弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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              主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,800万円及びこれに対する平成12年9月1日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1本件は,保険契約者である原告が,保険者である被告に対し,被保険自動車が盗
難にあい,保険事故が発生したとして,原被告間の自動車保険契約に基づき,保
険金800万円及びこれに対する同盗難発生の日(平成12年7月31日)の1か月
経過した日である同年9月1日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を請求した事案である。
2 争いのない事実
 (1) 本件保険契約の締結
   原告は,平成12年2月29日,被告との間で,次のとおり保険契約を締結した
(以下「本件保険契約」という。)。
    証券番号 第甲号
     種   類自家用自動車総合保険
     保険期間平成12年3月29日から1年間
    保険金額 車両 800万円(免責金額10万円)
          対人 無制限
          対物 2000万円
          搭乗者 1000万円
    支払方法 分割払い(毎月26日限り,A信用金庫B支店の原告名義の普通預
金口座(以下「本件口座」という。)から振り替える。)
    保険料月額 5万0020円(うち車両保険部分4万0620円)
    被保険自動車 メルセデスベンツS500L(車台番号乙,登録番号丙,以下「本
件自動車」という。)
 (2) 原告は,被告に対し,平成12年7月31日午後5時40分ころ,名古屋市北区a
町b丁目c番地所在のC店駐車場において,本件自動車が盗難にあい(以下「本
件盗難事故」という。),保険事故が発生したとして,保険金800万円を請求した
が,いまだ保険金は支払われていない。
 (3) 本件保険契約に適用される総合保険普通約款の保険料分割払特約条項第5
条には,保険契約者が第2回目以降の分割保険料について,当該分割保険料
を払い込むべき払込期日後1か月を経過した後もその払込みを怠った場合は,
その払込期日の翌日以後に生じた事故による損害または傷害に対しては,保険
者は保険金を支払わない旨の規定(以下「本件免責特約」という。)がある。
3争点
  (1) 本件免責特約の成否
  (2) 本件盗難事故発生の有無ないし偶然性
 4 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点(1)について
   (被告の主張)
    原告は,平成12年7月26日に支払うべき分割保険料5万0020円の支払を怠
り,その後1か月を経過するもその支払をしなかった。よって,被告は,原告に対
し,本件免責特約により,同月27日以後に生じた事故については保険金の支
払義務を負わない。
   (原告の主張)
    原告は,本件盗難事故を,その当日に被告の従業員のD(以下「D」という。)に申
告し,その際,分割保険料が引き落とされているかどうかの問い合わせをしたと
ころ,同人は大丈夫ですと答え,また,その後においても分割保険料の振替不
能を指摘されたことはなかった。このような経過からすると,被告が本件免責特
約を主張することは信義則上許されない。
  (2) 争点(2)について
   (原告の主張)
    平成12年7月31日午後5時40分ころ,名古屋市北区a町b丁目c番地所在のC
店駐車場にエンジンをかけたまま駐車し,買い物をしていたところ,その隙に何
者かによって本件自動車が持ち去られ,盗難にあった。
   (被告の主張)
    本件盗難事故は偶然に発生したものではない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし3,5,6,乙3,4,5の1から5,6,7の1・2,8の1から3,9,1
0,11の1・2,証人E,原告本人の各一部)及び弁論の全趣旨によれば,次の
事実が認められ,この認定に反する証人Eの証言部分,原告本人尋問の結果
部分はいずれも採用できない。
 (1) 原告は,本件事故当時,28才の男性で,塗装業を営んでいたが,平成12年2
月ころから名古屋市南区で風俗店「F」も経営していた。
   原告は,約10年前に自動車運転免許を取得したが,数年前に同免許を取り消
され,以後取得していない。
 (2) 本件自動車は,初年度登録が平成8年3月で,登録事項等証明書の所有者
は,新規登録がG,平成10年2月12日移転登録がH,平成11年4月2日移転
登録が株式会社Iで,使用者欄は空欄となっている。また,登録番号は,当初,
丁であったが,平成12年1月24日に前記番号に変更されている。
   原告は,平成11年3月26日に同社から483万円(消費税込み)で本件自動車
を購入し,その後,20ないし30万円をかけてブラバスキットを取り付けた。
 (3) 原告は,平成11年3月29日,被告との間で,既に離婚していた元の妻であるJ
を保険契約者,本件自動車を被保険自動車,保険期間を同日から1年間,分割
払い(本件口座からの振替)として,本件保険契約と同様の保険金額で保険契
約を締結した。同保険契約における原告の分割保険料の支払い状況は,同年9
月分を振替不能とし,翌10月に2回分の分割保険料を振り替えたが,同年11
月分及び12月分を続けて振替不能とした。そのため,同保険契約は整理解約
となったが,その後に滞納分が支払われて平成12年1月24日に復活した。
   そして,上記保険契約の期間満了をうけて本件保険契約が締結された。
   なお,本件口座は,原告の他の債務の振替にも利用されており,しばしば預金
不足になることがあった。
 (4) 原告は,平成12年7月31日午後5時40分ころ,Eが運転し,原告が同乗して
上記風俗店に向かう途中,飲物を購入するため,名古屋市北区a町b丁目c番地
所在のC店に立ち寄り,同店駐車場に施錠せず,かつ,エンジンをかけたまま駐
車し,買い物をしていた。原告らが下車して1分も経たないうちに,黒っぽい服の
男性が現われ,本件自動車に乗り込んで走り去った。これに気付いた原告及び
Eは,いずれも携帯電話を所持していたが,自ら電話しないで同店の店長に11
0番通報をするよう促した。そして,原告は,被保険自動車が盗難にあったとし
て,名古屋北警察署に盗難届を提出した。
   なお,同店は原告らの進行方向右手に所在しているので本件自動車を右折させ
て進入したのであるが,そこから約100メートル先の進行方向左手に同様のコ
ンビニエンスストア(K)があり,そのことは原告は知っていた。
 (5) 原告は,本件盗難事故以前の同月28ないし29日ころ,被告の従業員のDに同
月分の分割保険料が引き落とされているかどうかの問い合わせをした。しかしな
がら,被告において振替状況が判明するのは翌月5日ころであったから,Dはそ
の旨伝え,引落金融機関で確認してほしい,もしも預金不足で引落がされていな
い場合は,集金の希望を申し出るか,あるいは,翌月の振替日に2か月分が引
き落とされるのでその前日までにその分の預金残高を確保するよう指示した。
   原告は,本件盗難事故を,その当日にDに申告したが,そのときは分割保険料
が引き落とされているかどうかの問い合わせをしなかった。
   ところで,原告が平成12年7月26日に支払うべき分割保険料5万0020円は,
本件口座の預金不足により振替不能となっていた。
 (6) 被告は,分割保険料の振替ができなかった契約者に対して,翌月の振替日に2
か月分が引き落とされるのでその分の預金残高を確保するよう葉書(三つ折り)
で通知することにしており,その葉書には振替不能日後に生じた保険事故につ
いては保険金をお支払いできなくなりますとの注意書きを付している。
   そして,原告が平成12年7月26日に支払うべき分割保険料の振替不能につい
ては,被告は同年8月10日ころ上記葉書を原告に送付した。しかしながら,その
後も,本件保険契約に基づく分割保険料が本件口座から振り替えられることは
なかった。
   ところが,原告は,同年11月6日になってDに架電し,通帳を手元に所持してい
ないと言い,同年7月分の分割保険料の受領を迫り,Dが断ると同人の個人口
座の開示を求め,翌7日に5万0020円を同口座に振り込んだ。Dは,同日,原
告の本件口座に前同額に振込手数料を加算した分を振り込んで原告に返還し
た。
 2 争点(1)について
  (1) 本件免責特約は,保険契約者が第2回目以降の分割保険料を1か月以上遅滞
した場合,保険者はその払込期日の翌日以後に発生した保険事故について免
責されるというものであるが,換言すれば,当該分割保険料の払込期日から1か
月以内に同分割保険料が支払われた場合は,保険者はその払込期日の翌日
以後に生じた事故についても保険金支払い義務を負うというものであるから,保
険契約者において,その主張する保険事故発生日直前の払込期日ないしはそ
れから1か月以内に分割保険料が支払われたことを主張・立証すべきものであ
り,また,分割保険料を1か月以上遅滞して免責の効果が生じた場合は,その後
にこれが支払われても,一旦発生した免責の効果が覆滅することはないものと
解される。
 そして,前記のとおり,原告は,第2回目以降である平成12年7月26日に支
払うべき分割保険料5万0020円の支払を怠り,その後1か月を経過するもその
支払をしなかったこと,それは引落口座の預金不足によるものであることが認め
られる。そして,保険料支払債務は持参債務であると解されるから,振替不能に
より分割保険料を1か月以上遅滞したのは原告の責に帰すべき事由によるもの
と認められる(なお,本件においては,本件保険契約の前の保険契約が預金不
足による振替不能で整理解約となり,その後に滞納分が支払われて復活した経
過があり,本件口座は,原告の他の債務の振替にも利用されており,しばしば預
金不足になることがあったが,原告は,本件保険契約においても分割払を選択
した事情が認められる。)。
 また,原告は,本件盗難事故当日,Dに対し,分割保険料が引き落とされてい
るかどうかの問い合わせをしたところ,同人は大丈夫ですと答え,また,その後
においても分割保険料の振替不能を指摘されたことはなかった旨主張するが,
かかる事実が認められないことは前記のとおりであり,原告の信義則違反の主
張は採用できない。
(2) そうすると,本件免責特約により,被告は,原告に対し,平成12年7月27日以
後に生じた本件盗難事故については保険金の支払義務を負わないものである。
第4 結論
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は
理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条を適
用して主文のとおり判決する。
        名古屋地方裁判所民事第8部
                裁判官 野田弘明

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