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平成13年10月10日判決 
平成12年(ワ)第2475号 公正証書遺言無効確認等請求事件
          主      文
    1 原告の請求をいずれも棄却する。
    2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
 1 京都地方法務局所属公証人甲作成に係る平成12年第20号遺言公正証書に
よるAの遺言が無効であることを確認する。
 2 別紙物件目録記載の不動産が原告の所有であることを確認する。
 3 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の不動産を明け渡せ。
第2 事案の概要
   本件は,同一の遺言者及び同一の物件について,新旧2回の公正証書遺言に
より遺贈がなされた事案であり,旧遺言による受遺者である原告は,新遺言は遺言
者の遺言能力を欠く状態でなされたものである等と主張して,新遺言による受遺者
を被告として,新遺言の無効確認及び原告が旧遺言により別紙物件目録記載の各不
動産の所有権を取得したことの確認を求めるとともに,所有権に基づき,現在被告
が占有している上記各不動産の明渡しを求めた。
第3 当事者間に争いのない事実
 1 亡A(明治42年3月18日生)は,平成5年11月22日,京都地方法務
局所属公証人乙作成に係る平成5年第676号遺言公正証書により,別紙物件目録
記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を含め,その所有する一切の財産
を原告に遺贈する旨の遺言をした(以下「第1遺言」という。)。
 2 Aは,平成12年1月24日,同法務局所属公証人甲作成に係る平成12年
第20号遺言公正証書により,別紙物件目録記載2及び3の各不動産を含め,その
所有する一切の財産を被告に遺贈する旨の遺言をした(以下「第2遺言」とい
う。)。なお,Aは,その当時,90歳であった。
 3 Aは,かつて脳梗塞を罹患したことがあった上,平成9年3月19日の時点
において軽度の痴呆があったところ,平成10年11月14日,慢性心不全の急性
増悪等により自宅で倒れ,救急車で医療法人回生会京都回生病院(以下「回生病
院」という。)に搬送されて,以後,同病院に継続的に入院して治療を受けていた
が,平成12年5月14日,同病院において,脳梗塞により死亡した。
第4 争点
 1 第2遺言作成当時のAの遺言能力の有無
 2 第2遺言の適式性
 3 被告の本件不動産に対する占有の有無
第5 争点に関する当事者の主張
 1 争点1について
  (1) 原告の主張
    Aは,回生病院に入院後,痴呆状態が進行して,異常行動,不潔行為等が
見られるようになり,また,平成11年10月16日に実施された長谷川式簡易知
能評価スケールによる検査結果では4点(非常に高度な痴呆)という結果が出てい
たのであって,Aは,第2遺言作成当時,高度な痴呆の状態にあり,遺言能力を欠
いていた。
  (2) 被告の主張
    Aの痴呆の症状は,回生病院入院後,症状が良い時とそうでない時の波が
あったものの,Aは,第2遺言作成当時,遺言をするのに十分な意思能力を有して
いた。
 2 争点2について
  (1) 原告の主張
    第2遺言は,次のとおり,公正証書遺言の法定の要件を欠いており,無効
である。
   ア Aは,第2遺言作成に当たり,公証人に対して遺言内容を口授する能力
を有しておらず,公証人の質問に対して,「はい。」「そうです。」などの反応を
示したにすぎなかったから,第2遺言については,遺言者であるAの口授がなかっ
た。
   イ Aは,第2遺言作成に当たり,利き手である右手に障害がなく,署名す
ることができたにもかかわらず,「病気のために」との理由により,Aの署名がな
されなかった。
   ウ 第2遺言作成の際,被告は,七,八メートルあるいは10メートルくら
い離れた,Aから姿の見える位置にいたものであり,このような事態は,受遺者が
遺言の証人及び立会人として欠格であることを定めた民法974条の趣旨にもとる
ものである。
  (2) 被告の主張
    原告の主張を否認ないし争う。
 3 争点3について
  (1) 原告の主張
    被告は,現在,本件不動産を占有している。
  (2) 被告の主張
    原告の主張を否認する。
第6 判断
 1 認定事実
  (1) Aの痴呆の進行について
    証拠(甲3の2,甲16,17)によると,次の各事実が認められる。
   ア Aは,回生病院入院後の平成10年12月から平成11年2月にかけ
て,経管栄養チューブを自分で抜去したり,便を壁につけるなどの不潔行為等が頻
回に見られた。
   イ Aは,その後,上記のような問題行動をさほど見せなくなったが,平成
11年10月ころから布団を頭からかぶって寝ていることが多くなり,簡単な発語
はあるが,活気がなくなってきた。また,同月16日に実施された長谷川式簡易知
能評価スケールの結果は,年齢と場所の見当識はそれぞれ1点と保たれていたが,
日時の見当識,3つの言葉の記銘,計算,数字の逆唱,5つの物品記銘,言葉の流
暢性はいずれも不正解で0点,3つの言葉の遅延再生も6点満点の2点であり,総
点数は30点満点の4点であった。
   ウ Aは,同年11月12日夜から翌13日午前中にかけて感情失禁(ナー
スコールに応じて看護婦が訪床すると,笑っていたり,涙を流していたりす
る。),襁褓を自ら除去しての尿失禁その他の不潔行為,暴力行為等が見られ,さ
らに,同年12月に,同様の不潔行為や暴力行為が見られたほか,同月下旬には昼
夜逆転傾向や妄想が出現したり,意味不明の発語があったり,ベッドや床にごみや
ティッシュペーパーを散らかす行動などが見られた。
   エ 平成12年1月に入ってから第2遺言作成(同月24日)までに見られ
たAの異常行動や暴力行為は,概略,次のとおりである。
    ① 1月2日
      ベッド上にごみを散らかしていた。
    ② 1月3日
      ティッシュペーパーを散らかしていた。
    ③ 1月5日
      検温時,両腕に力を入れ,体温計を入れさせようとせず,少しヒステ
リー気味に「もうええ。」と言って拒絶した。
    ④ 1月6日
      箸を握りしめて布団をかぶり横になっていた。
    ⑤ 1月7日
      ゴミ箱の袋を取り,千切って遊んでいた。
    ⑥ 1月10日
      ベッド上で頭部を逆にして寝ており,看護婦が体位を元に戻しても,
すぐに逆に寝てしまった。
    ⑦ 1月11日
      清拭用タオルを抱えて離さず,また,シーツ交換時に介護職員の腕に
噛み付いた。
    ⑧ 1月13日
      ゴミ箱を抱えて,袋の中身をベッド上にばらまいた。
    ⑨ 1月16日
      クッキーをベッド上にまいており,看護婦が片づけようとすると,興
奮状態となった。
    ⑩ 1月19日
      ゴミ箱に入ってあったジャムをなめ,盛んに空腹を訴えた。
    ⑪ 1月21日
      「かわいらしいからな。」と言って,ゴム人形を口の中に入れる様子
が見られた。
   オ Aの主治医は,平成11年12月29日及び平成12年1月12日,カ
ルテに,Aの痴呆が強い旨記載した。
   カ Aは,平成11年12月から平成12年1月24日までの間,看護婦と
の間で,次のような会話をした。
    ① 12月12日
      「おいしかったわ。またおくれやす。」(お菓子の羊羹を与えられて
の会話)
    ② 12月30日
      「カーテンこれでいい。明るい方がよい。」(看護婦が日差しよけカ
ーテンを閉めようとしたのに対し)
    ③ 1月16日
      「目が見えにくい。最近見えんようになってきた。」(なお,看護日
誌(甲16)の同日の記載欄には,左目瞳孔白濁ありとの記載が付記され,また,
カルテによると,翌日付けで老人性白内障の診断名が付されている。)
    ④ 1月19日
      「ここからドテーと落ちたんや。アハハ。どこも打ってへん。おおき
にすみませんなー。」「強いていえば,足が痛いけど,どうもない,アハハ」
    ⑤ 1月23日
      「かゆいのましや。あんたのおかげや。ホッホッホッ。また,おやつ
もって来とくれやすな。ホッホッホッ。」(Aは,平成11年5月に老人性皮膚掻
痒症と診断され,継続的に治療を受けていた。)
  (2) Aと原被告の関係並びに第1遺言及び第2遺言の作成経緯について
    証拠(甲2,3の2,甲7,8,17,乙1ないし3,4の1ないし3,
乙5,6の1ないし4,乙7,8の1ないし3,乙9ないし13,証人甲,同B,
同C,被告本人)によると,次の各事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はな
い。
   ア 原告の父Dは,Aの遠い親戚に当たり,Aとは古くから付き合いがあっ
た。Aには,亡Eとの間に一人娘のFがあったが,Fが昭和39年12月6日に死
亡したため,跡継ぎがいなくなったことから,Aは,親しい付き合いのあった正覚
寺の住職を通して,2回にわたり,Dに対して養子縁組をしたいと申し入れたこと
があったが,Dの兄弟の反対で,養子縁組は実現しなかった。
   イ 一方,Eと被告の祖父がいとこ同士であったことから,被告とAも遠い
親戚の関係にあった。Eは,かつて染かえの行商をしていたことがあり,昭和15
年から昭和25年ころまでの間,福井県遠敷郡a町にある被告の生家を宿代わりに
して年に数回泊まったことがあり,Aも,昭和15年ころ,E,Fとともに,被告
の生家に泊まったことがあった。さらに,被告は,京都市内の組紐店に勤めていた
昭和27年ころから約4年間,年に数回,EとAの自宅を訪れていた。
   ウ その後,被告が三重県上野市内の組紐店に勤めるようになったため,被
告とE,Aとの交際は年賀状のやりとりをする程度になったが,昭和60年ころ,
Aの自宅の近隣に被告の取引先ができたことから(被告は,そのころ,上野市内で
独立して組紐卸店を営むようになっていた。),被告は,Aの自宅を月に2,3回
の頻度で訪れて,Aの身の回りの世話をするようになった(なお,Eは,昭和57
年1月13日に死亡した。)。そして,平成二,三年のころには,Aが被告の娘と
養子縁組をしたいと申し入れたことがあったが,被告の娘本人にその意思がなかっ
たことから,養子縁組は実現しなかった。
   エ Aは,平成5年ころ,正覚寺の住職を通じて,Dに対し,Dと妻Cの二
男である原告と養子縁組をしたいと申し入れ,原告もこれを承諾したが,原告は当
時17歳であったため,Aと原告との養子縁組には家庭裁判所の許可が必要であっ
たところ,DとCが大阪家庭裁判所を訪れ,その手続について説明を受けた際,担
当の職員から「家のためだけに未成年者を養子にすることはできない。」と説明さ
れたことから,Aは,養子縁組はだめでも,財産をあげるから墓を守ってほしいと
希望し,同年11月22日,公証人役場を訪れ,原告を受遺者とする第1遺言を作
成した。なお,DとCは,その後も,年に数回,Aの自宅を訪れたり,正覚寺でA
と顔を合わせたりしていた。
   オ Aは,平成9年3月の時点において,軽度の痴呆があり,準寝たきり状
態(屋内での生活は概ね自立しているが,介助なしには外出しない状態をいう。)
であったことから,医師の指示により,同月19日から,「医療法人回生会訪問看
護ステーションかいせい」所属のホームヘルパーの訪問看護を受けるようになっ
た。被告は,平成9年3月ころ,ホームヘルパーのGから連絡を受け,Aに代わっ
て訪問看護の利用申込みをしてほしいとの申し出を受け,その手続を行うととも
に,Aに対し,ホームヘルパーに買い物や掃除を手伝ってもらうように話をした。
また,被告は,そのころ,老人ホームでAの世話をしてもらうことも検討し,京都
市下京福祉事務所の担当者と相談したことがあったが,Aに老人ホーム入所の意思
がなかったことから,それ以上の手続はしなかった。
   カ 被告は,平成10年11月15日,回生病院から,Aが同病院に入院し
たとの連絡を受け,翌16日,回生病院を訪れ,入院のための手続をするととも
に,入院保証金として金8万円を回生病院に支払った。
   キ 被告は,平成11年2月15日,Aの主治医から,Aの病状が安定して
きたことから療養型の病院への転院を勧められ,Aに対し,被告の自宅のある上野
市内の病院へ転院しないかと話をしたが,Aが京都を離れることをいやがったこと
から,結局,Aはそのまま回生病院での入院生活を継続することとなった。
   ク 一方,DとCは,同年1月下旬になって初めてAが回生病院に入院した
ことを知り,そのころ,Aを見舞いに訪れたが,その後,Dが経営する不動産仲介
業に税務調査が入ったり,Dの持病の糖尿病が悪化してうつ状態になったりしたこ
とから,Cは同年5月3日までAを見舞うことができなかった。そして,DとC
は,同年6月下旬ころ及び同年7月下旬ころにAを見舞ったが,Dのうつ状態が悪
化して同年9月15日に入院することとなったことから,DとCは,その後,平成
12年3月までAを見舞うことがなかった。
   ケ 被告は,平成11年10月29日,回生病院医事課の担当者から,Aの
治療費と洗濯代の支払いが同年8月分から滞納していることを聞くとともに,通帳
と印鑑を預けるので,Aの貯金を引き下ろしてきて,治療費の支払いをしてほしい
と依頼され,また,Aからも同様の依頼があったことから,郵便局へ行き,Aの貯
金30万3332円のうち,金30万円を引き下ろし,これに,Aの手持ちの現金
9万6100円及び自分の手持ちの現金1万円を併せて,Aの治療費等の支払いを
した。なお,Aの治療費等は毎月約金十二,三万円かかったが,Aには特に蓄えは
なく,年金の給付が2か月ごとに金十四,五万円あったにすぎなかったことから,
被告は,その後も,上記の年金に自らの手持ち金で不足額を補ってAの治療費を支
払っていた。また,被告は,同年11月5日にはAに代わって固定資産税・都市計
画税として金1万2000円を納付した。
   コ そのころ,Aは,被告に対し,「A家のことは一切Hさんに任せたい。
財産はHさんに譲りたい。遺言をするので,手続をする人に頼んでほしい。」と,
遺言書の作成を依頼された。そこで,被告は,そのころ,公証人役場を訪れ,京都
地方法務局所属公証人甲(以下「甲公証人」という。)と面談し,遺言公正証書の
作成手続について説明を受けて,Aにその内容を伝えたところ,Aから手続を進め
てほしいと依頼されたことから,かねて商売上の付き合いのあったBとI(以下,
両名を併せて「Bら」という。)に証人となってもらうことにし,平成11年12
月あるいは平成12年1月上旬ころ,再び,甲公証人と面談し,同月24日に回生
病院においてAの遺言公正証書を作成することとなった。また,遺言公正証書の作
成に必要な実印等については,被告が,Aから保管場所を聞いた上,隣人の立会の
下に,Aの自宅から持ち出した。なお,被告は,その当時,Aが第1遺言をしたこ
とを知らず,また,DやC,原告の存在も知らなかった。
   (3) 第2遺言の作成状況について
     証拠(乙1,9,証人甲,同B,被告本人)によると,次の各事実が認
められる。
    ア 甲公証人,Bら及び被告は,平成12年1月24日午後,回生病院を
訪れ,同病院2階にある廊下続きの待合所において,Aと面談した。そして,被告
が同所から七,八メートル離れた廊下の椅子に移動した後,甲公証人は,Bらの立
会の下,遺言公正証書の作成に取りかかった。
    イ まず,甲公証人は,Aに対して,氏名と生年月日を尋ねたところ,A
は,これに正しく答えた。
    ウ 次に,甲公証人は,Aの自宅の土地建物(別紙物件目録記載2及び
3)の登記簿謄本の内容を読み上げ,Aに対し,これらの不動産はAが所有するも
のであるかを尋ねたところ,Aは「はい,そうです。」と答えた。
    エ 次に,甲公証人は,Aに対して,「今の土地,建物その他の財産を誰
に引き継いでもらいたいか。」と質問したところ,Aは「Hさんです。」と答え
た。そして,その場からHの姿が見えたことから,同公証人は,Hを指さして,A
に対し,「Hさんとは,あそこにおられる方ですか。」と尋ねたところ,Aは,振
り向いてHの方を見て,「はい,そうです。」と答えた。
    オ 甲公証人は,引き続き,Aに対して,「あなたが不動産等をHさんに
引き継いだ場合,名義変更の手続等は誰にしてもらったらいいですか。」,「葬式
は誰に責任を持ってやってもらえばいいですか。」と質問したところ,Aは,いず
れについても,「Hさんです。」と答えた。
    カ 甲公証人はあらかじめ作成して持参していた遺言公正証書の記載事項
を読み上げ,1項目ずつAに内容を確認したところ,Aはいずれも「はい。」と答
えた。
    キ しかる後,甲公証人は,Aに対して,上記の遺言公正証書に署名押印
するよう求めたが,Aが「右手の具合が悪いので,字が書けません。」と申し述べ
たことから,同公証人は,Aの氏名を代署し,さらに,同公証人が朱肉をつけた印
鑑をAの手に持たせ,Aの手の上から自分の手を添えて押捺するという方法で押印
した。
    ク 最後に,以上の経緯を見届けたBらが証人として上記遺言公正証書に
署名押印した。
    ケ 甲公証人は,Aとのやりとりの際,Aが発問に対して回答を躊躇した
り,言い淀んだりすることがなかったことから,Aの遺言能力には疑問を抱かなか
った。なお,同公証人は,被告から,Aの病状につき,脳梗塞と説明を受けていた
ものの,痴呆のことは聞いていなかったため(被告自身もAの痴呆のことは医師か
ら説明を受けていなかった。),Aの遺言能力の点に関し,診断書を求めることは
しなかった。
   (4) 第2遺言の内容について
     証拠(甲1,証人甲)によると,第2遺言の遺言の本旨は3か条から成
り,その内容は,第1条が,Aの所有する自宅の土地建物を含む一切の財産を被告
に遺贈する旨,第2条が,被告を遺言執行者に指名する旨,第3条(付言事項)
が,葬儀等は被告の責任において執り行ってほしい旨というものであり,このう
ち,第3条は,打ち合わせの際,被告から「本人から頼まれているので,この言葉
は入れてください。」と申入れがあったものである。なお,Aの署名押印部分に
は,「遺言者は病気のため本公証人代署押印した。」との記載と同公証人の押印が
なされている。
 2 争点1について
  (1) 本件においては,痴呆性高齢者の遺言能力の有無をいかに考えるべきかが
最大の問題とされているところ,痴呆性高齢者であっても,その自己決定はできる
限り尊重されるべきであるという近時の社会的要請,及び,人の最終意思は尊重さ
れるべきであるという遺言制度の趣旨にかんがみ,痴呆性高齢者の遺言能力の有無
を検討するに当たっては,遺言者の痴呆の内容程度がいかなるものであったかとい
う点のほか,遺言者が当該遺言をするに至った経緯,当該遺言作成時の状況を十分
に考慮した上,当該遺言の内容が複雑なものであるか,それとも,単純なものであ
るかとの相関関係において慎重に判断されなければならない。
  (2) そこで,まず,第2遺言作成時点におけるAの痴呆の程度をみると,前記
認定事実(1)によると,Aは,平成9年3月の時点で既に軽度の痴呆が見られていた
ところ,回生病院入院後の平成10年12月ころには,経管栄養チューブを自己抜
去したり,不潔行為等が頻回に見られるようになり,その後,いったん,問題行動
が収まったものの,平成11年11月16日に実施された長谷川式簡易知能評価ス
ケールの結果は30点満点中4点と非常に低い得点であり(なお,長谷川式簡易知
能評価スケールにおいては,一般に,20点以下を痴呆,21点以上を非痴呆とし
た場合に最も高い弁別性が得られるとされ,また,痴呆の重症ごとの平均得点に照
らすと,4点は「非常に高度」の場合のほぼ平均点に相当する。),さらに,同年
12月から平成12年1月にかけては,再び,不潔行為や暴力行為,異常行為等が
見られるようになっていたことが認められるから,第2遺言作成当時,Aの痴呆は
相当高度の重症であったことが明らかである。
 しかしながら,他方,前記認定事実(1)カに記載のAが平成11年12月から平成
12年1月24日までの間に看護婦と交わした会話の内容をみると,Aは,第2遺
言作成当時,他者とのコミニュケーション能力や,自己の置かれた状況を把握する
能力を相当程度保持していたと考えられる。
  (3) 次に,Aが第2遺言をなすに至った経緯をみると,前記認定事実(2)によ
ると,被告はAの遠い親戚で,昭和15年ころからAと付き合いがあり,昭和27
年からの約4年間は年に数回,昭和60年以降は月に2,3回の頻度でAの自宅を
訪れ,Aの身の回りの世話をしていたこと,平成二,三年には,Aが被告の娘と養
子縁組をしたいと申し入れたこともあったこと,平成9年からは,Aの訪問看護の
利用申し込みをしたり,老人ホーム入所のために社会福祉事務所の担当者と打ち合
わせをしたこと,回生病院からの連絡により,回生病院を訪れ,Aの入院手続をす
るとともに,入院保証金を支払い,その後も,Aの治療費の一部を自己の手持ち金
で支払ったこと,これに対し,DとCは,年に数回,Aの自宅を訪れるにすぎず,
Aを初めて見舞ったのは平成11年1月のことで,その後,同年5月,同年6月,
同年7月に各1回見舞ったものの,その後は,平成12年3月まで見舞いに訪れな
かったことが認められる。すなわち,Aは,昭和60年ころからは,DやCとよ
り,むしろ,被告との付き合いが頻繁であったところ,被告は,平成9年ころか
ら,Aの介護について何くれとなく世話を焼くようになり,殊に,Aが平
成10年11月に回生病院に入院した後は,主として被告がAの世話を見ていたの
であって,加えて,前記認定事実(2)記載のとおり,Aがかねてから家の跡取りある
いは自分が死亡した後の墓守りをどうするかについて,あれこれ悩んでいたことも
併せ考慮すると,自分の老い先が短くなった平成11年の暮れころにおいて,自分
のことを最も親身になって世話をしてくれている被告に対し,自分の財産を引き継
がせるとともに,自分の墓を守ってくれるように託すことを思い付いたのは,Aに
とっては自然なことであったというべきであり,そこに短慮の形跡を窺うことは困
難である。
  (4) 次に,第2遺言作成時の状況をみると,前記認定事実(3)によると,A
は,甲公証人に対して,自己の財産の継承や葬儀の執行など,後のことは一切被告
に任せるとの意思を明確に示し,同公証人の発問に対して躊躇したり,言い淀んだ
りすることもなかったことが認められる。
  (5) 最後に,第2遺言の内容をみると,前記認定事実(4)によれば,第2遺言
は,わずか3か条から成るものにすぎず,また,自分の一切の財産は被告に遺贈し
(なお,第2遺言において明示されたAの財産は,Aの自宅の土地建物だけであっ
た点も留意されるべきである。),葬儀の執行も被告に任せるという,比較的単純
な内容のものであったことが認められる。
  (6) 以上に検討したところを要するに,Aは,第2遺言作成当時,痴呆が相当
高度に進行していたものの,いまだ,他者とのコミュニケーション能力や,自己の
置かれた状況を把握する能力を相当程度保持しており,また,Aが第2遺言を作成
するよう思い立った経緯ないし動機には特に短慮の形跡は窺われず,さらに,第2
遺言の内容は比較的単純のものであった上,甲公証人に対して示した意思も明確な
ものであったことが認められるのであって,これらの事情を総合勘案すると,A
は,第2遺言の作成に当たり,遺言をするのに十分な意思能力(遺言能力)を有し
ていたものと認めるのが相当である。
    したがって,争点1についての原告の主張は採用することができない。
 3 争点2について
  (1) まず,前記認定事実(3)によると,Aは,甲公証人から,自宅の土地建物
その他の財産を誰に引き継いでもらうか,遺言執行者には誰を指名するか及び葬式
は誰に任せるのかと質問され,被告の名前を明示的に挙げて答えたことが認められ
るから,第2遺言の作成については,民法969条2号に定める口授の方式に何ら
欠けるところはないと解される。
  (2) また,Aが第2遺言作成時において署名することができたと認めるに足り
る証拠はない。
  (3) さらに,前記認定事実(3)によると,被告は,Aと甲公証人及びBらとが
面談していた場所から七,八メートル離れた場所にいたこと,上記面談場所から被
告の姿が見えたことが認められるが,被告は,上記面談場所の間近にいたものでは
なく,また,Aに対し,自己の思いのままの遺言をするように威迫あるいは誘導を
加えることができたような状況であったとも認められない。
  (4) したがって,第2遺言の適式性に関する原告の主張はいずれも採用の限り
でない。
 4 結論
   以上のとおりであるから,第2遺言は,Aの遺言能力の点からも,適式性の
点からも,その無効を来すべき事由が存在せず,有効であると認めるのが相当であ
るから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
    京都地方裁判所第4民事部
           裁判官      佐   藤   英   彦
(別紙)
物 件 目 録
1 土  地
  所  在  京都市下京区b町
  地  番  c番
  地  目  宅地
  地  積  18.01平方メートル
2 土  地
  所  在  京都市下京区d町
  地  番  e番
  地  目  宅地
  地  積  92.29平方メートル
3 建  物
  所  在  京都市下京区d町e番地
  家屋番号  2番
  構造種類  木造瓦葺2階建 居宅
  床面積  1階 49.58平方メートル
        2階 19.83平方メートル
  附属建物
  符  号  1
  構造種類  木造瓦葺平家建 居宅店舗
  床面積  30.41平方メートル
  符  号  2
  構造種類  木造瓦葺平家建 工場
  床面積  3.96平方メートル
以上

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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