弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人岩佐善巳、同春田一郎の上告理由について。
 原判決が確定した事実によると、被上告人は、訴外D商事株式会社に対して一、
六二七、五〇〇円、訴外E商事株式会社に対して一、二三二、八〇〇円の各確定判
決による債権を有していたので、右各債権に基づき右各訴外会社が第三債務者らに
対して有していた本件各債権を差し押えたところ、その頃、被上告人の右各差押と
相前後して、各訴外会社の他の債権者らもその有する各債権に基づいて右被差押債
権につき競合して差し押えたため、第三債務者らは右被差押債権の全額を供託し、
かくて、配当手続となつて東京地方裁判所昭和三元年(リ)第一一六号、同年(リ)
第一一七号、同年(リ)第一二一号、昭和三二年(リ)第三〇号各事件として係属
したことは、本件当事者間に争いがなく、また、被上告人は弁護士高橋秀雄(被上
告代理人)を代理人として右執行手続を進めていたものであり、弁護士高野亦男は
執行債務者たる前記各訴外会社の代理人であつたところ、右各訴外会社の代表取締
役Fが、被上告人に無断で、右手続について被上告人より高野弁護士に代理権を授
与する旨の被上告人名義の委任状一通を偽造して同弁護士に交付し、同弁護士は右
委任状により執行債権者たる被上告人からも代理権を授与されたものとして、他の
債権者らの代理人弁護士唐沢高美らとともに、本件各配当事件における前記供託金
全額を債権者の一人である訴外Gに配当されても異議がない旨各債権者および債務
者間に示談が成立した旨を記載した協議書なる文書を作成し、これを昭和三二年七
月三〇日東京地方裁判所に提出したこと、そこで、本件各配当事件の担当裁判官は、
右のとおりに示談が整つたものとして配当期日を同年八月三日と指定したが、右指
定の告知は被上告人に関しては高野弁護士にだけなされたこと、右配当期日におい
て、同弁護士は債務者たる各訴外会社および債権者たる被上告人の双方の代理人と
して出頭し、他の債権者らの代理人とともに、担当裁判官に対し配当協議書どおり
の配当表の作成を求め、同裁判官はこれに基づいて法定の優先順位その他にかかわ
りなく本件各供託金をいずれも右Gに全額配当する旨の各配当表を作成してその実
施を命じたこと、かくして、Gは同月五日本件各配当事件の供託金全額五、九二五、
〇一〇円を東京法務局供託課から受領したが、被上告人はそのうちからなんらの分
配をも受けなかつたため、もし正当な配当手続が実施されたとすれば当然に受けえ
たものと認められる配当額九三三、三一七円相当の損害を被つたこと、以上のこと
がいずれも認められるというのである。
 原審は、右事実関係に基づき、金銭債権についての強制執行の配当手続において
は、配当期日における債務者の陳述した意見は、それ自体として配当の実施に関し
拘束的効果を有するものではないが、右意見が各債権者に反映し、その結果債権者
よりの異議の申立がなされる余地があるから、その意味で債務者は債権者の権利の
消長に影響を及ぼし、かつ利害の対立する地位にあるものということができるし、
ことに、本件においては、債権者たる被上告人には従来別に高橋弁護士が代理人と
なつて手続に関与していたのであるから、その辞任・解任等がないのに、相手方た
る債務者の代理人高野弁護士が卒然として債権者たる被上告人の代理人として出現
するがごときことは、異常の現象というを妨げないから、代理権の存否および適否
について職権調査の義務を負う裁判所としては、当然これを疑問とし、被上告人本
人あるいはその代理人を直接審問する等適当な方法をもつて、本件委任状が形式上
の要件を具備しているか否かを調査するのみでなく、果して当事者が双方代理の事
実を認識しながら真に代理権を授与したものか否かについての調査をなすべきであ
つたというべきであり、もし担当裁判官においてかかる措置をとつていたならば、
本件委任状が偽造であつて真実授権のなかつたことをたやすく発見できたことは推
測にかたくないから、担当裁判官には偽造委任状の存在を看過した過失があり、し
たがつて、上告人国にはこれがため被上告人の被つた前記損害を賠償すべき義務が
あるとしているのである。
 思うに、金銭債権についての強制執行の配当手続においては、前記原判示の程度
の債権者・債務者間の利害の対立はあるにせよ、主たる利害の対立はむしろ競合す
る債権者相互間において存するものであるのみならず、同一人の弁護士が債権者・
債務者の双方を代理して右手続に加わつても、双方の本人がそのことを知悉しなが
ら真実これに同意しているならば、その代理行為が民法上の双方代理禁止に関する
同法一〇八条の規定と同様の法理によつて無効であるとすることはできないと解さ
れるし(なお、本件のような配当手続は、確定された債務の履行に準ずるものとし
て、そもそも民法一〇八条但書の場合にあたるとするような解釈さえ生ずる余地が
ないわけではない。)、また、弁護士法二五条一、二号に違反するものとしてその
効力を否定することもできない(昭和三五年(オ)第九二四号、最高裁昭和三八年
一〇月三〇日大法廷判決、民集一七巻九号一二六六頁参照)というべきである。既
に訴訟代理人を選任している当事者が、その後追加的に他の代理人を選任すること
も時としてありうることであるし、そして、基本的人権を擁護し、社会正義を実現
することを使命とする(弁護士法一条一項)弁護士の地位にかんがみれば、弁護士
はその依頼者から受任する際に慎重な代理権の確認を行なう職責を持つものという
べきであり、訴訟代理権の有無が職権調査事項であることはいうまでもないが、当
該弁護士が自己の訴訟代理権を主張してこれにそう委任状を提出している場合には、
裁判所としては、その代理権につき依頼者たる本人に対して一々確認しなくとも、
その真偽を疑わせるような特段の事情のないかぎり、真正の代理権が存在するもの
として取り扱えば足りるものというべきである。本件において、前記のような原審
認定の事実関係、ことに、前示本件配当手続の性質、本件甲六号証(委任状)およ
び甲七号証(協議書)の体裁およびその内容(とくに、甲七号証には、Gが受領し
た金員は、銀行に預金のうえ、弁護士唐沢高美、同高野亦男ほか三名が信義と良識
に従い各債権者に配当する金額を決定して配当する旨記載されている。)等からす
れば、債権者・債務者の双方を同一の弁護士が代理することは稀なことであるとし
ても、いまだ高野弁護士が提出した本件委任状が偽造であるかどうかを担当裁判官
において疑つてみるべき注意義務があるといえるほどの特段の事情があるものとは
到底認めがたい。
 してみれば、前記のように、本件担当裁判官の措置に過失があるものとして、上
告人国に対して被上告人の被つた損害の賠償を命じた原判決には、法令の解釈適用
を誤つたか、もしくは、審理を尽さざる違法が存するものといわなければならない。
したがつて、論旨は理由があるというべく、原判決はこの点において破棄を免れな
い。そして、本件は前記特段の事情の有無につきなお審理を要するものと認められ
るから、原審に差し戻すことを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外

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