弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2豊能税務署長が控訴人に対し平成15年10月31日付けでした平成12年
分所得税の更正処分(ただし,同税務署長が控訴人に対し平成17年11月2
日付けでした同所得税の再更正処分により一部取り消された後のもの)のうち
総所得金額が1762万5883円を超える部分及び同税務署長が控訴人に対
し平成15年10月31日付けでした過少申告加算税賦課決定処分(ただし,
同税務署長が控訴人に対し平成17年11月2日付けでした過少申告加算税の
変更決定処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。
3豊能税務署長が平成15年10月31日付けでした控訴人の平成13年分の
所得税の更正処分(ただし,同税務署長が控訴人に対し平成17年11月2日
付けでした同所得税の再更正処分により一部取り消された後のもの)のうち総
所得金額が1971万5279円を超える部分及び同税務署長が平成15年1
0月31日付けでした控訴人に対する過少申告加算税賦課決定処分(ただし,
同税務署長が控訴人に対し平成17年11月2日付けでした過少申告加算税の
変更決定処分により一部取り消された後のもの)を取り消す。
4訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要及び訴訟の経過
1本件は,勤務先の親会社(外国法人)の株式を無償で取得することができる
権利(ストックアワード)(以下「本件アワード」という。)を付与されてい
た控訴人が,上記権利に係る株式を平成12年に売却して得た利益を給与所得
として平成12年分の所得税の確定申告をし,同じく平成13年に売却して得
た利益を一時所得として平成13年分の所得税の確定申告をしたところ,豊能
税務署長が,控訴人は上記権利の権利確定時にその時点における上記株式の時
価相当額の経済的利益を取得し,上記経済的利益は給与所得に該当するとして,
上記各所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため,控訴
人が,上記各更正処分及び賦課決定処分(ただし,本訴提起後に豊能税務署長
がした上記各所得税の再更正処分及び賦課決定処分の変更決定処分により取り
消された部分を除く。)の取消しを求めた事案である。
主たる争点は,(1)本件アワードに係る経済的利益の課税時期,(2)本件アワ
ードに係る経済的利益の所得区分,(3)国税通則法65条4項にいう「正当な理
由」の有無である。
2原審は,(1)につき,本件アワード・プランに従って本件アワードを付与され
た従業員等は,そこにいう通常報奨についても任意報奨についても,本件アワ
ードの「vest」により,その「vest」時に本件アワードに係る株式の
受益所有権相当額の経済的利益を現実に取得するものというべきであり,上記
のような受益所有権の内容にかんがみると,当該経済的利益は,当該株式の
「vest」時における時価相当額であると認められるとし,(2)につき,本件
アワードが「vest」されたことにより控訴人が取得した経済的利益(本件
アワードに係るA社の株式等の「vest」時における時価相当額)は,親会
社から付与されたものであっても,控訴人が勤務先での職務を遂行したことに
対する対価としての性質を有する経済的利益であることが明らかであるから,
当該経済的利益は,雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立
的な労務の対価として給付されたものとして,所得税法28条1項所定の給与
所得に当たるとし,(3)につき,本件賦課決定処分(ただし,本件変更決定処分
により一部取り消された後のもの)について,更正に基づき新に納付すべき税
額の計算の基礎となった事実について,確定申告の税額の計算の基礎とされな
かったことにつき,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があると認め
ることはできず,本件賦課決定処分(ただし,本件変更決定により一部取り消
された後のもの)について他の違法事由を認めることもできないとし,控訴人
の請求をいずれも棄却した。
3これに対し,控訴人が控訴を申し立てた。
4本件事案の概要は,以下のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」
中「第2事案の概要」2ないし4記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決3頁20行目「前提事実」の次に「(当事者間に争いがないか,末
尾掲記の証拠ないしは弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)」を加
える。
(2)同4頁13行目の「という。)」を削除し,18行目「吸収合併された」
の次に「(乙1の1・2)」を加える。
(3)同5頁21行目「甲6」の次に「(枝番を含む。以下枝番のあるものはす
べて枝番を含む。)」を加える。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないと判断するが,その理
由は以下のとおりである。
2本件アワードに係る経済的利益の課税時期(争点①)について
以下のとおり付加・補正するほかは,原判決42頁1行目から53頁9行目
記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決43頁21行目「残るものの,」の次に「「vest」時以後にお
いては,」を加える。
(2)同45頁21行目「従業員等は,」の次に「「vest」時において,」
を加える。
(3)同46頁14行目「経済的利益を現実に取得するもの」を「経済的利益を
享受する権利を確定的に取得し,その時点で所得(上記経済的利益)の実現
があったもの」に改める。
(4)同48頁11行目「明らかである。」を「明らかであり,上記のような受
託者に対する招集通知の送付先の指定や配当金の振込口座の指定等は,権利
を取得するための手続ではなく,確定的に取得した権利に基づいてその権利
を具体的に実現するための手続,あるいはその権利から生じる経済的利益を
現実に取得するための手続にすぎないものと認められる。」に改める。
(5)同49頁10行目ないし11行目「理由はない。」の次に「なお,控訴人
は,控訴人による本件アワードにおける株式の法的所有権の移転ないし売却
の指示等の行使が予約完結権の行使であり,本件アワードにより付与される
権利は予約完結権としての一種の形成権(期待権)付きの権利にすぎず,予
約完結権の行使により初めて権利が確定すると解すべきであると主張する。
しかし,上記のとおり,ストックオプションにおいては,権利行使をして初
めて当該株式に係る配当の受領,議決権の行使及び当該株式の処分等が可能
になるものとされているのが通常であると考えられるから,そのようなスト
ックオプションと,「vest」により,その時点で当該株式に係る配当の
受領,議決権の行使及び当該株式の処分等が可能になる本件アワードとの権
利の性質を同列に論じることはできず,ストックオプションと異なり,上記
のような本件アワードにより「vest」時に付与される権利が予約完結権
としての一種の形成権(期待権)付きの権利に止まると解することはできな
い。」を加える。
(6)同51頁1行目「「vest」される旨の通知を受け,」を「「ves
t」される旨を知らされ,また,B社の株式売却申請書やB社の通常株式転
送申請書の送付を受けたこと,」に改める。
(7)同51頁4行目「及びB社の株式」を「並びに本件アワード4及び5につ
いてはB社の株式」に改める。
(8)同51頁7行目「送信したこと」の次に「(通常「vest」日前に「v
est」日に関する連絡があり,「vest」前に株式売却申請等の手続が
行われている(原審控訴人調書7頁ないし8頁)。)」を加える。
(9)同51頁8行目ないし9行目「本件アワード4及び5に関する原告の権利
が失効しているといった趣旨の連絡が入ったため」を「本件アワード4及び
5に関して,行使したい対象のものがないという趣旨の連絡,すなわち,控
訴人にとって,本件アワード4及び5に関する控訴人の権利が失効させられ
ているとしか受け取られないような内容の連絡が入ったため(原審控訴人調
書28頁ないし29頁)」に改める。
(10)同52頁2行目ないし3行目「「vest」日が原告に通知されていた
事実が認められる」を「「vest」日が控訴人に知らされていた事実が認
められる(原審控訴人調書13ないし14頁,21頁,28頁,甲17)」
に改める。
(11)同52頁21行目「C社の手違い」を「C社ないしD社側の何らかの手
違いにより,本件アワード4及び5に関する控訴人の権利が失効しているか
のように扱われたこと(なお,控訴人は,E社から「本件アワード4及び5
は株の残高がない。」との連絡を受けたことや,任意アワードである本件ア
ワード4及び5は,元来,従業員の雇用終了により自動的に取り消されるも
のであること,A社のアジア地域を統括するF社との交渉でも容易に本件ア
ワード4,5の権利が認められなかったことからして,本件アワード4,5
に関する控訴人の権利は退職後一旦失効し,その後,新たに付与された旨の
主張をするが,本件アワード4及び5に関する控訴人の権利が退職後一旦失
効したことを認めるに足りる証拠はなく,かえって,「vest」前に本件
アワード4及び5に関する通常株式転送申請書(甲10の1の書き込み前の
もの。)の用紙がA社から日本を管轄するリージョナル・コーディネーター
を通じていったんは控訴人に送付されていること(甲16,17)や,G社
から,「控訴人のアワードのうち,退職により失効し,その後再取得したも
のはない。」旨の回答がなされていること(乙12)などに照らすと,本件
アワード4及び5に関する控訴人の権利は退職後失効していなかったものと
推認される。)」に改める。
(12)同52頁24行目「受託者の手違い」を「C社ないしD社側の何らかの
手違い」に改める。
(13)同52頁26行目「取得している以上,」の次に「控訴人の本件アワー
ド4及び5に関する権利取得の効果には何ら影響はないから,」を加える。
3本件アワードに係る経済的利益の所得区分(争点②)について
原判決53頁11行目から58頁21行目記載のとおりであるから,これを
引用する。
4国税通則法65条4項にいう正当な理由の有無(争点③)について
以下のとおり付加・補正するほかは,原判決58頁23行目から67頁5行
目記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決64頁1行目「「vest」日の通知を受けて」を「「vest」
日を知らされて」に改める。
(2)同64頁3行目「指示していること」の次に「,上記認定のとおり,控訴
人は,B社の株式売却申請書やB社の通常株式転送申請書を送付したところ,
C社ないしD社側の何らかの手違いにより,本件アワード4及び5に関する
控訴人の権利に基づく株式売却等の手続の速やかな実現が一時的に妨げられ
たものの,交渉の結果,再度の申請書送付後,申請どおり株式売却等が実現
されていること」を加える。
(3)同64頁4行目「受託者の手違い」を「C社ないしD社側の何らかの手違
い」に改める。
5控訴人は当審においても,本件アワードに係る所得の年度帰属については,
従業員により権利行使の意思表示がなされた時点と解すべきゆえんを再説する
が,当審における新たな証拠を加味検討しても,本件アワードプランは,「v
est」されることにより,権利者の意思表示はもとより,なんらの法律事実
を要することなく,客観的かつ確実に従業員に帰属し,かつ,従業員が所定の
権利を行使できる法的地位を取得する制度が予定されていることは上記説示の
とおりであり,これを経済的にみても,従業員は,「vest」時に担税力を
備えた財産権を取得するのであるから,「vest」後,従業員の任意の権利
行使時にはじめて所得税法上の収入が発生するとの見解には与することはでき
ない。控訴人が当審において提出した鑑定意見書(甲15,以下「H意見書」
という。)は,本件アワードにあって,「vest」時をもって所得の年度帰
属を決することは,収入を生み出す抽象的な権利の帰属を基準とする発生主義
的な権利確定主義にすぎず,収入を生み出す具体的な権利の帰属時期(実現性
充足時期)をもって年度帰属を決するべきで,それは,「vest」後,具体
的な売却指示を出すか,自己の口座に移動するかなどの行為時であると述べる
が,本件アワードプランの予定する「vest」により,従業員の取得する権
利は,「vest」時における客観的かつ具体的な権利として確定されており,
従業員が株式を売却指示ないし自己の口座に移転するという任意の時期をもっ
て年度帰属の基準とする考え方は採用できない。
もっとも,本件アワード4,5については,控訴人がGを退職時に失効した
ものでなく,その権利に消長がなかったにせよ,控訴人が平成13年6月14
日にこれらアワードのトランスファーを申請(指示)したのに,受託者である
E社から,あたかも権利を否定するような回答がなされ,控訴人の指摘により,
F社の担当者から,控訴人に再度申請をするよう促された結果,控訴人が,再
びトランスファーを申請したのが同年11月28日,そのトランスファー分が
控訴人の口座に送付されたのが平成14年1月29日であったこと(甲17)
からすれば,控訴人が本件アワード4,5に係る金銭的利益を実現し得べかり
し時期は平成13年11月ころに再度トランスファーの申請を示唆されたとき
であって,「vest」時に所得の実現があったとするには疑問が生じないで
はない(H意見書も「控訴人の責めに帰せない理由により権利行使が妨げられ,
しかも権利の存在自体が争われている場合にまで「vest」時をもって収入
すべき権利が確定したとするのは不合理で,権利の存在が確定し,それに基づ
いて控訴人が具体的行為をしたときをもって確定時期と理解すべきもの」と述
べている。)。しかし,上記経過に至った経過を考慮すれば,I,A社,C社
のいずれもが,本件アワード4,5に係る控訴人の権利を基本的に否定してい
たのでなく,内部における手続的な過誤により一時的に本件アワード4,5の
権利の存在を認識できなかったために,控訴人の希望するトランスファーが遅
れただけであり,それが本件アワードプランにおいて遅延と評価されるもので
あっとしても,これらは,控訴人とI,A社,C社の関係で解決されるべき問
題で,控訴人が「vest」により本件アワード4,5の権利を取得した事実
は動かないというべく,控訴人の主張は採用できない。
6したがって,控訴人の本訴請求はいずれも理由がない。
第4結論
よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決
する。
大阪高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官渡邉安一
裁判官安達嗣雄
裁判官松本清隆

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