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平成九年(ワ)第八四八〇号 損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。)
平成九年(ワ)第一〇五六四号 商標権侵害差止等請求事件(以下「乙事件」とい
う。)
        判      決
         甲事件原告・乙事件被告   株式会社スリーエム
         右代表者代表取締役     【A】
         右訴訟代理人弁護士     山   崎        優
         同             石   橋    志   乃
         甲事件訴訟代理人兼乙事件山崎優訴訟復代理人弁護士
                       佐 々 木        寛
         甲事件被告・乙事件原告   ヒットユニオン株式会社
         右代表者代表取締役     【B】
         右訴訟代理人弁護士     松   尾        眞
         同             向        宣   明
         松尾眞訴訟復代理人弁護士  岩   波        修
         甲事件被告         株式会社繊研新聞社
         右代表者代表取締役     【C】
         右訴訟代理人弁護士     小   松    陽 一 郎
         右訴訟復代理人弁護士    池   下    利   男
         同             村   田    秀   人
        主      文
一 甲事件原告・乙事件被告株式会社スリーエムは、甲事件被告・乙事件原告ヒッ
トユニオン株式会社に対し、金二三八七万三七二四円及びこれに対する平成一二年
三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件原告・乙事件被告株式会社スリーエムの請求及び甲事件被告・乙事件原
告ヒットユニオン株式会社のその余の請求を、いずれも棄却する。
三 訴訟費用は、甲・乙事件を通じて、甲事件原告・乙事件被告株式会社スリーエ
ムと甲事件被告・乙事件原告ヒットユニオン株式会社との間では、これを二分し、
その一ずつを右両名の各負担とし、甲事件原告・乙事件被告株式会社スリーエムと
甲事件被告株式会社繊研新聞社との間では、全部甲事件原告・乙事件被告株式会社
スリーエムの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
        事実及び理由
第一 請求
(甲事件)
一 甲事件被告・乙事件原告ヒットユニオン株式会社(以下「原告」という。)及
び甲事件被告株式会社繊研新聞社(以下「被告繊研新聞」という。)は、甲事件原
告・乙事件被告株式会社スリーエム(以下「被告スリーエム」という。)に対し、
それぞれ、金四〇〇万円及びこれに対する平成九年九月一八日から支払済みまで年
五分の割合による金員を支払え。
二 原告及び被告繊研新聞は、被告スリーエムに対し、連帯して、金一〇〇万円及
びこれに対する平成九年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支
払え。
三 原告及び被告繊研新聞は、被告スリーエムに対し、被告繊研新聞発行の日刊紙
「繊研新聞」、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各朝刊全国版全
面広告欄に別紙一記載の謝罪広告を別紙二記載の条件で一回掲載せよ。
(乙事件)
一 被告スリーエムは、別紙標章目録一及び同二記載の標章の付された品番M一二
〇〇及びM三〇〇〇の中国製ポロシャツの輸入及び販売をしてはならない。
二 被告スリーエムは、その占有する前項記載のポロシャツを廃棄せよ。
三 被告スリーエムは、原告に対し、金八九〇九万一〇三六円及びこれに対する平
成一二年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告スリーエムは、繊研新聞全国版に別紙三記載の謝罪広告を一回掲載せよ。
第二 事案の概要
 以下、書証は甲1などと略称し、その枝番のすべてを引用する場合には、枝番の
記載を省略する。
【前提となる事実】
 当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる。
一 原告は、次の商標権(以下「本件商標権」という。)を有している。
1 商標権一(甲1)
(一) 商標登録第六五〇二四八号
(二) 出願日 昭和三八年三月八日
(三) 商品の区分 平成三年通商産業省令第七〇号による改正前の商標法施行規則
別表第一七類
(四) 指定商品 被服、布製見回品、寝具類
(五) 登録日 昭和三九年八月一七日
(六) 登録商標 別紙商標目録一記載のとおり(以下「本件登録商標一」とい
う。)。
2 商標権二(甲2)
(一) 商標登録一四〇四二七五号
(二) 出願日 昭和四三年一〇月一二日
(三) 商品の区分 平成三年通商産業省令第七〇号による改正前の商標法施行規則
別表第一七類
(四) 指定商品 被服(運動用特殊被服を除く)、布製見回品(他の類に属するも
のを除く)、寝具類(寝台を除く)
(五) 登録日 昭和五五年一月三一日
(六) 登録商標 別紙商標目録二記載のとおり(以下「本件登録商標二」とい
う。)。
 以下、本件登録商標一及び二をまとめていう場合には、「本件登録商標」とい
う。
 本件登録商標は、世界的に著名なブランドであるフレッドペリーの商標であり、
本件商標権の登録時における商標権者は、グレート・ブリテン及び北部アイルラン
ド連合王国(以下「英国」という。)の法人であるフレッド・ペリイ・スポーツウ
エア・リミテッド(以下「FPS社」という。)であったが、同社は、平成八年一
月二五日、原告に対し、本件商標権を譲渡し、同年五月二七日、その登録を了した
(甲1、2)。
二 フレッドペリーブランドについて(甲8)
1 平成七年一一月二九日以前、英国を始めとする世界各国においてフレッドペリ
ーの事業を行う中心的な会社は、FPS社及び英国の法人であるフレッドペリース
ポーツウエア(UK)リミテッド(以下「FPSUK社」という。)の二社であっ
た。
 FPS社は、フレッドペリーの商標を管理することを、その主たる事業としてお
り、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、香港、中国及び日本を
含む世界中の一〇〇か国を超える国において、本件登録商標と実質的に同一の商標
を含む一連のフレッドペリー商標の商標権を有していた。
 FPSUK社は、他のライセンシーが設けられた国を除く英国及びその他の国を
領域とするFPS社のライセンシーであり、フレッドペリー商品の製造及び販売
を、その主たる事業としていた。
2 原告は、平成七年一一月二九日まで、日本におけるFPS社のライセンシーに
すぎなかったが、同日、フレッドペリーの国際事業を買い取り、英国の法人である
フレッドペリー(ホールディングス)リミテッド(以下「FPH社」という。)を
設立した。すなわち、FPH社は、原告の一〇〇パーセント子会社である。その
後、間もなく、FPH社はフレッドペリーリミテッド(以下「FP社」という。)
を設立し、FP社は、FPSUK社の事業を承継した。
 右買収により、FPS社が有するすべての登録商標、フレッドペリーの事業、及
び商標の登録又は登録申請の対象となる商品及びサービスについてのグッドウイル
が、FPH社に承継された(ただし、前記一記載のとおり、本件商標権について
は、FPH社の親会社である原告に対し、その権利が譲渡された。)。
 平成一一年一〇月現在、右譲渡について、商標が登録されている一一〇か国中六
三か国において既に正式に登録されている。
三 被告スリーエムの行為
 被告スリーエムは、別紙標章目録一及び二記載の標章(以下「本件被告標章一」
などといい、まとめていう場合には「本件被告標章」という。)が付された品番M
一二〇〇の中国製ポロシャツ(以下「本件商品」という。)を輸入し、日本国内で
販売した。
 本件被告標章一は本件登録商標一と同一であり、本件被告標章二は本件登録商標
二と同一である。
四 被告スリーエムは、後記のとおり、本件商品はシンガポールの法人であるオシ
ア・インターナショナル・ピーティーイー・リミテッド(以下「オシア社」とい
う。)が製造したものであると主張しているところ、FPS社は、平成七年二月六
日付け契約書により、オシア社に対し、一連のフレッドペリーブランドの商標につ
き、使用許諾を与えた(甲3。ただし、契約期間は、平成六年四月一日から平成九
年三月三一日までとされた。なお、その使用許諾の内容については、当事者間に争
いがある。以下「本件ライセンス契約」という。)。
 右契約の対象には、本件被告標章と同一の商標が含まれていた。
 なお、前記二記載のとおり、FPS社がフレッドペリーの事業等をFPH社に譲
渡したことに伴い、FPS社のオシア社に対する使用許諾者としての地位は、平成
七年一一月二九日以降、FPH社に移転している。
五 原告及び被告繊研新聞の行為
1 原告は、平成八年三月から同年六月ころまでの間、オシア社が製造元になって
いた品番M一二〇〇及びM三〇〇〇の中国製のポロシャツについて、並行輸入業者
らがした輸入品通関手続に対し、関税定率法所定の輸入差止めの申立てをした。
2 原告は、被告繊研新聞発行の平成八年四月二二日付け、同年五月二日付け及び
同九年五月二〇日付け繊研新聞において、中国製M一二〇〇及びM三〇〇〇のフレ
ッドペリー半袖ポロシャツは偽造品である旨の「謹告」と題する広告(以下「本件
広告」という。)を行った。
3 原告は、平成九年四月ころ、奈良県警に対し、被告スリーエムは本件商品を販
売したことにより本件商標権を侵害した旨記載した書面を提出し、告訴を行った。
【請求の概要】
(甲事件)
 被告スリーエムは、原告及び被告繊研新聞が行った前記五記載の行為は、営業妨
害行為又は信用毀損行為に該当するとして、同人らに対し、民法七〇九条に基づく
損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めている。
(乙事件)
 原告は、被告スリーエムの前記三記載の行為は、本件商標権を侵害する行為であ
るとして、同人に対し、輸入・販売の差止め、損害賠償及び謝罪広告の掲載等を求
めている。
【争点】
一 甲事件及び乙事件共通
 被告スリーエムが本件商品を輸入し、販売したことは、本件商標権を侵害する行
為か。
二 甲事件
1 被告繊研新聞は、不法行為責任を負うか。
2 被告スリーエムの被った損害額。
3 謝罪広告の掲載請求は理由があるか。
三 乙事件
1 被告スリーエムに過失はあるか。
2 原告が被った損害額。
3 謝罪広告の掲載請求は理由があるか。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点一(本件商標権侵害)について
【被告スリーエムの主張】
 被告スリーエムが、本件商品を輸入し、販売したことは、いわゆる真正商品の並
行輸入及びその販売に該当するから、本件商標権を侵害しない。
1 本件商品はオシア社が製造したものであること
(一) 被告は、香港の現地法人であって、被告の関連会社である八井貿易有限公司
(以下「八井貿易」という。)の斡旋で、オシア社が中国の合製衣厥に製造させ
た本件商品を、シンガポールのヴィラ社を通じて購入した。なお、現地において、
被告スリーエムの担当者は、オシア社がフレッドペリー商標のライセンシーである
ことを確認した。
 本件商品の詳細な輸入経緯は次のとおりである。
(二)(1) オシア社は、ヴィラ社に対し、一九九六年一月二〇日付け仮送状(乙8)
により、本件被告標章を付した品番M一二〇〇、及びP四一一四、P四一一五並び
にM四一一〇の各商品の色、サイズ、品数、値段についての売買条件を提示した。
 オシア社とヴィラ社の右売買交渉に先立ち、同年一月四日、被告スリーエムは、
八井貿易との間で、注文確認書(乙10)の授受をしており、その内容は、本件被告
標章を付した品番M一二〇〇、P四一一四、P四一一五及びY二〇一の各商品につ
き、色、サイズ、品数、値段についての受注を確認し、支払条件については特記事
項において、ヴィラ社に対し、代金の四〇パーセントを前払いとすることとし、八
井貿易に対し手数料(M一二〇〇については一枚あたり一米国ドル(以下米国ドル
を「US$」と表記することがある。))を支払うというものであった。なお、同
年一月八日、被告スリーエムの香港の関連会社である宏澤国際有限公司(以下「宏
澤公司」という。)の名義で、担当の【D】より被告スリーエムに対し、品番Y二
〇一はキャンセルとなった旨の連絡確認がなされた。
 右仮送状と注文確認書の記載を対比すれば、売買交渉の過程における、オシア社
とヴィラ社間の交渉内容と、被告スリーエムと八井貿易との交渉経過内容は、品番
M一二〇〇、P四一一四、P四一一五については完全に一致しており、品番M一二
〇〇を含む訴外オシア社製のフレッドペリー商品が並行輸入の目的となっていたこ
とは明らかである。
(2) オシア社は、ヴィラ社に対し、フレッドペリーM一二〇〇を、①一九九六年三
月一二日付け送状(乙76)により二〇〇枚、②同年六月一日付け送状(乙7の3)
により二万二二四〇枚、③同日付け送状(乙7の4)により三万〇〇六〇枚、それ
ぞれ出荷した。
 他方、ヴィラ社は、被告スリーエムに対し、本件商品を、④同年三月二一日付け
送状(乙77)により二〇〇枚、⑤同年六月六日付け送状(乙7の6)により三万〇
〇六〇枚、⑥同年七月七日付け送状(乙7の5)により二万二二四〇枚、それぞれ
出荷した。
 オシア社からヴィラ社に対する出荷と、ヴィラ社から被告スリーエムに対する出
荷とを比較すれば、その内容は一致しており、一枚当たりの単価が⑤、⑥におい
て、七US$と表示されているのは、四〇パーセントの前払分を差し引いたもので
あって、合理的に逆算すれば双方は一致する。
(3) オシア社とヴィラ社間のフレッドペリーM一二〇〇の売買代金は、合計八九万
八一八五・七五シンガポールドル(以下シンガポールドルを「SP$」と表記する
ことがある。)であるところ、ヴィラ社は、オシア社に対し、一九九六年六月五日
までに、合計八九万八一八五・七五SP$支払っている。
(4) 被告スリーエムは、八井貿易に手数料収入を得させるために、同社をヴィラ社
との間の取引に介在させながらも、一九九六年一月一〇日に四〇万〇〇七二・〇〇
SP$、同月一六日に六万六七五六・〇〇SP$を、それぞれ送金した。
 なお、被告スリーエムは、ヴィラ社に対し、一九九六年一月一〇日から一八日ま
で六〇万六一〇九・〇八SP$の信用状を開設したが、同信用状は、出荷遅れから
期限切れとなった。そこで、被告スリーエムは、八井貿易に向けて組み替えて信用
状を開設したが、その際、八井貿易の本件商品に関する手数料五万二五〇〇US$
を含む、額面三六万六一〇〇US$の信用状を開設した。
(5) ヴィラ社と八井貿易間のフレッドペリーM一二〇〇の商品五万二五〇〇枚の売
買は、一枚当たり単価一七・三二SP$、その総額九〇万九三〇〇SP$になると
ころ、ヴィラ社には、被告スリーエムから、前記(4)記載のとおり、四〇万〇〇七
二・〇〇SP$及び六万六七五六SP$の送金がなされている。
 また、宏澤公司から八井貿易に貸付けられた三〇万US$が、一九九六年五月二
七日、宏澤公司からヴィラ社に対し、シンガポールドル(四二万一八六〇SP$)
にて送金されている。
 これに加え、八井貿易よりヴィラ社に対し、残不足金が送金されているはずであ
るが、その資料は残っていない。
2 本件商品に適法に本件被告標章が付されたこと
(一)オシア社は、香港のソーシングハウスを通じて、中国の合製衣厥工場に製
造を発注し、本件商品を製造したが、そのことは、何ら本件ライセンス契約に違反
するものではない。すなわち、
(1) オシア社は、本件ライセンス契約に基づいて、本件被告標章を付したスポーツ
ウエアを製造し、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイの地域でこ
れを販売することを許諾されていたが、右ライセンス契約には、製造地の限定がな
かった。
(2) また、FPS社は、オシア社が香港、中国等において、本件被告標章を付した
商品を製造することを許容していた。ちなみに、FPS社は、オシア社が香港で製
造した商品について、「MADE IN HONGKONG」のネーム入り下札を
送っている。
 FPS社がライセンシーに対し、ライセンス地域外における製造を許容していた
ことは、原告が、本件登録商標の専用使用権者にすぎなかった平成四年九月当時、
香港の法人であるフェイス社に対し、本件登録商標を付した商品の製造を発注し、
中国内で製造された商品を、輸入販売していたことからもうかがうことができる。
(二) オシア社は、本件被告標章を付することを許諾された製造業者であるから、
仮に本件ライセンス契約において、オシア社が中国で製造することを許諾されてい
なかったとしても、同契約の違反によっては、契約当事者の内部的違反が生ずるだ
けであって、商品の製造場所を制限する条項に違反したというだけで、直ちに真正
商品であるということを否定されることはない。
(三) 以上より、本件商品には、適法に本件被告標章が付されている。
3 品質の同一性について
 本件商品の製造地の表示に誤りはなく、中国製であることの表示によって品質に
対する消費者の理解に誤りは生じない。また、フレッドペリー標章を付した商品
は、アメリカやその他の国々でも製造されており、それぞれの国の製品であること
による差異が発生していることを消費者が日常的に理解しているから、ライセンシ
ーの製造であれば品質の同一性は規範的に充足されていると見るべきである。
【原告及び被告繊研新聞の主張】
1 本件商品は、オシア社が製造したものではない。
(一) 被告スリーエムが提出する証拠は、オシア社がヴィラ社へある商品を販売
し、ヴィラ社が被告スリーエムへ本件商品を販売したことを示してはいるものの、
ヴィラ社がオシア社から購入した商品を、被告スリーエムに販売したことを示すも
のではない。
(二) 被告スリーエムが提出した証拠によれば、オシア社からヴィラ社に対するフ
レッドペリーM一二〇〇の単価は、一六・六一SP$であるのに対し、ヴィラ社か
ら被告スリーエムに対するフレッドペリーM一二〇〇の単価は、七US$である。
そして、七US$は約九・八八SP$であるから、ヴィラ社は、一枚当たり六・七
三SP$の損失を被っていたことになるが、ヴィラ社がそのような取引をするはず
がない。
 被告スリーエムは、同社が、ヴィラ社から購入した本件商品の単価が、七US$
となっていることについて、四〇パーセントの前払分を差し引いたからと主張する
が、仮にそうであれば、本来の商品単価に基づく合計額が表示された後に、前払金
を控除する旨の記載がなされ、最終的に支払うべき金額が表示されるはずである。
(三) 被告スリーエムは、ヴィラ社に対する信用状が期限切れとなったから、八井
貿易に向けて組み替えて信用状を開設したと主張するが、ヴィラ社宛の信用状の有
効期限を徒過したことがなぜ八井貿易宛てに新たに信用状を開設することの理由に
なるのか不明瞭である。
2 本件商品には、適法に本件被告標章が付されていない。
(一) 製造の適法性の問題は、具体的には、①並行輸入を称する商品に使用されて
いる標章が付された国、②右国において当該標章を付した主体、③右国における商
標権者、④②の主体と③の商標権者との間のライセンス関係、などの諸事実から判
断されるものと解されている。
(二) 商標権者から許諾を受けた者が、「適法に」商標を付したといえるために
は、その者が、許諾契約中の許諾権の範囲及び許諾権の行使条件を定めた条項を遵
守していなければならない。もっとも、かかる適法な商標の付与があったといえる
か否かという要件は、特に、商標の出所表示機能の侵害の有無という観点から商標
権侵害の「実質的違法性」の有無を判断するための基準のひとつであるから、その
要件への適合の有無についても、各事案の個別具体的な事情を考慮に入れた上で、
商標の出所表示機能を侵害するか否かを実質的に判断すべきである。
 本件商品は、中国で製造されたものであるが、中国における本件登録商標と同一
の商標の商標権者は、FPH社である。他方、FPH社は、FPS社から本件ライ
センス契約におけるオシア社に対する許諾者の地位を承継しているところ、同契約
一条、二条、九条及び一二条からすれば、中国において、本件商品を製造した行為
が、本件ライセンス契約違反を構成することは明らかである。この製造地条項は、
商標権者が、その製造国の原材料調達、製造、品質管理等の技術水準、商品流通の
時間・費用、さらには消費者に対するブランドイメージをも考慮して決定する商標
権者にとって不可欠な重要な条項であり、かかる製造地条項に違反して商品が製造
されると、商標権者の商品に対する品質管理、販売戦略に重大な支障を生じるばか
りか、商品自体の品質が劣り自己の商標のブランドイメージ・信用自体に傷が付く
ことになる。
 他方、オシア社の本件ライセンス契約違反について、FPS社及びFPH社に帰
責性はない。
 したがって、オシア社が製造地条項に違反して製造した中国製の本件商品は、フ
レッドペリー商標の付与の適法性が否定される。
(三) 被告スリーエムの、FPS社は、オシア社が香港、中国等において、本件被
告標章を付した商品を製造することを許容していたとの主張は否認する。なお、原
告は、平成四年九月当時、FPS社から、日本国外での製造権限を授与されてい
た。
3 商品の品質の実質的同一性について
 品質の実質的同一性は、商標の品質保証機能を侵害するかどうかであるから、そ
の商品が、当該商標の付された商品が備えるべきと需要者が期待する程度の品質を
備えているか否かを基準に検討すべきである。
 しかしながら、英国製のフレッドペリー商品と中国製の本件商品とでは、素材及
び着用快適感の点で大きな品質の差異が見受けられる。
 したがって、本件商品はフレッドペリー商品が備えるべきと需要者が期待する程
度の品質を備えているとは評価できない。
二 争点二1(被告繊研新聞の不法行為責任)について
【被告スリーエムの主張】
1 被告繊研新聞が発行する「繊研新聞」における広告は、同被告と広告依頼主
(繊維業者)との直接契約によっており、同新聞は、繊維業界から見たとき、警告
流通広告の媒体として重要な役割を果たしている。
 このような地位にある被告繊研新聞は、広告の掲載について、その当否について
判断をし得る立場にあるとともに、広告掲載に際し、真正な権利が害される可能性
があるかないかを判断する客観的な能力を有しており、警告流通広告を掲載するこ
とにより、真正な権利が害される可能性があるということもまた容易に知り得る立
場にある。
 したがって、被告繊研新聞は、単に、媒体所有者にすぎないという主張でもって
責任を逃れることはできない。
2 並行輸入という特定の流通経路により、日本国内で頒布される商品についての
偽造を警告する広告である場合、単に、権利の存在と権利の帰属者を確認するだけ
では、被告繊研新聞として十分な調査をしたとはいえない。
 特に、被告繊研新聞は、平成八年九月一九日以降、中国製フレッドペリーM一二
〇〇に関する係争が裁判上なされていることを知っていたのであるから、それ以降
の本件広告が、虚偽の内容の広告であることは予測し得たはずである。
 したがって、被告繊研新聞は、原告から本件広告の掲載を受け入れた時点で、そ
の掲載を控えることは容易な状況にあったのであり、掲載した以上は、当該広告が
虚偽の広告であることによる責任を負うべきである。
3 そして、被告繊研新聞が、虚偽の内容の広告を掲載することによって、真正な
商品の流通が阻害されたことは明らかであるから、被告繊研新聞の行為と被告スリ
ーエムが被った損害との間には因果関係がある。
【被告繊研新聞の主張】
 被告繊研新聞は、単なる媒体所有者にすぎず、新聞広告の責任はあくまで広告主
に帰属する。したがって、被告繊研新聞の広告掲載行為と被告スリーエムの主張す
る損害との間にそもそも因果関係が存在しない。
 被告繊研新聞が事前調査すべき範囲は、権利の存在と権利の帰属者を確認するこ
とで十分であるところ、被告繊研新聞は、本件登録商標が原告の有するものである
ことを事前に確認している。
三 争点二2(被告スリーエムの損害額)について
【被告スリーエムの主張】
 被告スリーエムは、原告及び被告繊研新聞の行為により、著しく信用が損なわれ
たところ、その無形の損害を金額に換算すると、原告の行為による損害として四〇
〇万円、被告繊研新聞の行為による損害として四〇〇万円と見るのが相当である。
 また、被告スリーエムは、甲事件の処理を弁護士に委任して処理せざるを得なか
ったのであり、その費用として被告スリーエムは一〇〇万円を負担した。
【原告及び被告繊研新聞の主張】
 争う。
四 争点二3(謝罪広告の適否)について
【被告スリーエムの主張】
 原告及び被告繊研新聞の信用毀損行為は公器である新聞紙面を借りてなされたも
のであるから、被告スリーエムの信用回復をするためには、新聞紙上における謝罪
広告を求めることができるとするのが相当である。
【原告及び被告繊研新聞の主張】
 争う。
五 争点三1(被告スリーエムの過失)について
【被告スリーエムの主張】
 被告スリーエムは、担当者がオシア社に赴くことにより、本件商品の品質を検査
し、その流通経路を確認している。また、被告スリーエムは、本件商品の真贋性に
ついて、シカリー・ピーティーイー・エルティーディー(以下「シカリー社」とい
う。)を通じ、オシア社に対して確認をしている。
 したがって、被告スリーエムが、本件商品は真正商品であると信じたことにつ
き、過失はない。
【原告の主張】
1 並行輸入業者は、自社が購入を予定している並行輸入品については、偽造品で
ある可能性もあることを念頭において、当該並行輸入品の品質を検査し、その流通
経路を確認した上で、真贋性につき疑問のある点は商標権者やライセンシーに確認
をする等の手段を講じて、当該並行輸入品の真贋性を事前に十分に確認することに
より商標権侵害行為を回避する注意義務がある。
 また、並行輸入業者は、自社が輸入、販売した当該並行輸入品が偽造品である可
能性が出てきた場合、直ちにその真贋性を前記手段等を講じて再確認し、当該並行
輸入品が偽造品であることが判明した場合には、直ちにその輸入、販売を中止する
等により商標権侵害行為を回避する注意義務がある。
2被告スリーエムは、本件ライセンス契約書を事前に入手し、中国製の表示のあ
る本件商品が本件ライセンス契約の製造地条項に違反して製造された偽造品である
可能性が高いことを十分認識し得る地位にあった。にもかかわらず、被告スリーエ
ムは、本件商品の真贋性を事前に十分に確認せず、本件商品を日本へ輸入し、日本
国内においてこれを販売している。
 また、被告スリーエムは、原告からの警告により、中国製のフレッドペリーポロ
シャツの真正商品が存在せず、したがって、中国製の表示のある本件商品が偽造品
である可能性が高いことを再度認識し得る地位にあったにもかかわらず、本件商品
の真贋性につき全く再確認せず、日本国内における本件商品の販売を継続してい
る。
  3 したがって、被告スリーエムが、本件商品を輸入、販売したことにより、
本件商標権を侵害したことについては、故意又は過失がある。
六 争点三2(原告の損害額)について
【原告の主張】
1 被告スリーエムが、本件商品を販売したことにより得た利益は、七四二四万二
五三〇円円であり、これが原告が被告スリーエムの本件商標権侵害により被った損
害の額と推定される(商標法三八条二項)。その利益額の根拠は次のとおりであ
る。
(一) 本件商品の輸入総額
 被告スリーエムが、本件商品を輸入するに当たって支出した四〇万〇〇七二SP
$、六万六七五六SP$、二一万〇四二〇US$及び一五万五六八〇US$を、支
出当時の為替レートで円換算し、合計すると、七四八一万七〇四九円となる。
(二) 本件商品の仕入総額
 原告が平素取引のある関係各業者に対し、原告が本件商品の輸入を行ったと仮定
した場合の輸入諸経費の見積もりを依頼したところ、別表スリーエム諸経費率計算
表記載のとおりの結果となった。これによれば本件商品の輸入にかかる諸経費率は
約〇・二三であるから、本件商品の仕入総額は、約九二〇二万四九七〇円となる。
(三) 本件商品の販売総額
 原告が行った調査によれば、被告スリーエムは本件商品七五三枚の約八五パーセ
ントを二九〇〇円で、約六パーセントを三九〇〇円で、約六パーセントを四九〇〇
円で、約三パーセントを五八〇〇円で販売していた。
 右の比率に従って、本件商品総数五二、五〇〇枚につき本件商品の販売価格と販
売枚数を計算すると、その販売総額は、一億六六二六万七五〇〇円となる。
(四) 本件商品の販売利益(粗利益)
 本件商品の販売総額一億六六二六万七五〇〇円から本件商品の仕入総額九二〇二
万四九七〇円を差し引くと、本件商品の販売利益(粗利益)は七四二四万二五三〇
円となる。
2 弁護士費用
    原告は被告スリーエムより本件訴訟を提起されたことにより、自己の権利
を擁護するため原告代理人らに本件訴訟の訴訟追行を委任することを余儀なくされ
た。被告スリーエムが賠償すべき右弁護士費用の金額は、被告スリーエムの本件商
標権侵害行為により原告が被った損害額の二割相当に当たる一四八四万八五〇六円
である。
3 まとめ
 以上のように商標法第三八条第二項によって、損害の額と推定される七四二四万
二五三〇円と、弁護士費用一四八四万八五〇六円の合計額八九〇九万一〇三六円
が、原告の損害額となる。
【被告スリーエムの主張】
 原告主張の損害額は否認する。
 本件商品は、約五万枚が卸売りに付されており、被告スリーエムの直営店舗にお
いては二〇〇〇~三〇〇〇枚しか販売されなかった。なお、少なくとも、被告スリ
ーエムは、別表売上表1記載のとおり、三万七八八四枚の本件商品を、卸売りとし
て販売している。
 なお、被告スリーエムは、現在までに、輸入した五万二五〇〇枚の本件商品をす
べて販売してしまっており、在庫はない。
七 争点三3(謝罪広告の適否)について
【原告の主張】
 被告スリーエムによる本件商品の輸入販売行為により、原告の有する商標権並び
に商品に対する信用は著しく傷つけられたほか、小売市場にまで被告スリーエムが
輸入し販売した商品が出回ったことにより、市場に大きな混乱がもたらされた。右
被告スリーエムの行為によって原告が被った損害は、単に金銭的な損害の填捕によ
っては到底まかないきれるものではなく、その信用の回復には被告スリーエムが流
通に置いた本件商品が偽造品であることを関係者に周知させ謝罪する旨の謝罪広告
の掲載によってしかなし得ない。
 よって、原告は被告スリーエムに対し、業界新聞である繊維新聞全国版に別紙三
記載の謝罪広告を一回掲載することを求める権利を有する。
【被告スリーエムの主張】
 争う。
第四 争点に対する判断
一 争点一(本件商標権侵害)について
1 ヴィラ社・オシア社間の取引について
 証拠(乙7の3と4、乙76)によれば、ヴィラ社は、オシア社から、次のとお
り、フレッドペリーM一二〇〇を購入していることが認められる。
(一) 一九九六(平成八)年三月一二日付けタックスインボイス
(1) 数量 二〇〇枚
(2) 金額 三四二一・六六SP$(三%の税込)
(3) 単価 一六・六一SP$
(二) 同年六月一日付けタックスインボイス
(1) 数量
色番Sサイズ MサイズLサイズ合  計
五〇六一三三五一九七四一二七五四五八四
一〇二一三三五一八一八一三三五四四八八
三〇〇一三九五一九四〇一三九五四七三〇
六〇九一三三五一七四一一三三七四四一三
七九四一二五〇一四七五一三〇〇四〇二五
合計六六五〇八九四八六六四二二万二二四〇枚
(2) 金額 三八万〇四八八・五九SP$(三%の税込)
(3) 単価 一六・六一SP$
(三) 同日付けタックスインボイス
(1) 数量
色番Sサイズ MサイズLサイズ合  計
五〇六一八〇〇二三〇〇一七四〇五八四〇
一〇二一八〇〇二二四〇一八〇〇五八四〇
三〇〇一八〇〇二四〇〇一八〇〇六〇〇〇
六〇九一八〇〇二三六〇一八〇〇五九六〇
七九四一八六〇二六〇〇一九六〇六四二〇
合計九〇六〇一万一九〇

九一〇〇三万〇〇六〇枚
(2) 金額 五一万四二七五・五〇SP$(三%の税込)
(3) 単価 一六・六一SP$
(四) 合計
(1) 数量 五万二五〇〇枚
(2) 金額 八九万八一八五・七五SP$
(3) 単価 一六・六一SP$
2 ヴィラ社・被告スリーエム間の取引について
 後掲各証拠と弁論の全趣旨によれば、被告スリーエムは、ヴィラ社から、次のよ
うな経緯で、本件商品を購入しているものと認められる。
(一) 被告スリーエムは、香港所在の被告スリーエムの関連会社である八井貿易か
ら、ヴィラ社を紹介され、ヴィラ社から本件商品を購入することを計画した。
(二) 八井貿易は、一九九六(平成八)年一月四日、被告スリーエムに対し、次の
内容を含む注文確認書を送付した(乙10)。
(1) 右注文確認書には、フレッドペリーM一二〇〇以外の商品も含まれており、そ
の注文合計額は、一一三万三八六〇SP$であった。
(2) 右注文確認書のうち、フレッドペリーM一二〇〇に関する注文内容は、次のと
おりであった。
ア 色番 五〇六、三〇〇、六〇九、七九四及び一〇二
イ 枚数 五万二五〇〇枚
ウ 単価 一七・三二SP$
エ 合計 九〇万九三〇〇SP$
(3) 特記事項として、次の記載があった。
ア 被告スリーエムは、八井貿易に対し、仲介手数料を、電信為替で支払うものと
し、その手数料は、M一二〇〇については、一枚につき一US$(合計五万二五〇
〇US$)とする(取引全体の仲介手数料は、七万〇七四〇US$であった)。
イ 被告スリーエムは、前払金として注文合計額の四〇パーセントを、ヴィラ社に
対し電信為替により支払い、残金の六〇パーセントを、ヴィラ社に対する取消不能
譲渡可能信用状により決済する。
(三) 八井貿易は、同月八日、被告スリーエムに対し、FAXで、(一)の注文確認
書に関し、品番Y二〇一の注文は取り消したことを伝えるとともに、ヴィラ社に対
する前払金及び信用状の処理を依頼した(乙11)。
 なお、乙11は、「宏澤國際有限公司」との文字が印刷された紙に記載されている
が、弁論の全趣旨によれば同公司も被告スリーエムの関連会社であることが認めら
れ、同公司は八井貿易と同じ住所であり、乙10の注文確認書と乙11とは【D】とい
う同一人物によって送付されていると認められることから、乙11は、実質的には八
井貿易からの書面とみるのが相当である。
 また、右取消しを前提とすれば、M一二〇〇以外の商品も含めた全体の注文合計
額は一〇〇万〇一八〇SP$となり、前払金は四〇万〇〇七二SP$となる。
(四) 被告スリーエムは、同月一〇日、ヴィラ社に対し、前払金として四〇万〇〇
七二SP$の送金をした(乙9)。
(五) 被告スリーエムは、同月一六日、ヴィラ社に対し、本件商品の代金の一部と
して、六万六七五六SP$の送金をした(乙12)。
(六) ヴィラ社は、次の内容の同年三月二一日付けタックスインボイスにより、被
告スリーエムに対し、二〇〇枚の本件商品を輸出した(乙77、78)。
(1) 品番 M一二〇〇
(2) 数量 二〇〇枚
(3) 単価 一七・三二SP$
(4) 合計 三四六四SP$
(七) 被告スリーエムの本件商品の代金の残金の決済については、ヴィラ社を受益
者とする信用状から、八井貿易を受益者とする信用状による決済に変更された。
 被告スリーエムは、同年五月二八日、八井貿易有限公司を受益者、船積期限を同
年六月五日、有効期限を同月二六日とする信用状を開設した(乙13の7)。右信用
状は、品番M一二〇〇、五万二三〇〇枚分(単価七US$、合計三六万六一〇〇U
S$)のものとして開設されている。
 被告スリーエムは、その後、右信用状の船積期限を同年六月一四日、有効期限を
同年七月五日とする信用状条件変更依頼書を発行した(乙13の5)。
(八) ヴィラ社は、次の内容の同年六月六日付けタックスインボイスにより、被告
スリーエムに対し、三万〇〇六〇枚の本件商品を輸出した(乙7の6、乙78。な
お、同じ物につき、八井貿易も同月八日付けで、被告スリーエムに対する送状を発
行している(乙13の3)。)。
(1) 内容 五色のフレッドペリー衣類
(2) 数量
  Sサイズ   九〇六〇枚
  Mサイズ 一万一九〇〇枚
  Lサイズ   九一〇〇枚
  合  計 三万〇〇六〇枚
(3) 金額 二一万〇四二〇US$
(4) 単価 七US$
(九) ヴィラ社は、次の内容の同年七月七日付けタックスインボイスにより、被告
スリーエムに対し、二万二二四〇枚の本件商品を輸出した(乙7の5、乙79。な
お、同じ物につき、八井貿易も同年六月一四日付けで、被告スリーエムに対する送
状を発行している(乙13の1)。)。
(1) 内容 五色のフレッドペリー衣類
(2) 数量 
  Sサイズ   六六五〇枚
  Mサイズ   八九四八枚
  Lサイズ   六六四二枚
  合  計 二万二二四〇枚
(3) 金額 一五万五六八〇US$
(4) 単価 七US$
(一〇) 被告スリーエムは、八井貿易に対し、前記(六)記載の信用状に基づき、同
年六月一七日、二一万〇四二〇US$の決済を、同月二五日、一五万五六八〇US
$の決済を、それぞれ行った(乙13の2と4)。
3 本件商品はオシア社が製造したものか。
(一) 前記1記載のとおり、ヴィラ社は、オシア社よりフレッドペリーM一二〇〇
を、三回に分けて仕入れているが、その各仕入時期及び各時期における数量と、前
記2(六)、(八)及び(九)記載のヴィラ社が被告スリーエムに対し本件商品を輸出し
た時期及び各時期における数量とを比較すると、ヴィラ社は、オシア社よりフレッ
ドペリーM一二〇〇を仕入れて程なくして、被告スリーエムに対し、同じ数量の本
件商品を輸出していることが認められる。しかも、各サイズの数量が不明な最初の
ヴィラ社から被告スリーエムに対する二〇〇枚の輸出を除き、二回目及び三回目の
輸出に係る合計五万二三〇〇枚については、各サイズごとの数量も一致している。
また、二回目及び三回目の輸出に係る本件商品は、五色の色違いの商品で構成され
ていたが、このこともヴィラ社がオシア社から仕入れたフレッドペリーM一二〇〇
と合致する。
 このことからすると、被告スリーエムが輸入した本件商品は、オシア社に由来す
るものである蓋然性が高いものと認められる。
(二)(1) もっとも、被告スリーエムがヴィラ社から購入した本件商品の価格につい
ては、疑問もある。
 すなわち、前記のとおり、ヴィラ社は、オシア社より、フレッドペリーM一二〇
〇を一枚当たり一六・六一(税込換算で一七・一〇八三)SP$で仕入れたのに対
し、同社が被告スリーエムに本件商品を販売するに当たっては、ヴィラ社が発行し
たタックスインボイスの記載からすると、最初の二〇〇枚こそ一枚当たり一七・三
二SP$で販売しているものの、残りの五万二三〇〇枚については、一枚当たり七
US$(1SP$=〇・七〇八US$で換算して九・八九SP$)で販売したこと
とされている。
 このため、タックスインボイスの記載からすれば、ヴィラ社は、オシア社より、
五万二五〇〇枚のフレッドペリーM一二〇〇を、合計八九万八一八五・七五SP$
(税込み)で仕入れたのに対し、ヴィラ社は、被告スリーエムに対し、五二万〇五
五四・三九SP$で販売したことになる。
3,464+(210,420+155,680)/0.708=520,554.39
 このとおりだとすると、ヴィラ社は本件商品を仕入値以下で被告スリーエムに販
売したことになり、不合理である。
(2) しかしながら、被告スリーエムは、前記2(一〇)で認定したとおり、本件商品
五万二三〇〇枚分を単価七US$で販売する旨のヴィラ社のタックスインボイス記
載の金額(合計三六万六一〇〇US$)を、八井貿易に対する信用状によって決済
している(この点については、ヴィラ社から八井貿易に対し信用状の受益者が変更
された理由は定かではないが、他方で、八井貿易に対する信用状(乙13の7)の記
載内容からして、それが本件商品(五万二三〇〇枚分)の購入のために開設された
ことは明らかである。)が、前記2(四)(五)で認定したとおり、これ以前にもヴィ
ラ社に対して合計四六万六八二八SP$を事前送金しているから、被告スリーエム
が本件商品を購入するに当たって支払った金額を考えるに当たっては、これも考慮
する必要がある。
( なお、事前送金分のうちの四〇万〇〇七二SP$(前記2(四))は、前記2
(三)のとおり、本件商品のみの前払金ではなく、本件商品とともに注文確認書に記
載されていた商品全体(ただし、乙11による一部取消後のもの)の前払金として支
出されたものである。また、六万六七五六SP$については、注文確認書(乙10)
によれば、商品代金の残金の支払は信用状によることとされているので、なぜ、被
告スリーエムが、この時期に、ヴィラ社に対し、この金額を送金したのかが不明で
ある。しかしながら、証拠(乙7の3と4、乙82、83)によれば、ヴィラ社は、オ
シア社からフレッドペリーM一二〇〇合計五万二五〇〇枚を含む商品を仕入れるに
当たり、オシア社に対し、一九九六年二月一〇日、前払金として、四五万六八三
一・七八SP$(395,546.78+61,285)を支払い、その後、その全額がフレッドペ
リーM一二〇〇の支払に充てられたと認められるから、これからすれば、前記被告
スリーエムの事前送金に係る支払分は、ヴィラ社のオシア社に対する前払金の支払
原資として、全額が本件商品の支払に充てられたものと推認される。)
 しかるところ、これらの信用状決済分と事前送金分を合計して、被告スリーエム
が本件商品を購入するに当たって支出した金額を合計すると、九八万三九二一・三
九SP$(一枚当たり約一八・七四)SP$となる。 400,072+
66,759+(210,420+155,680)/0.708=983,921.39
 他方、ヴィラ社のオシア社からの仕入価格は、前記(1)のとおり、一枚当たり一
七・一〇八三SP$(税込換算)である。
 そうすると、被告スリーエムの支払額は、ヴィラ社の仕入額を一枚当たり約一・
六三一七SP$上回ることになる。そして、もともと被告スリーエムは、八井貿易
に対し、仲介手数料として一枚当たり一US$(約一・四一SP$)支払うことと
されていたこと、契約時のヴィラ社の転売差益は一枚当たり〇・二一一七SP
$(17.32-17.1083)とされていたことを踏まえると、ヴィラ社から被告スリーエム
へのタックスインボイスに記載された金額(一枚当たり七US$)は、何らかの理
由により、前払金額を控除した商品代金残額と八井貿易の仲介手数料の合計額であ
る五一万六六二一・五四SP$を、単価ともども米国ドルに引き直して記載された
ものと見るのが相当である。
(三) 以上の事実からすると、本件商品は、オシア社に由来するものであると認め
られ、弁論の全趣旨によれば、オシア社が、香港のソーシングハウスを通じて、中
国広東省にある合製衣厥という工場に製造を発注し、本件商品を製造したものと
認められる。
4 本件商品の輸入、販売は、本件商標権を侵害するか。
(一) 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専
有し(商標法二五条本文)、指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似
する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務につい
ての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用を禁止することができる(商標法
三七条一号)。
 したがって、商標権者以外の第三者が、商標権者の許諾を得ることなく、指定商
品若しくは指定役務について登録商標若しくはこれに類似する商標を使用すること
は、商標権侵害を構成するのが原則である。
 しかしながら、商標法が、商標権者に、右専用権及び禁止権を付与しているの
は、それによって、出所を表示する商標を保護し、商標権者が、当該商標の使用を
通じて形成するであろう自己の業務に対する信用の維持を図ることができるように
するためである。そして、そのような商標の出所表示機能が保護されることによ
り、同一の商標が付された商品等は同一の出所であるという商標に対する需要者の
期待が保護され、さらには、商標使用者が商標の使用を通じて自己の業務に対する
信用を形成・維持する反面として、同一の商標が付された商品等における品質は一
定であるという商標に対する需要者の期待が保護されることになる(商標法一条参
照)。すなわち、商標法は、このような商標の出所表示機能及び品質保証機能を保
護するために、右専用権及び禁止権を商標権者に付与しているのである。
 そうすると、形式的には商標権侵害を構成するように見えても、登録商標が有す
る出所表示機能・品質保証機能を何ら害さない場合には、商標権権侵害としての実
質的違法性を欠くというべきである。しかるところ、商標権者の許諾を得ることな
く、登録商標と同一の商標を付した商品が外国から輸入され、日本国内で販売等の
商標使用行為が行われた場合に、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害
としての実質的違法性を欠くといえるためには、①輸入商品に付された商標が表示
する出所と、商標権者の使用する商標が表示する出所が、実質的に同一であり、②
輸入商品に付されている商標が、右出所表示主体との関係で適法に付されたもので
あって、③輸入に係る商品の品質が、商標権者が商標を使用することによって形成
している商品の品質に対する信用を損なわないことが必要であると解するのが相当
である。
(二) 要件①について
 本件商品はオシア社が中国の合製衣厥に製造させたものであるところ、オシア
社はFPS社と本件ライセンス契約を締結しており、本件商品が、世界的に著名な
フレッドペリーの商品として流通したことは明らかである。そして、本件商品が日
本に輸入された平成八年当時、FPS社及びFPSUK社が行っていたフレッドペ
リーの事業は、それぞれFPH社及びFP社に承継されていたから、本件商品に付
された商標は、出所としてFPH社及びFP社を中心とするフレッドペリーグルー
プを表示していたものと認められる。
 他方、原告は、FPS社から本件商標権の譲渡を受けた平成八年一月二五日まで
は、フレッドペリーのライセンシーであったのであり、本件商品が輸入された当時
は、本件商標権の商標権者であるとともに、FPH社の親会社であったのであるか
ら、原告が本件登録商標をポロシャツ等に使用する場合、その商標は、出所として
FPH社及びFP社を中心とするフレッドペリーグループを表示していたものと認
められる。
 したがって、本件商品に付された商標が表示する出所と、本件登録商標が表示す
る出所は、同一である。
(三) 要件②について
(1) 前記(一)記載のとおり、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害の違
法性を欠くといえるためには、輸入商品に付されている商標が、その出所表示主体
との関係で適法に付されたものでなければならないが、商標の出所表示主体以外の
第三者が、当該商標を付する場合にそのようにいえるためには、商標の出所表示主
体が第三者に与えた許諾のうち商標を付する際の約定に定められた範囲内で商標が
付されていなければならないと解するのが相当である。
 なぜなら、商標の出所表示主体以外の第三者は、本来、当該商標を商品に付する
ことにつき、何ら権限を有しないのであり、その出所表示主体の許諾を得ることに
よって、初めて、当該商標を商品に付することができるようになるところ、そのよ
うな場合であっても、いったん許諾を得れば、当然に無制約に商標を付する権限が
与えられるわけではなく、当該許諾の商標を付する際の約定に定められた範囲にお
いてのみ、商標を付する権限が与えられるにすぎないからである。
(2) そこで、右の観点から検討するに、証拠(甲3)によれば、FPS社とオシア
者間の本件ライセンス契約には、次の条項があったことが認められる。
ア 本契約中、次の語及び語句は、前後関係に相反又は矛盾する場合を除き、本契
約中にてそれぞれに指定された意味を持つものとする(一条)。
(ア) 「契約品」とは、契約商標に基づき販売された、又は契約商標が貼付され及
び/又はFPS社の仕様に従い製造されたスポーツウェア及びレジャーウェア製品
で、本契約の別表1に列挙されるものを意味するものとする。
(イ) 「契約商標」とは、本契約の別表2に規定の契約商標及びその重要な詳細に
ついてはFPS社からオシア社に既に伝達されている又は伝達されることになって
いるその他商標(登録済みか否かにかかわらず)、商号、意匠、装丁を意味するも
のとする。
(なお、本件被告標章は、右契約商標に含まれていた〔弁論の全趣旨〕。)
(ウ) 「契約地域」とは、シンガポール、マレーシア、インドネシア及びブルネイ
を意味する。
イ FPS社は、本契約によりオシア社に対し、法律上オシア社にそうする権利が
ある限りにおいて、契約地域内で契約品を製造、販売及び頒布し、かつ本契約中以
下に定めるとおり契約地域内で契約品に関し契約商標を使用するライセンス及び権
限を許諾する(二条)。
ウ オシア社は、本契約により、以下のとおり約束し、FPS社に同意する(四
条)。
 FPS社の事前の書面での同意なしに、契約品の製造、仕上げ又は梱包の下請け
につき、いかなる取り決めも行わないこと。FPS社の同意は、オシア社がFPS
社に対して下請業者に関するすべての関連事実又は事項に関して完全な情報を与え
るとともに、下請業者が本契約の下で規定される仕様・品質基準を遵守・履行し、
それらに関連するすべての情報を秘密に保持することについて、FPS社の代理人
がチェックをするために、FPS社に対して同じ便宜を与えることを承諾すること
の約束を下請業者から取り付ける限り、不合理に留保されることはない(四条
U)。
エ FPS社は、以下の事態発生の場合、オシア社に対する書面通知を与えること
によりかかるライセンスを直ちに終了することができる(七条)。
 オシア社が、本契約に含まれるオシア者側の条件及び約束の履行又は遵守を怠
り、(矯正可能である場合)FPS社からその旨の通知がなされた後三〇日以内に
かかる違反を矯正しない場合(七条b)。
オ 本契約は、契約品の製造及び販売に関する両当事者間の完全なる了解を具現化
したものであり、明示的であるか暗示的であるか、又は制定法上であるか否かにか
かわらず、本契約により生み出された関係若しくは契約品に関して、本契約中に定
められていないすべての条件、保証及び表示は、本契約により除外され、オシア社
は、契約品、その品質又は目的への適合性に関するクレームから生じるすべての費
用、クレーム及び経費につき、FPS社に補償し、補償し続けるものとする(九
条)。
カ 本契約は、英国で作成された契約書として、英国法に従って解釈され、発行す
るものとし、オシア社は、本契約により、英国の裁判所の非専属的管轄に服するも
のとする(一二条)。
(3) 右契約の内容からすると、まず、オシア社は、本件ライセンス契約によって、
製造地に関して、シンガポール、マレーシア、インドネシア及びブルネイで、「契
約商標」を付すことの許諾を受けていたにすぎないところ(本件ライセンス契約二
条、九条)、前記第二【前提となる事実】三記載のとおり、本件商品は、中国で製
造されたものである。また、オシア社は、製造者に関して、原則として自ら製造し
たスポーツウェア及びレジャーウェア製品に、契約商標を付すことの許諾を受けて
いたにすぎず(本件ライセンス契約四条U、九条)、オシア社が、FPS社又はF
PH社から製造を下請けさせることについて同意を得ていたと認めるに足る証拠は
ないところ、本件商品は、オシア社以外の第三者(合製衣厥)が下請けとなって
製造した商品である。
 そうすると、本件被告標章は、本件ライセンス契約のうち商標を付する際の製造
地及び製造者に関する約定に定められた範囲を超えて、本件商品に付された商標で
あると認められる(右のように解すべきことは、本件ライセンス契約で準拠法とさ
れている英国法の下での条項解釈についての意見書である甲4によっても裏付けら
れる。)。
 これに対し、被告スリーエムは、オシア社が、FPS社から契約品を中国で製造
することの許諾を得ていたと主張するが、そのことを認めるに足る証拠はない。
 また、被告スリーエムは、FPS社が、オシア社に対し、「MADE IN H
ONGKONG」のネーム入り下札を送っていると主張し、乙3を提出するが、同
証拠は、オシア社が、FPSUK社に対し、同社の求めに応じて送付した下札と認
められるため、同証拠から被告スリーエムの主張を認めることはできない。
また、被告スリーエムは、FPS社がライセンシーに対し、ライセンス地域外に
おける製造を許容していたことは、原告が、本件登録商標の専用使用権者にすぎな
かった平成四年九月当時、香港の法人であるフェイス社に対し、本件登録商標を付
した商品の製造を発注し、中国内で製造された商品を、輸入販売していたことから
もうかがうことができると主張するが、証拠(甲6、7)によれば、原告は、平成
四年九月当時、FPS社から、特別にライセンスの領域(日本)外における製造の
許諾を受けていたと認められるので、被告スリーエムの右主張を採用することはで
きない。
(4) 右認定事実によれば、本件被告標章は、オシア社が、本件ライセンス契約のう
ち商標を付する際の製造地及び製造者に関する約定に定められた範囲を超えて、本
件商品に付したものであって、オシア社がFPS社から与えられた権限を超えて付
した商標というべきであるから、本件商標の出所表示主体であるフレッドペリーグ
ループとの関係で、適法に付された商標ということはできない。
 この点について、被告スリーエムは、オシア社は、本件被告標章を付することを
許諾された製造業者であるから、仮に本件ライセンス契約において、オシア社が中
国で製造することを許諾されていなかったとしても、同契約の違反によっては、契
約当事者の内部的違反が生ずるだけであって、商品の製造場所を制限する条項に違
反したというだけで、直ちに真正商品であるということを否定されることはないと
主張する。
 しかし、オシア社は、本件ライセンス契約をFPS社と締結することによって、
初めて本件被告標章を付する権限を有するに至った者であるから、本件被告標章を
付する権限を有するのも、本件ライセンス契約によって定められた製造地及び製造
者に関する条件の範囲内に限られるというべきである。したがって、オシア社が本
件ライセンス契約のうち商標を付する際の約定に定められた範囲を超えて本件被告
標章を付した場合には、全くの無権限者による商標の使用と、法的には同価である
というべきであり、そのようなオシア社の行為を、契約当事者の内部的違反が生じ
るだけと見ることは相当でない。
 また、出所表示主体が、第三者に商標の使用許諾を与えるに当たって、本件のよ
うな製造地及び製造者に関する条項をライセンス契約に設ける場合には、商品製造
技術、品質管理の水準及び商品の原材料の調達の難易その他諸般の事情を勘案し
て、どのような条件で製造された商品であれば、第三者が製造した商品であって
も、自己の出所を示す商標を付して流通に置いてもよいかを検討、決定の上、第三
者に対して、当該条項をその内容に含む許諾をしているのである。したがって、出
所表示主体は、許諾を与えられた者(以下「被許諾者」という。)が、それらの約
定に定められた範囲を超えて商標を付した場合においては、そのような商品が自己
の出所を示す商標が付されて流通に置かれることを許諾していないのであって、そ
れにもかかわらず、その商標が表示する出所が出所表示主体にあることを容認しな
ければならないということはできない。
 そして、需要者としても、被許諾者が商標を付する際の約定に定められた範囲を
超えて付された商標を見て、当該商標が付された商品は出所表示主体が責任をもっ
て製造した(させた)商品であると誤解してしまうおそれがあるのであるから、そ
のような商標が付された商品が流通することを防止することは、需要者の利益にも
つながるものである。
 なお、商標を付する際の約定の内容といった問題は、出所表示主体と被許諾者と
の間の取り決めであり、第三者にとって明らかになりにくい事項ではあるが、そう
であるからといって、被許諾者が、商標を付する際の約定に定められた範囲を超え
て、何ら権限なく行った行為を適法とすることはできない。また、商品とは流通す
るものであるから、第三者にとって明らかになりにくいという点では、一般の偽造
品と変わるものではない。したがって、この第三者にとって明らかになりにくいと
いう問題を、損害賠償における過失において考慮することは別論として、商標権を
侵害するか否かという違法性の問題において重視することは相当でない。
 したがって、被告スリーエムの右主張は採用することができない。
 なお、本件ライセンス契約で定められた義務にオシア社が違反した場合、FPS
社(さらにはFPS社の地位を譲り受けたFPH社)は、本件ライセンス契約を解
除できることとなっているが、そのような事後的対処ができることをもって、法的
には無権限者が製造したのと同価である本件商品を真正商品と見ることはできな
い。
(四) 以上より、要件③について検討するまでもなく、被告スリーエムが本件商品
を輸入したことは、いわゆる真正商品の並行輸入として商標権侵害の実質的違法性
を欠くということはできず、被告スリーエムが本件商品を輸入、販売したことは、
本件商標権を侵害する行為であったというべきである。
二 争点三1(過失)について
1 被告スリーエムが、本件商品を輸入し、販売したことによって、本件商標権を
侵害したことについては、過失があったものと推定されるから(商標法三九条、特
許法一〇三条)、以下では、その推定が覆るかどうかを検討する。
2 一般に、真正商品の並行輸入を行おうとする者は、常に、偽造商品を輸入して
しまう危険性が存在するのであるから、その輸入に当たっては、輸入しようとする
物が、真正商品かどうかを確認すべき注意義務が存在するというべきである。そし
て、既に判示したとおり、商標の出所表示主体から許諾を得た者が製造する物は、
商標がその許諾の範囲内で付されていなければ、真正商品とはいえないのであり、
また許諾の範囲というのは千差万別であることからすると、少なくとも、そのよう
な者が製造した物を、その者から実質的に直接輸入しようとする場合には、その者
が、商標の出所表示主体からどのような許諾を得ているか確認すべき注意義務があ
るというべきである。
 弁論の全趣旨によれば、被告スリーエムは、本件商品を輸入するに先立ち、その
担当者がオシア社を訪れていることが認められる。
 そうすると、被告スリーエムは、実質的には、本件商品をオシア社から直接輸入
しようとしていたと認められるから、被告スリーエムは、オシア社から、本件ライ
センス契約書の提示を受けるなどして、オシア社が、どのような範囲の許諾を受け
ているか確認すべきであったというべきである。そして、そのような確認を行って
いれば、オシア社が本件商品を製造することができる地域は、シンガポール、マレ
ーシア、インドネシア及びブルネイであること、オシア社は、原則として自ら製造
したスポーツウェア及びレジャーウェア製品に、契約商標を付すことの許諾を受け
ていたにすぎないことが、十分認識できたはずである。
 そして、証拠(乙10)によれば、被告スリーエムは、本件商品が中国製であるこ
とを、遅くとも、平成八年一月四日には知っていたことが認められるのであるか
ら、本件商品の輸入に先立ち、本件商品が本件ライセンス契約の製造地に関する約
定に違反して製造されたものであることを認識できたはずである。また、本件商品
が中国製であるということは、本件商品はシンガポールの法人であるオシア社が自
ら製造したものではなく、オシア社以外の第三者が下請けなどによって製造したも
のである蓋然性が高いから、被告スリーエムとしては、本件商品の製造者を確認
し、その上で、オシア社に対し、本件商品を第三者に下請けさせることにつき、F
PS社又はFPH社の同意を得ているかどうかを確認すべきであったというべきで
ある。そして、そのような確認を行っていれば、被告スリーエムは、本件商品の輸
入に先立ち、本件商品が本件ライセンス契約の製造者に関する約定に違反して製造
されたものであることを認識できたはずである。
 なお、被告スリーエムは、本件商品の輸入に先立ち、本件商品が真正商品である
ことの確認をシカリー社を通じて行っていると主張し、乙6を提出する。しかし、
乙6はオシア社がシカリー社に宛てた文書であるところ、そこには、「御社が購入
したすべての製品は、真正であり」と記載されているものの、本件商品の流通過程
でシカリー社が関連していることを認めるに足る証拠はないので、このような文書
を被告スリーエムが、本件商品の輸入に先立ち入手していたとは認められない。ま
た、仮に右文書を被告スリーエムが本件商品の輸入に先立ち入手していたとして
も、右文書は、製造者であり売主であるオシア社が作成した文書であるから、右文
書に本件商品は真正商品である旨の記載があることをもって、本件商品が真正商品
であると信用したというのでは、前記注意義務を尽くしたということはできない。
 したがって、被告スリーエムが、本件商品を輸入し、販売したことに過失がなか
ったということはできない。
3 したがって、被告スリーエムが、本件商品を輸入し、販売することによって、
本件商標権を侵害したことにつき、過失の推定は覆らないものというべきである。
三 争点三2(損害額)について
1 本件商品の販売額
(一) 前記のとおり、被告スリーエムは、本件商品を五万二五〇〇枚輸入したとこ
ろ、弁論の全趣旨によれば、現在までに、そのすべてを販売したことが認められ
る。
(二) 被告は、別表売上表1記載のとおり、被告スリーエムは、少なくとも三万七
八八四枚卸売りをしたと主張する。
 確かに、同表の乙号証欄掲記の証拠によれば、被告スリーエムにおいては、同表
記載のとおりの売上があったことが認められる。
 しかしながら、同表8、29、31、38ないし40、56、67、72番以外の商品は、すべ
てその品番が「九三二五六三九九九七四〇〇」であり(なお15及び18番の「九三二
五六三九九九七四〇」は「九三二五六三九九九七四〇〇」の誤記と認める。)、証
拠(甲17ないし62)によれば、同番号は、原告が、被告スリーエムから購入した本
件商品にも共通する品番であることからすると、被告スリーエムにおける本件商品
の品番は、「九三二五六三九九九七四〇〇」の一つであると認められる。したがっ
て、同表8、29、31、38ないし40、56、67及び72番記載の売上は、本件商品の売上
とは関係のないものと見るのが相当である。
 また、同表27ないし30番の売上は、被告スリーエムの沖縄事務所に対する売上で
あるから、単に被告スリーエムに内部において商品が移動したにすぎず、その後沖
縄事務所によって、当該商品は小売りされたと見るのが相当であるから、卸売上数
を計算するに当たって、同番号記載の売上は計上しないのが相当である。
 また、同表6、7、10、17、19、20、26、46、48ないし52、68、70及び71番は、
返品であるもののそれに対応する売上が証拠上明確となっていない。しかしなが
ら、返品がある以上、それに先立ち、少なくともその同数の売上があったことは明
らかであるから、卸売上数を計算するに当たって、同番号記載の返品は計上しない
のが相当である。
 また、同表62及び63番の日産アルティアに対する卸売りについては、三枚の売上
の後、三〇枚の返品がなされているので、少なくとも、ほかに二七枚の売上があっ
たものと考えられる。したがって、卸売上数を計算するに当たって、同番号記載の
売上及び返品は計上しないのが相当である。
 また、同表74ないし76番のロン・都との取引については、一二〇枚の売上があっ
た後、一八八枚と七七枚の返品がなされているが、その単価に着目すれば、76番の
七七枚(単価一八八〇円)の返品は、74番の一二〇枚(単価同じ)の売上分の一部
であると認められるが、75番の一八八枚(単価一九八〇円)の返品はそれに対応す
る売上が証拠上明確でない。しかしながら、その返品に先立ち一八八枚(単価一九
八〇円)の売上があったことは明らかであるから、卸売上数を計算するに当たって
は、同表75番記載の返品は計上しないのが相当である。
 以上をまとめると、別表売上表2記載のとおりとなり、被告スリーエムは、三万
四九九三枚の本件商品を卸売りによって販売し、合計五八二五万四〇二五円の売上
を得たと認められる。
(三) 他方、被告スリーエムが、小売りした枚数及び販売額を的確に認めるに足る
証拠はない。
 しかしながら、前記(二)以外に卸売りをした枚数が認められない以上、残りの一
万七五〇七枚はすべて小売りしたと見るのが相当である。
 そして、証拠(甲16ないし62)と弁論の全趣旨によれば、被告スリーエムは、本
件商品を小売りするに際して、その約八五パーセントを二九〇〇円で販売し、約六
パーセントを三九〇〇円で販売し、約六パーセントを四九〇〇円で販売し、約三パ
ーセントを五八〇〇円で販売していたと認められる。
 したがって、右一万七五〇七枚も、右割合で販売したものと見るのが相当であ
り、それによれば、同枚数の販売額は、五五四四万四六六九円となる。
(17,507×0.85×2900)+(17,507×0.06×3,900)+(17,507×0.06× 4,900)
+(17,507×0.03×5,800)=55,444,669
(四) 以上より、被告スリーエムが、本件商品を販売したことにより得た売上は、
一億一三六九万八六九四円となる。
58,254,025+55,444,669=113,698,694
2 本件商品の経費
(一) 前記一2(四)記載のとおり、被告スリーエムは、本件商品を輸入するに当た
って、ヴィラ社に対し、四〇万〇〇七二SP$の送金をしているが、証拠(乙9の
2)によれば、その支払のために、被告スリーエムは、二九五五万七三一九円(手
数料を除く)の支出をしていることが認められる。また、証拠(乙12の2)によ
れば、被告スリーエムは、同様に、六万六七五六SP$の送金(前記一2(五))を
するために、四九六万二六四一円(手数料を除く)の支出をしていることが認めら
れる。
 また、被告スリーエムは、八井貿易のための信用状の決済として、平成八年六月
一七日、二一万〇四二〇US$の支出をしているが(前記一2(八))、弁論の全趣
旨によれば、当時の為替レートは、一US$が一一〇・〇五円であると認められる
ので、結局、二三一五万六七二一円の支出をしているものと認められる。また、被
告スリーエムは、同様に、同月二五日、一五万五六八〇US$の支出をしているが
(前記一2(九))、弁論の全趣旨によれば、当時の為替レートは、一US$が一一
〇・一〇円であると認められるので、結局、一七一四万〇三六八円の支出をしてい
るものと認められる。
 以上より、被告スリーエムが、本件商品を輸入するに当たってヴィラ社又は八井
貿易に対し支出した金額は、七四八一万七〇四九円であったと認められる。
 29,557,319+4,962,641+23,156,721+17,140,368=74,817,049
(二) そして、弁論の全趣旨によれば、被告スリーエムが、本件商品を輸入するに
当たって、そのほかに支出する輸入諸経費(送金手数料、信用状開設手数料、航空
運賃、海上運賃、保険料、通関料、関税、消費税、乙仲手数料及び国内運賃)は、
前記(一)の支出金額の二三パーセント相当額であると認められ、前記(一)の支出金
額との合計額は、九二〇二万四九七〇円になると認められる。
(三) そして、このほかに、被告スリーエムに、本件商品を販売したことにより増
加した費用があったと認めるに足る証拠はない。
 したがって、商標法三八条二項の「利益の額」を算出するに当たって控除すべき
費用の額は、九二〇二万四九七〇円であると認められる。
3 以上より、被告スリーエムが、本件商品を販売したことにより得た利益は、二
一六七万三七二四円となり、これが、商標法三八条二項により原告が被った損害額
と推定される。
 113,698,694-92,024,970=21,673,724
4 弁護士費用
 原告が、乙事件の提起及び遂行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著である
ところ、原告が本件商標権侵害に基づく損害賠償を請求するためには、弁護士費用
の出捐が必要であったと認められ、乙事件の事案の内容、訴訟の経過、認容額等を
勘案すると、被告スリーエムの商標権侵害と相当因果関係のある弁護士費用は、二
二〇万円と認める。
5 まとめ
 以上より、原告の被告スリーエムに対する損害賠償は、損害金二三八七万三七二
四円及びこれに対する平成一二年三月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の
割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。
四 その他
1 甲事件について
 被告スリーエムの、原告及び被告繊研新聞に対する請求は、被告スリーエムが本
件商品を輸入、販売したことが、本件商標権を侵害しないことを前提とするもので
あるところ、同行為が本件商標権を侵害することは、既に判示したとおりであるか
ら、その余の点について検討するまでもなく、被告スリーエムの請求はいずれも理
由がない。
2 乙事件について
(一) 差止請求及び廃棄請求について
 原告は、被告スリーエムに対し、本件被告標章の付された品番M一二〇〇及びM
三〇〇〇の中国製ポロシャツの輸入及び販売の差止めを求めている。
 しかし、右ポロシャツのうち品番M三〇〇〇については、そもそも被告スリーエ
ムが同品番の商品を輸入した実績がない。
 また、右ポロシャツのうち品番M一二〇〇についても、既に判示したとおり、被
告スリーエムは、既に輸入した本件商品をすべて販売済みであり、また、証拠(甲
8)と弁論の全趣旨によれば、FPH社は、既に本件ライセンス契約を解除してい
ることが認められるため、被告スリーエムが、今後、本件被告標章の付された同品
番の中国製ポロシャツを輸入するおそれがあるとも認めれない。
 したがって、右ポロシャツのいずれの品番についても、差止請求の必要性がある
とは認めらず、その請求は理由がない。
 そして、そうである以上、原告の被告スリーエムに対する廃棄請求も理由がな
い。
(二) 謝罪請求について
 原告は、被告スリーエムに対し、謝罪広告の請求をしているが、本件全証拠及び
本件口頭弁論で明らかとなった一切の事情を考慮しても、その必要性は認められな
い。
五 結論
 以上より、原告の被告スリーエムに対する乙事件請求は、主文一項掲記の限度で
理由があり、被告スリーエムの甲事件請求は理由がないから、主文のとおり判決す
る。
(口頭弁論終結日 平成一二年九月五日)
大阪地方裁判所第二一民事部
       裁判長裁判官    小   松    一   雄
          裁判官    高   松    宏   之
          
          裁判官    安   永    武   央
別紙
商標目録一商標目録二
標章目録一標章目録二
別表
別紙一(謝罪広告案),別紙二(謝罪広告掲載要領案),別紙三(謝罪広告)売上
表1.2 省略

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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