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平成14年(ネ)第2457号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方
裁判所平成12年(ワ)第20827号)
平成15年9月2日口頭弁論終結
判    決
控訴人      グレースケミカルズ株式会社
訴訟代理人弁護士 中 島 和 雄
補佐人弁理士   中 村   至
被控訴人     東北レミコン株式会社(以下「被控訴人東北レミコ
ン」という。)
被控訴人     株式会社エヌエムビー(以下「被控訴人エヌエムビ
ー」という。)
被控訴人     株式会社ポゾリス物産(以下「被控訴人ポゾリス物
産」という。)
被控訴人ら訴訟代理人弁護士     
             清 永 利 亮
補佐人弁理士   葛 和 清 司
同        藤 野 清 規
主    文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人東北レミコンは,控訴人より購入した生コンクリート回収水改質
剤を使用する場合を除くほか,別紙目録1記載の方法を使用して生コンクリートを
製造してはならない。
(3) 被控訴人ポゾリス物産は,同東北レミコンに対し,別紙目録2記載の付着
モルタル安定剤を販売してはならない。
(4) 被控訴人エヌエムビー及び同ポゾリス物産は,いずれも,同東北レミコン
に対し,別紙目録3記載の方法を勧奨してはならない。
(5) 被控訴人らは,控訴人に対し各自金5332万8000円(合計で533
2万8000円)及びこれに対する被控訴人エヌエムビー及び同ポゾリス物産につ
いては平成12年10月15日から,同東北レミコンについては平成12年10月
17日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
主文と同旨
第2 事案の概要
控訴人は,発明の名称を「生コンスラッジの再使用方法」とする特許第26
51537号の特許権(平成2年1月16日に我が国においてした特許出願による
優先権を主張して同年10月2日に特許出願。平成9年5月23日設定登録。以下
「本件特許権」という。登録時の請求項の数は2である。)の特許権者である。本
件特許権につき異議の申立てがなされ,控訴人は,この異議手続の過程で,請求項
2の削除を含む訂正を請求した。特許庁は,審理の結果,上記訂正を認め,本件特
許権の請求項1に係る特許を維持するとの決定をし,この決定は確定した(甲第2
ないし第4号証。以下,上記訂正後の請求項1に係る発明を「本件発明」とい
う。)。
控訴人は,①被控訴人東北レミコンは,別紙目録1記載の方法(以下「被告
方法」という。)を使用して生コンクリート(以下「生コン」という。)を製造
し,本件特許権を侵害している,②同被控訴人に対して,被控訴人エヌエムビー及
び同ポゾリス物産は被告方法を勧奨し,被控訴人ポゾリス物産はその方法を使用す
るための製品を販売しており,これらの行為は,被控訴人東北レミコンによる上記
侵害行為の教唆,幇助,又は共同不法行為に該当する,として,被控訴人らに対し
上記各行為の中止及び損害賠償金の支払を命じる判決を求めた。原判決は,控訴人
の請求を全部棄却した。
当事者間に争いのない事実等並びに争点及び当事者の主張は,次のとおり付
加するほか,原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」記載のとおりであるか
ら,これを引用する。
1 当審における控訴人の主張の要点
本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,それぞれの構
成要件を「構成要件A」などと呼ぶ。)。
A 生コンが付着した装置を洗浄するにあたり,
B 0.01~0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたス
ラッジ水を,骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし,
C 次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において,生コンスラッジの
固形分濃度を20.2重量%以下に調整し,
D 該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用する
こと
E を特徴とする生コンスラッジの再使用方法
原判決は,被控訴人東北レミコンの実施方法が,本件発明の構成要件Aない
しEのうち構成要件B及びC(上記の構成要件の分説中,下線部分)をいずれも充
足しないと判断した。
しかし,原判決の上記判断は,いずれも誤りである。
(1) 構成要件Bについて
原判決は,被控訴人の洗浄水中の凝結遅延剤の添加量(水に対する固形分
換算の重量%)について,「被告の用いている凝結遅延剤であるデルボクリートの
添加量が,洗浄後の生コンスラッジ貯留槽のスラッジ水中の水分に対して0.01
ないし0.3%であることを認めるに足る証拠はなく,」(12頁)と判断した。
しかし,この判断は誤りである。
ア 本件発明における,洗浄水に対する凝結遅延剤の添加量「0.01~
0.3%」という数値範囲は,コンクリートミキサー車等の洗浄後の生コンスラッ
ジを翌日以降のコンクリート練り混ぜ水として再使用するという目的のために必要
かつ十分な添加量として,実施例の裏付けを伴って規定されたものである。しか
も,その数値範囲は,決して狭くない。被控訴人東北レミコンは,凝結遅延剤であ
る「デルボクリート」を,本件発明と共通の目的のために洗浄水に添加しているの
であるから,特段の反証がない限り,被控訴人東北レミコンもデルボクリート中の
凝結遅延成分を洗浄水に対して,0.01ないし0.3%の範囲で添加していると
推認すべきである。ところが,被控訴人らは,同東北レミコンにおける生コンスラ
ッジ貯留槽内の生コンスラッジに対する凝結遅延剤の添加量が0.006重量%で
ある,と主張するのみで特段の反証をしていない。
上記の点だけからみても,被控訴人東北レミコンは凝結遅延剤を0.0
1ないし0.3%の範囲で洗浄水に添加している,と認めることができるというべ
きである。
イ 被控訴人東北レミコンの工場内で実施されているコンクリートミキサー
車の洗浄における洗浄水に対する凝結遅延剤の添加量が0.01ないし0.3%の
範囲にあることは,次の点からも認定することができる。
(ア) 「デルボクリート」のパンフレット(甲第6号証)には,「デルボ
クリートの使用量は,練り置き時間に応じてセメント量の0.2~2%です」と記
載され(2枚目下段),練り置き時間5時間及び10時間の場合の好適使用量が試
験結果例の表(3枚目)に示されている。
同表によれば,練り置き時間5時間の場合にはセメント量に対して
0.6%の量のデルボクリートを添加するものとされている。デルボクリート中の
凝結遅延剤含有量は17重量%であるから,この場合のセメント量に対する凝結遅
延剤の添加量は0.1重量%となる。また,同表によれば,練置時間10時間の場
合にはセメント量に対して1.1%の量のデルボクリートを添加するものとされて
いるから,この場合のセメント量に対する凝結遅延剤の添加量は0.19重量%と
なる。
被控訴人東北レミコンにおいては,当日工場に帰着したすべてのアジ
テーター車の洗浄作業が終了して,生コンスラッジが貯留槽内に導かれた後に,貯
留槽内の生コンスラッジに凝結遅延剤を添加し,貯留槽内で一晩寝かせた生コンス
ラッジを翌朝のコンクリート製造の練り混ぜ水として再使用する,というのである
から,そのような翌日のコンクリート製造,出荷,荷卸しまでの経過時間を考慮す
ると,少なくとも練置時間20時間程度の凝結遅延効果をもたらし得る程度の添加
量が必要となり,上記10時間の場合のセメントに対する添加量0.19重量%を
も上回る添加量が必要となるはずである。
被控訴人らは,凝結遅延剤の添加量を,セメント固形分10%の標準
的な生コンスラッジに対する重量比として算出するものとしているから,上記のセ
メントに対する添加量0.19重量%を,セメント固形分濃度10%の標準的な生
コンスラッジに対する重量比に換算すると約0.019%となる。これは,本件発
明の構成要件Bの規定する数値範囲である「0.01~0.3%」の範囲を充足す
る。
(イ) 被控訴人らは,被控訴人東北レミコンが凝結遅延剤として使用して
いるデルボクリートにつき,その凝結遅延性能は,用途を同じくする他の製品であ
る「デルボクリーン110」と同じである,と主張する。
付着モルタルが「JIS A 5308」適合の標準的なコンクリー
トである大型車の洗浄を気温25℃以下の条件で実施する場合,生コン車1台にデ
ルボクリーン110を1.0L使用するものとされている(甲第7号証)。大型車の
洗浄に使用する水は通常1回当たり1m
(1000㎏)が業界の常識である。
被控訴人エヌエムビー及び同ポゾリス物産は,同東北レミコンに対
し,デルボクリートについても,デルボクリーン110と同等な割合の添加量を指
示したはずである。被控訴人東北レミコンがこの指示に従ってデルボクリートの添
加を行っているとすれば,デルボクリート1L中の凝結遅延剤含有量は0.19kg
であるから,水1000kgに対して凝結遅延剤0.19kgの,すなわち,0.
019%の添加を行っていることになる。これは,本件発明の構成要件Bの規定す
る数値範囲である「0.01~0.3%」を充足する。
(ウ) 被控訴人らは,被控訴人東北レミコンが洗浄水に添加している凝結
遅延剤の添加量は生コンスラッジに対する関係で0.006重量%である,と主張
する。しかし,この主張には信憑性がない。
① 被控訴人東北レミコンは,4か所にコンクリート製造工場を有して
いる。控訴人は,同被控訴人の求めに応じて,平成7,8年ころから,控訴人の製
造販売する凝結遅延剤である「リカバー」を使用して本件発明を実施するための設
備システム(乙第1号証参照)を上記4工場全部に導入し,同被控訴人に対し,
「リカバー」の使用方法についての技術指導を行った。控訴人は,この技術指導の
中で,スラッジ濃度15%以下の場合における「リカバー」(凝結遅延剤成分2
5.5%含有)の標準添加量を0.15%と指導した。
ところが,同被控訴人は,上記設備システムの稼働に当たり,4工
場のうち,双葉及び原町の工場においては凝結遅延剤として控訴人の製品であるリ
カバーを採用して現在に至っているものの,小高及び相馬の両工場においては凝結
遅延剤として被控訴人エヌエムビー及び同ポゾリス物産の製品である凝結遅延剤
(デルボクリート)を採用している。
被控訴人らは,小高,相馬両工場においてデルボクリートの生コン
スラッジに対する添加量を凝結遅延剤換算で0.006重量%と少なめに抑えてい
る理由として,生コンの生産コストを抑えるためである,と主張する。仮にこれが
被控訴人東北レミコンの経営方針であるというならば,リカバーを使用している双
葉及び原町の両工場においてもその方針は貫かれていなければならないはずである
(4工場の工場長は同一人である。)。ところが,控訴人が,上記両工場に対する
リカバーの納入実績と上記両工場における生コンの推定生産量から,上記両工場に
おける生コンスラッジ水に対するリカバーの添加割合を試算すると,固く見積もっ
ても0.12%よりもかなり大きく,控訴人推奨の標準値である0.15%をおお
むね維持していると推定することができる。生コンの生産コストを抑えるという被
控訴人東北レミコンの上記経営方針の下で,双葉及び原町の両工場において,な
ぜ,凝結遅延効果をいささかも犠牲にすることなく,リカバーの標準量の使用を続
けているのか,全く理解することができない。
② 本件発明の願書に添付した明細書(甲第3号証の別紙全文訂正明細
書。同願書には図面は添付されていない。以下「本件明細書」という。)には,比
較例1について,固形分濃度3重量%の比較的濃度の低いスラッジ水の場合でさ
え,凝結遅延剤の添加量が0.005%という少量であると,1日放置した後のス
ラッジ水中のセメント固形分は既に硬化していた,との記載がある。被控訴人東北
レミコンの標準固形分濃度10%のスラッジ水においては,硬化は更に速く進むは
ずである。
被控訴人らが主張するような凝結遅延剤のスラッジ水に対する添加
量0.006重量%では,何のために添加しているのかを,到底理解することがで
きない。
③ 控訴人らの,被控訴人東北レミコンの生コンスラッジに対する凝結
遅延剤の添加量は0.006重量%である,との主張は,特許法104条の2の
「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,特許権者又は専用実施権者が
侵害の行為を組成したものとして主張する物件又は方法の具体的態様を否認すると
きは,相手方は,自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。」との
規定に基づきなされたものである。
原告が被告の開示内容が信憑性を欠くことを積極的に主張立証した
場合には,被告には,その開示内容が信憑性を欠くものでないことにつき反証の必
要性があり,被告が相当の理由がないのに上記の立証をせず,又は立証が不首尾に
終わったことにより特許法104条の2に規定する義務を懈怠した状態に陥った場
合においては,裁判所は,原告の相応の立証努力により原告主張の方法を被告が実
施している可能性が一応認められることを条件として,同条項の立法趣旨に即した
弾力的な心証運用により,被告が原告主張の方法を実施していると推認することが
できる,と解するのが相当である。
本件における被控訴人らの上記開示が信憑性を欠くことは上記のと
おりである。これに対し,被控訴人らは,凝結遅延剤を極めて少量しか添加してい
ない理由として,経済的理由を挙げるのみで肝心の技術的合理性に関するものを何
ら挙げておらず,これでは反証になり得ないことが明らかである。
したがって,被控訴人東北レミコンのスラッジ水に対する凝結遅延
剤の添加量は,原告の主張どおりに0.01~0.3%であると認めるべきであ
る。
(2) 構成要件Cについて
原判決は,構成要件Cにおける「生コンスラッジの固形分濃度を20.2
重量%以下に調整」する,の解釈として,「生コンスラッジの固形分濃度の調整
は,生コンスラッジ貯留槽に導く工程の全期間にわたって,固形分濃度を調整する
必要があるものと解するのが相当であって,既に水和が進行した後の翌日以降に練
混ぜ水として再使用する際の調整は含まれていないものと解するべきである」(1
3頁)と判断した。
しかし,「生コンスラッジ貯留槽に導く工程の全期間にわたって,固形分
濃度を調整する必要があるものと解するのが相当」との解釈は,構成要件Cの趣旨
を誤解するものである。
ア 洗浄水に対する凝結遅延剤の添加割合は,スラッジの固形分濃度とも密
接に関係する。本件明細書には,本件発明の実施例として,スラッジの固形分濃度
が3重量%(実施例1),12.5重量%,2.5重量%,1.2重量%(実施例
2),4.5重量%(実施例3),7重量%(実施例4),7.1重量%(実施例
5),20.2重量%(実施例6)のものについて,いずれも凝結遅延剤を添加し
た効果があったことが記載されている。
本件発明の特許請求の範囲中のスラッジの固形分濃度についての記載
は,実施例において凝結遅延剤添加の効果が確認されたスラッジの固形分濃度のう
ち最大の20.2重量%以下の場合に本件発明を限定したものにすぎず,それ以上
の意味はない。
本件明細書中の上記実施例の記載によれば,少なくともスラッジの固形
分濃度が20.2重量%以下であれば,洗浄水に対し0.01ないし0.3%の凝
結遅延剤を添加すれば,翌日以降にスラッジ水を再使用するという,本件発明の所
期の効果を達成することができると認められる。
現実の作業としては,スラッジ水の固形分濃度を測定してみて,それが
20.2重量%以下であれば,濃度調整の必要はなくそれをそのまま翌日以降のセ
メントの練り混ぜ水として使用すればよい。もし,何らかの事情で20.2重量%
を超えていた場合には,水を加えるなどして濃度が20.2重量%以下になるよう
にしたものを(その結果凝結遅延剤の添加量の調整が必要となる場合もあり得
る。),翌日以降のセメントの練り混ぜ水として使用すればよい。構成要件Cの
「生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し」とは,ただそれだ
けのことを規定したにすぎない。
イ 原判決は,構成要件Cの「生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%
に調整し」とは,「生コンスラッジ貯留槽に導く工程の全期間にわたって,固形分
濃度を調整する必要があるものと解するのが相当」であるとして,生コンスラッジ
を貯留槽に導く毎に,20.2重量%以下に設定されたしかるべき特定の所望濃度
となるよう絶えず濃度調整作業を行う必要があるかのごとく解しており,その理由
として,①控訴人が本件特許の審査過程で提出した意見書(乙第6号証)中の「ス
ラッジ水の固形分濃度を20.2%以下にして凝結遅延剤を添加することにより,
凝結遅延剤の効果を増大させ」との記載,②控訴人が本件特許の特許異議手続にお
いて提出した意見書(乙第12号証)中の「スラッジが一定の濃度を超えると凝結
遅延剤の必要量が急激に増大する事実を見出した。」との記載を挙げる。しかし,
これらの記載は,スラッジ水の固形分濃度が20.2重量%を超えないようにする
こと及びその理由を説明しているにすぎず,これらの記載から原判決のような解釈
を導き出すことはできないことが明らかである。
仮に構成要件Cが原判決のいうような趣旨であるならば,本件明細書中に
そのような濃度調整操作についての特段の説明がなされていなければならないはず
であるのに,本件明細書中には,そのような説明については何らの記載もなされて
いないのである(本件明細書中には,スラッジ固形分沈降分離後の上澄水を放流
(流出)させる場合の記述がある(〔課題解決の手段〕,〔実施例〕)。しかし,
このように上澄水を放流するのは,貯留槽中の生コンスラッジ水全部を練り混ぜ水
に使用するとコンクリート練り混ぜのための水量が過剰となる場合があるためであ
り,スラッジ水の固形分濃度を濃縮する方向の操作に限定される。この操作は,構
成要件Cの「生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し」とは無
関係の任意の操作にすぎない。)。
ウ 被控訴人らは,被控訴人東北レミコンが練り混ぜ水として使用する生コン
スラッジの固形分濃度を測定しているのは,この測定により,これを生コンの練り
混ぜ水として添加することができる生コンスラッジの許容量が判明するからであ
り,それ以外に目的はないから,同被控訴人には,生コンスラッジの固形分濃度を
調整する必要がない,として,このことを理由に,同被控訴人は,生コンスラッジ
の固形分濃度の調整をしていない,と主張する。
原判決も,同被控訴人が「このような方法を採用することに合理性があ
る」(14頁)として,同被控訴人の洗浄方法は,構成要件Cを充足しないと判断
した。
しかし,上記のとおり,構成要件Cは,生コンの練り混ぜ水として添加す
ることができる許容量の決定方法などどは全く関係のない構成要件であって,た
だ,練り混ぜ水として使用する生コンスラッジは固形分濃度20.2重量%以下の
ものとするというだけの要件にすぎない。原判決は,構成要件Cの趣旨をあたかも
生コンスラッジの練り混ぜ水としての添加許容量決定のための濃度調整でもあるか
のように誤解している。
エ 被控訴人東北レミコンの標準的な生コンスラッジの固形分濃度が10重量
%であることは,被控訴人らが自認するところであるから,被控訴人東北レミコン
は,固形分濃度20.2重量%以下の生コンスラッジを翌朝のコンクリート製造の
練り混ぜ水として再使用していることになる。同被控訴人の方法は,構成要件Cを
充足している。
2 当審における被控訴人の主張の要点
(1) 構成要件Bについて
被控訴人東北レミコンの洗浄方法は,構成要件Bを充足しない。
被控訴人東北レミコンでは,洗浄作業終了後の生コンスラッジ(貯留槽内
に導かれているもの)に対し,生コンスラッジ30kLにつき「デルボクリート」
(凝結遅延剤含量17%)10Lの割合で添加する。そうすると,生コンスラッジ中
の凝結遅延剤の含量は「0.006重量%」程度になる。
被控訴人東北レミコンは,凝結遅延剤添加の方法として,当日の洗浄作業
開始前の洗浄水に凝結遅延剤を添加する,というものではなく,当日のすべての生
コン運搬車のドラムの洗浄作業が終了して,生コンスラッジが生コンスラッジ貯留
槽内に導かれた後,同槽内の生コンスラッジに凝結遅延剤を添加する,という方法
を採っている。すなわち,同被控訴人の採用している方法において,洗浄は,次の
ように行われる。
①洗浄作業開始時において生コンスラッジ貯留槽が空の場合には,空にな
っている貯留槽内に清水を注入して最初の清浄水とし,その凝結遅延剤を添加して
いない清水(初回の洗浄のとき)又は凝結遅延剤を添加していない生コンスラッジ
を繰り返し使用し続ける。②生コンスラッジ貯留槽内の生コンスラッジが少量の場
合には,少量の生コンスラッジが残存している貯留槽内に多量の清水を注入して最
初の洗浄水を作り,スラッジ固形分濃度が極めて薄い生コンスラッジを繰り返し使
用し続ける。前日の洗浄作業終了後に生コンスラッジ貯留槽内の生コンスラッジに
添加した凝結遅延剤の濃度は0.006重量%未満であり,洗浄当日は,その濃度
の生コンスラッジが少量しか残存していないところへ多量の清水を注入して新しい
洗浄水を作るのであるから,洗浄に用いる生コンスラッジは凝結遅延剤をほとんど
含んでいないものとなる。③生コンスラッジ貯留槽内に生コンスラッジが多量にあ
る場合には,これをそのまま当日の洗浄水として使用する。この場合でも,前日の
洗浄作業終了後に添加された凝結遅延剤の含有量は「0.006重量%」であり,
かつ洗浄水として使用するときは,凝結遅延剤を添加してから相当の時間が経過し
ており,生コンスラッジに含まれる凝結遅延剤の濃度は時間の経過とともに薄くな
っていくから,洗浄時には,有効な凝結遅延剤はほとんど残存しない状態になって
いる。
上に述べたところによれば,被控訴人東北レミコンの洗浄方法は,「0.
01~0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄する」ものではないことが明らか
である。
(2) 構成要件Cについて
ア 構成要件Cは,「次いで,生コンスラッジ貯留槽に導く工程において,
生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し,」と明記して,練り
混ぜ水として使用するために生コンスラッジの固形分濃度を「調整する工程又は時
期」及び「調整目標値すなわち許容量」を明確に規定している。
構成要件Cの記載内容によれば,生コンスラッジの固形分濃度を「2
0.2重量%」以下に維持することが極めて重要であることが理解できる。
イ 被控訴人東北レミコンでは,生コンスラッジの固形分濃度を20.2重
量%以下に「調整」することをしていない。
被控訴人東北レミコンの洗浄方法では,当日のすべての生コン運搬車の
ドラムの洗浄作業が終了した後,生コンスラッジ貯留槽内の生コンスラッジに凝結
遅延剤を添加して0.006重量%程度の凝結遅延剤を含む生コンスラッジとし,
これを攪拌しながら貯留し続けて,翌朝,この生コンスラッジの固形分濃度を測定
し,この生コンスラッジをバッチャープラントへ送り,その測定した濃度に応じて
添加の許容される生コンスラッジを計量して,これを以降のコンクリートの練り混
ぜ水として再使用する。このように,被控訴人東北レミコンの洗浄方法において
は,生コンスラッジの濃度の「測定」はしているが,濃度の「調整」は一切行って
いない。
仮に,生コンスラッジの固形分濃度を「測定」することが,構成要件C
でいう「調整」に含まれると仮定しても,その「測定」は,「生コンスラッジの固
形分濃度は20.2重量%以下であるのか,それとも20.2重量%を超えるの
か」ということを常に意識した測定,すなわち,生コンスラッジの濃度の管理基準
値を「固形分濃度を20.2重量%と定めた上での測定」でなければならない。
被控訴人東北レミコンでは,生コンスラッジの濃度を測定するについ
て,「固形分濃度を20.2重量%以下に維持する」という意識は皆無であり,そ
のような管理基準値などは一切設けておらず,ただ測定して,生コンスラッジ中の
スラッジ含有割合を知り,それに応じて,生コンスラッジの添加許容量を算出して
いるだけである。
ウ 被控訴人東北レミコンの方法において,生コンスラッジの固形分濃度を
「測定」するのは,「生コンスラッジ貯留槽に導く工程において」ではない。生コ
ンスラッジ貯留槽内において生コンスラッジを攪拌しながら,貯留し続けた翌朝,
その生コンスラッジ貯留槽内において測定する。このように,被控訴人東北レミコ
ンの方法では,生コンスラッジの濃度を「生コンスラッジ貯留槽に導く工程におい
て調整」しておらず,同方法が構成要件Cを充足しないことは,このことからも明
らかである。
第3 当裁判所の判断
当裁判所も,原判決と同じく,控訴人の請求は理由がない,と判断する。そ
の理由は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由「第3 争点に対する
判断」中の「2 構成要件Cの充足性について」(ただし,原判決13頁20行の
「生コンスラッジ貯留槽に導く工程の全期間にわたって」とあるのを「生コンスラ
ッジ貯留槽に導く工程において」と改める。)及び「3 被告エヌエムビー及び被
告ポゾリズ物産に対する請求」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 構成要件Cについて
(1) 本件特許の構成要件Cは,「次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程にお
いて,生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し,」というもの
である。
「調整」とは,一般に「調子をととのえ,過不足をなくし,程よくするこ
と」(広辞苑第4版),「①調子をととのえること。②ある基準にあわせてととの
えること。過不足をなくすこと。③つり合いのとれた状態にすること。」(大辞
林)を意味する語である。
上記「調整」の語の一般的な意味(特に,ある基準にあわせてととのえる
こと,という意味)に照らすと,構成要件Cのうち「生コンスラッジの固形分濃度
を20.2重量%以下に調整し,」とは,反対に解すべき特別の事情が認められな
い限り,基準である固形分濃度20.2重量%以下になるようととのえること,具
体的には,固形分濃度を測定し,これが20.2重量%を超えた場合には,20.
2重量%以下になるように操作をすることを意味する,と解釈するのが相当であ
る。
念のため,本件明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明をみると,構成
要件Cに関するものとしては,次の記載があり,これ以外に,同構成要件に関する
記載はない。
ア「〔発明が解決しようとする課題〕 
一般に,スラッジを濃縮脱水するには,多くの手間と費用を要するた
め,新しいセメントの練り混ぜ水としてセメントに混合して使用することが経済的
に好ましい。
しかしながら,スラッジ水中のセメントはすでに水和が完了している
ため,水硬性を喪失し,セメントとしての機能を有しない。セメントとしての機能
を喪失した固形分を新しいセメントに配合することは,生コンクリートの流動性を
低下させ,硬化したコンクリートの強度その他の物性を低下させることになり,ス
ラッジの再使用もまた好ましい方法ではなかった。そのため,生コンスラッジの効
率的処理方法が求められていた。」
イ「〔課題解決の手段〕
本発明は上記課題を解決することを目的とし,その構成は,生コンが
付着した装置を洗浄するにあたり,0.01~0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水
で洗浄して得られたスラッジ水を,骨材分離層(判決注・「槽」の誤記と認め
る。)に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし,次いで生コンスラッジを貯留
槽に導く工程において,生コンスラッジ固形分濃度を20.2重量%以下に調整
し,該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特
徴とする。」
ウ〔実施例〕中には,本件発明の実施例として,スラッジの固形分濃度が3
重量%(実施例1),12.5重量%,2.5重量%,1.2重量%(実施例
2),4.5重量%(実施例3),7重量%(実施例4),7.1重量%(実施例
5),20.2重量%(実施例6)のものについて,いずれも凝結遅延剤を添加し
た効果があったことが記載されている。
上に認定した発明の詳細な説明の記載中には,構成要件Cの解釈を上記と
は異なる解釈に導く根拠となるようなものは見当たらない。
(2) 被控訴人東北レミコンが,スラッジの固形分濃度の調整行為をしているこ
と,すなわち,スラッジの固形分濃度が20.2重量%を超えた場合に,これを2
0.2重量%以下にするための調整行為を行っていることについては,これを認め
るに足りる証拠はない(被控訴人らは,スラッジの固形分濃度を測定しているだけ
で,調整行為は一切行っていない,と主張している。控訴人自身,被控訴人東北レ
ミコンが上記の意味での調整行為をしているとは主張していない。)。
控訴人は,本件発明において,測定したスラッジ水の固形分濃度が20.
2%以下の場合には濃度調整をする必要はなく,そのまま練り混ぜ水として使用す
ればよいのであり,被告方法はこのような場合を含んでいる,と主張する。
しかしながら,構成要件Cにいう「調整」を行っているというためには,
測定したスラッジ水の固形分濃度が20.2重量%を超えていた場合において,水
を加えるなど,20.2重量%以下になるための操作をしていることが必要なこと
は上に述べたとおりである。被告方法中に,たまたま測定した固形分濃度が20.
2重量%以下であり調整行為が必要でない場合が含まれている点において本件発明
と一致する点があるとしても,そのことをとらえて被告方法においては「調整」が
なされている,とすることができないことは明らかというべきである。
控訴人は,本件発明の特許請求の範囲中のスラッジの固形分濃度について
の記載は,実施例において凝結遅延剤添加の効果が確認されたスラッジの固形分濃
度のうち最大の20.2重量%以下の場合に本件発明を限定したものにすぎず,そ
れ以上の意味はない,と主張する。
しかしながら,乙第6,第12号証によれば,控訴人は,本件特許権に係
る出願審査の過程で,平成8年10月30日付けで,特開昭55-149153号
公報(引用例1)及び特開昭63-8252号公報(引用例2)に記載された各発
明に基づいて当業者が容易に発明をすることができると認められる,との拒絶理由
通知を受けたため,これに対し平成9年1月22日付けで意見書を提出したこと,
同意見書中で,「本発明は,単に生コンスラッジに凝結遅延剤を添加することによ
りセメントを長く未水和の状態に維持して再使用するのみの技術ではなく,スラッ
ジ水の濃度を20.2重量%以下とすることにより凝結遅延剤の効果を増大せし
め,少なくとも翌日以降,場合によっては7日より後でも新しいセメントの練り混
ぜ水に再使用できる技術である。」(乙第6号証2頁19行~23行),「引用例
1及び引用例2のいずれにも,スラッジ水の固形分濃度を20.2%以下にして凝
結遅延剤を添加することにより,凝結遅延剤の効果を増大させ,翌日以降は勿論,
作業計画に従い7日より長い期間でも未水和の状態に維持する本発明の技術思想が
開示も示唆もされていない。・・・今回の拒絶理由通知に接し,特許出願人は下記
の実験を行い,本発明における固形分濃度20.2重量%以下という数値が如何に
臨界的な数値であるかを立証した。・・・凝結遅延剤の水和抑制期間はスラッジの
固形分濃度の低下につれ高まるのは当然であるが,スラッジ濃度20重量%と24
重量%との間に臨界的差異があることが理解される。」(同号証4頁3行~23
行)との主張をしていたこと,本件特許権に対する異議手続においても,取消理由
通知に対し同旨の主張をしていたこと(乙第12号証10頁9行~16行),が認
められる。本件特許権に係る出願過程及び異議手続における控訴人の上記主張内容
に照らすと,スラッジ水の固形分濃度を20.2重量%に調整するとの要件は,凝
結遅延剤の効果を増大させるとの本件発明の技術思想を実現するための必須の要件
であり,本件特許権の権利性の根拠の一つとなるものであるというべきである。こ
のように,上記の要件を本件特許権の権利性の根拠の一つであると解する以上,本
件発明の方法においては,この数値を超えないように「調整する」ための仕組みが
あることが必要であると解するのが相当である。上記要件につき,控訴人が主張す
るように,単に実施例において確認された数値に発明を限定した以上の意味はな
い,とすることはできない。
スラッジ水の固形分濃度として規定されている「20.2重量%以下」
は,非常に広い数値範囲であるから,この数値を超えないための仕組みがなく,た
またま単にスラッジの固形分濃度が上記数値範囲に入ってしまったような場合まで
も「調整する」に含まれると解するならば,凝結遅延剤を用いた洗浄方法のほとん
どがこれに含まれることになりかねず,特許を取得する過程あるいはこれを維持す
る過程において,上記のような経緯で,上記要件の技術的意義の重要さを主張した
ことと矛盾することとなる。このような結果となる解釈を採ることができないこと
は,明らかである。
控訴人の主張を採用することはできない。
2 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人
の請求は理由がないことが明らかである。
第4 結論
以上によれば,控訴人の請求をすべて棄却した原判決は正当である。そこ
で,本件控訴をいずれも棄却することとし,当審における訴訟費用の負担につき民
事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官  山  下  和  明
裁判官  阿  部  正  幸
裁判官  高  瀬  順  久
(別紙)
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