弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
1 本件訴えのうち,この判決が確定した日の翌日以降毎月28日限り83万33
33円の支払を求める部分を却下する。
2 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は,原告に対し,636万6143円及び平成13年2月からこの判決が
確定するまで毎月28日限り1か月当たり64万6000円の割合による金員を支
払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担
とする。
6 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。
       事実及び理由
第1 請求
1 主文第2項と同旨
2 被告は,原告に対し,平成12年7月から平成13年3月まで毎月28日限り
月額90万9449円の割合による金員,同年4月以降毎月28日限り月額83万
3333円の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成12年7月13日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 2項及び3項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,被告を解雇されたと主張する原告が,被告に対し,原告が被告に対し
て労働契約上の権利を有する地位にあることの確認,被告がした解雇が無効である
として,平成12年7月から平成13年3月までの賃金として毎月28日限り月額
90万9449円の割合による金員及び同年4月以降の賃金として毎月28日限り
月額83万3333円の割合による金員の各支払,解雇により原告が被った精神的
損害として100万円,解雇により原告が本件訴訟を提起せざるを得なかったこと
による弁護士費用として100万円,合計200万円及びこれに対する解雇の後で
あることが明らかであり訴状送達の日の翌日でもある平成12年7月13日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を,それぞれ求めた
事案である。
2 前提となる事実
(1) 被告は,平成12年4月7日に設立された株式会社であり,ベンチャーキ
ャピタルを主な業務とする。ベンチャーキャピタルとは,将来的に成長が期待でき
る会社を発掘し,その会社に投資することによって,将来投資した会社が上場する
等成長したときに利益を得ることを目的とする投資業務である。被告は,消費者金
融を主な業務とする株式会社武富士(以下「武富士」という。)の100パーセ
ント出資の子会社である。
(争いのない事実)
(2) 原告は,昭和56年に横浜国立大学大学院経営学研究科修士課程を修了し
た後,大和証券株式会社における9年間の勤務を経て,アメリカ合衆国のベンチャ
ービジネス企業に勤務し,平成11年9月に帰国し,以後求職していたが,同年1
2月2日,日本経済新聞に掲載された武富士のベンチャーキャピタルの人員募集の
求人広告を読み,武富士に応募した。
 原告は,同月20日,武富士の人事担当者の面接を受け,筆記試験を受けた後,
武富士の会長で,被告の代表取締役でもあるAの面接を約20分間受け,A会長か
ら口頭で「採用してもよいのではないか。」と言われた。
 原告は,平成12年1月7日,武富士のB人事部長の面接を受けた後,同年2月
7日,再びA会長の面接を受け,同人から,「ベンチャーキャピタル業務は,武富
士ではなく子会社を設立して行う。現在子会社の社長を探しているのでしばらく待
つよう」言われた。
 その後,Cが被告の代表取締役(社長)に就任することが決まり,原告は,同年
3月21日,Cの面接を受け,同月23日被告から採用通知を受けた(原告と被告
との間で締結された労働契約を以下「本件労働契約」という。)。
 原告は,同年4月4日,被告に初めて出社した。被告の事務所は,武富士の本社
ビルの7階にあり,社員は11名であった。
 原告の業務は,被告が出資するのに適当な有望企業を発見,調査することであっ
た。
(争いのない事実)
(3) 原告は,平成12年5月12日付けで,「この度は私がA会長様に大変な
非礼を働いたことに深く反省をしております。会長様とのご縁により,テーダブル
ジェーに入社させていただきながら,このような不始末をいたしました。二度とこ
のようなことがないよう固くお誓い申し上げます。今後,会長様の御指導を肝に銘
じて,テーダブルジェーの業績向上のために誠心誠意,努力する覚悟でございま
す。なにとぞ,今回の非礼をお許し下さいませ。」という内容のわび状(以下「本
件わび状」という。)を作成した。
(争いのない事実,甲6)
(4) 被告は,原告に対し,平成12年5月16日付けで,「就業規則第7条第
3項に依り,12年5月16日付を以て採用を取り消す。」旨を記載した通知書
(以下「本件通知書」という)を送付し(本件通知書によりされた原告の採用の取
消しを以下「本件採用取消し」という。),原告の銀行口
座に解雇予告手当として64万6000円を振り込んだ。
(争いのない事実,甲1,2)
(5) 被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には,次のような定め
がある。
(採用)
第6条 会社は,就職を希望する者の中から,選考試験に合格した者を試用し,試
用期間の判定に合格し,かつ,所定の手続きを経た者を社員として採用する。
(試用期間)
第7条 試用期間は,入社日から,入社後初の給与期間の初日から起算して,満3
カ月に達する日までとする。ただし,必要により延長することがある。
2 中途入社の管理職については,前項で定める3カ月を6カ月とする。
3 試用期間中,不適当と認められた場合は社員として採用しない。
(乙1)
(6) 被告における賃金の支払日は,毎月20日締めの28日払いである。日割
計算の場合の月間労働日は21日間である。
(争いのない事実)
3 争点
(1) 本件労働契約は試用期間付契約であるか。
ア 被告の主張
 被告は,設立の際に,就業規則を武富士の就業規則と同様のものとすることと
し,被告の総務部長であるDは,平成12年4月10日及び同月11日,原告を含
む全社員に対し,就業規則の写しを渡して条文ごとに読み合わせをしながら説明
し,了解を得た。その際に,試用期間についても説明し,誰からも異議は出ず,原
告を含む全社員が試用期間についても了承した。したがって,本件就業規則は有効
であり,本件労働契約は試用期間付の契約である。
イ 原告の主張
(ア) 原告は,被告への入社に際し,平成11年12月20日から採用通知を受
けた平成12年3月23日までの間に数回にわたり面接を受けたが,その際に被告
から本件労働契約が試用期間付契約,すなわち解約権留保付契約であるとの説明は
なかったから,本件労働契約が解約権留保のない契約として成立したことは明らか
である。
(イ) 本件就業規則については労働者からの意見聴取,所轄労働基準監督署への
届出,労働者への周知が全くされていないのであり,いつ作成されたかさえ分から
ない状況であるから,本件就業規則は,その効力要件である作成,届出,意見聴取
及び周知のすべてを欠いており,不成立ないし無効である。
 仮に本件就業規則が有効であるとしても,入社までの面接で試用期間を設ける旨
の説明が全くないまま解約権留保のない契約として成立した本件労働契約が,原告
の入社直後に作成された本件就業規則により解約権
留保付契約とされることは信義則上許されない。また,就業規則は,労働契約にお
いて事後に発生する事項について適用されるべきであり,採用という入社に関する
事項について適用されるべきではない。また,原告の賃金の支払方法は,原告と被
告が合意した原告の年収1000万円のうち毎月64万6400円を支払い,その
余は毎年7月と12月の賞与の支払時に支払うというものであるが,このような原
告の賃金の支払方法からすれば,本件労働契約が試用期間付であることが当初から
予定されていたとはいえないことは明らかである。
(2) 本件採用取消しは有効か
ア 被告の主張
 原告は,課長職として被告に採用されたから,その試用期間は6か月であるとこ
ろ,原告には,①営業幹部として業務に対する意欲,熱意,計画性が感じられなか
ったこと,②行動力,対人折衝能力,新規開拓力等の営業力が欠けていたこと,③
部下に対する指導力が不足していたこと,④物事の判断が独善,独断的であり,冷
静かつ客観的な判断力が要求されるベンチャーキャピタリストとしては性格的に不
向きであったこと,⑤あいさつ,礼儀,規律を社是とする被告の社風になじめなか
ったことから,被告は,本件採用取消しに及んだのである。
イ 原告の主張
(ア) 本件採用取消しの理由として被告が主張する事実は,いずれも否認する。
本件採用取消しの真の理由は,原告のA会長に対するあいさつの仕方が悪いことで
ある。
(イ) 本件採用取消しに至るまでの経過は,次のとおりである。
 A会長は,平成12年4月下旬,来客をCに会わせるために被告の事務所を訪れ
たが,その際に原告を含む4名の社員が被告の事務所内で仕事をしていた。原告を
含む4名の社員は,その場で起立してA会長に対し頭を下げてあいさつしたが,声
を出さなかった。武富士のE次長は,A会長が被告の事務所を訪れた翌日か翌々日
に被告の朝礼の場で,「先日,A会長が被告に来たときに数名の人間がまともなあ
いさつができなかった。武富士は,あいさつが基本であり,特にA会長に対しては
何をさておいてもあいさつするよう」注意した。原告は,同年5月上旬,E次長か
ら呼び出されて,同人から,「A会長はあいさつに非常にうるさく,仕事ができな
いよりも,とにかく大きな声を出してあいさつすることが最重要で,そのため過去
何人もが首になっている。君は,仕事ではよく頑張っているので,私は評価してい
る。むしろ新日本ファイナンスから来たやつよりもよい。しかし,君はA会長に2
回面接を受けており,A会長の君に対する印象が面接していない新日本ファイナン
スから来た人よりも強く,君を名指しで首にしろと言っている。A会長は,執念深
く,一度言ったことは忘れない。ただ君もまだ来たばかりで,仕事も良くやってい
るのでA会長にわび状を書いて謝罪すべきである。」と言われた。そこで,原告
は,E次長の指示及び助言に従い,Cに内容をチェックしてもらって本件わび状を
作成し,これをCに提出した。原告は,これによってこの問題は解決したものと考
えていた。ところが,原告は,同年5月16日,Cから,「君を解雇する。理由
は,昨日,A会長から武富士のB人事部長,E次長及び私の3人が呼ばれ,君が声
を出して会長にあいさつしなかったので首にしろとの命令を受けた。君は仕事をよ
くやっているので,私は後しばらく様子を見たらどうかとかばったが,どうしよう
もなかった。すぐ辞表を書いてくれ。」と言われた。原告は,Cから言われた解雇
理由に到底納得できなかったので,辞表を書くことは断った。その後,被告は,本
件通知書を原告に送付し,解雇予告手当を支払った。
 以上によれば,本件採用取消しが正当な理由なしにされたことは明らかであり,
本件採用取消しは,解雇権の濫用として無効である。
ウ 被告の反論
 本件採用取消しの理由は原告のA会長に対するあいさつの仕方が悪いことに尽き
るとの原告の主張は否認する。ベンチャーキャピタル業務を目的に設立されたばか
りで,優秀な人材を渇望している被告が,優秀な人材を単にあいさつの仕方が悪い
などという理由だけで採用を取り消すことなどあり得ないのであって,事実誤認も
甚だしい。
(3) 原告の賃金の金額について
ア 原告の主張
 原告の賃金の支払方法は,原告と被告が合意した原告の年収1000万円のうち
毎月64万6400円を支払い,その余は毎年7月と12月の賞与の支払時に支払
うというものであり,賞与の支払時に支払うとされている分も賃金にほかならない
から,被告は,原告に対し,賞与の支払時に支払うとされている分も含めて平均化
して毎月支払うべきである。
 原告に対する被告の既払金は,平成12年4月28日に52万2952円,同年
5月26日に64万6000円,同年6月17日に64万6000円,合計181
万4952円であるから,同年7月から
平成13年3月までの賃金の合計は,1000万円から既払金181万4952円
を控除した残金818万5048円となる。
 したがって,平成12年7月から平成13年3月までの賃金の1か月当たりの金
額は,これを9か月で除した90万9449円である。
 また,平成13年4月以降の賃金の1か月当たりの金額は,年間1000万円を
12か月で除した83万3333円である。
イ 被告の主張
 原告の賃金は,1年間社員として勤務した場合の総額が1000万円ということ
で,しかも,1000万円は2回の賞与が標準額を満額支給された場合の理論年収
であり,年間1000万円の支払を保障したわけではない。
(4) 本件採用取消しについて不法行為の成否と慰謝料及び弁護士費用相当額の
損害賠償責任の有無について
ア 原告の主張
 原告は,本件採用取消しによって不当に就労する権利を奪われ,就労の機会を奪
われ,これによって精神的損害を被った。これを慰謝するには100万円が相当で
ある。
 原告は,本件採用取消しによって本件訴訟を提起せざるを得ず,弁護士を依頼し
たが,その費用100万円は,本件採用取消しによる損害として被告が支払義務を
負う。
イ 被告の主張
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件労働契約は試用期間付契約であるか。)について
(1) 証拠(乙5,6,証人C,原告本人)によれば,次の事実が認められ,こ
の認定を左右するに足りる証拠はない。
 被告は,被告の就業規則を武富士の就業規則と同じ内容とすることとし,被告の
総務部長であったDは,平成13年4月上旬,原告を含む社員全員に対して就業規
則の写しを渡してこれを被告の就業規則とする旨を説明した。社員の反応は,年次
有給休暇の取扱いについて難色を示すなどするという程度のもので,渡された就業
規則の写しを被告の就業規則とすることに反対するというわけではなかったことか
ら,被告は,就業規則について社員から異議は出なかったものとして,本件就業規
則を制定した。
(2) 本件就業規則の制定の経緯(前記(1))及び本件就業規則の内容(前記
第2の2(5))によれば,武富士の就業規則には本件就業規則と同じ内容の試用
期間に関する定めがあるものと考えられるところ,原告の被告への入社の経緯(前
記第2の2(2))によれば,当初の予定では武富士に入社するものとされていた
原告は,面接後に武富士の都合によ
り武富士の別会社として新たに設立された被告に入社することとされたのである
が,仮に原告が当初の予定どおりに武富士に入社していたとすれば,原告と武富士
との間の労働契約は試用期間付の契約ということになったはずであり,このことに
前記(1)の事実を併せ考えると,原告は,本件労働契約に本件就業規則をさかの
ぼって適用することを承諾したものというべきである。そうすると,本件労働契約
は試用期間付契約であるということになる。
 これに対し,原告は,その本人尋問において,初めて武富士の人事担当者と面接
した平成11年12月20日から,被告から採用通知を受けた平成12年3月23
日までの間に,武富士や被告から本件労働契約が試用期間付契約である旨の説明を
受けたことはなかった旨供述するが,仮にこの供述どおりの事実があったとして
も,そのことはこの認定を左右するものではない。
(3) 本件就業規則の制定の経緯(前記(1))によれば,本件就業規則が作成
されたこと,その作成に当たって被告の社員から意見を聴取したことが認められる
から,本件就業規則が作成及び意見聴取を欠いているという原告の主張は採用でき
ない。また,本件全証拠に照らしても,本件就業規則については所轄労働基準監督
署への届出がいつされたのか,届出の後に被告の社員への周知がどのようにされた
のか明らかではないが,そのことは,本件就業規則を無効とする理由とはならない
ことは明らかである。
 したがって,本件就業規則が不成立又は無効であるとの原告の主張は採用できな
い。
2 争点(2)(本件採用取消しは有効か。)について
(1) 証拠(甲4の1及び2,乙3,4,証人C,原告本人)によれば,次の事
実が認められ(ただし,争いのない事実を含む。),証拠(乙3,4,証人C,原
告本人)のうちこの認定に反する部分は採用できず,他にこの認定を左右するに足
りる証拠はない。
ア 被告の業務は,投資するに足りる有望な企業(以下「投資先」という。)を発
掘することであり,毎朝行われる営業会議において,各社員が発掘してきた投資先
について報告し議論することがあったが,原告が被告の社員として出席していた当
時の営業会議は全体に低調であり,発言する者が少なかった。
(原告本人)
イ 各社員が投資先を発掘し,その投資先との間で投資の話を進めると,投資先の
財務内容など秘密に相当する部分を開示してもらう必要が生じる
が,その場合に投資先が被告との間で秘密保持契約の締結を希望することがある。
 原告は,自らが発掘した投資先から秘密保持契約を締結してほしい旨の希望が出
されたので,その旨を営業会議に報告した。原告は,投資先から見れば秘密保持契
約の締結を希望するのは当然のことであると考えていたが,出席者の多くは,今ま
でに秘密保持契約を締結した経験がなく,現時点では秘密保持契約を締結する必要
はないという意見であったため,原告は,やむなくこれを了承した。
(甲4の1及び2,乙3,4,証人C,原告本人)
ウ 原告が本件採用取消しまでに訪問した投資先は12件であった。
(乙4,証人C,原告本人)
エ A会長は,平成12年4月下旬,来客をCに会わせるために被告の事務所を訪
れたが,その際に原告を含む4名の社員が被告の事務所内で仕事をしていた。原告
を含む4名の社員は,その場で起立してA会長に対し頭を下げてあいさつしたが,
声を出さなかった。武富士では社員が来客に対し声を出してあいさつすることとさ
れていたので,A会長は,この原告の対応に大いに立腹した。A会長は,その件で
Cを呼び出し,Cに対し原告を解雇することをほのめかす発言をしたので,Cは,
「原告を3か月間教育するので,解雇するかどうかの結論は待ってほしい。」旨を
申し入れた。Cは,この申入れがA会長に受け入れられたものと考え,その旨を被
告のE次長に話した。E次長は,同年5月上旬,原告を呼び出して,同人に対し,
「A会長が被告を訪れたときに原告がきちんとあいさつできなかったことについ
て,A会長が大変立腹している。そこで,A会長にわび状を書いて謝罪するよう」
告げた。原告は,E次長が,A会長が被告の事務所を訪れた翌日か翌々日に,被告
の朝礼の場で,A会長が被告を訪れたときに被告の社員がまともなあいさつができ
なかったことについて注意するのを聞いていたが,そのときには自分のことを指し
て注意しているものとは思わなかった。A会長が立腹していることを知らされた原
告は,E次長の指示及び助言に従い,同年5月12日付けでわび状を作成し,その
内容をCに見てもらって,本件わび状を完成させ,これをCに提出した。Cは,こ
れをA会長に提出しようとしたが,A会長は,これを受け取ろうとはせず,かえっ
て原告を解雇するよう求めた。Cは,このときはA会長の求めには応じなかった
が,同月中旬ころにA会長から武富
士の人事部長とともに呼び出されて原告を解雇するよう指示されたので,Cは,原
告の採用を取り消すことを決め,同月16日,原告に対し,「A会長と相談の上,
君には辞めてもらうことにした。すぐ辞表を書いてくれ。」と申し渡した。本件わ
び状の提出によって原告のあいさつの問題は解決したものと考えていた原告は,被
告を辞めることに納得せず,辞表を書くことは断った。その後,被告は,本件通知
書を原告に送付し,解雇予告手当を支払った。
(争いのない事実,証人C,原告本人)
(2) (1)で認定した事実を前提に,本件採用取消しの効力について判断す
る。
ア 被告は,本件採用取消しの理由は,①営業幹部として業務に対する意欲,熱
意,計画性が感じられなかったこと,②行動力,対人折衝能力,新規開拓力等の営
業力が欠けていたこと,③部下に対する指導力が不足していたこと,④物事の判断
が独善,独断的であり,冷静かつ客観的な判断力が要求されるベンチャーキャピタ
リストとしては性格的に不向きであったこと⑤あいさつ,礼儀,規律を社是とする
被告の社風になじめなかったこと,であり,これらを裏付ける事実として,(ア)
Cが平成12年4月下旬に原告にハイベリオン社について投資対象候補案件として
の調査を命じたが,海外案件を扱う基本的な調査の視点,質問の観点等が的を射て
おらず,原告の英語能力を試す意味で原告に翻訳を命じたが,Cがかつて海外で扱
った部下と比較して原告の能力は下の上程度であり,今後被告の海外展開に際し中
心人物として大きく期待できない能力・技能であったこと,(イ)被告は,毎朝行
われる営業会議において,前日の投資先とのアプローチ状況,企業情報・マーケッ
ト情報を交換し,共有していたが,原告は,その席上で,無言であることが多く,
執ように聞いても,「特にありません。」などと答える程度で,会議への参加意識
が薄かったこと,(ウ)原告は,営業会議において,投資先の事業計画情報を入手
する際に,投資先からの秘密保持契約の締結の要請について,被告の方針として今
のところ秘密保持契約を締結しない方針を伝えられた際に,「それならいい。」と
感情を露にした一言を発して被告の考えや姿勢を理解しようとはしなかったこと,
(エ)原告は,日ごろの行動,言動においても無言であることに加え,「そんなら
いいですよ。」と投げやりで,協調性のない姿勢が恒常化しており,また,被告
は,ベンチャーキャピタリストとしての経験を買って将来に備えて,原告に対し部
下に対する指導教育を期待して課長職に任じて2名の部下を配置したが,部下との
会話も,部下に対する指導もなく,部長自らが企業訪問に際してアポイントメント
を取るための電話の架け方や企業訪問時の質問のポイント等を指導している状態で
あり,課長職としての指導に問題があったこと,(オ)原告は,何事も一人で行動
することが多く,当初営業計画段階では本人の希望も入れて,IT,バイオ,海外
等の訪問予定先として200件をリストアップしたが,在籍期間中の1か月余りの
間にわずか12社を訪問したにすぎず,しかも,訪問に計画性がなく,帰社後はい
つも無言であり,「どこに行ってきたか。」と聞かれるまでは,口頭の報告を一切
しなかったこと,(カ)原告は,被告の事務所内にいるときには,来客や役員の来
社があっても,あいさつせず,積極的に応対することもなく,来客や役員に悪印象
を与えたことも多々あり,G社長や武富士のF副会長の来社の際に礼を欠き,原告
の接客態度についてF副会長からCに対し注意があったことがあり,また,原告
は,Cから,「きちんと立ってあいさつするよう」注意を受け,E次長からも,
「お疲れさまですとあいさつするよう」注意を受けたにもかかわらず,即座に改善
しなかったこと,をそれぞれ挙げており,Hの陳述書(乙3)における供述,Cの
陳述書(乙4)における供述及び証人尋問における証言中には,前記①ないし⑤及
び前記(ア)ないし(カ)に沿う部分がある。
イ これに対し,
(ア) 原告は,その陳述書(甲5)及び本人尋問において,原告が在籍中に訪問
した投資先の件数が12社であることを除いては,被告の主張に係る前記①ないし
⑤及び前記(ア)ないし(カ)の各事実を否定する供述をしている。
(イ) もっとも,被告の主張に係る前記(イ)については,原告が被告の社員と
して出席していた当時の営業会議は全体に低調であり,発言する者が少なく(前記
第3の2(1)ア),被告は平成12年4月に設立されたばかりであり,原告が在
職中に訪問した投資先の件数も12件にすぎなかったこと(前記第3の2(1)
ウ)からすると,原告も他の社員と同様に営業会議において発言が少なかったこと
も考えられないではなく,被告の主張に係る前記(ウ)については,原告は,投資
先からみれば秘密保持契約の締結を希望
するのは当然のことであると考えていたこと(前記第3の2(1)イ)からする
と,原告が営業会議の席上で被告の主張に係る対応があったことも考えられないで
はなく,被告の主張に係る前記(カ)については,原告が本件わび状を作成するに
至った経緯(前記第3の2(1)エ)及び本件わび状の内容(前記第2の2
(3))からすると,原告には来客に対して被告の主張に係る対応があったことも
考えられないではない。
ウ しかし,被告の社員はわずか11人である(前記第2の2(2))から,原告
が入社してから1か月足らずであったとはいえ,平成12年4月下旬ないし同年5
月上旬の時点において,Cにしろ,E次長にしろ,原告の仕事ぶりを全く知らなか
ったとは考え難いところ,Cが2回にわたりA会長に対し原告の解雇を思いとどま
るよう求めたり,E次長が原告に対しわび状を作成してこれをA会長に提出するよ
う促していること(前記第3の2(1)エ)からすれば,平成12年4月下旬ない
し同年5月上旬の時点において被告の主張に係る前記(ア)ないし(カ)の各事実
は全く存在しなかったか,仮に存在していたとしても,被告においては本件労働契
約の打切りを考える理由になり得るほどに容易に看過することができない事実とは
受け止められていなかったものと考えられるのであって,このことに,本件採用取
消しに至るまでの経過(前記第3の2(1)エ)及び証拠(甲5,証人C,原告本
人)を加えて総合考慮すれば,本件採用取消しは,A会長が被告の事務所を訪れた
ときに原告が声を出してあいさつしなかったことを理由にされたものと認められ
る。証拠(乙3,4,証人C)のうちこの認定に反する部分は採用できず,他にこ
の認定を左右するに足りる証拠はない。
エ 被告がウで認定した理由により原告に対し本件採用取消しに及んだことが社会
通念上相当として是認することはできないから,本件採用取消しは,解雇権の濫用
として無効である。
 そうすると,本件労働契約は,本件採用取消し後もなお有効に存続しているもの
というべきである。
3 争点(3)(原告の賃金の金額)について
(1) 前記第3の2(1)エの事実,証拠(甲3,5,乙7,証人C,原告本
人)及び弁論の全趣旨によれば,①原告と被告は,原告の年収を1000万円と
し,このうち775万2000円については毎月20日締切り28日限りとして6
4万60000円ずつ分割して
支払い,224万8000円については毎年7月と12月の2回に分けて各賞与支
払日に支払うことを合意したが,7月と12月に支払われる金額は本件採用取消し
までには具体的に確定していなかったこと,②原告が平成12年4月に支払を受け
た賃金(通勤手当を除いた金額で,所得税,社会保険料等を控除する前の金額)は
日割計算された金額であったが,原告は,同月に支払われた賃金についての給料明
細書を破棄してしまったため,その正確な金額は原告には分からないこと,③原告
が同年5月に支払を受けた賃金(通勤手当を除いた金額で,所得税,社会保険料等
を控除する前の金額)は64万6000円であったこと,④平成12年4月中は少
なくとも土曜日及び日曜日は原告の休日とされていたことが認められ,この認定を
左右するに足りる証拠はない。
 ①ないし③の事実によれば,原告が被告から支払われる入社1年目の年収100
0万円は,平成12年3月21日から平成13年3月20日までの原告の勤務に対
して支払われるものと認められる。そこで,これを前提に,原告が被告での勤務を
開始した平成12年4月4日から平成13年1月20日(口頭弁論が終結するまで
に弁済期が到来した賃金債権に対応する最後の勤務日)までの原告の賃金額及び同
月21日以降の原告の賃金額について検討する。
(2) 平成12年4月4日から平成13年1月20日までの原告の賃金額につい

ア 原告が被告での勤務を開始したのは平成12年4月4日であり(前記第2の2
(2)),原告の賃金は毎月20日締めの28日払いであり(前記(1)①),日
割計算の場合の月間労働日は21日間である(前記第2の2(6))から,平成1
2年4月4日から同月20日までの原告の賃金額は,1か月当たりの支払額64万
6000円を21日間で除して得られる1日当たりの支払金額3万0762円に,
同月4日から同月20日までの17日間から土曜日及び日曜日に当たる4日間を控
除した(前記(1)④)13日間を乗じて得られる39万9906円であると認め
られる。
イ 前記(1)①ないし③の各事実によれば,平成12年4月21日から平成13
年1月20日までの原告の賃金額は,1000万円から1か月当たりの支払金額6
4万6000円の3か月分(平成12年3月21日から同年4月20日まで及び平
成13年1月21日から同年3月20日までに相当する分)である193万
8000円を控除した806万2000円であると認められる。
ウ 前記第2の2(4)の事実,前記第3の3(1)②及び③の各事実並びに前記
アを総合すれば,原告に対する既払金の合計は,169万1906円であると認め
られ,そうすると,平成12年4月4日から同年6月20日までの原告の賃金につ
いては支払済みであるということになる。
エ 以上によれば,平成12年4月4日から平成13年1月20日までの原告の賃
金額846万1906円(前記ア及びイ)から既払金169万1906円(前記
ウ)を控除した残金は,677万円であると認められるから,被告は,原告に対
し,平成12年4月4日から平成13年1月20日までの原告の未払賃金として6
77万円の支払義務を負うことになるが,原告の請求(前記第1の2)によれば,
口頭弁論終結の前である平成13年1月28日までに弁済期が到来したものとして
原告が請求している金額の合計は636万6143円であるから,636万614
3円の限度でその支払を命ずべきであるということになる。
(3) 平成13年1月21日以降の原告の賃金額について
 前記(1)①によれば,平成13年1月21日以降の原告の賃金額は,毎月28
日限り64万6000円,毎年7月及び12月の各賞与支払日(なお,本件全証拠
に照らしても,賞与支払日がいつであるかは不明である。)限り合計224万80
00円であると認められるから,被告は,原告に対し,平成13年1月21日から
この判決が確定するまでの原告の賃金として毎月28日限り64万6000円,毎
年7月及び12月の各賞与支払日限り合計224万8000円の支払義務を負うこ
とになるが,原告の請求によれば,口頭弁論終結の後である平成13年2月28日
以降に弁済期が到来するものとして原告が請求している金額は,平成13年2月及
び同年3月が毎月28日限り90万9449円,同年4月以降が毎月28日限り8
3万3333円である(前記第1の2)から,毎月28日限り64万6000円の
割合による金員の限度でその支払を命ずべきであるということになる。
 これに対し,本件訴えのうち,この判決が確定した日の翌日以降の賃金の支払を
求める部分については,民事訴訟法135条の要件を欠いており,不適法として却
下を免れない。
4 争点(4)(本件採用取消しについて不法行為の成否と慰謝料及び弁護士費用
相当額の損害賠償責任
の有無)について
(1) 本件採用取消しは,解雇権の濫用として無効であるから,違法であるとい
うことができ,また,本件採用取消しの理由は,A会長が被告を訪れたときに原告
がまともなあいさつをしなかったことであること(前記第3の2(2)ウ)からす
れば,少なくとも被告には本件採用取消しが適法であると判断したことについて過
失があったものというべきであるから,原告の慰謝料及び弁護士費用の請求が,債
務不履行による損害賠償請求権に基づくものであれ,不法行為による損害賠償請求
権に基づくものであれ,被告は,原告に対し,本件採用取消しと相当因果関係のあ
る損害についてはこれを賠償する責任を負う。
(2) 財産権に対する侵害行為については,その侵害行為によって権利者が被っ
た財産上の損害がてん補されれば,このことによって権利者の精神上の苦痛も同時
に治ゆされるものと解するのが相当であって,権利者は,他に特段の事情がない限
り,財産上の損害の賠償の外に,慰謝料の請求をなし得ないものというべきであ
る。
 ところで,使用者のした解雇の意思表示が権利の濫用として無効である場合に
は,労務提供の受領拒否による労務提供の履行不能は,使用者の責めに帰すべき事
由に基づくものであり,労働者は,民法536条2項により賃金債権を失わない
(大審院大正4年7月31日判決・民録21輯1356頁,最高裁昭和37年7月
20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁,最高裁昭和59年3月29日
第一小法廷判決・裁判集民事141号461頁)から,労働者が賃金債権相当額の
損害を被ったということはできない。したがって,本件では,原告の慰謝料の請求
が,債務不履行による損害賠償請求権に基づくものであれ,不法行為による損害賠
償請求権に基づくものであれ,被告は,原告に対し,本件採用取消しと相当因果関
係のある損害として慰謝料の支払を求めることができるもののように考えられない
でもない。
 しかし,被告が原告に対し平成12年6月21日以降の賃金について支払義務を
負うことは,前記第3の3で認定したとおりであり,結局のところ,本件採用取消
しによって原告が被ったとされる財産的損失については補てんされるわけであるか
ら,前記説示に照らし,原告は,他に特段の事情がない限り,慰謝料の請求をなし
得ないものというべきである。そして,本件全証拠に照らしても,本件において慰
謝料の請求
がなし得るものとする特段の事情があることを認めることはできない。
 以上によれば,原告の慰謝料の請求は理由がない。
(3) 原告が本件採用取消しの効力を争って本件訴訟を提起するに当たって弁護
士に委任したことは,当裁判所に顕著であるから,原告の弁護士費用の請求が,債
務不履行による損害賠償請求権に基づくものであれ,不法行為による損害賠償請求
権に基づくものであれ,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額そ
の他諸般の事情をしんしゃくして相当と認められる額の範囲内のものに限り,本件
採用取消しと相当因果関係に立つ損害であるというべきである(最高裁昭和44年
2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)。
 しかし,本件では,原告が賃金債権相当額の損害を被ったということはできない
し,原告が慰謝料の支払を命じられるほどの精神的損害を被ったということもでき
ないことは,以上認定,説示したとおりであるから,原告には本件採用取消しとい
う債務不履行又は不法行為によって被った財産的損害及び精神的損害は発生してい
ないというべきであり,そうすると,原告の請求に係る弁護士費用は,本件採用取
消しという債務不履行又は不法行為によって原告が被った損害の回復のために出え
んされたものではないことになるから,原告の請求に係る弁護士費用が本件採用取
消しと相当因果関係に立つ損害であるということはできない。
 以上によれば,原告の弁護士費用の請求は理由がない。
5 結論
 以上によれば,原告の本訴請求は,原告が被告に対して労働契約上の権利を有す
る地位にあることの確認,平成12年6月21日から平成13年1月20日までの
未払賃金として636万6143円及び同月21日からこの判決が確定するまでの
賃金として毎月28日限り金64万6000円の割合による金員の支払を求める限
度で理由がある。
東京地方裁判所民事第19部
裁判官 鈴木正紀

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛