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平成19年10月19日判決言渡
平成17年(ワ)第776号不動産登記抹消手続請求事件
主文
1被告は,原告から4万6078円の支払を受けるのと引換えに,原告に対し,
別紙物件目録記載1の土地について,別紙登記目録記載1の持分一部移転登記の
抹消登記手続をせよ。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の請求(1と2は選択的)
1被告は,別紙物件目録記載1の土地について,別紙登記目録記載1の持分一
部移転登記の抹消登記手続をせよ。
2被告は,別紙物件目録記載1の土地について「真正な登記名義の回復」を,
原因として原告に持分41万分の663を移転する持分一部移転登記手続をせ
よ。
第2事案の概要
本件は,別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という)の共有者で。
ある原告が,被告に対し,土地所有(共有)権に基づき,別紙登記目録記載1
の持分一部移転登記の抹消登記手続又は別紙登記目録記載2の持分一部移転登
記後の被告の持分41万分の663について原告に持分一部移転登記手続をす
ることを求めた事案である。
1争いのない事実等
()原告は,土木工事等を業とする株式会社である。1
()原告は,平成8年7月17日,本件土地等を分筆する前の別紙物件目録記2
載2の土地(以下「本件旧土地」という)の共有持分41分の1を取得した。。
()本件土地に関する経緯3
水資源開発公団(平成15年10月1日に独立行政法人水資源機構が承継
した。以下承継前後を通じて「機構」という)は,被告からの委任を受け。
て,本件旧土地について,徳山ダム建設に伴う一般国道417号改築工事及
びこれに伴う附帯工事にかかる事業用地(別紙図面の灰色及び赤色の国道用
地部分)及び,機構の事業用地である進入路用地(別紙図面の黄色部分)の
用地買収業務を行い,原告との買収交渉も全て機構の担当者が行っていた。
本件旧土地は原告を含め多数の共有者の共有地であったところ,原告を含
む大多数の共有者は,任意買収に応じたものの,共有者のうち2名が任意買
収に応じなかった。
そこで被告は,平成15年7月25日,岐阜県収用委員会に対し,国道用
地として最小限必要な別紙図面記載の赤色部分の「国道用地(収用地」の)
上記2名の持分につき裁決申請をし,平成16年2月19日,同持分につき
収用裁決を受け,同持分を取得した。平成17年6月6日,本件旧土地は,
本件土地,揖斐郡a町b字cd番eないしhの各土地に分筆された(各土地
の位置関係は別紙図面のとおり,本件土地が白色(残地と表示のある部分)
及び国道用地(収用地)より北側の灰色の国道用地(任意取得地,同番e)
及びfが赤色の国道用地(収用地,同番g及びhが国道用地(収用地)よ)
り南側の灰色の国道用地(任意取得地)及び黄色の進入路用地である。同)
年8月25日には同所d番e,fの各土地の原告持分について「真正な登記
名義の回復」を原因として被告に移転登記された。
()本件売買契約4
原告と被告とは,平成15年8月12日,本件旧土地のうち,原告持分の
一部について売買契約を締結した(売買対象土地の範囲及び内容に争いがあ
るが,これを捨象して以下「本件売買契約」という。)
(5)原告の本件旧土地の持分について,本件売買契約に基づいて,平成15年
8月18日受付により,被告に対して持分4100分の15の持分一部移転
登記(別紙登記目録記載1)が経由された(以下,本件土地に関する同登記
を「本件移転登記」ともいう。)
(6)本件土地について,本件訴訟提起後の平成18年7月6日受付により,
被告から原告に対し,持分410000分の837の持分一部移転登記が経
由され(丙2,甲区350番,被告の持分は410000分の663とな)
った。
2原告の主張
()本件売買契約の対象1
原告は本件売買契約において,被告に対し収用対象の国道用地部分のみを
売却した認識であり(原告は,収用と任意買収とで対象土地の面積が違うと
の説明は一切受けていない,本件土地の持分を譲渡したことはなく,被告へ)
の本件移転登記は,その原因を欠く無効なものである。
よって,原告は被告に対し,本件土地の共有権に基づき,本件移転登記の
抹消登記手続を求める。
()登記原因の不存在2
原告は本件土地の4100分の15を被告に移転するとの登記意思を有し
ていなかったのであるから,本件移転登記は無効である。
()実体と異なる登記の無効3
本件売買契約及び本件移転登記をすることの合意がなされたとしても,こ
のような実体を反映しない登記は,公序良俗違反又は虚偽表示により無効で
ある。
()錯誤無効4
ア登記移転意思表示の錯誤無効
共有持分一部移転登記の合意があるように見えても,原告はそのような
意思表示を行う真意はなかったのであり,錯誤により無効である。
イ本件売買契約の錯誤無効(動機の錯誤)
原告は,任意買収と強制収用の場合で本件旧土地の分筆線が異なってい
ることを知らなかったのであるが,これを知っていれば原告は任意買収に
応じなかった。
原告は本件旧土地の一部の収用手続が済み次第,売却した持分は返還さ
れると信じており,その誤信に基づいて本件売買契約をした。
原告は被告に対し,上記誤信に基づいて売買契約をすることを表示した。
()同時履行の抗弁に対する認否,反論5
原告は,被告との売買契約当時,代金は収用対象土地である売買対象土地
に対応する金額であると認識していた。したがって収用残土地についての代
金を含むとの合意はないのであるから,返還の根拠がない。
仮に原告が返還すべき部分があるとしても,土地の登記抹消との同時履行
が認められるのは,土地の代金7万9078円に対応する部分に限られ,土
地上の物件の代金については含まれないと解すべきである。これに従い,被
告の計算方法に倣うと返還すべき金額は2万8817円となる。
3被告の主張
()本件売買契約の対象1
被告は,平成15年8月12日,機構を使者として,原告との間で,本件
旧土地(分筆前地積4万2492㎡)のうち任意取得道路用地(別紙図面の
灰色及び赤色部分)6235.00㎡の原告持分41分の1を12万645
3円で買取る売買契約(本件売買契約)を締結した(丙1)。
機構は,平成15年6月頃から,本件売買契約の「取得対象の土地」を画
する任意買収線(別紙図面の白色残地と灰色の国道用地(任意取得地)とを
画する線)について,図面を持参して共有者62名との任意買収交渉を続け
ており,原告は,任意買収線を熟知していた。
岐阜県収用委員会に対する収用採決申請(乙5)は,原告も当事者に含め
て,平成15年7月25日になされ,原告は,収用裁決による区画線(本件
土地とd番e及び同番fの各土地とを画する線)である国道用地として収用
される強制収容線(別紙図面の灰色の北側の国道用地(任意取得地)と赤色
の国道用地(収用線)とを画する線)を知ったものである。
()抗弁2
本件売買契約において,①本件旧土地の一部である「取得対象の土地」の
持分41分の1の売買契約と,②未分筆状態(分筆登記ができるまで)にお
いては「取得対象の土地」の持分41分の1と等価値である土地全体に対,
する共有持分4100分の15の移転とその登記手続の契約との両方の契約
が締結され成立した。
被告は,物件変動の実体に合致した持分一部移転登記を保持する権原を有
しており,原告の登記抹消請求に対して,上記①,②のいずれもが単独で抗
弁事実となることを主張する。
()本件移転登記の必要性3
本件旧土地に対する売買対象土地の面積6235㎡の原告持分比率は0.
3578%(6,235/42,492×1/41×100)であり,本件
移転登記の登記簿上の被告の持分4100分の15(=0.3658%)に
ほぼ合致している。
本件売買契約の締結の際の当事者の最終的な取得意図は,本件売買契約書
1条に規定されているように「取得対象の土地」を本件旧土地から分筆して
被告の単独所有の土地とすることであった。しかし,その意図した分筆手続
及び被告単独所有へと至るためには,本件旧土地が共有状態であるゆえに,
当該共有者全員から同意を取り付ける作業が必要になる。
そして,共有者全員62名(相続が発生すれば共有者は増加する)の同。
意が同時に得られるとは限らないため,各共有者との売買契約締結時(個別
の同意)の時点と全員の同意が揃い分筆登記をする時点とでは相当の時間差
が生ずる。ところが,その時間差の間に,分筆の同意をした共有持分権者が
当該売買契約で譲渡した部分の持分を含めて被告以外の第三者に譲渡し,そ
の旨の登記を経由することが起こりうる。その場合に被告は当該第三者と対
抗関係に立ち,登記なくして対抗できないことになる。
被告のように,共有土地を分筆して単独登記することを意図する者は,分
筆して取得する土地面積の割合に相当する共有土地全体についての持分の譲
渡を受け,それを登記しておくことにより,その地位を保全しておく必要が
極めて高い。分筆予定の土地面積に応じた共有持分を土地全体に確保してお
けば,共有物分割請求の手段もとることが可能である。
()原告主張の公序良俗違反・通謀虚偽表示について4
本件の原告から被告への持分一部移転登記は実体的な権利変動に符合する
登記であり,その登記の必要性,有用性も認められるため,公序良俗違反と
はならない。
本件売買契約に関し,少なくとも被告は真意で契約しており,通謀がなく,
通謀虚偽表示はない。
被告は,土地の一部が共有者62名全員の同意を得て分筆できるまでは,
被告が土地全体に対する共有持分一部移転登記を経ることが,買主として第
三者に対抗し,その地位保全を図る有益な登記方法であり,原告もその登記
方法を承認しているのであるから,通謀虚偽表示とはならない。
()原告主張の錯誤について5
原告が万一強制収容線と任意買収線とを同一線と誤解していたとしても,
任意買収線を熟知して任意買収に応じたものであり,本件売買契約には原告
に何ら意思の齟齬はない。
本件売買契約は,本件旧土地全体に対して「取得対象の土地」の面積割,
合に応じた持分の売買を合意した契約であって,任意契約の分筆線と強制
収容の分筆線が異なるかどうかは,本件売買契約の要素ではない。
()同時履行の抗弁6
被告は,原告から,本件土地の原告持分410000分の663の対価を
支払い買受けたのと等しい状況である。
被告は,残存する被告の持分一部移転登記に見合った対価(本件売買契約
に基づいて支払われた売買代金の一部)4万6078円を原告が被告へ支
払うまでは登記を拒む,との同時履行の抗弁権を行使する(民法533。
条又は546条の準用)
(対価の計算式)
本件土地の面積(35,032㎡)×抹消される被告の残存持分(66
3/410,000)×本件旧土地全体に対する1㎡当たりの買収済み単
価(813.4円=126,453円÷1/41÷15/100÷42,
491㎡)=4万6078円
4争点
()本件売買契約の対象土地として,収用対象土地を超える任意買収部分(別1
紙図面の灰色の北側の国道用地(任意取得地)部分)が含まれているか。
()本件旧土地全体に対して共有持分一部譲渡という物件変動又は移転登記の2
合意をしたか否か。
()本件移転登記の有効性(公序良俗違反又は通謀虚偽表示の有無)3
()錯誤無効4
()同時履行の抗弁5
第3当裁判所の判断
,1証拠(甲1ないし10,乙1ないし5,丙1ないし11,13の1,証人A
原告代表者B)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
()任意買収交渉1
機構は,平成13年頃から,被告の委任を受けて,徳山ダム建設工事に伴
う国道417号線の付け替え工事用地の取得に従事した。
機構の担当者は,平成14年末頃から,本件旧土地の多数の共有者との交
渉を始め,機構の徳山ダム建設所第一用地課長Aは,平成15年4月頃から
原告代表者Bと買収交渉をした。
機構は,平成15年4月16日,徳山ダム建設所事務所において,Bに対
し,任意買収では,雪崩等の対応とか工事に必要な用地も取得することを考
えているが,強制収用となった場合には,道路として必要最小限の面積とな
ることから,補償金も減るという説明をし,任意買収線の記載のある図面を
示した(丙11,A4,5頁)。
平成15年4月に,事業認定の告示があり,強制収用線が,決まり公にな
ったが,任意買収交渉をしていた地権者に対しては,具体的に示されなかっ
た(A6,7頁)。
機構は,同年6月6日に,Bに対し,現地において,任意買収の範囲を示
す杭を示して説明した(A10頁)。
この頃に任意買収線と強制収用線との両方に杭が打ってあり,Bも杭を確
認しているが(B6頁,機構から原告に対し,両者の違いが十分説明された)
かどうかは疑問である。
(Aは,平成15年8月頃にBに対して強制収用線を説明した旨述べている
が,あいまいであり,信用性は低い。A7,8頁)
強制収用線について原告に図面で示したことはない(A29頁)。
(2)収用裁決申請
機構は,被告の代理人として,平成15年7月25日,岐阜県収用委員会
に対し,一般国道417号改築工事等について,土地収用法39条1項の規
定により,原告外3名の本件土地共有者に関して,裁決を申請した(丙。
6)
機構は,強制収用手続を進めつつ,全員から任意買収するつもりであり,
その後も,任意買収し,分筆できるよう協力を依頼している(A30頁)。
(3)本件契約
ア原告は,裁決申請後に任意買収に応じたため,平成15年8月12日,
機構と原告とは本件売買契約を締結した。
原告は本件売買契約以前にも機構と多くの売買契約を締結しており,共
有地もあった(A15頁)。
本件契約締結時,Aが契約条項を順次読み上げようとしたところ,Bが
「一文一文読まなくてもわかっている。契約するのでよい」と言ったので,。
Aは読み上げをせず,契約の骨子である対象土地,面積,契約金額,持ち
分一部移転登記になることなどを説明した(A15,16頁)。
機構は万一共有者全員から任意買収の契約してもらえない場合のことは
原告に説明していない(A31頁)。
イ本件契約書の内容(丙1)
本件契約書の内容,条項は次のようなものである。
(ア)原告は,契約書別表に掲げる取得対象の土地(契約書別表には,本
件旧土地の公募上の地積等の外,取得対象の地積合計6235㎡,原告
の持分41分の1,被告に移転する持分41分の1の内4100分の1
5,摘要欄に「分筆買取」と記載されており,契約書別添図面に「取得
対象の土地」として任意買収土地が図示されている。丙1)の原告の持
分を被告に譲り渡す。
(イ)契約書冒頭に12万6453円と表示され,契約書中に,内訳とし
て土地代金7万9078円,物件(立竹木類を指すと思われる)の移。
転料及びその他通常受ける損失の補償金4万7375円と記載されてい
る(契約書1条4項)。
(ウ)土地の登記について,第2条に次のように定められている。
被告は原告から買い受けた取得対象の土地持分に相当する権利として,
別表第1に掲げる「被告に移転する持分」を被告に所有権移転登記する。
被告は,取得対象の土地と取得対象外の土地とを分筆する登記が法的
に可能となり次第,速やかに登記を行うものとする。
前項による分筆登記が完了した後,被告は次の所有権移転登記を行う
ものとする。ただし,二号については,原告に最終的に残す土地が登記
簿上確定した以後とする。
一取得対象の土地の原告の持分を被告に移転する。
二取得対象外の土地の被告の持分を原告に移転する。
(エ)なお,証人Aは,本件売買契約の内容は,国道範囲として必要な範
囲を譲り受ける契約で,4100分の15の登記は,本件旧土地は共有
地で一時に分筆ができないので権利保全のために必要な登記であり,徳
山ダムの大規模共有地における一般的な登記手法であり,権利保全とし
ては,このような方法しかないと述べている(A26,27頁)。
ウ本件契約についてのBの認識
Bは,収用になる土地を任意で売ったという認識を述べており,現地で
収用になる部分に杭が打ってあったと述べている(B24,25頁)が,
Aの供述に照らすと,Bが実際に現地で確認したのは,任意買収線の杭で
あったと推認される(甲10の黄色部分,B28頁)。
Bは,本件旧土地の一部(道路部分)のみを分筆登記すると聞いており,
本件旧土地全体について持分一部移転登記をすることは聞いていないと述
べている(B10頁。他方,Bは,本件売買契約締結時に持分一部移転)
登記をすることを分かっており,機構職員に印鑑を渡し,契約書に押印さ
せた旨のべている(B21頁)。
Bは,収用と任意買収とでは値段が変わるという話は聞いたが,その理
由は聞いてないと述べている(甲9,B18,19頁)。
Bが押印した登記承諾書には,任意買収線と強制収容線を図示した図面
が添付されていた(丙8)。
()本件売買契約契約書の送付4
機構は,原告に対し,平成16年2月2日に,税務関係書類及び他の契
約書類と共に,本件契約書を簡易書留で送付した(乙4,A18頁)。
Bは受領を否定しているが,税務関係書類を受領したことを認めており
(B9頁,本件契約書の送付を受けたと推認される。)
()本件契約後の経緯5
前記争いのない事実のとおり,被告は,原告に41万分の837の持分一
部移転登記を経由した(丙2)。
被告が強制収用部分の登記を経たので,その面積に相当する持ち分を戻し
たものである(A19頁)。
2争点()(契約対象土地の範囲)について2
本件契約書(丙1)には,被告が買い受けた「取得対象土地」が定められて
おり,その地積は合計6235㎡でその位置形状は,別紙図面の国道用地の任
意取得地及び収用地とを合わせた部分に合致していると認められる。
前記認定のとおり,本件契約に先立ち,任意買収線には機構によって杭が設
置され,機構職員から原告に図面及び杭によって,任意買収線及び任意買収に
よって被告が取得する取得対象土地が説明されたことが認められ,原告代表者
Bはこれを十分理解していたと推認される。
Bは,杭があったのは収用線であったと供述するが,任意買収のための交渉
をしていた機構が収用線のみに杭を設置していたとは考えられないから,原告
の当該供述部分は信用できない。
本件契約の対象土地は別紙図面の任意取得地を含む部分であると認められる。
3本件契約による物件変動の内容について
被告は,①本件旧土地の一部である「取得対象の土地」の持分41分の1の
売買契約と,②未分筆状態(分筆登記ができるまで)においては「取得対象,
の土地」の持分41分の1と等価値である土地全体に対する共有持分4100
分の15の移転とその登記手続の契約との両方の契約が締結され成立したと主
張している。そして,被告は,原告の登記抹消請求に対して,上記①,②のい
ずれもが単独で抗弁事実となることを主張する。
被告の主張のうち,上記①,②両方の合意があったかどうかについては,と
もかくとして,当事者の意思表示に基づく物件変動としては,①一筆の土地の
一部の持分全部の移転と,②一筆の土地全部に対する(当該対象土地の持分と
等価値の)持分の移転とは矛盾する事象であり,同時には起こりえない。本件
売買契約によって生じた物件変動としては,どちらか一方であり,どちらであ
るかは,本件契約書の文言を基本とする当事者の合理的意思解釈で決すべき事
柄である。
本件契約書は,契約の主旨として,条項の第1条1項で,売買対象について,
明確に「取得対象の土地」の原告持分であることを定めていること,登記につ
いては,条項第2条で,取得対象土地の持分に「相当する権利として「被」,
告に移転する持分」について被告に所有権移転登記するものとし,取得対象土
地の分筆完了後,取得対象の土地の原告の持分を被告に移転し,取得対象外の
土地の被告の持分を原告に移転する旨定めているが,あくまで登記方法を定め,
登記に一致する権利移転については言及していないこと,本件任意買収の交渉
にあたった機構職員であるAは,あくまで本件旧土地の一部である任意買収地
(取得対象の土地)について交渉していたと認められることなどから,本件契
約によって生じた物件変動は,本件旧土地の一部である「取得対象の土地」の
持分41分の1について,原告から被告に移転したものである(上記①に該当
する)と解される。。
4本件移転登記の有効性(公序良俗違反,通謀虚偽表示)
本件移転登記は,本件売買契約によって生じたと認められる前記2の物件変
動に一致していないことになる。
しかしながら,本件売買契約によって当事者が合意した移転登記であって,
当然に無効の登記であるとはいえない。
原告は,①登記意思を欠く登記であり無効である,②本件売買契約及び移転
登記の合意がなされたとしても,このような実体を反映しない登記は,公序良
俗違反又は虚偽表示により無効である旨主張している。
前記認定のとおり,本件売買契約書に本件移転登記をする条項があり,原告
は,本件移転登記に関する登記承諾書に押印しているのであるから,本件移転
登記手続をなすことを承諾していたと認められるから登記意思を欠くとは認め
られない。
実体に合致しない登記であってもそのような登記をすることに合理性があれ
ば,公序良俗違反とはいえず,また一種の虚偽表示に該当する面があっても当
事者がその合理性故に実体に合致しない登記をすることを真に意図して合意し
ているならば無効な登記とはいえないと考えられる。
本件移転登記がなされた事情は,本件旧土地の共有者が多数であり,被告の
取得対象の土地を本件旧土地から分筆する登記をなすまでにある程度時間がか
かることが予想されたことから,分筆登記及び分筆後の各土地についてそれぞ
れの本来の持分に応じた移転登記が可能となるまで,被告の権利保全として本
件移転登記をなすこととしたものであると認められる。
原告は,実体と合致しない本件移転登記は,権利保全の意味もない旨主張す
るが,本件収用地部分について被告は原告の持分を取得しているのであり,本
件移転登記は,その部分については,一部とはいえ被告の権利を表象している
面があることを否定し得ず,また,本件移転登記による被告の持分が,被告が
実際に取得した収用地の持分と等価値であるというのであるから,事実上の権
利保全効果があるであろうことも否定し得ない。
そうすると本件移転登記には,被告の権利保全の目的という点から合理性を
認めることができる。
前記認定のとおり,機構は,国道付け替え工事のための土地買収において,
大規模共有地について,同様の登記の手法を用いていたと認められ,原告も本
件売買契約当時,そのような機構の手法に特段の異議を述べたことはなく,一
応の了解をしていたと推認できる。
以上によれば,本件移転登記が公序良俗違反又は虚偽表示により無効である
との原告の主張は採用できない。
5錯誤無効について
原告の主張は要するに,収用手続終了後,本件売買契約の対象土地の分筆が
なされ,本件土地について被告に登記上一部移転した持分が返還されると信じ
て本件売買契約を締結したが,実際には,収用手続終了後現在まで分筆登記が
なされず,その点において錯誤があるから,本件売買契約の対象土地の内,分
筆がなされなかった部分の売買は無効である旨主張するものと解される。
前記争いのない事実等及び認定事実から認められる本件売買契約の経過及び
本件売買契約書の登記に関する条項に照らすと,本件移転登記は,任意買収地
部分全体の分筆が可能であることを前提として,分筆後速やかに,分筆後の被
告取得土地については,被告が原告から取得した持分全部の登記,被告取得土
地を除く本件土地については,登記上被告に移転した持分を原告に戻す登記が
なされるまで,被告の権利保全のために,いわば代替的に合意されたものであ
ると評価すべきものである。
ところが,実際には,本件土地の共有者の一部があくまで任意買収に応ぜず,
被告の取得土地のうち,現在に至るまで収用地部分を除く部分について分筆す
る見込みが立たないこと(その見込みがあることを認めるに足る証拠はな
い)は,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らすと,本件売買時に原。
告の想定していなかったことであると認められる。
原告は,機構の任意買収交渉に容易に応じなかった者であり,収用裁決申請
がなされてから,漸く任意買収に応じた者であることからすると,被告の取得
対象土地について,強制収用されるよりは,任意買収に応じた方がよいと考え
て本件売買契約を締結したものと考えられる。
原告が任意買収の範囲と強制収用の範囲との違いをどの程度認識していたの
か証拠上明らかではないが,少なくとも本件移転登記すなわち本件土地全部に
ついての被告の持分登記が永続する状況は予測していなかったと認められる。
原告が,そのような状況が永続する蓋然性があることを本件売買契約時に認識
していたならば,敢えて任意買収に応じることはなかったであろうと考えられ
る。
機構においても,本件売買契約交渉時には,なお,相当期間の間に本件土地
の共有者全員との任意買収交渉が整うことを前提に原告と交渉していたのでは
ないかと考えられる。
そして,原告が本件移転登記を被告が取得した土地を分筆登記するまでの一
時的なものと考えて,任意買収に応じたことは,被告の委任を受けて原告との
交渉にあたっていた機構においても理解していたと推認できる。
以上からすると,本件移転登記を永続的なものと考えずに,一時的な被告の
ための保全措置であるとの認識のもとに本件契約を締結した原告には,契約締
結の動機に重要な錯誤があり,その点は機構においても理解していたと認めら
れるから,この点の動機は意思表示の要素にあたるというべきである。そうす
ると,被告が本件売買で取得した土地のうち,収用部分を超える本件土地内の
任意取得地(別紙図面の灰色の北側の国道用地(任意取得地)に相当する)。
に関する部分の原告持分の売買は錯誤により無効であると解することが相当で
ある。
そうすると任意取得地の被告持分を保全するための本件移転登記は,その保
全の前提を欠き,無効であると解される。
本件移転登記の抹消を認める原告の請求には理由がある。
6同時履行の抗弁について
原告は,本件売買契約の無効部分の土地の持分に相当する代金を受領してい
ると認められるから,当該部分の代金の支払と引き換えに原告の抹消登記請求
を認めることが相当である。
無効部分である任意取得地の面積は下記(面積計算)のとおり3260㎡で
あり,本件売買契約対象の土地の面積6235㎡の約52%にあたる。
(面積計算)
本件売買の対象土地6235㎡
対象土地南西部取得対象外の土地C1448㎡(丙1地積測量図)
同D3036㎡(同)
以上合計10719㎡・・A
分筆後の字cd番eないしhの地積合計7459㎡・・B
内訳d番e2679㎡(甲5)
同f786㎡(甲6)
同g3375㎡(甲7)
同h619㎡(甲8)
A−B=3260㎡
本件売買契約の代金は,12万6453円であり,その52%は,6万57
55円である。
原告は同時履行関係に立つとしても土地代金7万9078円を基準にした2
万8817円を引き換えの金額とすべきであると主張する。しかしながら,物
件移転料及び損失補償金も売買対象土地の面積に従って算出されていると推認
されるから,無効部分の原状回復としては,これらの金額を含んだ金額を基準
に算定することが一応妥当であろうと思われる。
被告は,残存する被告の持分一部移転登記に見合った対価として4万607
8円による引換給付を主張している。
よって,原告の請求は,4万6078円の返還と引換に認められる。
7以上によれば,本訴請求は,原告が被告に対し,本件売買代金の一部4万6
078円を返還するのと引換えに本件移転登記の抹消登記手続を求める限度で
理由があるからこれを認容し,その余(無条件で給付を求める部分)について
は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民訴法64条ただし
書,61条を適用して,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第1部
裁判官野村高弘
(別紙物件及び登記目録並びに図面省略)

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