)ア(ア)ないし(ウ)のとおり,Aの変調について,同僚等には気付いていた
者もあったが,これを上官らに報告した者はなかったこと,親族らもAの
上官らにAの様子がおかしいと伝えたこともなかったこと等からも,R1
班長を除く履行補助者らがAの変調を認識していたと認めることは困難で
あり,これらの者に,Aの変調を前提とした安全配慮義務違反があったと
いうこともできない。
なお,R2班長及びS1三曹については,その職責にかんがみ,安全配
慮義務について,被控訴人の履行補助者とみることはできない。
3争点1(3)(相当因果関係の有無)について
次に,本件各違法行為とAの自殺との間に相当因果関係が認められるかどう
かについて検討する。
(1)違法行為と自殺との相当因果関係の判断基準について
うつ病は,その病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いことから,う
,,つ病を発病したと認められた人が自殺を図った場合には精神障害によって
正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺を思いとどまる精神
的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定すべきである。
うつ病の発症原因の判断については,医学的にストレス−脆弱性理論が用
いられるのが一般的である。すなわち,環境由来のストレスと個体側の反応
性,脆弱性との関係で精神的破綻が決まり,ストレスが非常に強ければ個体
側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,逆に脆弱性が大きければスト
レスが小さくても破綻が生じるとされている。
これらのことに照らし,心理的負荷を与える行為とこれを受けた者の自殺
との間の相当因果関係の有無の判断に当たっては,まず,対象者の精神障害
の発病の有無等を明らかにし,次に,違法行為による心理的負荷の強度の評
価,それ以外の心理的負荷の強度の評価,個体側要因の有無等について検討
を加えた上で総合的に判断すべきものと考えられる。
(なお,平成11年9月14日付け労働省労働基準局長通達・基発第54
4号(以下「判断指針」という)参照)。
また,本件義務違反については,本件行為のように,うつ病の発症やこれ
との相当因果関係が問題となるものではなく,直接に,結果との間の相当因
果関係を判断し得るものであるから,まず,条件関係が肯定できるかについ
て検討した上,相当因果関係が否定される事情の有無について検討すれば足
りるというべきである。
(2)Aのうつ病り患の有無
前記1認定の各事実及び知見を総合すれば,Aは,10月中旬ころには,
うつ病にり患していたものと認められる。
すなわち,Aには,落ち込んだ様子が複数の者によって確認されており,
抑うつ気分が明らかに認められたほか,眠れないとしばしば訴えるなど,不
眠傾向があり,自分はバカだ等としきりに言うなど無価値感にとらわれ,食
欲不振も見られており,8月下旬ころには,佐世保に自宅を建築するための
契約を結ぶなど,自衛官としての生活設計を立てていたのに,10月中旬に
は実母の控訴人X2に対しては,退官をほのめかす言動までするようになっ
た上,出航後,間もなく本件事故(自殺念慮,自殺企図による自殺)に至っ
,。たのであるからDSM−Ⅳの診断基準を満たしていたということができる
なお,上記診断基準は上記症状が一時的ではなく,1日の大部分,ほとんど
毎日,2週間以上持続することを要件としているが,本件においてはAが自
殺しており,自覚症状を間接的にしか知ることができないため,症状の持続
性を直接明らかにすることはできないが,周囲の観察によって明らかに認め
られた症状のみでも上記のとおりであるから,上記の要件も満たしていたと
認めるのが相当である。
被控訴人は,Aに医師やカウンセラーへの受診,相談歴がないことからう
つ病とは即断できない等と主張するが,これらの事実がないとしてもうつ病
り患の事実が否定されるものではなく,Aの上記状況からすれば,うつ病り
患の事実を認めることができるというべきであって,被控訴人の上記主張は
採用できない。
(3)Aのうつ病の発症原因について
ア本件行為による心理的負荷の有無,程度
判断指針においては,上司とのトラブル,仕事上の差別,不利益取扱い
等は,平均的な心理的負荷の強度が中程度とされているところ,本件行為
は,これらの項目に類似するということができ,類型的に強度のストレス
であったとまではいえないが,その態様によっては,強度のものであると
いうことができる。
そこで検討すると,本件行為は,前記2(2)ア認定のとおり,地位階級に
言及し,人格的非難を加えたものであって,その態様からも強度のストレ
スと評価し得るものである。また,Aは,実習を終え,実務に就いて数か
月にしかならず,同期の隊員も身近にいないという心細い状況にあり,親
族らにも本件行為に係る言動を繰り返し述べ11月の航海の直前には,厳
しい指導から逃れられないといった心境をも口にしていたことからすれ
ば,本件行為を非常に苦にし,追いつめられた心情となっていたことも明
らかである。
さらに,Aはこれに対し,がんばって勉強して班長らに認められたいと
いう対応をし,かえって焦燥感をつのらせ,心理的負荷の蓄積につながっ
たものであることも,親族らへの言動や本件言動からも明らかであって,
,,これらの事情を総合するとき本件行為による心理的負荷の蓄積は強度で
しかも,持続的なものであったと評価するほかはない。また,時期的にう
つ病の発症及び本件事故と近接していることも肯定することができる。
イ他の要因による心理的負荷の有無,程度
一方,Aが,本件行為以外の原因でのストレスを受けていたかどうかに
ついてみると,前記1(3)イ(ア)のとおり,8月下旬には建物建築工事請負
契約を結び,その後解約することになり,いわば私事でD分隊長らにも迷
惑をかけることになったものであるが,業者とのトラブル自体は9月初め
には解決しており,そのストレスが持続したことをうかがわせる証拠もな
い。
また,Aの上官ら,同僚のうちには,Aが家庭に関する不満を述べてい
たと証言,供述する者があるが,Aの家庭はおおむね円満であったと認め
られ,目立ったトラブルはなかったのであるから,上記の証言,供述は採
用できず,家庭において特段のストレスがあったとは認められない。
さらに,Aが,本件行為とは無関係に,仕事面でのストレスを受けてい
たかどうかについてみると,Aは,8月ころまでは全く仕事を苦にする言
動をしておらず,その後も仕事の内容等に変化があったことも認められな
いから,この点についても特段のストレスがあったとは認められない。
他に,Aが本件行為以外の原因でのストレスを受けていたと認めるに足
りる証拠はない。
ウAの個体側要因について
さらに,Aの個体側要因についてみると,前記認定のとおり,Aには,
遺伝的負因は認められず,出生から本件事故直前にうつ病にり患するまで
の間には,精神的疾患にり患したことがないことはもとより,他人から暴
力を受けたり,転居,転校等などのストレスがあっても,不適応を起こし
たこともなく,また,入隊時の心理適性検査においても,やや業務処理能
力が低く,精神的な偏りも強く,不適応が表出しやすいが,情緒の安定し
た積極外向型の適応性の高い性格で,不安に対する耐性が強く精神的にタ
フで安定していると判定されているのであって,個体側に脆弱性があった
とは認められない。
エ小括
以上によれば,Aが本件行為によって受けたストレスは強度で持続的な
ものであったといえる上,他に強いストレス原因はなく,個体側にはうつ
病に至るまでの脆弱性は認められないのであり,これらのことに,Aのう
つ病にり患するに至った経緯における本件言動や親族らに対する言動等を
総合すれば,本件行為とAのうつ病へのり患及び自殺との間には相当因果
関係が認められるというべきである。
(4)本件義務違反と本件事故との相当因果関係について
前記認定判断のとおり,少なくとも,R1班長において自らAの状況を観
察し,又は適切に部下らに指示して,Aの状況の観察及び報告をさせていれ
ば,Aの変調は周囲の複数の隊員から認識されていたのであるから,適切な
措置を執り得た蓋然性が認められ,また,指示を受けていればS2三曹ほか
の隊員が本件事故を未然に防止し得た蓋然性も認められるというべきであ
る。そうすると,本件義務違反がなければ,本件事故もなかったという条件
関係を肯定することができ,他に相当因果関係を否定すべき事情は見当たら
ないから,これを肯定すべきである。
(5)被控訴人の主張について
被控訴人は,Aの自殺原因は,三曹という階級とそれに見合う自己の技能
練度との乖離に苦悩し,焦りを徐々に募らせていったことにあるというべき
であり,上官らの行為によるストレスによってうつ病にり患し,自殺に至っ
たものとはいえない等と主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,Aは8月ころまではむしろ自己の技能
練度については楽観視しており,上官らからは危機感がない等と評価されて
いたものであり,上官らの強い働きかけなしに,その態度が急変したという
のは不自然である。確かに,Aは,7月ころには,後輩であるU4士長らに
技能の上で後れをとったことがあり,そのことがAの焦りにつながった可能
性も考えられなくはないが,Aは,親族らに対し,そのことに言及したこと
はない一方,R1班長の厳しい言動については,繰り返し言及しているので
,。あってAの執務態度の変化がこれに基づくものであることは明らかである
また,Aの親族らへの言動は,その多くが技能が劣ること自体よりも,そ
のことについて班長から叱責等されることを苦にしていたことを示すもので
あったことからも,班長の言動なしにAが技能練度が劣ること自体を苦にし
たものとは考え難い。
以上からすれば,被控訴人の上記主張は採用できない。
4争点1(4)(故意又は過失の有無)について
(1)判断
,,,本件行為はAに対する指導の一環として行われたものであるが一般に
階級が上位である者から指導を受ける者を侮辱するような言動をする場合に
対象者に強度の心理的負荷を与えること,心理的負荷が蓄積すると心身の健
康を害するおそれのあることについては,部下に指揮命令を行う立場の自衛
隊員は当然認識し得べきであり,結局,本件行為が手段の相当性を欠き,違
法なものであることは,R1班長においては認識し得べきであったというこ
とができ,少なくとも過失があったというべきである。
(2)被控訴人の主張について
被控訴人は,Aのうつ病的症状ひいてはAの自殺について予見可能性,結
果回避可能性はなかった等と主張する。
しかしながら,うつ病にり患するなど心身の健康が損なわれた時点では,
自殺等の結果が回避できなくなっている可能性もあるから,R1班長が回避
する必要があるのは,本件行為による心理的負荷の蓄積という危険な状態の
発生そのものであるというべきであり,故意又は過失の判断の前提となる予
見の対象も,これに対応したものとなると考えられ,Aのうつ病的症状ひい
てはAの自殺についての予見可能性,回避可能性を問うものではないという
べきである。
仮にこの点をおくとしても,心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の
心身の健康を損なう危険があり,うつ病り患又はこれによる自殺はその一態
様として知られているところであるから,これらについての予見可能性も肯
定することができるし,また,Aの先輩,同僚らにおいては,Aの変調にあ
る程度気づいており,R1班長において,適切な報告を求めていればこれを
,,,,把握し対応することが可能であったと考えられまた本件事故当日にも
S2三曹にあらかじめ適切な指示が与えられていれば,同人がAの自殺企図
に気づいてこれを阻止する行動が可能であったと考えられるのであって,回
避可能性もこれを肯定し得るというべきである。
5争点1に関する控訴人らの主張について
(1)いじめについて
ア控訴人らは,上官らがAに常軌を逸したいじめ行為を行ったと主張し,
R1班長において本件行為を行ったことは前記のとおりであるが,同班長
の主観的な目的自体はこれを確定するに足りる資料はなく,端的に,本件
行為が上記のような観点から国家賠償法上違法であったかどうかを判断す
れば足りるというべきである。
イまた,控訴人らは,違法性の判断に当たって,上官らの意図や目的を考
,,,慮すべきではなくまた部下本人を基準とすべきである等と主張するが
ある行為が正当な職務行為であって違法性が阻却されるかどうかの判断に
当たり,当該行為に合理的な目的があったかどうかを考慮すべきであるこ
とは当然であって,違法性の判断においても,およそ行為者である上官ら
の主観を考慮しないということはできない。
もっとも,違法性は原則としては客観的に判断されるべきであって,上
記のとおり,部下本人を基準とするのではなく,平均的な者を基準とすべ
きである。なお,例外的には,行為者において,その言動を受ける者の心
理的耐性が平均的な者に比較して劣ることを知り,又は知り得べきであっ
た場合は本人を基準とすることもあり得るが,前記1(1)認定の各事実に
,,よればAの心理的耐性は少なくとも平均的であったとみられるのであり
本人を基準としたとしても上記の結論が異なるものではない。
(2)安全配慮義務違反について
控訴人らは,前記認定のR1班長の義務違反以外にも,被控訴人らに様々
な安全配慮義務違反があったと主張するが,他の履行補助者らに義務違反が
認められないことは前記2(2)オのとおりであり,また,Aが,長時間労働を
強いられるなど,業務自体によって過重な疲労や心理的負荷を被っていたと
認めるに足りる証拠はない。
また,控訴人らが主張するその余の点は,いずれも抽象的な義務を主張す
るにとどまっており,これらは,例えば被控訴人が公務員のメンタルヘルス
ケアに関する施策を策定し,実施するに当たって考慮するべきであるとして
も,その違反が直ちに国家賠償法上違法であるとまでいえるものではない。
(3)控訴人ら主張の個別の言動等について
さらに,控訴人らは,曹候いじめ等の背景の下に,Aに対するいじめが行
われたと主張するが,以下のとおり,控訴人ら主張の個別の行為についてみ
ても,また,これらを総合しても,上官らに何ら指導等の目的を有しない違
法な言動があったとまでは認めるに足りない。
ア曹候いじめの主張について
まず,一般的に,曹候出身者に対し,そうでない隊員から曹候いじめと
いわれるような嫌がらせが行われる場合も,その利益状況に照らしておよ
そあり得ないとまではいえないが,Aの上官,先輩らの中には曹候出身者
も少なくなく,これらの者については曹候いじめを行う状況にないことは
明らかである。また,Aは,8月ころまでは,仕事に対する悩みや上官ら
の厳しい言動について家族に話をしたようなこともなく,上官らの中に,
曹候出身者に対する妬み等があり,殊更Aに嫌がらせをしようとしていた
者があったのであれば,最もAの技能練度が低かったであろう乗艦当初か
ら厳しい言動や嫌がらせをしていた可能性が高いが,Aの乗艦後,上記の
時期まではそのような形跡はないのであって,R1班長ないし上官らが殊
更に曹候出身者に対する嫌がらせとして本件行為やその他の行為を行った
とは認められない。
イ術科指導等に関する主張について
(ア)また,前記認定の各事実に照らし,本件検査期間中に行われた錆び
打ち及び塗装は,海曹士全員が分担して行ったものであり,本件全証拠
によっても,上官らが,本件検査期間中,Aに殊更単純作業をさせたも
のとは認めるに足りない。控訴人らはAの技能練度が足りなかったなら
そのような期間に指導すべきであった等と主張するが,そのような指導
をしなかったとしても直ちに違法であるとはいえないし,むしろ,本件
検査期間中にAに対する本件行為が始まったと認められることからすれ
ば,指導をしていなかったものともいえない。
(イ)控訴人らは,上官らは,Aに対し,突然未知の分野の質問を浴びせ
てAを精神的,心理的に圧迫したり,後輩の前でやったことのない機器
の分解,組立てを命じてAを辱めたりした等と主張し,前記認定の各事
実によれば,上官らがAに職務に関し度々質問をしたり,時には,Aの
後輩や下級の者の前で機器の操作を指示してこれをさせることがあった
こと,また,AはB1らに対し,控訴人ら主張事実に沿う旨述べていた
ことが認められる。
しかしながら,職務に関する質問を行って理解の程度を確認すること
,。は正当な指導の範囲内であってこれを違法な行為であるとはいえない
また,術科に関する技能訓練のためには,作業等を実際に行わせる必
要がある場合も多く,また,その際,他の者が同席することは特段問題
となるようなことではなく,むしろ,Aも実習生時代を含め,先輩の作
業を見て学習することもあったものであって,これらの行為が違法であ
ったとはいえない。
さらに,Aが控訴人らの上記主張に沿うような発言をしていたとして
も,Aがまだ習得していない事項について指導することが当然に違法で
あったとはいえないし「やったことがない」作業とか「未知の分野,,
」,の質問というのは優れてAの主観に係る事項であることを考慮すれば
Aの上記言動によっても,上官らが,殊更Aができないことを選んで質
問したり,作業をさせた等とは認めるに足りない。
(ウ)控訴人らは,Aのベッドの割付についても主張するが,上記認定の
とおり,隊員が使用するベッドについては上級の者,また,先任の者か
ら順に上段から割り付けられる慣行であったものであり,三曹で昇進後
間もないAが下段に割り付けられたことは,やむを得ないものであり,
違法とはいえない。
また,Aは自分の割り付けられたベッドが事故死した隊員が使用して
いたものであると思っていた可能性があるが,実際にはそうではなく,
Aがそう思い込んでいたにすぎない可能性があるから,上官らにこの点
について違法な行為があったとはいえない。
(エ)控訴人らは,上官らは,Aが質問をしても,教えようとしなかった
り,見せしめ的にA1人に居残り仕事をさせたりし,わざと無理なこと
を皆の前でやらせ,覚えたところではないことをさせ,一日中ガミガミ
と,頭ごなしに,きつい物言いを続け,その中で,Aの下の者までがA
を無視する態度をとるように仕向けた等と主張する。
,,,しかしながら前記認定のとおり上官らや先輩らはAの質問に対し
時には,図解して説明したりしていたものであり,教えようとしなかっ
たとの事実は認めるに足りないし,Aが1人で残って仕事をしている旨
控訴人X2に話したことがあるとは認められるが,その発言は自発的に
残って仕事をしているとの趣旨であると考えられ,上官らがAに居残り
仕事をさせたことがあったと認めるに足りない。
また,控訴人らのその余の主張は,前記2(2)ア認定の本件行為の限度
では理由があるが,その余の点は前記(イ)のとおり理由がない。
(オ)控訴人らは,警急呼集訓練において,連絡に当たった隊員らが,A
に対し,意図的に,自宅待機,禁足令を伝えた等と主張するが,前記認
定のとおり,Aや同人への連絡に当たった隊員が訓練の趣旨を誤解して
いたことによって,Aが外出を禁じられたものと誤解したものと考えら
れ,上記隊員らに違法な行為があったとはいえない。
ウ艦内飲酒等について
その他,控訴人X2は,さわぎり内での艦内飲酒,賭トランプ等が行わ
れていたとして,問題である旨供述しているが,これが服務規律に違反す
るものとしても,これに関して,Aに対する不法行為があったと認めるに
足りる証拠もなく,本件事故との関連性も認められない。
エ指導の必要性等について
控訴人らは,Aに技能練度上特段の問題はなく,特別の指導の必要はな
かった等と主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,Aには,技能練度上の問題がなかっ
,。,たとはいえず指導の必要性自体を否定することは困難であるもっとも
そのことはAの能力に問題があったことによるものではなく,一般に曹候
出身者が経験不足から,技能練度が同階級又は下級の経験の長い隊員に技
能練度が劣りがちであることは明らかであるし,Aと同様の技能練度上の
問題を有する者も少なくないと認められるから,本件行為のような態様に
おける指導の正当性を根拠づけるものではないというべきである。
6争点1に関する被控訴人の主張について
(1)判断基準について
被控訴人は,不法行為法上の自殺防止義務は,何らかの法律関係に基づく
特別の社会的接触の関係に基づかずに,法令に基づいて当然に負うべきもの
とされる通常の注意義務であり,上官と部下という関係を前提としない一般
人相互間でも生じる作為義務であるから,上官らに,いじめ等による何らか
の先行行為が存在したのであれば格別,そのような事実が存在しない本件に
おいては,そもそも上記作為義務は発生しない等と主張する。
しかしながら,本件においては,先行する本件行為が存在したと認められ
るばかりでなく,使用者の一定の行為が,上記のような観点から債務不履行
,(),のみならず不法行為国家賠償法上違法な行為に該当し得るものであり
かつ,これが一般条理上認められる義務であることは,前掲最高裁平成12
年判決が明言するところであり,特別の社会的接触の関係があったからとい
って,不法行為に該当しないといえるものではない。
(2)事実関係について
ア被控訴人は,本件行為に係る上官らの言動を否認し,控訴人X2やB1
の証言,供述等は伝聞にすぎないし,Aの親族らへの言動も真実とは限ら
ない,R1班長を知る者が証言する同人の人格に照らし,暴言はあり得な
い,上記言動について見聞した隊員はいない等と主張する。
イしかしながら,控訴人X2やB1は,それぞれ別の機会に,Aから繰り
返し本件行為等があったことを聞いた旨,本件事故の直後から一貫して証
言,供述しており,その内容は相当程度に一致しており,これらが伝聞で
あること,同人らが本件訴訟の当事者又はAの遺族であって強い利害関係
を有すること,同人らの証言等の中には,事実関係や上官らの意図を誤解
しているところや,日時等について不正確な部分も散見されること等を考
慮したとしても,その概要は信用するに足りるというべきである。
また,Aが親族らに事実関係を正しく話していなかった可能性があるか
についてみると,本件行為についてのAの発言は,警急呼集訓練等のよう
に行為者の意図を推測するものとは異なり,申し向けられた言葉そのもの
についての発言であるから,誤解や思い込みの余地もないものと考えられ
るし,前記のとおり,本件行為は,9月ころを境に,Aの執務態度が急変
したことと時期をほとんど同一にしており,それまでAはどちらかといえ
ば自信過剰気味で緊張感に欠けていたことからすれば,この変化が自発的
なものであるとは考え難く,上官からの強い働きかけによるものと考える
のが自然であることに照らしても,Aが同僚に述べていたのと同様の発言
を親族らに対してもしていたのに,親族らがこれを誤解したとか,Aが親
族らの手前虚偽の事実を述べていたものとは考えられない。
さらに,R1班長が本件行為のような言動をするような者ではなかった
と供述,証言する者(R2班長ら)もあるが,R1班長が仕事には厳しか
ったこと,時には不機嫌なこともあったこと,そこまで言わなくてもいい
じゃないかというくらいの強い言い方をしたこともあったかも知れない等
と,陳述,証言する者もあることに照らし,前記認定を左右するものでは
ないというべきである。
なお,当時さわぎりに乗艦していた者らの証言,供述中には,確かに,
本件行為を肯定するものはないが,これらの証言,供述は,本件行為を積
極的に否定するものは少なく,記憶にないか,知らないというものが多い
上,同僚,上官であった者をかばった証言,供述である可能性もあり,前
記認定を左右するに足りるものではない。
(3)当てはめについて
被控訴人は,上官らの行為は,Aの技能練度不足に応じた正当な指導で
あった旨主張するが,前記認定判断のとおり,Aにある程度の技能練度不
足があり,海上自衛官の職責に照らし,できるだけ早期に任務に熟練させ
る必要があったことは認められるとしても,Aの経験年数等に照らし,技
能練度不足があることはある程度やむを得ないところであるし,同様の隊
員もしばしばみられることからすれば,Aの心身に悪影響を及ぼすほどの
心理的負荷をかけてまで指導を急がなければならないほどの緊急の必要性
があったとはいえない。
また,本件行為に係る言動は,特に緊急を要しない場面で繰り返し言わ
れたものと推認され,かつ,Aの個々の行為や技能について言われるにと
どまらず,地位階級に言及し,人格的非難を加えたものというほかなく,
しかも,それを信頼関係を築いた上で行うとか,そのような厳しい指導を
行った後にAの心情を和らげるような措置を執るといった配慮があったと
もうかがわれないのであって,到底正当な指導の範疇であったと認めるこ
とはできず,被控訴人の上記主張は採用できない。
7争点2(1)(本件公表の違法性の有無)について
(1)名誉権侵害の主張について
ア名誉権侵害について
(ア)控訴人らは,Aの自殺の原因は,いじめ等の組織内の問題にあるに
もかかわらず,本件調査報告書は,Aが個人的要因から自殺したことを
内容とするものであって,その記載内容は,Aの基本的な人間像を歪曲
し,事実に反する等と主張する。
,,,(イ)しかしながら本件公表部分の記載は専らAに関するものであり
控訴人らの社会的評価を低下させるものとはいえないから,控訴人らの
名誉を侵害するものとはいえない。そして,仮に本件公表がAの名誉を
毀損するものといえたとしても,民法711条(国家賠償法4条)の趣
旨に照らし,Aの名誉が毀損されたことによって,近親者であるが相続
人ではない控訴人らが固有の慰謝料を請求することはできないというべ
きである。
イ違法阻却事由の有無
(ア)この点をおくとしても,名誉毀損に当たる行為であっても,①その
行為が公共の利害に関する事実に係り,②その目的が専ら公益を図るも
のである場合において,③摘示された事実がその重要な部分において真
,,実であることの証明があるとき又は真実であることの証明がなくても
行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,不法行
為は成立しないものと解される(最高裁昭和41年6月23日第一小法
廷判決・民集20巻5号1118頁参照。)
(イ)これを本件についてみると,
a前記認定の本件事故に関する報道状況,国会における審議状況に加
え,本件公表部分の記載は,公務員の自殺について,国の機関である
自衛隊内に問題がなかったかどうかに関するものであるから,公共の
利害に関する事実の記載であったというべきである。
bまた,その公表は,国家機関である自衛隊として国民に対する説明
のために行ったもので,専ら公益を図る目的での公表であったと認め
られる。
cそして,前記認定のとおり,控訴人らが主張する事実のうち「事,
故者(A)はそれまで,自ら進んで物事をやろうとしない勤務姿勢」
であった「事故者は,この頃から,徐々に3等海曹という階級に」,
応じた責任と本人の技能練度の間の乖離を認識し始め,8月中旬頃か
ら次第に自ら精神的な負担を増大させていったものと推認される,。」
「R2班長)は(おおよど)以来,計3回にわたって事故者の故(,
郷の焼酎を事故者から贈られている。1回目は(おおよど)乗艦中の
散髪のお礼として,2回目は(R2班長)が(おおよど)からさわぎ
りに転勤するにあたって,お世話になった餞別として贈られたものと
理解している。10月13日,3回目の時は事故者と妻子を自宅の夕
,。」,「()食に招待し自ら調理した刺身等でもてなしているR2班長
は,夕食への招待を通じ,家族を含め,より親近感を増し,事故者を
励まそうとしているのに対し,事故者は,それを必ずしも望んでおら
,,(),ずむしろ苦痛に感じていたという事実が推認されR2班長が
現代の若者気質と自分自身の考え方のギャップに気付かない面があっ
たものと考えられる。しかし,事故者が焼酎を贈った時期,経緯を総
合的に考えると(R2班長)が強要したとは判断しないとするのが,
相当である(同8∼9頁「艦内飲酒が本事故の要因となったと。」)」,
は考えられない(同40頁)という本件調査報告書の内容につい。」
ては,前記認定の各事実ないし評価と符合する部分が多く,その部分
については,真実であることの証明があったものというべきである。
もっとも,上記記載においても当裁判所の認定事実とは異なる部分
もあるし,本件公表部分の記載においては,本件事故の原因が本件行
為にあると認められることについては言及されていないが,本件公表
部分の結論においては,本件事故の原因は不明であるとされているも
のである上,本件調査報告書は,多数の関係者の供述等を総合判断し
た結果作成されたものであって,その供述の取捨選択によっては,認
定することがあり得る事実関係の範囲内であるというべきであるか
,,ら真実であると信じるに足りる相当の理由があったものと認められ
故意又は過失があったとはいえない。
ウ以上によれば,本件公表について名誉毀損は成立しないというべきであ
る。
(2)人格的利益の侵害の主張について
ア控訴人らは,総監部は,上官らのいじめ及び安全配慮義務違反という組
織内の問題によりAを自殺に追いやったにもかかわらず,これをAの個人
的要因にすり替え,Aの基本的な人間像を歪曲するような,事実に反する
内容を公表し,又は妥当性を欠く見解を表明し,また,同部は,本件調査
報告書の内容をマスコミに公表する前に,遺族に内容を説明したり,その
,,意見を聴取することがなくマスキングに際しても恣意的であったもので
控訴人らのAに対する敬愛追慕の情などの人格的利益を侵害するものとし
て,不法行為に当たる等と主張する。
イしかしながら,控訴人らの主張のうち,A又は控訴人らのプライバシー
,,の侵害の主張と解される部分についてはプライバシーの侵害については
その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,
前者が後者に優越する場合に不法行為が成立すると解される(最高裁平成
6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁参照)から,本件
調査報告書が公表された当時の状況,これが公表されることによって控訴
人らが被る不利益,本件調査報告書の目的や意義,公表時の社会的状況,
本件調査報告書において当該情報を公表する必要性など,その事実を公表
されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情とを比較衡量して
判断することが必要であるところ,前記認定の公表に至る経緯等に加え,
A又は控訴人らの人定等については公表されていないこと等を考慮すれ
ば,事実を公表されない法的利益が優越するものとは認められない。
ウまた,控訴人らの,総監部が事実に反する内容を公表し,又は妥当性を
欠く見解を表明したとの主張については,上記名誉毀損の主張と同様に採
用することができない。
エさらに,控訴人らは,公表の態様についても主張するが,総監部が公表
に先立って遺族に内容を説明したり,その意見を聴取する義務を負うもの
と解するべき根拠は見当たらないし,その他,本件公表の態様が違法であ
ったことを基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。
オ以上によれば,本件公表が控訴人らの人格的利益を違法に侵害するとは
いえないから,この点についての控訴人らの主張も採用できない。
(3)小括
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件公表に関す
る控訴人らの請求はいずれも理由がない。
8争点3(損害額)について
(1)判断
控訴人X2はAの実母であり,同X1はAの養父であって,前途ある大切
な息子をわずか21歳の若さで失った控訴人らが,Aの死亡について耐え難
い精神的苦痛を被ったことは明らかであり,その他,本件に顕れた一切の事
情を考慮するとき,これを慰謝するためには,実母である控訴人X2につい
,。て200万円養父である同X1について150万円の支払を相当と認める
(2)控訴人らの主張について
控訴人らは,鑑定意見書作成報酬及び依頼時の出張経費を損害として主張
するが,上記費用が本件訴訟追行のため不可欠であったとは認められず,本
件行為と上記費用の支出の間に相当因果関係を認めるに足りない。
また,控訴人らは慰謝料額について,5000万円から上記費用を控除し
た額以上の金額が相当であるというが,控訴人らはAの相続人ではなく,既
に成人し,婚姻して親とは別居した子の親としての慰謝料が上記金額にとど
まることはやむを得ないというべきである。
9争点4(軍事オンブズパーソン制度の創設請求の可否)について
控訴人らは,不法行為の被害者自身及びこれと一定の関係に立つ者は,不法
行為の再発予防請求権を有すると解すべきであると主張するが,国家賠償法及
び民法その他の規定に照らしても,上記のような権利を基礎づけると認められ
る規定は見当たらないから,本件損害に対する賠償としては上記の金銭賠償に
よるほかなく,控訴人らの上記主張は採用できない。なお,被控訴人は,控訴
人らの軍事オンブズパーソン制度の設置請求に係る訴えの却下を求めている
が,同請求は,不法行為(国家賠償法1条)の成立を前提に,その効果として
同制度の設置を求めるものであるから,訴訟要件を欠くものとはいえない。
10結論
以上によれば,控訴人らの請求は主文1項(1)の限度で理由があり,その余
の請求は理由がないから,これと異なる原判決を変更することとし,主文のと
おり判決する。
福岡高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官牧弘二
裁判官川久保政徳
裁判官増田隆久

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