弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決を取り消す。
2被控訴人が控訴人に対し平成15年10月9日付けでした公務外災害認
定処分を取り消す。
3訴訟費用は,第1審及び第2審を通じて被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文第1,2項と同旨
第2事案の概要
1本件は,控訴人が,被控訴人に対し,控訴人の長女であり静岡県小笠郡α立
β小学校に勤務する教員で養護学級担任であったaが自殺したのは,上記教員
としての公務が過重であり,その精神的緊張と重圧によってうつ病に罹患した
ことにより引き起こされたものであるとして,aの相続人として地方公務員災
害補償法(以下「地公災法」という。)に基づく公務災害の認定を請求したが,
平成15年10月9日付けで公務外の災害であると認定する処分(以下「本件
処分」という。)を受けたため,同処分の取消しを求めた事案である。
2前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,3のとおり被控訴
人の当審における主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第2
事案の概要等」の2及び3(原判決2頁15行目から6頁6行目まで)並び
に「第3争点に関する当事者の主張」の1及び2(原判決6頁8行目から5
6頁15行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3被控訴人の当審における主張
(1)aの父であり,かつ控訴人の夫でもあるbは,平成12年11月20日,
被控訴人に対し,aの自殺について公務災害認定請求をした。被控訴人は,
aは自殺前の職務によって精神疾患を発症して自殺に至ったものとは認めら
れないとして,平成14年3月15日付けで公務外の災害であると認定し,
bは,その旨の通知書を受領した。bは,この処分を不服として,地方公務
員災害補償基金静岡県支部審査会に対して審査請求をしたが,同審査会は,
平成15年5月13日付けで同審査請求を棄却する旨の裁決をし,同裁決は,
同月15日にbの代理人弁護士に通知されたが,bは地公災法所定の30日
の期間内に地方公務員災害補償基金審査会に対する再審査請求をしなかった。
したがって,bは,上記処分について取消訴訟を提起することはできなくな
った。しかるに,控訴人は,平成15年8月18日,被控訴人に対し,bと
全く同一内容の公務災害認定請求をした。被控訴人は,公務外の災害と認定
した。控訴人は,この処分を不服として,同年11月11日,地方公務員災
害補償基金静岡県支部審査会に対して審査請求をしたが,同審査会は,平成
16年3月10日付けで同審査請求を棄却する旨の裁決をした。控訴人は,
さらに,同月22日,地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をし
た。これに対しては平成17年2月21日付けで却下の裁決がされている。
bの公務災害認定請求と控訴人の公務災害認定請求とは,実質的には同一
内容のものであるところ,bに対する公務外災害認定処分は既に不可争力を
生じているのであるから,控訴人の本件訴えは却下されるべきである。
(2)公務起因性判断の客観性を担保するためには,「当該職員と同種の公務
に従事し,又は,当該公務に従事することが一般的に許容される程度の心身
の健康状態を有する職員」にとって,当該公務が過重であったか否かを判断
しなければならない。また,当該職員が当該公務をどのように受け止めたか
ではなく,当該職員と職種が同等程度の職員との対比において,同等の立場
にある多くの者が一般的にはどう受け止めるかという客観的な基準によって
評価すべきである。
(3)aがβ小学校で担当した養護学級の通常業務及び本件体験入学による業
務は,通常の勤務に就くことが期待されている平均的な養護学級教員を基準
とすれば,勤務時間,業務の質,責任の程度等において,うつ病を発症させ
る程度に過重なものであったとは,到底評価することができない。それにも
かかわらず,aがうつ病を発症したのであれば,そのうつ病は,aの個体側
要因(個体側の反応性,脆弱性)に起因するものといわざるを得ず,aにお
けるうつ病の発症に公務起因性を認めることはできない。
第3当裁判所の判断
1本件訴えの適法性について
当裁判所も控訴人の本件訴えは適法であると判断する。その理由は,次のと
おり付加し,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄中の「第4当裁
判所の判断」の1(原判決56頁17行目から58頁22行目まで)のとおり
であるから,これを引用する。
(1)原判決56頁17行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「地公災法第32条から第35条までの遺族補償年金を受ける権利を有す
る者に関する規定と同法第44条第3項とを対比し,これに同法第45条を
併せて考えれば,同法は,遺族補償年金を受ける権利を有する者が二人以上
あるときは,該当者に個別に遺族補償年金を受ける権利を付与し,各人が個
別に補償の請求をすることができることとしているのであって,該当者全員
が遺族補償年金を受ける権利を共有することとしたり,遺族補償年金を受け
る権利を不可分1個の権利としたりしておらず,また,該当者全員による権
利の共同行使を義務づけていないものと解するのが相当である。したがって,
本件処分の取消しを求める本件訴えは適法である。」
(2)原判決57頁11行目の「明らかである」を「明らかである。」に改め
る。
2うつ病に関する医学的知見について
証拠(甲54の2,105,177,乙23,24,29,30,31,3
3,38)によれば,うつ病に関する医学的知見は,次のとおりであることを
認めることができる。
精神障害の成因は,身体的原因(身体因)と精神的原因(心因)とに分けら
れ,身体因は内因と外因とに分けられる。内因とは素質的な要因で,統合失調
症,躁うつ病のように,普通は明らかな外的要因なしに発病し,遺伝素因が関
係する場合が多く,身体的基盤の発見が期待されるが,いまだ明確な病因が不
明な精神病における内的要因を指していう。外因とは,外部から加えられた原
因で,普通は脳に直接侵襲を及ぼす身体的病因で内因以外のものを指す。精神
障害の発現には,単一の病因ではなく複数の病因が関与することが多く,要因
の比重に差があるにとどまる。従来いわゆる内因精神病と呼ばれてきたものの
成因についても,最近では,内因だけでなく,これに環境因が種々の程度に絡
まり合って発病すると考えられており,内因精神病という呼称は次第に使用さ
れなくなってきている。それでも,精神疾患は,日常臨床場面では,心因性精
神障害,内因性精神障害,器質性精神障害という従来の診断が便宜使用されて
いる。心因とは,疾病を引き起こす心理的ストレスを指す。精神科治療上は,
心的因子が病像にどの程度の影響を与えているかの判断が不可欠である。
国際疾病分類(ICD−10)によると,「気分(感情)障害における基本
障害は,気分又は感情の変化で,それは通常は抑うつ(不安を伴うことも伴わ
ないこともある。)又は高揚の方向に向かう。この気分変化は,通常活動レベ
ル全般の変化を伴い,その他の症状のほとんどはこういった気分と活動性の変
化から二次的に生じたものか,あるいはそれらとの関連で容易に理解できるも
のである。これらの障害の大部分は反復的に起こる傾向があり,個々のエピソ
ード(病相期)の発症にはストレスとなる出来事又は状況が関連していること
が多い。」
気分障害は,心身症や神経症に対して主に内因によるものに分類されるが,
特殊な遺伝疾患ではなく,普通の体の病気である。抑うつ状態は,①社会,
心理的要因が重要な場合,②体質的素因が重要な場合,③内因性うつ病が
誘発される場合,④うつ病以外の病気による場合に生じ,様々な要因が複雑
に関係して生ずる。したがって,抑うつ状態には,症例ごとに臨床症状,前病
歴,生活状況,性格傾向などを含む詳細な診察と,それに応じた個別的かつ総
合的な治療,援助が必要になる。
気分障害のうちうつ病についてみると,うつ病は,うつ病親和性が高いとい
う元々の個人の素因を基礎に,身体因,心因が関与し合って発病するものと理
解されており,その発病に身体因,心因としてのストレスが無視し得ない。素
因のみでうつ病が発症するわけではなく,うつ病の発症過程にストレスが関与
することは確かである。しかし,ストレスが大きければ必ずうつ病になるわけ
でもなく,また,すべてのうつ病に必ずストレス因が指摘できるものでもない。
ストレスは誘因として関与するのであり,ストレスと病気との問に直接的な因
果関係が成り立つストレス反応及び適応障害とは区別される。気分障害の誘因
は,その出来事そのものよりも,それが,その人間,特に特定の人格を持つそ
の人間にとってどのような意味を持つかが重要である。昇進,家の新築等,抑
うつとはそぐわないように見える出来事でも,メランコリー親和型ないし執着
性格者にとっては重荷,脅威として受け取られる場合がある。例えば,執着性
格の男性が普通職から昇進して管理職になった場合,それまでは一定の型には
まった事務を処理していればよかったのが,情報の取捨選択,営業成績の上昇,
部下の掌握などという形式や際限のない仕事をしなければならなくなり,柔軟
性に乏しい者は,このような管理的な業務や急激な状況の変化に対処すること
ができなくなるのである。特にうつ病者には,自分を犠牲にして他人のために
尽くす,徹底的に行うなどの人格傾向があるので,自分の能力以上に周囲の状
況に「過剰適応」しようとし,そのための負担過重によってうつ状態に陥るこ
とが多い。燃え尽き症候群は,医療,教育従事者といった,対人関係を扱う人
などが,自分が信じて打ち込んできた仕事から期待したような成果や満足感が
得られず,精神的活力を使い果たして疲弊,感情枯渇,抑うつの状態になるも
のをいう。
うつ病に関係の深い性格傾向として,几帳面,まじめ,熱心,勤勉,良心的,
周囲に気遣いをする努力家などの諸特徴がある。そのような性格の人は,仕事
にも一生懸命取り組んで適当に休むことをしないので,のんびりした人よりも,
知らぬうちに心身のストレスを生じやすい。うつ病になりやすい性格とは,
「問題のある性格傾向」という意味ではなく,むしろ,適応力のある誠実な気
質と強く関係する。
うつ病は,まず,睡眠障害,食欲の変化,頭痛,胸が締め付けられて息苦し
いという症状,口の渇き,吐き気,便秘等の身体症状が現れる。うつ病は,体
の病気であるが,主な症状は精神面に現れ,関心,興味の減退,意欲,気力の
減退,知的活動能力の減退のほか,無力感,劣等感,自責の念,罪責感,自信
喪失,不安,焦燥感,易怒傾向,悲哀感,寂寞感等の症状が現れる。このよう
な抑うつ症状が一層強まり,あるいは長く続くと,患者は,学校,職場に行く
のがつらく,少しでも楽になりたいと思い,将来にも自信を失って,周囲の意
見を聞くゆとりもないままに退学届,辞表を出す。あるいは毎日が味気なく,
生きていてもつまらない,死んだ方がましだ,死にたいと思う気持ちが進んで,
一日中死ぬ方法ばかり考え,ついにそれを実行することがある(自殺企図)。
特に早期及び回復期にはその危険が大きい。
うつ病の発症にかかわるメカニズムの理解は,近年になって飛躍的に深まっ
てきた。うつ病は,精神症状を主とする体の病気であり,うつ病の症状は,脳
内のモノアミン含量の減少や活性の低下と関連性があると一般的に考えられて
おり,特にセロトニンとノルアドレナリンの関与が高い。脳は,複雑な器官で
あり,多種多様な役割と並はずれた情報処理能力を有している。このとてつも
ない能力は,神経細胞同士をつなぐ巨大なネットワークによって形成されてい
る。神経細胞は,プラスやマイナスに電荷しているイオンを細胞内に出し入れ
することで電気シグナルを伝達する。神経細胞は,有核の細胞体,軸索及び樹
状突起で構成されている。軸索の末端部は特徴的な構造の神経終末となり,隣
接する神経細胞とシナプスを形成する。細胞体で発生し,長い軸索を伝わって
きた電気シグナルは,神経終末において神経伝達物質の放出という化学シグナ
ルに切り替わる。化学シグナルに切り替わることにより,情報の緻密な制御を
可能にしたのである。通常,神経細胞体は神経核と呼ばれる脳の特定の小さな
領域に集団となって存在し,そこから伸びる軸索が神経路を形成し,脳内の様
々な神経支配領域に投射している。複雑な中枢神経系において重要な役割を担
う神経伝達物質は,その前駆体が能動的な再取り込みシステムによって神経細
胞に取り込まれ,神経終末内のミトコンドリアに関連する酵素によって神経細
胞内で生合成され,シナプス小胞に貯蔵され,放出されるのを待つ。放出され
た神経伝達物質の情報は,後シナプス神経細胞において電気シグナルに戻され,
さらにはセカンドメッセンジャーのような化学シグナルとしても受け取られる。
神経伝達物質は,シナプス間隙に広がり,前シナプスや後シナプス膜上の受容
体に結合する。電気シグナルの場合は,新しい活動電位の発生,活動電位の増
強あるいは抑制などの様式を取る。神経伝達物質は,受容体と結合するとすぐ
に受容体から解離し,次の伝達に備えるために速やかにシナプス間隙から除去
される。分解酵素による速やかな不活性化あるいは神経終末に存在する取り込
み部位からの能動的な再取り込みというプロセスがある。再取り込みは,モノ
アミンのようなある種の神経伝達物質に限られている。酵素による分解は,ア
セチルコリンではシナプス間隙で行われる。モノアミンのように再取り込みさ
れた神経伝達物質の一部は直ちに神経終末内で酵素によって分解され,その不
活性代謝物は細胞外に拡散する。したがって,薬物でその再取り込みや分解を
抑制すると,神経伝達物質の働きが高まることになる。セロトニンとノルアド
レナリンは,多くの神経伝達物質の中でも,特に睡眠,食欲,感情等のコント
ロールに関係が深い。神経伝達物質のセロトニンあるいはノルアドレナリンの
シナプス前膜の再取り込みを抑制するか,その分解酵素を抑制することにより,
これらの神経伝達を促進する薬理作用を持つ薬物が,うつ病に特異的に奏功す
る。1980年代になると,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
が導入され,大きな成功を収めた。近年になると,セロトニンとノルアドレナ
リンの両方の神経伝達に作用する二重作用の抗うつ薬(SNRI)が登場し,
臨床で用いられるようになった。
うつ病患者の大部分は,自覚的な苦悩は甚だしいものの,外来で服薬治療が
可能である。しかし,重症になると,通常の勤務が困難で,主婦の場合も掃除,
洗濯ができず,テレビもつけず,電話にも出られない。そのころから自殺を思
う時間や深刻さが増してくる。家族がいつも一緒にいるなら外来で治療できる
が,状況によっては入院が必要になる。
うつ病は,もともと周期性の病気である。この周期は,普通1か月から数か
月,時には数年間続く。抑うつ状態が2週間以上みられるとき,はじめてうつ
病と診断することが勧められている。抗うつ薬は,普通1週間から3週間のう
ちにうつ病の諸症状を顕著に改善する。しかし,うつ病の周期まで短縮するこ
とはできない。したがって,服薬の終了は,慎重に行わなければならない。治
療によって心身共に発病前に戻って,さしあたって薬はいらないほどに回復す
る症例もある。しかし,一般に中程度以上の抑うつ状態が起きた後,約6か月
間は再発を来しやすいので,服用を続け,更に様子を見ながら減量の上,中止
することが勧められる。常用量の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSR
I)を急に中止すると,2,3日後に吐き気,頭痛,いらいら感,風邪に似た
不快感等が起きることがある。上記薬の離脱症状であり,服薬を再開するとす
ぐ消失する。自分の判断でやめないよう,事情によりあらかじめ知らせておか
なければならない。
3公務起因性判断の前提となる認定事実
前記引用に係る原判決の前提となる事実(前記訂正部分を含む。)に関係証
拠及び弁論の全趣旨を併せて考えれば,次のとおり付加し,訂正するほかは,
公務起因性判断の前提となる認定事実として,原判決61頁12行目から99
頁9行目までのとおり認定することができるので,これを引用する。
(1)原判決62頁11行目から13行目までを次のとおり改める。
「aは,まじめで几帳面であり,教員としての責任感,使命感が強く,後
記のとおり,養護教育に携わることを自分の使命と受け止めて真摯に職務
に取り組んでいたが,物事に柔軟に取り組むことが苦手で,自己の意に添
わないことについては拒否的反応を表に出しやすいタイプであった。」
(2)原判決87頁23行目の「うつ状態であると診断された。」の次に次の
とおり加える。
「aは,まじめで几帳面であり,教員としての責任感,使命感が強く,養
護教育に携わることを自分の使命と受け止めて真摯に職務に取り組んできて
おり,本件体験入学の実施にも正面から取り組んだが,物事に柔軟に取り組
むことが苦手であり,本件体験入学実施によりそれまで経験していなかった
尋常でない事態に次々と遭遇し,精神的にこれに付いていくことができず,
体験児童を包容力を持ってやさしく受け入れてやることができなかったので
あって,その結果,それまで20年間培ってきた教員としての存立基盤が揺
らぎ,教員としての誇りと自信を喪失し,精神的に深刻な危機に陥ることと
なった上,それまで在籍児童及びその保護者と築き上げてきた緊密な信頼関
係すら本件体験入学の実施により傷ついたのではないかという思いにとらわ
れたものと考えられる。これにより,aは,苦労して真摯に取り組んだ本件
体験入学の実施によって自分の収穫となったと感じられるものが何もなく,
自らの教員としての存立基盤が揺らぎ,教員としての誇りと自信を喪失する
こととなって,精神的に深刻な危機に陥って,気力を使い果たして疲弊,抑
うつの状態になったと考えられる。」
(3)原判決99頁9行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「(5)以上の事実経過,aの症状,医師の意見を総合すれば,aは,
苦労して真摯に取り組んだ本件体験入学の実施によって自分の収穫と
なったと感じられるものが何もなく,自らの教員としての存立基盤が
揺らぎ,教員としての誇りと自信を喪失することとなって,精神的に
深刻な危機に陥って,気力を使い果たして疲弊,抑うつの状態になっ
たと考えられるのであり,本件体験入学実施期間中から胃痛やのどの
痛み等で体調を崩し,そのころから睡眠障害,朝がつらいという自覚
症状,胸が締め付けられて息苦しいという自覚症状や精神的な落ち込
みに苦しみ,その後専門科医による治療を受けて一時的に改善の兆し
が見られたものの,職場復帰の日が近づくにつれて病状が悪化し,無
力感,劣等感,自責の念,罪責感,自信喪失等により,職場に復帰す
るのがつらく,自ら命を絶つことで楽になりたいと思い詰めて自殺し
たものであり,これによれば,aは,本件体験入学実施期間中に本件
体験入学実施による精神的重圧によりうつ病に罹患し,復職間近にな
って重症化し,うつ病に基づく自殺企図の発作によって自殺したもの
と認められる。」
4aの自殺と公務との間の相当因果関係(公務起因性)の有無について
前記引用に係る公務起因性判断の前提となる認定事実(前記訂正部分を含
む。)と前記のとおりの医学的知見によれば,aは教員として20年間勤務を
した実績があり,aにうつ病の原因となるべき公務以外の心理的負荷が存在し
たとはいえず,aが几帳面,まじめ,職務熱心,責任感,誠実,柔軟性にやや
欠けるといううつ病に関係の深い性格傾向を有していたことを別にすれば,a
に精神障害発症の素因,器質等が存在していたとはいえないところ,aは,ま
じめで几帳面であり,教員としての責任感,使命感が強く,養護教育に携わる
ことを自分の使命と受け止めて真摯に職務に取り組んできており,本件体験入
学の実施にも正面から取り組んだが,物事に柔軟に取り組むことが苦手であり,
本件体験入学実施によりそれまで経験していなかった尋常でない事態に次々と
遭遇し,精神的にこれに付いていくことができず,体験児童を包容力を持って
やさしく受け入れてやることができなかったのであって,その結果,それまで
20年間培ってきた教員としての存立基盤が揺らぎ,教員としての誇りと自信
を喪失し,精神的に深刻な危機に陥ることとなった上,それまで在籍児童及び
その保護者と築き上げてきた緊密な信頼関係すら本件体験入学の実施により傷
ついたのではないかという思いにとらわれ,これにより,aは,苦労して真摯
に取り組んだ本件体験入学の実施によって自分の収穫となったと感じられるも
のが何もなく,自らの教員としての存立基盤が揺らぎ,教員としての誇りと自
信を喪失することとなって,精神的に深刻な危機に陥って,気力を使い果たし
て疲弊,抑うつの状態になったと考えられるのであって,aは,本件体験入学
実施期間中から胃痛やのどの痛み等で体調を崩し,そのころから睡眠障害,朝
がつらいという自覚症状,胸が締め付けられて息苦しいという自覚症状や精神
的な落ち込みに苦しみ,その後専門科医による治療を受けて一時的に改善の兆
しが見られたものの,職場復帰の日が近づくにつれて病状が悪化し,無力感,
劣等感,自責の念,罪責感,自信喪失等により,職場に復帰するのがつらく,
自ら命を絶つことで楽になりたいと思い詰めて自殺したものである。これによ
れば,aは,本件体験入学実施期間中に本件体験入学実施による精神的重圧に
よりうつ病に罹患し,復職間近になって重症化し,うつ病に基づく自殺企図の
発作によって自殺したものと認められるのであり,aの自殺と公務との間には
相当因果関係があるということができるから,公務上死亡したものというべき
である。aが几帳面,まじめ,職務熱心,責任感,誠実,柔軟性にやや欠ける
といううつ病に関係の深い性格傾向を有していたことは前記のとおりであるが,
几帳面,まじめ,職務熱心,責任感,誠実という性格傾向を有していても,柔
軟性にやや欠ける者であれば教職員として採用するにふさわしくないとは到底
いえないのであり,このことは,aが20年間に及ぶ教員としての十分な勤務
実績を上げたことによって裏付けられているところ,aは,養護教育に情熱を
傾け,本件体験入学の実施にも結局逃げることなく苦労して真摯に取り組んだ
が,本件体験入学実施によりそれまで経験していなかった尋常でない事態に次
々と遭遇し,精神的にこれに付いていくことができず,前記のとおりの挫折感
を味わい,自らの教員としての存立基盤が揺らぎ,教員としての誇りと自信を
喪失することとなって,精神的に深刻な危機に陥って,気力を使い果たして疲
弊,抑うつの状態になったのであって,本件体験入学の実施の公務としての過
重性は優に肯定することができる。このような場合に,当該公務員が几帳面,
まじめ,職務熱心,責任感,誠実,柔軟性にやや欠けるといううつ病に関係の
深い性格傾向を有していたことを理由に,当該公務員を公務災害の対象としな
いことが法の趣旨であるとは,到底解することができない。
5本件処分の違法
以上によれば,被控訴人がaの自殺と公務との間の相当因果関係を否定して
本件処分(公務外災害認定処分)をしたことは違法であるというべきである。
6被控訴人の当審における主張に対する判断
被控訴人は,前記第2の3のとおり主張するが,いずれも採用し難いことは
既に説示したとおりである。
したがって,被控訴人の上記主張はいずれも採用することができない。
7そうすると,控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきである。
第4結論
よって,本件控訴は理由があり,控訴人の請求を棄却した原判決は不当であ
るからこれを取り消し,本件処分を取り消すこととして,主文のとおり判決す
る。
東京高等裁判所第21民事部
裁判官高世三郎
裁判官西口元
裁判長裁判官濱野惺は,退官のため署名押印することができない。
裁判官高世三郎

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