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平成17年(行ケ)第10758号審決取消請求事件
平成18年10月24日口頭弁論終結
判決
原告ザプロクターアンドギャンブルカンパニー
訴訟代理人弁護士吉武賢次
同宮嶋学
同高田泰彦
訴訟代理人弁理士永井浩之
同鈴木清弘
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人阿部寛
同岡田孝博
同大場義則
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告
特許庁が不服2002−12632号事件について平成17年6月21日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2被告
主文1,2と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「吸収力の高い洗浄用具」とする発明につき,199
7年9月10日を国際出願日とする特許出願(平成10年特許願第51472
。「」。,4号以下本願というパリ条約による優先権主張1996年9月23日
同年11月26日,米国。後記平成14年8月7日付け手続補正書による補正
後の請求項の数は9である)をした。。
原告は,本願につき平成14年1月23日付け手続補正書(甲2の2)によ
り明細書の補正をしたが,同年3月28日に拒絶査定を受けたので,同年7月
8日,これに対する不服の審判を請求するとともに,同年8月7日付け手続補
正書(甲2の3)による明細書の補正をした(以下,この補正を「本件補正」
といい,補正後の明細書を「本願補正明細書」という。。)
特許庁は,上記審判請求を不服2002−12632号事件として審理した
結果,平成17年6月21日「本件審判の請求は,成り立たない」との審決,。
をし,その謄本は同年7月1日,原告に送達された(出訴期間として90日が
付加されている。。)
2特許請求の範囲
()本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。1
「a柄,及び.
.,b前記柄に取り外し可能なように取り付けられた洗浄用パッドであって
iスクラビング層と,.
ⅱ吸収層とからなる,洗浄用パッド.
からなる洗浄用具であって,
洗浄用パッドが,洗浄用パッド1gにつき脱イオン水が少なくとも1
0gであるt吸収力をもっていることを特徴とする洗浄用具(以1200。」
下,この発明を「本願発明」という)。
()本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下2
線部が本件補正による補正箇所である。。)
「a柄,及び.
.,b前記柄に取り外し可能なように取り付けられた洗浄用パッドであって
iスクラビング層と,.
ⅱスクラビング層と直接的に液体が連通する状態にある吸収層とか.
らなる,洗浄用パッド
からなる洗浄用具であって,
洗浄用パッドが,洗浄用パッド1gにつき脱イオン水が少なくとも1
0gであるt吸収力をもっており,かつ,1.5kPaの圧力下で1200
40%以下の絞り出し値を有していることを特徴とする洗浄用具(以。」
下,この発明を「本願補正発明」という)。
3審決の理由
()別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,本願の優1
先権主張日前に頒布された刊行物である米国特許第5419015号明細書
(甲3の1。以下「引用例1」という)及び特公昭63−16259号公。
報(甲3の2。以下「引用例2」という)に記載された事項に基づいて当。
業者が容易に発明をすることができたものであり,特許出願の際独立して特
許を受けることができないものであるから,本件補正は却下すべきであり,
本願発明もまた,同様に,引用例1及び引用例2に記載された事項に基づい
て容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定
により特許を受けることができない,とするものである。
()審決が,本願補正発明に進歩性がないとの結論を導く過程において,認定2
した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という)の内容並びに。
本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
【引用発明】
「モップ柄21,モップヘッド20,及びモップヘッド20に取り外し可
能なように取り付けられたワークパッド31からなり,ワークパッド31
は,モップヘッド20上のパッド28のフックに留めることができるシー
ト状の材料で作られている上部層,合成プラスチック,例えば,ポリオレ
フィン,ポリアミド,ポリビニル等の微孔性の気泡体である中間層,研磨
性のシート部材,海綿状部材,けば立った布帛等の下部層からなっている
モップ」。
【一致点】
「柄,及び取り外し可能なように取り付けられた洗浄用パッドであって,
スクラビング層と,スクラビング層と直接的に液体が連通する状態にある
吸収層とからなる,洗浄用パッドを備えた洗浄用具」である点。
【相違点】
1本願補正発明は,洗浄用パッドが柄に取り外し可能なように取り付け
られているのに対して,引用発明は,洗浄用パッドがモップヘッド20
に取り外し可能なように取り付けられている点(以下「相違点1」とい
う。。)
2本願補正発明は,洗浄用パッドが,洗浄用パッド1gにつき脱イオン
水が少なくとも10gであるt吸収力をもっており,かつ,1.51200
kPaの圧力下で40%以下の絞り出し値を有しているのに対し,引用
,(「」発明にはそのような特定の値が明示されていない点以下相違点2
という。。)
第3原告主張の取消事由の要点
審決は,次に述べるとおり,本願補正発明の進歩性の判断(相違点2につい
ての判断)を誤り,その独立特許要件の判断を誤って本件補正を却下したもの
であり,この誤りは,審決の結論に影響することが明らかであるから,違法な
ものとして取り消されるべきである(なお,原告は,審決の一致点及び相違点
の認定並びに相違点1についての判断は争っておらず,また,本願発明につい
ての審決の判断に関しては,取消事由を主張していない。。)
1技術常識の認定の誤りに基づく相違点2についての判断の誤り
審決は「洗浄用具の洗浄用パッドは,負荷が作用した状態で高吸収能力,,
保水力が必要であることは当業者にとって技術常識であると云える(審決。」
書5頁24行∼26行)とするが,従前の技術思想においては,洗浄用パッド
に,負荷が作用した状態での高吸収能力及び高保水力が要求されることはなか
ったから,審決の上記認定は誤りであり,その結果,審決は「洗浄用パッド,
を設計する場合,負荷が作用した状態での高吸収力,保水力を考慮して設計す
ることは当然に行うことであり,‥‥‥洗浄用パッド1gにつき脱イオン水が
少なくとも10gであるt吸収力をもっており,かつ,1.5kPaの圧1200
力下で40%以下の絞り出し値を有するようにすることは当業者の適宜なし得
た設計的事項である(審決書5頁27行∼32行)との誤った判断をしたも」
のである。
()従前の洗浄用具の技術思想1
(ア)洗浄作業は,通常,綿の紐を含有するモップ等の再利用可能な道具を用
い,以下の工程で行われる。
①洗浄液を床に塗布する
②モップ等で床をこすって汚れを床から除去する(洗浄工程)
③床から洗浄液をモップ等に吸収させる(洗浄液吸収工程)
④モップ等を濯いで洗った後,絞って水分を取り除く(濯ぎ工程)
⑤再び②又は③へ
このように,モップ等で床をこすり汚れを床から除去する洗浄工程と洗
浄液をモップ等に吸収する洗浄液吸収工程は分離しており,モップ等を濯
ぐ濯ぎ工程を挟んで繰り返し行われている。
洗浄作業が,通常,洗浄工程と洗浄液吸収工程とを分離してなされてい
ることについては,本願補正明細書における米国特許第5094559号
についての説明(甲2の1,4頁24行∼5頁9行)からも理解すること
ができ,本願の優先権主張日前においては,洗浄工程と洗浄液吸収工程を
分離して行うことは当然の前提であった。
この洗浄方法では,洗浄工程において洗浄用具に負荷を作用させるが,
床をこすって汚れを床から除去することのみを目的とするため,洗浄液を
。,,吸収する能力及び保水力は関係がないまた洗浄液吸収工程においては
洗浄液を吸収する能力が要求されるが,洗浄用具に負荷は作用されない。
さらに,洗浄液を吸収したあと直ちに濯ぎ工程に入るため,負荷が作用し
た状態での保水力も要求されない。そして,負荷が作用した状態で高い保
水力を有していては,モップ等に吸収された汚れを含んだ洗浄液を容易に
取り除けず十分な濯ぎを行うことができないため,負荷がかかった状態で
の高保水力はむしろ有害なものであった。
(イ)引用発明の洗浄用パッドも,引用例1に「作業パッド31は,手洗いま
たは他の方法で洗浄できるような構造となっている(甲3の1,訳文。」
6頁13行∼14行)と記載されているように,パッドを濯いだ後に再び
使用するため,パッドに吸収された洗浄液が完全に絞り出される必要があ
,,。り本願補正発明とは反対に高絞り出し値であることが要求されている
このことは,洗浄工程と洗浄液吸収工程を分離するという従前の技術常識
からは当然のことであり,引用発明の洗浄用パッドは,従前の技術思想に
とどまるものである。
被告は,引用発明の洗浄用パッドがスクラビング層と直接的に液体が連
通する状態にある吸収層を有することを根拠に,洗浄工程と洗浄液吸収工
程を並行して行うことができるものであると主張するが,負荷が作用して
いない状態において洗浄液を良く吸収できるからといって,当然に負荷が
作用した状態においても洗浄液を良く吸収できるということにはならな
い。例えば,日常用いられる通常の洗浄用スポンジは,洗浄溶液をスポン
ジ内に吸収してそれを保持するために,負荷が作用していない状態での高
吸水力及び高保水力が要求されるが,通常それとともに,スポンジ内に吸
収された洗浄溶液を洗浄作業中に洗浄部分へ供給するために,洗浄溶液が
スポンジから容易に絞り出されること,すなわち,一定程度以上の負荷が
作用した状態では低吸水力及び低保水力であることが要求されており,通
常の洗浄用スポンジの負荷が作用した状態における吸水力及び保水力は大
きなものではない。
(ウ)このように,本願の優先権主張日当時においては,洗浄工程と洗浄液吸
収工程は分離しており,また,モップ等は,濯ぎ工程において絞られるこ
とが当然の前提とされていたために,洗浄用具に負荷がかかった状態での
吸水力及び高保水力が要求されるという発想自体が存在しなかった。
()本願補正発明の技術思想2
(ア)本願補正発明は,従前の洗浄工程と洗浄液吸収工程を分離するという技
術常識を打ち破った,洗浄工程と洗浄液吸収工程を並行して行うための洗
浄用具である。
,,(イ)本願補正明細書に低絞り出し値の洗浄用パッドの実現方法の例として
吸収層に超吸収性ゲル化ポリマーなどの超吸収性物質を含めることが記載
されていることからも分かるように(甲2の1,13頁20行∼24頁1
6行,洗浄用パッドが1.5kPaの圧力下で40%以下の低絞り出し)
値であるということから,その洗浄用パッドは使用後に濯がれることはな
く使い捨てのものと理解でき,濯ぎ工程が不要になることは請求項1の記
載から明らかである。
そして,洗浄工程と吸収工程を並行して行うことから,洗浄用具に負荷
をかけて床をこすっているときにも洗浄液を吸収する必要があるため,洗
浄用パッドに,負荷が作用した状態での高吸収能力が要求されることにな
る。また,洗浄用パッドに吸収された汚れを含んだ洗浄液が,床をこすっ
ているときに洗浄用パッドから絞り出されないようにするために,洗浄用
パッドに負荷が作用した状態での高保水力が要求されることになる。
このように,洗浄工程と吸収工程を並行して行うという本願補正発明の
技術思想に至って初めて,洗浄用パッドに,負荷が作用した状態での高吸
収能力及び高保水力が要求されるのである。
(ウ)本願補正発明における「洗浄用パッドが,洗浄用パッド1gにつき脱,
,,.イオン水が少なくとも10gであるt吸収力をもっておりかつ11200
5kPaの圧力下で40%以下の絞り出し値を有している」との特徴は,
このような洗浄工程と洗浄液吸収工程を同時に行うための洗浄用具という
全く新しい技術思想に基づくものである。
()引用例1の内容3
引用例1における洗浄用パッドの吸収層の構成については「微小孔を有,
する合成樹脂の発泡体」とされるのみであって(甲3の1,訳文5頁27行
∼6頁7行,引用例1に記載されている洗浄用パッドは,通常の洗浄用ス)
ポンジに,洗浄に適した任意のシート状の布を取り付けただけのものである
から(甲3の1,訳文2頁下から6行∼3頁1行,洗浄作業において洗浄)
工程と洗浄液吸収工程を並行して行うには,極少量の洗浄液で洗浄作業を行
う必要があるが,現実的な洗浄方法とはいえない。
これに対し,本願補正明細書においては,洗浄用パッド吸収層の構造につ
いての項の大部分が,超吸収性ゲル化ポリマーなどの超吸収性物質を吸収層
に含ませることについての説明に費やされている(甲2の1,13頁20行
∼24頁16行。これらのことからも,本願補正発明の洗浄用パッドと引)
用例1の洗浄用パッドの設計思想が,根本的に異なることが分かる。
2引用発明に引用例2を適用することの困難性
審決は「本願補正発明は,引用発明及び引用例2に記載された事項に基づ,
いて当業者が容易に発明をすることができた(審決書5頁35行∼36行)」
とするが,次のとおり,当業者にとって,引用発明に引用例2の発明を適用す
ることは容易ではなく,審決の判断は誤りである。
()引用例2(甲3の2)は,吸水性シートに係る発明に関するものであり,1
当該シートを本願補正発明のような床等の洗浄のために用いることについて
の言及はない。また,吸水性シートの用途として,使い捨て雑巾が記載され
てはいるが,これは,紙おむつ,生理用ナプキン,ペーパータオル,医療用
パットや,建築用内装材,農業用土壌保護シートなどと並んで記載されたも
のである(2欄2行∼12行。紙おむつ,生理用ナプキン等は,専ら,吸)
水のために用いられるものであり,すべて紙状のものである。そのため,引
用例2に記載されている使い捨て雑巾も,専ら,吸水のために用いられる紙
状のものを想定しているといえる。
したがって,引用例2にいう専ら水分を吸い取るためだけに用いられる使
い捨て雑巾は,本願補正発明にいう床をこすって洗浄するための洗浄用パッ
ドとは全く別のものであり「使い捨て雑巾と同様なものである洗浄用パッ,
ド(審決書5頁20行)とする審決の認識は明らかに誤ったものである。」
このように,引用発明と引用例2の発明は全く異なる分野に属するもので
あるため,引用発明に接した当業者が,これに引用例2を適用しようと思い
至ることは通常あり得ない。
()さらに,上記1()(イ)のように,引用発明は従前の技術思想にとどまるも21
のであり,これに接した当業者には,この洗浄用パッドに負荷が作用した状
態で高吸収能力,保水力をもたせようとの発想自体が生じ得なかった。その
ため,仮に,引用発明に接した当業者が引用例2を目にしても,これを引用
発明に適用しようと思い至ることもなかったというべきである。
3本願補正発明における数値限定の意義
審決は「洗浄用パッド1gにつき脱イオン水が少なくとも10gであるt,
吸収力をもっており,かつ,1.5kPaの圧力下で40%以下の絞り出1200
し値を有するようにすることは当業者の適宜なし得た設計的事項である」と。
判断する(審決書5頁29行∼32行)が,次のとおり,誤りである。
()上記1()(イ)のとおり,従前の技術思想においては,洗浄用パッドに負荷11
が作用した状態での高吸収能力及び高保水力が要求されることはなかった。
したがって,このような数値限定をすることに想到することは,本願の優先
権主張日当時の当業者にとって,容易ではなかった。
()そして「t吸収力」は0.09psi(約0.6kPa)の閉込圧2,1200
(),下で20分1200秒後に測定した洗浄用パッドの吸収力の意味であり
0.09psiは洗浄作業中に洗浄用パッドにかかる典型的な圧に相当し,
20分は床を洗浄するのに要する典型的な時間に相当する(甲2の1,10
頁20行∼27行。)
また,本願補正発明に示された「洗浄用パッド1gにつき脱イオン水が,
少なくとも10gであるt吸収力」及び「1.5kPaの圧力下で401200
%以下の絞り出し値」との具体的な数値は,典型的な家庭内に見られるよう
な広い床を,洗浄用パッドを取り替えることなく洗浄するのに最低限要求さ
れる数値である(本願補正明細書。甲2の1,11頁9行∼14行。)
このように,本願補正発明において,この具体的数値は大きな意義を有し
ている。したがって,このような数値限定を設定することが当業者の適宜な
し得た設計的事項であるとは,到底いうことができない。
4本願補正発明の顕著な作用効果
審決は「洗浄用パッドを上記の吸収力,絞り出し値にすることによって格,
別顕著な作用,効果を奏するものとも認められない(審決書5頁33行∼。」
34行)と判断するが,誤りである。
()従前の技術思想の下においては,洗浄作業の最中にモップ等を濯いだり,1
洗浄用パッドを付け替えたり,又は洗浄工程と洗浄液吸収工程で異なった用
具を使用する必要があった。
しかし,洗浄用パッドを負荷が作用された状態で高吸収力及び低絞り出し
値とすることにより,濯ぎ工程を必要としないで,洗浄工程と洗浄液吸収工
程を同時に行い,さらには,ある程度広い面積の床であっても洗浄作業中に
洗浄用パッドを取り替える必要がなくなることになる。
()また,本願補正明細書には「全液体吸収力が100g未満のパッドは本発2
明の範囲に入るが,それらは,典型的な家庭内に見られるような広い洗浄面
積に対しては,それより吸収力の高いパッド程には適していない(甲2。」
の1,11頁11行∼13行)との記載があるが,本願補正発明の要件であ
る洗浄用パッド1gにつき10gの液体吸収力であれば,洗浄用パッド全体
では100g以上の全液体吸収力を有しているのが通常といえる。
そのため,本願補正発明における洗浄用具では,一つの洗浄用具で,濯ぎ
工程を必要とせず,さらには洗浄用パッドを取り替えることなく洗浄作業を
行うことができるのである。
()このことは,格別顕著な作用,効果といえるものである。3
第4被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
1審決の技術常識の認定の誤りをいう点について
()本願補正明細書(甲2の1)の「発明の背景」に,硬質表面から汚れを除1
去するのに有用な洗浄用具の従来技術として説明される米国特許第5419
015号明細書(引用例1,甲3の1)に記載されている洗浄用具は,本願
補正発明と同様に,取り外し可能なように取り付けられた洗浄パッドが,ス
クラビング層と,同層と直接的に液体が連通する状態にある吸収層とからな
っているものである(審決書4頁31行∼33行参照。)
したがって,上記米国特許明細書に記載されている洗浄用具は,スクラビ
ング層で床をこすっている状態,すなわち負荷が作用した状態で洗浄液を吸
収層で吸収でき,更に吸収した洗浄液を保持する機能を有していることは明
らかであり,また,その構成から特に洗浄液吸収工程でスクラビング層を外
し,吸収層のみとするとは考えられないから,モップで床をこすって汚れを
床から除去する洗浄工程と洗浄液吸収工程を並行して行うことができる洗浄
用具である。
また,上記米国特許明細書に記載されている洗浄用具は,上記機能を有し
ているところから,使用する洗浄液の量によっては,洗浄作業途中での濯ぎ
工程が不要になることも明らかである。このことは,本願補正明細書の「洗
浄溶液吸収用の合成気泡体は,水や,水をベースとする溶液に対しては吸収
力が比較的低い。その為,ユーザーは,パッドの吸収力の範囲内に留まるよ
うに,洗浄溶液を少量使用しなければならない(甲2の1,5頁20行。」
∼24行)との記載からも明らかである。
原告は,本願の優先権主張日当時において,洗浄工程と洗浄液吸収工程は
分離しており,また,モップ等は,濯ぎ工程において絞られることが当然の
前提とされていたために,洗浄用具に負荷がかかった状態での吸水力及び高
保水力が要求されるという発想自体が存在しなかったというが,上記によれ
ば,原告の同主張は,失当である。
()そもそも,洗浄工程中に濯ぎ工程が必要になるか否かは,洗浄する床等の2
広さ,使用する洗浄液の量によって左右されるものであるが,本願補正明細
書の特許請求の範囲には,洗浄する床等の広さ,使用する洗浄液の量を特定
して記載されておらず,濯ぎ工程を不要とするという原告の主張は,そもそ
も特許請求の範囲の記載に基づいた主張とはいえない。
そして,本願補正明細書に従来技術として記載されている洗浄用具も,洗
浄工程と並行して洗浄液吸収工程を行うことができるものであるから,洗浄
パッドは,負荷が作用した状態で洗浄液吸収力と保水力を有していることは
明らかであり,その値をどの程度にするかは設計上適宜決めることである。
上記によれば,本願補正発明は,上記米国特許明細書(引用例1)に記載
,,,された発明において設計上適宜決めることである吸水力保水力の数値を
単に限定した発明にすぎないものである。
2引用発明に引用例2を適用することの困難性をいう点について
()引用発明の洗浄用パッドは,上記1()において述べたように,負荷が作11
用した状態で洗浄液吸収力と保水力を有していることは明らかである。そし
て,濯ぎ工程を経ることなくどの程度の洗浄作業が行えるかは,洗浄する床
等の広さ,洗浄液の使用量によって決まるものである。
また,引用例1における「作業パッド31は,手洗いまたは他の方法で洗
浄できるような構造となっている」の記載は,洗浄用パッドが柄から取り。
外し可能であることを述べているものであって,この記載をもって,引用発
明の洗浄用パッドにおいて高絞り出し値であることが要求されているという
ことはできない。
()さらに,引用例2の吸収性シートの用途として記載されている使い捨て雑2
巾は,通常,床などの拭き掃除に用いられ,その際床に水がこぼれている場
合は,その水を吸収して除くものであって,不織布,織物等いろいろな素材
から作成されるものであり,使い捨て雑巾から,直ちに吸水のために用いら
れる紙状のものを想定しているということはできない。使い捨て雑巾は,床
等の吸水性を備えた清掃用具である点では,本願補正発明と同じ技術分野に
属するものである。
()上記のとおり,この点に関する原告の主張は失当であり,審決の判断に誤3
りはない。
3本願補正発明における数値限定の意義について
()本願補正明細書には「洗浄用パッドは,少なくとも約100g,より好1,
ましくは少なくとも約200,更により好ましくは少なくとも約300g,
最も好ましくは少なくとも約400gの(脱イオン水の)全液体吸収力をも
っているのが好ましいが,必ずしもそうである必要はない。全液体吸収力が
100g未満のパッドは本発明の範囲に入るが,それらは,典型的な家庭内
に見られるような広い洗浄面積に対しては,それより吸収力の高いパッド程
には適していない(甲2の1,11頁8行∼13行)と記載されており,。」
本願補正発明の数値限定の範囲は,典型的な家庭内に見られるような広い洗
浄面積に対しては,吸収力の高いパッド程には適していない範囲までも含む
ものである。そして,そもそも,洗浄作業中の濯ぎ工程の必要性は,洗浄用
具の吸収能力と保水能力だけではなく,洗浄する床等の広さ,使用する洗浄
液の量にも左右されるものである。
上記によれば,本願補正発明の具体的な数値が,典型的な家庭内に見られ
るような広い床を洗浄用パッドを取り替えることなく洗浄するのに最低限要
求される数値であるとの原告の主張は,失当である。
()そして,一般に,洗浄用具において,吸収能力と保水機能をどの程度にす2
るかは,その洗浄用具を使用する対象及びコストを考慮して,洗浄用パッド
を設計する際に決めることであるから,本願補正発明の数値限定を設定する
ことは当業者の適宜なし得た設計的事項というほかはない。
()上記のとおり,この点に関する原告の主張は,理由がない。3
4本願補正発明の作用効果について
()原告は,本願補正発明における洗浄用具では,一つの洗浄用具で,濯ぎ工1
程を必要としないで洗浄作業を行うことができると主張するが上記1(),,2
において述べたとおり,同主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないもの
であり,失当である。
()また,原告は,本願補正発明における洗浄用具が,洗浄工程と洗浄液吸収2
工程を並行して行うことができ,洗浄用パッドを取り替えることなく洗浄作
業を行うことができるとも主張するが,この点に関しては,引用発明の洗浄
用具も,一つの洗浄用具で洗浄用パッドを取り替えることなく洗浄工程と洗
浄液吸収工程を並行して行うことができるものであり,原告の挙げる点は,
本願補正発明に特有の作用効果ということはできない。
()上記のとおり,本願補正発明が格別顕著な作用効果を奏するとの原告の主3
張は,失当である。
第5当裁判所の判断
1審決の技術常識の認定の誤りをいう点について
()原告は,本願の優先権主張日当時においては,洗浄作業は洗浄工程と洗浄1
,,,液吸収工程を分離して行われることが前提となっておりまたモップ等は
濯ぎ工程において絞られることが当然の前提とされていたために,洗浄用パ
ッドに負荷が作用した状態での高吸収能力及び高保水力が要求されることは
なかったから「洗浄用具の洗浄用パッドは,負荷が作用した状態で高吸収,
,。」能力保水力が必要であることは当業者にとって技術常識であると云える
とする審決の認定は誤りである旨主張する。
(ア)確かに,原告が指摘する本願補正明細書における米国特許第50945
59号についての説明中には同明細書に記載されたモップについて不,,「
浸透シートは,スクラバー層での洗浄行為中に,液体が吸収性の吸取紙層
に移動するのを防止するものである(甲2の1,5頁4行∼5行)と。」
の記載があり,当該記載によれば,洗浄行為中に液体が吸収性の吸取紙層
に移動しないようになされているから,洗浄工程と洗浄液吸収工程は分離
して行われるものと解することができ,このような技術が従来存在したと
いうことはできる。
しかしながら,本願補正明細書には,上記米国特許明細書についての記
載に先立って,発明の背景の説明として「床の洗浄という文脈に於いて,
は,柄と,液体洗浄用組成物を吸収する為の何等かの手段とからなる数多
くの道具が記載されている。このような道具には,綿の紐を含有するモッ
プ,セルロース製の,及び/又は合成の細長い切れ,吸収性の気泡体等を
含む再使用可能なものが含まれる。これらのモップは,硬質表面から多く
の汚れを除去するのには効果的であるが,それらには,典型的には,モッ
プ材が泥,汚れ等の滓で一杯になるのを防ぐ為に,使用中に一回,もしく
はそれ以上,濯ぎ工程を行わなければならないという不便さがある(甲。」
2の1,4頁10行∼17行)との記載がある。上記記載にみられるよう
に,従来よく知られたモップ等の洗浄用具は,液体洗浄用組成物を吸収す
る為の何らかの手段を備えるものであるから,これを洗浄溶液と共に用い
て洗浄を行う際には,洗浄液は吸収手段に吸収されるものと認められる。
このように,洗浄工程と洗浄液吸収工程とは,明確に分離して認識される
ものではなく,これらは並行して行われるものというべきであって,むし
ろ,洗浄工程と洗浄液吸収工程は分離されず並行して行われるものが一般
的であったと認めるのが相当である。
上記のとおり,本願の優先権主張日当時において,洗浄工程と洗浄液吸
収工程は分離して行うことが前提となっていた旨をいう原告の主張は,採
用できない。
(イ)相違点2に係る本願補正発明の「洗浄用パッドが,洗浄用パッド1gに
つき脱イオン水が少なくとも10gであるt吸収力をもっており,か1200
つ,1.5kPaの圧力下で40%以下の絞り出し値を有している」との
点に関し,本願補正明細書には,次の各記載がある。
①「t吸収力」について1200
「所望の洗浄性能を達成する為には,洗浄用パッドが洗浄プロセスで
用いた液体の大部分を吸収する,ということが必要である。0.09p
siの閉込圧下で20分(1200秒)後に測定した洗浄用パッドの吸
収力(以下「t吸収力」という)は,洗浄用パッド1gに対して,1200
脱イオン水が少なくとも約10gである。パッドの吸収力は,脱イオン
水に曝してから20分(1200秒)後に測定する。これは,消費者が
床のような硬質表面を洗浄するのにかける典型的な時間に相当するから
である。閉込圧は,洗浄プロセス中にパッドにかかる典型的な圧に相当
する。その為,洗浄用パッドは,0.09psi下でこの1200秒以
,。」内にかなりの量の洗浄溶液を吸収することができなければならない
(甲2の1,10頁19行∼末行)
②「40%以下の絞り出し値を有している」との点について
「本発明の洗浄用パッドは,洗浄プロセス中に圧がかかっている間で
さえも,吸収した液体を保持することができる。これは,本発明に於い
ては,吸収した液体の『絞り出し』を防ぐ洗浄用パッドの能力,もしく
は逆に,吸収した液体を加圧下で保持する能力と見なされる。‥‥‥簡
単に言えば,この試験は,飽和した洗浄用パッドを0.25psiの圧
に付した時の,そのパッドの液体保持能力を測定するものである。本発
明の洗浄用パッドは,約40%以下…の絞り出し値をもっているのが好
ましい(甲2の1,26頁14行∼22行。。」)
上記各記載によれば,洗浄工程において消費者が床のような硬質表面を
洗浄した後に,洗浄用パッドが一定量以上の洗浄溶液吸収能力をもつこと
(上記①)が必要であること,及び,洗浄工程中に圧力がかかっても,洗
浄用パッドは吸収した液体の「絞り出し」を防ぐ能力若しくは保水力を有
するものであること(上記②)が必要とされているものであり,いずれも
洗浄工程中のことをいうものである。
,「」「」そうすると本願補正発明においてt吸収力及び絞り出し値1200
を規定したことの意義は,洗浄工程において一定以上の洗浄液吸収能力及
び保水力をもたせた点にあるものと認められる。
(ウ)ところで,上記(イ)において述べたとおり,従来よく知られた,モップ
等の洗浄用具を用いる際には,洗浄工程と洗浄液吸収工程は並行して行わ
れるものであるところ,本願補正明細書の「典型的には,モップ材が泥,
,,,汚れ等の滓で一杯になるのを防ぐ為に使用中に一回もしくはそれ以上
濯ぎ工程を行わなければならないという不便さがある(甲2の1,4。」
頁15行∼17行)との記載にみられるように,濯ぎ工程が不便なものと
して認識されるものであることからすれば,できるだけ濯ぎ工程を省略す
るために洗浄工程中の吸水力を高めることが望ましいことは明らかである
し,いったん吸収手段に吸収された洗浄液が洗浄工程中にたやすく絞り出
されたのでは洗浄の用を成さないことからすれば,洗浄工程中に圧力がか
かる際にある程度の保水力が必要とされることも明らかというべきであ
る。また,モップ等の洗浄用具を用いる際に,洗浄溶液の使用量によって
は,洗浄作業途中での濯ぎ工程が不要になることも明らかである。
したがって,本願の優先権主張日当時において,モップ等は,濯ぎ工程
,,において絞られることが当然の前提とされていたために洗浄用パッドに
負荷が作用した状態での高吸収能力及び高保水力が要求されることはなか
った旨をいう原告の主張は,採用できない。
加えて,引用例2(甲3の2)には「従来より,吸水性シートの用途,
として,紙おむつ,‥‥‥使いすて雑巾などの高吸水能力を要求されるも
の‥‥‥等がある(2欄2行∼12行「この際,第2図,第3図及。」),
び第4図に示すように,高吸水性ポリマーの比較的大径粒子は網状発泡シ
ートAの表層近くに,微粒子は内層部に深く進入し,粒径に応じた段階的
な層を形成して固着されるという吸水,保水性能上好都合な状態に分布し
たものとなり,吸水速効性,並びに持続性,あるいは保水性に優れ,しか
も該ポリマーの吸水膨張により強固な固着性を呈する結果,きわめて優れ
た吸水,保水機能を有する吸水性シートが得られる(4欄4行∼13。」
行)との記載があり,用途の一例として使い捨て雑巾が示される吸水性シ
ートに,優れた吸水性,保水性をもたせたものが記載されている。
そして,使い捨てのものに限らず,雑巾が,床などの表面の汚れた部分
を拭いて清掃ないし洗浄するために洗浄液と共に用いられ得るものである
ことは,日常経験されるところから明らかであり,この点は,上記洗浄用
具ないし引用発明の洗浄用パッドと何ら変わるところがない。
そうすると,洗浄液吸収手段を備えた洗浄用具において,負荷が作用し
た状態で高吸収能力,保水力をもたせることが望ましいことは,当業者に
とって技術常識というべきである。
したがって,審決が「洗浄用具の洗浄用パッドは,負荷が作用した状,
態で高吸収能力,保水力が必要であることは当業者にとって技術常識であ
ると云える」と認定した点に,何ら誤りはない。。
()原告は,引用発明の洗浄用パッドは,洗浄工程と洗浄液吸収工程を分離す2
るという従前の技術思想にとどまるものである旨主張する。しかし,引用発
明が「スクラビング層と,スクラビング層と直接的に液体が連通する状態に
ある吸収層とからなる,洗浄用パッドを備えた洗浄用具」であること(審決
認定の一致点参照)は,原告も争っていないのであり,引用発明の洗浄用パ
ッドが,洗浄液を用いて洗浄を行う際(負荷が作用した状態)に並行して洗
浄液を吸収層で吸収し得る機能を有していることからすれば,引用発明の洗
浄用パッドは,両工程を並行して行うことができるものであることは明らか
であって,原告の主張は失当である(なお,原告は,引用例1のパッドは十
分に濯ぎを行うために高絞り出し値であることが要求されているとも主張す
るが,そもそも前記のとおり,本願補正発明において「t吸収力」及び1200
「絞り出し値」を規定したことの意義は,洗浄工程において一定以上の洗浄
液吸収能力及び保水力をもたせた点にとどまり,濯ぎ工程における絞り出し
とは関係がないものであるから,原告の主張する点は,本願補正発明とは何
の関係もない。。)
また,原告は,引用例1における洗浄用パッドの吸収層は「微小孔を有,
する合成樹脂の発泡体」とされるのみであって,洗浄工程と洗浄液吸収工程
,,を並行して行うには極少量の洗浄液で洗浄作業を行う必要があるのに対し
本願補正明細書においては,洗浄用パッド吸収層の構造についての項の大部
分が,超吸収性ゲル化ポリマーなどの超吸収性物質を吸収層に含ませること
についての説明に費やされていることからも,本願補正発明の洗浄用パッド
。,と引用例1の洗浄用パッドの設計思想が根本的に異なる旨主張するしかし
本願補正明細書の特許請求の範囲における請求項1には,吸収層の材料は何
ら特定されていないのであり,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に
基づかないものであって,失当である。
2引用発明に引用例2を適用することの困難性をいう点について
()原告は,引用発明と引用例2は全く異なる分野に属するものであるから,1
当業者は引用発明に引用例2を適用することに想到し得ない旨を主張する。
しかし,前記1の()(ウ)において述べたとおり,引用例2(甲3の2)に1
は,用途の一例として使い捨て雑巾が示される吸水性シートが記載されてい
るところ,雑巾が,床などの表面の汚れた部分を拭いて清掃ないし洗浄する
ために洗浄液と共に用いられ得るものであることは,日常経験されるところ
から明らかであり,この点は,引用発明の洗浄用パッドと何ら変わるところ
はない。したがって,両者の技術分野が異なるということはできず,審決が
「使い捨て雑巾と同様なものである洗浄用パッド(審決書5頁20行)と」
説示した点に誤りはないし,優れた吸水性,保水性をもたせる旨の引用例2
記載の事項を引用発明の洗浄用パッド(作業パッド31)に適用することに
も,何ら困難はないというべきである。
原告は,引用例2に記載されている紙おむつ等は専ら吸水のために用いら
れるものであるから,使い捨て雑巾も,専ら吸水のために用いられる紙状の
ものを想定しているとも主張するが,前記1の()(ウ)において説示した雑巾1
の用途に照らせば,原告の主張は失当である。
()原告は,引用発明は従前の技術思想にとどまるものであり,これに接した2
当業者が,この洗浄用パッドに負荷が作用した状態で高吸収能力,保水力を
もたせようとの発想を得ることはあり得ないから,当業者は引用発明に引用
例2を適用することに想到し得ない旨を主張する。
しかし,前記のとおり,審決の一致点の認定について,原告は争っておら
ず,これによれば,引用発明における「吸収層」は「スクラビング層と直接
的に液体が連通する状態にある」ものであり,洗浄液を用いて洗浄を行う際
に並行して洗浄液が吸収層に吸収され得るものであるところ,前記1の()1
(ウ)において述べたとおり,洗浄工程と洗浄液吸収工程が並行して行われる
際に,洗浄用パッドには吸水力,保水力が必要とされるものであるから,引
用発明に接した当業者に,この洗浄用パッドに負荷が作用した状態で高吸収
能力,保水力をもたせようとの発想が生じ得ないことをいう原告の主張は,
失当である。
3本願補正発明における数値限定の意義について
()原告は,従前の技術思想においては,洗浄用パッドに負荷が作用した状態1
での高吸収能力及び高保水力が要求されることはなかったので,このような
数値限定をすることに想到することは,当業者にとって容易でない旨を主張
する。しかし,前記1の()(ウ)において述べたとおり,従来知られた,洗浄1
工程と洗浄液吸収工程が並行して行われる洗浄液吸収手段を備えた洗浄用具
においても,負荷が作用した状態で高吸収能力,保水力をもたせるのが望ま
しいのであるから,原告の上記主張は,その前提において失当である。
()そして,上記2において検討したとおり,優れた吸水性,保水性をもたせ2
る旨の引用例2記載の事項を引用発明の洗浄用パッド(作業パッド31)に
適用すること自体は,当業者にとって格別の困難性を要しないものである。
そうすると,洗浄用パッドに具体的にどの程度の吸水性,保水性をもたせる
かは,予定される使用状況等に応じて当業者が適宜設計上定めることのでき
る程度の事項というべきであるから,本願補正発明において吸収力,絞り出
し値を規定した点に進歩性を見出すためには,その数値限定に,当業者の予
測し得ない臨界的意義が存在することを要するというべきである。
しかるに,前記1の()(イ)において認定した本願補正明細書の記載によれ1
ば「t吸収力」とは,洗浄プロセス中にパッドにかかる典型的な圧で,1200
ある,0.09psiの閉込圧下で,消費者が床のような硬質表面を洗浄す
るのにかける典型的な時間である20分(1200秒)後に測定した洗浄用
パッドの吸収力をいうにとどまり,これを「少なくとも10g」と規定した
点についても,その根拠は何ら示されていない。そうすると,本願補正発明
における数値限定は,まさに,予定される使用状況に応じて,設計的に定め
られた条件にとどまるものといわざるを得ないのであって,この点に臨界的
意義を有するものとは,到底いえない。
また,前記1の()(イ)において認定した本願補正明細書の記載によれば,1
絞り出し値の測定条件は示されているものの,加圧力を1.5kPaとする
根拠,絞り出し値を40%以下とする根拠は何ら示されておらず,これら数
値を規定した点についても,設計的事項以上のものといえる根拠を見出すこ
とはできないのであって,臨界的意義を有するものとは到底認められない。
()原告は,本願補正発明において,具体的数値は大きな意義を有する旨主張3
するが,上記のとおり,失当である。
4本願補正発明の作用効果について
原告は,本願補正発明における洗浄用具では,一つの洗浄用具で,濯ぎ工程
を必要とせず,さらには洗浄用パッドを取り替えることなく洗浄作業を行うこ
とができるという,格別顕著な作用,効果を奏する旨を主張する。
()しかしながら,洗浄用具を用いる際に,濯ぎを必要とするか否か,あるい1
は洗浄用パッド取替の必要があるか否かは,洗浄する広さや汚れの程度に応
じた洗浄溶液の使用量に左右されるものであって,引用発明においても,洗
浄溶液の使用量によっては,濯ぎや洗浄用パッドの取替をすることなく洗浄
作業を行えることは,明らかである。
他方,本願補正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,本願
補正発明の「t吸収力」は「洗浄用パッド1gにつき脱イオン水が少な1200
くとも10g」と規定されるところ,本願補正明細書の「洗浄用パッドは,
少なくとも約100g…の(脱イオン水の)全液体吸収力をもっているのが
好ましいが,必ずしもそうである必要はない。全液体吸収力が100g未満
のパッドは本発明の範囲に入るが,それらは,典型的な家庭内に見られるよ
うな広い洗浄面積に対しては,それより吸収力の高いパッド程には適してい
ない(甲2の1,11頁8行∼13行)との記載にみられるように,広。」
い洗浄面積に対する使用に適するか否かは,洗浄用パッドの全液体吸収力に
左右されるものであって,本願補正発明で規定される「t吸収力」のよ1200
うに,洗浄用パッド1gにつき脱イオン水がどの程度吸収されるかによって
左右されるものとはいえない。
この点に関し,原告は,本願補正発明の要件である洗浄用パッド1gにつ
き10gの液体吸収力であれば,洗浄用パッド全体では100g以上の全液
体吸収力を有しているのが通常といえると主張するが,同主張は,請求項1
に記載されていない事項をいうものであって,採用できない。
()そうすると,全液体吸収力について特段規定のない本願補正発明において2
は,そもそも,濯ぎや洗浄用パッドの取替をすることなく,どの程度の洗浄
面積,あるいは洗浄溶液の使用を許容するのかということ自体,論ずる意味
がないものであって,本願補正発明において,原告が主張する前記作用,効
果が奏されるなどとは到底いうことができない。
,,,,加えて前記3において検討したとおり本願補正発明において吸収力
絞り出し値を規定した点に,設計的事項の域を超える格別の臨界的意義があ
るものとは認められないし,仮に,本願補正発明が一定程度の全液体吸収力
を有するものとしても,上記()の本願補正明細書の記載に照らせば,全液1
体吸収力をどの程度のものとするかは,予定される使用状況等に応じて当業
者が設計上適宜定めることのできる程度の事項というべきであるから,本願
,,,補正発明において格別顕著な作用効果が奏される旨をいう原告の主張は
失当というほかない。
5結論
以上のとおり,審決が本願補正発明の進歩性の判断(相違点2についての判
断)を誤り,その独立特許要件の判断を誤ったことをいう原告の主張は理由が
なく,本件補正を却下した審決の判断に誤りはない。したがって,審決が本願
の請求項1の発明の要旨を本願発明のとおり認定して,本願発明は特許法29
条2項の規定により特許を受けることができないとしたことに,発明の要旨の
認定を誤った違法はないから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審
決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない(なお,原告は,本願発明につ
いての審決の判断に関しては,取消事由を主張していないが,本願発明に他の
発明特定事項を付加した本願補正発明が進歩性を欠く以上,本願発明にも進歩
性がないことは明らかである。。)
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官佐藤久夫
裁判官三村量一
裁判官古閑裕二

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