弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人近藤新の上告理由について。
 論旨は、原判決が候補者たる上告人の得票と認めない投票一票および候補者財前
金利の得票と認めた投票六票につき、その効力の判断を誤つたものと主張する。
 おもうに、投票を有効と認定できるのは、投票の記載自体から選挙人が候補者の
何びとに投票したのかその意思を明認できる場合でなければならない。公職選挙法
六七条が、同法六八条(無効投票)の規定に反しないかぎりにおいて、その投票し
た選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない
旨を規定するのも、右の趣旨を明示したものにほかならない。もつとも、選挙人の
投票意思の認定にあたつては、その選挙における諸般の事情を考慮して判断するこ
とが許されないものではなく、また、投票の記載についても、ある程度の記載文字
の拙劣、誤字、脱字等が存在しても、その故をもつて、ただちに投票意思の明認を
妨げるものとはいえない。しかし、投票の記載によつては投票意思を明確にしがた
いものを、その記載と特定の候補者の氏名との若干の類似性を手がかりとして、選
挙人はつねに候補者中の何びとかに投票するものという推測のもとに、これを右特
定の候補者の得票と解するような判定の仕方はにわかに容認しがたい。
 これを本件についてみるに、原判決が候補者財前金利の得票と認めた「だいぜん
まさかつ」と記載された投票(甲第一号証)は、その「だいぜん」なる記載が財前
候補の氏を誤記したものとする原判示を首肯しうるとしても、その名にあたる「ま
さかつ」なる記載は、同候補の名の金利とは文字のうえからも、音感のうえからも、
全く類似性を欠き、しかも右記載が同候補の通称、雅号、旧名その他同候補になん
らかの関係ある称呼であることの証明も存しない以上、到底これを同候補の名の誤
記とは解しがたい。従つて、右投票の記載自体からでは、選挙人が財前候補に投票
する意思を明確に表現しているものとは認められず、たとえ本件選挙当時選挙地域
内に右記載の氏名に該当する者が実在しなかつたとしても、右の判断を動かすに足
りない。
 また、原判決がその記載を「さいせかと子し」と解読して財前候補の得票とした
投票(甲第二号証)は、原判決によれば、その記載を逆文字、横文字、字画の脱落、
あて字等と推測して辛じて上記のように判読したものであるが、右投票の記載はほ
とんど文字としての体をなさず、その記載をそのように解明し、かつ、認定しうる
ものとは考えられない。それは、ひつきよう、不明の文字を連ねたものにほかなら
ず、到底財前候補に対する投票意思の表現とは解しがたい。
 さらに、原判決が「ざい」と記載されたものとして、財前候補の得票とした投票
(甲第三号証)および「ダイ」と記載されたものを「ザイ」の誤記として同じく財
前候補の得票とした投票(甲第四号証)についてみるに、前者の投票の記載の第二
字は不明の文字であつて、到底原判示のように「い」の字を記載したものとは認め
がたく、また、後者の投票の記載が「ザイ」の誤記としても、このような記載をも
つて、財前候補に対する投票意思が明らかに表現されたものとは認めがたい。従つ
て、右二票は、いずれも財前候補に対する選挙人の投票意思を明認しがたいものと
いわざるをえない。
 つぎに、「大提金利」と記載され、その投票用紙の候補者氏名の欄外に「Y」に
類似する筆痕ある投票(甲第五号証)については、右筆痕を意識的な記載と認めず、
他事記載にあたらないとした原判示は相当であり、また、その氏名の記載において、
名の部分は財前候補のそれと完全に一致し、氏の部分においても、「大」と「財」
との音感上の類似、「提のつくりの「是」の通音が「ぜ」であることにかんがみれ
ば、これを財前の誤記と推認する根拠なしとしない。従つて、その記載の氏名全体
からみれば、選挙人は財前候補を選挙しようとする意思をもつて右表現をしたもの
と解するに十分である旨を判示した原判決の判断は、前叙「だいせんまさかつ」と
記載された投票の場合と異なり、首肯できないものではない。これを無効投票とす
る論旨は理由がなく、その引用の当裁判所の裁判例も適切ではない。また、「財前
金利」と記載された投票で用紙が縦に切断されて二分したもの(甲第六号証)を、
選挙人自ら切断廃棄したものと認めず、財前候補の得票と認めた原判決の判断は相
当であつて、これを非難する論旨は採用できない。
 なお、上告人が自己の得票と主張する「サカイm」なる投票は存在しない旨およ
び「ササミm」と記載きれた投票(甲第八号証)は存在するも、右投票の記載をも
つて上告人を志向したものとは到底解しがたい旨を判示した原判決の判断は相当で
あつて、これを非難する論旨は、いずれも採用しがたい。
 以上当裁判所の判断によれば、原判決が財前候補に対する投票として有効と認め
たもののうち、同候補の得票と認めがたいもの四票(甲第一号証ないし第四号証)
存在し、従つて同候補の得票は七二七票、上告人の得票は七三〇票となり、財前候
補の当選の効力に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件上告は理由があり、
原判決は破棄を免れない。しがし、本件選挙においては、なお別にその効力の争わ
れるべき投票がないことを保しがたいので、本件は、これを原裁判所に差し戻し、
さらに審理を尽くさせるのが相当である。
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    松   本   正   雄

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