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平成25年11月21日判決言渡
平成24年(行ケ)第10438号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成25年11月7日
判決
原告ディーエスエムアイピーアセッツ
ビー.ブイ.
訴訟代理人弁護士岡崎士朗
弁理士長谷川芳樹
阿部寛
清水義憲
沖田英樹
被告特許庁長官
指定代理人郡山順
小川慶子
瀬良聡機
堀内仁子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定
める。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
特許庁が不服2011-25609号事件について平成24年8月13日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,拒絶査定不服審判不成立審決の取消訴訟である。争点は,①後記の本願
発明と刊行物1発明との相違点判断の誤りの有無及び②手続違背の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「連続的灌流および交互接線流による細胞培養の方法」とする発
明につき平成17年3月4日を国際出願日とする出願をし(パリ条約による優先権
主張外国庁受理,平成16年3月5日・平成16年9月27日欧州特許庁,平成1
7年10月13日国際公開,平成19年9月13日国内公表・特表2007-52
5984号,請求項の数15),平成23年2月22日付けで誤訳訂正書により補正
をしたが(請求項の数9),平成23年7月20日に拒絶査定を受けたので,同年1
1月28日,不服審判請求をした(不服2011-25609号)。
特許庁は,平成24年8月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし,その謄本は同月28日に原告に送達された。
(甲1,3,5,6)
2本願発明の要旨
上記平成23年2月22日付け誤訳訂正書による補正後の請求項1の発明(本願
発明)に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。(甲3)
「細胞培養物中の,凝集細胞の凝集度合いを減少させる方法であって,
細胞培養培地及び凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞の懸濁液を含む細
胞培養物が,連続的灌流培養システム内に維持され,
前記細胞培養培地が前記細胞培養物に添加され,
前記細胞培養物が,中空繊維を含むフィルタモジュールにわたって循環され,
結果として前記細胞培養物よりも低い細胞密度を有する液体の流出が生じ,
前記フィルタモジュール内の流れが,フィルタモジュールの膜表面に対して接
線方向の流れ及び前記膜表面に対して垂直方向の,中空繊維の内側と中空繊維の
外側との間の流れである,交互接線流であり,
培養を所望の細胞密度に達するまで継続する,方法。」
3審決の理由の要点
(1)引用発明
米国特許第6544424号明細書(刊行物1〔甲8〕)には,次の発明(刊行物
1発明)が記載されている。(甲8,争いのない事実)
「培養培地を含む培養動物細胞の流体の灌流培養方法であって,
a)一端がバイオリアクターへ,もう一端がダイヤフラムポンプに接続された,
中空繊維フィルタを含むコンパートメントを含み,ダイヤフラムポンプは,バイ
オリアクターとポンプの間の中空繊維フィルタを通る,高速,低剪断の交互接線
流を形成し,培養動物細胞から濾過流体を分離し,濾過流体を補充するために新
鮮な培養培地を追加することができる,流体濾過システムを提供する工程,
b)前記流体をバイオリアクターからフィルタを含むコンパートメントに通し,
続いてダイヤフラムポンプまで流すことによって流体を濾過する工程,
c)前記流体の少なくとも一部分を,ダイヤフラムポンプからフィルタを含む
コンパートメント通して流して戻す工程,
d)任意にb)及びc)工程を反復する工程,
e)濾過流体を濾過システムから除去する工程,及び
f)濾過流体を補充するために新鮮な培養培地を追加する工程
を有する方法。」
(2)一致点
本願発明と刊行物1発明との一致点は,次のとおりである。
「細胞の灌流培養方法であって,
細胞培養培地及び細胞の懸濁液を含む細胞培養物が,連続的灌流培養システム
内に維持され,
前記細胞培養培地が前記細胞培養物に添加され,
前記細胞培養物が,中空繊維を含むフィルタモジュールにわたって循環され,
結果として前記細胞培養物よりも低い細胞密度を有する液体の流出が生じ,
前記フィルタモジュール内の流れが,フィルタモジュールの膜表面に対して接
線方向の流れ及び前記膜表面に対して垂直方向の,中空繊維の内側と中空繊維の
外側との間の流れである,交互接線流であり,
培養を所望の細胞密度に達するまで継続する方法である点。」
(3)相違点
本願発明と刊行物1発明との相違点は,次のとおりである。
①細胞が,本願発明では「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」である
のに対して,刊行物1発明では「培養動物細胞」である点(相違点1)。
②細胞の灌流培養方法が,本願発明では,「細胞培養物中の,凝集細胞の凝集度
合いを減少させる方法」であるのに対して,刊行物1発明では,「培養培地を含む培
養動物細胞の灌流培養方法」である点(相違点2)。
(4)相違点の判断
ア相違点1について
①刊行物1の記載(背景技術)によれば,流体濾過システムを培養動物細胞の
灌流培養に適用することは,動物細胞を培養培地とともに灌流培養し,培養培地か
ら生物学的薬剤等を分離することを意図しているといえる。
したがって,刊行物1発明は,培養培地から生物学的薬剤等を分離することを意
図しているといえる。
②本願明細書(誤訳訂正書による補正後のものをいう。以下同じ。)の記載(【0
021】【0022】【0051】)にある「PER.C6(登録商標)細胞」は,特
表2003-516733号公報(甲11)の記載(【0005】)によれば,足場
依存性細胞あるいは付着依存性細胞(培養容器壁等の足場に付着しないと生存し増
殖できない細胞)とはいえず,また,本願明細書の記載(【0021】【0022】)
にある「CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞」は,特開平8-30856
0号公報(甲12)の記載(【0013】)及び特表2002-534999号公報
(甲13)の記載(【請求項3】)のとおり,足場依存性細胞だけでなく浮遊性細胞
としても増殖可能であることが本願優先日前に広く知られていた。
したがって,本願発明の「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」は,足場
依存性細胞あるいは付着依存性細胞といわれるものに限らず,PER.C6細胞や浮
遊性のCHO細胞等の動物細胞が有する程度の凝集する傾向を有しているものであ
ると解される。
③特表2003-516733号公報(甲11)には,PER.C6細胞を用い
てワクチンを生成することが記載され(【請求項1】【請求項13】),特表2003
-521877号公報(甲16)には,CHO細胞を用いてM-CSF(マクロフ
ァージコロニー刺激因子)を生成することが記載されている(【0183】~【01
87】)。
したがって,PER.C6細胞,CHO細胞といった凝集傾向のある細胞は,本願
優先日前に生物学的薬剤を製造する細胞として広く用いられていた。
④①~③から,刊行物1発明にPER.C6細胞,CHO細胞といった生物学的
薬剤を製造するのに良く用いられるものであり,「凝集体を形成する固有の傾向を有
する細胞」であることが知られているものを用いることは,当業者が自然に行うこ
とといえ,格別の困難性があるとはいえいない。
⑤なお,刊行物1に記載されたものと同様のATF(交互接線流)システムを
用いて懸濁細胞を利用してヒト化MAbを製造したことが記載されている「GENETIC
ENGINEERINGNEWS,Vol.20,No.10,2000,P.52-53」(刊行物2〔甲9〕)には,マイク
ロキャリアベースの足場依存性の培養物中では中空繊維モジュール(HFM)をス
クリーンモジュール(SM)に置換すると記載されているが,この記載は,PER.
C6等のように足場依存性ではなく凝集傾向を有する細胞について,マイクロキャ
リアとスクリーンモジュールを用いることを教示しているとはいえない。
イ相違点2について
①刊行物1発明の交互接線流は,中空繊維の内腔を行き来する流れである。
②細胞凝集塊を分散させるためにピペットで細胞浮遊液の吸引と吐出を繰り返
しおこなうピペッティングは,本願優先日前の慣用技術であるから,細胞培養物が
ピペットの先端の細い流路を行き来することで細凝集胞塊が分散されることは,当
業者がよく知る。
③ピペッティングをよく知る当業者であれば,刊行物1発明の交互接線流によ
り凝集した細胞をばらばらに分散できることを予測する。
④①~③から,刊行物1発明の培養動物細胞として,PER.C6細胞やCHO
細胞といった凝集傾向のある細胞を用いて,刊行物1発明の灌流培養方法を行うこ
とにより,細胞培養物中の凝集細胞の凝集度合いを減少させる方法を実現すること
に格別の困難性があるとはいえない。
ウ本願発明の効果について
本願発明の高い細胞密度,高い細胞生存率,及び細胞の凝集が観察されないとい
う効果は,刊行物1及び刊行物2の記載事項及び周知技術から予測し得たものであ
り,格別顕著なものとはいえない。
(5)審決判断のまとめ
本願発明は,刊行物1発明及び刊行物2に記載された発明(刊行物2発明)並び
に周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特
許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく本願は
拒絶すべきものである。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(相違点判断の誤り)
(1)相違点1について
審決は,刊行物2のマイクロキャリアベースの足場依存性の培養物中では中空繊
維モジュールをスクリーンモジュールに置換するとの記載(53頁右欄11~34
行目)について,「PER.C6等のように足場依存性ではなく凝集傾向を有する細
胞についてまで,マイクロキャリアと,スクリーンモジュールを用いることを教示
しているとはいえない。」(14頁34~36行目)と認定した。
しかしながら,技術常識を併せ考えると,刊行物2がマイクロキャリアに付着さ
せた足場依存性細胞の培養の場合にスクリーンモジュールを用いることを教示する
理由は,マイクロキャリアのようにサイズが比較的大きいものを用いる場合には,
中空繊維モジュールは目詰まりし易いためであると考えられる。ところで,本願発
明の「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」が形成し得る凝集細胞も,マイ
クロキャリアと同程度又はそれ以上の大きさを有し得る。そうすると,マイクロキ
ャリアを付着させた足場依存性細胞の培養の場合に中空繊維モジュールでなくスク
リーンモジュールを用いることを教示する刊行物2を参照した当業者は,マイクロ
キャリアを付着させていないもののマイクロキャリアと同等又はそれ以上の大きさ
の凝集細胞を形成し得る「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」の培養の場
合についても,中空繊維モジュールよりもスクリーンモジュールが適していると考
える。そして,刊行物1は,中空繊維を用いる場合とともにスクリーンフィルタを
用いる場合を開示している(要約欄)。
したがって,上記刊行物2の教示内容にかんがみれば,PER.C6細胞等の「凝
集体を形成する固有の傾向を有する細胞」を培養する場合に中空繊維を含むフィル
タモジュールを用いることは,当業者が自然に行うことであったとまではいえない。
よって,審決の相違点1の判断には誤りがある。
(2)相違点2について
ア課題の認識の点
本願発明は,「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」により凝集細胞が形成
されると,細胞凝集体内の細胞の代謝プロフィールにおける不均一性により方法の
制御がより困難であるため不利であり,高い生存細胞密度と高い細胞生存率を得る
ことが困難であるという技術課題を考慮したものである。このような課題は,「凝集
体を形成する固有の傾向を有する細胞」に特有のものである。
しかしながら,①刊行物1発明は「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」
を用いるものではないのであるから,上記課題を刊行物1から当業者が認識したと
いえる根拠はない。特表2003-521877号公報(乙3)は,連続培養にお
ける細胞の凝集によって生存細胞密度の低下が生じることまでは示唆していないし,
特開平2-2336号公報(乙4)も,主観的な推察を述べているにすぎない。
また,②刊行物1には「・・・・・現在知られている,細胞から培地を分離するのに用
いられる灌流方法は,しばしば細胞を損傷する。・・・・・結果として生じた,スクリー
ン又はフィルタにおける,積み重なった死んだ細胞と凝集体が,目詰まりや灌流デ
バイスの故障の原因となる。・・・・・」(第2欄44~61行目)と記載されているが,
[1]ここで言及されている「凝集体」が「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」
によって形成された凝集細胞であるとは解釈できないし,[2]ここで言及されている
フィルタの目詰まりは,凝集体自体がフィルタの膜に付着するなどして生じる物理
的な現象であって凝集細胞の凝集度合いとは本質的に異なる現象であり,[3]刊行物
1には凝集体自体が分散されなくても目詰まりが回避できることが示唆されている
(第14欄64行~15欄12行目)。そうすると,刊行物1に生存細胞密度との関
係に基づく凝集体自体の凝集度合いを減少させるという課題が存在することは認め
られない。
したがって,刊行物1発明の灌流培養方法を,細胞培養物中の凝集細胞の凝集度
合いを減少させる方法に用いることを当業者が容易に想到できたとは認められない。
イ課題解決手段の点
①刊行物1発明の濾過システムとピペットとは,その目的,作用・機能及び形状
を全く異にし,当業者は,刊行物1発明の中空繊維フィルタとピペッティングとの
間に類似性を見出し,両者を関連させることはしない。
また,②審決がピペッティングにより細胞凝集塊を分散できることを開示してい
るとした特開2003-219873号公報(甲17)の記載(【0005】)及び
特開2001-149099号公報(甲18)の記載(【0005】)にある細胞凝
集塊は,高密度で接触しながら長時間置かれたために細胞同士が接着したものであ
り,本願発明における細胞自体の「凝集体を形成する固有の傾向」によって形成さ
れる凝集細胞とは異なるものであり,両者の発生原因及び発生経過は明らかに異な
る。したがって,ピペッティングにより分散される細胞凝集塊が,細胞が有する「凝
集体を形成する固有の傾向」によって形成された凝集細胞であり得ることは示唆さ
れていない。そうすると,上記各公報は,「凝集体を形成する固有の傾向を有する細
胞」によって細胞培養物中に形成される凝集細胞の凝集度合いを減少させる手段と
してピペッティングを開示するものではない。そうであれば,刊行物1発明におい
てピペッティングを「凝集細胞の凝集度合いを減少させる」ために用いるようなこ
とを当業者が試みることはない。なお,特表2003-521877号公報(乙3)
の装置は,相対的に小さい直径の管による細胞の循環に関して蠕動性ポンプを用い
て培地を循環させるものであり(【0045】【0166】),同公報が交互接線流を
教示するものではなく,特開平2-2336号公報(乙4)の設備は,マスターフ
レックス蠕動式ポンプを用いるものであり(5頁右下欄6~7行),同公報も交互接
線流に関して教示するものではない。
逆に,③ピペッティングを過度に行うと浮遊細胞が損傷すると考えるのが技術常
識であるところ,刊行物1発明には細胞凝集塊を分散させるに当たり細胞の損傷を
回避しようとする技術思想はなく,刊行物1にはピペッティングのように細胞凝集
塊を強い剪断力により分散する手段に起因する細胞の破壊について何ら教示はして
いない。そうすると,刊行物1発明の濾過システムをピペッティングと同様の作用
効果を有するとみなした当業者であれば,刊行物1発明の濾過システムはピペッテ
ィングと同様に細胞を損傷するものと予測するはずである。したがって,刊行物1
発明の灌流培養方法を細胞培養物中の凝集細胞の凝集度合いを減少させる方法に用
いるようなことは阻害されている。
ウ小括
以上から,審決の相違点2の判断には誤りがある。
(3)本願発明の効果について
本願発明の方法によれば,連続的灌流培養システムにおいて,5個以上の細胞に
より形成される凝集体(凝集細胞)が,多くとも細胞の総量の5%以下となり,可
視凝集体なしに単一細胞の懸濁液である培養物さえもたらすことが可能である。そ
の結果,酸素や栄養素が不足して死に至る凝集細胞中の細胞が低減されるため,高
い細胞密度でありながら,高い細胞生存率を達成することができる(本願明細書【0
015】~【0020】)。
そして,交互接線流と中空繊維モジュールとの組合せを適用して細胞培養物の連
続的灌流培養を行った本願発明の実施例1においては,PER.C6細胞の凝集が全
く観察されず,高い生存細胞密度が達成され(本願明細書【0041】~【005
1】,図3等),バッチ培養やフェドバッチ培養の約10倍,そして,スピンフィル
タ保持デバイスや音響保持デバイスを用いて連続的灌流培養を行った場合の約3~
5倍の最大生存細胞密度を得ることができる。さらに,本願発明の方法によれば,
培養した細胞から得られる抗体濃度(生産性)や収量についても,他の比較例の方
法を用いた場合よりも高い結果となっている。
このように,本願発明の方法によれば,連続的灌流培養システムにおいて,「凝集
体を形成する固有の傾向を有する細胞」による凝集細胞の凝集度合いを減少させる
ことができ,その結果,高い細胞密度でありながら,高い細胞生存率を達成するこ
とができる。
一方,刊行物1発明は,動物細胞一般について,バッチ培養と比較して高い生存
細胞密度が得られることにとどまる。
したがって,本願発明の顕著な効果を認めなかった審決の判断には誤りがある。
2取消事由2(手続違背)
審決は,相違点の判断において,特表2003-516733号公報(甲11),
特開平8-308560号公報(甲12),特表2002-534999号公報(甲
13),特開平5-41984号公報(甲14),特開平2-113896号公報(甲
15),特表2003-521877号公報(甲16),特開2003-21987
3号公報(甲17)及び特開2001-149099号公報(甲18)の記載を引
用したが,これら公報は審決において初めて開示されたものであり,拒絶理由通知
書及び拒絶査定では一切引用されていない。
また,審決は,ピペッティングと刊行物1発明の交互接線流とを行き来する流れ
の点で類似する技術と認定しているが,拒絶査定では,「凝集体に剪断力を作用させ
て脱凝集させること」が周知であったとしており,行き来する流れによって細胞凝
集塊を分散させることについては一切言及していない。そうすると,審決の判断は,
拒絶査定において審査官が示した判断から論旨を変更している。
したがって,審判手続においては,引用文献に甲第11号証から第18号証まで
を追加した新たな拒絶理由通知が行われるべきであったのであり,そのような拒絶
理由がされていれば,原告は,意見書を提出し又は手続補正をすることができた。
そのような拒絶理由通知をせずにされた審決は,原告の反論及び補正の機会を不
当に奪ったものであり,特許法159条2項で準用する同法50条に違背した違法
があり,かつ,その違法は明らかに審決の結論に影響がある。
第4取消事由に対する被告の反論
1取消事由1(相違点判断の誤り)に対し
(1)相違点1について
①刊行物1発明は,培養をしながら濾過を行って濾過流体を分離し,新鮮な培
養培地を追加するものであって,培養と濾過を同時に連続的に行うものである。ま
た,刊行物2発明も,刊行物1発明と同様の流体濾過システムを用いて灌流培養を
するものであって,培養と濾過を同時に連続的に行うものである。したがって,刊
行物1発明及び刊行物2発明のいずれもバッチ細胞培養を行うものではなく,両者
とも交互接線流により凝集傾向のある細胞の凝集度を自然に減少させることが予測
される。したがって,バッチ細胞培養を行うことで生じる原告主張に係る凝集体の
サイズをもとに,中空繊維モジュールよりもスクリーンモジュールが適していると
考えるのは,刊行物2の記載の合理的な理解ではない。
②刊行物2が足場依存性細胞の場合には中空繊維モジュールではなくスクリー
ンモジュールを用いることを教示するのは,マイクロキャリアベースの培養のため
の高効率灌流デバイスにするためである。また,刊行物1にも,マイクロキャリア
を使った足場依存性細胞の灌流培養にスクリーンメッシュフィルタモジュールを適
用すること,スクリーン開口部よりも大きいマイクロキャリアはシステムの中に残
されることが記載されている(第10欄28~47行目,第10欄66行~11欄
13行)。
そうすると,刊行物1や刊行物2は,足場依存性細胞の灌流培養にマイクロキャ
リアを使った場合にはスクリーンモジュールを用いることを教示しているにすぎな
いと解するのが自然である。
③①②のとおり,刊行物2が,PER.C6等のように足場依存性ではなく凝集
傾向を有する細胞の培養について,マイクロキャリアとスクリーンモジュールを用
いることを教示しているとはいえない。
よって,審決の相違点1の判断には誤りはない。
(2)相違点2について
ア課題の認識の点
本願発明は,刊行物1発明の流体濾過システムをそのまま用い(本願明細書【0
004】【0010】),刊行物1において,刊行物1発明の流体濾過システムが動物
細胞の灌流培養に使用でき,生物学的製剤を製造する過程で使用することも開示さ
れていることに従い(刊行物1第1欄30~44行目),生物学的薬剤を製造するの
によく用いられる動物細胞であるPER.C6細胞やCHO細胞といった細胞を培
養し,その結果として,刊行物1の記載(刊行物1第14欄44~63行目)のと
おりに高い細胞密度を実現し,生産性を向上したことを確認し,結果的に,細胞の
凝集が観察されなかったとするものである(本願明細書【0019】【0051】)。
①原告が主張する「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」により凝集細胞
が形成されると高い生存細胞密度等を得ることが困難であるという技術課題は,特
表2003-521877号公報(乙3)の記載(【0045】)や特開平2-23
36号公報(乙4)の記載(6頁右下欄16~19行目)に細胞の凝集と内部細胞
の活性に関連があることが開示されているように,当業者に周知の課題にすぎない。
また,②刊行物1でいう「凝集体」がどのようなものであるのかは特に説明され
てはいないものの,凝集した物が目詰まりの原因となることから,目詰まりになる
ような凝集物が観察されない方がよいことは当然といえる。そして,ピペッティン
グは本願優先日前の慣用技術であって,当該慣用技術は細胞凝集塊を分散させると
の課題の下で行われている。そうすると,[1]刊行物1発明の流体濾過システムによ
る培養培地を含む培養動物細胞の灌流培養方法を,[2]<1>生物学的薬剤を製造する
のによく用いられる動物細胞であるPER.C6細胞やCHO細胞といった凝集傾
向のある細胞に適用し,<2>刊行物1発明の中空繊維の内腔を行き来する交互接線流
により凝集する傾向を有する細胞がばらばらに分散されることを予測して,<3>高い
細胞密度を実現し,フィルタの目詰まりになるような凝集物が観察されないとする
ものであることは理解できる。
したがって,刊行物1発明を,細胞培養物中の凝集細胞の凝集度合いを減少させ
る方法とすることは,刊行物1の記載及び周知技術から当業者が容易になし得たこ
とである。
イ課題解決手段の点
①刊行物1の記載(第7欄32~40行目,第14欄64行~15欄12行目)
によれば,刊行物1発明の交互接線流は,容器とポンプとの間の中空繊維の内腔を
行き来する流れである。一方,ピペッティングは,小学校の理科の授業でも用いる
ピペットで細胞浮遊液の吸引と吐出,すなわち,行き来する流れを繰り返すことに
よって細胞凝集塊を分散させるという慣用技術である。そうすると,刊行物1発明
の交互接線流の行き来する流れが,中空繊維又はフィルタ膜への凝集体の接着を大
幅に阻止するだけでなく,細胞凝集塊も分散させるであろうことは,ピペッティン
グによる行き来する流れによって細胞凝集塊が分散することをよく知る当業者であ
れば,当然に予測し得たことといえる。
原告の主張は,刊行物1発明の灌流培養方法のもっとも特徴的な部分である交互
接線流,すなわち行き来する流れによる動作原理に着目することなく,また当業者
の通常の創作能力の発揮を無視した硬直的な見方である。
②特開2003-219873号公報(甲17)及び特開2001-1490
99号公報(甲18)で開示されているピペッティングにより分散する細胞凝集塊
も,本願発明の「凝集体を形成する固有の傾向」によって形成される細胞同士の接
着からなる凝集細胞も,細胞同士が接着したものである点において異なるものでは
ない。
また,中空糸フィルタの相対的に小さい径の管への流れやポンプ輸送の物理的応
力によっても細胞の凝集が分散されることも,特表2003-521877号公報
(乙3)の記載(【0045】)及び特開平2-2336号公報(乙4)の記載(3
頁左上欄2~17行目,6頁右下欄16~19行目)のとおり知られているもので
ある。
したがって,本願優先日前の慣用技術であるピペッティングによって細胞同士が
接着した細胞凝集塊が分散することをよく知る当業者であれば,刊行物1発明の交
互接線流の特徴的な動作である行き来する流れによって,ピペッティング同様に「凝
集体を形成する固有の傾向を有する細胞」同士の接着もばらばらにして分散し得る
ことを十分予測し得た。
③刊行物1には,従来,細胞から培地を分離するのに用いられる灌流方法では,
システムの剪断力による直接的な物理的途絶などから,しばしば細胞を損傷してい
たが,刊行物1発明の灌流方法では,培養物に剪断エネルギーを最小限加えること
によってスケールアップと高流量が得られ,バッチプロセスで達成される細胞密度
の約1倍から約20倍の細胞密度を達成したことが判明した旨が記載されている
(第2欄44~61行目,第14欄44~63行目)。そうすると,刊行物1には,
刊行物1発明の灌流方法が,システムの剪断力による直接的な物理的途絶を回避し
て,低剪断流を生み出し,培養物に剪断エネルギーを最小限加える手段を有するこ
とが記載されているといえ,ピペッティングを過度に行うことで浮遊細胞が損傷す
ることと同様のことが生じるのを回避するものである。
したがって,阻害される事情が存在するとの原告の主張は失当である。
ウ小括
以上から,審決の相違点2の判断に誤りはない。
(3)本願発明の効果について
刊行物1には,刊行物1発明の灌流培養方法が,高い細胞濃度を維持することに
より生産性を向上させるためにも用いられ得るものであって(第1欄30行~44
行目),また,刊行物1発明における灌流培養方法によって達成される細胞密度は,
バッチプロセスで達成される細胞密度の約1倍から約20倍であることが判明した
(第14欄第44~63行目)と記載されているのだから,高い細胞密度,高い細
胞生存率が得られるとの効果は,刊行物1から予測し得たものである。
そして,細胞凝集塊を分散させるという課題を解決する手段としてピペッティン
グをよく知る当業者にとっては,刊行物1発明の中空繊維の内腔を行き来する交互
接線流により,凝集する傾向を有する細胞をばらばらに分散することを予測し得た
といえることから,細胞の凝集が観察されないとの効果についても,刊行物1から
予測し得たことである。
よって,審決の本願発明の効果の判断に誤りはない。
2取消事由2(手続違背)に対し
①審決は,本願発明の「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」が足場依
存性細胞や付着依存性細胞といわれるもののみを意味するものであるのか,それ以
外の凝集体を形成する傾向を有する細胞も含まれるのかを把握するために,本願明
細書中で最も好ましく使用される細胞として記載されている「PER.C6(登録商
標)細胞」について,特表2003-516733号公報(甲11)の記載を引用
し,「PER.C6(登録商標)細胞」は,足場依存性細胞又は付着依存性細胞とい
われるものとはいえないとの技術常識を認定した(13頁31~33行目)。同じく
本願明細書に例示されている「CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞」につ
いて,特開平8-308560号公報(甲12),特表2002-534999号公
報(甲13),特開平5-41984号公報(甲14),特開平2-113896号
公報(甲15)の記載を引用し,「CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞」は,
足場依存性細胞だけでなく浮遊性細胞としても増殖可能であるとの技術常識を認定
した(13頁34行~14頁1行目)。
②また,審決は,刊行物1発明が灌流培養方法によって培養することを意図し
ている「生物学的薬剤を製造するのに用いる細胞」を把握するために,特表200
3-516733を号公報(甲11)と特表2003-521877号公報(甲1
6)を用いて,「PER.C6(登録商標)細胞」「CHO(チャイニーズハムスター
卵巣)細胞」といった凝集傾向のある細胞を用いることが周知技術であったことを
認定した。
③さらに,審決は,ピペッティングが本願優先日前の慣用技術であったことを
認定する趣旨で,特開2003-219873号公報(甲17)及び特開2001
-149099号公報(甲18)を用いた。
④平成22年11月17日付け拒絶理由通知書(甲2)では,本願発明は刊行
物1発明(引用文献1)や刊行物2発明等に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるとしている。また,平成23年7月20日付け拒絶査定(甲
5)では,平成22年11月17日付け拒絶理由通知書に記載した上記理由によっ
て拒絶すべきものとし,その備考欄において「微生物,植物細胞及び動物細胞の培
養において,・・・・・細胞凝集体を形成して増殖する場合があること,及び当該凝集体
に剪断力を作用させて脱凝集させることは,本願優先日前に周知であった」との技
術常識を示し,「引用文献1-5記載の発明に接した当業者であれば,・・・・・細胞凝
集体が剪断力を受け,凝集度合いが減少することは自明である。」と判断している。
審決は,この「凝集体に剪断力を作用させて脱凝集させること」として具体的に「ピ
ペッティング」を挙げ,ピペッティングが慣用技術であったことを示すとともに,
ピペッティングをよく知る当業者であれば,刊行物1発明の中空繊維の内腔を行き
来する交互接線流により凝集した細胞をばらばらに分散できることは,予測するこ
とと判断した。したがって,審決は,拒絶査定において審査官が示した判断から何
ら論旨を変更したものではなく,判断の枠組みを変更したものでもない。
⑤上記①から④までのとおり,審決は,新たな拒絶理由を付加したものではな
く,また,原告の反論及び補正の機会を不当に奪ったものでもないのであるから,
原告の防御権を奪うものではない。したがって,審判手続には特許法に規定されて
いる手続に違背した瑕疵はない。
第5当裁判所の判断
1本願発明について
(1)本件明細書の記載
本願発明の出願時明細書に対応する特表2007-525984号公報(甲1)
及び平成23年2月22日付け誤訳訂正書(甲3)によって訂正された明細書(本
願明細書)には,次の記載が認められる。
「【0001】本発明は,細胞の灌流培養に関する。
「【0002】本発明は,細胞培養培地および細胞を含む細胞培養物の灌流培養による細胞の
培養のための方法を開示するが,ここで細胞培養培地は細胞培養物に添加され,ここで細胞培
養物は中空繊維を含むフィルタモジュールにわたって循環され,結果として細胞培養物よりも
低い細胞密度を有する液体の流出が生じ,ここでフィルタモジュール内の流れは交互接線流で
ある。」
「【0003】意外にも,本発明による動物細胞,具体的には哺乳類細胞,または酵母細胞の
灌流培養によって,きわめて高い生存細胞密度を得ることができるが,細胞培養物はさらにき
わめて高い細胞生存率を提示することが見出されている。さらに,本発明の灌流方法が培養物
における少ない細胞凝集,および可視凝集体なしに単一細胞の懸濁液である培養物さえもたら
すことが見出された。これは,灌流細胞培養など低い剪断条件の使用が,一般的には細胞の解
離をもたらすことがないので,驚くべき所見である。灌流細胞培養時の細胞凝集は,例えば,
細胞凝集体内の細胞の代謝プロフィールにおける不均一性により方法の制御がより困難である
ため不利である。これは特に,細胞が5個の細胞もしくはそれ以上の凝集体を形成する場合,
かつその凝集体が全体で細胞の総量の5%もしくはそれ以上を構成する場合に厄介である。」
「【0004】灌流方法が米国特許第6,544,424号明細書〔判決注刊行物1〕に記載
されている。この文書は,この方法が動物細胞の灌流培養に使用できることに言及してはいる
が,本発明において見出されたきわめて高い細胞密度を開示も示唆もしていない。さらに,米
国特許第6,544,424B1号明細書は,灌流方法が中空繊維の膜表面上の障害物の付着お
よび増殖を減少させうることを開示しているが,細胞培養物そのものにおける細胞が凝集しな
いことを開示も示唆もしていない。」
「【0006】細胞の灌流培養は,当技術分野におけるその従来の意味を有し,すなわち,培
養時に細胞が分離デバイスによって保持されることを意味するが,ここで分離前よりも低い細
胞密度を有する液体の流出があり,かつ細胞培養培地の流入がある。本発明の方法においては,
分離デバイスは中空繊維を含むフィルタモジュールである。」
「【0008】『中空繊維』という語では管膜が意味される。管の内径は,好ましくは,0.
3~6.0mm,・・・・・である。好ましくは,膜のメッシュサイズは,メッシュの孔のサイズが
細胞の直径に近く,細胞の高い保持力を確保すると同時に,細胞残屑がフィルタを通過しうる
ように選択される。好ましくは,メッシュサイズは3~30μmである。」
「【0009】中空繊維を含むフィルタモジュールは,・・・・・市販されている。」
「【0010】『フィルタモジュール内の交互接線流』により,中空繊維の膜表面と(すなわ
ち,その接線と)同じ方向での1つの流れがあり,中空繊維をその流れが往復し,かつ前記フ
ィルタ表面に対して実質的に垂直の方向で別の流れがあることが意味される。接線流は,当業
者に周知の手法に従って達成されうる。例えば,米国特許第6,544,424号明細書〔判決
注刊行物1〕においては,交互接線流が中空繊維を含むフィルタモジュールにわたって細胞
培養物を循環させる1つのポンプを使用し,かつ細胞培養物より低い細胞密度をフィルタ分離
前に有する液体を除去する別のポンプを使用することにより達成されることが記載されてい
る。」
「【0011】本発明の方法においては,細胞の培養に適したすべてのタイプの細胞培養培地
が原則として使用されうる。」
「【0014】本発明の方法に有利にかけられる細胞は,この方法,すなわち,きわめて高い
生存細胞密度およびきわめて高い細胞生存率への培養から恩恵を受けるすべての細胞タイプで
ありうる。」
「【0015】本発明の方法によれば,きわめて高い生存細胞密度が,少なくとも80×106
・・・・・
である。」
「【0016】意外にも,本発明のきわめて高い細胞密度は,きわめて高い細胞生存率によっ
て達成される。」
「【0018】本発明の方法は,動物細胞または酵母細胞の培養,特に哺乳類細胞の培養に適
している。」
「【0019】本発明の方法はさらに,培養時,特に灌流培養時に凝集体(いわゆる凝集細胞)
を容易にかつ本質的に形成する細胞の培養に特に適している。意外にも,本発明の方法は,フ
ィルタ膜上の凝集体除去を減少させるだけではなく,灌流培養方法時の細胞の凝集,凝集体を
形成する固有の傾向を有する細胞の凝集も減少させる。本発明による凝集細胞の培養は,結果
として,少なくとも5個の細胞の凝集体が最大でも細胞の総量の5%・・・・・を含む,培養をもた
らす。特に好ましくは,本発明による凝集細胞の培養は,結果として,真の単一細胞懸濁液で
ある培養をもたらす。」
「【0020】凝集細胞は,少なくとも5個の細胞の凝集体を形成する細胞であり,その凝集
体は全体で細胞の総量の少なくとも5%を含んでなる。」
「【0021】哺乳類細胞の例としては,CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞,ハイ
ブリドーマ,BHK(ベイビーハムスター腎)細胞,骨髄腫細胞,ヒト細胞,例えば,HEK
-293細胞,ヒトリンパ球様細胞,PER.C6(登録商標)細胞,マウス細胞,例えば,N
SO細胞が挙げられる。」
「【0022】好ましくは,哺乳類細胞,より好ましくは,CHO,NSO,PER.C6(登
録商標)細胞が使用される。好ましくは,その培養(凝集細胞)時の凝集反応について周知の
細胞も使用される。最も好ましくは,PER.C6(登録商標)細胞が使用される。」
「【0041】実施例1:生物製剤の製造のためのヒト細胞系PER.C6(登録商標)の方
法最適化」
「【0043】材料と手法細胞系および維持:PER.C6(登録商標)細胞系をヒトI
gGを産生する本試験において使用した。・・・・・PER.C6(登録商標)細胞系は,ホスホグ
リセレートキナーゼプロモータを使用することによりアデノウイルスタイプ5(ad5)E1
遺伝子で不死化したヒト胚細胞系である。」
「【0045】細胞保持:3種類のデバイスを使用してリアクター内で細胞を保持した。最初
に10μmの細孔径を有するスピンフィルタ・・・・・を使用した。次に,BiosepAD10
15細胞保持システム・・・・・を使用した。最後に,関連中空繊維膜モジュールを有するATF-
4制御ユニットおよびハウジング・・・・・を評価した。」
「【0051】ATFユニットを使用した連続的灌流実験は,非常に高い細胞密度および生成
物濃度(100×10

細胞/mLおよび0.9g/L/日)を達成する大きな可能性を示すが,
PER.C6(登録商標)細胞の凝集は観察されなかったと結論づけることができる。」
(2)刊行物1の記載
刊行物1(訳文は乙5による。)には,次の記載が認められる。
「(要約)流体,特に生物学的流体の濾過システム。濾過システムは,一端で貯蔵容器へ,も
う一端で隔膜ポンプに接続された,フィルタを含んだコンパートメントを含む。フィルタは中
空繊維モジュールまたはスクリーンフィルタを含む。容器は,濾過されるべきプロセス流の貯
蔵容器として提供される。ダイヤフラムポンプは,容器とポンプの間の,また,中空繊維また
はスクリーンフィルタを通った,高速,交互,低剪断の接線流を生成するための手段を提供す
る。システムは,流体からの老廃物の容易な分離および,濾過された流体を補充するために新
鮮な流体を追加することを許す。」
「(第1欄30~44行目)濾過は,典型的には流体溶液,混合物または懸濁液を分離し,精
製・変性させ,および/または濃縮するために実施される。バイオテクノロジーおよび製薬業
界では,濾過は新規な薬剤,診断法,および他の生物学的物質を首尾よく生産,加工,試験す
るために不可欠である。例えば,動物細胞培養を用いて生物学的薬剤を製造する過程において,
濾過は培養培地からある種の構成成分を精製し,選択的に除去し,および濃縮するために,ま
たは培地をさらなる加工の前に変性させるために実施される。また,濾過は,灌流培養におい
て高い細胞濃度を維持することにより生産性を向上させるためにも用いられ得る。本発明は,
物理的かつ/または化学的性質に基づく分子あるいは粒子状物質の混合物または懸濁物の分画
化の改善された手段を提供する。」
「(第1欄45行~56行目)化学的および物理的特性に従って物質を分離するために,いく
つかの特殊化したフィルタおよび濾過方法が開発されてきた。当技術分野で開発されてきたフ
ィルタには平面フィルタ,プリーツフィルタ,マルチユニットカセット,中空繊維のような管
形状フィルタなどがある。しかし,こうしたフィルタの多くは寿命が短く,懸濁液又は他の生
物学的流体を濾過するためにフィルタが用いられた場合,フィルタは死んだ細胞,細胞残屑,
凝集体及び他の流体成分で目詰まりする傾向にある。この点について米国特許番号5,527,
467は,溶質分子の逆濾過を減らすことができる,一方向性の整流効果がある薄膜を持つ生
物反応器を記述している。」
「(第2欄8~43行目)動物細胞は大部分の微生物より大幅に成長が遅く,保護細胞膜を欠
くため,壊れやすい。撹拌速度を高めたり,ガスを培養物に大量に供給したりすることによる,
微生物培養の生産性を上げるためのいくつかの既知の方法は,動物細胞に対しては実行できな
い。従って,生産は極めて穏やかな培養条件と低い細胞濃度に限定されている。培養条件を穏
やかに維持しつつ細胞濃度を高める1つの方法は灌流培養法である。
細胞を成長させるための灌流培養法では,栄養素が消費され,有害な老廃物のレベルが高ま
った培地は継続的に培養物から除去され,新鮮な培地と交換される。新鮮な培地の継続的な追
加と老廃物の除去によって,細胞に必要な栄養素が供給され,細胞濃度は高くなる。バッチ培
養生産法におけるような常に変化する条件と異なり,灌流培養法は一定の条件で培養物を生成
し維持する方法を提供する。
通常のバッチ培養生産過程では,まず細胞を新鮮な培地に植菌する。すると細胞は急激に対
数増殖期に入る。細胞が培地栄養素を消費し,老廃物が蓄積すると,細胞は定常状態に移行し,
さらに減衰相に移る。バッチ培養生産を改善しようとしていくつかの方法が開発されたが,い
ずれの場合も,これらの過程は急速な発育と減衰サイクルに陥るのであった。しかし灌流培養
法では,培養物によって生成された老廃物が連続的に除去され,培養物には連続的に新鮮な培
地が補充されるので,細胞濃度と生産性が一定に保たれ平衡状態を得ることができる。通常,
約1培養液量が1日で交換され,灌流で得られる細胞濃度は通常バッチ培養で得られるピーク
値の2倍から10倍である。」
「(第2欄44~61行目)灌流培養法の潜在的利益にも関わらず,灌流培養法はそれほど受
け入れられてはいない。主要な理由の1つは,現在使用されている灌流装置の信頼性が低いと
いうことにある。現在知られている,細胞から培地を分離するのに用いられる灌流方法は,し
ばしば細胞を損傷する。この破壊はシステムの剪断力による直接的な物理的途絶,培地の中の
栄養素の枯渇,イオン強度やpHなどの培養物状態の生理的な状態の変化,細胞が放出する成
長抑制要素への曝露によって生じるのかもしれない。結果として生じた,スクリーン又はフィ
ルタにおける,積み重なった死んだ細胞と凝集体が,目詰まりや灌流デバイスの故障の原因と
なる。灌流培養で典型的に見られる高い細胞濃度では,こうした問題が重大なものとなる。こ
のことは,多数の灌流装置がプロセス容器に入っていて製造過程では交換できない場合に,特
に起こりやすい。そうした内部システムが故障すると,全体的な製造過程も停止してしまう。」
「(第3欄35~55行目)しかし,スピン-バスケット法と同様に,中空繊維フィルタは膜
表面上における微粒子およびゼラチンの蓄積によって詰まりやすい。中空繊維カートリッジを
通した一方向での再循環は,典型的には管腔入口で詰まった凝集体による中空繊維管腔の閉塞
を引き起こす。そのような凝集体は,より多くの中空線維がブロックされるにつれてサイズが
大きくなり,濾過容量が減少し得る。
したがって,廃媒質または流体が連続的に除去されるとともに,流体が連続的に新しい媒質
で満たされるような濾過システムを作り出すことが要求されている。また,交互接線流を発生
させるような濾過システムを作り出すことも求められており,それは,たとえば生体液などの
流体について,細胞への損傷または特定のプロセスの他の構成要素への損傷を最小限にするよ
うに連続的な濾過を行い,閉塞を最小限にし,プロセスの中断を最小限にするように中間プロ
セスにおいて置換されることが可能であり,全ての部分について殺菌可能であるとともに無菌
状態を維持することが可能であり,プロセス容器への一つの接続のみ有することができ,かつ
殆どのプロセスに適用され得る。
本発明は,これらの課題の解決策を提供するものである。」
「(第6欄12~21行目)本発明は,流体濾過システムに関し,概略,少なくとも一つの流
体貯蔵容器,容器からフィルタを含むコンパートメントを通るように流体を案内するための流
体コネクタ,流体をフィルタを含むコンパートメントを通して交互方向に流す少なくとも一つ
のダイヤフラムポンプ,および少なくとも一つの流体回収ポートを有する。本システムは,高
速,低せん断,接線流濾過を実施するのに有用である。そのようなシステムは,培養された動
物細胞の灌流にも,他の様々な濾過にも適用される。」
「(第6欄22~27行目)図1を参照すると,この発明による流体濾過システムが示されて
いる。プロセス容器2は,流体コネクターにより,フィルタコンパートメント4に接続してい
る。容器2は,濾過される流体に適した容器である。例えば,バイオリアクター,発酵槽また
は他の容器でよ(い)」
「(第7欄25~26行目)除去フィルタエレメントは,最も好適には,中空繊維またはスク
リーンメッシュから構成されるものである。」
「(第7欄32~40行目)ダイアフラムポンプ24は,流体を,容器2から,コンパートメ
ント4中のフィルタ18を通して,ポンプ24に移動するのに用い,それから,流体の流れを
逆転し,流体をポンプ24から,フィルタを通して容器2に戻す。このようにして,フィルタ
18を通る交互接線流が形成される。フィルタ18が中空繊維の場合,フィルタ18の入口端
20及び出口端22の両端は,ハウジングの壁にシールされ,retantate側3とフィルタ側7
の混合を防ぐ。」
「(第8欄27~50行目)図1は,交互接線流のコントローラを示す。コントローラは,圧
力変換器のような圧力測定装置で構成され,圧力チャンバー28,30中の圧力を,プロセス
容器2に関連して,モニターし制御する。・・・・・これらは,示したような交互接線流(ATF)
コントローラにより,プロセスの要求に適合する。結果として,フィルターを通って行き来す
る流体の流れは制御される。例えば,動物細胞で実施する場合,もしチャンバー28が,ダイ
ヤフラム32がチャンバー30のポンプの内壁に対して,押し進める位置まで,拡張した場合,
細胞は損傷を受ける。ポンプの壁とダイアフラムとの間に,細胞が補足されるのを最小限或い
は回避するために,チャンバー30の壁は,チャンバー28の壁より,若干大きい半径を有す
る。」
「(第9欄5~13行目)フィルタを含むコンパートメント4はまた,好ましくは流体回収ポ
ートに適した少なくとも一つの開口44を有する。流体回収ポート44はフィルタコンパート
メント4から濾過流体を除去するのに適している。最も好ましい実施形態において,濾過ポン
プ46は回収ライン50に接続されている。濾過ポンプ46はシステムからの濾過流体の除去
を調節する手段として適しているとともに,コンパートメント7からの流体の無制限な流れを
調整する逆止弁として機能する。」
「(第10欄28~47行目)本発明の1つの実施例を詳細に開示したが,他の多くの変形も
考えられる。図2A-2Cは,本発明の別の実施例である。ここではスクリーンメッシュフィ
ルタモジュール18が上記中空繊維フィルタモジュールの代わりに使われている。提示された
例では,このようなスクリーンモジュール18はベース84,ストップ85,トップ86,ポ
スト89を内蔵し,ベースとトップとの間の距離を固定している。管状スクリーンメッシュフ
ィルタ82はOリングを両端に固定している。スクリーンメッシュフィルタはナイロン,ステ
ンレススチール,ポリエステルスクリーン織物から作成してもよい。これらはコンパートメン
ト4を通過する液体を濾過する。スクリーンスペーシングは,考慮中の用途に基づき当業者な
ら容易に決定できる。中空繊維フィルタの使用と同じ方法で,濾過する液体はプロセス容器2
とダイヤフラムポンプとの間を流れる。しかし,濾過された液体はフィルタに垂直になったフ
ィルタ内蔵ハウジングから取り出しライン50を通じて除去される。好ましい実施例では,ス
クリーンは約5μmから約200μmの範囲のオープン・スペーシングを持っている。さらに好
ましくは約20μmから約75μmのオープン・スペーシングを持っている。」
「(第10欄66行~11欄13行目)図2A-2Cのシステムやその他の可能な構成は,マ
イクロキャリアを使った足場依存性細胞の灌流や媒質交換にも適用でき,また分別を要する他
の用途,サイズによる粒子の回収や濃縮にも使える。スクリーン開口部より大きな粒子は残さ
れる。ポンプ24による交互流は,分離プロセスを容易にする。例えば,図2A-2C構成で
は,媒質をマイクロキャリアに妨げられずに濾液ライン50を通じてシステムから除去できる。
スクリーン開口部よりも大きいマイクロキャリアはシステムの中に残される。濾過中やポンプ
24の排出サイクル中にスクリーンに付着するマイクロキャリアは,ポンプの空気注入サイク
ル中に,スクリーンから取り除かれ容器に戻される。」
「(第11欄21~39行目)図3は,この発明の他の実施態様を示す。ある応用では,プロ
セス容器2は,前述とは異なる開口を通して貫通される。プロセス容器2の上蓋90を通る上
部貫通ポート6が図示される。・・・・・濾過収穫物は,コンパートメント7から,流路50を通っ
て集められる。除去された流体は,レベル制御機構により,添加ポンプ47を作動させ,流路
51を通して容器中に流体が補充される。」
「(第14欄44~63行目)本発明による灌流によって達成される細胞密度は,バッチプロ
セスで達成される細胞密度の約1倍から約20倍であることが判明した。ポンプヘッドを通し
て細胞を動かす必要性をなくしたことで,システムから剪断の大きな原動力が失われ,容器に
ただ接続すればよいだけになった。蠕動ポンプ,羽根車駆動ポンプ,旧式のダイアフラムタイ
プなどの従来型のポンプは,局在的圧力勾配エネルギーを液体に加えることで流れを起こして
いた。その結果生じる強い乱流は,細胞を高度に破壊する。さらにそうしたインラインポンプ
は通常,プロセス容器に2つの接続を必要とする。他方,容器2に関連する加圧または減圧チ
ャンバー28は,強い層流,低剪断流を生み出す。フィルタを通じて培地を動かすために空気
流を駆動力として使用することができるため,非常に急速な接線方向流速を生じさせることが
できる。他のポンプと異なり,駆動エネルギーが広い面積を持つ液体表面に加えられる。液体
の局部に当たるわけではないので,培養物に剪断エネルギーを最小限加えることによってスケ
ールアップと高流量が得られる。」
「(第14欄64行~15欄12行目)容器2とチャンバー30との間の脈流は,中空繊維の
内腔又はフィルタ膜への凝集体の接着を大幅に阻止するので,この発明のシステムの動力学は,
灌流の流れの稼働寿命を延長できる。例えば,容器2からポンプ34へ培養培地が流れ,中空
繊維の内腔よりも大きい凝集体が,中空繊維アレイにより保持されるだろう。すなわち,中空
繊維がフィルタとして働き,しかしながら,繰り返す高速な,流れ方向の逆転により,堆積し
た凝集体がすぐに除去され,容器に掃き戻される。対照的に,流れが連続的に一方向に維持さ
れる時間が長ければ長いほど,粒子が,中空繊維の入口側端部に,永久的に詰まる可能性がよ
り大きくなる。容器とポンプの間を行き来するパルス流は,障害物の,繊維の両端部への接着
と成長の両方を防止する。」
「(第15欄13~21行目)加えて,フィルタの閉塞は,フィルタの壁を横切って形成され
る圧力差の変化により,阻止される。圧力吸収材の使用は,この工程を促進する。ポンプの機
能によるフィルタ内腔の圧力の変化は,結果的に,フィルタ壁を横切る正か負の圧力差となる。
このような,フィルタ流を瞬間的に内腔に戻す反転は,フィルタ膜のゼラチン形成や目詰まり
を防止する。」
「(図1)

「(図2)

「(図3)


(3)本願発明について
上記(1)によれば,本願発明について次の点が認められる。
本願発明は,中空繊維を含むフィルタモジュールを有する連続的灌流培養システ
ムを使用し,「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」を,細胞培養培地と共に,
所望の細胞密度に達するまで培養しつつ,細胞培養物中の凝集細胞の凝集度合いを
減少させる方法である。細胞培養物は,中空繊維を含むフィルタモジュールを循環
し,その際に細胞培養物よりも低い細胞密度を有する(細胞残屑等を含む。)液体が
流出する。また,フィルタモジュール内の流れは,フィルタモジュールの膜表面に
対して接線方向の流れと,前記膜表面に対して垂直方向の中空繊維の内側と中空繊
維の外側との間の流れである交互接線流である。
本願明細書には,実施例として,ヒト細胞であるPER.C6細胞を本願発明の中
空繊維を含むフィルタモジュールを有する連続的灌流培養システムを使用して培養
したことが記載されており,その際に,他の培養方法と比較して,高い細胞密度,
生産物濃度及び細胞生存率が得られたこと,細胞の凝集は観察されなかったことが
示されている。
(4)刊行物1発明について
上記(2)によれば,刊行物1発明について次の点が認められる。
刊行物1発明は,細胞の培養において,従来知られている濾過の方法では,フィ
ルタは死んだ細胞,細胞残屑,凝集体及び他の流体成分で目詰まりする傾向にあり,
また,流体を中空繊維の中の一方向のみに流す方法では,中空繊維の入り口が,凝
集体で目詰まりするという課題が存在していたが,中空繊維内の流体の流れを順次
反転させることにより,堆積した凝集体を除去できるとするものである。
刊行物1発明で使用する濾過システムは,①中空繊維フィルタを含むコンパート
メントがバイオリアクターとダイヤフラムポンプの間に位置するものであり,②培
養動物細胞の流体は,バイオリアクターから中空繊維フィルタを含むコンパートメ
ントを経由してダイヤフラムポンプまで流れ,③次に,ダイヤフラムポンプまで流
れた培養動物細胞の流体は,ダイヤフラムポンプから中空繊維フィルタを含むコン
パートメント通して流れ,バイオリアクターに戻り,④上記培養動物細胞の流体の
バイオリアクターからダイヤフラムポンプまで流れと,ダイヤフラムポンプからバ
イオリアクターまでの流れを反復させるというものであり,刊行物1発明では,培
養中の動物細胞の流体が中空繊維フィルタの中を往復することになる。
2取消事由1(相違点判断の誤り)について
(1)相違点2につき
ア課題の認識の点に関して
原告は,凝集度合いに関連する生存細胞密度の低下に関する課題は,「凝集体を形
成する固有の傾向を有する細胞」に特有のものであるにもかかわらず,①刊行物1
発明は「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」を用いるものではなく,②刊
行物1にも生存細胞密度との関係に基づく凝集体の減少という課題の記載を見出す
ことができないから,刊行物1発明の潅流培養方法を細胞培養物中の凝集細胞の凝
集度合いを減少させる方法に用いることは,当業者が容易に想到できない旨を主張
する。
しかしながら,細胞を増殖させるための装置に係る特表2003-521877
号公報(乙3)の手続補正書(16~103頁)の段落【0045】には,「凝集の
内部の細胞は外部の細胞と同様に栄養素および酸素を容易に吸収し廃棄産物を除去
できないので,凝集した細胞は,産物の産生においては有効ではない。」と記載され,
この記載は,細胞を使用して何らかの生産物を製造させようとする場合には細胞が
凝集することは有利ではないことをいうものと理解できる。また,特開平2-23
36号公報(乙4)の6頁左下欄20行目から右下欄19行目までには,「凝集物の
破壊は,単独細胞の方が媒体により良く接触でき,その結果良好な成長と代謝活性
を招くことを可能とするように思われる。」と記載され,この記載は,上記特表20
03-521877号公報(乙3)の記載内容と同旨のことを,凝集体を解離させ
て単独の細胞とすることの利点の観点からいうものと理解できる。このように,細
胞を増殖させる際に,細胞の凝集により細胞の生存率及び生存細胞の密度(容積単
位中の生存細胞数)が低下することは,本願優先日において当業者に広く知られた
事項であると認められ,かつ,このことは「凝集体を形成する固有の傾向を有する
細胞」に特有のものということはできない。
そして,前記1(4)のとおり,刊行物1発明では,細胞の培養において細胞が凝集
体を形成することが,細胞培養でフィルタを使用する場合の問題点として記載され
ているところ,上記のとおり細胞の増殖において細胞の凝集が生じると細胞の生存
率が低下することが本願優先日前に当業者に広く知られた事項であったから,当業
者は,刊行物1の記載から,「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」を含む細
胞一般が凝集したことによる細胞生存率の低下と生存細胞密度の低下という課題を
認識することができる。
この点について,原告は,特表2003-521877号公報(乙3)の記載は,
細胞の凝集によって生存細胞密度の低下が生じることまでは示唆しないと主張する
が,同公報には,細胞を低い密度及び高い密度に培養した場合の細胞の凝集度合い
と生存細胞の割合について検討している記載(手続補正書【0171】)があり,こ
の記載は,培養時の細胞の凝集と細胞の生存率や生存細胞の密度とが関係すること
を前提としていると理解できる。また,原告は,特開平2-2336号公報(乙4)
の上記記載は主観的な推察を述べているにすぎないと主張するが,同記載は,同公
報の「考察」の項における記載であり,「・・・・・ように思われる。」との表現をしたと
しても客観的な知見を述べたものと理解できることは明らかである。したがって,
原告の上記各主張は採用することはできない。
以上のとおりであるから,原告の主張には理由がない。
イ課題解決手段の点に関して
(ア)動機付けに関し
原告は,①刊行物1発明とピペッティングとを関連付けることはできず,②審決
が引用した公報は「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」によって細胞培養
物中に形成される凝集細胞の凝集度合いを減少させる手段として,ピペッティング
を開示するものではない旨を主張する。
ところで,ピペッティングとは,特開2003-219873号公報(甲17)
の記載(【0024】【0025】【0029】,図2),特開2001-149099
号公報(甲18)の記載(【0005】),特開2004-2350号公報(乙1)の
記載(【0066】)及び特表平11-504803号公報(乙2)の記載(27頁
1~6行目)によれば,凝集した細胞をピペットに出し入れすることよりこれを物
理的に解離させる方法であり,細胞を取り扱う当業者に周知の技術であることが認
められる。そして,ここでいう物理的な解離とは,凝集した細胞を複数回ピペット
の先端部を通過させることより,その通過時に凝集細胞に剪断力を作用させ凝集し
た細胞を解離させる方法ということができる。この技術的開示事項が,凝集した細
胞の発生原因又は発生経過により左右されるとする根拠は認められない。
そして,前記1(4)のとおり,刊行物1発明では,細胞の培養において細胞が凝集
体を形成することが,細胞培養でフィルタを使用する場合の問題点として記載され
ているところ,ここでいう細胞の凝集体は,個々の細胞が分裂を繰り返して増殖す
ることによって凝集体全体が徐々にその大きさを増したものと解される。
そうしてみると,刊行物1発明において,培養を継続し細胞分裂が繰り返される
ことによって細胞凝集体が大きさを増した場合には,凝集細胞がピペットの先端部
を通過する際に働く剪断力により凝集した細胞を解離できるという前記説示の周知
技術から,当業者であれば,細胞が中空繊維フィルタの中を往復する場合に,刊行
物1発明における中空繊維内部の流れにより働く剪断力により,凝集した細胞が解
離するものと理解する。
したがって,当業者は,刊行物1発明とピペッティングとを関連付けて理解でき
るものということができる。
以上から,原告の上記主張は理由がない。
(イ)阻害事由に関し
原告は,刊行物1発明とピペッティングとが同様の作用を有するとすると,当業
者は刊行物1発明が細胞を損傷し得ると予測すると主張する。
ピペッティングとは,上記(ア)のとおり,凝集細胞がピペットの先端部を通過する
際に細胞の表面に加わる剪断力に基づいて細胞を分散させるものであるから,例え
ば,ピペットの先端部の内径が細胞凝集塊の大きさと比較してある程度細い場合に
は,過度のピペッティングを行うことにより細胞にダメージを与える場合もあり得
るものと解される。
しかしながら,このような過度なピペッティングを行うことは,当業者にとって
例外的な事例であることが明らかであり,上記(ア)のとおり,刊行物1発明において
も,細胞を培養することにより細胞凝集体が大きさを増した場合には,当該凝集し
た細胞を中空繊維フィルタの中を適切に往復させることにより解離が行われるもの
であり,その工程が繰り返される間に凝集細胞が中空繊維内部からの剪断力により
ダメージを受けることはないものと理解される。
したがって,当業者は,細胞の培養に刊行物1発明の濾過システムを用いると細
胞が損傷し得ると予測するとはいえない。
以上から,原告の上記主張は理由がない。
(ウ)小括
以上によれば,審決の相違点2の判断に誤りはない。
(2)相違点1につき
原告は,「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」が形成し得る凝集細胞はマ
イクロキャリアと同程度又はそれ以上の大きさを有し得るから,マイクロキャリア
を使用する場合には中空繊維モジュールよりもスクリーンモジュールが適している
ことを開示する刊行物2の記載は,「凝集体を形成する固有の傾向を有する細胞」に
中空繊維モジュールを使用することの阻害事由になるとの趣旨を主張する。
ところで,刊行物2(訳文は乙6による。)には,次の記載がある。
「(53頁左欄41行~中央欄3行目)ダイヤフラムポンプと制御システムは,中空繊維を介
した交互接線流(ATF)の生成に働く。ATFとは,バイオリアクターとポンプ間の拍動で,
行き来する溶液の可逆的な流れである。」
「(53頁右欄12~34行目)このシステムは,懸濁細胞・・・・・を含む,多くの応用に使用
できる。このシステムは,0.2ミクロンの濾過製品流を実現し,延長した期間,高生存率を伴
う高細胞濃度で培養物を保持する能力を示す。
足場依存性の,マイクロキャリアベースの培養物中では,ATFシステムのモジュール性は,
スクリーンモジュール(SM)で中空繊維モジュール(HFM)を置換することを可能にする。
これはATFシステムをマイクロキャリアベースの培養のための高効率の灌流デバイスに変換
する。SMはマイクロキャリアをシステム中に保持し,マイクロキャリアを除いた培地が除去
される。ATFプロセスのアクティブ性は,マイクロキャリアや凝集体がスクリーンに接着す
るのを押しのけて防ぐ。」
刊行物2の上記記載は,足場依存性細胞を,細胞の足場であってガラスや架橋デ
キストラン,ポリスチレン製等のビーズ粒子などのような(特開平8-30856
0号公報〔甲12〕の段落【0002】,【0012】),そのサイズが中空繊維の内
部の往復の流れにより変化しないマイクロキャリアに付着させた場合には,マイク
ロキャリアの大きなサイズが原因で中空繊維が目詰まりしやすいことから,中空繊
維モジュールではなく,スクリーンモジュールを用いることを教示するものと理解
できる。したがって,刊行物2の上記記載は,マイクロキャリアに付着させない細
胞を培養する場合のことについて言及したものではない。そして,「凝集体を形成す
る固有の傾向を有する細胞」が形成し得る凝集体のサイズが,マイクロキャリアと
同程度又はそれ以上のサイズに至ることがあるとしても,「凝集体を形成する固有の
傾向を有する細胞」を刊行物1発明における濾過システムで培養した場合には,前
記1のとおり,凝集体は解離されるものと理解できるし,刊行物2のATFシステ
ムは,細胞を含む流体が中空繊維の内部を往復する点において刊行物1発明と同様
のものである。そうすると,刊行物2の上記記載を参照した当業者であっても,「凝
集体を形成する固有の傾向を有する細胞」を培養する場合に,中空繊維モジュール
よりもスクリーンモジュールが適していると考える理由はない。
以上から,原告の上記主張は理由がない。
したがって,審決の相違点1の判断に誤りはない。
(3)本願発明の効果について
原告は,本願発明は,刊行物1発明に比して,「凝集体を形成する固有の傾向を有
する細胞」による凝集細胞の凝集度合いを減少させ,その結果,高い細胞密度であ
りながら,高い細胞生存率を達成することができる旨を主張する。
しかしながら,前記1のとおり,当業者は,刊行物1発明の濾過システムにより,
凝集する細胞を培養した場合であっても,その凝集度合いを減少させることが可能
であり,その結果,本願発明と同様の高い細胞密度,高い細胞生存率が達成できる
という効果を有するものと予測する。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
以上から,審決の発明の効果の判断に誤りはない。
3取消事由2(手続違背)について
原告は,審判手続には,原告の反論及び補正の機会を不当に奪った手続の瑕疵が
ある旨を主張する。
しかしながら,①審決が特開平8-308560号公報(甲12)及び特開20
02-534999号公報(甲13)の記載を引用したのは,本願発明の「凝集体
を形成する固有の傾向を有する細胞」の意義を確定するための前提となる技術常識
を認定するためであり,また,審決が特開平5-41984号公報(甲14)及び
特開平2-113896号公報(甲15)の記載を引用したのは,刊行物2の上記
1(2)の記載の意義を明らかにするための前提となる技術常識を認定するためであ
り,②審決が特開2003-516733号公報(甲11)及び特表2003-5
21877号公報(甲16)の記載を引用したのは,本願優先日前の周知技術であ
った「生物学的薬剤を製造するのに用いる細胞」を把握するためであり,③審決が
特開2003-219873号公報(甲17)及び特開2001-149099号
公報(甲18)の記載を引用したのは,ピペッティングが本願優先日前の慣用技術
であったことを示すための例示としてである。
また,④審決が相違点2の判断に当たってピペッティングを摘示したのは,拒絶
査定(甲5)にある「凝集体に剪断力を作用させて脱凝集させること」の典型例と
してピペッティングを挙げ,刊行物1発明の中空繊維の内腔を行き来する交互接線
流により,細胞凝集体を脱凝集させることが可能であることを説明したにすぎず,
拒絶査定において審査官が示した判断と審決の判断には論旨の変更はない。
したがって,審決は新たな拒絶理由を追加したものではないから,審判手続にお
いて原告に対し意見書の提出及び補正の機会を与える必要は認められない。
以上から,審判手続に特許法159条2項で準用する同法50条に違背した違法
はない。
よって,原告の上記主張は,理由がない。
第6結論
以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中村恭
裁判官
中武由紀

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