弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
申請人らの本件申請を却下する。
申請費用は、申請人らの負担とする。
○ 理由
申請人らは、「被申請人が昭和五二年二月一七日付公告第五三号をもつて公告した
福岡市都市計画西新地区第一種都市再開発事業決定は、本案判決が確定するまで、
その効力を停止する。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求めた。そ
の理由とするところは、別紙「申請の理由」に記載のとおりであり、これに対する
被申請人の意見は、別紙「被申請人の意見」に記載のとおりである。
(当裁判所の判断)
一 本件申請にかかる事件の本案訴訟は、当庁昭和五二年(行ウ)第四号行政処分
取消請求事件として、当裁判所に現に係属中である。
二 被申請人が昭和五二年二月一七日付公告第五三号をもつて申請人ら主張の福岡
都市計画西新地区第一種市街地再開発事業計画の決定の公告をしたことは、当事者
間に争いがない。
被申請人は、右事業計画決定の公告は、その事業施行地区を特定して設計の概要、
事業施行期間及び資金計画につき一般的抽象的に決定するものにすぎず、特定人の
権利に直接具体的な変動を及ぼすものではないから、これを抗告訴訟の対象とする
ことは許されず、したがつて本件申請は不適法である旨主張するので、以下この点
について判断する。
市街地再開発事業は、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の
更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とし、都市計画法及び都市
再開発法(以下単に「法」という。)に定めるところに従つて行われる建築物及び
建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業及びこれに付帯する事業であつ
て、極めて図式的にその概略を述べるならば、非耐火低層建物の密集した一定区域
の土地をいつたん更地化したうえ当該地域の用途に適した高層建物(施設建築物)
を建築することによつて地上空間を有効に利用し、併せて、土地高度利用の結果生
ずる余地上に公共施設を整備することによつて既存の市街地の近代化を図るものと
いうことができる。そして、市街地再開発事業のうち第一種市街地再開発事業にあ
つては、事業に必要な用地等を施行者が買収する方法によらず、事業施行区域内に
存する土地、建物につき従前権利を有していた者に対し、従前の権利の種別に応
じ、当該権利に代えて、施設建築物敷地の所有権又は地上権の共有持分、施設建築
物の一部に対する区分所有権又は借家権等を取得させるという、いわゆる権利変換
の手法を用いる点にその顕著な特色が存する。
右再開発事業の進行する経過についてみるに、本件のように市町村が都市計画事業
として施行する第一種都市再開発事業は、概略次のような一連の手続を経て行われ
る。
即ち、都市再開発事業の施行区域は、法七条の市街地再開発促進区域にかかる場合
を除き(本件はこの場合に該当しない。)都市計画法八条一項三号に定める高度利
用地区内にあることが必要とされる(法三条一号)ので、まず、都市計画において
高度利用地区の定めがされなければならない。高度利用地区の指定を含む都市計画
が所定の手続を経て決定告示されたのち、市町村は、施行しようとする市街地再開
発事業についての施行規程及び事業計画を定めることとなるが、事業計画には施行
地区、設計の概要、事業期間及び資金計画を定め、これを二週間公衆の縦覧に供し
(事業計画につき意見のある関係権利者は縦覧期間満了の翌日から二週間以内に県
知事に意見書を提出することができる。)たうえ、設計の概要について県知事の認
可を受けなければならない。また、施行規程は、事業の施行に関する基本的事項に
つき条例の形式で定める(法五一条ないし五三条)。
市町村が、上記の手続を経て事業計画を定めたときは、遅滞なく、市街地再開発事
業の種類及び名称、事業施行期間、施工地区その他建設省令で定める事項を公告し
なければならない(法五四条一項)。
右の公告がなされることにより、事業計画は第三者に対抗しうるものとなり(同条
二項)、事業の完成へ向けての施行者と関係権利者との間における事実上、法律上
の新たな関係が順を追つて展開することとなる。即ち、施行者は、速やかに、関係
権利者に対し当該事業の概要を周知させるために必要な措置を講じ、事業の施行に
ついて協力が得られるように努力しなければならない(法六七条)ほか、権利変換
計画の基礎資料を得るため施行地区内のすべての土地、建物について土地調書及び
物件調書を作成しなければならず(法六八条)、そのために必要があるときは、他
人の占有する建築物その他の工作物に立ち入つて測量又は調査をすることができる
(法六〇条二項)。また、右公告があつたのちは、施行地区内において、事業の施
行の障害となるおそれがある土地の形質の変更、建築物の新築等を行おうとする者
は縣知事の許可を受けなければならず(法六六条)、他方、施行者は、右公告後、
施行地区内の宅地又は建築物等について権利変換手続開始の登記の申請又は嘱託を
し、右登記がされた後は、当該登記にかかる権利を処分するには施行者の承認が必
要とされるようになる(法七〇条)。そして、施行地区内に宅地、建物等を有する
者で権利変換を希望しないものは、右公告の日から三〇日以内に、右宅地等に代え
て金銭の給付を希望し、又は自己の有する建築物を他に移転すべき旨を申し出るこ
とができ(法七一条)、これによつて、権利変換を受けるべき対象者が確定する。
その後、施行者は、関係権利者の従前の権利が施設建築物及びその敷地に対する権
利に変換される一切の顛末その他所定の各事項を明らかにした権利変換計画を作成
して二週間公衆の縦覧に供したうえ、縣知事の認可を受け(法七二条、七三条)、
その旨を公告するとともに、関係権利者に関係事項を書面で通知する(法八六条。
この通知が権利変換処分である。)。権利変換計画に記載された一定の期日(権利
変換期日)において関係権利者の権利変換の効力が発生し(法八七条ないし八九
条)、施行者は、権利変換期日後遅滞なく、権利変換の登記の申請又は嘱託をし
(法九〇条)、必要に応じて土地の明渡しを求め(法九六条)、土地の明渡義務者
がその明渡期限までに土地を明渡さないときは、その義務の代行又は代執行をする
ことができ(法九八条)、土地明渡後、施設建築物に関する建築工事に着手するこ
とになるが、その完了後、すみやかにその旨を公告、通知する(法一〇〇条)とと
もに、遅滞なく、必要な登記の申請又は嘱託をしなければならない(法一〇一条一
項)。
以上の手続を経て、市街地再開発事業が終了することとなる。
三 以上見て来たように、都市計画事業としての第一種市街地再開発事業は、一定
区域の市街地を全く変貌させるに至る建設事業が行政庁を主体とする一連の手続に
よつて行われ、その積重ねによつて事業の完成をみるのであるが、これを私人の権
利義務に対する影響という観点から見るならば、権利変換処分といういわば最終的
な処分によつて始めて関係者につき物権、賃借権等の得喪という権利関係の変動が
確定的に生ずるものということができる。このような場合において、いかなる段階
のどのような行政庁の行為をとらえて抗告訴訟の対象とすべきかは問題の存すると
ころであり、右権利変換処分のごとく特定人の具体的権利に直接変動を及ぼす処分
がなされた段階においてその処分の効力を裁判上争わせれば足りるという見解もな
りたちえないわけではない。現に、被申請人が援用する最高裁大法廷判決は、土地
区画整理事業の事業計画について、それは、長期的な見通しのもとに健全な市街地
の造成を目的とする高度の行政的・技術的裁量によつて一般的抽象的に決定される
ものであり、特定個人に向けられた具体的処分とは著しく趣を異にし、事業計画自
体では利害関係者の権利変動が確定される訳ではなく、いわば事業の青写真にすぎ
ないこと等を理由として右事業計画は抗告訴訟の対象とはなりえない旨判示してい
る。そして、土地区画整理事業計画と本件の市街地再開発事業計画とを対比してみ
るに、両者とも将来遂行されるべき事業の内容を公告という一般処分の形式で定め
たものであり、特定個人に向けられた具体的処分ではないという点において類似し
ていることを否定することはできない。
しかしながら、ある行政庁の行為が一般処分の形式でなされていることのみを理由
としてこれを抗告訴訟の対象となしえないものと解すべきでないことは明らかであ
り、ここで問題とさるべきは、当該行政庁の行為によつて特定個人につき司法上の
救済を受けるに価いする権利の侵害があつたと主張することを許すべきか否かであ
るというべきである。かような観点から本件事業計画の公告がもつ意義を考えてみ
るに、第一種市街地再開発事業の手続の推移につき前に記述したところからも明ら
かなとおり、右公告は、それまで施行者と関係権利者との間における意見の調整そ
の他の事実上の準備行為あるいは計画の認可等の行政庁相互の内部行為の段階にあ
つた事業計画を、今や現実に実施されるべきものとして公権的に確定し、対外的に
宣言するものということができる。それ故に、法は、じ後の事業の円滑な進行を確
保するため、右公告後の施行区域内における土地の形質の変更等に一定の制約を課
し、右公告に基づく権利変換手続開始登記がなされた後の権利の処分を施行者の承
認にかからせることとし、更に、関係権利者のうち権利変換に代えて金銭の給付等
を希望する者に対しては公告の翌日から三〇日以内に限りその申出をすることがで
きることとして、事業の中核をなす権利変換計画の対象者の早期確定を図つている
のである。もともと、都市再開発事業は、土地の利用状況が著しく不健全であり、
その高度利用を図ることが都市の機能更新に貢献するという条件を満たす一定範囲
の区域を限つて行われるものであつて、必然的に緊急性を有し、適正な期間内にお
ける完成が期待されているばかりでなく、その事業の内容は施行区域の市街地の様
相を根本的に改めることを目的とし、従前当該区域に宅地、建物、借家権等を有し
ていた者はすべて(金銭の給付を希望する者等を除き)、権利変換計画に定めると
ころに従い従前の権利を失うと同時に新たな権利を取得するという、基本的かつ広
範な権利変動を受けることとなる。即ち、市街地再開発事業計画の決定がいつたん
公告されると、その後の手続は特別の支障がない限り、あらかじめ定められたとこ
ろに従つて機械的に進められ、関係権利者は、公告後三〇日内以内に権利変換を受
けるか又は金銭の給付等を希望するかの選択を強いられ、権利変換期日後は、必要
に応じて建物除却、土地の明渡しを求められ、その求めに応じない場合には代執行
等の強制を受けることとなり、かようにして、事業はその完成へと向かつてひたす
らに進行することとなる。
これを本件について見ても、疎乙第三〇号証の一によると、昭和五二年三月一九日
が金銭給付等の申出をなすべき期限であり、権利変換期日は同年一一月に定めら
れ、昭和五三年一月には土地明渡及び建物除却、同年二月には本件再開発ビル(施
設建築物)の建築工事に着工し、昭和五五年三月には右工事が完了し、同年七月に
完了公告がなされる予定であること、即ち、本件事業計画決定後約三年の比較的短
期間に本件市街地再開発事業の全部が終了する予定であることが一応認められる
(なお、検証の結果によると、本件施行区域内では、申請人らの土地及び家屋を除
くとかなりの部分の家屋が既に除却されており、整地工事が現在、進行中であるこ
とが認められる。)。
以上のとおりであつて、本件事業計画の公告それ自体によつて直ちに申請人らの権
利に具体的な変動を生ずるものではなく、それが生ずるのは権利変換処分によつて
ではあるけれども、本件事業計画が公告されることによつて、申請人らの権利に将
来変動を生ずること自体は直ちに確定し、しかもその権利変動たるや、既存建物の
取壊し、再開発ビルの新築という事実に伴つた基本的な権利の変動であつて、か
つ、それは不確定な将来においてではなく、さし追つた一定期間後に生ずることが
確実なのである。
右の点は、先に比較した土地区画整理事業とはいささか趣きを異にするところであ
る。即ち、土地区画整理事業は、長期的な見通しのもとに広範囲にわたる市街地の
造成を目的とするのが通例であるために、その完成までに相当の期間を要するのが
通常で、しかも、途中で計画が変更される例も多いため、施行区域内の権利関係者
にとつては、長期にわたる権利制限等の不利益を受け、不安定な地位におかれるこ
とがある反面、最終的にどのような権利の変動を受けるかは、仮換地又は換地処分
等が現実になされるまでは必ずしも明確でなく、また、関係権利者のうちにはほと
んど権利変動を受けずに終る者もないわけではない。したがつて、この場合には、
本来は事業計画の付随的効果にすぎない権利制限等を不服として右事業計画に対す
る抗告訴訟が提起されることともなる(前掲の最高裁判決も、右のような場合にか
かる事例である。)。これに対し、本件申請人らは、法六六条、七〇条に定める権
利制限により権利を侵されるという理由から本件訴訟を提起したというよりも、本
件事業計画そのものを不服として、やがて行われる(前記のとおり、昭和五二年一
一月の予定)権利変換処分ないしは土地明渡、建物除却の請求を待たず、これより
も前段階である本件事業計画決定公告の時点において訴訟を提起したものであるこ
とが明らかに看取される。
また、問題を更に実質的な側面から考えても、市街地再開発事業計画に取消又は無
効の原因たる違法が存することを主張する関係権利者がある場合において、当該事
業計画決定の公告がなされると比較的短期間のうちに計画がそのまま実施される公
算が極めて大きい(それが法の予定するところである。)のにかかわらず、権利変
換処分を受ける等の段階まで拱手傍観しなければならないとするならば、それは出
訴権を不必要に制限するものであるとの譏りを免れ難いと思われるのみならず、仮
に右の段階において事業計画が違法であることを理由に当該関係権利者に対する権
利変換が許されないということにでもなれば(事業計画の違法は権利変換処分に承
継されないとの見解に立つならば、このような事態は生じないが、右のような見解
はとりえないものと考える。)、立体的な市街地改造たる都市再開発事業の特質か
らして事業計画全体に齟齬を来たし、他の関係権利者及び施行者に及ぼす損害と混
乱は、事業が進捗していればいるほど大きいものがあると考えられる。
右の点を考慮するならば、都市再開発事業計画自体が適法であるか否かは、早い段
階で確定される方が関係権利者及び施行者の双方にとつて望ましいといえる。た
だ、このように、事業計画の公告を抗告訴訟の対象として認めるとすると、出訴期
間の関係上、権利変換処分等の具体的処分に対して取消の訴えを提起するに際し、
右権利変換処分等が違法であることの理由として事業計画に取消事由たる違法が存
するのみでは足りず、無効事由たる重大かつ明白な瑕疵があることを主張立証しな
ければならないという困難な地位におかれる結果となることが考えられるけれど
も、このことは格別関係権利者の権利を害するものではなく(事業計画自体が違法
であることを主張する者に対し、事業計画公告の日から法定の出訴期間内に訴え提
起を要求することはむしろ当然のことと考えられる。)、却つて、施行者及び関係
権利者の地位を長く不安定の状態に置かないという妥当な結果を得ることができ
る。
してみると、本件事業計画の公告は、形式的には、一般的処分であるが、それによ
つて、同時に、本件事業施行区域内の土地、建物の所有者その他関係権利者の法律
上の地位に重大な影響を及ぼす効果を有するもので、取消訴訟の対象となる行政庁
の処分に該当すると解するのが相当である。このように解することは、一般国民に
対し広く行政行為に対する司法審査の機会を保障している憲法及び行政事件訴訟法
の趣意に合致する所以でもあると考えられる。
よつて、前記被申請人の主張は採用することができず、本件申請は適法というべき
である。
四 そこで、次に、申請人らにとつて、本件事業の施行により生ずる回復の困難な
損害を避けるため緊急の必要があると認められるか否かにつき判断するに、疎乙第
一九、第二八、第二九号証、第三〇号証の一によれば、本件事業計画の概要は、申
請人らが居住し又は営業所を有する地域を含む約一・一ヘクタールを本件事業施行
地区(うち本件施設建築物敷地は約四、二〇〇平方メートル、道路敷地は約六、八
〇〇平方メートル)とし、本件施設建築物の規模を百貨店及び専門店の入居する地
下二階、地上七階(一部塔屋九階)建ビルとし、その事業施行予定を昭和五三年一
月土地明渡し及び建物等除却、同年二月右ビル建築工事着工、昭和五五年三月右ビ
ル建築工事完了とするものであること、また、証人Aの証言によれば、右ビルには
キーテナントとして大手百貨店岩田屋の入店が既に予定されていることがそれぞれ
一応認められる。
一方、疎甲第五ないし第一七号証、疎乙第三六ないし第三八号証、同第四一号証の
一、二及び申請人B、同C、同Dの各供述並びに検証の結果によれば、申請人らの
うち一二名は本件事業施行地区内で店舗を構えて小売りを中心とする営業を営み、
うち五名はそこに居住若しくは土地を所有する者であること、本件事業施行地区内
では既にかなりの建物の除却が完了し、このまま本件事業が施行されるとなると、
申請人らは早晩土地の引渡し及び建物の除却を迫まられることが認められる。
ところで、申請人らが、本件事業の施行により蒙るおそれがある回復困難な損害と
して主張する諸点のうち、本件事業計画決定公告後権利の処分につき制約が課さ
れ、右公告後三〇日以内に金銭給付を受くべき申出等をしない限り申請人らの権利
の内容が再開発ビル及びその敷地の共有持分等に変換され、更に一定段階において
土地、家屋等の明渡しを請求されるとの点は、そのこと自体をとらえて考えるなら
ば、これはいずれも都市再開発事業に随伴する効果ないしは事業の内容そのものと
して法が予定しているところであり、これらの事実をもつて直ちに回復困難な損害
ということはできない(そう解さなければ、都市再開発事業計画に対し抗告訴訟を
提起した者は常に執行停止処分の積極要件を具備することになるが、その当をえな
いことは明らかであろう。)。なかんずく、権利の処分に制約が課されるとの点に
ついては、法七〇条三項によれば、施行者は事業の遂行に重大な支障が生ずること
その他正当な理由がなければ権利の処分に対し承認を拒むことができないものとさ
れているのであつて、権利の処分を欲しながらその承認が得られないという特別の
事情がある者について始めて問題となる事柄にすぎない。また、申請人らは、本件
再開発ビル建築工事に伴う騒音等により営業が著しく妨害される旨主張するが、こ
れもまた、ある程度までは、再開発事業に必然的に随伴する現象であつて、直ちに
回復困難な損害となすことはできないばかりでなく、本件検証の結果及び疎甲第四
〇号証によれば、工事期間中施行者の準備する仮設店舗で営業を続けることも可能
であることが認められるので、申請人らの右主張事実から直ちに回復困難な損害の
発生を肯認することもできない。
本件事業の施行により申請人らが蒙る損害の有無、程度等は、申請人ごとの個別的
な事情によつて異なるはずであり、かつ、それは、各申請人らが本件施行区域内の
土地又は建物に対して有する権利の種別及び当該土地、建物の利用の実態によつて
左右されるところが大きいと考えられるのであるが、この点についての申請人らの
主張は必らずしも明確ではない。これを疎明資料から推察すれば、たとえば、申請
人Eは、本件区域内に土地、建物を所有しているが、これを申請人Fほか一名に賃
貸して自らは他の土地に居住しているというのであるから(疎甲第一四、第一二号
証)、本件事業の施行によつて大きな損害を蒙るとは考え難い。また、申請人G、
同Dは本件区域内の自己所有の建物を居住の用に供していることが認められる(疎
甲第一〇、第七号証、Dの証言)ところ、本件施行区域が居住地として特に適して
いることについて格別の疎明もないのであるから、仮に本件事業の施行によつて損
害を蒙るとしても、それはさほど深刻なものとは思われない。他方、事の成行次第
で大きな損害を蒙る可能性があると思われるのは、申請人F、同H、同I、同Cの
ように、建物を賃借して営業をしている人達である(疎甲第一二、第一三、第一
五、第六号証)。けだし、仮に、これらの者について建物が除却された後に本件事
業計画が取り消されるような事態にでもなれば、その後になつて従前と同じような
条件で本件区域内に建物を借り受けることができるという保障は実際上ないといわ
ざるをえず、回復困難な損害を受けるに至ることは十分に予測できるところであ
る。もつとも微妙な立場に置かれているのは、申請人J、同K、同L、同M(同有
限会社アポロ裔会)、同B(同株式会社山本洋傘店)のように、自ら建物を所有し
て営業を行つている(疎甲第八、第九、第一一、第一六、第五号証、Bの供述)人
達であると思われる。確かに、検証の結果に疎乙第四一号証の一、疎甲第一七号証
の一ないし三七を総合して案ずれば、右申請人らが現在の店舗で行つている営業の
形態は、高層の近代的建築物として予定されている再開発ビルに入居した暁におい
ては、多かれ少なかれ変容を遂げざるをえないものと推察される。この点をとらえ
て、申請人らは、キーテナントとして再開発ビルに入居を予定されている大資本の
百貨店「岩田屋」と申請人らの営業とは事実上併存が不可能であること、建物の高
層化及びデパートの進出により売場の物理的条件及び客層に変化を来たすこと、店
舗の維持管理費が著しく高騰し、その他巨額の出費を強いられること等により、申
請人中本件再開発ビルで営業を継続しうる者はほとんどいない旨主張し、前掲各疎
明(申請人らの上申書)においても右の諸点がそれぞれの形で強調されているとこ
ろである。
案ずるに、右申請人らの主張中には単なる杞憂として看過しえないものが含まれて
いることは否定し難いであろう。しかし、もともと企業活動の将来の動向のごとき
は、種々様々な要因によつて左右される極めて予測の困難な事柄に属し、被申請人
主張のように、百貨店のもつ顧客の吸引力によつて申請人らの営業にも好影響を及
ぼすという予測もあながち成り立ちえないわけではない。したがつて、申請人らの
全疎明によるも、本件事業計画の施行により申請人らに回復困難な損害が生ずるお
それがあるか否かは俄かに推断し難いといわざるをえないのであるが、敢えてこの
点を予測せざるをえないとすれば、それは、結局のところ、商業地区としての本件
区域が、申請人ら主張のとおり旧来のごとく個別の小規模店舗による営業に適した
場所であるのか、あるいは被申請人のいうように、共通管理方式の大規模商業ビル
の新設によつて積極的に顧客を吸引し、潜在的購買力の顕在化を図るのに適した土
地柄であるのかの判断を拠りどころとするほかないといわざるをえない。そして、
その判断をなすについては、従来住居混在の商業地区として自然発生的に発展、推
移して来た本件区域及びその周辺を含めた西新地区が今後福岡市域の中にあつてど
のような地位を占め、地域住民のためにいかなる機能を果たして行くのかという問
題に遡つて考察することにならざるをえない。けだし、本件区域が将来もローカル
的色彩を多く帯びた商業地から脱皮することの困難な諸条件の下にあるとするなら
ば、本件事業計画により近代的商業ビルを建設したところで、申請人らのみなら
ず、処分床に入居するという岩田屋も含めて、その将来の経済活動の見通しは暗い
といわざるをえないのに対し、今後西新地区が福岡市西部を後背地にもつた副都心
的存在として発展を続けて行くものとするならば、申請人らが危惧する経営上の困
難の多くは、いわば産みの苦しみとして、施行者の適切な指導、支援の下に乗り越
えて行くことのできる性質のものというべきであつて(なおそれでも、本件再開発
ビルへの入居が不利益である者については、金銭の給付を得て他に転出する途が残
されている。)、それ以上の、各申請人らに個有の具体的事情に基づく回復困難な
損害の有無については、申請人提出の全疎明によるも俄かにこれをいずれとも判断
し難いといわざるをえない。
以上の次第であつて、申請人らに回復困難な損害が生ずるかどうかの問題は、本件
区域における土地利用の現状をどのように認識し、そのあるべき姿をどう把えるか
ということと密接不可分に関連し、ひいては、本件区域を都市再開発事業の対象に
定めたことの是非の問題と共通の側面を有するものというべきである。
そこで、本件においては、更に進んで、以下本案の理由の有無について検討を加え
ることとする。
五 市街地再開発事業の意義、目的は既に述べたとおりであり、法三条は、都市計
画法一二条二項の規定により第一種市街地再開発事業について都市計画に定める施
行区域が具備すべき要件を定めている。したがつて、本件事業の施行区域が右の要
件を満たしているならば、他に特段の事由がない限り、本件事業計画は適法である
ということができるので、以下、順次この点について判断する。
まず、本件事業計画決定に至るまでの経過の概略について見るに、当事者間に争い
のない事実、疎乙第二号証の一ないし四、同第三号証の一、二、同第四ないし第二
二号証を総合すると、次の各事実を認めることができる。
1 福岡市は、本件事業計画の事前調査として、昭和四三年以来同五〇年迄の間に
地元地区住民の意識調査等各種にわたる合計一一回の調査を行つてきたところ、昭
和四七年二月施行の西新地区再開発のための商業調査の報告書によると、調査対象
者のうち西新地区商店街について「現状のままではよくない」及び「どちらかとい
えば、現状のままではよくない」と答えた者が全体の約七五パーセントを占め右調
査報告も、現状のまま西新商店街を放置すれば、流通生産性の高い大規模小売店や
商店近代化をすすめた他の商店街にそのシエアを奪われるという事実が明らかであ
る以上、西新商店街としては、それに対する対抗策を講じるほかはないとし、結論
として、西新商勢圏の潜在的購売力の西新商店街への吸引のために、大規模な再開
発ビルの建設とその効果的な運営の必要性を強く提言し、更に昭和四七年一〇月施
行の西新地区再開発事業(本件区域を施行区域とするもの)に関するアンケート調
査の結果によると、調査対象者のうち地区の発展のため再開発が必要であると答え
ている者が少くとも七一・二パーセントおり、街路拡幅のみ必要で再開発は不要と
答えた者は二三パーセントであつたこと。
2 福岡市は、昭和四九年三月一一日本件事業施行区域を高度利用地区に追加指定
することを内容とする福岡都市計画の変更を決定して告示するとともに、福岡県知
事は、福岡県都市計画地方審議会の意見を聞いたうえ同年三月一二日都市計画西新
地区市街地再開発事業及び都市計画用途地域変更の都市計画決定をして告示し、そ
の後、福岡県知事は、昭和五一年五月二二日福岡都市計画西新地区第一種市街地再
開発事業の変更の都市計画決定をして告示したこと。
3 福岡市は、本件事業の施行規則を定め、昭和五一年四月一日福岡市都市計画西
新地区第一種市街地再開発事業施行条例として公布し、次いで同年六月三日本件事
業計画を公告し、これを同月五日から二週間公衆の縦覧に供したところ、これに対
し、同年七月二日、本件申請人八名を含む一三名から右事業計画は相当でない旨の
意見書が提出されたが、右意見書は採択しないものとされ、同月一七日その旨が意
見書提出者に通知されたこと。
4 福岡県知事は、昭和五一年七月二八日、本件事業計画の設計の概要を認可した
ところ、福岡市は、昭和五二年二月一七日本件事業計画を定め、これを福岡市公告
第五三号として公告したものであり、右公告の内容は、次のとおりであること。
(一) 市街地再開発事業の種類及び名称
(1) 種 類 第一種市街地再開発事業
(2) 名 称 福岡都市計画西新地区第一種市街地再開発事業
(二) 事業施行期間 昭和四八年四月一日から同五四年三月三一日まで
(三) 施行地区 福岡市<地名略>、
<地名略>及び<地名略>の各一部
(四) 施行者の名称 福 岡 市
(五) 事務所の所在地 福岡市<地名略>
(六) 事業計画決定の年月日 昭和五一年七月二八日
(七) 権利変換を希望しない旨の申出をすることができる期限昭和五二年三月一
七日
そこで、以下、本件事業計画が法三条各号に定める要件を具備するか否かの点につ
き順次検討することとする。
先ず、同条一号は、第一種市街地再開発事業の施行区域は都市計画法八条一項三号
の高度利用地区内にあることを要する旨定めているところ、本件事業の施行区域が
福岡市都市計画において高度利用地区に定められていることは前認定のとおりであ
る(この点は、当事者間にも争いがない。)。また、同条二号は、当該区域内にあ
る耐火建築物で地上階数が三以上であるものの建築面積が当該区域にあるすべての
建築物の建築面積の合計の三分の一以下であることを要件としているが、疎乙第三
一号証及び検証の結果によれば、本件施行区域内の建築物はそのほとんどが地上二
階以下の木造建物によつて占められており、右要件を満たしていることは明らかと
認められる(申請人らも、この点を争つてはいない。)。
次に、同条三号は、当該区域に十分な公共施設がないこと、当該区域内の土地の利
用が細分されていること等により、当該区域内の土地の利用状況が著しく不健全で
あることをあげているので、この点について考えるに、疎乙第二七号証、同第二九
号証、同第三一号証、同第三六ないし第三八号証及び検証の結果によれば、本件施
行区域は面積約一・一ヘクタールのやや不定型な矩形の土地であり、その北側は福
岡市内を東西に貫通する幹線道路博多姪浜線(国道二〇二号線)によつて、西側は
同市内の主要道路の一である市道堅粕西新線によつて占められており、その余の部
分には建物がほぼ密集状態で存在している(ただし、昭和四九年三月本件事業の都
市計画決定当時。現在は任意の方法による建物除却が進められ、主として申請人ら
の建物が取り残された形となつている。)が、その多くは二階建又は一階建の木造
建物で、そのうち道路に面した建物の多くは内部を店舗に改装して営業を行つてお
り、その余は住居として使用されていて(右都市計画当時、区域内の土地又は建物
につき権利を有する者八五名。うち、約六〇名が自家営業者)、いずれも相当老朽
した状態にあり、総建築面積三、七二七・一六平方メートルのうち耐火建築物は
四・六パーセントにすぎず、簡易耐火建築物は四・六パーセント、その余の九〇・
八パーセントはすべて非耐火木造建築物であり、これを建物階数別にみると、一階
建一一戸、二階建五〇戸、三階建四戸となつていること、このように、小規模な木
造建築物が密集していて土地の利用が著しく細分され、かつ権利関係が複雑に錯綜
しているうえに区域内には狭い私道が一本あるのみで、火災時における危険性が大
とみられること、前記国道二〇二号線及び堅粕西新線、殊に前者は自動車の交通が
極めてひんぱんであるにもかかわらず幅員が約一五メートルと狭いうえに歩道がな
く、歩行者の買物、通学、通勤等につき危険度が高いこと、右道路を除けば本件施
行区域内には公共施設がないこと、以上の各事実を一応認めることができる。
以上によれば本件事業施行区域は法三条三号の要件を具備しているものと判断する
のが相当である。
次に、法三条四号の要件について検討する。同号は「当該地区内の土地の高度利用
を図ることが当該都市の機能の更新に貢献すること」と定めているところ、ここで
いう「当該都市の機能の更新に貢献すること」とは、その影響範囲が、都市全体に
及ぶ場合のみならず、当該都市のうちの相当範囲の部分の都市機能更新に貢献する
場合をも含むと解すべきである(人口一〇〇万にも及ぶような大都市においては、
ある区域の土地高度利用が直ちに都市全体の機能更新に貢献するという場合はむし
ろ少ないであろうが、それでも都市再開発の必要は減ずるものではないというべき
である。)。以下この観点から順次検討する。
1 福岡市及び西区の人口状況疎乙第二六号証によると、福岡市の人口は昭和四五
年一〇月一日現在八七万一、七一七人であつたものが、昭和五〇年一〇月一日には
一〇〇万二、二一四人に達し、その増加率は一五パーセントにのぼり、更に本件施
行区域を含む西区についてこれをみると、昭和四五年二五万六、九一〇人、昭和五
〇年三三万八、三九四人であり、その増加率は三一・七パーセントと、市全体のそ
れに比して非常な高率を示していることが認められる。
また、疎乙第三三号証によれば、予測される福岡市の人口動態は、昭和六〇年には
一二一万人に増加し、西区については五〇万人に達するものと予想されるのに対
し、都心部に位置する博多区、中央区はむしろ減少の傾向を示し、いわゆる人口の
ドーナツ化現象が福岡市においてもなお進行を続けるであろうことが一応認められ
る。
2 幹線道路の問題
疎乙第二七号証によると、昭和五〇年三月実施の調査によれば、国道二〇二号線
(博多姪浜線)の西新地区における交通量は一日の通過自動車台数三万九〇六台に
達しているのに対し道路幅員は約一五メートルと狭く、その混雑度は二一五パーセ
ントという、極度に劣悪な条件のもとにあり、また、堅粕西新線についても交通
量、混雑度ともかなりに達していることが認められる(堅粕西新線については調査
箇所が警固であるため、これをそのまま西新地区にあてはめることはできないが、
本件検証時においても相当の交通量のあることが認められた。)。殊に、国道二〇
二号線が福岡市内における最大の主要幹線の一つであるのにかかわらず、西新地区
付近における混雑度が甚だしく、ひいては市内交通全般に混乱をもたらしているこ
とは顕著な事実であつて、その整備改善は急を要するものと思われる。
3 その他の都市問題
疎乙第三二号証の一、同号証の二によると、次の事実が一応認められる。即ち右の
ような、都市の膨脹にもかかわらず、福岡市においては、社会資本の整備がこれに
追いつかず、中心部の既成市街地はもとより、周辺部の新市街地においても、交
通、給排水、生活環境、公害等の都市問題が発生し、その結果都市機能の低下を招
きつつあり、道路、上下水道、交通機関その他社会基幹施設の整備をはかるととも
に、既成市街地の体質改善を行うことが急務とされており、このような都市の体質
改善の方策として、福岡市は、都市施設の充実、市街地の整備、土地利用の純化、
高度化等を目指した諸施策の実施により、都市機能の更新をはからんとしている。
そして、その中にあつて、西新地区は、その周辺が比較的高密度な住宅地であると
ともに、文教地区的性格も強く、既に西部地区におけるシヨツピングセンターの雄
なるものとしての集積があり、かつ地下鉄の建設が近く見込まれるところから、東
部の香椎、南部の大橋とともに、発展著しい福岡市西部における副都心としての役
割を受けもつことが期待されている。
4 商業地区としての西新地区の現況
疎乙第四一号証の一ないし四六及び検証の結果によると、西新地区は、一部にはス
ーパーないし大規模小売店の進出も既に見られるが、元来自然発生的に発展して来
た地区であるため既存店舗のほとんどが低層木造の小規模かつ多くは老朽化の途に
ある商店の集合であり、前記スーパー等は旧来の商業地中心部をややはずれた場所
に設けられる傾向にあることが認められる。
なお、疎乙第二号証の二、同号証の三によると、昭和四六年当時の調査によつて
も、西新地区は、その後背地域の人口増加に伴い、周辺住宅居住者の日用品購買需
要を潜在的に高めているにもかかわらず、商店の近代化及びそれに関連する一連の
社会投資がかなり遅れているため、他の地域の商店街に対する相対的地位が低下の
傾向にあることを指摘されていることが認められる。
5 疎乙第一九号証、同第三四、第三五号証によれば、本件市街地再開発事業計画
は、以上の諸点を踏まえ、本件施行区域の北側約半分を利用して国道二〇二号線を
幅員三六メートルに拡幅し、その両側に歩道を設け、施行区域の西側の一部分を堅
粕西新線の拡幅(幅員二二メートルとする。)に用いるとともに、地下横断道路を
設け、その余の土地部分に前記のとおりの商業ビルたる施設建築物を建築(その周
囲には建物敷地内空地(ピロテイ)を設けて買物客の便に資する。)しようとする
ものであること、なお、拡幅される国道二〇二号線の道路敷下には既に着工が開始
された福岡市高速鉄道一号線(地下鉄)の西新停車場が設けられ、これを本件施設
建築物に直接連絡させるよう計画されていることが認められる。
以上の諸点によつて考えれば、本件市街地再開発事業計画は、本件事業施行区域の
土地の高度利用を図ることによつて西新地区を中核とする福岡市西部の都市機能の
更新に貢献するものと認めるのが相当である。
六 ところで、申請人らは、本件施行区域の利用が細分化されていることによつ
て、却つてそのことが、営業に低経費をもたらし、安い日用品、サービスを提供し
えてきたのであり、このことからしても、土地の利用状況が著しく不健全であると
はいえない旨主張するが、本件施行区域の土地利用状況が著しく不健全である実態
は前認定のとおりであつて、申請人らの右主張は採用できない。
また、申請人らは、「公共施設がない」という状況について、本件事業によつて新
設される公共施設なるものは、都市計画街路博多姪浜線(国道二〇二号線)及び堅
粕西新線の拡幅と横断地下道の設置でしかないが、国道二〇二号線等の拡幅等と再
開発ビルの建築はそれぞれ分離して公共性の有無を判断すべきであるところ、本件
再開発ビルの建設によつて公共施設がもたらされるわけではないから、本件事業計
画には公共性がなく、違法であると主張する。
案ずるに、なるほど、道路の拡幅が道路用地の買収あるいは土地区画整理の方法に
よつても可能であることはいうまでもないところであるが、このような平面的な方
法によつては土地の有効利用という目的を十分に達成することが困難であるところ
から、都市再開発法が制定され、土地の高度利用によつて公共施設用地の取得をは
かる市街地再開発の手法が導入されるに至つたものである。そして、本件事業は、
国道二〇二号線の拡幅等を用地買収の方法によるのではなく、当該部分にかかる土
地所有者等の権利を新たに設けられる施設建築物及び建築敷地に対する権利に変換
する方法(第一種市街地再開発事業)によつて行うものであり、両者は切り離すこ
とのできない一体の事業として都市計画決定されたものであることは、前記のとお
りである。したがつて、本件事業計画の公共性の有無その他適法性の問題はそのよ
うな一体のものとして判断されるべきであつて、たとえ、申請人の主張するよう
に、国道二〇二号線の拡幅が昭和二〇年代から計画決定されていたとしても、その
後前記のように都市計画が変更決定されたことが違法となる理由はない。
なお、申請人らは、本件事業計画が憲法二九条三項に違反する旨主張するが、都市
再開発法自体が憲法に違反することを主張しているわけではなく、本件事業計画が
都市再開発法に定める公共性の要件を具備しない旨主張しているものと解される。
そして、本件事業計画が都市再開発法に適合しているか否かの点については叙上判
断のとおりであるから、右憲法違反の点については特に判断をなすまでもないと考
える。
七 (結論)
以上の次第であつて、本件事業計画は一応適法と判断することができ、本案につき
理由がないとみえる場合に該当するというべきであるから、申請人らの本件執行停
止申請は結局理由がないものとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につ
き民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 南 新吾 小川良昭 辻 次郎)
別紙
申請の理由
一 当事者
被申請人福岡市は、昭和五二年二月一七日申請の趣旨記載の事業(以下「本件事
業」という。)の計画決定をなし、同日これを公告した。本件事業の概要は末尾添
付のとおりである。
申請人らは、いずれも本件事業の施行区域内に土地又は建物を所有し、もしくはそ
の賃借権を有するものである。
二 本件事業の違法性
1 本件事業は、憲法二九条及び都市再開発法三条に違反する。
(一) 憲法二九条と都市再開発法(以下単に「法」という。)三条の関係
憲法二九条は一項において私有財産権の保障をうたうとともに三項において正当な
補償を条件としてこれを公共のために用いることを認めている。
すなわち、私有財産権の保障は「公共のために」例外的に侵されることがあること
を容認しているのである。このことは逆に、正当な補償がなされれば、何らの理由
なく私有財産権を侵害していいという趣旨ではなく、「公共のために」用いられる
ばあいに限つてはじめて認められるものであることは言をまたない。
一般に、都市再開発事業はその施行にあたつて施行区域内の住民の不動産所有権や
居住権あるいは営業権等に制限、はく奪など重大な影響を与える。
従つて、このような私権の制限、はく奪にあたつては憲法二九条三項の要件が満た
されなければならず、それ故に都市計画法一条は「都市の健全な発展と秩序ある整
備をはかり、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的
とする」と、「公共性」を強調し、これを受けて都市再開発法三条は、その公共性
の一部を具体化しているのである。
(二) 憲法二九条違反の点について
本件事業には憲法二九条三項の要求する公共性が全くない。
すなわち、本件事業はいくつかの側面を有しているが、主要なものは、
(1) 国道二〇二号線等の拡幅
(2) 市営地下鉄西新駅との一体化
(3) 再開発ビル建築
の三面であろう。
ところで、(1)の道路拡幅は本来昭和二〇年代から計画決定され、関係官庁の怠
慢などから施行が延びてきたにすぎず、また道路拡幅予定地域についてはすでに極
く一部を除いて住民は移転を済ませており本件ではもはや問題がないし、(2)に
ついても地下鉄線及び駅舎建設は元来別のものであつて、いずれも(3)とは分離
しうるし、すべきものである。従つて右(1)(2)をもつて本件事業が公共性が
あるとは言い難く、公共性の有無は(3)自体について判断されなければならな
い。
ところで、(3)の再開発ビル(以下「本件再開発ビル」という。)構想は事業計
画書によれば地下二階、地上七階(一部九階)の高層ビルであつて、右事業計画書
自体には明らかではないが、キーテナントとして福岡の大手デパートである「岩田
屋」を入居させる予定となつている(すでに仮契約も締結されているという。)。
しかし、このような大手デパートと現在本件事業の施行区域内において申請人らが
営んでいる業種とは併存が事実上不可能であり、本件事業が施行されるならば、申
請人らのほとんどは遅かれ早かれ営業内容の大幅変更か廃業を余儀なくされること
が容易に推測できる。
現在、施行区域内においては、申請人らを含め大多数の者があるいは自ら土地、家
屋を所有し、あるいは賃貸を受けて小規模の日用雑貨商品の販売、食堂等の家族を
中心とする小規模事業を営んでおり(詳細は左の表に記載のとおり。)、営業家屋
の大半は一階ないし二階の木造低層住宅である。このため申請人らは比較的安い経
費をよりどころとして、福岡市西部一帯の住民に廉価な商品、サービスの提供をし
てきたものであり、西新地区の福岡市西部における日用品のマーケツトとして占め
る位置の大きさは公知のものである。
ところが、本件事業のような高層ビル化はこのような日用品中心の小規模経営の存
在を許さない。
第一には高層化による物理的条件の変化であり(とくに日用品店は一階とそれ以外
では大きく営業成績が異なる。)、第二にはデパートの入居による客層の変化であ
り申請人らではないが、葬儀屋や駐車場、不動産屋などこのため入居をあきらめ移
転したと思われる者もいる。)、第三にはデパートとの競合であり(宝石店、家具
店、文具店、玩具店などはデパートと競合しうるとは考えられない。)、第四には
維持管理費の高騰(現在では坪当り一万円を下らないと試算されている。)、によ
る非採算化である(現在、申請人らの大半は日常の営業に差し支えないため、店舗
の冷房は行つていないものが多いし、暖房なども部分的にしか行つていないが、本
件ビルのばあいこのような自由はなく、また家具店など売場面積を広く要するもの
は巨額の出費を強いられる。)。
このように見てくると、施行区域内の営業者は申請人ら以外を含めても本件再開発
ビルに入居して営業を継続しうるものは二、三例にすぎないのではないかと考えら
れる。
さらに、このような高層ビルは消費者たる福岡市西部の住民にも必ずしも利益をも
たらさない。西新地区が福岡市西部の日用品のマーケツトとしての重大な機能を有
することはすでに述べたが、右地区住民が西新に期待するのは安価な日用品であつ
て、天神地区のような高級品ではない。高級品に対する欲求はまた、地下鉄開通後
はわずか五分余で達することができ、種類、量の圧倒的に豊富な天神地区において
満たされる。これら住民にとつては便利なマーケツトが潰され不急の高級品店、専
門店が出現することはありがた迷惑でさえある。
以上のように、本件事業は「岩田屋」という大資本にとつてのみ有益であり、福岡
市西部の一般住民に何らの利益をももたらさず、一方、施行区域内の住民に対して
は転廃業の強要という重大な回復し難い被害をもたらすものであつて、憲法二九条
のいう「公共のため」になされるものでないことが明らかである。
(三) 都市再開発法違反の点について
本件事業はさらに法三条三号、四号にも具体的に違反する。
同条三号は、再開発事業の条件として「当該区域内に十分な公共施設がないこと、
当該区域内の土地の利用が細分されていること等により当該区域内の土地の利用状
況が著しく不健全であること」をあげている。しかるに(二)で述べたように本件
施行区域はその土地利用においてなるほど細分化されてはいるものの、そのことが
逆に施行区域内における営業に低経費をもたらし、ひいては福岡市西部の住民に安
い日用品・サービスを提供してきたものであつて、ことに最近のインフレと不況が
同時進行する経済情勢下では、本件施行区域の価値は一層評価されるべきであつ
て、決して「土地の利用状況が著しく不健全」などとはいえないのである。また公
共施設がないという状況については、前記事業計画書によれば本件事業で新設され
る公共施設とは(二)で述べた都市計画街路(博多-姪浜線、堅粕-西新線)とせ
いぜい地下横断歩道でしかないのであるから、これら道路が本件再開発ビル建設か
ら分離できる以上問題にならない。つまり本件再開発ビルの建設によつて公共施設
がもたらされるわけではない。
さらに同条四号は、「当該区域内の土地の高度利用を図ることが、産業、人口等の
過度集中により阻害されている当該都市の機能の回復に著しく貢献すること」をあ
げるが、本件事業によつては、福岡市の「都市機能の阻害」が回復されることはな
い。すなわち、福岡市においては中央区天神一帯に産業昼間人口は集中してはいる
が、都市機能が著しく阻害されているとはいい難いばかりか、右は官公庁などが同
地区に多数存在すること、交通機関の接続等が原因であり、現在の同地区の商品供
給力はむしろ過剰状態であるから、本件事業によつてかかる状況が改善されるとは
いえない。むろん地下鉄の開通によつて都市交通の円滑化といつた事態は予測でき
るかもしれないが、それは本件事業とは別個のものである。
三 本件事業計画決定の処分性
本件事業計画決定は行政処分であり、抗告訴訟の対象たりうる。
1 本件事業計画決定は、前記の如く計画自体の内容も相当具体的でかつ施行期間
も短期になされており、右決定が一般的抽象的であるとすることはできない。
何故なら、単に高度利用地区の指定をするなど一般的指定をするにすぎない都市計
画決定と異なり、法五三条、五四条の事業計画の決定公告の段階においては施行期
間(本件では昭和四八年四月一日から昭和五四年三月三一日まで)を定め、建築物
の構造、位置などの設計の概要、資金計画等が細かに公告されるのであり、すでに
その裏付としてキーテナントの入居及びこれとの仮契約等も済んでいて、事業計画
はその細目に至るまで確立しているのである。このため本件事業計画決定公告後の
手続は、この計画に従つて機械的に進行して行くのであるが、このことは次のよう
な意味をもつ。
すなわち、右決定後三〇日以内に金銭補償の申出がなされないかぎり、権利変換手
続が進められ、権利変換計画が認可された後、金銭補償希望者には金銭が支払わ
れ、それ以外の者には権利変換がなされ、いずれのばあいも土地明渡請求がなされ
ることになるのである。つまり、本件事業計画決定の公告がなされれば、それはと
りもなおさず明渡の請求がなされたと同様であり、後にのべるように施行期間の長
い区画整理事業や住宅地区改良事業と異なり、事業は昭和五四年三月三一日の完成
に向かつて期間を区切つて確定的な一歩を踏み出すのである。
また、執行停止の緊急性とも関連があるが、本件事業における不服申立を右明渡請
求の時点において認めればよいという見解は誤りである。
何故なら、平面的な区画整理事業と異なり、高層ビルの建設が目的である再開発事
業では、個々の権利者の利害は即高層ビル建設計画の成否と結びついており、個別
権利関係の処理では解決できないうえに、本件事業は、前述のように、すでに道路
拡幅部分についてはほぼ立退きが完了しており、かつ今後申請人ら以外の施行区域
の権利者の占有部分について家屋取りこわしなどの工事が先行的に(つまり権利変
換期日前に)なされると予想されるが、このような事態に至つてしか不服申立が認
められないならば、巨額の工事費を支出する被申請人も、その間工事により営業成
績に大きな痛手を被るであろう申請人らも、著しい損害を被ることになる。
2 被申請人は、いくつかの判例をあげて本件事業計画決定が処分性のないことを
主張するのでこれに反論する。
(一) 被申請人のあげる鹿児島地裁昭和四七年一〇月三〇日判決及び最高裁昭和
五〇年八月六日判決はいずれも「都市計画決定」に対する抗告訴訟であり、本件の
参考にはならない。すなわち、都市計画決定は、前に述べたように、たとえば高度
利用地区の指定(その他については都市計画法八条参照)など一般的な計画の決定
であつて、個々人の権利に具体的影響を及ぼすことは比較的少ないし、これに伴う
建築制限等も同法五三条のように一般市民が通常居住する家屋については実質的に
制限がないに等しいが、これに対し、同法六五条は都市開発事業の告示後における
新たな建築や土地の形質の変更を原則として不許可としており、これを受けて法六
六条が規定されている。従つて、都市計画決定自体についてはいまだ不服申立を認
める必要がないという前記判例は本件について妥当しない。
そして、かえつて右鹿児島地裁判決は「都市計画事業として施行される土地整備事
業を現実に遂行するにあたつてその青写真ともいうべき役割を果たすのは、都市計
画決定にもとづき、それをより具体化した事業計画の決定であると解するのが相当
である」が、「都市計画決定は・・・・・・都市計画として施行する土地区画整理
事業の大綱の指針を定めるにすぎないものであり、右事業の即実行を意味せず、た
だ将来の計画を一般的抽象的に定めたにとどまる」ので具体的権利に対する影響が
確定されないとしているのであり、逆にいえば、事業計画決定の段階に至れば具体
的権利の変動が生じることを前提にしているのであるから、むしろ右判決は申請人
らの主張を裏付けるものである。
(二) 次に、被申請人のあげる最高裁判決等はいずれも土地区画整理事業及び住
宅地区改良事業に関するものであるところ、被申請人はこれら事業計画決定と本件
事業計画決定とが類似しているという。
しかし、被申請人はこの二つの事業計画と本件事業計画の重大な相違点を無視して
いる。
被申請人のあげる判例でも明らかなように、都市計画に関する行政訴訟は土地区画
整理事業と住宅地区改良事業(なかでも前者)に関するものが圧倒的に多い。それ
は、土地区画整理事業は、その完成まで相当の期間を要するのが通常で、しかも途
中で計画変更の例も多いため、施行区域内の関係権利者にとつては、長期にわたる
権利制限や不利益を受け、あるいは不安定な地位におかれることが多いからである
(住宅地区改良事業もほぼ同じ。)。
ところが、都市再開発事業は、通常本件のような高層ビルの建築が主目的であるの
で、区画整理事業等と異なり規模も小さく、施行期間は短かく(本件では残り二年
足らず。)、かつ計画変更も大規模なものはないと考えられる。従つてまた、申請
人らはこの期間における権利の不安定性を理由として本件申請に及んだというより
は、まさに建築や権利の処分などの権利制限、金銭補償の申出、権利変換明渡請求
等の問題が、確実に段階的に、かつ日を限つて発生してくるのであり、しかも土地
明渡しなどの具体的請求がなされた時点ではすでに着工寸前であり、被申請人には
最終的には行政代執行など強権をふるう方策もあり、執行停止申請をその場に至つ
てなしたとしても決定までには時間を要し、結局無意味になつてしまうおそれが極
めて大である。この意味において本件事業計画決定は事件としての成熟性を満たし
ており、本件は、最高裁昭和四一年二月二三日判決の少数意見が真に妥当する事例
なのである。
以上のように、都市再開発事業と土地区画整理事業とは計画決定後の手続の進行が
明らかに異なつており、被申請人のあげるような判例を前提としてもなお本件事業
計画決定は抗告訴訟の対象たりうるのである。
四 緊急の必要性
1 権利の処分については、なるほど、被申請人主張のように法七〇条三項によつ
て事業の遂行に支障がない限り許可されるかの如くであるが、実際には建築制限同
様相当厳しいチエツクがなされるであろうと予想されるし、何よりも、法六六条と
ともに、本来自由な申請人らの諸権利が被申請人の裁量に委ねられること自体重大
な制約といわねばならない。
2 また、被申請人は、公告後三〇日以内に金銭補償の申出等をしないばあいは再
開発後の建築敷地の共有持分や建築物の一部にその権利が移るだけであり、権利は
消滅しないから回復し難い損害ではないと主張するが、そもそもこのように権利の
内容が金銭補償請求権や共有持分権に変質してしまうこと自体が回復し難い損害な
のであつて(違法な本件事業計画がなされなければ、申請人らは、あるいは自らの
所有する土地上に自由に家屋を建て、あるいは従来通りの営業をなすことができる
のであるから)被申請人の主張は失当である。さらに重大なことは、申請人らのほ
とんどは本件再開発ビルに入居して営業等を継続しえないのであり、このこともま
た回復し難い損害というべきである。
3 さらに、明渡しについても、法文上は権利変換手続完了後に行われるとして
も、前に述べたとおり、先行的に工事は進んでおり、その段階において訴訟を開始
することは遅きに失する。
4 なお、工事の実施までの期間中も仮店舗に入居するなどによつて営業の継続が
可能であると被申請人は主張するが、そもそも本件再開発ビルに入居して営業継続
の不可能な申請人らにこのような提案は無意味である。また申請人ら以外の権利者
の占有家屋についてはすでに一部取りこわしが開始されており、これが旧通り部分
に及べば、くしの歯の抜けたような状態になり、また工事に伴う騒音、振動、塵あ
いなどで申請人らの営業が著しく妨害されることは明白であつて、工事全体が遠い
将来に開始されることを前提とした被申請人の主張は理由がない。
五 公共の福祉への重大な影響について
被申請人のあげる、公共の福祉に重大な影響を与えるという理由中一、二は全く根
拠がない。申請人らは県道二〇二号線の道路拡幅には反対しておらず、既に、道路
拡幅部分は立退きがほぼ完了しており、本件事業を道路拡幅事業に計画変更(とい
うより、前に述べたように昭和二〇年代から決定されていた本来の道路事業にかえ
すだけの話である。)すれば済むのである。
次に、権利変換希望者について述べる。
被申請人の主張によれば、権利者六九名中権利変換希望者は五一名とされている
が、これは本件事業計画決定取消訴訟を提起したため金銭補償等の申出も権利変換
の希望もしなかつた申請人らを加算した数字であるから、これら申請人らを除け
ば、権利変換希望者は三四名にすぎない(右三四名中には本件事業計画に疑義を持
ち、訴訟に参加する意思のある者多数を含んでいることを付言する。)。しかも、
道路拡幅部分も含めて本件事業施行区域全体の当初の権利者は八五名であつたとい
うのであるから、結局本件再開発ビルに入居できると考えているのは、潜在的訴訟
参加予定者も含めて三分の一強にすぎないのであり(また、上記三四名中には自ら
営業することを断念し、他に賃貸する人々も多い。)このことからも、前述のよう
に、本件事業計画が地元権利者の犠牲の上に成り立つていることがわかるのであ
る。
そして、被申請人は本件事業の遅延によつて仮店舗入居者らの権利が侵害されると
いうが、現段階において事業が停止されてこそこれら権利者への影響は最少限に止
めることができるのである。何故なら、事業遅延による影響はもはや立退きが完了
していて復帰する家屋のない道路拡幅部分の権利者について考えられるが、これら
の人々は本来道路計画により立退きを従来から考慮してきたものであつて、最も金
銭補償にふさわしい事例ではないかと思われるし、当面事業が中止となつても仮店
舗に入居し、営業を継続しているのであるから、さし当つて著しい損害があるわけ
ではないからである。
六 結論
よつて、申請人らは、本件事業計画決定の取消しを求めて福岡地方裁判所に訴訟を
提起したが、右事業計画決定が施行されれば申請人らについて前記のような種々の
重大な回復しがたい損害が生ずることは明らかであるので、急ぎその執行停止を求
めるべく本申請に及んだ。
(末尾添付の本件事案の概要は省略)
別紙
被申請人の意見
(意見の趣旨)
主文同旨の裁判を求める。
(意見の理由)
一 本件執行停止申請は、本案訴訟が不適法であるので却下されるべきである。す
なわち、
申請人らは、本案訴訟において、被申請人が「昭和五二年二月一七日付公告第五三
号をもつて公告した福岡都市計画西新地区第一種都市再開発事業の計画決定」を取
消す旨の請求をなしているが、右福岡都市計画西新地区第一種市街地再開発事業の
事業計画(以下本件事業計画という。)の決定は抗告訴訟の対象とならないもので
あるから本件申請自体理由がない。
本件事業計画自体は、その施行地区を特定して設計の概要、事業施行期間及び資金
計画について都市再開発法(以下単に「法」という。)に基き一般的抽象的に決定
するものであつて、特定個人に対する具体的処分とは異なり、本件事業計画自体で
は利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが具体的に確定されるわけではな
い。もつとも本件事業計画が公告されると、申請人らの主張のごとく権利を処分す
るには施行者たる被申請人の承認がいる等の制限を受けるようになるが、これは事
業計画の円滑な進行を確保するために法が特に付与した付随的効果であつて、本件
事業計画の決定の効果ではない。
このように本件事業計画の決定自体から直接具体的権利変動の生じない以上、これ
を抗告訴訟の対象とすることはできない(最高裁大法廷昭和四一年二月二三日判決
民集二〇巻二号二七一頁、鹿児島地裁昭和四七年一〇月三〇日判決訟務月報一九巻
五号二三頁、最高裁第一小法廷昭和五〇年八月六日判決裁判集民事一一五号六二三
頁等参照)。
二 本案について理由がない。
申請人らは、本件事業計画決定は憲法二九条及び法三条に違反すると主張するが、
次に述べるようにいずれも理由がない。
1 申請人らは、本件事業は公共性がないので、憲法二九条に違反すると主張して
いるが、本件事業は発展を続ける福岡市西部及び西南部からの交通量増大の隘路と
なつている西新地区を道路整備するとともに、都市機能回復のための副都心づくり
の西の拠点としての再開発を目指した福岡市総合計画の事業の一つであつて、西新
地区の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新を図るものである。
本件事業計画の作成に当たつては、将来展望調査、商業調査、地区のアンケート調
査等各種調査を始め、説明会、懇談会を開催し、地元住民の意向を充分組み入れ作
成したものであつて、福岡市全体及び地区の両方の立場を考慮しているものであ
る。
申請人らは、国道二〇二号線等の拡幅と本件再開発ビルとは別のものであると主張
するが、本件事業は、国道二〇二号線等の拡幅を直接買収の方法によるのではな
く、当該部分に係る権利を権利変換処分によつて新たに整備される建築物及び建築
敷地に変換する方法により行うものであり、両者は不可分のものである。このこと
は昭和四九年二月二一日第三三回福岡県都市計画地方審議会の答申を経て、昭和四
九年三月一二日都市計画決定されたものである。
百貨店の出店に関しては、将来施行者が取得する施設建築物の一部の処分を百貨店
に予定しているのであるが、これは申請人らが主張するような「大資本にとつての
み利益」と云つたものではなく、百貨店のもつ顧客の吸引力を利用し、西新地区の
発展を図る相乗効果を狙つたものであり、シヨツピングセンターの建設による西部
地域の人々の生活の利便性の増進をも考慮したものである。
また、本件事業は権利変換方式を採るものであつて、従前の権利により本件再開発
ビルの床を取得することができるし、本件再開発ビルの入居を希望しない者は金銭
の給付又は建築物の移転により、他所へ転出することもできるようになつており、
正当な補償がなされるものである。
このように本件事業計画には、憲法二九条違反の違法はない。
2 申請人らは本件事業計画は法三条三号、四号に違反すると主張する。
しかしながら、そもそも、市街地再開発事業は、既成市街地における土地の合理的
かつ健全な高度利用と都市機能の更新をはかるため、建築物及び建築物敷地並びに
公共施設の整備を一体として行う面的立体的な事業をいうものである(法二条)。
既成市街地においては、細分化された土地の上に低層木造の建築物が建築され、平
面的な土地の利用と錯綜した権利関係の設定がなされており、かかる不健全かつ不
合理な土地利用を排し、これらの権利関係を集約して中高層建築物に収容すること
によつて、土地の立体的利用をはかり、あわせて道路、広場等公共施設のための空
間を生み出し、都市環境の整備、都市災害の防止及び都市機能の回復をはかること
が必要なところから生れたのが市街地再開発事業である。
そこで、本件施行区域が法三条の要件を具備するものであることについて、以下陳
述する。
(一) 本件施行区域内にある建築物の総建築面積は三、七二七・一六平方メート
ルであるが、そのうち耐火建築物は一六九・三二平方メートル(四・五パーセン
ト)にすぎず、簡易耐火建築物が二七四・八三平方メートル(七・四パーセント)
その他三、二八三・〇一平方メートル(八八・一パーセント)は、すべて低層木造
の建築物であり、一旦火災が発生すれば大災害となる危険性が高く、防災対策を緊
急に講ずる必要がある区域である。また、本件施行区域については、商業地域の指
定(昭和六年八月三一日告示、発効同年一〇月一日)、防災地域の指定(昭和四八
年八月一〇日告示)及び高度利用地区の指定(昭和四九年三月一一日告示)があ
り、高度利用地区指定の結果として、都市計画法八条一項三号により本件施行区域
は建築物の延面積の敷地面積に対する割合の最低限度を三〇〇パーセント、建築面
積の最低限度を二〇〇平方メートルとする定めがなされ、現在(昭和五〇年七月一
六日)都市計画法の一部改正により、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合の
最高限度を七〇〇パーセント、最低限度を三〇〇パーセント、建築物の建築面積の
敷地面積に対する割合の最高限度を八〇パーセント(但し書一〇〇パーセント)建
築物の建築面積の最低限度を二〇〇平方メートルとする定めがなされている。
このように、本件施行区域は、都市計画上土地の合理的かつ健全な高度利用が要請
されている区域となつていて、法三条一号及び二号の要件をそれぞれ具備している
ことは明らかである。
(二) 次に同条三号の問題について述べると、本件施行区域内には相当老朽化し
た木造建築物が密集し、土地の利用が細分されており、火災時における危険性が大
であるとともに、国道二〇二号線、市道堅粕西新線及び旧通りがあるものの、歩道
の未整備等による利用効率の悪さもあつて、最近における周辺一帯の異常なまでの
自動車交通量の増加のため、地域住民が日常生活上絶えず交通上の危険にさらされ
ていることは公知のことで、これらの状況を総合して、本件施行区域内の土地の利
用状況が著しく不健全であるということができる。
以上のように、申請人が主張するような法三条三号の要件違反はない。
(三) 次に、同条四号の問題について述べると、「当該都市の機能の更新に貢献
すること」というのは施行地区の高度利用をはかることが都市全体の機能更新に影
響する場合のみならず、都市を構成する各部分の機能更新に貢献する場合も含むも
のである。
ところで、福岡市の人口の現況を見るに、昭和四五年一〇月一日現在の人口八七万
一、七一七人、昭和五〇年一〇月一日現在において一〇〇万二、二一四人に達して
おり(国勢調査の結果による。)、その増加率一五パーセントは県下の各都市の中
でも高率を示している。
さらに本件施行地区を含む西区について見ると、昭和四五年が二五万六、九一〇
人、昭和五〇年が三三万八、三九四人に達しており、その増加率は三二パーセント
と、市全体に比して非常な高率を示している。
福岡市の推計によれば、同市の人口は、昭和六〇年には一二〇万人に、西区につい
ては五〇万人に達するものと予想されている。
しかしながら、かかる都市の膨張にもかかわらず、福岡市においては社会資本の整
備がこれに追いつかず、中心部の既成市街地はもとより、周辺部の新市街地におい
ても、交通、給排水、生活環境、公害等の都市問題が発生し、その結果都市機能の
低下を招きつつあることは紛れもない事実であつて、道路、上下水道、交通機関そ
の他社会基幹施設の整備をはかるとともに、既成市街地の体質改善を行うことが急
務となつている。
従つて、このような都市の体質改善の方策として、福岡市は、総合計画の中にも示
されているとおり都市施設の充実、市街地の整備、土地利用の純化及び高度化をは
かるとともに市民生活の規模の拡大及び多様化に対応した施設を充実して、都市機
能の更新をはからんとしているものである。
特に西南部の人口の膨張、交通量の増大による当地区周辺一帯は、自然発生のまま
急速な膨張を遂げ、過密と混乱を生じているので、公共施設及び商店街等の改造を
早急に行うとともに、国道二〇二号線等の拡幅、地下鉄建設事業に関連して、本地
区の整備が急を要するものであることにより、市街地再開発事業の方法により先行
的に着手すべき必要がある。
そこで、西新地区の商業施設の状況をみると、一部にはスーパーの進出もあるが、
ほとんどが低層木造の老朽化した商店の集合である。
その後背地域においては住宅地の開発が激しく進行し、その居住人口の増加はモー
タリゼイシヨンの普及と相まつて、西新商店街に対する周辺住宅地居住者の日用購
買需要を潜在的に高めているにもかかわらず、既に述べたとおり、道路の利用効率
が低いために、次第に他の地域に商店街の顧客を奪われ、相対的地位が低下しつつ
ある。
このように老朽化し、利用効率の低下した地域は、区画整理のような平面的な開発
によつては、その都市体質を変革することができないものであり、既存の建物をす
べて除却し、それらの権利関係を新設する中高層建築物内に集約化することによつ
て公共施設のための空間を確保し、もつて新たな空間価値を創出するという思いき
つた対策によつてのみその商業体質を変革することができるものと思われる。
本件事業は、西新地区の商圏及び機能の基礎調査に基づいて、施行地区に、地下二
階、地上七階(一部九階)建の施設建築物を建築して、施設建築物全体を商業ビル
とするとともに、この施設建築物に施行地区内の既存の土地建物についての権利関
係を法の定める手続により集約せしめんとするものである。
そして施設建築敷地を除く空間は、すべて博多姪浜線(国道二〇二号線)、堅粕西
新線の幹線街路及び区画街路の公共施設に生れ変らしめ、これに面する施設建築物
の利用価値を高めるとともに、人と車の交通を分離して、交通の危険から解放され
た快適かつ能率的な生活環境を形成せんとするものである。
かかる一定地域に集中的になされる空間秩序の再編成は西新地区等将来福岡市が行
う再開発と有機的関連を保ち、福岡市既成市街地の都市機能を著しく増進せしめる
ものであるとともに、それにより生ずる経済の集積の効果は、そこに営まれる中小
企業又は住民生活に新たなエネルギーを注入するものとなる。
このように本件事業が法三条四号の要件を充足することは明らかである。
三 本件事業計画決定により申請人らに回復の困難な損害を避けるべき緊急の必要
性は存しない。
申請人らは、本件事業計画決定が施行されると権利処分が原則として禁止される等
の重大な回復しがたい損害が生ずると主張するが、その理由のないことを以下述べ
る。
1 申請人らは、本件事業計画決定後は、権利の処分が原則として禁止されるとし
ているが、法七〇条の趣旨は、事業計画決定の公告があつたときは、権利変換手続
開始の登記をすることにより、施行区域内の権利変換を受けることが確定している
宅地、建物、借地権等をそのような事実を知らない第三者が取引することを防止す
るとともに、権利変換手続の円滑な進行を確保するため、権利の処分につき施行者
の承認を要することとし、施行者は事業の遂行に重大な支障を生ずることとその他
正当な事由がある場合に限つてその承認を拒否することができるのであり、承認を
得れば権利の処分は自由であつて、同条三項をみればわかるとおり承認が原則なの
であり、申請人らの主張は当らない。
2 次に、公告後三〇日以内に権利変換に関する申出を強要されるという点につい
て述べると、権利変換手続によつて関係権利者が従前有していた資産を再開発後の
施設建築敷地の共有持分並びに施設建築物の一部に変換することを希望しない者に
は、その旨を申し出る機会を与えることを定めているのが法七一条の規定である
(本件事業については、昭和五二年三月一八日までとなる。)が、この申し出は宅
地、借地権を有する者にとつてはこれらの資産に相当する金銭の給付の希望であ
り、建物所有者にとつては建物価額相当分の金銭給付か又は建物を他に移転する旨
の希望であり、借家権者は借家権の取得をしない旨の希望である。
ただ、期間中に申出をしないからといつて、三〇日経過後直ちに営業居住等を認め
ない等の措置となるものではないし、権利が消滅してしまうものでもない。申出の
ない場合は再開発後の施設建築敷地の共有持分や施設建築物の一部にその権利が移
るものである。
このように権利変換を希望せず、金銭給付を希望し又は自己の建築物を他に移転す
ることを申し出る期間を定めていること自体は、回復し難い損害とは何ら関係がな
いといわねばならない。
3 次に、法九六条の土地の明渡しについては、権利変換手続完了後に行われるも
のであり、相当の期間があり、かつ明渡し自体の請求もない現在、本件事業計画の
執行を停止する緊急性も必要性もあるとはいえない。
4 最後に、工事の実施は、土地の明渡し後に行われるものであり、工事までには
相当の期間を要するし、営業については、仮設店輔の入居等により、営業継続も可
能で営業が著しく妨害を受けるということはないので、本件事業計画の執行を停止
する緊急性、必要性はない。
以上のように申請人らのいう重大な回復しがたい損害も執行停止を求める緊急性も
ない。
四 本件事業計画の施行が停止されると、左記のような公共の福祉に重大な影響を
及ぼすおそれがある。
1 道路拡幅の遅延を来たし、交通機能の麻痺状態が継続することになる。
2 右道路拡幅の遅延に伴い、地下鉄建設が遅れることになり、その全工事に甚大
な影響を与えることになる(地下鉄西新駅は、本件事業による道路拡幅部分の地下
に建設される。)。
3 本件事業計画に関係ある権利者は当初八五名であつたが、内一六名は既に権利
を処分し現在六九名である。そのうち昭和五二年三月一八日の権利変換等申出期間
内に地区外転出の希望申出をした者は一八名(申請人二名を含む)で、結局五一名
(申請人一五名を含む)は権利変換により本件再開発ビルに入居することとなり、
右五一名の内一二名(一三店)は既に仮設店舗に移転し営業をなしており、一〇名
は権利を保留して土地を明渡している。
このように、若し本件事業計画の施行が停止でもされるようなことになると、社会
公共に与える損害はいうに及ばず、事業計画に協力している関係権利者に与える物
的、精神的損害は極めて大となるものである。
4 本件事業計画の実施が遅れることは必然的に事業費の増大を伴うことになる。

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