弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 弁護人前堀政幸、同青木英五郎、同佐々木哲蔵の抗告趣意のうち、判例違反をい
う点について。
 論旨は、原決定が、「原裁判所は、上訴提起後であつても、訴訟記録が存在する
限り、被告人を勾留することができる。」旨判示したのが、所論引用の昭和三九年
二月一五日大阪高等裁判所判例(刑集一七巻一号一五二頁)に相反するというので
ある。
 よつて案ずるに、右大阪高等裁判所の決定は、「原裁判所は、上訴提起後は、被
告人を勾留することができない。」旨判示しているから、原決定は、右大阪高等裁
判所の判例と相反する判断をしたこととなり、刑訴法四〇五条三号後段に規定する、
最高裁判所の判例がない場合に控訴裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断
をしたことになるといわなければならない。
 思うに、刑訴法六〇条によると、裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足
りる相当な理由がある場合で、被告人が定まつた住居を有しないなど一定の事由が
あるときは、被告人を勾留することができることになつており、その時期について
は、なんらの制限もないのであるから、たとい上訴提起後であつても、右の要件が
あり、かつ勾留の必要がある場合には、被告人を勾留することができるものといわ
なければならない。ただ問題は、上訴提起後、訴訟記録がまだ上訴裁判所に到達し
ていない場合に、被告人を勾留するのは、上訴裁判所か、それとも原裁判所かとい
うことであるが、この点については、刑訴法上明文の規定は存在しない。そこで、
もしこれを上訴裁判所でなければならないとすると、上訴裁判所としては、訴訟記
録が到達するまでは、勾留の要件や必要性の存否を知る方法がないため、勾留の手
続をすることが事実上不可能で、いかに勾留の必要がある場合であつても勾留をす
ることができない事態を生ずることになる。このような事態の生ずることは、勾留
が本来急速を要するものであることからみても、きわめて不合理で、とうてい法の
予期するところではないというべきである。とすると、上訴提起後であつても、訴
訟記録がまだ上訴裁判所に到達しない間は、原裁判所が勾留の権限を有すると解す
るのが相当であり、このように解するのが法の趣旨に合致するものであることは、
刑訴法九七条二、三項および刑訴規則九二条二、三項が、上訴中の事件で訴訟記録
が上訴裁判所に到達していないものについて、勾留の期間を更新し、勾留を取り消
し、保釈もしくは勾留の執行停止をし、これを取り消し、または勾留理由の開示を
するのは、原裁判所であると定めていることからもうかがうことができる。もつと
も、逆に、右各条項に勾留の規定がないことを根拠にして、原裁判所は勾留をする
ことができないとする解釈も考えられないではない。しかし、右各条項に勾留の規
定がないのは、勾留の必要がある事件については、判決前に勾留がなされているの
が通例で、判決後に新たに勾留がなされる場合はまれであることから、すでに勾留
がなされていることを前提にした事項だけを規定したものと解することができるの
であつて、あえて原裁判所がみずから勾留をすることを否定しているとまでは解さ
れない。以上のとおりであつて、原裁判所は、上訴提起後であつても、訴訟記録が
まだ上訴裁判所に到達しない間は、被告人を勾留することができるものといわなけ
ればならない。
 そこで、右大阪高等裁判所の判例を変更して、原決定を維持することとする。
 同抗告趣意のうち、違憲をいう点について。
 所論は、憲法三一条、三四条違反をいうが、実質は、単なる法令違反の主張を出
ないものであつて、刑訴法四三三条の抗告の適法な理由に当らない(なお、本件の
ように、勾留をする裁判所が、すでに被告事件の審理の際、被告事件に関する陳述
を聞いている場合には、改めて刑訴法六一条のいわゆる勾留質問をしなければなら
ないものではないと解するのが相当である。)。
 よつて、同四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のと
おり決定する。
  昭和四一年一〇月一九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎

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