弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 被告人弁護人松本弘の上告趣意は一原審判決は其理由に於て「被告人はA石油株
式会社B鉱場の鉱夫をしてゐたのであるが第一偶々肩書地の生家に盆休の為帰省中
昭和二二年八月一三日夜右a村bで盆踊があつた際隣村の青年Cから被告人Gの踊
について彼是と冷笑されたので憤慨して同人と殴り会つた末持つてゐたジヤツクナ
イフ一挺を振り上げて気勢を示したが村の青年達にとめられてその場はもの別れと
なつた、更に十五日夜には同村D小学校の校庭で盆踊りが催された際被告人は又同
所で前記Cと前夜のことで争を始め同夜九時頃同校講堂の暗闇の裡で誰かになぐら
れた被告人は右C外その仲間のものが立向つて来るものと即断しその機先を制する
積りで所携のジヤツクナイフを振つて右Cに斬り付け同人に左上腹部穿通性刺創を
負はせ因つて翌十六日午前三時過同人をして右刺創による腸管及腸間膜並脾臓損傷
に基く急性内出血の為柏崎市内E病院で死亡するに至らせたものである」と事実を
認定し被告を懲役三年に処せられたのである。前示判決理由の事実後段によると「
更に十五日夜には同村D小学校の校庭で盆踊りが催された際被告人は又同所で前記
Cと前夜のことで争を始め同校講堂の暗闇の裡で誰かに殴られた被告人は右C外そ
の仲間のものが立向つて来るものと即断しその機先を制する積りで所携のジヤツク
ナイフを振つて右Cに斬り付け云々」と判断されたのであるけれども同十五日夜の
状勢は立向つて来るものと即断する迄もなくC等外一味の者が既に立向つて来て居
るので対抗の姿勢にあつたのであることは否な対抗の姿勢であつたといふよりも攻
撃的であつたということはCは十三日の被告人Fとの闘争に心平かならず之か復讐
の為めに同志一味をかたらい同夜同校講堂に被告人Fを誘ひ出し先づ其一味の一人
が被告人Fに一撃を加へたる事実であることの同人の第一審に於ける証人としての
供述其他の証人の証言によりて明白動かし得ない事実である果して然りとせばC等
の如上の行動は明かにFの身体生命に対する不法の侵害であり不法の暴力であるこ
とは疑なき事実であつて之を排撃せんとする被告人Fの行動は一応之を正当の防衛
と認めなければならぬ筋会である仮りにそれが正常の防衛でないとするならば其不
法の侵害の危険が如何なる程度のものか其不法の侵害に対し被告人Fが如何に之を
感覚したか即ち被告人Fに与へた脅威が如何なる程度にあつたかを明かにしなけれ
ば被告人Fの罪質及ひ刑の量定を判断し得ないものと謂はなければならぬ然るに原
審判決は十五日夜C等一味の者の誰かが同校講堂の暗闇の中で被告人Fを殴つたと
いふ事実を認めながら同人等がFに対する攻撃的対立の姿勢にあつたといふ重要な
る事実を看過し被告人Fが自己に迫る危険が如何に感じたかの極めて重要なる事実
の判断を閑却し一にFの錯覚的の即断によりて犯行したるもの、如く容易く之を認
断せられたるは不等に事実を認定せられたる不法あるのみならず理由不備の違法あ
る判決たるも免れざるものと信ずる」というにある。
 しかし、論旨の如き正当防衛の要件を充すような事実は原判決の認定しないとこ
ろであるばかりでなく、原審に於ては被告人からも、弁護人からも、被告人の行為
が正当防衛に出たものであるということは主張されていないのであるから原審がこ
の点についての判断を示さなかつたのは当然である。更に論旨は「仮りにそれが正
常の防衛でないとするならば其不法の侵害の危険が如何なる程度のものか、其不法
の侵害に対し被告人Fが如何に之を感覚したかの極めて重要なる事実の判断を閑却
し一にFの錯覚的の即断によりて犯行したるものの如く容易く之を認断せられた」
と攻撃しているけれども、裁判所が認定した事実と相容れない証拠は、とりもなお
さず裁判所が採用しなかつたと認むべきものであつて、而も裁判所は証拠の取捨選
択についての理由を明示する必要がないものである。論旨は結局原審の排斥した証
拠に基き原審の認定と異る事実を主張して、事実審裁判所である原審の専権に属す
る事実の認定を攻撃することに帰着するものであつて、日本国憲法の施行に伴う刑
訴応急措置法第一三条第二項によつて上告適法の理由とならないものであるから刑
訴四四六条に則り主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。
 検察官 十蔵寺宗雄関与
  昭和二三年一一月一三日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    藤   田   八   郎

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