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裁判例


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主文
1本件訴えのうち,厚生労働大臣が原告p7及び原告p8に対してそれぞれ別
紙2処分目録「不認定疾病」欄記載の疾病につき原子爆弾被爆者に対する援護
に関する法律11条1項の規定による認定をすることの義務付けを求める部分
を却下する。
2厚生労働大臣が原告p1,原告p2,原告p4,原告p5,原告p6及び原
告p9に対してそれぞれ別紙2処分目録「処分日」欄記載の日付けでした原子
爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による認定の申請を却
下する処分をいずれも取り消す。
3厚生労働大臣は,原告p1,原告p2,原告p4,原告p5,原告p6及び
原告p9に対し,それぞれ別紙2処分目録「申請疾病」欄記載の疾病につき原
子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による認定をせよ。
4厚生労働大臣が原告p7及び原告p8に対してそれぞれ別紙2処分目録「処
分日」欄記載の日付けでした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条
1項の規定による認定の申請を却下する処分のうち,同目録「認定疾病」欄記
載の疾病に係る部分をいずれも取り消す。
5厚生労働大臣は,原告p7及び原告p8に対し,それぞれ別紙2処分目録「認
定疾病」欄記載の疾病につき原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条
1項の規定による認定をせよ。
6原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
7訴訟費用は,原告p1に生じた費用の2分の1と被告に生じた費用の20分
の1を同原告の負担とし,原告p2に生じた費用の2分の1と被告に生じた費
用の20分の1を同原告の負担とし,原告p3に生じた費用全部と被告に生じ
た費用の20分の1を同原告の負担とし,原告p4に生じた費用の2分の1と
被告に生じた費用の20分の1を同原告の負担とし,原告p5に生じた費用の
2分の1と被告に生じた費用の20分の1を同原告の負担とし,原告p6に生
じた費用の2分の1と被告に生じた費用の20分の1を同原告の負担とし,原
告p7に生じた費用の3分の2と被告に生じた費用の10分の1を同原告の負
担とし,原告p8に生じた費用の3分の2と被告に生じた費用の10分の1を
同原告の負担とし,原告p9に生じた費用の2分の1と被告に生じた費用の2
0分の1を同原告の負担とし,その余の全費用を被告の負担とする。
事実及び理由
第1章請求
第1第1事件,第2事件,第4事件から第6事件まで及び第9事件
1主文2項及び3項と同旨
2被告は,原告p1,原告p2,原告p4,原告p5,原告p6及び原告p9
に対し,各300万円及びこれに対する別紙3損害賠償請求目録「請求の趣旨
変更申立書送達日」の各該当欄記載の日の翌日から支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
第2第7事件及び第8事件
1厚生労働大臣が原告p7及び原告p8に対してそれぞれ別紙2処分目録「処
分日」欄記載の日付けでした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条
1項の規定による認定の申請を却下する処分をいずれも取り消す。
2厚生労働大臣は,原告p7及び原告p8に対し,それぞれ別紙2処分目録「申
請疾病」欄記載の疾病につき原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条
1項の規定による認定をせよ。
3被告は,原告p7及び原告p8に対し,各300万円及びこれに対する別紙
3損害賠償請求目録「請求の趣旨変更申立書送達日」の各該当欄記載の日の翌
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第3第3事件
被告は,原告p3に対し,118万円及び平成22年1月から原告p3に対し
て同人が平成20年3月27日付けでした申請に係る原子爆弾被爆者に対する援
護に関する法律11条1項の規定による認定がされた日まで1か月当たり1万円
の割合による金員を支払え。
第2章事案の概要
本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」とい
う。)1条の被爆者である原告ら(原告p3(以下「原告p3」という。)を除く。
以下,原告p3を除く原告らを併せて「未認定原告ら」という。)が,被爆者援護
法11条1項の規定による認定(以下「原爆症認定」という。)の申請をしたとこ
ろ,厚生労働大臣がこれらの申請を却下する旨の処分(以下,併せて「本件各却下
処分」という。)をしたことから,被告に対し,本件各却下処分の取消し及び原爆
症認定の義務付けを求めるとともに,国家賠償法1条1項の規定により,慰謝料各
200万円及び弁護士費用各100万円並びにこれらに対する不法行為後である別
紙3損害賠償請求目録「請求の趣旨変更申立書送達日」の各該当欄記載の日の翌日
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求め(第1
事件,第2事件及び第4事件から第9事件まで),原爆症認定を受けた者である原
告p3が,被告に対し,厚生労働大臣が,原告p3による原爆症認定の申請の後,
原爆症認定を一定の期間しなかったこと(以下「本件不作為」という。)により精
神的苦痛を受けたと主張して,国家賠償法1条1項の規定により,慰謝料の支払を
求めた(第3事件)事案である。
第1法令の定め
1被爆者援護法等の内容
(1)目的
被爆者援護法の前文は,同法の目的について,次のとおり規定する。
「昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類の
ない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一
命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,
不安の中での生活をもたらした。
このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の
保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律
及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,
医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また,我ら
は,再びこのような惨禍が繰り返されることがないようにとの固い決意の下,
世界唯一の原子爆弾の被爆国として,核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和
の確立を全世界に訴え続けてきた。
ここに,被爆後50年のときを迎えるに当たり,我らは,核兵器の究極的
廃絶に向けての決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのない
よう,恒久の平和を念願するとともに,国の責任において,原子爆弾の投下
の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特
殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,
医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原子爆
弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する。」
(2)被爆者
被爆者援護法において,「被爆者」とは,次のいずれかに該当する者であ
って,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(被爆者援護法1条。以下,
単に「被爆者」というときは,被爆者援護法にいう「被爆者」を指す。)。
ア原子爆弾が投下された際に当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政
令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者(同条1号)
なお,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者
援護法施行令」という。)1条1項,別表第一は,上記の「政令で定める
これらに隣接する区域」として,広島県安芸郡の一部及び長崎県西彼杵郡
の一部を規定している。
イ原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に上記アの区
域のうち政令で定める区域内に在った者(被爆者援護法1条2号)
なお,被爆者援護法施行令1条2項は,上記の「政令で定める期間」を,
広島市に投下された原子爆弾については昭和20年8月20日まで,長崎
市に投下された原子爆弾については同月23日までとしており,同条3項,
別表第二は,上記の「政令で定める区域」として,おおむね爆心地から2
キロメートル以内の区域を規定している。
ウ上記ア及びイに掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後に
おいて,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった
者(被爆者援護法1条3号)
エ上記アからウまでに掲げる者がそれぞれに記載された事由に該当した当
時その者の胎児であった者(同条4号)
(3)被爆者健康手帳
被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有し
ないときは,その現在地)の都道府県知事(広島市又は長崎市にあっては,
当該市の長(被爆者援護法49条)。以下同じ。)に申請しなければならず,
都道府県知事は,同申請に基づいて審査し,申請者が前記(2)アからエま
でのいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付す
る(被爆者援護法2条(平成20年法律第78号による改正前のもの))。
(4)被爆者に対する援護
ア健康管理
都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところに
より,健康診断を行い(被爆者援護法7条),同健康診断の結果必要があ
ると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行う(被
爆者援護法9条)。
イ医療の給付
厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にか
かり,現に医療を要する状態にある被爆者(ただし,当該負傷又は疾病が
原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子
爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に
限る。)に対し,必要な医療の給付を行う(被爆者援護法10条1項)。
上記の医療の給付の範囲は,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医
学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管
理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及び
その療養に伴う世話その他の看護並びに⑥移送であり(同条2項),これ
ら医療の給付は,厚生労働大臣が指定する医療機関に委託して行う(同条
3項)。
上記の医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾
病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)
を受けなければならない(被爆者援護法11条1項)。
ウ一般疾病医療費の支給
厚生労働大臣は,被爆者が,負傷又は疾病(前記イの医療の給付を受け
ることができる負傷又は疾病,遺伝性疾病,先天性疾病及び厚生労働大臣
の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,都道府県知事が指定す
る医療機関から前記イ①から⑥までに掲げる医療を受け,又は緊急その他
やむを得ない理由により上記医療機関以外の者からこれらの医療を受けた
ときは,その者に対し,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾
病医療費を支給することができる(被爆者援護法18条1項本文)。
エ医療特別手当の支給
都道府県知事は,原爆症認定を受けた者であって,当該認定に係る負傷
又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する(被爆者援護
法24条1項)。上記の者が医療特別手当の支給を受けようとするときは,
上記の要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければ
ならない(同条2項)。医療特別手当は,月を単位として支給するものと
し,その額は,1か月につき13万5400円である(同条3項。なお,
上記の額は,後記ケの規定により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定
されている。)。医療特別手当の支給は,上記の認定を受けた者が同認定
の申請をした日の属する月の翌月から始め,上記の要件に該当しなくなっ
た日の属する月で終わる(同条4項)。
オ特別手当の支給
都道府県知事は,原爆症認定を受けた者に対し,その者が医療特別手当
の支給を受けている場合を除き,特別手当を支給する(被爆者援護法25
条1項)。上記の者が特別手当の支給を受けようとするときは,上記の要
件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない
(同条2項)。特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,
1か月につき5万円である(同条3項。なお,上記の額は,後記ケの規定
により,平成17年以降,ほぼ1年ごとに改定されている。)。特別手当
の支給は,上記の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌
月から始め,上記の要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条
4項)。
カ健康管理手当の支給
都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他
の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響による
ものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,
その者が医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けて
いる場合を除き,健康管理手当を支給する(被爆者援護法27条1項)。
なお,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「被爆
者援護法施行規則」という。)51条は,上記の「厚生労働省令で定める
障害」として,造血機能障害,肝臓機能障害,細胞増殖機能障害,内分泌
腺機能障害,脳血管障害,循環器機能障害,腎臓機能障害,水晶体混濁に
よる視機能障害,呼吸器機能障害,運動器機能障害及び潰瘍による消化器
機能障害を規定している。
キ保健手当の支給
都道府県知事は,被爆者のうち,原子爆弾が投下された際に爆心地から
2キロメートルの区域内に在った者又はその当時その者の胎児であった者
に対し,これらの者が医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当又は
健康管理手当の支給を受けている場合を除き,保健手当を支給する(被爆
者援護法28条1項)。
クその他の手当等の支給
都道府県知事は,一定の要件を満たす被爆者等に対し,原子爆弾小頭症
手当(被爆者援護法26条),介護手当(被爆者援護法31条)等を支給
する。
ケ手当額の自動改定
医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,健康管理手当及び保健
手当については,総務省において作成する年平均の全国消費者物価指数が
平成5年(上記各手当の額の改定の措置が講じられたときは,直近の当該
措置が講じられた年の前年)の物価指数を超え,又は下るに至った場合に
おいては,その上昇し,又は低下した比率を基準として,その翌年の4月
以降の当該手当の額を改定するものとし,その改定の措置は,政令(被爆
者援護法施行令17条)で定める(被爆者援護法29条)。
2原爆症認定の手続等
(1)原爆症認定の申請
原爆症認定を受けようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,
その居住地の都道府県知事を経由して,厚生労働大臣に申請書を提出しなけ
ればならない(被爆者援護法施行令8条1項(平成22年政令第29号によ
る改正前のもの))。
上記申請書は,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者
健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時の状況(入市の状況を含
む。),④被爆直後の症状及びその後の健康状態の概要,⑤医療の給付を受
けようとする指定医療機関の名称及び所在地等を記載した所定の様式の認定
申請書によらなければならない(被爆者援護法施行規則12条1項。なお,
平成20年厚生労働省令第41号による改正前の同項においては,上記③及
び④は記載事項とされておらず,「被爆時以降における健康状態の概要及び
原子爆弾に起因すると思われる負傷もしくは疾病について医療を受け,又は
原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚
症状の概要」を記載するものとされていた。)。また,上記申請書には,所
定の様式の医師の意見書及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書
類を添えなければならない(同条2項(平成22年厚生労働省令第47号に
よる改正前のもの))。
(2)審議会等の意見聴取
厚生労働大臣は,原爆症認定を行うに当たっては,当該負傷又は疾病が原
子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときを
除き,審議会等(国家行政組織法8条に規定する機関をいう。)であって政
令で定めるものの意見を聴かなければならない(被爆者援護法11条2項)。
そして,被爆者援護法施行令9条は,上記の「審議会等…であって政令で定
めるもの」を,疾病・障害認定審査会としている。
疾病・障害認定審査会は,厚生労働省に置かれ(厚生労働省組織令132
条),委員30人以内で組織される(疾病・障害認定審査会令1条1項)。
同審査会には,必要に応じて臨時委員及び専門委員を置くことができ,委員,
臨時委員及び専門委員は,学識経験のある者等のうちから厚生労働大臣が任
命する(同令1条2項,3項,2条)。同審査会には,被爆者援護法の規定
により疾病・障害認定審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会と
して,原子爆弾被爆者医療分科会(以下「医療分科会」という。)が置かれ
(同令5条1項),医療分科会に属すべき委員,臨時委員及び専門委員は,
厚生労働大臣が指名する(同条2項)。
(3)認定書の交付
厚生労働大臣は,原爆症認定の申請書を提出した者につき原爆症認定をし
たときは,その者の居住地の都道府県知事を経由して,認定書を交付する(被
爆者援護法施行令8条2項(平成22年政令第29号による改正前のもの))。
第2前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠(書証番号は特に記載し
ない限り枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認めること
ができる。
1原子爆弾の投下(公知の事実)
アメリカ合衆国軍は,昭和20年8月6日午前8時15分,広島市に原子爆
弾(以下「広島原爆」という。)を投下し,同月9日午前11時2分,長崎市
に原子爆弾(以下「長崎原爆」という。)を投下した。
2「原爆症認定に関する審査の方針」の策定(乙A2)
医療分科会は,平成13年5月25日,「原爆症認定に関する審査の方針」
(以下「旧審査の方針」という。)を策定し,原爆症認定に係る審査は,これ
に定める方針を目安として行うものとした。旧審査の方針の概要は,次のとお
りである。
(1)原爆放射線起因性の判断
ア判断に当たっての基本的な考え方
申請に係る疾病等における原爆放射線起因性の判断に当たっては,原因
確率(疾病等の発生が原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考え
られる確率)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を浴びなければ
疾病等が発生しない値)を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射
線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。
この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率が,①お
おむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に
関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,②
おおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推
定した上で,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案し
て判断を行う。また,原因確率又はしきい値が設けられていない疾病等に
係る審査に当たっては,当該疾病等については原爆放射線起因性に係る肯
定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係
る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別に判
断する。
イ原因確率
原因確率は,白血病,胃がん,大腸がん,甲状腺がん,乳がん,肺がん,
肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く。),卵巣がん,尿路系がん(膀
胱がんを含む。),食道がん,その他の悪性新生物及び副甲状腺機能亢進
症について,それぞれ,申請者の性別,被曝時年齢及び被曝線量に応じた
所定の率とする。
ウしきい値
放射線白内障のしきい値は,1.75シーベルトとする。
エ原爆放射線の被曝線量
申請者の被曝線量は,初期放射線による被曝線量の値に,残留放射線(誘
導放射線)による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて
得た値とする。そして,①初期放射線の被曝線量は,申請者の被爆地及び
爆心地からの距離(2.5キロメートルまで)の区分に応じた所定の値と
し,②残留放射線の被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離(広
島原爆については700メートルまで,長崎原爆については600メート
ルまで)及び爆発後の経過時間(72時間まで)の区分に応じた所定の値
とし,③放射性降下物による放射線の被曝線量は,原爆投下の直後に所定
の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該所定の地域に居住し
ていた場合についてそれぞれ所定の値とする。
(2)要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。
3「原爆症認定に関する審査の方針」の見直し
(1)「新しい審査の方針」の策定(乙A1の1)
医療分科会は,平成20年3月17日,「新しい審査の方針」(以下「新
審査の方針」という。)を策定し,原爆症認定に係る審査は,「被爆者援護
法の精神に則り,より被爆者救済の立場に立ち,原因確率を改め,被爆の実
態に一層即したものとするため」,これに定める方針を目安として行うものと
した。新審査の方針の概要は,次のとおりである。
ア放射線起因性の判断
(ア)積極的に認定する範囲
①被爆地点が爆心地より約3.5キロメートル以内である者,②原爆
投下より約100時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市し
た者又は③原爆投下より約100時間経過後から,原爆投下より約2週
間以内の期間に,爆心地から約2キロメートル以内の地点に1週間程度
以上滞在した者から,放射線起因性が推認される以下の疾病についての
申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申
請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定する(いわゆる積極認
定)。
a悪性腫瘍(固形がんなど)
b白血病
c副甲状腺機能亢進症
d放射線白内障(加齢性白内障を除く。)
e放射線起因性が認められる心筋梗塞
この場合,認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請
者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料が
ない場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考に
しつつ判断する。
(イ)それ以外の申請について
前記(ア)に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝
線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起
因性を総合的に判断する(いわゆる総合認定)。
イ要医療性の判断
要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断する。
(2)新審査の方針の改定(乙A1の2)
医療分科会は,平成21年6月22日,新審査の方針を改定し,いわゆる
積極認定の対象疾病(前記(1)ア(ア)aからeまで)に,「放射線起因
性が認められる甲状腺機能低下症」及び「放射線起因性が認められる慢性肝
炎・肝硬変」を追加した。
4原告らによる原爆症認定の申請等
(1)原告らは,いずれも被爆者援護法1条の被爆者である(乙C7,G15,
H5,J10,K7,L7,N10,O13,P10)。
(2)未認定原告らは,別紙2処分目録「申請日」欄記載の日に,同目録「申請
疾病」欄記載の疾病について,それぞれ原爆症認定の申請をしたが,厚生労
働大臣は,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上,同目録「処分日」欄記
載の日付けで,これらの申請を却下する旨の本件各却下処分をした(乙C1
から3まで,13から16まで,G1,18,19,J1から3まで,15,
16,K1から3まで,10,11,L1から3まで,11,12,14,
15,N1から3まで,12から14まで,16,17,O1から3まで,
17,18,P1から3まで,12,13,弁論の全趣旨)。
(3)原告p3は,平成20年3月27日,副甲状腺機能亢進症及び甲状腺機能
低下症を申請疾病とする原爆症認定の申請をし,厚生労働大臣は,同申請に
ついて,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上,平成22年5月27日付
けで甲状腺機能低下症について原爆症認定をし,同年6月24日付けで副甲
状腺機能亢進症について申請を却下する旨の処分をした(乙H1,7,8,
12から14まで)。
5本件訴訟の提起等(顕著な事実)
(1)原告らは,平成21年12月24日,原告らの原爆症認定の申請について
厚生労働大臣が処分を行わないことが違法であることの確認,上記申請に係
る原爆症認定の義務付け及び国家賠償を求めて本件訴訟を提起した。
(2)未認定原告らは,本件各却下処分がされたことを受け,それぞれ,本件訴
訟に係る請求の趣旨を第1章第1及び第2記載のとおり変更する旨の書面を
当裁判所に提出し,これらの書面の副本は,別紙3損害賠償請求目録「請求
の趣旨変更申立書送達日」の各該当欄記載の日にそれぞれ被告に送達された。
(3)原告p3は,平成22年10月13日,前記4(3)記載のとおり原爆症
認定がされたことを受け,本件訴えのうち不作為の違法確認及び原爆症認定
の義務付けに係る部分を取り下げ,被告は,同月27日,これに同意した。
6放射線量の単位等(乙A160,弁論の全趣旨)
(1)グレイ(Gy)とは,吸収線量(物質に吸収された放射線のエネルギーの量)
の単位であり,物質1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収がある
ときの吸収線量が1グレイである。なお,吸収線量の単位としては,かつて
はラド(Rad)が用いられており,1グレイ(100センチグレイ)は100
ラドと等しい。
(2)シーベルト(Sv)とは,等価線量(人体が吸収した放射線の影響度)及び
実効線量(人体の組織が吸収した放射線の影響度)の単位である。等価線量
は,放射線の種類によって人体に対する影響度(リスク)が異なることから,
吸収線量値に放射線の種類ごとに定められた係数(放射線荷重係数)を乗じ
て算出する(放射線荷重係数は,ベータ線及びガンマ線は1,アルファ線は
20,中性子線はエネルギーにより5から20までとされている。)。また,
実効線量は,等価線量が同じでもその影響の現れ方が人体の組織・臓器によ
って異なることから,等価線量に個別の人体組織の放射線感受性を表す係数
(組織荷重係数)を乗じて算出する。
(3)レントゲン(R)とは,照射線量(ある場所における空気を電離する能力)
の単位であり,1レントゲンは,放射線の照射によって標準状態の空気1立
方センチメートル当たり1静電単位(esu)のイオン電荷が発生したときの放
射線の総量である(1レントゲンは,おおむね0.87ラド(センチグレイ)
に相当する。)。
第3争点及び当事者の主張
本件における争点は,①原爆症認定における放射線起因性の判断基準,②未認
定原告らの原爆症認定要件該当性,③本件義務付けの訴えの適法性等,④本件各
却下処分についての国家賠償責任及び⑤本件不作為についての国家賠償責任であ
り,これらの争点に関する当事者の主張は,争点②,④及び⑤について要旨を以
下に記載するほか,別紙4(原告らの主張),別紙5(被告の主張1)及び別紙
6(被告の主張2)記載のとおりである。
1未認定原告らの原爆症認定要件該当性(争点②)について
(1)原告p1(以下「原告p1」という。)について
(原告p1の主張)
ア被爆状況等
原告p1(当時7歳)は,昭和20年8月9日の長崎原爆投下時,長崎
県西彼杵郡a村にいたが,同月10日昼前,親戚を捜すため,きょうだい
と共に長崎市に入り,b町(爆心地から約1.5キロメートル)からc町
(爆心地付近)などを経由してA大学(爆心地から約500メートル)及
びA大付属病院(同約700メートル)に至り,夕方頃まで付近の捜索を
した。また,原告p1は,同月11日も同じ経路で長崎市に入り,同様に
捜索をした。原告p1は,同年9月頃,長崎市内の父親のもとで生活する
ようになったが,その頃,めまいやむかつき,倦怠感,微熱,下痢,鼻血
等の症状が現れた。
以上のような被爆状況等に照らすと,原告p1が誘導放射線等による外
部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝したことは明らかである。
イ放射線起因性
原告p1は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆放射
線と心筋梗塞の発症との間に有意な関係が認められることは既に医学的・
疫学的知見から明らかになっていること等に照らせば,原告p1の狭心症
(心筋梗塞と同じく動脈硬化を主因とする。)が原爆放射線に起因するも
のであることは明らかである。新審査の方針に照らしても,原告p1につ
いては,迅速かつ積極的に原爆症認定が行われるべきである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p1は,昭和20年8月10日及び同月11日に入市したと主張す
るが,同行者らが当時7歳の原告p1を連れてあえて2日にわたり入市し
たのか疑わしく,同月11日の行動についての供述が具体性に欠けること
も踏まえると,同日に入市したとの原告p1の供述はにわかに信用し難い。
そして,往復の時間も考慮すれば,原告p1が同月10日にA大学付属病
院付近で滞在した時間は3時間程度である。また,原告p1の主張を前提
としても,原告p1は初期放射線に被曝しておらず,その後の入市によっ
ても,誘導放射線等により人体の健康被害の観点から見て有意な線量の外
部被曝及び内部被曝をしたとはいい難い(推定被曝線量は,せいぜい0.
055グレイである。)。また,被爆後に鼻血等の症状があったとは認め
られず,下痢等についても急性症状の特徴を備えていないのであって,原
告p1に放射線被曝による急性症状が生じたとは認められない。
イ放射線起因性
狭心症は,虚血性心疾患の1つであり,心筋梗塞と同様に,動脈硬化を
主因とする生活習慣病であるところ,原告p1は,加齢,喫煙,脂質異常
症(高脂血症),ストレス・性格といった危険因子を複数有しているから,
その狭心症は,これらを原因として発症したものとみるのが自然かつ合理
的である。また,疫学的知見を踏まえても,狭心症と同じく虚血性心疾患
に分類される心筋梗塞に関しては,相当量の放射線被曝との間に関連性が
あるとの調査結果が存在するにとどまり,低線量被曝についてまで関連性
を認める的確な疫学的知見もないところ,原告p1が人体の健康被害の観
点から見て有意な線量の被曝をしたとはいい難いことは,前記アのとおり
である。よって,原告p1の狭心症には,放射線起因性が認められない。
(2)原告p2(以下「原告p2」という。)について
(原告p2の主張)
ア被爆状況等
原告p2(当時15歳)は,昭和20年8月6日の広島原爆投下時,中
学校の生徒であったが,体調を崩して広島市d町○丁目の自宅(爆心地か
ら約2.5キロメートル)で寝ていたところ被爆した。原告p2は,同日,
帰宅しない三兄の捜索のため,父及び次兄と共にB駅付近及び同市e町の
手前近くまで三,四回入り,その後,同市f町の家屋に昭和21年3月ま
で居住した。原告p2は,被爆直後から,高熱や右耳に膿がたまるといっ
た症状が二,三か月続き,下痢も続いた。熱や下痢の症状は,近くで被爆
した家族も同様であった。原告p2は,その後も,原因不明の全身倦怠感,
肝炎,腰痛等に苦しんできた。なお,近くで被爆した父母は肝臓がんで,
次兄は胃がんで,それぞれ死亡している。
以上のような被爆状況等によると,原告p2が初期放射線のみならず誘
導放射線等による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝した
ことは明らかである。
イ放射線起因性
原告p2は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆放射
線と心筋梗塞の発症との間に有意な関係が認められることは既に医学的・
疫学的知見から明らかになっていること等に照らせば,原告p2の心筋梗
塞が原爆放射線に起因するものであることは明らかである。新審査の方針
に照らしても,原告p2については,迅速かつ積極的に原爆症認定が行わ
れるべきである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p2は,昭和20年8月6日にB駅付近及びe町の手前近くまで三,
四回入ったと主張するが,その具体的な状況は不明である。また,原告p
2の主張を前提としても,その初期放射線による被曝線量は低く,原告p
2が屋内で被爆した後に立ち入った最も爆心地に近い場所はe町の「手前
近く」であるから,爆心地から約1キロメートル離れた地点と考えられ,
この距離に照らすと誘導放射線による被曝も極めて低線量であるから,原
告p2が人体の健康被害の観点から見て有意な被曝をしたとは認められな
い(推定被曝線量はせいぜい0.0164グレイ程度である。)。また,
被爆後,原告p2に下痢や倦怠感等の症状が生じたとは認められず,仮に
これらの症状が生じていたとしても,放射線被曝による急性症状であると
いうことはできない。
イ放射線起因性
心筋梗塞は,放射線に被曝していなかったとしても種々の危険因子の下
で発症し得るものであるところ,原告p2は,加齢,高血圧,脂質異常症
(高脂血症),喫煙といった心筋梗塞の危険因子を複数有していたのであ
るから,その心筋梗塞は,これらを原因として発症したものとみるのが自
然かつ合理的である。また,前記のとおり,低線量被曝について心筋梗塞
との関連性を認める的確な疫学的知見もないところ,原告p2が人体の健
康被害の観点から見て有意な線量の被曝をしたとはいい難いことは,前記
アのとおりである。よって,原告p2の心筋梗塞には,放射線起因性が認
められない。
(3)原告p4(以下「原告p4」という。)について
(原告p4の主張)
ア被爆状況等
原告p4(当時19歳)は,昭和20年8月9日の長崎原爆投下時,軍
の部隊に所属し,C小学校(爆心地から約4.5キロメートル)で水くみ
作業に従事していたが,同校舎内で休憩していたところ被爆した。原告p
4らは,その後,長崎市内へ救援活動に向かうため,長崎駅付近(同約2
キロメートル)へ赴き,更に爆心地方向へ北上したが,火災のために進む
ことができず,途中で引き返し,夕方頃,C小学校に戻った。また,原告
p4らは,同月11日朝,再度,長崎市内へ救援活動に向かい,u駅(同
約1キロメートル)付近の変電所で遺体搬送や道路整備の作業を行ったが,
その際,破れた水道管からあふれる水を飲むなどした。原告p4は,このよ
うな作業を5日程度続けた。原告p4には,明確な急性症状の記憶はない
が,昭和40年頃に突然すべての歯が約1か月の間に抜けてしまうなどし
た。
以上のような被爆状況等によると,原告p4が初期放射線のみならず誘
導放射線等による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝した
ことは明らかである。
イ放射線起因性
原告p4は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆放射
線と心筋梗塞の発症との間に有意な関係が認められることは既に医学的・
疫学的知見から明らかになっていること等に照らせば,原告p4の心筋梗
塞が原爆放射線に起因するものであることは明らかである。新審査の方針
に照らしても,原告p4については,迅速かつ積極的に原爆症認定が行わ
れるべきである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p4は,昭和20年8月9日に長崎駅付近に赴き,更に爆心地方向
へ北上したと主張するが,その詳細は不明である。また,原告p4の主張
を前提としても,その初期放射線による被曝線量は低く,長崎駅(爆心地
から約2.3キロメートル)付近に赴いた際に誘導放射線等によって人体
の健康被害の観点から見て有意な被曝をしたとはいい難く,同月11日に
uに赴き,遺体を搬送したり,粉塵等を吸い込んだり,放射性降下物によ
り汚染された水を飲んだりしたとしても,その際に原告p4が人体の健康
被害の観点から見て有意な線量の外部被曝及び内部被曝をしたとは到底認
められない(推定被曝線量はせいぜい0.0002グレイ程度である。)。
また,原告p4には,被爆後,急性症状が現れていない。
イ放射線起因性
心筋梗塞は,放射線に被曝していなかったとしても種々の危険因子の下
で発症し得るものであるところ,原告p4は,加齢,喫煙,高血圧といっ
た心筋梗塞の危険因子を複数有していたから,原告p4の心筋梗塞は,こ
れらの危険因子によるものと見るのが自然かつ合理的である。また,前記
のとおり,低線量被曝について心筋梗塞との関連性を認める的確な疫学的
知見もないところ,原告p4が人体の健康被害の観点から見て有意な線量
の被曝をしたとはいい難いことは,前記アのとおりである。よって,原告
p4の心筋梗塞に放射線起因性は認められない。
(4)原告p5(以下「原告p5」という。)について
(原告p5の主張)
ア被爆状況等
原告p5(当時10歳)は,昭和20年8月6日の広島原爆投下時,両
親らと離れて広島県比婆郡g町に疎開していたが,広島市内の自宅跡から
家財を掘り出すとともに行方不明の異母姉らを捜すため,同月10日早朝,
広島市内で被爆して避難してきた両親及び姉と共に広島に向かい,同日午
前中に広島駅に到着した。原告p5は,その後,同市h町(爆心地から約
0.8キロメートル)及びi町(同約1キロメートル)に至り,i町の自
宅跡では家財を掘り出す作業に従事した。また,原告p5は,同日夜には
D小学校に宿泊し,その際,校庭で遺体を焼く煙を吸うなどした。原告p
5は,その後,1年ほどの間,全身の倦怠感,歯茎からの出血,下痢など
の症状が続き,半年から1年ほど過ぎた頃からは,全身にできものができ,
膿が出る状態が半年ほど続いた。
以上のような被爆状況等に照らすと,原告p5が誘導放射線等による外
部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝したことは明らかである。
イ舌がん術後後遺症(放射線起因性及び要医療性)
原告p5は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆放射
線とがんの発症との間に有意な関係が認められることは既に医学的・疫学
的知見からも明らかとなっていること等に照らすと,原告p5の舌がんが
原爆放射線に起因するものであることは明らかである。そして,原告p5
は,舌がん治療のために平成7年11月10日に行われた右頸部リンパ節
郭清術後,以前は問題なく上がっていた右腕が上がりにくくなったのであ
って,右上肢挙上障害は,同手術による副神経損傷等によるものであるこ
とが明らかであるから,同障害は,舌がん術後後遺症として,放射線起因
性を有するものというべきである。
また,原告p5の舌がん術後後遺症については,対症療法が継続的に行
われており,要医療性が認められることは明らかである。
ウ慢性甲状腺炎(橋本病)(放射線起因性)
相当量の放射線に被曝すると甲状腺機能低下症を発症し,特に若年被爆
者についてはリスクがより高いとされており,新審査の方針の改定の際に
は甲状腺機能低下症が積極認定の対象疾病に加えられているところ,原告
p5は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,被爆当時10歳
という若年であったこと等に照らすと,原告p5の慢性甲状腺炎(橋本病)
の放射線起因性は優に認められるというべきである。新審査の方針に照ら
しても,原告p5については,迅速かつ積極的に原爆症認定が行われるべ
きである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
昭和31年に作成された原告p5に係る調査(以下「ABCC調査」と
いう。)の記録には「入市月日昭和22年11月10日」と記載されて
いること,原告の両親の被爆者健康手帳申請書にもgに避難して以降は入
市していない旨が記載されていること,昭和20年8月7日にようやく広
島市から100キロメートル以上離れた広島県比婆郡g町に避難すること
ができた原告p5の両親が再度入市しようとは考えないであろうし,通常
の親であれば当時10歳の原告p5をあえて惨状の中に連れて行こうとは
考えないはずであること等からすれば,原告p5が昭和20年8月10日
に入市した事実は認められない。また,原告p5の主張を前提としても,
原告p5は初期放射線に被曝しておらず,その後の入市によっても,誘導
放射線等により人体の健康被害の観点から見て有意な線量の外部被曝及び
内部被曝をしたとはいい難い(推定被曝線量は,0.000624グレイ
よりもはるかに低い程度である。)。また,被爆後,原告p5に下痢の症
状があったとは認められず,倦怠感や歯茎からの出血といった症状も,放
射線被曝による急性症状であるということはできない。
イ舌がん術後後遺症(放射線起因性及び要医療性)
舌がんは50歳代から60歳代の男性に多く,喫煙の影響が大きいとこ
ろ,原告p5が舌がんと診断されたのは59歳の時点である上,原告p5
には喫煙歴がある。そして,原告p5については,前記アのとおり入市被
爆の事実が認め難く,仮に原告p5の主張を前提としても,その被曝線量
は低く,人体の健康影響の観点から有意な被曝をしているとは認められな
いから,舌がんは上記の原因により発症したものと見るのが自然かつ合理
的である。
また,原告p5の右上肢挙上障害は,精査の結果,筋萎縮性側索硬化症
(ALS)の亜型と診断されている。そして,副神経損傷による障害であ
れば術後直ちに現れるはずであり,事後に進行することは通常考え難いし,
その後,手術と無関係の左上肢にも障害が生じていることからすると,原
告p5の右上肢挙上障害の原因は,右頸部リンパ節郭清術による副神経損
傷であるとは認め難く,舌がんとも関係がないというべきである。よって,
原告p5の舌がん術後後遺症については,放射線起因性が認められない。
さらに,原告p5は,舌がん術後後遺症について,医師から経過観察以
上の積極的な治療を受けているということはできないから,舌がん術後後
遺症については要医療性が認められない。
ウ慢性甲状腺炎(橋本病)(放射線起因性)
慢性甲状腺炎と放射線被曝との間に有意な関連性は認められておらず,
低線量被曝と甲状腺機能低下症との間に関連性があるとの報告もない。ま
た,甲状腺機能低下症は,誰でも発症し得る一般的な疾病であり,年齢が
高くなるほど頻度が増すとされている。原告p5については,前記アのと
おり入市被爆の事実が認め難く,その主張を前提としても人体の健康影響
の観点から有意な被曝をしているとは認められないところ,原告p5は,
慢性甲状腺炎を発症した時点で59歳,甲状腺機能低下症と確認された平
成8年11月の時点で62歳と比較的高齢であったから,その慢性甲状腺
炎は,加齢によるものと見るのが自然かつ合理的である。よって,原告p
5の慢性甲状腺炎(橋本病)に放射線起因性は認められない。
(5)原告p6(以下「原告p6」という。)について
(原告p6の主張)
ア被爆状況等
原告p6(当時10歳)は,昭和20年8月9日の長崎原爆投下時,国
民学校の生徒であったが,長崎市上j町○番地の自宅(爆心地から約2.
7キロメートル)の居間にいたところ被爆した。原告p6は,その約1時
間後,k町に住んでいた父及び長姉の捜索をするため,きょうだいと共に
j水源池の脇の道を歩いてE山を越え,u天主堂(同約500メートル)
の近くの神学校まで行ったが,それ以上進むことができず,自宅に引き返
した。原告p6は,被爆当日から食欲がなくなり,下痢がしばらく続いた。
以上のような被爆状況等に照らすと,原告p6が初期放射線のみならず
誘導放射線等による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝し
たことは明らかである。
イ放射線起因性
前記のとおり,相当量の放射線に被曝すると甲状腺機能低下症を発症し,
特に若年被爆者についてはリスクがより高いとされており,新審査の方針
の改定の際には甲状腺機能低下症が積極認定の対象疾病に加えられている
ところ,原告p6は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,被
爆当時10歳という若年であったこと等に照らすと,原告p6の甲状腺機
能低下症の放射線起因性は優に認められるというべきである。新審査の方
針に照らしても,原告p6については,迅速かつ積極的に原爆症認定が行
われるべきである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p6の被爆者健康手帳交付申請書には入市についての記載は一切な
く,原告p6は,原爆症認定の申請をする直前の平成18年8月9日には,
p10医師に対し,被爆当日にlに山を越えて逃げた旨を話している上,そ
の説明する入市ルート等も不自然であり,原告p6の主張する被爆状況等
は信用することができない。また,原告p6の主張を前提としても,その
初期放射線による被曝線量は低く,その後の入市によっても,誘導放射線
により人体の健康被害の観点から見て有意な線量の外部被曝及び内部被曝
をしたとはいい難いし,仮に最も放射性降下物の影響があるとされるj地
区で黒い雨を受けたとして計算しても,被曝線量は高くない(推定被曝線
量は,多く見積もっても0.34グレイを下回る。)。また,被爆後,原
告p6に下痢の症状があったとは認められない。
イ放射線起因性
前記のとおり,低線量被曝と甲状腺機能低下症との間に放射線関連性が
あるとの報告はない上,甲状腺機能低下症は誰でも発症し得る一般的な疾
病であり,年齢が高くなるほど頻度が増すとされているところ,原告p6
については,前記アのとおり人体の健康影響の観点から有意な被曝をして
いるとは認められないし,甲状腺機能低下状態になった当時,68歳と比
較的高齢であったから,その甲状腺機能低下症は,加齢により発生したも
のと見るのが自然かつ合理的である。よって,原告p6の甲状腺機能低下
症に放射線起因性は認められない。
(6)原告p7(以下「原告p7」という。)について
(原告p7の主張)
ア被爆状況等
原告p7(当時19歳)は,昭和20年8月6日の広島原爆投下時,広
島市m町の広島第一陸軍病院m分院(爆心地から約3.6キロメートル)
に入院中であり,同病院の木造建物内で被爆した。原告p7は,その後,
同病院に避難してきた女性10人近くを男性数名と共に爆心地の方にある
自宅付近まで送り届けることになり,同日午前9時頃,川沿いを爆心地の
方へ歩いた。原告p7は,2時間ほど爆心地付近を歩き回った後,昼食に
間に合うように病院に戻った。原告p7は,同日から同月15日まで,上
記病院において遺体を霊安室に運ぶ手伝いをしたり,医師や看護師と共に
数回にわたり広島市内の救護所を回ったりした。原告p7は,被爆してか
ら数日後から同月16日頃まで,下痢や吐き気,頭痛に悩まされた。
以上のような被爆状況等によると,原告p7が初期放射線のみならず誘
導放射線等による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝した
ことは明らかである。
イ急性心筋梗塞(放射線起因性)
原告p7は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆放射
線と心筋梗塞の発症との間に有意な関係が認められることは既に医学的・
疫学的知見から明らかになっていること等に照らせば,原告p7の急性心
筋梗塞が原爆放射線に起因するものであることは明らかである。新審査の
方針に照らしても,原告p7については,迅速かつ積極的に原爆症認定が
行われるべきである。
ウ白血球減少症(放射線起因性及び要医療性)
白血球減少症は疾病であり,原告p7については,白血球が恒常的に減
少していることは明らかであって,白血球減少症の症候が認められる。そ
して,原告p7は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,白血
球減少症を含む造血機能障害の放射線起因性は疫学的にも認められている
から,原告p7の白血球減少症については放射線起因性が認められる。
原告p7は,白血球減少症につき,現在も通院治療中であるから,要医
療性が認められることは明らかである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p7の被爆者健康手帳交付申請書や認定申請書等には被爆当日の午
前中に爆心地の方に行った旨の記載は全くなく,その供述内容も不自然で
あって信用できない。また,入市した回数等についても上記各書類等の内
容に明らかな変遷が見られ,直ちに信用することはできない。そうすると,
原告p7は,被爆当日に爆心地方向に入市したことはなく,翌日以降に一,
二回入市したとしても爆心地から2キロメートル以遠であったというべき
であり,その初期放射線による被曝線量は低く,誘導放射線等によって原
告p7が人体の健康被害の観点から見て有意な被爆をしたともいい難いし,
遺体の運搬等による人体からの誘導放射線等による外部被曝又は内部被曝
についても,極めて低線量であるといえる(推定被曝線量は0.0007
グレイ以下である。)。また,被爆後に,原告p7に下痢や吐き気といっ
た症状が現れたとは認められず,仮にこれらの症状があったとしても,放
射線被曝以外の原因によるものというべきである。
イ急性心筋梗塞(放射線起因性)
心筋梗塞は,放射線に被曝していなかったとしても種々の危険因子の下
で発症し得るものであるところ,原告p7は,加齢,高血圧といった心筋
梗塞の危険因子を複数有していた上,被爆していない原告の弟妹も心疾患
を発症していることを踏まえると,原告p7の心筋梗塞は,これらの原因
によるものと見るのが自然かつ合理的である。また,前記のとおり,低線
量被曝について心筋梗塞との関連性を認める的確な疫学的知見もないとこ
ろ,原告p7が人体の健康被害の観点から見て有意な線量の被曝をしたと
はいい難いことは,前記アのとおりである。よって,原告p7の急性心筋
梗塞に放射線起因性は認められない。
ウ白血球減少症(放射線起因性及び要医療性)
原告p7の白血球数が,恒常的,継続的,慢性的に一般の標準値と比較
して著しく少ない状態にあるとは認められず,原告p7が白血球減少症で
あると認めることは困難である。また,放射線に被曝した場合,白血球は,
被曝により骨髄抑制が生じ,一時的に新しい白血球が作られないため徐々
に減少し,その後,次第に回復するものであるところ,原告p7について
白血球数が少ない状態が続いているのであれば,放射線被曝による白血球
減少症の特徴と整合しない。よって,仮に原告p7が白血球減少症である
としても,その放射線起因性は認められない。
また,白血球減少症は一般的に治療を要する疾病ではなく,原告p7に
ついても積極的な治療が行われた形跡はない。よって,原告p7の白血球
減少症については,要医療性がない。
(7)原告p8(以下「原告p8」という。)について
(原告p8の主張)
ア被爆状況等
原告p8(当時19歳)は,昭和20年8月6日の広島原爆投下時,軍
の部隊に所属し,演習のために広島市m町の部隊本部付近(爆心地から約
3.5キロメートル)の路上にいたところ,被爆し,顔面の皮膚が溶ける
けがをした。原告p8は,その後,同所において,重傷者の手当等をして
いたところ,黒い雨に遭遇した。さらに,原告p8は,同月8日午前10
時頃から入市してn町(同約2キロメートル)に赴き,警備等の作業に従
事し,同月10日午前10時頃,交代のためn町を出発した。原告p8は,
同月8日頃から鼻血が続き,同月20日頃から下痢やめまいに悩まされる
ようになった。
以上のような被爆状況等によると,原告p8が初期放射線のみならず誘
導放射線等による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝した
ことは明らかである。
イ貧血症(放射線起因性及び要医療性)
原告p8は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆被爆
者の中に鉄欠乏性貧血や正球性正色素性貧血が見られ,貧血の有病率が他
の集団に比べて高いことが指摘されているからすれば,原告p8の貧血症
(正球性正色素性貧血である。)が放射線に起因するものであることは明
らかである。
また,原告p8は,貧血症について現在も通院治療中であり,要医療性
が認められることは明らかである。
ウ心筋梗塞(放射線起因性)
原告p8は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,原爆放射
線と心筋梗塞の発症との間に有意な関係が認められることは既に医学的・
疫学的知見から明らかになっていること等に照らせば,原告p8の心筋梗
塞が原爆放射線に起因するものであることは明らかである。新審査の方針
に照らしても,原告p8については,迅速かつ積極的に原爆症認定が行わ
れるべきである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p8の初期放射線による被曝線量は低く,その後,仮に黒い雨に遭
遇したとしても,放射性降下物により人体の健康被害の観点から有意な被
曝をしたということはできないし,重傷者を手当した際などに誘導放射線
により人体の健康被害の観点から見て有意な線量の外部被曝及び内部被曝
をしたとも認められない(推定被曝線量は0.001グレイ以下である。)。
また,被爆後,原告p8に下痢や鼻血といった症状が現れたとは認められ
ず,仮にそのような症状があったとしても,放射線被曝による急性症状の
特徴と整合しないから,それらは放射線被曝を原因とするものであるとは
いえない。
イ貧血症(放射線起因性及び要医療性)
放射線被曝による貧血は,骨髄の造血組織が害されることにより赤血球
が減少するものであり,被曝から長期間経過後に発症したり長期間にわた
って継続するものではないところ,原告p8の貧血症は被爆の4年後であ
り,その後も落ち着いたり悪くなったりを繰り返しているから,放射線被
曝による貧血の特徴に整合しない。また,現在,疫学的には被曝に密接な
関係のある貧血はないと考えられている上,原告p8が人体の健康被害の
観点から見て有意な被曝をしたと認められないことは,前記アのとおりで
ある。よって,原告p8の貧血症に放射線起因性は認められない。
また,原告p8の貧血症については,積極的な治療が行われておらず,
定期的な検査や単なる経過観察のみでは要医療性は認められないのである
から,原告p8の貧血症に要医療性は認められない。
ウ心筋梗塞(放射線起因性)
心筋梗塞は,放射線に被曝していなかったとしても種々の危険因子の下
で発症し得るものであるところ,原告p8は,加齢,高血圧,脂質異常症
(高脂血症)といった心筋梗塞の危険因子を複数有していたから,原告p
8の心筋梗塞は,これらの原因によるものと見るのが自然かつ合理的であ
る。また,前記のとおり,低線量被曝について心筋梗塞との関連性を認め
る的確な疫学的知見もないところ,原告p8が人体の健康被害の観点から
見て有意な被曝をしたと認められないことは,前記アのとおりである。よ
って,原告p8の心筋梗塞に放射線起因性は認められない。
(8)原告p9(以下「原告p9」という。)について
(原告p9の主張)
ア被爆状況等
原告p9(当時4歳)は,昭和20年8月9日の長崎原爆投下時,長崎
市o町○番地の自宅(爆心地から約2.1キロメートル)におり,玄関内
で被爆した。その後,降ってきた雨に打たれ,自宅近くのF山で野宿する
などしていたが,同月11日朝,両親の郷里である大分県へ向かうため,
自宅からu川に沿って爆心地近くを通り,G駅まで歩いて行った。原告p
9には明確な急性症状の記憶はないが,背中に黒い斑点が多数残っている。
なお,原告p9の母は白血病で死亡しており,父も肺結核で死亡したが病
状は母と同様であった。
以上のような被爆状況等によると,原告p9が初期放射線のみならず誘
導放射線等による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝した
ことは明らかである。
イ放射線起因性
前記のとおり,相当量の放射線に被曝すると甲状腺機能低下症を発症し,
特に若年被爆者についてはリスクがより高いとされており,新審査の方針
の改定の際には甲状腺機能低下症が積極認定の対象疾病に加えられている
ところ,原告p9は,前記アのとおり相当量の放射線に被曝しており,被
爆当時4歳という若年であったこと等に照らすと,原告p9の甲状腺機能
低下症の放射線起因性は優に認められるというべきである。新審査の方針
に照らしても,原告p9については,迅速かつ積極的に原爆症認定が行わ
れるべきである。
(被告の主張)
ア被爆状況等
原告p9は,被爆者健康手帳交付申請書には,「投下後3日間」防空壕
に避難した旨を記載しているから,原告p9が被爆の2日後にG駅まで歩
いていったとは認められないし,原爆症認定申請書の記載内容に照らし,
黒い雨に遭った旨の供述もにわかに信用し難い。また,原告p9の主張を
前提としても,その初期放射線による被曝線量は低く,その後の入市によ
っても,誘導放射線により人体の健康被害の観点から見て有意な線量の外
部被曝及び内部被曝をしたとはいい難いし,仮に最も放射性降下物の影響
があるとされるj地区で黒い雨を受けたとして計算しても,被曝線量は高
くない(推定被曝線量は,多く見積もっても0.37グレイを下回る。)。
イ放射線起因性
前記のとおり,低線量被曝と甲状腺機能低下症との間に放射線関連性が
あるとの報告はない上,甲状腺機能低下症は誰でも発症し得る一般的な疾
病であり,年齢が高くなるほど頻度が増すとされている上,原告p9は,
甲状腺機能低下症ではなく,発症頻度の高い潜在性甲状腺機能低下症であ
るとみるべきところ,原告p9は,潜在性甲状腺機能低下状態になった当
時,64歳と比較的高齢であったから,その潜在性甲状腺機能低下症は,
加齢により発生したものと見るのが自然かつ合理的である。よって,原告
p9の甲状腺機能低下症に放射線起因性は認められない。
2本件各却下処分についての国家賠償責任(争点④)について
(1)違法性について
(未認定原告らの主張)
ア厚生労働大臣は,未認定原告らが原爆症認定の要件を満たすことが明ら
かであるにもかかわらず,事実認定及び法律判断を誤った本件各却下処分
をしたものであり,その行為は,国家賠償法上違法である。
イまた,厚生労働大臣は,行政手続法5条1項の規定にもかかわらず,原
爆症認定に必要な審査基準を定めていないのであって,審査基準を定める
ことなく本件各却下処分を行ったことは,同項に違反するものであり,国
家賠償法上の違法行為に該当する。
ウさらに,本件各却下処分の通知書には,疾病・障害認定審査会の審議の
結果,原爆症とは認定しないという結論のみしか記載されておらず,同審
査会においていかなる事実を前提にいかなる審議がされ,却下処分に至っ
たか等の実質的理由は全く記載されていないのであって,このように具体
的な処分理由を全く明示することなく本件各却下処分をしたことは,行政
手続法8条に違反するものであり,国家賠償法上の違法行為に該当する。
エまた,厚生労働大臣は,未認定原告らが原爆症認定の要件を満たすこと
が明らかであるにもかかわらず,その申請を長期間放置したものであり,
その行為は,国家賠償法上違法である(後記3(1)(原告p3の主張)
アからウまで参照)。
(被告の主張)
ア本件各却下処分については,科学的経験則というに足りる十分な科学的
知見に基づく吟味が尽くされた上で放射線起因性があるということはでき
ないとされたものであって,これを国家賠償法上違法とする余地はない。
イまた,行政手続法5条1項の審査基準設定義務は,例外が認められない
ものではなく,審査基準を設定しないことに合理的な理由等がある場合に
は,行政庁は,審査基準を設定することを要しないと解すべきところ,原
爆症認定の要件である放射線起因性及び要医療性の判断の個別具体性に鑑
みれば,行政庁である厚生労働大臣が,被爆者援護法11条1項の定め以
上に具体的な基準を定めることは極めて困難であるし,同条2項は,厚生
労働大臣は,原爆症認定に当たり,原則として審議会の意見を聴かなけれ
ばならないとしており,処分の客観的な適正妥当と公正を担保し,処分を
適正ならしめているから(なお,新審査の方針は,公開されていた。),
原爆症認定について審査基準を設定する必要はないというべきであり,厚
生労働大臣が審査基準を定めることなく本件各却下処分をしたことは,行
政手続法5条1項に違反するものではない。
ウさらに,行政手続法8条の規定による理由の提示の程度は,処分の性質
と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らして決定すべきとこ
ろ,原爆症認定において放射線起因性がないという理由で却下処分がされ
る場合には,申請者の放射線起因性があるとして申請をした疾患について,
申請者が提出した添付書類に基づき,医学的・科学的知見を踏まえて,そ
の疾患が原爆放射線の影響によるものか否かが判断され,その結果,放射
線起因性が認められなかったことが明らかであるし,その却下処分の基と
なった事実関係は申請者において明らかである。したがって,根拠条文の
ほか,単に「申請疾患については,通常の医学的知見に照らして放射線起
因性が認められない」旨の理由付記をすれば,十分に処分庁の恣意が抑制
され,申請者に対しても不服申立ての便宜が図られているというべきであ
る。よって,本件各却下処分の通知書の理由の記載に何ら不備はなく,行
政手続法8条に違反するものではない。
エまた,未認定原告らの申請から本件各却下処分をするまでに一定の期間
を要したことも,国家賠償法上違法とはいえない(後記3(1)(被告の
主張)アからウまで参照)。
(2)損害について
(未認定原告らの主張)
ア慰謝料
未認定原告らが厚生労働大臣による前記(1)(未認定原告らの主張)
の違法行為によって被った精神的損害に対する慰謝料は,各200万円が
相当である。
イ弁護士費用
未認定原告らは,厚生労働大臣の前記(1)(未認定原告らの主張)の
違法行為により,本来不要な裁判を余儀なくされたのであって,本件訴訟
を提起するために未認定原告らがそれぞれ訴訟代理人に支払うことを約し
た着手金・報酬のうち各100万円については,被告が負担すべきである。
(被告の主張)
争う。
3本件不作為についての国家賠償責任(争点⑤)について
(1)違法性について
(原告p3の主張)
ア原爆症認定申請者は,認定が迅速にされることを求める手続的権利を有
しており,原爆症の被害が重篤であること,その被害が国家の行った戦争
に基づく被害であり,被爆者援護法が国家補償的措置として原爆症認定制
度を定めていること,多くの被爆者が認定を待ちながら亡くなっていく現
実があることからすれば,その権利性は,より強く認められるべきである。
この点,水俣病認定遅延損害賠償請求事件の最判平成3年4月26日・民
集45巻4号653頁(以下「平成3年最判」という。)も,「早期の処
分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放
されたいという期待,その期待の背後にある申請者の不安,焦燥の気持ち
を抱かされないという利益は,内心の静穏な感情を害されない利益として,
不法行為法上の保護の対象となる」として,申請者が迅速に認定を受ける
権利を認めている。
イ厚生労働大臣は,被爆者援護法11条1項に基づく処分をすることにつ
いて,行政庁としての権限と責任を有しており,被爆者援護法の趣旨等に
照らすと,その権限を行使するに当たり,申請から相当の期間内に迅速・
適正に処分をする義務を負うのであって,その期間内に処分をしなかった
場合には,直ちに職務上の義務違反が認められるというべきである。そし
て,原爆症認定申請後処分までの所要時間を積算すると,上記の相当の期
間は3か月である。よって,厚生労働大臣が原爆症認定申請後3か月を経
過したにもかかわらず何らの処分をしない場合には,職務上の義務違反が
認められ,国家賠償法上違法となる。
ウ仮に,国家賠償法上の作為義務違反が認められるためには相当の期間が
経過した後に更に長期間にわたり遅延させていること,及び行政庁として
遅延解消のために通常期待される努力を尽くさなかったことが必要である
としても,本件においては,処分がされるまでに3か月を大幅に超えてお
り,更に長期間にわたり遅延させていることが明らかである上,厚生労働
大臣は,原爆症認定申請者の増加を見通して,標準処理期間(行政手続法
6条)を設定し,必要な審査体制を整備することが期待されていたにもか
かわらず,標準処理期間を定めることもなく,医療分科会の委員や事務局
の人員の増員等を検討するなどもしておらず,遅延を回避するための努力
を尽くしていない。
エしかも,原告p3の原爆症認定の申請は,新審査の方針の下における積
極認定の対象に係るものであることは明らかであり,どんなに遅くとも,
甲状腺機能低下症が積極認定の対象疾病とされてから2か月後の平成21
年8月末頃には原爆症認定をすることができたはずであり,これを超えて
申請を放置した本件不作為は,国家賠償法上違法である。
(被告の主張)
ア原爆症認定が迅速にされることを求める手続的権利なるものを国家賠償
請求における法律上保護された利益とする原告らの主張は,独自の見解と
いうほかない。また,このような権利が認められると仮定しても,その侵
害によって被る具体的な不利益の内容は,単なる不安感にとどまるのであ
って,これを法律上保護された利益の侵害であると見ることはできない。
平成3年最判は,難病として特殊な病像を持つ水俣病にかかっているとの
疑いのあるまま不安定な地位にあることに着目して「内心の静穏な感情に
対する侵害」につき不法行為の成立の余地があるとしたものであるところ,
原告らの疾病は水俣病のような病像を持つものではなく,ただ,その疾病
について放射線起因性が認められるか否かが不確定な状態にあるだけであ
り,原告らの主張する不安感は,水俣病認定の申請者が持つ不安感とは本
質的に異なる。また,被爆者は,被爆者援護法上,段階的に各種の援護を
受けることができ,原爆症認定がされた場合には医療特別手当等を申請時
から受給できることからすれば,原告らが原爆症認定申請に対する処分の
遅滞により被ることになるという不利益は,いずれにせよ処分庁からの処
分がされることにより解消される性質のものである。
イ厚生労働大臣が国家賠償法上の作為義務に違反したといえるためには,
客観的にその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなか
ったことだけでは足りず,その期間に比して更に長期間にわたり遅延が続
き,かつ,その間,処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消
できたのに,これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であ
る。多数の申請者に対する事務局や医療分科会の事務負担や新審査の方針
の策定後の新規申請件数の急増振りを考慮すれば,申請から処分まで3か
月を超えれば国家賠償法上違法であるなどとは到底考えることはできない。
ウまた,標準処理期間を定めることは行政手続法上の努力義務にすぎない
上,厚生労働大臣の行う原爆症認定は,個々の申請者の被爆距離,被爆状
況,被曝線量を個別的に確定した上で,申請疾病と放射線との関連性につ
き高度な科学的,医学的知見に基づく判断を踏まえて行う必要があり,そ
の審査期間も個別事情によって様々であるから,標準処理期間を定めるこ
とは困難であり,これを定めることを職務上の義務ということはできない。
そして,厚生労働大臣は,新審査の方針の策定後,新規申請件数の増加に
も配慮して,限られた人員体制の中で審査の迅速化のための諸施策を講じ
てきたのであり,これ以上の人員の増員や医療分科会の開催頻度の増加は
現実的に困難である上,そのような施策を講じていれば滞留案件を迅速に
処理し得たものとも断じ難い状況にあったのであるから,厚生労働大臣が
その職務上の義務に違反して漫然と原告らに対する処分を遅滞させたとは
いえない。
エよって,本件不作為は,国家賠償法上違法とはいえない。
(2)損害について
(原告p3の主張)
原告p3が本件各不作為により被った精神的損害に対する慰謝料は,認定
すべきものを認定せずに放置したことについて100万円,原爆症認定の申
請から3か月を経過した日の翌月から原爆症認定がされるまでの遅延につい
て1か月につき1万円が相当である。
(被告の主張)
争う。
第3章当裁判所の判断
第1原爆症認定における放射線起因性の判断基準(争点①)
1放射線起因性の立証の程度等
被爆者援護法10条1項,11条1項の規定によれば,原爆症認定をするた
めには,①被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,②
現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものである
か,又は上記負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因する
ものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため
上記の状態にあること(放射線起因性)が必要であると解される。
ところで,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,そ
の拒否処分の取消訴訟において原告がすべき因果関係の立証の程度は,特別の
定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。そして,
訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではない
が,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招
来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通
常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必
要とすると解すべきである。
そして,被爆者援護法は,給付ごとにそれぞれ支給要件を規定しているとこ
ろ,健康管理手当や介護手当の支給要件についてはいずれも弱い因果の関係で
足りることが規定上明らかにされていること(被爆者援護法27条1項,31
条)と対比すると,原爆症認定については,実体法上,放射線と負傷若しくは
疾病の発生又は治癒能力の低下との間に通常の因果関係があることが要件とさ
れていると解するのが相当である。
よって,原爆症認定の要件としての放射線起因性については,原告において,
原爆放射線に被曝したことにより,その負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下
を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,
通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを
要すると解すべきである(最判平成12年7月18日・集民198号529頁
参照)。
2具体的な判断方法
放射線起因性について前記1のとおり解するとしても,人間の身体に疾病等
が生じた場合に,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連
しているのが通常であり,特定の要因から当該疾病等の発症に至った機序を逐
一解明することには困難が伴う。殊に,放射線に起因する疾病等は,放射線に
起因することによって特異な症状を呈するものではなく,その症状は放射線に
起因しない場合と同様であり,また,放射線が人体に影響を与える機序は,科
学的にその詳細が解明されているものではなく,長年月にわたる調査にもかか
わらず,放射線と疾病等との関係についての知見は,統計学的,疫学的解析に
よる有意性の確認など,限られたものにとどまっており,これらの科学的知見
にも一定の限界が存する。
そこで,放射線起因性の判断に当たっては,当該疾病の発症等に至った医学
的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の放射
線への被曝の程度と,統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被
曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病
等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),当該
疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して,原
子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能
力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験
則に照らして判断するのが相当である。
3被曝線量の評価方法
(1)はじめに
放射線起因性の判断に当たっては,前記2のとおり,当該被爆者の放射線
への被曝の程度が中心的な考慮要素の一つとなるところ,前記法令の定めに
よれば,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,原則として医療分
科会の意見を聴かなければならないとされており,前記前提となる事実及び
弁論の全趣旨によれば,医療分科会は,旧審査の方針の下において,被爆者
の被曝線量を①初期放射線による被曝線量の値に②残留放射線(誘導放射線)
による被曝線量の値及び③放射性降下物による被曝線量の値を加えて得た値
とし,④内部被曝による被曝線量は特に考慮していないのであって,新審査
の方針の下においても,大枠としては同様の評価方法を踏襲しているものと
認められる(弁論の全趣旨)。
そこで,以下,新審査の方針の下における医療分科会の具体的な評価方法
を踏まえつつ,上記①から④までの点についてその評価方法の合理性を検討
し,さらに,上記の各点に関連する⑤いわゆる遠距離被爆者及び入市被爆者
に被爆後に生じた症状の評価について検討を加える。
(2)初期放射線の被曝線量の評価について
ア初期放射線とは,原子爆弾のウランやプルトニウムが臨界状態に達し,
爆弾が炸裂する際に放出される放射線(炸裂直前の爆弾内部で生じた核分
裂反応の際に放出される即発放射線と,炸裂後に生じた火球内の核分裂生
成物から放出される遅発放射線とに分かれる。)であり,主にガンマ線と
中性子線からなる(乙A102,106,弁論の全趣旨)。
初期放射線による被曝線量について,旧審査の方針は,日米合同の研究
者グループが1986年(昭和61年)に取りまとめた被曝線量評価体系
(DosimetrySystem1986。以下「DS86」という。)による数値に基づ
いて作成された表に定める申請者の被爆地及び爆心地からの距離(2.5
キロメートルまで)の区分ごとの値よって推定するものとしていた(前提
となる事実,乙A1,100)。DS86は,原子爆弾の物理学的特徴と,
放出された放射線の量及びその放射線が空中をどのように移動し建築物や
人体の組織を通過した際にどのような影響を与えたかについての核物理学
上の理論的モデルとに基づいて,コンピュータにより初期放射線による被
曝線量を算出したものであり,その客観性は広島及び長崎で被曝した試料
を用いたガンマ線及び中性子線の測定結果による検証によっておおむね裏
付けられていたが,一部の計算値と測定値の不一致の問題も指摘されてい
た(乙A105の1,107,弁論の全趣旨)。
DS86については,日米合同の研究者グループが再評価を行い,20
02年(平成14年)に新たな線量評価体系(DosimetrySystem2002。以
下「DS02」という。)を取りまとめており,新審査の方針においては,
DS02に基づく線量評価方式により初期放射線による被曝線量の推定が
行われている(弁論の全趣旨)。DS02は,DS86の基本的な評価方
法を踏襲しつつ,これを改良したものである(乙A104)。
イこの点,被告は,DS86の線量評価方式は再評価の過程でその信頼性
が確認されたものであり,これに改良を加えたDS02の評価方式はDS
86よりも更に信頼性に勝るものであると主張し,他方,原告は,DS8
6の線量評価方式は爆心地から遠距離において過小評価となっており,D
S02においても問題は解消されていないなどと主張するので,DS02
の被曝線量評価方式の合理性について検討する。
証拠(乙A100から107まで)及び弁論の全趣旨によれば,①DS
86の被曝線量評価方式は,当時の最新の核物理学の理論に基づき,高度
なシミュレーション計算法と演算能力の高い高性能のコンピュータを用い,
爆弾の構造,爆発の状況,爆発が起きた環境(大気の状態,密度等),被
爆者の状態等に関する諸条件を可能な限り厳密かつ正確に再現し,データ
化して被曝線量を推定したものであること,②DS86は,国際放射線防
護委員会(以下「ICRP」という。)による基準の根拠としても用いら
れ,世界の放射線防護の基本的資料とされるなど,世界中において優良性
を備えた体系的線量評価方式として取り扱われてきたこと,③DS02は,
DS86の基本的な評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の大型コ
ンピュータを駆使し,最新のデータやDS86の策定後に可能となった最
新の計算法を用いるなどして,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価
を可能にしたものであること等が認められ,他方,DS02の線量評価方
式の計算過程に疑問を抱かせるべき事情や,より高次の合理性を備えた線
量評価方式が他に存在することを認めるに足りる証拠はない。そうすると,
DS02の線量評価方式は,被爆者の初期放射による被曝線量を高い精度
で算定することが可能な相当の科学的合理性を有するものであるというこ
とができる。
もっとも,DS02は,コンピュータによるシミュレーション計算の結
果を基礎として策定されたものである以上,それに基づく被曝線量の計算
値(推定値)は,飽くまでも近似的なものにとどまらざるを得ない上,広
島原爆及び長崎原爆は,兵器として使用され,甚大な被害を生じさせたの
であって,そのような被害の実態がどこまでシミュレーションに反映され
ているかについての疑問が完全に払拭されているとはいい難い。また,特
に広島原爆については,同じ型の爆弾による実験・測定結果がないこと等
もあり,線量評価の前提となる爆弾の出力推定が比較的困難であるとされ
ている(甲A11,乙A104)。
そして,初期放射線のうちガンマ線については,爆心地から約1000
メートル以遠の距離におけるDS86による線量計算値が過小評価である
可能性が指摘されていたところ(甲A8),DS02で再検討が行われた
結果,結論的には,DS02による計算値は,測定値と全体的に良く一致
しているとされたものの,広島原爆については,遠距離では測定値が計算
値よりも高いことを示唆する若干の例があるとされ,また,広島原爆及び
長崎原爆の爆心地から約1500メートル以遠の距離におけるガンマ線量
の測定値については,バックグラウンドの誤差に大きく影響されるので,
正確に決定することができないとされたこと等(乙A105の1)からす
ると,上記の過小評価の可能性は,特に広島原爆において,DS02によ
る検証を経てもなお完全には否定することができないというべきである。
また,初期放射線の熱中性子線(運動エネルギーの低い中性子線)につ
いては,DS86において,計算値とコバルト60の測定値の系統的な不
一致(計算値が,爆心地から近距離では測定値よりも大きく,遠距離にな
ると測定値を下回り,爆心地から1180メートルの地点においては,測
定値の3分の1になるというもの)があることが指摘されていたが(乙A
107),DS02においては,コバルト60以外に,ユーロピウム15
2や塩素36についても解析が行われ,ユーロピウム152についてバッ
クグラウンドの影響を極めて低く押さえた環境で高い検出効率での測定を
行い,塩素36について加速器質量分析法(AMS)によって熱中性子に
より誘導放射化した塩素36の放射化測定実験を行うなどしたところ,D
S02による計算値とよく一致したとされる(乙A105の2,107)。
もっとも,前記のバックグラウンドの影響を極めて低く押さえた環境にお
ける測定においても,爆心地から1400メートル付近ではコバルト60
及びユーロピウム152の測定値がいずれも計算値を上回っており,塩素
36についても,爆心地からの地上距離が1100から1500メートル
以遠では測定が困難であるというのであるから(乙A105の2),広島
原爆及び長崎原爆の爆心地から約1500メートル以遠の距離における熱
中性子線量の計算値が過小評価である可能性は,DS02においても,な
お完全には否定することができないというべきである。
さらに,初期放射線の速中性子線(運動エネルギーの高い中性子線)に
ついては,DS86において,広島原爆のリン32の測定値と計算値とが
比較され,爆心地から数百メートル以遠の距離で一致しているかどうかを
言うには測定値の誤差が大きすぎるとされていたところ(乙A112),
その後,銅試料中のニッケル63を測定することによって速中性子線を測
定する方法が開発され,広島原爆の爆心地から900から1500メート
ルの距離における速中性子の測定値が初めて得られた結果,ニッケル63
の測定値とDS86及びDS02の計算値が良く一致するとされた(乙A
105の2)。もっとも,広島原爆の速中性子線の測定値は,爆心地から
1470メートルの地点ではDS02に基づく推定線量の1.88±1.
72倍となっており,遠距離における測定値と計算値のずれは解消されて
いないし,爆心地から1800メートル以遠のバックグラウンドについて
は依然として完全には理解されておらず,さらに検討すべきものとされて
いる(乙A105の2)。
以上のとおり,DS02においても,爆心地から1300から1500
メートル以遠において初期放射線の被曝線量を過小評価している可能性を
完全には否定することができない。もっとも,DS02において,バック
グラウンドによる測定自体の誤差等が検討され,バックグラウンドの影響
を極めて低くした精度の高い測定を行うなどした結果,完全とはいえない
までも,測定値とDS86による計算値との不一致がバックグラウンドに
よる測定自体の誤差等の問題として相当程度解決されたと評価し得ること
等からすると,DS02において,爆心地から遠距離における初期放射線
の被曝線量が過小評価されている可能性があるとしても,その絶対値はそ
れほど大きなものであるとは考え難く,これを過大視することはできない
というべきである。
ウ以上によれば,DS02は相当の科学的合理性を有し,これによって初
期放射線の被曝線量を推定することは合理的といえるが,その適用につい
ては,前記の観点から一定の限界が存することにも十分留意する必要があ
るというべきである。
(3)誘導放射線の被曝線量の評価について
ア誘導放射線とは,原子爆弾の初期放射線の中性子が建物や土壌等を構成
する物質の特定の元素の原子核と反応を起こすこと(誘導放射化)によっ
て生じた放射性物質(誘導放射化物質)が放出する放射線である(乙A1
02,106,弁論の全趣旨)。
誘導放射線による外部被曝線量について,旧審査の方針は,前記前提と
なる事実のとおり,申請者の被爆地,爆心地からの距離(広島原爆につい
ては700メートルまで,長崎原爆については600メートルまで)及び
爆発後の経過時間(72時間まで)の区分に応じた所定の値としていた。
これに対し,新審査の方針には,誘導放射線による外部被曝線量の算定基
準は明示されていないが,医療分科会においては,旧審査の方針の考え方
を基本的に踏襲し,その後に現れたDS02に基づくp11の研究(乙A1
06。以下「p11論文」という。)等をも踏まえて線量を算定・評価して
いるものと認められる(乙A1,10,106,弁論の全趣旨)。
イp11論文は,誘導放射線による地上1メートルでの外部被曝線量(空気
中組織カーマ)を求めた結果,爆発直後から無限時間同じところに居続け
たと仮定したときの放射線量(積算線量)は,爆心地においては広島で1
20センチグレイ,長崎で57センチグレイ,爆心から1000メートル
では広島で0.39センチグレイ,長崎で0.14センチグレイ,爆心か
ら1500メートルでは広島で0.01センチグレイ,長崎で0.005
センチグレイとなったとし,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視し
て構わないと結論している(乙A106)。そして,その計算過程の合理
性を疑わせる事情は特に見当たらないこと等に照らすと,医療分科会が新
審査の方針において用いている誘導放射線による外部被曝線量の算定方法
は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。
しかしながら,広島及び長崎の土壌に由来する誘導放射線については,
誘導放射化物質となり得る元素の含有量・濃度に測定者や測定場所によっ
てかなりのばらつきがあることが認められ(乙A112,129),計算
の前提に一定の制約があるということができる。また,p11論文では,地
表面(土壌)から生ずる誘導放射線(ガンマ線)を地表1メートルの高さ
で積算しているところ,原子爆弾の中性子によって誘導放射化するものと
しては,土壌のみならず,建物等の建築資材,空気中の塵埃,人体や遺体
等も想定される上(弁論の全趣旨),被曝の形態も,誘導放射化した塵埃
等が身体に付着した場合や,口や傷から体内に取り入れられた場合,誘導
放射化した瓦礫や人体に接触した場合など様々なものが考えられるのであ
って,上記の方法によってこれらすべての場合を的確に算定できるものと
はいい難い。さらに,p11論文は,爆心地から600から700メートル
以遠においては,原子爆弾の中性子線がほとんど届かないため誘導放射線
もほとんど発生しないことを前提としているが,原子爆弾の爆発時に生じ
た強烈な衝撃波や爆風によって,誘導放射化した土壌等が粉塵となって舞
い上がり,遠距離(広島原爆における粉塵の水平スケールは4500メー
トルと見積もられている。)に飛散する可能性も十分にあると認められる
(甲A69,乙A122)。また,p11論文は,爆心地から1000メー
トル地点の誘導放射線による外部被曝線量は1センチグレイにも満たない
とするが,後記のとおり,初期放射線にほとんど被曝していないいわゆる
入市被爆者や遠距離被爆者にも放射線被曝による急性症状とみられる症状
が一定割合生じている旨の調査結果が複数報告されており,これらの調査
結果については,上記の外部被曝線量評価だけでは合理的に説明すること
が困難である。
ウこれらの点を考慮すると,新審査の方針の下における誘導放射線による
被曝線量の評価については,過小評価となっている疑いが強いというべき
であり,実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,爆心地から6
00から700メートル以遠の地域(広島原爆についていえば,上記粉塵
の水平スケールに照らし,少なくとも爆心地から2250メートル以内の
地域)にも誘導放射化物質が相当量存在していた可能性を考慮に入れ,か
つ,その被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照
らして,誘導放射化された放射性物質による様々な形態での外部被曝及び
内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきである。
(4)放射性降下物による放射線の被曝線量の評価について
ア放射性降下物による放射線とは,原子爆弾の核分裂によって生成された
放射性物質(核分裂生成物)等で地上に降下したものが放出する放射線で
ある(乙A102,弁論の全趣旨)。
放射性降下物による放射線の外部被曝線量について,旧審査の方針は,
原爆投下の直後に所定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当
該地域に居住していた場合についてそれぞれ所定の値としており,具体的
には,広島原爆についてはp又はq(以下「p・q地区」という。)につ
き0.6から2センチグレイ,長崎原爆についてはj○,○丁目又はr(以
下「j地区」という。)につき12から24センチグレイとしていた(前
提となる事実,乙A1,弁論の全趣旨)。これに対し,新審査の方針には,
放射性降下物による放射線の外部被曝線量の算定基準は明示されていない
が,医療分科会においては,旧審査の方針の考え方を基本的に踏襲し,D
S86に基づく分析結果によって線量を算定・評価しているものと認めら
れる(乙A1,10,弁論の全趣旨)。
イ放射性降下物については,原子爆弾投下の数日後から複数の測定者が放
射線量の測定を行い,これらの調査の結果,広島ではp・q地区で,長崎
ではj地区で,それぞれ放射線の影響が比較的顕著に見られることが分か
り,これは,原子爆弾の爆発後,両地区において激しい降雨があり,これ
によって放射性降下物が降下したことによるものであることが確認された
(乙A102,108から112まで,弁論の全趣旨)。そして,DS8
6に基づく前記分析は,これらの調査結果を総括して,j地区における放
射性降下物の累積的被曝への寄与は,おそらく20から40レントゲンの
範囲であり,p・q地区では,おそらく1から3レントゲンの範囲である
とし,これを組織吸収線量に換算すると,長崎については12から24ラ
ド(0.12から0.24グレイ),広島については0.6から2ラド(0.
006から0.02グレイ)になると結論付けている(乙A112)。同
分析は,原子爆弾投下直後の調査に基づく複数の調査報告等を総括したも
のであり,また,その後の調査結果による推定値もこれと特に矛盾するも
のではないこと(甲A27,乙A108)等をも考慮すると,医療分科会
が新審査の方針において用いている放射性降下物による放射線の外部被曝
線量の算定方法は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。
しかしながら,放射性降下物の測定結果については,上記分析自体がそ
の精度が非常に低いことを強調しており(乙A112),しかも,放射性
降下物は必ずしも一様に存在していたわけではなく,降下形態やその後の
集積により局地的に強い放射線を出す場合があり得る(原子爆弾投下後数
か月以内の複数の測定結果からは,放射性降下物が相当不均一に存在して
いたことが推認される(甲A73,乙A109から111まで)。)こと
等をも考慮すると,上記算定方法による放射性降下物による放射線の外部
被曝線量の算定に当たっては,上記のような測定精度や測定資料等の制約
から一定の限界が存することに十分留意する必要があるというべきである。
また,旧審査の方針においては,特定の地域についてのみ放射性降下物
による放射線の外部被曝線量を算定することとされていたが,広島原爆投
下後の降雨域は相当に広いものであり(甲A27,68から70まで,乙
A108),p・q地区以外の地域でも相当量の放射性降下物を含む降雨
があったことが推認され,長崎原爆についても,j地区以外の地域におけ
る降下物の目撃供述があるとされている(甲A65)。しかも,上記算定
方法は,放射性降下物による放射線(ガンマ線)を地表1メートルの高さ
で積算するものであるが,放射性降下物についても,誘導放射線について
と同様,放射性物質である放射性降下物に直接接触したり,これを体内に
摂取したりすることによる,様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能
性があることを否定することができない。さらに,放射性降下物は土壌に
均一に存在しているとは限らず,放射性降下物が集積し局地的に強い放射
線を放出している場合もあり得,これに接触し又は接近することにより相
当量の被曝をする可能性も考えられる。また,旧審査の方針によれば,広
島原爆の放射性降下物による放射線の外部被曝線量は最大でもわずか2セ
ンチグレイ(0.02グレイ)とされているが,原子爆弾投下直後の調査
結果においては,放射性降下物の影響であるとみられる現象や症状が報告
されており(甲A69),これらの現象や症状を上記の線量によって合理
的に説明することは困難である。
ウこれらの点を考慮すると,新審査の方針の下における放射性降下物によ
る被曝線量の評価は,過小評価となっている疑いが強いというべきであり,
実際に被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,p・q地区又はj地区
以外の地域にも放射性降下物が相当量降下し又は浮遊していた可能性を考
慮に入れ,かつ,当該被爆者の被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた
症状等に照らし,放射性降下物による様々な形態での外部被曝及び内部被
曝の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきである。
(5)内部被曝の影響の評価について
ア内部被曝とは,呼吸,飲食,外傷,皮膚等を通じて体内に取り込まれた
放射性物質が放出する放射線による被曝をいう(弁論の全趣旨)。
旧審査の方針においては,内部被曝による被曝線量は特に考慮されてお
らず,新審査の方針の下においても,医療分科会は,旧審査の方針の考え
方を基本的に踏襲し,内部被曝による被曝線量を特に考慮していないもの
と認められる(乙A10,弁論の全趣旨)。
イ内部被曝については,昭和44年及び昭和56年に長崎のj地区住民を
対象とするセシウム137の測定結果を用いて,昭和20年から昭和60
年までの40年間に及ぶ内部被曝線量を積算したところ,男性で10ミリ
レム(0.0001グレイ),女性で8ミリレム(0.00008グレイ)
と推定されたと報告されており(乙A112),医療分科会が内部被曝に
よる被曝線量を考慮していないのは上記のような科学的知見に基づくもの
であるところ(弁論の全趣旨),上記報告の他にも,広島原爆投下当日に
爆心地から1キロメートル以内の地点において8時間の片付け作業に従事
した場合の内部被曝線量の推定は0.06マイクロシーベルトであるとし
て,外部被曝に比べ無視できるレベルであるとする研究(p11論文)もあ
り,これらによれば,内部被曝による被曝線量を特に考慮しない医療分科
会の方針は,相当の科学的根拠に基づくものということができる。
しかしながら,上記の報告等からは,短時間で大きな内部被曝を生じさ
せる可能性のある半減期の短い放射性物質等による内部被曝線量について
は不明である上,前記のとおり,爆心地付近に限らず局地的に放射性降下
物や誘導放射化物質が集積するなどしている場合があり得ることも考慮す
ると,内部被曝線量は無視し得る程度のものであると評価することには,
なお疑問が残るといわざるを得ない。
また,被告は,内部被曝と外部被曝は同じ臓器線量であれば健康への影
響も同等であると主張しており,これに沿う証拠(乙A10)もあるが,
他方で,内部被曝については,①ガンマ線の線量は線源からの距離に反比
例するから,同一の放射線核種による被曝であっても,外部被曝より被曝
量は格段に大きくなる,②外部被曝ではほとんど問題とならないアルファ
線やベータ線を考慮する必要があり,しかもこれらは飛程距離が短いため,
そのエネルギーのほとんど全てが体内に吸収され,核種周辺の体内組織に
大きな影響を与える,③放射性核種が体内に沈着すると,体内被曝が長期
間継続することになるといった外部被曝と異なる特徴があり,一時的な外
部被曝よりも身体に大きな影響を与える可能性があるなどと指摘する見解
もある(甲A44,60,129,143,194,196,234等)。
この点,現状においては,これらの見解が科学的知見として確立している
とはいい難い上,体内に取り込まれた放射性微粒子による不均等かつ継続
的な被曝によってリスクが飛躍的に高まるとするいわゆるホット・パーテ
ィクル理論については,ICRP等により相当の科学的根拠をもって否定
されているものの(乙A142から145まで),内部被曝の機序につい
ては必ずしも科学的に解明・実証されておらず,また,低線量放射線によ
る継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす
可能性について指摘する見解(例えば,原子力安全委員会・放射線障害防
止基本専門部会・低線量放射線影響分科会は,同じ被曝線量であれば長期
にわたって被曝した場合の方がリスクも上昇するという逆線量率効果,被
曝した細胞から隣接する細胞に被曝の情報が伝わるバイスタンダー効果,
放射線被曝を受けた細胞集団に長期間にわたる様々な遺伝的変化が非照射
時の数倍から数十倍の高い頻度で生ずる状態が続くゲノム不安定性等の可
能性を指摘する。)があり(甲A36,37,129,143から149
まで,198),このような科学的知見を一概に無視することはできない
こと,後記のとおり,いわゆる入市被爆者等に放射線被曝による急性症状
とみられる症状が一定割合生じているとの調査結果があり,推定される外
部被曝線量だけでは必ずしもこれを十分に説明し得ないこと,広島原爆投
下の際に高放射能を持つ有害物質を含む黒塵と思われる「ガス」を吸った
者は「原子症」がひどいといわれるとの報告があること(甲A69)等に
照らすと,被曝線量の評価に当たって,内部被曝線量は無視し得る程度の
ものであるとしてこれを考慮しないことには疑問があるといわざるを得な
い。
ウこの点,被告は,①体内に取り込まれた放射性核種は,人体に備わった
代謝機能により体外に排出される,②チェルノブイリ原発事故では,事故
後10年後辺りから甲状腺がんの有意な増加がみられるが,遠距離・入市
被爆者に見られるがんにそのような傾向は見られず,内部被曝の影響があ
ったとは考え難い,③医療の現場等においても放射性物質の投与が行われ
ており,それによる人体影響がないというのが医療の常識であるなどとし
て,原子爆弾の被爆者について内部被曝の影響を重視することは誤りであ
ると主張する。
しかしながら,①の点については,体内に取り込まれた放射性核種が体
外に排出されるまでには相応の日数を要する上,短命の放射性物質による
内部被曝の場合には,体外に排出されるまでに相当の内部被曝が生じてい
るのであるから,この点をもって原子爆弾の被爆者の内部被曝を無視し得
るということにはならない。また,②の点については,原子爆弾の被爆者
に甲状腺がんの有意な増加がみられないとする根拠が明らかではない上,
チェルノブイリ原発事故により小児甲状腺がんが増加したということは,
かえって,内部被曝により特定の臓器に影響を与えることを明確に裏付け
るものであって,この点をもって原子爆弾の被爆者の内部被曝を無視し得
るということにはならないし,被爆者とチェルノブイリ原発事故における
内部被曝の状況を同一視することにも疑問があるといわざるを得ない。ま
た,③の点については,医療上の必要により放射性物質が投与された場合
に内部被曝の影響が生じていないとする根拠が明らかではない上,医療上
の必要により放射性物質が投与される場合には,現在の医療水準に基づき,
放射性物質による影響をできる限り少なくするための努力がされるはずで
あって,全く無防備で特段の事後対応もされない被爆者の場合と同視する
ことにはそもそも疑問がある。したがって,被告の上記主張はいずれも採
用することができない。
エ以上によれば,被爆者の被曝線量を評価するに当たっては,当該被爆者
の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被爆後に生じた症状等に照らして,
誘導放射化物質及び放射性降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝
の可能性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきであり,
加えて,内部被曝による身体への影響には,一時的な外部被曝とは異なる
特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである。
(6)遠距離被爆者及び入市被爆者に生じた症状の評価について
ア遠距離被爆者に生じた症状について
放射線被曝による急性症状については,皮下出血(歯茎からの出血,紫
斑を含む。)については2グレイ程度(DS02によれば,広島原爆につ
いては爆心地から1200メートル付近,長崎原爆については爆心地から
1300メートル付近で被爆した場合の初期放射線量に相当する。),脱
毛及び下痢については3グレイ程度(同じく,広島原爆については爆心地
から1100メートル付近,長崎原爆については爆心地から1200メー
トル付近で被爆した場合の初期放射線量に相当する。)のしきい線量があ
るとされるところ(乙A114,119,149),DS86及びp11論
文により算出される誘導放射線及び放射性降下物による外部被曝線量は,
現実的には最大でもせいぜい数十センチグレイ程度であるから,上記のし
きい線量を前提とすれば,広島においても長崎においても,爆心地から1
500メートル以遠において皮下出血,脱毛,下痢といった放射線被曝に
よる急性症状が生じることはほとんどないことになるはずである。
しかしながら,原子爆弾投下後比較的早期に行われた調査として,①広
島・長崎における被爆20日後の生存者1万3503人を調査した結果に
基づく日米合同調査団報告書(甲A6,124の10),②昭和20年1
0月から同年11月にかけて広島原爆の被爆者5120人を調査した結果
に基づく東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告(甲A86,
124の9),③同年10月から同年12月にかけて長崎原爆の被爆者5
853人(死亡者333人を含む。)を調査した結果に基づく報告(甲A
90),④昭和32年1月から同年7月にかけて広島原爆の被爆者440
6人を調査した結果に基づく報告(甲A124の8)等があるが,これら
の調査結果からは,脱毛や皮下出血(紫斑)が生じたとする者が,爆心地
から1500から2000メートルの地点で被爆した者については10パ
ーセント前後以上,2000メートル以遠で被爆した者についても数パー
セント以上存在し,かつ,これらの症状(特に脱毛)を生じたとする者の
割合が,爆心地からの距離や遮蔽の存在に応じて減少する傾向があると認
められる(この傾向は,その他の調査結果(甲A67文献15,87から
89まで,124の12等)ともおおむね合致している。)。
このような傾向に照らすと,爆心地からの距離が1500メートル以遠
において被爆した者に生じたとされる脱毛や皮下出血等の症状は,全てと
はいえないまでも,その相当部分について放射線による急性症状であると
見るのが自然である。ところで,前記のとおり,初期放射線による外部被
曝線量は,爆心地から2000メートル以遠においては過小評価の可能性
を考慮してもせいぜい十数センチグレイ程度であり,1グレイにも達しな
いと見られ,他方,外部被曝による脱毛や下痢のしきい線量は3グレイ程
度とされていること等も考慮すると,爆心地から1500メートル以遠に
みられる脱毛等の症状につき,初期放射線による外部被曝が主たる原因で
あると理解することもまた困難であって,むしろ,主として,誘導放射化
した大量の粉塵等や放出された放射性降下物から発せられる放射線による
外部被曝及び内部被曝をしたことによるものと見るのが,自然かつ合理的
というべきである(なお,遮蔽の有無により急性症状の発症率に有意な差
があることについては,原子爆弾の爆発直後に発生した短寿命の誘導放射
化物質や放射性降下物への接触の程度に差があったためと考えることも可
能である。)。
イ入市被爆者に生じた症状について
原子爆弾投下時には広島市内又は長崎市内におらず,その後に市内に入
った者(いわゆる入市被爆者)についても,脱毛等の放射線による急性症
状とみられる症状が生じたとする複数の調査結果が存在している(例えば,
①原子爆弾投下時には広島市内にいなかった者で,投下直後に広島市内に
入ったものの中心地(爆心地から1キロメートル以内)には出入りしなか
った104人には,発熱,下痢,脱毛等の症状はみられなかったが,同様
の者で投下直後に中心地に入った525人のうち230人(43.8パー
セント)にこれらの症状(急性症状の特徴を備えるもの)がみられ,その
うち投下から20日以内に中心地に出入りした人に有症率が高く,投下か
ら1か月後に中心地に入った人の有症率は極めて低く,中心地滞在時間が
4時間以下の場合は有症率が低く,10時間以上の人に有症率が高いなど
とする報告(甲A5),②広島市陸軍船舶司令部隷下の将兵(暁部隊)の
うち,爆心地から約12キロメートル又は約50キロメートルの地点にい
た者で原子爆弾投下後に入市して負傷者の救援活動等に従事した233人
について,下痢患者が多数続出したほか,ほとんど全員が白血球3000
以下と診断され,発熱,点状出血,脱毛の症状も少数ではあるがあったと
する報告(甲A112の17),③賀北部隊工月中隊に所属し原子爆弾投
下後に入市して作業に従事した99人に対するアンケート等調査の結果,
その約3分の1が放射線による急性障害に似た諸症状を訴えており,その
中には脱毛が18人,皮下出血が1人,白血球減少が11人等であったな
どとする報告(乙A151資料38)等がある。)。
これらの調査結果等によれば,入市被爆者についても,放射線被曝によ
る急性症状とみられる脱毛,下痢,発熱等の症状が少なからず生じており,
爆心地付近に入った時期が早く,また滞在時間が長いほど有症率が高いと
いう傾向があると認められるのであって,このような傾向に照らすと,上
記のような症状の多くは,誘導放射線及び放射線降下物による外部被曝及
び内部被曝の影響によるものとみるのが自然であり,放射線被曝以外の原
因によるものと理解することは困難というべきである。
ウ被告の主張について
なお,被告は,放射線被曝による急性症状には発症時期,程度,回復時
期等に明確な特徴があり,他方,自然災害や東京大空襲等の被災者にも嘔
吐,下痢,脱毛等の身体症状の発症が確認されており,これらの症状は衛
生状況等の悪化や精神的影響によるものと考えるのが合理的であるから,
遠距離・入市被爆者にこれらの症状が見られたからといって,そのことか
ら,当該被爆者が放射線被曝による急性症状を発症し,ひいては,有意な
被曝をしたものと推論することは不当であると主張する。
しかしながら,遠距離被爆者については爆心地からの距離や遮蔽の存在
等に応じて脱毛等の症状が減少し,入市被爆者については爆心地付近に入
った時期が早く,また滞在時間が長いほど有症率が高いという傾向が見ら
れることは前記のとおりであり,他方,自然災害や東京大空襲等において
嘔吐,下痢,脱毛等の症状が一定割合で生じたことを裏付けるに足りる的
確な証拠はなく,それが遠距離・入市被爆者に生じた症状と同様の傾向を
有するといえるか否かも証拠上明らかではない。そうすると,個別の遠距
離・入市被爆者に生じた上記症状が放射線被曝による急性症状であるか否
かについては,上記症状が放射線被曝以外の原因によっても生じ得るもの
であることをも踏まえて慎重に検討する必要があるとしても,遠距離・入
市被爆者に生じた症状が,およそ放射線の影響によるものではないとする
ことは不合理であり,遠距離・入市被爆者であっても有意な放射線被曝を
し得ることを否定することはできない(他方,明確な急性症状がないから
といって直ちに有意な放射線被曝をしていないということにはならない。)
というべきである。
(7)まとめ
以上によれば,新審査の方針の下での被曝線量の算定方法は,科学的合理
性を肯定することができるものの,シミュレーションに基づく推定値である
ことや測定精度の問題等から一定の限界が存することに十分留意する必要が
あることに加え,初期放射線については,爆心地から1300から1500
メートル以遠において過小評価の可能性があり,誘導放射線及び放射線降下
物による放射線については,内部被曝の影響を考慮していない点を含め,地
理的範囲及び線量評価の両方において過小評価となっている疑いが強いとい
う問題がある。そうすると,DS02等により算定される被曝線量は,飽く
までも一応の目安とするにとどめるのが相当であり,被爆者の被曝線量を評
価するに当たっては,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,活動内容,被
爆後に生じた症状等に照らし,様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能
性がないかどうかを十分に検討する必要があるというべきである。
第2未認定原告らの原爆症認定要件該当性(争点②)
1原告p1について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲C1,乙C1,8,原告p1本人)
(ア)原告p1は,昭和12年○○月○○日生まれの男性であり,昭和20
年8月9日の長崎原爆の投下時には,長崎県西彼杵郡a村の桟橋(爆心
地から約6キロメートル)にいた(当時7歳)。
(イ)原告p1は,同月10日午前8時頃,A大学の学生であった親戚を捜
すため,長姉夫婦らとa村を出発し,同日昼前,b町(爆心地から約1.
5キロメートル),c町(爆心地付近)を経てA大学(爆心地から約0.
5キロメートル)及びA大付属病院(同0.7キロメートル)に至り,
その付近を三,四時間程度捜索した。
(ウ)原告p1は,同月11日も,上記(イ)と同様に長崎市内に入り,親
戚を三,四時間程度捜索した。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲C1,12,乙C
1,4,17,18,証人p10,原告p1本人)
(ア)原告p1には,昭和20年9月頃から,めまい,むかつき,倦怠感,
下痢,下血,鼻血,歯茎からの出血等の症状が現れていた。
(イ)原告p1は,平成13年12月,急性狭心症を発症し,平成14年2
月,ステント留置手術を受けた。
(ウ)原告p1は,平成24年頃,H病院で冠動脈CT検査を受けたところ,
左主幹部に狭窄が生じていることが発見された。
(エ)原告p1と共に長崎市内に入った原告p1の義兄は,昭和59年頃,
白血病で死亡した。
(オ)原告p1は,平成11年頃,H病院で脂質異常症(高脂血症)の治療
を受けており,その総コレステロール値(mg/dl)は,平成10年7月に
は220,平成11年7月には239,同年11月には233,平成1
2年5月には250,急性狭心症と診断された平成13年12月には2
20であったが,これら以外の検査結果は正常値(150から219ま
で)の範囲内であった。
(カ)原告p1は,20歳頃に喫煙を開始し,当初は1日当たり五,六本程
度,30歳代前半頃からは1日当たり20本程度のたばこを吸っていた
が,急性狭心症の発症を機に喫煙をやめた。
(キ)原告p1は,急性狭心症の発症以来,その再発を防ぐため,抗凝固剤,
冠血管拡張剤等を服用している。
(2)事実認定の補足説明
ア被告は,昭和20年8月11日に長崎市内に入ったとする原告p1の供
述はにわかに信用し難いと主張する。
しかしながら,原告p1は,平成2年5月22日に作成した被爆者健康
手帳交付申請書(乙C8)において,「初めて入市した日」を8月10日
とした上で,それ以外にも「s町にまた行きました」と記載しており,2
日にわたって長崎市内に入ったとする点においては当時から一貫している
こと,死亡した母の代わりに原告p1を養育していた長姉夫婦(甲C1)
が原告p1を親戚に預けるなどせずに二度にわたって長崎市内に同行した
としても不自然とはいえないこと等に照らすと,昭和20年8月11日に
も長崎市内に入ったとする原告p1の供述は信用することができる。よっ
て,被告の上記主張は採用することができない。
イまた,被告は,原告p1作成の平成20年5月9日付けの認定申請書(乙
C1)には鼻血及び歯茎からの出血に関する記載がなく,これらについて
の原告p1の供述は信用できないと主張する。
しかしながら,上記認定申請書に係る原爆症認定の申請の際に提出され
た医師意見書(乙C4)には,鼻血及び歯茎からの出血についても記載が
あり,原告p1は,当時,医師に対してこれらの説明をしたと推認される
こと,認定申請書には複数の身体症状が列挙されており,個別の症状につ
いて書き落としがあっても不自然とはいえないこと等に照らすと,鼻血及
び歯茎からの出血に関する原告p1の供述は信用することができる。よっ
て,被告の上記主張は採用することができない。
(3)放射線起因性について
ア放射線被曝の程度について
(ア)前記認定事実によれば,原告p1は,長崎原爆の爆心地から約6キロ
メートル離れた屋外において被爆したのであるから,初期放射線による
有意な被曝はないものと認められる。また,前記のような新審査の方針
の下における線量評価方法によれば,原告p1の誘導放射化物質による
被曝線量は,昭和20年8月10日及び同月11日に爆心地付近を通過
したことを考慮しても,せいぜい0.055グレイ程度であるし(乙A
106),原告p1がj地区に滞在又は居住したと認めるに足りる証拠
はないから,放射性降下物による被曝はないことになる。
(イ)しかしながら,原告p1は,前記認定のとおり,長崎原爆投下の翌日
である昭和20年8月10日及び翌々日である同月11日に,それぞれ
長崎原爆の爆心地付近を通過し,爆心地から約0.7キロメートルの地
点において各三,四時間程度,親戚の捜索活動を行っているのであるか
ら,その間,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を相当量含む
粉塵等に接触することにより,多量の放射性物質が衣服,髪,皮膚等に
付着し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどした可能性が高
いというべきである。そして,前記認定のとおり,原告p1と共に長崎
市内に入った原告p1の義兄が白血病で死亡していること等をも併せ考
慮すれば,原告p1は,誘導放射化物質や放射性降下物からの放射線に
より,新審査の方針の下における線量評価方法による推定値を超えて,
健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の外部被曝及び内部被曝をし
たものと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p1の供述を前提としても,同人が人体の健康
被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主張す
るが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝を軽視
している点等において不当というべきであり,被告の上記主張は採用す
ることができない。
イ狭心症と放射線被曝との関連性について
(ア)原告p1の申請疾病は「狭心症」であるところ,狭心症は,心筋梗塞
と同じく,冠動脈が何らかの原因で閉塞して心筋への血液供給が阻害さ
れ,その結果,心筋細胞が酸素不足(虚血)に陥る虚血性心疾患であり,
その主因は冠動脈硬化症(冠動脈に生ずる粥状動脈硬化)であるとされ
る(乙A173,502,503,証人p10)。
粥状動脈硬化症(アテローム性動脈硬化症)とは,動脈の内側に粥状
の物質(アテローム)が沈着してプラーク(動脈硬化巣)を形成する疾
患であり,形成されたプラークにより血管の内腔が閉塞して血液が流れ
にくくなったり,プラークが破れて血液中に形成された血栓が重要臓器
の血管を詰まらせたりすることによって,心筋梗塞や脳梗塞を引き起こ
すものである(乙A504から507まで,弁論の全趣旨)。
(イ)心筋梗塞及び動脈硬化と放射線被曝との関連性については,①昭和2
5年から昭和60年までの循環器疾患による死亡率は線量との有意な関
係を示しているなどとする寿命調査(以下「LSS」という。)第11
報(乙A162),②昭和25年から平成2年までのがん以外の疾患に
よる死亡者について解析した結果,心疾患の1シーベルト当たりの過剰
相対リスク(当該要因がある場合にリスクが何倍になるかを示す相対リ
スクから1を引いたものであり,当該要因によって増加したリスクの割
合を示す。)は0.14で,90パーセント信頼区間(同一の調査を同
一の計算方法を用いて100回行った場合に90回は母平均値が入る区
間)は0.05から0.22まで,P値(ここでは,当該要因がある群
とない群とで発症率が等しいとする仮説が正しいと仮定した場合に当該
結果が起こり得る確率であり,P値が0.05を下回る場合に上記仮説
が誤りであり両群に有意な差があると判定することが多い。)は0.0
03であり,そのうち冠状動脈性心疾患の同過剰相対リスクは0.06
(90パーセント信頼区間-0.06から0.20まで)であるとする
LSS第12報(乙A163。なお,その考察においては,「影響はも
はや高い線量域に限らない」,「心筋梗塞および脳梗塞,ならびにアテ
ローム性動脈硬化症と高血圧症の様々な指標について有意な線量反応が
観察されている」とされ,その機序に関しても,「免疫能不全が考えら
れる。…T細胞とB細胞の機能的・量的異常において原爆放射線の後影
響がみられる。最近の研究では,クラミジア・ニューモニエ…に感染す
るとアテローム性動脈硬化症が発症しやすいことが示唆されている。」
とされている。),③昭和43年から平成9年までの期間のLSSにお
ける心疾患,脳卒中,呼吸器疾患及び消化器疾患に有意な過剰リスクが
認められたとし,心疾患の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.
17(90パーセント信頼区間0.08から0.26まで,P値0.0
01)であるとするLSS第13報(乙A164),④40歳未満で被
爆した人の心筋梗塞に有意な二次線量反応関係を認め(P値0.05,
1シーベルト当たりの相対リスク1.25,95パーセント信頼区間1.
00から1.69まで),二次モデルでは放射線被曝の寄与リスクは1
6パーセントであった(ただし,喫煙及び飲酒の因子を調整する前のも
の)とする成人健康調査(以下「AHS」という。)第8報(甲A11
5の16),⑤放影研で行った放射線被曝と心・血管疾患及びその危険
因子との関連についての調査結果によれば,心疾患による死亡及び心筋
梗塞が増加しており,大動脈弓の石灰化及び網膜細動脈硬化を認めるこ
とから,被爆者でも被曝の影響として動脈硬化による心血管疾患が増加
していると考えられるとし,動脈硬化や心血管疾患の危険因子である高
血圧,高脂血症及び炎症にも放射線被曝が関与していることも明らかに
なり,これらを介して動脈硬化が促進され,心血管疾患の増加につなが
ったと考えられるとするp12の論文(甲C4。以下「p12論文」という。),
⑥昭和62年から平成5年までに原爆検診を受診した40歳から79歳
の被爆者1万6335例につき,大動脈脈波速度(PWV)を測定した
ところ,被爆と大動脈硬化の関連が認められ,特に被爆時年齢が20歳
未満の男性の若年直接被爆者では大血管の動脈硬化が強く,特に10歳
未満の近距離被爆者に強いとの結果を得たとするp13の論文(甲C5),
⑦昭和25年から平成8年までの間に対象者のうち8463人が心臓病
で死亡し,心疾患については1グレイ当たり0.14の過剰相対リスク
(95パーセント信頼区間0.06から0.23まで,P値<0.00
1)があったとし,低線量被曝でも過剰リスクがあることが示唆された
が,結論として,0.5グレイを上回る被曝線量は心疾患のリスク上昇
に関連していたものの,それより少ない線量では明確ではなかったとす
るp14らの論文(甲C3,乙A193,194。以下「p14論文」とい
う。)等の知見があることが認められる。
また,厚生労働省に設けられた原爆症認定の在り方に関する検討会(後
記第4の2(2)ア(ウ)参照)が取りまとめた「原爆症認定の在り方
に関する検討会報告」(同(エ)参照)は,心筋梗塞について,被爆者
を対象とした疫学調査のみならず,動物実験を含む多くの研究結果によ
り,一定以上の放射線量との関連があるとの知見が集積してきており,
認定疾病に追加する方向でしきい値の設定等の検討を行う必要があると
し(乙A10),これを受けて,新審査の方針は,いわゆる積極認定の
対象疾病として「放射線起因性が認められる心筋梗塞」を掲げている(乙
A1)。
(ウ)以上のとおり,心筋梗塞については,原子爆弾の放射線被曝との関連
性を肯定する疫学的知見が集積しているのであって,新審査の方針にお
いても,いわゆる積極認定の対象疾病として「放射線起因性が認められ
る心筋梗塞」が掲げられていることも考慮すれば,心筋梗塞と放射線被
曝との関連性については,一般的に肯定することができるというべきで
ある(なお,近時,放射線被曝が,ヘルパーT細胞数の減少に伴う免疫
機能低下を引き起こし,ウイルスによる慢性的な炎症反応を誘発し,心
筋梗塞の発症の促進に寄与していることを示唆する複数の研究報告が示
され(LSS第12報,p12論文等),放射線被曝が粥状動脈硬化及び
心筋梗塞の発症を促進する機序についても科学的な知見が集積しつつあ
り,このことは,心筋梗塞と放射線被曝との関連性を更に強固に裏付け
るものということができる。)。そして,狭心症についても,心筋梗塞
と同じく粥状動脈硬化症を主因とする虚血性心疾患であることからすれ
ば,放射線被曝との関連性を一般的に肯定することができるというべき
である。
(エ)これに対し,被告は,①放影研の大規模な疫学調査(LSS,AHS)
においては,高線量被曝に関して心血管疾患リスクの示唆がされている
ものの,低線量被曝に関しては,いまだ心筋梗塞の発症との関連性を肯
定し得るものではない(LSS第13報は,心疾患等のがん以外の疾患
の死亡率について,低線量域における線量反応関係は不確実であるとし
ており,LSS第13報の存在をもって心疾患における低線量の放射線
影響が積極的に肯定するのが一般的知見であるということはできず,A
HS第8報では,統計上喫煙と飲酒による影響が出ないようにこれらの
因子を調整した場合には40歳未満で被爆した人の心筋梗塞と放射線被
曝との間に有意な関係が示されているとはいえないし,LSS第12報
によると,冠状動脈性心疾患の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは
0.06であるが,90パーセント信頼区間の下限値が負(-0.06)
となっており,統計学的に有意な結果とはいえない。),②p14論文に
おいても,放射線との関連性が指摘されているのは「虚血性心疾患」,
「高血圧性心疾患」,「リウマチ性心疾患」,「心不全」及び「その他
の心疾患」の全てを含んだ広いカテゴリである「心疾患」であって「心
筋梗塞」又は「虚血性心疾患」ではない(p14論文に添付されたウェブ
表Bによれば,心筋梗塞だけでなく狭心症等も含んだ「虚血性心疾患」
というカテゴリで見ても,P値は「>0.5」であり,「1グレイ当た
りの過剰相対リスク」の95%信頼区間も「-10%から15%」と下
限値が負となっているのであるから,その死亡率と放射線被曝との関連
性は統計学的に有意とはいえない。)上,0.5グレイ以下の低線量被
曝については,心疾患の死亡率との間に統計学的に有意な関係を示す結
果は得られなかったとされている,③原子放射線の影響に関する国連科
学委員会(以下「UNSCEAR」という。)の2006年(平成18
年)のレポートでは,低線量被曝者における電離放射線と心血管疾患の
因果関係は立証できないと結論づけており,2011年(平成23年)
4月に発表された最新のICRPのステートメントにおいても,p14論
文などの最近の研究結果等も踏まえた上で,不確実性を伴うとしながら,
循環器疾患のしきい値が0.5グレイ程度まで低い可能性があるとの指
摘がされているにすぎないのであって,最新の科学的知見においても,
循環器疾患のしきい値は否定されていない,④狭心症そのものに関する
疫学調査は存在しないところ,「虚血性心疾患」のカテゴリの疫学調査
の結果を見ると,上記のとおり,その発生率と放射線被曝との間に有意
な関係は示されておらず,狭心症と放射線被曝(特に,低線量被曝)と
の関連性を認める科学的知見があるとはいえないと主張する。
しかし,①LSS第13報は,「がん以外の疾患のリスクは1Sv以下
の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠がある。低
線量における線量反応の形状については著しい不確実性が認められ,特
に約0.5Sv以下ではリスクの存在を示す直接的な証拠はほとんどない
が,LSSデータはこの線量範囲で線形性に矛盾しない。」「リスク増
加の全般的特徴から,また機序に関する知識が欠如していることから,
因果関係については当然懸念が生ずるが,この点のみからLSSに基づ
く所見を不適当と見なすことはできない。」としており,低線量被曝の
場合でも関連性があることを示唆する内容であるといえる。また,LS
S第12報についても,冠状動脈性心疾患の過剰相対リスク自体は正の
値を示している上,心疾患の「その他」(過剰相対リスク0.17,9
0パーセント信頼区間0.05から0.31まで)の中には,「心不全」
と記載されているものが1787例(55パーセント)含まれていると
ころ,その中には心筋梗塞が相当数含まれているとみるのが自然である
ことも考慮すると,統計学的な有意性が直ちに否定されるものではない。
そうすると,仮に,AHS第8報においては,統計上喫煙と飲酒の因子
を調整した場合に40歳未満で被爆した人の心筋梗塞と放射線被曝との
間の関係に有意性が認められないとしても,なお心筋梗塞の発症と低線
量被曝との関連性を示唆する十分な疫学的調査が存在するということが
できる。
また,②p14論文は,0.5グレイ以下の被曝線量では心疾患のリス
ク上昇との関連が明確ではなかったとしているものの,心疾患死亡に対
する過剰相対リスクにつき,線形モデルが最も適合し,低線量域でも過
剰リスクがあることが示唆され,しきい値線量の最良の予想は0グレイ
であった(95パーセント信頼上限でおよそ0.5グレイ)とし,より
長期間の追加研究が低線量被曝のリスクについてより正確な推測を提供
するであろうとしていることからしても,心疾患と放射線被曝との関連
性につき,しきい値が存在しないことを想定しているとみるのが合理的
であるところ,心筋梗塞などの虚血性心疾患は,心疾患の主要な類型の
一つであることからすれば,しきい値のあるいわゆる確定的影響に係る
疾病(放射線による健康影響のうち,一定の線量以上の放射線に被曝し
て初めて影響が出現するもの)ではなく,確率的影響に係る疾病(被曝
した放射線量が多いほど影響の出現する確率が高まるもの)であると考
えるのが合理的であり,約0.5グレイ以下の被曝線量であっても,虚
血性心疾患との関連性を直ちに否定することはできないというべきであ
る。なお,p14論文に添付されたウェブ表Bの心筋梗塞及び虚血性心疾
患の分類に係るデータについては,少なくとも高線量域において心筋梗
塞と放射線被曝との関連性が認められることにはほぼ異論がなく,新審
査の方針も「放射線起因性の認められる心筋梗塞」を積極認定の対象疾
病としていること等に照らすと,その信頼性を慎重に検討する必要があ
るところ,p14論文は,死亡診断書上の分析の正確さについて,広いカ
テゴリ(脳卒中及び心疾患)については「かなり良い」としているのに
対し,より細かな疾患の下位分類については「相当悪い」としており,
死亡診断書と剖検報告書との一致率は,虚血性心疾患では69パーセン
トにとどまり,高血圧性心疾患では22パーセントとかなり低いことか
らすれば,高血圧性心疾患に分類されているもののうち相当数が虚血性
心疾患又は心筋梗塞である可能性があるし,また,心不全とは心臓の機
能不全を意味する概念であることから,心不全のカテゴリには相当数の
虚血性心疾患又は心筋梗塞が含まれていると考えるのが自然であり(こ
の点,被告は,死亡診断書に「心不全」との記載をしないよう厚生労働
省が指示をした後,心臓病の死亡率が下がり「がん」等の死亡率が上が
っているから,「心不全」と診断された症例の中には心疾患以外の症例
が多分に含まれていたと主張するが,仮に死亡率の変動が上記のとおり
であるとしても,「心不全」と診断された症例の大多数が心疾患以外の
症例で虚血性心疾患又は心筋梗塞はほとんど含まれていないとまでは認
めることはできない。),同表の心筋梗塞及び虚血性心疾患に係るデー
タを数値どおりに捉えて,心疾患のうち虚血性心疾患及び心筋梗塞につ
いては放射線と間に関連性がないと結論付けることは相当ではないとい
うべきである。
さらに,③UNSCEARの前記レポートは,「今日まで,致死的な
心臓血管疾患と1-2Gy以下の範囲の線量の関連性を示した証拠は日本
における原爆被爆の生存者の解析のみであり」としており(乙A18),
ICRPの前記ステートメントも,医療上の必要により放射性物質が投
与される場合を念頭に置いていると認められること(乙A558)等に
照らすと,これらが原子爆弾による低線量被曝のリスクを否定する趣旨
であると断ずることはできないというべきである。
そして,④狭心症と同じく粥状動脈硬化症を主因とする虚血性心疾患
である心筋梗塞について低線量被曝との関連性を認める科学的知見があ
るというべきことは上記のとおりであるから,狭心症そのものについて
の疫学的調査が存在しないとしても,狭心症と低線量被曝との関連性を
認める科学的知見がないということはできない。
以上によれば,心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患には一定のしき
い値があり,低線量被曝の場合には関連性がない旨の被告の主張は,採
用することができない。
ウ検討
(ア)放射線の影響について
以上のとおり,狭心症と放射線被曝との間には関連性を認めることが
でき,そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的であると
ころ,原告p1は,前記のとおり,健康に影響を及ぼす程度の放射線に
被曝していた可能性が高いというべきである。加えて,原告p1が放射
線被曝の影響が大きいとされる若年時(当時7歳)に被爆していること,
新審査の方針によれば,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」がいわ
ゆる積極認定の対象疾病とされているところ,原告p1は「原爆投下よ
り約100時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市した者」
に該当することなども併せ考慮すれば,原告p1の申請疾病である狭心
症は原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。
(イ)危険因子について
aこの点,被告は,原告p1について,①加齢(発症時64歳),②
喫煙,③脂質異常症(高脂血症),④ストレス(バスの運転)・性格
(几帳面)といった危険因子を指摘し,原告p1の狭心症は,これら
を原因として発症したものとみるのが自然かつ合理的であると主張す
るところ,加齢や脂質異常症(高脂血症),高血圧症,喫煙,糖尿病,
肥満,ストレス,性格,過度の飲酒,家族歴等は,動脈硬化及びこれ
を原因とする心筋梗塞や狭心症の危険因子であると認められる(乙A
506から508まで)。
しかしながら,心疾患の放射線リスクを認めた上で,喫煙,飲酒,
教育,職業,肥満,糖尿病等の交絡因子を調整しても心疾患の放射線
リスクの評価にほとんど影響を及ぼさなかったとするp14論文等の
知見を踏まえれば,上記のような危険因子があるからといって,動脈
硬化やこれを原因とする心筋梗塞・狭心症と放射線被曝との間の関連
性が直ちに否定されるものではないというべきである。
bそして,③脂質異常症(高脂血症)については,高血圧や高脂血症
それ自体が放射線被曝による影響を受けている可能性が示唆されてい
る(p12論文)上(この点,被告は,p12論文が指摘する血圧やコレ
ステロール値に対する放射線被曝の影響はごくわずかであるから,高
血圧や脂質異常症(高脂血症)と低線量の放射線被曝との間に有意な
関係があるとはいえないと主張するが,p12論文は,「若年被爆者に
おいては,加齢に伴う収縮期血圧および拡張期血圧経過が,上方に偏
位している」「加齢に伴うコレステロール経過は全ての被爆時年齢に
おいて,被爆者では上方に偏位している」としており,放射線被曝と
これらの数値の上昇との間に一定の関連性があること自体は否定し難
く,放射線被曝による影響には個人差も大きいと考えられること等を
も考慮すれば,放射線被曝による血圧等の増加の平均値がそれほど大
きな数値ではないからといって,これにより放射線被曝が動脈硬化と
関連していないということはできないというべきである。),原告p
1は,前記認定のとおり,平成11年頃にH病院で脂質異常症(高脂
血症)の治療を受けているが,その総コレステロール値は,正常値の
上限を上回ることもあったもののおおむね正常値の範囲内であり,継
続的に脂質異常症の治療を受けていたと認めるに足りる証拠もないの
であるから,原告p1の狭心症の発症に大きく影響したとはいい難い
(証人p10)。
c他方,②喫煙については,前記認定のとおり,原告p1は長期間に
わたり1日20本程度のたばこを吸っていたところ,喫煙習慣を有す
る者が虚血性心疾患を発症する率は1日当たりの喫煙本数が15本か
ら34本の者では非喫煙者の3倍であるとされていること(乙A51
3)に照らすと,原告p1の狭心症の発症に寄与した可能性は高いと
いうことができる。しかしながら,喫煙による心血管疾患発症リスク
については,禁煙後1年で低下し,2年以降で非喫煙者と変わらなく
なるとする指摘(甲C10,証人p10)や,禁煙期間によってばらつ
きはあるが,喫煙者に比べ危険性は半分から10分の1まで下がった
とする指摘(乙A513)等もあることに照らすと,禁煙をすれば顕
著に低下すると認められるところ,原告p1は,前記認定のとおり,
狭心症を発症した平成13年12月から禁煙をしているにもかかわら
ず,10年以上経過してから冠動脈に狭窄が発見されていることから
すれば,喫煙を過大視することはできないというべきである。
dまた,原告p1の④ストレス・性格については,狭心症の危険因子
となり得るような顕著なものであると認めるに足りる証拠はない。
eそうすると,原告p1の喫煙等の危険因子が狭心症の発症に影響し
ていることは否定できないとしても,これによって原子爆弾の放射線
の影響自体が否定されるものではなく,むしろ,原告p1の放射線被
曝と喫煙等の危険因子とが相まって,狭心症の発症に寄与したものと
考えるのが自然かつ合理的である。よって,被告の上記主張は採用す
ることができない。
(ウ)まとめ
以上によれば,原告p1の原爆症認定の申請に係る狭心症については,
放射線起因性が認められる。
(4)要医療性について
原告p1は,前記認定事実によれば,狭心症の発症以来,その再発を防ぐ
ため,抗凝固剤,冠血管拡張剤等による投薬治療等を継続的に受けており,
当該治療が必要な状態が続いているといえるから,原告p1の狭心症につい
ては,要医療性が認められる。
(5)小括
以上によれば,原告p1は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る狭心症について放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていた
ものと認められる。そうすると,上記申請を却下する処分は違法というべき
であり,取消しを免れない。
2原告p2について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲G1,乙G1,16,原告p2本人)
(ア)原告p2は,昭和5年○月○日生まれの男性であり,昭和20年8月
6日,広島市d町○丁目の自宅(爆心地から約2.5キロメートル)の
木造家屋内において広島原爆に被爆し(当時15歳),倒壊した上記家
屋から避難した。
(イ)原告p2は,同日,建物疎開の作業に出ていた三兄を探すため,数回
にわたりe町方面に捜索に向かい,B駅を越えた辺り(爆心地から約1.
5キロメートル)まで進んだが,それ以上進むことができず,その都度
引き返した。
(ウ)原告p2は,両親及び二兄と共に,同月19日頃までt村(爆心地か
ら約2キロメートル)の収容所において,戻ってきた三兄の看病をして
いたが,同日頃に三兄が死亡した後,f町(同約2.5キロメートル)
の家屋の2階を間借りし,昭和21年3月まで生活していた。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲G1,乙G4,1
2,13,21,22,証人p10,原告p2本人)
(ア)原告p2には,被爆直後から,高熱や右耳に膿がたまるといった症状
が二,三か月にわたって見られ,その後も,全身倦怠感,肝炎,腰痛等
といった症状が現れた。
(イ)原告p2は,平成15年10月に急性心筋梗塞(後壁)を発症し,平
成20年4月に急性心筋梗塞(前壁)を発症した。
(ウ)原告p2と同様に被爆したその両親及び二兄は,いずれもがんで死亡
し,原告p2の三女は,水頭症で死亡した。
(エ)原告p2は,20歳頃から多いときで1日40本程度のたばこを吸っ
ていたが,50歳になったときから禁煙を続けている。
(オ)原告p2は,60歳頃に高血圧を指摘され,また,平成16年頃には
高脂血症と指摘されたが,いずれについても投薬治療が必要とはされて
おらず,平成15年10月,平成20年5月及び同年9月の時点では,
高脂血症の状態にはなかった。
(カ)原告p2は,急性心筋梗塞の発症以来,その再発を防ぐため,抗凝固
剤等を服用している。
(2)事実認定の補足説明
ア被告は,昭和20年8月6日に三兄を探しにB駅付近及びe町の手前近
くまで数回入ったとする原告p2の供述は,被爆者健康手帳交付申請書等
に記載がないこと等に照らし,にわかに信用し難いと主張する。
しかしながら,原告p2は,いわゆる直接被爆者として被爆者健康手帳
交付申請をしているのであるから(乙G16),その申請書に自宅で被爆
した後の入市状況についての記載がなくても不自然であるとはいえないと
ころ,本人尋問においても,川を渡ったかどうかは記憶がはっきりしない
が国鉄の線路を越えた記憶はあるとするなど,記憶に従い具体的に供述し
ていると認められるのであって(原告p2本人),その供述は信用するこ
とができる。そうすると,原告p2は,同日,少なくともB駅を越えた辺
りまで数回行ったものと認められる。よって,被告の上記主張は採用する
ことができない。
イ他方,原告p2は,被爆後に下痢の症状があったと主張しており,これ
に沿う原告p2の供述等(甲G1,原告p2本人)もある。
しかしながら,原告p2の被爆者健康手帳交付申請書(乙G16)や原
爆症認定に係る認定申請書(乙G1)には,右耳の膿や高熱といった症状
については具体的な記載があるにもかかわらず,下痢については本件訴訟
に至るまで一切言及されていなかったものであり,それまで下痢のみを一
貫して書き落とす合理的理由も見当たらないことからすれば,原告p2の
上記供述は信用することができず,原告p2に被爆後に下痢の症状が現れ
たと認めることはできない。
(3)放射線起因性について
ア放射線被曝の程度について
(ア)前記認定事実によれば,原告p2は,広島原爆の爆心地から約2.5
キロメートル離れた木造家屋内において被爆したのであるから,初期放
射線による被曝線量はせいぜい0.0125グレイ程度にとどまる(乙
A105の1)。また,前記のような新審査の方針の下における線量評
価方法によれば,原告p2の誘導放射化物質による被曝線量は,昭和2
0年8月6日に広島原爆の爆心地から約1.5キロメートルの地点に立
ち入ったことを考慮しても,0.0039グレイに満たない程度である
し(乙A106,弁論の全趣旨),原告p2がp・q地区に滞在又は居
住したと認めるに足りる証拠はないから,放射性降下物による被曝はな
いことになる
(イ)しかしながら,原告p2は,前記認定のとおり自宅が倒壊した際やB
駅付近(爆心地から約1.5キロメートル)に立ち入った際に,誘導放
射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を相当量含む粉塵等に接触し,さ
らに,t村の収容所(同約2キロメートル)において,10日以上にわ
たってe町で直接被爆した三兄の看護した際に,誘導放射化した三兄の
体に直接触れるなどし,その後もf町(同約2.5キロメートル)の家
屋に約半年間居住している間に多量の放射性物質が衣服,髪,皮膚等に
付着し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどした可能性が高
いというべきである。そして,前記認定のとおり,原告p2と同様に被
爆したその両親及び二兄がいずれもがんで死亡しており,原告p2の三
女が水頭症で死亡していること等をも考慮すれば,原告p2は,誘導放
射化物質や放射性降下物からの放射線により,新審査の方針の下におけ
る線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当
程度の線量の外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p2の供述を前提としても,同人が人体の健康
被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主張す
るが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝を軽視
している点等において不当というべきであり,採用することができない。
イ心筋梗塞と放射線被曝との関連性について
原告p2の申請疾病は「心筋梗塞」であるところ,前記のとおり,心筋
梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めることができ,そこに一定のし
きい値は存在しないと考えるのが合理的というべきである。
ウ検討
(ア)放射線の影響について
前記のとおり,心筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めること
ができ,そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的である
ところ,原告p2は,健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝していた
可能性が高いというべきである。加えて,原告p2が放射線被曝の影響
が大きいとされる若年時(当時15歳)に被爆していること,新審査の
方針によれば,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」がいわゆる積極
認定の対象疾病とされているところ,原告p2は「被爆地点が爆心地よ
り約3.5キロメートル以内である者」,「原爆投下より約100時間
以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市した者」及び「原爆投下
より約100時間経過後から,原爆投下より約2週間以内の期間に,爆
心地から約2キロメートル以内の地点に1週間程度以上滞在した者」の
いずれにも該当することなども併せ考慮すれば,原告p2の申請疾病で
ある心筋梗塞は原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。
(イ)危険因子について
aこの点,被告は,原告p2について,①加齢(発症時73歳),②
高血圧,③脂質異常症(高脂血症),④喫煙といった因子を指摘し,
原告p2の心筋梗塞は,これらを原因として発症したものとみるのが
自然かつ合理的であると主張するところ,これらの因子が動脈硬化及
びこれを原因とする心筋梗塞の危険因子であると認められることは前
記のとおりである。
しかしながら,前記のとおり,上記のような危険因子があるからと
いって,動脈硬化やこれを原因とする心筋梗塞と放射線被曝との間の
関連性が直ちに否定されるものではない。
bそして,②高血圧及び③脂質異常症(高脂血症)については,前記
のとおり,それ自体が放射線被曝による影響を受けている可能性が示
唆されている上,原告p2は,前記認定のとおり,高血圧及び高脂血
症と指摘されたことはあるものの,投薬治療の必要はない状態であっ
た上,継続的に血圧が高い状態であったと認めるに足りる証拠はなく,
心筋梗塞を発症した平成15年及び平成20年頃に高脂血症の状態で
あったとも認められないのであるから,これらを過大視することはで
きないというべきである(証人p10)。
cまた,④喫煙については,その心血管疾患発症リスクは,前記のと
おり,禁煙をすれば顕著に低下すると認められるところ,原告p2は,
前記認定のとおり,心筋梗塞を発症する20年以上前から禁煙してい
るのであるから,これが原告p2の心筋梗塞の発症に影響したとはい
い難い。
dそうすると,原告p2の高血圧等の危険因子が心筋梗塞の発症に影
響していることは否定できないとしても,これによって原子爆弾の放
射線の影響自体が否定されるものではなく,むしろ,原告p2の放射
線被曝と高血圧等の危険因子とが相まって,心筋梗塞の発症に寄与し
たものと考えるのが自然かつ合理的である。よって,被告の上記主張
は採用することができない。
(ウ)まとめ
以上によれば,原告p2の原爆症認定の申請に係る心筋梗塞について
は,放射線起因性が認められる。
(4)要医療性について
原告p2は,前記認定事実によれば,心筋梗塞の発症以来,その再発を防
ぐため,抗凝固剤等による投薬治療等を継続的に受けており,当該治療が必
要な状態が続いているといえるから,原告p2の心筋梗塞については,要医
療性が認められる。
(5)小括
以上によれば,原告p2は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る心筋梗塞について放射線起因性及び要医療性の要件を満たしてい
たものと認められる。そうすると,上記申請を却下する処分は違法というべ
きであり,取消しを免れない。
3原告p4について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲J1,乙J1,11,原告p4本人)
(ア)原告p4は,大正14年○○月○○日生まれの男性であり,昭和20
年8月9日,所属する軍部隊の駐屯先である長崎市w町にある長崎市立
C小学校(爆心地から約4.5キロメートル)の校舎内で長崎原爆に被
爆した(当時19歳)。
(イ)原告p4は,同日,所属部隊と共に救護活動に向かい,長崎駅付近(爆
心地から約2.3キロメートル)まで進んだが,火災のため,それ以上
進むことができなかった。
(ウ)原告p4は,同月11日から同月15日頃まで,連日,u(爆心地か
ら約1キロメートル)において,1日数時間ずつ,遺体の搬送や道路の
整備等の作業に従事した。
(エ)原告p4は,その後,同年9月15日まで,前記C小学校で待機して
いたが,同日,大阪へ向かうため,同所を出発した。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲J1,6,乙J1,
2,4,18,19,証人p10,原告p4本人)
(ア)原告p4は,昭和40年頃に歯槽膿漏のような症状が現れて歯が抜け
るようになり,平成9年頃には右眼白内障を,平成18年5月には急性
心筋梗塞を,平成20年には左眼白内障を,平成23年11月には脳梗
塞を,それぞれ発症した。
(イ)原告p4は,20歳頃から喫煙を始め,昭和40年頃には1日当たり
20本程度のたばこを吸っていたが,平成11年頃から喫煙本数を減ら
して平成14年頃には1日当たり13本程度とし,さらに,急性心筋梗
塞の発症後に完全に喫煙をやめた。
(ウ)原告p4は,昭和63年2月に血圧(収縮期血圧/拡張期血圧・mmHg)
が160/100となり,その後,高血圧の治療を受けるとともに,平
成17年頃までの間,たびたび慢性疾患指導(食塩制限)等を受けてい
たが,同年3月以降の血圧は,150/80程度となったことが数回あ
るほかは,おおむね120/80程度で推移していた。
(エ)原告p4は,急性心筋梗塞の発症以来,その再発を防ぐため,抗凝固
剤,血管拡張剤等を服用している。
(2)放射線起因性について
ア放射線被曝の程度について
(ア)前記認定事実によれば,原告p4は,長崎原爆の爆心地から約4.5
キロメートル離れた校舎内で被爆したのであるから,初期放射線による
被曝線量はせいぜい0.00007グレイ程度にとどまる(乙A105
の1,弁論の全趣旨)。また,前記のような新審査の方針の下における
線量評価方法によれば,原告p4の誘導放射化物質による被曝線量は,
昭和20年8月9日に長崎原爆の爆心地から約2.3キロメートルの地
点に立ち入り,同月11日から同月15日頃まで同約1キロメートルの
地点に立ち入ったことを考慮しても,0.0001358グレイを下回
るし(乙A106,弁論の全趣旨),原告p4がj地区に滞在又は居住し
たと認めるに足りる証拠はないから,放射性降下物による被曝はないこ
とになる。
(イ)しかしながら,原告p4は,前記認定のとおり長崎駅付近に立ち入っ
た際に,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を相当量含む粉塵
等に接触し,さらに,uにおいて遺体搬送や道路整備等の作業に従事し
た際,誘導放射化した遺体に直接触れたり,粉塵を吸引したりしている
と認められるのであって,多量の放射性物質が衣服,髪,皮膚等に付着
し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどした可能性が高いと
いうべきである。そうすると,原告p4は,誘導放射化物質や放射性降
下物からの放射線により,新審査の方針の下における線量評価方法によ
る推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の外部被
曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p4は人体の健康被害の観点から有意な線量の
被曝をしたということはできないと主張するが,誘導放射化物質や放射
性降下物による外部被曝や内部被曝を軽視している点等において不当と
いうべきであり,採用することができない。
イ心筋梗塞と放射線被曝との関連性について
原告p4の申請疾病は「心筋梗塞症」であるところ,前記のとおり,心
筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めることができ,そこに一定の
しきい値は存在しないと考えるのが合理的というべきである。
ウ検討
(ア)放射線の影響について
前記のとおり,心筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めること
ができ,そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的である
ところ,原告p4は,健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝していた
可能性が高いというべきである。加えて,原告p4が放射線被曝の影響
が大きいとされる若年時(当時19歳)に被爆していること,新審査の
方針によれば,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」がいわゆる積極
認定の対象疾病とされているところ,原告p4は「原爆投下より約10
0時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市した者」に該当す
ることなども併せ考慮すれば,原告p4の申請疾病である心筋梗塞症は
原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。
(イ)危険因子について
aこの点,被告は,原告p4について,①加齢(発症時81歳),②
喫煙,③高血圧といった危険因子を指摘し,原告p4の心筋梗塞は,
これらを原因として発症したものとみるのが自然かつ合理的であると
主張するところ,これらの因子が動脈硬化及びこれを原因とする心筋
梗塞の危険因子であると認められることは前記のとおりである。
しかしながら,前記のとおり,上記のような危険因子があるからと
いって,動脈硬化やこれを原因とする心筋梗塞と放射線被曝との間の
関連性が直ちに否定されるものではない。
bそして,③高血圧については,前記のとおり,それ自体が放射線被
曝による影響を受けている可能性が示唆されている上,原告p4は,
前記認定のとおり,高血圧の治療を受けており,急性心筋梗塞を発症
する前である平成17年3月頃以降の血圧はおおむね120/80程
度で推移していたのであるから,これを過大視することはできないと
いうべきである。
cまた,②喫煙についても,原告p4は,前記認定のとおり,急性心
筋梗塞を発症するまでは一定量の喫煙をしていたものの,急性心筋梗
塞を発症した平成18年5月以降は完全に禁煙をしていたにもかかわ
らず,平成23年11月に動脈硬化を主因とする脳梗塞を発症してい
るのであって,喫煙による心血管疾患発症リスクは,前記のとおり,
禁煙をすれば顕著に低下すると認められること等を考慮すれば,原告
p4の喫煙が心筋梗塞の発症に相当程度影響していることは否定でき
ないとしても,その影響を過大視することはできないというべきであ
る。
dそうすると,原告p4の喫煙等の危険因子が心筋梗塞の発症に影響
していることは否定できないとしても,これによって原子爆弾の放射
線の影響自体が否定されるものではなく,むしろ,原告p4の放射線
被曝と喫煙等の危険因子とが相まって,心筋梗塞の発症に寄与したも
のと考えるのが自然かつ合理的である。よって,被告の上記主張は採
用することができない。
(ウ)まとめ
以上によれば,原告p4の原爆症認定の申請に係る心筋梗塞症につい
ては,放射線起因性が認められる。
(4)要医療性について
原告p4は,前記認定事実によれば,急性心筋梗塞の発症以来,その再発
を防ぐため,抗凝固剤,血管拡張剤等による投薬治療等を継続的に受けてお
り,当該治療が必要な状態が続いているといえるから,原告p4の心筋梗塞
症については,要医療性が認められる。
(5)小括
以上によれば,原告p4は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る心筋梗塞症について放射線起因性及び要医療性の要件を満たして
いたものと認められる。そうすると,上記申請を却下する処分は違法という
べきであり,取消しを免れない。
4原告p5について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲K1から3まで,乙K1,7,原告p5本人)
(ア)原告p5は,昭和9年○月○○日生まれの男性であり,昭和20年8
月6日の広島原爆の投下時には,学童疎開で広島県比婆郡g町にいた(当
時10歳)。
(イ)原告p5の両親,兄及び姉は,広島市内で広島原爆に被爆し,その後,
原告p5のいるg町へ避難してきた。
(ウ)原告p5は,同月10日,自宅の家財を回収し,異母姉らを捜索する
ため,両親及び姉と共に鉄道で広島市へ向かい,午前中に広島駅(爆心
地から約2キロメートル)に到着し,その後,h町(同約0.8キロメ
ートル)で異母姉らの捜索をし,自宅のあったi町(同約1キロメート
ル)で家財を素手で掘り出す作業をするなどした。
(エ)原告p5は,同日夜,D小学校(同約0.5キロメートル)に宿泊し,
その際,握り飯を食べたり,遺体を焼く煙を吸ったりした。
(オ)原告p5は,同月11日頃,g町へ戻り,その約半年後,vへ移り住
んだ。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲K1,4,8,1
1,12,証人p22,原告p5本人)
(ア)原告p5には,広島市からg町に戻った後,1年ほどの間,全身の倦
怠感,歯茎からの出血等の症状が現れ,また,vに移り住んだ頃には全
身にできものができ,膿が出るなどした。
(イ)原告p5は,平成6年2月頃,右頸部に腫瘍が発見され,同年5月に
は,舌がんが発見されため,放射線治療と化学療法による治療を受けて
いたが,その後,リンパへのがんの転移が発見されたため,平成7年1
1月に右頸部リンパ節郭清術を受けた。
(ウ)原告p5は,上記手術の際の副神経切断により右腕が上がりにくくな
っていたところ,平成16年頃から上記の右上肢挙上障害の症状が悪化
するとともに左上肢にも挙上障害が生じ,平成19年10月,I病院に
おいて,舌がんの放射線治療による放射線障害によって神経細胞が減少
したことによる両側腕神経叢障害(放射線治療後)と診断され,その頃
から内服薬による治療を受けるようになった。
(エ)原告p5は,平成21年3月,上肢挙上障害について筋萎縮性側索硬
化症の亜型であるFlailarmsyndromeと診断され,その治療を受けるよ
うになったが,その後,上肢挙上障害についての積極的な治療は中止さ
れ,経過観察のみが行われるようになった。
(オ)原告p5は,平成6年6月に慢性甲状腺炎(橋本病)との診断を受け,
平成8年頃には甲状腺機能低下症を発症し,その頃から,甲状腺ホルモ
ン剤(チラージン)を継続的に服用していた。
(2)事実認定の補足説明
被告は,原告p5の入市状況に関する供述の内容は,原告p5の父親のA
BCC調査への回答や両親の被爆者健康手帳交付申請書の内容と矛盾してお
り,また,合理的理由なく変遷しているものであって,到底信用することは
できないから,原告p5が昭和20年8月10日に入市したことが立証され
ているとはいえないと主張する。
しかしながら,原告p5は,平成6年10月24日,昭和20年8月10
日に広島市i町に行った旨の記載のある被爆者健康手帳交付申請書を提出し,
現に入市被爆者として被爆者健康手帳の交付を受けているところ(乙K7の
2),①原告p5の父は,昭和31年のABCC調査の際,原告p5が入市
したのは昭和22年11月10日であるとし(乙K12),原告p5の両親
が昭和35年に提出した被爆者健康手帳交付申請書にはいずれもg町に避難
した後は入市していない旨の記載があるものの,これらは,原告p5の両親
が原告p5の被爆の事実を隠すために虚偽の事実を述べたものである可能性
が高いこと,②原告p5の両親らが,いったんg町まで避難しながら,家財
の回収等のために原告p5を連れて再度入市したとする点も,当時,原子爆
弾の放射線の影響等が広く知られていなかったこと等に照らすと不合理とま
ではいえないこと,③原告p5は,本人尋問において異母姉らの捜索につい
ては言及していないが,積極的に否定をしているわけでもなく,この点につ
いて変遷があるとはいえないし,入市した日にD小学校に宿泊したとする点
等についても,被爆者健康手帳交付申請書(乙K7の2)において宿泊させ
てもらったとする知人ら(同申請の際に同内容の証明書を提出している。)
と会った場所や時期,宿泊の場所等については,同申請がされたのが広島原
爆の投下の約50年後であることからすれば,原告p5及び知人らの双方に
記憶の混乱があっても不自然でないところ,同小学校に行ったこと自体は同
申請書にも記載があること,④上記の被爆者健康手帳交付申請書には「爆心
地に一番近い場所」に行った日時として「8月10日14時頃」との記載が
あるが,これは,当該場所として記載されているi町に行った日時と見るの
が自然であるから,上記の記載は,広島駅に同日午前中に着いたとする原告
p5の上記供述と矛盾するものではないこと等に照らすと,原告p5の上記
供述は十分に信用することができるというべきである。よって,被告の上記
主張は採用することができない。
(3)慢性甲状腺炎(橋本病)について
ア放射線起因性について
(ア)放射線被曝の程度について
a前記認定事実によれば,原告p5は,広島原爆の投下時には広島県
比婆郡g町にいたのであるから,初期放射線による被曝はないものと
認められる。また,前記のような新審査の方針の下における線量評価
方法によれば,原告p5の誘導放射化物質による被曝線量は,昭和2
0年8月10日に爆心地から1キロメートル以内に立ち入ったことを
考慮しても,0.000624グレイをはるかに下回る程度であるし
(乙A106,弁論の全趣旨),原告p5がp・q地区に滞在又は居
住したと認めるに足りる証拠はないから,放射性降下物による被曝は
ないことになる。
bしかしながら,原告p5は,前記認定のとおり,広島原爆の投下の
4日後である昭和20年8月10日午前中に爆心地から約2キロメー
トルの広島駅に到着し,その後,爆心地から約1キロメートルのi町
で家財を掘り出す作業に従事するなどし,同日夜は爆心地から約0.
5キロメートルのD小学校に宿泊して,その際に握り飯を食べるなど
しているのであるから,その間,誘導放射化した粉塵や放射性降下物
の微粒子を相当量含む粉塵等に接触することにより,多量の放射性物
質が衣服,髪,皮膚等に付着し,又は呼吸や飲食を通じてこれらを体
内に取り込むなどした可能性が高いというべきである。そうすると,
原告p5は,誘導放射化物質や放射性降下物からの放射線により,新
審査の方針の下における線量評価方法による推定値を超えて,健康に
影響を及ぼすような相当程度の線量の外部被曝及び内部被曝をしたも
のと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p5の供述を前提としても,同人が人体の健
康被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主
張するが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝
を軽視している点等において不当というべきであり,採用することが
できない。
(イ)慢性甲状腺炎(橋本病)及び甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連
性について
a原告p5の第1の申請疾病は「慢性甲状腺炎(橋本病)」とされて
いるが,実質的には,慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症が申請さ
れているものと認められる(弁論の全趣旨)。
甲状腺機能低下症は,甲状腺ホルモンの欠乏又は作用不足により易
疲労感や無気力等の症状を示す病態であるところ,その95パーセン
トは甲状腺自体の障害による原発性のもの(甲状腺ホルモン(T4,
T3)低値及び甲状腺刺激ホルモン(TSH)高値によって診断され
る。なお,T3,T4が正常値でTSHのみ高値の場合は,潜在性甲
状腺機能低下症と診断される。)であり,その大部分は,慢性甲状腺
炎を原因とする(乙A601,606,613)。慢性甲状腺炎は,
甲状腺における慢性炎症性の疾患であり,自己免疫性疾患の一つ(甲
状腺自己抗体(抗マイクロゾーム抗体,抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗
体,抗サイログロブリン抗体)陽性により診断されることが多い。)
とされる(乙A606,613)。
b甲状腺が高線量の放射線被曝により破壊され,甲状腺機能低下症が
起こることについては異論がなく,そのしきい値については確立した
知見がないところ(乙A610,613),慢性甲状腺炎及び甲状腺
機能低下症と低線量の放射線被曝との関連性については,①昭和59
年に受診した広島原爆の被爆者9159人における甲状腺機能低下症
の頻度は,男女とも近距離被爆者群(1.5キロメートル以内群)が
対照群(3キロメートル以遠群)よりも有意に高く,また,被曝線量
の増加とともに高率となり,さらに,甲状腺機能低下症症例のマイク
ロゾーム抗体陽性率は近距離被爆者群では対照群に比して男女いずれ
も著明に低率であったとし,甲状腺機能低下症が被曝線量と統計上有
意に相関していることを示すとともに,自己免疫性の以外のものも含
めた甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連の可能性について指摘し
たp15らの報告(甲A161の2文献5),②同年から長崎のAHS
集団1745人を対象に行った甲状腺疾患の調査において,被爆者全
体の甲状腺機能低下症の発生頻度は0ラド群と比して有意な増加が認
められ,被曝線量別に見ると1から49ラド群についてのみ0ラド群
に比して有意な発生頻度の増加が認められたなどとするp16らの報
告(甲A161の2文献7。以下「p16論文」という。),③同年か
ら昭和62年に長崎のAHS集団1978人を対象に行った甲状腺疾
患の調査において,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲
状腺機能低下症)においては有病率が0.7±0.2シーベルトで最
大レベルに達する上に凸の線量反応を示したとするp17らの報告(甲
161の2文献3。以下「p17論文」という。なお,p17論文は,マ
ーシャル諸島の核実験で被爆した子どもに10年以内に甲状腺機能低
下症が認められたこと,マーシャル諸島の住民の甲状腺被曝は主とし
て内部放射線によるものであったこと,その甲状腺機能低下症の多く
は自己免疫性甲状腺機能低下症ではなかったことも指摘している。),
④長崎のj地区住民の甲状腺機能(遊離T4)が,正常値の範囲内では
あるが対照群に比して有意に低く,この差は被爆時年齢20歳以下の
集団で顕著であったとするp18らの報告(甲161の2文献1参照),
⑤甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒
症,慢性リンパ性甲状腺炎,甲状腺機能低下症のうち1つ以上が存在
する疾患)と被曝線量との関係を解析すると有意な正の線量反応が見
られ(1グレイ当たりの相対リスク1.30,P値<0.0001,
95パーセント信頼区間1.16から1.47まで),特に若年で被
爆した人でリスクの増加が見られるとするAHS第7報(甲A161
の2文献9),⑥甲状腺疾患における1シーベルト当たりの相対リス
クは1.33(P値<0.0001,95パーセント信頼区間1.1
9から1.49まで)であり,リスクは20歳未満で被爆した者で顕
著に増大したとするAHS第8報(甲A161の2文献12)のほか,
⑦甲状腺炎自然発症マウスNOD-H2h4において,0.5グレイ単独放射
線全身照射により甲状腺自己免疫(甲状腺炎と抗サイグロブリン抗体
価)が有意に増悪したとするp19らの報告(甲A279。以下「p19
論文」という。)等の知見があることが認められる。
また,医療分科会は,平成21年6月22日,新審査の方針を改定
し,いわゆる積極認定の対象疾病に,「放射線起因性が認められる甲
状腺機能低下症」を追加した(乙A1の2)。
c以上のとおり,甲状腺が高線量の放射線被曝により破壊され,甲状
腺機能低下症が起こることについては異論がなく,そのしきい値につ
いては確立した知見がないところ,慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下
症と低線量の放射線被曝との関連性を肯定する疫学的知見が存在して
おり,新審査の方針のいわゆる積極認定の対象疾病に「放射線起因性
が認められる甲状腺機能低下症」が追加されたこと等をも考慮すれば,
慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について
は,低線量域を含めて,一般的に肯定することができるというべきで
ある。
dこの点,被告は,①p16論文及びp17論文は,いずれも,一定の低
線量被曝群についてのみ甲状腺機能低下症の有意な増加が認められる
とするところ,仮に甲状腺機能低下症に放射線起因性が認められるの
であれば,当該群だけでなく他の被曝群についても対照群との有意差
を示し,被曝線量が増すにつれて有症率も増加するはずであるにもか
かわらず,上記のような上に凸の線量反応関係が示されたことについ
て何ら理論的・実験的な説明がされていない,②AHS第7報及び第
8報は,いずれも,甲状腺疾患全体を対象としたものであり,特定の
甲状腺疾患に対する放射線の影響について評価したものではないから,
これらに依拠して甲状腺機能低下症と放射線との関連があるというこ
とはできない,③平成12年から平成15年にかけて広島及び長崎の
AHS集団3185人を対象に行った甲状腺疾患の調査において,甲
状腺自己抗体陽性率は放射線の線量に関連しておらず(P値0.20),
甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症も同抗体陰性甲状腺機能低下症
も線量に関連していなかった(P値はそれぞれ0.92及び0.31)
とするp20らの報告(乙A608,609。以下「p20論文」という。)
によりp17論文における調査の結果は否定された,④p19論文は,マ
ウスの慢性甲状腺炎の増悪を調査したものであり,そのまま人に適用
できるか不明である上,放射線により慢性甲状腺炎が発症し得るか否
かも明らかでない,⑤p20論文等の文献レビューにより,最新の調査
では自己免疫性甲状腺機能低下症においても有意な関係が認められず
甲状腺自己抗体陽性率及び甲状腺機能低下症一般においては被曝線量
との関連性は認められていないとするp21の研究(乙A610。以下
「p21論文」という。)や,これまでの被爆者における研究では甲状
腺機能低下症,慢性甲状腺炎及び甲状腺自己抗体陽性のいずれについ
ても甲状腺被曝線量との有意な関係は認められていないとする放射線
被曝者医療国際協力推進協議会編「原爆放射線の人体影響改訂第2版」
の解説(乙A613)等がある上,チェルノブイリ事故の放射線被曝
の自己免疫性甲状腺炎への影響を他の要因から切り出すには非常に慎
重な調査が必要であるとするUNSCEARの2008年(平成20
年)のレポート(乙A611)や,甲状腺機能低下症を引き起こす線
量は甲状腺線量で25から30グレイ程度(分割照射)であると推定
されるとするICRPの報告書(乙A604,弁論の全趣旨)等をも
踏まえれば,現在の一般的な医学的・科学的知見として甲状腺機能低
下症と低線量の放射線被曝との間に関連性があるとは到底認められな
いと主張する。
しかし,①p16論文及びp17論文の調査結果において上に凸の線量
反応関係が示されたことについては,高線量の被曝をして甲状腺機能
低下症を発症すべき者が早期に死亡するなどしたために調査対象に含
まれなかった可能性を否定できない上(この点,被告は,p17論文は
「本調査のデータは,放射線治療を受けた者および原爆被爆者におけ
る甲状腺癌の頻度の増加を報告した以前の調査結果と一致している」
としており,高線量を浴びた被爆者も調査対象に含まれていたことは
明らかであるとするが,上記の記載は,DS86による推定線量値が
得られていない群(unavailable群)について,より精度の低い推定
方式(T65D)による線量を仮に用いて解析した結果についてのも
のであり,同群を除外した解析では,甲状腺線量と有症率の間には単
調増加の線量反応関係が示唆されたものの有意ではなかった(P値0.
09)とされていること(甲A161の2文献3)に照らしても,被
告の上記主張は採用することができない。),具体的な機序が未解明
であるからといって,このような線量反応関係が直ちに不自然であり,
低線量域における線量反応関係を認めた調査結果が不合理であると断
ずることもできない(なお,上記の点について,p16論文及びp17
論文は,原子爆弾の放射線被曝による免疫系の異常の発生は発がんと
違った機序によることを示唆していると考えられるとする。)。
また,②AHS第7報及びAHS第8報は,たしかに,甲状腺疾患
全体の線量反応関係を検討したものであり,甲状腺機能低下症のみに
ついて解析をした場合に異なる結果が出る余地があることは否定でき
ないし,④p19論文におけるマウスの慢性甲状腺炎の増悪についての
調査結果が,人の慢性甲状腺炎の発症について直ちに適用できるもの
でないことはいうまでもないが,これらの報告は,低線量の放射線被
曝が甲状腺に対して一定の障害作用を有することを示唆するものとい
うことができ,その限りにおいては,慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低
下症と低線量の放射線被曝との関連を検討する上でも意味を持つとい
うべきである。
さらに,③p20論文は,それ自体,p17論文の調査結果との違いに
ついて,「時間の経過に伴い対象者の線量分布が変化したこと(死亡
およびがんのリスクは放射線量に依存するため)」等に起因するかも
しれないとしており(なお,時間の経過は,高線量に被曝した被爆者
の割合を低下させるというよりも,低線量に被曝した者も含めて放射
線起因性のある疾病を発症した者の割合を低下させる可能性があるよ
うに思われる。),上記調査結果を明示的に否定するものではないの
であるから,慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症と低線量の放射線被
曝との関係を認めるp17論文等の知見が,p20論文によって否定され
たと断ずることはできない。そして,このことは,⑤p20論文を引用
するp21論文及び「原爆放射線の人体影響改訂第2版」の前記解説や,
UNSCEARの前記レポート及びICRPの前記報告書(なお,同
報告書は,正常な成人の甲状腺に対する重篤な機能的損傷のしきい値
を30日間の分割照射で約25から30グレイ程度と推定しつつ,よ
り低線量でも損傷を受ける可能性はあるとしている(乙A604)。)
についても同様である。
以上によれば,甲状腺機能低下症と低線量の放射線被曝との間に関
連性があるとは到底認められないとの被告の主張は,採用することが
できない。
(ウ)検討
a放射線の影響について
以上のとおり,慢性甲状腺炎及び甲状腺機能低下症と放射線被曝と
の間には低線量域を含めて関連性を認めることができるところ,原告
p5は,前記のとおり,健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝して
いた可能性が高いというべきである。加えて,原告p5が放射線被曝
の影響が大きいとされる若年時(当時10歳)に被爆していること,
新審査の方針によれば,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下
症」が積極認定の対象疾病とされているところ,原告p5が「原爆投
下より約100時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市し
た者」に該当することなども併せ考慮すれば,原告p5の申請疾病で
ある慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症は,原子爆弾の放射線に起
因すると認めるのが相当である。
b危険因子について
この点,被告は,原告p5について,加齢(慢性甲状腺炎発症時5
9歳,甲状腺機能低下症発症時62歳)を指摘し,原告p5の慢性甲
状腺炎による甲状腺機能低下症は,これを原因として発症したものと
見るのが自然かつ合理的であると主張するところ,慢性甲状腺炎も甲
状腺機能低下症も,一般論としては加齢に伴って増加する傾向にある
と認めることができる(乙A601,603)。
しかしながら,原告p5が健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝
していた可能性が高いことは前記のとおりであり,甲状腺機能低下症
発症時に62歳と比較的高齢であったというだけでは放射線起因性を
否定することはできないというべきである。よって,被告の上記主張
は採用することができない。
cまとめ
以上によれば,原告p5の原爆症認定の申請に係る慢性甲状腺炎に
よる甲状腺機能低下症については,放射線起因性が認められる。
イ要医療性について
原告p5は,前記認定事実によれば,甲状腺機能低下症を発症した頃か
ら甲状腺ホルモン剤(チラージン)による投薬治療等を継続的に受けてお
り,当該治療が必要な状態が続いていたといえるから,原告p5の慢性甲
状腺炎による甲状腺機能低下症については,要医療性が認められる。
(4)舌がん術後後遺症について
ア放射線起因性について
(ア)原告p5の第2の申請疾病は「舌がん術後後遺症」であるが,その具
体的内容は,右上肢挙上障害であると認められる(弁論の全趣旨)。と
ころで,原告p5は,前記のとおり,原子爆弾の放射線により健康に影
響を及ぼすような相当程度の線量の外部被曝及び内部被曝をした可能性
が高く,原告p5が放射線被曝の影響が大きいとされる若年時(当時1
0歳)に被爆していること,新審査の方針によれば,「悪性腫瘍(固形
がんなど)」がいわゆる積極認定の対象疾病とされているところ,原告
p5は「原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2キロメートル
以内に入市した者」に該当することなども併せ考慮すれば,原告p5に
喫煙歴があったとしても,その舌がんは原子爆弾の放射線に起因すると
認めることができる。
(イ)そして,前記認定事実によれば,原告p5の右上肢挙上障害は,舌が
んの治療としての右頸部リンパ節郭清術の際に副神経が切断されたこと
により発症し,舌がんの放射線治療による放射線障害によって神経細胞
が減少したことにより両側腕神経叢障害(放射線治療後)を発症したこ
とにより増悪し,筋萎縮性側索硬化症の亜型であるFlailarmsyndrome
を発症したことにより更に増悪したものと認められる。そして,上記の
副神経の切断及び両側腕神経叢障害が舌がん治療の後遺症であることは
明らかであるから,原告p5の右上肢挙上障害については,放射線起因
性が認められるというべきである。
この点,被告は,原告p5の上肢挙上障害はFlailarmsyndromeであ
るから放射線起因性がないと主張するが,前記認定のとおり,右上肢挙
上障害の症状自体は前記右頸部リンパ節郭清術の直後から現れており,
その後の増悪も一定程度までは放射線治療の影響によるものと認められ
るのであるから,その後,Flailarmsyndromeによって症状が更に増悪
したとしても,舌がんの治療との関係が否定されるものではない。よっ
て,被告の上記主張は採用することができない。
イ要医療性について
原告p5は,前記認定事実によれば,右上肢挙上障害について,平成1
9年10月にI病院において両側腕神経叢障害(放射線治療後)と診断さ
れた頃から内服薬による治療を受けるようになり,平成21年3月にFlai
larmsyndromeと診断された後は,その治療を受けるようになったものと
認められる。
ところで,原爆症認定の申請と共に医療特別手当の申請を行った場合に
おいて,原爆症認定がされたときは,当該申請をした日の属する月の翌月
から医療特別手当が支給され得るのであるから(被爆者援護法24条4項),
要医療性の要件は原爆症認定の申請時において満たされていれば足りると
解される。そうであるところ,原告p5については,上記のとおり,平成
19年10月頃から右上肢挙上障害について内服薬による治療を受けてお
り,原告p5が同年11月5日に前記前提となる事実4(2)のとおり原
爆症認定の申請をした時点においても,同治療が継続されていたと認めら
れる。そうすると,その後,同治療が中止され,経過観察のみが行われる
ようになったとしても(当該疾病について積極的治療が行われず経過観察
のみが行われている場合には,原則として要医療性が認められないことは,
後記のとおりである。),原告p5の舌がん術後後遺症(右上肢挙上障害)
については,要医療性の要件を満たしていたというべきである。
(5)小括
以上によれば,原告p5は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る慢性甲状腺炎(橋本病)及び舌がん術後後遺症のいずれについて
も放射線起因性及び要医療性の要件を満たしていたものと認められる。そう
すると,上記申請を却下する処分は違法というべきであり,取消しを免れな
い。
5原告p6について
(1)認定事実
前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実
が認められる。
ア被爆状況等(甲L1,乙L1,8,16,原告p6本人)
(ア)原告p6は,昭和9年○月○○日生まれの男性であり,昭和20年8
月9日,長崎市上j町の自宅(爆心地から約2.7キロメートル)の木
造家屋内において長崎原爆に被爆した(当時10歳)。
(イ)原告p6は,同日,家族と共に,長崎県西彼杵郡lの親戚のもとに避
難した。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲L1,乙L1,1
0,原告p6本人)
(ア)原告p6は,昭和26年に肝機能障害・黄疸のため通院治療を受け,
また,昭和28年にアレルギー性神経性鼻炎のため通院治療を受けた。
(イ)原告p6は,昭和31年9月から昭和32年6月まで,肺結核のため
入院した。また,原告p6は,昭和60年から高血圧のため投薬治療を
受けており,平成13年に胃潰瘍のため治療を受けた。
(ウ)原告p6は,平成15年1月に甲状腺機能低下症との診断を受け,そ
の頃から,甲状腺ホルモン剤(チラージン)を継続的に服用している。
(2)事実認定の補足説明
ア原告p6は,長崎原爆に被爆した当日の午後2時頃,k町に住んでいた
父及び長姉の行方を捜すため,u天主堂近くの神学校(爆心地から約0.
5キロメートル)まで行ったが,自宅に引き返し,2日後にlに避難した
と主張しており,これに沿う原告p6の供述等(甲L1,乙L1,原告p
6本人)もある。
しかしながら,原告p6は,昭和32年6月29日に作成した被爆者健
康手帳交付申請書(乙L8)には上記入市に係る事実を何ら記載していな
いのみならず,p10医師作成の診療録(乙L16)によれば,平成18年
8月9日,同医師に対して,上j町の自宅において被爆し,その日に山を
越えてlに避難したなどと上記主張と異なる説明をしていることが認めら
れる(なお,同医師は,原告p6からは入市の状況を聞いており,上記診
療録の記載が誤っていると供述するが(証人p10),数多くの原爆症認定
の申請に関与し,入市被爆を含む被爆状況を重視する(証人p10)同医師
が,長崎原爆投下の当日に爆心地付近まで立ち入った旨を聞きながらこれ
を診療録に記載せず,かえってこれと異なる事実を記載するとは考え難く,
同医師の上記供述は信用することができない。)。そして,入市当時の長
崎市内の状況等についての原告p6の供述に具体性が乏しいこと等をも併
せ考えると,原告p6の上記供述等は信用することができない。よって,
上記主張に係る入市の事実は認められない。
イまた,原告p6は,長崎原爆投下の当日からしばらく下痢が続いたと主
張しており,これに沿う原告p6の供述等(甲L1,原告p6本人)もあ
る。
しかしながら,上記の被爆者健康手帳交付申請書(乙L8)には,下痢
について記載する欄があるにもかかわらず,下痢があった旨の記載はない
上,原告p6作成の平成18年9月6日付けの認定申請書(乙L1)や,
同申請書に係る原爆症認定の申請の際に提出された原告p6の姉の陳述書
(乙L1)及び医師の意見書(乙L4)にも,下痢については何ら記載さ
れておらず,かえって,上記医師の意見書には,急性症状については原告
p6に記憶がない旨が記載されているのであって,これらに照らすと,原
告p6の上記供述は信用することができない。よって,原告p6に被爆後
に下痢の症状が現れたと認めることはできない。
(3)放射線起因性について
ア放射線被曝の程度について
(ア)前記認定事実によれば,原告p6は,長崎原爆の爆心地から約2.7
キロメートル離れた木造家屋内において被爆したのであるから,初期放
射線による被曝線量はせいぜい0.007グレイ程度にとどまる(乙A
105の1,弁論の全趣旨)。また,前記のような新審査の方針の下に
おける線量評価方法によれば,原告p6の誘導放射化物質による被曝線
量は,前記入市の事実が認められない以上,考慮する必要がないことに
なる。
(イ)しかしながら,前記のとおり,誘導放射化した粉塵等は爆心地から約
2.7キロメートル離れた上j町の自宅付近にも到達していた可能性が
ある上,同町は,長崎原爆の投下から約20分後に黒い雨が降り(甲L
5,6),放射性降下物が多かったとされるj地区にも近接しているの
であるから,原告p6自身に黒い雨に遭遇した記憶がない(原告p6本
人)としても,被爆後に自宅付近にとどまっていた間に,誘導放射化し
た粉塵や放射性降下物の微粒子を相当量含む粉塵等が衣服,髪,皮膚等
に付着し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどした可能性が
高いというべきである。そうすると,原告p6は,誘導放射化物質や放
射性降下物からの放射線により,新審査の方針の下における線量評価方
法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の
外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p6の供述を前提としても,同人が人体の健康
被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主張す
るが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝を軽視
している点等において不当というべきであり,採用することができない。
イ甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について
原告p6の申請疾病は「甲状腺機能低下症」であるところ,その甲状腺
機能低下症は自己免疫性ではないと認められる(乙L10)。
ところで,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性については,前記
のとおり,低線量域を含めて,一般的に肯定することができるというべき
である。そして,前記のとおり,自己免疫性ではない甲状腺機能低下症に
ついて線量反応関係を認めた調査結果は現れていないが,p17論文は,マ
ーシャル諸島の核実験で被爆した子どもに10年以内に甲状腺機能低下症
が認められたこと,マーシャル諸島の住民の甲状腺被曝は主として内部放
射線によるものであったこと,その甲状腺機能低下症の多くは自己免疫性
甲状腺機能低下症ではなかったことを指摘していること等に照らすと,相
対リスクがどの程度であるかは判然としないものの,自己免疫性でない甲
状腺機能低下症についても,放射線被曝との関連性を認めることができる。
ウ検討
(ア)放射線の影響について
前記のとおり,自己免疫性でない甲状腺機能低下症と放射線被曝との
間には低線量域を含めて関連性を認めることができるところ,原告p6
は,健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝していた可能性が高いとい
うべきである。加えて,原告p6が放射線被曝の影響が大きいとされる
若年時(当時10歳)に被爆していること,新審査の方針によれば,「放
射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」が積極認定の対象疾病とさ
れているところ,原告p6が「被爆地点が爆心地より約3.5キロメー
トル以内である者」に該当することなども併せ考慮すれば,原告p6の
申請疾病である甲状腺機能低下症は,原子爆弾の放射線に起因すると認
めるのが相当である。
(イ)危険因子について
この点,被告は,原告p6について,加齢(発症時68歳)を指摘し,
原告p6の甲状腺機能低下症は,これを原因として発症したものと見る
のが自然かつ合理的と主張するところ,甲状腺機能低下症が一般論とし
ては加齢に伴って増加する傾向があることは前記のとおりである。
しかしながら,原告p6が健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝し
ていた可能性が高いことは前記のとおりであり,甲状腺機能低下症発症
時に68歳と比較的高齢であったというだけでは放射線起因性を否定す
ることはできないというべきである。よって,被告の上記主張は採用す
ることができない。
(ウ)まとめ
以上によれば,原告p6の原爆症認定の申請に係る甲状腺機能低下症
については,放射線起因性が認められる。
(4)要医療性について
原告p6は,前記認定事実によれば,甲状腺機能低下症との診断を受けた
頃から甲状腺ホルモン剤(チラージン)による投薬治療等を継続的に受けて
おり,当該治療が必要な状態が続いているといえるから,原告p6の甲状腺
機能低下症については,要医療性が認められる。
(5)小括
以上によれば,原告p6は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る甲状腺機能低下症について放射線起因性及び要医療性の要件を満
たしていたものと認められる。そうすると,上記申請を却下する処分は違法
というべきであり,取消しを免れない。
6原告p7について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲N1,乙N1,11,原告p7本人)
(ア)原告p7は,大正15年○月○日生まれの男性であり,昭和20年8
月6日,入院していた広島市m町の広島第一陸軍病院m分院(爆心地か
ら約3.6キロメートル)の木造建物内において広島原爆に被爆した(当
時19歳)。
(イ)原告p7は,同日以降,上記病院内で遺体の運搬等の作業に従事した
ほか,医師等の救護活動に数回同行し,広島市内のより爆心地に近い地
域に立ち入るなどした。
(ウ)原告p7は,同月16日頃,郷里である兵庫県y市に戻った。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲N1,11,乙N
1,4,18から21まで,24,証人p10,原告p7本人)
(ア)原告p7には,被爆の数日後から昭和20年8月16日頃まで,下痢
や吐き気といった症状があり,また,その後も全身の倦怠感等が続いた。
(イ)原告p7は,昭和29年頃,白血球数が少ないと指摘されて検査入院
し,白血球減少症との診断を受けた。
(ウ)原告p7は,昭和50年に変形性脊椎症,昭和57年頃に高血圧及び
動脈硬化症,平成3年に変形性膝関節症,平成8年に頸椎症との診断を
それぞれ受け,平成22年10月に白内障の手術を受けた。また,骨粗
鬆症との診断を受け,平成2年頃からたびたび骨折をしている。
(エ)原告p7は,平成17年6月,急性心筋梗塞を発症し,経皮冠動脈ス
テント留置術を受けた。
(オ)原告p7は,前記(ウ)のとおり高血圧と診断されて以降,継続的に
投薬治療を受けているところ,原告p7の血圧(mmHg)は,平成15年
から上記急性心筋梗塞発症までの間は,拡張期はおおむね80台,収縮
期は130台から140台のことが多かったが,平成16年後半頃から
収縮期が150を超えることが多くなり,平成17年には170から1
80に達することもあった。
(カ)原告p7の白血球数は,平成8年8月から平成22年7月まで,おお
むね2500から3500の範囲内で推移していた(基準値は3500
から8900まで)。
(キ)原告p7は,心筋梗塞の発症以来,その再発を防ぐため,血管拡張剤
や抗凝固剤を服用している。
(ク)原告p7の白血球減少症については,他の疾病を発症した場合等に備
えて定期的な血液検査等の経過観察が必要とされるが,投薬等の治療は
行われていない。
(2)事実認定の補足説明
原告p7は,広島原爆に被爆した昭和20年8月6日の午前中に,前記広
島第一陸軍病院m分院に避難してきた女性らを自宅に送り届けるために爆心
地付近に立ち入り,その後,2時間ほど爆心地付近を見物して回ったと主張
しており,これに沿う原告p7の供述等(甲N1,原告p7本人)もある。
しかしながら,原告p7は,昭和47年6月26日に作成した被爆者健康
手帳交付申請書(乙N11)に,直接被爆者としての被爆状況のみならず看
護救護従事者としての状況についても記載しているにもかかわらず,上記主
張に係る入市の事実については何ら記載しておらず,平成18年10月6日
付けの認定申請書(乙N1)及び同申請書に係る原爆症認定の申請の際に提
出された医師の意見書(乙N4)にも当該事実を記載していない上,女性ら
を危険な爆心地方面に送り届け,その後,爆心地付近を見物して回ったとい
う供述内容自体,不自然といわざるを得ないことからすれば,原告p7の上
記供述は信用することができない。よって,上記主張に係る入市の事実は認
められない。
(3)白血球減少症について
ア原告p7の第1の申請疾病は「白血球減少症」であるところ,前記認定
事実によれば,原告p7の白血球減少症については,定期的な血液検査等
の経過観察を要するものの,積極的な治療行為が必要な状況ではなく,直
ちに他の疾病を発症するなどする危険性が高いということもできないとい
うべきである。
イところで,被爆者援護法10条1項は,厚生労働大臣は,原子爆弾の傷
害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にあ
る被爆者に対して必要な医療の給付を行うと規定し,同条2項は,上記医
療の給付の範囲を,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医学的処置,
手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその
療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に
伴う世話その他の看護並びに⑥移送としている。これらの規定に照らすと,
疾病等が「現に医療を要する状態にある」(要医療性)とは,当該疾病等
に関し,同条2項の規定する医療の給付を要する状態にあることをいうも
のと解するのが相当である。
もっとも,積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察について
は,広い意味で「診察」に含まれ得るとしても,「負傷し,又は疾病にか
かり,現に医療を要する状態にある」という文言の自然な意味内容のほか,
被爆者援護法が「健康管理」と「医療」とを区別し,健康管理(第3章第
2節)の内容として,都道府県知事が,被爆者に対し,毎年,厚生労働省
令で定めるところにより,健康診断を行うものとし(被爆者援護法7条),
一般検査の結果必要があれば精密検査を行うものとし,その検査の方法は
特に制限されていないこと(被爆者援護法施行規則9条)等に照らすと,
当該疾病につき悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,上記の「医
療」には当たらないと解するのが相当である。
ウそして,前記のとおり,原告p7の白血球減少症については,前記前提
となる事実4(2)のとおり原爆症認定の申請をした時点において,積極
的な治療行為を伴わない経過観察が必要とされていたにすぎず,当該疾病
につき悪化の可能性が高い等の特段の事情があったとも認められないから,
要医療性が認められないというべきである。
(4)急性心筋梗塞について
ア放射線起因性について
(ア)放射線被曝の程度について
a前記認定事実によれば,原告p7は,広島原爆の爆心地から約3.
6キロメートル離れた木造建物内において被爆したのであるから,初
期放射線量による被曝線量はせいぜい0.0007グレイ程度にとど
まる(乙A105の1,弁論の全趣旨)。また,前記のような新審査
の方針の下における線量評価方法によれば,原告p7の誘導放射化物
質による被曝線量は,仮に昭和20年8月7日に爆心地から約1.5
キロメートルの地点に立ち入ったとしても,0.0039グレイに満
たない程度であり(乙A106,弁論の全趣旨),また,原告p7が
p・q地区に滞在又は居住したと認めるに足りる証拠はないから,放
射性降下物による被曝はないことになる。
bしかしながら,原告は,前記認定のとおり,被爆の当日から,前記
病院において被爆者の遺体の運搬作業等に従事し,誘導放射化した遺
体に直接触れるなどしている上,救護活動のために広島市内に数回入
るなどしているのであって,その具体的な日時や場所が不明であると
しても,救護活動の間に多量の放射性物質が衣服,髪,皮膚等に付着
し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどした可能性が高い
というべきである。そして,前記認定のとおり,原告p7が白血球減
少症との診断を受け,その白血球数が継続的にやや少ない状態にある
など放射線の影響をうかがわせる症状が発現していること等をも考慮
すれば,原告p7は,誘導放射化物質や放射性降下物からの放射線に
より,新審査の方針のもとにおける線量評価方法による推定値を超え
て,健康に影響を及ぼすような相当程度の線量の外部被曝及び内部被
曝をしたものと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p7の供述を前提としても,同人が人体の健
康被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主
張するが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝
を軽視している点等において不当というべきであり,採用することが
できない。
(イ)急性心筋梗塞と放射線被曝との関連性について
原告p7の第2の申請疾病は「急性心筋梗塞」であるところ,前記の
とおり,心筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めることができ,
そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的というべきであ
る。
(ウ)検討
a放射線の影響について
前記のとおり,心筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めるこ
とができ,そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的で
あるところ,原告p7は,健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝し
ていた可能性が高いというべきである。加えて,原告p7が放射線被
曝の影響が大きいとされる若年時(当時19歳)に被爆していること,
新審査の方針によれば,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」が積
極認定の対象疾病とされているところ,原告p7が「原爆投下より約
100時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市した者」に
該当する可能性も相当程度あることなども併せ考慮すれば,原告p7
の申請疾病である急性心筋梗塞は原子爆弾の放射線に起因すると認め
るのが相当である。
b危険因子について
この点,被告は,原告p7について,①加齢(発症時79歳),②
高血圧,③家族歴(被爆していない弟妹も心疾患を発症)を指摘し,
原告p7の急性心筋梗塞は,これらを原因として発症したものとみる
のが自然かつ合理的であると主張するところ,これらの因子が動脈硬
化及びこれを原因とする心筋梗塞の危険因子であると認められること
は前記のとおりである。
しかしながら,前記のとおり,上記のような危険因子があるからと
いって,動脈硬化やこれを原因とする心筋梗塞と放射線被曝との間の
関連性が直ちに否定されるものではない。
そして,②高血圧については,前記のとおり,それ自体が放射線被
曝による影響を受けている可能性が示唆されている上,原告p7は,
前記認定のとおり,急性心筋梗塞を発症する半年ほど前から収縮期の
値が高い状態であったものの,治療の結果,重篤な状態が長期間続い
ていたとまでは認められない。また,③家族歴については,それ自体
を重大な危険因子と見ることはできないというべきである。
そうすると,原告p7の高血圧等の危険因子が急性心筋梗塞の発症
に影響していることは否定できないとしても,これによって原子爆弾
の放射線の影響自体が否定されるものではなく,むしろ,原告p7の
放射線被曝と高血圧等の危険因子とが相まって,急性心筋梗塞の発症
に寄与したものと考えるのが自然かつ合理的である。よって,被告の
上記主張は採用することができない。
cまとめ
以上によれば,原告p7の原爆症認定の申請に係る急性心筋梗塞に
ついては,放射線起因性が認められる。
イ要医療性について
原告p7は,前記認定事実によれば,心筋梗塞の発症以来,その再発を
防ぐため,抗凝固剤,血管拡張剤等による投薬治療等を継続的に受けてお
り,当該治療が必要な状態が続いているといえるから,原告p7の急性心
筋梗塞については,要医療性が認められる。
(5)小括
以上によれば,原告p7は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る急性心筋梗塞について放射線起因性及び要医療性の要件を満たし
ていたものと認められるから,上記申請を却下する処分のうち当該申請疾病
に係る部分は違法というべきであり,取消しを免れない。他方,上記申請に
係る白血球減少症については要医療性の要件を満たしていたとは認められな
いから,上記申請を却下する処分のうち当該申請疾病に係る部分は,その余
の点について判断するまでもなく,違法であるとは認められず,当該部分の
取消請求は理由がない。
7原告p8について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲O1,乙O1,12,原告p8本人)
(ア)原告p8は,大正15年○月○○日生まれの男性であり,昭和20年
8月6日,所属する軍部隊の本部がある広島市m町の路上(爆心地から
約3.5キロメートル)において広島原爆に被爆し(被爆当時19歳),
その際,熱線により頬に火傷を負った上,竜巻のような突風に遭遇した。
(イ)原告p8は,その後,近くのグラウンドにおいて,重傷者の救護活動
に従事し,その間,黒い雨に遭遇した。
(ウ)原告p8は,同日夜は路上で就寝し,同月7日も,同じ場所で同様の
救護活動に従事した。
(エ)原告p8は,同月8日午前,広島市n町(爆心地から約2キロメート
ル)に移動し,同月10日に前記部隊本部に戻るまで,同所において救
護・警備活動に従事した。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲O2,3,乙O4,
19,20,証人p10,原告p8本人)
(ア)原告p8は,昭和24年頃に貧血症を発症し,昭和45年に胃潰瘍の
手術を受けた。また,原告p8は,平成13年及び平成19年にそれぞ
れ心筋梗塞を発症した。
(イ)原告p8が1回目の心筋梗塞を発症した際の血圧(収縮期血圧/拡張
期血圧・mmHg)は140/86であり,その後は,平成14年4月1日
に162/86であったほかは,おおむね,収縮期130台から140
台まで,拡張期80台の範囲で推移していた。
(ウ)原告p8は,平成13年10月から高脂血症の治療を受けており,同
年8月の総コレステロール(mg/dl)は201と正常値(150から21
9まで)の範囲内であった。
(エ)原告p8は,1回目の心筋梗塞の発症以来,その再発を防ぐため,抗
凝固剤,血管拡張剤等を服用しているが,貧血症については,経過観察
を要するものの,積極的な治療は受けていない。
(2)事実認定の補足説明
原告p8は,被爆後,下痢や鼻血といった症状が現れたと主張し,これに
沿う原告p8の供述等(甲O1,乙O1,原告p8本人)もある。
しかしながら,原告p8の被爆者健康手帳(乙O12)の「被爆当時の急
性症状」欄には,頭痛についての記載があるのみで下痢や鼻血の記載はない
ところ,下痢や鼻血の症状が現れていたのであれば,これらを記載しない合
理的理由がないこと等に照らすと,原告p8の上記供述等は信用することが
できない。よって,原告p8に被爆後に下痢や鼻血の症状が現れたと認める
ことはできない。
(3)貧血症について
前記のとおり,積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察につい
ては,当該疾病につき悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り,「現
に医療を要する状態にある」と認めることはできないと解するのが相当であ
るところ,前記認定事実によれば,原告p8の貧血症については,前記前提
となる事実4(2)のとおり原爆症認定の申請をした時点において,積極的
な治療行為を伴わない経過観察が必要とされていたにすぎず,当該疾病につ
き悪化の可能性が高い等の特段の事情があったとも認められない。
そうすると,原告p8の第1の申請疾病である貧血症については,要医療
性が認められないというべきである。
(4)心筋梗塞について
ア放射線起因性について
(ア)放射線被曝の程度について
a前記認定事実によれば,原告p8は,広島原爆の爆心地から約3.
5キロメートル離れた屋外において被爆したのであるから,初期放射
線による被曝線量は0.001グレイ以下である(乙A105の1,
弁論の全趣旨)。また,前記のような新審査の方針の下における線量
評価方法によれば,原告p8の誘導放射化物質による被曝線量は,昭
和20年8月8日から同月10日までの間,広島市n町(爆心地から
約1.5キロメートル)に滞在したとしても,0.000016グレ
イを下回るし(乙A106),原告p8がp・q地区に滞在したと認
めるに足りる証拠はないから,放射性降下物による被曝はないことに
なる。
bしかしながら,原告p8は,前記認定のとおり,被爆直後に竜巻の
ような突風に遭遇したり,黒い雨に遭遇したりしたことにより,誘導
放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を相当量含む粉塵等に接触し
た可能性が高く,また,重傷者の救護活動に従事して誘導放射化した
人体に触れるなどしている。そして,昭和20年8月8日から3日間,
爆心地から約1.5キロメートルの屋外で作業し,負傷者と接触する
などしていることをも考慮すれば,原告p8は,誘導放射化物質や放
射性降下物からの放射線により,新審査の方針の下における線量評価
方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼすような相当程度の線
量の外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが相当である。
この点,被告は,原告p8の供述を前提としても,同人が人体の健
康被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主
張するが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝
を軽視している点等において不当というべきであり,採用することが
できない。
(イ)心筋梗塞と放射線被曝との関連性について
原告p8の第2の申請疾病は「心筋梗塞」であるところ,前記のとお
り,心筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めることができ,そこ
に一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的というべきである。
(ウ)検討
a放射線の影響について
前記のとおり,心筋梗塞と放射線被曝との間には関連性を認めるこ
とができ,そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的で
あるところ,原告p8は,健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝し
ていた可能性が高いというべきである。加えて,原告p8が放射線被
曝の影響が大きいとされる若年時(当時19歳)に被爆していること,
新審査の方針によれば,「放射線起因性が認められる心筋梗塞」が積
極認定の対象疾病とされているところ,原告p8が「被爆地点が爆心
地より約3.5キロメートル以内である者」及び「原爆投下より約1
00時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市した者」に該
当することなども併せ考慮すれば,原告p8の申請疾病である心筋梗
塞は原子爆弾の放射線に起因すると認めるのが相当である。
b危険因子について
この点,被告は,原告p8について,①加齢(発症時75歳),②
高血圧,③脂質異常症(高脂血症)といった因子を指摘し,原告p8
の心筋梗塞は,これらを原因として発症したものとみるのが自然かつ
合理的と主張するところ,これらの因子が動脈硬化やこれを原因とす
る心筋梗塞の危険因子であると認められることは前記のとおりである。
しかしながら,前記のとおり,上記のような危険因子があるからと
いって,心筋梗塞と放射線被曝との間の関連性が直ちに否定されるも
のではない。
そして,②高血圧については,それ自体が放射線被曝による影響を
受けている可能性を否定し難い上,原告p8の血圧は,前記認定のと
おり,1回目の心筋梗塞発症後はおおむね収縮期130台から140
台まで,拡張期80台の範囲で推移していたのであって,重篤な状態
が長期間続いたとは認められない。また,③脂質異常症(高脂血症)
についても,それ自体が放射線被曝による影響を受けている可能性を
否定し難い上,原告p8は,前記認定のとおり,1回目の心筋梗塞発
症後に高脂血症の治療を受け始めているものの,その直前の総コレス
テロール値は正常値の範囲内(201mg/dl)であり,他に総コレステ
ロール値が正常値の範囲を超えていたと認めるに足りる証拠もないの
であるから,これを過大視することはできないというべきである(証
人p10)。
そうすると,原告p8の高血圧等の危険因子が心筋梗塞の発症に影
響していることは否定できないとしても,これによって原子爆弾の放
射線の影響自体が否定されるものではなく,むしろ,原告p8の放射
線被曝と高血圧等の危険因子とが相まって,心筋梗塞の発症に寄与し
たものと考えるのが自然かつ合理的である。よって,被告の上記主張
は採用することができない。
cまとめ
以上によれば,原告p8の原爆症認定の申請に係る心筋梗塞につい
ては,放射線起因性が認められる。
イ要医療性について
原告p8は,前記認定事実によれば,1回目の心筋梗塞の発症以来,そ
の再発を防ぐため,抗凝固剤,血管拡張剤等による投薬治療等を継続的に
受けており,当該治療が必要な状態が続いているといえるから,原告p8
の心筋梗塞については,要医療性が認められる。
(5)小括
以上によれば,原告p8は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る心筋梗塞について放射線起因性及び要医療性の要件を満たしてい
たものと認められるから,上記申請を却下する処分のうち当該申請疾病に係
る部分は違法というべきであり,取消しを免れない。他方,上記申請に係る
貧血症については要医療性の要件を満たしていたとは認められないから,上
記申請を却下する処分のうち当該申請疾病に係る部分は,その余の点につい
て判断するまでもなく,違法であるとは認められず,当該部分の取消請求は
理由がない。
8原告p9について
(1)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア被爆状況等(甲P1,乙P1,8,10,原告p9本人)
(ア)原告p9は,昭和16年○月○○日生まれの男性であり,昭和20年
8月9日,長崎市o町の自宅(爆心地から約2.1キロメートル)の木
造家屋内において母と共に被爆し(被爆当時4歳),その際,足を負傷
し,その場で黒い雨に遭遇した。
(イ)原告p9は,両親と共に,同日夜は自宅近くのF山の防空壕で過ごし,
同月10日,自宅で荷物をまとめる作業をした上,同月11日朝,大分
県xへ避難するため,自宅を出発し,u川に沿って爆心地付近を通り,
G駅まで歩いた。
イ被爆後に生じた症状,被爆後の生活状況,病歴等(甲P1,4から7ま
で,乙P4,14,原告p9本人)
(ア)原告p9は,被爆後,疲れやすくなり,倦怠感が続くなどし,昭和4
7年頃には白血球数が少ないとの指摘を受けた。なお,原告p9の平成
19年から平成22年までの白血球数は2960から4430までの範
囲で推移している(基準値は3500から8900まで)。
(イ)原告p9は,成人後,両肩及び頭部に黒い斑点が多数あることに気づ
き,黒い雨に打たれたことが原因ではないかと考え,皮膚科を受診する
などした。
(ウ)原告p9は,平成19年4月に甲状腺機能低下症との診断を受け,そ
の頃から甲状腺ホルモン製剤を服用している。なお,原告p9の平成1
7年から平成21年までの甲状腺ホルモン(遊離T4)値(ng/dl)は1.
0から1.4の範囲で推移しており(正常値は0.8から1.9まで),
同時期の甲状腺刺激ホルモン(TSH)値(μU/ml)は,4.1から1
1.3の範囲で推移していた(正常値は0.4から4.0)。
(エ)原告p9と共に被爆し,爆心地付近を通過したその母は,白血病で死
亡した。
(2)事実認定の補足説明
ア被告は,爆心地付近を通ったのは昭和20年8月11日である旨の原告
p9の供述は,被爆者健康手帳交付申請書の記載と異なること等に照らし
て信用できないと主張する。
たしかに,原告p9の被爆者健康手帳交付申請書(乙P8)には,「投
下後3日間z岳ふもとの防空壕に避難」との記載があり,これを文字どお
り解せば,同日に爆心地付近を通った旨の供述とは矛盾するようにも思わ
れる。しかしながら,原告p9は,上記の「3日間」とは被爆当日から出
発日までを数えたものであると供述しており(原告p9本人),このよう
な説明が不自然とまではいうことができない。そして,上記供述に他に不
自然・不合理な点もないのであるから,原告p9の上記供述は信用するこ
とができる。よって,被告の上記主張は採用することができない。
イまた,被告は,黒い雨に遭遇した旨の原告p9の供述は,原爆症認定申
請書にも記載がないこと等に照らして信用できないと主張する。
たしかに,原告p9が平成19年10月9日付けで作成した認定申請書
(乙P1)には,黒い雨についての記載はない。しかしながら,原告p9
は,前記認定のとおり,両肩や頭部に黒い斑点があり,黒い雨に打たれた
ことが原因ではないかと考えて皮膚科を受診するなどしているのであって,
他に上記供述に他に不自然・不合理な点もないのであるから,原告p9の
上記供述は信用することができる。よって,被告の上記主張は採用するこ
とができない。
(3)放射線起因性について
ア放射線被曝の程度について
(ア)前記認定事実によれば,原告p9は,長崎原爆の爆心地から約2.1
キロメートル離れた木造家屋内において被爆したのであるから,初期放
射線による被曝線量はせいぜい0.066グレイ程度にとどまる(乙A
105の1)。また,前記のような新審査の方針の下における線量評価
方法によれば,原告p9の誘導放射化物質による被曝線量は,昭和20
年8月11日に長崎原爆の爆心地付近を通過したことを考慮しても,0.
05529グレイを下回る値にすぎないし(乙A106),原告p9が
j地区に滞在又は居住したと認めるに足りる証拠はないから,放射性降
下物による被曝はないことになる。
(イ)しかしながら,原告p9は,前記認定のとおり,被爆した自宅におい
て黒い雨に遭遇している上,昭和20年8月11日には長崎原爆の爆心
地付近を歩いて通過したのであるから,多量の放射性物質が衣服,髪,
皮膚等に付着し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどした可
能性が高いというべきである。そして,前記認定のとおり,原告p9と
共に自宅で被爆し,爆心地を通過した原告p9の母は,白血病で死亡し
ていること,原告p9の白血球数がやや低い状態にあるなど放射線の影
響をうかがわせる症状が発現していること等をも考慮すれば,原告p9
は,誘導放射化物質や放射性降下物からの放射線により,新審査の方針
の下における線量評価方法による推定値を超えて,健康に影響を及ぼす
ような相当程度の線量の外部被曝及び内部被曝をしたものと認めるのが
相当である。
この点,被告は,原告p9の供述を前提としても,同人が人体の健康
被害の観点から有意な線量の被曝をしたということはできないと主張す
るが,誘導放射化物質や放射性降下物による外部被曝や内部被曝を軽視
している点等において不当というべきであり,被告の上記主張は採用す
ることができない。
イ甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について
原告p9の申請疾病は「甲状腺機能低下症」であるところ,原告p9に
ついては,前記認定のとおり,甲状腺ホルモン(遊離T4)は正常値であ
り,甲状腺刺激ホルモン(TSH)のみが高値であるから,その甲状腺機
能低下症は,潜在性甲状腺機能低下症であると認められる。そして,潜在
性甲状腺機能低下症を含む甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性につ
いては,前記のとおり,自己免疫性であるか否かを問わず,低線量域を含
めて,一般的に肯定することができるというべきである。
ウ検討
(ア)放射線の影響について
前記のとおり,潜在性甲状腺機能低下症と放射線被曝との間には低線
量域を含めて関連性を認めることができるところ,原告p9は,健康に
影響を及ぼす程度の放射線に被曝していた可能性が高いというべきであ
る。加えて,原告p9が放射線被曝の影響が大きいとされる若年時(当
時4歳)に被爆していること,新審査の方針によれば,「放射線起因性
が認められる甲状腺機能低下症」が積極認定の対象疾病とされていると
ころ,原告p9が「被爆地点が爆心地より約3.5キロメートル以内で
ある者」及び「原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2キロメ
ートル以内に入市した者」に該当することなども併せ考慮すれば,原告
p9の申請疾病である甲状腺機能低下症は,原子爆弾の放射線に起因す
ると認めるのが相当である。
(イ)危険因子について
この点,被告は,原告p9の甲状腺機能低下症は年齢が高くなるほど
発症頻度が増す潜在性甲状腺機能低下症であるところ,原告p9は発症
時64歳と比較的高齢であったから,その潜在的甲状腺機能低下症は加
齢を原因として発症したものとみるのが自然かつ合理的と主張する。
しかしながら,原告p9が健康に影響を及ぼす程度の放射線に被曝し
ていた可能性が高いことは前記のとおりであり,甲状腺機能低下症発症
時に比較的高齢であったということだけでは放射線起因性を否定するこ
とはできないというべきである。よって,被告の上記主張は採用するこ
とができない。
(ウ)まとめ
以上によれば,原告p9の原爆症認定の申請に係る甲状腺機能低下症
については,放射線起因性が認められる。
(4)要医療性について
原告p9は,前記認定事実によれば,甲状腺ホルモン剤(チラージン)に
よる投薬治療等を継続的に受けており,当該治療が必要な状態が続いている
といえるから,原告p9の甲状腺機能低下症については,要医療性が認めら
れる。
(5)小括
以上によれば,原告p9は,前記前提となる事実4(2)の原爆症認定の
申請に係る甲状腺機能低下症について放射線起因性及び要医療性の要件を満
たしていたものと認められる。そうすると,上記申請を却下する処分は違法
というべきであり,取消しを免れない。
第3本件義務付けの訴えの適法性等(争点③)
1未認定原告らの原爆症認定の義務付けを求める訴えは,行政事件訴訟法3条
6項2号の申請型義務付けの訴えであるところ,前記第2のとおり,未認定原
告らの本件各却下処分の取消請求のうち,原告p7及び原告p8の別紙2処分
目録「不認定疾病」欄記載の疾病に係る部分は認容されるべきものではない。
そうすると,本件訴えのうち当該疾病につき原爆症認定の義務付けを求める
部分は,同法37条の3第1項2号の要件を満たさないから不適法であり,却
下を免れない。
2他方,前記第2のとおり,本件各却下処分のうち,その余の疾病に係る部分
は取り消されるべきものであるから,本件訴えのうち当該疾病につき原爆症認
定の義務付けを求める部分は,同号の要件を満たし,適法であると認められる。
そして,前記第2において判示したところに照らせば,上記各疾病について
は,放射線起因性及び要医療性のいずれの要件も満たされていると認められ,
他にこれを却下すべき事情も見当たらないから,同法37条の3第5項の規定
により,厚生労働大臣に対し,原爆症認定をすべき旨を命ずるのが相当である。
第4本件各却下処分についての国家賠償責任(争点④)
1却下の判断の違法性について
(1)判断枠組み
国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が
個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加え
たときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するもの
であるから,原爆症認定の申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医療
性の要件の充足に関する判断を誤ったため違法であるとしても,そのことか
ら直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものでは
なく,原爆症認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべ
き注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事
情がある場合に限り,国家賠償法上違法の評価を受けるものと解するのが相
当である(最判平成5年3月11日・民集47巻4号2863頁参照)。
ところで,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,申請疾病が原
子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を
除き,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないものとされてい
る(被爆者援護法11条2項,被爆者援護法施行令9条)。これは,原爆症
認定の判断が専門的分野に属するものであることから,厚生労働大臣が処分
をするにあたっては,原則として,必要な専門的知識経験を有する諮問機関
の意見を聴くこととし,その処分の内容を適正ならしめる趣旨によるもので
あり,厚生労働大臣は,特段の合理的理由がない限り,その意見を尊重する
ことが要請されていると解される。そして,同審査会には,被爆者援護法の
規定により疾病・障害認定審査会の権限に属させられた事項を処理する分科
会として,医療分科会を置くこととされ(疾病・認定審査会令5条1項),
同分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,厚生労働大臣が指名するものと
されているところ(同条2項),医療分科会の委員及び臨時委員は,放射線
科学者,被爆者医療に従事している医学関係者,内科や外科等の専門的医師
といった,疾病等の放射線起因性について高い識見と豊かな学問的知見を備
えた者により構成されていることが認められる(弁論の全趣旨)。
以上によれば,厚生労働大臣が原爆症認定申請につき疾病・障害認定審査
会の意見を聴き,その意見に従って却下処分を行った場合においては,その
意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重
すべきではない特段の事情が存在し,厚生労働大臣がこれを知りながら漫然
とその意見に従い却下処分をしたと認め得るような場合に限り,職務上通常
尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたものとして,
国家賠償法上違法の評価を受けると解するのが相当である。
(2)検討
アこれを本件について見ると,本件各却下処分は,前記前提となる事実の
とおり,厚生労働大臣が疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で,その
意見に従ってされたものであるところ,その意見が関係資料に照らし明ら
かに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特段の事情が
存在したとは認められない。
イこの点,未認定原告らは,新審査の方針によれば,未認定原告らの申請
疾病は積極認定の対象となることが明らかであるにもかかわらず,厚生労
働大臣は「格段に反対すべき事由」がないのに本件却下処分を行ったもの
であり,本件各却下処分は国家賠償法上違法であると主張する。
しかしながら,未認定原告らの申請疾病のうち心筋梗塞(これに準ずる
狭心症を含む。)及び甲状腺機能低下症については,前記のとおり,それ
らが積極認定の対象となる「放射線起因性が認められる心筋梗塞」又は「放
射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」に当たるかどうかについて,
相当程度の放射線被曝を受けたかどうかの事実認定も含め,慎重に検討す
る必要があるのであって,いわゆる総合認定の場合との違いが明らかでは
ない上記文言の当否はともかくとして,これらが積極認定の対象となるこ
とが関係資料に照らして明らかであったとまではいうことができない。ま
た,原告p5の申請疾病のうち舌がん術後後遺症については,舌がん自体
が積極認定の対象となるとしても,その術後後遺症としての右上肢挙上障
害と舌がんとの関係については,前記のとおり慎重な検討が必要というべ
きであり,当該疾病が積極認定の対象に該当することが明らかであったと
はいうことはできない。以上のとおり,未認定原告らの申請疾病が新審査
の基準による積極認定の対象に該当することが明らかであったとはいえな
いから,未認定原告らの上記主張は採用することができない。
ウまた,未認定原告らは,厚生労働大臣は行政手続法5条1項の審査基準
を定めることなく本件各却下処分を行っているから,本件各却下処分につ
いては同項違反の違法があり,国家賠償法上も違法であると主張する。
しかしながら,行政手続法5条が行政庁に審査基準の設定,具体化及び
公表を義務付けている趣旨は,行政庁による法令の解釈適用に際しての裁
量行使を公正なものとし,行政過程の透明性の向上を図ることにある。そ
して,このような趣旨に照らすと,同条は,審査基準の設定が不要又は不
可能であるような場合にまで審査基準の設定を行政庁に義務付けるもので
はなく,許認可等の性質上,個々の申請について個別具体的な判断をせざ
るを得ず,法令の定め以上に具体的な基準を定めることが困難である場合
には,行政庁は,審査基準を定めることを要しないと解するのが相当であ
る。そして,原爆症認定の申請がされた場合には,被爆者援護法10条1
項所定の放射線起因性及び要医療性の有無について判断がされるところ,
その判断は,医学的知見や疫学的知見などを踏まえた高度に科学的・専門
的なものであるから,その性質上,個々の申請について個別具体的な判断
をせざるを得ず,同項の規定以上に具体的な基準を定めることは困難とい
うほかない。そうすると,原爆症認定については,審査基準を定めること
を要しないというべきである。
よって,本件各却下処分は,行政手続法5条1項に違反したものとはい
えず,国家賠償法1条1項にいう違法性があったということもできないか
ら,未認定原告らの上記主張は採用することができない。
エさらに,未認定原告らは,本件各却下処分は,具体的な理由が示される
ことなくされたものであるから,行政手続法8条に違反した違法なもので
あり,国家賠償法上も違法であると主張する。
しかしながら,行政手続法8条1項本文が,許認可等の申請に対して行
政庁が拒否処分をする場合は申請者に対し同時に当該処分の理由を示さな
ければならないとしている趣旨は,行政庁の判断の慎重と合理性を担保し
てその恣意を抑制するとともに,処分の理由を申請者に知らせて不服申立
てのための便宜を図ることにあると解される。そして,同項本文の規定に
よりどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照
らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及
び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因とな
る事実関係の内容等を総合考慮して決すべきである(同法14条1項につ
いての最判平成23年6月7日・民集65巻4号2081頁参照)。そし
て,原爆症認定の申請を却下する旨の処分については,申請者は,認定申
請書に被爆時の状況(入市の状況を含む。)を記載するとともに,自ら申
請疾患を特定し,その病状・病歴等を認定申請書に記載した上,医師の意
見書及び当該疾病等に係る検査成績を記載した書類を添付してこれを厚生
労働大臣に提出することが求められているのであるから(被爆者援護法施
行規則12条),原爆症認定の申請が却下された場合,当該申請者におい
て,その却下処分の基礎となった事実関係は明らかというべきである(な
お,平成20年厚生労働省令第41号による改正前の同条においては,被
爆時の状況(入市の状況を含む。)は認定申請書の記載事項とされていな
かったが,申請者は,被爆者健康手帳交付申請の際に,被爆者援護法1条
各号のいずれかに該当する事実(被爆状況)を認めることができる書類等
を添付しているから(被爆者援護法施行規則1条),いずれにしても当該
事実関係は明らかということができる。)。また,これを審査する医療分
科会においては,本件却下処分当時,新審査の方針を判断の目安として用
いていたところ,この新審査の方針は厚生労働省のホームページを通じ一
般に公開されていたのであるから(弁論の全趣旨),未認定原告らは,判
断の目安を容易に知ることができたというべきである。しかも,原爆症認
定における主たる判断対象は,被爆者援護法10条1項所定の放射線起因
性及び要医療性であるところ,これらの処分要件該当性の判断は,医学的
知見や疫学的知見などを踏まえた高度に専門的なものである上,放射線起
因性については,申請疾病等に関する科学的疫学的知見に加え,被曝線量,
既往歴,環境因子,生活歴等の総合的な判断を要求されるものであり,そ
の性質上,その判断の過程を詳細に説明することには困難が伴うというこ
とができる。そして,原爆症認定はその要件効果について裁量の余地はな
く,また,厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,申請疾病等が
原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場
合を除き,疾病・障害認定審査会(医療分科会)の意見を聴かなければな
らないとされており,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を
抑制するための制度的手当がされていることも考慮すれば,原爆症認定の
申請を却下する処分については,当該却下処分に至る判断の過程やその根
拠となる科学的疫学的知見まで詳細に摘示しなければならないものではな
く,医療分科会に諮問された場合にはその審議の概要と結果のほか,放射
線起因性又は要医療性のいずれの要件を欠くものとされたかを明らかにす
れば足りると解するのが相当であり,そのように解しても,行政手続法8
条1項本文の趣旨には反しないというべきである。
これを本件について見ると,本件各却下処分の通知書には,いずれも,
①原爆症認定を受けるために必要とされる被爆者援護法10条1項の要件
の具体的内容,②疾病・障害認定審査会において,申請書類から得られた
被爆時の状況,申請時に至るまでの健康状況及び疾病の治療状況等に関す
る情報をもとに,これまでに得られている医学的知見や経験則等に照らし
総合的に検討されたが,当該疾病については放射線起因性があるとするこ
とは困難であると判断され,又は疾病の状況について検討された結果,当
該疾病については現に医療を要する状態にないと判断された旨,及び③こ
のような疾病・障害認定審査会の意見を受けて却下処分を行った旨が記載
されていることが認められる(乙C3,G19,J3,K3,L3,N3,
O3,P3)。そして,このような通知書の理由の記載からは,原爆症認
定の要件が示された上で,医療分科会における審議の概要と結果のほか,
放射線起因性又は要医療性を欠くものとされたことが明らかということが
できる。そうすると,本件各却下処分の通知書の理由の記載は,行政手続
法8条1項本文に違反するものではないというべきである。
よって,本件各却下処分は,行政手続法8条に違反したものとはいえず,
国家賠償法1条1項にいう違法があったということもできないから,未認
定原告らの上記主張は採用することができない。
オ以上によれば,厚生労働大臣が本件各却下処分を行ったことが国家賠償
法上違法であるとは認められない。
2不作為の違法性について
(1)判断枠組み
前記1(1)のとおり,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力
の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背し
て当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を
負うことを規定するものであるから,厚生労働大臣が原爆症認定の申請に対
する処分のために客観的に手続上必要と考えられる期間内に応答処分をしな
かったとしても,そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があっ
たとの評価を受けるものではなく,厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注
意義務を尽くすことなく,漫然と相当の期間を超えて応答処分を長期間遅延
させたと認め得るような事情がある場合に限り,国家賠償法上違法の評価を
受けるものと解するのが相当である。
(2)認定事実
前記前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の
事実が認められる。
ア新審査の方針の策定の経緯(乙A1,8から13まで,弁論の全趣旨)
(ア)安倍晋三内閣総理大臣(当時。以下「安倍総理」という。)は,平成
19年8月5日,広島県内の被爆者団体と面談した際,原爆症認定の在
り方について,「専門家の判断をもとに改めて見直すことを検討させた
い」と表明した。
(イ)医療分科会は,安倍総理の上記発言を踏まえ,平成19年7月分から,
旧審査の方針によれば却下相当と答申すべき事例について判断を保留す
ることとした。なお,このような理由で保留とされた件数は,約300
件(異議申立ての審査分を含む。)である。
(ウ)厚生労働省は,同年9月28日,同省健康局長の下に,「原爆症認定
の在り方について,科学的知見に照らして検討し,その結果に応じて見
直しを行うこと」を目的として,医療分科会の委員とは別の医学及び放
射線学の専門家並びに法律家を構成員とする原爆症認定の在り方に関す
る検討会(以下「検討会」という。)を発足させた。
(エ)検討会は,同年12月17日,旧審査の方針の考え方をおおむね是認
する内容の「原爆症認定の在り方に関する検討会報告」(以下「検討会
報告」という。)を取りまとめた。
(オ)当時の政権与党の原爆被爆者対策に関するプロジェクトチームは,同
月19日,がん等の一定の疾病について,「一定区域内(約3.5㎞前
後を目安とする)の被爆者及び一定の入市した被爆者(爆心地付近(約
2㎞以内)に約100時間以内に入市した被爆者及び約100時間程度
経過後,比較的直ちに約1週間程度滞留したもの)については,格段の
反対すべき事由がなければ合理的推定により積極的かつ迅速に認定を行
うものとする」といった内容の提言(以下「与党PT提言」という。)
を取りまとめた。
(カ)厚生労働省は,被爆者の救済を可及的に行う観点から,与党PT提言
を基本的に受け入れ,「新しい審査のイメージ」を作成し,平成20年
1月21日,これを医療分科会に示した。
(キ)医療分科会は,厚生労働省が示した「新しい審査のイメージ」をもと
に意見交換を行い,同年3月17日,新審査の方針を策定し,同年4月
から,新審査の方針による審査を開始した。
(ク)医療分科会は,平成21年6月22日,新審査の方針を改定し,いわ
ゆる積極認定の対象疾病に,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低
下症」及び「放射線起因性が認められる慢性肝炎・肝硬変」を追加した。
イ原爆症認定の申請に係る事務等(乙A25,26,弁論の全趣旨)
(ア)原爆症認定の申請に係る事務は,厚生労働省健康局総務課の所掌事務
であり,同課には,原爆症認定の申請に係る事務をつかさどる職員ら(以
下「事務局」という。)が置かれている。
(イ)事務局が行う原爆症認定の審査に関する業務の概要は,以下のとおり
である。
a申請資料の確認
都道府県知事から申請書類が進達されると,事務官において,基本
情報(申請者氏名,被爆状況,申請疾病等)の受付入力作業(台帳入
力作業),被爆状況と原子爆弾投下当時の地図,戦災誌をはじめとす
る資料との照合等が行われる。また,医師免許を有する医系技官にお
いて,医学的知見を踏まえた申請疾病の罹患状況等の把握等が行われ
る。
b照会文書の作成
事務局において資料が不足すると考える場合には,適宜,事務局の
事務官又は医系技官が照会文書を作成し,都道府県知事を経由して申
請者等に対し照会を行うなどして追加資料の徴求・収集が行われる。
当該照会が行われた場合には,その都度,申請者ごとに台帳入力が行
われ,当該案件は別途照会案件がまとめられたファイルに整理・編て
つされる。なお,平成20年度申請分について見ると,6000件以
上について照会が行われ,さらに500件以上について再度の照会が
行われている。
c返送された照会回答に対する確認作業
照会に対する回答が都道府県知事から返送されると,その確認作業
が行われる。この作業では,事務官において台帳入力を行った上,事
務官及び医系技官において,別途照会案件のみがまとめられたファイ
ルから該当の回答案件を取り出して照合し,回答内容の確認を行う。
そして,確認の結果,なお資料が不足すると思料される場合には,再
度の照会が行われる。
d諮問案件の事前確認作業
以上の手続を経て,審査資料が一応そろったと思料された案件につ
いては,審査会開催前に,複数の医系技官及び事務官によって事前確
認作業が行われる。
e諮問書の作成
事務官は,審査会に諮問する案件について,内部決裁を経た上で,
諮問書を作成する。なお,諮問書に添付される個々の申請者情報は,
事務官において個々の申請者の台帳データから手作業で転記される。
f審査会の資料作成,審査会の会場設営
事前確認を終えた諮問案件については,審査会に先立ち,審査会の
ための資料の作成が行われるとともに,審査会の会場設営が行われる。
なお,審査会においても,判断を行うために更なる資料提出を求めら
れる案件があり,このような案件については,審査終了後に,適宜,
事務局が委員に個別に連絡を取り,必要な資料の再確認を行った上,
照会文書の作成を行う。
g答申書の作成
審査会の審査終了後,申請者ごとに答申内容を整理した上で決裁書
類を作成し,決裁を経た後,答申書を作成する。
h認定書・却下通知書の作成
答申書作成後,各申請者宛の認定書又は却下通知書を作成する作業
が行われる。なお,医療分科会においては,答申件数が多い上,却下
理由が申請者ごとに異なる場合も多いため,事務官及び医系技官によ
る複数回の確認作業を経た上で,通知書類が作成される。
i審査に付随する業務
事務局は,以上の審査に関する業務に加え,これに付随する業務と
して医療分科会又は審査部会の委員の日程調整,会場の確保,開催通
知等の起案,議事要旨等を公開するためのホームページの更新作業も
併せて行う。また,個々の申請者からの電話照会に対する応対も事務
局において行われる。
(ウ)以上の原爆症認定に係る業務のほか,事務局は,医療分科会委員の選
任準備作業,毎年8月に行われる原爆記念式典の準備作業も併せて行っ
ている。また,原爆症認定に関する訴訟や不作為に関する異議申立て等
の不服申立てについては,事務局が中心となって対応しており,原爆症
認定業務に係る国会開会中における質疑や質問主意書に関する業務,情
報公開請求に対応する業務等も,事務局が担当している。さらに,平成
19年度においては,旧審査の方針の見直し及び新審査の方針の策定作
業が行われており,これに関する種々の事務作業(検討会の委員に対す
る委嘱手続や日程調整,資料作成のほか,過去の審査データの分析等の
準備作業,審査の方針のイメージの作成作業,医療分科会における意見
交換のための検討資料の作成準備や,審査部会を増設するに当たっての
準備作業,線量評価方法をDS86からDS02へ移行するための準備
作業等)も,事務局が行っていた。
ウ旧審査の方針下における審査体制等(乙A24,27,弁論の全趣旨)
(ア)医療分科会の委員等
平成20年3月現在,医療分科会の委員は19人であり,医療分科会
はおおむね1か月に1回の割合で開催されていた。
(イ)事務局の人員体制等
旧審査の方針の下における審査に従事する事務局には,平成18年度
及び平成19年度は5人(事務官2人,医系技官3人)が配置されてお
り,このうち医系技官2人は,審査に関する業務として医学的資料の確
認,徴求等を行う傍ら,当時,全国の地裁に係属していた多くの原爆症
認定集団訴訟の訴訟対応事務等を兼務していた。また,事務官のうち専
任で資料確認作業等の審査業務を行っていた者は1人であるところ,当
該事務官は1か月に1回開催される医療分科会の準備作業も併せて行っ
ており,その余の2人はその他の業務を行っていた。なお,平成19年
8月5日以降の旧審査の方針見直し作業に伴い,事務局の事務量の負担
が増大することとなったため,同年11月頃,医系技官1人が検討会の
補助等のため他の部署との併任で事務局に配置されることとなった。
(ウ)申請件数・処分件数・平均審査期間
原爆症認定の年間申請件数は,平成10年度から平成17年度までは
おおむね500件前後で推移していたが,平成18年度は1325件,
平成19年度は1601件となった。他方,年間処分件数は,平成18
年度が538件(平均審査期間は約224日)であり,平成19年度が
262件(平均審査期間は約350日)であった(なお,ここでいう平
均審査期間とは,原爆症認定申請書を都道府県知事が受理した日から最
終答申がされた日までの期間の合計日数を,各当該年度の最終答申に係
る合計申請数で除したものである。以下同じ。)。
エ新審査の方針の下における審査迅速化のための取組(乙A7,24,2
5,弁論の全趣旨)
(ア)審査部会の設置等
平成20年4月から,疾病・障害認定審査会運営規程7条の規定によ
り,医療分科会に一定の疾病に係る審査を行う四つの審査部会(①主と
して消化器系以外の悪性腫瘍の申請に係る審査を行う第一審査部会,②
主として消化器系の悪性腫瘍の申請に係る審査を行う第二審査部会,③
甲状腺の悪性腫瘍,白血病及び副甲状腺機能亢進症の申請に係る審査を
行う第三審査部会及び④白内障及び心筋梗塞の申請に係る審査を行う第
四審査部会)が置かれ,各部会の議決をもって医療分科会の議決とみな
すこととされた。これにより,従前,1か月に1回開催される医療分科
会によって行われていた審査が,おおむね1か月に合計5回開催される
医療分科会又は審査部会によって行われることになった。
(イ)いわゆる事務局認定の開始
平成20年4月から,いわゆる確率的影響の範ちゅうに属する悪性腫
瘍のうち,旧審査の方針に基づき審査をしても認定相当と考えられる案
件等については,当該負傷又は疾病が「原子爆弾の傷害作用に起因する
こと」が「明らか」(被爆者援護法11条2項ただし書)であるとして,
医療分科会や審査部会による答申を経るまでもなく,認定が行われるこ
ととなった。
(ウ)医療分科会委員の増員
医療分科会の委員は,新審査の方針の策定後の同年4月,新たに審査
部会が増設されたことをも踏まえて26人に増員され,その後も,平成
21年2月までに31人に,同年6月までに33人に,それぞれ増員さ
れた。
(エ)事務局係員の増員
事務局の係員は,平成20年度から10人に増員された。特に,専任
の事務官が1人から6人に増員され,医系技官も2人から3人に増員さ
れ,うち1人の医系技官は認定審査業務に専任し得る体制とされた(な
お,平成22年1月1日には,厚生労働省健康局総務課内に原子爆弾被
爆者援護対策室が設置された。)。
オ新審査の方針の下における処分件数等(乙A14,15,27,弁論の
全趣旨)
(ア)原爆症認定の申請件数は,新審査の方針による審査開始後に激増し,
平成20年6月から9月までの4か月間の申請件数(新規進達件数)は
毎月1000件を超え,平成20年度の年間申請件数(新規進達件数)
は8580件に上った。年間申請件数(新規進達件数)は,平成21年
度が3964件,平成22年度が2114件であり,平成19年度以前
よりも大幅に多い状態が続いていた。
(イ)原爆症認定の申請に対する処分を待つ状態にある件数(以下「待機件
数」という。)は平成20年4月末には約2600件に上っていたが,
上記のような申請件数の増加に伴って更に増加し,同年12月時点では
約8400件となっていた。
(ウ)これに対し,原爆症認定の申請に対する年間処分件数(取消訴訟係属
中の原告らに対する処分件数及び異議申立て分を含む。)は,平成20
年度が3031件(平均審査期間322日),平成21年度が5003
件(平均審査期間520日)であり,平成22年度は10か月間で60
48件(平均審査期間615日)であった。
(エ)事務局は,新審査の方針による審査が始まった平成20年4月以降,
申請の時期が古い案件に対する審査,特に集団訴訟における原告らに対
する審査の見直しを速やかに行うとともに,審査期間が長期に及ぶ案件
の中でも,新審査の方針の下で,形式的要件を満たしさえすれば,原則
として放射線起因性が認められることとなったがん疾患など,被爆状況
やその申請疾病等に照らし,原爆症認定がなされる可能性が特に高いと
思われる案件をまず洗い出し,これを優先的に処理することとした。
(オ)新審査の方針は,積極認定の対象疾病として「放射線起因性が認めら
れる心筋梗塞」を掲げているが,申請疾病である心筋梗塞に放射線起因
性があるかどうかは,個別事情の総合判断によるほかはなく,これを審
査する第四審査部会においても,どのような場合に放射線起因性を肯定
すべきかについて整理ができておらず,事務局も追加資料の徴求等につ
いて個別に検討する必要があった。
(カ)医療分科会は,平成21年6月22日,新審査の方針を改定し,「放
射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」を積極認定の対象疾病に追
加したが,それまでの間,甲状腺機能低下症を申請疾病とする者につい
ては審査を進めることができず,上記改定後,再度,集団訴訟における
原告らに対する審査の見直し作業を行う必要が生じた。
(3)検討
ア被爆者援護法は,その前文において,「ここに,被爆後50年のときを
迎えるに当たり,…国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じ
た放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害である
ことにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福
祉にわたる総合的な援護対策を講」ずるとしていることからすれば,その
制定時点において,被爆者が既に相当高齢化しており,これに対する援護
が急がれることを自覚して制定されたものと理解することができる。そし
て,現在においては,被爆者援護法の制定(平成6年)から20年近くの
年月が経過しており,被爆者は例外なく高齢者である上,原爆症認定の申
請に係る疾病は,悪性腫瘍(がん)などの重篤なものが多く,厚生労働大
臣の応答処分が長期間遅延すると,処分の時点では既に当該申請者が死亡
しているという事態も起こり得る。このような被爆者援護法の制定趣旨や
被爆者の現状等に照らすと,原爆症認定の申請に対しては,できる限り早
期の応答処分が求められているということができる。
もっとも,他方で,厚生労働大臣は,原爆症認定申請に対して適正に判
断すべき義務も負っているところ,厚生労働大臣の行う原爆症認定処分は,
個々の申請者の被爆状況等を個別的に確定した上で,既往歴,生活環境等
の個別事情も考慮し,申請疾病等と放射線との関連性についての高度な科
学的・医学的知見に基づく判断を経て行われるものである。しかも,被爆
者援護法上,原爆症認定をするに当たっては,原則として,合議制の機関
である疾病・障害認定審査会(医療分科会)の意見を聴かなければならず
(同法11条2項),合議体による実質的な議論を行うためには相当の事
前準備が必要となるのであって,このような原爆症認定制度の性格上,厚
生労働大臣が原爆症認定の申請に対して適正な判断を行うためには,その
審査に相当程度の期間を要することもやむを得ない面がある。そして,前
記認定事実によれば,原爆症認定に係る平成18年度の平均審査期間は約
224日,平成19年度の平均審査期間は約350日であると認められる
のであって,このような実情等をも考慮すると,原爆症認定の申請からこ
れに対する応答処分までの通常要すべき期間は,その審査の難易度等にお
いて平均的な事案を想定すれば,1年程度を一応の目安とするのが相当と
いうべきである。
イところで,未認定原告らは,前記前提となる事実のとおり,別紙2処分
目録「申請日」欄記載の日にそれぞれ原爆症認定の申請をしたが,厚生労
働大臣は,同目録「処分日」欄記載の日付けで本件各却下処分をしたもの
であるから,上記各申請から本件各却下処分までの期間は,約1年8か月
から約3年6か月となり,いずれも1年を超えていることが認められる。
しかしながら,前記認定事実によれば,平成10年度から平成17年度
までの原爆症認定の年間申請件数は,おおむね500件程度で推移してい
たところ,平成18年度には1325件,平成19年度には1601件と
急激に増加しており,申請件数の増加に伴い,平成20年4月末には待機
件数が約2600件に上っていた上,同月に新審査の方針による審査が開
始されて以降,申請件数は更に激増し,同年6月から9月までの4か月間
は毎月1000件を超え,平成20年度の年間申請件数は8580件に上
り,待機件数は同年12月時点で約8400件にまで増加したものと認め
られる。しかも,事務局は,これらの処理と並行して,新審査の方針の策
定や審査体制の整備に向けた各種事務,全国の裁判所に係属していた多数
の原爆症認定集団訴訟の訴訟対応事務等もあったというのである。以上に
よれば,事務局における原爆症認定に係る事務が滞留し,通常よりも申請
書類の確認作業等に時間を要したことも,やむを得ないものというべきで
ある。
また,医療分科会においては,旧審査の方針の見直し作業が進められて
いる間,旧審査の方針によれば却下相当の答申をすべき事例についても判
断を保留しており,その件数は約300件に上っていたところ,新審査の
方針による審査が開始された後,これらの保留案件や,全国に係属する数
百名の原爆症認定集団訴訟の原告らの処分の見直しを優先して行う必要が
あったというのである。さらに,心筋梗塞については,新審査の方針の積
極認定の対象疾病として「放射線起因性が認められる心筋梗塞」が盛り込
まれたものの,申請疾病である心筋梗塞に放射線起因性があるかどうかは,
個別事情の総合判断によるほかはなく,これを審査する第四審査部会にお
いても,どのような場合に放射線起因性を肯定すべきかについて整理がで
きておらず,事務局も追加資料の徴求等について個別に検討する必要があ
ったこと,甲状腺機能低下症については,平成21年6月22日に至って
新審査の方針が改定され,「放射線起因性が認められる甲状腺機能低下症」
が積極認定の対象疾病に追加されたため,再度の見直しが必要となったこ
と等の事情が認められるのであって,これらの事情に照らすと,新審査の
方針の策定前あるいは策定後直ちに本件各却下処分に係る原爆症認定の申
請につき諮問・答申がされなかったことについても,やむを得ない事情が
あったということができる。
次に,新規申請数の増加等を踏まえた遅延を回避するための努力につい
て見ると,前記認定のとおり,平成20年4月から,医療分科会に一定の
疾病に係る審査を行う四つの審査部会が設置されて各審査部会の議決をも
って医療分科会の議決とみなすこととなり,従前,1か月に1回開催され
る医療分科会により審査が行われていたものが,おおむね1か月に合計5
回開催される医療分科会又は審査部会により審査が行われることとされて
いる。また,医療分科会委員の人数についても,新審査の方針の策定前(平
成20年3月現在)は19人であったものが,新審査の方針の策定直後に
は,新たに審査部会が増設されたことも踏まえて33人にまで増員されて
おり,事務局の係員についても,平成19年度には5人(専任1人を含む
事務官3人,医系技官2人)であったものが,平成20年度からは10人
(専任6人を含む事務官7人,医系技官3人)に増員されている。そして,
新審査の方針の策定後の処分件数は,平成20年度は3031件,平成2
1年度は5003件となっており,従前の10倍近い件数が処理されてい
る。これらの事情に加えて,医療分科会委員には,原爆症認定申請の審査
をするにふさわしい学識経験を有する者を任命しなければならない(国家
行政組織法8条参照)から,医療分科会の委員やその開催回数を増やすに
も一定の限度があることは明らかであり,また,事務局の係員についても,
公務員予算や定員の問題があるため,その増員等には相当の困難があるこ
とも考慮すると,新審査の方針の策定後,応答処分の遅延を回避するため
の努力が十分に尽くされていると評価することができるのであって,厚生
労働大臣が従前の処理体制を漫然と放置していたとは到底いうことができ
ない。
ウ以上の諸事情を踏まえれば,未認定原告らの原爆症認定の申請から本件
各却下処分まで約1年8か月から約3年6か月を要したことについては,
殊更これらの申請を放置していたといった特段の事情がない限り,厚生労
働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と相当の期
間を超えて応答処分を長期間遅延させたものということはできない。そし
て,本件各却下処分について上記特段の事情があると認めるに足りる証拠
はないから,未認定原告らの原爆症認定の申請から本件各却下処分まで約
1年8か月から約3年6か月を要したことが国家賠償法上違法であるとは
認められない。
3小括
以上によれば,未認定原告らの被告に対する国家賠償法1条1項の規定によ
る損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由が
ない。
第5本件不作為についての国家賠償責任(争点⑤)
1判断枠組み
前記第4の2(1)のとおり,厚生労働大臣が原爆症認定の申請に対する処
分のために客観的に手続上必要と考えられる期間内に応答処分をしなかったと
しても,そのことから直ちに国家賠償法上1条1項にいう違法があったとの評
価を受けるものではなく,厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽
くすことなく,漫然と相当の期間を超えて応答処分を長期間遅延させたと認め
得るような事情がある場合に限り,国家賠償法上違法の評価を受けるものと解
するのが相当である。
2検討
(1)前記前提となる事実のとおり,原告p3は,平成20年3月27日,副甲
状腺機能亢進症及び甲状腺機能低下症を申請疾病とする原爆症認定の申請を
し,厚生労働大臣は,同申請について,疾病・障害認定審査会の意見を聴い
た上,平成22年5月27日付けで甲状腺機能低下症について原爆症認定を
し,同年6月24日付けで副甲状腺機能亢進症について申請を却下する旨の
処分をしているのであって,本件不作為の期間は約2年2か月に及ぶ。
(2)ところで,前記第4の2(3)のとおり,原爆症認定の申請からこれに対
する応答処分までの通常要すべき期間は,その審査の難易度等において平均
的な事案を想定すれば,1年程度を一応の目安とするのが相当というべきで
あるが,新審査の方針の策定の経緯や申請件数の激増等の諸事情を踏まえれ
ば,事務局における原爆症認定に係る事務が滞留し,通常よりも申請書類の
確認作業等に時間を要したことや,新審査の方針の策定前あるいは策定後直
ちに本件各却下処分に係る原爆症認定の申請につき諮問・答申がされなかっ
たことにもやむを得ない事情があったというべきであり,かつ,厚生労働大
臣が従前の処理体制を漫然と放置していたということはできない。
そうすると,本件不作為が約2年2か月に及んだことについては,上記申
請を殊更放置していたといった特段の事情がない限り,厚生労働大臣が職務
上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と相当の期間を超えて応答
処分を長期間遅延させたものということはできない。そして,本件不作為に
ついて上記特段の事情があると認めるに足りる証拠はないから,本件不作為
が約2年2か月に及んだことが国家賠償法上違法であるとは認められない。
3小括
以上によれば,原告p3の請求は,その余の点について判断するまでもなく,
理由がない。
第6結論
以上のとおりであって,本件訴えのうち原告p7及び原告p8の別紙2処分目
録「不認定疾病」欄記載の各疾病につき原爆症認定の義務付けを求める部分は不
適法であるから却下し,原告p1,原告p2,原告p4,原告p5,原告p6及
び原告p9の各原爆症認定の申請を却下する旨の処分の全部並びに原告p7及び
原告p8の各原爆症認定の申請を却下する旨の処分のうち同目録「認定疾病」欄
記載の各疾病に係る部分の取消しと,上記各取消しに係る疾病についての原爆症
認定の義務付けを求める各請求はいずれも理由があるから認容し,原告らのその
余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判官山本拓
裁判長裁判官山田明及び裁判官内藤和道は,転補のため署名押印する
ことができない。
裁判官山本拓

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