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平成29年2月23日判決言渡名古屋高等裁判所
平成28年(行コ)第34号業務外処分取消請求控訴事件(原審・名古屋地
方裁判所平成26年(行ウ)第33号)
主文
1原判決を取り消す。
2半田労働基準監督署長が控訴人に対し平成24年10月15日付
けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を
支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。
3訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,株式会社Aに勤務していたBが死亡したことについて,Bの
妻である控訴人が,半田労働基準監督署長に対し,Bの死亡はAにおけ
る過重な業務に起因するとして,労働者災害補償保険法(以下「労災保
険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料(以下「遺族補償給
付等」という。)の支給を請求したところ,同署長から,平成24年1
0月15日付けで,Bの死亡は業務上の理由によるものとは認められな
いとして,遺族補償給付等を支給しない旨の各処分(以下「本件各不支
給処分」という。)を受けたため,控訴人が,被控訴人に対し,本件各
不支給処分の取消しを求める事案である。
原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人が控訴し
た。
2前提事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,以下のとおり付加,
訂正するほか,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のと
おりであるから,これを引用する。
(1)原判決16頁15行目の「あり」の後に,「(仮に所定労働時間
外の休憩時間につき,午後6時,午後8時及び午後10時にそれぞれ
15分の休憩を取得していたとして時間外労働時間数を算出すると,
84時間18分となる。)」を付加する。
(2)原判決18頁17行目末尾で改行して,次のとおり付加する。
「なお,認定基準においては,基礎疾患を有していたとしても日常業
務を支障なく遂行できる者という平均的労働者概念を前提に,特に過
重な身体的,精神的負荷と認められるか否かを判断することとされて
いるが,その趣旨は,通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患
の存在を前提として業務上の負荷が継続的に加えられたとしても当該
脳・心臓疾患が発症するとはいえない程度の負荷であった場合には業
務起因性を否定し,他方,それが発症し得る程度の負荷であった場合
には業務起因性を肯定するという考え方に基づくものである。日常業
務を支障なく遂行できる者が脳・心臓疾患を発症したとしても,強い
業務上の負荷が加えられることで平均的労働者において初めて脳・心
臓疾患を発症する場合と,平均的労働者は保有していない基礎疾患が
業務上の負荷と合わさって初めて脳・心臓疾患が発症する場合(強い
業務上の負荷はなく,中程度の業務上の負荷が加えられることでも
脳・心臓疾患が発症する場合等)の2類型があり,前者の業務起因性
は肯定されるが,後者の業務起因性は否定されることになる。」
第3当裁判所の判断
1認定事実及びBの時間外労働時間数の認定に関する補足説明について
は,以下のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第3
の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決22頁6行目冒頭から17行目末尾までを削除する。
(2)原判決23頁13行目冒頭から21行目末尾までを,次のとおり
改める。
「発症前6か月間におけるBの労働時間につき,控訴人は原判決添付
別紙2「労働時間集計表(原告)」のとおりであると主張し,被控訴
人は原判決添付別紙3「労働時間集計表(被告)」のとおりであると
主張するところ,後記2の補足説明のとおり,少なくとも同別紙3記
載の時間外労働時間数が認められるほか,①同別紙3に記載された休
憩時間数につき,時間外労働の時間帯において実際には休憩を取得し
ていないにもかかわらず休憩時間として加算されているものがあるこ
と,②終業時刻はタイムカード打刻時を基に認定されているが,タイ
ムカード打刻後も時間外労働をしていた時間が存すること,③平成2
3年9月22日に愛知工場の業務に従事した時間が存する可能性があ
ることが認められ,これらの加算すべき時間を詳細に認定することは
できないものの,同別紙3の時間外労働時間数を評価する際には,更
に加算すべき時間外労働時間が存することを考慮すべきである。
同別紙3によれば,発症前1週間におけるBの総労働時間数は59
時間56分,時間外労働時間数は19時間56分であり,また,発症
前6か月間におけるBの総労働時間数,時間外労働時間数及び月平均
時間外労働時間数(当該月から本件疾病発症までの時間外労働時間の
月平均)は以下のとおりであるが,これに上記のとおり,加算すべき
時間外労働時間が存することを考慮すべきである。」
(3)原判決28頁24行目の「うつ病にり患しており」から25行目
末尾までを,「Bは,うつ病患者に特有の早期覚醒の症状があり,長
時間の労働により就寝時間が遅くなると早期覚醒により健康な人に比
べ睡眠時間が不足する傾向があるから,Bにとって,発症前1か月間
の業務は過重であったと考える。」と訂正する。
(4)原判決29頁14行目末尾で改行して,次のとおり付加する。
「(9)専門検討会報告書で示された長時間労働が脳・心臓疾患に与え
る影響(乙8・95頁)
ア長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由は,①睡眠時間
が不足し疲労の蓄積が生ずること,②生活時間の中での休憩・休
息や余暇活動の時間が制限されること,③長時間に及ぶ労働で
は,疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる
一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ,これが直接的な
ストレス負荷要因となること,④就労態様による負荷要因(物
理・化学的有害因子を含む。)に対するばく露時間が長くなるこ
となどが考えられる。
イこのうちでも,疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深
く関わっていると考えられる。一般に,睡眠不足の健康への影響
は,循環器や交感神経系の反応性を高め,脳・心臓疾患の有病率
や死亡率を高めると考えられており,1日3~4時間の睡眠は翌
日の血圧と心拍数の有意の上昇を,また,これよりやや長い1日
4~5時間の睡眠はカテコラミンの分泌低下による最大運動能力
の低下をもたらす。
ウ一方,脳・心臓疾患のり患率などとの関係では,睡眠時間が6
時間未満では狭心症や心筋梗塞の有病率が高い,睡眠時間が5時
間以下では脳・心臓疾患の発症率が高い,睡眠時間が4時間以下
の人の冠〔状〕動脈性心疾患による死亡率は7~7.9時間睡眠
の人と比較すると2.08倍であるなど,長期間にわたる1日4
~6時間以下の睡眠不足状態では,睡眠不足が脳・心臓疾患の有
病率や死亡率を高めるとする報告がある。
(10)専門検討会報告書で示された業務の過重性の評価期間(乙8・
106,107頁)
過去の多くの調査・研究では,異常な出来事については,発症直
前ないし前日を中心に把握・評価し,短期間の過重負荷について
は,発症前概ね1週間を中心に把握・評価を行ってきた。
しかしながら,現在においては,発症前1週間以内の過重負荷に
よる脳・心臓疾患の発症のほかに,業務による著しい過重な負荷が
長期間にわたって加わった場合,疲労の蓄積を背景として,血管病
変等が自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症するこ
とがあり得ると考えられるようになっており,この点についての研
究報告を吟味し総合的に判断すると,1~6か月の就労状況を調査
すれば発症と関連する疲労の蓄積が判断され得る。
(11)専門検討会報告書で示された過重負荷となる時間外労働時間
(乙8・96頁)
ア業務の過重性の評価につき,長時間労働に着目してみた場合,
現在までの研究によって示されている1日4~6時間程度の睡眠
が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討す
ることが妥当と考える。
イ1日6時間程度の睡眠が確保できない状態とは,日本人の1日
の平均的な生活時間を調査した総務庁の社会生活基本調査と(財)
日本放送協会の国民生活時間調査によると,労働者の場合,1日
の労働時間8時間を超え,4時間程度の時間外労働を行った場合
に相当し,これが1か月継続した状態は,概ね80時間を超える
時間外労働が想定される。
ウ1日5時間以下の睡眠は,脳・心臓疾患の発症との関連におい
て,全ての報告において有意性があるとしている。そこで,1日
5時間程度の睡眠が確保できない状態は,同調査によると,労働
者の場合,1日の労働時間8時間を超え,5時間程度の時間外労
働を行った場合に相当し,これが1か月継続した状態は,概ね1
00時間を超える時間外労働が想定される。」
(5)原判決31頁25行目冒頭から34頁6行目末尾までを,次のと
おり改める。
「(3)時間外労働における休憩時間
ア愛知工場において,時間外労働の際の休憩時間は,前記前提事
実(4)アの就業規則の定めと異なり,午後6時,午後8時及び午
後10時に各15分ずつ取得することとされているところ,Bの
勤怠管理カードの休憩時間欄には空欄か0.5のみが記載されて
いる。
そして,被控訴人は,勤怠管理カードの休憩時間欄の記載をも
って,原判決添付別紙3のとおり休憩時間数(午後6時,午後8
時及び午後10時に各15分ずつ取得していたとして算出した休
憩時間数より短い。)を認定すべきである旨主張する。
イこの点について,Cは,Bも,休憩開始時刻後間もなく当日の
作業が終了することが見込まれる場合等には休憩を取得せず引き
続き業務に従事することがあったものの,試作部門応援作業等の
時間外労働に従事した際には,各休憩開始時刻に他の従業員と共
に喫煙所に赴き,喫煙,談笑するなどして15分間の休憩を取得
することが多かったと供述する(乙18,原審証人C・8,9,
32頁)。
一方,Dは,時間外労働の際,従業員が15分間の休憩を取得
した場合であっても,労働時間として申告することを認めている
旨の供述をする一方(証人D・17頁,27頁),午後8時を過
ぎた場合には,実態に関係なく,30分の休憩時間を勤怠管理カ
ードに記載していたかもしれないと供述する(原審証人D・2
0,21頁)。
ウ上記のとおり,愛知工場においては,15分単位で休憩時間を
取得するとされていたにもかかわらず,勤怠管理カードには30
分単位で休憩時間が記入されていたものであり,そのこと自体,
勤怠管理カードの記載が実態を正しく反映していたか否かについ
て多大な疑問を抱かせるものである。
しかも,Bは,平日の勤務があるときも,昼休みや午後の休憩
時間にブログの更新等をしており,平成23年8月28日から同
年9月26日までの期間中,昼休み前後にブログ等の更新をして
いる日が13日,午後の時間にブログ等の更新をしている日が6
日あるが,午後6時から時間外労働が終わるまでの間にブログ等
の更新は全く行われていない(乙112)。こうした事実は,従
業員が各自の携帯電話をロッカーに預ける必要があったこと(原
審証人C・26頁,原審証人D・15頁)や,同時間帯の休憩時
間が15分単位であったことを考慮しても,時間外労働の間に1
5分単位の休憩を十分に取ることができなかった可能性を示唆す
るものである。
Bの勤怠管理カード上,終業時刻が午後8時を超える場合であ
っても休憩時間欄が空欄となっている日が存在する事実も認めら
れるが(甲A5の1~6,乙29),そうした事情を考慮して
も,午後8時を過ぎた場合に,休憩していないにもかかわらず,
勤怠管理カードに0.5と記載したケースが一定程度存在した可
能性は否定できない。
したがって,原判決添付別紙3記載の休憩時間数の中には,実
際には休憩していないにもかかわらず休憩時間として計上されて
いる部分が一定程度存するものと認められる。」
(6)原判決35頁3行目冒頭から17行目末尾までを,次のとおり改
める。
「ウもっとも,上記C供述は,Bが,Cと別れた後,再びE棟2階に
赴き,事務作業に従事した可能性を否定するものではない。
前記1(2)オのとおり,Bは,自身の勤怠管理カードの記入のほ
か,防振ベッド組立部門のリーダーとして,週報,チェックシー
ト,請求明細書及び生産指示書の作成業務を行っていたところ,発
症前1か月間のBとCのタイムカードの打刻時刻を見ると,8月2
8日,9月4日,同月5日及び同月7日を除き,退勤時の打刻時刻
はほぼ同じである(乙93)。
Cは,勤怠管理カードへの記入はごく短時間で終わるものであ
り,週報の作成については,Bは,作業終了時に行うこともあれ
ば,記載内容を自身のメモ帳に書き留めておき,後日,1週間分の
週報作成作業をまとめて行うこともあり,また,Bは,上記事務作
業を防振ベッド組立作業の空き時間を利用して行うこともあった
(原審証人C・9~11頁)と供述するものの,防振ベッドの組立
作業は,各工程ごとに基本作業時間が分単位で定められているから
(乙17),その空き時間にリーダーとしての上記書面作成業務を
行うことができたのか疑問が残る。
そして,控訴人本人も,Bから30分ないし40分程度サービス
残業をしていると聞いたことがあることや,Bのタイムカードの退
勤時刻を見ると通勤時間を引いても帰宅時刻との間に差があると述
べていること(原審控訴人本人・10頁)を併せ考慮すると,B
は,退勤時にタイムカードを打刻した後も,30分程度のサービス
残業を行った日が複数回あったものと認めるのが相当である。」
(7)原判決35頁18行目冒頭から36頁13行目末尾までを,次の
とおり改める。
「(5)平成23年9月22日
Bが,同月21日,友人のEに対し,「明日は午前中仕事で,F
に寄ってゴム取ってきます。また品番連絡しますね」との電子メー
ルを送信しており(甲A15の1,A54),Bの自家用車のカー
ナビゲーションシステム上,同月22日「F南営業所」との履歴が
存在する(甲A20)。また,Bが,同月22日,控訴人に対して
「今日は部品の搬入だけだ」と言って,普段の出勤時の服装(作業
服)ではなく私服で出掛けた事実も認められる(原審控訴人本人・
10,11頁)。
しかしながら,Bの同日のタイムカード及び勤怠管理カードには
出退勤の記録がないこと(乙28,29),Fの売上納品請求書及
び納品リスト上,同日,Fから愛知工場に納入された部品は見当た
らないこと(乙68~71),防振ベッド組立部門において,Fに
発注した部品の受取はG従業員が行う仕組みになっていること(証
人C・12頁,同D・8頁),Bは,後日,Eに対してゴム(ゴム
製の両面テープ)を届けていること(甲A54)などの事実が認め
られるから,Bが同日F南営業所を訪れて入手したゴム製の両面テ
ープが,Eに届けるためのものであった可能性は否定できない。
そうすると,Bの平成23年9月22日の行動については,Eに
届けるゴム製の両面テープを入手するための行動と,愛知工場の業
務に関わる行動とが併存している可能性があるが,業務に従事した
時間が存する可能性は否定できない。」
2争点に対する判断
(1)業務起因性に関する法的判断の枠組みについて
ア労災保険法及び労働基準法に基づく保険給付は,労働者の業務上
の疾病等に関して行われる(労災保険法7条1項1号)ところ,労
災保険制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供
させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険
が現実化して労働者が疾病にかかった場合には,使用者の過失の有
無を問わずに労働者の損失を填補する,いわゆる危険責任の法理に
基づく制度であることを踏まえると,労働者が「業務上」の疾病に
かかった場合とは,労働者が業務に起因して疾病にかかった場合を
いい,そのような場合に当たるというためには,業務と疾病との間
に相当因果関係が認められなければならないと解すべきであり(最
高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事11
9号189頁参照),業務と疾病との間の相当因果関係の有無は,
その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得る
か否かによって決せられるべきである(最高裁判所平成8年1月2
3日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成
8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁)。
イまた,上記危険責任の法理に照らすと,業務の危険性は客観的に
評価すべきであるから,当該業務に内在する危険が現実化したもの
と評価しうるか否かは,当該労働者と同種の平均的労働者,すなわ
ち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,
職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽
減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者(以下「平
均的労働者」という。)を基準とすべきである。
ウところで,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等
が,様々な要因により長い年月の間に徐々に形成され,進行,増悪
する経過を経て発症に至るものであり,本来,業務に特有の疾病で
はない(乙8・131頁)。しかし,上記発症に至る過程におい
て,労働者が従事した業務の負荷が過重であったため,発症の基礎
となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,その結
果,脳・心臓疾患が発症した場合には,業務に内在する危険が現実
化して脳・心臓疾患が発症したものとして相当因果関係を認めるの
が相当である(上記最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決,
最高裁判所平成9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183
号293頁,最高裁判所平成12年7月17日第一小法廷判決・裁
判集民事198号461頁参照)。
(2)本件における業務起因性
アBの死因
前記前提事実(6)のとおり,検視の結果,Bの直接死因は虚血性
心疾患の疑いと判断されており,前記1(8)アのとおり,専門部会
意見書において,Bの疾患名は致死性不整脈による心停止である旨
記載されていることに照らすと,Bが発症した疾病(本件疾病)
は,認定基準における対象疾病である虚血性心疾患等のうち「心停
止(心臓性突然死を含む。)」とみるのが相当である。
イBの心臓疾患の既往歴
前記(1)ウのとおり,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血
管病変等が,様々な要因により長い年月の間に徐々に形成され,進
行,増悪する経過を経て発症に至るものであるところ,Bには,前
記1(5)ア及び(8)アのとおり,心電図検査上ブルガダ症候群の所見
が認められる。
この点,ブルガダ症候群は,心電図の異常,それに伴う心室細
動,突然死が問題となる疾患であるが(乙83),ブルガダ症候群
であることから直ちに突然死に結びつくものではなく(甲B9,B
10),専門部会意見書において,Bには特にハイリスク要因がな
く,心電図所見もタイプ2であることから,突然死のリスクが高い
とはいえないとの意見が示されており(前記1(8)ア),ブルガダ
症候群は運動負荷や重労働が病態を悪化させるという報告はなく,
その原因は不明である(乙8,83)ものの,睡眠不足やストレス
によって自律神経のバランスを不安定にさせることの方が同症候群
に影響する可能性が指摘されているにとどまる(乙83)。
そうすると,ブルガダ症候群は,そのタイプや症状の程度によっ
ては突然死に結びつく可能性がないとはいえないとしても,Bの心
電図検査が示すブルガダ症候群については,その自然的経過により
突然死等を発症するような身体的病変であったとは認められない
し,Bにおいて,ブルガダ症候群の所見があることで通常業務(通
常の所定労働時間内の所定業務内容)を遂行できなかったという事
実も認められない。
ウBの時間外労働の影響
前記1(9),(11)のとおり,長時間労働が脳・心臓疾患に影響を
及ぼす要因として,睡眠時間の減少が最も深く関わっており,睡眠
時間が6時間未満になると脳・心臓疾患に対する影響が出るように
なり,睡眠時間が5時間以下になると,全ての報告において脳・心
臓疾患の発症との関連につき有意性が認められている。甲A38
(岩崎健二著「長時間労働と健康問題」日本労働研究雑誌№57
5)においても,長時間労働は,仕事負荷を増加させるとともに疲
労回復時間を減少させ,脳・心臓疾患のリスクを2~3倍に増加さ
せるものであって,そのようなリスクを増加させる長時間労働は1
か月の時間外労働時間に換算すると60~80時間となるとの知見
が述べられている。
そして,前記1(10),(11)のとおり,発症と関連する疲労の蓄積
は,発症前1~6か月の就労状況を調査する必要があり,総務庁や
(財)日本放送協会による生活時間の調査結果を基にすると,1日6
時間程度の睡眠が確保できない状態とは概ね80時間を超える時間
外労働が想定され,1日5時間程度の睡眠が確保できない状態とは
概ね100時間を超える時間外労働が想定されている。
Bの発症前6か月の就労状況を見ると,発症前1か月は時間外労
働時間数が少なくとも85時間48分以上であり,発症前2から6
か月の時間外労働時間数は6分から62時間33分とばらつきがあ
るものの,発症前2か月の時間外労働時間数が5時間38分であっ
て過重とはいえない程度のものであったことからすると,Bの死亡
と長時間労働との相当因果関係の有無を判断する上では,発症前1
か月の時間外労働時間が最も考慮すべき要因であるといえる(B
が,発症直前に,特に強度の精神的負荷を引き起こすような異常な
事態や,急激で著しい作業環境の変化等の異常な出来事に遭遇した
との事情は見当たらない。)。
Bは,前記1(3)のとおり,発症前1か月間の時間外労働時間は
少なくとも85時間48分であり,この時間外労働時間数だけで
も,脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷で
あるということができる。これに加えて,時間外労働の時間帯にお
いて休憩時間が確保できていなかった時間があること,終業時刻後
に時間外労働をしていた時間が存すること,平成23年9月22日
に愛知工場の業務に従事した時間が存する可能性があることを考慮
すると,更に過重性の程度が大きかったことになる。
しかも,Bにおいては,上記の時間外労働による負荷にうつ病に
よる早期覚醒の症状が加わって,更に睡眠時間が減少したものと認
められるから,Bは,発症前1か月間,睡眠時間が1日5時間程度
の睡眠が確保できない状態,すなわち,全ての報告においても脳・
心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められる状態であったこ
とは明らかである。Bが,この時期に寝ても目が覚めてしまい十分
な睡眠が取れていなかったことや,疲労困憊していた状況であった
ことは,控訴人,Bの父及びその友人が述べるところからも明らか
に認められる(甲A1の1・2,A8,9,19,26,54,原
審控訴人本人)。すなわち,Bは,発症前1か月間において,うつ
病にり患していない労働者が100時間を超える時間外労働をした
のに匹敵する過重な労働負荷を受けたものと認められる。
そうすると,Bは,過重な時間外労働を余儀なくされ,それにう
つ病による早期覚醒の症状が加わって更に睡眠時間が1日5時間に
達しない程度にまで減少したことにより,血管病変等がその自然経
過を超えて著しく増悪し,その結果心停止に至ったものと認められ
るところ,上記のとおりその時間外労働の時間数のみを捉えても
脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷であっ
たことからすれば,Bが心停止に至ったことについては,過重な時
間外労働が主要な要因であったものというべきであり,上記の時間
外労働と心停止との間に相当因果関係を認めることができる。
エなお,Bの死亡についてうつ病患者に特有の早朝覚醒の症状が起
因しているとしても,前記1(5)イのとおり,Bは,平成19年1
月5日にHクリニックを受診してうつ病等と診断され,その後も通
院していたが,うつ病にり患していたことで通常業務を遂行できな
かったという事実は認められないのであって,そうした事情をもっ
て,相当因果関係が否定されるものではない。
この点,被控訴人は,通常の労働者が平均的に保有している基礎
疾患とそれ以外の基礎疾患とを区別して考えることを前提とした主
張をする。また,I病院病院長のJ医師は,過重業務に関する評価
の基準となる労働者について「基礎疾患を有するものの,日常業務
を支障なく遂行できる労働者」としているのは,心疾患に関してい
えば,当該発症以前から心臓に存する器質的疾患(僧帽弁膜症,心
筋症,冠動脈疾患等)を指すと捉えるのが医療従事者や専門医の常
識的な理解であり,睡眠障害,睡眠不足が生じており,その原因が
何らかの精神疾患であったとしても,それを心疾患の「基礎疾患」
と捉えるべきではないとの意見を述べる(乙115)。
しかしながら,医学的な意味における心疾患の基礎疾患に限ら
ず,何らかの基礎疾患を有しながら日常業務を何ら支障なく就労し
ている労働者は多数存するのであって,これらの労働者が頑健な労
働者が発症するに至る負荷ほどではない業務上の負荷を受けて脳・
心臓疾患を発症した場合に,労災補償の対象とならないとすること
は,労災保険制度の基礎となる危険責任の法理に反し,労働者保護
に欠けることになるのであって,このことは,専門検討会報告書に
おいても指摘されている(乙8・88頁)。
したがって,上記のとおり,Bが過重な時間外労働の負荷が主要
な要因となって心停止に至ったものである以上,その余の要因が,
通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患か,あるいは医学的
意味での心疾患の基礎疾患に含まれるものかといった事柄は,相当
因果関係の有無の判断に影響するものではないというべきである。
オ被控訴人は,Bの早朝覚醒の原因は,投薬量が十分でなかったこ
とによるものであるとも主張するが,Bへの投薬は,主治医である
K医師が,Bの病状及び生活状況を踏まえて決定していたもので,
明らかに不適切な処方であったとまでは認められず,その治療経過
を業務以外の要因として考慮することも相当ではない。
また,被控訴人は,Bが,深夜までパソコンないしスマートフォ
ンを使用してブログ等の掲載を行っていたことや,ほぼ毎日飲酒を
し就寝前の時間帯にも飲酒していたことなどが,十分な睡眠を妨
げ,早期覚醒など睡眠に関する問題を引き起こしていた可能性も十
分に考えられると主張するが,これらもまた平均的労働者が日常生
活において行っている範囲内の事柄であり,Bがパソコン等の電子
機器の画面を見ることや飲酒することが入眠を妨げたり睡眠の質的
悪化を招くことがあり得ることを考慮しても(乙113,11
4),Bの時間外労働の時間数や早期覚醒の症状からすれば,相当
因果関係の有無の判断を左右するまでの事情とは認められない。
カ被控訴人は,認定基準が十分な合理性を有することを前提に,労
働者が脳・心臓疾患を発症した場合に業務起因性を認めるために
は,認定基準が示す基準(異常な出来事に遭遇,短期間の過重業
務,長期間の過重業務のいずれか)を満たす必要があると主張す
る。
しかしながら,認定基準において,例えば,発症前1か月間の時
間外労働時間として概ね100時間を超えることを基準に掲げてい
るのも,前記1(11)のとおり,睡眠時間が1日6時間未満であって
も狭心症や心筋梗塞の有病率が高いという知見がある中で,1日5
時間以下の睡眠時間の場合には,全ての報告において脳・心臓疾患
の発症との関連において有意性があるとされていたことから,その
睡眠時間に対応する100時間の時間外労働を採用したものであ
る。すなわち,この基準は,就労態様による負荷要因や疲労の蓄積
をもたらす長時間労働のおおまかで,かつこれを満たせば確実に労
災と認定し得る目安を示すことによって,業務の過重性の評価が迅
速,適正に行えるように配慮して設定されたものであると評価すべ
きである(乙8・96,109,132頁)。
既に述べたとおり,業務起因性の有無は,業務と疾病との間に相
当因果関係が認められるか否かによって判断される事柄であるとこ
ろ,一般に認定基準は,その基準を満たせば業務起因性を肯定し得
るという性格のものにすぎず,その基準を満たさないことが,業務
起因性を肯定する余地がないことまでを意味するものではないとい
うべきであるし,特に上記時間外労働時間に関する基準の意味する
ところからすると,業務起因性を肯定するためには上記認定基準を
満たさなければならないとする被控訴人の主張を採用することはで
きない。
(3)そうすると,Bが心停止によって死亡したことについて,業務起
因性を肯定することができ,控訴人が半田労働基準監督署長に対して
した労災保険法に基づく遺族補償給付等の請求は,その支給要件を満
たしているものと認められる。
第4結論
以上によれば,半田労働基準監督署長がした本件各不支給処分は取り
消すべきであるから,これと異なる原判決を取り消して,控訴人の請求
を認容することとし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第4部
裁判長裁判官藤山雅行
裁判官前田郁勝
裁判官金久保茂

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