弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人らはいずれも無罪。
         理    由
   目   次
第一 は し が き
第二 上告趣意について
第三 職 権 調 査
 一 序   論
 二 本   論
  (一) 証拠上疑の余地がない外形的事実
  (二) Aが犯人であること
  (三) 被告人らの加功の有無
  (四) 原判決(三次控訴審)の検討
 三 結   論
第一 は し が き
 本件公訴事実は、「被告人らはAと共謀の上、昭和二六年一月二四日午后一〇時
五〇分頃、山口県熊毛郡a村bB方寝間において、長斧をもつて就寝中のB(当六
四年)の頭部および顔部を数回殴打して殺害すると同時に、手をもつて同じく就寝
中の同人の妻C(当六四年)の口を塞ぎ首を締めて殺害した上、同寝間の箪笥内か
ら金一六、一〇〇円を強取した。」というのである。右事実の存否をめぐつて、一
審有罪、一次控訴審有罪の判決があつたところ、一次上告審は、「第一審及び原審
に現われた証拠によつては、被告人四名につき原審の是認にかかる第一審判決が認
定した事実を肯認するに足りず、結局判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑
があることに帰する。」として一次控訴審判決を破棄して差し戻した。二次控訴審
は、右破棄判決の趣旨に従い、更に事実調をかさね、その取り調べた証拠及び従前
の証拠を検討し、「被告人らがAと通謀の上本件の兇行をなしたものとは認め難く、
むしろ各種の関係証拠を綜合すれば、右兇行は、Aが単独でなした疑いが濃厚であ
る。」として一審判決を破棄し、被告人らに無罪を宣告した。これに対し検察官の
上告があり、二次上告審は、上告趣意に対し、「帰するところ事実誤認、単なる訴
訟法違反の主張を出でないものであつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。」
として排斥したが、同法四一一条を発動して職権調査し、「原判決には審理不尽、
理由不備の欠陥があり、この欠陥は延いて原判決を破棄するのでなければ著しく正
義に反するものと認められる程の事実誤認を導き出しているものと考える。」とし
て原判決を破棄し差し戻した。三次控訴審は、右破棄判決の趣旨に従い、更に詳細
な事実調をしたが、「すくなくとも原判決(一審判決)の引用挙示する限度の証拠
によつては、同判決摘示の被告人らに関する犯罪事実を認定するのに十分でないも
のといわなければならない。したがつて、原判決には理由不備の違法がある。」と
して一審判決を破棄したが、同控訴審及び従前の審級において取り調べた証拠を綜
合判断し、結局被告人らに対し有罪の判決をした。これに対して被告人らから上告
があり、本件が三次上告審に係属することとなつたのである。
 右のように、本件は三回目の上告審であり、既に事件発生の日から一七年有余を
経過し、公判回数も、判決宣告期日を含め、一審一二回、一次控訴審八回、一次上
告審三回、二次控訴審七六回、二次上告審四回、三次控訴審四二回、合計一四五回
にのぼり、取り調べた証人数は延一九三名に達し、本記録九六冊、参考記録三一冊、
合計一二七冊に及ぶのである。本件が何故にこのように難件となり、一七年有余を
経過する現在もなお未確定の状態にあるのか、そのよつて来る所以は一にかかつて
本件犯行直後における初期捜査が不備疎漏であつたことに存するのである。このこ
とは記録が如実にこれを物語つているのであつて、この欠陥は、二次控訴審の段階
においていかに検察官が豊富な捜査人員を投入し、綿密周到な補充捜査を繰りひろ
げても、なおこれを補い得なかつたことは後述のとおりである。
 なお、本件においては、被告人、弁護人の上告趣意(上告趣意書提出期限後に提
出された補充書を除く)は、活字にして九九〇字詰一九三一頁合計約一九〇万字に
のぼるものである。その内容は多岐にわたり、憲法違反、判例違反を主張する点も
あるが、主としては、微に入り細を穿つて事実認定の当否を争うものである。けだ
し、本件における最大の争点は事実誤認の有無に存するのであり、一次上告審もこ
の点に疑を懐いて破棄し差し戻し、これを受けた二次控訴審判決に対し検察官が敢
えて上告をしたのもこの点に不服があつたからであり、さらに二次上告審も、まさ
にこの点をとらえて破棄し差し戻したのである。かような経過をかえりみるときは、
当審としても刑訴法四一一条に準拠し、当事者の主張に謙虚に耳を傾けるところが
なければならない。以下に上告趣意について具体的に検討するが、論旨中事実誤認
及びこれに関連する訴訟法違反(経験則違反、採証法則違反等)の主張については、
後記第三の職権調査のところにおいて示す判断が、おのずから右主張にこたえたこ
ととなるであろう。
 (この判決で単にAとはAを指す。各被告人についてもおおむね姓のみを示す。
月日だけを示すのは昭和二六年のそれ、日だけを示すのは同年一月のそれを指す。
供述調書についても単に供述ということがある。)
第二 上告趣意について
 一 弁護人前堀政幸の上告趣意について
 所論第一点は、判例違反、憲法三七条一項違反を主張する。しかし、一次上告審
判決の判断は、その内容をみれば明らかなように、必ずしも所論のごときものでは
なく、「第一審及び原審に現われた証拠によつては、被告人四名につき原審の是認
にかかる第一審判決が認定した事実を肯認するに足りず、結局判決に影響を及ぼす
べき重大な事実誤認の疑があることに帰し……」として原判決を破棄し、その指摘
する諸点についてなお審理を尽くし、一審判決の判示事実がはたして認定できるか
否かを検討することを命じて差し戻したのである。右一次上告審判決は、その指摘
する諸点のすべてについて被告人らに不利益な認定ができなければ有罪としてはな
らない旨を命じているわけではない。右のように、一次上告審判決は、所論のごと
く限定的なものではなく、より広範に控訴審の裁量を許したものである。二次控訴
審がなんら事実審理をせずにさらに一次控訴審と同じ判断をすれば、一次上告審判
決の拘束力に牴触することとなろうが、一次上告審判決の趣旨に従い審理をさらに
尽くしての上であれば、有罪、無罪いずれの判決をすることもその裁量の範囲内に
あつたのである。本件において二次控訴審はたまたま無罪の判断に到達したにすぎ
ない。そうであれば、二次控訴審において裁量とされていた事項について、その判
断の当否を争い上告することが許されることはいうまでもなく、右の事項に関する
かぎり、二次上告審は一次上告審判決の判断の拘束を受けないわけである(昭和二
六年(れ)第一二五四号同年一一月一五日第一小法廷判決、刑集五巻一二号二三七
六頁参照)。二次上告審判決は、なんら所論引用の判例に違反するところはなく、
これを受けた三次控訴審判決にも判例違反はないから、判例違反の主張は理由がな
く、従つて、右判例違反を前提とする違憲の主張は前提を欠き、適法な上告理由と
ならない。
 その余の所論は、単なる訴訟法違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由
にあたらない。
 二 弁護人青木英五郎の上告趣意について
 所論は、憲法三七条二項違反をいう点もあるが、その実質は単なる訴訟法違反の
主張であり(原審昭和三九年八月二八日公判準備期日における証人Dの尋問終了後
に作成された同人の検察官調書を、右証人の証言の証明力を争う証拠として採証し
た原判決の説示は、必ずしも刑訴法三二八条に違反するものではない)、その余の
所論は、事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらな
い。
 三 弁護人佐々木哲蔵の上告趣意について
 所論(その一)第一部は、憲法三一条、三七条一項違反を主張する。しかし、第
一部の第一の点は、二次上告審判決に対する非難であつて、原判決に対するもので
はないから、適法な上告理由とならず、同第二の点は、その実質は単なる訴訟法違
反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない(一次上告審判決の判断の拘束力
の点及びDの検察官調書の採証の点については既に述べた)。
 その余の所論は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて単なる訴訟法違反、
事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 四 弁護人太田隆徳の上告趣意について
 所論第一点は、憲法三九条違反をいうが、無罪を宣告した控訴審判決に対する検
察官上告が、所論憲法の条項に違反しないことは、昭和二四年新(れ)第二二号同
二五年九月二七日大法廷判決、刑集四巻九号一八〇五頁に徴し明らかであり、右判
例はいまだこれを変更すべきものとは認められないから所論は理由がない。
 その余の所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由に
あたらない。
 五 弁護人原田香留夫、同阿左美信義、同橋本保雄、同山田慶昭連名の上告趣意
について
 所論第一点は、憲法三七条一項、三九条違反をいうが、無罪を宣告した控訴審判
決に対する検察官上告が、所論憲法の各条項に違反しないことは、前掲大法廷判決
の趣旨に徴し明らかであり、また、本件において、検察官の上告が恣意による上告
権の濫用であつたとも認められないから、所論は採用しがたい。
 その余の所論は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 六 弁護人深田和之の上告趣意について
 所論は、憲法三七条二項違反をいう点もあるが、その実質は単なる訴訟法違反の
主張であり(Dの検察官調書の採証の点については既に述べた)、その余はすべて
事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 七 弁護人正木・、同上田誠吉、同熊野勝之、同児玉憲夫、同正森成二、同山下
潔、同上田稔、同細見茂、同松本健男、同佐々木静子、同内藤徹、同小牧英夫の各
上告趣意、弁護人関原勇、同西嶋勝彦、同岡林辰雄連名の上告趣意、弁護人後藤昌
次郎、同東城守一、同久保田昭夫、同舎川昭三、同山本博、同村野信夫、同草島万
三、同小池貞夫、同川崎剛、同伊藤末治郎、同秋山泰雄、同萩原健二連名の上告趣
意、及び被告人L、同M、同N、同Oの各上告趣意について
 所論は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反
の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
第三 職 権 調 査
 一 序   論
 (一)既に述べたように、本件の核心は事実誤認の有無にこそ存するのであつて、
当事者においてはもとより、本件の審理を担当した各審級の裁判官が心血をそそい
で来たのも、まさにこの点にほかならない。いまこれに思いをいたすならば、当審
としても刑訴法四一一条三号に準拠し、被告人側の上告趣意及び検察官の答弁を契
機として、この点に充分の検討を加え、事案の真相を洞察する必要を痛感するので
ある。しかし、事実審たる一、二審と異なり、制度上法律審であることを原則とす
る上告審が、事実認定に関する原判断の当否に介入するについては、おのずから限
界の存することもまたやむを得ないところである。法律が、上告審は原判決の事実
誤認が重大であり、かつ、これを看過することが著しく正義に反すると認められる
場合に限定して、原判決を破棄することができるとしているのも、書面審査による
上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえつて危険であり、国
民の信頼をつなぐ所以でもないからである。また、その介入の方法、限度について
も、記録その他の証拠資料を検討して原判決の認定に不合理なところがないか否か
の事後審査をするにとどまるのが原則であつて、原判決の認定の当否を判断するた
めに、あらたに事実の認定をするものでないことは、いうまでもない。
 (二)つぎに、本件は、一次、二次の上告審判決を経ており、当審は三次の上告
審である。従つて、先になされた上告審の破棄判決の拘束力について、ここで一応
の検討を加えておく必要がある。
 裁判所法四条は、「上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下
級審の裁判所を拘束する。」と規定し、民訴法四〇七条二項但書も、上告裁判所が
破棄の理由とした事実上及び法律上の判断は差戻審を拘束する旨規定している。刑
訴法にはこれに相応する法条はないが、前示のごとく、上告審も職権で事実認定に
介入できるのであるから、条理上、上告審判決の破棄の理由とされた事実上の判断
は拘束力を有するものと解すべきである。
 以上の次第であるから当裁判所としては、本件において拘束力を有する事実判断
の範囲如何について考察しなければならないわけである。一次上告審判決の破棄理
由が、弁護人所論のごときものではなく、二次上告審判決がこれに牴触するもので
ないことは既に述べた。それ故、ここでは二次上告審判決の拘束力を有する事実判
断の範囲について考えれば足りるのである。二次上告審判決の骨子は、次のような
ものである。すなわち、①Aの五人共犯の供述は、部分的には嘘もくいちがいもあ
るが、その供述は素直で不自然さも感ぜられず、大筋を外れていないのであつて、
それを裏付けるものは、本件犯行直後の凄惨な現場の状景と証人E、同F、同Gの
新証言による被告人らのアリバイの崩壊であること、②被告人らの警察自白は、そ
の推移を検討すると、その供述が枝葉末節まで符合しないところに相互にしめし合
わせたり、教えられたりしたものでもないことがはつきりし、その供述は新鮮で決
して大筋を外れていないものであること、③被害者夫婦の死亡時刻につき、二次控
訴審判決が、鑑定人H、同I、同Jの鑑定結果を綜合認定するに際し、算術の計算
のように食事後三時間云々と割り切つたのは、独自の想定にほかならず、またその
食事の時刻を午後六時に近い頃と断定したのは速断というのほかはないこと、以上
の諸点を骨子とし、これに牴触する二次控訴審判決には、審理不尽、理由不備の欠
陥があり、ひいては事実を誤認しているとするものである。
 ところで、破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消
極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける
積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つに
とどまりなんらの拘束力を生ずるものではないから、本件において、二次上告審判
決の事実判断の拘束力は、右①Aの供述及び②被告人らの警察自白の信用性を否定
した二次控訴審判決の認定を否定する範囲内に限定されるものであり(右③の被害
者夫婦の死亡時刻に関する説示は、二次控訴審判決の認定の仕方を非難するにすぎ
ない)、二次上告審判決が、さらに右Aの供述及び被告人らの警察自白の信用性を
積極的に肯定すべき事由としてあげるところは、破棄の理由に対し縁由的事由にす
ぎないものであるから、拘束力を有していないものと解すべきである。従つて、三
次控訴審は、さらにこの点につき証拠調をした上であれば、二次上告審判決に示さ
れたものとは異なる縁由的事由を認定し、もつて右供述ないし自白の信用性を否定
する自由が残されていたものであるといわなければならない。そして、三次控訴審
は、差戻後あらたにAをはじめE、F、Gの各証人をみずから尋問し、あるいは検
証を行なう等、殆んどあらゆる証拠調をやり直していることが記録上明らかである
から、これらの証拠調の結果を基礎とするならば、あたらしく事実認定をする裁量
権を広範囲に有していたものである。従つて、もはや当審においては、二次上告審
判決の事実判断の拘束力を考慮する必要はないものと解するのである。
 二 本   論
 (一)証拠上疑の余地がない外形的事実
 本件公訴事実は、既に掲記したが、本件において、証拠上疑の余地がないものと
される事実は、「犯人は昭和二六年一月二四日夜、B方寝室において、長斧をもつ
て同人の頭部顔面を数回殴打し、よつて同人を頭部割創による頭蓋骨骨折、大脳挫
滅及び前頭蓋底骨骨折により死亡させ、同時刻頃同所において、Cの頸を締め、よ
つて同人を頸部搾扼による窒息死に致らせ、なにがしかの金員を強取した上、右犯
行を被害者両名の夫婦喧嘩に偽装するため、Cを隣室の鴨居にロープをもつて吊り
下げ、その手足にBの血を塗りつけたり、火鉢の灰を撒き散らしたりした後、B方
を内側から戸締りをなし、同人方西側床下口から逃走した。」ということである。
 よつて、つぎに、右の犯行及び偽装工作が何人の手によつてなされたものである
かにつき、記録及び証拠物を検討することとする。
 (二)Aが犯人であること
 犯人が一人であるか(単独犯)あるいは数人であるか(多数犯)については暫く
措き、Aが犯人であることについては、同人が犯行後間もなく逮捕されてから現在
にいたるまで終始自白していることと、左記の証拠とによつて極めて明らかである。
 (1)被害者B方北裏口外側に放置されたサイダー瓶(証二号)から、Aの左手
中指の指紋が顕出されたこと。
 (2)Aの着ていたジヤンパー(証三二号)にBと同じ血液型のB型の血痕(A
の血液型はO型である)及び蜘蛛の巣が附着し、また同人の右眉部、右耳翼、右手
拇示中環小各指爪、左手各指爪、右足・趾爪、左足・趾にも血痕が附着していたこ
と。
 (3)Aが二五日午前〇時四〇分頃、c町タクシー業Kに自動車賃として支払つ
た金銭のなかに存した一〇円札五枚(証一四号)、d町eに登楼しそこで支払つた
金銭のなかに存した一〇円札一〇枚(証一七号)は、被害者方寝室の箪笥内におい
て発見された一〇円札七枚(証二三号)と記号(1113222)が同一であるの
みならず、右の一〇円札はいずれも同一版面で印刷され、かつ、同時に断裁された
ことが、鑑定上明らかになつたこと。
 (4)Aの自供にもとづいて、侵入に際しB方東側南面のガラス窓枠をこじ開け
るのに使用されたというバール(証三〇号)が、一審公判係属中に偶然発見された
こと。
 (5)Aの自供にもとづいて、B方台所と炊事場の境の板戸(証一六四号)に刃
物の先で突いたような九つの傷穴があることが、一審検証時にはじめて発見された
こと。
 右の各証拠のうち、(1)現場に放置されたサイダー瓶の指紋、(2)着用して
いたジヤンパーの血痕、蜘蛛の巣、(3)一〇円紙幣の同一性は、いずれの一つを
採り上げても本件において極めて有力な証拠(いわゆるきめ手と称される証拠)で
あり、また、(4)バ―ル及び(5)板戸の傷穴は、それのみでは必ずしも決定的
な証拠とはいえないが、これらのものがAの自供にもとづいてはじめて発見された
という事実は、自供の真実性を強く裏付けるものであり、自白と相俟つてAが犯人
であることを疑の余地なく物語るものといわなければならない。
 (三)被告人らの加功の有無
 (1)物的証拠
 被告人L、同M、同N、同Oが、Aの右犯行に加功しているか否か、換言すれば、
被告人らと本件犯行との結びつきを証明すべき証拠の存否につき検討するに、被告
人らについては、Aにつきみられる前掲のごとき、いわゆるきめ手ともいうべき有
力な物的証拠は何一つとして存在しないことが明らかである。もつとも、一審及び
一次控訴審当時においては、被告人らについても、あたかも同人らを犯行と結びつ
けるかのような物的証拠が一応は存在した。すなわち、
 (イ)Pの物品検査回答書によれば、Lのズボン(証二四号)及び浴衣(証二五
号)、Oの占領軍払下下衣(証一八号)、Nの国防色ズボン(証一九号)及び黒色
ズボン(証二〇号)、並びにL、M、Nの各手及び足の爪に血痕が附着していると
され、
 (ロ)また、Lが逮捕された際伴なつていたFの手から領置された一〇円札一枚
(証二一号)、同じくO方捜索の際押収された一〇円札五枚(証二二号)は、いず
れも被害者方から発見された一〇円札七枚(証二三号)と記号が同一であり、
 (ハ)さらに、八海橋から手袋、足袋、靴下を投棄したという、二月二日付A、
N、M、及び二月三日付Lの各警察供述にもとづいて捜索したところ、八海川下流
から日本手拭一本(証二六号の一)、西洋手拭二本(同号の二)、雑巾二枚(証二
七号)、B宛金銭請求書一枚(証二八号)が、また手袋片手ずつ二個(証一一号、
一二号)が発見されたのである。
 しかし、右の各証拠については、一次上告審判決がその不備を指摘して一次控訴
審判決を破棄し差し戻した結果、二次控訴審においてさらに詳細な証拠調がかさね
られ、結局、右(イ)の被告人らの着衣については必ずしも血痕附着の証明はなく
(Hの鑑定書)、また、右(ロ)のF所持の一〇円札及びO方から押収の一〇円札
は、被害者方の一〇円札とは記号が同一であるとはいえ、異なる版面により印刷さ
れ、別の機会に断裁されたものであることが明らかとなつた(Qの鑑定書)。さら
に、右(ハ)の発見物は、これらを投棄したとの被告人らの自供が自らの経験にも
とづくものであり、かつ、それが端緒となつて発見された場合にはじめて、被告人
らを本件犯行に結びつける物的証拠となり得るのである。しかるに、二次控訴審で
は、Aの供述が他の被告人らの自供に先き立つものであつたことが推測されるに至
つたので、被告人らの右自供は、Aの供述に追随してなされ、その経験にもとづい
てなされたものでないとの疑が生じたのである。従つて、以上の三点については被
告人らと犯行との結びつきは一応解消してしまつたのである。ただ、三次控訴審に
おいて、あらたにLの作業用上衣(証一五一号)に人血が附着していることが明ら
かとなつたが(Rの鑑定書)、Lが本件犯行のあつた二四日夜に右上衣を着用して
いたかどうかについて必ずしも明白であるとはいいがたいのみならず、右人血の血
液型も不明であり、かつ、いつごろ附着したものかも全く解明されていないのであ
つて、直ちにLを本件犯行に結びつけるものではない。
 つぎに、本件において、被害者Bはその頭部、顔面に八個の創傷を受け、被害者
Cは頸部を搾扼されており、それは同時殺害であるのに、その手段を異にしている
ことや、犯人は殺害後、被害者両名の夫婦喧嘩に偽装するため、Cを隣室の鴨居に
ロープをもつて吊り下げ、その手足にBの血を塗りつけたり、火鉢の灰を室内に撒
き散らしたりした後、同人方を内側から戸締りをして逃走したことを思わせる状況
は、本件犯行が、単独犯ではなく、多数犯であることを一応推測させるものである。
しかし、Bの八個の創傷は、すべて被害者の左側からの攻撃によつても可能であり
(Hの鑑定書)、また、Cの首吊り工作は一人によつても可能であるとされている
こと(三次控訴審証人Sの尋問の際の深田弁護人の実験結果)からみれば、本件犯
行は単独犯にても可能であることが認められるのみならず、右の諸点が単独犯では
なく多数犯であることを一応推測させるものであるとしても、必ずしも被告人らの
加功と必然的に結びつくものではないのである。
 (2)供述証拠
 かように、被告人らと本件犯行との結びつきを証明すべき証拠については、Aの
場合と異なり、いわゆるきめ手ともいうべき有力な物的証拠は存在せず、Aの五人
共犯の供述及び証人G、同F、同E、同D、同Tのいわゆる新証言を中心とする供
述証拠が存するのにすぎないのである。
 ところで、供述証拠は、物的証拠と異なり、まずその信用性について、供述者の
属性(事件と無関係で供述者に本来的なもの、例えば能力、性格)及び供述者の立
場(事件との関係によつて生ずるもの、例えば当事者に対する偏見、利害関係)の
全般にわたり充分な検討を加え、もつて信用性の存否を判断した上、その供述の採
否を決しなければならないのである。本件において、Aの供述は、犯罪事実の謀議、
実行行為のすべてにわたるものであり、従つて、これに信用性を認めるときは、直
ちに被告人らの罪責は肯定されるのであつて、その信用性の吟味は、とくに慎重を
要するものといわなければならない。その余のいわゆる新証言については、Gの証
言が被告人らとAとの共謀の事実を立証するものであることを除けば、すべて本件
犯罪の情況事実を証明する証拠にすぎず、右新証言のみによつて直ちに被告人らの
加功を認定することはできないけれども、本件犯行前後における被告人らの行動に
関する新証言は、被告人らが本件犯行に加功しているか否かの点に関し重要な意味
をもつものであつて、その信用性の検討に充分な考慮を要することは右と同様であ
る。
 よつて、まずA供述の信用性につき考察するのに、同人の供述(上申書を含む)
には、逮捕から一次上告審の段階に至る間、共犯者の有無、人数、顔触れにつき一
〇回余りもの供述の変遷がみられるのであつて、このこと自体が同人の供述全般の
信用性を疑わしくしているのであるが、それにつけても、同人についてはその利害
関係、なかんずく自己の刑責の軽重との関係についてはとくに注意を要するものが
ある。けだし、平和な老後をおくる被害者夫婦を残虐な手段によつて殺害した上金
員を強取し、社会の耳目をそばだたしめた本件兇行の刑責は、優に極刑に値するで
あろうとは、何人もこれに想到しうるところであつて、かかる場合に、犯人が自己
の刑責の軽からんことをねがうの余り、他の者を共犯者として引き入れ、これに犯
行の主たる役割を押しつけようとすることは、その例なしとしないからである。も
つとも、この点のみによつてA供述を虚偽ときめつけることの相当でないことはい
うまでもなく、その供述内容が他の証拠によつて認められる客観的事実と符合する
か否かを具体的に検討することによつて、さらに信用性を吟味しなければならない
のである。しかし、この場合に、符合するか否かを比較される客観的事実は、確実
な証拠によつて担保され、殆んど動かすことのできない事実か、それに準ずる程度
のものでなければ意味がないと解せられるところ、本件においては、Aの供述は、
それが自己の行為に関する部分については、確実な物的証拠により裏付けられてい
るのであるが、他の被告人らの行為に関する部分については、必ずしもかような物
的証拠は存在しないのである。つぎに、証人G、同F、同E、同D、同Tのいわゆ
る新証言の信用性についてみるに、右証人らは二次控訴審も終りの段階において、
従前の被告人らに有利な証言から一転して極めて不利益な証言をなすに至つたこと
に注意を要するものがある。右のいわゆる新証言が、証人らの反省悔悟その他の理
由による真実の告白であるのか、被告人らに対する偏見、利害情実等にもとづく虚
偽の陳述であるのかについては、本件記録を繰りかえし検討しても、ついにこれを
決定するに足る十分な資料を見出し難いのである。しかも、これらの新証言の真実
性を裏付ける物的証拠もなんら存在しないのである。
 (四)原判決(三次控訴審)の検討
 本件において、被告人らと本件犯行の結びつきを証明すべき証拠について、いわ
ゆるきめ手ともいうべき有力な物的証拠は存在せず、供述証拠についても、その裏
付となるべき客観的証拠が充分でないことは、以上に検討したとおりである。
 ところで、原判決は被告人らと本件犯行の結びつきを肯定しているのであるが、
その内容は、Aの五人共犯の供述及び証人G、同F、同E、同D、同Tのいわゆる
新証言を中心とする供述証拠に信用性を認め、これらの証拠を基調として被告人ら
の本件犯行への加功を是認する結果に到達していることが明らかである。原判決が
右の各供述証拠に信用性を認めた根拠については、原判決は、供述者の供述の態度
と、その供述が犯行現場の状況等の客観的証拠と合致することを挙げている。前者
につき、原判決は、「当審の審理を通じてのAの態度から、同人は自己の真の記憶
に基き真相を述べるため最善の努力を尽したとの心証を強くした」(原判決四五二
頁)のであり、証人Gらの新証言は、同証人らの「当審公判廷での供述態度等から
同証人らはいずれも深刻な心境のうちにもできる限り過去の記憶を喚起して真実を
供述しようと努力していたとの心証を得た」(原判決四四〇頁)というのである。
原判決の右の認定の当否については、書面審理による上告審として、これに介入し
干渉することの許されないことは、先にも述べたところである。しかし、原判決が
A供述につき、それが犯行現場の状況等の客観的証拠と合致する故に信用性を認め
たことに関する説示は、必ずしもすべてが首肯しうるものとはいいがたい。けだし、
原判決は、A供述の裏付けとなるべき証拠として、屋内侵入と脱出前後の状況、屋
内侵入後の状況に関連する諸般の証拠を挙げるが(原判決は、前掲バールの出所が
M方であるとするが、なんら特徴のない右バールを、かつてM方において見たこと
がある旨の三次控訴審にいたりはじめてあらわれた証言を根拠に、右バールの出所
がM方である蓋然性が極めて高いとする原判決の認定には疑問がある。)、それら
はいずれもAの行為自体に関連するものとしては有力な証拠であり得ても、被告人
らの行為を裏付けるものとはいいがたいからである。いわゆる新証言は、長年に亘
つて維持され来つた旧証言の内容を一変したものであるから、その信用性を判断す
るには、その供述態度に注目するだけでは足りず、求めうるすべての資料によつて
その動機状況(Fについては、とりわけその置かれた境遇)をも検討するほか、と
くにその供述内容が客観的証拠に符合するか否かについて慎重な吟味を加えなけれ
ばならない。しかるに、この点につき原判決中には充分首肯しうるに足る説示を見
出し難いのである。
 しかのみならず、本件においては、被害者方からの奪取金の金額及びその分配に
関し、Aの供述及び被告人らの警察自白は相互に牴触し、また同一人の供述も前後
矛盾して帰一するところを知らず、右の事実は全く確定できないのである。このこ
とは、犯行の目的が金員の奪取以外にはない本件においては、致命的な証拠上の欠
陥であるといわなければならない。この点についても、Aのみに関する証拠と、被
告人らに関する証拠とは極めて著しい対照をみせているのである。すなわち、被害
者方からの奪取金の総額については、被害者夫婦はともに殺害されているので明ら
かでないが、Aについては、同人は犯行前全く金銭を所持していなかつたところ、
犯行直後d町のeに行くまでの自動車代金四五〇円を支払い(前掲一〇円札の同一
性のほか、自動車店の妻Kの検察官調書によつて明らかである)、eにおいて遊興
費、飲食費として金五、二〇〇円以上を費消し(前掲一〇円札の同一性のほか、e
の仲居Uの検察官調書によつて明らかである)、逮捕時に金一、〇〇〇円を所持し
ていたこと(司法警察員の一月二六日付領置調書によつて明らかである)が証拠に
よつて認められるから、以上合計金六、六五〇円は、Aが本件犯行によつて被害者
方から奪取したものであることは、極めて容易に認定できるのである。しかし、右
金額を超える金員が被害者方から奪取されたと認められる証拠は皆無であるのみな
らず、被告人らが本件犯行のあつた後において、まとまつた金員を所持していたこ
と、あるいはこれを費消したことに関する裏付証拠もまた全く存しない。のみなら
ず、被告人Lのごときは、金銭に窮し、Fに空腹をしのぐに足る程度の食事すらを
も与えることができなかつたことが窺えるのである。
 この点に関し、原判決は、「Aの一審以来の供述を通じLは二四日夜B方からの
帰途他の者らに対し、その後の各自の行動につき深甚の注意を払うよう注意を与え
たことが認められるのみならず、証人Gの二次控訴審五八回公判での供述によれば、
二一日f旅館でLは他の被告人らに対し「すぐ金を使うのでも、ぱつぱつと使つた
ら一番早く目につくから、そういうことはせんようにおとなしく使おう。」等と注
意を与えたことが認められる。してみれば、本件後Lは勿論、他の被告人らも金銭
の費消については特段の注意を払つたものと考えられ、たとえ被告人らが二四日後
余分の金を所持していたと認むべき証拠がなく、且つ奪取金の費消先につき証明を
得られないとしても、毫も本件認定の妨げとはならない。」とする。しかし、原判
決の挙示するAの供述及びGの新証言の信用性そのものが本件においてはすでに問
題であるのみならず、被告人らが本件犯行のあつた後において余分の金銭を所持せ
ず、かつ費消した証跡もないことは、被告人らが本件犯行の行なわれた時点におい
て、なんら金員を取得する機会を有しなかつたと推測するのがむしろ自然であり、
このことは、ひいては被告人らの本件犯行への加功につき、疑惑をいだかしめずに
はおかないのである。Aの場合のごとく、犯罪の実行行為そのものが全く疑の余地
のない程充分な証拠により直接に証明される事案においては、右引用の原判示のよ
うなことがいい得ても、被告人らの場合のごとく、その実行行為に関する直接の証
明が右の程度に至らない事案においては、被告人らが本件犯行の行なわれた後にお
いて、余分の金員を所持しあるいは費消したことに関する証拠は極めて重要であつ
て、これを一蹴する前記原判示は合理性を欠くものであり、とうていその判断を支
持することはできない。そして、一次上告審判決の垂水裁判官補足意見も指摘する
ところであるが、そもそも被害者方からの奪取金の金額及びその分配に関し、Aの
供述及び被告人らの警察自白が相互に矛盾牴触しているのは、被告人らがB方にお
ける金員奪取に関与し、これを分配したという事実が存在しないため、遂に供述が
帰一するところを得なかつたのであり、ひいては、原判決の認定するような被告人
らの本件犯行への加功の事実も架空であることの証左ではなかろうか、との疑念は、
その後、二次、三次の控訴審の審理を経由した現在、各審級において取調べられた
あらゆる資料を対比検討しながら原判決を熟読精査しても、なおこれを払拭された
ということができないのである。
 三 結   論
 当審は、三次上告審として序論において述べたような立場から原判決を審査した
結果、本論において述べたようにその事実認定に不合理な点の存することを認めた
のである。しかも、その不合理は、被告人らと本件犯行とが結びつくか否かを証拠
によつて認定する点にかかわるものである。その認定の如何は、被告人らを有罪と
すべきか無罪とすべきかの判断につながるのであり、原判決には、判決に影響を及
ぼすべき重大な事実誤認の疑があることに帰し、これを破棄しなければ著しく正義
に反すると認められる場合であるといわなければならない。
 ところで、本件は犯行から一七年有余、一審判決から一六年有余を経過し、しか
も二次の上告審、三次の控訴審を経由して今日に至つているのであり、既に証拠は
出し尽くされ、事実点は論じ尽くされた感があるのである。本件を差し戻して事実
審に委ねても、今後あらたな証拠の出現は望まれえず、従つて事案の真相が解明さ
れることも期待し難い。当審は、自判によつて本件に終止符を打つのを相当と考え
るのである。
 本件記録中には、既述のとおりLの着衣に人血の附着が認められること、Bの創
傷の態様、殺害手段の一様、殺害後の室内の状況等、本件が被告人らを含む多数犯
行によるものではなかろうかとの払拭し切れない疑惑を生ぜしめる種々の資料が存
するのであるが、さりとて、被告人らと本件犯行との結びつきについて、疑をさし
挾む余地のない程度に確信を生ぜしめるような資料を見出すことができないことも、
また叙上のとおりである。結局、疑わしきは被告人の利益の原理に従い、被告人ら
に無罪の宣告をする次第である。
 よつて、刑訴法四一一条三号により原判決を破棄し、同法四一三条但書、四一四
条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官平出禾、同山本清二郎、同八木胖公判出席
  昭和四三年一〇月二五日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    色   川   幸 太 郎

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