弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告aに対し,53万1355円及びこれに対する平成18年8月
25日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2被告は,原告bに対し,39万2217円及びこれに対する平成18年8月
25日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3原告らのその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は,被告の負担とする。
5この判決は,第1,第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告aに対し,53万1355円及びこれに対する平成18年8月
10日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
2被告は,原告bに対し,39万2217円及びこれに対する平成18年8月
10日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告である損害保険会社の直販社員ないし外務員である原告らが,
原告らが顧客から獲得した各種保険契約に基づく保険料の支払につき,顧客が
保険料を分割払い等により口座振替により被告に支払う場合の口座振替手数料
相当額を,原告らの月例給与から控除することにした被告の措置(給与規程の
改定)が,原告ら所属組合ないし原告らの同意もなくなされており,被告が上
記顧客から保険料に乗せて既に当該手数料の支払を受けているのに,さらに原
告らから同額分を控除することは,二重払いに当たり,賃金全額払いの原則に
も悖るとして,被告に対して不当利得返還を請求した事案である。
これに対して,被告は,原告らが直販社員ないし外務員として顧客と契約し
た各種保険契約の保険料口座振替に要した実費を原告らの月例給与から控除す
ることは,二重払いに当たらず,直販社員,外務員の給与規定の改定に基づい
て行っているもので,原告らに対する関係で就業規則の不利益変更になるとし
ても合理性のあるものとして有効であるとして,原告らの請求を争っている。
1前提事実(末尾に証拠等を掲記したところ以外は当事者間に争いがない。)
(1)原告aは,平成2年11月1日,被告に直販社員制度における研修社員
として採用され,平成3年6月1日付で,直販社員制度における営業社員
(以下「営業社員」という。)となった。その後営業社員として,首都圏第
一本部池袋支店PA営業課に所属し,自動車・火災保険などの損害保険の勧
誘,保険契約の締結,保険料の集金等に従事している。労働組合である全日
本損害保険労働組合富士火災支部(以下「全損保・富士火災支部」とい
う。)に加入している。
(2)原告bは,昭和47年1月1日,被告に外務見習社員として採用され,
外務社員となった。現在は,外務参与として首都圏第一本部銀座支店PA営
業課に勤務し,自動車・火災保険などの損害保険の勧誘,保険契約の締結,
保険料の集金等に従事している。上記労働組合である全損保・富士火災支部
に加入している。
(3)被告は,損害保険業等を目的とする株式会社である。
(4)保険を契約すると,契約者に保険料の支払義務が発生する。被告は自ら
集金専門の社員である契約保全社員(以下「保全社員」という。)を雇い,
月々の集金を行うことによって,分割払契約の保険の拡販を行ってきた。
昭和45年当時,被告は保全社員を雇用していた。
(5)昭和60年ころ,被告は,主に集金コストの削減のため,保全社員によ
る集金(以下「保全集金」という。)から口座振替による集金(以下「口振
集金」という。)への切り替えを推進し,同年12月末に口振集金への切替
率が50.1パーセントになった。口振集金とは,契約者の銀行口座から被
告の銀行口座に振替送金する方法で,口座振替手数料が発生するところ,当
該手数料は,保険契約者に割賦チャージの内から支払う形で負担させていた。
(6)平成3年,被告は,保全集金を廃止する方針を決めた。
(7)平成4年,被告は,契約者ごとのリストを作成し,各営業社員に対し,
保険料分割払契約について口振集金へ切り替えるよう求め,平成5年3月末
には切替率が80パーセントを超えた。
(8)被告は,平成8年3月末をもって,保全社員による保険料の集金(保全
集金)を廃止し,保険料分割払契約で第2回目以降の保険料の支払方法につ
いて口座振替制度を利用しない保険契約者については,原告ら取扱者が集金
する方法(以下「扱者集金」という。)となり,平成8年3月末で切替率が
89.4パーセントとなり,(適用保険契約については,被告の主張では,
平成10年1月1日以降を保険始期とする自動車保険の保険料分割払契約
(満期返戻金なし)のうち,)保険料の支払方法が口座振替の適用される契
約について割賦チャージが10パーセントから5パーセントに引き下げられ
た。
(9)平成9年5月29日,被告は労働組合に対し,直販社員及び外務員(以
下「外直社員」という。)において各種保険契約の保険料口座振替に要した
実費を負担することを前提にした給与体系に就業規則を変更する旨の提案を
したところ,全損保・富士火災支部はこれに反対したものの,平成16年4
月には上記就業規則の変更が行われ給与体系が変わり,原告らの毎月の給与
から口座振替手数料が控除されることになった。
(10)原告らは,被告による口座振替手数料の控除により別紙控除額一覧表
(1)及び(2)のとおり給与から控除を受けた。(弁論の全趣旨による)
被告は,平成18年3月から,控除額表の補助金のとおり,
イ満期時に払戻金(以下「満期金」という。)のある契約の満期金を,契
約者の口座に振り込む際に発生する手数料
ロ保険料を口座振替とした場合の初回振替手数料
について,それぞれ件数に比例する補助金の支給を行っている。
イについて,従来,満期金は,営業社員が契約者に,再契約の手続など
の際に,現金で持参をしていた。しかし,被告は,現金を扱うと事故が発
生する可能性が高いことなどから,現金持参を禁止した。
ロについて,保険料は,分割払いだけではなく,年払いであっても,口
座振替により集金できる。年払いを口座振替契約とすると,1年に1回口
座振替が行われる。12分割であれば12回の手数料が発生する。いずれ
も,初回分のみを対象として補助金を支給するというものである。
2争点及びこれに対する当事者の主張
口座振替手数料を被告が原告らの給与から控除することの有効性
【原告らの主張】
原告らの給与から控除された口座振替手数料は,別紙「口座振替手数料控
除額一覧表(1)及び(2)の控除額欄記載のとおりであり,被告による不
当利得の額は原告aが53万1355円,原告bが39万2217円となり,
各同額及び本件訴えを提起した平成18年8月10日から支払済みまで上記
各金額に対する年6パーセントの割合による金員の支払を求める。
ア二重払いの意味
被告は,昭和60年ころからそれまでの保全社員による集金をコスト削
減のために口座振替に切り替える方策を強力に推進した。口座振替に切り
替えても,被告は引き続き保険料に10パーセントを加算して割賦チャー
ジとして契約者に支払わせ,当該割賦チャージの中から口座振替手数料を
銀行に支払っていた。つまり,口座振替手数料は契約者が負担しているの
であって,被告が負担して支払っているのではない。
イ従前より外直社員に集金業務の対価が支払われていたかどうか
原告らには集金業務の対価は支払われていない。保険料集金業務はかつ
ては保全社員が行い,現在は銀行での口座振替によっているのであり,原
告ら外直社員の給与の中には保険料集金業務の対価に相当する金額は含ま
れていない。
割賦チャージの中から原告らに支払われている賃金があるとすれば,そ
れは集金業務の対価ではなく,口座振替に係る保守・管理業務に対する対
価であって,被告に返還する(控除される)べきものではない。
具体的には,外直社員の業務としては,ⅰ)口座振替申込用紙の取り付け,
ⅱ)振替申込用紙の金融機関支店名,口座番号相違,及び届出印相違,印
影不鮮明等の理由による,口座振替申込用紙の再取り付け,ⅲ)指定口座
の変更に伴う口座振替用紙の取り付け,など指定振替口座の,保守・管理
業務,ⅳ)保険料の振替がされなかった時に,契約が失効しないように,
その原因ごとの対応を行う業務,例えば,振替口座の名義人である契約者
の死亡に伴い,口座振替が停止された時には,まず,保険契約について,
契約者の除籍謄本や相続人全員の印鑑証明書,各種委任状を取り付け,相
続の手続を行い,保険契約者を変更する。その後,新たな口座振替申込用
紙の取り付けを再度行う必要がある。さらに,口座振替が停止されてから,
新たな口座による振替が再開されるまでは,相当の期間を要するので,そ
の間の保険料の扱者集金も合わせて行う必要がある。外直社員の主たる業
務は契約締結であるが,その他に上記のとおり保険料の集金業務に伴う保
守・管理業務を行っている。
昭和48年9月1日に実施された「集金制度に関する規程」第36条で,
「扱者(集金事務兼務者を除く。以下同じ)は,次の場合を除き2回後保
険料の集金業務を取り扱うことはできない。」と規定して,扱者が集金業
務をすることを特別な例外を除いて原則として禁止している。また,第3
8条で,「扱者が2回後保険料を集金した場合は別表(集金車馬費支給
表)により,集金車馬費を支給する。」と規定している。
以上から明らかなように,被告の集金制度は,集金業務は集金社員(の
ちの保全社員)が行い,扱者(外直社員)は原則として集金業務を行うこ
とを禁止され,扱者が例外的に集金業務を行った場合には別途集金車馬費
を支給するという構造になっているのである。したがって,扱者(外直社
員)に支払われる賃金の中に上記の集金車馬費を除いてあらかじめ集金業
務の対価が含まれているということはありえない。
代理店も集金業務を行っておらず,代理店の扱う分割払契約の2回目以
降の保険料集金についても,保全社員と集金代理店が集金をしていた。
原告らの給与制度は,代理店手数料に準拠していない。
ウ就業規則変更の合理性
ⅰ経済事情
被告が事業費削減を必要とした大きな要因は,平成10年に発表した
不良債権の額が310億円にものぼる巨額なもので,その額は当時の被
告の年間収益のほぼ10年間分に匹敵するものであった。不良債権の主
な要因について被告は,「本社が関西にあったから」などと述べ,真の
理由を明らかにしていない。翌年,被告は,240億円もの債権を入札
により一括売却した。これは,自らの責任で貸付を行った債権の回収を
放棄するに等しい行為であった。売却額は明らかにされていない。その
後も,不良債権の額は増加した。被告による杜撰な貸付が招いた結果で
あり,不良債権の穴は,社員の犠牲によって埋められた。しかも,現在
3年度にわたって過去最高益を計上しているにもかかわらず,犠牲とな
った社員の待遇は改善をさせないままでいる。
ⅱ代替措置
あ営業支援補助金制度
もともと,営業社員には,出社手当として,成績額によって,月額
8000円ないし1万6100円が定額支給されていた。被告は,従
来の出社手当を廃止し,営業社員について,一律8000円の支給と
した。本件の代償措置との関係はない。
い新規契約獲得奨励金制度
被告は,原告らに従前支給していた,住宅手当月額1万6500円,
家族手当月額7000円ないし9000円を廃止した。新規契約獲得
奨励金制度は,廃止した上記手当のファンドに,その一部を,被告が
期待する成果に貢献した社員にのみ,3ヶ月ごとに分配する制度であ
る。その結果,期待する成果が出せていないとして,制度廃止に見合
った代償措置を受けられない社員が多く発生している。平成17年第
3四半期の支給対象者1564名中(3ヶ月分の支給額),7万円未
満者1235名(全体比79パーセント),3万円未満者963名
(全体比62パーセント),その内1万円未満者750名(全体比4
8パーセント),その内支給ゼロ者500名(全体比32パーセン
ト),平成18年第3四半期の支給対象者1420名中(3ヶ月分の
支給額),7万円未満者1159名(全体比82パーセント),3万
円未満者919名(全体比65パーセント),その内1万円未満者5
50名(全体比39パーセント),その内支給ゼロ者302名(全体
比21パーセント)である。支給額が,従前の3ヶ月間に支給されて
いた手当額の7万円に満たない社員が全体の8割を超えている。支給
額が1万円に満たない社員が全体の5割ないし4割おり,さらに,支
給額がゼロとなった社員も全体の3割ないし2割発生している。合理
性のある代償措置とは言えない。被告は,上記ファンドに,顧客の負
担している口座振替手数料相当額を加えたとしているが,そもそも二
重取りの意識がなければ,同相当額をファンドに加える必要性はない。
被告の行為は,もともと,口座振替手数料相当額を,原告らの手数料
に含んでいたとの主張と整合性を欠く。
ⅲ変更(不利益)の程度
本件は,二重取りの問題であり,金額の多寡は関係がなく,合理性は
ない。仮に,不利益性を論じるとするのであれば,本件と平行して行わ
れた,不利益変更制度全体の問題となる。被告は,事故による保険金の
支払額によって,契約担当者の賃金削減を行う制度や,一旦支給した賃
金を後に戻し入れるという増加手当清算制度を導入した。そのため賃金
支給日に,支給額がマイナスとなり,被告に支払うという事態が全国で
発生している。
ⅳ団体交渉の経緯
原告らの所属する全損保・富士火災支部が,平成9年6月18日の第
255回団体交渉以降,一貫して本件口座振替手数料の給与からの控除
に反対してきた。また,平成10年7月以降,各組合員が,毎月被告宛
に不当に控除された振替手数料の返還を求めるハガキを出し続けている。
【被告の主張】
被告による原告らからの口座振替手数料の各控除は有効かつ合理的なもの
であり,原告らの請求をいずれも争う。
ア二重払いの意味
外直社員については,集金業務が行われることを前提として,給与の算
定が行われている。ところが,契約者が保険料の支払に際し口座振替を利
用した場合,集金作業を行っているのは金融機関であって,外直社員は集
金業務を行っていない。この場合,被告が,一方において金融機関に対し
て口座振替手数料を支払い(ただし,口座振替手数料は保険料に含まれて
いるので実質的な負担者は契約者であるとも言える。),他方において,
外直社員について,集金業務を行うことを前提とした給与算定を行うこと
は,まさに集金業務についての費用が「二重払い」されていることに他な
らないのである。
イ従前より外直社員に集金業務の対価が支払われていたかどうか
外直社員の給与が集金業務を行うことを前提に算出されている。
外直社員が集金業務を行ってきたのは歴史的事実である。外直社員の給
与制度は基本的には代理店の手数料に準拠して設計されているところ,代
理店の手数料自体が募集業務と集金業務を前提としているのであるから,
当然,外直社員の給与規程も募集業務と集金業務を行うことを前提として
いる。
被告の人的手段による集金業務の体系においては,保険料の集金は,原
則として集金社員等(集金社員(後の保全社員)及び集金特別社員)が行
うこととされていたが,集金社員等の担当区域だけでは日本全国をカバー
できないこと,契約者が早朝・夜間以外は常時不在で集金社員等による集
金が困難な場合があることなど種々の事情により,扱者(外直社員)によ
る集金も認められていた(集金制度に関する規程第36条)。扱者が2回
目以降の保険料を集金した場合には,集金業務の対価である給与の外に集
金車馬費が支給されることになっていたが(同規程38条),現在では集
金車馬費の支給は一部の契約を除いて廃止されている。
その後,平成3年ころより,被告では,集金社員等による集金を廃止す
る方向性が示され,平成6年からは段階的に廃止され,平成8年3月には
集金社員等による集金は全て廃止された。
現在では,口座振替を利用した集金が広く行われるようになり,人的手
段による集金としては,扱者(外直社員)による集金と,代理店による集
金が行われている。
ウ就業規則変更の合理性
ⅰ経済事情
被告の現状である直販社員制度という販売チャネルの維持の重要性,
事業費率における高コスト体質,被告における事業費削減努力(170
億円削減プランの実施,代理店に対する実施など),事業費削減後の事
業費率,口座振替実費等に要する額に被告と取り巻く経済環境からする
と,変更の必要性があり,被告の経営改善方策の一つとして外直社員の
給与体系の変更(二重払いの防止と代理店手数料に準じた取り扱い)は
避けられないものであった。
ⅱ代替措置
あ営業支援補助金制度
この制度は,「コーポレートビジョンの実現のため,外直社員が会
社の定めに従い出社し,情報収集に努め,教育・トレーニングを受け,
主体的かつ継続的にプロフェッショナルアドバイザーとしての知識・
スキル等を高めていくことを目指し,出社費用を含めた営業関連費用
に関して経済的支援を行うことを目的」とした制度である。
支給対象者は,外務員(外務社員,外務参与),直販社員(営業社
員,営業嘱託,準嘱託)である。
支給額は,外務社員,営業社員には月額8000円,外務参与,営
業嘱託には月額7000円,準嘱託には月額5000円となっている。
い新規契約獲得奨励金制度
新規契約獲得奨励金は,無責給の廃止及びその他被告負担金等の削
減等による削減見込額に一定割合を乗じた額をファンドとして,被告
が期待する成果に貢献した社員に対して公平に奨励金を支給する制度
である。概要は次のとおりである。
(ⅰ)対象者外直社員全員
(ⅱ)実施期間平成16年4月1日から平成18年3月31日
なお,平成18年度以降は支給の有無を含めて労使協議を行うこ
ととされたが,富士労組の春闘要求もあり,内容について若干の変
更はあるものの,平成19年度までの実施が決定している。
(ⅲ)支給対象契約
期間中に獲得した一般種目新規契約(自賠責保険を除く)と重点
商品新規契約
(ⅳ)奨励金ファンド一人当たりの年間支給額×在籍者数
一人当たりの年間支給額は平成16年度は21万8536円,平
成17年度は15万9424円
ⅲ変更(不利益)の程度
原告ら主張の控除額欄記載の金額と控除していない給与額とを比較し
ても,その割合は,別紙のとおり,原告bにおいて多くて2パーセント
台,同aにおいて多くて5パーセント台である。
外直社員の給与から減額した口座振替手数料相当額は,集金業務に対
応する給与額を大幅に下回るものであり,外直社員が集金業務を行って
いないことに対する給与減額の金額を,少なくとも金融機関が口座振替
に要する実費(すなわち概ね口座振替手数料相当額)と評価して制度設
計を行うのが不当でないことは明らかである。
代理店の手数料率は原則として代理店が集金業務を行うことを前提に
決定されており,集金業務を行わない場合には,手数料率の引き下げや
口座振替手数料実費(口振実費)の負担などにより調整が行われる。
直販社員が集金業務を行わない場合には,代理店の場合と同様,換算
係数を引き下げたり,口振実費相当額を減額して給与計算を行うなどの
調整が必要となる。本件で問題となっている口座実費相当額の給与から
の減額は,まさにこのような集金業務を行わない直販社員に対する給与
規程の定め方に関するものに他ならない。
外務員の給与計算方法の考え方も,基本的には直販社員の場合と同様
である。外務員の給与体系は年間成績額をベースに算定するが,契約獲
得年度に歩合給として支給する分と契約獲得の翌年度の月例給与ないし
臨時給与で支給する分とを合算して,直販社員に支給する給与と同水準
になるようそれぞれの支給割合を算定している。外務員においても,直
販社員の場合と同様,代理店の手数料率を基準として給与計算が行われ
ており,この代理店の手数料率に集金業務の対価が含まれている以上,
外務員の給与額にも,集金業務の対価が含まれることになるのである。
ⅳ団体交渉の経緯
被告には,多数組合の富士火災海上保険労働組合(以下「富士労組」
という。)と少数組合の全日本損害保険労働組合富士火災支部(以下
「富士支部」という。)との2つの労働組合が存する。富士労組と富士
支部の組合別人員数は,外直社員の圧倒的多数が富士労組に加入してお
り,外直社員の利益を代表しているといえる。
外直社員に口座振替等の実費相当額を負担させることを前提とした給
与体系に就業規則を変更する(以下「本件就業規則の変更」という。)
という,被告から富士労組に対する提案は,平成9年5月29日(第1
回提案)と平成15年3月7日(第2回提案)とに行われ,外直専門委
員会と経営協議会の中で協議がなされている。その結果,富士労組との
間では本件就業規則の変更について合意に至っている。
被告は,富士支部との間でも上記第1回提案及び第2回提案を上記と
同時期に行い,誠実に交渉を尽くしてきた。
第3当裁判所の判断
1証拠等によって認定できる事実
前提事実に証拠(甲10,11,乙28,29,証人c,同d,原告aの各
尋問結果のほかには各文の末尾に掲記したもの。)及び弁論の全趣旨を総合す
ると以下の事実を認定することができる。
(1)被告における保険取扱制度
被告の保険業務の取り扱いにおいては,顧客の自宅や勤務先へ出向くなど
して損害保険の勧誘をする保険募集業務と契約の締結や保険料の領収等を業
務とする集金業務がある。
以前の被告における業務に対応した区分としては,上記後者の業務は契約
保全係制度として,社員系統の契約保全社員(それ以前には集金社員と呼ば
れていた),代理店系統の集金代理店を設けて,当該社員を雇用したり,代
理店に委託して集金業務を行うこととしていた。(甲3,乙26)
そして,以前には,集金業務とは別に保険募集業務に専念する者として,
外勤の営業専門職の社員である外務員と直販社員(両者を併せて外直社員)
を被告は雇用し,今日ではこれらの者をプロフェッショナルアドバイザーす
なわちPA社員と称している。
被告における外勤の営業専門職の社員は勤務形態及び給与体系の違いによ
って外務員と直販社員とに分かれている。
被告の商品である各種保険の販売チャネルとしては,上記集金業務に対応
するものとして,直販社員制度のほかに保険募集代理店へ業務委託して販売
している。
被告における制度・区分上は上記のような募集業務と集金業務に分けた制
度・職種を設けていたが,集金業務については,保全社員のみでまかなうこ
とは顧客との関係上難しく,契約時の年間保険料一括払いとか分割払保険料
の契約時における第1回分などのほかに,実際には募集に当たった外直社員
なり代理店が扱者集金等として行っている件数もあった。(乙26,証人c
2ないし5頁,証人d20,21頁)
(2)従前の外直社員の給与に関する労働条件(給与体系)
直販社員の給与体系は,固定給と出来高給からなっており,出来高給部分
は獲得保険料に保険の種類ごとに一定の換算率を乗じて算出した金額の合計
が月例給与として支給されることになっていて,標準的には年間換算成績額
の27パーセントが支払われるよう設定されてきている。年間換算成績額と
は,各種保険種目毎の保険料に予め保険種目毎等に決められた換算係数を乗
じることによって算出された額の総合計額を指す。保険料分割払契約では,
1年間に領収する予定の保険料合計額に換算係数を乗じ,年間換算成績額を
算出している。
外務員の給与体系は,年間成績額(1年間に領収する,または領収する予
定の保険料合計額をいう。)をベースに算定するが,契約獲得年度に歩合給
として支給する分と契約獲得の翌年度の月例給与ないし臨時給与で支給する
分とを合算して,直販社員に支給する給与と同水準となるよう,それぞれの
支給割合を算定している。
(3)外直社員の給与に対する条件変更の経緯
昭和40年代に口座振替制度が金融機関において開発され,安価でかつ集
金事故の懸念のない集金方法として急速に社会的に普及した。
被告においては,集金コスト削減のため,昭和60年ころ,顧客先に出向
いて分割払の保険料を集金する保全集金から口振集金への切替を進行中であ
った。口振集金とは,当時,保険料分割払契約で2回目以降に支払われる保
険料を契約者の銀行預金口座から被告へ自動的に支払われる方法であり,口
座振替手数料が発生し,当該手数料は割賦チャージの内から支払われる形で
顧客である契約者に負担させていた。
損害保険契約の多くは保険期間が1年間であり,保険料の領収方法は保険
期間の1年間分の保険料(年間保険料)を契約締結時に一括して領収するこ
とが基本となるが,これを複数回に分割して領収する場合には特約を付帯し
て保険契約を締結する。割賦チャージとは,年間保険料を一括で領収せず複
数回に分割して領収するため,年間保険料を一括して領収する場合にはかか
ることのない保険料集金等の付加経費がかかるため,その分を算出して年間
保険料に上乗せする保険料である。当時の保険料分割払契約の1ヶ月の保険
料は,口振集金かそれ以外の集金方法によるかにかかわらず,集金等に付加
経費がかかるため,年間保険料にその10パーセントを加算した額を12等
分して算出していた。
被告においては,上記のような集金コスト削減の一環として契約保全社員
制度を平成3年に廃止する方針を決め,平成8年3月末をもって契約保全社
員による保険料の集金を廃止した。そのため,保険料分割払契約で第2回目
以降の保険料の支払方法について口座振替制度を利用しない保険契約者につ
いては,外直社員あるいは保険代理店による扱者集金となっていた。
損害保険業界における保険を販売する販売組織としては,代理店と社員販
売があるところ,平成9年当時,被告における外直社員の人員は社員販売組
織を有する旧大東京,旧日動といった保険会社と比べても格段に多く,販売
組織全体に占める外直社員の収入保険料のシェアも高かった。
他方,損害保険会社の収益構造は,損害保険会社の収入を構成する営業保
険料から支出を構成する各額(保険金・付帯費用,事業費,満期払戻金・契
約配当金・解約払戻金)を差し引いた額の総計(差益,差損)で考えられて
いる。事業費とは損害保険会社の保険引受上の経費で,営業費及び一般管理
費及び諸手数料及び集金費を指しており,この事業費には内勤社員や外直社
員の給与,代理店手数料,物件費等も含まれている。
保険料の自由化後には,損害保険会社でシェア争いの価格競争に勝ち抜く
ために,経費を低く抑えて収益構造を良くする努力を各保険会社とも展開し
ていた。
被告においては,正味収入保険料に占める事業費の割合を指す事業費率が
他社に比べて高い高コスト体質にあり,被告の事業費に占める経費率で外直
社員の方から代理店よりも劣る状況にあった。
被告は,平成9年度から,事業費率の改善を図るために,170億円削減
プラン等を実施し,経費削減の様々な努力をする中,損害保険業界の再編の
動きにより業界内での競争力を付けるためにさらなる努力が必要と判断し,
外直社員を多く抱える被告では事業費がかさむことから当該社員の給与体系
の見直しを急務と考えた。
(4)組合との交渉及び就業規則(給与規程)の変更
被告は,平成4年ころ,多数組合である富士労組に対して自動車保険の外
直社員の給与の支給率,理論支給率の改定要求が同組合からあった際に口座
振替実費を外直社員の負担とするこをを提案したが同意を得るに至らなかっ
た。
その後,被告は,平成9年5月29日,富士労組に対して,外直社員に口
座振替等の実費相当額を負担させることを前提とした給与体系に就業規則を
変更するという第1回提案を,平成15年3月7日には第2回提案をしてい
る。
第1回提案は,ア.一般種目の保険契約の初回保険料及び積立保険の初回
保険料の口座振替に要した実費,イ.クレジットカードによる保険料支払に
要した実費,ウ.2回目以降の保険料の口座振替に要した実費を,第2回提
案は,割賦チャージ10パーセントの保険料分割払契約で2回目以降の保険
料の支払について口座振替を利用している保険契約についての実費を外直社
員に負担させることを前提とした給与体系に就業規則を変更するという内容
であった。
被告と富士労組は経営協議会及び外直専門委員会による会合を重ねた末,
それぞれの提案について一定の合意に達している。
他方,被告は,上記2つの提案について,富士支部へも同時期に申し入れ
をし,団体交渉を重ねたが,いずれも合意に達することなく終わっている。
(5)被告による外直社員の給与規程の変更内容
ア被告は,平成10年1月以降,下記の保険につき,割賦チャージ5パー
セントの保険料分割払契約(口座振替によって第2回目以降の保険料を領
収する保険契約)については,外直社員に口座振替の実費相当額を負担さ
せることを前提とした給与体系とし,これを下記の時期からそれぞれ適用
した。
ⅰ平成10年1月から自動車保険(満期返戻金なし)
ⅱ同年5月から自動車保険(満期返戻金あり),自動車保険(保険料の
4回分割払契約,保険料の6回分割払契約)
ⅲ同年10月から火災保険保険料分割払契約(12分割)
ⅳ平成11年5月から月掛生活総合保p険
ⅴ同年6月から総合自家用自動車保険
ⅵ同年10月から新積立生活総合保険
ⅶ平成14年6月から家庭用火災総合保険
ⅷ同年11月から家庭用総合自動車保険
イ被告は,平成10年1月1日以降を保険始期とする一般種目の保険契約
及び同年2月1日以降を保険始期とする積立保険契約に関し,保険契約の
初回の保険料を口座振替で領収する保険契約につき,外直社員に口座振替
の実費相当額を負担させることを前提とした給与体系とし,これを適用し
た。
ウ被告は,平成9年7月からクレジットカード特約付保険契約を初めて売
り出し,販売後,外直社員にクレジットカードによる保険料領収に要した
取扱手数料等の相当額を負担させることを前提とした給与体系とし,これ
を適用した。
エ被告は,平成13年3月を保険始期とする口座振込型満期払戻金付保険
契約につき,外直社員に振込手数料相当額を負担させることを前提とした
給与体系を適用した。
オ被告は,平成16年4月から,保険料分割払契約で口座振替により保険
料を領収する上記ⅰないしⅷ以外の保険契約の口座振替にかかる実費相当
額を外直社員に負担させることを前提とした給与体系とし,これを適用し
た。
(6)上記(5)の給与規程が全て適用された結果,原告aは別紙「a口座
振替手数料控除額一覧表(1)」のとおりの,原告bは別紙「b口座振
替手数料控除額一覧表(2)」のとおりの各控除額欄記載の金額が各人の
控除年月日に対応する給与から被告により控除されている。
2争点(1)(口座振替手数料を給与から控除することの有効性)について
(1)まず,原告らは被告が口座振込手数料相当分は顧客である保険契約者の
割賦チャージ分から予め徴収しておきながら,さらに外直社員である原告ら
の給与から同額分を控除するのは二重取りであるとし,被告は,外直社員に
は割賦チャージ分の保険料も含めた金額を基準とした年間換算成績額に保険
の種類毎に一定の換算率を乗じて給与を算定しており,当該換算率には外直
社員が集金業務を行ったことを前提にした換算率を含んでいるにもかかわら
ず,実際には口座振替による分割払契約の保険の場合には当該社員は集金業
務を行っていないのだから,被告の外直社員に対する給与体系を改めて,分
割払契約の口振集金の口座振替手数料相当分を給与から控除することには合
理性があり被告による二重取りには当たらないという。
ところで,前記認定事実(2)及び弁論の全趣旨によると,従前の取扱と
して,被告が外直社員の給与という労働条件について,顧客である契約者か
ら獲得した保険料に各保険の種類毎に一定の換算率を乗じて支給金額を取り
決めていること,保険料の支払方法を問わず単純に各保険料に上記保険の種
類に応じた一定の換算率を乗じた金額が外直社員の給与支給額となる契約内
容となっていることが認められ,そのようにして被告は平成9年以前には外
直社員である原告らに口座振込手数料相当額を控除することなく給与を支給
してきたことは当事者間に争いのないところである。
そうであるとすると,事後になって被告から外直社員の給与に変更の必要
があるとして集金業務相当分の支払給与を調整するために,平成9年以降の
時点で将来に向かって,上記従前と同様の換算率により計算されて決定され
た月例給与から一定額を減額するとしても,これを新たに口座振替実費相当
分として従前の給与額から控除すること自体が問題とされなければならない。
当事者の主張におけるアの二重払いかどうかとか,その理論的前提となる
イの従前の給与に集金業務の対価が含まれていたかどうかという点は,被告
が上記のように従前の取扱を改めて外直社員の給与から口座振込手数料相当
分を控除することが,その理由付けとして従前の労働契約内容となっている
給与支給条件との関係で根拠のあるものかどうかという説得力の問題あるい
はウの就業規則の不利益変更の判断における合理性の判断要素として考慮さ
れるにすぎない。証拠等から窺われるところでは,被告における外直社員の
給与規程上,上記換算率に外直社員による集金業務の対価を含むと明記して
いるわけでもなく,結局のところ従前の支給率自体は維持したまま,これま
での支給額を減額する理論上の根拠を模索しているにすぎないものというべ
きである。
(2)むしろ,ここでまず検討すべきは,原告らが主張するところの給与の全
額払いの原則に照らして被告の取り扱いに問題がないかどうかである。
末尾記載証拠ないし弁論の全趣旨によると,以下の事実が認定できる。
ア被告は,平成10年1月1日以降,自動車保険,火災保険料分割特約
(12分割),生活総合保険の積立型基本特約付帯契約および月掛12回
払特約付帯契約,総合自家用自動車保険,家庭用総合自動車保険,一般種
目における初回保険料の口座振替に関する特約付帯契約,積立保険におけ
る初回保険料の口座振替に関する特約付帯契約,クレジットカードによる
保険料支払いに関する特約付帯契約,月掛住宅・店舗総合保険および月掛
団地保険,月掛住宅火災保険および月掛火災保険といった具合に平成14
年11月27日実施にかかるものまで,いずれも口座振替の実費を外直社
員の給与から控除するものとした給与規程の改定をしている。(乙21な
いし24一各枝番号を含む。)
イそうして,被告は,多数組合である富士労組の同意を得て平成10年1
月1日以降上記規程改定に従った外直社員の給与からの控除を実施してい
る。
ウその後,被告は,上記富士労組の同意のもと,個別各保険ごとに実施し
てきた上記取り扱いを次のように一般化している。(甲1,2,乙25の
1,2)
すなわち,被告における「各種保険契約の保険料口座振替に要した実費
の外務員給与等に関する規程」(平成16年4月1日実施)及び「各種保
険契約の保険料口座振替に要した実費の直販社員給与等に関する規程」
(平成16年4月1日実施)によれば次のとおり規定されている。
(口座振替実費控除)
第1条各種保険契約(医療保険を除く。)の保険料口座振替に要した実
費は,払込方法を問わず,初回保険料(異動・訂正における追加保険料
を含む。),2回後保険料とも当該契約の給与等に関する規程の取り扱
いに関わらず,月例給与から控除する。
(実費の範囲)
第2条控除する実費は次のとおりとする。
1.口座振替手数料
2.振替済ハガキ切手代
3.再請求ハガキ切手代
4.口座振替不能分手数料
エなお,被告には多数派組合である富士労組と少数派組合である富士支部
があるところ,多数派組合は上記いずれも過去の時点から現在に至るまで
少なくとも従業員の9割以上を組織している。
(3)以上の事実からすると,前記認定事実(2)のように,被告は従来は外
直社員に各種保険の口座振替手数料実費相当額分を控除せずに一定の換算率
を乗じたものを合算して支払っていたところ,平成10年以降は順次各保険
ごとに当該実費相当分を月例給与から控除している。そして,平成16年4
月1日からは各種取り扱い保険全部に同様の取り扱いをしている。
ところで,労働基準法24条によれば,賃金は,その全額を支払わなけれ
ばならないとし,ただし,法令に別段の定めがある場合または事業場の労働
者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合との書面による協
定がある場合においては,賃金の一部を控除して支払うことができるとされ
ている。上記認定事実からすると,被告の各種保険に関する口座振替手数料
実費相当分の控除は上記ただし書きの後段である労働組合との協定がある場
合に相当するものと思われる。
しかし,労働基準法24条ただし書き後段の効力は,使用者において同条
の全額払いの原則に違反する賃金の支払いがあった場合の刑事罰の免罰とし
ての効力は認められても,多数派組合のほかに少数派組合が併存し,当該少
数組合がこれに同意しておらず,かつ,その組合員が個別にも上記控除の取
り扱いに同意していない場合においては,彼らに対してその効力を及ぼすこ
とはできないものというべきである。
本件においても,原告らは富士支部の組合員で,同組合が上記被告の取り
扱いに同意しておらず,原告らが個別に同意してもいないことは明らかであ
り,被告が原告らに対する関係で各種保険料の口座振替手数料実費相当分を
同人らの給与から控除した行為は,強行法規である労働基準法24条に違反
するもので無効といわざるを得ない。
そして,前記認定事実(6)によれば,このような無効な控除によって原
告らの給与から法律上の原因なく被告が利得した金額は分割払契約による保
険料の2回目以降の支払分をはじめとする他の保険料の口座振替による支払
分も含めて各人の別紙「口座振替手数料控除額一覧表」(1)(2)のと
おりであると認められる。
3これに対し,被告は,本件控除は,原告ら外直社員の給与という労働条件に
関する就業規則の不利益変更の問題であるという。その意味するところは,給
与支払金額を算出する方法を変更したものという主張であると善解できる。
確かに,控除の対象が外直社員が獲得した保険契約に関するものであること
からすると労働に関係するものとみることができ,従前の出来高による一定の
換算率により計算した金額から,顧客である契約者の口座振込があったものに
ついて,振込手数料金額相当分を原告ら外直社員の上記換算金額から差し引い
て算出するという計算方法の変更と見る余地もある。
ところで,控除の対象に着目した場合,通常,控除とされるものには,チェ
ックオフ(組合費)とか税金・社会保険料等が典型的であり,労働の対価とは
関係のない別物ということになり,給与計算方法に関するものであるとすると,
労働の対価に関するものとして,例えば遅刻早退・欠勤による控除といった労
働時間であるとか出勤日数等に関連するものであるのが一般的である。本件の
口座振替手数料は,給与支給対象者である外直社員の労働の対価そのものでは
なく,当該社員が顧客から獲得した保険契約の振込手数料であり,しかも,そ
れは顧客が負担しているものである。給与の支給実態に着目した場合,給与計
算として成り立つ余地として考えてみると,保険募集業務による獲得した保険
料から算定される出来高給と当該給与支給にかかる保険料自体の口座振込手数
料が支給と控除の時期について異なる場合が多いものである。すなわち,獲得
保険料による出来高支給と当該獲得保険料の口座振替手数料の実費の発生とは
常に同一時期になるものではなく,とりわけ分割払契約の保険料の場合には,
事後に月々に発生する実費ということになり,それらを計上時期の異なる月例
給与からマイナス計算するというのであるから,支給出来高と計算対象の実費
とが支給月あるいはこれと近接した時期に相互に関連していないことになる。
結局のところ,原告らの給与は,前記認定事実(2)のとおり各種保険ごと
に従前から取り決められた換算率により算定された金額が出来高給として支給
されることになっており,そこに外直社員の集金業務相当分が含まれるかどう
かはともかくとして,被告が主張する外直社員の給与支給の取り扱いの変更に
よっても当該換算率に変更がなく月例給与としては従前どおりであること,前
記に認定したように,被告の規程の文言上,「月例給与から控除する」とあり,
しかもその控除するものが「実費」とされていること,給与の計算方法として
は,観念的には換算率を調整するなり,当該率を乗じる対象金額から実費分相
当額を除いて計算することが可能であるはずのところを敢えて月例給与そのも
のとは別に取り扱っていること,給与であれば,事前に支給を受ける段階で原
告ら外直社員が金額的に予知特定できるものでなければならないものと考えら
れるところ,契約者の口座振込という不確実な要因により当該金額の有無,多
寡が左右される性質のものであることからすると計算方法として一義的なもの
ともいえないこと,外直社員の保険募集業務という労働の結果からいずれも生
じてくる費用であるとしても,顧客の保険料支払方法にかかわる費用であり,
募集に当たった外直社員が必然的に負担すべきものではないものであることな
どからすると,当該費用が労働に関係して生じているものとみる必要はなく,
上記のように給与から控除されるものの性質及び給与計算として成り立つ余地
のいずれの観点からみても,これを単なる給与計算方法の変更と見ることはで
きないものといわなければならない。
また,上記のような被告の規程を実費の清算と見る余地があるかどうかにつ
いても検討してみるに,口座振込手数料は,保険契約者負担で割賦チャージの
中に含まれており,当該割賦チャージを含んだ保険料に一定の換算率を乗じて
出来高給を支給していることからすると,当該出来高給の中に実費である口座
振込手数料の一部が含まれていることになる。しかし,給与(上記出来高)に
含まれている口座振込手数料は換算率を掛けている関係で全額ではない。とこ
ろが,被告が外直社員の給与から控除している金額は,口座振込手数料と同一
額である。このことからすると,実費を清算していることにはならない。
さらに,証拠(甲7)によれば,原告らを含む富士支部の外直社員が被告に
控除された口座振替手数料の内訳を示すよう要求しているにもかかわらず被告
においてその内訳が開示されていないことからしても,実費の清算としてもそ
の明細が明らかではなく,実態としても,原告ら外直社員が支出した費用の実
費を被告が弁償するものとは上記から明らかなように性質を異にしており,清
算の実質を有するものと見ることも相当とは思われない。
それゆえ,被告が主張する就業規則の不利益変更の問題さらにはその判断の
一要素として外直社員である従前の原告らの給与に集金業務の対価が含まれて
いたかどうかという問題について逐次検討判断するまでもなく,被告における
外直社員である原告らに対する月例給与から口座振替手数料等実費を控除する
ことは許されないものというべきである。
したがって,原告らの被告に対する本件不当利得返還請求には理由があるこ
とになり,同人らの債権は,期限の定めのない債務であるから履行の催告のあ
った訴状送達日の翌日である平成18年8月25日から遅滞になるものと考え
られ,しかも商行為によって生じたものではないので,民事法定利率による年
5パーセントの遅延損害金が発生するものというべきである。
4以上によれば,原告らの被告に対する請求には上記に認定判断した範囲内で
いずれも理由があるので認容し,その余は理由がないので棄却することとして,
主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部
福島政幸裁判官

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