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平成14年9月5日宣告      
平成14年(ろ)第435号 窃盗被告事件
(詐病の疑いが濃いとして心神喪失の主張が排斥された例)
          主         文
     被告人を 懲役1年 に処する。
     未決勾留日数中 90日 をその刑に算入する。
          理         由
(罪となるべき事実)
  被告人は,平成14年3月31日午前7時30分ころ,東日本旅客鉄道 株式
会社川崎駅から同社品川駅に至る間を進行中の電車内において,座席 で仮睡中の
Aが隣の席に置いたスポーツバッグ内から,同女が所有し又は 管理する現金2万
9470円とキャッシュカード1枚ほか11点の入った 財布1個(時価約500
0円相当)を窃取したものである。
(法令の適用)
  判示所為につき      刑法235条
  未決勾留日数の算入    同法21条
  訴訟費用         刑訴法181条1項ただし書(負担させな   
            い)
(弁護人の主張に対する判断)
  弁護人は,被告人は犯行時の記憶を全く欠いているが,これは被告人に 存す
る何らかの精神障害に起因するものと考えられるところ,被告人は, 本件犯行当
時,この精神障害による心神喪失の状態にあった旨主張する。
  被告人は,捜査官の取り調べに対し,電車内での自らの行動については 全く
覚えていないと供述し,当公判廷においても,事件のことについては 何も覚えて
いないと供述している。そして,被告人は,本件犯行前の平成 13年10月30
日,医療法人財団B病院において,「頭部外傷後遺性精 神障害」との診断を受
け,同年11月27日まで同病院に通院して,薬物 並びに精神科カウンセリング
による治療を受けたが,その後は,被告人が 通院しなくなったので,治療は中断
していることが認められる。
  しかしながら,
 (1)被告人は,B病院で診察を受けた医師に対して,小学1年の時,柵   
の上から転倒して頭部を打ち,一過性の意識消失があったと説明して   いる
が,脳波検査,頭部CTスキャンの検査では,脳の器質的障害を   疑わせる所
見は認められなかった。
 (2)本件犯行の態様は,車内の座席で仮睡中の被害者が左脇の座席に置   
いたスポーツバッグのファスナーを開け,その中から現金等の入った
   財布を抜き取ったというものであり,また,犯行後における被告人の   
行動は,被害に気付いた被害者に声を掛けられるや,とっさに,その   場から
逃げ出し,最後尾車両の便所内に逃げ込んで,内鍵を掛けたと   いうもので,
被告人の犯行の態様にせよ,その後の行動にせよ,何ら   異常性を窺わせるも
のは認められなかった。
 (3)その上,電車が品川駅に到着し,被告人は同駅員に逮捕された後,   
警察官に身柄を引き渡されたが,被告人は被害者の財布を所持せず,   被告人
の財布に2万9000円(1万円札2枚,千円札9枚)が入っ   ており,被告
人は,捜査官に対し,自分は小銭しか持たず,この現金   は自分のものではな
いと説明していること,品川駅で停車した本件電   車近くの線路上から,被害
者の財布が発見されたが,被害者がその中   に入れていた前記金種,金額に符
合する現金がなくなっていたこと,   前記便所には,内側に開く窓があり,そ
の窓から被害者の財布を外に   投げ捨てることは十分可能であること,これら
の事実からすれば,被   告人が,犯跡をくらます目的で,窃取した財布の中か
ら紙幣だけを抜  
 き取って,これを自分の財布に入れ,その後で,便所の窓から被害者   の財
布を投げ捨てたものと認められ,被告人のこの行動は,犯行を犯   した被告人
が自己の置かれた立場を十分認識した上で,いわば窮余の   一策として講じた
行為と理解される。
 (4)なお,捜査段階での,いわゆる簡易鑑定においては,本件犯行は,   
正常の心理状態の下で行われたもので,了解可能な行為であるとされ   ている
(この鑑定に当たった証人Cの当公判廷における供述によれば,   被告人に対
する問診時間は,30分程度であるが,診断は,問診の状   況のほか事件関係
者らの供述調書,被告人を診察した医師の診断書な   どの捜査関係資料をも検
討した上でなされていることが認められると   ころ,同人の専門科目(臨床精
神医学,司法精神医学)と鑑定年数(1   8年)や取扱件数(簡易鑑定と正式
鑑定を合わせ500件を越える)   等からすれば,その診断の結果は経験を積
んだ専門医の判断として,   尊重すべきものであり,たんに,問診を行った時
間が短いなど鑑定方
   法を理由にその診断の相当性を否定することはできない)。  
 (5)被告人は,平成13年1月29日,D地方裁判所で,窃盗,有印私   
文書偽造,同行使,詐欺の罪により懲役1年6月,3年間執行猶予の   言い渡
しを受け,現在,なお,その執行猶予期間中であることが認め   られることか
らすれば,被告人は,本件犯行を犯したことで,不利益   に取り扱われること
をおそれ,作為的に記憶喪失を装っているとの疑   いが濃い(前記簡易鑑定で
は,「(被告人の)何も分からないとの訴   えは,詐病の可能性が高い」とさ
れている)。 
  以上からすれば,本件犯行当時,被告人の是非善悪を弁別する能力又は  こ
れに従い行動する能力には何ら欠けるところはなかったし,著しくこ  れらの能
力を減弱してはいなかったと認めるのが相当で,弁護人の心神  喪失(心神耗
弱)の主張は採用しない。
    
 平成14年9月5日
東京簡易裁判所刑事第2室
裁判官武藤 冬士己

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