弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人ら(原審被告ら)は主文と同旨の判決を求め、被控訴人(原審原告)は控
訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実に関する陳述は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおり
(ただし、事実摘示中被告らの抗弁二の第一段一三行目「被告Aを」は「被告A
は」の誤記、第二段一行目「貸主たる地位の合意」は「貸主たる地位の承継の合
意」の誤記であるから各訂正し、同二行目「右両者」の次に「は」を挿入する。)
であるから、その記載を引用する。
 控訴人は、(一)Bと被控訴人間の本件土地の売買契約は、Bが被控訴人をして
控訴人らに対する明渡請求訴訟を提起させるため、所有権を信託的に移転する合意
に過ぎないから、信託法第一一条に違反する無効の契約である。(二)被控訴人の
本訴請求が権利濫用である理由を補足すれば、(イ)本件土地の西側隣地四一坪余
と、北側隣地五三坪余は、ともにBの所有地であつて、前者は借地人Cが、Bとの
裁判上の和解により昭和三八年八月これを明渡しており、また後者は借地人DがB
との調停により昭和四一年一二月これを明渡したから、もし被控訴人が真に住宅建
築のための土地を必要とするのであれば、右いずれの土地でもBから使用を許され
たはずであるのに、敢えて控訴人らが生活の本拠とする本件土地の明渡を訴求する
ことは不当である。(ロ)本件訴訟はBが被控訴人に訴訟追行をざせているとみら
れるが、Bは右両隣地をそれぞれすでに売却したかまたは売却を企てており、本件
土地も控訴人らが立退いたのちは他に売却して利益を貪ろうとしているのであると
述べた。
 被控訴人は、控訴人らの右(一)の主張事実は否認する。(二)については、B
が本件土地の西隣および北隣の土地の所有者で、それぞれ控訴人ら主張のように借
地人からその明渡をらけたことおよび後者を他に売却済であること(売却の日は昭
和四四年九月一六日である)は認めるが、被控訴人の本訴請求は権利濫用ではない
と述べた。
 双方の立証は、控訴人らが乙一七号証の一ないし三、一八号証の一、二、一九号
証ないし二六号証、二七号証の一ないし一〇を提出し、証人E、Fの各証言と控訴
人A本人尋問の結果を援用し、甲七号証の成立は不知、甲八号証の成立は認めると
述べ、被控訴人が甲七、八号証を提出し、証人Fの証言と被控訴人本人尋問の結果
を援用し、前出乙号各証はすべて成立を認める、乙二一ないし二三号証は原本の存
在も認めると述べたほか、原判決事実に記載されたとおりであるから、その記載を
引用する。
         理    由
 本件土地がBの所有であつたこと、この土地について昭和三九年四月二八日付で
Bから被控訴人へ売買による所有権移転登記が経由されていることは、ともに当事
者間に争がなく、原審当審の証人Fの証言および被控訴人本人尋問の結果ならびに
これによつて真正に成立したと認めらる甲五ないし七号証によれば、Bと被控訴人
との間で同年同月二六日本件土地の売買契約が締結された事実を認めることができ
る。
 <要旨>しかるに控訴人らは、右売買契約は通謀による虚偽表示であると主張する
ので、右契約締結の経緯ならびにその後の事情等について検討を加えること
とする。
 1 本件土地上には、被控訴人とBとの売買契約締結以前から控訴人A所有の本
件建物が存在し、控訴人らがこれに居住して現に右土地を占有しているととは争が
なく、成立に争のない甲二号証、乙六号証の一、二、原審証人Fの証言、原審当審
の控訴人Aの本人尋問の結果によれば、本件土地は控訴人Gが大正一二年頃Bの先
代から賃借したもので、当時の地上建物は滅失したがそのあとに同控訴人が本件建
物を作り、その後借地権者ならびに建物所有者は同控訴人から控訴人Aに替り、本
件建物についでは昭和三九年六月四日同控訴人名義で保存登記が経由され、現在同
控訴人の家族七名もこれに同居していることが認められる。
 2 本件土地売買契約の直前である昭和三九年三月中、Bと控訴人Aとの間で、
地代値上の折衝があり、Bが当時の月額四五〇円を九〇〇円に値上することを要請
したのに対し、同控訴人が地代家賃統制令の法意を理由にこれを拒み、結局月額六
五〇円に落着させた事実があつたことは、原審当審の証人Fの証言と原審被告Aの
本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。
 3 右Fの証言によれば、Bの本件土地売却の動機は、(1)地代値上が思らよ
うに行かないため地主としていわゆる妙味がないこと、(2)地上建物の保存登記
がないから、新所有者からの明渡請求が容易であることなどにあつたことが認めら
れ、これを上記2の認定事実と併せて考えれば、土地売却は、地代値上要請が半額
以下に阻止されたことに対する報復措置と見て差支ない。
 4 原審当審の被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人の本件土地買受の動
機は、上記3の(2)のほか、被控訴人の結核療養のための住居が必要であつたた
めというのであるが、右本人尋問の結果とこれによつて成立を認めうる甲四号証に
よれば、買受当時被控訴人は、本件土地に借地人があつて地上建物に住んでいるこ
とを知つていたのであり(ただし控訴人Gが借地人であると思つていたとい
う。)、また被控訴人自身は入院加療中で、退院時期の見とおしはついていなかつ
たことが認められるばかりでなく、本件土地の西側隣地四一坪余は、従前の借地人
Cが前年の八月中に地主Bに明渡済であることは当事者間に争がないので、特段の
立証もない以上本件土地売却当時Bが右隣地を被控訴人に使用させることは可能な
状況にあつたものと認めるほかはない。従つて、被控訴人が本件土地を買受けた動
機は、もつぱら控訴人らの追立てのためと解せられる。
 5 原審証人Fの証言と甲五ないし七号証によれば、本件土地売買契約における
売買価格は六〇万円であるが、五年間分割払の約束であつて、最終回の分は本件控
訴提起後の昭和四三年一月一二日に支払われており、他方売買契約当時の本件土地
の更地価格は坪当り五ないし六万円、全体で二百万円以上であつたことが認めら
れ、また成立に争のない乙一六号証の一四、一五によれば、本件土地の固定資産評
価額は昭和三九年度が三四万余円、昭和四〇年度が九二万余円であることが認めら
れる。これらを考え合わせると、本件売買代金はいわゆる底地価格によつたもの
で、しかもその支払方法は買主に非常に有利に定められているといつて妨げない。
 6 成立に争のない乙七、八号証、乙一〇号証の三および原審原告本人尋問の結
果によると、被控訴人は本件売買契約締結の後、将来の土地利用或いは明渡時期な
どについて控訴人らと協議しようとはせず、その年の六月一五日付文書で突然明渡
請求をし、これに対する控訴人Aの返信を開封しないで返却したことが認められる
が、この事実もまた、被控訴人が明渡請求のみを目的として本件土地を購求したこ
とを窺わせるものである。
 7 成立に争のない乙五号証と原審証人Fの証言によれば、Bの養子Fは被控訴
人の実子であり、昭和三三年の養子縁組以来Bと同居し、本件土地ならびにその隣
地等を事実上管理していて、本件土地の売買もFが中心となつて契約をとりまとめ
たものであり、また、本件建物にその頃保存登記がなかつたことを調査したのも同
人であることが認められる。
 以上列記の諸事項を総合考察するときは、Bは控訴人らが本件土地の地代値上に
快く賛同しなかつたため一転して控訴人らを立退かせようと思いたち、地上建物の
保存登記がされていない点に着目し、第三者である被控訴人の手を借りて控訴人ら
を立退かせることを企画したのであり、また被控訴人はその企画に参加し、Bの目
的を果すために本件土地を買受けたものと判断せざるをえない。
 右のとおりである以上、本件土地の売買契約は、これをBと被控訴人との通謀に
よる虚偽表示と認めるまでには至らず、従つて被控訴人への所有権の帰属を否定す
ることはできないけれども、被控訴人は、その買受当時控訴人Aが借地権の対抗要
件である建物の登記を経由していなかつたことをとらえて、同人の借地権を否認す
ることを許されない立場にあるもの、換言すれば右登記欠缺を主張する正当な利益
を有する第三者に該当しないものと断定するのを相当とする。
 従つて、結局控訴人らの抗弁は理由があり、控訴人Aはその借地権をもつて被控
訴人に対抗しうる結果、被控訴人の本件建物収去ならびに退去土地明渡の請求およ
び本件土地不法占有を原因とする損害賠償請求は、いずれも失当として棄却すべき
ものであるから、これと結論を異にする原判決を取消して本訴請求を棄却すること
とし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 田嶋重徳 裁判官 吉江清景)

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