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平成29年(う)第128号強盗致傷(認定罪名恐喝未遂,傷害)被告事件
平成29年9月19日福岡高等裁判所第1刑事部判決
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1本件事案の概要
1公訴事実の概要等
本件の訴因変更後の公訴事実の要旨は,次のとおりである。被告人は,共犯者で
あるA,B,C,Dの4名とともに(以下これら5名を「被告人ら」という),被害
者に暴行を加えて,被害者にCのEに対する借入元本額96万円の借金全額を代
わって支払わせることにより,Cに債務を免れさせようと考えた。そこで,被告人
らは,共謀の上,平成28年6月17日午後10時頃から同月18日午前零時頃ま
での間,福岡県豊前市大字宇島369番地から北方約80メートルの宇島漁港敷地
内において,被害者に対し,こもごも,その顔面を手拳で多数回殴打し,その頭部,
両腕等を木刀様のものなどで多数回殴打し,被告人が,折れた木刀の先端を被害者
の右大腿部等に突き刺した。また,被告人らは,その際,被害者に対し,こもごも,
「お前も金もらっとるやないか。お前が返さんか」「金は全部お前が払え」「お前が
全部ケツ拭け。お前がケツ拭かな,この話は終わらんぞ」などと言って,その反抗
を抑圧し,被害者にCの借金全額を支払わせることによりCに債務を免れさせよう
としたが,被害者が警察に申告したため,その目的を遂げなかった。そして,被告
人らの前記暴行の結果,被害者は,加療約6週間を要し,左手の握力低下及び左手
首の可動域制限の後遺障害を伴う,左尺骨茎状突起剥離骨折等の傷害を負った,と
いうものである。
2原審における争点と証拠調べの内容
本件は,公判前整理手続に付され,打合せが6回行われ,その間に争点と証拠の
整理について協議がされた。本件の争点との関連で,その経緯をみると,原裁判所
は,前記公訴事実を前提にしても,被告人らの被害者に対する暴行,脅迫と債務免
脱との間には時間的,場所的間隔があるから,暴行,脅迫が強度であったとしても,
畏怖させて仕方なく債務免脱行為をさせようとしたにすぎないと評価される可能性
があり,その場合には,強盗致傷罪ではなく,恐喝未遂罪と傷害罪が成立するとし
て,原審検察官及び原審弁護人に検討を求めた。これに対し,原審検察官は,被告
人らの激しい暴行や強烈な脅迫に加えて,その当時の状況に照らすと,一般人を基
準にみて,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行,脅迫であったことは明ら
かであり,原裁判所が指摘する時間的,場所的間隔の観点は,暴行,脅迫について
の評価に影響するものではないと主張した。他方で,原審弁護人は,犯行を全体と
してみれば,被告人らは,被害者を怖がらせ仕方なく金員を支払わせて,Cに債務
を免れさせようとしたもので,恐喝未遂罪と傷害罪が成立するにとどまると主張し
た。このような経緯を受けて,第1回公判前整理手続期日において,争点は,被告
人らによる暴行,脅迫が,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものと評価でき
るかどうかであることが確認された。
原審公判においては,被害者や共犯者4名等の各証人尋問は,検察官が請求しな
かったため行われず,それら関係者の各供述調書抄本のみが取り調べられ,被告人
質問が行われている。
3原判決の要旨
原判決は,被告人らの被害者に対する暴行,脅迫について,ほぼ前記公訴事実ど
おりの事実を認定しながら,被告人らによる暴行,脅迫は,それら暴行,脅迫の態
様や程度,被告人側の人数,犯行時間,場所等を前提にすれば,後日被害者が金員
を支払うところまで反抗を抑圧されたままになってしまうといえるほどの強いもの
ではなく,警察に助けを求める選択の余地がないほど激しいものだったとも認めら
れないとして,強盗致傷罪の成立を否定し,恐喝未遂罪と傷害罪が成立するとした。
4控訴の趣意
本件控訴の趣意は,検察官高橋久志作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これ
に対する答弁は,弁護人柏木慎太郎作成の答弁書記載のとおりであるから,これら
を引用する。
検察官の論旨は,要するに,被告人らによる暴行,脅迫は,解放された後の被害
者にも著しい心理的影響を及ぼし,後日被害者が金員を支払うところまで反抗を抑
圧されたままになってしまうほどの強いものであったことは明らかであるから,被
告人らによる暴行,脅迫がその程度までには至っていなかったと認定した原判決に
は,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
第2検討
記録を調査して検討すると,原判決挙示の関係各証拠から,被告人らによる暴行,
脅迫が被害者の反抗を抑圧する程度には至っていないと認定した原判決は,結論に
おいて正当であり,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はない。
その理由は以下のとおりである。
1関係証拠によれば,次のとおりの事実を認めることができる。
(1)Cが被害者の紹介によりEから借金した経緯
Cは,兄Bの後輩であるAに負っていた借金三十数万円を返済しなければならな
かったところ,平成28年2月頃,さらにAに対し,金員を貸し付けてくれる者の
紹介を頼み,Aが相談した被害者から30万円くらいの紹介料を要求されたが,そ
れを了解し,被害者と親しいEから金員を借り受けることになった。Cは,同月2
6日,Eから,翌月の3月10日に利息分24万円,同月26日に元本96万円の
合計120万円を返済するという条件で,現金96万円を受領し,引き替えに,E
に,交際相手の女性が所有する軽自動車を担保として引き渡したほか,自分の住民
票や,借主欄に自分が署名し,連帯保証人欄に自分の父親と交際相手の女性がそれ
ぞれ署名した金銭借用証書を差し入れた。Cは,受領した96万円の中から,Aに
借金の返済分を含めて66万円を支払い,被害者は,Aからそのうちの30万円を
紹介料として受け取った。
その後,Cは,約束どおりに返済せず,被害者やEからの電話に出なくなり,そ
のため,被害者は,Aに対し,Cには暴力団Fの資金源から貸し付けたので,Cが
返済しなければ,代わりにAに返済してもらうなどと言ったが,Aも,深入りする
のを避けて,被害者らからの電話に出なくなった。
そこで被害者とEは,同年6月9日,Cの実家に押し掛け,Cに返済を迫ったが,
Cが警察に通報し,兄のBが現れたことから,騒ぎになった。Bは,被害者とEに
対し,Cに返済させることを約束したが,Cが,30万円しかもらっていないと言
い出し,紹介料をもらっていることを隠そうとする被害者と口論になった。事情を
知らないEが尋ねたところ,CはAが残額を全て持っていったと言うのみで,その
場では,96万円のうちの66万円の帰属は明らかにならず,とりあえずCが30
万円は支払うことを約束し,後日Aを交えて話し合うことになった。
(2)被告人らと被害者が宇島漁港に集まるに至った経緯
被害者は,犯行当日の平成28年6月17日,EとともにBC兄弟と話し合うこ
とになっていたが,Cが仕事のため会えないと言い出し,さらには,EとともにC
に連絡をとった際,Cと上記66万円の帰属について口論になり,Cから挑発され
るまま,自分の方からBC兄弟のいる中津に出向くと言い返した。また,Bも,電
話で,被害者とEを中津に呼び出し,Aを交えて話し合うことを提案した。
Aは,Bらから,被害者が,自分の悪口を言っている上,回収のため自分の交際
相手の女性のところに行くなどと言っていることを聞いて,腹を立て,被害者に暴
行を加えて痛めつけようと考え,被害者の言動をDに話して,Dを同調させた。さ
らに,被告人は,Bから,被害者が,紹介料30万円を取っているのに白を切って,
AにCの借金を請求しており,Aの交際相手の女性のところに取立に行くと言って
いることを聞き及び,Aと親しい関係にあったこともあり,被害者の態度に腹を立
てるようになり,被害者がそのような態度をとり続けるのであれば,Aのために被
害者に制裁を加えようと考えるようになった。
こうして,被害者は,Bの指定する福岡県豊前市内の待ち合わせ場所に赴き,B
C兄弟がそれぞれ運転する2台の自動車に先導され,原判示の宇島漁港敷地内の広
場に到着した。他方,被告人は,Dが運転する自動車にAとともに乗り,現場広場
に到着し,その際,全体の長さ約90cmの模造刀1本を持参し,Bも木刀を持参し
ており,現場広場には,そのほかにBC兄弟に加勢する立場の男子7名くらいが集
まった。
(3)被告人らの被害者に対する暴行
現場広場において,Aは,模造刀を持って,被害者に近付き,「お前も金をもらっ
とるやないか」と怒鳴りつけたのに対して,被害者が「確かに,もらったけど,借
りているのはCでしょ」などと言い返したところ,被害者に対し,被告人,B及び
Aが,こもごも,素手,木刀及び模造刀で,頭部,両腕,脇腹等を多数回殴打し,
被告人が,折れた木刀の先端を右大腿部に突き刺すなどした。被害者は,上半身を
揺さぶったり,顔を振ったりして,攻撃を避け,両腕を上げて肘を曲げるなどして,
攻撃を防御したが,反撃はしていない。関係証拠によれば,その場にいた被告人,
B及びA以外の人物が被害者に暴行を加えた事実を認定することはできない。
ところで,被害者の検察官調書抄本3通(原審甲84,88,89)には,被告
人らから,激しい暴行を受けている最中,Cの借金全額を肩代わりして支払うよう
に求められ,やむを得ずそれを承諾し,その後にEらがやって来た旨の供述記載が
ある。しかし,他方,Dの検察官調書抄本(原審甲96)には,Aらが被害者の弱っ
た様子を見て満足したのか,そこからは,後になって現場に現れたEらも交えて,
金銭の話になり,Aらが30分間くらい被害者を怒鳴って脅し上げ続けたところ,
被害者が観念し,自分がCの借金全額を肩代わりして支払うと言い出した旨の供述
記載がある。前記のとおり,A,被告人及びBは,被害者が紹介料の取得について
白を切っていること,被害者の取立に関する言動に腹を立てて,被害者に暴行を加
え痛めつけようと考えていたのであるから,暴行がいったん収束した後になって,
本格的に被害者にCの借金全額の肩代わりを求めるようになった合理的疑いも否定
できない。しかも,Cは,Bのいるところで,いったんはEに対して30万円返済
することを認めていたのであり,他方で,Aは,被害者から暴力団の威力を背景に
Cの借金の肩代わりを求められるのを避ける必要があったのであるから,前記Dの
検察官調書抄本のように,Aが自ら率先して被害者にCの借金全額の肩代わりを求
めたというのも,十分に理解することができる。本件では,被害者や共犯者らの証
人尋問が全く行われていないので,いずれの供述記載が信用できるかを適切に判断
することができず,上記の被害者の各検察官調書抄本どおりの事実を認定すること
はできないというほかない。
(4)その後の状況
Eは,被害者に遅れて現場広場に到着し,被害者の状況を見て,被告人らからひ
どい暴行を受けていたことが分かった。その場で,被害者は,A,Bらから「金は
全部お前が払え」と言われ続け,いったんは「ケツ拭きます」と答えたが,Eに同
行してきた男性から「言いたいことがあったら,言っておいた方がいいよ」と言わ
れたのを受けて,やはり自分がCの借金全額を肩代わりして支払うのは納得できな
いと言い返した。すると,Dが激高し,模造刀の刃先を向け,「それだったら,また
話が違ってくるぞ。このまま,でたらめなこと言いよったら,マジで殺すぞ」と怒
鳴りつけた結果,その場では,被害者がCの借金全額を肩代わりして支払うのを承
諾した。そこで,被告人らは解散しようとしたが,被害者が指輪を落としたと騒ぎ
出したので,一緒に指輪を探し,指輪を発見した後解散した。
被害者は,同月18日のうちに福岡県春日警察署を訪れて,本件の被害を届け出
ており,他方で,A及びBC兄弟は,その日以降,繰り返して被害者及びEに対し,
担保として預けていたCの交際相手の女性の自動車を返すように電話をしていたが,
被害者は,自分が借りたわけでもないものを返すことに納得がいかないと答えてい
る。これに対し,Bは,「それだったら,また話が違ってくるぞ」と言って,再度暴
行を加えることをほのめかして脅している上,Eに電話をし,上記自動車を返す際
に被害者を一緒に連れて来いなどと述べている。
また,被害者は,腕時計を売って60万円を作り,それをEに返済しようとした
が,Eは,紹介料として受け取った分だけでいいと言い,30万円だけを受け取っ
た。
2当裁判所は,これらの事実関係を前提にして,次のとおり判断する。
(1)強盗罪にいう暴行,脅迫は,財物を強取するか,財産上不法の利益を得るこ
とに向けられたものとして,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものであるこ
とを要するが,そのような程度のものであるかどうかは,社会通念上一般に被害者
の反抗を抑圧するに足りる程度のものであるかどうかという客観的基準によって決
せられるべきである(昭和23年(れ)第948号昭和24年2月8日最高裁判所
第2小法廷判決刑集3巻2号75頁参照)。そして,客観的基準によって被害者の反
抗を抑圧するに足りる程度の暴行,脅迫が加えられたと認められる以上,実際に被
害者の反抗が抑圧されていなかったとしても,強盗罪にいう暴行,脅迫に当たると
いうことができる。
しかし,本件において,被害者は,暴行,脅迫を受けた宇島漁港の現場広場で財
物の交付を求められたのではなく,現場広場を離れた後,自身でEに対して所要の
金員を支払うことにより,CがEに負担する借金全額を免れさせて,Cに財産上不
法の利益を得させることが求められている。すなわち,被害者には,解放された後,
主体的にCの借金全額を肩代わりして支払うという能動的行動が求められている。
したがって,そのような被害者が解放後に主体的に行う能動的行動に向けられたも
のとしての暴行,脅迫が,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものであるとい
うためには,犯行現場で直ちに財物の交付を求める場合より,強度な暴行,脅迫で
なければならないということができる。
この点,原判決は,本件において被告人らの行為が強盗罪にいう暴行,脅迫に該
当するためには,被告人らの暴行,脅迫は後日被害者が金員を支払うところまで反
抗を抑圧されたままになってしまうといえるほど強いものでなければならないとし
ている。しかし,被害者が,いったん客観的基準から反抗を抑圧されるに足りる程
度の暴行,脅迫を受けたと認められる以上,その後解放されて反抗を抑圧されてい
るとはいえない状態になったとしても,強盗未遂罪が成立するというべきである。
(2)そして,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度であるかどうかは,前記のと
おり客観的基準によって決せられるべきであるにしても,その判断に当たっては,
暴行,脅迫の態様にとどまらず,犯行の時刻及び場所,暴行,脅迫が加えられるに
至った経緯,加害者と被害者の関係等,当該事案の具体的な状況が考慮されるべき
である。
そこで,本件の事実関係に即して,被告人らが被害者に加えた暴行,脅迫が,解
放された後の被害者が主体的にCの借金全額を肩代わりして支払うという能動的行
動に向けられたものとして,客観的基準に照らし,反抗を抑圧するに足りる程度の
ものであるかどうかを検討する。
アCは,Eから金員の貸付を受けるに当たり,被害者の仲介により,約2週間
で24万円という法外な利息の支払と被害者に対する紹介料30万円の支払を条件
にして,120万円を返済する約束の下96万円の交付を受け,交際相手の女性の
自動車を担保に差し出している。その後,被害者は,Cの返済が滞ったことにより
困惑していたにしても,Cが連絡に応じなくなったため,Cの実家に取立てに赴き,
警察官が臨場するような事態になっている上,Aに対し,具体的な暴力団名を挙げ
て,Cが返済しなかった場合の債務の肩代わりを求め,Aも深入りを避けるため被
害者との接触を避けるようになっている。このように,被害者は,Cの借入からそ
の返済が滞るまでの経緯において,C,さらにはAに対して,相当に優位な立場に
あったということができる。
イ被害者は,宇島漁港の現場広場において被告人らから暴行,脅迫を受けるま
での間,Cとの間で,紹介料30万円を取得していたかどうかで紛議になったが,
事実に反して,その取得を否定していた。他方,Aは,被害者から暴力団名を挙げ
てCの債務の肩代わりの可能性を指摘され,自分の交際相手の女性のところに取立
に来られることを危惧していた。Aが被害者の態度に腹を立てたのは,このように
被害者から暴力団の威力の下にCの債務を肩代わりさせられるのを恐れていたから
であるということができる。そのことは,A及びAと親しい関係にある被告人が,
宇島漁港の現場広場において,木刀及び模造刀を使うなどして,率先して被害者に
暴行を加えており,その際,被害者に紹介料30万円の取得を認めさせようとして
いたことによって裏付けられている。
そうすると,被告人らの暴行,脅迫が激しいものになったのは,紹介料30万円
の取得を否定する被害者の態度に腹を立て,それを認めさせようとし,さらには,
Aが被害者から不穏当な方法でCの債務の肩代わりをさせられるのに対抗しようと
したことにあるということができる。このように,被告人らが,当初から被害者に
Cの借金全額の肩代わりをさせることを主眼として,被害者に激しい暴行,脅迫を
加えていたとはいえないことは,A,被告人及びBが,暴行がいったん収束した後,
被害者にCの借金全額の肩代わりを求めた合理的な疑いがあることとも符合する。
ウ被告人らが被害者に激しい暴行,脅迫を加えた後の状況についても,被告人
らは,被害者が,Cの借金全額を肩代わりして支払うのは納得できないと述べるの
に対し,それでは容赦しないなどと述べてはいるが,積極的に暴行は加えておらず,
被害者にCの借金全額の肩代わりを了承させた後ではあるが,被害者が指輪を探す
のに助力している。また,被害者は,宇島漁港の現場広場を離れてからも,引き続
き,Bらから脅迫されているが,Cの借金全額を肩代わりして支払うのは納得がい
かないと述べている。さらには,被害者は,Eに支払うため,自分が取得した紹介
料30万円以上の60万円の現金を用意しているが,Eには,そのうちの30万円
を支払ったにとどまり,結局Cの借金全額を支払ってはいない。
エそうすると,被告人らが被害者に暴行,脅迫を加えたのは,C及びAに対し
て相当に優位な立場にある被害者が,Cに対する借金の取立とそれに関わる紛議の
ため出向いてきたのに対抗するとともに,被害者に紹介料の取得を認めさせようと
したからであり,Aについては,さらに,被害者からCの債務の肩代わりを求めら
れるのにも対抗するためでもあったということができる。そして,被告人らが本格
的に被害者に対してCの借金全額を肩代わりして支払うように求めたのは,激しい
暴行,脅迫が収束した後である可能性があり,それからは,被害者がそれに納得で
きないと発言しても,それまでと同様の苛烈な暴行,脅迫が再現されてはいない。
被告人らは,被害者に対し,暴行,脅迫の再現を匂わせながら,話し合いの状態を
続けていたにすぎず,被害者も,Cの借金全額を肩代わりして支払おうとはしてい
ない。
以上の事実関係の下では,暴行,脅迫が収束して被害者が本格的にCの借金全額
の肩代わりを求められた時点において,それまでに受けた暴行,脅迫の影響が,そ
の後のCの借金全額をEに支払うという行動に向けられたものとして,反抗を抑圧
するに足りる程度までに至っていたかどうかを判断することになるというべきであ
る。そして,前記認定の被告人らと被害者との関係,被告人らが被害者に暴行,脅
迫を加えるに至った動機及び経緯,被害者がCの借金全額の肩代わりを求められた
経過,その後の状況に徴すると,被害者が本格的にCの借金全額を肩代わりして支
払うように求められた時点においては,被告人らがそれまでに被害者に加えた暴行,
脅迫の影響は,被害者が主体的にCの借金全額を肩代わりしてEに支払うという能
動的行動に向けられたものとして,その反抗を困難にする程度にとどまり,反抗を
抑圧するに足りる程度のものとは認められないという余地がある。原判決の認定は,
説示にやや簡潔に過ぎるところはあるものの,論理則,経験則に反するまでのもの
ではなく,裁判員を交えて直接審理に臨んで証拠を検討した上での判断として十分
に尊重されるべきものであり,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があ
るとはいえない。
(3)所論は,原判決は,反抗を抑圧するに足りる程度のものといえるためには,
被害者が被告人らの言いなりになって金員を支払うか,言いなりにならずに警察や
知人に助けを求めるかという選択の余地がないほど激しい暴行,脅迫が加えられる
ことを要求しているが,それはいわゆる2項強盗の場合にだけ精神の自由を制圧し
て選択の余地を許さないほどの極めて強度の暴行,脅迫を要求するものであり,判
例の立場と整合しない,という。原判決の説示は,強盗罪にいう暴行,脅迫に該当
するためには,被告人らの暴行,脅迫が,反抗を抑圧するに足りる程度を超えて,
Cの借金全額を肩代わりして支払う以外に選択の余地がないほど激しいものでなけ
ればならないようにも受け取れる。しかし,すでに説示したように,被告人らの暴
行,脅迫の態様に加えて,被告人らと被害者の関係,被告人らが被害者に暴行,脅
迫を加えた動機及び経緯,被害者がCの借金全額の肩代わりを求められた経過,そ
の後の状況等,本件の事案を全体としてみると,Cの借金全額の肩代わりを求めら
れた時点での被告人らによる暴行,脅迫の影響は,被告人の反抗を困難にする程度
のものにとどまり,その反抗を抑圧するに足りる程度にまで至っていないという余
地がある。
所論は,原判決が,被告人らの暴行,脅迫がかなり激しいものであったことを認
めながら,被害者が,解放された後言いなりになって金員を支払うという選択肢と,
言いなりにならずに警察や知人に助けを求めるという選択肢とを二者択一に対置さ
せているのは,金員を支払わない場合に必ず警察や知人に助けを求めるとは限らな
いことからすると,裁判員の判断を不当に歪めるおそれすらある,という。原判決
の説示は,被告人らの暴行,脅迫が,被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のもの
といえるか否かという法的概念について,裁判員に理解しやすい中間命題を示した
ものということができる。しかし,そのような中間命題を用いることは,被害者が
解放されて自由になった状態を想定して事実関係を抽象化することで,具体的な事
案を離れて被害者の行動様式を一般化したり,必要以上に強度な反抗を抑圧する状
態を求めたりすることにつながりかねない。したがって,本件のような中間命題を
用いることについては,その表現も含め,公判前整理手続の段階で,検察官や弁護
人との間で,認識を共通化するため,議論しておくことが望ましい。しかし,言い
なりにならずに警察や知人に助けを求めるというのは,解放された後の行動が制約
されていた程度を考察する上では,本件において被害者が主体的にEにCの借金全
額を支払うという能動的行動が求められていたことと脈絡を共通にするものである
から,上記表現が,裁判員の判断を不当に歪めるおそれがあるとまではいえない。
所論は,反抗を抑圧するに足りる程度の暴行,脅迫であったか否かの判断は,被
害者を解放する前に行われた暴行,脅迫の時点に立ち,行為時の事情を基に一般人
を基準に判断すべきであり,解放後の時点に立って判断すべきではないから,原判
決が,解放後の被害者を念頭に多くの人は警察に助けを求めるといえると判示して
いるのであれば,暴行,脅迫の程度を判断すべき時点を取り違えた論理則,経験則
違反が認められる,という。すでに説示したように,原判決の趣旨が,宇島漁港の
現場広場で加えられた暴行,脅迫は,その時点では反抗を抑圧するに足りる程度で
あったとしても,本件においては,さらに,その状態を維持し継続するに足りるよ
り強度のものが求められるというものであれば,失当であるというほかない。しか
し,本件の事実関係の下では,被告人らが被害者に暴行,脅迫を加えたのは,Cに
対して相当に優位な立場にある被害者に対抗して,被害者に紹介料の取得を認めさ
せ,Aについては,被害者からCの借金の肩代わりを求められるのに対抗しようと
したこともあったのであり,被害者が,被告人らから本格的にCの借金全額を肩代
わりして支払うように求められたのは,激しい暴行,脅迫が収束した後であるとい
うことができる。しかも,本件において,被害者は,暴行,脅迫が収束した時点で,
被告人らから主体的にEにCの借金全額を支払うという能動的行動が求められてい
たのである。このような事実関係の下では,被告人らによる暴行,脅迫が反抗を抑
圧するに足りる程度かどうかは,暴行,脅迫の時点ではなく,被害者が本格的にC
の借金全額の肩代わりを求められた時点において,それまでに受けた暴行,脅迫の
影響の程度として判断されるべきである。そして,その影響の程度の判断は,その
後の主体的なCの借金全額の支払いという能動的行動に向けられたものとして,反
抗を抑圧するに足りる程度に至っていたかどうかということになる。これらについ
てみると,本件では反抗を抑圧するに足りる程度にまでは至っていなかったとみる
余地があるというほかない。
所論は,被害者は,解放後直ちに警察に赴いて被害申告をしたものではなく,ま
た,警察に被害申告した後も,CのEに対する借金を自分が返済する覚悟を決め,
大切にしている高級腕時計を売却し,可能な限りの金銭を工面して,Eに対し,本
件借金の支払の一部として60万円の支払を申し入れており,この事実は,被害者
がその時点まで依然として被告人らによる強盗目的の暴行,脅迫の影響下にあり,
引き続き反抗を抑圧されたままになっていたことを示す明らかな事実である,とい
う。しかし,被害者が,Eに対し60万円の支払を申し入れたのは,Cに対する融
資を仲介したことにより,Eに迷惑を掛けたことを心苦しく考えたからとも考えら
れ,Eに対する上記申入れの事実をもって,直ちに被告人らの暴行,脅迫による反
抗抑圧状態が続いていたと推認するのは,証拠上不明な点について被告人に不利に
推測するものであり,相当ではない。また,反抗を抑圧するに足りる程度のものと
いえるかを判断する上で,被害者が被害を受けたその日のうちに警察に被害申告し
たことは,解放された後直ちに被害申告したことと比較して,大きな差異があると
もいえない。
そのほか所論が縷々主張するところを検討しても,原判決の認定には論理則,経
験則に反するところはなく,所論のいうような事実誤認はない。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用を被告
人に負担させないことにつき同法181条3項本文を適用して,主文のとおり判決
する。
検察官橋本修明公判出席
(裁判長裁判官山口雅高裁判官平島正道裁判官高橋孝治)

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◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
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応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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応募方法
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