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平成30年4月26日宣告東京高等裁判所第12刑事部判決
平成29750号殺人被告事件
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中340日を原判決の刑に算入する。
理由
第1本件の概要
1原判決が認定した罪となるべき事実の概要
被告人は,当時7歳の男児であった被害者の母親(以下単に「母親」と言
う。)から,被害者が罹患している1型糖尿病について相談を受けるや,母
親及び被害者の父親(以下単に「父親」と言う。)との間でその治療を引き
受けることを約し,両親(母親及び父親を指す,以下同じ。)に対し,イン
スリンは毒であるとして被害者に対するその投与の中止などを指示していた
ものであるが,被害者が定期的にインスリンを投与しなければ死亡するおそ
れがあることを知りながら,被告人が被害者にインスリンを投与することな
く被害者の1型糖尿病の治療ができるものと母親が信じて被告人の指示に従
っていることに乗じ,かつ,被害者を保護する責任を有しており,悩みなが
らも被告人の指示に従うことにした父親と意思を通じた上,殺意をもって,
平成27年4月5日頃から同月27日までの間,栃木県内又はその周辺にお
いて,両親に対し,メール又は口頭の方法により,被害者に対するインスリ
ンの投与の中止等の指示に従うよう命じ,両親をして,同月6日午後4時3
6分頃の投与を最後に,それ以降,被害者にインスリンを投与させずにこれ
を放置させ,よって,同月27日午前6時33分頃,同県所在の病院におい
て,被害者を糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱
により死亡させて殺害した。
2本件控訴の趣意
主任弁護人椎野秀之及び弁護人福田貴也の控訴趣意は,訴訟手続の法令違
反,事実誤認及び理由不備の主張である。また,被告人の控訴趣意は,訴訟
手続の法令違反及び事実誤認の主張と解される。
第2訴訟手続の法令違反の主張について
1この点の控訴趣意は,要するに,原審において,①原審弁護人が,録
音録画記録媒体も含むことを明示して供述録取書等の類型証拠開示請求をし
たのに,録音録画記録媒体及び警察官調書が開示されないまま,5名の証人
に対する尋問が実施された点,②原審弁護人が,死体検案書を含むことを明
示して類型証拠開示請求をしたのに,被害者の死体検案書が開示されないま
ま,解剖医に対する証人尋問が実施された点,③母親に対する証人尋問が実
施された際に,原審裁判長が,被告人が直接尋問することを認めなかった点
について,これらがいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の
法令違反に該当するというものである。
2録音録画記録媒体及び警察官調書が不開示のまま証人尋問が実施され
た点について
⑴この点の所論は,検察官立証の中核が関係者らの証人尋問である本件
において,原審における証人の中で,母親,父親,母親の母親,母親の妹,
K(原判決の呼称。被告人の元交際相手である知人)の5名は,いずれも重
要証人であるところ,原審検察官は,原審弁護人の録音録画記録媒体も含む
ことを明示したこれら5名の供述録取書等の類型証拠開示請求に対して,こ
れら5名に関する録音録画記録媒体26枚及び父親の平成28年1月8日付
け警察官調書1通が存在したのに,いずれも「不見当」として開示せず,原
審において,そのまま,これら5名に対する各証人尋問が実施されたが,証
人尋問より前の段階で証人予定者の録音録画記録媒体を含む供述録取書等の
開示を受けて,その供述内容や他の証拠との整合性,供述相互の整合性等を
検討しなければ,証言内容の信用性に関する適切な反対尋問はできないから,
上記のとおり,開示されるべき証拠が開示されないまま行われた5名に対す
る原審における証人尋問は,反対尋問を経ていない証人尋問と同視でき,憲
法37条2項及び刑訴法320条の定める伝聞証拠排除法則に違反する違法
な手続であり,かつ,それらが開示されていれば重要証人の証言内容は異な
ったものとなった可能性が高く,重要証人の証言に依拠した原判決の内容も
異なったものとなった可能性が高いから,上記手続の違法が判決に影響を及
ぼすことは明らかであるというものである。
⑵当審における事実の取調べの結果によれば,原審における公判前整理
手続において,原審弁護人が,原審検察官が取調請求した所論指摘の5名の
各供述調書の証明力を検討するために,刑訴法316条の15に基づき,原
審検察官に対し,録音録画記録媒体も含むことを明示して供述録取書等の適
式な証拠開示請求をしたのに対し,原審検察官は,該当する録音録画記録媒
体26枚及び父親の平成28年1月8日付け警察官調書1通に関し,それら
の証拠が存在するにもかかわらず,「既に開示済みの証拠を除き,該当証拠
は不見当」であるとして,存在しない旨を回答し,開示しなかったことが認
められる(なお,原審検察官が,上記回答後に,原審弁護人に交付した証拠
一覧表においては,それらの証拠のうち,父親の警察官調書1通は記載され
ていたが,録音録画記録媒体26枚は記載されておらず,実際に,これらの
警察官調書及び録音録画記録媒体が弁護人に開示されたのは,当審段階に至
ってからである。)。
関係証拠によれば,この点の不開示は,原審検察官がそれらの証拠の存在
を知りつつ意図的に行ったものではないとは認められるが,刑訴法316条
の15が定める類型証拠開示の制度が被告人側の防御権の実質的保障に関係
する重要な制度であること及びそれらの証拠を開示することの相当性に疑問
を生じさせるような事情が窺われないことからすれば,結局のところ,原審
検察官は,正当な理由がないのに,法律上開示すべき証拠を開示しなかった
と言う外はなく,このような原審検察官の措置を前提に上記5名の者に対す
る各証人尋問が実施された原審裁判所における訴訟手続には法令違反が認め
られる。
⑶しかしながら,他方において,上記の5名の証人尋問に先立って,そ
れぞれの供述録取書については,所論指摘の父親の警察官調書1通を除き,
原審検察官から原審弁護人に開示されており,原審における実際の反対尋問
がそれらの内容を踏まえて行われたものであったことに加え,原審において
なされた母親,父親等の重要証人の各証言の内容が,関係者間でやり取りさ
れたメール等の内容,領収書や振込み関係の書類,通話履歴といった客観的
証拠との整合性等を主軸として認められる高い信用性を有するものであって,
仮に未開示の上記記録媒体等の内容を踏まえて各証人の記憶の程度や供述の
不合理性,他の証拠との関係等に関する別の反対尋問が行われたとしても,
それによって信用性が左右され得るようなものではないことなどに照らすと,
これら5名の者について行われた原審における証人尋問手続が,反対尋問を
経ていない場合と同視すべき程度の瑕疵を帯びているとか,憲法37条2項
に反する違憲の手続であるとは到底言い得ないし,また,上記第2の2記
載の訴訟手続の法令違反がなかったならば原判決と異なる判決がなされたで
あろうという蓋然性があるとは認められないから,原審裁判所のこの点に関
する訴訟手続の法令違反は,判決に影響を及ぼすことが明らかなものとも言
えない。
3死体検案書が不開示のまま証人尋問が実施された点について
⑴この点の所論は,本件では被害者の死亡原因,死亡に至る機序,死亡
日時が争いとなっているところ,原審弁護人が類型証拠開示請求をした死体
検案書が存在するのに,これが開示されないまま,司法解剖を行った医師の
証人尋問が実施されたために,原審弁護人は,同解剖医の証人尋問において,
死亡原因及び死亡日時が曖昧な内容となっている死体検案書の記載内容に基
づいて供述の信用性を弾劾することができなかったから,この証人尋問は,
反対尋問を経ていない証人尋問と同視でき,憲法37条2項及び刑訴法32
0条の定める伝聞証拠排除法則に違反する違法な手続であり,かつ,この手
続の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというものである。
⑵当審における事実の取調べの結果によれば,原審公判前整理手続にお
いて,原審弁護人が,原審検察官が取調請求した専門医の供述調書(1型糖
尿病の概要及び救命可能性が認められる時点等が立証趣旨)の証明力を検討
するために,刑訴法316条の15に基づき,原審検察官に対し,被害者の
死体検案書等について,適式な証拠開示請求をしたのに対し,同死体検案書
が存在するにもかかわらず,原審検察官は,正当な理由がなくこれを開示せ
ず(なお,原審検察官が,意図的に開示しなかったとは認められない。),
そのまま,同死体検案書を作成した解剖医に対する証人尋問が実施されたこ
とが認められる。この点の原審裁判所の訴訟手続には,上記第2の2に記
載したところと同様に法令違反が認められる。
⑶しかしながら,原審弁護人の上記類型証拠開示請求に対し,原審検察
官から,上記死体検案書を除く複数の証拠が開示されており,上記解剖医に
対する原審における実際の反対尋問がそれらの内容を踏まえて行われたもの
であったことに加え,本件における被害者の死因及び死亡に至る機序等に関
しては,原審において,上記解剖医の他に,上記の糖尿病に関する専門医及
び被害者が入通院していた大学病院における1型糖尿病の主治医に対する各
証人尋問も実施されていて,その点に関する上記解剖医の証言内容は,それ
らの立場の異なる2人の医師の証言内容と符合することによって信用性が認
められるものであること,後記のとおり,死亡日時については,原判決は,
これらの各医師の証言に依拠して認定しているわけではないことからすると,
原審における上記解剖医の証人尋問手続が,反対尋問を経ていない場合と同
視すべき程度の瑕疵を帯びているとか,憲法37条2項に反する違憲の手続
であるとは到底言い得ない。そして,以上に述べたところからすれば,直接
死因を「不詳」,死亡日時を「平成27年4月27日早朝(推定)」とする
上記死体検案書が類型証拠開示によって開示され,それを踏まえた別の反対
尋問が行われたとしても,それによって原判決と異なる判決がなされたであ
ろうという蓋然性はなく,原審裁判所の上記第2の3⑵記載の訴訟手続の法
令違反が,判決に影響を及ぼすことが明らかなものとも言えない。
4母親に対する証人尋問において,原審裁判長が,被告人の直接尋問を
認めなかった点について
⑴この点の所論は,母親に対する証人尋問が実施された際,被告人の反
対尋問の場面において,原審裁判長が,被告人が証人である母親に対し直接
個別に質問することを全く認めず,ビデオリンク方式の下,母親のいる別室
との音声を切った状態で(母親には原審裁判長と被告人とのやり取りが聞こ
えない状態で),被告人から全ての質問事項を包括的に聴き取った上で,そ
の質問事項の趣旨を咀嚼して,被告人に代わって質問するという方法を採り,
また,被告人の追加質問の要望を2回までしか認めなかったのは,明らかに
行き過ぎであり,被告人の反対尋問権を実質的に奪うものであって,刑訴法
304条及び刑訴規則199条の4に違反する違法があり,かつ,この手続
の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというものである。
⑵そこで検討するに,既に述べているとおり,本件事案の内容は,被告
人が母親らに対し1型糖尿病に罹患していた被害者へのインスリン投与の中
止等の指示に従うよう命じて被害者を死亡させたというものであり,当該証
人は,被害者の母親である。そして,原審記録によれば,原審検察官から,
母親が,本件事件以降,精神状態が非常に不安定で医師から適応障害,うつ
状態と診断され,被告人と同じ空間に存在するだけで,その精神状態が極め
て不安定になることが必須であることなどを理由に,母親に対する証人尋問
の際には刑訴法157条の4に基づくビデオリンク方式及び同法157条の
3に基づく被告人及び傍聴人との間の遮蔽の措置を採られたい旨の申立てが
あり,また,母親が本件事件について話をする際には泣き出したり,過呼吸
になったりすることがあり得,証人である母親の心身の状態等を考慮し,刑
訴法157条の2に基づき証人尋問の際には関係者を付き添わせることが必
要かつ相当である旨の申立てもなされ,原審裁判所は,いずれの申立ても理
由があるものとして,ビデオリンク方式及び遮蔽の措置を採る旨の決定並び
に証人尋問の際に付添人を付する旨の決定をして(これらの決定内容は,い
ずれも相当である。),実際の母親に対する証人尋問は,以上の各措置等が
採られた下で,まず主尋問が行われ,次に原審弁護人に先立って被告人の反
対尋問の場面を迎えたものである。
他方で,それまでの審理の経過において,被告人は,原審第1回公判期日
の冒頭手続の際,原審裁判長の発言禁止命令を無視して,大声で不規則発言
を繰り返し,起訴状朗読の手続に入る前の段階で,原審裁判長から退廷を命
じられたばかりか,原審第2回公判期日の主治医に対する証人尋問の際には,
途中で不規則発言を繰り返した挙句,原審主任弁護人が事件関係者に対して
性犯罪を行ったという誹謗中傷発言をして,原審裁判長から退廷を命ぜられ
ていた。また,被告人は,母親に対する証人尋問に先立って行われた,父親
その他の者に対する証人尋問の際にそれぞれ直接個別に反対尋問する機会を
与えられたが,いずれの機会においても,自己の主張を展開させるばかりで
ほとんど質問をしようとせず,原審裁判長が介入してかろうじて質問の体裁
にはするものの,主尋問で証人が証言した事項と関係のない事項を取り上げ
ようとするなど,刑訴規則に則った相当かつ適式な質問方法を採ることがで
きていなかった。
そうすると,母親に対する被告人の反対尋問の機会を迎えた際には,本件
事案の性質,証人と被告人の関係,証人の精神状態等からすれば,ビデオリ
ンク方式及び遮蔽の措置並びに付添人を付する旨の措置を採っていても,被
告人が直接母親に対して事件に関する問い掛けを少し行っただけで,母親の
不安定な精神症状を深刻化させるおそれが具体的に認められていたと同時に,
それまでの原審公判廷における被告人の言動等から,被告人によって相当か
つ適式な方法による質問が行われる見込みは極めて薄かったものであるから
(そのことは,この場面で,原審裁判長が被告人の聞きたい事項を聴取しよ
うとしたのに対して,相変わらず被告人が自己の主張のみを次々に述べる態
度であったことからも疑いのないところである。),原審裁判長が,被告人
の反対尋問の場面で,被告人が母親に直接個別に質問することを認めず,被
告人が質問したい事項を包括的に聴き取り,それを咀嚼して証人に順次質問
したことに,相当性及び必要性があったことは明らかである。また,このよ
うな方法を採ることに対して,被告人及び原審弁護人からは何の苦情や異議
の申立て等もなされなかったし,原審裁判長が実際に行った質問内容は,そ
れに先立つ被告人の発言内容と対比して,被告人の意に沿うものであったと
認められ,かつ,原審裁判長は,被告人から聞き取った十数点の質問を行っ
た後に,2回にわたる追加質問を認めているのでもあるから,実質的に見れ
ば,被告人の反対尋問権の制約の程度は極く小さいものであったと認められ
る。
したがって,所論指摘の原審裁判長の措置は,正当に保障される被告人の
反対尋問権の行使を違法に制約したものであったとは言えず,訴訟手続の法
令違反には該当しない。
5以上のとおり,原審裁判所の訴訟手続に所論が指摘する判決に影響を
及ぼすことが明らかな法令違反は認められない。
6なお,念のために付言するに,原審記録によれば,本件では,原審裁
判所における手続において,原審検察官が,主位的訴因として,被告人が両
親を道具として本件殺人の犯行に及んだ旨の間接正犯を主張し,予備的訴因
として,被告人が両親と共謀して本件殺人の犯行に及んだ旨の共謀共同正犯
を主張したのに対し,原判決は,「主位的訴因を基にして認定した罪となる
べき事実」として,上記第1の1記載のとおり,被告人について,本件被害
者に対する殺人罪に関し,母親との関係では間接正犯になり,父親との関係
では共謀共同正犯が成立する(ただし,父親に成立するのは保護責任者遺棄
致死の限度の共同正犯)旨を判示した。この点に関し,原判決は,本件のよ
うな犯罪形態においては,間接正犯が成立する場合には,その前提として指
示・命令及びこれへの追従といった共謀が内包されているから,間接正犯の
訴因の縮小認定として共謀共同正犯の訴因を認定することが許容され,また,
本件の訴訟経過に照らして,共謀共同正犯を認定することは,被告人及び弁
護人に対する防御上の不意打ちとはならない旨を説示している。
本件控訴趣意には,この点の原審裁判所の判断に関する主張はないところ,
本件の事案及び訴訟経過等に照らせば,本件において,訴因変更等の格別の
措置を採ることなく上記第1の1記載の事実を認定しても訴訟手続上の違法
は生じないとする原判決の見解は,当裁判所としても是認できるところであ
る。
第3事実誤認の主張について
1この点の控訴趣意は,要するに,原判決が,①母親との関係で殺人の
間接正犯を認めた点,②父親との関係で共謀共同正犯の成立を認めた点,③
被告人の殺意を認定した点,④誤って認定した多数の間接事実により,殺人
の実行行為や殺意を推認している点について,いずれも原判決には判決に影
響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。
2母親との関係で殺人の間接正犯を認めた点について
⑴原判決の説示
原判決は,この点の理由として,要旨,次のように説示する。
ア関係証拠によれば,母親は,主治医からの説明により,被害者にイン
スリンを投与しなければ被害者が死亡する現実的危険性を認識していたのに,
被告人の指示に従って被害者にインスリンを投与しなかったことが認められ
る。母親が,このような行動をとった理由について検討すると,被害者が死
亡するに至るまでの経緯について,母親は,①当初,被害者が1型糖尿病を
発症したことに衝撃を受けたが,被害者の命を守るため,インスリンの投与
を毎日続けていた,②その一方,被害者の現状と将来を悲観し,精神状態が
不安定となり,医師からは治らないと言われた1型糖尿病を完治させたいと
の一心から,藁をも掴む気持ちで,難病治療を標榜する被告人に被害者の治
療を依頼した,③被告人からは,被害者を必ず治せる旨断言され,治療は全
て被告人の言うとおりに従う旨を約束させられた上,日頃,電話やメール等
により,頻繁に被告人の指示に従わなければ被害者が助からない旨の脅しめ
いた言動をとられていた,④被告人から,被害者の身体から緑のインスリン
が出ているとして,インスリンの不投与を指示されたなどと証言する。この
ような母親の原審証言は,被害者が1型糖尿病と聞いた母親が失神した旨の
主治医の原審証言,血糖チェック表,「願書」,カレンダー,メール等の証
拠に整合し,裏付けられていることからすると,信用できる。そうすると,
母親については,1型糖尿病に罹患した被害者の人生を守りたいとの一心か
ら,被害者にとってインスリン投与が毒であると被告人から言われたことも
相まって,被害者の1型糖尿病を完治させる治療の一環であると信じたから
こそ,これに従い,インスリンの投与を中止したものと認められる。原審弁
護人は,被告人が,母親に対し,病院へ行くのは自由だとか,被告人の治療
を受けるか否かは両親の自由な判断だなどといったメールを送信しているこ
とをもって,被告人は両親の判断に委ねようとしていた旨主張する。しかし
ながら,被告人と母親とのメールのやり取り全体をみれば,被告人は病院へ
行くことが被害者に害悪がある旨を脅しめいた言葉を交えて母親に送ってい
るのであるから,病院へ行くのは自由だとの言葉は,被害者に害悪をもたら
す病院へ行くことと,被害者を完治させるという被告人の治療とを天秤に掛
けさせるものであって,むしろ,母親を自分の治療に応ずるよう仕向けたメ
ールと認められる。
イ母親が,被害者(息子)の人生を守るため,1型糖尿病を完治させた
いとの思いから,これを実現できると言う被告人を信じようとした心情は,
市民感覚としても十分に理解できる。すなわち,母親は,被告人の指示に従
いさえすれば,インスリンを投与しなくても,被害者の1型糖尿病が完治す
ると信じ込んでいた以上,その余の冷静で正常な判断が相当程度鈍った精神
状況に陥っており,もはや被告人の指示以外の行動を取り難い心理状態にあ
ったものと認められる。他方,被告人が母親を自分の意のままに動くよう強
いていたことは明らかである。このような,本件当時の母親の心理状態と被
告人の意図に照らせば,母親は,被害者にインスリンを投与させないとの被
告人の意思を心理的抵抗なしに実現に移したものであると同時に,被告人に
も利用意思があったものと認められる。
ウしたがって,母親は,いわば道具であるとともに,被告人にもその旨
の認識があった以上,母親との関係においては,被告人にインスリン不投与
という実行行為の間接正犯が認められる。
⑵当審の判断
ア原審記録に基づき検討すると,原判決の上記要約摘示した認定,判断
に論理則,経験則等に反する不合理な誤りは認められない。
イ所論は,母親は,被害者の病状と医学的治療法を正しく認識しており,
また,母親と被告人とのメールのやり取りの内容によれば,原判決が実行の
着手を認定した平成27年4月6日に至る過程において,母親にとって被告
人は少しも疑問を述べられないほどの絶対的な存在ではなく,被告人も絶対
に病院に行ってはならない旨の指導は行っておらず,同月6日以降において
も,母親にとって,被告人は一切の疑念を差し挟むこともできないような絶
対的存在ではなかったことなどからしても,同日頃の時点において,母親に
自由意思がなく被告人の指示に機械的に従わざるを得ない状態であったと評
価することはできないと主張する。
しかしながら,原審記録によれば,母親は,被害者が現代医学では完治で
きずインスリンの投与を将来にわたって継続しなければならない1型糖尿病
に罹患したことを知って衝撃を受け,藁をも掴む気持ちで,非科学的な力で
難病を治癒させることを標榜していた被告人に被害者の治療を依頼して,す
がっていたものであるが,平成27年4月6日に至るまでの間においても,
被告人から,メール又は口頭で,頻繁に,被害者の病を治すためには,被告
人の指導に全面的に従う必要があるなどと言われ,その後,インスリンは毒
だから被害者へのインスリン投与は中止しなければならないなどと命じられ,
病院へ行ったら3年はもたないなどと言われ,医師の指導に従うことも禁じ
られ,更には,父親が被告人の指導に半信半疑になると,被害者を死神の自
縛(呪縛の意と解される。)から解きほぐして欲しかったら,被告人の指導
に従うしかないなどと言われ,更には,被害者の症状悪化により,同年3月
中旬に再入院することとなり,退院後に一時,インスリン投与を再開させる
と,被告人から,指導に従わなかったことを再三にわたって責め立てられた
上,被害者の症状の悪化は被告人の指導を無視した結果であるなどとも言わ
れて,同年4月6日,改めて被告人の指導に従うことを約束し,その後は,
被害者を救うためには,被告人を信じてその指導に従う以外にないと一途に
考えていたことが認められる。また,被告人は,同年2月初旬に一度被害者
と会った以降は,被害者が重篤な状態となった同年4月26日夕方までの間,
被告人の治療は神霊の世界で治すもので遠隔操作をしているという説明をし,
メール等を用いて,インスリンを投与するな,医師の指導に従うな,被告人
を信じなければいけないといった指示を出すだけといった対応であったのに,
母親は,被告人から請求されるがままに,多数回にわたり,被告人に報酬と
して多額の金銭を支払い続けている。そして,同年3月中旬に被害者が再入
院した際,担当医から,インスリンを投与しなければ,被害者が死ぬ危険性
があることの説明を受けたにもかかわらず,その後もインスリンの不投与を
続けている。加えて,母親は,一貫して被害者の快復を強く望んでいたので
あるが,被害者の症状が悪化していたのに,病院の診察予定日であった同年
4月22日に被害者を病院へ連れて行かず,その後,被害者が衰弱し,死亡
の一,二日前に容態が深刻となった段階に至っても,被告人の指示を仰ごう
とすることに必死で,最終的に駆けつけた母親の妹が被害者の容態を見て救
急車を呼ぼうと言うまで,病院に連れて行こうとしていない。これらの事情
によれば,同月6日の時点において,母親が被告人を妄信し,その指示に機
械的に従わざるを得ない状態にあったと評価することができる。
したがって,被告人に母親を道具とする間接正犯の成立を認めた原判決の
認定,判断に論理則,経験則等に反する不合理な誤りは認められない。
3父親との関係で共謀共同正犯の成立を認めた点について
⑴原判決の説示
原判決は,この点の理由として,要旨,次のように説示する。
ア父親は,①平成27年4月6日当時,インスリンの不投与という被告
人の指示に従ったために被害者が発症当時と同様の病状となって同年3月中
旬には再入院をせざるを得なかったという事実を踏まえ,血糖値の測定さえ
させない被告人のやり方に疑問を持っていた,②その疑問を母親(妻)に言
って話し合ってみたものの,母親から,もう一度信じて被告人の指示する治
療に従って被害者の1型糖尿病を治したいなどと強く言われ,母親の一途な
思いに負けて,被告人の治療には半信半疑の状態ではあったが,再びインス
リンの不投与を決断した,③同時に,被告人の治療を疑っていることを被告
人に見透かされれば,被告人から被害者の治療を駄目にされるのではないか
とおそれたなどと証言する。このような父親の原審証言は,信用性に疑いを
差し挟むべき点は見当たらず,信用できる。そうすると,父親については,
被告人の治療には半信半疑ではあったものの,被告人の指示する治療に従い
たいとの母親(妻)の強い思いに抗しきれず,また,被告人を疑っているこ
とを見透かされれば被告人に被害者に対して害悪を加えられるのではないか
との思いから,インスリンの不投与という被告人の指示に従う決断をしたも
のと認められる。
イ以上によると,父親は,被告人の指示や言動による影響を相当程度受
けてはいたものの,その程度は母親程大きくはなく,被害者にインスリンを
投与するとか,被害者を病院へ連れていくといった行動をとることは不可能
ではなかったと認められ,父親を道具として利用したとまで認定することに
は躊躇を覚える。
ウそして,関係証拠によれば,被告人は,①被害者の1型糖尿病を完治
したいとの両親の依頼に応じて,その旨の契約を結び,被害者の治療を引き
受けていること,②その治療に絡み数百万円に上る多額の金銭を得ているこ
と,③母親に対し,日頃,電話やメール等で,病院の治療は害悪であるとか,
インスリンは毒であると申し向けるなどして,自らの指示に従うよう積極的
に働きかけていた中で,従前インスリンの投与をしていた両親に対し,イン
スリンの不投与を指示したことが認められる。そうすると,被害者へのイン
スリンの不投与の指示は,病院では行わない方法によって難病を治すことが
できると標榜する被告人の思いを実現しようとの積極的な働きかけの一つで
あったと認められる。
したがって,被告人の上記指示は,被害者へのインスリンの不投与という
殺人の実行行為に対して初動的かつ主導的に強い影響を与えたものとして,
まさに正犯の行為と評価すべきである。また,被告人の上記指示は,母親を
通じて父親に伝わり,父親がその指示に従う決断をしたのであるから,順次
共謀となる。なお,父親については,殺意が認められず,保護責任者遺棄の
認識・認容に止まるから,保護責任者遺棄致死の限度で共同正犯が成立する。
⑵当審の判断
ア原審記録に基づき検討すると,原判決の上記要約摘示した認定,評価
に論理則,経験則等に反する不合理な誤りは認められない。
イ所論は,共謀共同正犯における「謀議」は,共同して犯罪を行う意思
を形成するだけの共謀が必要であり,単なる意思の連絡又は共同犯行の認識
の存在だけでは足りないと解すべきところ,父親は,少なくとも平成27年
1月1日以降は,被害者が死亡するまで,一度も被告人と顔を合わせたこと
も,メールのやり取りをしたこともなく,また,被告人が母親を通じて父親
に対し,具体的指示を行った形跡は窺われず,父親は,母親の熱意に押され
て被告人の治療を受けるという母親の方針を容認したにすぎないのであって,
被告人と父親の間に「単なる意思の連絡又は共同犯行の認識の存在」を超え
る共謀は認められないと主張する。
しかしながら,被告人は,母親のみならず父親との間でも,被害者の治療
を引き受ける旨の契約を結んだものである上,契約後に父親と直接話をする
ことはなく,メールのやり取りもなかったとはいえ,母親から被告人に伝え
られた母親と父親の間のやり取りに関する事項の内容等からすれば,被害者
の病状や治療に関して両親の間で日頃から意思の疎通が図られるであろう旨
を十分に認識していたことは,関係証拠上容易に推認できるところである。
被害者へのインスリン投与の中止という被告人の指示に反して父親がインス
リンを投与したりすれば,いくら母親に指示を守らせても意味がないことか
らすれば,被告人は,母親に対してインスリンの投与中止等を指示したのみ
ならず,父親に対しても,母親を介して,同様の指示をする意図を有し,そ
の指示をしていたものと認めることができる。他方において,父親が,被害
者へのインスリンの投与中止を継続するという実行行為に及んだのは,まさ
に被告人の母親に対する直接の指示を伝え聞いたからに外ならない。したが
って,被告人に父親との間で母親を介した順次共謀による共同正犯の成立を
認めた原判決の認定,判断に論理則,経験則等に反する不合理な誤りは認め
られない。
4被告人に殺意を認定した点について
原判決の説示
原判決は,被告人に未必の殺意を認めた理由として,要旨,次のとおり説
示する。
母親やS(原判決の呼称)の原審証言等によれば,被告人は,平成26年
12月末頃に被害者を治療する契約を結んだ当時から,被害者が1型糖尿病
に罹患しており,定期的にインスリンを投与しなければ死亡する危険性を認
識していたと認められる。そして,母親の原審証言及び被告人と母親間でや
り取りしていたメールの内容等によれば,被告人は,自らの指示により両親
が被害者へのインスリン投与を中止した以降,被害者の容態が1型糖尿病発
症当時と同様な状態に悪化して再入院せざるを得なくなった状況や,また,
平成27年4月7日からのインスリン不投与以降,被害者の病状が再び再入
院当時のような状態に悪化していく状況をいずれも認識していたにもかかわ
らず,被害者を病院で治療させようとせず,むしろ,自らの治療が成功して
いるとの態度をとり続けていたことが認められる。この点,被告人は,長年
にわたってほぼ無償で,糖尿病を含む難病治療をしてきており,被害者に殺
意を抱くはずがない旨を供述するが,未必の殺意を否定する理由にはならな
い。したがって,被告人は,定期的なインスリン投与がなければ被害者が死
亡する現実的な危険性があると認識し,かつ,インスリン不投与の指示を継
続し,被害者を病院に行かせようとしないなどしてその危険性が実現するこ
とを認容していたものと推認することができる。そして,この推認を覆すに
足りる事情があるかどうかを検討しても,そのような事情は認められない。
そうすると,被告人は,インスリン不投与による被害者の死亡を認識し認容
していたもので,未必の殺意が認められる。
当審の判断
ア原審記録に基づき検討すると,原判決の上記要約摘示した認定,評価
に論理則,経験則等に反する不合理な誤りは認められない。
イ所論は,まず,原判決がその認定根拠としている「願書」の記載等の
点は,いずれも,平成26年12月末頃の契約当時,被告人が,被害者は定
期的にインスリンを投与しなければ死亡する危険性があることを認識してい
たと認定する根拠にはならず,被告人は,インスリン不投与により被害者が
死亡する危険性を認識していなかったと主張する。
しかしながら,母親は,原審公判廷で,平成26年12月末頃に被告人と
「願書」を交わして被害者の治療に関する契約を結んだ際に,被告人に対し,
1型糖尿病に罹患している被害者はインスリンを打ち続けなければ生きられ
ないことを話したと証言しているところ,原判決は,要するに,信用できる
母親の上記原審証言の外に「願書」の記載及び上記Sの原審証言等に基づき,
被告人が,平成26年12月末頃には,被害者が1型糖尿病に罹患している
ことや1型糖尿病を罹患している者にはインスリンの投与が必要であること
を認識していたという事実を認定するとともに,母親の上記原審証言に基づ
き,被告人がその頃から定期的にインスリンを投与しなければ死亡する危険
性についても認識していた事実を認定したものと解されるのであって,「願
書」の記載等から後者の事実を推認しているわけではないから,所論の指摘
は当たらない。本件では,原判決が,平成26年12月末頃の契約当時,被
告人が,被害者は定期的にインスリンを投与しなければ死亡する危険性があ
ることを認識していたと認定した点に不合理な誤りは認められない。
なお,被告人が,平成27年3月9日,母親に対し,被害者はインスリン
を投与,注射しなければ生きられないなどとの記載のあるメールを送信して
いることからしても,遅くとも原判決が被害者の死亡につながる両親への指
示を被告人が行ったとする期間の始期である同年4月5日頃に,被告人が,
被害者が定期的にインスリンを投与しなければ死亡する危険性があることを,
認識していたことは明らかである。
ウ次に,所論は,①原判決は,父親は被害者の死の危険を認容したこと
がないとして殺意を否定しているが,そうであれば,被告人は,被害者と一
緒に生活していた父親と異なり,母親を通じて間接的に被害者の様子を伝え
聞いていたにすぎないのであるから,被害者の死の危険に対する事実認識に
おいて,被告人の認識の程度は父親の認識の程度を上回るものではなく,ま
た,自らの「治し」行為により被害者が治癒するものと信じていたのである
から,なおさら被害者の死の危険を認容したことがなく,殺意がないと言う
べきであり,また,②原判決は,母親はインスリン不投与の指示こそが被害
者の1型糖尿病を完治させる治療であると信じていたから殺意がないとして
いるが,そうであれば,被告人も同様に,自らの「治し」が被害者の1型糖
尿病を完治させる治療であると信じていたのであるから殺意がないと言うべ
きであって,両親の殺意を否定しながら,被告人の殺意を肯定することは整
合性を欠く判断であると主張する。
しかしながら,原判決は,父親や母親は,いずれも被害者の快復を強く願
い,治療のために被告人の指示に従っていたものであって,殺意が認められ
ないことは明らかであるのに対し,被害者を治癒させることができると信じ
て治療していたなどという被告人の原審公判供述はおよそ信用できないと判
断したものであって,このような原判決の認定,判断に論理則,経験則等に
反する不合理な誤りは認められず,原判決の判断は整合性を欠くとの指摘は
当たらない。
エまた,所論は,被害者が平成27年2月10日頃にインスリンの投与
を止めても1か月以上にわたって死亡することなく,その後の治療により回
復したという事実について,被告人は同年3月下旬頃には認識していたので
あるから,被告人によるインスリン不投与の指示の始期とされる同年4月5
日から被害者が死亡した同月27日までの22日間において,インスリンを
投与しなくても,その後適切な治療を受ければ死亡することなく回復すると
考えていたと見るべきであると主張する。
しかしながら,被告人と母親とのメールのやり取りによれば,被告人は,
母親が被害者を病院に連れて行って医師の治療の下に置いたことを強く非難
し,それを受けた母親から,改めて被告人の指導に従うことを約束する旨の
返答を受けたことが明らかなのであるから,被告人が,同年4月5日以降の
時点で被害者が再び医師の治療を受けることを念頭に置いていたという所論
は採用できない。
オ更に,所論は,本件と同様に殺人の不真正不作為犯の成否が争いとな
った事案について,東京高裁平成15年6月26日判決(高等裁判所刑事判
決速報平成15年85頁)は,「殺人罪においても,具体的な動機が認定で
きなければ,故意が認定できないというわけではないが,少なくとも何らか
の動機が合理的に想定し得るというのでなければ,行為者が殺意を有してい
たことには,通常合理的疑いが生じると考えられる」と判示しているところ,
原判決は,被害者の死亡を容認するだけの強い動機や何らかの合理的に想定
し得る動機を示すことなく被告人に殺意を認定している,また,被告人は被
害者の死亡によって何ら利益を得ることができないどころか,これまで被告
人の治療によって病気が治ったと信じてきた者からの信頼を失うなど多大な
不利益を受ける立場にあったと主張する。
しかしながら,所論が引用する上記裁判例は,当該被害者が医師による治
療を打ち切れば死亡するおそれが大きいことを知りながら,病院から連れ出
してホテルの一室に運び込んだ時点における殺意の有無が問題となった事案
であり,被告人が,インスリンの投与をしなければ死亡することを知りなが
ら,インスリンを投与することなく被害者の治療ができると母親が信じて被
告人の指示に従っていることに乗じて,更に,母親にインスリンの投与の中
止等の指示に従うように命じた本件とは事案を大きく異にする。上記裁判例
の言うとおり,具体的動機が認定できなくても殺意を認定することは妨げら
れないのであり,また,同裁判例の表現になぞらえれば,本件は,動機の推
認ができなくても合理的疑いなく未必の殺意を認定できる経過の事案である。
所論は採用できない。
5誤って認定した多数の間接事実により,殺人の実行行為や殺意を推認
しているとの主張について
⑴所論の内容
この点の所論は,主として被告人の主張するところであり,原判決が,被
告人に殺人罪の成立を認めた理由に関して間接事実として挙げている,被告
人と母親とのメール履歴(原審甲54号証)の記載内容は信用できるとして
いる点,被告人が母親に対してインスリンを投与,注射しなければ被害者は
生きられないなどとの趣旨のメールを送信したとしている点,被告人が数百
万円に上る多額の金銭を得たとしている点等について,原判決の多数か所の
認定事実を具体的に指摘した上で,いずれも事実に反する認定であるという
ものである。
⑵当審の判断
被告人は,原審公判廷において,メール履歴や「願書」,領収書等はねつ
造されたものであるなどとして,原判決の上記認定事実をいずれも否定する
趣旨の供述をしているが,原審記録を検討しても,それらのねつ造を疑うべ
き事情は全く認められず,被告人の原審公判供述は,メール履歴等の客観的
証拠や関係者らの原審証言に反するもので,内容も不自然,不合理であって
信用できない。所論が誤りであるとして多数か所指摘している原判決の認定
事実の内容について,いずれにも誤りは認められない。
6以上のとおり,原判決に所論指摘の事実誤認は認められない。
第4理由不備の主張について
1この点の控訴趣意は,要するに,原判決が挙示した証拠の中に,原判
決が「罪となるべき事実」の項で認定した被害者の死亡日時が平成27年4
月27日午前6時33分頃であったことを認定し得る証拠はないというもの
である。
2これについて,原判決が「事実認定の補足説明」の項で判示している
ところによれば,被害者の死亡時刻が午前6時33分頃であることは,父親
の原審証言に基づいて認定していると認められ,かつ,原判決は,「証拠の
標目」の項に父親の原審証言を挙示している。刑訴法378条4号の「判決
に理由を附せず」とは,「罪となるべき事実」記載の事実に関しては,それ
を認定する根拠となる証拠が全く挙示されていない場合を言うから,父親の
原審証言が挙示されている以上,原判決には所論指摘の理由不備は認められ
ない。
なお,所論は,父親の原審証言のみに基づいて被害者の死亡日時を認定す
ることはできないとも主張する。しかしながら,被害者の戸籍全部事項証明
書(原審甲20号証)その他の関係各証拠を精査しても,被害者が平成27
年4月27日早朝頃に死亡したことに合理的疑いは何ら残らない上,被告人
は公訴事実記載の死亡時刻を争ってはいるが,それは同じ日の朝という範囲
内で異なる時刻を主張しているにすぎず,本件犯罪の成否や量刑判断を左右
する事情では全くない。したがって,被害者の死亡時刻について,原判決に
は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認も認められない。
第5結論
よって,所論はいずれも理由がないから,刑訴法396条により本件控訴
を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中340日を原
判決の刑に算入し,当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を
適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。
平成30年5月8日
東京高等裁判所第12刑事部
裁判長裁判官合田悦三
裁判官青木美佳
裁判官河村俊哉は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官合田悦三

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