弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成16年(ネ)第1797号 著作権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁
判所平成15年(ワ)第6255号)
判         決
控訴人兼被控訴人(1審原告) A
             (以下「原告」という。)
訴訟代理人弁護士       山本隆司
同              井奈波朋子
同              足立佳丈
同              永田玲子
被控訴人兼控訴人(1審被告) キユーピー株式会社
              (以下「被告」という。)
訴訟代理人弁護士       升永英俊
訴訟復代理人弁護士      荒井裕樹
同              江口雄一郎
補佐人弁理士         藤野清規
主         文
1 原告及び被告の各控訴をいずれも棄却する。
2 原告の控訴に係る控訴費用は原告の、被告の控訴に係る控訴費用は被
告の各負担とする。
事 実 及び 理 由
第1 控訴の趣旨等
(原告)
1 原判決中、原判決主文2項及び3項を取り消す。
2 被告は、別紙イ号目録記載のイラスト若しくは別紙ロ号目録記載の人形を商
標、商品包装、商品容器、広告、テレビ番組、テレビCM若しくはインターネッ
ト・ホームページにおいて複製し、又は別紙ロ号目録記載の人形を製造してはなら
ない。
3 被告は、別紙イ号目録記載のイラスト若しくは別紙ロ号目録記載の人形を複
製した商標、商品容器、商品包装若しくは広告又は別紙ロ号目録記載の人形を、譲
渡し又は所持してはならない。
4 被告は、別紙イ号目録記載のイラスト又は別紙ロ号目録記載の人形を複製し
たテレビ番組又はテレビCMを、放送してはならない。
5 被告は、別紙イ号目録記載のイラスト又は別紙ロ号目録記載の人形を複製し
たインターネット・ホームページを、インターネット上で送信し又はインターネッ
ト・サーバーにアップロードしてはならない。
6 被告は、別紙イ号目録記載のイラスト又は別紙ロ号目録記載の人形を複製し
た商標、商品容器、商品包装、広告、テレビ番組を収録した放送用ビデオテープ及
びテレビCMを収録した放送用ビデオテープ並びに別紙ロ号目録記載の人形を、廃
棄せよ。
7 被告は、別紙イ号目録記載のイラスト又は別紙ロ号目録記載の人形を複製し
たインターネット・ホームページを、インターネット・サーバーから削除せよ。
8 被告は、原告に対し、10億円及びこれに対する平成15年6月28日(本
件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 原告が別紙著作物目録3記載のイラストを著作物とする著作権を有すること
を確認する。
10 原判決主文1項が取り消された場合の予備的請求
原告が別紙著作物目録4ないし16記載の各イラストを著作物とする著作権
を有することを確認する。
11 訴訟費用は、1、2審とも被告の負担とする。
12 2項ないし8項につき仮執行宣言
(被告)
1 原判決中、原判決主文1項を取り消す。
2(1)(主位的)
  原告が別紙著作物目録1の(1)及び2の(1)記載の各イラストを著作物とす
る著作権を有することの確認請求に係る訴えを却下する。
(2) (予備的)
  原告が別紙著作物目録1の(1)及び2の(1)記載の各イラストを著作物とす
る著作権を有することの確認請求を棄却する。
3 訴訟費用は、1、2審とも原告の負担とする。
第2 事案の概要
1(1) 本件は、原告が、被告において、別紙イ号目録記載のイラスト(以下「被
告イラスト」という。)及び別紙ロ号目録記載の人形(以下「被告人形」とい
う。)の複製を製造し、これを譲渡、公衆送信等する行為は、原告の有する後記(2)
記載の各著作権を侵害するとして、被告に対し、これらの行為の差止め及び廃棄並
びに損害賠償(民法709条、著作権法114条2項)及び不当利得返還(民法7
03条)を求めるとともに、原告が別紙著作物目録1の(1)記載のイラスト(以下
「1909年イラスト画」という。なお、同イラスト画に描かれた同一の幼児像に
係る各イラスト〔同目録1の(2)参照〕を、以下「1909年作品」という。)、同
目録2の(1)記載のイラスト(以下「1910年イラスト画」という。なお、同イラ
スト画に描かれた同一の幼児像に係る各イラスト〔同目録2の(2)参照〕を、以下
「1910年作品」という。)及び同目録3記載のイラスト(以下「1912年作
品」という。)を著作物とする各著作権を有することの確認を求めた事案である。
(2) なお、前記差止め及び廃棄並びに損害賠償及び不当利得返還請求に関して
は、原告は、主位的請求として、1909年作品の著作権に基づき、予備的請求1
として、1910年作品の著作権及び同作品を二次的著作物とする1909年作品
の原著作権(著作権法28条)に基づき、予備的請求2として、1912年作品の
著作権及び同作品を二次的著作物とする1909年作品及び1910年作品の各原
著作権(著作権法28条)に基づき、予備的請求3として、別紙本件人形写真記載
の人形(以下「1913年作品」という。)を二次的著作物とする1909年作
品、1910年作品及び1912年作品の各原著作権(著作権法28条)に基づ
き、予備的請求4として、1913年作品を二次的著作物とする別紙著作物目録4
記載のイラスト(以下「1901年作品」という。)、同目録5記載のイラスト
(以下「1903年作品」という。)、同目録6ないし10記載の各イラスト(後
記1904年作品①ないし④。以下、これらを総称して「1904年作品」とい
う。)及び同目録11、12記載の各イラスト(後記1905年作品①及び②。以
下、これらを総称して「1905年作品」という。)、同目録13記載のイラ
スト(以下「1906年作品」という。)、同目録14記載のイラスト(以下「1
907年作品」という。)及び同目録15、16記載の各イラスト(後記1908
年作品①及び②。以下、これらを総称して「1908年作品」といい、上記190
1年作品、1903年作品、1904年作品、1905年作品、1906年作品、
1907年作品及び1908年作品を総称するときは「キューピー関連作品」とい
う。)の原著作権(著作権法28条)に基づき、請求している。
(3) 原審は、原告の各請求のうち、原告が1909年イラスト画、1910年
イラスト画及び1913年作品を著作物とする各著作権を有することの確認請求に
ついては、前二者の請求を認容し、その余を棄却し、被告に対する差止め、廃棄、
損害賠償及び不当利得返還請求については、予備的請求4を棄却し、その余の請求
に係る訴えをいずれも却下したところ、原告及び被告が、それぞれ自己の敗訴部分
を不服として控訴を提起した。
【以下、「第2 事案の概要」2及び3、「第3 争点に関する当事者の主
張」並びに「第4 当裁判所の判断」の部分は、原判決を付加、訂正等した。ゴシ
ック体太字の部分が、当審において、内容的に付加、訂正を加えた主要な箇所であ
る。それ以外の字句の訂正等については、特に指摘していない。】
2 前提となる事実(証拠の記載のないものは、争いがないか、又は弁論の全趣旨
により認められる。)
(1) 当事者
ア 原告は、「日本キューピークラブ」なる団体を主宰し、京都市において
古い玩具等を展示する「想い出博物館」を運営するなどの活動をしている個人であ
る(甲第38、第39号証、第73号証、第85号証)。
イ 被告は、「キユーピー」の社名で、マヨネーズソースその他一般ソース
類の製造販売等を目的とする株式会社である。
(2) 被告の行為
 被告は、被告イラスト及び被告人形を、被告の製造、販売する商品の商
標、商品包装、商品容器、テレビ番組及びインターネット・ホームページにおい
て、複製して使用し、また、被告人形を、自己の製造したマヨネーズ商品と共に配
布している。
 被告は、被告イラスト又は被告人形を複製した商標、商品包装、商品容器
及び広告並びに被告人形を譲渡し又は頒布する目的で所持している。
 被告は、被告イラスト又は被告人形を複製したテレビ番組及びテレビコマ
ーシャルメッセージ等を放送している。
 被告は、被告イラスト又は被告人形を複製したホームページをインターネ
ット・サーバーにアップロードし、インターネット上に載せている。
(3) ローズ・オニールとキューピー作品等
 米国人ローズ・オニール(RoseO'Neill)は、1874年6月25日、米
国ペンシルバニア州ウイルケス・バレ市で生まれた。ローズ・オニールは、生前、
多数のイラスト作品等を創作しているが、本件訴訟において著作権侵害が問題にさ
れている著作物は、次のとおりである。
ア 1909年から1913年までの間の作品
(ア) 1909年作品
 ローズ・オニールは、1909年イラスト画(甲第1号証)を創作
し、米国の雑誌「Ladies'HomeJournal」1909年12月号に掲載した自作のイ
ラスト付き詩「TheKEWPIES'ChristmasFrolic(クリスマスでのキューピーたちの
戯れ)」にてこれを発表した。
 なお、1909年イラスト画には、様々の表情、姿態をした同一の幼
児像(1909年作品。なお、原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)参照)が描
かれ、これらの像に対して「キューピー(Kewpie)」なる名称が付されているが、
同名称は、ローズ・オニールが、従来から、西洋神話の「キューピッ
ド(Cupid)」にちなんで、そう名付けていたのを、このころから公に使用し始め
たものである(甲第1号証、第8号証、乙第16号証、弁論の全趣旨)。
(イ) 1910年作品
 ローズ・オニールは、1910年イラスト画(甲第2号証)を創作
し、米国の雑誌「Woman'sHomeCompanion」1910年9月号に掲載した自作のイ
ラスト付き詩「DOTTYDARLINGANDTHEKEWPIES(ドッティー・ダーリンとキューピ
ーたち)」にてこれを発表した。
 なお、1910年イラスト画には、様々の表情、姿態をした同一の幼
児像(1910年作品。なお、原告指摘に係る別紙著作物目録2の(2)参照)が描
かれ、これらの像に対して「キューピー(Kewpie)」なる名称が付されている。
(ウ) 1912年作品
 ローズ・オニールは、1912年ころ、人形用のデザイン画として1
912年作品(甲第3号証)を創作した。同作品について、ローズ・オニールは、
同年、米国連邦特許商標庁にデザイン・パテント(意匠特許。日本の意匠登録に相
当する。)を出願した(登録は1913年)。
(エ) 1913年作品
 ローズ・オニールは、1913年ころ、1912年作品に基づき「キ
ューピー」人形を制作したが、1913年作品には、足裏に“ROSEO'NEILL,・
1913MADEINJAPAN”と記載されたシールが貼られている。
 なお、原告は、1913年作品がローズ・オニールが制作した彫像の
複製物であることを前提として、当該複製物である1913年作品が、米国のほか
日本においても制作発行されていたと主張している。これに対して、被告は、19
13年作品がローズ・オニールの許諾を得て製造されたこと及び我が国においても
販売されたことは否認している。
(以下、以上の「1909年作品」、「1910年作品」、「1912年
作品」及び「1913年作品」を総称するときは、「キューピー作品」という。)
イ 1909年より前の作品
(ア) 1901年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「Puck」1901年4月6日号に、190
1年作品を創作発表した。
(なお、被告は、1901年作品の著作権は、出版社に帰属すると主張
している。)
(イ) 1903年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「TheCosmopolitan」1903年12月号
に「AChristmasCourtship」の題字部分のイラストの一部として、1903年作品
を創作発表した。
(なお、被告は、1903年作品の著作権は、出版社に帰属すると主張
している。)
(ウ) 1904年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「20thCenturyHomeMagagine」1904
年3月号に「TheEducatedWife」の挿絵の一部として1904年作品①を、雑
誌「GoodHousekeeping」1904年4月号に「ToArms」の題字部分のイラストの
一部として1904年作品②を、雑誌「20thCenturyHomeMagagine」1904年
7月号に「TheLaboratoryoftheKitchen」の題字部分のイラストの一部として1
904年作品③を、同誌1904年8月号に「FortheWomanWhoReads」の題字部
分のイラストの一部として1904年作品④を、同誌1904年9月20日号に挿
絵「TheJarringNote」の題字部分のイラストの一部として1904年作品⑤を、
それぞれ創作発表した。
(なお、被告は、1904年作品の著作権は、それぞれ出版社に帰属す
ると主張している。)
(エ) 1905年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「AmericanIllustratedMagazine」19
05年12月号に「TheExpansionofAlphonse」の題字部分のイラストの一部と
して1905年作品①を、雑誌「Appleton's」1905年12月号に「TheSage
Hen'sSamson」の挿絵の一部として1905年作品②を、それぞれ創作発表した。
(なお、被告は、1905年作品の著作権は、それぞれ出版社に帰属す
ると主張している。)
(オ) 1906年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「Harper'sBazar」1906年7月号に「A
NightwithLittleSister」の題字部分のイラストの一部として1906年作品を
創作発表した。
(なお、被告は、1906年の著作権は、出版社に帰属すると主張して
いる。)
(カ) 1907年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「Harper'sBazar」1907年12月号
に、1907年作品を創作発表した。
(なお、被告は、1907年作品の著作権は、出版社に帰属すると主張
している。)
(キ) 1908年作品
 ローズ・オニールは、雑誌「Harper'sBazar」1908年9月号
に「TheLetter」の題字部分のイラストとして1908年作品①を、同誌1908
年12月号に「Peter,Peter」の題字部分のイラストの一部として1908年作品
②を、それぞれ創作発表した。
(なお、被告は、1908年作品の著作権は、出版社に帰属すると主張
している。)
〔以下、「1909年作品」等に対する日本における著作権を各々「19
09年著作権」等といい、1909年イラスト画、1910年イラスト画、キュー
ピー作品ないしキューピー関連作品に対する日本における著作権を「キューピー著
作権」と総称する。〕
(4) ローズ・オニールの遺産財団
 ローズ・オニールは、1944年(昭和19年)4月6日、米国ミズーリ
州で死亡した。
 ローズ・オニールの死後、その遺産財団(以下「RO遺産財団」とい
う。)が設立され、Hが同財団の財産管理人として任命された。RO遺産財団は、
1964年(昭和39年)1月16日、遺産につき「現金612.47ドルとその
他の動産なしと記載される残高が正確である」と認められ、同遺産につき法定相続
人の間での分配に関する決定及び判決がなされて、清算した。
 Iは、米国ミズーリ州タニー郡巡回裁判所に対し、1997年(平成9
年)7月14日付け受理の「未処分財産の遺産管理状の交付申請」を行い、同裁判
所は、同月15日、ローズ・オニールの遺産財団(以下「新RO遺産財団」とい
い、「RO遺産財団」と併せて「(新)RO遺産財団」という。)の法定代理人と
して、Iを任命した。
(5) キューピー第一次訴訟
 本件訴訟に先立ち、原告は、平成10年、被告に対して、被告イラスト及
び被告人形が1913年作品の複製又は翻案であるとして、1913年著作権に基
づき、前記第1(原告)の2項ないし8項と同様の内容の請求をする訴訟(以下
「第一次訴訟」という。)を東京地方裁判所に提起した(同裁判所平成10年(ワ)
第13236号)。同裁判所は、平成11年11月17日、原告の請求は理由がな
いとして、原告の請求をいずれも棄却する判決を言い渡した。その控訴審(東京高
等裁判所平成11年(ネ)第6345号)において、原告は、1913年作品の著作
権確認請求を追加した。東京高等裁判所は、平成13年5月30日、原告の控訴を
棄却するとともに、控訴審で追加された請求については、原告が1913年作品に
係る著作物の著作権者であることを確認する旨の判決を言い渡した(甲第28号
証)。原告及び被告は、それぞれ最高裁判所に上告及び上告受理申立てをしたが、
最高裁判所は、平成14年10月29日、いずれの申立てに対しても上告棄却及び
上告審として受理しないとの決定をした(甲第26、第27号証)。
3 争点
(1) 第一次訴訟の確定判決の既判力
(2) 訴訟上の信義則
(3) 確認の利益
(4) キューピー作品の創作性
(5) 1912年作品の著作権の喪失
(6) キューピー作品の著作権の保護期間
(7) キューピー関連作品の著作権の保護期間
(8) キューピー著作権は原告に譲渡されたか
(9) 被告イラスト及び被告人形とキューピー作品との類似性
(10) 被告イラスト及び被告人形のキューピー作品に対する依拠性
(11) キューピー著作権の相対的時効取得
(12) 権利の失効
(13) 権利濫用
(14) 原告の損害
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(第一次訴訟の確定判決の既判力ー本件訴訟の予備的請求3は、第一
次訴訟の確定判決の既判力に抵触するか)について
【原告の主張】
(1) 第一次訴訟の確定判決の既判力が生じる訴訟物
 第一次訴訟控訴審判決は、原告が、1913年著作権のみを主張し、19
09年著作権及び1910年著作権を主張しないと述べたことを前提としており、
訴訟物が「1913年著作権」のみに基づく差止請求権及び損害賠償請求権である
ことを明言している。
(2) 本件訴訟における訴訟物
 予備的請求3は、1913年著作権に基づく請求ではなく、1913年作
品という二次的著作物の原著作物である1909年作品、1910年作品及び19
12年作品のそれぞれの著作権に基づく差止め、損害賠償請求等である。
 したがって、本件訴訟の予備的請求3は、第一次訴訟の確定判決の既判力
に抵触しない。
【被告の主張】
 第一次訴訟の訴訟物は、1913年著作権に基づく差止請求、損害賠償請求
等であった。原告は、第一次訴訟において1913年著作権に基づく上記各請求が
棄却され、これが確定した後、本件訴訟において、1913年作品に対して、19
09年作品、1910年作品及び1912年作品が原著作物であることを理由に、
原著作権(著作権法28条)に基づく差止請求、損害賠償請求等をしているが、こ
れが1913年著作権と別個の訴訟物であるとするのは、原告の独自の見解に基づ
く主張にすぎない。予備的請求3は、第一次訴訟の確定判決の既判力に抵触する。
2 争点(2)(訴訟上の信義則ー本件訴訟の提起は第一次訴訟の実質的な蒸し返し
であって、訴訟上の信義則に反するか)について
【被告の主張】
(1) 本件訴訟における原告の主張は、第一次訴訟におけるものとほぼ同じであ
り、原告が本件訴訟で提出した証拠も、実質的に第一次訴訟におけるものと同じで
ある。原告が本件訴訟で著作権を主張している1909年作品、1910年作品及
び1912年作品は、いずれも、第一次訴訟当時、存在が判明していたイラストで
ある。したがって、本件訴訟は、実質的には第一次訴訟の蒸し返しにほかならな
い。
(2) 原告は、1910年作品、1912年作品及び1913年作品を1909
年作品の二次的著作物とも位置付けており、主位的請求である1909年作品に関
する請求が否定されたときには、1909年作品の二次的著作物である1910年
作品、1912年作品あるいは1913年作品の権利は存在し得ないから、予備的
請求1ないし3は失当である。しかも、原告は、1913年作品の著作権に基づく
請求を行わないと主張しているのであるから、予備的請求3は、主位的請求、予備
的請求1あるいは2の蒸し返しにすぎない。
(3)ア 原告は、第一次訴訟控訴審判決が認定しているとおり、第一次訴訟第一
審の口頭弁論期日において、「1909年作品について著作権の保護を求める著作
物として主張する趣旨ではないし、今後もそのような趣旨の主張をするつもりはな
い」と述べていた。第一次訴訟控訴審判決でもそのように認定されたのであるか
ら、合理的な通常人であれば、原告が第一次訴訟終了後に、新たに1909年作品
を根拠に、実質的に同一の紛争を蒸し返す意図はないと理解する。したがって、被
告としては、当然、第一次訴訟で、原告との間の、キューピーにまつわる紛争は終
了したと期待していた。
 原告が、1909年作品の創作的表現についても著作権の保護を及ぼし
たいのであれば、第一次訴訟で1909年作品に基づく著作権侵害を主張すれば足
りたのである。それにもかかわらず、原告は、第一次訴訟において、「1913年
作品の著作権」及び「1913年作品に表れている1909年作品及び1910年
作品の各原著作権」を主張したものと思われるが、このような主張は著作権法の趣
旨をゆがめる解釈であり、そのような原告の解釈が第一次訴訟で容れられなかった
からといって、それは原告の責任であるから、その結果を甘受すべきである。原告
が、本件訴訟で1909年作品、1910年作品及び1912年作品の各著作権に
基づく請求をすることは、自らの第一次訴訟での失敗を被告に転嫁するものであ
り、被告に不必要な応訴の負担を強要し、かつ司法制度をいたずらに浪費するもの
である。
 以上からすれば、本件訴訟における主位的請求、予備的請求1ないし3
は、第一次訴訟との関係で訴訟上の信義則に反するというべきである。
 また、上記のような経緯により、原告は、1909年作品及び1910
年作品の各著作権の保護を求めることを放棄したものとみるべきであるから、少な
くとも被告との関係では、上記各著作権に基づく差止めや損害賠償等の請求のみな
らず、これらに係る確認請求をすることについても放棄したものと解すべきであ
る。したがって、当該確認請求は、訴訟上の信義則違反として却下されるべきであ
る。
イ なお、上記アの点に関し、原告は主張をふえんしているが、第一次訴訟
第一審の第4回口頭弁論期日(平成11年4月16日)の口頭弁論調書(甲第95
号証。以下「本件調書」という。)の記載を読む限り、原告が、少なくとも被告に
対する関係においては、1909年作品及び1910年作品に対する各著作権の保
護を今後にわたって求めないとの意見を明らかにしたものと解さざるを得ず、この
ことは、本件調書の上記記載によって、裁判所に顕著な事実(民事訴訟法179条)
であると認められる。仮に、原告が、本件調書の上記記載に不満があるとすれば、
本件調書作成後遅滞なく異議を述べることができたにもかかわらず、これをしなか
ったのであるから、民事訴訟法2条が定める訴訟上の信義則に照らし、異議権の喪
失を定める同法90条に準じて、原告は、本件調書の上記記載に異議を述べる権利
を失ったものと解すべきである。
 また、訴訟物ないし請求原因の追加、撤回は、訴訟戦略上、様々な要素
を考慮して判断するものであり、現実に訴訟実務において訴訟物等の撤回等が行わ
れているのであるから、一概に当事者の合理的意思解釈として訴訟物等の撤回があ
り得ないということはできない。
(4) 原告は、第一次訴訟から一貫してキューピーとは1909年作品において
初めて創作されたと主張してきている。したがって、それ以前に制作された作品
が、キューピー作品の原著作物であることを前提とする予備的請求4は、訴訟上の
信義則に著しく反する(最高裁昭和48年7月20日第二小法廷判決・民集27巻
7号890頁参照)。
【原告の主張】
(1) 被告は、本件訴訟における主位的請求及び予備的請求1ないし3について
は、第一次訴訟における原告の主張立証をほぼ同じくしており、実質上「蒸し返
し」であるから、信義則違反であると主張する。
 しかしながら、二次的著作物に複数の原著作物が用いられている本件のよ
うな場合、一個の原著作権に基づく主張しかできないと解すべき理由はないし、そ
のように解することは、原著作者の権利を著しく制限するものである。
 そして、訴訟物が異なる以上は、①前訴と後訴の訴訟物を基礎付ける権利
が同一であり、②後訴請求を基礎付ける主張が前訴において否定的に判断され、③
後訴原告が前訴において予備的な請求をすることによって紛争の終了を企図した主
張を行い、かつ、④公的処分等における高い法的安定性の要請がある、といった例
外的な場合に限定して、信義則違反が認められるべきである。
 本件は、(ア)訴訟物を基礎付ける権利は別であり(①の否定)、(イ)第一
次訴訟では1913年作品以外は何ら判断されておらず、むしろ審理の機会をはく
奪されたものであり(②の否定)、しかも、第一次訴訟では、原告は予備的請求
(1913年著作権以外の著作権に基づく請求)を行っていないと認定され、被告
もこの予備的請求を審理対象とすることを拒んだのであるから、紛争の終了を企図
した主張がなされていたということはできない(③の否定)。また、(ウ)本件にお
いて公的処分等における高い法的安定性の要請は認められない(④の否定)。した
がって、原告の請求が信義則違反であるこということはできない。
(2) 前記(1)の点をふえんすると、次のとおりである。
ア 原告は、第一次訴訟第一審で提出した平成11年4月15日付け原告第
4準備書面において、「原告は、被告が本件著作物を二次的著作物であると主張す
るので、その原著作物である別紙『イラスト著作物目録一』(本件訴訟の1909
年イラスト画)および『イラスト著作物目録二』(本件訴訟の1910年イラスト
画)の各著作物を、本件訴訟請求の被侵害著作物として請求原因に追加する。」と
主張したのみならず(甲第57号証)、第一次訴訟控訴審における裁判所からの求
釈明に対しても、「右表現的特徴のうち、本件著作物に固有の表現的特徴のみに対
して権利主張するものではない。」(甲第58号証、平成12年12月1日付け原
告準備書面(四)3頁)と主張していた。
イ 本件調書に記載された原告の陳述の趣旨は、1909年作品及び191
0年作品を1913年作品の原著作権としてのみ権利主張するというものであり、
これらの作品に対する著作権の権利主張を撤回したり、これらの作品に係る著作権
を放棄したものではなかった。
ウ 当事者の合理的意思の解釈としても、原告が1909年作品及び191
0年作品に対する各著作権について訴えの追加的変更をしておきながら、それを全
面的に撤回してしまうはずもなく、ましてや、それを超えて著作権自体を放棄する
(当該訴訟のみならず他の訴訟においても主張しない)ことなどはあり得ない。
エ 原告の前記陳述の趣旨が、前記イのようなものであった以上、本件訴訟
においては、1909年作品及び1910年作品の各著作権に係る権利主張に対す
る審理・審判の機会が保障されなければならない。
オ なお、原告が、被告主張のように、1909年イラスト画及び1910
年イラスト画の各著作権を有することの確認を求める請求まで放棄したものでない
ことは、いうまでもない。
(3) 被告は、原告が譲り受けた作品は1909年以降の作品に限定されるとし
て、予備的請求4が失当であると主張する。しかし、原告が譲り受けた著作権は、
1909年以降の作品に限定されていないし、被告が引用する最高裁判決は、前訴
と後訴における当事者の態度の違いに着目して禁反言の法理を適用するものであっ
て、本件には該当しない。
 よって、予備的請求4が失当であるとする被告の主張は何ら理由がない。
3 争点(3)(確認の利益)について
【被告の主張】
(1) 確認の利益が認められる場合の要件とその具備の有無
 確認の利益は、原告の権利又は法的地位に不安が現に存在し、かつ不安を
除去する方法として、原告・被告間でその訴訟物たる権利又は法律関係の存否の判
決をすることが有効、適切である場合に認められ、その判断基準は、①原告・被告
間の具体的紛争の解決に、確認訴訟、確認判決という手段が、有効、適切か、②確
認対象として選択された訴訟物が、原告・被告間の紛争解決にとって有効、適切
か、③原告・被告間の紛争が確認判決によって即時に解決しなければならないほど
切迫し成熟したものか、④訴訟物たる権利又は法律関係について確認判決による紛
争解決を図るのに有効、適切な被告を選択しているか、であるとされる。
 本件紛争の核心は、原告が著作権を有するか否かではなく、被告人形等が
キューピー作品の複製又は翻案か否かという問題である。この問題解決のために原
告・被告間で1909年イラスト画、1910年イラスト画及び1912年作品の
各著作権者の確認を求めることは、有効でも適切でもないから、上記要件のうち、
①と②を具備しない。
 また、被告は、これらの著作権を被告が保有する旨主張したことはない
し、原告に対し、被告の著作権の存在を前提とする権利行使や侵害差止請求等を行
ったことはない。したがって、上記要件のうち、③を具備しない。
 さらに、被告は、原告に対して、著作権の帰属を主張したことはないか
ら、紛争解決に著作権の帰属を確認する必要はなく、上記要件のうち、④を具備し
ない。
 したがって、1909年イラスト画、1910年イラスト画及び1912
年作品の各著作権が原告に帰属することの確認を求める請求には、確認の利益が認
められない。
(2) 被告が、著作権の発生・消滅・移転・範囲を争うことの趣旨
 確認の利益は訴訟要件の存否にかかわる問題であるから、本案訴訟手続の
主張とは区別して判断されるべきである。この点、本案前の訴訟要件に関して、被
告は原告に対して反論したことはない。
 本案訴訟手続において予備的に争ったことを根拠に本案前の訴訟要件に係
る主張を排斥するのは、本案前の訴訟要件である確認の利益の有無の判断として本
末転倒であり、不当である。仮に、本案前の訴訟要件に係る主張に対してこのよう
な判断方法を採用すると、被告としては、事実上、本案前の訴訟要件に係る主張に
対する判断が示されない限り、予備的にすら本案に関する主張を行えないこととな
り、実質的に本案に関する予備的主張を禁圧することとなって、結果的に円滑な審
理進行を妨げることとなる。
 被告は、本案訴訟において、被告人形等がキューピー作品の複製でも翻案
でもないと主張し、予備的に原告の著作権の存在等を否認し争っているにすぎな
い。原告主張の著作権が及ぶ範囲は一義的に明らかでないため、被告としても、当
該著作権が及ぶ範囲が明らかにされるまでは、その有無を争うべきか否かを正確に
決定することができず、その範囲が広く認められた場合に備えて、予備的に当該著
作権の帰属を争わざるを得ない。被告は、そのような場合に備えて、予備的に、当
該著作権の帰属を争ったものにすぎない。これは極めて自然な訴訟行為であり、こ
れをもって、被告が確認訴訟に敗訴した場合の訴訟費用の負担を余儀なくされると
すれば、不当な応訴の負担である。
【原告の主張】
被告の主張は争う。被告が著作権の発生・消滅・移転等を争う以上、確認の
利益は認められる。
4 争点(4)(キューピー作品の創作性-1909年作品、1910年作品及び1
912年作品は、それぞれ創作性を有するか)について
【原告の主張】
(1) 「天使」、「子供」ないし「キューピッド」とキューピー作品
 キリスト教、ユダヤ教及びイスラム教の神の使いとされる「天使」、「子
供」、ローマ神話に登場する愛の神で、愛と美と豊饒の女神ヴィーナスと軍神マル
スの子供とされている「キューピッド」といった題材は、作者の個性・才能・技能
によって異なった創作的表現がなされており、個性的表現の幅が大きい。
 このように「天使」、「子供」、「キューピッド」の描き方が多彩である
のに対して、キューピー作品には顕著な特徴があり、しかも、その特徴は、「子
供」、「天使」、「キューピッド」の表現として有りふれたものではない。
(2) 1912年作品について
 キューピー作品の特徴は、1912年作品においてとりわけ顕著に認める
ことができる。
ア 顔と頭の形状における特徴
 顔と頭の形状における特徴は、明るいかわいらしさを造形している以下
の特徴である。これらの特徴は、キューピー作品創作以前においては見られなかっ
たものであって、個別に、また、その組み合わせにおいて、創作的である。
① 顔は縦と横の長さがほぼ同じであり、丸顔(頭部の輪郭が略円)であ
る。
② 頬はふっくらしている。
③ 目は、丸く(目の輪郭が略円)大きく、顔の下半分にある。
④ 瞳は、大きく、左方向(向かって右)を向いている。
⑤ 眉があるが、眉は目から離れた位置に短い線として描かれている。
⑥ 鼻は、目立たず、小さい。
⑦ 唇が頬に食い込むように左右に引かれ、口角は上がっており、微笑ん
でいる。
⑧ 頭頂部に髪の毛の突起がある。
⑨ とがった部分から前に垂れた髪の毛がある。
⑩ 左右側頭部に髪の毛の突起がある。
⑪ 頭のその他の部分には髪の毛はない。
⑫ 眉以外の顔のパーツは顔の下半分に集中するが、眉だけが顔面の上半
分にある。
⑬ 以上の特徴の組み合わせ。
イ 体型における特徴
 体型における特徴は、かわいらしさを造形している以下の表現上の特徴
である。これらの特徴は、キューピー作品創作以前においては見られなかったもの
であって、個別に、また、その組み合わせにおいて、創作的である。
① 頭部は、丸顔であり、頭頂に突起がある。
② 頭部が全身と比較して大きく、おおむね3頭身である。
③ 裸である。
④ 性別がはっきりせず、中性的である。
⑤ 実際の子供よりも、ふっくらと描かれている。特に、腹部は実際の子
供に比べて誇張して前方に突き出ている。
⑥ 双翼があるが、極端に小さい。
⑦ 天使やキューピッドと異なり宗教色はない。
⑧ 頸部がない。
⑨ 指は実際の子供に比べて短く(掌よりも短い)、形は先端がやや丸く
なった略三角形である。
⑩ 以上の特徴の組み合わせ。
ウ 姿勢における特徴(キューピー・ポーズ)
 俗にキューピー・ポーズといわれる姿勢における特徴は、明るいかわい
らしさを造形している以下の表現上の特徴である。これらの特徴は、キューピー作
品創作以前においては見られなかったものであって、個別に、また、その組み合わ
せにおいて、創作的である。
① 全体的に略円という頭部輪郭を備えた約3頭身である。
② 直立である。
③ 両腕を伸ばし、身体の側面から斜めの方向に下げている。
④ 両手は、掌を紅葉状に広げている。
⑤ 足は伸ばして両足をそろえている。
⑥ つま先をそろえている。
⑦ 以上の特徴の組み合わせ。
(3) 1909年作品の創作性
 1909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)の幼児像は、①ほぼ直立又は
動きのあるイラストであり、②乳幼児としての体型であり、頭部が全身と比較して
大きく、おおむね3頭身である、③裸又はほぼ裸である、④性別がはっきりせず、
中性的である、⑤ふっくらとしているが、乳幼児としてはやせ形である、⑥胴長短
足である、⑦頭部の骨格について、後頭部の中心が突き出したように張ってはおら
ず、緩やかな円形曲線を形成している、⑧頭の中央部分がとがっており、とがった
部分は髪の毛で前に垂れており、頭の左右、後頭部下方にとがった形状の髪の毛が
生えておらず、その他の部分に髪の毛はない、⑨顔は縦と横の長さがほぼ同じであ
り、いわゆる丸顔であって、頬はふっくらしている、⑩目は丸く大きく、左又は右
を向いている、⑪眉は目から離れた位置に点のように描かれている、⑫鼻は目立た
ず、小さく丸い、⑬口は、唇につき、細く長く下向き円弧状に描かれているものが
あり、また、口がやや短く描かれているものがあり、微笑んでいるような表情に描
かれている、⑭小さな双翼が肩の付け根から生え、首に伸びるような形で付けられ
ている、⑮両腕を伸ばし、掌を広げているものはいない、⑯腹部は下腹部が前方に
突き出している、⑰背中は平坦で、尻部は下方に向けて狭まっている、といった特
徴を有しており、その結果、創作性が認められる。
(4) 1910年作品の創作性
 1910年作品、殊に別紙著作物目録2の(2)の幼児像は、1909年作品
と比較して、よりかわいらしくなるよう誇張され、その点に創作性が認められる。
具体的には、①目の形だけでなく、目の大きさを誇張している、②1909年作品
に比べ、0.5頭身もの差があり、頭の大きさが誇張されている、③実際の子供よ
りもふっくらと描かれている、④マンガ的である、⑤頸部がない、⑥腹部は実際の
子供に比べ誇張して前方に突き出している等の点において新たな創作性が認められ
る。
(5) 1901年作品について
 1901年作品とキューピー作品、とりわけその特徴が顕著に表れている
1912年作品を比較してみると、次のような相違点が指摘できる。したがって、
キューピー作品は、1901年作品に由来しない、全く新しい創作性を有する著作
物というべきである。
ア 顔と頭の形状における特徴
 顔と頭の形状については、1912年作品とは、瞳が左方向を向いてい
る点、眉が短い線として描かれている点、鼻が目立たず小さいという点、頭頂部に
髪の毛の突起がある点、左右側頭部に髪の毛の突起がある点において類似するが、
その他の点は全く異なる。特に、1912年作品においては、唇が頬に食い込むよ
うに左右に引かれ、口角は上がっており、微笑んでいるのに対して、1901年作
品においては、指をくわえて暗い表情である。また、1912年作品においては、
眉だけが顔面の上半分にあるところ、1901年作品においては、眉を含めて顔の
パーツが顔の下半分に集中し、「パッ」と目を見開いた独特の生き生きとした表情
が存在しない点において1912年作品と大きく異なる。その結果、1901年作
品は、明るいかわいらしさを造形していない。
イ 体型における特徴
 体型については、1912年作品とは、頭頂に突起がある点、おおむね
3頭身である点、裸である点、性別がはっきりせず中性的である点、極端に小さい
双翼がある点において類似するが、その他の点は全く異なる。特に、全体的に頭髪
が豊かであり、ふっくらしておらず、大人びた幼児の印象を与える。また、190
1年作品は、教会でお祈りをしている女性とともに描かれた宗教色なイラストであ
り、暗い。その結果、1901年作品は、かわいらしさを造形していない。
ウ 姿勢における特徴(キューピー・ポーズ)
 姿勢については、1901年作品は、斜め向きで、やや前屈みであっ
て、1912年作品とは全く異なる。その結果、1901年作品は、明るいかわい
らしさを造形していない。
(6) 1903年作品について
 1903年作品とキューピー作品、とりわけその特徴が顕著に表れている
1912年作品を比較してみると、次のような相違点が指摘できる。したがって、
キューピー作品は、1903年のそれに由来しない、全く新たな創作性の存する別
個の著作物である。
ア 顔と頭の形状における特徴
 顔と頭の形状については、1912年作品とは、鼻が目立たず小さいと
いう点、頭頂部に髪の毛の突起がある点において類似するが、その他の点は全く異
なる。特に、1903年作品においては、口は小さく点状であって、微笑む表情は
ない。また、1903年作品においては、眉がなく、瞳が小さく、かつ上目遣いで
あって、「パッ」と目を見開いた独特の生き生きとした表情が存在しない。その結
果、1903年作品は、明るいかわいらしさを造形していない。
イ 体型における特徴
 体型については、1912年作品とは、頭頂に突起がある点、裸である
点、性別がはっきりせず中性的である点、頸部がない点、極端に小さい双翼がある
点において類似するが、その他の点は全く異なる。特に、3頭身ではない点、丸顔
ではない点、教会でひざまずいた姿勢でお祈りをするようなポーズをとって宗教色
がある点、指が表現されていない点において異なる。その結果、1903年作品
は、かわいらしさを造形していない。
ウ 姿勢における特徴(キューピー・ポーズ)
 姿勢については、1903年作品は、正面向きにひざまずいた姿勢でお
祈りをするようなポーズをとっており、1912年作品とは全く異なる。その結
果、1903年作品は、明るいかわいらしさを造形していない。
(7) 1905年作品①について
 1905年作品①とキューピー作品、とりわけその特徴が顕著に表れてい
る1912年作品を比較してみると、次のような相違点が指摘できる。したがっ
て、キューピー作品は、1905年作品①のそれに由来しない、全く新たな創作性
の存する別個の著作物である。
ア 顔と頭の形状における特徴
 顔と頭の形状については、1912年作品とは、眉が目から離れた位置
に短い線として描かれている点、鼻が目立たず小さいという点、頭頂部に髪の毛の
突起がある点において類似するが、その他の点は全く異なる。特に、1905年作
品①においては、暗い表情である。また、1905年作品①においては、目を閉じ
微笑みがなく、1912年作品のような「パッ」と目を見開いた独特の生き生きと
して表情が存在しない。その結果、1905年作品①は、明るいかわいらしさを造
形していない。
イ 体型における特徴
 体型については、1912年作品とは、裸である点、性別がはっきりせ
ず中性的である点、極端に小さい双翼がある点において類似するが、その他の点は
全く異なる。特に、3頭身ではない点、丸顔ではない点、教会でひざまずいた姿勢
でお祈りをするようなポーズをとって宗教色がある点、指が表現されていない点に
おいて異なる。その結果、1905年作品①は、かわいらしさを造形していない。
ウ 姿勢における特徴(キューピー・ポーズ)
 姿勢については、1905年作品①は、横向きにひざまずいており、1
912年作品とは全く異なる。その結果、1905年作品①は、明るいかわいらし
さを造形していない。
(8) 1906年作品について
 1906年作品とキューピー作品、とりわけその特徴が顕著に表れている
1912年作品を比較してみると、次のような相違点が指摘できる。したがって、
キューピー作品は、1906年のそれに由来しない、全く新たな創作性の存する別
個の著作物である。
ア 顔と頭の形状における特徴
 顔と頭の形状については、1912年作品とは、頬がふっくらしている
点、鼻が目立たず小さいという点において類似するが、その他の点は全く異なる。
特に、1906年作品においては、口は小さく点状であって、微笑む表情はない。
また、1906年作品においては、眉がなく、目が小さく、かつ上目遣いであっ
て、「パッ」と目を見開いた独特の生き生きとした表情が存在しない。その結果、
1906年作品は、明るいかわいらしさを造形していない。
イ 体型における特徴
 体型については、1912年作品とは、裸である点、性別がはっきりせ
ず中性的である点、極端に小さい双翼がある点において類似するが、その他の点は
全く異なる。特に、3頭身ではない点、丸顔ではない点、指が表現されていない点
において異なる。その結果、1906年作品は、かわいらしさを造形していない。
ウ 姿勢における特徴(キューピー・ポーズ)
 姿勢については、1906年作品は、斜め向きにひざまずいて、指をく
わえており、1912年作品とは全く異なる。その結果、1906年作品は、明る
いかわいらしさを造形していない。
(9) 1908年作品(1904年作品①の誤りと解される。)について
 1908年作品(同上)は、1909年作品より前に描かれた作品の特徴
である表情が暗い点、姿勢がうつむきがちであり暗い点が共通し、特に、ひざまず
いてお祈りをするポーズであって宗教色が感じられる点で、1903年作品と酷似
する。
(10) なお、1912年作品の原著作物となる1909年作品は、1903年
作品の単なる二次的著作物ではなく、全く新たな創作性の存する別個の著作物であ
る。
 1909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の特徴
は、前記(3)記載の具体的表現により、「体型をふっくらさせたことにより、より
空想性のあるものとなっていること」と、「顔の造作、表情や姿勢全体から、活発
な茶目っ気のある雰囲気が醸し出されること」(正確にいえば、明るいかわいらし
さ)にあり、1903年作品の、前記(6)記載の点から受ける「暗い雰囲気」とで
は、見るものに全く違った印象を与えている(アンケート〔甲96〕参照)。
(11) また、1910年作品及び1912年作品は、1909年作品の表現上
の本質的特徴を感得し得るものであるから、1909年作品を原著作物とする二次
的著作物とはいえるが、1909年作品の単なる複製ではない。
 すなわち、1910年作品については、前記(4)記載のような具体的な表
現により、よりかわいらしくなるように誇張されているのであって、その結果、1
909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像が、明るくかわいら
しいながら、大人しく静かな印象を与えるものであるのに対し、1910年作品で
は、より活動的で茶目っ気がある印象を与えている。このように与えるイメージ・
印象が異なることは、両者の相違点である具体的表現に創作性があることを端的に
示している。
 また、1912年作品においては、1910年作品と同様の点のほか、前
記(2)ウ記載のような、独特のキューピー・ポーズをとっている点において、19
09年作品と相違している。このキューピー・ポーズは、明るいかわいらしさの表
現方法として、独創的、個性的であって、少なくとも二次的著作物としての創作性
が認められてしかるべきである。
(12) 被告は、1903年作品によってキューピー作品の特徴が確立されたと
主張する。
 しかし、被告がその根拠とするところの、1909年にローズ・オニール
が雑誌編集者に宛てた手紙(乙第16号証)の中の、「私は、長い間この人達を
『キューピー』と呼んでおりました」との記述は、手紙の冒頭に「貴信を拝受し
て、アイデアを考えておりました」とあるとおり、アイデアとして温めていた人物
を、個人的にキューピーと呼んでいたことを明らかにしたものにすぎない。
 また、被告は、原告の著書において、先のとがった頭髪がキューピー作品
の特徴であると記載されていることから、そのような特徴は既に1903年作品に
表れていると述べる。しかし、先のとがった頭髪だけがキューピー作品の特徴では
ない。1903年作品と1909年以降の作品を比較すると明らかなとおり、両者
はとても同じ作者の作品とは思えないほど異質の雰囲気を出している。そもそも、
同じ作者が描いたキャラクターは、若干の類似点があって当然であるが、同じ作者
が描いたキャラクターであるからといって、後行著作物がすべて先行著作物の二次
的著作物となるわけではない。
【被告の主張】
(1) キューピー作品の本質的な特徴とその確立時期
 キューピー作品の特徴とは、①先のとがった頭髪、②背に付された小さな
双翼、③ふっくらした幼児の体型、と考えるべきである。それ以外の原告の主張
は、些末な問題であって本質的特徴といい得るものではない。
 そして、これらの三つの特徴は、「日米間著作権保護ニ関スル条約」(明
治39年4月28日批准)(以下「日米著作権条約」という。)の発効(1906
年)以前に公にされた、したがって公有物(パブリックドメイン)となっている1
903年作品で確立し、1904年作品や1905年作品に継承されている。
 ローズ・オニールは、1909年の段階で雑誌の編集者に、1903年作
品において確立していた上記三つの特徴を備えたイラストを指し、「私は長い間、
この人達をキューピッドの小さい者という意味でキューピーと呼んでおりまして」
と書いているが、これは、1903年から1909年まで毎年上記三つの特徴を有
しているイラストを描き続けてきたことを指していることにほかならない。
 さらに、株式会社電通リサーチが1999年5月27日から同年6月6日
にかけて実施した調査によれば、対象となった630人のうちの約85%に当たる
535人が、1903年作品を見て「キューピー」と答えており、「エンゼル」
(約4%)、「キューピッド」(約9%)と答えた人を大きく引き離している。こ
のことからしても、1903年作品において、キューピー作品の本質的特徴が確立
していることは明らかである。
(2) 1909年作品、1910年作品及び1912年作品の創作性の欠如
ア 日米著作権条約の発効前に発行された1903年作品によって確立され
たキューピー作品の本質的な特徴が既に公有に属している(この点については、後
記7【被告の主張】において詳述する。)以上、かかる本質的な特徴を複製したに
すぎない1909年作品、1910年作品及び1912年作品は、何ら創作性を有
していないことが明らかである。
イ 原告は、1903年作品、1905年作品①及び1906年作品と、1
912年作品とを対比して、その相違点を指摘し、1912年作品、さらにはキュ
ーピー作品すべてが、1903年作品等を先行著作物とする二次的著作物には当た
らないと主張する。しかし、原告の指摘するキューピー作品の特徴を前提とする比
較は、枝葉末節なものである。
ウ 原告は、1909年以降の作品には独自性があり、1903年及び19
05年作品①とは異なると主張し、その理由として、1903年作品や1905年
作品①は、①キューピー・ポーズがない、宗教色がある姿勢をしているゆえに、明
るいかわいらしさがない、②「パッ」と目を開いた独特の生き生きとした表情が存
在しない、③3頭身ではない、という点を挙げている。
 しかしながら、1909年作品や1910年作品には、いわゆるキュー
ピー・ポーズをとったイラストはない。また、「パッ」と目を開いた独特の生き生
きとした表情を持つイラストもない。さらに、必ずしもすべてのイラストが3頭身
であるわけではない。したがって、原告の、1909年以降の作品には独自性があ
る旨の主張は理由がない。なお、「宗教色がある姿勢」、「明るいかわいらしさが
ない」などの点は、原告の思い込みにすぎず、作品の本質的特徴ということはでき
ない。また、同一キャラクターが異なる表情をした場合に別個の著作物として扱う
べきではないから、表情が常にイラストの本質的な特徴となるわけではない。
エ なお、1903年作品と1909年作品とについて詳論すると次のとお
りであり、その相違点は、いずれも些細な「複製」の範囲内の相違点にすぎず、こ
れらを1909年作品に新たな創作性を認める根拠とすることはできない。
(ア) 1909年作品の頭部の形状は、1903年作品と本質的特徴を共
通にし、かつ、既に公有に帰している1904年作品①ないし③及びその複製物た
る1906年作品、1907年作品及び1908年作品の頭部の形状と同一であ
り、何らの創作性も認められない。
(イ) 1909年イラスト画中に描かれた幼児像のイラストは多数存在す
るが、それらすべてのイラストにおいて、眉が目から離れた所に点として描かれて
いるものではなく、目の上に上向きの円弧状に描かれているイラストも多数存在す
るし、公有物たる1904年作品⑤でも既に表現されている。
(ウ) 1903年作品の目が上目遣いであり、1909年作品、殊に原告
指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の目が左に寄り目であるとの
相違点は、些細なものであって、1909年作品の創作性と認めることはできな
い。また、1907年作品の目は右に寄り目である(上目遣いとの間に創作性が認
められるか否かの問題について、左に寄り目であることが、右に寄り目であること
と異なる結論を導くものとは思われない。)。
(エ) 1903年作品の口が点で描かれているのに対し、1909年作
品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の口が下向きの
円弧状で描かれ、微笑んでいるとの相違点は、「複製」の範囲内の些細なものであ
って、1909年作品の創作性と認めることはできない。また、1907年作品の
口は下向きの円弧状で描かれ、微笑んでいる。
(オ) 一般に、姿勢の相違は「複製」の範囲内での些細な相違にすぎない
ことからして、祈りの姿勢(1903年作品等)か、物を持ち運んでいる状態(1
909年作品)かは、「複製」の範囲内の些細な相違点にすぎない。
(カ) 1903年作品のふっくらした体型と1909年作品のふっくらし
た体型との間に、下腹部の強調の程度等、何らかの相違点が認められるとしても、
かかる相違点は、些細なものであって、1909年作品の創作性と認めることはで
きない。
(キ) 1903年作品の印象が静かな、あるいは暗い雰囲気であるのに対
し、1909年作品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児
像の印象が活発な茶目っ気のある雰囲気であるとの相違点は、「複製」の範囲内の
些細な相違点にすぎず、1909年作品の創作性と認めることはできない。
  仮に、1909年以降の作品に1903年作品には見られない表現上の
特徴が認められるとしても、当該表現は、公有物たる1904年作品①ないし③及
びその複製物である1906年作品、1907年作品及び1908年作品に既に表
れている表現にすぎないから、いずれにしても、これらの作品に公有に帰していな
い創作性を認めることはできない。
5 争点(5)(1912年作品の著作権の喪失)
【被告の主張】
(1) 著作権表示の欠如
 1909年米国著作権法の下では、著作権表示は、発行著作物の著作権を
取得し維持するための必須の条件であった。著作物に著作権表示を付して発行する
ことにより、初めて著作権法上の著作権による保護を取得することができたのであ
り、著作物に著作権表示を付さずに発行すると、当該著作物は公有物(パブリック
ドメイン)に陥り、公衆がこれを複製することが可能になった。
 1912年作品は、著作権表示なしに発行されたものであり、その著作権
表示の欠如の故に、発行と同時に公有物となった。
(2) 意匠特許と著作権との間の二者択一
 当時の米国著作権法の下では、申請者には、意匠特許による保護を受ける
選択肢と著作権による保護を受ける選択肢という、二つの選択肢があったところ、
申請者があえて意匠特許の選択肢を選択して、これを取得した場合は、同申請者
は、意匠特許のみ取得するにとどまり、意匠特許の有効期間中(14年間)であ
れ、同有効期間満了後であれ、同一の作品につき、著作権を取得することはできな
かった。
 ローズ・オニールは、1912年12月17日、1912年作品につき、
意匠特許の申請をし、1913年3月4日、意匠特許(登録番号43680)とし
て権利の登録を得た。したがって、同意匠特許の有効期間中(14年間)であれ、
同有効期間満了後であれ、1912年作品について、著作権を取得していない。
(3) 米国で第一発行された米国人の作品である1912年作品は、前記のとお
り、米国で著作権が保護されていない以上、日本国は、日本において、日本国民に
許与されると同様の基礎において、これを保護する義務を負わない(日米著作権条
約1条)。
 けだし、日本国、米国とも、自国内で著作権が成立している作品につい
て、相手国でも相手国の国民に与えられるのと「同様の基礎」の下に相手国の著作
権上の保護が与えられることを期待して、同条約を締結したのにとどまり、自国内
で、そもそも著作権の成立を認めていない作品についてまで、同条約の効果とし
て、相手国が自国を本国とする作品に対し著作権上の保護を与えるよう期待してい
たとは、合理的にみて考えられないからである。
【原告の主張】
(1) 著作権表示について
米国国民の創作した著作物が無方式主義を採る我が国において保護を受け
るためには、著作権表示を付することは不要であったというべきであるから、著作
権表示のない意匠特許公報が公刊されたからといって、1912年作品が我が国に
おいて保護を受けることができなくなるものではない。
(2) 米国意匠特許との関係
また、被告は、1909年米国著作権法においては、意
匠特許登録可能な著作物について意匠特許の登録を受けた場合には、著作権登録は
受けられないと主張する。
しかし、仮に、1913年当時の米国が意匠特許の取得により同一形態の
著作物の著作権が消滅するという法制度を採用していたとしても、日米著作権条約
による内国民待遇が我が国における旧著作権法(明治32年3月4日法律第39号
。以下同じ。)による保護を意味する以上、1912年著作権が我が国において消
滅したと解することはできない。また、ローズ・オニールが米国において意匠特許
を取得したとしても、当該意匠特許の効力は、同国国内に限られ、我が国には及ば
ないから、我が国において著作権と意匠権による二重の保護という事態は生じな
い。さらに、日米著作権条約による内国民待遇によれば、米国において意匠特許を
取得したとしても我が国の旧著作権法による保護を否定される理由はない。
 なお、米国意匠特許と米国著作権は相互に排斥しないということが米国の
判例法理である。
6 争点(6)(キューピー作品の著作権の保護期間)について
【原告の主張】
 明治39年(1906年)5月11日に公布された日米著作権条約は、同日
以降に相手国民が「発行」した著作物に、自国民が創作した著作物と同じ保護、す
なわち内国民待遇を与えていた(同第1条)。
 その後、昭和27年(1952年)4月28日に公布され、発効した「日本
国との平和条約」(昭和27年条約第5号。以下「平和条約」という。)7条(a)
により、日米著作権条約は廃棄されたが、米国を本国とし、同国国民を著作者とす
る著作物に対し、平和条約12条(b)(1)(ii)及び「平和條約第十二條に基く著作權
に關する内國民待遇の相互許與に關する日米交換公文及び附屬書簡」(昭和29年
1月13日外務省告示第4号。以下「日米暫定協定」という。)により、昭和27
年4月28日から昭和31年(1956年)4月27日までの4年間、我が国にお
いて引き続き内国民待遇が与えられた。
 その後、以上の著作物については、上記4年間の経過と同時に、「万国著作
権条約」(昭和31年条約第1号。以下「万国条約」という。)の実施に伴う「著
作権法の特例に関する法律」(昭和31年4月28日法律第86号。以下「万国条
約特例法」という。)11条に基づき、今日に至るまで引き続き内国民待遇が与え
られている。
 ローズ・オニールは、明治39年(1906年)5月11日以降にキューピ
ー作品を創作、発行し、各々の作品について、日米著作権条約及び旧著作権法に基
づき、我が国における著作権を取得した。
 キューピー作品の著作権の保護期間は、旧著作権法3条、52条1項によ
り、著作者であるローズ・オニールの死後38年とされた。また、ローズ・オニー
ルは、1944年(昭和19年)4月6日、米国ミズーリ州において死亡したが、
キューピー作品の著作権の保護期間中である昭和46年(1971年)1月1日に
施行された現行の著作権法(昭和45年5月6日法律第48号)51条により、キ
ューピー作品の著作権の保護期間が著作者であるローズ・オニールの死後50年間
とされ、また、戦時加算に関する「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法
律」(昭和27年8月8日法律第302号。以下「連合国特例法」という。)4条
1項により、キューピー作品の著作権の保護期間について3794日間の戦時加算
がされる結果、平成17年(2005年)5月6日まで存続することとなった。し
たがって、キューピー作品の著作権は、現在も保護期間が満了していない。
【被告の主張】
 キューピー作品の著作権の保護期間は、平成5年(1993年)5月21日
までであり、キューピー作品は本件訴訟提起時いずれも既に公有に帰している。
(1) 保護期間に関する法解釈の原点
 著作権の保護期間については、相互主義を採用することが国際法上常識で
ある。米国国民の著作物を、米国においては既に公有物となったにもかかわらず、
我が国において保護するような国益に反する法解釈をあえて採用しなければならな
い合理的理由は何ら認められない。
 米国は、日米暫定協定において、日本が米国国民の著作物に与える限度に
おいてのみ日本国民の著作物の著作権を保護する意図を有しており、相互主義的な
考え方を採用していた。米国において既に存続期間満了により公有物となった著作
物の著作権について、日本においてその後も保護されるとは考えなかったはずであ
る。しかも、米国は、万国条約に1955年(昭和30年)9月16日に批准加盟
しているのであるから、保護期間に関する相互主義を採る万国条約を批准した後の
日米暫定協定においても相互主義を採用するとの意思を有していたというべきであ
る。
 また、著作権法制定当時、立法者が、万国条約特例法11条の適用を受け
る著作物を保護期間に関する相互主義の適用対象から除外し、「文学的及び美術的
著作物の保護に関するベルヌ条約」(以下「ベルヌ条約」という。)や万国条約に
より保護を受ける他の著作物に比して、より厚く保護する意図を有していたことを
示すものはない。したがって、著作権法の立法者は、国際法上の常識である相互主
義を著作権法の中に規定しようとしていたというべきである。
 しかも、著作権法5条によれば、日本が国際法上保護義務を負う著作物の
著作権は、特段の規定(すなわち、著作権法58条、万国条約特例法3条1項及び
著作権法5条の適用を排除する規定)がない限り、保護期間の相互主義が適用され
ることになる。
 以上からすれば、日本において、米国国民の著作物について、その著作権
の存続期間に関し相互主義を適用すべきことは、日本の国益に照らして当然の事理
といわなければならない。
(2) 1909年(明治42年)から1952年(昭和27年)4月27日まで
の間
 キューピー作品が発行された1909年(明治42年)ないし1913年
(大正2年)当時、米国国民の著作物は、日本国内においては、日米著作権条約3
条、1条に基づき、旧著作権法により「日本国民に許与される保護と同様の基礎」
において著作権が保護されることとされた。旧著作権法28条は、外国人の著作権
については、条約に別段の規定があるものを除くほかは、旧著作権法の規定を適用
する旨規定していたが、日米著作権条約上、保護期間については旧著作権法28条
における「別段の規定」が存在しなかった。
 そのため、キューピー作品の著作権の存続期間は、旧著作権法3条、9条
に基づき、著作者の死後30年後の1974年(昭和49年)12月31日までと
なる。
(3) 1952年(昭和27年)4月28日から1956年(昭和31年)4月
27日までの間
 1952年(昭和27年)4月28日午後10時30分、日本と米国との
間の平和条約が発効した。平和条約7条は、各連合国と日本との間に戦前結ばれた
2国間条約について、今後も有効とするか又は復活させる場合の通告についての規
定であるが、米国から日本に対し、日米著作権条約に関して同規定に基づく通告が
なかったので、日米著作権条約は廃棄されることが確定した。その結果、日米間の
著作権の保護については無条約状態になった。そこで、日米両国は、1953年
(昭和28年)年11月10日、平和条約12条の規定を援用し、1952年(昭
和27年)4月28日から1956年(昭和31年)4月27日までの4年間につ
いて、平和条約12条及び日米暫定協定により保護することとした。この日米暫定
協定の下において、キューピー著作権の保護期間は、旧著作権法3条(死後30年
間)、連合国特例法に基づく戦時加算(3794日間)がなされるまでとなった。
(4) 1956年(昭和31年)4月28日から1970年(昭和45年)12
月31日までの間
 平和条約及び日米暫定協定が失効した1956年(昭和31年)年4月2
8日、万国条約が発効し、その国内法として万国条約特例法が施行された。キュー
ピー作品は、同法附則2項後段の「発行された著作物でこの法律の施行前に発行さ
れたもの」に該当するから、同2項中の括弧書きされた11条を除外する旨の規定
により、万国条約特例法中11条のみの適用を受け、「この法律の施行の際日本国
との平和条約12条の規定に基く旧著作権法(明治32年法律第39号)による保
護を受けている著作物」について、「旧著作権法による保護と同一の保護を受け
る」こととなった。
 旧著作権法28条は、外国人の著作権については、条約に別段の規定があ
る場合には、旧著作権法の規定の適用を排除して、当該条約の規定を適用すべき旨
規定しているところ、1956年(昭和31年)4月28日当時、日米間の著作権
保護に関する条約としては、万国条約が存在した。
 万国条約7条は、同条約は日本における同条約の発効日(昭和31年4月
28日)に、日本において公有物となっていない著作物について適用される旨規定
するところ、上記のとおり、キューピー作品は、万国条約特例法附則2項、同法1
1条により日本において保護を受けることとなっていたのである。したがって、キ
ューピー作品の著作権の保護期間は、万国条約4条1項、同条2項(a)により、著
作者の生存期間及び死後25年間より短くてはならないという制約の下、締約国で
ある日本の国内法により定まることとなっており、結局、日本の国内法である旧著
作権法に基づくこととなる。
よって、1956年(昭和31年)4月28日当時、キューピー作品の著
作権の存続期間は、旧著作権法3条、9条及び連合国特例法2条、4条により、1
985年(昭和60年)年5月21日までとされた。
 さらに、1956年(昭和31年)4月28日の後、旧著作権法は、昭和
37年4月5日法律第74号、昭和40年5月18日法律第67号、昭和42年7
月27日法律第87号、昭和44年12月8日法律第82号により、旧著作権法5
2条が追加、一部改正され、最終的に、著作権の存続期間は、著作者の生存期間及
び死後38年間とされた。
 この結果、キューピー作品の著作権の存続期間は、旧著作権法3条、9
条、52条及び連合国特例法2条、4条により、1993年(平成5年)5月21
日までとなった。
(5) 1971年(昭和46年)1月1日から1989年(平成元年)2月28
日までの間
 1971年(昭和46年)1月1日に、旧著作権法が廃止され、現行の著
作権法が施行されるに際し、著作権法附則26条により、万国条約特例法11条が
改正された。キューピー作品の著作権は、前記のとおり1993年5月21日まで
保護されていたため、改正後の万国条約特例法11条に基づき、著作権法による保
護へと引き継がれることとなった。なお、改正後の万国条約特例法11条は、単に
「旧・現著作権法による保護と同一の保護」を与える旨規定しているにとどまるの
であって、「同条の適用対象たる著作物に内国民待遇を許与する」規定ではなく、
また、旧・現著作権法に対する特別法として、著作権保護の根拠となる規定でもな
い。前記(4)記載のとおり、キューピー作品は、万国条約により保護されているか
ら、著作権法6条3号により著作権法による保護を受け得たものであると解され
る。著作権法附則26条は、改正前の万国条約特例法11条の文言が廃棄される無
意味な規定になることを防止する規定であり、また、国内法の適用に際し条約の適
用も併存をすることは煩雑なので、あらかじめ国内法化した便宜的規定であるにす
ぎない。
 そこで、著作権法による保護について検討するに、著作権法5条は、条約
に別段の定めがある場合には、条約上の別段の定めを適用する旨規定している。1
971年当時、日米間において締結されていた著作権保護に関する条約は万国条約
のみであり、万国条約によれば著作権の存続期間は著作者の生存期間及び死後25
年間より短くしてはならないという制約の下、締約国である日本の国内法により定
めることとなっていたから、結局、その存続期間は、著作権法51条により、著作
者の死後50年間となる(当時、米国はベルヌ条約に加盟していなかったから、著
作権法58条の適用はない。)。
それ故、キューピー作品の著作権の存続期間は、著作権法51条2項によ
る著作者の死後50年間に、連合国特例法2条、4条による戦時加算を含めた結
果、2005年(平成17年)5月21日までとなる。
(6) 1989年(平成元年)3月1日以降
ア 米国が、ベルヌ条約に加盟したことにより(発効日は1989年3月1
日である。米国ベルヌ条約実施13条(a)項参照)、日米間の著作権保護に関する
条約は「1971年7月24日にパリで改正された万国著作権条約」(昭和52年
8月3日号外条約第5号。以下「万国条約パリ改正条約」という。)とベルヌ条約
となり、また、米国は著作権法58条の「本国」に該当することとなった。
 万国条約パリ改正条約17条に関する附属宣言(c)により、ベルヌ条約
が万国条約パリ改正条約に優先することが規定されている。ベルヌ条約18条は、
同条約上の「本国」において発効日までに公有物となっていないものについては、
同条約で保護することとしていたが、キューピー作品は、「本国」である米国で1
989年2月28日以前に公有物になっているのであるから、ベルヌ条約の適用を
受けない著作物ということになり、その結果、キューピー作品について適用され
る、著作権法5条の「別段の定め」にベルヌ条約は含まれないこととなった。
 万国条約パリ改正条約7条は、日本における同条約の発効日(1977
年〔昭和52年〕10月21日)に、日本において公有物になっていない著作物に
対して適用されると規定している。キューピー作品の著作権の存続期間は前記のと
おり2005年(平成17年)5月21日とされていたから、万国条約パリ改正条
約の適用を受ける。
 そして、万国条約パリ改正条約4条1項、同条2項(a)によれば、万国
条約と同様、キューピー作品の著作権の存続期間は、著作者の生存期間及び死後2
5年間より短くてはならないという制約の下、締約国である日本の国内法により定
まることになる。
 著作権法51条は、保護期間の「原則」規定として、著作権の存続期間
は、著作権法第2章第4節に別段の定めがある場合を除き、創作の時から著作者の
死後50年間存続する旨定める。
 ところで、著作権法58条は、相互主義は国際法上の常識であること、
同条は日本国民の著作物のみを適用除外していること、同条は文言上著作物がベル
ヌ条約の適用を受けることを適用要件としていないことから、ベルヌ条約の適用を
受ける著作物であるか否かを問わず、ベルヌ条約加盟国等との間では、すべての外
国著作物に対して適用がある。その結果、本国である米国において1989年(平
成元年)2月28日以前に公有物になっているキューピー作品の著作権の保護期間
は、我が国においても終了していることとなる。
 ただし、著作権法附則7条により、旧著作権法において認められていた
保護期間は保護されることとなる。よって、キューピー作品の著作権は、旧著作権
法において認められていた1993年(平成5年)5月21日まで存続する。
イ 万国条約特例法11条の趣旨を、平和条約及び日米暫定協定により内国
民待遇を許与されていた外国著作物を、その失効後も継続して内国民待遇を許与す
る趣旨に解し、同条により保護される著作物については、保護期間の相互主義を定
める著作権法58条は、当該趣旨に照らして適用されない旨の見解も考えられる。
 しかしながら、ベルヌ条約5条1項と7条1項の関係、万国条約2条1
項と4条2項(a)の関係及び日米暫定協定の規定内容を総合的に解釈すれば、内国
民待遇、あるいはそのような文言はないが趣旨として認められている内国民待遇の
許与は、当該外国著作物を自国民の著作物と完全に同一に保護することを意味せ
ず、保護期間に関して「特別の規定」があれば、その適用を受けることになるので
ある。そして、著作権法58条は、そのような「特別の規定」に該当する。
 万国条約特例法11条は、単に著作権法による保護を与える旨規定した
ものにとどまるから、同条により著作権法58条の規定を排除することはできない
し、保護期間の相互主義を超えて外国著作物に「より厚い保護」を与える根拠規定
ともならない。
ウ 万国条約特例法附則2項の趣旨は、保護期間に関する相互主義を定めた
同法3条1項の適用を排除した点にあるから、同附則2項、同法11条に基づき保
護される著作物については、同じく保護期間に関する相互主義を定めた著作権法5
8条の適用も排除されると解すべきであるとする見解もあり得る。
 しかし、万国条約特例法附則2項は、同法3条1項のみを適用対象から
除外したのではなく、同法11条を除いて、包括的に、万国条約特例法全体の規定
を適用対象外とする規定である。そして、万国条約特例法附則2項は、平和条約及
び日米暫定協定に基づき保護されていた著作物については、その失効後である19
56年(昭和31年)4月28日以降は、万国条約特例法11条によって日本国内
法上は保護されるものの、万国条約の適用を受けないため、日本は国際法上保護義
務を負わなくなると立法者が誤解し、万国条約の適用を受ける著作物のために、同
条約の実施を目的として立法された万国条約特例法の適用対象外としなければなら
ないとの誤解により、規定されたものであるから、単に、同附則2項の対象となる
著作物については、万国条約特例法全体の適用対象から除外する趣旨であったにす
ぎないと解される。
 万国条約特例法附則2項は、保護期間の相互主義を定める万国条約特例
法3条1項の適用を排除し、したがって、著作権法58条の適用も排除するとの規
定ではないのである。
(7) マラケシュ協定4条の「最恵国待遇」
 1995年(平成7年)1月1日、日米間の著作権保護に関する条約とし
て、「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書一C知的所有権の貿易関連の
側面に関する協定」(平成6年12月28日条約第15号。以下「マラケシュ協
定」という。)が加わった。マラケシュ協定4条は、同協定の加盟国(本件では日
本)が他の国の国民(本件では米国国民)に与える利益、特典、特権又は免除は、
他のすべての加盟国の国民に対し即時かつ無条件に与えられる旨規定している。
 仮に、日本が万国条約に加盟する1956年(昭和31年)4月27日以
前に創作された米国国民による著作物を、著作権の存続期間について相互主義を適
用せず、「日本国民の著作物」と完全に同一に保護することとするならば、同協定
4条により、即時かつ無条件に、同協定の他の加盟国の外国著作物に対しても同様
の保護を与えなければならないこととなり、現行の対外的著作権実務に著しい混乱
を来すものである。
(8) 既得権の保護という考え方について
ア 前記のとおり、キューピー作品の著作権の存続期間は、1971年(昭
和46年)1月1日から1989年(平成元年)2月28日までの間、著作権法第
2章第4節の「別段の定め」による条件付きで、2005年(平成17年)5月2
1日までとされていたが、米国がベルヌ条約に加盟した1989年3月1日以降、
1993年(平成5年)5月21日までとなった。これは、米国のベルヌ条約加盟
が著作権法58条不適用の解除条件であり、1989年2月末日まで同条がキュー
ピー作品へ適用されるか否か未確定であったものが、1989年3月1日に条件が
成就され、その結果、キューピー作品の著作権の存続期間が、1993年5月21
日までに確定されたものと解することができる。
 この結果は、著作権の保護を過去にさかのぼって消滅させるものではな
い。
イ 第一次訴訟控訴審判決は、既得権の保護という観点から、1913年著
作権の保護期間を2005年(平成17年)5月21日までとした。
 しかし、著作権法51条2項の文言から明らかなとおり、著作権法施行
当初より、同条項が定める著作者の死後50年間という存続期間は、あくまでも、
「第2章第4節に別段の定めがある場合を除く」という条件付きの存続期間にすぎ
ない。したがって、著作権法施行以来、今日に至るまで、キューピー作品の著作権
が、「第2章第4節に別段の定めがある場合を除く」という条件なしで、著作者の
死後50年間という存続期間を保障されたことは、過去において一度もない。それ
故、被告の主張によっても、キューピー作品の著作権の著作権者の「既得権」を何
ら害することはない。
 また、法改正に伴って、旧法による保護期間終期よりも新法による保護
期間終期の方が早いという事態は、しばしば生じることである。その場合に、新法
が経過措置等の規定を置いていない以上、上記事態の発生は、新法の許容するとこ
ろといわなければならない。著作権法は、経過措置として附則7条を置いており、
本件では、これが経過措置規定として適用されるにすぎない。
(9) そして、万国条約特例法11条により保護される著作物には、日米暫定
協定によって「内国民待遇」が付与されていたこと、同著作物について著作権法5
8条を適用する旨の「特段の規定」が置かれなかったことも、以上のような現行法
規の文理解釈を排斥する理由とはなり得ない。
7 争点(7)(キューピー関連作品の著作権の保護期間)について
【原告の主張】
 1901年作品、1903年作品及び1905年作品①は、米国だけでな
く、大英帝国領(当時の大英帝国領であり、カナダ等を含む。)においても同時発
行されていた。その結果、後述のとおり、現時点においても我が国においてその著
作権が保護されている。
 また、1906年作品は、日米著作権条約による保護の始期である1906
年5月10日(同条約第3条)以後である1906年7月に発行されているから、
1909年作品と同様、現時点においても我が国においてその著作権が保護されて
いる。
 なお、原告は、上記以外のキューピー関連作品については直接明示的に述べ
ていないが、少なくとも1907年作品及び1908年作品については、日米著作
権条約以降の保護を受けることを根拠として、現時点においても我が国においてそ
の著作権が保護されているとの趣旨の主張をしているものと理解される。
(1) 1891年の交換公文について
ア 1891年に英国と米国との間で交わされた次のような内容の交換公文
第6公文(甲第44号証。以下「1891年交換公文」という。)によって、当時
の英国著作権法においては、カナダ等を含む当時の大英帝国領内で同時発行された
米国人の著作物が保護されていた。
 「国王陛下の政府は、以下のとおり通知します。現行の英国法において
は、国王陛下の領土内で最初に著作物を発行した外国人は、英国著作権を取得する
ことができます。また、外国における同時発行は著作者が英国著作権を取得するこ
との妨げにはなりません。」、「国王陛下の領土内に住所を有することは、外国人
が英国著作権を取得するための必要な条件ではありません。」、「英国において効
力を有している著作権法は、米国市民に対して、英国国民と実質的に同一の条件で
著作権を与えています。」
イ 英国も日本も批准する「条約法に関するウィーン条約」(昭和56年7
月20日条約第16号。以下「ウィーン条約」という。)によれば、「条約」と
は、単一の文書によるものであるか、関連する二つ以上の文書によるものであるか
を問わず、国家間の合意をいう(2条1項(a))から、1891年交換公文も条約
に該当する。
 そして、ウィーン条約は、「効力を有するすべての条約は、当事国を拘
束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」(26条)、
「当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することが
できない。この規則は、第四十六条の規定の適用を妨げるものではない。」(27
条)、「いずれの国も、条約に拘束されることについての同意が条約を締結する権
能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にす
る根拠として援用することができない。ただし、違反が明白でありかつ基本的な重
要性を有する国内法の規則に係るものである場合は、この限りでない。」(46
条)と規定するところ、これらの規定によれば、1891年交換公文を英国の国内
法に基づいて無効と主張することは、その国内法が「基本的な重要性を有する国内
法」、すなわち憲法的法規範であることの根拠がなければ、行うことができない。
ウ 現行のベルヌ条約パリ改正条約18条は、「この条約は、その効力発生
の時に本国において保護期間の満了により既に公共のものとなった著作物以外のす
べての著作物について適用される。」との遡及規定であるから、上記「同時発行」
とは30日以内の発行をいうものと解すべきである。
エ 被告は、国会主義の原則を主張するが、1891年交換公文は著作権法
の解釈を述べたものであって、原告は、1891年交換公文のみに基づいて保護さ
れると主張しているわけではない。
 なお、1891年交換公文は、1891年7月に両院に提出されてい
る。
(2) 英国著作権法における保護期間等
ア FINEARTSCOPYRIGHTACT1862
 1901年ないし1905年当時の英国法においては、著作物の種類に
応じて個別の著作権法が存在した。そのうち、1901年作品、1903年作品及
び1905年作品①のような「絵」に適用されるFINEARTSCOPYRIGHTACT
1862は、著作権の保護期間について、1条で、著作者の生存中及び死後7年間と規
定していた。
イ COPYRIGHTACT1911 
 1911年に制定されたCOPYRIGHTACT1911は、著作権の保護期間を、
3条著作者の生存中及び死後50年間に延長した。
ウ 現行法
 さらに、英国においては、保護期間を更に著作者の死後70年に延長す
る法令が、1996年1月1日から発効しているが、同法令発効の時点でローズ・
オニールの死後50年が経過してしまっているから、1901年ないし1905年
の間に英国で同時に発行されたローズ・オニールの著作物は、英国法においてはロ
ーズ・オニールの死後50年間(1994年まで)保護される。
エ したがって、1901年作品、1903年作品、1904年作品及び1
905年作品は、当時の大英帝国領内で同時発行していたということができれば、
英国法の下で保護を受け、ベルヌ条約の適用を受けて、我が国においても保護され
ることとなり、旧著作権法、著作権法、連合国特例法の適用により、2005年
(平成17年)5月6日まで保護されることとなる。
(3) 1901年作品の大英帝国領(当時)における「同時発行」
ア 1901年作品が掲載された雑誌「Puck」1901年4月6日号には、
「出版社各位へ-Puck掲載のコンテンツは米国及び英国双方の著作権により保護さ
れています。著作権侵害に対しては即時に断固として提訴いたします。」と記載さ
れている。1897年に改正された米国著作権法では、虚偽の著作権表示は犯罪と
されていた。
イ Cユニ著作権センター代表の鑑定書(甲第46号証)
 Cユニ著作権センター代表も、当時の米国とカナダの出版事情及び雑
誌「Puck」1901年4月6日号の前記著作権表示により、1901年作品も米国
及び大英帝国領内において同時に発行された旨述べている。
ウ 英国図書館による1901年作品の所蔵
 英国図書館は、1901年作品を掲載した雑誌「Puck」1901年4月
6日号のマイクロフィルムを所蔵している(甲第42号証の1)が、このことから
も、1901年作品が英国において同時発行されていたことは明らかである。
エ 同時発行の実態
 当時、米国の出版者が大英帝国領内において著作物を最初又は同時に発
行することが容易であり広く行われていたことは、1911年英国議会議事録21
79頁及び同箇所で引用されている委員会記録(印刷物については米国国内で植
字、製版したものにのみ米国著作権法による保護を与えるという当時の米国著作権
法について議論している。)からも明らかである。
オ 著作権登録が不要であること
 英国では、1886年英国著作権法施行後は、外国人の著作物が英国で
著作権を付与される要件として、登録・納本は不要になっていた。したがって、1
901年作品について登録がなされていないことによって、著作権が付与されてい
ないこととなるわけではない。
(4) 1903年作品の大英帝国領(当時)における「同時発行」
 1903年作品は、英国図書館所蔵の「TheCosmopolitan」1903年1
2月号(甲第34号証)に掲載されている。
 その最終頁には、「BRITISHMUSEUM」、「15 DE 1903」との受入印が押
印されている。英国図書館は、1973年に、大英博物館の蔵書部門が独立したも
のであるが、上記「TheCosmopolitan」1903年12月号は、大英博物館が19
03年12月15日に受け入れたものなのである。かかる事実に照らし、1903
年作品を掲載した「TheCosmopolitan」1903年12月号が、米国と大英帝国に
おいて同時発行されたことは明らかである。
 当時、米国の出版者が大英帝国領内において著作物を最初又は同時に発行するこ
とが広く行われていたことは、前記(3)エで述べたとおりである。また、登録が不要
であることは、前記(3)オで述べたとおりである。
(5) 1905年作品①の大英帝国領(当時)における「同時発行」
 1905年作品①は、雑誌「TheAmericanIllustratedMagazinevol.61
no.2」に掲載されているが、同誌には「Copyright,1905,intheUnitedStates
andGreatBritain」との著作権表示が記載されている(甲第35号証表紙最下
部)。これは、1891年交換公文により、当時の英国(カナダ等を含む。)にお
いては、米国人の著作物であっても英国で同時発行されたものには著作権が与えら
れていたことに基づくものである。
 したがって、上記著作権表示より、1905年作品①も米国及び英国にお
いて同時に発行されたことが明らかである。
 よって、ベルヌ条約、我が国の著作権法6条3号及び51条並びに連合国
特例法4条に基づき、1901年作品、1903年作品及び1905年作品①は現
在も著作権が存続する。
【被告の主張】
 原告の主張は、記載に誤りのある1891年交換公文を前提とするものであ
り、あるいは「同時発行」がなされたことの立証のないものであるから、失当であ
る。
(1) 1891年交換公文の誤りについて
 1901年ないし1905年当時、1862年のFINEARTSCOPYRIGHT
ACTにより、素描や絵画などの美術的著作物の著作権は、著作者が英国国民又は英国
領内に居住する者であった場合に限り、保護されていた(第1条「美術的著作物の
著作権者は、著作者が英国国民又は英国領内に居住する者に限り保護する。」)。
したがって、これに反する1891年交換公文は誤っている。
 そして、英国法の下では、条約それ自体に国内法的効力は認められていな
いのであるから、条約内容が改めて国会により立法化されない限り、条約によって
既存の国内法の規定内容を変更することは許されない。1891年交換公文によっ
て、上記FINEARTSCOPYRIGHTACTの規定を無視することは許されないのである。
(2) 同時発行の主張に対する反論
 1891年交換公文を前提として、1901年作品、1903年作品及び
1905年作品①についてベルヌ条約等が適用されるとの原告の主張は、交換公文
自体が前記(1)のとおり誤っているほか、適用する条約を誤っており、さらに、上記
作品について米国と英国領内で「同時」に発行されていたという立証がなされてい
ないから、失当である。
ア 適用すべき条約の誤り
 原告は、1901年ないし1905年当時、英国はベルヌ条約に加盟し
ていたが、米国はこれに加盟していなかったことを理由に、1901年、1903
年及び1905年の各作品について、「ベルヌ条約5条(4)(b)」を適用して「各作
品の(ベルヌ条約上の)本国は英国である」としている。
 ところで、原告は、1901年、1903年及び1905年各作品が発
行された時期を基準に、適用すべきベルヌ条約上の条文を決めているのであるか
ら、適用すべき条約そのものについても1901年ないし1905年当時の条約を
適用しなければ一貫しないはずである。しかしながら、原告の指摘する「ベルヌ条
約5条(4)(b)」は、1971年パリ改正条約を指していることが明らかである。し
たがって、原告の主張は、1886年のベルヌ創設条約あるいは1896年のパリ
追加規定を適用していない点で誤っている。
イ 「同時発行」の意義
 仮に1886年ベルヌ創設条約及び1896年パリ追加規定の下でも
「ベルヌ条約の同盟国と非同盟国とで同時発行した著作物は、ベルヌ条約により保
護される」との解釈を採用したとしても、原告は、1901年作品、1903年作
品及び1905年作品①が米国と英国領内で「同時」に発行されたことを何ら立証
しておらず、あるいはその立証の試みは完全に失敗している。
 なぜなら、「同時発行」にいう「同時」とは、1886年ベルヌ創設条
約及び1896年パリ追加規定の下では、「同日、すなわち全く同じ日」を意味す
るからである。
(ア) 「同時発行」とは「同日発行」を意味すること
 1948年ブラッセル改正条約4条(3)及び1971年パリ改正条約3
条(4)では、「最初の発行の日から30日以内に発行されれば、同時発行とみなす」
と明確に規定しているのに対し、それ以前の1928年ローマ改正条約4条(3)で
は、そのような30日間の猶予期間に言及することなく、単に「同時発行」と規定
しているにすぎない。したがって、「同時発行」とは「同日発行」を意味するもの
と解される。
(イ) 原告による「同時発行」の立証の失敗
 原告は、「同時発行」されたことの根拠として、①1891年交換公
文、②「米国の出版社が英国領内で当時、著作物を同時発行することが広く行われ
ていた」とする「同時発行」の実態、③当該作品を掲載した雑誌は「米国と英国の
著作権により保護されている」との著作権表示(1901年作品及び1905年作
品①のみ)、④大英博物館による受入印(1903年作品のみ)など各作品に固有
の事情を挙げている。しかしながら、これらはいずれも「同時発行」の根拠とはな
り得ない。
a 1891年交換公文
 1891年交換公文が英国法の解釈として誤っていることは、前
記(1)で述べたとおりである。
b 同時発行の実態がないこと
 1901年ないし1905年当時、米国の出版社が、米国人が作成
した著作物について、ベルヌ条約上の保護を受けるために英国領内で同時発行をす
るという慣行はなかった。
 原告が証拠として提出する1911年の英国議会議事録の内容は、
英国の著作者が、当時の片面的な米英関係を背景に、米国で著作物を無断で複製さ
れないようにするために、著作物を米国で発行して米国著作権を確保するという実
態について述べているにすぎない。米国の著作者が、ベルヌ条約加盟国においても
同人の著作権が保護されるように、ベルヌ条約加盟国内で著作物を同時発行してい
たとは書いていないのである。
 「米国とカナダの出版事情」に関して述べるC作成の鑑定書(甲第
46号証)は、1926年以降の事情を挙げて「1901年作品が英国領たるカナ
ダと米国で同時に発行されたものと考える」との意見を導いたものにすぎない。
 原告は、1901年作品と1905年作品①については、掲載され
た雑誌に「英国と米国で著作権がある」との著作権表示がなされていることを指摘
するが、この表示のみでは、同時に発行された証拠となるものではない。
(ウ) 各作品の個別事情について
a 1903年作品について
 「同時発行」とは、「同日」すなわち「全く同じ日」の発行を意味
するところ、雑誌「TheCosmopolitan」1903年12月号が、1903年12月
15日に米国と英国領内で「同日」すなわち「全く同じ日」に発行したことの立証
はない。また、米連邦議会国会図書館の著作権登録記録によれば、同誌が米国で著
作権登録されたのは1903年9月23日であり、英国の印刷出版会館では、著作
権登録されていない。
b 1901年作品について
 原告は、1901年作品が米国と英国領内で同時発行されたことの
根拠として、「雑誌『Puck』掲載のコンテンツは米国及び英国双方の著作権により
保護されており、著作権侵害に対しては即時に断固として提訴する」との著作権表
示があること、1897年に改正された米国著作権法では、虚偽の著作権表示は犯
罪とされていたこと、英国図書館が1901年4月6日号のマイクロフィルムを所
蔵している事実などを挙げているが、これらは1901年作品が同時発行されたこ
とを立証するものではない。
 1901年作品が掲載された雑誌「Puck」1901年4月6日号
は、英国図書館、Colindale新聞図書館、ケンブリッジ大学図書館及びKewにある公
文書館のいずれにおいても登録されていなかったし、これら4か所では、1901
年にはおよそ一切の雑誌「Puck」が登録されていなかった。
 また、米国著作権法は、あくまで米国著作権に関する規定であるか
ら、同法の存在をもって、英国著作権の虚偽表示が処罰されることはない。したが
って、雑誌「Puck」の著作権表示の記載は、警告等の目的で、虚偽の英国著作権を
表示したにすぎないと考えることも可能である。
 1901年作品を掲載した雑誌「Puck」1901年4月6日号のマ
イクロフィルムを英国図書館が取得したのは1970年代の半ばであり、ケンブリ
ッジ大学図書館がこれを取得したのは1980年である。したがって、英国図書館
が1901年作品を掲載した雑誌「Puck」1901年4月6日号のマイクロフィル
ムを所蔵しているというだけでは、同号が米国と英国領内で「同時」すなわち「全
く同じ日」に発行されたということの証明にはならない。
 1901年ないし1905年当時、米国の出版社が、米国人が作成
した著作物について、ベルヌ条約上の保護を受けるために英国領内で同時発行をす
るという慣行はなかった。
 なお、原告は、1903年作品については、掲載雑誌の大英博物館
による受入印によって同時発行を立証しようとするが、1901年作品について
は、そのような証拠を提出していないことを指摘しておく。
c 1905年作品①について
 原告は、1905年作品①が米国と英国領内で同時発行されたこと
の論拠として、甲第35号証の表紙最下部に「Copyright,1905, intheUnited
StatesandGreatBritain」との著作権表示があることを挙げているが、1901
年作品においても議論したように、このような英国著作権の表示が虚偽であった蓋
然性は極めて高い。
 なお、1905年作品①が掲載された「TheAmericanIllustrated
Magazinevol.61no.2」は、1905年から1912年にかけて英国の印刷出版会
館では一切登録されていない。
(3) 多国間における書簡のやり取りが、すべて、ウイーン条約第2条第1
項(a)項にいう「条約」に該当するわけではない。同条約の同条項にいう「条約」
とは、「国の間において文書の形式により締結され、国際法によって規律される国
際的な合意」を意味するところ、1891年交換公文は、あくまでも書簡のやり取
りの一部にすぎず、「締結」されたものでもなく、「合意書」の形式を採るわけで
もないから、上記「条約」には該当しない。
 また、ウィーン条約は、1969年5月23日にウィーンで採択された国
家間の条約法に関する条約である。したがって、仮に、同条約が不文律として存在
した国際公法を成文化したものであるとしても、採択から100年近く前の186
2年当時に存在した不文律の国際公法を成文化しているものと解することには論理
的飛躍がある。また、少なくとも、原告は、1862年当時に、ウィーン条約の規
定内容が、不文律の国際公法として存在したことを全く立証していない。
8 争点(8)(キューピー著作権は原告に譲渡されたかー譲渡の有無及び有効性)
について
【原告の主張】
(1) ローズ・オニールの死後、キューピー作品及びキューピー関連作品の各著
作権は、すべて、同人の遺産を管理するRO遺産財団に承継された。同遺産財団
は、いったんは清算されたものの、キューピーに関する新たな財産の発見に伴い、
新RO遺産財団が設立された。
 原告は、平成10年(1998年)5月1日、新RO遺産財団から、キュ
ーピーの作品に関する日本におけるすべての著作権を、頭金として1万5000米
ドルを支払い、ランニング・ロイヤリティとしてキューピー作品やキューピー関連
作品を複製した製品及び物品に係る原告自身の純収入の2%を支払うほか、キュー
ピー作品及びキューピー関連作品に関して第三者から受領した金額の2分の1を対
価として支払う旨の約定により譲り受けた。
 したがって、原告は、キューピー作品及びキューピー関連作品の各著作権
を、有効に取得した。
(2) 被告は、譲渡の対象となったのは、1909年以降の作品であると限定す
る。しかし、新RO遺産財団管理人のIは、譲渡の対象は「ローズ・オニールが創
作したすべてのキューピー著作物に対する日本の著作権及びキューピー著作物に関
連するすべての権利」と述べており、1909年以降のものに限定していないし、
そのような限定解釈をすべき根拠もない。
 また、被告は、キューピー関連作品の著作権は雑誌社にあるので、新RO
遺産財団が原告に対して譲渡することはできないと主張する。しかし、被告がその
主張をする根拠としている証拠は、雑誌社に編集著作権があることを示すものにす
ぎない。
(3) 被告は、RO遺産財団管理人Hが遅くとも1948年6月5日までに19
13年作品を含むキューピーに関する作品に係る著作権をJに譲渡したと主張す
る。
 しかし、そのような譲渡の事実は存在しない。被告が譲渡の存在を主張す
る根拠とする手紙(乙第47号証)の文脈からすれば、譲渡されたのは、著作権と
いう無体財産権ではなく、キューピーの媒体物(有体物、人形)にすぎない。被告
は、Jに譲渡された結果、その後に米国のキューピー人形の製造者からRO遺産財
団に対して送られてきた金額は、年500ドルという廉価であったと主張するが、
当時の米国著作権法によりキューピーに関連する著作物が米国では公有に帰してい
たための値段であるから、廉価であるということはできず、この価格が「カドル・
キューピー」(キューピーの抱き人形)の権利のみがRO遺産財団に残されていた
ことを裏付けることにもならない。「TheOneRose」には、Jがキューピーに関す
る「使用の許可」があったと記載されており、このことからも当時Jが著作権の譲
渡を受けていたわけではないことがうかがわれる。同書の中の「・JLK」との表
記は、写真の著作者を表記したものにすぎない。
 また、譲渡されたと主張する1947年当時の米国著作権法(1909年
著作権法)では、著作権の譲渡がなされた場合、3か月以内に譲渡証書を登録しな
ければ、譲渡された権利を喪失することとされていた。Jは、自らの営業に必要な
他の著作権の譲渡においては、この手続を執っているにもかかわらず、キューピー
に関する著作権等の譲渡に関しては、この手続を執っていない。したがって、譲渡
の事実はなく、仮にあっても権利が喪失している。
 さらに、仮に被告主張の譲渡の事実が存在するとしても、原告とJとの二
重譲渡の関係が生じているにすぎない。被告は、Jが対抗力を有していることを主
張していないし(なお、原告は、1909年作品、1910年作品及び1913年
作品の著作権譲渡については、著作権法77条1号に基づく登録手続を行ってい
る。)、そもそも被告のような不法行為者に対しては、原告は、対抗要件を具備し
なくても、権利行使をなし得る。
(4) 信託法11条違反との主張について
被告は、新RO遺産財団と原告との間の著作権譲渡契約は、訴訟信託目的
の譲渡であるから、信託法11条に反し無効であると主張している。
 しかしながら、訴訟信託目的の譲渡である証拠はないし、原告は訴訟自体
を当初より弁護士に依頼している。さらに、新RO遺産財団も、著作権譲渡前に弁
護士(訴訟代理人)を選任して、訴訟提起等を行っており、原告に対して訴訟信託
目的で著作権譲渡契約を行う必要性は全くない。
 なお、原告は、キューピーの収集家であり、昭和63年、収集した玩具を
展示する「想い出博物館」を開館し、館長として活動していたが、その過程におい
て、キューピーの著作権に興味を持つようになり、真の権利者を探し出したのであ
る。これらの経緯からしても、キューピーに関する著作権の譲渡が訴訟信託目的で
なされたわけではないことは明らかである。
 被告は、権利移転の金額が低廉であることなどを指摘するが、そのことを
もって、これが訴訟信託目的であるなどということはできないし、そもそも対価と
して廉価であるということはできない。また、権利を譲り受けた者が侵害者に対し
て損害賠償等の請求を行うことは当然である。
(5) 弁護士法73条違反について
被告は、新RO遺産財団から原告へのキューピー著作権の譲渡は、弁護士
法73条に違反すると主張する。
弁護士法73条の立法趣旨は、非弁護士が権利の譲渡を受けることによ
り、事実上他人に代わって訴訟活動を行うことによって生ずる弊害を防止し、国民
の法律生活に関する利益を保護することにある。本件では、原告は、訴訟の遂行を
弁護士である訴訟代理人に委任し、同代理人が訴訟を遂行しているのであるから、
弁護士法73条が想定する弊害があり得ないばかりか、そもそも弁護士法73条の
「訴訟、調停、和解その他の手段によって、その権利の実行をすることを業とす
る」場合に該当しない。
また、権利移転の金額が低廉であるとはいえないし、そもそも金額をもっ
て弁護士法73条に反する行為であることを裏付けることはできない。また、権利
を譲り受けた者が侵害者に対して損害賠償等の請求を行うことは当然である。
【被告の主張】
(1) 新RO遺産財団が、著作権を譲渡できないこと
ア RO遺産財団の財産管理人であったHは、遅くとも1948年6月5日
までに、キューピーに関するすべての権利をJに売却していた。
 1964年には、多くのキューピーに関するイラストや人形の写真が掲
載されている「TheOneRose」の第一版が出版されているが、同出版物にはJが著
作権を有する旨、RO遺産財団の財産管理人であったHが協力した旨明記されてい
ることからしても、「TheOneRose」掲載のキューピーに関する著作物の著作権が
Jに譲渡されたことが推察される。そのほか、RO遺産財団が、キューピー人形の
製造者から年500ドルという「カドル・キューピー」のみに関するライセンス契
約としか考えられないような契約を締結していたことからも、Jへの著作権譲渡契
約の存在が推認される。
 そして、RO遺産財団が、1964年1月16日に、612.47ドル
の資産しか有しないとして、遺産配分確定の判決を受け、同年3月18日に清算手
続が完了されたことは、当時、同財団にキューピーに関する著作権が帰属していな
かったことを示すものである。
イ 原告は、第一次訴訟から一貫して、1909年以降の作品をキューピー
作品と称し、1909年がキューピーの誕生の年であると述べている。したがっ
て、キューピーの作品の譲渡を受けたという場合は、キューピー関連作品は譲渡の
対象となっていないというべきである。
ウ キューピー関連作品については、米国著作権登録原簿上、その著作権者
は当該イラストを掲載した雑誌出版社となっている。そして、これらの作品の著作
権がローズ・オニールに譲渡された記録はない。したがって、ローズ・オニール
は、当初より、キューピー関連作品の著作権を有していなかった。
エ よって、新RO遺産財団も、キューピーに関する権利を有していないの
であって、そのような新RO遺産財団から原告がキューピー作品やキューピー関連
作品の各著作権を譲り受けることはできない。
(2) 原告と新RO遺産財団との売買契約が存在しないことをうかがわせる事情
 被告は、キューピー作品の使用に関する交渉を当初より原告との間で行っ
ていたが、訴訟自体は、平成9年(1997年)7月15日に、新RO遺産財団に
よって提起された。しかし、平成10年(1998年)5月には、原告が新RO遺
産財団から著作権の譲渡を受けたとして、当事者変更の申立てを行っている。
 この経過が不可解である上、第一次訴訟控訴審の結審直前まで、原告は、
著作権を売買により取得したと主張しながら、売買契約書の存否・内容等を明らか
にしなかった。また、明らかにされた契約内容によれば、その権利移転金額は、第
一次訴訟における損害賠償請求額10億円と比較して著しく低額である1万500
0米ドル(約180万円)であった。
 以上からすれば、原告と新RO遺産財団との間に、真実、著作権売買契約
が締結されたとは考えられない。
(3) 原告と新RO遺産財団との契約が無効であること
 原告と新RO遺産財団との間の著作権の譲渡契約(甲第13号証)は、信
託法11条あるいは弁護士法73条に反する、違法無効な契約である。
ア 信託法11条について
 原告の主張する譲渡契約においては、対価がわずかに頭金1万5000
ドルと低額であり、勝訴して10億円を得た場合には、その2分の1を原告が報酬
として獲得することができるとされている。原告は、第一次訴訟で著作権譲渡契約
書を控訴審口頭弁論終結時まで提出せず、金額を伏せたライセンス契約書しか提出
していない。原告は、一連のキューピー訴訟において、およそ金額に関しては誠実
に立証することを拒み続けてきたのであるから、譲渡価格は相当との原告の主張は
全く信頼性がない。
 原告は、第一次訴訟の提起時点では新RO遺産財団が訴訟を遂行してい
たにもかかわらず、原告自らが被告を訴える意思を有する旨明らかにしていた。
 また、原告は、権利移転時期(1998年5月1日)からわずか約1か
月後(1998年6月16日)に第一次訴訟を提起している。
 さらに、原告は、従前の取引先を含めて、20社以上の企業に、一方的
なライセンス料を提示している。
 以上の事実は、原告と新RO遺産財団が、訴訟信託のために著作権譲渡
契約の形式を採ったことを裏付けるものであるから、当該著作権譲渡契約は信託法
11条に反する無効な契約である。
 なお、弁護士に委託したとしても、訴訟を主目的として信託したと認め
られるときは信託法11条の適用が認められるというべきである。
イ 弁護士法73条について
 原告は、著作権の譲渡を受けた後、被告以外にも、複数社に対し、訴訟
を提起しており、これらの訴訟において勝訴した場合には、高額の報酬を得ること
となっている。したがって、原告には、「反復継続する意思」を持って訴訟行為を
行っていることが認められる。
 原告は、被告を表す標識として広く認知されているキューピーブランド
等の著名性にただ乗りして利益を図ろうとしており、国民の法律生活上の利益に反
する弊害を誘発する行為ということができる。
 よって、売買契約は、弁護士法73条に反する違法無効な契約である。
9 争点(9)(被告イラスト及び被告人形とキューピー作品との類似性)について
【原告の主張】
 被告イラスト及び被告人形は、1909年作品、1910年作品、1912
年作品及び1913年作品の表現上の特徴ないしは本質的特徴と同一性を有する。
(1) 被告イラストとの対比
被告イラストは、顔と頭の形状における特徴に関する前記4【原告の主
張】(2)ア記載の①ないし⑬を備えており、ただ、⑤及び⑫の「眉」について、19
12年作品においては「眉がある」のに対して、被告イラストにおいては「眉がな
い」ことのみが異なる。また、体型における特徴に関する前記4【原告の主張】(2)
イ記載の①ないし⑩、姿勢における特徴(キューピー・ポーズ)に関する同(2)ウ記
載の①ないし⑦をいずれも備えている。このように、被告イラストは、1912年
作品とほとんど共通しており、相違点は些細なものにすぎない。
 被告イラスト、1909年作品、1910年作品及び1913年作品につ
いても同様である。
 したがって、被告イラストは、上記各作品の複製又は翻案にすぎないとい
うべきである。
(2) 被告人形との対比
 キューピー作品の本質的特徴は、1912年作品に顕著に表れており、そ
の内容については、前記4【原告の主張】(2)のとおりである。
 被告人形は、顔と頭の形状の特徴に関する前記4【原告の主張】(2)ア記載
の①ないし⑬を備えており、ただ、⑤の「眉」について、1912年作品において
は「眉が短い線として描かれている」のに対し、被告人形においては「眉が長い線
として描かれている」という些細な点が異なるにすぎない。また、体型における特
徴に関する前記4【原告の主張】(2)イ記載の①ないし⑩を備えている。さらに、姿
勢における特徴に関する同(2)ウ記載の①ないし⑦を備えている。このように、被告
人形は1912年作品とほとんど共通しており、相違点は些細なものにすぎない。
 被告人形と1909年作品、1910年作品及び1913年作品について
も同様である。
 したがって、被告人形は、上記各作品の複製又は翻案にすぎないというべ
きである。
(3) 以上のとおり、特に1912年作品は、被告イラスト及び被告人形とほ
とんど同一といい得るものであるから、1912年作品が1909年作品の複製で
あるならば、被告イラスト及び被告人形も1909年作品の複製と認められるべき
ものであり、1912年作品が1909年作品の翻案であるならば、被告イラスト
及び被告人形も1909年作品の翻案と認められるべきものである。
【被告の主張】
(1) 被告イラスト及び被告人形と1913年作品について
 共通した特徴としては、①裸の中性的なふっくらとした乳幼児の体型をし
た人形であり、頭部が全身と比較して大きく、後頭部の中心が突き出し張り出てい
る点、②頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の特徴的な髪の毛が生え、中
央部分の毛は前に垂れ、その余の部分には髪の毛がなく、③後頭部ないし両肩部に
小さな双翼を備えている点などが挙げられる。
(2) しかし、被告イラストと1913年作品は、次のような相違点を有する。
 ①髪の毛について、被告イラストは、頭頂部のみに髪の毛があるが、19
13年作品は、頭部の中央部分及び左右の部分にわずかに髪の毛が生えている。②
眉について、被告イラストはないが、1913年作品はある。③耳について、被告
イラストは、はっきりと大きく丸みを帯びた耳が描かれているが、1913年作品
は、耳の存在が不明瞭である。④口について、被告イラストは短く描かれている
が、1913年作品は左右に細長い。⑤目について、被告イラストは、黒目が左下
方に向いているが、1913年作品は黒目が左方を向いている。⑥へそについて、
被告イラストは黒く塗りつぶした円で強調されて表現されているが、1913年作
品は、強調した表現がされていない。⑦胴から両足の部分について、被告イラスト
は、輪郭線が円弧状に連続的に描かれているが、1913年作品ではY字状のくび
れが表現されている。⑧双翼について、被告イラストでは、両腕の上からはっきり
と視認し得るが、1913年作品では、正面からはこれを明確には視認し得ない。
⑨膝は、被告イラストでは表現されていないが、1913年作品では膝小僧が表現
されている。
(3) また、被告人形と1913年作品は、次のような相違点を有する。
 ①眉について、被告人形は、円弧状にやや厚みをもって描かれているが、
1913年作品は、点のように描かれている。②口について、被告人形は、口の両
端が膨れた頬に埋まるかのように厚みをもって表現され、長さは両目の間とほぼ同
距離であり、わずかに開き、ほぼ直線であるが、1913年作品は、下向きの単純
な円弧の線として表現され、左右の目の中央部付近にまで広がっている。③鼻につ
いて、被告人形は、二つの穴まで表現されているが、1913年作品は、わずかな
膨らみで表現され二つの穴はない。④頬について、被告人形は、頬が膨らみ、少し
下方に垂れているが、1913年作品は、下方に垂れていない。⑤双翼について、
被告人形は、両肩部に付けられ、貝殻状をしているが、1913年作品は、後頭部
から首の後方部左右に付けられている。⑥胴体について、被告人形は、尻の部分が
最も太いが、1913年作品は、胴中央部が最も太い。⑦膝について、被告人形
は、上下に溝を付けることで表現されているが、1913年作品は、溝がない。⑧
手の甲及び指の根元について、被告人形は、くぼみが表現されているが、1913
年作品は、くぼみの表現がない。⑨尻について、被告人形は、背中部分
に比べ後方に突き出しているが、1913年作品は、背中から尻にかけて突き出す
ことなく連続して、下方に向けて狭まっている。
(4) 前記共通点と相違点は、1909年作品、1910年作品及び1912年
作品との対比においても同様にいうことができる。したがって、被告イラスト及び
被告人形は、キューピー作品に類似していないというべきである。
(5) なお、1909年作品が、1903年作品の二次的著作物であるとして
も、二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分
についてのみ生じるにすぎないから、1909年作品と被告イラスト及び被告人形
との対比においては、1909年作品の創作的部分についてのみ行えば足り、具体
的には、1903年作品と1909年作品との相違点が、1909年作品の創作的
部分といえるか否か、創作的部分といえる場合には、被告イラスト及び被告人形に
おいてそれが感得できるか否かを検討すればよいことになる。
ア 1909年作品の頭部が円形であることは、1904年作品①ないし③
及びその複製物である1906年作品、1907年作品及び1908年作品の頭部
において既に表現されており、1909年作品の創作的部分とはいえない。
イ 1909年作品の眉が目から離れた所に点として描かれている点が、1
903年作品との関係のみならず、1904年作品①ないし③及びその複製物であ
る1906年作品、1907年作品及び1908年作品との関係でも、1909年
作品の創作的部分に該当するとしても、「1909年作品は、眉が目から離れた所
に点で描かれているのに対し、被告人形は、眉が目から離れた所に上向きの円弧状
に描かれ、いわゆる柳眉である。」ことから、被告人形において上記特徴は感得で
きない。
ウ 1909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の目が
左に寄り目である点が、1903年作品との関係のみならず、1904年作品①な
いし③及びその複製物である1906年作品、1907年作品及び1908年作品
との関係でも、1909年作品の創作的部分に該当するとしても、「1909年作
品は、瞳が目全体の3分の1程度であって寄り目であるが、被告人形は、瞳が目の
ほぼ全体を占めており、ほぼ正面を向いている。」ことから、被告人形において上
記特徴は感得できない。
エ 1909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の口が
下向きの円弧状で描かれ、頬笑んでいる点は、1904年作品①ないし③の複製物
として既に公有に帰している1907年作品の口は下向きの円弧状で描かれ、微笑
んでいるから、当該表現は、1909年作品の創作的部分とはいえない。
オ 1909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の物を
運ぶ姿勢が、1903年作品との関係のみならず、1904年作品①ないし③及び
その複製物である1906年作品、1907年作品及び1908年作品との関係で
も、1909年作品の創作的部分に該当するとすれば、被告人形は、物を運ぶ姿勢
をとっているわけではなく、被告人形において上記特徴は感得できない。
カ 1909年作品の体型がふっくらしていることは、1904年作品①な
いし③及びその複製物である1906年作品、1907年作品及び1908年作品
の体型において既に表現されており、1909年作品の創作的部分とはいえない。
キ 1909年作品、殊に別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の印象
が活発な茶目っ気のある雰囲気である点が、1903年作品との関係のみならず、
1904年作品①ないし③及びその複製物である1906年作品、1907年作品
及び1908年作品との関係でも、1909年作品の創作的部分に該当するとして
も、「1909年作品は、全体として、活動的な茶目っ気のある雰囲気を印象付け
るのに対し、被告人形は、全体として、優しげな雰囲気を印象付ける。」ことか
ら、被告人形において上記特徴は感得できない。
以上のとおり、1903年作品と1909年作品との相違点は、1909
年作品の創作的部分といえないか、いえるとしても、それは被告人形(被告イラス
トについても同様の主張をするものと解される。)において感得できないものであ
るから、1909年作品と被告イラスト及び被告人形とは類似したものとはいえな
い。
10 争点(10)(被告イラスト及び被告人形のキューピー作品に対する依拠性)に
ついて
【原告の主張】
(1) 独自に創作された、すなわち依拠性の認められない著作物については、複
製権・翻案権侵害の対象から除外される。
 依拠性を認定するための間接事実としては、①被疑著作物の作成者が作成
当時、被害著作物の内容を知っていたこと、②被疑著作物の作成者が作成当時から
見て更に過去に、被害著作物の内容を知っていたこと、③被疑著作物の作成者が作
成当時又はそれより前に、被害著作物に接する機会があったこと、④被害著作物
が、少なくともその分野で著名又は周知であること、あるいはその分野の著作者が
参照するのが通常であること、⑤被疑著作物が、被害著作物を利用せずに作成され
たとは考えられないほどの共通の内容、表現があること、⑥被疑著作物の作成者が
被疑著作物を独自に創作することが時間的、予算的、能力的に困難であったこと、
が挙げられる。このうち、⑤の共通性については、前記9【原告の主張】において
述べたとおりである。①ないし④については、次のような事情から、これらが認め
られる。
(2) 1909年作品及び1910年作品のようなキューピーのイラストは大変
な人気を呼び、特に1913年作品と同様のキューピー人形が発売されるや、キュ
ーピーはたちまち爆発的な人気を集め、世界中でいわゆる「キューピー狂時代」と
いわれる大ブームを巻き起こし、日本においても大流行し、その後も、キューピー
の人気は衰えることなく続いている。
 このような「キューピー狂時代」に、被告は、キューピー作品が人気急上
昇の時期であること、キューピーは、米国からやってきて、人気があるとともに、
愛と幸せを運ぶといわれていることが、マヨネーズを売り出すのにイメージに合う
と考え、「キューピー」を同社のマスコットとして使用し、社名を「キューピー株
式会社」としたのである。被告は、自身のホームページにおいても、キューピー
は、ローズ・オニールが創り出したイラストであること、大正時代に流行し、被告
の創業者がこれを商標とし、また社名も「キユーピー株式会社」に変更したことな
どを認めている。
 以上からすれば、被告イラスト及び被告人形は、1913年作品に依拠し
ているというべきである。
(3) 1913年作品は、1909年作品、1910年作品及び1912年作品
の二次的著作物であるから、被告イラスト及び被告人形が、1913年作品に依拠
している関係にある以上、1909年作品、1910年作品及び1912年作品に
依拠して作成されたということができる。
(4) 被告は、大正時代にキューピー、とりわけローズ・オニールのキューピー
作品が一世を風びしたことはないので、これに依拠した事実は認められないと主張
する。しかし、被告は、社名等に「キユーピー」の語を使用した合理的理由を説明
していないし、不正競争防止法上の周知性・著名性の要件と、依拠性の要件とを完
全に混同している。大正5年に発行された手芸書に、「キューピー」が米国の女性
によって創作されたという記載がなされていることからも、キューピーが流行して
いたこと、それがローズ・オニールに関連して認識されていたことは、明らかであ
る。
【被告の主張】
(1) 原告は、被告イラスト及び被告人形が、キューピー作品に依拠したもので
あると主張する。しかし、具体的にいかなる著作物に依拠して被告人形等を創作し
たのかについては、論旨不明である。1913年ころキューピー人形及びキューピ
ーイラストが日本で流行していたという事実だけでは、それがいかなる「キューピ
ー人形・イラスト」なのか、1909年作品、1910年作品、1912年作品な
いし1913年作品といい得るものなのか不明である。
 とりわけ、1913年作品については、甲第4号証に撮影されている写真
が、真実、日本において制作、販売されていたのか、ローズ・オニールの許諾を得
たものであるかについては不明であり、依拠の対象と認めることはできない。
(2) 被告イラストは、戦前より、被告の前身である「食品工業株式会社」から
デザインの仕事を依頼されていたD(故人)が、戦前のイラストを参考に、195
1年(昭和26年)ころ原案を作成し、同社創業者のE(故人)と相談の結果、現
在の被告イラストになったのであり、その作成者は不明である。
 また、1971年(昭和46年)ころ、被告人形の原型を制作したミヤタ
企画代表のFは、被告人形を制作した当時、ローズ・オニールのことは全く知ら
ず、彼女の制作したキューピーのイラストや人形を見たことがない旨述べている。
 さらに、同年ころ、被告から依頼を受けて被告人形を製造した中島コーポ
レーション取締役会長のGも、キューピー人形の著作権について一切知らない旨述
べている。
 このように、被告人形をデザインしたC、また、その製造に当初から関わ
ってきたGは、いずれもローズ・オニールの作品に依拠せず、被告人形を製造して
いるのである。
(3) 原告は、被告イラスト及び被告人形が、ローズ・オニールの創作したキュ
ーピー作品に依拠していると主張し、これを裏付けるものとして、被告イラスト及
び被告人形の創作前に、キューピーが日本において一世を風びしていたと述べて、
証拠を提出する。
 しかしながら、この裏付けとして提出された証拠は、いずれも原告自身が
作成したものであって、客観的な証拠ではない。
 むしろ、原告自身が認めるように、ローズ・オニールの許諾を得ないキュ
ーピーに関する作品が日本において一世を風びし、日本人はローズ・オニールとい
う米国人の作品という認識を有していなかったのである。
 すなわち、ローズ・オニールの創作したキューピー作品は被告イラストや
被告人形創作当時の日本において著名ではなく、被告イラストや被告人形は、ロー
ズ・オニールとは無関係に日本で独自に発達した「ジャパニーズ・キューピー」と
もいうべき作品に依拠しているにすぎない。なお、この場合、被告イラストや被告
人形の作成者が、既存の著作物(ローズ・オニールの創作したキューピー作品)と
同一性のある作品となるか否かについて配慮すべきことまでは要求されていない
(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁参照)。
 11 争点(11)(キューピー著作権の相対的時効取得)について
【被告の主張】
 被告は、①キューピーブランドについては、1945年(被告がキューピ
ーブランドを使ってマヨネーズ等の販売を始めた1925年から20年後)まで
に、②被告イラストについては1972年(被告が被告イラストを使ってマヨネー
ズ等の販売を始めた1952年から20年後)までに、③被告人形については、1
991年(被告が被告人形を使ってマヨネーズ等の販売を始めた1971年から2
0年後)までに、少なくともローズ・オニール及びその承継人たる(新)RO遺産
財団に対する関係では、被告人形等についての著作権を相対的に時効取得した。
 ここにいう「著作権の相対的な時効取得」とは、「著作権者(本件の場
合、ローズ・オニール及びその承継人たる(新)RO遺産財団)から複製禁止権等
を行使されないという地位、換言すれば著作権者に対して複製禁止権の不行使を要
求することができる債権」を被告はローズ・オニール及びその承継人たる(新)R
O遺産財団に対して保有している、ということである。
 このような「著作権の相対的な時効取得」が認められる理由は、次のとお
りである。すなわち、①著作権という権利の性質に応じて分割された「著作権の一
部」は、時効取得の対象となる。②原著作権者に対して、「(譲渡禁止権、翻案禁
止権等の禁止権の総体である)著作権の不行使を要求できる地位又は権利の相対
性」という性質に応じて分割された「著作権の一部」は、時効取得の対象となる。
③上記②の意味における「著作権の一部」の時効取得を主張する場合、その要件と
して求められる準占有を肯定するには、原著作権に対する関係でのみ、外形的に著
作権者として著作権を独占的、排他的に行使する状態が継続すれば足りる。④上記
③のように「原著作権者に対する関係で、外形的に著作権者として著作権を独占
的、排他的に行使する状態が継続している」と評価するには、時効制度の存在理由
からして、時効を主張する者が長期間にわたり、権利者のように振る舞っていると
いう永続した事実状態が明らかに存在すること、及び原著作権者がそのことを認識
しているにもかかわらず、何ら対抗措置を講ずることなく事態を放置し、権利の上
に眠っているという事情があること、である。
 そして、原告は、被告がキューピー著作権を相対的に時効取得した後に、
新RO遺産財団から譲り受けているから、被告とは対抗関係にあるが、原告は背信
的悪意者に該当する。
 したがって、原告が新RO遺産財団からキューピー著作権を譲り受けたこ
とを登録していたとしても、背信的悪意者排除の法理により、キューピー著作権を
時効取得した被告に対して、キューピー著作権を譲り受けたことを対抗できないの
で、キューピー著作権の譲受けを前提とする本件訴訟での請求には理由がない。
【原告の主張】
 被告の主張するところの相対的時効取得によって、被告がキューピー著作
権を時効取得することはあり得ない。なぜならば、時効取得するためには、権利を
専有する状態、すなわち、外形的に著作者と同様に複製権を独占的、排他的に行使
する状態が継続していることが要件となるところ(最高裁平成9年7月17日第一
小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)、被告には、この要件が欠落してい
るからである。
12 争点(12)(権利の失効)
【被告の主張】
(1) 権利失効原則の要件事実
 長期間の権利不行使と、権利行使の相手方において、その権利がもはや
行使されないものと信頼すべき正当事由を有し、権利者が権利を行使することが信
義誠実に反する特段の事由(権利行使の不当性)が認められた場合には、当該権利
は失効する。
ア 長期間の権利不行使
 第一次訴訟以前において、被告が被告人形等の使用を開始してから7
0年を超える長期にわたり、原告から被告に対してキューピー著作権が行使された
ことは一度もなかったのであるから、長期間の権利不行使の要件事実は、容易に認
められる。
イ 権利行使の不当性
 本件では、次の事実が認められるから、被告は、キューピー著作権が
行使されないものと信頼すべき正当事由を有している。
① 被告が事業活動を開始した1922年(大正11年)当時、日本に
おいて、多数の者が多数のキューピー人形等を独自に開発、販売している状況であ
った。
② 被告は、1970年(昭和45年)ころから、キューピーブランド
のルーツについて米国で調査を行ったところ、RO遺産財団が、1964年(昭和
39年)に、もはや見るべき資産がないとして清算されたことを確認した。
③ 原告が、キューピー著作権が存在すると主張するに至った1995
年(平成7年)に至るまで、キューピー著作権の存在を被告に対して主張した者
は、日本はおろか、世界中誰一人いなかった。
④ ローズ・オニールは、1917年(大正6年)当時、日本において
キューピー著作権が侵害されていることを知っていた。また、1940年(昭和1
5年)前後、日本製のセルロイド玩具であるキューピー人形が、米国において広く
出回っていたから、RO遺産財団の管理人は、日本製のキューピー人形等の存在を
認識し、これを容認していた。にもかかわらず、ローズ・オニールも、RO遺産財
団の管理人も、被告に対する権利行使行為を行わなかった。
⑤ 被告は、日本において、78年間にわたり、キューピーブランドを
用いて大々的に事業活動を行ってきた。また、被告は、米国でも、1965年にキ
ューピー社商標等を登録し、被告によるキューピーブランドを用いたマヨネーズ
が、米国に出荷されている。さらに、被告のKEWPIEブランドを用いたマヨネーズの
テレビコマーシャルが、米国で放映されたことがある。したがって、新RO遺産財
団の管理人も、被告イラストや被告人形の存在を知っていたということができる。
にもかかわらず、同管理人は、しかるべき権利行使を行わなかった。
(2) 著名標識の積極的効力
 営業標識が著名性を獲得していること、その著名性を獲得する前に著作
権者が異議を述べず、権利行使も行わなかったこと、及び使用されていた商品と同
一又は類似の商品について使用を継続すること、以上の要件が認められる場合に
は、著名標識としての積極的効力が認められるので、著名な標識の使用者は著作権
者の権利行使を排斥できるというべきである。
 そして、本件の場合、被告の営業標識(キューピーブランド)はおそら
く日本国民の90%以上に知られており、また、被告の事業のうち、当該営業標識
にかかわる部分が極めて大きく、その売上高の絶対額も極めて巨額である。また、
被告は、その営業標識を、一貫して公然と用いているが、著作物の登録から起算す
れば80年以上、著作者の死亡から起算しても50年以上という非常な長期間使用
してきた。さらに、食品の分野に関する限り、営業標識についての営業上の信用を
蓄積したのは被告であって、原告ではない。したがって、被告から原告に対して何
らかの請求を行うことがあっても、その逆の請求が成立する余地はない。
【原告の主張】
本件において権利失効の原則を適用する余地はない。
(1) 権利失効の原則の否定
 ドイツ法上の「権利失効の原則」は、消滅時効制度・除斥期間制度の不
備を補う制度である。しかし、我が国の民法は、ドイツ民法のように形成権の時効
消滅を否定していないし、時効期間も一般的に短いのであるから、時効ないし除斥
期間という権利行使の期間制限に関する規定があるにもかかわらず、しかも、その
期間内における権利者の迅速な権利行使義務が課されていないにもかかわらず、そ
の期間内でもなお失効の原則を適用して権利行使を否定するためには、特に相手方
を保護すべき相当強い理由の存在を要するはずである。
日本において、権利失効を認めたと思われる最高裁昭和30年11月2
2日第三小法廷判決・民集9巻12号1781頁は、賃借人の保護が政策的に考慮
されたものである。
この点で、仮に権利失効の原則が我が国において認められるとしても、
本件においてこれを適用すべき理由は見出せない。
(2)「長期間の権利不行使」の有無
原告は、本件著作物の存続期間内において、これに対する著作権を行使
している。著作権の存続期間内に著作権を行使できるのは当然であるから、これを
もって直ちに長期の権利不行使に該当することはない。
また、原告は、権利の譲渡を受けてすぐに権利を行使しているのであっ
て、原告と被告の関係においては、原告に長期間の権利不行使を認めることはでき
ない。
(3) 「権利が行使されないと信ずべき正当の事由」の有無
権利者が長期にわたって権利行使を怠っていても、後に権利が行使され
るかもしれないことを予想すべきであったときは、「権利が行使されないと信ずべ
き正当の事由」があるとは認められず、もっと顕著な事情が必要である(最高裁昭
和40年4月6日第三小法廷判決・民集19巻3号564頁)。
 しかも、契約当事者間の場合に比べて、第三者間においては、権利失効
原則の要件たる「正当事由」は認められにくくなる。本件では、ローズ・オニー
ル、RO遺産財団ないし原告と被告とは、何ら契約関係にはなく、キューピー著作
権の行使に関して、ローズ・オニール、RO遺産財団ないし原告の不作為である単
なる権利の不行使が、被告に対してもはや行使されないものと信頼すべき正当の理
由を生じさせるような信頼関係はそもそも存在しない。
 さらに、大正初期に、ローズ・オニールが製造したキューピー人形が日
本で大流行した。そのキューピー人形には、著作権者がローズ・オニールである旨
の著作権表示のほか、米国特許庁にも意匠特許登録がなされ、著作権を主張して米
国著作権局に著作権登録も行われていた。
 したがって、被告は、キューピー著作権がいずれは行使されるかもしれ
ないことを予想すべきであり、被告が「キューピーに関して著作権が行使されな
い」と信頼したとしても、勝手な思い込みにすぎない。その他、被告がそのように
信じたことについて正当な理由を認める顕著な事情は認められない。
(4) 「権利行使が信義誠実に反するものと認むべき特段の事由」の有無
権利者において、権利が行使されないとの正当な信頼を生じさせたこと
に対する「帰責性」がある場合には、権利行使が信義則違反となるというべきであ
る。
著作権という無体財産権の侵害事例はそもそも権利行使が困難である
上、権利行使の相手方の特定が困難であり、さらに権利行使の可否及びその損害額
等の判断が難しい。また、訴訟における立証活動も所有権侵害の場合に比べて困難
であり、訴訟の見通しを立てづらい上に、訴訟費用も巨額なものとなる。
 本件においては、ローズ・オニール及び(新)RO遺産財団が、被告がキューピ
ー作品の違法な複製行為等を行っていたこと及び被告の所在・連絡先、被告の財務
体質を認識していたときに初めて帰責性が認められるというべきであり、この点に
おいて、ローズ・オニール及び(新)RO遺産財団には帰責性が存在せず、権利失
効の原則が適用される余地はない。
 米国において生活する一個人であるローズ・オニールが、日本において
著作権を行使することは困難であるし、同人あるいはその遺族が日本における大量
の著作権侵害行為を認識する余地はなかった。訴訟提起においては、なおさら困難
である。なお、ローズ・オニールは、米国での著作権侵害行為など権利を容易に行
使できるときは、訴訟を提起するなどして、適宜権利行使を行っていた。
 被告は、遺産分配に関する決定書を根拠として、著作権不行使の信頼が
基礎付けられると主張するが、この主張には何ら根拠がない。
 ローズ・オニールや(新)RO遺産財団の管理人が日本製のキューピー
が出回っていた事実を知っていたことは、被告による違法複製、被告の所在・連絡
先、被告の財務体質等を知っていたことを裏付けるものではない。また、被告によ
る商品の出荷やテレビCMは、ごく一部の地域に限られ、(新)RO遺産財団の管
理人がその事実を認識していたことを裏付ける資料はない。
13 争点(13)(権利濫用)について
【被告の主張】
(1) クリーン・ハンズの原則あるいは禁反言
 原告は、昭和54年ころから長年にわたって、ローズ・オニールからの
ライセンスとは無関係に、キューピー人形やキューピーイラストのデザイナーとし
て活動を続けていた者である。すなわち、原告自身、著作権侵害行為を長期間にわ
たって行ってきた者である。にもかかわらず、本件訴訟のような請求を行うこと
は、クリーン・ハンズの原則に反し、また禁反言の原則に反する。
(2) 原告の請求が衡平性を欠くこと。
 現在、ローズ・オニールの故郷であるミズーリ州のオザーク地方ではと
もかく、米国では、キューピー人形等はそれほど認知されているわけではない。し
かしながら、日本では、日本人の全員といっていいほどの人々がキューピー人形等
の名前、姿、形を知っている。これは、被告が70年以上もの長きにわたって、そ
の企業の総力を挙げて、被告人形等に、そののれん(goodwill)を積み上げて、自
社ブランドとして大切に育ててきたからにほかならない。
 原告の請求は、被告の長年にわたって確立していった自社ブランドに係
る権利が、原告に帰属しているかのごとく振る舞う行為であり、資本金241億
円、従業員2252名を有する被告の経営に深刻な影響を与えかねないものであ
る。原告の請求を認めることは衡平の観点からも是認できない。
(3) 原告への著作権譲渡に違法性がうかがわれること。
 仮に、新RO遺産財団から原告へのキューピー作品等の著作権の譲渡が
有効であるとしても、原告の譲受けには、売買金額が第一次訴訟第一審や本件訴訟
における損害賠償請求額と比較して著しく低額であるなどの事情から、弁護士法7
3条、信託法11条に反する違法行為であることがうかがわれるのであって(その
詳細な内容は、前記8【被告の主張】(3)参照)、そのような場合にキューピー著作
権等を行使することは、権利濫用に該当し許されない。
(4) 背信的悪意者論
 民法177条には背信的悪意者の法理、すなわち、「当該取引の動機、
意図等において反倫理的である場合」、「自己の過去の行為に矛盾し、信義則(禁
反言)法理に反する場合」、「譲渡人と第二譲受人が実質上の同一の地位にあると
みられるケース」及び「第二譲受行為の態様における背信性が問題となるケース」
においては、権利行使が権利の濫用となるという法理が認められている。
 原告と被告との関係は、民法177条が適用されるいわゆる対抗関係で
はないが、本件では次の事情により上記法理が認められる場合であるということが
できる。したがって、原告の権利行使は、背信的悪意者論の観点からしても、権利
濫用に当たり許されないというべきである。
① 原告と新RO遺産財団との間の具体的な交渉を明らかにしておらず、
このことは、キューピー著作権の譲渡契約の締結に当たっては、正当な取引目的と
はいい難い事情が介在したことを推認させる。
② それ故、原告は、被告が被告人形等を長年利用していることを知りつ
つ、被告に対して巨額訴訟を提起して巨額の利益を図るため、新RO遺産財団に対
して、キューピー著作権を譲渡するよう積極的に働きかけて、これを承諾させたこ
とが十分推定できる。また、著作権の売買価格が著しく低廉であることも、図利目
的を推認させるものである。
③ 新RO遺産財団から原告への著作権譲渡が、違法に訴権を行使するこ
とで、損害賠償という形で巨額の利益を上げるという反倫理的図利目的があった。
④ 被告が、キューピーブランドを使用し始めた1925年(大正14
年)ころ、日本では多数の者が多数のキューピー人形等の商品を独自に開発、販売
していた状況があるため、キューピー人形などは公有物に属するものと信じるのが
無理からぬ状況にあった。
⑤ 著作物に表象される創作的表現は無体物であり、物理的な占有そのも
のは観念し得ない。しかし、被告が1925年(大正14年)ころから今日に至る
まで78年間にもわたり、キューピーブランドを利用しており、被告イラストは1
952年(昭和27年)から51年間、被告人形は1971年(昭和46年)から
32年間、それぞれ独占的、排他的に使用してきたことから、被告は、被告人形等
を「占有」していたと同視し得るだけの、実質的な関係があったといえる。
⑥ 原告と新RO遺産財団は、訴訟遂行において弁護士を同じくしてい
る。
(5) 著名標識への便乗
 多大な広告、宣伝費を投じて広く認識されるに至った標章について、そ
の著名性に便乗し、利益を図る目的で、自己の保有する商標権に基づく商標の使用
禁止を求めることは権利の濫用とされる。
 この点、我が国において、被告が70年余にわたり、多大な費用を投下
してその信用を蓄積し、広く認識されるに至った平成10年まで、被告に対し、著
作権に基づく主張をした者はない。これに対し、原告は、昭和54年以来、自ら著
作権侵害行為を行っていたところ、平成10年に突如として著作権を譲り受けたと
主張している。したがって、著名標識に便乗して利益を得るために、知的財産権を
行使しているということができ、原告が著作権に基づき、被告イラスト及び被告人
形の差止めを求めることは、権利の濫用である。
(6) ローズ・オニールや(新)RO遺産財団は、事業組織化すべきところ、
これをしないまま漫然とし、また、日本においてキューピーに関する著作権侵害行
為がなされている事実を知っていたにもかかわらず、これに有効な処置を企てるこ
となく放置していた。ローズ・オニール個人が1944年(昭和19年)当時、キ
ューピーに関連する収入により、当時の金額で140万ドル以上、現在の価格で約
21億円に近い収入を得ていたことからすれば、海外での権利行使は十分容易であ
った。
 以上の事情からしても、原告が、ローズ・オニールや、(新)RO遺産
財団が行使しなかった著作権の譲渡を受け、その権利を行使することは権利の濫用
というべきである。
【原告の主張】
(1) クリーン・ハンズの原則、禁反言原則に対して
 英米法においては、①クリーン・ハンズの原則の前提である非良心的行
為は、単なる過失ではなく、故意に基づく必要があり、また、②権利者が非良心的
行為を行っていても、権利行使の相手方がより非良心的行為を行っている場合に
は、同原則は適用されず、さらに、③権利者が非良心的行為を行っても、それが正
された場合には、もはや権利者の手は汚れておらず、同原則は適用されない。英米
法においても、クリーン・ハンズの原則は、法律で認められた権利行使を例外的に
拒絶する法理であるから、極めて厳格に適用されている。日本において、仮に同原
則を適用することができるとしても、上記要件が厳しくされることはあっても緩め
ることはできないというべきである。
 そして、①については、原告は、被告や株式会社日本興業銀行のような
日本を代表する大企業が公然とキューピー作品を複製している状況から、大多数の
日本人と同様にキューピー作品に対する著作権は存続していないと考えていた。し
たがって、原告が著作権侵害行為を行っていたことについて過失は認められるとし
ても、故意に非良心的行為を行っていたと認定することはできない。
 また、②については、被告は、大正11年から78年にわたって、被告
の業務全般においてローズ・オニールが創作したキューピー作品を無許諾で複製し
ており、その間に著作権者が「通常受けるべき金銭の額」は、過去3年間だけでも
合計240億4655万円という金額になる(なお、算定方法については、後記1
5【原告の主張】参照)。したがって、被告は、原告以上に非良心的行為を行って
いたということができる。
 さらに、③については、原告は権利者(I等)により過去の著作権侵害
について宥恕されており、もはや原告の手は汚れていない。
(2) 被告の活動に関して
 被告は、被告が被告人形等にそののれんを積み上げ、自社ブランドとし
て育ててきたなどと主張するが、侵害行為を長年続けていることをもって侵害行為
が適法となるわけではなく、原告の著作権行使を不可能とするものでもない。
(3) 被告は、原告の弁護士法違反、訴訟信託行為を主張する。しかし、前記
8【原告の主張】(4)、(5)において述べたとおり、そのような違法行為は認められ
ない。
(4) 背信的悪意者論に対して
 被告は、原告が背信的悪意者に該当するから、原告の請求が権利濫用で
あると主張する。しかしながら、背信的悪意者論は、民法177条の規定の例外を
権利濫用(同法1条3項)や信義則違反(同法1条2項)という一般的法理論に基
づいて法理論化したものであるから、背信的悪意者に該当するから権利濫用である
という論理展開は同義反復にすぎない。
 この点をおくとしても、原告はいわゆる背信的悪意者に該当しない。 
まず、被告は、著作権を侵害しているものであるから、背信的悪意者論によって保
護されるべき利益を有していない。次に、被告は、著作権譲渡契約の金額に合理性
がないので、取引の動機・意図等において反倫理的であると主張するが、著作権譲
渡契約における金額は、一部定額、一部定率とするものであって何ら不合理な点は
なく、その他の証拠に照らしても、取引の動機・意図等が反倫理的であるというこ
とはできない。さらに、被告は、著作権の譲渡を受けているわけではないから、二
重譲渡の存在を前提とする背信的悪意者論を適用すべき利益を有していない。
(5) その他
ア 被告は、被告イラスト及び被告人形を長期にわたり使用し続けていた
が、平成10年に原告が被告に対して交渉するまでの間、侵害行為である等の指摘
や抗議をされたことがないと主張する。
 しかしながら、指摘や抗議がなかったことをもって、侵害行為が適法
になるものではないし、被告が、ローズ・オニールのキューピーに関する作品等が
既に公有物と軽信していたことは、被告の過失を自認したものにすぎない。RO遺
産財団の清算は著作権の消滅を意味するものではないし、清算された事実を確認し
たのみであったことは、被告の調査が不十分であったことを示すことにほかならな
い。
イ 被告は、原告の著作権侵害や害意を主張するが、原告は、RO遺産財
団に対し過去の著作権侵害を認め、同財団から宥恕を受けた上で、著作権の譲渡を
受けたものである。したがって、原告は、正当な権利者として当然の権利行使を行
っているにすぎない。原告には害意は認められない。
ウ 「権利濫用の法理」の適用に関して、専ら権利行使により「得られる
利益」と「失われる利益」とを比較するという客観的基準のみを用いる客観説によ
ったとしても、権利濫用法理の適用の余地はない。
 すなわち、客観説において基準となる「失われる利益」とは、単なる
一私益ではなく社会的利益である。また、客観的基準のみを用いると、既成事実を
作り上げてしまった有力者のみが勝つという好ましくない結果を生ずる危険性があ
るため、その適用は慎重に行われる必要がある。ところで、被告の権利行使が否定
されることにより得られる利益は、一私企業の利益にすぎない。しかも、その利益
は、被告が著作権侵害の下で積み上げた不当な利益にすぎない。他方、被告のよう
な日本を代表する企業が公然と他人の著作権を侵害し続け、謙虚に著作権者を探
し、その権利を直視して正当に守ろうとしなかったばかりか、詭弁を用いて自己の
責任を逃れようとしている状況を放置すれば、キューピー作品に対する著作権を侵
害する者をいたずらに誘発するとともに、我が国における著作権保護の意識を低め
ることになる。したがって、本件においては、権利濫用法理の客観的基準も認めら
れない。
エ 被告は、ローズ・オニールや(新)RO遺産財団が事業組織化してい
なかったことを指摘するが、この事実が著作権侵害者の反論にならないことは当然
である。また、ローズ・オニールや(新)RO遺産財団が、日本における著作権侵
害の事実を知っていただけでは処置を講じようがないのであって、侵害者や侵害行
為を特定する必要があるのであり、そのために、個人あるいはその遺産財団が外国
において著作権侵害に対する権利行使を行うことが困難であることはいうまでもな
い。なお、ローズ・オニールの収入が現在の金額にして21億円である等の被告の
主張は、為替レートや米国内の資産、物価指数等について一切考慮しない、詐術的
言辞であって、ローズ・オニールが日本において権利行使を怠ったと評価する根拠
とはならない。
14 なお、被告は、前記11から13の各主張について、原告が1909年イラスト
画、1910年イラスト画及び1912年作品の各著作権を有することの確認請求
との関係でも主張するものである。
15 争点(14)(原告の損害)について
【原告の主張】
(1) 民法709条、著作権法114条2項に基づく損害賠償請求権
 前記のとおり、被告は、原告の有する著作権を侵害する違法行為を行って
いる。
 キューピー作品が日本を含む全世界で大流行している状況において、被告
は、キューピー作品を他人が創作した物であることを認識しつつ複製したのであ
る。したがって、被告には、違法行為について過失はもちろんのこと、故意まで認
められる。
 著作権の行使について著作権者が「受けるべき金銭の額」(著作権法第1
14条3項)は、各種キャラクター使用料率の実例に照らし、商品の小売価格の3
%を下回ることはない。被告は、被告イラスト又は被告人形を、その製造、販売す
るほとんどの商品に付するのみならず、自社のシンボルマークとしてその全営業に
わたって使用しているから、使用料相当額は被告の総売上高に使用料率を乗じて算
出される。
 損害賠償請求権の消滅時効期間内である被告の過去3年分の総売上高は、
8015億5500万円である。
 よって、原告は、被告に対し、合計金240億4665万円の使用料相当
額の損害賠償請求権を有する。
 原告は、その一部である合計金3億円(時効に先にかかるものから順次充
当する。)の損害賠償請求権を、本件訴訟において行使するものである。
(2) 民法703条に基づく不当利得返還請求権
 被告は、キューピー作品の使用料として、本来であればその総売上の3%
に相当する金員を原告に支払うべきであった。しかし、被告は、そのような使用料
の支払を行っておらず、使用料相当額の利得を得ており、また、被告が使用料を支
払わないことにより、原告は使用料相当額の損失を被っている。かつ、このような
被告の利得と原告の損失は、被告による著作権侵害に基づいており、法律上の原因
がない。
 不当利得返還請求権の時効期間内である過去10年分から前記損害賠償の
対象とした過去3年分を除外した7年間の被告の総売上高は、1兆6638億98
00万円である。
 よって、不当利得返還請求権の額は499億1694万円に上る。
 原告は、平成10年5月1日に、新RO遺産財団からキューピー著作権の
譲渡を受けた際に、キューピー著作権の侵害に基づく損害賠償請求権及び不当利得
返還請求権の譲渡も受けている。
 したがって、原告は、被告に対し、499億1694万円の不当利得返還
請求権を有する。
 原告は、その一部である合計金7億円(時効に先にかかるものから順次充
当する。)の不当利得返還請求権を、本件訴訟において行使するものである。
【被告の主張】
 否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(第一次訴訟の確定判決の既判力)について
(1) 前記(第2の2)前提となる事実、甲第26ないし第28号証及び弁論の
全趣旨によれば、第一次訴訟の第一審では、原告は、本件訴訟における1913年
作品(人形)の我が国における著作権に基づき、本件訴訟における被告イラスト及
び被告人形と同一のイラスト及び人形が1913年作品と同じ人形の著作物の複製
又は翻案に当たると主張して、前記「第1 控訴の趣旨等」(原告)2項ないし8
項とほぼ同旨の内容による上記各イラスト及び人形(したがって、対象物件も本件
訴訟と同じである。)の複製、頒布等の差止め及び廃棄の請求並びに損害賠償及び
不当利得返還(請求金額も同一)の請求をしていたところ、第一審判決は、原告の
請求をいずれも棄却したこと、第一次訴訟の控訴審(損害賠償請求等を棄却した部
分は控訴の対象とされていない。)では、原告は、上記差止め及び廃棄請求のほか
に、上記1913年作品と同じ人形に係る著作物の著作権を有することの確認請求
を追加したこと、第一次訴訟控訴審判決は、原告(控訴人)が1913年作品(人
形)に係る著作物の著作権者であることの確認請求は認容したが、1913年作品
(人形)は1909年作品(イラスト)を原著作物とする二次的著作物であり、原
著作物である1909年作品を立体的に表現した点においてのみ創作性を有するか
ら、立体的に表現したという点を除く部分については、1909年作品と共通しそ
の実質を同じくするものとして、著作権の効力は及ばないとした上で、被控訴人イ
ラスト(被告イラスト)及び被控訴人人形(被告人形)は、1913年作品と相違
し、全体的に考察しても受ける印象が異なるとして、「本件著作物(1913年作
品)において先行著作物に新たに付加された創作的部分は、被控訴人イラスト(被
告イラスト)等において感得されないから、被控訴人イラスト(被告イラスト)等
は、本件著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものでもなく、また、本件著
作物の本質的な特徴を直接感得させるものでもないから、本件著作物の複製物又は
翻案物に当たらない」と判断して、原告の1913年作品の著作権に基づく差止め
及び廃棄の請求を棄却した原審は相当であるとして控訴を棄却したこと、同判決
は、最高裁判所の上告棄却及び上告不受理の決定により確定したこと、以上の事実
が認められる。
 以上の事実によれば、第一次訴訟において訴訟物とされていたのは、19
13年作品について原告が有している著作権(複製権、翻案権等)の侵害による差
止請求権及び損害賠償請求権等である。これに対し、本件訴訟においては、第一次
訴訟とは異なり、1913年作品の著作権(1913年著作権)(複製権ないし翻
案権)に基づく差止請求権等は、予備的請求3を含め、訴訟物とされていない。し
たがって、本件訴訟は第一次訴訟とは訴訟物が異なるから、第一次訴訟の確定判決
の既判力が本件訴訟に及ぶことはないというべきである。
(2) 被告は、1913年著作権に基づく各請求も、1913年作品を二次的著
作物とする原著作物(1909年作品、1910年作品及び1912年作品)の原
著作権(著作権法28条)に基づく各請求も、同一の訴訟物であるから、本件訴訟
の予備的請求3は第一次訴訟の既判力に抵触すると主張する。
 しかし、予備的請求3は、原告が、1913年作品を二次的著作物、19
09年作品、1910年作品及び1912年作品を原著作物とする各原著作物の著
作権を保有し、被告イラスト及び被告人形は1913年作品を複製又は翻案したも
のであるとして、原著作物の著作権者として有する著作権法28条の権利(二次的
著作物の利用に関する原著作者の権利)に基づき、被告イラスト及び被告人形の複
製等の差止め等を請求するものであるから、1913年作品そのものの著作権に基
づく差止請求権とは訴訟物が異なるものというべきである。二次的著作物に対する
原著作物の著作権者は、当該二次的著作物の利用に関し、「当該二次的著作物の著
作者が有するものと同一の種類の権利を専有する」(著作権法28条)とされてお
り、原著作物の著作権者は、二次的著作物の著作者と同じ権利を有することになる
が、原著作物の著作権者の有するこの権利は、あくまで原著作物の著作権に基づく
ものであって、二次的著作物の著作権者が有する権利そのものではない。このこと
は、原著作物の著作権者と二次的著作物の著作権者とが同一人の場合であっても異
なるところはない。
 二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的
部分についてのみ生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じない
と解すべきものであるから(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51
巻6号2714頁参照)、原著作物の著作権者が当該二次的著作物の利用に関して
権利を及ぼし得る範囲と一致するものではない。このように、原著作者として有す
る著作権法28条の権利を行使するのと、原著作物の権利に依ることなく二次的著
作物の著作権を行使するのとでは、権利の対象となる著作物及び権利の内容、範囲
を異にするものであるから、両者は訴訟物を異にすると解されるのである。
 したがって、前訴において二次的著作物の著作権に基づく請求のみが審理
判断された場合には、後訴において原著作物の著作権に基づく請求を行ったとして
も、訴訟物が同一であるということはできない。
 よって、第一次訴訟判決と本件訴訟予備的請求3との間に、既判力の抵触
はない。
2 争点(2)(訴訟上の信義則)について
  (1) 前記1のとおり、第一次訴訟における訴訟物と本件訴訟における訴訟物と
は異なる。
 しかしながら、権利の行使は、信義に従い誠実にこれをしなければならず
(民法1条2項)、民事訴訟においても、「当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟
を追行しなければならない」(民事訴訟法2条)ものである。民事訴訟において、
後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し返しにすぎない場合には、後
訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして許されないと解すべき場合があ
り得る。信義則によって後訴の請求又は後訴における主張が許されないものとする
かどうかを判断するに当たっては、前訴と後訴の内容、当事者が実際に行った訴訟
活動、前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動、後訴の提起又は後訴
における主張をするに至った経緯、訴訟により当事者が達成しようとした目的、訴
訟を巡る当事者双方の利害状況、当事者の衡平、前訴の判決によって紛争が決着し
たと当事者が抱く期待の合理性、裁判所の審理の重複、時間の経過などを考慮し
て、後訴の提起又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせ
るような場合には、後訴の請求又は後訴における主張は信義則に反し許されないも
のと解するのが相当である。
(2) そこで、これを本件についてみるに、原告は、第一次訴訟では、1913
年作品の著作権(複製権、翻案権等)の侵害に基づく被告イラスト及び被告人形の
複製行為等の差止め及び廃棄並びに損害賠償及び不当利得返還の各請求をし、控訴
審において、前記1913年作品と同じ人形に係る著作権を有することの確認請求
を追加したものである。そして、甲第28号証、第57ないし第59号証、第95
号証及び弁論の全趣旨によれば、第一次訴訟の経過として、次の事実が認められ
る。
ア 原告は、第一次訴訟において、本件訴訟で対象となる著作物を含むすべ
てのキューピーに関する著作物についての、我が国における著作権の譲渡を受けて
いる旨主張した。また、原告は、第一次訴訟において、1913年作品が1909
年作品及び1910年作品の二次的著作物としての創作性を有する旨主張していた
が(控訴審判決中の控訴人(原告)の主張欄)、これに対し、被告は、1913年
作品は、既に公有物(パブリックドメイン)である(日米著作権条約発効以前に発
行された著作物である)1903年作品等の先行作品の複製物にすぎないと主張し
ていた。
イ 原告は、第一次訴訟第一審で提出した平成11年4月15日付け原告第
4準備書面において、第1の1(請求原因の追加的変更)として、「原告は、被告
が本件著作物(本件訴訟の1913年作品)を二次的著作物であると主張するの
で、その原著作物である別紙『イラスト著作物目録一』(本件訴訟の1909年イ
ラスト画)および『イラスト著作物目録二』(本件訴訟の1910年イラスト画)
の各著作物を、本訴請求の被侵害著作物として請求原因に追加する。」と記載して
いた。
ウ しかし、原告は、第一次訴訟第一審の第4回口頭弁論期日(平成11年
4月16日)において、前記第4準備書面を陳述するに際して、「右準備書面中、
第1の1に記載の趣旨は、別紙『イラスト著作物目録一』および『イラスト著作物
目録二』の各著作物について著作権の保護を求める著作物として主張する趣旨では
ないし、今後もそういう趣旨の主張をするつもりはない。」旨釈明し、その旨本件
調書に記載された。
エ 原告は、第一次訴訟控訴審で提出した平成12年12月1日付け控訴人
準備書面(四)において、裁判所からの求釈明に対する回答として、「控訴人(原
告)が権利主張するのは、本件著作物(1913年に発行された人形)における表
現上の特徴のすべてである。すなわち、本件著作物における表現上の特徴には、1
909年作品および1910年作品にすでに表れていた表現的特徴(ならびに、仮
に本件著作物が1901年作品や1903年作品や1905年作品の二次的著作物
であれば、これらにすでに表れていた表現的特徴)のほか、本件著作物に固有の表
現的特徴がある。控訴人は、これらすべてを含めて本件著作物における表現上の特
徴すべてに対して権利主張するものである。控訴人は、かかる権利をもって『本件
著作権』として主張している。したがって、控訴人は、右表現的特徴のうち、本件
著作物に固有の表現的特徴のみに対して権利(二次的著作物に生ずる著作権)主張
するものではない。」とし、さらに、「控訴人は、平成11年4月15日付原告第
4準備書面において、1909年作品および1910年作品に対する権利主張を行
っているが、1909年作品および1910年作品を本件著作物とは
別に訴訟物とする主張ではない。」と記載したほか、「予備的訴えの変更」とし
て、「仮に、本件著作物(1913年作品)の表現的特徴のすべてに保護を求める
のに、原著作物について別個の訴訟物として権利主張する必要があると判断される
場合には、原告(控訴人の誤記と解される。)は、1903年作品および1905
年作品のほか、1901年作品、1903年作品および1905年作品を訴訟物と
して追加する。ただし、その趣旨は、本件著作物の表現的特徴のすべてに保護を求
める範囲に限るものである。」と記載していた(なお、同準備書面の文脈からすれ
ば、上記の「1903年作品および1905年作品のほか、1901年作品、19
03年作品及び1905年作品を訴訟物として追加する」とある前段部分は「19
09年作品及び1910年作品のほか」の誤記であると思われる。)。
オ これに対し、被告は、第一次訴訟控訴審で提出した平成12年12月6
日付け被控訴人第4準備書面において、原告の前記エの予備的訴えの変更に関し、
原審第4回口頭弁論での前記ウ記載の陳述を引用して、原告は、原審で訴えの追加
的変更の申立てを撤回したものであり、今更訴えの追加的変更の申立てをすること
はできないと主張した。
カ 第一次訴訟控訴審判決は、前記1(1)で述べたように、1913年作品は
1909年作品を原著作物とする二次的著作物であると認定した。同判決は、二次
的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分について
のみ生じ、原著作物と共通し、その実質を同じくする部分には生じないと解するの
が相当であり、このことは、二次的著作物の著作権者が原著作物について著作権を
有していることによって影響を受けないと解するのが相当であるとした上で、原告
は、本件において原著作権に基づく請求をしていない以上、原著作物の著作権につ
いて著作権者であるということは、結論に影響を及ぼさないと判示している。
  なお、第一次訴訟控訴審において、前記エに記載した原告(控訴人)に
よる予備的訴えの変更がどのように扱われたのかは、第一次訴訟控訴審判決の判文
上は明確でない。
(3) 原告の主張する、キューピーに関する著作物についての著作権の保護期間
の特殊性等として、次の事実を指摘できる。すなわち、原告は、第一次訴訟におい
ても、本件訴訟においても、キューピーに関する著作物の本国である米国において
は、1913年著作権は既に1941年にその保護期間が満了しているが、我が国
においては、キューピーに関する著作権は、著作者であるローズ・オニールが死亡
したのは1944年であるものの、諸条約、諸法令の適用により、その後60年を
経過した今日においてもなお保護されていると主張している。また、原告は、この
間、我が国の多数の国民や法人がキューピーに関する著作権について明確に認識し
ないままこれを利用してきたと指摘している。原告は、自らも昭和54年ころから
キューピーに関するデザインをしてキューピー人形等を販売するなどしており(乙
第56号証)、平成6年ころに他人から著作権について確認を求められ、初めて調
査に乗り出した旨述べている(甲第73号証、第85号証)。これに対し、被告
は、約70年の長期間にわたり「キューピー」の文字あるいはイラストを使用して
きたが、その間誰からも著作権侵害との指摘を受けなかったと主張している。
(4) 原告は、本件訴訟において、第一次訴訟と訴訟物を同じくする1913年
作品の著作権自体に基づく請求はしていないが、1909年作品、1910年作品
及び1912年作品の各著作権に基づいて、あるいは、1910年作品、1912
年作品及び1913年作品が先行著作物の二次的著作物であることを前提とする原
著作権者の著作権法28条による権利に基づいて、差止め及び廃棄並びに損害賠償
及び不当利得返還の各請求を行っており、いずれの請求においても、被告が直接依
拠した作品は1913年作品である旨主張している。なお、原告は、本件訴訟にお
いて、キューピー作品(1909年作品、1910年作品、1912年作品及び1
913年作品)における表現上の特徴を主張するに当たり、1912年作品(原告
の主張によれば、1913年作品である人形が制作される基になった意匠特許の出
願に用いられたデザイン画とされるもの)において最も良くその特徴が表れている
旨主張している。
  (5) そこで、以上の事情に照らして検討するに、まず、第一次訴訟と本件訴訟
は、いずれも、ローズ・オニールが創作したすべてのキューピーに関する著作物の
著作権者であると主張する原告が、その中の一部の作品を根拠として、被告イラス
ト及び被告人形の複製等の行為について差止め及び廃棄並びに損害賠償及び不当利
得返還の各請求を行っているものである。そして、これらの各請求の根拠となった
作品、とりわけキューピー作品(1909年作品、1910年作品、1912年作
品及び1913年作品)については、原告自身、互いに原著作物と二次的著作物の
関係にある可能性があることを前提としているものである。
 原告は、第一次訴訟においては、1913年作品における表現上の特徴に
は、1909年作品及び1910年作品に既に表れていた表現的特徴のほか、19
13年作品に固有の表現的特徴を含めて1913年作品における特徴すべてに権利
主張するものである旨主張しているが、このような主張は、第一次訴訟控訴審判決
(甲第28号証)も理由中で引用している最高裁平成9年7月17日第一小法廷判
決・民集51巻6号2714頁の採る著作権法の解釈と相容れない独自の見解とい
うべきである(前記1の(2)でもみたように、原著作物の著作者と二次的著作物の
著作者とが同一人の場合であっても、原著作物の著作権に基づく請求、二次的著作
物の著作権に基づく請求又は原著作者として有する著作権法28条の権利に基づく
請求は、それぞれ訴訟物を異にするから、固有の表現的特徴についてのみ著作権の
認められる二次的著作物に基づく請求の中で、原著作物の既に表れていた表現的特
徴をも含めて主張することは許されない。)。
 原告は、独自の法解釈論を主張することはともかくとして、第一次訴訟に
おいても、本件訴訟と同様の請求を行うことは可能であったものであり、これを妨
げるような事情が存在したともうかがわれない。しかるに、原告は、第一次訴訟
で、長期間にわたる審理の過程において裁判所から再々求釈明を受けているにもか
かわらず、結局、そのような請求を行わず(なお、前記(2)エの第一次訴訟控訴審
における訴訟物の追加に関する主張にしても、上記の独自の法解釈論の枠内での不
明確なものでしかない上、それ自体、後記の第一審の口頭弁論期日における自らの
陳述の趣旨に正面から反するもので、訴訟上の信義則〔禁反言〕に照らして不当な
ものといわざるを得ない。)、かえって、同訴訟第一審の口頭弁論においては、1
909年作品及び1910年作品の各著作物について著作権の保護を求める著作物
として主張する趣旨ではないし、今後もそのような趣旨の主張をするつもりはない
旨陳述したのであるから、原告主張の当事者の合理的意思なるものを考慮に入れて
も、1909年作品及び1910年作品の各著作物について著作権の保護を求める
ことを放棄したものと裁判所及び被告に理解されてもやむを得ないものというべき
である。
 そして、1909年作品及び1910年作品の二次的著作物であることを
自認しつつ、1913年作品の著作権に基づく差止め等を請求すること(第一次訴
訟)と、1913年作品に依拠したとして、1913年作品を二次的著作物とする
原著作物である1909年作品、1910年作品及び1912年作品の各著作権に
基づき、若しくは著作権法28条の規定する二次的著作物の利用に関する原著作権
者の権利として、又は1909年作品、1910年作品及び1912年作品のある
ものを原著作物として、これらのうちの後発の作品を二次的著作物として著作権法
28条の原著作者の権利として差止め等を請求することは、法的な構成は異なるも
のの、実質的には同一の紛争を蒸し返すものと評価できる。
 他方で、ローズ・オニールが死亡してから50年以上経過し、被告がキュ
ーピーを使用するに至ってから約70年経過した状態で、初めて著作権に基づく請
求なり訴訟提起なりを受けた被告としては、原告が第一次訴訟において1909年
作品や1910年作品の表現上の特徴も踏まえた主張をしながら、これらを原著作
物とする主張をしない旨明言したことにより、今後1913年作品以外の作品の著
作権に基づく訴訟提起はなされないであろうと期待したとしてもやむを得ないもの
というべきである。
 そうすると、確かに、第一次訴訟における訴訟物と本件訴訟における訴訟
物とは異なるものの、本件訴訟のうち、とりわけ主位的請求、予備的請求1ないし
3は、実質的には第一次訴訟の蒸し返しというべきであるし、原告が、第一次訴訟
において可能であった請求を、第一次訴訟の判決確定後、訴訟物が異なることのみ
を根拠として、あるいは第一次訴訟においては特段の言及をしなかった1912年
作品の著作権を根拠として、本件訴訟を提起して第一次訴訟とほぼ同様の請求を行
うことは、信義則に反し、禁反言の法理からしても不当であり、また、原告・被告
間の紛争解決としても適正・衡平を著しく欠く行為というべきである。
 したがって、本件訴訟のうち、差止め及び廃棄並びに損害賠償及び不当利
得返還に係る主位的請求、予備的請求1ないし3については、本件訴訟でそのよう
な請求をすることは、訴訟上の信義則に反するものというべきであるから、本件訴
訟のうち上記部分は不適法なものとして却下すべきである。
(6) 被告は、原告は、第一次訴訟から一貫して、キューピーとは1909年作
品において初めて創作されたと主張してきているのであるから、それ以前に制作さ
れた作品が、キューピー作品の原著作物であることを前提とする予備的請求4は、
訴訟上の信義則に著しく反すると主張する。
 しかしながら、自己の主張と矛盾する内容の主張に係る請求を予備的請求
としてできないわけではないし、そのような請求を後訴ですることも、それだけで
直ちに訴訟上の信義則に反して許されなくなると解するのも相当ではない。本件訴
訟の予備的請求4に係る1901年作品等のキューピー関連作品については、キュ
ーピー作品と異なり、第一次訴訟において、原告が将来にわたって権利行使をしな
いと陳述したような事実もない。他に、予備的請求4を訴訟上の信義則に照らして
排除しなければならないほどの事情も見出し難い。
 また、被告は、1909年イラスト画及び1910年イラスト画に係る各
著作権の確認請求についても、以上と同様の理由により、訴訟上の信義則違反とし
て却下されるべきであるとも主張するが、第一次訴訟における原告の言動は、同訴
訟で問題となっていた訴訟物に関する限りのものと解されるから、著作権の確認請
求まで放棄したものと解することはできないし、その他、本件訴訟において確認請
求をすることまで訴訟上の信義則に照らして排除しなければならないほどの事情も
見出せない。
 したがって、上記確認請求及び予備的請求4についても訴訟上の信義則に
反して許されないとする被告の主張は、採用することができない。
3 争点(3)(確認の利益)について
 原告は、本件訴訟において、1909年イラスト画、1910年イラスト画
及び1912年作品を著作物とする各著作権を有することを前提として、差止め、
損害賠償等の請求を行っており、被告は、その中の幼児像のイラストと被告イラス
トあるいは被告人形とが複製・翻案関係にないと争うとともに、著作権の発生、移
転を否定し、また既に消滅した旨主張している。
 したがって、原告・被告間の紛争解決のため、原告が上記各著作物の著作権
者であることの確認を求める請求には、確認の利益が存在するというべきである。
 被告は、本件のように紛争の核心が複製又は翻案に該当するか否かであると
きに、予備的に著作権の発生、移転について争い、あるいは消滅したことを主張し
たことをもって確認の利益を認めることは、不当な応訴負担を課すことになると主
張する。しかし、著作物の複製又は翻案であることを争う訴訟において、予備的に
であれ、当該著作物の著作権の発生、移転について争い、あるいは消滅したことを
主張しなければならないわけではないから、被告があえて、争いあるいは主張した
ような場合には確認の利益が認められるというべきであり、敗訴の場合にその負担
が課されることに何ら不当な点はない。
 また、被告は、本案について予備的に争ったことを根拠に本案前の主張を却
下するのは、本案前の訴訟要件である確認の利益の有無の判断として本末転倒であ
り、不当であるとも主張するが、確認の利益の有無に関する判断は、本案における
被告の訴訟行為のいかんによっても影響を受けるものである以上、本案について予
備的に争ったことを根拠に本案前の主張を排斥しても、何ら差し支えないものとい
うべきである。その他、本件において、1909年イラスト画及び1910年イラ
スト画に係る各著作権の確認請求についての確認の利益を否定すべき理由は見出し
難い。
 争点(3)に関する被告の主張は、採用することができない。
4 争点(4)(キューピー作品の創作性)について
(1) 前記第2の2(前提となる事実)及び後掲証拠によれば、次の事実が認め
られる。
ア ローズ・オニールは、1874年6月25日、米国ペンシルバニア州ウ
イルケス・バレ市で出生し、1896年ころから本格的にイラストレーターとして
活動を始めたが、1901年ころから、1901年作品等の背中に小さな双翼を有
する、裸の中性的な幼児のイラストを創作発表していた(甲第7、第8号証、第4
2号証の1ないし3。なお、1901年作品は「イースターのキューピッド」なる
文章の挿絵である。)。
イ ローズ・オニールは、1909年に、雑誌「Ladies'HomeJournal」の
編集者に対して手紙(乙第16号証)を出したが、その中で、頭頂部及び左右側頭
部に髪の毛の突起があり、前頭部に髪の毛が垂れ、背中に小さな双翼を有する裸の
中性的な幼児のイラストを描き、このイラストを長い間(foralongtime)「キュ
ーピー(Kewpie)」と呼んでいたことを明らかにし、さらに、この特徴を有するイ
ラストを用いて創作を行いたい旨記した。
 その後、ローズ・オニールは、雑誌「Ladies'HomeJournal」1909
年12月号に、自作のイラスト付き詩「TheKEWPIES'ChristmasFrolic(クリスマ
スでのキューピーたちの戯れ)」を創作発表した(甲第1号証)。
 これは、ローズ・オニール創作に係る詩とそれに添えられた複数の挿絵
からなり、各挿絵中には、様々なポーズ、表情からなる、同一と思われる
多数の幼児像のイラストが描かれている。そのうち、原告が指摘する別紙著作物目
録1の(2)に描かれた幼児像の特徴は、次のとおりである。
 全体的な特徴としては、①乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して
丸く大きく、3頭身である。②裸である。③全体的にふっくらとしている。④性別
がはっきりせず、中性的である。⑤頭頂部にとがったような突起があり、前髪が数
本垂れており、耳の側に髪の毛があるが、全体的には髪の毛が生えていない。⑥背
中に非常に小さな翼がある。
 細部の特徴としては、⑦目は顔の下半分に位置し、丸く大きい。瞳は目
全体の3分の1程度の点で描かれており、多くは、左方向(向かって右方向)を向
いた寄り目である。⑧眉は顔のほぼ中央に、目から若干離れて位置し、点のように
描かれている。⑨鼻は点で描かれている。⑩多くは、口は下向き円弧状に描かれ、
微笑んでいる。⑪頬はふっくらとしている。⑫多くは、腕で物を抱え込んでいる。
⑬多くは、向かって左方向に向けて歩いている。⑭首はない。
ウ ローズ・オニールは、1910年、雑誌「Woman'sHomeCompanion」1
910年9月号に、自作のイラスト付き詩「DOTTYDARLINGANDTHEKEWPIES(ドッ
ティー・ダーリンとキューピーたち)」を創作発表した(甲第2号証)。
 これは、前記1909年イラスト画と同様、ローズ・オニール創作に係
る詩とそれに添えられた複数の挿絵からなり、各挿絵中には、様々なポーズ、表情
からなる、同一と思われる多数の幼児像のイラストが描かれているが、そのうち、
原告が指摘する別紙著作物目録2の(2)の幼児像の特徴は、次のとおりである。
 全体的な特徴としては、①乳幼児の体型であり、頭部が丸く大きく、3
頭身である。②裸である。③全体的にふっくらとしている。④性別がはっきりせ
ず、中性的である。⑤頭頂部と両側頭部に髪の毛と思われるとがったような突起が
あり、前髪が1本垂れている。全体的には髪の毛はない。⑥背中に非常に小さな双
翼と思われるものがある。
 細部の特徴としては、⑦目は顔の下半分の位置し、丸く大きい。瞳は目
全体の3分の1程度の点で描かれており、左方向(向かって右方向)を向いた寄り
目である。⑧眉は顔の中央よりやや上に位置し、点のように描かれている。⑨鼻は
点で描かれている。⑩口は線で描かれており、微笑んでいるようにも見える。⑪頬
はふっくらとしている。⑫腕を後ろに回している。⑬腹部はへその辺りが最もふく
らんでいる。⑭直立している。⑮ひも状のものが体の中央部に巻き付けてある。⑯
首はない。
エ ローズ・オニールは、1912年に「キューピー」人形用の表・裏一対
のデザイン画(1912年作品。甲第3号証)を創作し、同年12月17日、米国
連邦特許商標庁に対し、意匠特許登録出願を行った。同意匠は、1913年3月4
日に、登録第43680号意匠特許として登録され、公刊された(甲第3号証)。
 1912年作品の特徴は、次のとおりである。
 全体的な特徴としては、①乳幼児の体型であり、頭部は全身に比較して
丸く大きい。ほぼ3頭身である。②裸である。③全体的にふっくらとしている。④
性別がはっきりせず、中性的である。⑤頭頂部に突起があり、両耳の上を後頭部を
回るように髪の毛の突起がある。前髪が数本垂れている。それ以外に髪の毛はな
い。⑥背中に非常に小さな双翼がある。
 細部の特徴としては、⑦目は顔の下半分に位置し、非常に丸く大きい。
瞳は目全体の3分の1程度であり、左方向(向かって右方向)を向いた寄り目であ
る。⑧眉は顔の中央に目から離れて位置し、点のように描かれている。⑨鼻は鼻先
が線で描かれている。⑩口は下方向に円弧状に描かれ、微笑んでいる。⑪頬はふっ
くらとしている。⑫腕を水平よりやや下向きに広げている。⑬掌を正面に向けて広
げている。⑭腹部はへその辺りが最もふくらんである。⑮顔はやや左向き、体はや
や右向きで、直立している。⑯首はない。
(2)ア 1909年作品は、従来の西欧神話のキューピッドやキリスト教等の天
使などのイラストの範ちゅうに属するということはできるものの、前記各特徴及び
その組み合わせは、キューピッドや天使において一般的あるいは必然的な特徴とい
うことはできず(甲第29ないし第32号証、第36号証参照)、したがって、独
創的な創作性を有する著作物ということができる(甲第29ないし第32号証、第
36号証参照)。
イ 1910年作品は、1909年作品と比較して、乳幼児の体型であり、
ほぼ3頭身であること、裸であること、全体的にふっくらとしていること、頭頂部
に突起があり、両耳の辺りに髪の毛があり、前髪が数本垂れているほかは、髪の毛
がないこと、背中に非常に小さな双翼があること、目が丸く、左方向(向かって右
方向)に寄り目であること、眉が点で描かれていること、微笑んでいること、頬が
ふっくらしていることなどの共通点を有する。他方で、1909年作品の頭部がほ
ぼ円形状であるのに対し、1910年作品の頭部は下部がやや角張っていること、
1909年作品の両側頭部には髪の毛が必ずしも突起状にはなっていないのに対
し、1910年作品の両側頭部に明確な髪の毛の突起があること、1909年作品
の下腹部は明らかではないが、1910年作品の下腹部は明らかに強調されている
こと、1909年作品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼
児像の多くは物を持ち運んでいる姿勢であるのに対し、1910年作品は両腕を後
に回し、直立していること、といった相違点が認められる。しかしながら、ここに
認められる相違点は、いずれも些細なものであって、何らかの思想や感情が創作的
に表現されたものと認めることはできない。したがって、1910年作品は、19
09年作品の複製にすぎないというべきである。
ウ 1912年作品は、1909年作品と比較して、1910年作品と同様
の共通点を有している。他方で、1909年作品の後頭部の髪の毛の状況が不明で
あるのに対し、1912年作品は両耳上辺りを後頭部において回るように髪の毛が
あること、上記別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の多くが物を持ち運んで
いるのに対し、1912年作品は、両腕を水平よりやや下向きに挙げ、掌を広げ
て、直立していることといった相違点が認められる。しかしながら、ここに認めら
れる相違点は、いずれも些細なものであって、何らかの思想や感情による新たな創
作性を認めることはできない。したがって、1912年作品は、1909年作品の
複製にすぎないというべきである。
(3) ところで、被告は、キューピー作品の特徴は、①先のとがった頭髪、②背
中に付された小さな双翼、③ふっくらとした幼児の体型と考えるべきであるとこ
ろ、これらの特徴は、1903年作品において確立し、1904年作品や1905
年作品等に継承されているものであるから、キューピー作品に新たな創作性を認め
ることができないと主張し、これに沿う鑑定書(乙第99号証、第157号証)を
提出するので、この点を検討する。
ア ローズ・オニールは、1903年、雑誌「TheCosmopolitan」1903
年12月号掲載の「AChristmasCourtship」の題字部分のイラストを創作発表した
(1903年作品は上記イラスト中に描かれた幼児像。甲第34号証)。1903
年作品の特徴は、次のとおりである。
 全体的な特徴としては、①乳幼児の体型である。②頭部は縦長楕円形で
ある。③裸である。④頭頂部、両側頭部に突起があり、前髪が数本垂れているほか
は、髪の毛がない。⑤性別がはっきりせず、中性的である。⑥背中に非常に小さな
双翼と思われるものがある。
 細部の特徴としては、⑦目は顔の下半分に位置し、丸い。瞳は目全体の
3分の1程度の点であって、上目遣いである。⑧眉は描かれていないか、上まぶた
と同化している。⑨鼻は点で描かれている。⑩口は点で描かれている。⑪両手を前
で合わせて、祈っている。⑫ひざまずいている。⑬腹部はへその辺りが最もふくら
んでいるが、足との区別が定かではない。
イ ローズ・オニールは、1904年に、雑誌「20thCenturyHome
Magagine」1904年3月号掲載の「TheEducatedWife」の挿絵(1904年作品
①は上記挿絵中に描かれた幼児像。乙第191号証の1)を、雑誌「Good
Housekeeping」1904年4月号掲載の「ToArms」の題字部分のイラスト(190
4年作品②はその一部。乙第192号証の1)を、雑誌「20thCenturyHome
Magagine」1904年7月号掲載の「TheLaboratoryoftheKitchen」の題字部分
のイラスト(1904年作品③は上記イラスト中に描かれた幼児像。乙第193号
証の1)を、同誌1904年8月号掲載の「FortheWomanWhoReads」の題字部分
のイラスト(1904年作品④は上記イラスト中に描かれた幼児像。乙第194号
証の1)を、同誌1904年9月20日号掲載の「TheJarringNote」の題字部分
のイラスト(1904年作品⑤。乙第195号証の1)を、それぞれ創作発表し
た。
 これらの1904年作品は、乳幼児の体型である、裸である、性別がは
っきりせず、中性的である、頭頂部や両側頭部に髪の毛の突起が認められ、前髪は
垂れている、背中に非常に小さな双翼がある、といった特徴を有している。
ウ ローズ・オニールは、1905年に、雑誌「AmericanIllustrated
Magazine」1905年12月号掲載の「TheExpansionofAlphonse」の題字部分
のイラスト(1905年作品①は上記イラスト中に描かれた幼児像。甲第35号
証)を、雑誌「Appleton's」1905年12月号掲載の「TheSageHen'sSamson」
の挿絵(1905年作品②は上記挿絵中に描かれた幼児像。乙第196号証の1)
を、それぞれ創作発表した。
 これらの1905年作品は、乳幼児の体型である、裸である、性別がは
っきりせず、中性的である、頭頂部や両側頭部に髪の毛の突起が認められ、前髪が
垂れている、背中に非常に小さな双翼がある、といった特徴を有している。
エ ローズ・オニールは、雑誌「Harper'sBazar」1906年7月号掲載の
「ANightwithLittleSister」の題字部分のイラスト(1906年作品は上記イ
ラスト中に描かれた幼児像。甲第48号証)を創作発表した。また、同誌1907
年12月号掲載の「THEGIFTANDTHEGIVER]の挿絵(1907年作品。乙第198
号証の1)を創作発表した。さらに、同誌1908年9月号掲載の「TheLetter」
の題字部分のイラスト(1908年作品①。乙第201号証の1)を、同誌190
8年12月号掲載の「Peter,Peter」の題字部分のイラスト(1908年作品②は上
記イラスト中に描かれた「キューピー像」。乙第202号証の1)を創作発表し
た。
 これら1906年作品、1907年作品あるいは1908年作品も、乳
幼児の体型である、裸である、性別がはっきりせず、中性的である、頭頂部や両側
頭部に髪の毛の突起が認められ、前髪が垂れている、背中に非常に小さな双翼があ
る、といった特徴を有している。
 なお、1906年作品、1907年作品及び1908年作品は、頭頂部
に突起があり、前髪が垂れ、両耳の辺りに髪の毛があるほか、全体的に髪の毛があ
るように描かれている、下腹部がふっくらしている、欧米の乳幼児のようであるな
どの諸点において、1904年作品①ないし③とその特徴を共通するものであり、
1904年作品①ないし③との相違点は姿勢や表情(微笑んでいるか否か等)にす
ぎず、これらはいずれも創作性を認めることができない。
オ 以上からすれば、1903年作品は、乳幼児の体型であること、裸であ
ること、性別がはっきりせず、中性的であること、頭頂部、両側頭部に突起があ
り、前髪が数本垂れているほか髪の毛がないこと、背中に非常に小さな双翼がある
こと、といった特徴を有していることが認められ、また、その大半の特徴は、19
04年以降のキューピー関連作品においても認めることができる。そして、これら
の特徴は、全体的に観察すれば、従来のキューピッド、子供あるいは天使の表現と
して、一般的あるいは必然的なものということはできないから、独創性のある表現
ということができる。そして、前記のとおり、1909年作品、1910年作品及
び1912年作品は、1903年作品の上記本質的特徴を感得させるものというこ
とができる。
 他方で、1903年作品は頭部が縦長の楕円形であるのに対し、190
9年作品は頭部が円形であること、1903年作品は眉がないか、上まぶたと同化
しているのに対して、1909年作品には眉が目から離れた所に点で描かれている
こと、1903年作品は目が上目遣いであるのに対し、1909年作品は左に寄り
目であること、1903年作品は口が点で描かれているのに対し、1909年作
品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像の多くは口が下
向きの円弧状で描かれ、微笑んでいること、1903年作品は祈りの姿勢であるの
に対し、1909年作品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた
幼児像の多くは物を運ぶ姿勢であること、1903年作品は欧米人の乳幼児を思わ
せるが、1909年作品は体型をふっくらさせたことにより、より空想性のあるも
のとなっていること等の表現上の特徴が認められ、それらの組み合わせにより、全
体として、1903年作品は、顔の造作、表情や姿勢全体の印象から静かな、ある
いは暗い雰囲気が醸し出されているのに対して、1909年作品、殊に原告指摘に
係る別紙著作物目録1の(2)に描かれた幼児像は、活発な茶目っ気のある雰囲気が
醸し出されている。
 そして、これらの相違点は思想や感情の表現といった創作性の違いとし
て認識できるから、1909年作品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)
に描かれた幼児像は、1903年作品の本質的特徴を感得させるにとどまらず、1
903年作品に新たな創作性を付与したものというべきである。
 なお、被告は、1903年作品と1909年作品との相違点はいずれも
些細な「複製」の範囲内の相違点にすぎず、これらを1909年作品に新たな創作
性を認める根拠とすることはできない旨主張するが、仮に、個々の相違点はその差
異が大きいとはいえないとしても、著作者の意図的な改変と考えられるそれらの相
違点が組み合わされることによって、全体として、その印象を大きく異にした幼児
像が創作されたものと認められる以上、二次的著作物としての創作性が付加された
ものというべきであるから、この点の被告の主張は採用することができない。。
(4) 以上により、1909年作品には創作性(ただし、1903年作品の二次
的著作物である。)が認められるが、1910年作品及び1912年作品には創作
性を認めることができない。
 なお、1909年イラスト画及び1910年イラスト画は、1909年作
品、1910年作品のほか多数の人物イラストが、様々な姿勢や表情をした状況が
描かれているものであり、その全体構成や配置において創作性が認められる。19
10年作品というその部分において1909年作品の複製であるということが、1
910年イラスト画の著作物全体の創作性を否定するものではない。
(5)ア 原告は、1909年作品、1910年作品及び1912年作品が190
3年作品等キューピー関連作品と比較して、二次的著作物にとどまらない、新たな
創作性を認めることができると主張し、これに沿う鑑定書(甲第36号証、第92
号証)が提出されている。
 しかしながら、前記(3)オでも述べたとおり、1909年作品等と190
3年作品が共通した特徴を有することは否定できないものであり、また、その共通
した特徴は、全体的に見るならば従前の天使、子供あるいはキューピッドの表現方
法として一般的でも必然的でもないものである。鑑定書において指摘されている相
違点(1903年作品等キューピー関連作品は、表情が暗い、独特の生き生きした
表情がない、姿勢などにおいて宗教性を感得できる)をもって、この共通性を超え
た別個の創作性を認めることはできない。
 したがって、原告の主張は採用することができない。
イ 原告は、1910年作品や1912年作品にも1909年作品に対する
二次的著作物としての新たな創作性が認められると主張し、これに沿う鑑定書(甲
第36号証、第92号証)が提出されている。
 しかしながら、原告自身、「キューピー作品」は1912年作品におい
てその特徴がとりわけ顕著に認められると主張しており、キューピー作品が共通し
た特徴を有し、互いにその内容を感得させるものであることを自認している。原告
が、創作性を認めるべきであるとして指摘する1909年作品、1910年作品及
び1912年作品の相違点は、体型のふくよかさの程度、眉と目の離れ具合、姿勢
であるが、いずれの作品も乳幼児のふっくらとした体型をしており、眉と目は一定
距離で離れており、いずれも些細な点であるから、そこに新たな創作性を認めるこ
とはできないし、姿勢の点も後述するように新たな創作性を認め得るには至ってい
ない。
 また、鑑定書(甲第36号証、第92号証)においても、1909年作
品と1910年作品との違いは、短めのふっくらした胴体と下肢であり、1909
年作品と1912年作品との違いは、①短めのふっくらした胴体、②ほぼ直立した
姿勢、③斜めに伸ばした両腕、④5本の指をぱっと広げた両掌、⑤②ないし④の連
関よりなる姿勢を指摘するにすぎない。これらの相違点も些細な点であって、新た
な創作的表現を有すると認めることはできない。
 なお、原告の主張や上記鑑定書においては、特に1912年作品におけ
る、いわゆる「キューピー・ポーズ」をもって特徴的なものであるとして、その点
において新たな創作性が認められるべきである旨主張する。
 しかしながら、著作者が、人物像を描くに当たって思想や感情を姿勢や
動作においても表現することがあり得るとしても、一般には、同一の人物像として
描かれた人物イラストが多様な表情、姿勢、動作をとることは通常のことであっ
て、それらが、通常は見られないような極めて特異なものである場合は格別、通常
見られる表情、姿勢等にとどまる場合は、それらによって新たな創作性が加わった
ものと認めることはできない。
 原告のいう、いわゆる「キューピー・ポーズ」も、通常、幼児像がとる
姿勢から大きく出るものではなく、かかるポーズが、その後繰り返し使用されるこ
とによって周知となり、他の人形等との識別のための特徴として認識されるに至っ
たとしても、そのことのみによっては、創作性の有無が問題となる著作権法との関
係では、新たな創作性を認めることはできないものというべきである。
5 争点(6)(キューピー作品の著作権の保護期間)について
(1) 明治39年(1906年)5月11日に公布された日米著作権条約は、日
米両国民の内国民待遇を規定していた(1条)。著作権の存続期間についての定め
を置いていなかったため、米国国民が著作権者となる著作物の我が国における保護
期間は、当時の旧著作権法により定まることとなった(旧著作権法28条)。
 同条約は、昭和27年(1952年)4月28日に公布された平和条約7
条(a)により廃棄されたが、米国国民を著作権者とする著作物については、平和条約
12条(b)(1)(ⅱ)及び日米暫定協定により、昭和27年4月28日から4年間、引
き続き我が国において内国民待遇が与えられることとなり、著作権の保護期間も当
時の旧著作権法及び連合国特例法により定まることとなった。
 日米暫定協定が失効した昭和31年(1956年)4月28日に、万国条
約が発効し、米国国民を著作権者とする著作物は同条約によって保護されることと
なった。万国条約7条は、締約国における条約の効力発生日に当該締約国において
最終的に保護を受けなくなっており、又は保護を受けたことのない著作物及び著作
物についての権利には適用がないと規定し(いわゆる不遡及効)、万国条約特例法
附則2項は、原則として、発行されていない著作物で同法の施行前に著作されたも
の及び発行された著作物で同法の施行前に発行されたものについては、同法の適用
がないと規定していたが、同法11条により、平和条約12条の規定に基づく旧著
作権法による保護を受けている著作物については、万国条約特例法の施行後も引き
続き、その保護と同一の保護を受けるものとされた。また、著作権法施行の際、同
法附則26条により、万国条約特例法11条中の「著作権法」は「旧著作権法(明
治三十二年法律第三十九号)」と改められ、「その保護」の下に「(著作権法の施
行の際当該保護を受けている著作物については、同法による保護)」が加えられた
ため、平和条約12条の規定に基づく旧著作権法による保護を受けており、著作権
法施行の際に保護を受けている著作物については、著作権法による保護と同一の保
護を受けることとなった。著作権法による改正前の万国条約特例法11条が設けら
れた趣旨が、平和条約12条の規定に基づく旧著作権法による保護を受けている著
作物については、万国条約7条及び万国条約特例法附則2項の規定にかかわらず、
引き続き、旧著作権法によるのと同一の保護(したがって、万国条約7条等の相互
主義に係る規定は適用されない。)を与えることにあったと解されることからする
と、上記著作権法附則26条による改正(「その保護」の下への挿入)も、その点
では異ならず、同法58条の相互主義に係る規定も適用されない趣旨であったと解
するのが相当である(なお、乙第12号証、第130号証参照)。
(2) キューピー作品は1909年から1913年までの間に発行されたもので
あり、当時の日米著作権条約及び旧著作権法に基づいて、ローズ・オニールは我が
国におけるキューピー作品に関する著作権を取得した。
 ローズ・オニールは1944年(昭和19年)4月6日に米国ミズーリ州
において死亡したため、当時の日米著作権条約及び旧著作権法3条及び9条によ
り、キューピー作品の著作権は、同人の死後30年間存続することとなったが、キ
ューピー作品の著作権の存続期間中である1971年(昭和46年)1月1日に施
行された著作権法51条により、その期間は著作者の死後50年間とされ、また、
連合国特例法4条1項により3794日間の戦時加算がなされることとなった。こ
の結果、キューピー作品の著作権は、平成17年(2005年)5月21日まで保
護されることとなった。
(3)ア 被告は、著作権の保護期間については、相互主義を採用することが国際
法上常識であるとし、相互主義の採用は日米暫定協定や万国条約における米国の意
図、著作権法の立法者の立法意思、著作権法5条の解釈からも明らかである、した
がって、本件においては相互主義が適用されるべきである、仮にこのように解さな
ければ、マラケシュ協定4条の「最恵国待遇」により、同協定の他の加盟国の外国
著作物に対しても同様の保護を与えなければならないこととなり、現行の対外的著
作権実務に著しい混乱を来すと主張する。
 しかしながら、内国民待遇とは、締約国の国民の著作物又は締約国で第
一発行された著作物が、他の締約国において当該国の著作物と同様の保護を受ける
ことを意味するところ(万国条約3条1項、ベルヌ条約5条(1)参照)、各国の著作
権の保護期間がまちまちであるために生じる保護の実質的な不平等を調整するため
に規定されるのが、相互主義の規定である。相互主義の規定は保護期間の規定に関
する例外とされており、その保護期間の短縮を肯定するものであるから、国際法上
の常識、一国の意図あるいは立法者意思等によって解釈により当然に適用されると
解することはできないというべきである。
 また、被告は、被告主張のように解さなければ、マラケシュ協定4条の
「最恵国待遇」により同協定の他の加盟国の外国著作物に対しても同様の保護を与
えなければならないこととなるとも主張しているが、その点は、マラケシュ協定の
締結及びその解釈の問題であって、そのことから、直ちに、万国条約特例法11条
等について被告主張のような解釈を採らなければならないことになるものではな
い。
イ 被告は、キューピー作品の著作権は、万国条約特例法附則2項、同法1
1条により我が国において保護されているため、万国条約7条により万国条約によ
る保護を受けると主張する。
 しかしながら、万国条約特例法11条は、平和条約12条及び日米暫定
協定によりそれまで内国民待遇による保護が継続されていた連合国国民を著作権者
とする著作物が、日米暫定協定による効力が失われることにより我が国において消
滅することを避けるため、国際法上の信義、万国条約19条の趣旨及び既得権の尊
重という一般的法理念に基づき、著作権法(旧著作権法を含む。)の特例として
(万国条約特例法1条。著作権法附則26条による改正前のものを含む。)、引き
続き我が国において従前と同一の保護を受ける旨規定したものというべきである。
したがって、上記著作物は、万国条約特例法11条に基づき、我が国において保護
されることとなる。
ウ 被告は、ベルヌ条約に米国が加盟した後は、米国人の著作物がベルヌ条
約の適用を受けるか否かを問わず、著作権法58条が適用されることになると主張
し、米国のベルヌ条約への加盟は、著作権法58条不適用の解除条件であって、条
件成就後は保護期間が確定されることとなる、このように解しても、キューピー作
品の著作権の保護を過去にさかのぼって消滅させることにはならないから、著作権
を不当に害することはない、と述べる。
 しかしながら、著作権の保護期間は、著作権法58条の存在を理由に、
ベルヌ条約加盟という解除条件成就によって初めて確定する、との被告の主張は、
法文上から導き出すことができず、また、私権保護及び法的安定性の観点からその
ような解釈を導き出すこともできない。万国条約特例法附則2項は、「この法律
(第11条を除く。)は、発行されていない著作物でこの法律の施行前に著作され
たもの及び発行された著作物でこの法律の施行前に発行されたものについては、適
用しない。」と規定しており、その結果、万国条約特例法施行前に発行された米国
国民の著作物は、同法において保護期間の相互主義を規定した3条の適用がないも
のとなる。
 加えて、著作権法施行に際し、同法附則26条で、万国条約特例法11
条が著作権法に沿って改正されたものの、その結果、著作権法58条に規定するベ
ルヌ条約加盟国間における保護期間の相互主義との関係について、あるいは、後日
ベルヌ条約に加盟する国との間の保護期間の相互主義に関して、何ら特段の規定を
置かなかった(被告は、著作権法の改正に当たって特段の規定が置かれなかったこ
とは、被告の主張するような解釈を妨げるものではない旨主張するが、既にみたよ
うな改正の経過等に照らせば、改正の趣旨を前記のように解する方が少なくとも自
然であるということができる。)。
 以上の点にかんがみれば、被告の主張するような解釈を採る法的根拠も
合理的理由もないというべきである。被告の主張は採用することができない。
 被告は、その主張の結果は、キューピー作品の著作権の保護を過去にさ
かのぼって消滅させることにはならないから、著作権を不当に害することはないと
述べるが、過去にさかのぼって消滅させることにならなくても、保護期間を短縮さ
せること自体、私権保護と法的安定性を害することになるというべきである。
6 争点(7)(キューピー関連作品の著作権の保護期間)について
 日米著作権条約3条によれば、1906年4月28日以前に、米国人により
米国において創作された著作物が我が国において保護を受けることはない。
 この点、原告は、1891年交換公文(甲第44号証)により、大英帝国領
下のカナダにおいて、米国と同時に発行された1901年作品、1903年作品及
び1905年作品①については、英国国民と実質的に同一の条件で著作権を保護さ
れていること、その結果、これらの作品は、英国のFINEARTSCOPYRIGHTACT
1862、COPYRIGHTACT1911及び英国著作権法により、ローズ・オニールの死後50
年間(1994年)まで保護されており、ベルヌ条約、我が国の著作権法、万国条
約特例法により我が国においても現在に至るまで保護されていると主張する。
 しかしながら、1862年の英国のFINEARTSCOPYRIGHTACTの1条は、絵画
や素描及び写真に著作権を認めるには、「著作者が英国国民か又は英国領内に居住
する者」(“Theauthor,beingaBritishsubjectorresidencewithinthe
DominionsoftheCrown.”)でなければならないと定めている。英国領土内で最初
に著作物を発行した外国人も英国の著作権を取得できるとする1891年交換公文
第6公文は、同条と矛盾する。
 原告は、1891年交換公文は、FINEARTSCOPYRIGHTACT1条を解釈したも
のであると主張するが、当該第6公文以外にそのような解釈が採られることを示す
証拠はなく、かえって、英国内においても、少なくとも美術的著作物に関しては、
原告主張のような見解は支配的になっていないことがうかがわれるところである
(乙第180ないし第182号証)。
 よって、1901年作品、1903年作品、1904年作品及び1905年
作品の各著作権が、英国著作権法の適用等の結果、我が国において現在に至るも保
護されているとする原告の主張を採用することはできない。これらの作品はいずれ
も公有に帰しているというべきである(なお、原告のいう1891年交換公文がウ
イーン条約上の「条約」に該当すること、原告のいう不文律の国際法として成立し
たことを認めるに足りる証拠はない。)。
 これに対し、日米著作権条約発効後に発行された1906年作品、1907
年作品及び1908年作品については、前記5と同様、平成17年(2005年)
5月21日まで我が国において保護されていることになる。
7 争点(8)(キューピー著作権は原告に譲渡されたか)について
(1) 後掲証拠によれば、以下の事実が認められる。
 ローズ・オニール制作の著作物に係る著作権は、ローズ・オニールの死
後、同人の遺産を管理するRO遺産財団に承継され、Hが遺産財団管理人に選任さ
れた。Hは、1964年(昭和39年)1月6日に、米国ミズーリ州タニー郡検認
裁判所に対し、遺産の配分確定書並びに相続権の分配決定の申立てを行い、その
際、遺産については、現金が612.47ドル、その他の動産なしと報告した。同
検認裁判所は、同月16日、これを正確であると認めて相続の権利を決定し(乙第
49号証)、同年3月18日、Hはその任務を終了した。しかし、1997年(平
成9年)7月14日、ローズ・オニールの新たな財産(ローズ・オニールの創作し
た絵画等の著作権、ローズ・オニールの著作物に対する編集権等及び外国における
ライセンス収入等)が発見されたとして、Iから米国ミズーリ州タニー郡巡回裁判
所に対し遺産財団管理人選任の申立てがされ(甲第10号証)、同裁判所は、同月
15日、Iを新RO遺産財団の管理人に選任した(甲第11号証)。
 原告は、平成10年(1998年)5月1日、新RO遺産財団から、「ロ
ーズ・オニールが創作したすべてのキューピーの作品に対する日本における著作
権」(「TheJapanesecopyrighttoalltheKewpieworkscreatedbyRose
O'Neill」)及び「キューピーの作品に関する日本に基づくすべての権利」(「All
rightsundertheJapaneselawrelatedtotheKewpieworks,includingany
rightshavingaccrued」)について、頭金として1万5000米ドル、ランニン
グ・ロイヤリティとしてキューピーに係る原告自身の純収入の2%を支払うほか、
キューピーの作品に関して第三者から受領した金額の2分の1を対価として支払う
旨の約定により譲り受けた(甲第13号証、第71号証、第89号証)。
(2) 一般に、物権の内容、効力、得失の要件等は、目的物の所在地の法令を準
拠法とすべきものとされ(法例10条参照)、また、物権が相続財産の処分として
譲渡された場合に適用されるのは、原因事実の完成した当時における著作物の所在
地法というべきである(最高裁平成6年3月8日第三小法廷判決・民集48巻3号
835頁参照)。
 本件では、日本において保護されてきた著作権の、日本における譲渡契約
が問題となっているものであるから、譲渡契約及びその結果の著作権の変動に関す
る準拠法は、我が国の法令であると解するのが相当である。
 そして、我が国の法令の下においては、上記著作権譲渡契約により、キュ
ーピー著作権は、新RO遺産財団から原告に移転したということができる。
(3)ア 被告は、RO遺産財団管理人Hが遅くとも1948年6月5日までにキ
ューピー作品に係るすべての著作権をJに譲渡したのであるから、新RO遺産財団
管理人がこれを原告に対して譲渡することはできないと主張し、Jへの譲渡の証拠
として、Hの手紙(乙第47号証)やK(Jの相続人)の手紙(乙第93号証)を
提出する。これらの手紙の中で、Hは、キューピーの抱き人形を除いて、すべての
キューピーの権利をJ氏に売却した旨(「IhavesoldallKewpierightstoMr.
JosephKallus,(中略),excepttheCuddlyKewpie.」)述べ、また、Kは、ロー
ズ・オニールがキユーピー人形に関して有していたすべての権利はJに譲渡した旨
述べている。
 しかしながら、仮にRO遺産財団管理人HがJに対しキューピーに関す
る著作権を譲渡し、この譲渡契約が有効であるとしても、前記のとおり、新RO遺
産財団から原告に対する著作権譲渡の有効性については、著作権の保護国である我
が国の法令が準拠法となるから、キューピーに関する著作権について、Jに対する
譲渡と原告に対する譲渡とが二重譲渡の関係に立つにすぎず、原告に対するキュー
ピーに関する著作権の移転が効力を失うものではない。
 そして、被告は、キューピー著作権について譲渡を受け、あるいは利用
許諾を受けるなど、原告がキユーピー著作権の譲渡を受けたことについて対抗要件
を欠くことを主張し得る法律上の利害関係を有しない。したがって、原告は、被告
に対して、対抗要件の具備を問うまでもなく、その著作権を行使することができ
る。
 なお、原告は、新RO遺産財団から1909年イラスト画、1910年
イラスト画及び1913年作品の各著作権の譲渡を受けたことについて我が国著作
権法77条1号に基づく著作権の登録申請手続を行い、平成10年8月25日に登
録を受けた結果(甲第79ないし第81号証)、対抗要件を具備していることとな
るから、この点においても、被告の主張は理由がない。
イ 被告は、原告が本件訴訟において「キューピー作品」について1909
年以降の作品と定義していることをもって、譲渡契約にある「キューピー作品」に
はそれ以前のキューピー関連作品が含まれておらず、原告はキューピー関連作品の
著作権については譲渡されていないと主張する。しかし、譲渡契約書においてその
ような限定があるということはできず、限定がないことを述べる新RO遺産財団の
管理人の宣誓供述書(甲第89号証)が提出されているのであり、他に被告の主張
するような限定がなされていたことをうかがわせる証拠はない。
ウ 被告は、米国著作権登録原簿上、キューピー関連作品が一部となってい
るイラスト全体の著作物の著作権者は出版社となっているから(乙第191ないし
第196号証、第198号証、第201号証、第202号証、第206号証、第2
08号証の各2、第241号証、第242号証)、ローズ・オニールや(新)RO
遺産財団が著作権を有することはなく、譲渡することもできないと主張するが、こ
れは編集著作物の著作権というべきである。
エ 被告は、第一次訴訟が当初新RO遺産財団管理人によって提起されてい
たこと、その後、原告が新RO遺産財団から著作権の譲渡を受けたとして当事者変
更の申立てを行ったこと、原告が著作権の譲渡を受けたと主張しながら、その契約
書の存否や内容を控訴審の結審直前まで明らかにしなかったこと、また、明らかに
された契約内容によれば、損害賠償請求額10億円と比較して著しく低額の1万5
000米ドル(約180万円)であったこと、などの事情からすれば、原告と新R
O遺産財団との著作権譲渡契約の存在自体が否定されると主張する。
 しかしながら、原告と新RO遺産財団との著作権譲渡契約については、
甲第13号証、第71号証及び第89号証が提出されており、被告の指摘する事情
をもってしても上記譲渡契約が存在しないということはできず、他に前記認定を覆
すに足りる証拠はない。
オ 被告は、原告と新RO遺産財団管理人との間の著作権譲渡契約は、実質
的には原告が我が国において訴訟を提起し、キューピーに関する著作権に基づくロ
イヤリティを徴収すること等を目的とするものであって、訴訟信託行為というべき
であるから、信託法11条あるいは弁護士法73条に反するものであって無効であ
ると主張する。
 しかしながら、原告は、実際にキューピーに関する作品等の普及活動等
を行っている者であるから(甲第38ないし第40号証、第49ないし第51号
証、第73号証、第85号証)、その著作権について譲渡を受ける動機や目的を有
する者ということができるので、我が国におけるキューピーに関する著作権の譲渡
を受けたとしても、そのことから直ちにその譲渡行為が訴訟信託行為であるという
ことはできない。また、原告は、訴訟自体を弁護士に委託して遂行しており、新R
O遺産財団としても原告に訴訟行為を信託しなければならない必然性はない。その
他、原告と新RO遺産財団との著作権譲渡契約が、原告に訴訟行為をなさしめるこ
とを主たる目的とする訴訟信託に当たる、あるいは弁護士法73条に反すると認め
るに足りる証拠はない。したがって、被告の主張は理由がない。
8 以上のとおりであるから、原告は、1909年イラスト画及び1910年イ
ラスト画の著作権者であるというべきである。
 なお、被告は、原告が1909年イラスト画及び1910年イラスト画の著
作権者であることの確認請求についても権利濫用、権利の失効を主張しているが、
原告と被告との間に著作権の帰属について争いがある以上、特段の事情のない限
り、その帰属の確認を求めること自体は当然に許されるところであって、上記特段
の事情の認められない本件においては権利濫用等に該当するものとは認め難い。
 また、被告は、相対的時効取得についても主張しているが、本件全証拠によ
っても、被告が当該著作権を排他的、独占的に行使していたことを認めるに足りる
証拠はないから、この点に関する被告の主張も採用し難い。
9 争点(9)(被告イラスト及び被告人形とキューピー作品との類似性)について
 この争点に関しては、前記2の訴訟上の信義則に関して判示したところから
すれば、判断する必要をみないが、本件訴訟の経過及び事案の内容にかんがみて、
念のために判断することとする。
(1) 前記4で述べたとおり、1909年作品は、1903年作品(前記6のと
おり、既に公有物となっている。)の二次的著作物であり、1910年作品及び1
912年作品は1909年作品の複製にすぎない。1913年作品については、1
912年作品に基づいて立体の人形として制作されたものであり、1909年作品
と比べると、せいぜいこれを立体化したところに創作性が認められるにすぎないも
のであるが、その点ではなお創作性があるというべきであるから、1909年作品
を原著作物とする二次的著作物と認められる(原告が1913年作品の著作権者で
あることは、第一次訴訟の確定判決によって確認されているところである。)。
 二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的
部分についてのみ生じ、原著作物と共通し、その実質を同じくする部分には生じな
いと解するのが相当である(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51
巻6号2714頁)。
 そこで、以下では、各作品の関係を踏まえつつ、被告イラストあるいは被
告人形が、原著作物に対する創作的部分において共通するか否かを検討する。
(2) 1909年作品に関して
ア 被告イラストについて
(ア) 1909年作品中、原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描か
れた幼児像の特徴は、前記4(1)イで述べたとおりである。
(イ) これに対し、被告イラストは、次のような特徴を有する。
 全体的特徴としては、①乳幼児の体型であり、頭部も体型も楕円状で
あり、ほぼ3頭身である。②裸である。③全体的に縦長である。④性別がはっきり
せず、中性的である。⑤頭頂部に突起があり、その他に髪はない。⑥背中に非常に
小さな双翼がある。
 細部の特徴としては、⑦目は顔の中央からやや下半分に位置し、楕円
形である。⑧瞳は目全体の約2分の1で、下を向いている。⑨眉はない。⑩鼻は点
で描かれている。⑪口は下向き円弧状に描かれ、微笑んでいる。⑫頬はふっくらと
している。⑬両腕を斜め上に上げ、直立し、いわゆる「バンザイ」の姿勢である。
⑭掌は広げられ、正面に向けられている。⑮下腹部がへそより少し上辺りで最も太
く、水滴状である。⑯首はない。
(ウ) 以上からすれば、1909年作品と被告イラストは、乳幼児の体型
であること、ほぼ3頭身であること、裸であること、性別がはっきりせず、中性的
であること、頭頂部に突起があること、背中に非常に小さな双翼があること、目が
丸いこと、微笑んでいること、において共通する。
 他方で、1909年作品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1
の(2)に描かれた幼児像と被告イラストには、次のような相違点が認められる。上記
幼児像では、頭頂部に数本の髪で形成されたような突起があり、前に1本髪の毛が
垂れ、また、耳の辺りに髪の毛が描かれているのに対し、被告イラストは、頭頂部
に髪の毛が菱形状に描かれており、両側頭部に髪の毛はない。上記幼児像は、丸く
大きな目の中で、瞳が約3分の1程度であって寄り目であるのに対し、被告イラス
トは、瞳が約2分の1で下を向いている。上記幼児像は、眉が目から離れた所に点
で描かれているのに対し、被告イラストには眉がない。上記幼児像の多くは、物を
持って歩いているのに対し、被告イラストは、両腕を上に挙げ、バンザイの姿勢を
とっている。上記幼児像は、全体的にふっくらしているのに対し、被告イラスト
は、体型が略水滴状である。上記幼児像は、立体的に描かれているのに対し、被告
イラストは、単調で平面的に描かれている。上記幼児像は、活動的な茶目っ気のあ
る雰囲気が印象付けられるのに対し、被告イラストは静的な雰囲気であり、むし
ろ、1903年作品が立ち上がり、手を広げ、若干微笑んだような印象を与えるも
ので、1903年作品に近いともいうべきものである。
(エ) 以上のとおり、1909年作品と被告イラストは、共通点を有する
が、その共通点のほとんどは既に1903年作品において表れているし、1909
年作品に付加された新たな創作的部分とはいえない。さらに、1909年作品と被
告イラストとは、多くの相違点が存在する。以上を総合的に判断すれば、被告イラ
ストは、1909年作品における本質的特徴を有しているとはいえないから、両者
は類似していないと解するのが相当である。
イ 被告人形について
(ア) 1909年作品中、原告指摘に係る別紙著作物目録1の(2)に描か
れた幼児像の特徴は、前記4(1)イで述べたとおりである。
(イ) これに対し、被告人形は、次のような特徴を有する。
 全体的な特徴としては、①乳幼児の体型であり、頭部が丸く大きく、
ほぼ3頭身である。②裸である。③全体的にふっくらとしている。④性別がはっき
りせず、中性的である。⑤頭頂部に一房の髪の毛があり、前頭部に垂れ、また、両
耳の上辺り及び後頭部に髪の毛の突起がある。⑥背中に小さな双翼がある。
 細部の特徴としては、⑦目は顔の下半分に位置し、丸く大きい。瞳は
目のほぼ全部を占め、ほぼ正面視である。⑧眉は上向きの円弧状の線で、いわゆる
柳眉である。⑨鼻は小さな突起となっている。⑩口は下向き円弧状に描かれ、微笑
んでいる。⑪頬はふっくらしている。⑫両腕を斜め上に上げ、直立し、いわゆる
「バンザイ」の姿勢である。⑬掌は広げられ、やや上向きである。⑭下腹部がへそ
の辺りで最も太い。⑮尻が垂れている。⑯首はない。
(ウ) 1909年作品はイラストであって平面であるが、被告人形は立体
である。平面的な人物イラストと、立体的な人形とを比較する際には、平面的な人
物イラストにおける内容及び形式を立体的な人形において感得できるか否かを検討
すべきである。
 1909年作品と被告人形とは、髪の毛が全体的には生えていない
が、頭頂部と両側頭部において髪の毛の突起があること、裸であること、背中に羽
根があること、乳幼児よりもふっくらと丸くなっていること、といった点が共通し
ている。
 他方で、1909年作品、殊に原告指摘に係る別紙著作物目録1
の(2)に描かれた幼児像と被告人形とは、次のような相違点を有する。上記幼児像
は、眉が目から離れた所に点で描かれているのに対し、被告人形は、眉が目から離
れた所に、上向き円弧状に描かれ、いわゆる柳眉である。上記幼児像にはまつ毛が
ないが、被告人形には長い数本のまつ毛が描かれている。上記幼児像は、瞳が目全
体の3分の1程度であって寄り目であるが、被告人形は、瞳が目のほぼ全体を占め
ており、ほぼ正面を向いている。上記幼児像の髪の毛は、頭頂部に数本で突起が形
成され、前頭部に数本垂れている程度であるが、被告人形は一房の髪が前頭部に垂
れている。上記幼児像の口元は明らかに微笑んでいるが、被告人形の口元はやや直
線的であって、堅い微笑みである。上記幼児像の背中の双翼は非常に小さいが、被
告人形の双翼はある程度の大きさがあり、貝殻状をしている。上記幼児像の多く
は、物を持ち運んでいる姿勢であるが、被告人形は、両手を上に挙げ、掌を開いて
いわゆる「バンザイ」の姿勢をしながら、直立している。上記幼児像は、全体とし
て、活動的な茶目っ気のある雰囲気を印象付けるのに対し、被告人形は、全体とし
て、優しげな雰囲気を印象付ける。
(エ) 以上のとおり、1909年作品と被告人形は、共通点を有するが、
その共通点のほとんどは既に1903年作品において表れているし、1909年作
品に付加された新たな創作的部分とはいえない。さらに、1909年作品と被告人
形とは、多くの相違点が存在する。以上を総合的に判断すれば、被告人形は、19
09年作品における本質的特徴を有しているとはいえないから、両者は類似してい
ないと解するのが相当である。
(3) 1910年作品、1912年作品について
 前記4で述べたとおり、1910年作品及び1912年作品には、190
9年作品と比較して新たな創作性を認めることはできない。したがって、著作権侵
害に該当するか否かを比較するまでもない。
(4) 1913年作品について
 1913年作品は、前記(1)のとおり、1909年作品を立体化した点にお
いて創作性が認められるものであり、それ以外の点で特段創作性を認めるに足りる
特徴はない。
 ところで、原告は、予備的請求3において、1913年作品を、原著作物
を1909年作品、1910年作品あるいは1912年作品とする二次的著作物で
あると位置付け、各原著作物の著作権法28条に基づく請求を行っているところ、
1910年作品及び1912年作品については著作権を認めることはできず、ま
た、1909年作品と被告イラスト及び被告人形が類似しないことは前記(2)、ア
(エ)及びイ(エ)で述べたとおりである。そうすると、1909年作品を立体化した
点でのみ創作性が認められるにすぎない1913年作品について、被告イラスト及
び被告人形との類似性を肯定することはできない(1909年作品の二次的著作物
である1913年作品において新たに付加された創作的部分が被告イラスト及び被
告人形において感得されないことは、第一次訴訟控訴審判決の判示するところであ
る。)。
(5) キューピー関連作品について
 原告は、予備的請求4において、キューピー関連作品を1913年作品の
原著作物として位置付け、キューピー関連作品の著作権を根拠として、著作権法2
8条の権利に基づく各種請求を行っている。
 しかし、1901年作品、1903年作品、1904年作品及び1905
年作品は既に公有に帰しており、1906年作品、1907年作品及び1908年
作品は、1904年作品①ないし③の複製にすぎない。したがって、予備的請求4
の帰趨は、結局、前記(4)で判示した1913年著作権に基づく主張に対する判断と
同じになるから、ここで検討するまでもない。
第5 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照ら
し、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、当審の認定、判
断を左右するほどのものはない。
第6 結論
 以上によれば、原告が1909年イラスト画及び1910年イラスト画に係
る各著作権を有することの確認請求については理由があるから、これを認容し、原
告が1912年作品に係る著作権を有することの確認請求、並びに原告の1901
年作品、1903年作品、1904年作品、1905年作品、1906年作品、1
907年作品及び1908年作品を原著作物とし、1913年作品を二次的著作物
とする著作権法28条に基づく予備的請求はいずれも理由がないから、これを棄却
し、その余の請求に係る訴えはいずれも不適法であるから、これを却下すべきであ
るところ、これと同旨の原判決は相当であって、原告及び被告の各控訴はいずれも
理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。
  (平成16年9月22日口頭弁論終結)
 大阪高等裁判所第8民事部
    裁判長裁判官      竹  原  俊  一
         
         裁判官  小  野  洋  一
      
         裁判官  中  村     心
(別紙)イ号目録ロ号目録著作物目録1の(1)著作物目録1の(2)著作物目録
2の(1)著作物目録2の(2)著作物目録3著作物目録4著作物目録5著作物目
録6著作物目録7著作物目録8著作物目録9著作物目録10著作物目録11著作物
目録12著作物目録13著作物目録14著作物目録15著作物目録16本件人形写
真(一)、(二)写真(三)、(四)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛