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平成18年3月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成17年(行ケ)第10516号補正の却下の決定取消請求事件
平成18年3月7日口頭弁論終結
判決
原告インターデイジタルテクノ
ロジーコーポレーション
代表者
訴訟代理人弁護士中島和雄
訴訟代理人弁理士内原晋
同船山武
同渡邉隆
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人川名幹夫
同宮下正之
同小池正彦
主文
1特許庁が不服2002-13115号事件について平成17年
1月28日にした決定を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告
主文と同旨
2被告
(1)原告の請求を棄却する。
(2)訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,昭和61年2月26日(優先権主張1985年3月20日,アメリ
カ合衆国)に出願した特願昭61-39331号(以下「原出願」という。)
の一部を分割して,平成9年7月11日に新たな特許出願とした特願平9-2
36592号の一部を更に分割して,平成11年2月5日に新たな特許出願と
した特願平11-65355号の一部をまた更に分割して,平成12年5月1
5日に,発明の名称を「多重音声通信やデータ通信を単一又は複数チャンネル
により同時に行うための無線ディジタル加入者電話システム」とする新たな特
許出願(特願2000-142479号,以下「本願」という。)をし,この
出願は,平成13年1月26日,出願公開された(特開2001-25052
号)。原告は,本願について,平成14年4月11付けで拒絶査定を受けたの
で,同年7月12日に拒絶査定不服審判を請求したところ,特許庁は,この請
求を,不服2002-13115号事件として審理した。同事件の手続におい
て,原告が同年8月9日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした
ところ,特許庁は,平成17年1月28日,「平成14年8月9日付けの手続
補正を却下する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年2月9
日,その謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲(本件補正後のもの)
本件補正は,本願に係る明細書及び図面(本件補正前のもの。以下「当初明
細書」という。)の特許請求の範囲を補正するものであって,本件補正後の請
求項5及び6(以下,それぞれ「補正請求項5」,「補正請求項6」といい,
これらに係る発明を「本願発明」と総称する。)の記載は下記のとおりである。
(下線部は,本件補正による補正箇所である。)
【請求項5】局線と複数の加入者局との間にディジタル無線多元接続陸上通
信を提供するディジタル電話システムであって,基地局と前記加入者局との
間の無線周波数(RF)リンク経由で前記基地局から前記加入者局への順方
向情報と前記加入者局から前記基地局への逆方向情報との同時的無線送信が
可能であり,前記RFリンクの各周波数チャンネルが,複数の時間スロット
を各々が含み始点が一致するように互いに同期した複数のフレームを備え,
相互接続手段で前記順方向情報を前記周波数チャンネルの一つの時間スロッ
トに配置するディジタル電話システムにおいて,前記逆方向情報を前記順方
向情報対応の時間スロットからずれた所定の時間スロットに自動的に配置す
るディジタル電話システム。
【請求項6】互いに異なる無線周波数(RF)の複数の送信チャンネルを有
する無線周波数(RF)リンク経由で基地局と複数の移動加入者局との間の
多元接続無線電話網における少なくとも一つのディジタル情報信号の伝達を
行う方法であって,前記送信チャンネルの各々が,複数の時間スロットを各
々が含み始点が一致するように互いに同期した複数のフレームから成るディ
ジタル情報信号伝達方法において,情報信号への時間スロット割当てをその
情報信号が前記基地局と加入者局との間の前記RFリンク経由で一つの方向
に送信されるように行う過程と,前記基地局と前記加入者局との間の前記方
向と逆の方向の情報信号の送信を前記割当てによる割当て時間スロットから
ずれた所定の時間スロットで自動的に行う過程とを含むディジタル情報信号
伝達方法。
3本件決定の理由
別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件決定は,補正請求項5に
おける「複数の時間スロットを各々が含み始点が一致するように互いに同期し
た複数のフレーム」との補正事項及び補正請求項6における「複数の時間スロ
ットを各々が含み始点が一致するように互いに同期した複数のフレームから
成」るとの補正事項(以下,それぞれ「本件補正事項1」,「本件補正事項
2」といい,これらを「本件補正事項」と総称する。)は,当初明細書には記
載されておらず,また,当初明細書の記載からみて自明の事項でもないから,
本件補正は,特許法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下
すべきものとしたものである。なお,原出願は昭和61年2月26日に出願さ
れたものであるから,本件決定にいうこれらの規定は,平成5年法律第26号
による改正前の特許法におけるものをいう趣旨と解される(以下,本判決にお
けるこれら規定についても,同様である。)。
第3原告主張の取消事由の要点
本件決定は,本件補正事項が当初明細書の記載に基礎を有するものであるこ
とを看過し,本件補正事項が,当初明細書には記載されておらず,また,当初
明細書の記載からみて自明の事項でもないと誤って認定判断したものであって,
この誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法とし
て取り消されるべきである。なお,原告は,本願に関する権利存続期間の満了
にかかわらず,特許法65条1項の規定による請求権の行使に必要な特許権の
設定の登録を受けるため,本願につき実体審査を受ける利益を有するから,本
訴における訴えの利益を有するものである。
1本件補正事項は,当初明細書の記載に基礎を有する。その理由は,次のとお
りである。
(1)本件補正事項1のうち,「複数の時間スロットを(複数のフレームの)各
々が含」むことについては,当初明細書の段落【0066】の記載に,RF
リンクの各周波数チャンネルが「(複数のフレームの)始点が一致するよう
に互いに同期した複数のフレーム」を備えることについては,当初明細書の
段落【0050】~【0054】,【0060】,【0069】~【007
5】,【0078】の表1~4,【0079】の表5,【0089】~【0
091】,【0102】~【0113】の記載に,それぞれ基礎を有するも
のである。
また,本件補正事項2の「(前記送信チャンネルの各々が,)複数の時間
スロットを各々が含み始点が一致するように互いに同期した複数のフレーム
から成(る)」についても,当初明細書の上記記載に基礎を有するものであ
る。
(2)当初明細書の上記段落【0050】~【0054】,【0060】,【0
069】~【0075】,【0078】の表1~4,【0079】の表5,
【0089】~【0091】,【0102】~【0113】の各記載及び図
面の記載によれば,本件補正事項1における基地局・加入者局間の順方向及
び逆方向の無線周波数(RF)リンクの各周波数チャンネルの複数のフレー
ムの間の「同期」,及び,本件補正事項2における基地局・加入者局間の一
つの方向およびその逆の方向の無線周波数(RF)リンクの各送信チャンネ
ルの複数のフレームの間の「同期」は,次のとおり構成されている。
ア基地局と複数の加入者局とを含む全システムに対するマスタ・タイミン
グ・ベースを基地局が発生し,システム内のすべての加入者局の周波数,
シンボル・タイミング及びフレーム・タイミングをこの基地局マスタ・タ
イミング・ベースに同期させる(当初明細書の段落【0050】~【00
54】)。
イ基地局内の複数の周波数チャンネルは送信にすべて同一の時間基準を用
いる。すなわち,基地局内の複数のチャンネル制御手段CCU18の各々
は基地局基準クロック信号源STIMU35からのフレーム開始(SO
F)マーカ信号を用いて対応搬送波周波数のフレーム構造による音声信号
送信のタイミングをとり,かつシンボルを制御する(当初明細書の段落
【0051】)。したがって,複数のCCU18からの音声信号送信は同
一タイミングで行われ,互いに同期している。
ウ基地局内の受信タイミングと基地局の上記送信タイミングとを同一にす
る。すなわち,上記SOFマーカ信号及びシンボル・クロック信号は送信
信号と受信信号との間で時間軸上で正確に並んでいる必要がある。そのた
めに,基地局のモデム19の受信タイミングを加入者局からの受信入力シ
ンボルに整合させる(当初明細書の段落【0052】)。
エシステム内のすべての加入者局の時間基準を上記基地局マスタ・タイミ
ング・ベースに同期させる。この同期の達成のために,加入者局は基地局
から無線制御チャンネル(RCC)の順方向フレームの先頭のスロットで
送られてくるRCCメッセージ(当初明細書の段落【0069】~【00
75】,【0078】の表1,【0089~0091】)を用いて基地局
時間基準をまず捕捉し(当初明細書の段落【0053】),加入者局モデ
ム30a,30b,30cの復調器内のトラッキング・アルゴリズムで加
入者局受信タイミングを正確に保持する。一方,加入者局は自局の位置に
起因する伝送往復遅延を相殺するための小時間量だけ自局から基地局への
送信のタイミングを進める。これによって,複数の加入者局からの基地局
受信信号が上記基地局時間基準に正しく合致するようにする(当初明細書
の段落【0054】,【0052】)。
オ各加入者局の時間基準を上記基地局タイミングに合致させたのち,加入
者局・基地局間のタイミング情報の授受は上記RCCの先頭スロット経由
から音声チャンネル経由に切り換えられ,加入者局・基地局間距離変動追
跡のための「精密調整」に引き継がれる(当初明細書の段落【0089】
~【0091】)。
上記ア~オから明らかなように,システム内のすべての加入者局の周波数,
シンボル・タイミング及びフレーム・タイミングを基地局時間基準に合致さ
せ,その合致状態を維持しているので,当初明細書の段落【0078】の表
1~4,【0079】の表5に示されるとおり,順方向(フォワード)チャ
ンネルのスロットと逆方向(リバース)チャンネルのスロットとは時間軸上
で一致する。シンボル・タイミングが順方向チャンネルと逆方向チャンネル
との間で上述のとおり同期するので,所定数のシンボルを各々が包含するス
ロット及びフレームのタイミングも順方向チャンネルと逆方向チャンネルと
の間で同期する。
(3)以上のとおり,本件補正事項が当初明細書の記載に基礎を有することは
明らかであり,本件決定はこれを看過してなされたものである。
2被告は,本件補正事項における「始点が一致するように互いに同期した複数
のフレーム」との文言を「それぞれのフレームの送信と受信の始点が一致し
た」との趣旨に理解した上で,基地局における送信フレームと受信フレームの
始点が一致する場合(以下「ケース1」という。),基地局における受信フレ
ームと加入者局の送信フレームの始点が一致する場合(以下「ケース2」とい
う。),加入者局における受信フレームと送信フレームの始点が一致する場合
(以下「ケース3」という。)について考察し,送信と受信とが一致すること
は起こりえないと主張する。
しかし,本件補正事項における「始点が一致するように互いに同期した複数
のフレーム」とは,複数の加入者局からの基地局受信信号の各々のフレームの
始点が,基地局送信信号のフレームの始点と一致することを述べているだけで
あり,このことは補正請求項5,6の文脈からも明らかである。そして,この
点は,当初明細書の段落【0050】,【0053】,【0054】に記載さ
れた事項そのものであり,当初明細書の記載に基礎を有するものである。被告
の主張は,ケース1については本願発明の前提技術に関する記載の一部を曲解
したものであり,また,ケース2及び3についてはそもそも本願発明の想定外
のものであり,いずれも失当である。
第4被告の反論の要点
本件補正事項が当初明細書には記載されていないとした本件決定の認定判断
に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
(1)本件補正事項における「複数の時間スロットを各々が含み始点が一致する
ように互いに同期した複数のフレーム」については,ケース1,ケース2及
びケース3(前記第3,2)が想定できる。
(2)このうち,ケース1について検討すると,当初明細書の段落【0052】
には,「基地局内の受信タイミングは,基地局の送信タイミングと原則的に
同一である。即ち,SOFマーカとシンボル・クロック信号は送信信号と受
信信号との間で正確に並んでいなければならない。しかし,完全なタイミン
グ同期は加入者局の伝送から期待できないので,基地局のモデム19の受信
タイミングは加入者局からの入力シンボルに整合しなければならない。これ
は基地局モデム19の受信機能のサンプリング期間が加入者局から受信中の
シンボルについて最良予測をもたらすために必要である。モデム19の受信
機能にインタフェースしているCCU18内の小容量弾性バッファはこのわ
ずかなタイミング・スキューを補償している。」と記載されている。また,
当初明細書の段落【0459】~【0461】には,多くの遅延源が原因で,
基地局におけるRXスロットとTXスロットとに約4シンボル分のスキュー
が生じる旨の記載がある。
このように,当初明細書には,開始点は一致しないと記載されているので
あり,基地局における送信フレームと受信フレームの始点が一致する場合
(ケース1)は記載されていない。
(3)ケース2及びケース3は,物理的に起こりえない。
(4)よって,本件補正事項は,当初明細書に記載されたものでなく,原告主張
の取消事由には理由がない。
第5当裁判所の判断
1訴えの利益について
本願が平成13年1月26日に出願公開されたことは当事者間に争いがなく,
また,平成18年2月26日をもって原出願の出願日から20年が経過したこ
とは当裁判所に顕著である。しかしながら,本願に関する権利存続期間が満了
したとしても,原告は,特許法65条1項の規定による請求権の行使に必要な
特許権の設定の登録を受けるため,本願につき実体審査を受ける利益を有する
から,本訴における訴えの利益を有するものと認められる。
2当初明細書の記載について
(1)甲2の1によれば,当初明細書には,下記ア~コの記載がある。
ア「【0066】チャンネルごとに多数の通話を収容するため,各チャン
ネルは時分割多重化(TDM)技術によって”スロット”に分割されてい
る。これらのスロットはシステム・フレーム形式を特定する。システム・
フレームの長さは所定の一定数のシンボルで構成されている。システム・
フレーム持続時間は,各バーストの開始時にモデム19が必要とする音声
コード化レート及び捕捉シンボル数を考慮して最適化されている。システ
ム・フレーム内のスロットの数はチャンネルの変調レベルに依存する。例
えば,チャンネルの変調レベルがQPSKであるとすると,システム・フ
レームは1フレームにつき2スロットで構成されている。チャンネルの変
調レベルを増大することにより,シンボルごとにコード化された情報のビ
ット数は増加する,従ってチャンネルのデータ・レートは増加する。16
レベルのDPSKにおいてはシステム・フレームは4つのスロットに分か
れ,この各々が1つの通話に対する音声データ・レートを取り扱う。変調
レベルが高くなった場合でもモデム同期に必要とするシンボル・タイム数
は一定であることに注目することが重要である。」
イ「【0050】基地局と加入者局との間のタイミング同期を正確にとる
ことは,全システム的に重大なことである。全システムに対するマスタ・
タイミング・ベースは基地局によって作られる。ある特定のシステム内の
すべての加入者装置は,周波数,シンボル・タイミング,及びフレーム・
タイミングに関して,このタイム・ベースに同期しなければならない。」
ウ「【0051】基地局は,80.000MHzの極度に正確なタイミン
グ基準クロック信号を生成するシステム・タイミング装置(STIMU)
を包含している。この80MHzの基準クロック信号は16KHzのクロ
ック信号及び22.222Hz(持続時間45msec)のフレーム・ス
トローブ・マーカ信号を生成するために周波数逓降される。すべての基地
局送信タイミングはこれらの3つの同期マスタ基準信号から発生する。8
0MHzのクロック信号は正確なIF周波数基準及びRF周波数基準とし
てモデム19及びRFU21が使用している。16KHzのクロック信号
はすべての基地局周波数による伝送に対するシンボル・レートタイミング
を供給する。45msecのマーカ信号は,新しいフレーム内の最初のシ
ンボルを付与するために使用される。このマーカ信号は1シンボル・タイ
ム(62.5μsec,1/16000Hzに等しい)の期間だけアクティブ
である。基地局内の周波数チャンネルはすべて,伝送に際して同一時間基
準を使用する。3つのタイミング信号(80MHz,16KHz,及びフ
レーム開始{SOF}マーカ)は基地局内の各モデム19に供給される。
モデム19は,同一の直列接続送信受信チャンネル対内のCCU18及び
RFU21に適切なクロック信号を分配する。CCU18はこの16KH
z及びSOFマーカを使用して当該周波数についての現フレーム構造に従
って音声の伝送のタイミングをとりかつシンボルを制御する。」
エ「【0052】基地局内の受信タイミングは,基地局の送信タイミング
と原則的に同一である。即ち,SOFマーカとシンボル・クロック信号は
送信信号と受信信号との間で正確に並んでいなければならない。しかし,
完全なタイミング同期は加入者局の伝送から期待できないので,基地局の
モデム19の受信タイミングは加入者局からの入力シンボルに整合しなけ
ればならない。これは基地局モデム19の受信機能のサンプリング期間が
加入者局から受信中のシンボルについて最良予測をもたらすために必要で
ある。モデム19の受信機能にインタフェースしているCCU18内の小
容量弾性バッファはこのわずかなタイミング・スキューを補償してい
る。」
オ「【0053】全システム内の加入者局はその時間基準を基地局のマス
タ・タイム・ベースに同期させている。この同期は,加入者局が基地局か
らのRCCメッセージを使用することによって基地局時間基準を最初に取
得する多段階手順によって達成される。この手順は以下に説明してあ
る。」
カ「【0054】いったん加入者局が基地局から時間基準を最初に捕捉完
了すると,加入者局モデム30a,30b,30cの復調器内のトラッキ
ング・アルゴリズムが加入者局の受信タイミングを正確に保持する。加入
者局は,加入者局の位置に起因する伝送往復遅延を相殺するための小時間
量だけ自己の伝送を基地局に対して進める。この方法による結果,基地局
が受信中であるすべての加入者局からの伝送は相互に正しい位相関係にあ
ることになる。」
キ「【0107】5.加入者局のCCU29は,モデムからAMストロー
ブにより粗シンボル・タイミング調整を受信完了している。周波数捕捉及
びビット同期のあと,CCUはモデムが受信したデータを検査しかつRC
Cユニーク・ワードを探索する。このユニーク・ワードは,フレームに対
する絶対シンボル・カウント基準を与える。これにより,CCUはそのシ
ンボル・カウンタを調整してこれらカウンタをこの基準に整列させる。加
入者局はこの時点で整列がとれかつ基地局伝送システム・タイミング(周
波数及びシンボル・タイミングとも)にロックする。」
ク「【0108】6.システム・タイミング捕捉の残余の部分は,基地局
と加入者局との間の距離遅延を決定する。この遅延はシステムにおいて0
~1.2シンボル時間(片道)の範囲をとることができる。呼のセット・
アップ時,加入者局はRCCを通して基地局にメッセージを送る。」
ケ「【0110】8.各スロットの期間中に基地局モデム19は高速AG
C調整を行い最初の60個のシンボル期間中にビット・タイミング推定を
実行する。受信部クロック信号は加入者局の距離遅延を補償するために調
整される。受信データは次に基地局のCCU18に引き渡される。CCU
18はストリーム中のユニーク・ワードの記憶位置を検出しかつ基地局と
加入者局との間の整数部距離遅延を算定する。モデム19は,加入者局の
TX電力調整の算定のため,AGC情報をCCU18に引き渡す。モデム
19はさらにリンク品質及び微小時間情報をCCU18に供給する。リン
ク品質は衝突発生の存否の判定のために使用される。リンク品質の測定結
果が悪い場合は,RCCスロットについて1局を越える加入者による同時
伝送におそらく起因して信号の質が不良であったことを示している。微小
時間推定値は,基地局と加入者局との間の微小距離遅延についてモデム1
9が計算した値である。」
コ「【0111】9.この電力及び距離遅延情報はCCU18によって処
理されPRU20に送られる。RPU20はこの情報をRCC形式に形式
化し,この情報をRCC制御スロットにより加入者局に伝達する。加入者
局のCCU18はこの情報をデコードし,モデム19及びCCU18の両
方の送信電力及び距離遅延カウンタに所要の調整を行う。CCU18は自
己の整数部TXシンボル・フレーム・カウンタを更新しかつモデムのTX
クロック微小遅延カウンタを更新する。」
(2)上記アの記載に照らせば,当初明細書に記載された発明において,複数の
時間スロットを複数のフレームの各々が含むものであることは,明らかであ
る。
(3)上記イ~カの記載に照らせば,当初明細書に記載された発明において,全
システムに対するマスタ・タイミング・ベースは基地局によって作られ,加
入者局のシンボル・タイミング,フレーム・タイミングはこのタイム・ベー
スに同期し(上記イ),基地局内の周波数チャンネルはすべて,伝送に対し
て同一時間基準が使用され(上記ウ),基地局内の受信タイミングは,基地
局の送信タイミングと原則的に同一であり(上記エ),システム内のすべて
の加入者局は,その時間基準を基地局のマスタ・タイム・ベースに同期し
(上記オ),さらに,加入者局は,加入者局の基地局からの距離に起因する
伝送往復遅延を相殺するための小時間量だけ自己の伝送を基地局に対して進
める(上記カ)ようになされているということができる。
(4)上記キ~コの記載に照らせば,当初明細書に記載された発明において,加
入者局が,加入者局の基地局からの距離に起因する伝送往復遅延を相殺する
ための小時間量だけ自己の伝送を基地局に対して進める具体的な手順は,ま
ず,加入者局の時間基準を基地局タイミングに合わせ(上記キ),その後,
加入者局と基地局との距離遅延を決定し(上記ク),具体的には,基地局に
おいて距離遅延を算定し(上記ケ),この算定結果を加入者局に伝達し,加
入者局はこの情報に基づいて伝送の調整をする(上記コ)ことにより,加入
者局の基地局からの距離に起因する伝送往復遅延を相殺するための小時間量
だけ自己の伝送を基地局に対して進めることが実現されるというものである。
3本件補正事項について
(1)補正請求項5には,本件補正事項1のほかに,「相互接続手段で前記順方
向情報を前記周波数チャンネルの一つの時間スロットに配置するディジタル
電話システムにおいて,前記逆方向情報を前記順方向情報対応の時間スロッ
トからずれた所定の時間スロットに自動的に配置する」との記載がある。
ここで,「逆方向情報を順方向情報対応の時間スロットからずれた所定の
時間スロットに自動的に配置する」目的は,当初明細書の前記1(1)オ,ク,
ケの記載に示されるとおり,基地局と各加入者局間の距離に相当する遅延時
間分だけ,各加入者局からの伝送タイミングを調整することにより,基地局
と各加入者局との距離に起因するデータの伝送遅延を相殺し,基地局におい
て受信する信号の位相をそろえ,同期のとれた通信を可能とすることにある
と理解することができる。
補正請求項5における上記の記載及び目的に照らせば,本件補正事項1に
おける「始点が一致するように互いに同期した複数のフレーム」とは,各加
入者局から受信した信号の各々のフレームの始点が基地局において一致する
という趣旨と解すべきものである。
(2)補正請求項6には,本件補正事項2のほかに,「前記基地局と前記加入者
局との間の前記方向と逆の方向の情報信号の送信を前記割当てによる割当て
時間スロットからずれた所定の時間スロットで自動的に行う過程」との記載
があり,ここで「逆の方向の情報信号の送信」を「割当て時間スロットから
ずれた所定の時間スロット」で行う目的は,当初明細書の前記1(1)カ,ケ,
コの記載に示されるとおり,基地局と各加入者局間の距離に相当する遅延時
間分だけ,各加入者局からの伝送タイミングを調整することにより,基地局
と各加入者局との距離に起因するデータの伝送遅延を相殺し,基地局におい
て受信する信号の位相をそろえ,同期のとれた通信を可能とすることにある
と理解することができるから,本件補正事項2における「始点が一致するよ
うに互いに同期した複数のフレーム」についても,上記(1)と同じく,各加入
者局から受信した信号の各々のフレームの始点が基地局において一致すると
いう趣旨と解すべきである。
(3)以上のとおり,本件補正事項における「始点が一致するように互いに同期
した複数のフレーム」とは,各加入者局から受信した信号の各々のフレーム
の始点が,基地局において一致するという趣旨である。
4本件補正事項が当初明細書に記載されたものであることについて
以上説示したところによれば,当初明細書に記載された発明において,伝送
往復遅延が相殺された状態では,基地局において,RFリンクの各周波数チャ
ンネルないし各送信チャンネルは,複数の時間スロットを各々が含み始点が一
致するように互いに同期した複数のフレームを備えているということができる。
そうすると,本件補正事項は,当初明細書に記載された事項の範囲内におい
て特許請求の範囲を補正するものにすぎず,明細書の要旨を変更するもの(同
法53条1項)ということはできない。
5被告の主張について
(1)被告は,当初明細書の段落【0051】における「完全なタイミング同期
は加入者局の伝送から期待できないので,基地局のモデム19の受信タイミ
ングは加入者局からの入力シンボルに整合しなければならない。これは基地
局モデム19の受信機能のサンプリング期間が加入者局から受信中のシンボ
ルについて最良予測をもたらすために必要である。モデム19の受信機能に
インタフェースしているCCU18内の小容量弾性バッファはこのわずかな
タイミング・スキューを補償している。」との記載,及び当初明細書の段落
【0459】~【0461】における,多くの遅延源が原因で,基地局にお
けるRXスロットとTXスロットとに約4シンボル分のスキューが生じる,
との記載内容を捉えて,当初明細書には基地局における各周波数チャンネル
のフレームの開始点は一致しないと記載されていると主張する。
しかしながら,当初明細書の段落【0051】における上記記載は,本願
発明の前提となる同期技術に関し,生じるわずかなタイミング・スキュー
(位相ずれ)を基地局のモデムのバッファで補償することを説明しているに
すぎず,基地局においてRFリンクの各周波数チャンネルの時間スロットの
始点が一致することと何ら矛盾しない。
また,当初明細書の段落【0459】~【0461】の記載は,段落【0
431】から始まる「モデム」についての説明に関するものであり,モデム
は各種フィルタによる遅延処理を含むことから伝送遅延の原因となり,スキ
ュー(位相ずれ)を起こすので十分な配慮が必要であることを述べているに
すぎず,本件補正事項とは直接関係がない。
そもそも,補正請求項5及び6は,加入者局の基地局からの距離に起因す
る伝送往復遅延を相殺することによってフレームの始点を一致させることを
規定しているにとどまり,それを超えて,モデム等における伝送遅延に伴う
位相ずれも補償して,フレームの始点を「完全に一致」させることまで規定
するものではない。
(2)被告は,さらに,本件補正事項の「複数の時間スロットを各々が含み始点
が一致するように互いに同期した複数のフレーム」については,上記ケース
1のほかに,ケース2及び3が想定できるところ,このような場合は起こり
えないから,当初明細書に記載されたものではないと主張する。
しかしながら,前記2において説示したとおり,本件補正事項における
「始点が一致するように互いに同期した複数のフレーム」とは,各加入者局
から受信した信号の各々のフレームの始点が基地局において一致するという
趣旨であるから,ケース2及び3についての被告の主張は,本願発明を正解
しないものというべきである。
(3)したがって,本件補正事項が当初明細書に記載されたものとはいえないと
する被告の主張は,採用することができない。
6結論
以上のとおり,本件補正事項は,当初明細書に記載された事項の範囲内にお
いて特許請求の範囲を補正するものにすぎず,明細書の要旨を変更するものと
いうことはできないものというべきである。したがって,本件補正事項は,当
初明細書に記載されておらず,また,当初明細書の記載からみて自明の事項で
もないとした本件決定の認定判断は誤りであり,この誤りが本件決定の結論に
影響することは明らかであるから,本件決定は取消しを免れない。
よって,原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
三村量一裁判長裁判官
嶋末和秀裁判官
沖中康人裁判官

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