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令和2年9月17日宣告
傷害被告事件
判決
主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中210日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,分離前の相被告人B,同C及び同Dと共謀の上,平成26年7月25
日午後10時14分頃,北九州市a区bc丁目d番e号f駐車場において,Dが,
A(当時48歳)に対し,持っていた刃物でその右臀部及び左肩を突き刺し,よっ
て,同人に加療約2週間を要する右臀部刺創及び左肩刺創の傷害を負わせた。
(事実認定の補足説明)
第1本件の争点
関係証拠によれば,B,C及びDが,共謀の上,判示日時,場所において,
Dを実行役として,被害者のAに対し,判示のとおり刃物で負傷させる傷害事
件(以下「本件」ともいう。)を起こしたことが認められ,以上の点は弁護人も
特に争っていない。
弁護人は,本件について,被告人と,B,C及びDの3名との間に共謀はな
く,被告人は無罪である旨主張するので,以下検討する。
第2当裁判所の判断
1被告人とB,C及びDとの関係性について
関係証拠によれば,本件当時,被告人はE會会長代行兼F組組長,BはF組
序列2位の若頭,CはF組序列3位の本部長,DはF組組員であったことが認
められる。
2B及びCの各供述について
B及びCは,当公判廷において,被告人の本件への関与等について,要旨,
以下の供述をしている。
アB供述の要旨
私は,被告人から,平成26年5月下旬から6月上旬頃の間(以下,同
年の出来事については年の記載を省略する。),「女性を刃物でやってくれ,
殺す必要はない,顔とかもしなくていい,けつとかでいい,しっかりやっ
てくれよ」との指示を受け,これを了承した。「しっかりやってくれよ」と
は,E會内の他の組織に恥ずかしくないよう,殺人未遂と報道される程度
のけがを負わせるという意味だと理解した。被告人からは,詳しいことは
Cから聞くこと,車屋の知人に預けているワゴンRを犯行に使用すること
も併せて指示された。私は,これらの指示を受けてCと話をし,Cから,
Aの行動パターン,現場のマンション,現場の駐車場,防犯カメラの位置
などのほか,Aの素性に関する話も聞いた。
私は,被告人から,6月中旬頃,計画が中止になった旨一旦は告げられ
たものの,7月上旬頃,「うちですることになった」と告げられ,A襲撃を
F組で実行することになったものと理解した。私は,その日のうちに,C
と飛ばしの携帯電話(他人名義の携帯電話)で連絡を取り,再度Aの行動
パターン等を確認することとしたが,確認の際に現場マンションの防犯カ
メラに自分の姿が映ってしまったと考え,被告人に対し,防犯カメラに映
っている可能性が高いので二,三週間は襲撃を実行できない旨伝えたとこ
ろ,被告人は,「仕方ない,分かった」と返答した。同時期にCも現場を訪
れていたことから,私は,Cも防犯カメラに映っている可能性が高いと考
え,Cと相談して,A襲撃の実行役をDに依頼することとしたが,実行役
をDにすることについて,被告人に報告や相談はしなかった。
私は,7月22日,被告人の運転手を介して,被告人からGに呼び出さ
れた。被告人が,私に対し,「もうそろそろできるんじゃないか」と言って
きたので,私は,「できるようならやります」と答え,その日のうちにCと
連絡を取り,当日中に実行できるならしようと話し合った。しかし,C若
しくはDから,人が来たため実行できなかったと報告があり,その際,防
犯カメラにスプレーを吹きかけて,自分たちが映らないように細工をした
ことも聞いた。
本件当日にDがAを襲撃した後,その日のうちにC及びDと中間市の山
中で犯行に使用したワゴンRを処分し,車屋の知人から借りていたライフ
に乗ってその場を離れたが,その車内で,私がCに対して,犯行の実行が
終わったことや犯行に用いた車の処分が終わったことを被告人に電話をす
るよう依頼すると,Cは,飛ばしの携帯電話を使って,被告人に対し,数
秒から10秒ぐらいの通話時間で,「終わりました」といったような短い一
言で報告をしていた。
A襲撃の数日後,私は,被告人から別のGの店舗に呼び出され,Aに対
する事件が傷害と報道されているがどうなっているのかと叱責された。
なお,私は,本件を実行する前に,被告人から,「先にやっとく」と言わ
れて50万円をもらっており,本件の実行に対する報酬以外に思い当たる
節がなかったので,Cと相談し,自分,C及びDの3人でこの50万円を
分配した。
イC供述の要旨
私は,本件の三,四か月前頃,被告人から,女性のAを襲うことを指示
された。私は,女性を襲うこと自体あまりやりたくないことだったので,
この指示を一度は断ったものの,その後BとA襲撃の話をし,被告人から
は,Aの住所や使用する車の車種等を教えられた。私自身も,Aの帰宅時
間を調べるためにAが住んでいるところへ行ったことがある。
7月25日に本件が実行された後,犯行に使用した車を山の方に捨てて
燃やした。その後,私は,飛ばしの携帯電話で,被告人に対して本件を実
行したことを多分報告したと思う。
なお,私は,本件の前に,本件の報酬をB及びDと分け,自分の分とし
て10万円か15万円ぐらいを受け取った。
そこで,以上のB及びCの各供述の信用性について検討する。
アBの供述は,全体として具体的かつ詳細であり,不自然不合理な点はな
い。また,Bは,被告人の本件への関与について,被告人から,女性を刃
物で襲うよう指示を受けた後,襲撃計画が中止になった旨一旦は告げられ
たものの,再度実行することになった旨告げられ,その後被告人に襲撃の
延期を告げて了承を得たが,再び被告人から襲撃実行の催促を受けたとい
ったA襲撃実行に至る被告人との間のやり取り,本件実行前に被告人から
報酬として50万円を受け取ったこと,本件実行後,被告人から呼び出さ
れて本件が傷害事件として報道されていることについて叱責されたことな
ど,印象に残りやすい出来事について,当時の心境も交えつつ供述してい
る。そして,Bの供述のうち,被告人から7月22日にGの店舗に呼び出
されてA襲撃実行の催促を受けた点については,同日の日中におけるB使
用の携帯電話の発信地情報や,同携帯電話と被告人の運転手使用の携帯電
話との間の通話履歴といった客観的証拠により裏付けられており,同日に
BがCらとA襲撃の実行を試みた点についても,同日夜に現場マンション
の防犯カメラにスプレー様の物が噴射された事実により裏付けられている。
また,Cも,時間の経過により記憶が減退している部分はあるものの,
その記憶の濃淡に従って,相応に具体的な供述をしており,被告人の本件
への関与についても,被告人から女性のAを襲うよう指示され,一度は断
ったこと,被告人からAの住所や使用車両を教えられたことなど,印象に
残りやすい出来事について,当時の心境を交えつつ供述している。
そして,B及びCの各供述は,相互に整合し,矛盾がない上,被告人の
本件への関与については,被告人からの依頼を端緒としてAを襲撃するこ
とになったという核心部分や,本件当日,本件後に,Cが被告人に対して
A襲撃を実行した旨報告したといった点において合致し,相互に信用性を
高め合っている。このうち,Cが被告人に対してA襲撃を実行した旨報告
したとのB及びCの各供述は,襲撃が実行された約37分後である本件当
日午後10時51分50秒から11秒間にわたり,C使用の飛ばしの携帯
電話から被告人使用の飛ばしの携帯電話への通話履歴が存在するという事
実により裏付けられている。
加えて,BとCには,E會の幹部組員であり,自分たちが当時属してい
たF組の組長でもある被告人を,虚偽供述によって陥れる事情は全くうか
がわれない。
以上の諸点を踏まえると,被告人の本件への関与に関するB,C両名の
各供述は十分信用に値するといえる。
イこれに対して弁護人は,早期に組織を離脱したBには被告人に責任を転
嫁する動機があるし,Cの供述も具体性・合理性を欠いているなどとした
上で,被告人の本件への関与に関するB,C両名の各供述はいずれも捜査
官の誘導によってなされた疑いがあるとして,上記両名の各供述の信用性
は認められない旨主張する。
しかしながら,Bは,逮捕当初,大変世話になったとの気持ちから組織
の上位者であった被告人の関与を供述できなかったものの,事件に対する
責任を感じて被告人の関与についても話をすることにした旨述べていると
ころ,こうした供述経過及びその理由に不自然・不合理な点はなく,Bに
被告人へ責任を転嫁する動機があるとはいえない。また,Cの供述がBの
供述と比較すると具体性に劣ることは事実であるが,供述内容や供述態度
等に照らせば,これは記憶の有無やその濃淡に従い供述をした結果とみる
べきであって,この点がCの供述の信用性を否定する事情とはならない。
さらには,記録を精査しても上記両名の各供述が捜査官の誘導によってな
されたことを疑わせる事情は何ら見当たらない。したがって,弁護人の上
記主張は失当である。
3結論
信用できるB及びCの各供述によれば,被告人が,A襲撃をB及びCに指示
するとともに,Aに関する情報をCに教えたこと,本件の実行前にその報酬と
して50万円をBに渡したこと,本件当日にCから本件を実行した旨の報告を
受けたことなどの事実が認められるところ,これらの事実によれば,被告人が
本件に首謀者として関与していることは明らかであり,被告人が,本件犯行に
ついて,B,C及びDの3名と共謀した事実(Dとの間ではB及びCを介して
順次共謀を遂げた事実)が優に認められる。
(量刑の理由)
本件は,暴力団F組組長である被告人の指示の下,同組の幹部や組員である共犯
者3名が,犯行使用車両やいわゆる飛ばしの携帯電話等を用意し,犯行場所の下見
や被害者の行動確認,防犯カメラの設置状況の確認をするなどした上,現場指揮役,
実行役を送迎する運転役,実行役等の役割を分担した上で遂行した組織的・計画的
な犯行である。
犯行態様は,犯行現場である被害者方マンション駐車場に隠れて待ち伏せていた
共犯者の一人が,同駐車場に戻ってきた被害者に背後から駆け寄り,体当たりしな
がら刃物でその右臀部や左肩を立て続けに突き刺すという手荒なものである。凶器
の刃物には刃先を残して布粘着テープが巻かれるなど,深く刺さらないよう細工が
されていたことを考慮しても,被害者の身体に対する危険性は相応に高いものであ
った。
被害者は,加療約2週間を要する右臀部刺創及び左肩刺創の傷害を負い,現在も
右太腿に痺れが残っている。突然の凶行によって被害者が受けた肉体的・精神的苦
痛は多大なものであったと認められ,被害結果も軽視できない。
被告人が黙秘しているため本件犯行の動機は明らかではないが,暴力団組織と無
関係の一般人を襲撃することをも意に介さない,卑劣で反社会的な発想に基づく犯
行であって,厳しい非難に値する。
こうした犯行に,被告人は首謀者として関与したものであり,その刑事責任は他
の共犯者らに比して格段に重いといわざるを得ない。
被告人は,自身が組長を務めるF組に在籍していた共犯者らが本件を起こしたこ
とについて,被害者に対して申し訳ない旨述べるものの,自身の関与の事実を踏ま
えた真摯な反省の態度は見られない。また,被告人には,服役前科6犯(うち一犯
は累犯前科)を含む前科8犯があり,順法精神に欠けている。
これらの事情を考慮した結果,被告人を懲役6年に処するのが相当であると判断
した。
(求刑懲役7年)
令和2年9月17日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官足立勉
裁判官國分進
裁判官加藤貴

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