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平成12年(行ケ)第467号 特許取消決定取消請求事件(平成14年6月17
日口頭弁論終結)
          判         決
               昭和アルミニウム株式会社訴訟承継人
       原      告   昭和電工株式会社
   原      告   本田技研工業株式会社
       両名訴訟代理人弁理士 岸   本   瑛 之 助
同   日   比   紀   彦
       被      告   特許庁長官 及 川 耕 造
       指定代理人      小   池   正   利
       同      宮   崎   侑   久
同          大   野   克   人
同宮   川   久   成
          主         文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告ら
   特許庁が異議2000-70630号事件について平成12年10月17日
にした決定を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯等
   名称を「アルミニウム製自動車サスペンション用ロアアームの製造方法」と
する特許第2934921号の発明(平成3年9月4日出願、平成11年6月4日
設定登録、以下「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権
は、昭和アルミニウム株式会社及び原告本田技研工業株式会社の共有であった。
   設定登録後、本件特許に対する特許異議の申立てがされ、同申立ては、異議
2000-70630号事件として特許庁に係属した。特許庁は、上記事件につい
て審理した結果、平成12年10月17日、「特許第2934921号の請求項1
に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本
は、同年11月8日、昭和アルミニウム株式会社及び原告本田技研工業株式会社に
送達された。
   原告昭和電工株式会社は、本訴提起後の平成13年3月30日、昭和アルミ
ニウム株式会社を吸収合併して本件訴訟を承継し、本件特許権は、原告らの共有と
なった。
2 本件発明の要旨
   厚さ方向にのびる貫通孔(11)(12)を有する板状部(14)と、板状部(14)に一体
に設けられかつ貫通孔(11)(12)ののびる方向とは異なった方向にのびる筒部(13)と
からなるアルミニウム製の自動車サスペンション用ロアアーム(10)を製造する方法
であって、筒部(13)の部分を除いてロアアーム(10)と同一の横断面形状を有してお
り、かつ板状部(14)の貫通孔(11)(12)に対応する貫通孔(2)(3)を備えているアルミ
ニウム押出形材(1)を形成した後、このアルミニウム押出形材(1)を所定長さに切断
し、さらに切断片(1A)の一部分に塑性加工を施して筒部(13)を形成することにより
最終製品を得ることを特徴とするアルミニウム製自動車サスペンション用ロアアー
ムの製造方法。
 3 本件決定の理由
   本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、本件発明は、特開昭62-1
66044号公報(甲第3号証、以下「刊行物1」という。)、特開昭49-16
670号公報(甲第4号証、以下「刊行物2」という。)、特開昭55-5423
3号公報(甲第5号証、以下「刊行物3」という。)、特公昭57-37410号
公報(甲第6号証、以下「刊行物4」という。)、特公昭54-13997号公報
(甲第7号証、以下「刊行物5」という。)、特開昭50-13778号公報(甲
第8号証、以下「刊行物6」という。)及び特開昭59-178149号公報(甲
第9号証、以下「刊行物7」という。)に記載された発明並びに周知な技術に基づ
いて、当業者が容易に推考することができたものであり、本件発明の効果は、刊行
物1ないし7に記載された発明並びに周知な技術から予測し得る程度のものである
から、本件特許は、特許法29条2項に違反してされたものであって、同法113
条1項2号に該当し取り消されるべきものとした。
第3 原告ら主張の決定取消理由
   本件決定の理由中、「1 手続の経緯」及び「2 本件発明」は認める。
「3 引用刊行物」中、「(1) 刊行物1」ないし「(4) 刊行物4」は認め、「(5)
 刊行物5」中、5頁36行目から6頁13行目までは認め、その余は争い、「(6)
 刊行物6」中、6頁24行目から7頁5行目までは認め、その余は争い、「(7) 
刊行物7」中、7頁22行目から末行までは認め、その余は争う。「4 対比」は
認める。「5 当審の判断」中、「(1) 相違点1について」は争い、「(2) 相違
点2について」中、10頁18行目「刊行物5には」から「記載されており」ま
で、同頁23行目から30行目「記載されており、」まで、同頁38行目から11
頁7行目「記載されており、」まで、11頁15行目から20行目まで、同頁25
行目「また、」から12頁20行目までは争い、その余は認める。「6 むすび」
は争う。
   本件決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点1に係る周知技術の
認定を誤った(取消事由1)結果、相違点1の判断を誤り、さらに、刊行物5ない
し7に記載された発明の認定を誤った(取消事由2)結果、相違点2の判断を誤
り、もって本件発明の進歩性についての判断を誤ったものであるから、取消しを免
れない。
 1 取消事由1(周知技術の認定の誤り)
  (1) 本件決定は、「製造されるアームが、本件発明では、厚さ方向にのびる貫
通孔を有する板状部と、板状部に一体に設けられかつ貫通孔ののびる方向とは異な
った方向にのびる筒部とからなる形状のロアアームであるのに対し、刊行物1に記
載された発明では、そのような形状のものではなく、また、ロアアームではなくア
ッパーアームである点」(決定謄本8頁35行目~9頁1行目)を「相違点1」と
した上、相違点1に関して、「厚さ方向にのびる貫通孔を有する板状部と、板状部
に一体に設けられかつ貫通孔ののびる方向とは異なった方向にのびる筒部とからな
る形状のロアアームは、本件出願前周知(例えば、実願昭60-109166号
(実開昭62-16565号)のマイクロフィルム、特開平2-208172号公
報等参照)であり」(同9頁11行目~15行目)と認定するが、厚さ方向にのび
る貫通孔を有する板状部と、板状部に一体に設けられかつ貫通孔ののびる方向とは
異なった方向にのびる筒部とから成る形状のロアアームは、本件出願前周知ではな
かった。
    すなわち、本件発明の要旨は、上記第2の2のとおりであるから、筒
部(13)以外の厚さ方向にのびる貫通孔(11)(12)を有する板状部(14)は、アルミニウ
ム押出形材(1)を所定長さに切断して得られる切断片(1A)と同等の厚さを有し、か
つ、全体が同一厚さで平らなものでなければならない。ところが、周知技術の1例
として引用された実願昭60-109166号(実開昭62-16565号)のマ
イクロフィルム(甲第10号証、以下「周知例1」という。)の第1及び第4図に
示されているロアアーム1は、貫通孔ののびる方向とは異なった方向にのびる筒部
を備えているものの、先端部にボールジョイント3を収容するための、他の部分よ
り肉厚の部分(以下「厚肉部」という。)が存在しているので、筒部を除いた部分
全体が同一厚さで平らなものではないから、本件発明の板状部に該当しない。
    また、周知技術の他の1例として引用された特開平2-208172号公
報(甲第11号証、以下「周知例2」という。)の第6ないし第11図に示されて
いるロアアーム75は、厚さ方向にのびる貫通孔は存在するが(第9図)、背面から
みて左端部側が大きく屈曲し、かつ、全体の厚さも同一でないばかりか(第7、第
8及び第11図)、ロアアーム75の前端部76及び後端部77は、筒部ではなく、孔を
有する二股部である(第9図)。
  (2) 本件決定は、「この周知なロアアームも刊行物1に記載された発明のアッ
パアームも共に自動車サスペンション用アームであることで共通するので、刊行物
1に記載された発明のロアアーム(注、アッパーアームの誤記と認められる。)を
上記周知なアッパーアーム(注、ロアアームの誤記と認められる。)に置き換える
ことは、容易に推考できたものである」(決定謄本9頁15行目~18行目)と判
断するが、この判断は、上記のとおり誤った周知技術の認定に基づくものであっ
て、誤りである。
  (3) 被告は、周知例1(甲第10号証)において、ロアアーム1の先端部に存
在するボールジョイント3を収容するための厚肉部があるが、板状部の先端自体の
形状については、先端を除いた部分に連続して平らで同一厚さであることが第1図
から分かる旨反論する。
    しかしながら、第4図の断面図には、ロアアーム1の先端部に、ボールジ
ョイント3を収容するための厚肉部が存在することが明りょうに示されている。な
お、第1図のみを参照すると、ロアアーム1の厚肉部に隣接して板状部を上下から
挟み止めている薄板状部材が示されており、両薄板状部材が厚肉部に設けられて板
状部の上下面にのびているかのようにも見えるので、厚肉部を取付け具であると誤
解されるおそれがあるが、第4図を参照すると、両薄板状部材は厚肉部と別体の部
材であり、厚肉部近傍で幅が狭くなっている板状部を補強するための補強部材と考
えられる。
    被告が提出する特開昭63-166609号公報(乙第1号証)は、本件
決定において周知技術として引用されたものではないから、本件訴訟において参酌
されるべきではない。
  (4) 周知例1(甲第10号証)の第1図を見ても、図示されている「円盤状部
分」が、板状部の先端に一体に存在するのか、又は別体に存在するのかは明確では
ないが、第4図を見ると、ロアアーム1は、先端部にボールジョイント3を収容す
るための厚肉部を有しているといわざるを得ない。したがって、筒部を除いた部分
は、全体が同一厚さでも平らでもなく、本件発明にいう板状部に該当しない。
  (5) 周知例1(甲第10号証)の第1図は、全体斜視図であり、ホイールアー
チ内の雪落とし機構の全体が示され、第4図は、車両用サスペンションの概要を示
す断面図であり、ロアアームを含むサスペンションの概要が示されている。そし
て、実施例の記載中、「図面は本考案の一実施例を示し、同図において1はサスペ
ンションのA型ロアアームで、その基端は車体2に上下方向に回転自在に支承され
ているとゝもに、先端はボールジョイント3を介して」(4頁13行目~16行
目)と記載され、「ロアアーム1」及び「ボールジョイント3」を含めて、ここに
記載されている符号は、すべて第4図の各部品に付されている。ところで、第1図
のロアアームにも同一の符号1が付されているところ、特許法施行規則(様式第3
0-第25条関係)の〔備考〕6には、「同一の部分が2以上の図中にあるとき
は、同一の符号を用いる」と規定されていることからも、第1図と第4図のロアア
ーム1は同一のものということができる。
 2 取消事由2(刊行物5ないし7に記載された発明の認定の誤り)
  (1) 本件決定は、「本件発明では、形成される押出形材が、筒部の部分を除い
てアームと同一の横断面形状を有しており、かつ板状部の貫通孔に対応する貫通孔
を備えているものであり、切断片の一部分に塑性加工を施して筒部を形成すること
により最終製品を得るものであるのに対し、刊行物1に記載された発明では、その
ようなものではない点」(決定謄本9頁3行目~7行目)を「相違点2」とした
上、相違点2に関し、「刊行物5乃至7に記載されているように、例えば眼鏡枠に
おける鼻アテ突起、キャリパーブレーキのアームにおけるブレーキシューを固定す
る部分及び蹄鉄における鉄唇等のような押出形材を所定長さに切断するだけでは形
成することができないような形状部分を有する製品の製造において、上記形状部分
を除いて製品と大略同様の横断面形状を有する押出形材を形成した後、切断し、切
断片の一部分に更に塑性加工を施して上記形状部分を形成することにより製品を製
造することは、特定の製品の製造に限られて用いられるものではなく、アルミニウ
ム製製品の製造技術として様々な製品の製造に広く用いられている製造方法であ
る」(決定謄本11頁26行目~34行目)と認定する。
  (2) しかしながら、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)に記載されて
いるものは、いずれも、切断片の一部分に更に塑性加工を施すのみでは足りず、切
断片の全体を鍛造して初めて所望の製品が得られる。すなわち、刊行物5(甲第7
号証)では、眼鏡枠を得るために、切断片の一部分である鼻アテ突起のみに塑性加
工を施すだけでなく、その後、眼鏡枠素材全体を型打ち鍛造する必要があるとされ
ている。また、刊行物6(甲第8号証)では、バネ掛け突起を成形すべき位置に
は、適当なふくらみを持たせるようにしているので、この部分も除かなければ、キ
ャリパーブレーキのアームと大略同様の横断面形状にはならないのみならず、キャ
リパーブレーキのアームを得るには、舟部のねじり加工前にアーム素材全体に型打
ち鍛造を施さなければならないので、全体にトリミングを施す必要があり、必然的
に除去するばりの量が多くなり材料歩留りが悪くなるとされている。さらに、刊行
物7(甲第9号証)によれば、具体的な蹄鉄の成形方法として、成形金型によるサ
イジングが必ず必要であるとされている。
  (3) 本件決定は、「上記刊行物2乃至7に記載されたアルミニウム製製品の製
造技術として様々な製品の製造に広く用いられている製造方法を上記・・・周知な
形状のアルミ製自動車サスペンション用ロアアームの製造方法に採用することに困
難性はない」(決定謄本11頁35行目~38行目)とした上、「上記ロアアーム
に上記製造方法を採用するに際し・・・切断片の一部分に塑性加工を施して筒部を
形成することにより最終製品を得るようにすることは、容易に推考することができ
たことである」(11頁末行~12頁16行目)とするが、刊行物5ないし7(甲
第7ないし第9号証)に記載された発明が、切断片の一部分に塑性加工を施すこと
のみで所望の最終製品が得られるとの誤った認定に基づくものであり、誤りであ
る。
    被告は、本件決定が、押出形材を所定長さに切断するだけでは形成するこ
とができないような形状部分についての製造技術として、刊行物5ないし7(甲第
7ないし第9号証)に記載された発明を引用したものである旨主張するが、本件決
定のいう「刊行物5乃至7に記載されているように・・・切断片の一部分に更に塑
性加工を施して上記形状部分を形成することにより製品を製造」(決定謄本11頁
26行目~32行目)とは、本件発明における「切断片(1A)の一部分に塑性加工を
施して筒部(13)を形成することにより最終製品を得る」に対応するものであり、前
者の「製品」が後者の「最終製品」に該当する。
第4 被告の反論
 1 取消事由1(周知技術の認定の誤り)について
   本件決定の認定及び判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がな
い。
  (1) 周知例1(甲第10号証)には、「図面は本考案の一実施例を示し、同図
において1はサスペンションのA型ロアアームで、その基端は車体2に上下方向に
回転自在に支承されているとゝもに、先端はボールジョイント3を介してタイヤ4
を回転自在に支承したステアリングナックル5に連結され、このステアリングナッ
クル5はショックアブソーバを内蔵したストラット6に固定されている。」(4頁
13行目~末行)との記載がある。また、実施例の全体斜視図でありロアアームの
形状が示されている第1図において、ロアアーム1は、厚さ方向にのびる貫通孔を
有する板状の部分と、板状の部分の基端に一体に設けられ、貫通孔ののびる方向と
は異なった方向にのびる筒状の部分とから成っている。この筒状の部分は、ロアア
ームを車体に連結するための連結手段であって、板状の部分と一体のものであるか
ら、本件発明の筒部に相当し、貫通孔を有する板状の部分は、本件発明の板状部に
相当する。
    また、板状部の先端に設けられ矢印で上下方向に動くことが示されている
部材が、ボールジョイント及びこれを板状部の先端に取り付けるための取付け具か
ら成る連結手段であって、板状部と別体の連結手段によってロアアームの先端が車
輪側に連結されることは、当業者の技術常識である。そして、板状部の先端を除い
た部分が同一厚さで平らであることは、第1図により明らかである。
    したがって、周知例1(甲第10号証)に記載されたロアアームは、厚さ
方向にのびる貫通孔を有する板状部と、板状部に一体に設けられかつ貫通孔ののび
る方向とは異なった方向にのびる筒部である連結手段とから成り、板状部は全体が
同一厚さで平らであると認められる。
  (2) 以上のとおり、周知例1(甲第10号証)及び特開昭63-166609
号公報(乙第1号証)等にも記載されているように、厚さ方向にのびる貫通孔を有
する板状部と、板状部に一体に設けられかつ貫通孔ののびる方向とは異なった方向
にのびる筒部とから成る形状のロアアームは、本件出願前周知であったというべき
であり、この点で本件決定の認定に誤りはない。
  (3) 原告らは、周知例1(甲第10号証)の第4図を参照して被告の主張を非
難するが、「第4図は車両用サスペンションの概要を示す断面図である」(7頁9
行目~10行目)と記載されているように、第4図はサスペンションの概要を示す
ものにすぎず、ロアアーム全体の形状は、第1図において明りょうに示されてい
る。第4図のロアアームは、第1図に示されたロアアームとは明らかに外形が異な
る形状をしており、第1図のロアアームとは別構成のサスペンションが開示されて
いると解釈する方が合理的である。
  (4) 自動車用サスペンション装置において、ロアアームとボールジョイントと
を別々に製造し、ボールジョイントをロアアームに取り付けることは、例えば、特
開平2-234819号公報(乙第2号証)及び実願昭62-191847号(実
開平1-94108号)のマイクロフィルム(乙第3号証)等に記載されているよ
うに、本件出願前周知である。
  (5) 周知例1(甲第10号証)の第1図には、ボールジョイントである円盤状
部分に隣接してロアアームを上下から挟み止めている薄板状部材が示されており、
また、ボルト18と同じような形状の3個の部材が薄板状部材に示されているが、こ
れは、薄板状部材をロアアームに固定するための固定具であると認められる。
 2 取消事由2(刊行物5ないし7に記載された発明の認定の誤り)について
  (1) 原告らは、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)に記載されている
ものは、切断片の一部分に更に塑性加工を施すのみでは足りず、切断片の全体を鍛
造して初めて所望の製品が得られると主張するが、本件発明もまた、切断片の一部
分に更に塑性加工を施すのみで最終製品が得られるものではない。
  (2) 本件決定は、押出形材を所定長さに切断するだけでは形成し得ない形状部
分の製造技術として、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)に記載された、
切断片の一部分に更に塑性加工を施して上記形状部分を形成するという方法を引用
したものであって、全体を鍛造する技術ではない。このことは、本件決定が、刊行
物5ないし7だけでなく、押出形材を所定長さに切断することにより製品を製造す
る刊行物2ないし4(甲第4ないし第6号証)に記載された製造技術と組み合わせ
て本件発明についての容易推考性を判断していることからも明らかである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(周知技術の認定の誤り)について
  (1) 本件決定は、「厚さ方向にのびる貫通孔を有する板状部と、板状部に一体
に設けられかつ貫通孔ののびる方向とは異なった方向にのびる筒部とからなる形状
のロアアーム」が本件出願前周知であることの根拠として、周知例1及び2(甲第
10、第11号証)を挙げるところ、原告らは、これらの証拠において、板状部の
全体が同一厚さで平らなロアアームは示されていないから、本件発明のロアアーム
の形状は周知ではない旨主張する。
    しかしながら、周知例1(甲第10号証)の第1図には、サスペンション
のA型ロアアーム1の全体斜視図が示されており、その形状は、板状部と車体2の
支承部に位置する筒部とを有するものであり、厚さ方向にのびる貫通孔を有し、同
一厚さで平らであり、筒部は貫通孔ののびる方向と直交する方向にのびていること
が図示されている。
    したがって、周知例1(甲第10号証)に「厚さ方向にのびる貫通孔を有
する板状部と、板状部に一体に設けられかつ貫通孔ののびる方向とは異なった方向
にのびる筒部とからなる形状のロアアーム」が示されているとした本件決定の認定
に誤りはない。
  (2) 原告らは、周知例1(甲第10号証)の第1図に示されている「円盤状部
分」が、板状部の先端に一体に存在するのか、又は別体に存在するのかは明確では
ないが、第4図を見ると、ロアアーム1は、先端部にボールジョイント3を収容す
るための厚肉部を有しており、筒部を除いた部分は、全体が同一厚さでも平らでも
なく、本件発明にいう板状部に該当しないと主張する。
    原告らの主張は、周知例1(甲第10号証)の第1及び第4図が同一のロ
アアームを正確に図示していることを前提とするものであるが、「4.図面の簡単
な説明・・・第4図は車両用サスペンションの概要を示す断面図である」(7頁第
5行目~10行目)と記載されているから、第4図におけるロアアームの図示につ
いては、その精度が高くないと認められ、第1図のロアアームの側断面を正確に図
示したものと解すべき必然性はない。むしろ、第1図と第4図で図示されたロアア
ームの外形が異なり、特に、原告らのいう「円盤状部分」は、第1図では薄板状部
材の厚み分だけ板状部の他の部分より厚さが増しているのに対し、第4図では徐々
に傾斜して板状部の他の部分より薄くなっており、また、ボールジョイント3の形
状及びその周辺の板状部の形状も、第1図と第4図で異なっていることからすれ
ば、両図には異なる構成のサスペンション用ロアアームの実施例が開示されている
と認めるのが相当である。そうすると、原告らの主張は、その前提を欠くといわざ
るを得ず、採用することができない。
    原告らは、また、周知例1(甲第10号証)における実施例の記載中、
「図面は本考案の一実施例を示し、同図において1はサスペンションのA型ロアア
ームで、その基端は車体2に上下方向に回転自在に支承されているとゝもに、先端
はボールジョイント3を介して」(4頁13行目~16行目)と記載され、「ロア
アーム1」及び「ボールジョイント3」を含めて、ここに記載されている符号は、
すべて第4図の各部品に付されており、第1図と第4図の両図においてロアアーム
は符号1が付されていることから、両図のロアアーム1は同一のものであると主張
する。
    しかしながら、第1図と第4図のロアアームに同一の符号1が付されてい
ることは、いずれも当該部材がロアアームであることを示すにとどまり、同一のロ
アアームが図示されていることまでも意味するものではない。特許法施行規則(様
式第30-第25条関係)の〔備考〕6が、「同一の部分が2以上の図中にあると
きは、同一の符号を用いる」としているのは、同一の部分であるのに他の図で異な
る符号を付与されると明細書の理解が困難になることから、これを防止しようとす
るものと解され、異なる実施例を図示した図面において、同一の部品に同一の符号
を付与することが禁止されているものではない。
 2 取消事由2(刊行物5ないし7に記載された発明の認定の誤り)について
  (1) 本件決定は、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)には、押出形材
を所定長さに切断するだけでは形成することができないような形状部分を除いて製
品と大略同様の横断面形状を有する押出形材を形成した後、切断し、切断片の一部
分に更に塑性加工を施して上記形状部分を形成することにより製品を製造すること
が記載されている旨認定するところ、原告らは、これら刊行物に記載された発明に
おいて、切断片の一部分に更に塑性加工を施すのみでは、いずれも所望の製品は得
られず、切断片の全体を鍛造して初めて最終製品が得られるものであるから、この
本件決定の認定は誤りである旨主張するので、この点について判断する。
(2) 刊行物5ないし7には、以下の記載がある。
 ア 刊行物5(甲第7号証)
  「アルミニウムまたはその合金を用いて、第1図に示すように、眼鏡枠の
正面形状と類似の断面形状、すなわち、眼鏡を入れる2つの環状部分2,2’、両環
状部分2,2'を結ぶ中央部分3、および該環状部分の両側につるを取付けるための
突起4,4'を有し、かつ、両環状部分の鼻アテ突起を形成すべき部分の両側に一定
のふくらみ5,5'を備えた長尺の眼鏡枠材1を押出し成形する。前記眼鏡枠材1は
通常数mの長さに形成し、これを長手方向に対して直角に所定の厚みに切断して眼
鏡枠素材1'を形成する。(第2図参照)次に眼鏡枠素材1'に設けてあるふくらみ
5,5'を例えば型鍛造方法によってその長手方向に対して直角方向にプレスして鼻
アテ突起6,6'を切断面に対して直角に突き出す。鼻アテ突起6,6'を形成した眼
鏡枠素材1”(図3図参照)を焼鈍して鍛造による変化を容易にする効果を与え、
更に離型剤を塗布して型離れを良くする効果を与えた後、冷間または熱間により形
打ち鍛造をおこなう。尚、鼻アテ突起の鍛造を省略し、上記型打ち鍛造と同時に鼻
アテを形成することも可能である。型打ち鍛造により生じた若干のバリを取り、熱
処理を行ない、後は通常の加工法に従ってレンズ溝の穿設、研摩、表面処理および
組立て加工をおこないアルミニウム製眼鏡枠を製造する」(2欄22行目~3欄9
行目)
   イ 刊行物6(甲第8号証)
    「(1) キヤリパーブレーキ部材と大略同様の断面形状を有する押出し形材
を所要の厚みに切断して素材を形成し、該素材を型鍛造することを特徴とするキヤ
リパーブレーキ部材の製造方法」(特許請求の範囲)
    「第1図に示したサイドプル式キヤリパーブレーキの本体を構成するY字
形状をしたYアーム1およびC字形状のCアーム2の製造について述べると、まず
第2図および第3図に示したごとく、大略Yアーム1あるいはCアーム2に相似し
た断面形状を有する形材1a,2aをあらかじめ押出し成形しておく。この押出し成形し
た形材1a,2aを型鍛造して製品に仕上げるのに必要な所要の厚みに切断してアーム素
材1b,2bを形成する。この場合、第2図および第3図に示すごとく、押出し形材
1a,2a、したがってアーム素材1b,2bのバネ掛け突起(第1図において点線の円3で
示している)を成形すべき位置には、適当なふくらみA、すなわちバネ掛け突起を
鍛造成形するに必要な量のふくらみAをもたせるようにし、同時に第2図及び第3
図においてBで示した各穴抜き部および舟部Cにも夫々必要なふくらみをもたせて
おく。上記のように形成したアーム素材1b,2bは、次に切断した時に生じるバリを取
除いたのち、以下は第5図に示したと同様に、上記のごとく成形したアーム素材
1b,2bを鍛造用潤滑剤の塗布による表面処理(8)を施して型ばなれを良くさせる効果
を与え、冷間または熱間により型打ち鍛造(9)を実施する。型打ち鍛造により生じた
若干のバリを取り(10)、第2図および第3図において示した穴抜き部Bの穴抜き加
工(11)を行なった後、焼鈍処理(12)をし、舟部Cのねじり加工(13)を行なつて、Y
アーム1、Cアーム2の形状を完成する」(2頁右上欄6行目~左下欄15行目)
   ウ 刊行物7(甲第9号証)
    「以上説明した構造からなる蹄鉄の成形方法は、三工程からなるものであ
って、第一工程において、蹄鉄本体1の母材となるジュラルミン等のアルミニウム
合金、あるいはその他の軽合金を熔解しビレットを鋳造する。そしてこのビレット
を押出機にかけられるよう切断し、面取り等の加工を行う。次にこの加工されたビ
レットを加熱して成形金型が、配設された押出機で押出し成形する。前記金型で成
形されるものは、第4図に示すように、断面形状が略円弧状の馬蹄形をなし、該馬
蹄形の開口側と反対側の端部に略半円状の突出部8が設けられた柱状体9となる。
この柱状体9は押出された直後に熱いうちに矯正されて、冷却される。第二工程に
おいて、前記柱状体9は、所定の長さで輪切状に切断されて蹄鉄本体の素材10とな
る。この素材10は、多少でも硬度を落とすために焼なまし等の熱処理がされる。第
三工程において、前記素材10の突出部8をプレス等により圧伸して鉄唇7を成形す
る。そして釘穴5のための凹溝2と耐摩耗部材6を配設するための溝を成形する。
その後成形金型にてサイジング及びかしめ等を行い耐摩耗部材6を挾み込み、第1
図に示すような蹄鉄が成形される」(2頁左下欄14行目~右下欄16行目)
(3) 以上のように、刊行物5(甲第7号証)には、眼鏡枠と類似の断面形状を
有し、鼻アテ突起を形成すべき部分の両側に一定のふくらみを備えた長尺の眼鏡枠
材を押出し成形し、これを切断した後、ふくらみを型鍛造方法によって鼻アテ突起
を形成して眼鏡枠素材を得、眼鏡枠素材全体に型打ち鍛造等を更に施して眼鏡枠を
得ることが開示され、刊行物6(甲第8号証)には、アーム素材のバネ掛け突起を
成形すべき位置及び各穴抜き部、舟部にふくらみをもたせ、Yアーム、Cアームと
大略同様の断面形状を有する押出し形材を所要の厚みに切断してアーム素材を形成
し、鍛造用潤滑剤の塗布による表面処理、冷間または熱間による型打ち鍛造、穴抜
き部の穴抜き加工、焼鈍処理などの処理を行った後、舟部のねじり加工を行なっ
て、Yアーム、Cアームの形状を完成することが開示され、刊行物7(甲第9号
証)には、鉄唇の部分を除いて蹄鉄と大略同様の断面形状を有しているアルミニウ
ム合金柱状体を押出し成形した後、所定の長さに切断して素材を形成し、さらに素
材の突出部を圧伸して鉄唇を成形し、釘穴のための凹溝と耐摩耗部材を配設するた
めの溝を成形した後成形金型にてサイジング及びかしめ等を行い耐摩耗部材を挟み
込み、蹄鉄を得ることが開示されている。
    そうすると、刊行物5(甲第7号証)の鼻アテ突起、刊行物6(甲第8号
証)の舟部及び刊行物7(甲第9号証)の鉄唇は、いずれも押出形材を切断するだ
けでは形成できない形状部分に相当するから、刊行物5ないし7(甲第7ないし第
9号証)には、押出形材を所定長さに切断するだけでは形成することができない形
状部分を除いて製品と大略同様の横断面形状を有する押出形材を形成した後、切断
し、切断片の一部分に更に塑性加工を施して上記形状部分を形成するという製造方
法が記載されているものと認められ、この点で本件決定の認定に誤りはない。
  (4) 原告らは、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)においては、切断
片の一部分に更に塑性加工を施すのみでは、いずれも所望の最終製品は得られず、
切断片の全体を鍛造して初めて最終製品が得られるものであるから、本件決定の刊
行物5ないし7に係る認定は誤りである旨主張する。
    しかしながら、本件決定が刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)に
記載された技術事項として認定しているのは、「眼鏡枠における鼻アテ突起、キヤ
リパーブレーキのアームにおけるブレーキシューを固定する部分及び蹄鉄における
鉄唇等のような押出形材を所定長さに切断するだけでは形成することができないよ
うな形状部分を有する製品の製造において、上記形状部分を除いて製品と大略同様
の横断面形状を有する押出形材を形成した後、切断し、切断片の一部分に更に塑性
加工を施して上記形状部分を形成することにより製品を製造すること」(決定謄本
11頁26行目~32行目)であり、切断片の一部分に更に塑性加工を施すのみで
最終製品を得ることを認定しているものではない。刊行物5ないし7(甲第7ない
し第9号証)に、全体に型打ち鍛造等を行うことが記載されているとしても、上記
形状部分については、切断片の一部分に更に塑性加工を施して形成することができ
るものであって、上記形状部分の形成のために切断片の全体を鍛造することが必要
となるものではない。
    本件決定は、相違点2のうち、塑性加工を施すことにより最終製品を得る
という点に関しては、「筒部の形成に際し、塑性加工のみで筒部の形状を完成する
ようにすることは、製造工程の簡略化を図ることから普通に行われる程度の設計的
事項であり、そして、上記のとおり、板状部は、押出形材を所定長さに切断するだ
けで最終製品と同一形状が得られるのであるから、切断片の一部分に塑性加工を施
して筒部を形成することにより最終製品を得るようにすることは、容易に推考する
ことができたことである」(決定謄本12頁11行目~16行目)と認定判断して
おり、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)の記載とは別個の設計事項の適
用の問題として判断している。したがって、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9
号証)における押出工程、切断工程後の全体の鍛造工程は、製品の必要とされる品
質等に応じて採用される任意的な工程と認められるから、本件決定の「板状部は、
押出形材を所定長さに切断するだけで最終製品と同一の形状が得られるのであるか
ら、切断片の一部分に塑性加工を施して筒部を形成することにより最終製品を得る
ようにすることは容易に推考することができる」との判断に誤りはない。
    そうすると、刊行物5ないし7(甲第7ないし第9号証)が塑性加工を施
すことにより最終製品を得るものではないとして本件決定の認定を非難する原告ら
の主張は、本件決定を正解しないものであり、失当というほかはない。
 3 以上のとおり、原告ら主張の決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取
り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって、原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費
用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条、65条1項本文を適用して、
主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官   篠   原   勝   美
            裁判官   岡   本       岳
            裁判官   長   沢   幸   男

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