弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。
     第一審判決中上告人敗訴の部分を取り消す。
     前項の取消部分に関する被上告人の請求を棄却する。
     第一項の破棄部分に関する被上告人の附帯控訴を棄却する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人菊池信男、同森脇勝、同金子泰輔、同小林義弘、同大田黒昔生、同中
山弘幸、同山口晴夫、同山田文夫、同澤村佳夫、同富山聡、同森幸夫の上告理由に
ついて
 一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 被上告人は、爆発物取締罰則違反等により起訴され、昭和五〇年七月から東
京拘置所(以下「拘置所」といい、その長を「所長」という。)に勾留されている
が、昭和五四年一一月一二日第一審で死刑の判決を、昭和五七年一〇月二九日控訴
審で控訴棄却の判決を受けた。
 2 被上告人は、昭和五八年四月一四日、岩手県に居住するDと養子縁組をした。
右養子縁組は、死刑廃止運動に賛同したDが被上告人を自己の養子にしたいと決意
しその旨を申し入れたことから成立した。したがつて、被上告人とE一家とは従前
生活を共にしたことはないが、それぞれが可能な範囲・方法で接触を保つように努
力しており、現にD及びその長女Eは何回となく被上告人に面会に来ていた。
 3 ところで、従来、拘置所では、在監者と一四歳末満の者(以下「幼年者」と
いう。)との面会をかなり広く認めていた。しかし、昭和五三年後半ころ、特定の
事件の支援者らが、子供を同伴した上在監者と接見し、その後子供と共に拘置所内
でシュプレヒコール等をしたので、拘置所側がこれを排除しようとしたところ、子
供の身体に危険が生じたことがあった。そこで、拘置所は、そのころから在監者と
幼年者との面会を全面的に禁止した。昭和五四年八月二日、拘置所は、この取扱い
を改め、在監者と幼年者との面会は、(ア) 在監者の処遇上必要がある場合、及
び、(イ) 勾留が長期にわたっていること、面会の相手が在監者の実子であるこ
と、進学、進級等子供の教育上必要があるか配偶者の病気、入院等子供の成育上必
要があるなど特別の事情があること、年二回程度であることという条件をすべて具
備した場合、にのみこれを許可することとした。そして、同日以降この取扱いが定
着し、幼年者との面会を希望する在監者は、事前に所長に対し面会の許可の申請を
している。
 4 被上告人は、養子縁組の成立前からEの長女F(昭和四八年八月二六日生)
と文通をしていたので、何回となく所長に対しFとの面会の許可申請をし、その申
請書に被上告人とFとの関係、被上告人がFに面会したい理由等を記載したが、毎
回不許可となった。被上告人は、昭和五八年五月三〇日、同年四月二七日にしたF
との面会許可申請が不許可となったので、その取消しを求めて法務大臣に情願書を
提出し、D、E及びFは、所長に上申書を提出するなどした。
 5 被上告人は、昭和五九年四月二七日、所長に対し、Fとの面会の許可の申請
をしたところ、所長は、翌二八日監獄法施行規則(以下「規則」という。)一二〇
条によりこれを許可しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をし、同年五月
二日被上告人に対し本件処分を告知した。
 そして、Fは同月四日、七日母Eと共に所長に対し当時未決勾留中であった被上
告人との面会の許可の申請をしたが、所長はFと被上告人との面会を許さなかった。
 二 右事実関係の下において、原審は、所長のした本件処分につき裁量権の範囲
を超え又はこれを濫用した違法があり、かつ、国家賠償法一条一項にいう「過失」
があると判断した上、被上告人の請求のうち慰謝料五万円及びこれに対する昭和五
九年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求め
る部分を認容した第一審判決を相当であるとして控訴を棄却し、かつ、被上告人の
附帯控訴に基づき弁護士費用一万円の支払請求を認容し、その余の請求を棄却した。
 三 しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次
のとおりである。
 1 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的と
して、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものである。そして、未決勾留
により拘禁された者(以下「被勾留者」という。)は、(ア) 逃亡又は罪証隠滅
の防止という未決勾留の目的のために必要かつ合理的な範囲において身体の自由及
びそれ以外の行為の自由に制限を受け、また、(イ) 監獄内の規律及び秩序の維
持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合に
は、右の障害発生の防止のために必要な限度で身体の自由及びそれ以外の行為の自
由に合理的な制限を受けるが、他方、(ウ) 当該拘禁関係に伴う制約の範囲外に
おいては、原則として一般市民としての自由を保障される(最高裁昭和四〇年(オ)
第一四二五号同四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇号一四一〇頁、同昭
和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三
頁参照)。
 2 ところで、被勾留者の接見に関する法律の定めは、次のとおりである。
 (一) 刑事訴訟法八〇条は、勾留されている被告人は弁護人等同法三九条一頃に
規定する者以外の者と法令の範囲内で接見することができるとしている。
 (二) そして、監獄法(以下「法」という。)四五条一頃は、「在監者ニ接見セ
ンコトヲ請フ者アルトキハ之ヲ許ス」と規定し、同条二項は、「受刑者及ビ監置ニ
処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者ト接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要ア
リト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定し、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者」
以外の在監者である被勾留者の接見につき許可制度を採用することを明らかにした
上、広く被勾留者との接見を許すこととしている。
 右に前記1で説示したところを併せ考えると、被勾留者には一般市民としての自
由が保障されるので、法四五条は、被勾留者と外部の者との接見は原則としてこれ
を許すものとし、例外的に、これを許すと支障を来す場合があることを考慮して、
(ア) 逃亡又は罪証隠滅のおそれが生ずる場合にはこれを防止するために必要か
つ合理的な範囲において右の接見に制限を加えることができ、また、(イ) これ
を許すと監獄内の規律又は秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ず
る相当の蓋然性が認められる場合には、右の障害発生の防止のために必要な限度で
右の接見に合理的な制限を加えることができる、としているにすぎないと解される。
この理は、被勾留者との接見を求める者が幼年者であっても異なるところはない。
 (三) これを受けて、法五〇条は、「接見ノ立会:::其他接見‥‥‥ニ関スル
制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、命令(法務省令)をもって、面会の立会、
場所、時間、回数等、面会の態様についてのみ必要な制限をすることができる旨を
定めているが、もとより命令によって右の許可基準そのものを変更することは許さ
れないのである。
 3 ところが、規則一二〇条は、規則一二一条ないし一二八条の接見の態様に関
する規定と異なり、「十四歳末満ノ者ニハ在監者ト接見ヲ為スコトヲ許サス」と規
定し、規則一二四条は「所長ニ於テ処遇上其他必要アリト認ムルトキハ前四条ノ制
限ニ依ラサルコトヲ得」と規定している。右によれば、規則一二〇条が原則として
被勾留者と幼年者との接見を許さないこととする一方で、規則一二四条がその例外
として限られた場合に監獄の長の裁量によりこれを許すこととしていることが明ら
かである。しかし、これらの規定は、たとえ事物を弁別する能力の夫発達な幼年者
の心情を害することがないようにという配慮の下に設けられたものであるとしても、
それ自体、法律によらないで、被勾留者の接見の自由を著しく制限するものであっ
て、法五〇条の委任の範囲を超えるものといわなければならない。
 原審は、規則一二〇条(及び一二四条)は幼年者の心情の保護を目的とするもの
であり、これに対する具体的な危険を避けるために必要な範囲で監獄の長が幼年者
と被勾留者との接見を制限することを認めた規定であるという限定的な解釈を施し
た上、法はそのような制限を容認していると解する余地があるとして、右各規定が
法五〇条の委任の範囲を超え、無効であるということはできないと判断した。しか
し、前記のとおり、被勾留者も当該拘禁関係に伴う一定の制約の範囲外においては
原則として一般市民としての自由を保障されるのであり、幼年者の心情の保護は元
来その監護に当たる親権者等が配慮すべき事柄であることからすれば、法が一律に
幼年者と被勾留者との接見を禁止することを予定し、容認しているものと解するこ
とは、困難である。そうすると、規則一二〇条(及び一二四条)は、原審のような
限定的な解釈を施したとしても、なお法の容認する接見の自由を制限するものとし
て、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものというほかはない。
 そうだとすれば、規則一二〇条(及び一二四条)は、結局、被勾留者と幼年者と
の接見を許さないとする限度において、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のもの
と断ぜざるを得ない。
 4 以上によって本件をみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被上告人
とFとが接見したとしても、(ア) 被上告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれ
が生ずるとも、(イ) 監獄内の規律又は秩序が乱されるおそれが生ずるとも認め
られないというのであるから、所長は、法四五条の趣旨に従い、被上告人とFとの
接見を許可すべきであったといわなければならない。ところが、所長は、本件処分
をし、これを許可しなかったのであるから、本件処分は法四五条に反する違法なも
のといわなければならない。
 これと異なる見解に立つ上告理由第一点は、採用することができない。
 5 そこで、進んで、国家賠償法一条一頃にいう「過失」の有無につき検討を加
える。
 思うに、規則一二〇条(及び一二四条)が被勾留者と幼年者との接見を許さない
とする限度において法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自
体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。しかし、規則一二〇条
(及び一二四条)は明治四一年に公布されて以来長きにわたって施行されてきたも
のであって(もっとも、規則一二四条は、昭和六年司法省令第九号及び昭和四一年
法務省令第四七号によって若干の改正が行われた。)、本件処分当時までの間、こ
れらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上
とりたてて問題とされたこともなく、裁判上これが特に論議された本件においても
第一、二審がその有効性を肯定していることはさきにみたとおりである。そうだと
すると、規則一二〇条(及び一二四条)が右の限度において法五〇条の委任の範囲
を超えることが当該法令の執行者にとって容易に理解可能であったということはで
きないのであって、このことは国家公務員として法令に従ってその職務を遂行すべ
き義務を負う監獄の長にとっても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のような
ことを予見し、又は予見すべきであったということはできない。
 本件の場合、原審の確定した事実関係によれば、所長は、規則一二〇条に従い本
件処分をし、被上告人とFとの接見を許可しなかったというのであるが、右に説示
したところによれば、所長が右の接見を許可しなかったことにつき国家賠償法一条
一項にいう「過失」があったということはできない。
 上告理由第二点は、所長に国家賠償法一条一頃にいう「過失」がなかったことを
主張する限りにおいて理由がある。
 6 以上によれば、前記のとおり被上告人の請求を一部認容すべきものとした原
審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法が原判決の結論に影
響を及ぼすことは明らかである。そして、右に説示したところによれば被上告人の
請求は理由がないから、原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、第一審判決中上告人
敗訴の部分を取り消した上、右取消部分に関する被上告人の請求を棄却し、かつ、
右破棄部分に関する被上告人の附帯控訴を棄却すべきである。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    可   部   恒   雄

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