弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人水野弘章の上告趣意は、本件裁判は著しく遅延し、憲法三七条一項の迅速
な裁判の保障条項に違反するにもかかわらず、原判決が被告人に対し免訴又は公訴
棄却の裁判をしなかつたのは憲法三七条一項に違反する、というのである。
そこで、本件の審理経過を記録によつてみると、被告人は、いわゆる大須騒擾等
被告事件に関連して、騒擾の率先助勢の罪により昭和二七年七月二九日に起訴され、
昭和四四年一一月一二日に名古屋地方裁判所において有罪の判決の宣告を受けたが、
これに対し控訴を申し立て、昭和五〇年三月二七日に名古屋高等裁判所において控
訴棄却の判決の宣告を受けたものであること、第一審の名古屋地方裁判所において
は、被告人Aを含む合計一五〇名の被告人らに対する同騒擾等被告事件が刑事第一
部に係属し、昭和二七年九月一六日に第一回公判が開かれて以来、これら事件の併
合、分離をくり返して審理がなされたが、被告人Aの関係では、同月一七日の公判
から昭和三四年六月二五日の公判の直前までは実質的審理が行われず、同日の公判
から別構成の刑事第一部乙部の裁判所による同被告人に対する審理が開始され、昭
和三五年一一月一〇日の公判においては、検察官の論告、弁護人の弁論を残すのみ
の審理段階になつたところ、右論告、弁論がなされないまま審理が中断し、昭和四
二年一一月二二日に至り、同日の公判からは再び刑事第一部により審理が再開され、
第一回公判以来合計二四回の公判を経て、昭和四四年一一月一二日に判決の宣告に
至つていることが認められる。右の経過によると、本件の審理は、第一審において
約一七年三か月の長期間を要しており、そのうち合計約一四年間も審理が中断され
又は実質的審理がなされず、控訴審においても約五年の審理期間を要し、結局、本
件は起訴後今日まですでに二六年もの長年月を経過していることが明らかである。
しかし、具体的刑事事件における審理の遅延が憲法三七条一項の保障条項に反す
る事態に立ち至つているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべき
ではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認め
られないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程
度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければな
らないものであることは、すでに当裁判所の判例(昭和四五年(あ)第一七〇〇号
同四七年一二月二〇日大法廷判決・刑集二六巻一〇号六三一頁参照)とするところ
である。
そこで、本件の審理が前記のとおり長期化したことの原因と理由について考えて
みるのに、記録によると、いわゆる大須騒擾等被告事件は、一五〇名の被告人が騒
擾、爆発物取締罰則違反、放火、放火未遂、外国人登録法違反、外国人登録令違反
に罪によつて起訴された事件であつて、もともと、事案の複雑困難、証拠の厖大、
被告人の多数等審理長期化の要因をはらんでいた事件であるが、第一審においては、
これら被告人を統一公判を希望する大多数の被告人のグループであるいわゆる統一
組と分離公判を希望する少数の被告人のグループである分離組とに分けて審理がな
され、被告人Aはいわゆる分離組に属する者であつたところ、同被告人に関する前
記審理の中断等に伴う審理の遅延は、もつぱら統一組の審理の結果を待ち、本件騒
擾の成否を、統一組と分離組との間において合一に確定するのが相当であるとの配
慮にもとづくものであつたことが認められる。
ところで、同一の事件に関連して多数の被告人が起訴された場合に、これを併合
して審理判決すべきか、分離して審理判決すべきかの問題は、被告人の権利保護、
審理の迅速、各被告人間における判断の統一等もろもろの裁判上の要請を考慮して
決すべきことであるが、本件のような集団犯罪である騒擾罪にあつては、各被告人
のした個別的な行為に対する判断のほかに、その前提として、多数による暴行脅迫
が全体として騒擾罪にあたるかどうかという法的判断を必要とするものであるとこ
ろ、各被告人につきこの騒擾の成否に関する判断の統一を図るということは、裁判
の公正の観点から無視しえない重要な点といわざるをえないのであるから、裁判所
が一部の被告人のみについて先に判断を示すことなく、合一確定を図つたとしても、
これをもつて不当な措置とはなしがたいのである。本件においては、前記のとおり、
昭和三五年一一月一〇日の公判において、被告人Aに対する事件の審理は論告及び
弁論を残すのみになつており、しかもその頃、被告人A及び検察官の双方から、審
理の継続、早期の判決を求める旨の要望のなされていたことが記録上認められるの
であるが、右時点においては、騒擾罪の成立を全面的に争つていた統一組について、
なお審理が継続中であつたのであるから、たとえ別構成の裁判所によるものであつ
ても、統一組被告人と同様に公訴事実をほぼ全面的に否認していた被告人Aについ
て先に判決の宣告をすべきであつたとまではいいがたいところであつて、比較的早
期に統一組の審理を終結しうるとの見込のもとに、最終の段階で統一組と分離組と
の審理を併合して統一的な判断を下すとの方針を立て、同被告人の審理を一旦中断
させた第一審裁判所の措置は、公訴事実を否認していた同被告人にとつて不利益な
ものではなく、やむをえないところであつたというべきである。そして、記録によ
ると、第一審裁判所は、上記の方針に従い、統一組の審理がほぼ終結した段階にお
いて、同被告人の事件と統一組の被告人らの事件とを併合審理して、統一組の審理
において取調べた証拠のほとんど全部を被告人Aの関係においても取調べたうえ、
共通する事項については、統一組と同一の判断のもとに判決の宣告をしていること
が認められるのである。すなわち、これによると、前記のように同被告人に対し審
理が中断され又は実質的審理のなされなかつた期間も、これを実質的にみれば、統
一組と共に審理がなされていたのと同様の結果となつているのであつて、右審理の
中断等によつて、証拠の散逸等被告人の防禦権の行使に障害を生じたものとも認め
がたい。
これを要するに、被告人Aに対する本件審理の遅延は、統一組被告人らとの間に
おける判断の統一の要請にもとづくものであるところ、統一組における審理が長期
化したことの主たる理由が、事案の複雑、困難、証拠の厖大等本件騒擾事件の性質、
内容にあることにかんがみると、右遅延はまことにやむをえないところというべき
であつて、本件においては、いまだ憲法三七条一項に定める迅速な裁判の保障条項
に反する異常な事態に立ち至つたものとすべきでないことは明らかである。
所論違憲の主張は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり決定する。
(裁判長裁判官大塚喜一郎裁判官吉田豊裁判官本林讓裁判官
栗本一夫)

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