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             主         文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
  3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
             事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
 2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
 1 事案の概要は,次のとおり付加・訂正するほかは,原判決「第二 事案の
概要」に同じであるから,これを引用する。
 2 原判決2丁裏10行目から11行目にかけての「A病院」を「B病院(本
件当時の名称「A病院」,以下「控訴人病院」という。)」と改める。
 3 原判決7丁表4行目の後に改行して次のとおり付加する。
 (五) 絞扼性イレウスの鑑別に有意な症状,所見としては,持続的な腹痛,発
熱,頻脈,呼吸促迫などの全身症状の悪化,腹部所見としては,圧痛,ブルンベ
ルグ徴侯,筋性防御,臨床検査所見としては,白血球の増加,CRP値の上昇,
腹腔穿刺所見としては,腹水が赤褐色,混濁して血性又は膿性であること,超音
波所見としては,蠕動運動のない拡張腸管,混濁した腹水,腸管壁の肥厚,ケル
クリング皺襞の不明瞭化,消失,CTの所見としても,腸管壁の肥厚,拡張腸管
であると言われている。
    ところで,本件でCの腹痛が持続的となったのは,平成6年2月27日
からであるし,上腹部の圧痛も同日からである。また,同日,腹水が発生し,技
術的には採取可能であったことが認められる。また,同月28日には,白血球の
増加とCRP値の上昇が認められるから,前日の27日,絞扼性イレウスが発症
したものである。また,同月28日に行われたCT診断によって拡張腸管,腸管
壁の肥厚,腹水が確認できている。本件イレウスの特長として,全体として本件
症例は,小範囲のイレウスの発生が断続的に起こり,結果として非典型的な臨床
症例に結びついたものと判断されるのであるから,絞扼の開始そのものは,かな
り早い時期で2月27日頃と解するのが合理的と思われる。そして,上記病状の
経過と検査内容から明らかなように,控訴人病院の担当医師は,超音波検査を行
わなかったために,絶対的な手術適応となるブルンベルグ徴候,筋性防御の発現
まで,手術を決定し得なかったものと考えられ,超音波による所見,とりわけ腹
水の性状とケルクリング皺襞の不明瞭化,消失といった所見の有無が明らかにさ
れなかった結果,手術の決定時期を遅らせたこととなった。
 4 原判決9丁裏7行目の後に改行して次のとおり付加する。
 (五)(1) 控訴人病院における典型的絞扼性イレウス症例の切除腸管と本件切除
腸管を病理組織学的に対比すると,典型的絞扼性イレウス症例は入院後開腹手術
まで10時間であったところ,腸管においては瀰漫性に広がる変色域が100
cm前後に及んでおり,切除した長さも安全域を考慮して112cmに達したのに対
し,本件症例では,入院後開腹手術まで65時間であって,腸管における変色域
は全長としては約20cmに及ぶが,絞扼を解除した後に色調回復が不良であった
部位も小さく,切除した長さは安全域を考慮しても20cmと短いばかりか,典型
的絞扼性イレウスと違って,変色域が約20cmの間にまばらに,しかも,強弱を
もって存在するのであって,肉眼的には変化の最も強い部分にも粘膜粗慥部が認
められ,顕微鏡的には壊死像は認められず,回腸粘膜上皮の再生像が認められ
る。以上のように,本件は,典型的絞扼性イレウスに比べ,入院から開腹手術ま
で長時間経過しているにもかかわらず,切除腸管の長さは短く変色域の広がり方
もまばらであるなどの顕著な差があること,また,回腸上皮の細胞再生周期が3
日であることを考慮すると,肉眼的に粘膜粗慥部,顕微鏡的に回腸粘膜上皮の再
生像が認められることから,時間単位で発症する血行障害と日単位で発生する粘
膜再生が混在していることを意味している。要するに,全体として,本件は,腸
管の小範囲の部分に,絞扼が部分的,かつ時間差をもって起こるという,絞扼性
イレウスとしてはまれな経過をたどった症例であると判断される。したがって,
結果として典型的な絞扼性イレウスの症状を最後まで示さない非典型的な臨床症
状に結びついたといえるのであるから,本件絞扼性イレウスの発症時期の解明は
極めて困難である。そして,本件絞扼性イレウスは,本件手術の直前に発症した
としても矛盾はなく,本件の開腹手術の結果をもって,発症後ある程度の時間が
経過していたと断定することはできず,手術時期が遅かったということもできな
い。
   (2) 持続的腹痛及び上腹部圧痛の存在,白血球数とCRP値の上昇,小腸
の拡張,小腸壁の肥厚,小腸内の液体貯留,少量の腹水の所見だけでは,絞扼性
イレウスとの確定診断はできない。控訴人病院の医師らは,保存療法を継続する
ことを選択するに当たっては,極めて頻繁にCを診察し,適宜CT等の必要な検
査を行った上で,複数の医師が合議しながらその治療方針を慎重に決定している
のであって,ただ漫然とCの症状を見守っていたのではない。イレウスの治療に
当たって,保存的治療を選択するか手術を選ぶかの判定は,しばしば難しく,単
純性イレウスか絞扼性イレウスかを決定する確実な方法がいまだ存しないことに
加え,前記のとおりCのイレウスが非典型的な臨床症状であったことに照らし,
多数回の開腹手術を行うことにより,さらなる腸管癒着の憎悪を引き起こす結果
を避けなければならないほか,イレウスに対しては,可及的速やかに保存的治療
を行うべきとする外科治療の常識に裏打ちされた明確な根拠が存在することから
すれば,基本的にその治療方法選択については,控訴人病院の医師らに医学的見
解及び医師の経験に基づく広い裁量が認められる。更に,病態は絶えず変化する
ものであって,いったん幾つかの数値が高値を示したとしても,その後再び低下
することもあり得るのであるから,本件の手術時期の判断は,医師の合理的な裁
量の範囲内として許される。
 5 原判決10丁表9行目から11丁表1行目までを次のとおり改める。
 (二) Cに,術後の3月3日,胸部レントゲンで肺水腫の像が認められるが,
これは輸液過剰に起因するものである。控訴人は,この時点で敗血症が発症した
と主張するが,当時の検査データによって判断されるCの状態は,Cが緊急開腹
手術を受けた時点とそれほど変わらないことが認められるところから明らかなよ
うに,これだけで敗血症と診断することはできず,更に敗血症と確定診断するた
めには,細菌によって感染されていること,すなわち,血中内にエンドトキシン
が存在することが確認されなければならないが,この検査は,3月16日以外に
は実施されていない。したがって,この時点では,敗血症の発症の確定診断はで
きない。
 (三) その後,利尿剤の投与により,Cの全身状態は,いったん快方に向かっ
ていたが,同月6日,ダグラス窩に留置したドレーンより多量の緑茶色の排液
(腸液)が,認められるようになり,この時点で縫合不全が臨床的に明らかとな
った。小腸縫合不全による腸液漏出においては,大腸と異なり,自然治癒は望め
ないことが多いので,吻合部より口側の回腸に,又は縫合不全部に係蹄式人工肛
門を造設して腹膜炎手術を実施する必要がある。控訴人は,再手術によるリスク
が高く,Cが約2時間の侵襲に耐えうる状態ではなかったと主張する。しかしな
がら,Cの検査データは,少なくとも当時のCの病状が再手術を断念しなければ
ならないほど悪化していなかったことを表している。臨床的に縫合不全が明らか
となった3月6日の時点で,血圧の収縮期の値は,100前後で70以下に下が
ったことはない。ヘモグロビンの値も3月6日で10.6mg/dlで7mg/dl以上あり
貧血状態ではない。BUNも19.3 mg/dlと70mg/dl以下で腎不全の状態では
ない。FDPの値も,20μg/mlと70μg/ml以下である。体温は高いときで
も39℃で概ね38℃台であるし,CVPの値も高い時で10cmHOで17cmHO以
上にはなっていない。Plt(血小板数)については,11500と17000
以下となっているが,これは血小板輸血によって改善することができ,現に7日
に血小板輸血がなされ8日には,19000まで上昇している。重症感染症につ
いては,3月16日にのみエンドトキシン検査が行われているが,その時点18.
4Pg/mlであるから,敗血症が発症していなかった3月6日の時点で17Pg/mlを上
回っていたとは考えられない。血漿PHも7.4以上で7.3以下にはなっていな
い。T.Bilの値も1.1で7以下である。
 (四) そして,同月8日には,正中創からの多量の便汁のもれを認め,同月9
日には,腸内容物が正中創から漏出し,ダグラス窩からのドレーンの排出が止ま
ったことが認められたにもかかわらず,控訴人病院の担当医師は,被控訴人Dに
対し,腹腔内の感染が改善しないこと,循環動態が不安定になりつつあると説明
しながら,快方に向かうかどうかはこの先3日間の経過いかんによるとして,保
存治療のまま,経過観察を継続するという誤った措置を選択した。
 (五) 更に,本件患者が播種性血管内凝固症候群(以下「DIC」という。)
の状態に陥ったのは,3月11日であり,敗血症性ショックの症状が現れたのは
3月9日であるから,縫合不全の徴候が出現した3月6日から8日までに再手術
を行っていれば,成功していた可能性が高かったと認められる。したがって,控
訴人病院の担当医師は,縫合不全が起こった3月6日から,ドレーンからの排出
が止まりその有効性に疑問を抱く事態に至った3月9日の時点までに再手術を実
施すべきであり,これによってCが救命できた可能性が認められる以上,この点
においても,担当医師の過失は認められる。
 6 原判決12丁裏11行目の後に改行して次のとおり付加する。
 (四) ダグラス窩からは1日に100ml以上も排液されており,左右側腹部か
らも,相当量が排出していたのであって,適正ドレナージのゆえに縫合不全が早
期に診断できたのであるから,腹腔ドレナージは有効に機能していた。
 (五) 一般的には,小腸縫合不全による腸液漏出においては,大腸とは異な
り,自然治癒は望めないことが多いので,吻合部より口側の回腸に,又は縫合不
全部に係蹄式人工肛門を造設して,腹膜炎手術を実施する。しかしながら,本症
例では,敗血症やDIC傾向に対する早期治療にもかかわらず,それらが存続し
ており,Cは,このために必要な約2時間の手術侵襲に耐えうる状態ではなかっ
た。
 (六) Cには,縫合不全の発症(3月6日)前に絞扼性イレウスによる敗血症
(3月3日)があった。すなわち,3月2日の腹水には病的細菌が検出されてい
るし,また,切除腸管の顕微鏡所見からも,絞扼性イレウスによる急性腹膜炎が
存在して,敗血症になる原因があった。更に,3月4日の皮下創には病的細菌が
検出されている。したがって,Cに対し,縫合不全の発症後,早期に再開腹手術
を行っていても,早期開腹術による救命の可能性がより高かったとは認め難い。
また,Cに発症した敗血症の症状が軽快しなかったのは,3月9日に敗血症が再
発した後,多臓器不全(MOF)に陥り,3月18日の死亡に至るまで,重症化
に打ち克つだけの抵抗力に乏しかったためである。敗血症の治療は原因菌に対す
る抗菌療法と,感染巣に対する局所療法と,SIRSの病態に対する全身治療で
あって,本症例ではそのいずれも実施されたが,病態の進行の方が早く,反応す
るべき体力が消耗しきっていたと推測される。例えば,通常,若い成人では大量
輸液に耐えられるのに,Cは,短い日時で肺水腫を起こしている。FOY,アン
スロビンP,ガンマベニンなどの早期使用にもかかわらず,また,血漿交換まで
したのに,縫合不全,DIC,MOFの悪循環を打破できなかったことは最新医
学の及ばざるところである。
 (七) いずれにしても控訴人病院医師らに術後の縫合不全等に対する措置に不
適切な対応は存しない。
第3 争点に対する判断
 1 絞扼性イレウスの診断と処置について
   原判決13丁裏8行目から16丁裏10行目までに同じであるから,これ
を引用する。
 2 Cの症状経過について
   次のとおり付加・訂正するほかは,原判決17丁表1行目から19丁裏5
行目までと同じであるから,これを引用する。
 (1) 17丁表2行目の「一五」の後に「,16の1・2,18ないし26」
と,「E」の後に,「,鑑定(当審)」と付加する。
 (2) 原判決17丁表3行目の「1」を「(1)」と,同丁表9行目の「2」を
「(2)」と,18丁表1行目の「3」を「(3)」と,同丁裏9行目の「4」を
「(4)」とそれぞれ改める。
 (3) 原判決19丁表7行目の「腹部に」から9行目の「手術となった。」まで
を「E医師,F医長,G医長らが協議して緊急手術することとなった。その後,
午後7時頃,Cの腹部に筋性防御とブルンベルグ徴候(腹膜に炎症が及んでいる
ことを示す)が出現した。」と改める。
 (4) 原判決19丁表10行目から同丁裏4行目までを次のとおり改める。
 (5) Cは,3月1日午後7時頃,手術室に到着し,午後7時15分頃より麻酔
を開始した。手術は,F医長,E医師及びH医師の3人により,午後7時37分
頃から開始し,翌2日午前0時30分頃終了した。
 (6) 担当医師らは,開腹した後,Cの小腸及び小腸間膜には著しい発赤,浮腫
を認め,回腸末端付近にも変色,浮腫の強い部位が約10cmにわたって存する
のを認めた。更に,腸管を引き出し,腸全体を観察し,回腸は回腸末端より5
cmの部位で腸間膜を中心に捻転を生じ,同部より口側数cmのところでも別の捻転
が生じているのを認めた。捻転した腸間膜の根部には癒着性の索状物も確認で
き,同部には外の小腸部位が癒着し,約50cmにわたり腸管が一塊となってい
た。担当医師らは,捻転を起こしていた腸管壁は暗赤色を呈していたことなどか
ら,Cは絞扼性イレウスであると診断した。そこで,担当医師らは,小腸の癒着
を剥離し,捻転を解除したところ,絞扼されていた回腸は回腸末端より約20
cmにわたる腸管を除いて色調が改善された。色調の改善しない部分は切除し,回
腸と回腸を端々吻合させた。また,一塊となった小腸にメッケル憩室と思われる
憩室を認め,同部から索状物が延びているため,この憩室も癒着の一因になって
いると診断し,憩室を含む回腸壁も併せて同時に部分切除した。最後に,腹腔内
を生理食塩水により十分に洗浄した後,ドレーンを左右側腹部,ダグラス窩に置
き閉腹した。
 (7) 担当医師らは,Cの腹腔内には血性腹水が貯留していたことから,腹水の
一部を採取し,細胞診と細菌培養検査を行った。後日,細胞診はクラス2と判定
されて悪性所見が存せず,細菌培養検査ではクレブジエラとエンテロバクタを少
数認めたとの結果が得られた。
 (8) 3月2日
   午前1時35分頃,麻酔が終了され,抜管されて,午前2時頃,Cは,集
中治療室(ICU)に収容された。収容時,Cの意識は清明であり,血圧は収縮
期100/拡張期55mmHg,心拍数は毎分110,酸素マスク(毎分3l)にて動
脈血酸素飽和度(SaO2)は98%であり.全身状態は良好であった。DICの
予防のため,メシル酸ガベキセート(FOY)の静脈内投与を開始した。Cから
創痛の訴えはなく,呼吸状態も安定していたため,午前10時頃,酸素吸入が中
止された。ドレーンからの排液は多いが汚濁は認められなかった。
 (9) 3月3日
   Cは,早朝は落ちついており,安静に睡眠していたが,午前6時頃より血
圧の低下(最高血圧70ないし80mmHg),心拍数の増加(毎分140前後)が
生じ,尿量も減少するとともに,頻呼吸となり,動脈血液ガスでは酸素分圧が6
5mmHg水銀柱に低下した。そのため,Cに対し,午前10時頃,酸素マスク(毎
分3l)が再開されるとともに,循環血漿量を確保するためプラスマネート・カッ
ター(加熱人血漿蛋白製剤)が投与された。胸部レントゲンでは,肺水腫の像が
認められ,中心静脈圧も15mmHgに上昇していた。担当医師は,Cに対し,午後
6時頃,循環動態の正確な把握のため,スワンガンツ・カテーテルを肺動脈まで
挿入した。測定の結果,心拍出量は毎分8.6lと良好であったが,末梢血管抵抗
が低下しており,敗血症性ショックと診断された。そこで,担当医師は,Cに対
し,昇圧剤としてノルアドレナリン,利尿剤としてラシックス及びマンニゲンを
投与し,抗ショック療法を開始した。その結果,Cの最高血圧は100mmHgまで
回復し,心拍数も毎分120台に低下し,尿量も確保された。
 (10) 3月4日
    Cに対するノルアドレナリンの投与は続行され,心拍数は毎分120
台,血圧は少し上昇して100mmHgを維持していた。酸素吸入(毎分10l)も継
続されていたが,夕方には呼吸状態も良くなり,酸素投与量は毎分3lまで減少さ
れた。なお,この時点においても,Cに,胸部レントゲン像では肺水腫の所見が
認められた。なお,皮下ドレーンから採取された膿から,病的細菌が検出された
ことが,3月11日に判明した。
 (11) 3月5日
    Cは,未明,「呼吸が楽になった」と話すほどに回復し,循環,呼吸状
態も落ち着いてきた。
    Cのダグラス窩に留置したドレーンの排液が膿性に変化してきたため,
担当医師は,腹腔内感染を疑って,腹部CT検査を行ったが,腹腔内に膿瘍はな
かったため,腹腔内のドレナージは良好であると判断した。なお,胸部レントゲ
ン検査では,心拡大及び肺水腫の所見が依然として認められた。一方,心拍出量
及び末梢血管抵抗は正常化し,中心静脈圧も8ないし9mmHgに低下していた。
 (12) 3月6日
    Cのダグラス窩に留置したドレーンより多量の緑茶色の排液が認められ
たが,腸液は腹腔内に貯留せずよく体外に排出されていた。Cの循環,呼吸状態
が改善してきたので,ノルアドレナリンの減量を図った。夜間,Cは,不穏状態
が強く,鎮静剤としてセレネースを投与した。
 (13) 3月7日
    Cの循環動態は安定していたため,午前8時頃,ノルアドレナリンの投
与が中止された。終日,Cの呼吸,循環動態が比較的安定していたため,スワン
ガンツ・カテーテルが抜去された。ダグラス窩ドレーンから腸液の排出はなお続
いていたので,担当医師は,腹腔内感染を疑い,抗生物質の投与も実施した。血
小板数が1ml中8万と低下してきたので,血小板30単位を輸注した。
 (14) 3月8日
    Cに,午後2時頃,頻脈が出現した。輸液が増量され,ノルアドレナリ
ンの投与が再開された。手術創が?開し,大量の混濁した腹水が流出した。頻回に
発熱(39℃前後)も認められたため,担当医師は,Cが再び敗血症性ショック
に陥ったと考えた。このころ,Cはせん妄状態となり,控訴人病院精神科医師I
の診察を受けた。
 (15) 3月9日
    ノルアドレナリンの増量と輸液の増量により,Cの心拍数は減少してき
たが,手術創からの便汁様の腹水の流出が増加し,ダグラス窩ドレーンからの排
液が減少してきた。そこで,腹部CT検査が施行されたが,腹腔内に膿瘍は認め
られなかったため,担当医師は,腹腔内のドレナージは良好であると判断した。
Cに対し,午後4時頃,循環動態の正確な把握のため,再度,スワンガンツ・カ
テーテルが挿入された。
    F医長,E医師及びH医師は,午後7時頃よりCの呼吸状態が悪化した
ので,被控訴人Jらに対し,手術の所見を含めてこれまでの経過を詳細に説明
し,被控訴人Jらの了解を得て,Cに対し,気管内挿管を施行し人工呼吸を開始
した。
 (16) 3月10日
    Cの循環動態はやや安定し,呼吸状態は人工呼吸器の補助下において,
おおむね安定していた。創部からの腸液の流出は依然として多量に認められた。
 (17) 3月11日
    Cの血小板数が1ml中5万に低下したため,担当医師は,CのDICが
悪化したと考え,血小板を30単位輸注するとともにヘパリン(血液凝固阻止
剤)を投与した。胸部レントゲン検査では成人呼吸頻拍症候群(以下「ARD
S」という。)様の像が見られた。その後,Cの血圧がやや低下したので,カテ
コラミン(血圧上昇,心不全の治療薬の総称)を増量した。
 (18) 3月12日
    Cは,DICが続くとともに,出血傾向が出現し,腹壁?開創より出血が
見られた。呼吸は,呼吸器の補助にて維持できていた。血液によるカンジテック
検査(真菌を検出する検査)の結果,陽性であったので,担当医師は,真菌感染
症の合併を考えた。
 (19) 3月13日
    担当医師が,ガーゼ交換時に腹壁?開創より,腹腔内を観察したところ.
腸管の色調は正常であり,肉眼的には小腸の循環障害は見られなかった。
 (20) 3月14日
    Cの血小板数が1ml中3.3万と低下してきたため,再度,血小板が輸注
された。創部より出血があり,発熱も持続した。血清ビリルビンが上昇し,肝機
能の低下が認められた。
 (21) 3月15日
    Cの呼吸状態には変化はなかったが,循環動態は不安定であり,前日ま
で維持されていた毎分120前後の心拍数が,毎分90台に低下することがあっ
た。血清ビリルビンは1dl中9.9mgと更に上昇した。
 (22) 3月16日
    Cは,手術創からの出血が増量し,貧血が更に進行したため,新鮮血が
輸血された。この日は血清ビリルビンが1dl中19.9mgと上昇したため,被控訴
人Jの承諾を得たのち,血漿交換が施行された。3月11日に採取した創部から
の排液及び便からは,メチシリン耐性ブドウ球菌(以下「MRSA」という。)
が検出されたとの報告がなされた。
 (23) 3月17日
    血圧の低下があり,血行動態が不安定になるとともに,呼吸状態の悪化
も見られた。手術創より多量の出血が存したほか,発熱も持続し,感染の改善は
認められなかった。
 (24) 3月18日
    Cの動脈血ガスデータは朝から更に悪化し,血圧はノルアドレナリンを
投与しても維持できなかった。気道内出血が出現し,尿量も減少,MOFが進行
した。午後1時頃,Cが心停止したため心マッサージを行った結果,いったん蘇
生したが,Cは,午後2時2分に死亡した。
 3 控訴人病院担当医師らに,絞扼性イレウス診断の遅れと適切な治療の懈怠
があったか否か(争点1)について
 (1) 絞扼性イレウスの発症及び完成の時期について
   証拠(乙1,16の1・2,18,鑑定(当審))によれば,Cの切除さ
れた回腸の組織学的(顕微鏡観察)所見は,① 最も変色の著しかった肛門側断
端部分,口側断端部分,粘膜が粗慥な部分の3箇所のいずれの部分にも粘膜が認
められ,肛門側断端部分及び口側断端部分の粘膜層は正常よりも背が低いが,粘
膜が粗慥な部分の粘膜の背丈はほぼ正常である,② 肛門側断端部分及び口側断
端部分においては粘膜下層に浮腫あるいは血管拡張が認められたが,出血は認め
られておらず,粘膜が粗慥な部分においてはこのような所見は極めて軽微であっ
た,③ 肛門側断端部分には虚血変化は認められるが,3箇所いずれの組織にも
壊死組織は認められないというのであるから,組織学的所見上,切除された消化
管(回腸)は阻血後1時間前後の回腸であると認められる。また,証拠(乙1,
鑑定(当審))によれば,Cには,3月1日午後2時になって初めて,37.5℃
を超える発熱と頻脈が出現していること,午後7時には筋性防御とブルンベルク
徴候を医師が確認していることが認められる。以上によれば,3月1日午後2時
頃から絞扼が開始され,腸管阻血状態が徐々に進行し始め,その後午後7時頃絞
扼が完成されたと推認できる。
 (2) 開腹手術を決定した時期は適切であったか否かについて
   前記認定のとおり,開腹手術は午後7時37分頃開始されたものであり,
絞扼完成後の極めて短時間のうちになされたものであって,しかも虚血腸管の範
囲は約10cmと短いこと,Cに腹部所見が発現する以前に緊急手術することを決
定していることからすると,控訴人病院の医師らが手術を決定した時期は,通常
の絞扼性イレウスの手術適応手順と比べて逸脱しているとは認められない。
   ところで,被控訴人らは,控訴人病院の担当医師は,超音波検査などを行
わなかったために,絶対的な手術適応となるブルンベルグ徴候,筋性防御の発現
まで,手術を決定し得なかったものと考えられ,超音波による所見,とりわけ腹
水の性状とケルクリング皺襞の不明瞭化,消失といった所見の有無が明らかにさ
れなかった結果,手術の決定時期を遅らせたこととなったと主張する。確かに,
担当医師らにおいて,Cの腹部超音波検査をしたと認めるに足りる証拠はない。
しかしながら,当審鑑定の結果によれば,腹部超音波検査は腸管の蠕動,拡張,
浮腫の程度や腹水の有無を見るのに有用ではあるが,CTや理学所見などほかの
検査で代用しうること及び控訴人病院の担当医師は,その他の必要な検査を行っ
ていることが認められ,腹部超音波検査をしなかったことによって,手術の決定
時期が遅れたものと判断することはできない。
   なお,当審鑑定の結果によれば,腹水検査によって,血性腹水が採取され
れば,絞扼性イレウスの確定診断の参考にはなるが,必ずしも有効ではなく,腹
水採取のための穿刺針が血管や腸管を誤って突くリスクがあることが認められ,
控訴人病院の担当医師が腹水検査をしなかったことをもって,過失と断じること
はできず,また,これによって,手術時期の決定が早まった可能性は低いという
べきである。
   被控訴人らは,Cに対する開腹手術が,腸管切除しなければならなくなる
前に実施できた場合,救命できた可能性がより高かったと主張する。しかしなが
ら,これを認めるに足りる証拠はなく,かえって,当審鑑定の結果によれば,一
般に,絞扼性イレウスは急性のものであり,絞扼性イレウスが完成して12時間
以内に手術できればよいことが認められ,前記認定のとおり,Cに腸管壊死が生
じていなかったことを併せ考えると,Cに対する開腹手術が,腸管切除しなけれ
ばならなくなる前に実施できたとしても,救命の可能性が高かったと判断するこ
とはできない。なお,当審鑑定の結果によれば,本件の場合,むしろ縫合不全や
DICなどの全身状態の方が救命・致死に関係していることが認められる。
 4 控訴人病院担当医師らに縫合不全を招いた過誤とこれに対する適切な措置
の遅れがあったか否か(争点2)について
 (1) 手術時の縫合操作は適切であったか否か。
   前記認定の事実によれば,Cの小腸吻合部に縫合不全が生じていることは
認められるが,その原因が手術時の縫合操作の不備にあったと認めるに足りる証
拠はない。かえって,前記認定のとおり,手術直後のドレーンからの排液に汚濁
が認められなかったことから,縫合操作は適切であったことが裏付けられてお
り,証拠(乙18,当審鑑定の結果)によれば,縫合操作の手法自体も,適正で
あったこと及び縫合不全が生じたのは,吻合部局所だけでなく全身的にも循環動
態不良に陥り,また,腹腔内感染症が吻合部の炎症や浮腫を増長させたからであ
ると認められる。
   なお,被控訴人らは,小腸を吻合せず,人工肛門を増設しておれば,縫合
不全も防止でき,Cが敗血症になることもなかったと主張するが,前記認定のと
おり,縫合不全自体が,感染症により引き起こされたものであり,また,手術の
際に採取されたCの腹水に,病的細菌が存在していたのであるから,小腸を吻合
しなくても,Cが敗血症になった可能性も高かったものと認められる。
 (2) Cに対し,早期に再開腹手術をしていれば,救命できた可能性が高かった
といえるか否か。
  ア 被控訴人らは,3月6日の時点で,Cの縫合不全が臨床的に明らかにな
ったところ,その時点から3月9日に正中創から多量の便汁のもれが認められる
まで,Cの病状は,再手術に耐えられないほど悪くはなかったのであり,小腸縫
合不全による腸液漏出においては,自然治癒は望めないことが多いのであるか
ら,3月6日から3月8日までに再開腹手術をすべきであったと主張する。確か
に,当審鑑定の結果によれば,小腸縫合不全による腸液漏出においては,自然治
癒は望めないことが多いことが認められるが,一方,前記認定の事実及び当審鑑
定の結果によれば,Cは,3月3日に最初の敗血症ショックに陥り,その後敗血
症の治療が続けられたにもかかわらず,敗血症が治癒することはなかったのであ
るから,3月8日までに再開腹手術を行っていたとしても,同様の経過をたどっ
て,Cが死亡した可能性も高く,被控訴人らのこの点の主張は理由がない。
    なお,被控訴人らは,3月3日のCの症状は,敗血症ショックではな
く,輸液過剰による肺水腫によるものであると主張する。しかしながら,前記認
定のとおり,手術時に採取された腹水や,3月4日に採取された膿に病的細菌が
認められたことに加え,当審鑑定の結果によれば,前記認定の3月3日における
Cの検査データは,全身性炎症性反応症候群の診断基準を満たしていることが認
められる。
  イ 被控訴人らは,平成6年3月9日にダグラス窩のドレーンからの排出が
止まって,本件ドレナージが有効に機能しなくなったのであるから,この時点で
再開腹手術をして,ドレーンを設置し直すべきであったと主張する。確かに,前
記認定のとおり,腸内容物が正中創から漏出し,ダグラス窩からのドレーンの排
出が減少したことが認められる。しかしながら,当審鑑定の結果によれば,一般
に複数のドレーンが留置されている場合には,一つが詰まったら近くにあるほか
のドレーンから排出するのが普通であって,複数ドレーンが同時に閉塞すること
は極めてまれであることが認められる上,前記認定のとおり,腹部CT検査の結
果,Cの腹部に膿瘍が認められなかったのであるから,本件ドレナージが有効に
機能していたものと認められる。したがって,ドレーンを設置し直すために再開
腹手術をする必要性があったものと判断することはできない。
  ウ 当審鑑定によれば,一般的に,小腸縫合不全による腸液漏出において
は,大腸とは異なり,自然治癒は望めないことが多いので,吻合部より口側の回
腸に,又は縫合不全部に係蹄式人工肛門を造設して,腹膜炎手術を実施すること
になるものであるが,本件の場合,Cは,敗血症やDIC傾向に対する早期治療
にもかかわらず,それらが存続しており,このために必要な約2時間の再開腹手
術による手術侵襲に耐えうる状態ではなかったものと認められる。
  エ その他,控訴人病院担当医師らに縫合不全を招いた過誤とこれに対する
適切な措置の遅れがあったと認めるに足りる証拠はない。
 5 以上によれば,被控訴人らの請求はいずれも理由がない。
 6 よって,原判決中,控訴人敗訴部分を取り消し,被控訴人らの請求をいず
れも棄却することとし,主文のとおり判決する。
    広島高等裁判所第4部
        裁判長裁判官    草   野   芳   郎
           裁判官    廣   永   伸   行
           裁判官    山   口   浩   司

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