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平成28年(う)第598号不正競争防止法違反被告事件
平成29年12月8日大阪高等裁判所第4刑事部判決
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は,被告人両名の連帯負担とする。
理由
被告人両名の各控訴の趣意は,弁護人壇俊光(主任),同中川武隆,同板倉陽一
郎,同野田隼人及び同相川大輔連名作成の控訴趣意書並びに控訴趣意補充書(ただ
し,同書面第2の1(1)の訴因外の事実の認定に関する主張は,独立の控訴理由と
するものではない旨述べた。)並びに弁護人壇俊光(主任)及び同相川大輔連名作
成の控訴趣意補充書(2)及び同(3)に各記載のとおりであり,これらに対する答弁
は,検察官松居徹郎作成の答弁書及び意見書に各記載のとおりであるから,これら
を引用するが,弁護人らの論旨は,法令適用の誤り及び事実誤認の主張である。
第1原判決の概要及び当審における当事者の主張の要旨
1原判決の概要
(1)罪となるべき事実の要旨
被告人X(A(以下「A」という。)の代表取締役(当時),以下「X」とい
う。)及び同Y(A勤務のプログラムソフト販売責任者(当時),以下「Y」とい
う。)は,元相被告人B(A勤務のプログラマー(当時)で控訴審係属後の平成2
9年2月19日死亡により公訴棄却決定,以下「B」という。)と共謀の上,C社
(以下「C社」という。)がD形式ファイルにより電子書籍の影像を配信するにあ
たり,営業上用いている電磁的方法により上記影像の視聴及び記録を制限する手段
であって,視聴等機器が,同社が提供する影像表示・閲覧ソフト「E書籍ビュー
ア」(以下「本件ビューア」という。)による特定の変換を必要とするように上記
影像を変換して送信する方式(以下「本件技術的制限手段」という。)により,ラ
イセンスの発行を受けた特定の上記機器にインストールされた本件ビューア以外で
は視聴ができないように上記影像の視聴及び記録が制限されているのに,Aの業務
に関し,不正の利益を得る目的で,法定の除外事由なしに,平成25年9月10日
頃及び同年11月23日頃,本件ビューアに組み込まれている影像等の記録・保存
を行うことを防止する機能を無効化する方法で本件技術的制限手段の効果を妨げる
ことにより,上記機器にインストールされた本件ビューア以外でも上記影像の視聴
を可能とする機能を有するプログラム「F3」を,上記用途に供するため,2名の
者にそれぞれ電気通信回線を通じてダウンロードさせて提供した。
(2)争点に対する判断
ア被告人らが電気通信回線を通じて提供したF3が,C社が電子書籍を配信
するにあたって施している「技術的制限手段の効果を妨げることにより(影像の視
聴等を)可能とする機能を有するプログラム」(平成27年法律第54号による改
正前の不正競争防止法(以下「法」という。)2条1項10号)に該当するか否か
について
C社の本件電子書籍は,D形式ファイルに暗号化されており,その視聴のために
は本件ビューアによる復号化が必要であって,これが「技術的制限手段」(法2条
7項)に該当することは明らかであり,この点は当事者間にも争いがなく,C社
が,本件ビューアにソフトウェアGというDRM(デジタル著作権管理)技術を組
み込んで,復号化された影像のキャプチャ(ディスプレイに表示されている静止画
や動画を画像データとしてファイルに保存すること)防止措置を講じたのを,F3
が無効化したことが,「技術的制限手段の効果を妨げる」という要件に当たるとい
えるかが,本件の主要な争点である。
「技術的制限手段の効果を妨げる」とは,その立法目的やその経緯(平成11年
法改正,平成23年法改正)からみて,法2条7項に規定する技術的制限手段であ
る信号方式や暗号方式そのものを無効化することに限らず,技術的制限手段の効果
を弱化または無効化することをいうものと解すべきである。そして,「技術的制限
手段の効果を妨げる」といえるか否かを検討するに当たっては,当該技術的制限手
段を施した者がいかなる効果を実現しようとしていたかを検討することとなるが,
主観的意図のすべてが保護に値するわけではなく,保護されるのは合理的な意図に
限られると解するのが相当である。合理的な意図に当たるか否かは,当該技術的制
限手段を施した者が通常有すべき意図のほか,コンテンツ取引に係る契約内容,当
該技術的制限手段と意図された効果との関係性,当該技術的制限手段を施した者が
その効果を実現するためにさらに付加したプログラム等の目的や機能等を考慮して
客観的に判断されるべきである。
以上の基準を本件に当てはめると,C社が本件技術的制限手段を施した意図は,
正当にライセンスを受けた者が本件ビューアでしか視聴できないようにすることに
とどまらず,コンテンツのコピー防止を含み,その意図は,コンテンツ提供事業者
として通常有すべき意図であるばかりでなく,電子書籍の出版社や著作権者等がC
社とコンテンツ配信契約を結ぶ際,コピー防止を意図したDRMを施すことを義務
付ける条項を入れた上で著作物の使用を許諾していることから,合理的な意図と評
価される。そして,暗号化だけでは上記の意図が完全には実現できないことから,
本件技術的制限手段の機能を補完すべく,本件ビューアにソフトウェアGが組み込
まれたもので,ソフトウェアGには,キャプチャソフトが持つコピー機能を無効化
する機能があるだけでなく,ソフトウェアGなくしてビューア単体では起動せず,
ソフトウェアGなしにはコンテンツの視聴もできないようになっていることから,
本件電子書籍の暗号化とソフトウェアGとはその目的を共通にし,機能的にも一体
性を有している。
したがって,視聴等機器の画面上に表示された本件電子書籍の内容を,キャプチ
ャを含めた意味におけるコピー等をすることができないという機能,ひいては,何
人も,本件ビューア以外ではその内容を視聴することができないという機能は,客
観的に見て,本件技術的制限手段の効果であるといえ,F3がキャプチャ防止措置
を無効化したことは「技術的制限手段の効果を妨げる」という要件に当たる。
イ被告人らの故意及び共謀の有無等について
X,Y及びBは,公判廷において,F3の開発当時,C社が本件ビューアにソフ
トウェアGを搭載し,キャプチャを防止しようとしていることを知っていた旨認め
ていることに加え,Xが,YやBに対して指示していた内容等や,電子書籍を配信
している他社からAに対して送付された警告書に対応するため,Xが,弁護士と相
談した状況等,XがYやBから報告を受けたり相談を受けたりしていた状況等を総
合すると,X,Y及びBのいずれも,本件技術的制限手段の効果やソフトウェアG
の機能に加え,これらの関連性を理解しており,F3が本件技術的制限手段の効果
を妨げるものであると十分に理解しており,故意が認められるとともに,3名間に
共謀が成立していたと認められる。
ウ適用罰条について
営業上用いられている技術的制限手段の効果を妨げることにより視聴等を可能と
する機能を有する機器等を提供等する行為は,法2条1項10号(11号に該当す
る場合を除く)及び同項11号(他人が特定の者以外の者に視聴等をさせないため
に技術的制限手段を用いている場合)に定められ,10号と11号とは排他的関係
にあるところ,本件技術的制限手段の効果は,何人も,本件ビューア以外ではその
内容を視聴することができないというもので,ライセンスを受けた者に対しても,
コピー等による視聴方法を制限することであり,ライセンスを受けた者及びそれ以
外の者いずれに対しても一律に及ぶから,本件に適用すべき罰条は,同項10号で
ある。
2当審における弁護人の主張の要旨
(1)F3が,C社が電子書籍を配信するにあたって施している「技術的制限手
段の効果を妨げることにより影像の視聴等を可能とする機能を有するプログラム」
に該当するかに関する事実誤認及び法令適用の誤りの主張
アあるべき解釈について
「技術的制限手段の効果を妨げる」とは,管理技術それ自体を無効化するもの,
すなわち,技術的制限手段によって実現されている効果を妨げることに限定される
ことは,不正競争防止法の趣旨,罪刑法定主義,情報処理技術からの帰結である。
すなわち,不正競争防止法は,利用者の利便性を損なったり,情報処理技術の進
展を阻害したりすることのないよう最低限度の規制を指向しており,技術的制限手
段について法2条7項において明確な定義規定を設けているところ,技術的制限手
段によって実現されている効果以外の効果をも「技術的制限手段の効果」とするこ
とは,法が最低限度の規制を指向し,明確な定義規定を置いた趣旨を没却するもの
である。
また,「技術的制限手段の効果」に技術的制限手段によって実現されている効果
以外の効果を含ませる解釈は,条文上,いかなる効果が含まれるか明らかではない
ので,刑罰法規の明確性の原則に反するし,「技術的制限手段の効果」に技術的制
限手段によって実現されている効果以外の効果を含ませることは,技術的制限手段
ならざるものに技術的制限手段としての保護を与えることに等しく,これは罪刑法
定主義が禁止する類推処罰に該当する。
さらに,技術的制限手段によって実現される効果以外の効果を含ませる解釈は,
開発中の技術が規制対象か否かの予見可能性を失わせ,開発を萎縮させるという悪
影響がある。
イ原判決の解釈の論拠の不当性
原判決は,「技術的制限手段の効果を妨げる」の意義について「信号方式や暗号
方式といった技術的制限手段そのものを無効化するものに限られると解すべき合理
的理由はない。情報関連技術が急速に発展しており,法改正時にすべての事例が想
定されたわけではないと考えられることからすれば,どのような事例がこれに該当
するかについては,個別具体的な判断に委ねられていると解される」とし,このよ
うな解釈と整合するものとして「衆議院議員H君提出技術的制限手段に関する再質
問に対する答弁書」(弁69)を指摘するが,原判決は,上記書面の趣旨を曲解し
ている。すなわち,上記書面は,技術的制限手段それ自体には該当せず,これに付
け加えて提供されたプログラムを弱化又は無効化することには何ら触れていないか
ら,立法当時の政府の見解が,技術的制限手段そのものを無効化するものに限定す
る趣旨でないと解することはできず,原判決の解釈の根拠に用いることはできない
ものである。
また,原判決は,「技術的制限手段の効果を妨げる」に該当するか否かを検討す
るにあたって「当該技術的制限手段を施した者がいかなる効果を実現しようと意図
していたかを検討することとなるが,主観的意図すべてが保護に値するわけではな
く,保護されるのは,合理的な意図に限られると解するのが相当である」と説示
し,そのような基準を導く根拠として,平成11年法改正及び平成23年法改正の
趣旨や,内閣総理大臣の答弁及び立法担当部局の見解(原審証人Iの供述),情報
関連技術の急速な発展に対応する必要性を指摘する。しかしながら,①上記平成1
1年法改正は,提供が禁止される機器等は,必要最小限度の規制を導入するという
基本原則を踏まえ,管理技術の無効化を専らその機能とするものとされ,規制強化
を理由とする広範な規制を許容しておらず,平成23年法改正も,上記提供行為の
刑罰化を図るとともに,従前技術的制限手段の効果を妨げる機能のみを有する機器
等の提供行為が規制対象であったことについて,この「機能のみ」という要件を削
除して他の機能を併有する場合に規制対象の拡大を図った(ただし,それも,その
ような「用途に供するために行うものに限る」との限定がなされている。)にすぎ
ず,技術的制限手段の効果の意味の範囲については何らの変更もなされていないこ
とからすれば,これらの法改正の趣旨は,技術的制限手段の効果の意味を拡大し
て,処罰対象を広げるような解釈を許容していないというべきであり,また,②コ
ピーガードの主たる規格は,立法当時も現在も,コンテンツに組み込んだ信号方
式,コンテンツの暗号方式及びこれらを組み合わせた方式がほとんどであり,法
は,そのような状況を踏まえて,技術的制限手段の内容を法定しているのであっ
て,コンテンツに組み込まれていないものを技術的制限手段に加える必要はないと
判断しているものというべきであるから,情報関連技術の急速な発展への対応につ
いても,その必要があれば,法改正により技術的制限手段の対象を追加することを
法が予定しているというべきで,原判決のような解釈を法は許容していないという
べきである。なお,原判決が論拠とした内閣総理大臣の答弁及び立法担当部局の見
解(原審証人Iの供述)も,技術的制限手段の効果に技術的制限手段によって実現
されていない効果を含んでよいとか,当該技術的制限手段を施した者の意図に反す
るものを広く技術的制限手段の効果にしてよいとまでは言っていない。
ウ原判決は,弁護側が提出した不正競争防止法分野における権威ある専門家の
意見を無視した結果,「技術的制限手段の効果」について上記専門家が提起した疑
問点を解消することができておらず,その独自の解釈は明らかに誤りである。
すなわち,①現行法が,技術的制限手段を信号方式と暗号方式に限っており,著
作権法が同様の方式を定めている技術的保護手段の「回避」(著作権法30条1項
2号)の解釈との調和の観点から,技術的制限手段それ自体を無効化する方法及び
それと客観的に同視しうる方法に限定されるべきである(J教授),また,②ソフ
トウェアGが,ウィンドウズの標準機能として提供されているWindowsAPIを改
変するものであり,そのような技術を保護の対象にすべきではない(J教授),③
F3は,本件ビューアに対して何の影響も与えておらず,影響を及ぼしているの
は,本件ビューアとは無関係のソフトウェアGであり,ソフトウェアGは,技術的
制限手段には該当しない(K教授,L教授),④原判決の解釈を前提にすると,復
号化されたコンテンツをデジタルカメラで撮影することも,法2条1項10号及び
11号の規制対象となることになり,このような判断は,技術開発に対する萎縮効
果がはなはだしく,情報処理の常識に反する(L教授),以上の疑問を解消するこ
とができない原判決の解釈には誤りがある。
エ原判決の基準の不合理性
原判決の「当該技術的制限手段を施した者の合理的意図に反する」という基準
は,コンテンツ提供事業者の保護と技術発展の調和に対して混乱をもたらすもので
しかなく,不合理な基準である。
すなわち,①「当該技術的制限手段を施した者の意図に反する」という原判決の
基準は,たとえ「合理的意図」に限定しても,何が「合理的」であるかを,技術や
知的財産に十分な知見を有していない刑事裁判所の事後判断にかからせるもので,
処罰を合理的な範囲に限定する機能を果たすことはできず,結局,当該技術的制限
手段を施した者の意図に技術者や利用者を従属させることになり,コンテンツ提供
事業者の保護に偏重している。
また,②原判決は,合理的な意図に当たるか否かを,当該技術的制限手段を施し
た者が通常有すべき意図のほか,コンテンツ取引に係る契約内容,当該技術的制限
手段と意図された効果との関係性等を考慮して客観的に定めることができるとする
が,このような基準では,技術者が,事前に何が犯罪となるかを理解することはで
きず,技術者に対する多大な萎縮効果を与えるものである。
また,③原判決の基準では,当該技術的制限手段を施した者の合理的意図に反す
るあらゆる機器の提供が処罰の対象となり,立法にあたって審議会で議論され,パ
ソコンのような無反応機器に対して一貫して規制の対象外とされてきた立法経過を
も無視した広範な規制を肯定するものであって,現在のデジタル技術の開発を困難
ならしめるものである。
さらに,④F3は,電子書籍の購入者が,コンテンツ提供事業者が廃業等をして
も,購入した電子書籍の購読ができるようにしたものであり,これは,電子書籍を
私的に複製することを許容する著作権法30条1項で適法とされる行為である(な
お,技術的保護手段を回避する私的複製は許されないが,本件はこれにあたらな
い。)。原判決の解釈は,このように著作権法上適法な行為を,不正競争防止法に
よって違法とするもので,著作権法が保障する利用の権利を破壊(侵害)するもの
である。
オ原判決のあてはめの不当性
原判決は,「技術的制限手段の効果を妨げる」ことについて,独自の解釈と基準
を定立し,本件に当てはめているところ,以下のとおりの理由から,F3は,技術
的制限手段の効果を妨げるものに該当しないというべきであるのに,これに該当す
るとした原判決のあてはめは,事実を誤認したものである。
①原判決は,信用することができない証人Mの供述を基に,C社が本件技術的制
限手段を施した意図や,そのような意図がコンテンツ提供事業者として通常有すべ
き意図であり,かつ,電子書籍の出版社や著作権者等も,それを前提にC社と契約
していると認定したもので,その認定内容には誤りがある。
②原判決は,電子書籍の出版社や著作権者等も,C社とコンテンツ配信契約を結
ぶ際,コピー防止を意図したDRMを施すことを義務付ける条項を入れた上で,著
作権の許諾をしているから,そのような事情を踏まえて当該技術的制限手段を施し
た者の合理的な意図を客観的に定めるべきであるとしているが,C社の提供するコ
ンテンツでも,コピー防止機能というDRMのないものが配信されているし,他社
においては,そもそもコピー防止機能というDRMを採用せずにコンテンツを配信
しているものが複数社あり,コピー防止のDRM技術が施されていないコンテンツ
も多数配信されている実情があるから,著作権者等が,一般的にコピー防止機能を
義務付ける契約をしていること,あるいは,C社との契約においてそれを義務付け
る契約をしていることを前提に立論していること自体に原判決の誤りがある。
③原判決は,無権限の者の視聴を制限することとコピーを防止するという意図
が,本件技術的制限手段だけでは完全に実現できないことから,それを補完すべ
く,本件ビューアにソフトウェアGが組み込まれたと説示するが,上記視聴制限機
能と上記コピー防止機能とは,別個独立の機能であり,ソフトウェアGのコピー防
止機能は,本件技術的制限手段の視聴制限機能を補完するような性質のものではな
い。
④原判決は,ソフトウェアGなくして本件ビューア単体で起動しないことなどか
ら,本件技術的制限手段とソフトウェアGが機能的にも一体であると説示するが,
このように起動を連動させることにより,一体性を認めるのであれば,様々なプロ
グラムを本件技術的制限手段と組み合わせてその効果に含ませることができること
になるが,これは明らかに不合理である。
カ原判決の適用罰条の誤り
原判決は,本件につき,法2条1項10号を適用したが,本件ビューア及び暗号
化されたコンテンツは,正当なIDを持った者しか視聴できないというものである
から,法2条1項11号の問題であり,法2条1項10号は,法2条1項11号に
該当する場合を明示で除外しているから,原判決の法令適用は誤っている。また,
原判決の解釈は,法2条1項11号の場面の問題であるのに,技術的制限手段に技
術的制限手段にあたらないものを組み合わせると,法2条1項10号の技術的制限
手段となることを認めるに等しく,法2条7項の技術的制限手段の定義を無視する
ことにもなる。以上のとおりであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明
らかな法令適用の誤りがある。
(2)故意及び共謀に関する事実誤認の主張
Xは,Fが,キャプチャのためにウィンドウズの共通ライブラリの一つである
BitBltAPI(ビットビルトエーピーアイ)を利用していることを逮捕されるまで知
らなかったし,F1について他社から著作権法違反の警告を受けた際にYから受け
た説明の内容が間違っていたため,Fのプログラムの内容を十分に知らなかったか
ら,Xの認識は,「電子書籍提供事業者の中には,Fを妨害しようとするものがい
るにもかかわらず,Fが,何らかの方法で妨害を回避して画面をキャプチャするこ
とを可能にしている」という程度の認識しか有していなかった。以上のような認識
によって,技術的制限手段の回避に関する故意があるとは認められない。
Yは,プログラムに関する知識が皆無であるため,その内容を誤解しており,そ
の認識も,Xの前記認識と同様であり,技術的制限手段の回避に関する故意がある
とは認められない。
そして,X及びYの認識が前記の程度であることから,技術的制限手段の回避に
関し,Bを含む3者間での共謀も認められない。
3当審における検察官の主張
(1)F3が,C社が電子書籍を配信するにあたって施している「技術的制限手
段の効果を妨げることにより影像の視聴等を可能とする機能を有するプログラム」
に該当するかに関する弁護人の事実誤認及び法令適用の誤りの主張
ア弁護人の「技術的制限手段の効果を妨げる」の解釈及びその論拠について
ア)弁護人の解釈は,法文上「技術的制限手段の効果を妨げる」と規定してい
て,暗号を解読・復号化することに限定するような明文規定が一切存在せず(この
点で,著作権法における技術的保護手段の回避とは異なる状況がある。),かつ,
「技術的制限手段を回避する」と規定されているわけでもないのに,技術的制限手
段それ自体を無効化すると限定的に読み替えるもので,法文の素直な解釈を逸脱す
るものである。
弁護人の解釈は,規制される側の権利のみを主張し,コンテンツ提供事業者の権
利・利益,公正な競争秩序の確保という法改正の根本的な趣旨を看過している。
弁護人の解釈は,コンテンツ提供事業者側の予測可能性を大きく損なうものであ
り,同事業者がF3のようなソフトに対して延々と費用と労力をかけて対処するこ
と,すなわち同事業者にいたちごっこを強いるものであり,コンテンツ取引契約の
実効性を著しく損ない我が国の経済社会に大きな損失を招くもので,2度の規制の
強化に踏み切った法改正の趣旨に明らかに反する。
原判決も,当該技術的制限手段の効果に,当該技術的制限手段によっては実現で
きない効果を含むとは述べておらず,そのような解釈をしているわけではない。
弁護人の解釈を支えるとされるJ教授の見解も,子細に検討すると,その根拠は
薄弱であり,同教授も,本件の争点について学会において深い議論がなされていな
いことを認めており,弁護人の主張の論拠とはならない。
イ)弁護人は,平成27年8月の内閣答弁(弁69)やI証言は,原判決の解釈
の論拠とはならないと主張するが,上記内閣答弁や証人Iが供述するところは,原
判決の解釈に沿ったものとして立法当初から一貫したものである。
イ原判決の判断基準及び考慮要素について
ア)弁護人は,「当該技術的制限手段を施した者の合理的意図に反する」という
基準は,予め何が合理的意図に反するかを,明らかにすることはできないなどとす
るが,「合理的意図」は,弁護人がいう技術者を含め,一般通常人において,何が
合理的であるかを常識的に理解し,判断することができるような意図をいうものと
解されるのであり,刑罰の明確性の原則に反するものではない。加えて,刑罰の対
象となるものは,さらに,「用途に供するため」(法2条1項10号)の要件や,
「不正の利益を得る目的で,又は営業上技術的制限手段を用いている者に損害を加
える目的で」(法21条2項4号)の要件を満たすものに限られている。
したがって,原判決が示した判断基準は,弁護人が指摘するような技術者を萎縮
させ,コンテンツ提供事業者の保護に偏重しているものではない。
イ)原判決が「合理的意図」に当たるか否かを判断するために考慮すべき事情と
して,当該技術的制限手段を施した者が通常有すべき意図,コンテンツ取引に係る
契約内容,当該技術的制限手段と意図された効果との関係性等の事情を掲げたの
は,前記のような一般人を基準とした判断をするために検討すべきものとして合理
的なものであるから,これらによって技術者が判断することができないという弁護
人の主張は理由がない。
ウ)弁護人は,当該技術的制限手段を施した者の意図に反するあらゆる機器の提
供が処罰の対象となると主張するが,前記のとおり,処罰されるのは,「用途に供
するため」の要件や,不正利得目的ないし加害目的も必要であるから,これらの厳
格な要件を無視した主張であり,失当である。
エ)弁護人が,著作権法上許容される利用の権利を侵害すると主張する点は,著
作権法と不正競争防止法とでは,規制の趣旨,条文の文言・構造,規制の要件等が
異なる別個の法律であるから,著作権法の規制対象外であることを理由として不正
競争防止法上も規制されるべきでないという論理は成り立たない。
ウ原判決のあてはめについて
ア)弁護人は,原判決が,その解釈基準をあてはめる際の考慮要素に係る事情に
ついて,信用することができない証人Mの供述に基づき認定したと主張するが,原
判決は,同証人の供述のほか,C社二次元事業部事業部長の供述調書(甲6)をも
根拠に掲げており,同調書末尾にはコンテンツ配信基本契約書が添付されており,
これらの証拠を総合すれば,原判決の認定に誤りはない。
イ)DRMのないコンテンツも多数配信されているとの弁護人の主張について,
原判決は,DRMを施すか否かは,現実の被害の状況や対処方法の難易,費用対効
果などの観点によるのであり,他社やC社が提供する他のOS向けのコンテンツに
おいてDRMが施されていないものが配信されているからといって,C社を含むコ
ンテンツ提供事業者がコピー防止の意図を放棄しているとか,本件技術的制限手段
の効果にコピー等防止機能が含まれないとみることはできないなどと説示してお
り,相当である。
ウ)弁護人は,原判決が,考慮要素の一つとして,本件ビューアとソフトウェア
Gが補完する関係にあり,一体で動作するなどと判断したのに対し,両者は別々の
プログラムで補完関係にはないなどと主張するが,ソフトウェアGを本件ビューア
に組み込んだ趣旨・経緯は,暗号化という技術的制限手段により,視聴等制限及び
コピー防止の効果が得られていたのを,F3が,本件ビューアが復号化した影像の
キャプチャを可能にする方法で上記効果を無効化したことに対処するものであった
から,ソフトウェアGは,暗号化による機能・効果を補完する目的で組み込まれた
ものであることは明らかである。
エ)弁護人は,F3の機能は,ソフトウェアGの機能・効果を妨げているのみ
で,本件ビューアの暗号化の機能・効果を何ら妨げていないと主張するが,暗号化
された影像は,復号化しなければ視聴できないものである以上,暗号化は,コンテ
ンツ提供事業者が,管理・提供する復号手段によってのみ復号化して視聴できるこ
とをその効果とする技術的制限手段であるから,F3が,本件ビューアで復号化さ
れた影像をキャプチャしてpdf形式等のファイルに変換・保存することを可能に
することにより,本件ビューアによってのみ復号化して視聴できるという暗号化の
機能・効果を妨げていることは明らかである。
(2)その他の主張について
弁護人は,本件に適用すべき罰条や,被告人らの故意及び共謀について,種々主
張するが,それらに対する原判決の説示は正当である。
第2当裁判所の判断
1F3が,C社が電子書籍を配信するにあたって施している「技術的制限手段
の効果を妨げることにより影像の視聴等を可能とする機能を有するプログラム」に
該当するかに関する事実誤認及び法令適用の誤りの主張について
原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
(1)法2条1項10号は,営業上用いられている技術的制限手段により制限さ
れている影像若しくは音の視聴若しくはプログラムの実行又は影像,音若しくはプ
ログラムの記録を当該技術的制限手段の効果を妨げることにより可能とする機能を
有する装置若しくは当該機能を有するプログラムを記録した記録媒体若しくは記憶
した機器を譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,輸出し,若し
くは輸入し,又は当該機能を有するプログラムを電気通信回線を通じて提供する行
為を,不正競争に該当する行為と定めている。
そして,「営業上用いられている技術的制限手段により制限されている影像若し
くは音の視聴若しくはプログラムの実行又は影像,音若しくはプログラムの記録を
当該技術的制限手段の効果を妨げることにより可能とする機能」とは,営業上用い
られている技術的制限手段により制限されている影像,音の視聴,プログラムの実
行,影像,音,プログラムの記録を可能とする機能を指すものと解するのが相当で
ある。本件において,C社がD形式ファイルにより電子書籍の影像を配信するにあ
たり,その閲読のために本件ビューアによる復号化が必要になるようコンテンツを
暗号化しているのが,技術的制限手段に該当することは明らかであるところ,この
技術的制限手段の効果は,本件ビューアがインストールされた機器以外の機器では
暗号化されたコンテンツの表示ができないということであるというべきである。
そして,本件ビューアに組み込まれたプログラムであるソフトウェアGは,本件
ビューアがインストールされた機器が表示する電子書籍の影像がキャプチャされ
て,他の機器でも自由にコンテンツが表示できるようになるのを防ぐ目的で,電子
書籍の影像のキャプチャを不能にする制御を行うプログラムであって,本件ビュー
アがインストールされた機器以外の機器ではコンテンツの表示ができないという効
果が妨げられる事態のより確実な防止を目指すものである。すると,このソフトウ
ェアGが行った制御と反対の制御を行うことによって影像のキャプチャを再度可能
ならしめるF3は,結局のところ,本件ビューアがインストールされた機器以外の
機器ではコンテンツの表示ができないという効果を妨げるものにほかならないプロ
グラムということができる。
したがって,F3が,法2条1項10号の「技術的制限手段の効果を妨げること
により影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」に該当するとした原判決
は正当であって,電気通信回線を通じてF3を他者にダウンロードさせて提供する
行為は,不正競争行為にあたるというべきである。
(2)これに対し,弁護人は,F3が,技術的制限手段の効果を妨げることによ
り影像の視聴等を可能とする機能を有するプログラムにあたらない,と主張する。
そこで,以下,弁護人の主張に鑑みて当裁判所の見解につき更に説明する。
ア弁護人は,前述のとおり,様々に主張するが,その中心的な所論は,処罰範
囲の明確化の観点からは,法2条1項10号にいう技術的制限手段の効果を妨げる
とは,本件に即していえば,暗号化という技術的制限手段それ自体を無効化するこ
とと解釈すべきであり,原判決がいうようなC社の主観的意図で禁止範囲が確定さ
れるような解釈は,技術的制限手段の効果の意味を拡大して処罰範囲を拡大するも
のであって不当である,というものである。
しかしながら,C社が電子書籍に施した暗号化という技術的制限手段の効果が,
本件ビューアがインストールされた機器以外の機器ではコンテンツの表示ができな
いということであると解することは,不自然な理解でもなければあいまいな理解で
もなく,本件ビューアがインストールされた機器以外の機器でもコンテンツが表示
できるようにすることが技術的制限手段の効果を妨げることにあたると解するのが
不明確であるかのようにいう弁護人の主張は,独自の主張であって採用することが
できない。付言すると,弁護人が本件の場合に採るべき解釈として主張する内容
は,結局のところ,電子書籍が暗号化されることが技術的制限手段の効果である,
との解釈であると解されるが,それは,暗号方式という技術的制限手段の効果が暗
号化自体であるというにほかならず,同義反復であって,弁護人の主張は,法文が
「効果」という用語を用いていることを看過しているといわざるをえない。
なお,原判決は「技術的制限手段の効果を妨げる」かどうかの判定に当たって当
該技術的制限手段を施した者がいかなる効果を実現しようとしていたかを検討する
必要がある旨を説示している。しかし,原判決は,主観的意図のすべてが保護に値
するわけではなく,保護されるのは合理的な意図に限られると解するのが相当であ
るとも説示しているのであり,そうすると,原判決は,技術的制限手段がもたらす
事象のうち,法によって保護される効果といえるものの範囲を限定する意図で,技
術的制限手段を施した者の主観的意図に言及していると解されるのであって,技術
的制限手段の効果として通常理解できる範囲を超えるものまでをも技術的制限手段
の効果に含めるような解釈でないことは明らかである。弁護人の所論は,「技術的
制限手段の効果」という法文を極めて限定的に解釈すべきであるという独自の前提
に立った上で,原判決の趣旨を正解せずにこれを批判するものであり,採用できな
い(もっとも,上述したように,通常の理解として,本件ビューアがインストール
された機器以外の機器ではコンテンツの表示ができないことが,本件における技術
的制限手段の効果であるといえる上,このような効果を目指す意図が不合理といえ
ないことも明らかであるから,原判決が「技術的制限手段の効果を妨げる」かどう
かの判断をするに当たって,当該技術的制限手段を施した者がいかなる効果を実現
しようとしていたかを検討する必要がある旨を説示する必要性は乏しかったという
ことができる。)。
イまた,所論は,原判決の解釈が,法の改正時の審議会での議論等を無視して
いるとか,原判決は不正競争防止法分野における権威ある専門家が原審での証人尋
問時に提起した疑問に答えていない,などと主張する。
しかしながら,不正競争防止法は,市場における事業者間における公正な競争秩
序等を確保することを目的とし,この観点から,公正な競争秩序を歪める行為を個
別の類型ごとに定義して不正競争とし(法2条1項各号),それらについて民事及
び刑事の規制を加えるものである。平成11年法改正により新たに定められた法2
条1項10号(現11号に対応するもの)は,情報関連技術の発展に伴い,コンテ
ンツ,すなわち,電磁的に記録された音,影像又はプログラム等を多様な方法で提
供する事業(以下「コンテンツ提供事業」という。)が展開される中,コンテンツ
提供事業者が,そのコンテンツを無断で視聴等されたり無断で複製されたりするこ
とがないようにそれらを管理するための措置を施した場合に,それらの管理技術を
潜脱する機器等が広く供給されるのを放置すると,それらの管理技術を用いるコン
テンツ提供事業者のみが他のコンテンツ提供事業者との関係で競争上著しく不利な
状況になり,公正な競争秩序が侵害されることから,コンテンツ提供事業者が用い
る管理技術を潜脱するような機器等を提供する行為を不正競争とすることによっ
て,公正な競争秩序を維持しようとする趣旨のものである。なお,現在,一般的に
通用している管理技術は,信号方式によるものと暗号方式によるものがあり,これ
らの方式が技術的制限手段と定義されている(法2条7項)。
そして,前記法文中の「当該技術的制限手段の効果を妨げることにより」との文
言は,この文言がなくとも,法3条及び4条の「営業上の利益」の侵害であること
という要件によって実体法上は同じ意味となるものの,営業上の利益の要件につい
て,裁判例等において争いがあることや,不正競争防止法を行為規範としてみた場
合に法2条の文言のみから妨害装置等に該当するものが明確かつ直接に判断できる
ほうが望ましいために挿入されたという立法経過があることからすると,「技術的
制限手段の効果を妨げることにより」という文言は,法2条1項10号の適用範囲
をことさら当該技術的制限手段のみを回避するものに制限する趣旨で挿入されたも
のではないということができる。以上のような立法趣旨を踏まえると,法2条1項
10号において「(視聴・記録を)当該技術的制限手段の効果を妨げることにより
可能とする機能」とは,前記のとおり,営業上用いられている技術的制限手段によ
り制限されている影像,音の視聴,プログラムの実行,影像,音,プログラムの記
録を可能とする機能を指すものと解される。原判決の法解釈は,法の趣旨になんら
反するものでなく,これが法改正時の議論を無視しているかのようにいう所論は失
当である。
さらに,原審証人尋問における専門家の意見に対しては,裁判所が応答すべき義
務を負うものではないが,所論に鑑み,検討しておくと,まず,前記第1の2⑴ウ
の①の主張については,著作物の私的複製行為のうち許されるものの範囲を画する
規定である著作権法30条1項2号と,技術的制限手段の効果を妨げるプログラム
等の譲渡行為等を不正競争行為と定めた法2条1項10号とでは,適用すべき場面
が異なる上,同じ用語が使用されているわけでもないから,技術的制限手段の効果
を妨げることを,著作権法30条1項2号にいう「回避」と同様に解さねばならな
い理由はない。同②③の主張については,そもそも原判決はソフトウェアG自体を
技術的制限手段にあたると考えているわけではないし,原判決の解釈によって保護
されることになるのはソフトウェアGというプログラムではなく電子書籍というコ
ンテンツなのであって,原審証人尋問時に示された専門家の疑問は,原判決への批
判として当を得ない。同④の主張については,法2条1項10号が,その末尾で
「当該装置又は当該プログラムが当該機能以外の機能を併せて有する場合にあって
は、影像の視聴等を当該技術的制限手段の効果を妨げることにより可能とする用途
に供するために行うものに限る」との限定を付していることを看過した指摘であっ
て,やはり当を得ないというべきである。
ウ他にも所論は,第1の2⑴エのとおり主張して,原判決の解釈を批判する
が,「当該技術的制限手段を施した者の合理的意図に反する」という原判決の基準
は,前述したとおり,技術的制限手段の効果として通常想定される事象を越えるも
のまでをも「効果」に含めようとするものではなく,むしろ,技術的制限手段の効
果といえる範囲を画する機能を有する基準といえるから,原判決の解釈がコンテン
ツ提供事業者の保護に偏重しているとする主張は,原判決を正解しないものである
(もっとも,「効果」を客観的に画することができる本件の場合,当該技術的制限
手段を施した者の合理的意図を問題とするまでもないことは,前述したとおりであ
る。)。
なお,F3は著作権法上適法な行為を可能にするプログラムに過ぎない旨の所論
については,F3を使うことによって実質的に複製された電子書籍が他に譲渡され
ることにより,C社から電子書籍を購入した者以外の者でもそのコンテンツを閲読
することができる可能性があるから,F3が著作権法上適法な行為だけを可能にす
るプログラムであると評価することはできず,その提供行為を不正競争防止法によ
る処罰対象に含めることが不当であるとはいえない。
(3)その余の所論を検討しても,原判決が当該技術的制限手段の効果を妨げる
ことにより可能とする機能を有するプログラムであると判断したことが誤っている
とはいえず,これは正当なものというべきである。
そうすると,後述するとおり,被告人両名がBと共謀して,F3を電気通信回線
を通じて2名の者に提供したと正当に認定した原判決が,その行為を法2条1項1
0号の不正競争行為にあたるとした点に,なんら誤りはないというべきである。
なお,所論は,本件ビューア及び暗号化されたコンテンツは,C社の正当なID
を持った者しか視聴できないのであるから,本件は法2条1項10号でなく,同項
11号の場合にあたる,とも主張しているので,この点についても念のため付言し
ておく。
確かに,C社がD形式のファイルで提供する電子書籍は,C社の正当なIDを持
つ者しか閲読できないかもしれないが,C社が電子書籍に施す暗号化は,直接に
は,本件ビューア以外のプログラムによるコンテンツの表示,閲読を不可能にする
という機能を有するものであり,IDを有してさえいればどのような機器あるいは
プログラムであってもコンテンツの表示,閲読ができるというわけではない以上,
本件が,法2条1項11号でなく,同項10号の場合にあたることは明らかであ
る。所論は,本件暗号化の機能ないしは法を誤解するものであり,採用することが
できない。
以上のとおりであるから,原判決に,所論指摘のような事実誤認も法令適用の誤
りもない。論旨は理由がない。
2被告人らの故意・共謀に関する事実誤認の主張について
原審記録を調査して検討すると,被告人らの本件故意及び共謀に関する原判決の
認定は正当であり,争点に対する判断における第3の1において説示するところ
も,相当なものであってこれを是認することができる。以下,所論にかんがみ,補
足して説明する。
(1)原判決は,X,Y及びBは,公判廷において,F3の開発当時,C社が本
件ビューアにソフトウェアGを搭載し,キャプチャを防止しようとしていることを
知っていた旨認めていることに加え,Xについては,Aの代表取締役として,F1
の開発当初からウィンドウズのAPIである「BitBlt」を用いるなどの具体
的な方法を提案したこと,F1がC社のビューアと同時に起動できないという件に
ついてBに対して「FをRootkitで隠せば大丈夫」などと具体的な指示を
し,Yに対してもC社のビューアに関わる具体的表現(ソフトウェアGの保護を解
除できることなど)を削除するように指示していること,その後,C社のビューア
が表示する電子書籍の内容をキャプチャできないという問題が生じたのに対しBが
した提案を了承してF3の開発・販売に関与したことから,F3が,技術的制限手
段を妨げることにより視聴等を可能とする機能を有するプログラムであることを認
識していたとして故意を認めた。原判決が正当に認定したところによれば,Xは,
F3の機能について相当深く理解をしていたと考えられ,F3が,本件ビューアの
復号化及び出力過程において復号化されたコンテンツのキャプチャを行い,本件ビ
ューアによらずに視聴等できることを可能とする機能を有することを認識していた
と考えられる。
次いで,原判決は,Yについて,前記の認識に加え,Aのマーケティング,カス
タマーサポートチームのチームリーダーとして,ソフトの動作確認を行い,販売用
のホームページを作成する中で,本件技術的制限手段の効果やソフトウェアGの機
能とそれらの関連性を理解していたこと等を認定し,本件の故意を認めた。原判決
が正当に認定したところによれば,Yにプログラムの知識がなかったとしても,F
3が本件技術的制限手段を施されたコンテンツについてキャプチャを可能とするこ
とにより本件ビューアによらずに視聴等できることを可能とする機能を有すること
を認識していたと考えられる。
原判決は,Bについても,前記の認識に加え,F3の開発責任者で,F3のプロ
グラミングの大部分を自ら行っていたことなどから,本件技術的制限手段の効果や
ソフトウェアGの機能,そしてそれらの関連性を理解していたこと等を認定し,本
件の故意を認めた。原判決が正当に認定したところによれば,Bは,F3が本件技
術的制限手段を施されたコンテンツについてキャプチャを可能とすることにより本
件ビューアによらずに視聴等できることを可能とする機能を有することを認識して
いたことが明らかである。
これらによれば,被告人両名及びBは,いずれも,F3が,技術的制限手段の効
果を妨げることにより視聴等を可能とする機能を有するプログラムであることの認
識があったということができる。被告人両名及びBは,インターネットを利用して
F3を販売することをも認識していたから,いずれも本件の故意が認められる。そ
して,それぞれが,F3の開発及び販売において,重要な地位にあり,その役割を
果たしていたことからすれば,共謀の事実も認められる。
(2)所論は,XもYも,F3が何らかの方法で妨害を回避して画面をキャプチ
ャすることを可能にしているという程度の認識しかなかったから,故意がないとい
うけれども,C社のウィンドウズを対象としたコンテンツが技術的制限手段によっ
て保護されていることを知っていた以上,所論がいう程度であっても,故意に欠け
るところはないというべきである上,XもYも,その地位,役割に応じて果たした
内容から,F3の機能について相当の知識を有していたと考えられ,故意に欠ける
ところはない。
したがって,この点に関する事実誤認の論旨は理由がない。
第3職権判断
1証人尋問に関する訴訟手続の法令違反の主張
弁護人は,証人Iの供述の信用性を論難するのに関連して,原審裁判所は,証人
Iの証人尋問において,検察官が,証人の体験していない事実や意見にわたる尋問
を繰り返し,弁護人がこれに対し異議を述べたのに,ことごとく異議を退けたが,
この異議に対する判断は誤っており,原判決は,本来許されない尋問によって得ら
れた供述を基礎としているから,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法
令違反がある,ともいうので,この点について当裁判所の判断を示しておく。
原審記録によれば,証人Iの証人尋問に関する手続の経過は,次のとおりであ
る。
証人Iは,証人尋問の当時,経済産業省経済産業政策局知的財産政策室統括補佐
の地位にある職員で,同室が不正競争防止法を所管する部署であるところ,検察官
は,平成27年7月15日,「本件プログラムが技術的制限手段の効果を妨げるこ
とにより可能とする機能を有すること等」との立証趣旨で同人の証人尋問を請求し
た。
そして,原審裁判所は,同月17日,同証人の採用を決定し,第8回公判期日
(平成27年9月17日)に同証人の証人尋問が施行された。この証人尋問におい
て,弁護人は,検察官の主尋問に対して数回にわたり異議を述べたが,その異議
は,大別すると,①平成26年6月から前記知的財産政策室に所属するようになっ
た同証人に,不正競争防止法の平成11年改正時のことや,平成23年,24年改
正時のことを問うのは,直接体験していない事実に対する証言を求めるものである
(原審第8回公判調書中の同証人尋問調書2頁,3頁,11頁。また,同尋問調書
5頁にある異議も,「意見にわたる尋問」とはしているが,その内容からして,同
証人が前記知的財産政策室に所属する以前の事柄を問うのは許されるべきでないと
する趣旨のものと理解できる。),②不正競争防止法の条文につき,前記知的財産
政策室の解釈を問うのは,意見にわたる尋問である(上記尋問調書9頁,26
頁),というものであった。
証人は,典型的には,裁判所又は裁判官に対し自己の体験した事実及び体験事実
から推測した事実を供述する第三者をいい,特別の知識・経験に属する一定の法則
やこれを具体的事実に適用して得た判断の結果を報告する鑑定人と区別されるけれ
ども,実際には,限界的な場合には両者の区別は流動的であり,しかも,刑訴法1
71条が,鑑定について,勾引に関する規定を除いて証人尋問の規定を準用してい
ることからみて,特別の知識・経験に属する一定の法則等を知悉する者の知識・経
験等を活用する目的で証拠調べをする場合に,勾引の要否,必要な処分の要否(刑
訴法168条),費用の支払の要否等の証人尋問と鑑定とで差異の生じる事情を勘
案した上,鑑定ではなく,証人尋問を行うことは,法が許容するところであるとい
うべきである(実際,原審では,弁護人請求に係る研究者証人が採用され,弁護人
から法の解釈やあてはめについての意見を問う尋問が,裁判所から特に制限される
こともなくなされている。)。そのような場合,鑑定的性格を有する供述も許容さ
れることは自明である。証人Iは,まさにそのような証人であるといえる。
そうすると,前記異議のうち②について,理由がないものとして却下した原審裁
判所の判断が誤ったものということはできない。また,前記異議のうち①が対象と
する検察官の各尋問は,単に現在不正競争防止法関係を所管しているだけでなく,
平成11年の同法改正当時も含めてこれまで継続して同法を所管してきた組織であ
る前記知的財産政策室に所属する証人に対し,個人としてではなく上記組織の一員
としての回答を求めたものであるから,同人が上記組織に所属する以前の法改正に
かかわる事柄についての尋問であるからといって不相当ということはできず,弁護
人の異議をいずれも却下した原審裁判所の判断が誤っているとはいえない。これら
の異議をいずれも却下した原審裁判所の措置に何ら違法な点は認められない。
原判決に,訴訟手続の法令違反に該当する破棄事由はない。
2原判決の訴因逸脱認定の主張について
当審弁護人は,控訴趣意書提出期限後に提出された控訴趣意補充書において,原
判決の解釈が無謀な拡張解釈であることを敷衍する趣旨で,起訴状及び訴因変更請
求書においては本件の技術的制限手段が「視聴を制限する手段」であるとされてい
るのに,原判決は,罪となるべき事実中の8行目及び13行目において,それが
「視聴及び記録を制限する手段」であると認定しており,これは,訴因変更手続を
要する訴因逸脱認定である,と主張している。
そこで,職権をもって判断するに,法21条2項4号,2条1項10号の構成要
件において,不正競争となるプログラムの提供行為に関しては,視聴を可能とする
機能を有するもの(プログラムの実行を含む),記録を可能とする機能を有するも
の及びその両方を可能とする機能を有するものが,構成要件該当性を有する。原判
決が,罪となるべき事実において,当審弁護人が主張するとおりの認定をしたこと
は,そのとおりである。一方,原判決は,本件提供行為の対象であるF3について
は,「本件技術的制限手段の効果を妨げることにより,上記機器にインストールさ
れたビューア以外でも上記影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」と認
定していて,F3の記録を可能とする機能は認定していない。そして,捜査報告書
(原審甲3)及び実況見分調書(原審甲5)によると,F3は,本件ビューアが端
末の画面に表示する画像をキャプチャしてpng形式ファイルやpdf形式ファイ
ルなどのファイルに保存することにより,本件ビューアを用いないでその画像を視
聴することができるようにするものであると認められる。pdf形式ファイル等の
新たなファイルに画像を保存することは,法2条1項10号にいう「記録」するこ
とに該当しうるもので,F3においては,この記録することが視聴することの前提
となっている。暗号方式という技術的制限手段の性質や,F3の上記のような仕組
みを考慮すれば,記録を可能とする機能は,視聴を可能とする機能と密接不可分の
もので,記録を可能とする機能を除外しては視聴を可能とする機能を認定すること
ができない関係にあるということができる。
そうすると,原審における訴因変更請求書記載の公訴事実は,本件技術的制限手
段の効果として視聴することができないことのみにとどめ,記録することができな
いことを明示していないからといって,F3が記録を可能とする機能を有すること
を認定してはならないことを意味しない(公訴事実は,単に,本件プログラムは,
視聴と記録の両方を可能とするものであるが,記録を可能とするプログラムの提供
行為としては処罰を求めず,視聴を可能とする機能を有するプログラムの提供行為
としてのみ処罰を求める趣旨であると理解すべきである。)。
そして,前記のようなF3における視聴を可能とする機能と記録を可能とする機
能との密接不可分の関係から,記録を可能とする機能を公訴事実に明示しなかった
ことにより被告人の防御権を侵害する可能性はなかったといえるし,実際に,原審
の訴訟経過によれば,記録を可能とする機能に関しても十分に攻防が尽くされてい
る。
原判決が,記録を可能とする点をも罪となるべき事実として指摘したのは,前記
のような密接不可分の関係や,原審の訴訟経過を踏まえて,公訴事実における「本
件技術的制限手段の効果を妨げることにより視聴を可能とする」ことに対応する具
体的認定事実を明示したものと考えられる。罪となるべき事実は,審判対象の特定
明示や被告人の防御権の保障の見地のほか,その事件の個性や犯情,訴訟経過を踏
まえた争点に対する判断に関わる具体的な認定事実を記載することが予定されてお
り,原判決の説示は,そのような罪となるべき事実の機能の観点からなされたもの
と理解することができる。
そうすると,原判決が,罪となるべき事実において,記録を可能とする機能を付
加して認定したことは,検察官が訴因を特定して明示した公訴事実を,より具体的
に認定したというにとどまり,この事実を認定するために訴因変更を要するものと
いうことはできない。このことは,量刑上,記録を可能とする機能を提供行為の犯
情評価に加えていないことからもうかがわれるところである(なお,原判決の罪と
なるべき事実末尾のいわゆる「もって書き」において,「視聴及び記録を」は「可
能とする機能を有する」に係るもののように読めるけれども,罪となるべき事実の
具体的事実の記載と対比すれば,この点は,誤記したものというべきである。)。
したがって,原判決の公訴事実を認定するにあたり,訴因変更をする必要があっ
たとは認めがたいから,原判決の認定に訴因逸脱認定の違法はない。
以上のとおりであるから,原判決には,刑訴法378条3号又は379条に該当
する破棄理由は存しない。
第4結語
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における訴訟
費用を各被告人に連帯負担させることにつき同法181条1項本文,182条を適
用して,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第4刑事部
(裁判長裁判官樋󠄀口裕晃裁判官飯畑正一郎裁判官佐藤洋幸)

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