弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主     文
1 被告が平成11年6月22日になした額面普通株式860株の新株発行を無効とす
る。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,それぞれを各自の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告が平成11年6月22日になした額面普通株式860株の新株発行を無効とす
る。
2 被告が平成12年4月14日になした額面普通株式540株の新株発行を無効とす
る。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,被告の株主である原告が,被告が平成11年6月22日になした新株発
行及び平成12年4月14日になした新株発行をいずれも無効とすることを求めた事
案である。
1 争いのない事実
(1)被告は,昭和63年に設立された株式会社であり,原告は,被告会社の株主で
ある。
(2)訴外A,同B及び原告の3名は,平成11年4月17日当時,被告の取締役の地
位にあり,かつ,当時の取締役はその3名のみであった。
(3) 被告は,平成11年4月17日午前10時30分ころ,取締役会を開催し,同取締
役会において,下記のとおりの内容の新株発行(以下「平成11年6月22日の新
株発行」という。)の決議をした,と主張する。
① 発行する新株  額面普通株式860株
② 発行価額    1株につき金5万円
③ 払込期日    平成11年6月21日
④ 新株引受人   200株 C株式会社
200株 D株式会社
140株 有限会社E
88株 A
172株 B
20株 F
20株 G
20株 H
⑤ 上記新株発行は,株主総会の特別決議による承認があることを条件と
する。
(4)被告は,平成11年5月6日午前10時30分,株主7名の全員出席にて,臨時
株主総会を開催し,下記の議案について全員一致により承認可決した,と主張
する。
議案株主以外の者に対し,新株を発行する件
議題の詳細
① 発行する新株 額面普通株式860株
② 発行価額   1株につき金5万円
③ 払込期日   平成11年6月21日
④ 新株引受人  200株 C株式会社
200株 D株式会社
140株 有限会社E
88株 A
172株 B
20株 F
20株 G
20株 H
(5) 被告の平成11年5月6日当時の発行済株式総数は300株であり,原告は,
当時,少なくとも111株有する被告の株主であった。
(6) 被告は,平成12年4月14日540株の新株を発行した(以下「平成12年4月1
4日の新株発行」という。)と主張し,同年5月10日
発行済株式総数   1700株
資本の額   8500万円
として,変更登記を了した。
なお,平成12年4月14日の新株発行における新株の引受人の内訳は次の
とおりである。
A 120株
B 116株
有限会社E    84株
H  70株
I  10株
G  70株
F  70株
計    540株
2 争点
(1) 平成11年6月22日の新株発行について
ア 平成11年6月22日の新株発行について通知・公告がなされているか。
(被告の主張)
被告は,原告を含む全株主に対し,平成11年5月6日開催の臨時株主総
会の開催通知をしており,その際に,株主以外の者に対し新株を発行する旨
の通知をしている。その他,個別に各株主に対し,同臨時株主総会の開催前
に事情説明を口頭でしている。
(原告の主張)
被告は,平成11年6月22日の新株発行についての新株発行事項につい
て,原告その他の株主に通知をしておらず,原告は被告からこれに関する通
知を受けていない。また,被告は,同新株発行について新株発行事項を原告
その他の株主に知らせるための手段を何ら講じていない。
イ 平成11年6月22日の新株発行について株主総会決議がなされているか。
(被告の主張)
被告は,平成11年5月6日午前10時30分,株主7名の全員出席(委任状
出席の者も含む。)にて,臨時株主総会を開催し,下記の議案について全員
一致により承認可決した。なお,原告も同臨時株主総会に出席している。
議案株主以外の者に対し,新株を発行する件
議題の詳細
① 発行する新株 額面普通株式860株
② 発行価額   1株につき金5万円
③ 払込期日   平成11年6月21日
④ 新株引受人  200株 C株式会社
200株 D株式会社
140株 有限会社E
88株 A
172株 B
20株 F
20株 G
20株 H
また,被告は,各株主に対し,平成11年4月19日ころ,平成11年5月6日
開催の臨時株主総会の招集通知を行っている。
(原告の主張)
被告において,平成11年5月6日になされたと主張する臨時株主総会決議
は存在しない。そもそも,前記日時に,株主7名が集まり,株主総会を開いた
事実はなく,仮に,前記日時に何名かの株主が集合したとしても,それは商法
上の株主総会ではない。被告は,株主に対し,同臨時株主総会の招集通知を
発送しておらず,原告は,同株主総会の開催を知らず,同株主総会に出席す
る機会を与えられていない。
ウ 平成11年6月22日の新株発行について取締役会決議がなされているか。
(被告の主張)
被告は,平成11年4月17日午前10時30分ころ,取締役会を開催し,か
つ,同取締役会において,下記のとおりの内容の新株発行の決議をした。
① 発行する新株  額面普通株式860株
② 発行価額    1株につき金5万円
③ 払込期日    平成11年6月21日
④ 新株引受人   200株 C株式会社
200株 D株式会社
140株 有限会社E
88株 A
172株 B
20株 F
20株 G
20株 H
⑤ 上記新株発行は,株主総会の特別決議による承認があることを条件と
する。
また,同取締役会の数日前にAから取締役であるB及び原告に対し,同取
締役会開催を口頭で通知している。
(原告の主張)
被告において平成11年4月17日になされたと主張する取締役会決議は存
在しない。
被告が,上記期日に上記議題をもって取締役会を開催した事実はなく,被
告が,同取締役会が開催される旨の通知をなしたことはなく,原告が通知を受
けたこともない。
エ 平成11年6月22日の新株発行は著しく不公正な方法によるものではないと
いえるか。
(被告の主張) 
被告は,平成10年ころから新社屋を持ちたいという希望を有し,同年末こ
ろから平成11年初めころ,新社屋の敷地建物等取得のために具体的な準備
を始め,自己資金として5000万円が必要となった。そのころ,被告の取引先
であるJ株式会社から支払サイトを1か月短縮をする旨申し出られ,このため
に1億円が必要となった。そのため,1億円のうち8000万円についてはJに
対する積立金を取り崩すことによって充当することにしたが,残り2000万円
をJに支払う必要が生じ,上記5000万円と合わせて合計7000万円の資金
調達が必要となった。ところが,受権資本の関係で被告はとりあえずは4500
万円の増資しかできないことがわかったので,新株発行を2回に分けて行い,
まず新株発行によって4300万円を増資し,2回目の新株発行によって,約3
000万円を増資する計画を立てた。被告は,この計画に基づいて平成11年
6月22日の新株発行及び平成12年4月14日の新株発行をそれぞれ行った
ものである。
原告は,平成11年3月に被告に2000万円を貸し付けていたことから,1
回目の増資には参加せず,2回目の増資の際に2000万円の返済を被告か
ら受けてこの金員をもって出資する予定であった。しかし,原告は,2回目の
増資の際に,新株引受の機会を与えられながら,新株の引受けをなさなかっ
たのである。
(原告の主張)
被告は,平成11年6月22日の後である同月24日午前10時から,定時株
主総会を開催したと主張し,「取締役改選の件」として,取締役に,原告を除く
訴外A,同B,同G,同F,同Hを選任する旨,ならびに「退職慰労金支給の件」
として,原告に退職慰労金を支給しない旨決議したと主張している。しかしな
がら,被告は株主に対し,前記定時株主総会に関する法定の招集通知を発
送していない。また,原告は,前記定時株主総会の招集通知を受け取ってお
らず,同株主総会の開催を知らず,出席する機会を与えられていない。
以上の事実経過を概観すれば,被告が商法の定めに違反してまでも,本
件新株発行を強行したのは,被告の代表取締役であるA及び同人の妻である
Bが,Aの弟である原告を被告の意思決定から排除し,かつ,原告の所有株
式の保有する財産的価値を低下させ,会社支配権を無意味ならしめようとす
る意図に基づくことは明らかである。
(2) 平成12年4月14日の新株発行について
ア 平成12年4月14日の新株発行について通知・公告がなされているか。
(被告の主張)
被告は,平成12年3月17日付けで原告も含めた全株主に対し,「株主各
位」と題する書面と「株主申込証」と題する書面によって,同年2月16日の臨
時株主総会の決議に基づき新株発行すること,申込取扱期間を平成12年4
月10日から同月13日まで,払込期日を同月13日とすることを通知をしてお
り,原告は,同月3日,同両書面を受け取っている。
(原告の主張)
平成12年4月14日の新株発行については,商法280条ノ3ノ2に定める
新株発行事項の通知・公告がなされていない。
イ 平成12年4月14日の新株発行について株主総会決議及び取締役会決議
がなされているか。
(被告の主張)
被告は,同年2月16日開催された臨時株主総会で,新株発行を決議して
いる。ただし,その時点では,申込取扱期間が同月25日から同月28日まで,
払込期日は同年3月2日とされていた。ところが,同年2月23日に原告から新
株発行差止めの仮処分申請が出され,同年3月1日に同仮処分申請につい
て却下決定が出た。同仮処分申請に対する対応のために被告の新株発行手
続事務が停滞し,原告への新株発行についての通知が届かなかったこともあ
り,被告は,同新株発行の払込期日を同年3月2日とすることを断念し,同月
13日に取締役会を開催し,同取締役会において,あらためて同年2月16日
の臨時株主総会の決議に基づき新株発行すること及び同新株発行について
申込取扱期間を平成12年4月10日から同月13日まで,払込期日を同月13
日とすることを決定した。
(原告の主張)
平成12年4月14日の新株発行については,その発行事項を定める取締
役会,株主総会が,いずれも存在しない。
同新株発行は,原告の新株引受権を無視してなされたものであり,それに
対応する株主総会決議は存在しないという点からも,商法280条の5の2に
違反して無効である。
ウ 平成12年4月14日の新株発行は著しく不公正な方法によるものではないと
いえるか。
(被告の主張)
前記(1)エ(被告の主張)記載のとおり
(原告の主張)
平成12年4月14日の新株発行は,1160株の各株主について1株当たり
0.6株の新株引受権を与えるとともにIに10株,Gに58株,Fに58株,Hに5
8株の新株引受権を与えるというものである。
これによれば,1株あたり0.6株の新株引受権の割当てで696株,その他
の割当てで184株が増え,被告の株式数は,合計2040株となりうるのであ
るが,株主のうちC株式会社(以下「C」という。)とD株式会社(以下「D」とい
う。)については,前回の新株発行時に,3年間で500台の新台を発注すると
いう約束をして被告が無理に新株を引き受けてもらったという経緯があり,そ
の約束の実行が完了されなければ,同社らの新たな新株引受はあり得なかっ
た。したがって,これを前提とすると,その他の株主が全員,新株を引き受け
たと仮定しても,実際には,被告の発行済株式の合計が1800株を超えるこ
とはあり得ないのであり,平成11年6月22日の新株発行後の株主のうち,被
告代表取締役であるAその他の会社内部関係者が,新株の引受けをすると,
次のように,会社内部関係者の持株数合計は900株を超え,被告の発行済
株式の過半数を確保できる計算となる。
A  201株+120株    =321株
B  194株+116株    =310株
H   20株+ 12株+58株= 90株
F  20株+ 12株+58株= 90株
G   20株+ 12株+58株= 90株
I            10株= 10株
計 455株  +456株  =911株
そして,実際にも,上記計算どおりの引受けがなされている。
被告は,設立以来,順調に売上げをのばし,初期投資の赤字も平成10年
には解消し,発展の途上にあり,平成12年当時,被告が資金調達をしなけれ
ばならない必要は全くなかった。
したがって,同新株発行は,最大1800株の内,会社内部関係者で過半数
を占めることのみを目的とした不公正な新株発行にほかならない。
さらに,同新株発行は,効力が争われている平成11年6月22日の新株発
行によって引き受けられた新株にさらに新株を発行しようとするものであり,こ
の意味においても,著しく公正を害するものである。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)アについて
株式会社は,新株発行に際して,払込期日の2週間前までに新株の額面無額面
の別,種類,数,発行価額,払込期日及び募集の方法を公告し又は株主に通知す
ることが必要とされるところ(商法280条ノ3ノ2),被告において同法280条ノ3ノ2
の定める公告又は通知(以下,公告又は通知を「公示」という。)を行ったと認める
に足りる証拠はない。
ただし,第三者に対する有利発行について株主総会の特別決議を経ている場合
には,新株の額面無額面の別,種類,発行株式数及び最低発行価額について株
主総会の特別決議がなされ,株主総会の招集通知に議案の要領が記載されて,
同法280条ノ3ノ2の定める公示を行わなくても株主に差止請求の機会が与えられ
ることから,会社は同法280条ノ3ノ2の定める公示を行う必要はないとされている
(同法280条ノ3ノ3第1項)。そして,同法280条ノ3ノ3第1項の上記趣旨に照ら
せば,当該新株発行が第三者に対する有利発行に該当するか否かにかかわら
ず,同法280条ノ2第2項及び同第3項等の所定の手続に従って株主総会の特別
決議がなされている場合には,会社は同法280条ノ3ノ2の定める公示義務を免
除されると解するのが相当である。
そこで,以下,平成11年6月22日の新株発行について株主総会の決議がなさ
れているか(争点(1)イ)について検討する。
2 争点(1)イについて
被告は,平成11年5月6日,臨時株主総会を開催して同年6月22日の新株発
行について前記第2項2(1)イ記載のとおりの新株発行事項を決議し,同株主総会
については,同年4月19日ころ,株主に対し招集通知をしていると主張し,被告代
表者Aは,本人尋問において,上記主張に沿う供述及び臨時株主総会の開催日を
同年5月6日とすることは原告が提案したもので,原告に対しては口頭で同株主総
会の開催を知らせてある旨供述する。
しかしながら,同年5月6日開催の臨時株主総会の議事録(乙3)の原告ら取締
役名下の押印は,原告本人尋問の結果及び被告代表者本人尋問の結果等によ
れば,Aが,自己の保管する印鑑を用いて押印したものであることが認められる
上,同押印は原告の承諾を得て行ったものであるというAの供述については,これ
を裏付ける証拠はなく,原告の供述に照らしてにわかに信用できないことから,こ
の議事録の存在をもっては,上記株主総会決議があったというAの供述を裏付け
るには足りないと言わざるを得ない。また,平成11年4月19日付けの同年5月6
日開催の臨時株主総会についての株主宛の招集通知の書面(乙2)や同臨時株
主総会における一切の権限を当日の議長に委任する旨が記載されたK,L,M,株
式会社N作成の同年4月21日又は同月22日付けの委任状(乙4の1ないし4)に
よれば,Aが,同年5月6日に臨時株主総会を開催することを当時の株主である
K,L,M,株式会社Nに通知していたことは認められるが,これら証拠によっても,
原告に対しても同臨時株主総会の開催を通知していること,同年5月6日に原告出
席の下実際に臨時株主総会が開催されていること,同株主総会において被告主張
の新株発行事項が決議されていることまでは裏付けるに足りず,他にAの上記供
述を裏付けるに足りる証拠はない。
むしろ,証人Oの証言によれば,①平成10年秋ごろ,D名古屋支店の支社長P
が,被告において増資の計画があったら積極的に声を掛けてもらいたい旨をAか
原告に話したことがあったこと,②平成11年1月中旬ころ,Q協議会東海支部の賀
詞交換会において,Dの第二営業部長であったOが,原告に対し,被告において増
資の計画があったら積極的に声を掛けてもらいたい旨を話したことがあったこと,
③同年4月28日,原告から申し出があったため,Oが名古屋ヒルトンホテルにおい
て原告と会ったところ,原告から,被告において増資を計画しており,Dに200株
(引受額1000万円)の新株を引き受けて欲しい旨の話があり,Oは,「Pは,連休
明けの5月8日に出社しますので,その際に支社長に相談してみます。」と回答した
こと,④同年4月28日の前記面談において,Dははじめて被告に増資の計画があ
ることを知ったこと,⑤同年5月10日,DのP,Oらは,被告の本社事務所を訪問し
てA及び原告と面談をし,その席で,Aから正式に被告への資本参加の要請を受
け,Aから新株発行についての具体的な説明を受け,Pらは,Aらに対し,「他社へ
の資本参加は支社内で判断できる範ちゅうのものではなく,本社役員会で決済を
受ける事項なので,決済伺いをしてみる。出資ができるということは確約できない」
旨を回答したこと,⑥同年5月15日,DのO及び同社課長のRが,本社からの指示
で,資本参加の検討をするため,被告の過去の決算内容,営業業績等の調査のた
めに被告を訪問し,Oらは,来訪の趣旨を伝えた上で,A及び原告らから,被告の
決算内容等の情報を入手したこと,⑦Dにおいては,同年6月7日に,本社役員会
で被告に資本参加をする旨の決裁が出,同日以降,被告の新株を引き受ける手続
きを進めて,同月21日に新株引受のための払込金を送金したことが認められ,こ
の認定事実に照らせば,同年5月6日の時点で,Dに200株の新株引受権を与え
る等の内容を含んだ新株発行の決議をするというのは不合理であり,上記認定及
び原告の供述に照らせば,同年5月6日に株主総会を開催して,原告,A,B出席
の下,新株発行を決議したというAの供述は信用しがたい。
なお,Aは,O作成の陳述書が原告から証拠として提出された後に,陳述書にお
いて,同年4月下旬ころに,原告から「S株式会社の新株の引受けは駄目だったが
Dは1000万円の新株を引き受けてもよいと言っている」旨報告を受けたことから,
Dに200株の新株を割り当てることとしたもので,同年5月10日にDのP,Oらと面
談した際には,すでに株主総会で新株発行を決議していることをPらに言うことがで
きずに困ったが,Pらの話は,新株の引受けを前向きに検討するが正式な決定に
は少し時間が掛かるというものであったから,結論が覆ることはないと受け止めた
と供述し,本人尋問においては,陳述書に沿った供述をすると共に,原告から上記
報告があったのは同年4月初旬ころで,同年5月10日DのPらの話を聞いて,原告
から報告を受けたこととニュアンスが違うかなという気がした等と供述している。し
かしながら,上記認定のDと被告との交渉経過に照らして,同年4月の時点で,原
告がDが1000万円の出資に応じる旨をAに報告するというのは不自然,不合理で
ある上,Oの証言に照らせば,同年5月10日及び同月15日におけるDのO,Pら
の言動は,Aにおいて,Dの1000万円分の新株引受はほぼ確実であると受け止
めることができるようなものとは到底考えられず,また,同年5月10日や同月15日
に,被告の取締役会,株主総会においてすでに200株分の新株引受権をDに与え
ることを決議しているという重要な事柄を,AがPやOらに一切話をしなかったという
のも不自然であって,Aの供述は,これらの点も含めて措信しがたい。
したがって,平成11年6月22日の新株発行について同年5月6日に株主総会
決議がなされたというAの供述は信用できず,他に同決議の存在を認めるに足りる
証拠はないことから,平成11年6月22日の新株発行について株主総会決議がな
されているとは認めることができない。
なお,上記のとおり,株式会社N等から同年4月21日ころ同年5月6日開催の臨
時株主総会について委任状が被告に提出されていることは認められるが,被告に
おいては,Tに対する4000万円の借入金返済のための資金調達のために同年6
月までに新株発行によって4300万円の増資をするということ自体は平成11年2
月ころから計画されていたと認められ(原告本人,被告代表者本人),Aが,具体的
な新株引受予定者が未だ定まっていない時点で,新株発行決議のための株主総
会の開催日を一応同年5月6日として,欠席が予想される株主から委任状を徴収し
ておくということはあり得ることであるから,このような委任状が存在することは,同
年5月6日に新株発行の株主総会決議があったとは認められないという上記認定
を左右するものではない。
以上から,被告が法定の手続きに従って株主総会の特別決議を経て新株発行
を行ったとは認められないから,被告においては,新株発行に関する事項の公示
(同法280条ノ3ノ2に定める公告又は通知)をなすべき義務があったと解される。
しかしながら,前記1記載のとおり,被告が,平成11年6月22日の新株発行につ
いて新株発行に関する事項の公示を行っているとは認められない。
新株発行に関する事項の公示(同法280条ノ3ノ2に定める公告又は通知)は,
株主が新株発行差止請求権(同法280条ノ10)を行使する機会を保障することを
目的として会社に義務付けられたものであるから,新株発行に関する事項の公示
を欠くことは,新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが
許容されないと認められる場合でない限り,新株発行の無効原因となると解すべき
である(最高裁平成5年(オ)第317号同9年1月28日第3小法廷判決,最高裁平
成8年(オ)第280号同10年7月17日第2小法廷判決)。
したがって,以下,平成11年6月22日の新株発行について,新株発行差止請
求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合
といえるか,すなわち,差止めの事由がないといえるか(争点(1)ウ,エ)を検討する
こととする。
3 争点(1)ウについて
新株発行においては,取締役会の決議が必要であるところ(商法280条ノ2),
被告は,平成11年4月17日午前10時30分ころ,取締役会を開催し,かつ,同取
締役会において,前記第2項2(1)ウ記載のとおりの内容の新株発行の決議をした
旨主張し,被告代表者Aは,同日に取締役会を開催することは事前に口頭で原告
に話してあり,同日には,原告と携帯電話で話をして,上記の内容で新株を発行す
ることを決め,この話し合いをもって取締役会とする旨原告と合意したと供述する。
しかしながら,同年4月17日開催の取締役会の議事録(乙1)の原告名下の押
印は,原告本人尋問の結果及び被告代表者本人尋問の結果等によれば,Aが,
自己の保管する印鑑を用いて押印したものであることが認められるから,この議事
録の存在をもっては,実際に取締役会が開催され,議事録記載のとおりの決議が
なされたとは認められず,他にAの供述を裏付けるに足りる証拠はない。
むしろ,O証言によって認められる上記2記載の認定事実及びU株式会社から
出資を断る旨の最終的な回答を得たのは同年4月19日でS株式会社から出資を
断る旨の最終的な回答を得たのは同月23日であったという原告の供述等に照ら
せば,同月17日の時点で,被告主張のように新株引受権の具体的な割当て等を
決議したというのは不自然,不合理であって,この点に関するAの供述は信用しが
たい。
したがって,平成11年6月22日の新株発行については,商法280条ノ2第1項
の定める取締役会決議を経てなされたものであるとは認めることができず,差止事
由である法令違反がないとは認められない。
以上からすれば,争点(1)エについて判断するまでもなく,平成11年6月22日の
新株発行には,無効原因があると認められる。
4 争点(2)アについて
証拠(甲6の2,14,乙16の1ないし4,原告本人,被告代表者本人)によれば,
被告において平成12年2月16日臨時株主総会が開催され,同総会に原告も出席
したこと,同総会において,発行する新株式数は額面普通株式合計880株とし,発
行価額を1株につき5万円とし,申込取扱期間を同月25日から同月28日まで,払
込期日を同年3月2日として,従前の株主に1株当たり0.6株の新株引受権を与
え,これに加えて,H,G,Fに各58株,Iに10株の新株引受権を与えること等を内
容とする新株発行事項の決議がなされていること,被告は,同年2月16日の臨時
株主総会の決議に基づき新株を発行する旨を記載した書面及び新株の額面無額
面の別,種類,数,発行価額,払込期日等を記載した株式申込証を同年4月3日に
原告に速達の配達記録郵便で発送し,これら書面(乙16の2,3)は,同日ころ被
告に到達したことが認められる。
そこで検討するに,被告の原告に対する上記書面の交付は,その内容において
は,商法280条ノ3ノ2の定める新株発行事項の公示と認めることができるが,同
書面が原告に到達したのは早くとも同年4月3日であって,払込期日である同月1
3日の2週間前までに通知がなされたものとは認めることができない。
よって,平成12年4月14日の新株発行についても,同法280条ノ3ノ2の定め
る公示を欠くことから,新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないため
にこれが許容されないと認められる場合であるかを,以下,検討することとする。
5 争点(2)イについて
証拠(甲16の2,3,乙14の1,被告代表者本人等)によれば,被告は,平成12
年2月16日開催された臨時株主総会で,被告主張のとおりの新株発行事項を決
議した上,同年3月13日に取締役会を開催し,同取締役会において,申込取扱期
間と払込期日以外の点については同年2月16日の臨時株主総会の決議どおりに
新株発行をし,同新株発行の申込取扱期間は平成12年4月10日から同月13日
まで,払込期日は同月13日とすることを決議したことが認められ,この認定を覆す
に足りる証拠はない。
以上の認定によれば,平成12年4月14日の新株発行については,商法280条
ノ2第1項の定める取締役会決議を経ていると認めることができ,この点において
は差止めの事由はないと認めることができる。
6 争点(2)ウについて
証拠(甲7,8,乙7,17,原告本人,被告代表者本人等)及び弁論の全趣旨に
よれば,平成11年初めころ,被告に対し,取引先であるJから支払サイトを1か月
短縮する旨の申し出があったこと,そのため被告はJに積立金による相殺分も含め
て1億円を支払う必要が生じ,そのために資金調達をする必要が生じたため,同年
3月ころ,Tから,返済期を同年6月末とする約定の下,4000万円を借り入れたこ
と,A及び原告は,Tに対する上記4000万円の返済資金調達のために,同月まで
に新株発行をして4300万円の増資を図ることを計画したこと,一方,平成10年秋
ごろに,Tから被告に対し,所有者が倒産をした同銀行が抵当権を有している土地
建物があり,この土地建物の任意売却に応じて被告に買主になって欲しい旨の申
し入れがあったこと,被告は,平成11年初めころ,自社の新社屋の敷地建物として
その土地建物を購入することを決めたこと,同土地建物の代金である約1億2000
万円については,Tが被告に融資をすることとなったこと,同融資については,被告
がTに対し毎月100万円ずつ返済していくという約定であったこと,被告は同年6月
ころ,同土地建物を約1億2200万円で購入したこと,同土地建物を新社屋の敷地
建物として使用するために,被告は同建物の改装工事等を行い,結局,上記土地
建物の購入代金も含め新社屋の完成には合計約1億7000万円が掛かったこと,
Aは,同年5月ころ,原告の妻であったMからの電話をきっかけに,原告が被告会
社の金を使い込みしているのではないかという疑いを持つようになり,原告には知
られないように事実関係を調査するようになったこと,原告は,同年6月23日には
じめて,Aらが,原告が使い込みをしたと疑っているということを知ったこと,Aは,同
月24日においてはじめて,原告に対し,使い込みをしているのではないかという話
をし,その際,A原告間で口論となったこと,同日,原告欠席の下,定時株主総会
が開催され,同総会において,原告を取締役に再任せず,新たに被告の従業員で
あったH,F,Gを取締役に選任すること,原告の取締役退任にあたって原告に退
職慰労金を支給しないこと等が決議されたこと,以上の事実が認められる。
また,証拠(乙17)及び弁論の全趣旨等によれば,被告の株主及び各株主の持
株数の変遷は以下のとおりであると認めることができる。
(平成11年6月22日の新株発行以前の株主及び持株数)
A  113株
原告原告の主張によれば112株
被告の主張によれば111株
B  24株
L  20株
K  1株
M   1株
株式会社N    30株
計  300株
なお,L,Kは,Bの実父母であり,Mは,原告の元妻であり,株式会社Nは被
告の取引先企業である。
(平成11年6月22日の新株発行後の株主及び持株数)
A  201株
原告原告の主張によれば112株
被告の主張によれば111株
B  196株
L   20株
K  1株
M   1株
株式会社N    30株
C             200株
D      200株
有限会社E     140株
H  20株
F   20株
G    20株
計   1160株
なお,C,D,有限会社Eは,被告の取引先企業であり,H,F,Gは,被告の従
業員であった者であり,現在被告の取締役である。
(平成12年4月14日の新株発行後の株主及び持株数)
A  321株
原告原告の主張によれば112株
被告の主張によれば111株
B  312株
L  20株
K  1株
M   1株
株式会社N    30株
C             200株
D      200株
有限会社E     224株
H  90株
F   90株
G    90株
I   10株
計  1700株
なお,Iは,被告の従業員である。
以上の事実を基に検討するに,平成11年6月にはAは原告が被告会社の金を
使い込んでいるのではないかという疑いを濃くしていたことや,同月24日に原告を
取締役から退任させる旨の株主総会決議が行われていることに照らせば,Aが,
同月ころから,原告を被告の経営に関与させない意思を有していたことは推認でき
る。
しかしながら,前記認定の各事実に照らせば,被告においては,平成11年6月
ころにTからの借入金返済のために約4000万円の資金調達の必要があったのみ
ならず,平成12年4月14日ころにおいても,新社屋の建物改修等に要する費用を
資金調達する必要があったと推認できる。
また,原告の持株数は,平成11年6月22日の新株発行以前からAの持株数を
下回っている上,原告の供述によっても,同年の増資においては,A及びBの持株
比率を28パーセント,原告の持株比率を23パーセントと,Aらの持株比率を原告
の持株比率より上回る比率にすることを原告も了解していたこと,また,L,KはB
の実父母であってAらに同調する可能性が高い立場の者であること,株式会社N
等被告の取引先でもある株主は,A原告間の対立について利害関係を有さず,必
ずしも原告に同調したりAと対立したりする立場にはなく,従前から株主総会におい
ては委任状によって議長に権限を委任することが多かった者であること等を考え合
わせれば,平成12年4月14日の新株発行をなさずとも,Aは,実質的に被告の経
営権を確保できる状態にあり,平成12年4月14日の新株発行は,Aと原告の被告
会社に対する支配関係に直接影響を与えるものではないと認められる。さらに,平
成12年4月14日の新株発行において,従前の株主に1株当たり0.6株の新株引
受権を与えるだけでなく,H,G,Fに各58株,Iに10株の新株引受権を与えたこと
については,Aとその家族,被告の従業員等,原告を除く被告会社の内部関係者
の持株合計が発行済株式総数の半数を越え,株式会社N,D等被告の取引先企
業の持株合計が半数を下回るよう配慮した上でのものであることは推認できるが,
そもそも,Aらと被告の取引先である株主は被告会社の支配関係をめぐって対立
関係にない上,Oの証言等によれば,D等被告の取引先である株主は,被告会社
の内部関係者が過半数の株式を保有することを了解していたと認められる。加え
て,被告は,原告に対して,平成12年4月14日の新株発行について株式申込証
等を送付し,これらは同月3日ころに原告に到達しており,被告において,原告に
新株引受の機会を与える意図は有していたものと認められる。
以上の諸事情を考慮すれば,平成12年4月14日の新株発行は著しく不公正な
方法によるものではないと認められる。
7 以上の次第で,原告の請求は,平成11年6月22日の新株発行を無効とすること
を求める限度で理由があるからこの限度で認容し,その余の請求には理由がない
からこれを棄却し,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第10部
裁 判 官  山 下 美 和 子

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