弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 被告らは,連帯して,原告Aに対し,665万0909円及びこれに対する平
成8年9月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を,原告Bに対し64
5万0909円及びこれに対する平成8年9日24日から支払済みまで年5分の割
合による金員をそれぞれ支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの連帯負担とし,その余を被告ら
の連帯負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
       事実及び理由
第1 請求
1 被告らは連帯して,原告Aに対し,5577万2203円及び内金4857万
2203円に対する平成8年9月24日から,内金720万円に対する平成9年7
月25日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
2 被告らは連帯して,原告Bに対し,5075万4631円及び内金4595万
4631円に対する平成8年9月24日から,内金480万円に対する平成9年7
月25日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
3 被告三洋電機サービス株式会社(以下「被告会社」という。)は,原告Aに対
し,2778万7169円及びこれに対する平成9年7月25日(訴状送達の日の
翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,自殺したCの妻である原告A及びCの子である原告Bが,Cの自殺の原
因は同人の勤務していた被告会社及びCの上司であった被告Dにあるとして,被告
Dに対しては不法行為に基づき,被告会社に対しては不法行為ないし安全配慮義務
違反に基づき,損害賠償を請求した事案である。
1 当事者間に争いがない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争い
のない事実等」という。)
(1) 当事者等
ア 原告Aは,昭和48年10月,Cと結婚し,Cの死亡当時も,同人の妻であっ
た者であり,原告Bは,昭和49年9月に出生したCの長女である。
 被告会社は,三洋電機株式会社の関連会社で,同社電気製品の部品の販売等を業
とする株式会社であり,被告Dは,昭和62年から平成6年12月1日まで,被告
会社関東事業部電化課長,同日以降,同部品部長の職にあった者であり,昭和62
年以降,Cの直属の上司であった。
イ Cは,昭和45年4月,被告会社に入社し,関東事業部電化課
に配属され,同62年ころには,部品部管理課に配属となったが,従前と同様,電
化製品の部品管理等の仕事に従事し,平成3年,同部企画係長となった。
ウ EはCの父であり,平成8年1月5日死亡した。
 Fは被告会社部品部管理課長の職にあった者であり,Cの20年来の友人であっ
た。Gは同課管理係長の職にあった者である。
(2) 事実経過
 別紙事実経過一覧表記載のとおり
2 争点
(1) 予見可能性の有無
(原告らの主張)
 原告Aは,Fに対し,平成8年4月19日,Cの自殺未遂の事実を連絡し,F
は,被告Dに対し,同日ころ,Cの自殺未遂の事実を報告した上,原告Aは,直接
被告Dに対し,同月22日,Cが仕事上の悩みから自殺未遂をしたことを伝え,降
格ないし配置転換をしてほしい旨申し入れたし,同月23日には,退職を,同年5
月7日には,H医師作成の診断書を提示して自宅療養を申し出たから,被告らは遅
くとも平成8年5月7日までにはCの自殺を予見できた。
(被告らの主張)
 Cは,同人が被告Dに診断書を提示した平成8年5月7日からCが自殺した日の
前日である同年9月23日までの間,安定して被告会社に勤務しており,被告Dと
の関係も安定していたし,C及び原告Aは,同年6月1日から同年9月21日まで
の間,イサオクリニックでの診療も受けていない上,Cは,同年9月2日,社内健
康診断を受け,自ら健康である旨申し出て,健康状態に異状はないとの診断を受け
ていた。
 被告Dは,同年6月になって初めてCの自殺未遂について聞いたし,被告らは,
Cがうつ病であるとの診断を受けたことを知らされてはいなかった。本件診断書
は,Cの希望により記載されたものにすぎず,医師が積極的に療養を要するとの判
断をしたものではないし,C自身が速やかに撤回した。
 したがって,被告らにはCの自殺を予見することは不可能であった。
(2) 被告らの注意義務違反の有無
(原告らの主張)
 被告Dは,Cが課長に昇進したころから始まった長期欠勤の理由について誠意を
もって対応せず,Cが平成7年6月8日に退職申出をした際も,「親の土地をもら
って楽しているのにお前は甘えている。」「自殺できるなら自殺してみろ,そんな
勇気がお前にあるのか。」と暴言を吐き,Cの自殺未遂の事実についても,調査を
怠ったばかりか,被告会社常務取締役関東事業部長Iへの同事実の報告を怠り,事
実を隠蔽した。被告Dは,平成8年
4月22日,原告Aからの退職申出に対し,懲戒解雇である旨脅し,原告Aの降格
又は部署変更の申出も拒否した上,同月23日には,原告ら宅に押しかけ,Cから
直接退職申出を受けるや,「辞めるなら懲戒解雇だ。」「副事業部長と総務部長を
呼べ,もう会社に言うしかない。」と脅し,Cに対して暴行して,出社を強要し
た。
 また,被告Dは,平成8年5月7日にCがH医師の診断書に基づき長期療養願い
を申し出たところ,Cの主治医であるH医師に連絡して自律神経失調症の程度や原
因を確認したり,診断書に記載されたとおりの休暇を認める等の措置をとらなかっ
たばかりか,Cに対し,同診断書を突き返した上,「自律神経失調症とは気違いの
ことだ」「これで休んだら皆から気違いと見られるぞ」と脅して,休暇を認めなか
った上,Iへの同事実の報告を怠り,更には論文提出,面接,通信教育,自己学
習,レポート提出,集合研修,最終選考を内容とし,東京での市場調査など膨大な
準備と努力が必要とされる主事試験の受験を強力に勧めた。
 被告会社は,被告Dに対し,上記のような行動に出ないようにする安全教育を十
分に施さなかった。
(被告らの主張)
 Cの被告会社部品部企画課長としての仕事の内容,勤務時間,人間関係は,同課
長に昇進する以前とほとんど変わっておらず,特段過剰なものではないし,Cは,
以前に同課長の代行を務めたこともあった上,同昇進は,事前にC自身の意思確認
を行った上でされたものである。
 Cには懲戒事由もなく,労働組合員であったから,被告Dの一存でCを懲戒解雇
することや,Cの希望で降格することはそもそもできなかったし,被告DがCの自
殺未遂を知っており,Cと被告Dとの関係が悪化していて,原告らがCの円満退社
を望んでいたのであれば,被告Dにとっては,Cに退職願を提出させ,自己都合退
職とすれば足りた。被告Dは,原告A及びFの依頼に基づきCが退職を思いとどま
るようCを励まし,時には叱責する演技をしたにすぎない。また,降格はCに羞恥
心を与えるものであったし,配置転換は却って業務の負担を増やすだけであったか
ら,とるべき処置としても不相当であった。
 被告らは,Cがうつ病患者である旨を知らされていなかったし,Cの診断書はC
自身が速やかに撤回したのであって,被告Dは,Cの休養を認めなかったわけでは
なく,原告ら及びCは,その後,同診断書について,Iに提出したり,会
社に郵送することは容易であったのに再提出することはなかったから,作成医師の
氏名・住所は認知できなかった。
 被告会社がCの主事試験受験の推薦を決め,これが被告Dに達したのは平成8年
5月下旬であったし,受験するか否かは全く当人の自由であり,被告Dは,Cに対
し,同試験受験の機会を失わせないようにすべく,受験の意思の有無を打診したに
すぎなかった。また,同試験受験の準備は,病院への通院が不可能になるほどのも
のではなかったし,その内容は,論文作成と通信教育受講だけであり,市場調査な
るものは含まれていなかった。
(3) Cがうつ病に罹患していたか否か
(原告らの主張)
 Cは,短期間での体重増加,頭痛,不眠,易疲労感,焦燥感,出社拒否などの意
欲・活動力の減退,無価値感(微小念慮),強い不安感,自責感の各症状を示し,
自殺未遂を起こすなどしていたから,遅くとも平成8年4月にはうつ病に罹患して
いた。
(被告らの主張)
 Cが自殺するまでの間に,同人がうつ病であったとの診断結果はなく,実際上
も,Cの勤務状況からしてうつ病に罹患していたとは考えられないし,うつ病を前
提とした診療も行われていない。
(4) 被告らの行為とCの自殺との因果関係の有無
(原告らの主張)
 Cは,課長昇進に伴う職責の変化,被告D及び部下との人間関係にストレスを感
じていたところ,被告Dの前記行為により,同ストレスから逃れることはおろか,
更なるストレスを与えられたため,精神疾患を悪化させ,自殺した。
(被告らの主張)
 H医師が診断書に休養が必要である旨記載したのは,Cが希望したからにすぎ
ず,その後の診察は,Cが休暇をとっていないことを前提に行われていた。
 Cが精神的なストレスを感じていたとすれば,その原因は,むしろ,父Eの病
気・痴呆に対する不安や,それにより原告らへ負担をかけていることの重圧・罪悪
感,Eの死亡による喪失感にあった。実際,Eが死亡し,その相続処理が最終的に
終了したのはCの自殺直前の平成8年9月17日であったし,Cは原告らに無断
で,平成7年2月下旬及び平成8年8月23日から同月25日まで外泊したり,行
き先を訪ねた原告Aに対し,虚偽の行き先を告げたりしていた。
(5) 損害
(原告らの主張)
ア Cに生じ,原告らが相続した損害
(ア) 逸失利益 原告ら各3095万4631円
 Cの平成7年の年収731万5908円を基礎とし,労働能力喪失
期間を67才までの21年,生活費控除率を40パーセントとして,新ホフマン係
数(14.1038)により中間利息を控除すると,Cの逸失利益は次のとおり6
190万9262円である。
731万5908円×(1-0.4)×14.1038=6190万9262円
(イ) 慰謝料 原告ら各1500万円
 Cが被った精神的損害に対する慰謝料としては3000万円を下らない。
イ 原告Aに生じた損害
(ア) 葬儀費用 261万7572円
(イ) 退職金 1713万6350円
 被告会社の退職金支給細則第7条,第12条に基づき,Cの退職時の基本給38
万3000円,勤続年数26年6か月(昭和45年4月から平成8年9月まで)に
対応する退職金額を計算すると,次のとおり1713万6350円である。
38万3000円×(30.45+8.00)+241万円=1713万6350

(ウ)a 弔慰金 2200万円
b 香典 50万円
 被告会社の慶弔見舞金支給規定第11条1項,第13条基づく。
ウ 弁護士費用
 本件の弁護士費用としては1200万円が相当であり,原告らが被った損害額に
より按分すると,次のとおりである。
(ア) 原告Aにつき 720万円
(イ) 原告Bにつき 480万円
エ 小計
(ア) 原告Aにつき 9540万8553円
(イ) 原告Bにつき 5075万4631円
オ 原告Aは,被告会社から,退職金として1114万9181円を,弔慰金とし
て50万円を,香典として20万円をそれぞれ受領した。
カ 合計
(ア) 原告Aにつき 8355万9372円
(イ) 原告Bにつき 5075万4631円
(被告会社の主張)
ア 被告会社がCに対し退職・降格等の処置をしなかったことを主張しつつ,課長
の地位における収入を逸失利益の算定基礎とするのは矛盾しているし,原告の主張
どおり退職の処置を採っていたとすれば,再就職は困難であったはずである。
イ Cは,業務上の理由に基づかずに死亡したのであるから,退職金等を支払う義
務はないし,67才まで稼動することを前提に逸失利益を算定している以上,Cの
死亡時における退職金・弔慰金を請求するのは不合理である。
(6) 過失相殺
(被告らの主張)
ア Cの故意・過失
 Cは勤続20年を超えるベテランであり,仕事内容や勤務時間等を調整すること
は容易であったにもかかわらず,休暇の理由を父Eの病気としたり,退職届を提出
しなかったり,診断書を
提出しても休暇取得を申し出ず,自らすぐに撤回したり,長年の友人であり信頼を
置いていたFや被告DがCの勤務継続のために協力していたことを受け入れたり,
主事試験を積極的に受験し,ゴルフ大会,花見にも参加したり,家族に理解・協力
を求めることなく無断外泊を繰り返したり,自殺未遂や診断書を撤回したことをH
医師に隠し,定期的な通院をしないなど病状の改善に努力しなかったりした。
イ 原告らの故意・過失
 原告らは次のとおりCの勤務継続を望んでいた。
 原告Aは,飲食店「だん家」においてFにCのことを相談した翌日である平成7
年6月8日,Cを会社に送り出し,会社までCの後を尾行した上,Fに対し,会社
前で躊躇するCを社屋へ連れ込むよう依頼し,Fから事後報告を受けた。また,原
告Aは,被告Dに対し,平成8年4月22日,飲食店「カーサ」において,自殺未
遂の報告も退職届の提示もせず,Cが勤務継続できるよう依頼し,同月23日,被
告Dが原告ら宅を訪れた際,Cの退職を回避するよう求め,被告Dが勤務継続への
説得をあきらめ,円満退社を考えるべく副事業部長を呼ぼうとしたのに対し,これ
を阻止した上,Cに対し,出社を迫り,同月24日,Cを迎えにきたF及びGに事
情を質す等Cの出社を阻止する行動をすることもせず,Cを見送った。そして,原
告Aは,H医師にも浦和市立病院にもCの自殺未遂の事実を伝えず,Cに対し,診
断書の提出を確認することもなく,退職届の処理も任せており,その文面上の宛先
であったIに提出することもしなかった。更に,原告らは,平成8年6月8日以
降,Cの病状改善のための具体的な行動はとらなかった上,Cが自殺未遂に利用し
た自動車をそのまま使用させたり,原告Bが使用する自動車を被告会社の関連会社
からリースで購入したり,被告Dに対し中元や梨を届けたり,特別休暇を利用した
海外旅行を計画したりした。
(7) 損益相殺
(被告会社の主張)
 被告会社は,原告Aに対し,退職金として1407万2400円を支払った。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(予見可能性の有無)について
 争いのない事実等(2)のとおり,Cは,同人に対する課長昇進の内示がされた
平成7年2月8日以降,別紙事実経過一覧表Cの勤務状況欄記載のとおり断続的に
被告会社を欠勤し,平成8年5月7日,被告Dに対し,H医師作成の診断書を提示
しており,証拠(甲23,29,33,乙1
4の1,20,丙2,証人F,証人G,原告A,原告B,被告D)及び弁論の全趣
旨によれば,被告Dは,上記のCの断続的な欠勤について知っていたこと,Fは,
被告Dに対し,同欠勤の理由について,Eの看病のためである旨伝えていたこと,
Cは,被告Dに対し,平成7年6月8日,Eの病状が芳しくないこと及び自分にと
って課長職が負担であることを告げ,退職の意思を示したこと,被告Dは,Cの同
相談に対し,同日,プレッシャーをかけない旨約束した程度ですませたこと,原告
Aは,Fに対し,平成8年4月18日,Cが自殺未遂を起こしたことを告げたこ
と,Fは,その後,被告Dに対し,Cの自殺未遂の事実を告げたことが認められ
る。
 以上の事実からすると,被告らは,Cに自殺の危険性があったことについて予見
可能であったと認められる。
 これに対し,被告らは,Cは,勤務状態も社内健康診断における健康状態も安定
していたし,Cの自殺未遂について被告Dが知ったのは平成8年6月になってから
であり,Cがうつ病であるとの診断を受けたことについては被告らは知らされては
いなかった上,本件診断書は,C自身が速やかに撤回したから,Cの自殺を予見す
ることは不可能であった旨反論する。しかしながら,使用者は,日ごろから従業員
の業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業員の心身の健康を損な
うことがないように注意する義務を負うのであって,相当の注意を尽くせば,Cの
状態が精神的疾患に罹患したものであったことが把握できたのであり,精神的疾患
に罹患した者が自殺することはままあることであるから,Cの自殺について予見可
能性はあったというべきである。
2 争点(2)(注意義務違反の有無)について
 証拠(甲2,3,4の1,2,27~29,33,乙14の1,20,丙2,証
人F,証人G,証人H,原告A,原告B,被告D)及び弁論の全趣旨によれば,C
が平成8年4月18日に自殺未遂をした後,Fは,被告Dに対し,Cの欠勤の理由
が自殺未遂であることについては被告Dで留めてほしい旨依頼したこと,被告D
は,Cの自殺未遂の事実について,自らの判断で会社に報告しなかったこと,被告
Dは,平成8年4月22日,原告A及びFとCに対する対応について話し合い,C
に勤務を継続させる方向で説得することを確認した上,翌23日,わざわざ原告ら
方を訪れ,Cをかなり熱心に説得し,Cに出社を継続させ
るべく胸倉をつかむことまでしたこと,Cは,被告Dに対し,平成8年5月7日,
Cについて自律神経失調症により1ヶ月の休養を必要とする旨記載されたH医師作
成の診断書を提示したが,被告Dは,同診断書を提示したCに対し,この診断書を
提出して被告会社を休むと気違いと思われる旨伝えたこと,被告Dは,Cに対し,
同人が自殺未遂をした平成8年4月18日以前に「自殺できるものなら自殺してみ
ろ」旨言ったことがあること,Cは,同診断書をすぐに撤回し,同診断書に記載さ
れたような1か月の休養をとらなかったこと,被告Dは,Cの自殺未遂の事実及び
Cが同診断書を提示し,同診断書に1か月の休養を要する旨の記載があった事実を
被告会社に報告しなかったこと,Cの課長昇進後の職務は,それ以前の職務に比べ
れば,高度かつ責任の重いものではあるが,特段過剰にはなっていないこと,主事
試験を受験するか否かは従業員の自由とされていたことが認められる。
 以上の事実からすれば,被告Dには,Cに対する悪意はなく,むしろCへの期待
があったこと及び原告らの希望がCの勤務継続にあったことが窺われるが,被告D
のCに対する対応は相当であったとはいえず,結局Cを追い詰めたものと認められ
る。使用者に代わって従業員に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,前
述のような使用者の注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負うとい
うべきであり,Cに対し,業務上の指揮監督権限を有していた被告Dには,同義務
に違反した過失があるというべきである。
3 争点(3)(Cがうつ病に罹患していたか否か)について
 証拠(甲2,3,乙18,証人H)によれば,Cがイサオクリニックにおいて初
めて受診した平成8年5月1日,Cはうつ傾向にあったこと,H医師は,Cの状態
について,診断書には自律神経失調症と,カルテには神経症及び出社拒否と記載し
たこと,同日には薬を処方せず,その後も,頭痛薬であるセデス,睡眠薬であるレ
ンドルミン及び抗不安剤であるソラナックスを処方しているも,抗うつ剤は処方し
ていないこと,神経症とうつ病とは連続性を有するとされていること,H医師はC
が自殺未遂をしたことを知らなかったこと,自殺未遂の事実を知っていれば診断結
果に違いが生じた可能性もあることが認められる。
 以上の事実からすると,Cがうつ病に罹患していたか否かは必ずしも明らかでな
いが,自殺を惹起する
ような精神的疾患に罹患していたことは認められるというべきである。
4 争点(4)(因果関係の有無)について
 前記認定のとおり,Cの課長昇進後の職務は,それ以前の職務に比べれば,高度
かつ責任の重いものではあるものの,特段過剰にはなっていなかったこと,Cは,
課長に昇進したころから長期の休暇を断続的にとっており,原告A,被告D及びF
は,平成8年4月22日,飲食店「カーサ」において話し合った際,Cの勤務を継
続させる方向で一致し,翌23日,原告ら方においてCの勤務を継続させるべくC
を説得していること,また,主事試験を受験するか否かは従業員の自由とされてい
ること,証拠(甲1,3,4の1,2,23~28,乙14の1,20,証人F,
証人G,証人H,原告A,被告D)及び弁論の全趣旨によれば,Cが課長に昇進し
たころ,父Eの痴呆が悪化し,勝手に徘徊したり,原告Aでは抑えきれないことが
あったこと,Cは,原告Aに対し,Eの看病等をさせたことについて苦労をかけた
と考えていたこと,H医師に対し,課長に昇格したことが非常に負担である旨申告
していたこと,H医師は,Cについて,被告会社での勤務からしばらく離れること
が必要であると診断していたこと,Cは,被告Dに対し,平成7年6月8日,Eの
病状が芳しくないこと及び課長の職務が負担であることを理由として,退職の意思
を表明したが,被告Dの理解を得られなかったこと,Cは,誰に対しても自分の悩
みを具体的かつ詳細に相談したことはなかったことが認められる。
 以上の事実によれば,Cの自殺は,Eの病状の悪化,それにより原告らに負担を
かけていることへの後ろめたさ,Eの死亡,Cの生真面目かつ完全主義的で,自分
の悩みを他人に話すことを苦手とする性格,特に部下との関係を中心として,課長
の職責を的確に果たせないことへの不満,上司である被告Dや妻である原告Aに自
分の悩みを理解してもらえず,仕事に追い詰められていったことへの不満,精神的
な支えとなっていたFの大阪への転勤等のすべてが原因となっているものと見るべ
きである。したがって,被告らの行為とCの自殺との間には因果関係は認められる
ものの,Cの昇進後の職務に対する労働が過剰な負担を課すものとはいえないこ
と,Cの置かれた状況において,誰もが自殺を選択するものとは言えず,本人の素
因に基づく任意の選択であったという要素を否定できないことに鑑み
ると,Cの自殺という結果に対する寄与度については,C本人の固有のものが7割
であって,被告らの行為によるものは3割であると見るのが相当である。
5 争点(5)(損害),争点(6)(過失相殺)及び争点(7)(損益相殺)に
ついて
(1) 逸失利益 原告ら各2813万9396円
ア Cの平成7年における年収(争いがない) 731万5908円
イ 生活費控除率 40パーセント
ウ 就労可能年数 21年間
 死亡時の46才から67才までの21年間
エ ウに対応する中間利息控除率  12.8211
 ライプニッツ係数による。
オ 結論
731万5908円×(1-0.4)×12.8211=5627万8792円
(2) 慰謝料 原告ら各1100万円
(3) 葬儀費用 120万円
(4) 退職金
 原告らは,Cの死亡が業務上のものであることを前提として,Cの死亡時の退職
金を請求する趣旨と認められるところ,同退職金請求権は,Cの死亡によって発生
するものではあるが,被告会社の退職金支給規則に基づき発生するものであって,
同退職金は,被告らの不法行為によって発生した損害ではないというべきである。
(5) 弔慰金及び香典
 弔慰金及び香典の各請求権についても,Cの死亡によって発生するものではある
が,被告会社の慶弔見舞金支給規定に基づき発生するものであって,同弔慰金及び
香典は,被告らの不法行為によって発生した損害ではないというべきである。
(6) 過失相殺 5割
 前記認定の事実,証拠(甲3,23~29,33,乙14の1,18,20,丙
2,証人F,証人G,原告A,原告B,被告D)及び弁論の全趣旨によれば,原告
Aは,飲食店「だん家」においてFにCのことを相談した翌日である平成7年6月
8日,Cを会社に送り出し,会社までCの後を尾行した上,Fに対し,会社前で躊
躇するCを社屋へ連れ込むよう依頼し,Fから事後報告を受けたこと,原告Aは,
Cに対し,Cが自殺未遂に利用した自動車をそのまま使用させたこと,原告A,被
告D及びFは,平成8年4月22日,飲食店「カーサ」において話し合った際,C
の勤務を継続させる方向で一致し,翌23日,原告ら方においてCの勤務を継続さ
せるべくCを説得したこと,原告Aは,Cに対し,診断書の提出を確認することも
なく,退職届の処理も任せており,その文面上の宛先であったIに提出することも
しなかったこと,原告Bが使用する自動車を被告
会社の関連会社からリースで購入したり,被告Dに対し中元や梨を届けたり,特別
休暇を利用した海外旅行を計画したこと,C及び原告らは,自殺未遂や診断書を撤
回したことをH医師に報告せず,定期的な通院をしなかったこと,Cは,自己の悩
みを他人に率直に相談することはなかったことが認められる。
 本件のような事案において,以上の事実を直ちに過失といえるかは問題がある
が,以上の事実は原告らの領域で生じたことであり,自殺者本人を支える家庭の重
要性を考慮すると,過失相殺類似のものとして,信義則上相殺すべきであり,その
割合は5割と認めるのが相当である。
(7) 損益相殺
 被告会社は,原告Aに対し支払った退職金は損益相殺すべきである旨主張する
が,退職金は,労働者の在職中の労働に対する賃金の後払及び在職中の功労に報い
る功労報償であり,不法行為による損害の填補を目的とするものとはいえないか
ら,損益相殺の対象とはならないというべきである。
(8) 小計
ア 原告Aについて 605万0909円
(2813万9396円+1100万円+120万円)×0.3×0.5=605
万0909円
イ 原告Bについて 587万0909円
(2813万9396円+1100万円)×0.3×0.5=587万0909円
(9) 弁護士費用
 弁護士費用としては,認容額の1割が相当である。
ア 原告Aについて 60万円
イ 原告Bについて 58万円
(10) 合計
ア 原告Aについて 665万0909円
イ 原告Bについて 645万0909円
6 結論
 よって,原告らの請求は上記の限度で理由があるから,原告Aにつき665万0
909円,原告Bにつき645万0909円の限度で認容することとし,主文のと
おり判決する。
浦和地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 草野芳郎
裁判官 木本洋子
裁判官 樋口正樹

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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