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平成13年(ネ)第3044号意匠権侵害差止等請求控訴事件(原審・京都地方裁判
所平成12年(ワ)第2148号)
 判    決
控訴人(第1審原告)   株式会社カネシン
訴訟代理人弁護士     柴 田 耕 次
同            山 村 忠 夫
補佐人弁理士       江 藤   剛
被控訴人(第1審被告)  松田金属工業株式会社
訴訟代理人弁護士     矢 島 邦 茂
主    文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨等
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決添付別紙物件目録(一)(二)記載の建築用埋込みボルトを
製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
3 被控訴人は,前項の建築用埋込みボルトを廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,1393万5764円及びこれに対する平成1
2年9月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
5 仮執行宣言
[以下,「第2 事案の概要」,「第3 争点に関する当事者の主張」及び「第4
 当裁判所の判断」の部分は,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概
要」,「第3 争点に関する当事者の主張」及び「第4 争点に対する判断」の部
分を付加訂正した。ゴシック体太字の部分が,当審において,内容的に付加訂正を
加えた主要な箇所である。それ以外の字句の訂正,部分的削除等については,特に
指摘していない。]
第2 事案の概要
1 事案の要旨
  本件は,控訴人が,被控訴人が製造販売する建築用埋込みボルト(アンカー
ボルト)が控訴人の意匠権を侵害するとして,意匠法37条に基づき,その製造販
売又は販売のための展示の停止,同建築用埋込みボルトの廃棄を求め,民法709
条(意匠法39条)に基づき,損害賠償として1393万5764円及びこれに対
する訴状送達の日の翌日である平成12年9月23日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
  原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が控訴を提起した。
2 基本的事実関係
(1) 控訴人の意匠権(争いがない。)
 ア 控訴人は,以下の意匠権を有している(以下「本件意匠権」といい,そ
の登録意匠を「本件意匠」という。)。
 なお,出願人は,株式会社カナイ(以下「カナイ」という。)である
が,下記(3)の経緯で控訴人に本件意匠権が譲渡された。
    意匠登録番号  第905957号
   出願年月日   昭和63年9月16日
 出願番号  昭63-36492号
   登録年月日 平成6年6月8日
 意匠に係る物品 建築用埋込みボルト
   登録意匠    原判決添付別紙意匠公報1(甲2)のとおり
イ 控訴人は,平成7年6月9日,平成10年法律第51号特許法等の一部
を改正する法律による改正前の意匠法10条に基づき,本件意匠を本意匠として,
原判決添付別紙意匠公報2(甲3)記載の類似意匠(以下「本件類似意匠」とい
う。)の登録を得た。
(2) 被控訴人の行為(争いがない。)
  被控訴人は,平成9年1月ころから原判決添付別紙物件目録(一)記載の建
築用埋込みボルト(以下「イ号物件」といい,その意匠を「イ号意匠」という。)
を,平成8年1月ころから原判決添付別紙物件目録(二)記載の建築用埋込みボルト
(以下「ロ号物件」といい,その意匠を「ロ号意匠」という。)を,それぞれ製造
販売している。
(3) カナイから控訴人に対する本件意匠権の譲渡と控訴人からカナイに対する
本件意匠の実施許諾
 ア カナイは,控訴人の元専務取締役であったCが設立した「株式会社カネ
シン金井製作所」が,控訴人の申請により東京地方裁判所が平成元年8月3日発令
した仮処分決定(昭和63年(ヨ)第2570号仮処分申請事件)において,関東地
方の各県及び山梨,静岡の両県において同商号の使用を禁止したことに伴い,商号
変更したものである(甲4,15,弁論の全趣旨)。
 イ 控訴人とカナイ間の東京地方裁判所平成2年(ワ)第14881号事件の
裁判において,平成5年12月8日,訴訟上の和解が成立した。同和解において
は,カナイが本件意匠について意匠登録を受ける権利の2分の1を控訴人に譲渡す
ること,本件意匠について意匠登録がされた場合はカナイが登録済み意匠権の共有
持分2分の1を控訴人に譲渡し,控訴人はカナイに本件意匠について範囲無制限,
無償の独占的通常実施権を許諾すること,控訴人は前記アの仮処分申請を取り下げ
ることなどが取り決められた(以下「本件和解」という。)。そして,本件和解に
基づき,平成6年9月26日,カナイ名義で登録された本件意匠権が,同年7月2
7日譲渡を原因として控訴人へ移転登録された(甲1,5,15)。
(4) 本訴提起前の交渉経緯(争いがない。)
  控訴人が,平成11年4月20日付内容証明郵便(甲6)で,被控訴人に
対し,イ号・ロ号意匠が本件意匠に類似するとして,イ号物件,ロ号物件の取扱い
を中止することなどを求めたのに対し,被控訴人は,平成11年5月25日付内容
証明郵便(甲7)で,被控訴人はカナイの協力工場として,カナイの指揮監督のも
とに,イ号物件,ロ号物件を製造し,これらを全部カナイに納品しているから,被
控訴人の行為は本件和解に基づきカナイが有する本件意匠の独占的通常実施権の範
囲内である旨回答した。
3 争点
(1) 本件意匠とイ号・ロ号意匠は類似するか。
 (2) 被控訴人の行為は,本件和解に基づきカナイが有する本件意匠の独占的通
常実施権の範囲内か。
(3) 被控訴人に損害賠償義務が認められた場合,賠償すべき額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件意匠とイ号・ロ号意匠は類似するか。)について
【控訴人の主張】
(1) 本件意匠及びイ号・ロ号意匠の各構成
   ア 本件意匠
    直棒状の丸棒杆の一端(上端)部を螺子部,他の一端(下端)部をアン
カー部としたもので,上記螺子部は全体に対しほぼ7分の1の割合の長さにして上
記丸棒杆の一端に配し,アンカー部は全体に対し17分の1の割合の長さにして上
記丸棒杆の他の一端に配し,かつ,小判状の平板部の片面(下端面)中央部に四角
錐台部を重ね合わせたもので,アンカー部の平板部は上記丸棒杆の径に対し長径側
がほぼ6倍,短径側がほぼ3倍の大きさの割合を備え,四角錐台部はその底面の一
辺が上記平板部の短径側の径のほぼ5分の4,四角錐台としての高さが平板部の厚
さのほぼ5倍の割合の大きさでなるものである。
  イ イ号意匠 
 直棒状の丸棒杆の一端(上端)部を螺子部,他の一端(下端)部をアン
カー部としたもので,上記螺子部は全体に対しほぼ6分の1の割合の長さにして上
記丸棒杆の一端に配し,アンカー部は全体に対しほぼ32分の1の割合の長さにし
て上記丸棒杆の他の一端に配し,かつ,ほぼ円形状の平板部の片面(下端面)中央
部に四角錐台部を重ね合わせたもので,その平板部は上記丸棒杆の径に対しほぼ1.
8倍の割合の大きさの割合の径を備え,四角錐台部はその底面の一辺が上記平板部
の径のほぼ9分の7,四角錐台としての高さが平板部の厚さのほぼ5倍の割合の大
きさでなるものである。
ウ ロ号意匠 
    直棒状の丸棒杆の一端(上端)部を螺子部,他の一端(下端)部をアン
カー部としたもので,上記螺子部は全体に対しほぼ7分の1の割合の長さにして上
記丸棒杆の一端に配し,アンカー部は全体に対しほぼ24分の1の割合の長さにし
て上記丸棒杆の他の一端に配し,かつ,ほぼ円形状の平板部の片面(下端面)中央
部に四角錐台部を重ね合わせたもので,その平板部は上記丸棒杆の径に対しほぼ3
倍の大きさの割合の径を備え,四角錐台部の底面の一辺が上記平板部の径のほぼ1.
5倍,四角錐台としての高さが平板部の厚さのほぼ5倍の割合の大きさでなるもの
である。
 なお,丸棒杆の螺子部側には,4個の切溝を該丸棒杆の長手方向に沿っ
て並設してある。
(2) 本件意匠とイ号・ロ号意匠との対比
   ア 本件意匠とイ号意匠
    直棒状の丸棒杆の一端(上端)部を螺子部,他の一端(下端)部をアン
カー部とし,アンカー部は丸みのある平板部の片面中央部に四角錐台部を重ね合わ
せてなる点で一致し,他方,両意匠は,アンカー部を構成する平板部の形状におい
て本件意匠が小判状であるのに対し,イ号意匠が円形である点及び各部の大きさの
割合で相違する。
    両意匠の一致点と相違点を比較すると,一致点は両意匠を構成する丸棒
杆等の各要素の共通点とこれら要素の配置関係の共通点であるのに対し,相違点中
のアンカー部の平板部の相違は,アンカー部(前記要素)の一部の形態の相違にす
ぎず,かつ,それは丸みのある平板という共通点中の相違にすぎない。また,各部
の大きさの相違にしても,その相違がそれぞれの意匠を特徴づけるほどの相違点で
もない(すなわち,一致点が相違点を圧倒している。)。
     よって,本件意匠とイ号意匠は類似する。
イ 本件意匠とロ号意匠
    相違点として,ロ号意匠には丸棒杆の周側に切溝を配している点がある
ほかは,本件意匠とイ号意匠の共通点,相違点と同じである。そして,上記ロ号意
匠特有の相違点の存在によっても,上記共通点が変わるものではないから,該切溝
は部分的な相違にすぎない。
     よって,本件意匠とロ号意匠は類似する。
  (3)被控訴人の主張について
   ア 被控訴人は,直棒状の丸棒杆の一方を螺子部,他方をアンカー部とする
2つの部分から構成される形状は公知,周知であるとして,本件意匠の要部がアン
カー部の小判型の形状にあり,イ号・ロ号意匠はアンカー部が円形であるから,本
件意匠と類似しない旨主張する。
     しかし,例えば,公開実用新案公報平1-163604(甲13)に係
る意匠(以下「別意匠1」という。)によれば,曲棒状の一方を螺子部,他方をア
ンカー部とする2つの部分から構成される形状も公知である。また,平成11年2
月24日に出願され平成12年4月7日に登録された意匠登録第1075148号
意匠公報(甲14)に係る意匠(以下「別意匠2」という。)は,本件意匠とアン
カー部の形状をほぼ同じくする(少なくとも類似する)曲棒状の形状の意匠であ
り,これが本件意匠の存在にもかかわらず登録されている。したがって,本件意匠
の要部がアンカー部にあるとの被控訴人の主張は理由がない。
     また,仮に本件意匠の要部をアンカー部の形状に求めるとしても,本件
意匠とイ号・ロ号意匠は,丸みのある平板部の片面中央部に四角錐台部を重ね合わ
せてなる点で一致し,丸みのある平板部の形状について本件意匠は楕円形,イ号・
ロ号意匠は円形であるという点で異なるにすぎず,これらはいずれも「丸みのある
平板部」という大きな共通点のもとでの微細な差異というべきである。
   イ 被控訴人は,第2の2(4)記載のとおり,本訴提起前の交渉の経緯におい
ては,被控訴人の行為が本件意匠権を侵害しない理由として,本件和解に基づきカ
ナイが有する本件意匠の独占的通常実施権の範囲内であることを挙げるのみで,本
件意匠とイ号・ロ号意匠が類似しないことについては一切触れておらず,類似する
ことを認めていたものというべきである。そうすると,被控訴人が,本訴におい
て,本件意匠とイ号意匠及びロ号意匠が類似しない旨主張するのは信義則に反す
る。
(4) 当審における補充主張
ア(ア) 本件意匠の要部は,四角錘台部である。
 意匠の要部のとらえ方について,意匠を見る者の注意を最も引きやす
い部分として把握し,これを観察して,一般の需要者が誤認混同するかどうかとい
う観点からその類否を決すべきである。
 本件で,看者の注意を最も強く引く部分となると,底面視楕円形の平
板部と先端が底面とほぼ平行に切断された四角錘台部とを対比した場合,一見して
四角錘台部が注意を引くことは明らかである。現実の製品を見る限り,平板部は四
角錘台部の単なる付け足しの部分であって,回り止めの機能などから必然的に伴う
形状ということもできる。しかも,平板部が楕円形であるか円形であるかというこ
とは,「丸みのある平板部」という大きな共通点のもとでの微細な差異で,円形で
あるからコンパクトでまとまった印象を受け,楕円形であるから変化に富んだ印象
を与えるものとは到底いえない。また,後記別意匠5のアンカー部には平板部はな
く,その類似意匠である後記別意匠6には平板部が認められる。このことは,アン
カーボルトにおいては,上記中心部にこそ要部が強く認められることの現れであ
る。したがって,一般の需要者の観点からすれば,本件製品についての四角錘台部
によって誤認混同するものか否かを判断するのが相当である。
(イ) また,意匠の類似観察は,個々の部分にとらわれることなく,個々
の要素を総合した全体とした観察判断によって行われるべきである。ただ,要部も
全体と有機的に関連したところの要部として認識されるので,全体を通じてする要
部評価であり,要部を通してする全体的総合評価でなければならない。そうする
と,平板部を要部であるとしても,それのみならず看者の注意を強く引く四角錘台
部と有機的に関連した要部も含めた全体的総合評価をして類否判断がなされるべき
である。
 さらに,看者の注意を引く部分(要部)が類似するときは,他の部分
に相違があっても,全体として似ていれば類似する。意匠から受ける感じは,部分
部分の各要素が一体化されて全体において感得されるものである。平板部の楕円形
であるか,円形であるかの僅少の差は,全体において感得される類似の中に埋没し
てしまう差にすぎない。
イ さらにいえば,平板部と四角錘台部が結合したアンカー部の形態も要部
である。
 建築用埋込みボルトは,建築におけるコンクリートの布基礎中に下端の
アンカー部を埋め込み,上部を土台に挿通して突出上端にナットを螺合するもので
あるから,丸棒杆の上端に螺子部,下端にアンカー部を備えたものであることを基
本的構成態様とし,それを構成する丸棒杆,螺子部及びアンカー部それぞれに全体
との関係を考慮しつつ意匠的変化を与えて意匠の創作がなされ,本件意匠は,その
結果,アンカー部に新規な意匠的要素を施し,登録を受けたものである。換言すれ
ば,アンカー部は,平板部と四角錘台部とに分離して把握されることはなく,平板
部と四角錘台部は,機能的にも意匠創作上も,また視覚的にも別個に認識把握され
ることはなく,互いに一体として把握されるものである。
ウ 本件意匠とイ号・ロ号意匠との一致点,とりわけ,アンカー部を丸い
(小判型対円形の相違があるとしても)平板部の片面に四角錐台部を重ね合わせて
構成したことは,両者に係る物品である建築用埋込みボルトの美感を起こさせるも
のとしての全体を支配している一致点である。これに対し,相違点,すなわちアン
カー部を構成する平板部の形状において,本件意匠が小判型であるのに対し,イ
号・ロ号意匠が円形である点は,平板部の形態の相違にすぎないばかりでなく,建
築用埋込みボルトは,正面,背面,側面のそれぞれから直視して視覚するような物
品ではなく,本件意匠の類似意匠の平板部の円形を斜視したときに視覚されるのが
楕円形であるところからすると,視認する角度によって異なってくる性質のもので
あり,著しい相違点ではない。
エ 仮に,平板部が要部であるという前提をとったとしても,類似意匠の存
在を考慮すれば,本件意匠とイ号・ロ号意匠は類似していると判断されるのが相当
である。侵害意匠との類似はあくまでも本意匠との関係で判断されるものである
が,類似意匠は少なくとも類似意匠の存在する範囲までは本意匠の類似範囲である
ということを証明する有力な資料となる。
【被控訴人の主張】
(1) 本件意匠及びイ号・ロ号意匠の構成について
   上記各意匠の各部の具体的構成(寸法比)は,以下を除き,控訴人主張の
とおりである。
ア 本件意匠
(ア) 螺子部は,全体に対しほぼ7分の1ではなく,ほぼ65分の10の
割合の長さである。
   (イ) アンカー部は,全体に対し,17分の1ではなく,16分の1の割
合の長さである。
   (ウ) アンカー部の平板部は,上記丸棒杆の径に対し長径側がほぼ6倍,
短径側がほぼ3倍ではなく,長径側がほぼ7倍,短径側がほぼ4倍の大きさの割合
の径である。
   (エ) 四角錐台部の底面の一辺は,上記平板部の短径側の径のほぼ5分の
4ではなく,ほぼ4分の3の割合の大きさである。
   (オ) 四角錐台としての高さは,平板部の厚さのほぼ5倍ではなく,6倍
強の割合の大きさである。
  イ イ号意匠 
   (ア)螺子部は,全体に対しほぼ6分の1ではなく,アンカー部分も含め
た全体に対し,6.23分の1の割合の長さである。
   (イ) 四角錐台部の底面の一辺は,上記平板部の径の9分の7ではなく,
ほぼ平板部の外周一杯の大きさである。
(ウ) イ号物件にも1か所の刻みがある。
  ウ ロ号意匠 
   四角錐台部の底面の一辺は,上記平板部の径の1.5倍ではなく,ほぼ平
板部の外周一杯の大きさである。
(2) 本件意匠の要部について
    一方を螺子部,他方をアンカー部とする2つの部分から構成される形状
は,建築用埋込みボルトの用途や機能から必然的に導かれるものである。このよう
な形状を備えた本件意匠の出願前の公知意匠としては,昭和56年5月7日に出願
され昭和60年9月13日に登録された意匠登録第668377号意匠公報(乙
1)に係る意匠(以下「別意匠3」という。),昭和45年4月3日に出願され昭
和46年6月9日に登録された意匠登録第333639号意匠公報(乙2)に係る
意匠(以下「別意匠4」という。),昭和45年4月3日に出願され昭和47年2
月2日に登録された意匠登録第345430号意匠公報(乙3の1)に係る意匠
(以下「別意匠5」という。),別意匠5の類似意匠(昭和47年1月6日出願,
昭和50年3月24日登録,乙3の2 以下「別意匠6」という。),公開実用新
案公報昭57-176505号及びその出願公告である実用新案公報昭61-33
086号(公告日昭和61年9月26日。乙4の1・2)に係る意匠(以下「別意
匠7」という。)がある。
    それにもかかわらず,本件意匠が登録されたのは,アンカー部の小判状の
形状に特徴があったからであり,これが要部である。
(3) 本件意匠とイ号・ロ号意匠の対比について
    本件意匠とイ号・ロ号意匠は,要部であるアンカー部の形状において,前
者が小判状であるのに対し後者が円形であることにおいて相違している。その他,
その寸法比やイ号・ロ号意匠は丸棒杆表面部に刻みがある点など,重要な点におい
て相違し,異なる美感を与えるものである。
    したがって,本件意匠とイ号・ロ号意匠は類似しないものというべきであ
る。
(4) 当審における追加主張
 意匠の要部としてアンカー部全体をとらえたとき,平板部が楕円形のもの
と円形のものとでは,重心部が平板部に占める位置及びその面積割合も異なるので
あるから,見る者に異なった印象を与えるものであることは間違いない。混同説に
立っても,この違いは,一般需要者をして誤認混同させるものでない。
2 争点(2)(被控訴人の行為は,本件和解に基づきカナイが有する本件意匠の独
占的通常実施権の範囲内か。)について
【被控訴人の主張】
(1) 仮にイ号・ロ号意匠が本件意匠と類似しているとしても,被控訴人は,
控訴人から本件意匠について範囲無制限,無償の独占的通常実施権の設定を受けた
カナイの下請として,カナイの指示のもとにイ号物件,ロ号物件を製造し,これら
をすべてカナイに納入し,その上でカナイから購入して販売している。
(2) 被控訴人が正当な実施権者であるカナイからイ号物件,ロ号物件を購入し
ている以上,これらの物件の販売は本件意匠権を侵害するものではない。
【控訴人の主張】
(1) 被控訴人は,同社の「木造住宅・接合金具・総合カタログ」(甲8)にロ
号物件を「笠型アンカーボルト」として掲載し,各得意先に配布しているのみなら
ず,被控訴人名の入っている梱包用段ボールにイ号物件,ロ号物件を荷造りし(甲
9の1~14),住友林業株式会社等に直接販売している。
(2) 被控訴人が納品したイ号物件,ロ号物件をカナイではなく,被控訴人が第
三者に販売する以上,被控訴人の行為は,本件和解に基づきカナイが有する本件意
匠の独占的通常実施権の範囲内とはいえない。
3 争点(3)(被控訴人に損害賠償義務が認められた場合,賠償すべき額)につい

【控訴人の主張】
(1) イ号物件,ロ号物件の販売数量・販売額
  イ号物件,ロ号物件の販売数量・販売額は,原判決添付別紙「被告販売数
量表」記載のとおりであり,販売価格総額は7227万8847円である。
(2) 民法709条(意匠法39条2項)に基づく請求
    被控訴人がイ号物件,ロ号物件の販売によって得た粗利益は,原判決添付
別紙「被告販売数量表」記載のとおりであって,その合計は1393万5764円
であり,これが意匠法39条2項により控訴人の損害と推定される。
(3)民法709条(意匠法39条3項)に基づく請求
  イ号物件,ロ号物件の実施料相当額は,販売価額の5%であるから,民法
709条(意匠法39条3項)に基づき,上記販売価額総額の5%である361万
3942円を請求する。
【被控訴人の主張】
 民法709条(意匠法39条2項)に基づく控訴人の損害の算定に当たって
は,粗利ではなく純利益を適用すべきである。民法上,逸失利益といわれるもの
は,一般に被侵害者の純利益を意味するからである。また,実施料率を売上の5%
とするのは,高額に過ぎる。カナイが本件意匠権について有する独占的通常実施権
は無償であるからである。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件意匠とイ号・ロ号意匠は類似するか。)について
  (1)本件意匠,本件類似意匠,イ号・ロ号意匠の各構成について
前記第2の2の基本的事実関係並びに証拠(甲2,3,甲9の1~3・8
~10,乙7の1~4)及び弁論の全趣旨によれば,上記各意匠は,建築における
コンクリートの布基礎中に下端のアンカー部を埋め込み,上部を土台に挿通して突
出上端にナットを螺合する建築用埋込みボルトに係るもので,その構成態様は,以
下のとおりであると認められる(なお,本件意匠との対比の必要上,類似意匠公
報,原判決添付別紙物件目録(一),同目録(二)の各「平面図」「底面図」「左側面
図」「右側面図」を,それぞれ「左側面図」「右側面図」「底面図」「平面図」と
読み替える。)。
ア 本件意匠(甲2)
(ア) 基本的構成態様
    a 直棒状の丸棒杆の一端を螺子部,他端をアンカー部としている。
 b アンカー部は,平板の上に四角錐台部(重心部)を載せてなる。
   (イ) 具体的構成態様
 a丸棒杆全体に占める長さの割合は,螺子部が約14.5%,平板部が
約1.2%,四角錐台部が約4.8%である。
 b 平板部は,底面視小判型であり,上記丸棒杆の径に対し長径側がほ
ぼ6.3倍,短径側がほぼ4倍である。
 c四角錐台部は,先端が底面とほぼ平行に切断された四角錐状でな
る。
 d 四角錐台部の底辺は,上記丸棒杆の径に対しほぼ3.2倍の正四角形
である。
イ 本件類似意匠(甲3)
 (ア) 基本的構成態様
   本件意匠と同様である。
 (イ) 具体的構成態様
 a丸棒杆全体に占める長さの割合は,螺子部が約17.8%,平板部が
約0.9%,四角錐台部が約3.1%である。
 b 平板部は,底面視楕円形であり,上記丸棒杆の径に対し長径側がほ
ぼ3倍,短径側がほぼ2.3倍である。
 c四角錐台部は,先端が底面とほぼ平行に切断された四角錐状でなる。
 d 四角錐台部の底辺は,上記丸棒杆の径に対しほぼ1.7倍の正四角形
である。
ウ イ号意匠(甲9の1~3,原判決添付別紙物件目録(一))
 (ア) 基本的構成態様
   本件意匠と同様である。
 (イ) 具体的構成態様
 a丸棒杆全体に占める長さの割合は,螺子部が約16.0%,平板部が
約0.6%,四角錐台部が約3%である。
 b 平板部は,底面視円形であり,上記丸棒杆の径に対しほぼ2倍であ
る。
 c 四角錐台部は,先端が底面とほぼ平行に切断された四角錐状でな
る。
 d 四角錐台部の底辺は,上記丸棒杆の径に対しほぼ2倍の正四角形で
ある。
 e 丸棒杆の螺子部側には,1個の切溝が該丸棒杆の長手方向に沿って
設けられている。
エ ロ号意匠(甲9の8~10,原判決添付別紙物件目録(二))
 (ア) 基本的構成態様
   本件意匠と同様である。 
 (イ) 具体的構成態様
 a丸棒杆全体に占める長さの割合は,螺子部が約14.3%,平板部が
約0.7%,四角錐台部が約3.6%である。
 b 平板部は,底面視円形であり,上記丸棒杆の径に対しほぼ2.1倍で
ある。
c四角錐台部は,先端が底面とほぼ平行に切断された四角錐状でな
る。
 d 四角錐台部の底辺は,上記丸棒杆の径に対しほぼ2.1倍の正四角形
である。
 e 丸棒杆の螺子部側には,4個の切溝が該丸棒杆の長手方向に沿って
並設されている。
(2) 本件意匠の要部について
  意匠の類否を判断するに当たっては,両意匠を全体として観察することを
要するが,この場合,当該意匠に係る物品が取引ないし使用される過程において,
物品の性質,用途,使用形態からみて取引者又は需要者の注意を強く引く特徴的な
部分を意匠の要部として把握し,その要部に現われた両意匠の構成態様が看者に共
通の美感を与え,両意匠の誤認混同を生じさせるか否かを基準とすべきである。
  そして,登録意匠の要部の認定に際しては,当該登録意匠出願前に存在す
る公知意匠についても,これを参酌すべきである(公知意匠と合致する部分のみで
は,他の構成部分と結合しない限り,当該登録意匠の固有の特徴とならない。)。
また,登録意匠に類似意匠が付帯するときは,類似意匠は当該登録意匠(本意匠)
の要部を把握し類似範囲を明確にする有力な資料であるから,その要部を認定する
に当たって参酌するのは当然である。
 ア 基本的構成態様について
   基本的構成態様aは,本件意匠に係る物品である上記建築用埋込みボル
トとしての機能上,当然に要求されるものであり,同様の構成を有する出願時公知
の意匠も存在する(別意匠3~7)。また,同bは,アンカーに平板部,重心部を
設けることは公知意匠である別意匠3,6,7にもみられるところであるから,い
ずれも要部ということはできない。
 イ 具体的構成態様について
  (ア) 具体的構成態様aについて
    丸棒杆全体に占める螺子部,平板部,四角錐台部の長さの割合は,そ
の比率いかんによっては,建築用埋込みボルトの全体的形状についての印象に相当
の影響を与えるものと考えられ,本件意匠に特徴的な部分であって,取引者の注意
を引くと考えられるから,要部というべきである。
 (イ) 同bについて
   建築用埋込みボルトにおいては,その機能上,基本的構成態様は単純
となりがちであるから,アンカー部の具体的形状が取引者の注意を引き,建築用埋
込みボルトの形状全体の美感に相当の影響を与える部分となることは容易に想像で
きるところ,平板部において本件意匠と同様の構成を有する出願時公知意匠は,証
拠上認められない。また,登録意匠と類似意匠に共通する部分は,通常,登録意匠
の要部となると解されるところ,本件意匠と本件類似意匠の平板部は,底面視小判
状と楕円形という差異はあるが,長径部・短径部を有する長円状の形状のものであ
るという点で共通している。以上のことから,平板部の形状は,本件意匠の要部で
あると認められる。
   控訴人は,別意匠2の存在を理由に平板部の形状は本件意匠の要部と
ならない旨主張するが,上記別意匠は後願登録意匠であって,本件意匠出願時に公
知のものではない上,丸棒杆の中間部が屈曲した建築用埋込みボルトに関するもの
であるから,上記別意匠の存在は,上記要部の判断に影響を及ぼすものではない。
 (ウ) 同cについて
   アンカー部の具体的形状が取引者の注意を引くものであること,同様
の構成を有する出願時公知の意匠も証拠上認められないこと,本件類似意匠とも共
通する構成であることからすれば,これは,本件意匠の要部であると認められる。
 (エ) 同dについて
   四角錐台部の底辺の長さと丸棒杆の径の比も,前記具体的構成態様a
と同様,その比率いかんによっては,建築用埋込みボルトの全体的形状についての
印象に影響を与えるものと考えられ,本件意匠に特徴的な部分の一つであって,上
記アンカー部の形状と一体となって取引者の注意を引くと考えられるから,要部と
認められる。
(オ) 控訴人は,アンカー部において,四角錐台部の形状のみが要部であ
り,平板部が楕円形であるか円形であるかということは,「丸みのある平板部」と
いう大きな共通点のもとでの微細な差異にとどまる旨主張するが,後記(3)のとお
り,平板部の形状も建築用埋込みボルトの形状全体の美感に大きな影響を与えるも
のであるから,上記控訴人の主張を採用することはできない。
  その他,本件意匠の要部認定に関する控訴人の指摘は,いずれも前記
判断を左右するものではない。
(3) 本件意匠とイ号・ロ号意匠との対比
  本件意匠とイ号・ロ号意匠は,基本的構成態様において共通する。また,
具体的構成態様のcにおいて共通するが,他の具体的構成態様においては相違する
(イ号・ロ号意匠の具体的構成態様eに相当するものは本件意匠にはない。)。
  そうすると,前記要部中,具体的構成態様cについては共通し,同a,b
,dについては相違することとなる。
  しかしながら,具体的構成態様a,dについては,前記(1)のとおり本件
意匠とイ号・ロ号意匠とで各部の長さの比率に若干の差異が存するものの,この程
度の差異では,全体的形状から取引者が受ける美感,印象に影響を与えるとは認め
難く,これらの具体的構成態様については,本件意匠とイ号・ロ号意匠は類似して
いるというべきである。
  これに対し,具体的構成態様bにおいて,本件意匠の平板部が底面視長径
部・短径部を有する小判型のものであるのに対し,イ号・ロ号意匠の平板部が底面
視円形であるため,本件意匠とイ号・ロ号意匠では,平面視及び底面視の平板部形
状が明らかに相違するほか,本件意匠では左側面視・右側面視と正面視・背面視に
おいて全体形状が異なるのに対し,イ号意匠,ロ号意匠では正面視,背面視,左側
面視,右側面視において全体形状が全く同じになる(具体的構成eの切溝の点を除
く。)という点で著しい差異が生じる。その結果,本件意匠は,側面からの観察で
も見る角度によって変化に富んだ印象を与えるのに対し,イ号・ロ号意匠は,側面
からの観察では変化は生じず,より単純にすっきりとまとまった印象を与えるもの
となる。
  そうすると,本件意匠とイ号・ロ号意匠とは,具体的構成態様cにおける
共通点並びに具体的構成態様a及びdにおける類似点にもかかわらず,美感を異に
し,看者をして両意匠の誤認混同を生じさせるとはいい難く,両意匠は類似しない
というべきである。
(4) 控訴人の主張について
  控訴人は,両意匠を斜視した場合など視認する角度によって,円形と長円
状の形状が同じものとなり得ることを指摘して,平板部が円形であるか長円状であ
るかは著しい相違点でない旨主張するが,なるほど,特定の斜視角度からの観察に
よって同一形状に認識される余地がある点は否定できないにしても,両意匠の全体
的形状を多方面から観察した場合,平板部の前記形状の差異は,前記(3)のとおり
の異なった美感を看者に与えることとなるから,控訴人の上記主張を採用すること
はできない。
さらに,控訴人は,被控訴人が本訴提起前の交渉において本件意匠とイ
号・ロ号意匠が類似しないことについて触れていなかったことを理由に,被控訴人
が本訴において,本件意匠とイ号・ロ号意匠が類似しないと主張するのは信義則に
反する旨主張するが,意匠の類比は,本件意匠とイ号・ロ号意匠を対比,観察した
上で客観的に判断されるべき性質のものであるから,控訴人の上記主張を採用する
ことはできない。
  その他,両意匠の類否判断に関する控訴人の主張は,いずれも前記(3)の
判断を左右するものではない。
2 したがって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理
由がない。
第5 結論
 以上の次第で,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理
由がない。
 よって,主文のとおり判決する。
(平成13年12月18日口頭弁論終結)
大阪高等裁判所第8民事部
        裁判長裁判官  竹  原  俊  一
              
               裁判官  小  野  洋  一
               裁判官  西  井  和  徒

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