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       主   文
一 別紙目録一4及び5記載の原告らの訴えをいずれも却下する。
二 その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とし、補助参加によって生じた訴訟費用は補助参加人
らの負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告らの請求
 被告が平成八年三月二九日付けでした国営川辺川土地改良事業変更計画(以下
「本件変更計画」という。)に対する異議申立てを棄却する旨の各決定(以下「本
件決定」という。)を取り消す。
二 被告の答弁
(本案前の申立て)
 別紙目録一1ないし3記載の原告らの訴えをいずれも却下する。
(本案に対する答弁)
 原告らの請求をいずれも棄却する。
第二 事案の概要等
一 事案の概要
 被告は、熊本県内の人吉市並びに球磨郡の錦町、多良木町、須恵村、深田村、相
良村及び山江村(以下「関係市町村」という。)にまたがる一定の地域を施行地域
とする国営川辺川土地改良事業(農業用用排水、区画整理及び農地造成の各事業。
以下、右各事業をまとめて「本件事業」といい、農業用用排水事業を「用排水事
業」という。)につき、昭和五九年六月九日付けで、各事業ごとにそれぞれ事業計
画(以下、まとめて「当初計画」という。)を決定したが、その後、平成六年一一
月四日付けで、右各事業ごとに本件変更計画を決定した。これに対し、原告P1ら
一一六八名(うち七名は後に取下げ。以下、右七名を除いて「本件異議申立人」と
いう。)が、同年一二月一九日から同月二一日までの間に、被告に対し、本件変更
計画に対する異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)を行ったが、被告
は、平成八年三月二九日付けで、本件異議申立人のうち二二名に対し異議申立てを
却下する旨の決定をし、本件異議申立人のうちその余の一一三九名に対し本件決定
をした(以上につき、後記二参照)。
 本件は、本件異議申立人等からなる原告らが、本件変更計画の違法として、①事
業の必要性がないこと、②土地改良法(以下「法」という。)八七条の三第一項所
定の法三条の資格を有する者(計画変更後に当該土地改良事業の施行に係る地域に
該当しないこととなる地域内にある土地について同条に規定する資格を有する者を
含む。以下「三条資格者」という。)の三分の二以上の同意を取得する手続(以下
「同意取得手続」という。)に瑕疵があること、③同条項所定の三条資格者の三分
の二以上の同意が得られていないことなどを、また、本件決定に固有の違法とし
て、本件異議申立人全員に口頭による意見陳述の機会を十分に与えなかったことな
どをそれぞれ主張して、本件決定の取消しを求めた事案である。
 これに対し、被告は、本案前の主張として、①本件異議申立てについての決定を
受けていない原告の訴えは、いわゆる異議申立前置主義及び裁決主義から、不適法
である、②三条資格者でない原告には原告適格がないとし、本案に関する主張とし
て、本件変更計画について、①本件変更計画における事業の必要性の有無は本件訴
訟の審理の対象外である、②同意取得手続に瑕疵はない、③法八七条の三第一項所
定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件も充足しているなどとして、その適法
性を主張し、また、本件決定については、本件異議申立人に十分に口頭意見陳述の
機会を保障したなどとして、本件決定に固有の違法がないと主張している。
二 前提事実(各項末尾に証拠を掲記したほかは、当事者間に争いがない。なお、
以下において証拠を摘示する場合、特定の必要のない限り枝番号は付さない。)
1 当初計画の確定に至る経緯等
(一) 本件事業は、特定多目的ダム法に基づき建設大臣が建設する川辺川ダムを
水源とし、導水路、幹線水路、揚水機場等を建設する用排水事業、未整備既耕地の
区画整理事業及び山林、原野等を対象とする農地造成事業の三つの国営土地改良事
業である。
(二) 関係市町村内に居住するP2外三四名は、本件事業の計画概要の策定、右
計画概要についての各関係市町村長からの意見聴取、右計画概要等の公告、三条資
格者からの同意取得等、法八五条所定の手続を経るなどした上で、昭和五八年一〇
月一二日付けで、被告に対し、本件事業を国営土地改良事業として施行するよう申
請を行った。
 なお、市町村別及び大字別同意状況集計表(乙一五)によれば、本件事業のうち
用排水事業については九七・一パーセント、区画整理事業については九六・八パー
セント、農地造成事業については一〇〇パーセントの三条資格者の同意が得られた
とされている。(乙一〇ないし一六)
(三) 右申請を受けて、被告は、法八六条二項所定の関係都道府県知事である熊
本県知事との協議、法八七条二項、八条二項、三項所定の専門的知識を有する技術
者からの調査報告の聴取等を行った。(乙一七、一九)
(四) その上で、被告は、昭和五九年六月
六日付けで、本件事業を国営として実施することが適当である旨の決定をし、さら
に、同月七日付けで、用排水、区画整理及び農地造成の各事業についての事業計画
である当初計画を、国営川辺川土地改良事業計画書(乙二〇ないし二二)のとおり
定めた。当初計画の概略は、別紙二のとおりである。
(五) 被告は、当初計画につき、法八七条五項所定の公告及び縦覧(縦覧期間は
昭和五九年六月九日から同年七月二日まで)を行ったが、異議申立期間(法八七条
六項により縦覧期間満了日の翌日から起算して一五日間)内に異議申立てはなく、
当初計画は同年七月一八日に確定した。
 そして、本件事業のうち区画整理五〇ヘクタール及び農地造成一九〇ヘクタール
については、平成五年度までに工事が終了した。一方、用排水事業については、川
辺川ダムの本体工事が着工されていないこともあり、未着工のままとなっていた。
(甲一、乙二四ないし二六、弁論の全趣旨)
2 本件変更計画の決定に至る経緯
(一) 被告は、農業情勢の変化等による一部の三条資格者らの本件事業の推進意
欲の減退、農業従事者の高齢化、後継者不足等により、当初計画のままでの事業の
実施が困難であるとして、本件事業の施行地域、主要工事計画及び事業費の変更を
内容とする計画変更を行うこととした。
 そこで、被告は、本件事業の変更後の計画概要について定めた国営川辺川土地改
良事業変更計画概要書を用排水、区画整理及び農地造成の各事業ごとに作成すると
ともに(乙二七ないし二九)、本件事業によって造成された施設の予定管理方法等
について定めた「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)
によって造成された施設の予定管理方法等」と題する書面(乙三〇)、本件事業費
の負担区分等について定めた「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造
成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準」と題す
る書面(乙三一)及び「±地改良区の設立予定時期及び方法」と題する書面(乙三
二)を作成した。
 また、被告は、法八七条の三第六項、八条二項、三項所定の専門的知識を有する
技術者からの調査報告の聴取手続として、九州共立大学教授P3らから、平成五年
八月二〇日付けで、本件変更計画の内容が総合的にみて適正なものと認められる旨
の調査報告書(乙三六)による報告を受けた。
 また、被告は、法八七条の三第四項所定の関係都道府
県知事との協議として、同年一一月一九日付けで熊本県知事と協議を行い、平成六
年一月二六日付けで、同知事から、本件変更計画に異議がない旨の回答を得た。
 さらに、被告は、法八七条の三第一項所定の公告として、同年二月八日から同月
一四日までの間、右各変更計画概要書、「国営川辺川土地改良事業(農業用用排
水・農地造成・区画整理)によって造成された施設の予定管理方法等」と題する書
面、「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)における事
業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準」と題する書面等を、関係市町村の
市役所又は町村役場の掲示板に掲示した(以下「本件公告手続」という。)。(乙
二七ないし三四、三六)
(二) 被告は、おおむね平成六年五月ころまでの間に、関係市町村に依頼するな
どして、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を取得するた
めの手続をした。
 そして、同年六月一〇日、川辺川総合土地改良事業組合(以下「事業組合」とい
う。)の組合長であるP4(当時相良村長)が、同組合の臨時議会において、本件
変更計画のうち、用排水事業について九一パーセント、区画整理事業について九三
パーセント、農地造成事業について九七パーセントの三条資格者から同意を得た旨
報告した。(乙三五)
(三) 一方、平成六年四月二七日ころ以降、多数の者から、被告に対し、本件変
更計画への同意を撤回する旨の通知が書面でなされた。
 これに対し、被告は、同年六月二二日ころ以降、右通知をした者のうち同意署名
を得ていた三条資格者に対し、関係市町村の同意取得担当者等を通じて、右の同意
撤回を取り下げるよう働きかけをし、相当数の者から、同意撤回を取り下げる旨の
書面を徴集した。
 しかし、右同意撤回を取り下げる旨の書面を提出した者の中には、再び同意を撤
回する旨の通知をする者も現れた。被告は、このうちの一部の者からは、再び同意
撤回を取り下げる旨の書面を徴集した。
 これらの同意撤回及び同意撤回取下げの状況は、被告の第五準備書面別紙2「甲
第5号証及び甲第6号証確認調書」のとおりであり、要約すると、別紙三のとお
り、同意撤回取下者は、用排水事業で二六三名、区画整理事業で一二二名、農地造
成事業で三八名である。(甲五、六、乙六七、一一五)
(四) 被告は、平成六年一一月四日付けで、九州農政局長から、用排水事業につ
いて、三条資格者総数
三九二二名のうち三四一七名(乙六四の1ないし7。三条資格者中同意した者の割
合(以下「同意率」という。)八七・一パーセント)から、区画整理事業につい
て、三条資格者総数一四七六名のうち一三四三名(乙六五の1ないし7。同意率九
一・〇パーセント)から、農地造成事業について、三条資格者総数八八一名のうち
八四一名(乙六六の1ないし7。同意率九五・五パーセント)から、それぞれ同意
を得た旨の報告を受けた。(乙六九)
(五) 被告は、右報告を受けて、平成六年一一月四日付けで、国営川辺川土地改
良事業変更計画書(用排水事業につき乙三七、農地造成事業につき乙三八、区画整
理事業につき乙三九)のとおり、本件変更計画を決定した。本件変更計画の概略
は、別紙二のとおりである。
 被告は、同月七日付けで法八七条の三第六項、八七条五項所定の本件変更計画を
決定した旨を公告するとともに、同月八日から同年一二月六日までの間、関係市町
村の市役所又は町村役場において右各変更計画書の写しを縦覧に供した。(乙四
一、四二)
3 本件異議申立て及び本件決定の状況
(一) 原告P1ら一一六八人(うち七名は後に取下げ)が、本件変更計画に対す
る異議申立ての期間内の平成六年一二月一九日から同月二一日までの間、被告に対
し、本件異議申立てをした。
(二) これに対し、被告は、平成八年三月二九日付けで、本件異議申立人のうち
二二名に対し異議申立てを却下する旨の決定をし、その他の本件異議申立人一一三
九名に対し本件決定をした。(乙四五)
三 本件の争点
【本案前の争点】
1 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(別紙目録
一1記載の原告らについて)
2 三条資格者でない原告の訴えの適法性(別紙目録一2及び3記載の原告らの原
告適格の有無及び異議申立前置の要件の成否)
【本案の争点】
1 本件変更計画の違法性の有無について
(一) 事業の必要性及び費用対効果について(国営土地改良事業の変更計画の適
法要件か否か。また、適法要件と解した場合、それらの要件を充足しているか否
か。)
(二) 本件事業の受益面積が本件変更計画により土地改良法施行令(以下「施行
令」という。)四九条一項所定の基準面積を下回ることによる本件変更計画の違法
性の有無
(三) 本件公告手続の違法性の有無
(四) 同意取得手続の違法性の有無について
(1) 三条資格者の特定に関する違法性の有無

2) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無
(3) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無
(4) 同意署名の瑕疵による違法性の有無
(5) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無
(五) 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否
について
(1) 三条資格者の人数
(2) 三条資格者のうちの同意者の人数
(3) 同意の無効原因の有無1‐同意が説明義務違反により無効になるか否か
(4) 同意の無効原因の有無2‐同意が錯誤により無効になるか否か
(5) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その
者を同意者として扱うべきか否か
2 本件決定固有の違法性の有無について
(一) 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性
の有無
(二) 本件異議申立人全員に行政不服審査法(以下「行審法」という。)二五条
一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の
有無
(三) 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を
経ていないことによる違法性の有無
四 争点に関する当事者の主張
【本案前の争点について】
1 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(別紙目録
一1記載の原告らに関して‐本案前の争点1)
(被告の主張)
(一) 法八七条の三第六項、八七条一〇項は、土地改良事業変更計画に不服があ
る者は、同条七項の異議申立てについての決定に対してのみ、取消しの訴えを提起
することができると規定している。これは、右変更計画の決定について、異議申立
前置主義とともに、いわゆる裁決主義を採用したものである。
 したがって、異議申立てについての決定を受けていない者については、取消しの
対象となる決定もないから、取消訴訟を提起することができないというべきであ
る。
(二) なお、原告らは、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)八条二項の
適用があるとの前提に立って、同項二号ないし三号に該当すると主張しているが、
土地改良事業変更計画の決定について異議申立前置主義とともに裁決主義を採用し
ている法の仕組みからすれば、行訴法八条二項が適用される余地はないというべき
である。
(三) 別紙目録一1記載の原告らは、いずれも本件異議申立てについての決定を
受けていないのであるから、これらの原告らの訴
えは不適法である。
(原告らの主張)
(一) 被告は、十分な口頭審理を実施せず本件異議申立人に十分な陳述の機会も
与えないまま、本件異議申立ての手続を打ち切ったのであり、このような形式的か
つおざなりな審理を経る意味はなく、行訴法八条一項本文の原則に戻って、異議申
立てを経ずに取消訴訟を提起することも許されるべきであるから、同条二項三号の
「裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当するというべきである。
(二) また、被告が、川辺川ダムから各三条資格者の農地までの用排水事業の費
用負担を明らかにしないまま、本件事業を強行しようとしていたことからすれば、
同項二号の「手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があると
き」にも該当するというべきである。
(三) したがって、本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えも
適法である。
2 三条資格者でない原告の訴えの適法性(別紙目録一2及び3記載の原告らの原
告適格の有無及び異議申立前置の要件の成否に関して‐本案前の争点2)
(被告の主張)
(一) 原告適格について
 法は、異議申立てについての決定に対する取消しの訴えを提起し得る者を「土地
改良事業計画に不服がある者」と規定している(法八七条の三第六項、八七条一〇
項)が、右にいう「不服がある者」は、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する
者」と同義であり、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵
害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。
 そして、法が、三条資格者につき、土地改良事業の変更計画について賛否を表示
し(法八七条の三)、国営、都道府県営事業の申請人となり(法八五条)、その費
用の一部を負担する(法九〇条、九一条等)等の権利と義務を有する旨規定してい
ることに照らすと、三条資格者は、土地改良事業の変更計画の取消しを求める法律
上の利益を有する者に該当する(法八七条の三第六項、八七条一〇項)が、それ以
外の者はこれに該当せず、原告適格を有しないというべきである。
 別紙目録一2及び3記載の原告らは、いずれも三条資格者ではなく、原告適格を
有しないから、これらの原告らの訴えは不適法である。
(二) 異議申立前置について
 異議申立前置主義が採られている場合、訴え提起前に経由する異議申立ては適法
なものであることを要し、本来不適法として却下すべき異議申立
てについて実体的裁決がなされた場合であっても、異議申立前置の要件を充足した
ことにならない。
 被告は、別紙目録一2記載の原告らに対し、異議申立適格を有しないことを理由
に却下決定をし、また、別紙目録一3記載の原告らに対し、棄却決定をしたが、こ
れらの原告らは、三条資格者ではなく、適法な異議申立てを経ていないのであるか
ら、この点からも、別紙目録一2及び3記載の原告らの訴えは不適法である。
(原告らの主張)
(一) 行訴法九条にいう「法律上の利益」は、単なる実体法上の権利ないし保護
法益にとどまらず、事実上の利益をも含むものと解すべきであるし、その利益を侵
害される者であれば、必ずしも処分当事者に限らず、第三者であっても、その処分
の取消訴訟を提起し得ると解すべきである。
(二) ところで、本件事業は、川辺川ダムの建設を前提としており、本件事業と
川辺川ダム建設は密接不可分の関係にあるが、川辺川ダムが建設された場合、三条
資格者でない者も、これまで享受してきた川辺川の豊かな清流を失い、川辺川ダム
の放水による洪水の危険にさらされるなど事実上の多大な影響を受け、良好な環境
を享受する権利を侵害され、あるいは財産権を侵害され、場合によっては生命、身
体を損なわれる危険にさらされる。これらの権利や利益は、本件変更計画を決定す
るに当たっても当然に配慮されるべきものである。
 したがって、原告適格を有する者を三条資格者に限定すべきではなく、原告ら全
員に原告適格が認められるべきである。
(三) なお、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」につき、当該処分に
より自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害される
おそれのある者をいうとの見解に立つとしても、原告適格を有する者を三条資格者
に限定すべきではない。例えば、本件事業の対象地に地上権、永小作権、賃借権等
を有している者については、「法律上の利益を有する者」に該当するというべきで
ある。
【本案の争点について】
1 本件変更計画の違法性の有無について
(一) 事業の必要性及び費用対効果について(国営土地改良事業の変更計画の適
法要件か否か。また、適法要件と解した場合、それらの要件を充足しているか否か
‐本案の争点1(一))
(原告らの主張)
(1) 法八条四項一号は、土地改良事業が政令で定める土地改良事業の施行に関
する基本的な要件に適合することを要求しており
、施行令は、右要件として、「当該土地改良事業の施行に係る地域の土じょう、水
利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の
増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とす
ること」(施行令二条一号。以下「事業の必要性」という。)及び「当該土地改良
事業のすべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」(同条三号。以下「費用
対効果」という。)を明示している。
 土地改良事業計画の変更に関する法八七条の三第六項は、法八条四項を準用して
いないが、法八七条の三第六項が準用する法八条二項、三項等に照らすと、土地改
良事業の変更計画においても、事業の必要性及び費用対効果が要求されており、こ
れらのいずれかを欠く変更計画は違法であるというべきである。
(2) 本件変更計画に係る変更計画概要書(乙二七ないし二九)では、事業の必
要性を基礎づける事情として、①用水手当が皆無であること、②用水施設の老朽化
により恒常的な用水不足を来していることなどが指摘されている。しかしながら、
これらは事実に反するか、あるいは、本件事業の施行地域の実情にそぐわないもの
である。本件事業の施行地域において農業のための水は十二分に確保されており、
多大な費用を投じ農業経営者に過大な負担を強いて、本件事業を行う必要性は全く
ない。
 したがって、事業の必要性はなく、本件変更計画は違法である。
(3) また、被告は、本件変更計画を策定するに当たり、本件事業が十分な経済
効果をもたらすことが判明しているとして、本件変更計画に係る変更計画書(乙三
七ないし三九)の記載内容を指摘している。しかしながら、右各変更計画書には、
本件事業の費用対効果について、結論となる数字が示されているだけで、その算出
の基礎になった資料等は何ら明らかにされていない。また、前記二2(一)の調査
報告書(乙三六)にも、本件事業の費用対効果について、その評価の根拠や算出基
礎を示すものは何も記載されていない。
 また、本件事業を全体として見ると、面積規模等が縮小され、増加見込効果額及
び増加見込所得額が減少しているのに、事業費が増加するなど、本件変更計画の内
容は費用対効果の観点からみても不可解なものである。
 このように、本件変更計画の費用対効果についての検討や調査報告は全く不十分
であって、本件変更計画はこの点においても違法である。

被告の主張)
 法八七条の三第六項は法八条四項を準用しておらず、事業の必要性及び費用対効
果は、国営土地改良事業の変更計画の要件ではない。
 したがって、事業の必要性及び費用対効果の有無は、本件訴訟の審理の対象外で
あり、この点に関する原告らの主張は、主張自体失当である。
(二) 本件事業の受益面積が本件変更計画により施行令四九条一項所定の基準面
積を下回ることによる本件変更計画の違法性の有無(本案の争点1(二))
(原告らの主張)
 施行令四九条一項は、国営土地改良事業につき、受益地の面積が一定の規模以上
であることを要求している。これを本件事業に当てはめると、受益面積が、用排水
事業についてはおおむね三〇〇〇ヘクタール以上、区画整理事業についてはおおむ
ね二〇〇ヘクタール以上、農地造成事業についてはおおむね四〇〇ヘクタール以上
でなければならない。
 当初計画段階においては右各事業とも右基準を満たしていたが、本件変更計画段
階においては、用排水事業が三一一〇ヘクタールから二八二〇ヘクタールに、区画
整理事業が五六〇ヘクタールから五〇ヘクタールに、農地造成事業が四八〇ヘクタ
ールから一九〇ヘクタールにそれぞれ変更され、右基準を大幅に下回っている。
 国営土地改良事業においては、その費用の相当部分を国が負担することになるた
め、国費を投じるにふさわしい規模を有することでなければならない。施行令四九
条一項は「おおむね」という文言を用いているが、右のような大幅な基準の割り込
みを是認するものではない。
 したがって、本件変更計画は、法八五条一項、施行令四九条一項に違反してお
り、違法である。
(被告の主張)
 施行令四九条一項一号等は、法八五条一項に基づき三条資格者が国営土地改良事
業として申請するに当たっての要件を定めたものであり、国営土地改良事業の変更
計画には適用されない。
 したがって、この点に関する原告らの主張は主張自体失当である。
(三) 本件公告手続の違法性の有無(本案の争点1(三))
(原告らの主張)
 本件公告手続は、三条資格者に対し個別になされたものではなく、事前にすべて
の三条資格者を対象に回覧に付されたものでもない。原告らが公告されていること
を知ったのは、早くて平成六年二月一〇日であり、同日から同月一四日までの間、
祝日、土曜日及び日曜日を除くと、実質的に公告事項の閲覧が可能であったのは、
二日間だけである。
しかも、公告の方法は、関係市町村の市役所又は町村役場のガラス張りの掲示板
に、書面を全部開いて掲示することなくつり下げていたにすぎないもので、到底そ
の内容をうかがい知ることはできなかった。
 したがって、本件公告手続には、法八七条の三第一項の趣旨に反する重大な瑕疵
があるというべきである。
(被告の主張)
 法八七条の三第一項所定の公告は、三条資格者に対し個別にされるべきものでは
ない。また、公告期間とは、土地改良法施行規則(以下「施行規則」という。)六
一条の八の三、八条が規定するとおり、市町村の事務所の掲示場に掲示した期間を
いうのであって、個々の三条資格者が実際に知った日から起算するものではなく、
祝日等を除外して計算するものでもない。
 したがって、本件公告手続に違法はない。
(四) 同意取得手続の違法性の有無について
(1) 三条資格者の特定に関する違法性の有無(本案の争点1(四)(1))
(原告らの主張)
 同意取得手続が憲法の保障する重要な人権にかかわるものであることからすれ
ば、その同意を得るべき対象者である三条資格者は、厳格に特定されていなければ
ならない。施行規則六一条の九、九条一項は、同意を得るには三条資格者の総数を
記載した同意署名簿に三条資格者の署名及び押印を得なければならないと規定して
いるが、これは、同意を得る前の段階で三条資格者を特定し、その総数を記載した
同意署名簿を作成した上で、同意取得手続をすることを要求する趣旨と解すべきで
ある。そして、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載されず同意するかどう
かの意思表示をする機会を与えられなかった者がいた場合には、法八七条の三第一
項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否にかかわらず、土地改良事
業変更計画を違法なものとして取り消すべきである。
 ところが、被告は、三条資格者の確認に当たり、①統一的な指針を示すこともな
く関係市町村に三条資格者の確認作業を委託したまま任せきりにし、関係市町村が
した確認作業の結果の点検もしておらず、また、②三条資格者の特定の前提となる
農用地・非農用地の区別を土地の現況で決すべきであるのに、単に農地基本台帳、
土地原簿、登記簿で確認したにすぎなかったのであり、さらに、③時間の経過によ
り三条資格者となるべき者が変動することが当然予想されるのに、同意取得手続を
開始する約一年前に三条資格者を確認したきり
で、その後の三条資格者の変動を考慮していなかった。
 右のような同意取得手続の中で被告が作成した同意署名簿(以下「本件同意署名
簿」という。)が真の三条資格者を記載したものであるとは到底考えられない。現
に、被告が第五準備書面で認めただけでも、用排水事業で一九八名、区画整理事業
で八九名、農地造成事業で一〇名の者が、三条資格者であるにもかかわらず本件同
意署名簿に三条資格者として記載されず同意するかどうかの意思表示の機会を与え
られていなかったことが判明している。しかも、この中には死者を三条資格者と誤
認したものもあり、このような場合には、相続関係や使用収益権の設定の有無を確
認する必要があるにもかかわらず、本件ではそのような確認がなされておらず、本
来の三条資格者がだれであったのか、今なお特定されていないのである。
 以上からすれば、本件変更計画は違法であるというべきである。
(被告の主張)
 被告がした三条資格者の確認に欠けるところはなく、この点に違法はない。
 被告は、関係市町村に三条資格者の整理業務を委託し、その結果をもって三条資
格者を確認した上で、同意取得手続を行ったが、これは、三条資格者を確認する方
法としては通例のものであり、原告ら主張の①の批判は当たらない。また、被告
は、法三条の趣旨に沿って、三条資格者の確認の前提となる農用地と非農用地との
区別をしており、原告ら主張の②のような違法はない。さらに、原告ら主張の③に
ついては、手続の違法を基礎づける事由とはなり得ないものというべきである。な
お、被告は、三条資格者の確認作業を一応完了した平成五年四月以降も可能な限り
で三条資格者の変更の把握に努めており、また、同意取得時に三条資格者に変更が
あったことが判明した場合は、三条資格者を修正することにしていた。実際には、
一部の三条資格者の変更を把握できず、本件変更計画時に三条資格者でない者を三
条資格者として扱ったり、三条資格者を三条資格者として扱っていなかったりした
場合が生じたが、これも、三条資格者以外の者によってなされた同意を除外すれば
足りるのであって、本件変更計画の手続全体を違法とするものではない。
 原告らは、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載されず同意するかどうか
の意思表示をする機会を与えられなかった者がいた場合には、法八七条の三第一項
所定の三分の二以上の同意の要件の成否にかかわらず
、土地改良事業変更計画が違法となると主張している。
 しかしながら、右主張は、三条資格者であるにもかかわらず同意署名簿に記載さ
れず同意するかどうかの機会を与えられていなかった者以外の者にとっては、他人
の利益に関するものであり、自己の法律上の利益と関係のないものであるから、行
訴法一〇条一項によりこの点を違法事由として主張することはできない。
 また、三条資格者の一部の者が同意署名簿に記載されず同意するかどうかの機会
を与えられていなかったという手続上の瑕疵があったとしても、結果として三条資
格者の三分の二以上の同意が得られているのであれば、本件変更計画は取り消すま
での違法性を帯びるものとはいえない。本件では、結果として三条資格者の三分の
二以上の同意が得られている上、被告が本件変更計画時に三条資格者として把握し
ていた者に対しては漏れなく同意取得手続を行っていること、三条資格者であるに
もかかわらず同意取得手続を行わず本件同意署名簿に氏名を登載されなかった者
は、被告の通常の調査で把握し得なかったわずかの者に限られていることからすれ
ば、本件変更計画に取り消すべき違法があるとはいえない。
(2) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無(本案
の争点1(四)(2))
(原告らの主張)
 施行規則六一条の九、九条二項は、同意署名簿には、法五条二項により公告した
事項、すなわち、変更後の土地改良事業計画の概要及び予定管理方法その他必要な
事項等を記載した書面を添付しておかなければならないと規定している。ところ
が、本件同意署名簿には何らの書面も添付されていなかった。
 この点について、被告は、同意取得手続に際し、三条資格者に「人吉・球磨に水
を活かす(国営川辺川総合土地改良事業の計画変更のしおり)」と題する書面(乙
四六。以下「本件パンフレット」という。)を用いるなどして説明したと主張して
いる。
 しかしながら、同意署名簿に添付すべき書面は、公告した事項そのものを記載し
たものであって、公告後に作成されたものでなければならないところ、①本件パン
フレットには、公告した事項そのものが記載されていたわけではない。また、②本
件パンフレットには、受益者にとって最も関心のある重要事項、例えば、既存の水
路や水利権が本件土地改良事業によって一体どうなるのか等について何ら記載され
ていない。さらに、③本件事業の関
連事業に関する情報については、三条資格者が関連事業も含めた全体が無料となる
旨誤信することをねらって、意図的に記載していないのである。このように、本件
パンフレットは、三条資格者が同意するかしないかを判断するに当たって必要かつ
十分な情報が網羅されたものではなく、公告された事項を記載した書面とはいえな
い。しかも、④本件パンフレットは、被告が平成五年七月から同年一一月にかけて
関係市町村の四六会場で実施したという説明会の資料として作成されたものであっ
て、公告後に作成したものでもない。
 したがって、本件パンフレットは、同意署名簿に添付すべき書面には当たらない
から、同意取得手続には、施行規則六一条の九、九条二項に反する重大な違法があ
り、同意の効力自体も認められないというべきである。
(被告の主張)
 施行規則六一条の九、九条二項の趣旨は、土地改良事業の計画変更について三条
資格者から同意を得る際に、三条資格者に対し変更計画の概要等について必要かつ
十分な情報を提供して、右同意の判断に資することにある。したがって、同条項に
いう「公告した事項を記載した書面」とは、三条資格者が同意をするかどうかを判
断する上で必要かつ十分な情報が盛り込まれていればよく、公告した事項の要旨を
記載した書面で足りるというべきである。また、同条項にいう「添附」とは、必ず
しも同意署名簿に物理的に一体化することに限られず、三条資格者が同意署名簿に
署名押印する際に右書面を交付することも含むと解すべきである。
 本件パンフレットは、三条資格者が同意するか否かを判断する上で必要かつ十分
な事項を簡潔に記載した書面で、公告された乙二七ないし三二の関係書類の要旨を
記載したものであり、右規定の趣旨に沿うものであるから、公告した事項を記載し
た書面に該当する。被告は、本件パンフレットを作成し、同意取得担当者が三条資
格者一人一人にこれを交付し、これに基づいて本件変更計画の内容を説明したが、
これは、右規定による手続を行ったものにほかならない。
 なお、施行規則六一条の九が準用する同規則九条二項の規定は、訓示的な意味を
有するにすぎず、仮に同条項と異なる取扱いがあったとしても、そのことをもって
直ちに同意取得手続が違法となるものではない。
(3) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無(本案の争点1(四)
(3))
(原告らの主張)
 三条資格者から同意を
得るには、同意署名簿に①事業名及び公告年月日、②すべての三条資格者の氏名及
び三条資格者の総数、③三条資格者が受益地に有している権利の種別(所有権かそ
れ以外の権利か)、④当初計画との関係での区分(継続・新規・除外)が記載され
ていなければならないものというべきである。
 しかしながら、本件同意署名簿には、三条資格者の総数が記載されておらず、施
行規則六一条の九、九条一項に反している。のみならず、本件同意署名簿の中に
は、例えば、乙六四の6一八一頁のP88の署名押印のように、署名押印の外には
何ら前記必要事項の記載がないものがあり、また、須恵村では、必要事項の記載が
全くなされていない状態で同意の署名押印がなされていたことも判明しているので
あって、同様の事態は、須恵村以外でもあったと考えられる。
 したがって、同意取得手続には重大な違法があるというべきであり、本件同意署
名簿のすべてが無効であるか、少なくとも本件同意署名簿のうち須恵村の部分(乙
六四の4、乙六五の4、乙六六の4)については無効であるというべきである。
(被告の主張)
 施行規則六一条の九、九条一項は、同意署名簿の様式等について規定している
が、これは、専ら変更計画を決定する事業施行者の事務の便宜のための訓示的な規
定であって、仮に、同意署名簿が右規定に違反したとしても、直ちに違法の問題は
生じず、同意署名簿が同意の対象である国営土地改良事業の変更計画についてのも
のであることが明確になっていさえすれば、同意署名簿ないし同意の効力には何ら
影響を及ぼすものではないというべきである。
 本件同意署名簿は、その記載上からも、本件計画変更についての同意署名簿であ
ることを十分認識できるものであり、同意の対象が明確に示されているから、同意
の有効性に何ら支障を来すものではない。
 なお、同意取得手続は、多くの場合、同意署名簿に三条資格者が受益地に有して
いる権利の種別や当初計画との関係の区別をあらかじめ記載された上で行われた
が、同意取得時にこれらが記載されていなかったとしても、同意取得時には、三条
資格者に対し、本件パンフレットや事業種別受益者調書、三条資格者早見表、名寄
調書等を用いて、①本件変更計画の内容、②本件事業の負担金、③本件計画変更に
よって当該三条資格者の土地が本件事業の施行区域から除外となるのか、引き続き
継続となるのか、新規編入となるのか等の説
明がなされており、三条資格者は、このような同意取得担当者からの説明等によっ
て三条資格の内容はもとより当初計画との関係についても十分知った上で同意署名
したものであるから、その同意が無効となることはない。
(4) 同意署名の瑕疵による違法性の有無(本案の争点1(四)(4))
(原告らの主張)
 施行規則九条一項は、同意取得手続について、同意署名簿に三条資格者の署名
(記名を含む。)及び押印を得なければならないと規定しているが、土地改良事業
における三条資格者の同意の重要性にかんがみれば、三条資格者本人が同意したこ
とが明らかになるように、右の署名は、原則として本人が自らしなければならず、
例外的に第三者が本人に代わって署名をする場合には、その旨を明記すべきであ
る。
 この点、本件同意署名簿の署名の中に第三者が本人に代わって署名したものがあ
ることは、被告も自認しているが、第三者が本人に代わって署名した旨の記載がな
されているものは一切存在せず、本人が自ら署名したものと第三者が本人に代わっ
て署名したものとの区別ができなくなっている。このような自署と代署の区別さえ
つかない同意署名簿は、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同
意を得たことの証拠となり得るものではなく、同意取得手続は違法である。
(被告の主張)
 施行規則九条一項は、署名には記名を含むことを明記しているが、記名とは、文
書上に自己の名称を自筆以外の方法で記載することであって、本人が第三者をして
本人の名称を記載させる場合も含まれるものと解される。したがって、第三者が本
人に代わって本人の名称を記載した場合にその旨の記載をしなかったからといっ
て、その同意署名が無効となるものではなく、自署と代署の区別がつかないからと
いって、同意取得手続が違法となるものでもない。
(5) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無(本案の争点1(四)
(5))
(原告らの主張)
(イ) 被告は、同意取得手続に際し、三条資格者に対して、一定の事項を説明す
る義務があるが、その説明義務の範囲は、本件事業に関する事項に限られるもので
はない。そもそも、本件事業のように、国営土地改良事業と併せて県営及び団体営
で土地改良事業が施行される場合、三条資格者は、県営及び団体営で行われる関連
事業を含む事業全体の費用負担について情報の提供を受けなければ、同意・不同意
の判断ができない
。また、本件事業で三条資格者に費用負担がないといっても、これは建設費に関し
てのみであり、建設後の維持費など無料ではないし、本件事業に関する費用も最終
的に三条資格者に求償されていくという関係にある。すなわち、国営土地改良事業
の費用負担について、国は政令の定めるところにより都道府県に費用の一部を負担
させることができ(法九〇条一項)、都道府県は、条例でその費用の全部又は一部
を受益者である三条資格者などから受益の限度で徴収するか(同条二項)、土地改
良区から負担金に相当する金銭を徴収するか、又は市町村にその負担金を負担させ
ることができる(同条四項、五項)。そして市町村は条例でこの負担金を右の者か
ら徴収することができるとされているのである(同条六項)。
 以上からすれば、被告には、関連事業まで含めた費用の負担について説明義務が
あるというべきであり、このような説明をすることなく、形式的に同意の署名を得
ても、同意取得手続は違法であり、同意も無効になるというべきである。
(ロ) ところが、被告は、三条資格者が費用負担をしなければならなくなると同
意を取れなくなると判断して、あたかも費用がかからないかのような説明をして同
意を取得した。すなわち、被告は、費用負担に問題意識を有している三条資格者に
対しては、関連事業に参加しなくてもいいとの虚偽の説明をし、費用負担につき問
題意識を有していない三条資格者に対しては、単に国営事業の費用負担がなくなっ
たとのみ説明し、あたかも費用負担が生じないかのような誤解をさせ、同意を取得
したのである。
 また、甲二三三ないし二三五によれば、川辺川ダム建設の総事業費のうち約一〇
億円が受益農家の負担となるのに、この費用についても説明がなされていなかった
ことが明らかとなっている。
 このように、被告が、関連事業はもとより川辺川ダム建設に関する受益者の費用
負担についても説明しておらず、説明義務違反があることが明らかである。したが
って、同意取得手続には重大な違法があり、取得された同意もすべて無効であると
いうべきである。
(ハ) これに対し、被告は、被告が同意取得手続において説明すべき範囲は本件
事業の変更計画に限定されると主張している。
 しかしながら、同意署名簿に公告した事項を記載した書面が添付されていなかっ
たことは、本案の争点1(四)(2)で述べたとおりであり、このことは、被告が
主張
する範囲の説明すらなされていなかったことを示すものである。
 また、本件パンフレットの問題点についても右争点において述べたとおりであっ
て、三条資格者に本件パンフレットを交付したことによって、説明義務が果たされ
たことにはならない。
 しかも、現実には、本件パンフレットを使っての説明さえ行われなかったこと
が、原告本人尋問によって明らかになっている。
(被告の主張)
(イ) 土地改良事業について、その事業種別、事業主体別に行う構造を採ってい
る法の仕組みなどにかんがみると、被告が三条資格者から変更計画について同意を
取得する際に公告等の方法により説明すべき範囲は、同意の対象である当該事業の
変更計画の概要(予定管理方法等を変更する必要があるときは変更後の予定管理方
法等を含む。)に限定され、管理事業や関連事業についてまで説明する義務はな
い。
 用排水施設の新設事業の完成後に予定される右施設の管理を内容とする土地改良
事業は、本件事業の対象外であり別途設立される土地改良区によって行われるもの
である(その事業では別途同意取得が行われ、三条資格者はその際に賛否の意見を
表明できる。)。また、用排水施設の関連事業として予定されている県営事業・団
体営事業も、本件事業とは別個の事業であり、別個の手続にのっとって実施される
ものである(したがって、その事業でも別途同意取得が行われ、三条資格者はその
際に賛否の意見を表明できる。)。これらの本件事業以外の事項について、被告に
説明義務はないというべきである。
(ロ) 被告は、右の説明義務を尽くして同意取得をしている。
 すなわち、被告は、同意取得に先立ち、本件変更計画の内容を周知するために地
域ごとに説明会を実施した。その際、①本件事業の内容、②本件事業と関連事業と
の関係、③本件変更計画によって施行地域から除外される地域、引き続き施行地域
となる地域、新たに施行地域となる地域、④当初計画と本件変更計画の工事計画の
内容及び相違、⑤本件事業によって設置される施設の維持管理、⑥本件事業の負担
金の負担区分の変更内容及び本件事業に係る農家の負担額やその償還の方法、⑦関
連事業の実施方法等について十分な説明をした。その上で、被告は、関係市町村や
事業組合に同意取得作業を依頼した。関係市町村は、それぞれ同意取得の体制を整
えた上で、組織的に同意取得手続を行った。同意取得担当者は、被告及び関係市
町村の指示どおりに、三条資格者から同意を取得する際に、本件パンフレット等を
交付した上、これに基づいて本件変更計画の内容を説明して同意の署名押印を得
た。
(ハ) 原告らの中には、本件パンフレットをもらっていないとか、その記憶がな
いなどと供述している者がいる。しかしながら、これは、これらの原告らの同意署
名時の記憶があいまいになったり、失われたりしたにすぎないものと考えられるの
であって、被告が本件変更計画について説明を十分尽くした上で同意取得をした事
実を覆すものではない。
(五) 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否
(1) 三条資格者の人数(本案の争点1(五)(1))
(被告の主張)
(イ) 三条資格者の人数は、用排水事業については三九〇四名、区画整理事業に
ついては一四六九名、農地造成事業については八七九名である。
(ロ) 被告が本件変更計画決定時までに行った三条資格者の確認手続は次のとお
りである。
 まず、九州農政局川辺川農業水利事業所(以下「事業所」という。)が、平成四
年二月二四日、関係市町村に対し、本件事業の計画変更のための受益地域の調査を
依頼し、これに対する関係市町村の調査結果に基づき、本件事業の受益地を、計画
変更後も引き続き本件事業の施行地域に含まれる土地(以下「継続地」とい
う。)、計画変更により新たに施行地域に編入される土地(以下「編入地」とい
う。)、計画変更により施行地域から除外される土地(以下「除外地」という。)
に区分した変更計画受益地平面図を作成した。
 次いで、事業所は、関係市町村に右変更計画受益地平面図を交付した上で、同年
九月一日付けで三条資格者の整理業務を委託したが、これに先立つ同年七月一六
日、関係市町村の右業務担当者を招集して会議を開催し、右業務の作業手順や三条
資格者整理の基本的な考え方等について、以下の説明を行った。すなわち、①右変
更計画受益地平面図、市町村で所有する一筆ごとに地番を示した図面(以下「字
図」という。)、本件事業を開始するに当たって作成された昭和五八年当時の土地
原簿(以下「旧土地原簿」という。)を基に、土地登記簿等で確認しながら本件変
更計画に係る新たな土地原簿(以下「新土地原簿」という。)を作成する、②右新
土地原簿を基に、名寄調書及び事業種別受益者調書を作成する、③三条資格者の整
理に当たっては、農用地は基本的には耕
作者を三条資格者として整理し、新たな農地造成事業に係る土地は所有者を三条資
格者として整理する、④三条資格者の整理に当たって疑問点が生じた場合には、事
業所の担当者に照会するなどである。
 その後、事業所は、平成五年一月一四日、関係市町村の担当者から三条資格者の
整理作業の進捗状況について説明を求めるとともに、右担当者との会議で三条資格
者の整理を行う上での問題点を検討し、整理方法を指導した。
 関係市町村の担当者は、これ以外の機会にも、三条資格者の整理を行う途中で疑
問点が生じたときには事業所に照会し、事業所の指導を受けた。その結果、関係市
町村は、変更計画受益地平面図、字図及び旧土地原簿、土地登記簿、土地課税台
帳、農地基本台帳等を用いて、本件変更計画に係る新土地原簿を作成した。そし
て、関係市町村は、新土地原簿に基づいて、新たな名寄調書及び事業種別受益者調
書を作成し、平成五年三月、事業所に対し、その結果を報告し、事業所は、右報告
に基づいて三条資格者を確認した。
 なお、被告は、平成五年四月以降も三条資格者の変更の把握に努め、三条資格者
に変更があったことが判明した場合には、三条資格者を修正した。
 以上の結果、被告は、本件変更計画時において、本件同意署名簿に記載されてい
る者を三条資格者として把握したのであり、その人数は、用排水事業については三
九二二名、区画整理事業については一四七六名、農地造成事業については八八一名
であった。
(ハ) しかし、その後の調査で、被告が本件変更計画時に三条資格者と把握して
いた者の中に、右時点において既に死亡していたり、農業経営を他の者に移譲して
いたり、受益地の権利関係の変動が生じるなどしたために、三条資格者でなくなっ
ていた者が含まれていたことが判明した。また、右のように三条資格者から除かれ
るべき者が判明したことなどに伴い、三条資格者として扱われるべきであったの
に、三条資格者であると把握されていなかった者がいることが判明した。
 被告は、これを踏まえて、三条資格者の人数につき訂正を加えた上、三条資格者
の人数につき右(イ)のとおりと主張するものである。
(ニ) なお、農用地については使用収益権者が三条資格者となることから、三条
資格者が死亡して共同相続が生じたとしても、新たに三条資格者となるのは一人の
使用収益権者であるというべきである。また、非農用地については、原則とし
て所有者が三条資格者となるが、三条資格者が死亡して共同相続が生じた場合であ
っても、遺産分割によって所有者が確定的に複数とならない限り、当該土地の三条
資格者は従前どおり一人として扱うべきである。
(ホ) したがって、本件変更計画時に三条資格者として把握されていた者の人数
から、三条資格者でなかったことが判明した者の人数を差し引き、これに新たに三
条資格者であったことが判明した者の人数を加えたのが三条資格者の総数であり、
右(イ)のとおりである。
(原告らの主張)
(イ) 被告が本件変更計画時までに行った三条資格者の確認手続に問題があった
ことは本案の争点1(四)(1)で述べたとおりであり、本件同意署名簿に記載さ
れた者が真の三条資格者であるかどうかは疑わしい。現に、三条資格者であるのに
本件同意署名簿に記載されていなかったり、三条資格者でないのに三条資格者とし
て本件同意署名簿に記載されている者が相当数いることが判明しているところであ
る。
 被告は、本件訴訟の中で、三条資格者であるのに本件同意署名簿に記載されなか
った者及び三条資格者でないのに三条資格者として本件同意署名簿に記載されてい
る者を指摘しているが、このような者がこれですべてであるとはいえない。
(ロ) また、三条資格者として把握されていたが本件変更計画時に既に死亡して
いた者が相当数いることが判明しているが、このような場合は、相続人の一人を三
条資格者として扱えば足りるというものではない。遺産分割協議が整うまでは共同
相続人全員を三条資格者として扱うべきである。にもかかわらず、被告は、右の死
亡者の相続関係について主張立証していないのであるから、被告主張の三条資格者
の人数は正確なものであるとはいえない。
 これに対し、被告は、共同相続が生じた場合でも三条資格者は一人であると主張
しているが、右主張は、民法の均分相続の原則を無視したものである。
(ハ) したがって、被告が正確な三条資格者の総数について主張・立証したとは
いえず、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意が得られたこ
との立証もなされていないというべきである。
(2) 三条資格者のうちの同意者の人数(本案の争点1(五)(2))
(被告の主張)
 被告は、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を得た。す
なわち、用排水事業については三二〇五名(同意率八二・一パーセント)
の、区画整理については一二五九名(同意率八五・七パーセント)の、農地造成事
業については八二八名(同意率九四・二パーセント)の三条資格者から、本件変更
計画についての同意を得たものである。なお、右の同意者数は、①本件変更計画時
に三条資格者であると把握されていたが、その後の調査で三条資格者でなかったこ
とが判明した者名義の同意を除き、かつ、②本件変更計画時に三条資格者と把握さ
れていなかったがその後の調査で三条資格者であったことが判明した者及び同意を
撤回した者を不同意者として扱うなど、同意者数を最も少なく見た場合の数字であ
る。
 これに対し、原告らは、本件同意署名簿のうち、用排水事業につき合計五一六
名、区画整理事業につき合計二〇二名、農地造成事業につき合計一二六名の同意署
名の成立を否認している。
 しかしながら、本件同意署名簿の同意署名は、原則として本人が自らしたもので
あり、例外的に、家族や同意取得担当者が代筆したり、代わりに押印したりしたも
のもあったが、このような場合においても、同意署名はすべて三条資格者の意思に
基づいてなされており、同意取得担当者が無断で記名押印したものはない。
(原告らの主張)
 被告が申請した証人P5、同P6、同P7、同P8の尋問の結果等によっても、
被告が行った同意取得手続のずさんさを露呈しただけであって、適法に同意取得が
行われたことの証拠はない。
 また、原告らが調査した限りにおいても、少なくとも、本件同意署名簿に氏名が
記載されている者のうち、用排水事業について合計五一六名、区画整理事業につい
て合計二〇二名、農地造成事業について合計一二六名は、同意の署名をしていない
(その内訳は、原告らの平成一〇年六月一七日付け書証認否書(同意調書その二)
記載のとおりであり、右各合計人数は、署名押印部分の成立を否認するが印影は認
める者と、署名押印部分の成立を否認し印影も否認する者の合計である。)。
(3) 同意の無効原因の有無l‐同意が説明義務違反により無効になるか否か
(本案の争点1(五)(3)について)
(原告らの主張)
 本案の争点1(四)(5)で述べたとおり、被告は同意取得手続を行うに当たっ
て三条資格者に対し説明義務を果たしておらず、同意取得手続には重大な違法があ
るというべきであるから、三条資格者から得られた同意もすべて無効というべきで
ある。
(被告の主張)
 被告が同意取得手続に
おいて果たすべき説明義務の範囲及び被告がその説明義務を果たしていることは、
本案の争点1(四)(5)で述べたとおりであり、三条資格者から得られた同意が
無効となるものではない。
(4) 同意の無効原因の有無2‐同意が錯誤により無効になるか否か(本案の争
点1(五)(4)について)
(原告らの主張)
 本件同意署名簿に氏名が記載されている者のうち、錯誤により同意の署名をした
者が、用排水事業について五四六名、区画整理事業について一九〇名、農地造成事
業について一〇四名いる。錯誤の主な態様は、本件同意署名簿の権利区分欄や区分
欄の記載がない白紙同様の用紙に署名した場合や、同意取得担当者の「負担金は一
切いらない。」、「県営・団体営の事業には参加しなくてもよい。」、「あなたの
農地は対象地域から除外された。」、「国営事業は中止になった。」等の説明を信
じて署名した場合である(錯誤により署名した者及びその錯誤の内容については、
原告らの平成一〇年六月一七日付け書証認否書(同意調書その二)記載のとおりで
ある。)。
(被告の主張)
 三条資格者の同意につき、民法九五条が類推適用される余地があるとしても、錯
誤により無効となるためには少なくとも同条にいう「法律行為ノ要素」に錯誤があ
ることを要する。
 しかしながら、原告らが主張する錯誤の理由の中には、「その他」という項目を
挙げるだけで何ら錯誤の理由を主張していないものがある上、その他の錯誤の理由
もすべて抽象的な主張にとどまり、各人ごとの具体的な主張も欠いており、主張自
体失当である。
 また、原告らの指摘する錯誤の理由を個別に検討しても、原告らの錯誤の主張は
理由がない。
 錯誤の理由のうち「負担金は一切いらない。」というものについては、本件事業
のうち用排水事業についてはそのとおりなのであるから、何ら錯誤はない。仮に、
その後に予定される管理事業の賦課金や県営・団体営の関連事業についての償還金
も含めて無償であると誤信したとの趣旨であるとしても、同意取得担当者が、管理
事業や関連事業を含めた説明をしたわけではなく、原告らがこのような意味に理解
して錯誤に陥ったとは到底考え難い。万一、原告らのうちにそのような錯誤に陥っ
た者がいたとしても、このような錯誤は動機の錯誤にすぎず、要素の錯誤に当たら
ない。
 また、錯誤の理由のうち「県営・団体営の事業には参加しなくてもよい。」とい
うものについ
ては、本件変更計画に同意したからといって、本件事業とは別個の事業である県
営・団体営の事業に同意しなければならないものではないから、この点に何ら錯誤
はないというべきである。
 また、錯誤の理由のうち「あなたの農地は対象地域から除外された。」というも
のについては、その意味内容が不明である。
 さらに、錯誤の理由のうち「国営事業は中止になった。」というものについて
は、同意取得担当者がこのような説明をしたことはなく、原告らがこのような錯誤
に陥ったとは到底考え難い。
 したがって、同意が錯誤により無効になるということはできない。
(5) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その
者を同意者として扱うべきか否か(本案の争点1(五)(5)について)
(原告らの主張)
 被告が同意者として扱っている者の中には、同意を撤回した後に同意の撤回を取
り下げる旨の書面を提出した者が含まれている。しかしながら、右書面を提出した
者の真意が同意の効力を復活させることにあったかどうかは疑問であって、同意を
撤回した以上は、同意の法的効力は失われ、その後に同意の撤回を取り下げる旨の
意思表示をしても、同意の法的効力が復活するものではないというべきである。
 したがって、同意の撤回をした者は、同意の撤回を取り下げる旨の書面が提出さ
れているかどうかにかかわらず、不同意者として扱うべきである。
(被告の主張)
 同意を撤回した者が、本件変更計画決定前に同意の撤回を取り下げた場合には、
同意の撤回は効力を失い、当初の同意の効力が復活すると解すべきである。
 また、同意の撤回の取下げができないという見解によるとしても、乙六七の同意
撤回を取り下げる旨の通知は、自らを同意者として扱うことを求めるものであるか
ら、同意を撤回した後、再度新たに同意する旨の意思を表示し、併せて、新たな同
意の署名押印として当初の同意の署名押印を流用する旨の意思を表明したものと解
される。したがって、同意の撤回の取下書と当初の同意の署名押印をもって三条資
格者の同意として扱うことには、何らの問題もない。
 なお、同意撤回の取下者ないし再撤回の取下者を同意者から控除しても、法八七
条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足していることに
は変わりがない。
2 本件決定固有の違法性の有無について
(一) 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過し
てなされたことによる違法性の有無(本案の争点2(一))
(原告らの主張)
 法八七条の三第一〇項、八七条七項は、国営土地改良事業の変更計画についての
異議申立てを受けたときは、農林水産大臣は、同条五項に規定する縦覧期間満了後
六〇日以内に決定しなければならないと規定している。右規定は、土地改良事業に
ついて可及的速やかに法律関係の安定を図る趣旨のものであり、右規定を訓示規定
と解するとしても、その趣旨は十分に尊重されなければならないから、例外的に決
定期間を徒過する場合であっても、可及的速やかに決定が下されるべきである。
 ところが、被告は、縦覧期間満了から一年三か月余りも経過した平成八年三月二
九日に本件決定しており、右規定に定められた期間を大きく徒過している上、本件
異議申立ての審理経過に照らしても可及的に速やかに本件決定がなされたものとも
いえないから、本件決定は違法である。
(被告の主張)
 法八七条の三第六項、八七条七項の趣旨は、土地改良事業が多数の権利者、関係
人などに影響をもたらすものであることから、できる限り速やかに決定をすること
によって、三条資格者が決定について訴えを早期に提起することを可能とし、併せ
て法律関係の早期確定を図る趣旨に出たものである。このような趣旨にかんがみる
と、右規定は訓示規定であり、これに反しても直ちに違法の問題は生じないと解す
るのが相当である。
 実質的に考えても、本件のように、多数の者から異議申立てがあり、かつ、これ
らの者から口頭による意見陳述の申立てがあった場合には、法定期間内に異議申立
人らから意見を聴き、これを基にした調査を行った上で決定を行うことは事実上不
可能である。また、法定期間経過後にされた決定を取り消したとしても、三条資格
者の訴え提起の機会の早期保障の観点からも、法律関係の早期確定の観点からも、
何ら問題の解決にならない。
 したがって、六〇日の法定期間を経過した後に本件決定がされたことは、何ら本
件決定を違法として取り消すべき理由とはならない。
(二) 本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳
述の機会を与えなかったことによる違法性の有無(本案の争点2(二))
(原告らの主張)
(1) 行審法二五条一項ただし書は、審査請求の審理について、審査請求人から
申立てがあったときは、審査庁は、申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなけれ
ばなら
ないと規定し、右規定は、同法四八条により異議申立ての審理にも準用されてい
る。
 異議申立人らは、本件異議申立人全員について各一〇分間ずつ意見陳述の機会を
与えるよう申立てを行った。ところが、三回の口頭審理の結果、異議申立人らのう
ち延べ二八五名(陳述を行った異議申立人二五二名)しか口頭で意見陳述をするこ
とができなかった。そこで、異議申立人らは、四回目の口頭意見陳述の機会を設け
るよう文書をもって申し入れた。
 しかし、被告は、平成八年三月二九日、更なる口頭による意見陳述を行わない旨
の通知をし、それ以上の意見陳述を機会を与えることなく本件決定をした。
(2) なお、被告は、本件異議申立人にはそれぞれ弁護士を含む代理人がつき、
各代理人が整理して本件異議申立人の意見を陳述することも可能であったなどと主
張している。
 しかしながら、本件同意署名簿が作成された具体的事情の陳述のように、異議申
立人本人でしか行い得ない行為もあり、また、代理人が出頭していない異議申立人
の意見陳述まで代理したものではない。さらに、異議申立人が本件同意署名簿に署
名した際に錯誤に陥っていた場合のように、錯誤に陥った事情は、同意取得担当者
の説明や異議申立人の対応の仕方により様々であり、具体的事情を陳述しなければ
錯誤の内容は明らかにならない。加えて、被告は、異議申立人ら代理人に対してし
か口頭による意見陳述の開催日程を通知していない。そのため、異議申立人らの多
くは、意見陳述が行われることを知らされておらず、実質的に意見陳述を行う機会
を保障されなかった。
(3) したがって、本件決定には、本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただ
し書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかった違法がある。
(被告の主張)
(1) 行審法は、同法二五条一項ただし書所定の口頭意見陳述の機会の保障の仕
方について何ら規定しておらず、これについては処分庁の合理的裁量にゆだねられ
ていると解するのが相当である。
(2) 被告は、以下のとおり口頭意見陳述の機会を保障した。
(イ) 被告は、異議申立人らから口頭による意見陳述を聴取するに当たって、あ
らかじめ、異議申立人らから意見陳述の日時、場所について要望を聞いた。
(ロ) 被告は、異議申立人らからの要望を考慮して、事前に異議申立人らに期日
を通知した上で、平成七年二月一〇日から同月一二日まで、同年四月四日から同月
六日まで及
び同年八月二八日から同月三〇日までの延べ九日間(七二時間)にわたって口頭審
理を行った。
(ハ) また、被告は、あらかじめ、代理人及び異議申立人らに対し、出席者全員
が陳述できるようにするために各人の意見陳述を整理して行うよう指示した。特
に、平成七年八月四日付けで三回目の口頭審理の日程の通知をする際には、代理人
に対し、これを最終の機会とするので十分に陳述者の陳述を整理して臨むように指
示した。しかし、異議申立人らは、同一の者が重複して意見陳述を行ったり、同一
事由に関して繰り返して陳述したり、同一人が長時間陳述したりした。
(ニ) さらに、被告は、二回目及び三回目の口頭審理の各最終日には、いずれも
聴取時間の延長を申し出て、出席者全員の口頭意見陳述の機会の保障について配慮
した。しかし、異議申立人らは、二回目の口頭審理の初日には、代理人の都合で終
了予定時間よりも一時間余り早く意見陳述を終了し、さらに、二回目及び三回目の
口頭審理の各最終日における被告の右時間延長の申出をいずれも断った。
(ホ) 現に意見陳述した者も、同趣旨、同内容の意見を繰り返すばかりであり、
三回目の口頭審理の最終段階でも、出席者のうち意見未陳述者が既に陳述した者と
異なる意見を陳述する様子はなかった。殊に、本件変更計画に同意していない者
が、既になされた意見陳述と異なる意見を述べることは考え難い。また、意見陳述
期日に出席したものの意見陳述をしなかった者が、意見陳述をした者と異なる意見
を有していなかったことは、本件訴訟における原告らの訴状や準備書面をみても明
らかである。
 したがって、被告は、本件異議申立てをした原告らのうち、意見陳述期日に出席
しなかった者に対してはもちろん、右期日に出席したものの意見陳述をしなかった
者に対しても、口頭意見陳述の機会を十分に保障しているというべきであって、被
告のした口頭意見陳述の機会の保障に何ら違法な点はない。
(3) なお、原告らのうち、本件異議申立人であって口頭意見陳述の申立てをし
被告の指定した口頭審理の期日に出頭したものの意見陳述の機会を与えられなかっ
た者以外の者の主張は、自己の法律上の利益に関係のないものであるから、行訴法
一〇条一項により許されない。
(三) 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を
経ていないことによる違法性の有無(本案の争点2(三))
(原告らの主
張)
 行審法一六条は、口頭で審査請求がなされた場合、審査請求人から陳述を受けた
行政庁は、その陳述の内容を録取し、これを陳述人に読み聞かせて誤りのないこと
を確認し、陳述人に押印させなければならないと規定しており、右規定は同法四八
条により異議申立ての手続に準用されている。
 右規定の趣旨は、記載内容の正確を期するためであるが、同法二五条一項ただし
書所定の口頭による意見陳述がなされた場合と、口頭による審査請求ないし異議申
立てがなされた場合とで、記載内容の正確性が求められることには変わりはないの
であるから、前者の場合にも、同法一六条に規定されているとおり、陳述内容を録
取し、これを陳述者に読み聞かせて誤りのないことを確認し、陳述者に押印させな
ければならない。
 しかしながら、被告は、平成七年八月二八日から同月三〇日までの三回目の口頭
審理については、意見陳述をした異議申立人らに録取した内容が正確であることを
確認させた上、異議申立人らの代理人にそれぞれ押印させるという手続を踏まず、
口頭意見陳述録取書を完成させないまま、本件決定をした。
 したがって、本件決定には、手続上に重大な違法があるというべきである。
(被告の主張)
 行審法一六条後段は、口頭による審査請求がなされた場合の規定であり、同法二
五条一項ただし書所定の意見陳述には適用されず、陳述された意見の録取に関する
規定はない。そうすると、意見陳述の結果を録取するか否か、録取した場合に異議
申立人に押印を求めるか否かは、専ら処分庁にゆだねられた事項であり、被告に
は、口頭意見陳述の録取書を作成する法的義務はないというべきである。
第三 当裁判所の判断
【本案前の争点について】
一 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(本案前の
争点1)
1 法八七条の三第六項、八七条一〇項は、国営又は都道府県営の土地改良事業の
変更計画に不服がある者は、当該変更計画に対する異議申立てについての決定に対
してのみ、取消しの訴えを提起することができると規定しており、いわゆる裁決主
義を採用している。これは、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画におい
て定められる事項が専門的技術的な内容にわたるため、右異議申立てについての行
政庁の判断を経ないで直ちに当該変更計画の取消訴訟を提起し得るとすることが妥
当でないことから、当該変更計画に不服がある者は、まず異議
申立てをし、異議申立てを棄却する旨の決定を受けた後に、右棄却決定の取消訴訟
を提起し、右訴訟において当該変更計画の適否を争うべきこととした趣旨を含むも
のである。
 このような法の仕組みなどにかんがみると、ある者が、国営又は都道府県営の土
地改良事業の変更計画に対して異議申立てをし、右異議申立てを棄却する旨の決定
を受けた場合において、当該変更計画に対し異議申立てをしておらず右棄却決定の
名宛人となっていない者が、右棄却決定の取消しを求める訴えを提起しても、両者
が当該変更計画に対し一体的な利害関係を有し、実質的にみれば、右異議申立てが
同時に異議申立てをせず棄却決定の名宛人となっていないのに訴えを提起した右の
者のための異議申立てでもあるといえるような特段の事情がない限り、右訴えを適
法な訴えと解することはできないというべきである。
2 これを本件についてみるに、別紙目録一4(一)記載の原告ら(別紙目録一1
記載の原告らから原告P9(乙四五の4)及び同P10(乙四五の3。なお、訴状
別紙当事者目録一ノ①153に「P11」とあるのは誤記)を除いた者)が本件変
更計画に対する異議申立てをしておらず、したがって、また、これについての決定
を受けてないことは証拠上(乙四五)明らかである。また、別紙目録一4(二)記
載の原告ら(訴状別紙当事者目録八記載の二〇名。別紙目録一2記載の原告らから
原告P12、同P13、同P14及び同P15の四名を除いた者)は、本件変更計
画に対して異議申立てをしているが、異議申立てを却下する旨の決定を受けている
のみで(乙四五の9、10)、棄却決定である本件決定の名宛人となっていない
(乙四五の1ないし8)。そして、これらの原告らについて、前記特段の事情の主
張・立証もない。ちなみに、本件取消訴訟の対象は棄却決定のみであり、却下決定
はその対象となっていない。
3 なお、原告らは、行訴法八条二項二号ないし三号に該当する事由があるから、
異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えも適法であると主張してい
る。
 しかしながら、同条項は、同法八条一項ただし書のいわゆる裁決前置主義が採ら
れている場合に、裁決を経ないで原処分の取消訴訟を提起することができる例外を
定めたものであって、そもそも原処分に対する取消訴訟が禁じられている裁決主義
の場合に、同法八条二項二号ないし三号を適用ないし類推適用する余地は
ないものといわざるを得ない。
4 したがって、別紙目録一4記載の原告らの訴えは不適法であり、却下を免れな
い。
二 三条資格者でない原告の訴えの適法性(原告適格の有無及び異議申立前置の要
件の成否‐本案前の争点2)
1 法八七条の三第六項、八七条一〇項が、国営又は都道府県営の土地改良事業の
変更計画に不服がある者は、当該変更計画に対する異議申立てについての決定に対
してのみ、取消しの訴えを提起することができると規定していることは前述のとお
りであるが、右にいう「不服がある者」とは、取消訴訟の原告適格について規定し
た行訴法九条の「法律上の利益を有する者」と同義であると解される。そして、同
条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該
処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害
されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数
者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属す
る個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される
場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分により
これを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟に
おける原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定
多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきもの
とする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分
を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである
(最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、同平成九
年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁等参照)。
2 ところで、別紙目録一5記載の原告らについては、本件事業のいずれについて
も三条資格者に該当すると認めるに足りる証拠はない(後述する本案の争点1
(五)(1)に対する当裁判所の判断参照)。
 これに対し、原告らは、三条資格者でない原告であっても、本件事業の施行と密
接不可分の関係にある川辺川ダムの建設によって、良好な環境を享受する権利を侵
害され、また、洪水により財産権や生命・身体が危険にさらされることになるので
あるから、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していると
主張している。
 しかしながら、法は、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正
かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を
図り、もって農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び
農業構造の改善に資することを目的とし、土地改良事業の施行に当たっては、その
事業は、国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経済の発展に適合
するものでなければならないと規定するが(法一条)、右規定から、原告らが主張
する良好な環境を享受する権利等を個々人の個別的利益として保護すべきものとす
る趣旨を含むことを読み取ることができないことはもちろん、他に、その趣旨を含
むものと解することができる規定も法及び関係法令には見当たらない。加えて、川
辺川ダムの建設は、特定多目的ダム法に基づき建設大臣によって行われる事業であ
って、本件事業と事実上密接に関連しているとはいえ、あくまで別の事業なのであ
るから、この点からも、原告らが川辺川ダムの建設によって侵害されると主張する
良好な環境を享受する権利等を、個々人の個別的利益として保護すべきものとする
趣旨を含むと解することはできない。
 また、原告らは、三条資格者でない者でも、本件事業の施行に係る地域内にある
土地に地上権、永小作権、賃借権等を有している者については、法律上の利益を有
する者に当たるから、原告適格があるというべきであると主張している。
 しかしながら、原告適格を有する者が三条資格者に限られるのかどうかはともか
くとしても、原告らのうちだれがこれに該当しいかなる権利を有するのかについ
て、具体的な主張・立証がない以上、原告らの右主張は前提を欠くものといわざる
を得ない。
3 なお、本件決定の名宛人である者は、本件変更計画の取消しを求めるにつき法
律上の利益を有していなくても、本件決定の取消訴訟において原告適格を有してい
るといえるのかについて付言する。
 確かに、別紙目録一5記載の原告らは、いずれも本件決定の名宛人となってい
る。しかしながら、たとえ本件決定の名宛人となっていても、本件変更計画の取消
しを求めるにつき法律上の利益を有していない以上は、本件決定の取消訴訟を提起
しても、自己の法律上の利益に関係のない違法事由の主張を制限した行訴法一〇条
一項により、原処分である本件変更計画の違法を主張することができない。のみ
ならず、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない者は、本件
変更計画に対する異議申立ての適格も有していないことになるから、本件決定に固
有の違法があることを理由に本件決定を取り消す旨の判決を得ても、結局、被告か
ら異議申立てを却下する旨の決定を受けるほかなく、本件決定に固有の違法がある
ことを理由にその取消しを求める利益を有しないものといわざるを得ない。
 したがって、別紙目録一5記載の原告らは、本件変更計画の取消しを求めるにつ
き法律上の利益を有していない以上、たとえ、本件決定の名宛人となっていても、
本件決定の取消訴訟の原告適格を有しないものというべきである。
4 以上のとおりであって、別紙目録一5記載の原告らの訴えは不適法であって、
却下を免れない。
【本案の争点について】
一 本件変更計画の違法性の有無について
1 事業の必要性等について(本案の争点1(一))
(一) 法八七条一項は、三条資格者の申請に係る国営又は都道府県営の土地改良
事業につき適当とする旨の決定をしたときは、農林水産大臣又は都道府県知事は、
その決定に係る国営又は都道府県営の土地改良事業を行うため、土地改良事業計画
を定めなければならないとし、同条三項は、右土地改良事業計画は、これに基づい
て施行される土地改良事業が法八条四項一号の政令で定める基本的な要件(以下
「基本的要件」という。)に適合するものとなるように定めなければならないと規
定している。
 そして、施行令二条は、基本的要件として、「当該土地改良事業の施行に係る地
域の土じょう、水利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向
上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためそ
の事業を必要とすること」(事業の必要性。同条一号)、「当該土地改良事業の施
行が技術的に可能であること」(同条二号)、「当該土地改良事業のすべての効用
がそのすべての費用をつぐなうこと」(費用対効果。同条三号)、「当該土地改良
事業の施行に係る地域内にある土地につき法第三条に規定する資格を有する者(中
略)が当該土地改良事業に要する費用について負担することとなる金額が、これら
の者の農業経営の状況からみて相当と認められる負担能力の限度をこえることとな
らないこと」(同条四号)などを定めている。
 なお、国営及び都道府県営以外の土地改良事業については、当該事業を開
始するに当たり、認可申請を受けた都道府県知事が、土地改良事業計画が基本的要
件に適合するかどうかを審査してその適否を決定することとされ(土地改良区の行
う事業につき法八条、農業協同組合等又は三条資格者の行う事業につき法九五条三
項、八条、市町村営事業につき法九六条の二第五項、八条)、また、土地改良事業
計画を変更する場合においても、計画変更の認可申請を受けた都道府県知事が、基
本的要件に適合するかどうかを審査してその適否を決定することとされている(土
地改良区の行う事業につき法四八条九項、八条、農業協同組合等又は三条資格者の
行う事業につき法九五条の二第三項、八条、市町村営事業につき法九六条の三第五
項、四八条九項、八条)。
 一方、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする
場合の規定である法八七条の三は、法八条四項や八七条三項を準用する明文の規定
を設けていない。しかしながら、土地改良事業計画が基本的要件に適合していなけ
ればならないことは、事業主体を問わず、また、当初計画か変更計画かを問わず、
すべての土地改良事業計画に妥当するものであって、国営又は都道府県営の土地改
良事業の変更計画だけが基本的要件に適合することを要しないというわけでないこ
とは当然というべきである。また、当初計画時に基本的要件の適合性が審査されて
いるからといって、変更計画が審査するまでもなく当然に基本的要件に適合するも
のともいえない。法八七条の三第六項が準用する法八条二項及び三項が、農林水産
大臣又は都道府県知事が土地改良事業計画等の適否を決定するに当たり行う詳細な
審査は、省令の定めるところにより、農用地の改良、開発、保全又は集団化に関し
専門的知識を有する技術者が調査して提出する報告に基づかなければならず、右調
査は当該土地改良事業のすべての効用と費用とについての調査を含むものでなけれ
ばならないと規定し、右省令である施行規則一五条が、法八条二項の報告につい
て、①当該土地改良事業の施行を必要と認める場合には、その理由及び必要の程
度、不必要と認める場合には、その理由、②当該土地改良事業の施行を技術的に可
能と認める場合には、その理由、不可能と認める場合には、その理由、及びこれら
の場合において更に適当な方法又は可能な方法があると認めるときは、その施行方
法、③当該土地改良事業のすべての効用と費用との比較及びこ
れらの算出基礎、④施行令二条四号の要件に適合しているかどうかについての意見
等の事項を記載した報告書によるものとすると規定しているのも、国営又は都道府
県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする場合に、当該変更計画を
基本的要件に適合するものとなるように定めるべきことを前提としているからであ
ると解されるところである。法八七条の三が法八七条三項を準用する明文の規定を
置いていないのも、変更計画が基本的要件に適合しているかどうかの審査を不要と
する趣旨を含むものとは解されない。
 したがって、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しよう
とする場合においても、当該変更計画に基づいて施行される土地改良事業が基本的
要件に適合するように変更計画を定めなければならないものというべきである。
 以下、事業の必要性及び費用対効果についてそれぞれ検討する。
(二) 事業の必要性について
(1) 原告らは、基本的要件の一つである事業の必要性がないことを理由に本件
変更計画が違法であると主張しているところ、国営又は都道府県営の土地改良事業
において当該事業の必要性があるかどうかの判断は、当該事業の施行に係る地域の
自然的、社会的及び経済的諸条件を基に、当該事業による効用を多角的に評価しな
がら総合的見地より決すべきものであり、専門技術的かつ政策的なものであるか
ら、行政庁の広範な裁量に任されているものといわざるを得ない。
 したがって、裁判所は、この点に関する行政庁の判断が全く事実の基礎を欠くと
か社会通念上著しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があった
と認められる場合に限って違法と判断すべきものというべきである。
(2) そこで検討するに、まず、被告が本件変更計画を決定するに先立って聴取
した法八七条の三第六項、八条二項所定の専門的知識を有する技術者の調査報告
(乙三六)のうち、変更計画に係る事業の必要性に関する部分は次のとおりであ
る。
(イ) 本件事業の施行地域は、火山灰土におおわれた特殊土壌であるため、夏期
の干天が続くと、台地上の畑では土壌水分不足をきたし、作物生産が不安定であ
る。畑地は用水施設が皆無で、水田は用水施設が未整備のため、用水源を確保し、
水分補給、多目的利用を含む畑地かんがい、水田用水改良等の水利事業が必要であ
る。
 台地周辺部においては傾斜地が多く、ほ場区画が狭小で団地
規模が小さく、未墾地が混在するため、農業作業効率が低いので、農地造成による
規模の拡大及びほ場整備による労働生産性の向上が必要である。
 したがって、これら自然的条件による農業の近代化を阻害する要因を排除して、
新しい時代の農業を展開しうるため本件事業の必要性は十分認められる。
(ロ) 本件事業の施行地域は、熊本県の県南農業地域に位置する農山村及び山村
経済地帯である。かつては、農産物の大消費地に遠かったが、九州縦貫自動車道が
完成したことによって、大消費地との時間距離が短縮された。この地域では、農業
以外の産業が乏しく、将来にわたって農業が基幹産業であり、農業就業人口割合は
二〇パーセントで、専業農家率も二〇パーセントと全国平均と比較すれば、農業依
存度が高く、肉用牛生産振興地域、野菜指定産地、果樹広域濃密生産団地等の指定
を受けており、農業生産を振興すべき地域となっている。しかしながら、田、畑、
山林等が錯綜する小規模な耕地条件と相まって農業基盤整備の遅れや用水不足等に
伴う不安定な生産性から、合理的な農業経営の発展が阻害されている。
 したがって、この現状を打開するため、用水の確保、農地開発による規模拡大及
び区画整理を行い、土地生産性及び労働生産性の向上、農業経営の安定を図る本件
事業は、極めて必要性が高いものと判断される。
(ハ) 本件事業を不必要とする理由は認められない。
 また、本件変更計画の計画書(乙三七ないし三九)には、本件事業の必要性に関
して、①本件事業の施行地域内の台地上の畑は、火山灰でおおわれた特殊土壌地帯
であり、用水手当は皆無である上、山林原野等と錯綜し団地規模が小さく、既耕地
も未整備であること、②本件事業の施行地域内の水田は小河川沿いに開け、用水施
設の老朽化等により恒常的な用水不足をきたしていることなどが記載されている。
 以上からすれば、被告は、本件変更計画を決定するに当たり、右調査報告を踏ま
え、右計画書に記載されている事情等を考慮して、本件変更計画時においてもなお
本件事業の必要性があると判断したものと解されるところである。
(3)(イ) これに対し、原告らは、右計画書中の「台地上の畑には用水手当が
皆無である」旨の記載は明らかな事実誤認であると主張する。
 しかしながら、本件事業の施行地域内の相良村高原(たかんばる)台地(検証L
地点)においては、高原揚水機場からの用水手当を受
けている水田が一部あるものの、用水手当がなく天水に頼っている茶、たばこ等の
畑が大半を占めている。右記載は、このことを指摘したものであって、必ずしも事
実に反するものとはいえない。
 なお、本件事業の施行に伴い、高原台地の茶畑では、スプリンクラーによる防霜
計画が予定されている。茶の栽培においては、一番茶が収入の相当な部分を占める
ことから、防霜が重要な問題であるところ、現在高原台地で使用されている防霜フ
ァンは、一定の気温以下になると効果を発揮しなくなる。これに対し、スプリンク
ラーによる防霜は、散布した水が氷結する際の凝固熱を利用するもので、防霜ファ
ンをしのぐ効果があることが報告されており、南九州の他の地域(知覧等)では既
に導入されているところである。また、高原台地の畑に用水手当がなされることに
より、肥料散布の作業効率の向上が望めるとの指摘があるほか、イチゴやメロンの
栽培に意欲的な農家もあり、本件事業の施行に期待を寄せる農家の声も寄せられて
いる(検証、乙一八一、一八三)。
(ロ) また、原告らは、現在の農民に対し水が十二分に確保されておりこれ以上
の水が不要であることは現地検証の結果から明らかであると主張している。
 しかしながら、右検証の実施された平成一一年七月八日及び同月九日は、相当多
量の降雨があった数日後に実施されたものであって、右検証時の河川や用水路の水
量によっては、干ばつの発生をも考慮した農業用水の整備の必要性は否定できない
ものといわざるを得ない。本件事業の施行地域内の農地の中には、馬氷川(検証
X、Y、W地点)、牛繰川(検証B地点)等の小河川に依存するものが少なくない
ところ、これらの河川は、干天が続くと流量が乏しくなる状況も認められる。ま
た、例えば、本件事業の施行地域内にある人吉市下原田町の馬氷川掛かりの水田
(検証’X地点)においては、馬氷川に設置されている平保良堰から取水する用水
形態となっているが、水利権があるのは、一部(検証調書添付の被告指示説明書の
図面1の1ブロック)のみで、それ以外では、余り水を利用したり、井戸水や排水
を揚水するなどしており、恒常的な用水不足が認められる上、ポンプの設置費用や
動力費が農家にとって大きな負担となっている。ここに水田を有する受益農家に
は、本件事業の実施を望む者もいる(検証、乙一八一、一八二)。
(ハ) さらに、原告らは、右計画書中の「用水
施設の老朽化による恒常的な用水不足をきたしている」との記載について、地域の
農業者の判断や実情からは到底そのような状況を見出し得ないと主張している。
 しかしながら、例えば、相良村の川村飛行場水路は、昭和一五年に完成し、昭和
四〇年代前半にかけて補修がなされたものであるが、その取水口である六藤取水口
(検証K地点)は、老朽化によりコンクリートが大きく剥離している状況が認めら
れる。また、右水路に設置されている水路橋(橋の下に道路が通じており、その下
には集落もある。検証’M地点)の側面には、亀裂から漏水が発生しており、崩壊
の危険性もないとはいえず、抜本的な対策が必要になっている。さらに、高原揚水
機場(検証M地点)は、川辺川から高原台地上の水田にポンプで水を押し揚げるた
めに昭和四三年に設置された施設であるが、ここでも施設の老朽化が見られるほ
か、揚程が七九メートルないし五五メートルと高いことから、ポンプの動力費等に
相当の費用を要している。また、右揚水機場には、取水位の安定を図るための堰上
げ施設がなく、平常時でも取水位が不安定であり、洪水の度に取水位の低下を来
し、川底にブルドーザーを入れて取水位を確保している状況となっている。このよ
うなこともあって、相良村土地改良区(右揚水機場地区)の経常賦課金は、近隣の
土地改良区と比べて四ないし五倍程度の一反当たり一万九三〇〇円となっており、
本件事業の施行を求める受益農家の声もある(検証、乙一八一、一八四)。
 したがって、右記載が、事実の基礎を欠くものということはできない。
(4) したがって、事業の必要性の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上
著しく妥当を欠くとまではいえず、裁量権の逸脱又は濫用があったということはで
きないのであって、原告らの主張は採用できない。
(三) 費用対効果について
(1) 原告らは、本件変更計画について費用対効果の要件を充足していないと主
張しているところ、費用対効果の要件を充足しているのかどうかの判断は、当該事
業による効用を多角的に評価した結果を数量的に表現し、これを費用と比較して検
討すべきものであって、専門技術的なものとならざるを得ず、また、効用及び費用
の算出方法等について法は何らの定めも置いていないことにもかんがみれば、行政
庁の広範な裁量に任されているものといわざるを得ない。したがって、裁判所は、
この点に関する行政庁の判
断が効用及び費用の算出過程に看過し難い誤りがあるとか判断方法が社会通念上著
しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場
合に限って違法と判断すべきものというべきである。
(2) そこで検討するに、被告は、本件変更計画を決定するに当たり、「土地改
良事業における経済測定方法について」(昭和六〇年七月一日付け六〇構改C第六
八八号構造改善局長通達)に準拠して経済効果を算出したものであって、被告が本
件変更計画を決定するに先立って聴取した法八七条の三第六項、八条二項所定の専
門的知識を有する技術者の調査報告(乙三六)においても、効用及びその算出基礎
について、作物生産効果、営農経費節減効果、維持管理費節減効果等に区分し算定
されており、これらの値が妥当なものであるとされ、また、費用及びその算出基礎
についても、妥当なものであるとされ、効用と費用との比較及びその算出基礎につ
いても、効用から算定した妥当投資額を総事業費で除した投資効率が、用排水事業
で一・〇〇、区画整理事業で一・〇一、農地造成事業で一・〇二、本件事業全体で
一・〇〇となり、本件事業が経済的に見て適正かつ妥当であると認められている。
(3)(イ) これに対し、原告らは、乙三六の調査報告書には評価の根拠、効用
及び費用の値の算出根拠、資料が示されておらず、その内容が不備であると主張し
ている。
 しかしながら、右報告書は、施行規則一五条各号所定の記載事項を一応網羅した
ものということができるのであってこれに依拠してなされた本件変更計画を違法と
するような記載事項の不備があるとは認められない。
(ロ) また、原告らは、本件変更計画を当初計画と比較して、①用排水事業の受
益面積は減少しているのに事業費が増加している点、②用排水事業による増加見込
効果額及び増加見込所得額がそれぞれ増加している点、③農地造成事業の受益面積
が約三八〇ヘクタールも減少し、増加見込効果額及び増加見込所得額もそれぞれ減
少しているのに、事業費が増加している点について疑問を呈している。
 しかしながら、当初計画における事業費及び効用が昭和五七年度価格(乙一〇な
いし一二)で計算されているのに対し、本件変更計画における事業費及び効用は平
成三年度価格(乙二七ないし二九)で計算されているのであるから、両者を単純に
比較することはできない。また、農地造成事業については、当
初計画においては階段工が主であったが、本件変更計画では地元の要望によりすべ
て改良山成工に切り替えられているのであって、これに伴って事業費も変更されて
いるものと認められる(乙二八)。原告らが指摘する右の点に照らしても、被告が
した効用及び費用の算出過程に看過し難い誤りがあるとか算出方法が社会通念上著
しく妥当を欠くなどとはいえない。
(4) 以上のとおりであって、被告の費用対効果の判断が効用及び費用の算出過
程に看過し難い誤りがあるとか判断方法が社会通念上著しく妥当を欠くとまではい
えず、裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
2 本件事業の受益面積が本件変更計画により施行令四九条一項所定の基準面積を
下回ることによる本件変更計画の違法性の有無(本案の争点1(二))
(一) 施行令四九条一項は、法八五条一項、八五条の二第一項又は八五条の三第
六項の規定により国営土地改良事業を行うべきことを申請する場合に、受益地がお
おむね施行令四九条一項各号で定められた面積以上でなければならないと規定して
いる。しかしながら、施行令四九条一項は、国営土地改良事業を申請する場合の受
益地のおおよその規模を定めたものにすぎないから、国営土地改良事業計画の受益
地が同条項所定の面積を下回っても直ちに右計画が違法となるものではなく、ま
た、国営土地改良事業計画を変更する場合の要件を定めたものとも解されない。
(二) したがって、本件事業の受益面積が本件変更計画により同条項所定の面積
を下回ることとなっても、このことから本件変更計画に違法があるとはいえず、こ
の点に関する原告らの主張は採用できない。
3 本件公告手続の違法性の有無(本案の争点1(三))
(一) 原告らは、本件公告手続について、①三条資格者に対し個別になされたも
のではなく、事前にすべての三条資格者を対象に回覧に付されたものでもないこ
と、②原告らが公告されていることを知った日以降実質的に公告事項の閲覧が可能
であった期間が二日間だけであったこと、③公告の方法が関係市町村の市役所又は
町村役場のガラス張りの掲示板に、書面を全部開いて掲示することなくつり下げて
いたにすぎず、到底その内容をうかがい知ることはできなかったことを理由に、違
法であると主張している。
(二) しかしながら、法八七条の三第一項所定の公告の方法は、施行規則六一条
の八の三が準用する同規則八条において
定められているとおり、施行地域内にある土地の属する市町村の事務所の掲示場に
五日間掲示することで足りると解されるところ、証拠(乙三四)及び弁論の全趣旨
によれば、同条のとおりの公告手続がなされたことが認められる。原告らが指摘す
る事情は、本件公告手続を違法とするものとはいえず、原告らの右主張は採用でき
ない。
4 同意取得手続の違法性の有無について
(一) 三条資格者の特定に関する違法性の有無について(本案の争点1(四)
(1))
(1) 原告らは、施行規則六一条の九、九条一項が、同意を得る前の段階で三条
資格者を厳格に特定することを要求する趣旨であるとの前提に立って、三条資格者
の特定過程の問題点を指摘しつつ、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載さ
れず同意するかどうかの意思表明の機会を与えられなかった者がいた場合には、法
八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否にかかわら
ず、土地改良事業変更計画が違法となると主張している。
(2) しかしながら、施行規則六一条の九、九条一項が同意署名簿に三条資格者
の総数を記載するように求めているのは、三条資格者の三分の二以上の同意の有無
を土地改良事業の施行者において明確に把握できるようにするための事務的便宜を
図ったものにすぎず、いわゆる訓示規定というべきであり、原告らが主張するよう
な同意取得手続前の三条資格者の厳格な特定を要求する趣旨を含むものとは解する
ことはできない。
 ところで、法八七条の三第一項が、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重
要な部分を変更しようとする場合に、三条資格者の三分の二以上の同意を得なけれ
ばならないと規定しているのは、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な
部分を変更するかどうかを決するに当たり、三条資格者の意思を可及的に反映させ
ようとする趣旨によるものであると解されるところ、同意署名簿に記載されず三条
資格者として把握されていなかった者がいた場合には、たとえその者が計画変更に
反対の意向を有していたとしても、その意思が反映され得ないことになる。ただ、
三条資格者の同意は、もともと、三条資格者各人が個別に変更計画に対する賛否を
表明するものであって、株主総会における議決権の行使のように、他の三条資格者
と協議したり議論したりしてすることが予定されているものではなく、三条資格者
の一部に対し同意するかどうかを聴
取しなかったからといって、他の三条資格者がした同意の効力に影響を与える性質
のものではない上、事業規模が大きく三条資格者も相当多数になることが予想され
る国営土地改良事業において、すべての三条資格者を把握するための手続が法的に
整備されていない現在の状況の中で、これを漏れなく正確に把握することは必ずし
も容易ではないのであるから、真実の三条資格者の総数を基準とし、現実に同意を
したと認められる三条資格者の人数が三条資格者の三分の二以上となるという実態
を備えている以上、三条資格者の中に同意署名簿に記載されず三条資格者として把
握されていなかった者がいたとしても、それだけで直ちに変更計画を違法として取
り消すべきものとするのは相当ではないというべきである。真実の三条資格者の総
数を基準としてもなお三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足する場合にお
いて、手続的瑕疵があることを理由に変更計画を取り消すべきとするのは、被告が
三条資格者を確認した方法、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把
握されなかった者が生じた事情等にかんがみ、前述した法八七条の三第一項の趣旨
に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵がある場
合に限られるものと解するのが相当である。
(3) そこで検討するに、証拠(乙四七、六三、六九、七〇ないし七九、八一な
いし八八、九五、九六、九九ないし一〇九、証人P5、同P6、同P7、同P8)
及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(イ) 事業所は、本件変更計画に係る三条資格者の確認作業を行うに当たり、ま
ず、平成四年二月二四日付けで、関係市町村に対し、本件事業の受益地域の調査を
依頼し、これに対する関係市町村の調査結果に基づき、本件事業の受益地を、継続
地、編入地及び除外地に区分した変更計画受益地平面図を作成した。
(ロ) 次いで、事業所は、同年九月一日付けで、関係市町村に対し、平成五年三
月一〇日を期限として三条資格者の整理業務を委託した。なお、事業所は、これに
先立つ平成四年七月一六日、関係市町村の担当者を招集して会議を開催し、その作
業手順や三条資格者整理の方針として、①右変更計画受益地平面図、字図、旧土地
原簿を基に、土地登記簿等で確認しながら新土地原簿を作成し、さらにそれを基に
名寄調書及び事業種別受益者調書を作成すること、②三条資格者の整理に当たり、
農用地は基本的には耕作者を三条資格者として整理すること、③三条資格者の整理
に当たって疑問点が生じた場合には事業所の担当者に照会することなどを説明し
た。また、事業所は、業務委託後の平成五年一月一四日、関係市町村の担当者を招
集して、三条資格者の整理業務の進捗状況について説明を求めるとともに、右業務
に関する打ち合わせのための会議を開催し、右業務に関する質疑応答等を行った。
(ハ) 関係市町村が、新土地原簿の作成に当たり、対象土地の所有者等を確認し
た方法は、おおむね次のとおりであった。
① 関係市町村のうち山江村を除く六市町村について
 人吉市の除外地及び多良木町の編入地以外では、土地の地目、地積及び所有者を
土地登記簿又は土地課税台帳で、土地の耕作者及び所有権以外の権利を農地基本台
帳で確認することとし、多良木町の編入地では、当該地域を受益地とする県営ほ場
整備事業に係る換地計画書で確認することとしたが、人吉市の除外地では、旧土地
原簿の記載事項を転記したのみで、特に改めて調査はしなかった。
 なお、錦町及び須恵村では、住民票で死亡者の確認をしたが、他の市町村(山江
村を含む。)では、戸籍や住民票による死亡者の確認はしなかった。
② 山江村について
 継続地及び除外地については、旧土地原簿の記載事項を転記したのみで、この時
点では特に改めて調査はしなかった。
 また、編入地については、当該土地を受益地とする県営ほ場整備事業に係る一時
利用地指定通知書で、土地の所有者、耕作者及び所有権以外の権利を確認した。
(ニ) 関係市町村は、新土地原簿を作成した後、これに基づいて名寄調書及び事
業種別受益者調書を作成し、平成五年三月ころ、これらを被告に提出して、三条資
格者の整理業務の結果を報告した。
(ホ) 被告は、右(ニ)の結果に若干の修正を加えて、本件変更計画時に、本件
同意署名簿記載の者(用排水事業について三九二二名、区画整理事業について一四
七六名、農地造成事業について八八一名)を三条資格者として把握した。
(4) ところで、被告は、本件訴訟において、①本件同意署名簿に三条資格者と
して記載されていたが、実際には三条資格を有していなかった者(別紙四1記載の
とおり、用排水事業について二五七名、区画整理事業について一一一名、農地造成
事業について一三名)、②三条資格者であるにもかかわらず、三条資格者として把
握されておらず、本
件同意署名簿にも三条資格者として記載されていなかった者(別紙四2記載のとお
り、用排水事業について二四四名、区画整理事業について一〇四名、農地造成事業
について一二名)がいることを認めている。
 右②の者が生じた理由を大別すると、(イ)死亡による三条資格者の変動の把握
漏れが、用排水事業について七一名、区画整理事業について三四名、農地造成事業
について四名、(ロ)経営移譲による三条資格者の変動の把握漏れが、用排水事業
について一三二名、区画整理事業について五九名、農地造成事業について五名、
(ハ)三条資格に係る土地の権利移転等による三条資格者の変動の把握漏れが、用
排水事業について一九名、区画整理事業について八名、農地造成事業について二
名、(ニ)同意取得の対象地域を対象外と誤認したことによる把握漏れが八名(す
べて用排水事業のみ)、(ホ)その他(理由が明らかにされていない者を含む。)
が、用排水事業について一五名、区画整理事業について三名、農地造成事業につい
て一名となる。
 このように三条資格者の変動の把握漏れが生じた要因としては、錦町及び須恵村
以外において、新土地原簿を作成する際に、戸籍や住民票により死亡者の有無を確
認していなかったこと(現に、住民票により死亡者の有無を確認した錦町及び須恵
村では、右(ロ)のような者は生じていない。)、人吉市の除外地並びに山江村の
継続地及び除外地については、新土地原簿を作成する際に、当初計画以降の三条資
格者の変動を念頭に置いた確認作業が行われていなかったこと、新土地原簿を作成
する際に経営移譲や権利移転の有無を十分に把握し得ていなかったこと、三条資格
者の確認作業がおおむね終了した平成五年三月ころから同意取得手続を開始するま
でに約一一か月が経過しており、この間にも三条資格者の変動があったと考えられ
ることなどが挙げられる。
(5) 以上のとおりであって、右(4)の②に該当する者が多数生じた結果から
すれば、被告がした三条資格者の確認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把
握するのに十分でなかったところがあることは否定できない。しかしながら、被告
が本件事業の施行地域の実情により精通している関係市町村に三条資格者の確認作
業をゆだねたこと自体は、格別問題とすべきものではない上、事業所が関係市町村
の担当者を招集して打ち合わせをするなどして、関係市町村における確認作業が的

に行われるための方策も採っていること、関係市町村における三条資格者の確認方
法は、各市町村によって異なるが、多くは、農地基本台帳、土地登記簿、土地課税
台帳等の基本的、客観的資料に基づいて確認作業がされているのであるから、同意
の対象となる三条資格者の総数が極めて多数に上る本件変更計画において、戸籍や
住民票で死亡者の確認をしていなかったり、対象土地の現況を把握するために現地
に赴いて調査するなどしなかったからといって、その方法が法八七条の三第一項の
趣旨に照らして許容し得ないものであるとまではいえないこと、右(4)の②に該
当する者が生じた理由も、三条資格者の変動の把握漏れが大半であって、主として
同一農家内の新旧の経営者の把握が十分でなかったことによるもので、その瑕疵の
程度は大きいとはいえず、それ以外の事情によるものはわずかであり、恣意的に特
定の者を三条資格者から除外しようとしたような形跡はうかがわれないこと、関係
市町村による三条資格者の確認作業がおおむね終了してから同意取得手続が開始さ
れるまでに約一一か月が経過しているという点も、この間に三条資格者に対する説
明会や同意取得手続に向けての事前の打ち合わせが行われていたのであり(後記
(五)(2)(イ)ないし(ニ))、この点を手続的瑕疵として取り上げることは
必ずしも相当ではないことなどからすれば、後記5で検討するとおり真実の三条資
格者の総数を基準に法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意が
あることが認められる本件において、同条項の趣旨に照らして著しく適正を害しそ
の趣旨を没却すると認められるような瑕疵があるということはできない。
 したがって、原告らの主張は採用できない。
(二) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無につい
て(本案の争点1(四)(2))
(1) 原告らは、施行規則六一条の九、九条二項が、同意署名簿には、法八七条
の三第一項により公告した事項を記載した書面を添付しておかなければならないと
規定しているにもかかわらず、本件同意署名簿にはこのような書面が添付されてお
らず、同意取得手続に重大な違法があると主張している。他方、被告は、右規定を
訓示的なものであるとしつつ、本件パンフレットが施行規則九条二項にいう「公告
した事項を記載した書面」に当たり、同意取得担当者が三条資格者一人一人にこれ
を交付し、これ
に基づいて本件変更計画の内容を説明しているのであるから、右規定による手続が
履践されていると主張している。
(2) 思うに、施行規則六一条の九、九条二項は、法八七条の三第一項所定の同
意を得る場合の方式について省令で定めた細目的規定であって、三条資格者が計画
変更に同意するかどうかを判断する一助として同意署名簿に公告事項を知ることが
できるような書面を添付することとしたものであるが、施行規則六一条の九、九条
二項にいう「公告した事項を記載した書面」とは、公告に付した書面そのものに限
らず、公告に付した書面の要旨を記載した書面でも足り、無論、公告手続開始前に
作成されたものであっても内容的に公告に付した書面の要旨を記載したものであれ
ば差し支えないというべきである。
 そこで、本件パンフレットが右の「公告した事項を記載した書面」に当たるかど
うかを見るに、本件パンフレットには、受益面積、主要工事計画、工期、総事業
費、事業費の負担区分及び三条資格者の負担額等の変更計画の要点が、当初計画と
対比しながら記載されている上、本件パンフレット中の「川辺川地区計画概要図」
には本件事業の受益地の分布や本件事業で造られる水路、揚水機、ファームポンド
等の施設の概要も記載されており、本件公告手続で公告に付された書面(乙二七な
いし三二)の要旨を簡潔ではあるが分かりやすくまとめたものと評価できる。した
がって、本件パンフレットは、公告に付した書面の要旨を記載したものとして「公
告した事項を記載した書面」に当たるということができる。
 原告らは、本件パンフレットに三条資格者の関連事業における費用負担や本件事
業で建設された施設の予定管理方法の具体的内容についての記載がないことをるる
主張するが、これらの事項は、本件公告手続において公告に付された書面にも記載
されていないものであって、その記載を欠いたとしても、施行規則六一条の九、九
条二項に反するものとはいえない。
(3) また、右規定は、同意署名簿に「公告した事項を記載した書面」を添付す
ることを定めているにすぎないが、同意署名簿に右書面を添付したからといって三
条資格者が同意の署名押印をする際に必ず目に留まるとも限らないのであるから、
三条資格者に同意するかどうかを判断するのに必要な情報を提供する方法として、
同意署名簿に右書面を添付するという方法以外の方法を全く許容していないものと
は考
えられず、三条資格者から同意の署名押印を得る際に右書面を三条資格者に交付す
るという方法を採ったとしても、右(2)の冒頭で述べた右規定の趣旨に反するも
のではないから、本件変更計画を違法とするものではないと解すべきである。
(4) ところで、本件パンフレットの交付状況については、後記(五)(2)
(ニ)、(ホ)のとおりであって、同意取得担当者は、おおむね三条資格者から同
意を得る際に本件パンフレットを交付していたものと認められる。
 なお、原告らの中にも、原告本人尋問において本件パンフレットの交付を受けた
とか、見たことがある旨供述している者(原告P16、同P17、同P18、同P
19、同P20、同P21)や、本件異議申立ての口頭意見陳述において本件パン
フレットの交付を受けたことを認めていた者(原告P22)もいる。また、事業推
進委員として同意取得事務を担当していた原告P23は原告本人尋問において、記
憶が定かでないとしつつも、本件パンフレットを一軒ずつ配ったと思うと供述して
いるところである。
 他方で、同意の署名又は押印をしたことを認める原告の中には、原告本人尋問に
おいて、本件パンフレットをもらっていないとか、もらった記憶がないと供述して
いる者(原告P24、同P25、同P26、同P27、同P28、同P29、同P
30、同P31、同P32、同P33、同P34、同P35、同P36、同P3
7、同P38、同P39、同P40)もいる。しかしながら、右供述は、全般的に
同意の署名押印時やその前後の状況についてあいまいであり、同意の署名押印時か
ら供述時までに約五年が経過していることをも考え合わせると、記憶が失われたに
すぎないと見る余地も多分にある。また、本件パンフレットの交付漏れがあった可
能性があるとしても、後記(五)(2)(ニ)のとおり、同意取得担当者に対し、
三条資格者一人一人に本件パンフレットを交付するよう指示がなされていたことな
どからすれば、それはあくまで一部にとどまるものと考えられる上、後記(五)
(2)(ロ)のとおり、本件パンフレットは、三条資格者に対する説明会において
も出席者に配布されていたのであって、右(2)の冒頭で述べた施行規則六一条の
九、九条二項の趣旨及び位置付け、同条項が同意署名簿に「公告した事項を記載し
た書面」を添付の限度で要求しているにすぎないことなどをも併せ考えれば、本件
変更計画
に取消原因となるような違法があるということはできない。
(5) 以上のとおりであって、原告らの主張は採用できない。
(三) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無について(本案の争点1
(四)(3))
(1) 原告らは、本件同意署名簿に三条資格者の総数の記載がないことを理由
に、施行規則六一条の九、九条一項に反する違法があると主張している。
 確かに、本件同意署名簿には、三条資格者の総数の記載がない。しかしながら、
右規定は、三条資格者の三分の二以上の同意の有無を土地改良事業の施行者におい
て明確に把握できるようにするための事務的便宜を図ったものにすぎず、いわゆる
訓示規定というべきであり、本件同意署名簿に三条資格者の総数の記載がないから
といって、本件変更計画が違法性を帯びるものとはいえない。
(2) また、原告らは、同意署名簿には、すべての三条資格者の氏名が記載され
なければならないと主張している。確かに、三条資格者であるにもかかわらず本件
同意署名簿に三条資格者として記載されていなかった者がいたことは前述のとおり
であるが、このことが本件変更計画を取り消すべき違法とならないことは本案の争
点1(四)(1)で検討したとおりである。
(3) さらに、原告らは、同意署名簿には、事業名、公告年月日、三条資格者が
受益地に有している権利の種別(所有権かそれ以外の権利か)及び当初計画との関
係での区分(継続・新規・除外)が記載されていなければならないと主張してい
る。
 しかしながら、本件同意署名簿の記載事項については、施行規則九条一項の外、
何らの規定も設けられておらず、同意署名簿にどのような事項を記載するかは事業
施行者である被告にゆだねられているものというべきであり、同意署名簿に同意の
対象となる事業及び計画を特定するに足りる記載があり、かつ、同意署名簿である
ことがその記載上明らかである限り、本件変更計画が違法となるものではないと解
される。
 この点、本件同意署名簿の各頁の冒頭には、「同意書」との表題に続き、「土地
改良法第87条の3第1項の規定に基づき、平成6年 月 日付け公告のあった国
営川辺川土地改良事業(農業用用排水)の計画変更に同意し、署名のうえ押印しま
す。」等との文言が印字されており、その下に権利区分欄(当該三条資格者の有し
ている権利が所有権か所有権以外の権利かを区分する欄)、三条資格者の住所氏名

、署名押印欄及び区分欄(当初計画から継続して事業に参加することになるのか
(継続)、変更計画によって新たに事業に参加することになるのか(新規)、変更
計画によって事業に参加しないこととなるのか(除外)の区別を表示する欄)が設
けられている(乙六四ないし六六)。
 以上からすれば、本件同意署名簿には、同意の対象となる事業及び計画を特定す
るに足りる記載があり、かつ、同意署名簿であることがその記載上明らかであるか
ら、本件変更計画には、同意署名簿の記載事項の不備を理由とする違法があるとは
いえない。
 原告らは、右の権利区分欄や区分欄が三条資格者から同意の署名押印を得る時点
で空白であった場合があることをも指摘するが、証拠(乙八一ないし八八、九五、
証人P6、同P7、同P8)及び弁論の全趣旨によれば、確かに、権利区分欄や区
分欄への記入が同意取得時までになされたのか、同意取得後になされたのかについ
ては、個々の場合によってまちまちであったが、右の記入が同意取得後になされた
場合においても、同意取得担当者は、同意取得時に、三条資格者に対し、事業種別
受益者調書、三条資格者早見表、名寄調書を用いるなどして、当該三条資格者の土
地が除外地、継続地、編入地のいずれに該当するのかについての説明はしているこ
とがうかがわれる上、そもそも、これらの欄を設けるかどうかも被告にゆだねられ
ているのであるから、その記入が同意の署名押印の後になされたからといって、本
件同意署名簿の一部又は全部が無効になるとか、本件変更計画が違法となるとはい
えない。
(4) 以上のとおりであって、原告らの主張は採用できない。
(四) 同意署名の瑕疵による違法性の有無について(本案の争点1(四)
(4))
(1) 原告らは、本件同意署名簿の署名の中には第三者が本人に代わってしたも
のがあるにもかかわらず、第三者が本人に代わって署名したことを明らかにする記
載がないことを理由に、かかる本件同意署名簿は法八七条の三第一項所定の三条資
格者の三分の二以上の同意を得たことの証拠となり得るものではなく、同意取得手
続には違法があると主張している。
(2) しかしながら、施行規則六一条の九、九条一項は、同意を得る場合の方式
について、「署名(記名を含む。)及び押印を得なければならない。」と規定して
おり、第三者が三条資格者本人に代わって同意署名簿に当該三条資格者の氏名を記
載するこ
とは、右にいう「記名」に当たるものとして許容されているものと解されるとこ
ろ、第三者が三条資格者本人に代わって三条資格者の氏名を記載する場合にその旨
を記載しなければならないとの規定は設けられていないのであるから、このような
記載をするかどうかは、事業施行者である被告にゆだねられているものというべき
である。したがって、このような記載がなされていないからといって、本件同意署
名簿が法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を得たことの証
拠となり得ないものでないことはもちろん、同意取得手続に違法があるということ
もできない。
 原告らは、第三者が本人に代わって署名をする場合の手続について定める公職選
挙法四八条、刑事訴訟規則六一条及び戸籍法施行規則六二条を挙げ、第三者が本人
に代わって署名する場合には厳格な手続を踏むべきであるとしているが、これらの
規定は、土地改良事業における三条資格者の同意の署名の場合とは全く異なる場合
について規定したものであって、本件の場合に妥当しないことはいうまでもない。
(3) したがって、原告らの主張は採用できない。
(五) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無について(本案の争点1
(四)(5))
(1) 原告らは、被告が三条資格者に対する説明義務を尽くしていないことを本
件変更計画の違法事由として主張している。
 ところで、法八七条の三第一項は、国営土地改良事業計画の重要な部分を変更し
ようとする場合に、三条資格者から同意を得るに先立ち、変更計画の内容を広く周
知させるための措置として変更計画の概要等を公告することを定めており、また、
施行規則六一条の九、九条二項は、三条資格者が同意するかどうかを判断する一助
として同意署名簿に公告した事項を記載した書面を添付しなければならないと定め
ているが、法及び関係法令は、それ以上に、三条資格者から同意を得るに当たって
三条資格者に一定の事項を説明すべきこととする明文の規定を設けていない。被告
が、三条資格者から同意を得るに当たって、三条資格者に対し、変更計画の概要等
の公告事項に即して、一定の事項を説明する機会を設けるべき場合があるとして
も、その機会を設ける方法は様々であって、いかなる方法によるかは、被告の判断
にゆだねられているというべきであり、また、被告が説明すべき事項の範囲及び程
度についても、被告の判断にゆだねられている
部分があるというべきである。
(2) そこで検討するに、証拠(乙七二ないし八八、九五、九六、P5、同P
6、同P7、同P8)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(イ) 九州農政局及び事業所は、同意取得手続を開始するに先立ち、本件変更計
画の内容を周知させるため、三条資格者に対する説明会を実施することとし、三条
資格者の確認作業がおおむね終了する前の平成五年初めころから同年七月ころにか
けて、関係市町村、事業組合等の担当者を集めて、説明会の準備のための会議を行
った。
 そして、同月二〇日から同年一一月五日まで、九州農政局、事業所、関係市町村
及び事業組合により、別紙五のとおり、関係市町村内の四六会場(人吉市七会場、
錦町六会場、多良木町八会場、須恵村二会場、深田村三会場、相良村六会場、山江
村一四会場で、本件変更計画に関する三条資格者への説明会が実施され、三条資格
者として把握されていた者の総数の約四分の一に当たる九一一名が出席した。な
お、関係市町村は、説明会の実施に当たり、三条資格者として把握されていた者に
対し、その者の居住地域における説明会の日時、場所等を通知した。具体的には、
①人吉市、錦町及び深田村では、説明会の通知書を郵送したほか、深田村では、防
災無線を利用して説明会開催の連絡をし、②多良木町では、説明会の通知書を郵送
したほか、事業推進委員によって口頭でも連絡することとし、③須恵村では、事業
推進委員を通じて連絡することとし、④相良村では、事業推進委員を通じて説明会
の通知書を交付することとし、⑤山江村では、村内の地区ごとに選出されている区
長を通じて説明会の開催を記載した回覧板により通知することとした。
 また、この他に、相良村の井沢地区及び並木野地区では、住民から重ねて要請が
あったことから、三回にわたって説明会が実施された。
(ロ) 右説明会においては、主に事業所の職員が説明を行い、事業組合や関係市
町村の職員も必要に応じて説明に加わった。説明会の出席者には、本件パンフレッ
トが配布され、これに即した説明がなされた。
 説明された事項は、おおむね、①本件事業を構成する各事業(用排水事業、区画
整理事業、農地造成事業)の内容、②関連の土地改良事業(以下「関連事業」とい
う。)と本件事業との関係、③本件変更計画によって施行地域から除外される地
域、引き続いて施行地域となる地域、新たに施行地
域となる土地、④本件変更計画による工事計画の変更内容、⑤本件事業及び関連事
業によって設置される施設の維持管理、⑥本件事業の負担金の負担区分の変更内容
及び本件事業に係る農家負担額やその償還方法、⑦関連事業の実施方法等であっ
た。
 このうち、関連事業については、本件事業とは別の事業であり、その実施に当た
っては、本件事業とは別の手続により事業計画の内容が決定され、負担金も本件事
業とは別に決定されることが説明された。
 また、本件事業及び関連事業によって設置される施設の維持管理については、本
件事業の施行地域を地区として設立される予定の土地改良区によって行われること
になるが、その場合の賦課金は、既存の土地改良区(例えば、百太郎溝土地改良
区)による賦課金よりも低額となるよう関係市町村において検討・調整が行われて
いることが説明された。
 なお、出席者からの質問に対しては、主として事業所の職員が回答した。
(ハ) 同意取得手続は、事業所、事業組合及び関係市町村で分担して行われた。
すなわち、①関係市町村は、それぞれの市町村に居住する三条資格者の同意取得
(ただし、事業組合及び事業所が担当する部分を除く。)を担当し、②事業組合
は、球磨郡内に居住する三条資格者のうち、その居住する市町村以外の市町村のみ
に三条資格に係る土地を有している者の同意取得を担当するとともに、関係市町村
の同意取得の応援を行い、③事業所は、遠隔地に居住している者(九名)、長期不
在者(八名)、入院している者(三名)及び訪問しても会ってもらえない者(七二
名)の同意取得を担当した。
(ニ) 事業所、事業組合及び関係市町村は、同意取得手続を実施するに当たり、
担当者の意思統一を図るため、平成五年四月ころから平成六年二月にかけて、同意
取得担当者による会議を重ねたほか、事業所の担当者が関係市町村等に出向いて打
ち合わせを行うなどした。この中で、事業所は、事業組合及び関係市町村に対し、
同意取得の方針として、三条資格者一人一人に本件パンフレットを交付し、これに
基づいて本件変更計画の内容を説明した上で同意を得ることなどを指示した。
 これを受けて、事業組合及び関係市町村は、各担当者に対し、三条資格者一人一
人に本件パンフレットを交付しこれに基づいて本件変更計画の内容等を説明した上
で同意を得ることを指示し、各担当者は、三条資格者から同意を得るに当たり、本
件パ
ンフレットの交付についてはほぼこれを行ったが、口頭による説明については、個
々の場合によって相当の差があり、三条資格者が説明を求めたりすることなくすぐ
に同意の署名押印に応じたような場合等には、口頭による説明をほとんどしなかっ
た場合もあった。
(ホ) 他方、事業所は、その担当する同意取得の対象者に対し、郵便で、同意署
名簿の用紙、本件パンフレット等を送付して、同意の署名押印をした上で返送する
よう依頼した。
(3) 以上のとおりであって、被告は、三条資格者に対し本件変更計画の内容を
説明するための機会として、多数回にわたって三条資格者に対する説明会を実施し
たのであり、同意取得時の口頭による説明にのみ重点を置いていたわけではない。
同意取得担当者の口頭による説明や本件パンフレットの交付状況が、右(2)
(ニ)のとおりであっても、被告が三条資格者に対し本件変更計画の内容を説明す
る機会を設けるために採った措置並びに説明した事項の範囲及び程度に違法がある
とまではいえない。
(4)(イ) これに対し、原告らは、被告には、①県営、団体営等の関連事業の
費用負担、②本件事業で新設された施設の維持管理費の負担、③川辺川ダム建設の
事業費の受益者負担について、三条資格者に説明する義務があったにもかかわら
ず、これらの点の説明義務を尽くしておらず、同意取得手続に重大な違法があると
主張している。
(ロ) そこで、まず、①についてみるに、本件事業の用排水事業は、川辺川ダム
からの導水路、幹線水路等の新設を内容とするものであり、そこから先の末端かん
がい施設の整備については、国営、県営、団体営による関連事業によって行われる
予定となっているところ(甲九八ないし一〇一、乙三七ないし三九)、これらの関
連事業の実施に当たっては、三条資格者からの同意取得を始めとする土地改良法上
の手続が改めて本件事業とは別個に採られるのであり、三条資格者としては、関連
事業の同意取得手続において、関連事業による費用負担の程度も考慮に入れて、賛
否を表明することができるのであるから、関連事業による費用負担については、基
本的には関連事業の手続において説明されるべき事項であるということができ、ま
た、本件変更計画の段階では、関連事業における費用負担についての問題は未だ決
まっていなかったのであるから、本件変更計画の段階で関連事業の費用負担の問題
について説明をすると
しても、その説明の内容・程度には自ずと限界が存在するというべきである。した
がって、被告が関連事業の費用負担についての具体的な説明をしなかったからとい
って、これをもって、関連事業も含めた一切の費用負担がないとの誤解を与えるよ
うな不適切な説明であったとまではいうことができない。
 以上からすれば、関連事業に関する説明が右(2)(ロ)の程度であっても、本
件の同意取得手続に違法があるということはできない。
(ハ) また、②についても、本件事業によって新設される施設の維持管理は、本
件事業とは別個の土地改良事業として、後に設立予定の土地改良区によって行われ
ることとなっているのであり(甲九八、九九、乙三〇、三二)、このような維持管
理事業の位置付けや進捗状況からすれば、維持管理についての説明が右(2)
(ロ)の程度であっても、本件の同意取得手続に違法があるということはできな
い。
(ニ) さらに、③についても、特定多目的ダム法一〇条は、多目的ダムによる流
水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供する者は、多目的ダムの建設に要する
費用のうちの一定の額の負担金を負担しなければならず、右負担金は、都道府県知
事が徴収すると定めているところ(なお、新聞記事(甲二三三ないし二三五)によ
れば、熊本県は、平成一二年二月の時点において、受益農家から右負担金を徴収す
るかどうか態度を明らかにしなかったとのことである。)、右ダム建設事業は、特
定多目的ダム法に基づいて建設大臣により実施されるもので、本件事業とは別個の
ものである上、右負担金は本件事業に参加することによって必然的に生ずるもので
はなく、関連事業を経て負担者となるかどうかが決まるというべきであるから、被
告が説明するとしても、負担者となる可能性がある旨指摘する程度にとどまるので
あって、右ダム建設事業の施行者でも負担金の徴収者でもない被告が、本件変更計
画の手続において、右負担金について説明をしていなかったからといって、本件の
同意取得手続に違法があるということはできない。
(5) 原告らは、本件事業の用排水事業の費用についても、法九〇条二項によ
り、熊本県が負担金の全部又は一部を三条資格者から徴収する余地があることから
すれば、三条資格者に費用負担がないという被告の説明は虚偽であるとも指摘す
る。
 しかしながら、公告された書面である「国営川辺川土地改良事業(農業用用排
水・農
地造成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準」と
題する書面(乙三一)には、本件事業の用排水事業の三条資格者の負担がないこと
が明示されている上、法九〇条の規定による負担金の納入方法について、「関係市
町村は、同条五項の規定により、熊本県が三条資格者に対する負担金に代えて当該
市町村にこれに相当する額として負担させる金額を、熊本県に対し負担する。」旨
定められているのであるから、本件変更計画を前提とする限り、熊本県が同条二項
に基づいて直接に三条資格者から負担金の徴収をする余地はないというべきであ
る。
(6) 以上のとおりであって、原告らの主張は採用できない。
5 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否につ
いて
(一) 三条資格者の人数について(本案の争点1(五)(1))
(1) 被告は、法八七条の三第一項所定の三分の二以上の同意の対象となる三条
資格者の人数を、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業について一四六九
名、農地造成事業について八七九名と主張している。
(2) 右主張に至った経緯は、次のとおりである。
(イ) 被告は、本件変更計画時において、本件同意署名簿に記載されている者を
三条資格者として把握し、その人数を、用排水事業について三九二二名、区画整理
事業について一四七六名、農地造成事業について八八一名と判断した。その経過
は、前記4(一)(3)のとおりである。
(ロ) 被告は、第五準備書面(平成九年一二月一日付け)において、被告が三条
資格者として把握していた者の中に、用排水事業では、本件公告手続開始日の前日
である平成六年二月七日までに死亡していた者(以下「死亡者」という。)四九
名、経営移譲により三条資格者でなくなっていた者(以下「経営移譲者」とい
う。)一四一名、三条資格に係る土地の権利移転等により三条資格者でなくなって
いた者(以下「権利移転者」という。)一九名の合計二〇九名がいることを明らか
にし、これに伴い三条資格者として扱われるべきであったのに三条資格者として把
握されていなかった者が一九八名おり、また、このほかに、同意署名簿への登載漏
れ二名がいたこと、区画整理事業では、死亡者二四名、経営移譲者五九名、権利移
転者八名の合計九一名がおり、これに伴い前同様に三条資格者として把握されてい
なかった者が八九名いたこと、農地造成事業では、死
亡者三名、経営移譲者五名、権利移転者三名の合計一一名がおり、これに伴い前同
様に三条資格者として把握されていなかった者が一〇名いたことがそれぞれ判明し
たとして、三条資格者の人数に関する主張を、用排水事業について三九一三名、区
画整理事業について一四七四名、農地造成事業について八八〇名と訂正した。
(ハ) また、被告は、第九準備書面(平成一一年一月一八日付け)において、①
本件同意署名簿に登載されていた者全員を対象に、平成六年二月七日までに死亡し
ていた者がいないかを再調査したところ、右に該当する者が第五準備書面で指摘し
た者の外に、用排水事業で二五名、区画整理事業で一三名、農地造成事業で一名お
り、これに代わって三条資格者として扱われるべきであったのに三条資格者として
把握されていなかった者が、用排水事業で二三名、区画整理事業で一〇名、農地造
成事業で一名いた、②本件同意署名簿に重複して氏名の記載されている者が用排水
事業について五名、農地造成事業について一名いたとして、三条資格者の人数に関
する主張を、用排水事業について三九〇六名、区画整理事業について一四七一名、
農地造成事業について八七九名と訂正した。
(ニ) 他方、原告らは、平成一〇年六月九日付け求釈明において、本件同意署名
簿に三条資格者として記載されているが三条資格者であるのか疑問のある者(三二
名)を指摘した。
 さらに、原告らは、同年一〇月七日付け「三条資格に関する求釈明」と題する書
面において、本件同意署名簿に三条資格者として記載されているが三条資格者であ
るのか疑問のある者(四四名)及び受益地の農地所有者であるが三条資格者として
扱われていない者(二三名)を指摘した。
(ホ) これに対し、被告は、第一一準備書面(平成一一年一〇月二二日付け)に
おいて、原告らから右(ニ)で指摘を受けた計九九名の三条資格の有無の調査結果
等を明らかにし、本件変更計画決定時に三条資格者として把握していたが実際には
三条資格者でなかった者(用排水事業について二三名、区画整理事業について七
名、農地造成事業について一名)及び三条資格者であるにもかかわらず本件同意署
名簿に記載されていなかった者(用排水事業について二一名、区画整理事業につい
て五名、農地造成事業について一名)がいたことが判明したとして、三条資格者の
人数に関する主張を、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業
について一四六九名、農地造成事業について八七九名と訂正した。
(ヘ) 被告は、第一六準備書面(平成一二年一月一四日付け)において、これま
で三条資格者として把握されておらず原告らの平成一一年一二月九日付け準備書面
で三条資格の有無について求釈明を受けたP41を新たに用排水事業の三条資格者
と認めた。
 さらに、被告は、第一七準備書面(平成一二年三月三日付け)において、これま
での三条資格者に関する主張を一部追加・控除した上、三条資格者の人数について
結局右(1)のとおり主張した。
 右(イ)ないし(ヘ)の三条資格者の算定経過は別紙六のとおりである。
(ト) なお、原告らは、被告が本件変更計画時に三条資格者と把握していたが実
際には三条資格者でなかったと認めた者及び被告が三条資格者であるにもかかわら
ず本件変更計画時に三条資格者と把握していなかったと認めた者の三条資格の有無
について、特に争っておらず、被告が右(ニ)の九九名について第一一準備書面別
紙1ないし3で示した三条資格の有無の調査結果についても、認否していない。
(3) なお、原告らは、三条資格者であった者が死亡した場合には、共同相続の
原則により、遺言等がない限り、遺産分割協議が整うまで、三条資格は共同相続人
全員に帰属するはずであると指摘する。
 しかしながら、三条資格に係る土地が農用地である場合には、法三条一項二号に
該当する場合でない限り、当該土地の使用収益権者が三条資格者となるのであるか
ら(同条項一号)、三条資格者であった者が死亡して複数の相続人が生じたとして
も、当然に共同相続人全員が三条資格者となるものではなく、三条資格者であった
者の死亡後における当該土地の使用収益の状況に照らして三条資格の帰属を判断す
れば足りるのであって、右指摘は妥当しない。
 また、三条資格に係る土地が非農用地である場合には、同条項四号に該当する場
合でない限り、当該土地の所有者が三条資格者となるが(同条項三号)、三条資格
者であった者が死亡して複数の者が共同相続人となり、当該土地が共同相続人の共
有に属することになっても、三条資格者の権利義務の性質及び内容にかんがみれ
ば、遺産分割により複数の者に所有権が帰属することが確定しない限り、共同相続
人全員に個別に同意するかどうかの権能を与えるのは相当ではなく、共同相続人全
員の同意をもって、三条資格者一名の同意があったのと同等に
扱うべきものと解するのが相当である。したがって、共同相続が生じたとしても、
三条資格者の総数に変動を生じさせることにはならないというべきである。
(4) 以上のとおりであって、被告が本件変更計画時までにした三条資格者の確
認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところが
あるとはいえ、本件訴訟の過程において、被告が、本件同意署名簿の登載者全員を
対象に死亡者の有無を調査するとともに、経営移譲や権利移転による三条資格者の
変動の把握漏れについても相当広範に調査をして、その結果を明らかにしており、
原告らから三条資格の有無について求釈明のあった九九名全員についても、三条資
格の有無を調査の上、その結果を明らかにしていること、その他本件訴訟の経過及
び原告らの反論ないし反証の状況からすれば、三条資格者の変動によるものも含
め、三条資格者の把握漏れは、本件訴訟の過程でそのほとんどが明らかにされたも
のと認めることができるのであって、法八七条の三第一項に規定する三条資格者の
三分の二以上の同意の有無を判断するに当たり、その分母とすべき三条資格者の人
数は、被告主張のとおり、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業について
一四六九名、農地造成事業について八七九名であるか、これを若干上回る程度にと
どまるものというべきである。
(二) 同意者の人数について(本案の争点1(五)(2))
(1) 被告は、本件同意署名簿に同意の署名押印がある者の人数(用排水事業に
ついて三四一七名、区画整理事業について一三四三名、農地造成事業について八四
一名)から、実際には三条資格者ではなかった者(死亡者を含む。)や同意の署名
押印が重複していた者等の人数(用排水事業について二一二名、区画整理事業につ
いて八四名、農地造成事業について一三名)を差し引いたのが同意者の人数であ
り、用排水事業が三二〇五名、区画整理事業が一二五九名、農地造成事業が八二八
名であると主張している。その算定経過は、別紙七のとおりである。
 これに対し、原告らは、本件同意署名簿の三条資格者名義の署名押印部分のう
ち、①用排水事業二五七名、区画整理事業九二名、農地造成事業六一名について
は、署名押印部分の成立を否認するが、印影が当該三条資格者の印鑑によるもので
あることを認め、②用排水事業二五九名、区画整理事業一一〇名、農地造成事業六
五名については、署
名押印部分の成立及び印影が当該三条資格者の印鑑によるものであることを否認
し、③用排水事業六一一名、区画整理事業二一五名、農地造成事業一二九名につい
ては、署名押印部分の成立を認め、④その余については、成立の認否をしていな
い。
(2) まず、右①のうち、原告本人尋問を実施した一六名について検討する。
(イ) 原告P42について
 原告P42は、陳述書(甲一〇三八)及び原告本人尋問において、同意の署名押
印(乙六四の6、二四九八番)は妻が自分に断りなくしたものであると供述してい
る。
 しかしながら、同原告は、自分の名義で同意の署名押印がなされていることを初
めて知ったのは、公民館で國宗弁護士らと共に同意署名簿を見た際であると供述す
る一方で、同意撤回の書面(平成六年四月二八日付け。甲五の26)を作成したの
はその後であると供述しているが、同意署名簿が原告らに開示されたのが本件訴訟
提起後であることは本件訴訟の経過から明らかであり、同原告が同意署名簿を見た
のも本件訴訟提起後のことであると考えざるを得ないことからすれば、右供述は、
前後矛盾する不自然なものであってにわかに信用できず、右同意撤回の書面と同一
の筆跡で同年七月一日付けの同意撤回の取下書面(乙六七の284)が提出されて
いることなども考え合わせると、同意の署名押印は同原告の意思に基づいてなされ
たものと認めることができる。
(ロ) 原告P43について
 原告P43は、陳述書(甲一〇四八)及び原告本人尋問において、同意の署名
(乙六四の6二六〇〇番、乙六五の6八一二番、乙六六の6五五二番)は自分で書
いたものではないが、印影は、自宅にある印鑑によるものである、同意取得担当者
であるP6が自宅を訪ねてきた際、P6から押印を求められたことから、P6に頼
んで押印してもらったと供述している。
 しかしながら、右のような押印時の状況を前提としても、同意の署名押印は原告
P43の意思に基づいてなされたことを認めることができる。
(ハ) 原告P44について
 原告P44は、陳述書(甲一〇一二)及び原告本人尋問において、同意の署名押
印(乙六四の6、二三七四番)は、同意取得担当者であるP6らが自宅を訪れた際
に、目が不自由であることから妻に代わりにさせたものである旨供述している。
 しかしながら、右のような署名押印時の状況を前提としても、同意の署名押印は
同原告の意思に基づいてなされ
たものであることを認めることができる。
(ニ) 原告P45について
 原告P45は、用排水事業の同意の署名押印部分(乙六四の6、二五〇一番)の
成立について認否をせず、区画整理事業の同意の署名押印部分(乙六五の6、七八
四番)の成立を争い、印影が自己の印鑑によるものであることを認めていたが、陳
述書(甲一〇三七)及び原告本人尋問においては、用排水事業のものも含め、印影
も自分の印鑑によるものではないとし、同意の署名押印を求められた記憶もないと
供述している。なお、同人の父P46の名義で同意撤回の書面(平成六年四月二八
日付け。甲五の23)が提出されている。
 被告は、異議申立書(乙一一四の37)の原告P45名下の印影と本件同意署名
簿の右印影が同一であると指摘するが、右各印影が同一であるとはにわかに断定し
難く、他に同意の署名押印が原告P45の意思に基づいてなされたものであること
を認めるに足りる証拠はない。
(ホ) 原告P26について
 原告P26は、同意の署名押印部分(乙六四の6二四五九番、乙六五の6七五九
番、乙六六の6五二〇番)の成立を否認していたが、陳述書(甲一〇〇七)及び原
告本人尋問においてこれを翻し、自ら同意の署名押印をしたことを認めている。
(ヘ) 原告P47について
 原告P47は、本件同意署名簿の印影(乙六四の6、二三四六番)が自宅にある
印鑑によるものであることを認めているが、署名については、陳述書(甲一〇一
六)及び原告本人尋問において、自分の筆跡とは異なる旨供述している。
 しかしながら、原告P47は、本件異議申立ての口頭意見陳述で二度にわたって
供述した際には、自ら同意の押印をしたことを認めていたのであって(乙五〇の2
四五頁、乙五一の1二四頁)、原告本人尋問においても、同意の署名押印を求めら
れたこと自体は否定しておらず、その際の状況について、あいまいな供述に終始し
ている。
 以上からすれば、右供述は信用できず、同意の署名押印は原告P47の意思に基
づいてなされたことを認めることができる。
(ト) 原告P28について
 原告P28は、同意の署名押印部分(乙六四の6二六九六番、乙六五の6八四五
番)の成立を否認していたが、陳述書(甲一〇一八)及び原告本人尋問においてこ
れを翻し、自ら同意の署名押印したことを認めている。
(チ) 原告P18について
 原告P18は、陳述書(甲一〇三九)及び原告本人尋問
において、同意取得担当者から同意を求められたことはなく、同意の署名押印(乙
六四の6二四五二番、乙六六の6五一六番)は妻が自分に断りなくしたものである
としている。
 しかしながら、同原告が本件異議申立ての口頭意見陳述において自ら本件同意署
名簿に押印したことを認める供述をしているのであって(乙五一の1、一八頁)、
同原告の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(リ) 原告P30について
 原告P30は、同意の署名押印部分(乙六四の6、二四二三番)の成立を否認し
ていたが、陳述書(甲一〇四四)及び原告本人尋問において、同意取得時の記憶は
ないとしつつ、同意の署名が自己の筆跡であることを認める供述をしているのであ
って、原告P30の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることが
できる。
(ヌ) 原告P48について
 原告P48は、陳述書(甲一〇〇九)及び原告本人尋問において、同意の署名押
印した記憶はないが、同意の署名(乙六四の6、二三三五番)が自分の筆跡かどう
かはっきりしないと供述するのみであり、自己の署名であることを明確に否定して
いない。本件同意署名簿の原告P48欄の手書き部分は筆跡からいってすべて同一
人によって記載されたものと考えられるが、住所欄の「郡」の字が、特徴的な筆跡
であり、右陳述書において原告P48が記した「郡」の字とよく似ていること、原
告P48が、本件異議申立ての口頭意見陳述において、「最初の時には台帳の時に
はおそらく印鑑はついたと思います。それから取下げですね、反対する、かたらな
いということですね。」と述べ、自ら本件同意署名簿に押印したことを認めていた
こと(乙五一の1、二二頁。なお、原告P48は、原告本人尋問において、右は当
初計画の時のことを述べたものであると弁解するが、にわかに信用できない。)な
どに照らすと、原告P48の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認め
ることができる。
(ル) 原告P49について
 原告P49は、陳述書(甲一〇一一)及び原告本人尋問において、同意の署名押
印(乙六四の6、二三九八番)は妻が自分に断りなくしたものであると供述してい
る。
 しかしながら、同原告は、本件異議申立ての口頭意見陳述においては、妻が自分
に断りなく本件同意署名簿に署名押印したというようなことは述べておらず、かえ
って、「村がただでしてくれるという
話でしたので、それはただといえばみんなしなるで是非とも印鑑ついてくれという
ので、印鑑をつきました。」と述べ、自ら同意の押印をしたことを認めていたこと
(乙五一の1、一三頁)、二度にわたる同意撤回の取下書(乙六七の307、33
2)の作成は認めていることなどからすれば、同原告の右陳述書及び原告本人尋問
における供述はにわかに信用し難く、同原告の意思に基づいて同意の署名押印がな
されたものと認めることができる。
(オ) 原告P50について
 原告P50は、陳述書(甲一〇三四)及び原告本人尋問において、同意署名簿の
印影(乙六四の5、二〇八四番)は妻が日常的に管理している自分の実印によるも
のであるが、同意の署名は自分のものではないと供述している。
 しかしながら、原告P50は、妻が実印を押したのかもしれないが、妻から同意
の署名押印をしたかどうか聞いておらず、署名が妻のものであるのかどうかも分か
らないと述べるのみで、妻が日常的に管理しているという自己の実印が本件同意署
名簿に押されている理由について、得心できる説明はない。かえって、原告P50
の妻は、本件異議申立ての口頭意見陳述において、原告P50が本件同意署名簿に
押印したと供述しているのであり(乙五一の3、九〇頁)、これと矛盾する同原告
の供述は信用できない。
 したがって、原告P50の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認め
ることができる。
(ワ) 原告P34について
 原告P34は、陳述書(甲一〇二〇)及び原告本人尋問において、役場の職員か
ら田んぼに水を引くから印鑑を貸してほしいと言われたので、印鑑を渡したが、自
ら署名はしていないと供述している。
 しかしながら、右のような押印時の状況を前提とする限り、同意の署名(乙六四
の7三〇二六番、乙六五の7一〇一八番)の筆跡が同人のものと異なるとしても、
同意の署名押印は原告P34の意思に基づいてなされたことを認めることができ
る。
(カ) 原告P51について
 原告P51は、陳述書(甲一〇二四)及び原告本人尋問において、同意の署名
(乙六四の1四五番、乙六五の1八二番)は妻がしたものであると供述している。
 しかしながら、原告P51の供述及び本件異議申立ての口頭による意見陳述録取
書の妻P52の供述部分(乙五一の1、五五頁以下)によれば、原告P51は、目
が不自由であることから、日頃から妻に代筆してもらっており、同意取得担当者が
自宅を訪れた際にも、自ら同意取得担当者から説明を聞くつもりはなく、本件変更
計画に反対の意向もなかったので、妻に応対を任せ、妻が原告P51に代わって同
意の署名押印をしたが、その後に、費用を負担しなければならないと聞き、妻と共
に本件変更計画に反対するようになったことが認められる。
 以上からすれば、原告P51は、本件変更計画に同意するかどうかを妻P52に
ゆだねていたものであって、原告P51の意思に基づいて同意の署名押印がなされ
たものと認めるのが相当である。
(ヨ) 原告P37について
 原告P37は、同意の署名押印部分(乙六四の3、一五八〇番)の成立を否認し
ていたが、陳述書(甲一〇〇二)及び原告本人尋問においてこれを翻し、本件同意
署名簿の原告P37名義の署名の筆跡が自分のものであることを認めた上で、自動
車で走っていた際に親しい間柄にある役場職員のP53から呼び止められ、大した
書類ではないからなどと言われて気軽に署名押印したが、何の書類であるか全く理
解していなかったと供述している。
 しかしながら、たとえ右P53と親しい間柄にあるとはいっても、突然路上で呼
び止められて全く趣旨を理解しないままに本件同意署名簿に署名押印をしたとはに
わかに考え難く、右供述はたやすく信用できない。したがって、原告P37の意思
に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(タ) 原告P54について
 原告P54は、陳述書(甲一〇二三)及び原告本人尋問において、夕方晩酌をし
ている時に市の職員が二人やってきて、何の説明もなくちょっと印鑑を貸してほし
いと言われたので、最初は「簡単に貸されるかい。」と言って断ったが、結局は印
鑑を貸した、その二人が市の職員であることは後で分かったと供述している。
 しかしながら、原告P54の記憶には飲酒の影響によりあいまいな部分があると
はいえ、原告P54自身が「ちょっと一杯飲んどった」とも表現していることから
もうかがわれるとおり、さほど深く酩酊していたとも考えられないのであって、一
度は押印を断った原告P54が全く趣旨を理解しないまま特に親しいわけでもない
者らに自分の印鑑を渡したとは考え難く、原告P54の意思に基づいて同意の署名
押印(乙六四の1三三番、乙六五の1五番、乙六六の1一四番)がなされたものと
認めることができる。
 以上のとおりであって、右の原告一六名
のうち、原告P45を除く一五名について、同意の署名押印部分の成立を認めるこ
とができ、これらを同意者と認めることができる。
 また、右①に該当するその余の者についても、本件同意署名簿中の三条資格者名
義の署名押印部分のうち、印影が自己の印鑑によるものであることを認めているこ
とや弁論の全趣旨によって、同意の署名押印部分の成立を認めることができ、これ
らを同意者と認めることができる。
(3) また、原告本人尋問を実施した原告で右②に該当する八名の中にも、次の
とおり、同意の署名押印部分の成立を認めることができるものがある。
(イ) 原告P55について
 原告P55は、陳述書(甲一〇〇三)及び原告本人尋問において、同意取得担当
者であるP56らが自宅を訪れた際に、妻に代わりに同意の署名押印をさせたと供
述している。
 しかしながら、右のような署名押印時の状況を前提とすれば、用排水事業におけ
る同意の署名押印部分(乙六四の6、二九二六番)の成立を認めることができる。
(ロ) 原告P57について
 原告P57は、陳述書(甲一〇二一)及び原告本人尋問において、用排水事業及
び区画整理事業における同意の署名(乙六四の7三〇九四番、乙六五の7一〇九二
番)は自分の筆跡ではないと供述している。しかしながら、本件同意署名簿の印影
については、自己の印鑑によるものかどうか分からないと供述するにとどまり、自
己の印鑑によるものであることを明確には否定していない上、同原告が、自宅を訪
れた役場の職員から計画変更について同意を求められた際、押印をした記憶がある
旨の供述をしていることをも考え合わせると、同意の署名押印は同原告の意思に基
づいてなされたものであると認めることができる。
(ハ) 原告P58について
 原告P58は、本件異議申立ての口頭意見陳述(乙五一の1、五〇頁)におい
て、本件変更計画の同意を求められ、はいはいという感じで押印したと供述してい
るが、陳述書(甲一〇〇一)では、一転して、同意の署名は自分の字ではなく、印
影も自分の印鑑によるものではないと供述している。さらに、原告P58は、原告
本人尋問において、用排水事業(乙六四の1、五八番)については右陳述書の供述
を維持しているが、区画整理事業(乙六五の1、八八番)については、同意の署名
が自分の字であり、印影も自分の印鑑によるものであることを認めつつも、その署
名がされた経緯について
は分からないとしている。
 このように、原告P58の供述は、不自然な変転を重ねているのであって、信用
性に乏しいといわざるを得ない。用排水事業の印影と区画整理事業の印影(なお、
これは、原告P58の同意撤回の書面(甲六の163)の印影と同じである。)は
異なっており、これらが別の機会に押印されたものであることがうかがわれるが、
このことを考慮しても、右の供述経過に加え、用排水事業の同意署名が原告P58
の筆跡(特に、乙一一四の1)と酷似していることなどからすれば、区画整理事業
のみならず、用排水事業についても、原告P58の意思に基づいて同意の署名押印
がなされたものと認めることができる。
(ニ) 原告P59について
 原告P59は、陳述書(甲一〇三二)及び原告本人尋問において、用排水事業に
おける同意の署名(乙六四の3、一二〇〇番)は自分の筆跡ではなく、印影も自分
の印鑑によるものではないと供述している。
 しかしながら、右印影は、右陳述書の原告P59名下の印影と同一であり、この
ことと明らかに矛盾する右供述は信用できない。原告P59が一人暮らしであるこ
とをも考え合わせると、同意の署名押印が原告P59の意思に基づいてなされたこ
とは揺るがし難いものといわざるを得ない。
(ホ) 原告P60について
 原告本前は、用排水事業における同意の署名押印部分(乙六四の3、一二二六
番)の成立を否認していたが、陳述書(甲一〇二六)及び原告本人尋問においてこ
れを翻し、自ら同意の署名押印をしたことを認めている。
(4) さらに、右③及び④についても、本件同意署名簿及び弁論の全趣旨によっ
て、その同意の署名押印部分の成立を認めることができ、同意の意思表示がなされ
たものと認めることができる。
(5) したがって、同意者の人数は、別紙八のとおり、少なくとも、被告が主張
する同意者から、右①の原告P45及び右②の該当者(ただし、右(3)の(イ)
ないし(ホ)で指摘した五名並びに被告が三条資格者でないことを認めた者で右②
に該当するP61(用排水事業乙六四の1二五九番)及びP62(用排水事業乙六
四の3一六一二番)を除く。)を除いた人数となり、用排水事業について二九五二
名、区画整理事業について一一五〇名、農地造成事業について七六三名であると認
めることができる。
(三) 同意の無効原因の有無1‐同意が説明義務違反によって無効になるか否か
(本案の争
点1(五)(3))
 説明義務違反については、前記4(五)(本案の争点1(四)(5))で検討し
たとおりであって、説明義務違反により同意の意思表示が無効である旨の原告らの
主張は認められない。
(四) 同意の無効原因の有無1‐同意が錯誤により無効になるか否か(本案の争
点1(五)(4))
(1) 原告らは、前記(二)(1)③で署名押印部分の成立を認めた者のうち、
用排水事業の五四六名、区画整理事業の一九〇名、農地造成事業の一〇四名は、錯
誤により同意の署名押印をしたものであるとし、錯誤の態様として、ア「負担金
(水代)は一切要らない」旨の説明を受けた、イ「県営・団体営の事業には参加し
なくてもよい」旨の説明を受けた、ウ「あなたの農地は対象地域から除外された」
旨の説明を受けた、エ「国営事業は中止になった」旨の説明を受けた、オその他、
カ説明がなかったの六つを挙げている。
 そこで、以下では、錯誤の態様ごとに、原告本人尋問を行った者を中心に、錯誤
の成否を検討する。
(2) ア又はイを含むものについて
(イ) 原告P16について
 原告P16(用排水・継続二九〇六番)は、錯誤の態様をイオとし、陳述書(甲
一〇二九)及び原告本人尋問において、P6から後の関連事業には参加しなくても
よいと言われたことから同意した旨供述しており、関連事業の手続で三条資格者の
三分の二以上の同意が集まれば自分が関連事業に参加したくなくても参加しなけれ
ばならなくなる場合があることを知らなかったことを錯誤として主張する趣旨と解
される。
 ところで、右の錯誤は、いわゆる動機の錯誤であって、要素の錯誤として意思表
示を無効とするためには、その動機が相手方に表示されて意思表示の内容をなして
いること及びその動機の錯誤がなかったならば通常当該意思表示をしなかったであ
ろうと認められる程度の重要性が認められることを要するものと解すべきである
(最高裁昭和二九年一一月二六日第二小法廷判決・民集八巻一一号二〇八七頁、同
昭和四五年五月二九日第二小法廷判決・裁判集民事九九号二七三頁、同平成元年九
月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一五七号五五五頁参照)。
 これを本件についてみるに、原告P16が同意の署名押印をした際の状況につい
て、P6の右言動の外は、原告P16の供述によっても必ずしも明らかでないが、
仮に、右動機が表示されたものと認めることができるとしても、関連事業
は、当初計画当時から予定されているものであり、関連事業の手続で三条資格者の
三分の二以上の同意が集まれば自分が関連事業に参加したくなくても参加しなけれ
ばならなくなる場合があることは、法の規定による効力であって、当初計画以降何
ら変わりがなく、むしろ、本件変更計画は三条資格者にとって費用負担の点で当初
計画よりも有利な内容であるといえる。加えて、本件変更計画の同意取得の時点に
おいては、関連事業における受益農家の負担金額その他関連事業の具体的内容が定
められていなかったことからすれば、関連事業への参加の要否が当然に本件変更計
画に対する同意をするか否かに影響する状況にあったと認めることはできない。こ
うした事情を考慮すれば、右の動機の錯誤が要素の錯誤を認めるに足りるほどの重
要性を有しているとまではいえず、他に、原告P16の同意の意思表示に要素の錯
誤があったと認めるに足りる証拠はない。
(ロ) 原告P25について
 原告P25(用排水・継続二四六八番、区画整理・除外七五五番、農地造成・除
外五二八番)は、錯誤の態様をアイオとし、陳述書(甲一〇〇六)及び原告本人尋
問において、同意取得担当者から、水代は要らないとか、自分の農地に水を引くか
どうかは自由だと言われたことから同意したと供述している。
 しかしながら、本件変更計画により本件事業のうち用排水事業について三条資格
者の費用負担がなくなることは、そのとおりであって、この点に何ら錯誤は存しな
い。また、原告P25の右供述が関連事業を含めた費用負担がなくなると誤信した
という趣旨のものなのか、右供述自体からは必ずしも明らかではない上、仮に、そ
のように誤信したのだとしても、右の錯誤はいわゆる動機の錯誤であって、右動機
が意思表示の内容として相手方に表示されたと認めるに足りる証拠はない。また、
自分の農地に水を引くかどうか自由だと言われたという点は、右(イ)で指摘した
ところがおおむね当てはまるのであって、要素の錯誤に当たらないというべきであ
る。
 他に、原告P25の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠
はない。
(ハ) 原告P17及び同P40について
 原告P17(用排水・継続二五八八番、区画整理・除外八〇六番)は、錯誤の態
様をアとし、陳述書(甲一〇一九)及び原告本人尋問において、「金はかからんか
ら署名してくれ。」と言われて同意したと供述している。
 
また、原告P40(用排水・継続一一八九番、区画整理・除外四八九番)は、錯誤
の態様をアオとし、陳述書(甲一〇四二)及び原告本人尋問において、自分の農地
に水を引いてくるような事業に参加する意思はなかったが、「用水路を通すだけだ
から。」とか「お金の迷惑はかけないから。」などと言われ、自分が同意しないと
他の人に迷惑がかかると思い、同意したと供述している。
 しかしながら、本件変更計画により本件事業のうち用排水事業について三条資格
者の費用負担がなくなることは、そのとおりであって、この点に何ら錯誤は存しな
い。また、右原告らの供述が関連事業を含めた費用負担がなくなると誤信したとい
う趣旨のものなのか、右各供述自体からは必ずしも明らかではない上、仮に、その
ように誤信したのだとしても、右の錯誤はいわゆる動機の錯誤であって、右動機が
意思表示の内容として相手方に表示されたと認めるに足りる証拠はない。
 他に、右各原告の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠は
ない。
(ニ) 他に、ア又はイを理由とする錯誤無効を認めるに足りる証拠はない。
(3) ウを含むものについて
(イ) 原告P23について
 原告P23(用排水・継続二六九九番、区画整理・除外八六六番)は、錯誤の態
様をウとし、陳述書(甲一〇四五)及び原告本人尋問において、役場の職員から、
区画整理事業は除外になっていると言われ、また、用排水事業については、取水の
時に反対すれば水を取らなくてよいと説明されたことから同意したと供述してい
る。
 しかしながら、原告P23が区画整理事業について除外となっていることは、そ
のとおりであって、この点に何ら錯誤は存しない。また、用排水事業について取水
の時に反対すれば水を取らなくてよいとの説明を受けたという点については、右
(2)(イ)で指摘したところがおおむね当てはまるのであって、要素の錯誤に当
たらないというべきである。
 他に、原告P23の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠
はない。
(ロ) 原告P63、同P64等について
 原告P63(用排水・継続二五一三番、区画整理・除外七八七番)は、錯誤の態
様をウとし、陳述書(甲一〇一三)において、同意取得担当者から除外になったと
いう説明を受けたので同意の署名をしたと供述している。
 また、原告P64(用排水・新規一一〇一番)は、錯誤の態様をカとし、ウを挙
げていないが、陳述書(甲一〇三一)及び原告本人尋問において、本件事業に参加
するつもりはなかったが、同意取得担当者から「除外のための手続をしますので署
名捺印を下さい。」と言われたことから同意の署名押印をしたと供述している。
 なお、錯誤の態様としてウを挙げる者の中には、真実除外である者も多く、除外
でない者は、原告P23及び同P63を除くと、用排水事業で一八名(P65・一
〇八番、P66・二一七番、P67・四〇五番、P68・四〇七番、P69・四一
三番、P70・五〇四番、P71・七四五番、P72・一〇七二番、P73・一六
〇〇番、P74・一七二七番、P75・二〇四八番、P76・二七〇六番、P7
7・二九八八番、P78・三〇一〇番、P79・三〇一九番、P80・三〇二〇
番、P81・三〇二三番、P82・三一三六番)、区画整理事業及び農地造成事業
で各一名(いずれもP82。区画整理一一二七番、農地造成六八四番)である。
 ところで、継続又は新規の三条資格者が、除外になるとの同意取得担当者の説明
により、除外になるものと誤信して同意した場合には、たとえ継続や新規であるこ
とを認識していたとしても同意したであろうと認められるなどの特段の事情がない
限り、同意の意思表示に要素の錯誤があるものというべきところ、本件同意署名簿
の継続、新規及び除外の区分欄が、同意取得時にすべて記載されていたわけではな
く、同意取得後に記載されたり訂正された場合もあったことなどからすれば、同意
取得担当者が、継続又は新規の三条資格者に対し、誤って除外である旨説明した場
合もなかったとはいい切れない。
 したがって、ここでは、念のため、用排水事業について二〇名(原告P63、同
P64及び右の一八名)、区画整理事業及び農地造成事業について各一名(いずれ
もP82)を同意者から除くことにする。
(4) エについて
 原告本人尋問を実施した者の中には、錯誤の態様としてエを挙げる者はない。ま
た、同意取得担当者が「国営事業は中止された。」と説明したとか、本件事業が中
止されたと誤信して同意の署名押印した者がいたなどとはにわかに考え難く、原告
らが主張する態様の錯誤により同意した者がいると認めるに足りる証拠はない。
(5) オについて
 オについては、錯誤の態様を「その他」とするだけで、錯誤の内容について具体
的な主張がなく、いずれも主張自体失当というほかない。
 な
お、原告本人尋問を実施した者の中でオのみを錯誤の態様として挙げている原告P
27(用排水・継続二六七一番、区画整理・除外八八〇番、農地造成・継続五五八
番)、同P32(用排水・継続二六九八番、区画整理・除外八四六番)、同P21
(用排水・継続一九一番、区画整理・除外一六六番)及び同P36(用排水不同
意、区画整理・除外一五六番、農地造成・除外五六番)について、その供述を個別
にみても、要素の錯誤を認めるに足りるものはなく、他に、要素の錯誤があったこ
とを認めるに足りる証拠もない。
(6) カ(オを併せて指摘するものを含む。)について
 カについては、説明がなかったというだけで、どの点に錯誤があったのかについ
ての具体的な主張がないのであるから、これまた主張自体失当というほかない。
 なお、原告本人尋問を実施した者について、その供述を個別にみても、原告P2
4(用排水・継続二七〇八番、区画整理・除外八五〇番)、同P83(用排水・継
続二五一二番、区画整理・除外七八六番)、同P19(用排水・継続二四五八番、
農地造成・除外五一九番)、同P31(用排水・継続二一一二番)及び同P35
(用排水・継続二一一四番)については、同意の署名押印時の記憶がほとんどない
か全くないというのであって、同意の意思表示に要素の錯誤があったことを認める
に足りるものはない。
 また、原告P29(用排水・継続二四四七番、区画整理・除外七六八番、農地造
成・除外五一四番)は、陳述書(甲一〇四〇)及び原告本人尋問において、遠い親
戚であるP6から頼まれて断りづらかったことから同意したなどと供述する程度で
あって、同意の意思表示に要素の錯誤があったことを認めるに足りる証拠はない。
 また、原告P22(用排水・継続二〇六三番、区画整理・除外七〇〇番)は、陳
述書(甲一〇三五)及び原告本人尋問において、関連事業の費用負担があることを
知らなかった旨の供述をしている。しかしながら、この点については、動機の錯誤
が問題になる余地があるにすぎないところ、右供述によっても、同原告は同意の署
名押印時の状況をほとんど記憶していないというのであって、動機が表示されたと
認めるに足りる証拠はない。
 また、原告P20(用排水・継続三三九番、区画整理・除外二八七番、農地造
成・除外七八番)は、陳述書(甲一〇二五)及び原告本人尋問において、同意取得
担当者から「面積が足りないから
後で除外するから、とにかく判子だけはついてくれ。」と言われたことから同意し
たと供述しているが、同意取得担当者が右のような説明をしたとは考え難く、右供
述はにわかに信用できない。
 また、原告P38(用排水・同意撤回、農地造成・除外二九五番)は、陳述書
(甲一〇〇四)及び原告本人尋問において、同意取得担当者から押印しないと除外
地にならないと言われたことから同意したが、同意したことにより本件事業に賛成
したことになるのは意に反する旨の供述をしている。さらに、原告P39(用排
水・撤回、区画整理・除外五二九番、農地造成・除外三一二番)も、陳述書(甲一
〇二八)及び原告本人尋問において、区画整理事業や農地造成事業から除外される
ことについては異存はないが、本件事業に賛成したように取られるのは意に反する
旨の供述をしている。しかしながら、法八七条の三第一項の同意は、計画を変更す
るのか、変更しないで従前の計画を維持するのかを問うものであり、本件事業自体
の賛否を問うものではないから、本件変更計画に同意するかどうかと本件事業への
賛否は次元を異にする問題というべきであって、右各原告が供述するところを前提
としても、同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めることはできない。
 他に、錯誤の態様としてカを挙げる者について、同意の意思表示に要素の錯誤が
あったことを認めるに足りる証拠もない。
(7) したがって、右(3)(ロ)のとおり、用排水事業について二〇名を、区
画整理事業及び農地造成事業について各一名を、それぞれ同意者から除くこととす
るが、他に同意の錯誤無効の主張を認めるべきものはない。
(五) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その
者を同意者として扱うべきか否か(本案の争点1(五)(5))
(1) 原告らは、同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をしたと
しても、当初の同意の効力は復活しないと主張している。
(2) しかしながら、法八七条の三第一項は、国営又は都道府県営の土地改良事
業計画の重要な部分を変更するに当たり、三条資格者の意思を尊重しようとしたも
のである。このような同条項の趣旨からすれば、変更計画が決定されるまでの間
は、同意の意思表示をした者は、これを撤回することもできるが、逆に、同意を撤
回した者は、右撤回を取り下げる旨の意思表示をすることにより、再び同意者に加
わること
もできるというべきであって、この場合、改めて同意署名簿に同意の署名押印をす
る方法による必要はないと解すべきである。
 原告らは、遺言の撤回の撤回に関する民法一〇二五条や、解除の意思表示の撤回
に関する同法五四〇条二項、さらには、行政処分の異議申立ての取下げの撤回に関
する裁判例等を挙げて、三条資格者の同意についても、撤回は許されても撤回の撤
回は許されるべきではないと主張するが、原告らが指摘する法律の規定や裁判例
は、土地改良法上の三条資格者の同意の場合とは全く異なる場合についてのもので
あって、本件に妥当しないことはいうまでもない。
(3) したがって、原告らの主張は採用できない。
(六) 小括
 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の有無は、本件変更
計画決定時である平成六年一一月四日における三条資格者及び同意者の人数を基準
に判断すべきところ、既に検討したとおり、右時点における有効な同意者の人数
は、別紙八のとおり、少なくとも、右(二)(5)の人数(用排水事業について二
九五二名、区画整理事業について一一五〇名、農地造成事業について七六三名)か
ら、右(四)(3)(ロ)及び(四)(7)で同意者から除くこととした人数(用
排水事業について二〇名、区画整理事業及び農地造成事業について各一名)を差し
引いた人数となり、用排水事業について二九三二名、区画整理事業について一一四
九名、農地造成事業について七六二名である。そして、右時点における三条資格者
の人数は、右(一)(4)で述べたとおり、用排水事業について三九〇四名、区画
整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名か、これを若干上回
る程度であると認められる。したがって、右時点における同意率は、用排水事業に
ついて七五・一パーセント、区画整理事業について七八・二パーセント、農地造成
事業について八六・七パーセントか、これを若干下回る程度となり、法八七条の三
第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意があることを優に認めることができ
る。
二 本件決定に固有の違法性の有無について
1 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有
無(本案の争点2(一))
(一) 原告らは、本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過し縦覧期間満了から
一年三か月余りも経過してなされていることを理由に、本件決定が違法であると主
張している。

二) そこで検討するに、法八七条の三第一〇項、八七条七項は、国営土地改良事
業の変更計画についての異議申立てを受けたときは、農林水産大臣は、同条五項に
規定する縦覧期間満了後六〇日以内に決定しなければならないと規定しており、こ
れは、国営土地改良事業が多数の者の法律関係に影響を与えるものであることか
ら、できる限り速やかに土地改良事業の変更計画に対する異議申立てについての決
定をすることによって、土地改良事業に係る法律関係の早期確定を図る趣旨のもの
であるが、当該変更計画に対する異議申立ての内容等によっては、同条項所定の期
間内に異議申立てについて必要な審理を尽くした上で決定することができない場合
が生じ得ることも十分に予想されるところである上、異議申立てについての決定が
右の期間内になされなかったことのみを理由に本件決定を取り消しても、改めて異
議申立てについての決定をやり直すことになるだけであって、かえって土地改良事
業に係る法律関係の早期確定を図ろうとした右規定の趣旨に反する結果となる。
(三) したがって、法八七条七項はいわゆる訓示規定と解すべきであり、本件決
定が同条項所定の期間を経過した後になされたからといって、また、その期間の徒
過が長期間にわたるからといって、本件決定に取消原因となるような違法があると
はいえず、原告らの右主張は失当である。
2 本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の
機会を与えなかったことによる違法性の有無(本案の争点2(二))
(一) 原告らは、本件決定には、本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし
書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかった違法があると主張している。
(二) そこで検討するに、証拠(甲四二ないし四五、五〇、乙四三、四九ないし
五九)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 弁護士板井優、同森徳和及び同國宗直子(以下「代理人弁護士三名」とい
う。)は、異議申立人ら代理人として、平成六年一二月二九日付けで、被告に対
し、本件異議申立てにつき、本件異議申立人全員について一人一〇分間ずつの口頭
による意見陳述の機会を与えるよう求める内容の口頭審理申立書を提出した。ま
た、P84、P1、P85、P86及びP87(以下「代理人五名」という。)
も、異議申立人ら代理人として、平成七年一月一日付けで、被告に対し、右と同趣
旨の口頭
審理申立書を提出した。
(2) これに対し、被告は、平成七年二月七日付けで、代理人弁護士三名及び代
理人五名に対し、同月一〇日から同月一二日までのいずれか一日の午前九時から正
午まで及び午後一時から午後六時まで、熊本市内の熊本チサンホテル(同月一〇
日)又は熊本合同庁舎(同月一一日及び一二日)において、本件異議申立てにつき
口頭による意見陳述を聴取する手続を行う旨の通知をした。
 代理人弁護士三名は、被告に対し、同月八日付けで、被告の口頭審理の期日指定
が代理人らの都合を無視したものである旨通知したが、同月一〇日付けで、同月一
二日の口頭審理において異議申立人四八名につき一人一〇分ずつ口頭で意見陳述を
行う予定であること、口頭審理の進行は代理人らで行うことなどを通知した。
 なお、同月一〇日及び同月一一日に被告が指定した前記の場所に出頭した者も数
名いたが、意見陳述は行われなかった。
(3) 平成七年二月一二日の口頭審理(以下「第一回口頭審理」という。)に
は、代理人弁護士三名の外、四三名の者(うち異議申立人三四名)が出頭した。こ
の中で、口頭審理を執り行う農林水産省の担当者(以下「聴取者」という。)は、
同日の口頭審理においては異議申立人代理人の意見陳述のみを聴取するとの方針を
伝えたが、代理人弁護士三名らがこれに反発し、あくまでも異議申立人本人による
口頭意見陳述の機会を与えることや同意署名簿を開示することなどを繰り返し要求
した。そして、同日午後六時ころまで、代理人弁護士三名の外、代理人となってい
ない者を含む八名の異議申立人(ただし、口頭審理の進行に関する意見を述べた
り、意見陳述の際に陳述者に質問をしたにすぎない者を除く。)が意見陳述を行っ
た。
 異議申立人代理人らは、右の口頭意見陳述を終了した時点で、日を改めて口頭意
見陳述の機会を設けるよう要求した。これに対し、聴取者は、日を改めて口頭意見
陳述の機会を設けることは約束できないが時間を延長して同日の口頭意見陳述を続
けてもかまわないと述べた。しかし、それ以上の意見陳述は行われず、午後七時一
〇分ころ、同日の口頭審理を終了した。
(4) 被告は、平成七年二月二四日、代理人弁護士三名に対し、①第二回口頭審
理を同年三月六日又は同月一三日で始まる週の平日三日間人吉市内で実施したい、
②右口頭審理においては代理人か異議申立人本人かを問わず出頭した者に意見陳述
の機会を
与えるが、各異議申立人に対し特に個別的な呼出しはしない、③同意署名簿の開示
には応じられない旨の通知をした。
 これに対し、代理人弁護士三名は、同年二月二六日付けで、被告に対し、①第二
回口頭審理は同年四月四日から六日までの三日間に実施されたい、②異議申立人一
人一〇分程度で意見陳述を行いたいので、その旨の呼出状の送付をしてもらいた
い、③第二回口頭審理で意見陳述をすることができなかった異議申立人について
は、第三回以降の口頭審理で意見陳述ができるようにしてもらいたい、④同意署名
簿の開示がなければ異議申立人に意見陳述の機会が与えられたとはいえないので、
再度同意署名簿の開示を求める旨の通知をした。
 また、代理人五名も、同年二月二七日付けで、被告に対し、右の①、②及び④と
同趣旨の通知をした。
 そこで、被告は、同年三月一六日付けで、代理人弁護士三名及び代理人五名に対
し、それぞれ、①同年四月四日から六日までの三日間の午前九時から正午まで及び
午後一時から午後六時まで、人吉市カルチャパレスにおいて、口頭による意見陳述
を聴取する手続を行う、②意見陳述の対象は、右八名及び右八名に委任した異議申
立人本人とする、③右日程で本件異議申立てに係る意見陳述すべてを終了する予定
であるから、異議申立人本人の意見陳述は当該異議申立人に特有の個別的事項につ
いてのみ行うなどの方法により、右の日程で口頭による意見陳述を終了することが
できるよう他の代理人及び異議申立人の間で調整をされたい、④同意署名簿の開示
には応じない旨の通知をした。
(5) 平成七年四月四日から同月六日までの三日間の口頭審理(以下「第二回口
頭審理」という。)は、おおむね各日とも午前九時ころから午後六時ころまで行わ
れ、代理人弁護士三名の外、同月四日は八名が、同月五日は二七名が、同月六日は
二七名が、それぞれ口頭による意見陳述を行った(右の意見陳述者には、異議申立
人本人の外、異議申立人に代わって出頭したという異議申立人の家族等を含み、口
頭審理の進行に関する意見を述べたり、意見陳述の際に陳述者に質問をしたにすぎ
ない者を除く。)。
 異議申立人代理人らは、右の口頭意見陳述を終了した時点で、日を改めて口頭意
見陳述の機会を設けるよう要求した。これに対し、聴取者は、日を改めて口頭意見
陳述の機会を設けるかどうかは検討の上回答するが時間を延長して同日の口頭意見
陳述を聴取す
る余裕はあると述べた。しかし、それ以上の意見陳述は行われず、同日午後六時す
ぎころ口頭審理を終了した。
(6) 代理人弁護士三名は、平成七年五月一九日付けで、被告に対し、第三回の
口頭審理を多良木町及び相良村で実施するよう通知した。また、代理人弁護士三名
は、同年六月一九日付けで、被告に対し、第三回の口頭審理を実施するよう再び求
めるとともに、その際の日程として同年八月二八日から同月三〇日までの三日間と
することを提案する旨の通知をした。さらに、代理人五名も、同年六月一九日付け
で、被告に対し、第三回の口頭審理を八月中下旬に多良木町及び相良村で実施する
よう通知した。
 これに対し、被告は、更に念のために口頭審理を実施して本件異議申立人による
口頭意見陳述を聴取することとし、同年八月四日付けで、代理人弁護士三名及び代
理人五名に対し、それぞれ、①同月二八日から同月三〇日までの三日間の午前九時
から正午まで及び午後一時から午後六時まで、相良村総合体育館研修室(同月二八
日及び同月二九日)及び多良木町球磨地域農業協同組合上球磨営農センター大会議
室(同月三〇日)において、口頭による意見陳述を聴取する手続を行う、②意見陳
述の対象は、右八名及び右八名に委任した異議申立人本人とする、③右日程で本件
異議申立てに係る意見陳述すべてを終了する予定であるから、異議申立人本人の意
見陳述は当該異議申立人に特有の個別的事項についてのみ行うなどの方法により、
右の日程で口頭による意見陳述を終了することができるよう他の代理人及び異議申
立人の間で調整されたい旨の通知をした。
(7) 平成七年八月二八日から同月三〇日までの三日間の口頭審理(以下「第三
回口頭審理」という。)は、おおむね各日とも午前九時ころから午後六時ころまで
行われ、代理人弁護士三名の外、同月二八日は八三名が、同月二九日は七二名が、
同月三〇日は四八名が、それぞれ意見陳述を行った(右の意見陳述者には、異議申
立人本人の外、異議申立人に代わって出頭したという異議申立人の家族等を含み、
口頭審理の進行に関する意見を述べたり、意見陳述の際に陳述者に質問をしたにす
ぎない者を除く。)。
 異議申立人代理人らは、右の口頭意見陳述を終了した時点で、日を改めて口頭意
見陳述の機会を設けるよう要求した。これに対し、聴取者は、日を改めて口頭意見
陳述の機会を設けるかどうかは検討の上回答するが多少の
時間の延長には応じたいと述べた。しかし、それ以上の意見陳述は行われず、同日
午後六時すぎころ口頭審理を終了した。
(8) 代理人弁護士三名は、平成八年一月三〇日付けで、被告に対し、本件異議
申立人の中に口頭による意見陳述を行っていない者が残っていることを理由に第四
回の口頭審理を行うよう通知した。また、代理人五名も、同年三月一九日付けで、
被告に対し、同趣旨の通知をした。
 しかし、被告は、同月二九日付けで、代理人弁護士三名及び代理人五名に対し、
更なる口頭による意見陳述の手続を行わない旨通知し、同日付けで本件決定をし
た。
(三) ところで、行審法二五条一項ただし書は、審査請求の審理手続について、
審査請求人又は参加人から申立てがあったときは、審査庁は、申立人に口頭で意見
を述べる機会を与えなければならないと規定し、同条項は、同法四八条により異議
申立てについても準用されているが、同法は、口頭意見陳述の方式について、補佐
人の出頭に関する同法二五条二項のほか、何ら規定を設けていないのであるから、
いかなる方式で口頭意見陳述を行わせるかは、同条一項ただし書の目的、趣旨に反
しない範囲で、異議申立てを審理する処分庁の合理的裁量にゆだねられているもの
と解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、被告は、七日間(一日当たり約八時間)にわたって
口頭審理を実施して口頭意見陳述の機会を設けており、その結果、代理人弁護士三
名の外、延べ二七三名の者が口頭意見陳述を行っていること、被告は、第二回及び
第三回口頭審理については、ほぼ異議申立人代理人の要望どおりに日時及び場所を
指定し、代理人の都合や異議申立人本人の出頭の便宜を図っていること、被告は、
各回の口頭審理の最終日に時間の延長に応じる旨異議申立人代理人らに申し入れて
おり、七日間の口頭審理の枠内でできる限り多数の者の意見陳述を聴取することが
できるよう一定の配慮をしていること、被告は、第二回口頭審理を行うに当たっ
て、あらかじめ、口頭意見陳述の申立てをした代理人八名に対し、第二回口頭審理
をもって本件異議申立てに係るすべての口頭意見陳述を終了する予定であるからそ
のつもりで右代理人間で調整するなどして口頭審理に臨むよう通知しており、さら
に、第三回口頭審理を実施するに当たっても、右代理人らに対し、同趣旨の通知を
していたこと、本件で口頭意見陳述の申立てをした異議申立人に
はすべて異議申立人代理人が選任されているのであるから、異議申立人代理人が総
括的事項や多くの異議申立人に共通する事項をまとめて口頭意見陳述をすることも
可能であり、現に、相当の時間を費やして異議申立人代理人による口頭意見陳述が
行われていること、その他本件決定に至る一連の経過、本件異議申立ての内容、現
に行われた口頭意見陳述の内容等にかんがみれば、異議申立人に特有の事情がある
場合において当該異議申立人本人に口頭意見陳述をする機会を与える必要があるこ
とを加味しても、申立てに係る口頭意見陳述の機会が十分に与えられていなかった
ということはできず、被告が口頭意見陳述を聴取するために実施した口頭審理の方
式が、合理的裁量を逸脱又は濫用するものであったということはできない。
(四) なお、原告らは、被告は異議申立人代理人に対してしか口頭審理を行う旨
の通知をしておらず、本件異議申立人の多くは口頭審理が行われることを知らされ
ていなかったのであるから、口頭による意見陳述の機会が保障されたとはいえない
と主張している。しかしながら、本件の口頭による意見陳述の申立てが代理人によ
ってなされたものであることからすれば、口頭審理を行う旨の通知をその代理人に
対してしかしなかったからといって、口頭意見陳述の機会が与えられなかったとい
うことはできず、原告らの右主張は採用できない。
(五) したがって、被告による口頭意見陳述の機会の付与に欠けるところはな
く、この点に関する原告らの主張は採用できない。
3 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経て
いないことによる違法性の有無(本案の争点2(三))
(一) 原告らは、第三回口頭審理における異議申立人らの口頭意見陳述につき同
法一六条後段の手続を経ていないことを理由に、本件決定に違法があると主張して
いる。
(二) しかしながら、行審法四八条、一六条は、口頭で異議申立てがなされた場
合に、異議申立人から陳述を受けた行政庁が、その陳述の内容を録取し、これを陳
述人に読み聞かせて誤りのないことを確認し、陳述人に押印させるべきことを定め
たものであって、同法二五条一項ただし書所定の異議申立人等による口頭の意見陳
述がなされた場合の規定ではない。そして、行審法は、同条項による口頭意見陳述
がなされた場合に、陳述内容を録取するかどうか及び録取する場合の方法について
定めておら
ず、これらの事項は、処分庁の裁量にゆだねられているものと解されるところであ
る。したがって、異議申立人らの口頭意見陳述につき、録取内容を陳述者に読み聞
かせて誤りのないことを確認し陳述者の押印を求めるなどしなかったからといっ
て、本件決定に違法があるとはいえず、原告らの右主張は失当である。
第四 結論
 以上のとおり、別紙目録一4及び5記載の原告らの訴えは不適法であるから却下
することとし、その余の原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし
て、主文のとおり判決する。
熊本地方裁判所民事第三部
裁判長裁判官 杉山正士
裁判官 伊藤正晴
裁判官 渡部市郎

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